春日野(かすがの)部屋の現役力士の番付と成績、そして基礎情報をまとめてご紹介します。
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この他にも春日野部屋の過去から現在までの主な関取たちををまとめた記事もありますので併せてご覧ください。
- 一門
- :出羽海一門
- 創設
- :大正14年(1925年)5月1日
- 創設者
- :第8代・春日野 剛也 (元横綱・栃木山 守也)
- 現師匠
- :第11代・春日野 清隆 (元関脇・栃乃和歌 清隆)
- 所在地
- :東京都墨田区両国1-7-11 📍地図
この記事の目次
力士一覧表(番付・星取表・成績・経歴)(千秋楽)
| No | 四股名 | 直近7場所 成績 | 直近7場所 勝率 | 番付 (令8.5) | 5月場所 成績 | 令和8年5月場所星取表 | S1 | 番付 推移 | 変動 枚数 | 番付 (令8.3) | 3月場所 成績 | 令和8年3月場所星取表 | S2 | 番付 推移 | 変動 枚数 | 番付 (令8.1) | 1月場所 成績 | 令和8年1月場所星取表 | S3 | 番付 推移 | 変動 枚数 | 番付 (令7.11) | 11月場所 成績 | 令和7年11月場所星取表 | S4 | 番付 推移 | 変動 枚数 | 番付 (令7.9) | 9月場所 成績 | 令和7年9月場所星取表 | S5 | 番付 推移 | 変動 枚数 | 番付 (令7.7) | 7月場所 成績 | 令和7年7月場所星取表 | s6 | 番付 推移 | 変動 枚数 | 番付 (令7.5) | 5月場所 成績 | 令和7年5月場所星取表 | 初日 | 2日目 | 3日目 | 4日目 | 5日目 | 6日目 | 7日目 | 中日 | 9日目 | 10日目 | 11日目 | 12日目 | 13日目 | 14日目 | 千秋楽 | 最高位 | 出身地 | 部屋 | 一門 | 年齢 | 生年月日 | 大相撲歴 | 本名 | 旧四股名 | 旧所属 | 身長(㎝) | 体重(㎏) | BMI | 出身高校 | 出身大学 | 初土俵 | 初土俵 年齢 | 新十両 | 新十両 年齢 | 新入幕 | 新入幕 年齢 | 新小結 | 新小結 年齢 | 新関脇 | 新関脇 年齢 | 大関昇進 | 大関昇進 年齢 | 横綱昇進 | 横綱昇進 年齢 | 幕内 優勝 | 十両 優勝 | 幕下 優勝 | 三段目 優勝 | 序二段 優勝 | 序ノ口 優勝 | 技能賞 | 殊勲賞 | 敢闘賞 | 金星 | 通算 勝利数 | 通算 敗数 | 通算 休数 | 出場回数 | 通算 勝率(%) | s誕生日 | s初土俵 | s新十両 | s新入幕 | s新小結 | s新関脇 | s大関昇進 | s横綱昇進 | s初土俵年齢 | s新十両年齢 | s新入幕年齢 | s新小結年齢 | s新関脇年齢 | s大関昇進年齢 | s横綱昇進年齢 | s7場所勝敗 | s1勝敗 | s2勝敗 | s3勝敗 | s4勝敗 | s5勝敗 | s6勝敗 | s7勝敗 | s2順 | s3順 | s4順 | s5順 | s6順 | s7順 | s1シフト | s2シフト | s3シフト | s4シフト | s5シフト | s6シフト | sしこな | s最高位 | s出身ふりがな | s部屋ふりがな | s7勝率 | s勝 | s敗 | s休 | s出 | s勝率 | s幕優 | s十 | s下 | s三 | s二 | s口 | s技 | s殊 | s敢 | s金 |
|---|
春日野部屋の情報
星取表
対戦相手と決まり手、勝敗が分かります。対戦相手をクリックすると、互いの詳細情報が確認できます。
日ごとの成績
日ごとの成績で、好不調が分かります。
| トータル | 初日 | 2日目 | 3日目 | 4日目 | 5日目 | 6日目 | 7日目 | 中日 | 9日目 | 10日目 | 11日目 | 12日目 | 13日目 | 14日目 | 千秋楽 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 108取組 57勝 51敗 勝敗差+6 | 7取組 6勝 1敗 +5 | 9取組 5勝 4敗 +1 | 6取組 3勝 3敗 ±0 | 10取組 4勝 6敗 -2 | 9取組 4勝 5敗 -1 | 6取組 2勝 4敗 -2 | 10取組 6勝 4敗 +2 | 5取組 2勝 3敗 -1 | 7取組 5勝 2敗 +3 | 8取組 4勝 4敗 ±0 | 6取組 3勝 3敗 ±0 | 9取組 3勝 6敗 -3 | 4取組 2勝 2敗 ±0 | 3取組 2勝 1敗 +1 | 9取組 6勝 3敗 +3 |
📊 春日野部屋 本場所成績
春日野部屋の四股名「栃」と「碧」の秘密
春日野部屋の力士は、創設者である栃木山の四股名に因んで「栃」の字が付けられることが多いですが、碧山をはじめ「栃」ではなく「碧」が付く力士もいますよね。この「碧」は何処からきたんでしょうか?
実は、これは田子ノ浦部屋からの移籍組だということが関係しています。
平成24年(2012)2月13日に14代・田子ノ浦(元幕内・久島海)が急逝したため同年3月場所を前にして碧山たちは春日野部屋へ移籍してきました。
この田子ノ浦部屋では、力士の四股名に師匠が故郷の和歌山の海をイメージした「碧」を使っていたのです。
ずっと相撲を観ている人にとっては当たり前の「春日野部屋の碧」ですが、最近観始める人にとっては不思議でしたよね。相撲の四股名は数文字ですが、そこには履歴と情報、そして歴史がギュッと詰まっているのです。
春日野部屋の若者頭
栃乃藤 達之
栃乃藤 達之 (とちのふじ たつゆき)は福岡県糸島郡志摩町出身、春日野部屋の元力士で、最高位は前頭11枚目。
昭和60年(1985)3月場所に15歳4ヶ月で初土俵を踏み、平成12年(2000)11月場所を最後に引退(31歳0ヶ月)※番付上は平成13年(2001)1月場所。
通算成績は414勝387敗17休799出場。生涯勝率.518。通算95場所中、59場所を勝ち越した(勝ち越し率.628)。
主な成績は幕下優勝1回。
昭和44年(1969)11月15日生まれ。本名は草野 達之。
重い腰とがっしりとした体格を活かした重量感のある突き押し相撲で幕内を務め、その愛嬌ある姿からファンや力士仲間に親しまれた栃乃藤は、不屈の闘志で長く土俵に立ち続けた力士である。引退後は若者頭に就任し、日本相撲協会に残る道を選んだ。
春日野部屋への入門と四股名の変遷
福岡県糸島郡志摩町(現在の糸島市)に生まれ、中学校卒業後に春日野部屋へ入門。昭和60年(1985年)3月場所において本名の「草野」で初土俵を踏んだ。
序ノ口から地道に番付を上げていき、昭和62年(1987年)1月場所で「栃ノ藤」へ改名。さらに平成元年(1989年)1月場所より、「栃乃藤」へと四股名を改名した。
十両突破と新入幕
持ち前の恵まれた体格を生かした突き押し相撲で着実に地力を蓄え、初土俵から約7年となる平成4年(1992年)7月場所において新十両へ昇進し、念願の関取の座を掴んだ。
十両昇進後はさらに勢いを増し、わずか4場所で十両を通過して平成5年(1993年)3月場所において新入幕を果たした。幕内の土俵では苦戦を強いられて在位は2場所にとどまったが、そのがっしりとした大きな体型から、元関脇・寺尾に「タンス」というユニークなあだ名を付けられるなど、周囲から広く親しまれた。
幕下優勝と若者頭への就任
幕内から陥落した後も、故障を抱えながら十両や幕下で長く土俵を務め続けた。東幕下26枚目で迎えた平成10年(1998年)3月場所では、7戦全勝の好成績を挙げて自身唯一となる幕下優勝を飾っている。
その後も不屈の闘志で相撲を取り続けたが、平成12年(2000年)11月場所後、兄弟子である元十両・栃天晃が若者頭への就任を辞退したことに伴い、代わりに栃乃藤が抜擢されることとなった。これにより、西幕下25枚目の地位にあった平成13年(2001年)1月場所の番付に名前を残したまま、同年1月1日付で現役を引退して若者頭へと転身し、協会の業務にあたっている。
- 四股名
- 栃乃藤 達之 (とちのふじ たつゆき)
- 最高位
- 前頭11枚目
- 出身地
- 福岡県糸島郡志摩町
- 本名
- 草野 達之
- 生年月日
- 昭和44年(1969)11月15日
- 所属部屋
- 春日野部屋
- 改名歴
- 草野 達之 → 栃ノ藤 達之 → 栃乃藤 達之
- 初土俵
- 昭和60年(1985)3月 前相撲(15歳4ヶ月)
- 新十両
- 平成4年(1992)7月(所要44場所)
- 22歳8ヶ月(初土俵から7年4ヶ月)
- 新入幕
- 平成5年(1993)3月(所要48場所)
- 23歳4ヶ月(初土俵から8年0ヶ月)
- 最終場所
- 平成12年(2000)11月場所(31歳0ヶ月)※番付上は平成13年(2001)1月場所
- 大相撲歴
- 95場所(15年8ヶ月)
- 通算成績
- 414勝387敗17休799出場(勝率.518)
- 通算95場所
- 勝ち越し59場所(勝ち越し率.628)(勝ち越し星134)
- 優勝等
- 幕下優勝1回
- 持給金
- 70円(勝ち越し星134個)
- 幕内戦歴
- 12勝18敗0休30出場(勝率.400)
- 在位2場所(在位率.021)
- 勝ち越し1場所(勝ち越し率.500)
- 前頭戦歴
- 12勝18敗0休30出場(勝率.400)
- 在位2場所(在位率.021)
- 勝ち越し1場所(勝ち越し率.500)
- 十両戦歴
- 121勝143敗6休262出場(勝率.462)
- 在位18場所(在位率.189)
- 勝ち越し9場所(勝ち越し率.500)
- 関取戦歴
- 133勝161敗6休292出場(勝率.455)
- 在位20場所(在位率.211)
- 勝ち越し10場所(勝ち越し率.500)
- 幕下以下歴
- 281勝226敗11休507出場(勝率.554)
- 在位74場所(在位率.779)
- 勝ち越し49場所(勝ち越し率.662)
名鑑ページでは、以下のような詳細な分析データをはじめ、豊富な表やグラフをご覧いただけます。
- ✅ 勝った決まり手1位:押し出し(106回 / 38.3%)
- ✅ 負けた決まり手1位:寄り切り(99回 / 36.3%)
- ✅ 得意な相手:前進山(7勝1敗 / 勝率.875)
- ✅ 苦手な相手:富風(0勝6敗 / 勝率.000)
虎伏山 義幸
虎伏山 義幸 (とらふすやま よしゆき)は和歌山県和歌山市出身、三保ヶ関部屋の元力士で、最高位は幕下2枚目。
昭和62年(1987)3月場所に15歳9ヶ月で初土俵を踏み、平成15年(2003)11月場所を最後に引退(32歳5ヶ月)※番付上は平成16年(2004)1月場所。
通算成績は360勝340敗0休700出場。生涯勝率.514。通算101場所中、54場所を勝ち越した(勝ち越し率.540)。
昭和46年(1971)6月6日生まれ。本名は田丸 智幸。
恵まれた体格を生かして初土俵から100場所を超える長きにわたり土俵を務め、引退後は相撲協会の裏方として尽力している虎伏山は、世話人から若者頭へと職務変更を果たした珍しい経歴を持つ力士である。惜しくも関取の座には届かなかったものの、その真摯な姿勢で長年大相撲を支え続けている。
三保ヶ関部屋への入門と四股名の由来
和歌山県和歌山市に生まれ、昭和62年(1987年)3月場所において三保ヶ関部屋から初土俵を踏んだ。この場所の初土俵組には、のちの大関・貴ノ浪や小結・小城錦など、数多くの関取が名を連ねている。
入門当初は本名の「田丸」を四股名として土俵に上がっていたが、平成5年(1993年)3月場所より「虎伏山」へと改名した。この四股名は、郷土である和歌山城が建つ山の名称にちなんだものである。
幕下での長きにわたる奮闘
188センチ、130キロを超える恵まれた体格を生かして地力をつけ、各段で長く土俵を務めた。平成13年(2001年)5月場所には自己最高位となる東幕下2枚目まで番付を上げたが、惜しくも関取(十両)への昇進を果たすことはできなかった。
関取には届かなかったものの、初土俵から101場所にわたり相撲を取り続け、その土俵人生の半分を幕下で戦い抜いた。部屋や後輩力士の稽古相手としても大きな役割を果たした。
現役引退と世話人への就任
西幕下23枚目の地位にあった平成16年(2004年)1月場所の番付に名前を残したまま、同場所前に現役引退を発表した。引退後は日本相撲協会に残り、世話人に就任する。世話人として、競技用具の運搬・管理や本場所・巡業での各種サポート業務など、協会の裏方として力士たちを支える任務を全うした。
その後、平成25年(2013年)に所属していた三保ヶ関部屋が閉鎖されたことに伴い、春日野部屋へと移籍している。
若者頭への転向
長年にわたり世話人として協会の業務に尽力していたが、令和2年(2020年)4月1日付で若者頭へと職務変更となった。世話人から若者頭へ転向するケースは珍しい出来事であった。
- 四股名
- 虎伏山 義幸 (とらふすやま よしゆき)
- 最高位
- 幕下2枚目
- 出身地
- 和歌山県和歌山市
- 本名
- 田丸 智幸
- 生年月日
- 昭和46年(1971)6月6日
- 所属部屋
- 三保ヶ関部屋
- 改名歴
- 田丸 智幸 → 虎伏山 義幸
- 初土俵
- 昭和62年(1987)3月 前相撲(15歳9ヶ月)
- 最終場所
- 平成15年(2003)11月場所(32歳5ヶ月)※番付上は平成16年(2004)1月場所
- 大相撲歴
- 101場所(16年8ヶ月)
- 通算成績
- 360勝340敗0休700出場(勝率.514)
- 通算101場所
- 勝ち越し54場所(勝ち越し率.540)(勝ち越し星114)
- 持給金
- 60円(勝ち越し星114個)
- 幕下以下歴
- 360勝340敗0休700出場(勝率.514)
- 在位100場所(在位率.990)
- 勝ち越し54場所(勝ち越し率.540)
名鑑ページでは、以下のような詳細な分析データをはじめ、豊富な表やグラフをご覧いただけます。
- ✅ 勝った決まり手1位:寄り切り(61回 / 22.6%)
- ✅ 負けた決まり手1位:寄り切り(110回 / 43.1%)
- ✅ 得意な相手:輝面龍(6勝1敗 / 勝率.857)
- ✅ 苦手な相手:小椋(0勝3敗 / 勝率.000)
春日野部屋の世話人
栃玄王 泰幸
栃玄王 泰幸 (とちげんおう やすゆき)は福岡県福岡市東区出身、春日野部屋の元力士で、最高位は幕下26枚目。
昭和56年(1981)3月場所に15歳5ヶ月で初土俵を踏み、平成7年(1995)3月場所を最後に引退(29歳5ヶ月)。
通算成績は296勝287敗5休583出場。生涯勝率.508。通算85場所中、44場所を勝ち越した(勝ち越し率.524)。
昭和40年(1965)9月28日生まれ。本名は茂渡 泰幸。
春日野部屋に所属した栃玄王は、初土俵から丸14年にわたり土俵を務め上げた力士である。惜しくも関取の座には届かなかったものの、幕下中位から三段目で長く奮闘を続け、引退後は世話人として裏方から大相撲を支え続けている。
春日野部屋への入門と初土俵
福岡県福岡市東区に生まれ、昭和56年(1981年)3月場所において春日野部屋から初土俵を踏んだ。入門当初は、本名の「茂渡」を四股名として土俵に上がっていた。
改名と幕下への昇進
序ノ口、序二段と地道に実力を養い、昭和59年(1984年)7月場所で初めて三段目へ昇進する。その後、昭和60年(1985年)1月場所より、四股名を本名から「栃玄王」へと改名した。
三段目の土俵で一進一退の攻防を続けながら地力を蓄え、昭和63年(1988年)11月場所において念願の初幕下昇進を果たす。この場所を4勝3敗の勝ち越しで終え、着実に地力をつけていった。
最高位到達と長きにわたる奮闘
その後は幕下と三段目を往復する時期が長く続いたが、決して土俵を諦めることなく相撲を取り続けた。平成4年(1992年)9月場所に西幕下42枚目で5勝2敗の好成績を挙げると、続く同年11月場所では自己最高位となる西幕下26枚目まで番付を上げた。関取(十両)の座には届かなかったものの、長年にわたり部屋の若手力士たちの高い壁として、また稽古相手として春日野部屋を支え続けた。
現役引退と世話人への就任
ベテランの域に入ってからも土俵に立ち続けたが、東三段目3枚目で迎えた平成7年(1995年)3月場所を最後に現役を引退した。この最終場所も4勝3敗と勝ち越しを決めており、自らの力で有終の美を飾っての引退であった。生涯戦歴は296勝287敗5休、初土俵から85場所にわたり相撲を取り続けた丸14年間の歩みであった。
引退後は世話人として日本相撲協会に採用され、引き続き春日野部屋に所属している。長年の土俵経験を活かし、現在は本場所や巡業での競技用具の運搬・管理、各種サポート業務など、協会の裏方として大相撲を支え続けている。
- 四股名
- 栃玄王 泰幸 (とちげんおう やすゆき)
- 最高位
- 幕下26枚目
- 出身地
- 福岡県福岡市東区
- 本名
- 茂渡 泰幸
- 生年月日
- 昭和40年(1965)9月28日
- 所属部屋
- 春日野部屋
- 改名歴
- 茂渡 泰幸 → 栃玄王 泰幸
- 初土俵
- 昭和56年(1981)3月 前相撲(15歳5ヶ月)
- 最終場所
- 平成7年(1995)3月場所(29歳5ヶ月)
- 大相撲歴
- 85場所(14年0ヶ月)
- 通算成績
- 296勝287敗5休583出場(勝率.508)
- 通算85場所
- 勝ち越し44場所(勝ち越し率.524)(勝ち越し星86)
- 持給金
- 46円(勝ち越し星86個)
- 幕下以下歴
- 296勝287敗5休583出場(勝率.508)
- 在位84場所(在位率.988)
- 勝ち越し44場所(勝ち越し率.524)
名鑑ページでは、以下のような詳細な分析データをはじめ、豊富な表やグラフをご覧いただけます。
- ✅ 勝った決まり手1位:寄り切り(38回 / 47.5%)
- ✅ 負けた決まり手1位:押し出し(24回 / 31.6%)
- ✅ 得意な相手:秀ノ花(5勝0敗 / 勝率1.000)
- ✅ 苦手な相手:平城山(0勝4敗 / 勝率.000)
春日野部屋の部屋付き親方
第19代・岩友 亘右 (元関脇・碧山)
碧山 亘右 (あおいやま こうすけ)はブルガリア・ヤンボル出身、田子ノ浦 → 春日野部屋の元力士で、最高位は関脇。
平成21年(2009)7月場所に23歳0ヶ月で初土俵を踏み、令和6年(2024)9月場所を最後に引退(38歳2ヶ月)。
通算成績は613勝607敗35休1217出場。生涯勝率.504。通算90場所中、43場所を勝ち越した(勝ち越し率.483)。
主な成績は幕内(次点2)、幕下優勝1回、序二段優勝1回、序ノ口優勝1回、敢闘賞4回、技能賞1回、金星1個(日馬富士1個)。
昭和61年(1986)6月19日生まれ。本名はダニエル・イヴァノフ→古田 亘右。
190センチを超える長身と180キロを超える体格を活かした強烈な突き押し相撲で土俵を沸かせたブルガリア出身の元関脇・碧山。平成21年(2009年)7月場所の初土俵から勢いよく番付を駆け上がり、三役の常連として長く幕内の土俵を支えた。師匠の急逝に伴う部屋の閉鎖という苦難を乗り越え、移籍先の春日野部屋でも中心力士として活躍。令和6年(2024年)9月場所を最後に現役を引退した。
アマチュアでの実績と「碧山」誕生のエピソード
母国ブルガリアではレスリングを10年、アマチュア相撲を3年経験し、同郷である大関・琴欧洲(15代鳴戸)の紹介で角界入りを果たす。入門の際、師匠である14代田子ノ浦(元前頭筆頭・久島海)から「山と川のどちらが好きか」と問われ、本人が「山」と答えたことで、四股名は「碧山」に決まった。
当初は「碧山 聖人」を名乗り、前相撲を経て臨んだ平成21年(2009年)9月場所では、7戦全勝で序ノ口優勝。四股名を「碧山 亘右」と改めた同年11月場所でも序二段優勝を飾り、頭角を現した。来日当初は厳しい稽古に涙することもあったが、本人は「自分が強くなるために怒ってくれているのは分かっていたが、あんなに泣くとは思わなかった」と後に振り返っている。
スピード出世と予期せぬ転籍、新天地での飛躍
平成23年(2011年)7月場所に新十両昇進。大相撲八百長問題で多くの力士が引退した影響もあり、西十両4枚目で迎えた新十両場所は7勝8敗と負け越し。翌9月場所は腰椎間板ヘルニアのために初日から休場したが、3日目からの出場で10勝3敗2休と好成績をあげて翌11月場所での新入幕となった。新入幕場所でも快進撃は続き、11勝4敗の好成績を挙げて初の三賞となる敢闘賞を受賞した。初土俵から所要14場所での三賞受賞は当時史上6位のスピード記録となった。しかし平成24年(2012年)2月、師匠の急逝により田子ノ浦部屋が閉鎖されたため、3月場所の直前に春日野部屋へと転籍することとなった。
急な環境の変化による食事の戸惑いなどを克服し、転籍後の平成24年(2012年)9月場所には新小結へと昇進。昇進記者会見には、亡き先師の遺影を手に臨んだ。のちに碧山は、稽古環境を考えて移籍を勧めてくれた旧田子ノ浦部屋の女将さんや、温かく受け入れてくれた春日野部屋があったからこそ、長く幕内に在位できたと、部屋への深い感謝を言葉にしている。
関脇昇進と横綱・日馬富士からの金星獲得
平成25年(2013年)9月場所4日目には、横綱・日馬富士を破り自身初となる金星を獲得。土俵上で涙を浮かべ、天に向けて人さし指を差し神に感謝を捧げる姿が注目された。平成26年(2014年)11月場所には東関脇へと番付を上げ、鋭い突き押し相撲の威力を大いに示した。
その後も幕内上位で長く活躍し、平成29年(2017年)7月場所では13勝2敗の好成績で初の優勝次点となり、2度目の敢闘賞を受賞。さらに令和2年(2020年)3月場所では11勝4敗の成績をあげ、培った突き押し相撲が評価されて技能賞を獲得するなど、体格を活かした重い突き押しと、不意に見せる叩き込みの威力は、対戦相手にとって常に脅威であった。
満身創痍の土俵と、後進の指導へ
現役後半は、ヘルニアや両膝の相次ぐ負傷に苦しめられた。令和5年(2023年)9月場所は東前頭14枚目で5勝10敗と大きく負け越して十両陥落が決定。これにより春日野部屋は56年ぶりに幕内力士不在となったが、翌11月場所では東十両筆頭で千秋楽に勝ち越しを決めて1場所で幕内へと復帰を果たした。しかし、西前頭17枚目の再入幕で迎えた令和6年(2024年)1月場所は初日から5連敗と精彩を欠き、6日目に破れた際に右膝を負傷。右膝前十字靱帯断裂の疑いで翌日から休場となり、0勝7敗8休と大きく負け越して十両陥落となった。内視鏡手術を経て土俵へと復帰したが4場所連続負け越しで令和6年(2024年)9月場所を最後に現役引退を発表した。
令和4年(2022年)3月に日本国籍を取得していた碧山は、引退後に年寄・19代岩友を襲名。「力士になれて本当に本当によかった」と晴れやかな表情で語り、指導者としての新たな一歩を踏み出した。
- 四股名
- 碧山 亘右 (あおいやま こうすけ)
- 最高位
- 関脇
- 年寄名跡
- 19代岩友 亘右(春日野)
- 出身地
- ブルガリア ソフィア市 → ブルガリア・ヤンボル
- 本名
- ダニエル・イヴァノフ→古田 亘右
- 生年月日
- 昭和61年(1986)6月19日(39歳)
- 所属部屋
- 田子ノ浦 → 春日野部屋
- 改名歴
- 碧山 亘右
- 初土俵
- 平成21年(2009)7月 前相撲(23歳0ヶ月)
- 新十両
- 平成23年(2011)7月(所要11場所)
- 25歳0ヶ月(初土俵から2年0ヶ月)
- 新入幕
- 平成23年(2011)11月(所要13場所)
- 25歳4ヶ月(初土俵から2年4ヶ月)
- 新小結
- 平成24年(2012)9月(所要18場所)
- 26歳2ヶ月(初土俵から3年2ヶ月)
- 新関脇
- 平成26年(2014)11月(所要31場所)
- 28歳4ヶ月(初土俵から5年4ヶ月)
- 最終場所
- 令和6年(2024)9月場所(38歳2ヶ月)
- 大相撲歴
- 90場所(15年2ヶ月)
- 通算成績
- 613勝607敗35休1217出場(勝率.504)
- 通算90場所
- 勝ち越し43場所(勝ち越し率.483)(勝ち越し星153)
- 優勝等
- 幕内(次点2),幕下優勝1回,序二段優勝1回,序ノ口優勝1回
- 受賞・金星
- 敢闘賞4回,技能賞1回,金星1個(日馬富士1個)
- 持給金
- 109円50銭(勝ち越し星153個 金星1個)
- 幕内戦歴
- 504勝528敗33休1029出場(勝率.490)
- 在位71場所(在位率.789)
- 勝ち越し32場所(勝ち越し率.451)
- 三役戦歴
- 29勝46敗0休75出場(勝率.387)
- 在位5場所(在位率.056)
- 勝ち越し1場所(勝ち越し率.200)
- 関脇戦歴
- 13勝17敗0休30出場(勝率.433)
- 在位2場所(在位率.022)
- 勝ち越し1場所(勝ち越し率.500)
- 小結戦歴
- 16勝29敗0休45出場(勝率.356)
- 在位3場所(在位率.033)
- 勝ち越し0場所(勝ち越し率.000)
- 前頭戦歴
- 475勝482敗33休954出場(勝率.498)
- 在位66場所(在位率.733)
- 勝ち越し31場所(勝ち越し率.470)
- 十両戦歴
- 59勝59敗2休118出場(勝率.500)
- 在位8場所(在位率.089)
- 勝ち越し3場所(勝ち越し率.375)
- 関取戦歴
- 563勝587敗35休1147出場(勝率.491)
- 在位79場所(在位率.878)
- 勝ち越し35場所(勝ち越し率.443)
- 幕下以下歴
- 50勝20敗0休70出場(勝率.714)
- 在位10場所(在位率.111)
- 勝ち越し8場所(勝ち越し率.800)
名鑑ページでは、以下のような詳細な分析データをはじめ、豊富な表やグラフをご覧いただけます。
- ✅ 勝った決まり手1位:叩き込み(164回 / 26.6%)
- ✅ 負けた決まり手1位:押し出し(192回 / 31.6%)
- ✅ 得意な相手:宝富士(23勝10敗 / 勝率.697)
- ✅ 苦手な相手:白鵬(0勝23敗 / 勝率.000)
第13代・清見潟 雄一郎 (元関脇・栃煌山)
栃煌山 雄一郎(とちおうざん ゆういちろう)は高知県安芸市出身、春日野部屋の元力士で、最高位は関脇。
平成17年(2005)1月場所に17歳10ヶ月で初土俵を踏み、令和2年(2020)3月場所を最後に引退(33歳0ヶ月)(※番付上は令和2年7月場所が最後)。
通算成績は661勝598敗19休1255出場。生涯勝率.525。通算91場所中、52場所を勝ち越した(勝ち越し率.578)。
主な成績は幕内同点1回,十両同点1回,三段目優勝1回。殊勲賞2回,敢闘賞2回,技能賞2回,金星6個(白鵬1個、日馬富士1個、鶴竜1個、稀勢の里3個)。
昭和62年(1987)3月9日生まれ。本名は影山 雄一郎。
高知の安芸中学3年次に全国中学生選手権大会にて団体優勝、さらに個人優勝もあげ中学横綱のタイトルを獲得。明徳義塾高では世界ジュニア重量級などのタイトルも獲得した。少年時代から豪栄道とはライバル関係にあり初土俵も同じ。所要9場所で十両に昇進、14場所目には新入幕を果たしたスピード出世。令和2年7月場所を前に現役引退を発表(7月15日)、13代清見潟襲名となった。
- 年寄
13代・清見潟 雄一郎(春日野部屋) - 四股名
- 栃煌山 雄一郎(とちおうざん ゆういちろう)
- 最高位
- 関脇
- 年寄名跡
- 13代清見潟 雄一郎
- 出身地
- 高知県安芸市
- 本名
- 影山 雄一郎
- 生年月日
- 昭和62年(1987)3月9日(39歳)
- 出身高校
- 明徳義塾高校
- 所属部屋
- 春日野部屋
- 改名歴
- 影山 雄一郎 → 栃煌山 雄一郎
- 初土俵
- 平成17年(2005)1月 前相撲(17歳10ヶ月)
- 新十両
- 平成18年(2006)9月(所要10場所)
- 19歳6ヶ月(初土俵から1年8ヶ月)
- 新入幕
- 平成19年(2007)3月(所要13場所)
- 20歳0ヶ月(初土俵から2年2ヶ月)
- 新小結
- 平成21年(2009)5月(所要26場所)
- 22歳2ヶ月(初土俵から4年4ヶ月)
- 新関脇
- 平成22年(2010)9月(所要34場所)
- 23歳6ヶ月(初土俵から5年8ヶ月)
- 最終場所
- 令和2年(2020)3月(33歳0ヶ月)※番付上は令和2年7月場所
- 大相撲歴
- 91場所(15年2ヶ月)
- 通算成績
- 661勝598敗19休1255出場(勝率.525)
- 通算91場所
- 勝ち越し52場所(勝ち越し率.578)
- 優勝等
- 幕内同点1回,十両同点1回,三段目優勝1回
- 受賞・金星
- 殊勲賞2回,敢闘賞2回,技能賞2回,金星6個
- 幕内戦歴
- 573勝563敗19休1132出場(勝率.504)
- 在位77場所(在位率.846)
- 勝ち越し39場所(勝ち越し率.506)
- 三役戦歴
- 182勝186敗7休367出場(勝率.495)
- 在位25場所(在位率.275)
- 勝ち越し11場所(勝ち越し率.440)
- 関脇戦歴
- 83勝75敗7休157出場(勝率.525)
- 在位11場所(在位率.121)
- 勝ち越し6場所(勝ち越し率.545)
- 小結戦歴
- 99勝111敗0休210出場(勝率.471)
- 在位14場所(在位率.154)
- 勝ち越し5場所(勝ち越し率.357)
- 前頭戦歴
- 391勝377敗12休765出場(勝率.509)
- 在位52場所(在位率.571)
- 勝ち越し28場所(勝ち越し率.538)
- 十両戦歴
- 38勝22敗0休60出場(勝率.633)
- 在位4場所(在位率.044)
- 勝ち越し4場所(勝ち越し率1.000)
- 関取戦歴
- 611勝585敗19休1192出場(勝率.511)
- 在位81場所(在位率.890)
- 勝ち越し43場所(勝ち越し率.531)
- 幕下以下歴
- 50勝13敗0休63出場(勝率.794)
- 在位9場所(在位率.099)
- 勝ち越し9場所(勝ち越し率1.000)
第12代・三保ヶ関 篤志 (元前頭筆頭・栃栄)
栃栄 篤史(とちさかえ あつし)は佐賀県佐賀郡富士町出身、春日野部屋の元力士で、最高位は前頭筆頭。
昭和49年(1974)6月27日生まれ、本名は岡本 篤。
平成5年(1993)1月場所に18歳6ヶ月で初土俵を踏み、平成20年(2008)1月場所を最後に引退(33歳7ヶ月)。通算91場所中、50場所を勝ち越した(勝ち越し率.549)。
通算成績は480勝423敗86休895出場。生涯勝率.532。
主な成績は十両優勝2回,幕下優勝1回,三段目優勝2回,序二段優勝1回。
埼玉栄高校では高校横綱に。引退相撲は栃乃花と合同で行った。
- 年寄
12代・三保ヶ関 篤志(春日野部屋) - 四股名
- 栃栄 篤史(とちさかえ あつし)
- 最高位
- 前頭筆頭
- 年寄名跡
- 21代竹縄 篤 → 11代清見潟 篤 → 12代三保ヶ関 篤志
- 出身地
- 佐賀県佐賀郡富士町
- 本名
- 岡本 篤
- 生年月日
- 昭和49年(1974)6月27日(51歳)
- 出身高校
- 埼玉栄高校
- 所属部屋
- 春日野部屋
- 改名歴
- 岡本 → 栃ノ巖 篤 → 岡本 篤 → 栃ノ巖 篤 → 栃栄 篤史
- 初土俵
- 平成5年(1993)1月 前相撲(18歳6ヶ月)
- 新十両
- 平成10年(1998)3月(所要31場所)
- 23歳8ヶ月(初土俵から5年2ヶ月)
- 新入幕
- 平成12年(2000)9月(所要46場所)
- 26歳2ヶ月(初土俵から7年8ヶ月)
- 最終場所
- 平成20年(2008)1月(33歳7ヶ月)
- 大相撲歴
- 91場所(15年0ヶ月)
- 通算成績
- 480勝423敗86休895出場(勝率.532)
- 通算91場所
- 勝ち越し50場所(勝ち越し率.549)
- 優勝等
- 十両優勝2回,幕下優勝1回,三段目優勝2回,序二段優勝1回
- 前頭戦歴
- 149勝188敗53休332出場(勝率.442)
- 在位26場所(在位率.286)
- 勝ち越し8場所(勝ち越し率.308)
- 十両戦歴
- 147勝116敗22休260出場(勝率.559)
- 在位19場所(在位率.209)
- 勝ち越し12場所(勝ち越し率.632)
- 関取戦歴
- 296勝304敗75休592出場(勝率.493)
- 在位45場所(在位率.495)
- 勝ち越し20場所(勝ち越し率.444)
- 幕下以下歴
- 184勝119敗11休303出場(勝率.607)
- 在位46場所(在位率.505)
- 勝ち越し30場所(勝ち越し率.652)
第9代・富士ヶ根 全陽 (元小結・大善)
大阪府大阪市浪速区出身、二所ノ関部屋の元力士で最高位は小結。現役時には真面目で稽古熱心な力士として定評があった。
9代・富士ヶ根 全陽(春日野部屋) - 四股名 :大善 尊太(だいぜん たかひろ)
- 最高位 :小結
- 年寄名跡:富士ヶ根
- 出身地 :大阪府大阪市浪速区
- 本 名 :高橋 徳夫
- 生年月日:昭和39年(1964)12月14日(61歳)
- 所属部屋:二所ノ関部屋
- 改名歴 :高橋山⇒大善
- 初土俵 :昭和56年(1981)3月(16歳3ヵ月)
- 新十両 :昭和63年(1988)3月(23歳3ヵ月)
- 新入幕 :平成3年(1991)11月(26歳11ヵ月)
- 新三役 :平成6年(1994)3月(29歳3ヵ月)
- 最終場所:平成15年(2003)3月(38歳3ヵ月)
- 生涯戦歴:739勝732敗61休/1468出場(133場所)
- 生涯勝率:50.2%
- 優勝等 :十両優勝3回,幕下優勝1回(同点1)
- 成 績 :金星2個
- 幕内戦歴:235勝290敗(35場所)勝率:44.8%
- 小結:5勝10敗(1場所)勝率:33.3%
- 前頭:230勝280敗(34場所)勝率:45.1%
- 十両戦歴:299勝280敗36休(41場所)勝率:51.6%
第24代・竹縄 泰一 (元関脇・栃乃洋)
石川県七尾市出身、春日野部屋の元力士で最高位は関脇。速攻相撲と強力な下手投げで12個の金星を獲得。
24代・竹縄 泰一(春日野部屋) - 四股名 :栃乃洋 泰一(とちのなだ たいいち)
- 最高位 :関脇
- 年寄名跡:24代竹縄
- 出身地 :石川県七尾市
- 本 名 :後藤 泰一
- 生年月日:昭和49年(1974)2月26日(52歳)
- 出身大学:拓殖大学
- 所属部屋:春日野部屋
- 改名歴 :後藤⇒栃乃洋
- 初土俵 :平成8年(1996)1月・幕下60付出(21歳11ヵ月)
- 新十両 :平成8年(1996)11月(22歳9ヵ月)
- 新入幕 :平成9年(1997)5月(23歳3ヵ月)
- 新三役 :平成9年(1997)11月(23歳9ヵ月)
- 最終場所:平成24年(2012)1月(37歳11ヵ月)
- 生涯戦歴:669勝700敗31休/1366出場(96場所)
- 生涯勝率:48.9%
- 優勝等 :幕内次点2回,十両優勝2回,幕下同点1回
- 成 績 :殊勲賞3回,敢闘賞2回,技能賞1回,金星12個
- 幕内戦歴:556勝628敗31休(81場所)勝率:47.0%
- 関脇:12勝18敗(2場所)勝率:40.0%
- 小結:41勝49敗(6場所)勝率:45.6%
- 前頭:503勝561敗31休(73場所)勝率:47.3%
- 十両戦歴:87勝63敗(10場所)勝率:58.0%
第15代・二十山 仁 (元小結・栃乃花)
栃乃花 仁(とちのはな ひとし)は岩手県久慈市出身、春日野部屋の元力士で、最高位は小結。
平成7年(1995)3月場所に22歳0ヶ月で初土俵を踏み、平成20年(2008)1月場所を最後に引退(34歳10ヶ月)。
通算成績は449勝439敗32休885出場。生涯勝率.506。通算78場所中、43場所を勝ち越した(勝ち越し率.558)。
主な成績は幕内次点1回,十両優勝1回,序ノ口優勝1回。敢闘賞2回,技能賞2回。
昭和48年(1973)2月28日生まれ。本名は谷地 仁。
中学時代は柔道で相撲は高校に入ってから。明治大学相撲部では副主将を務めた。
平成12年(2000)5月に新入幕。この場所で大関戦が組まれた栃乃花は千代大海と貴ノ浪を破る大健闘をみせて敢闘賞と技能賞を獲得。新入幕力士が大関に勝つのは22年ぶりの快挙であった。現役時代は美男子の人気力士、幕下へいちど陥落も再度入幕を果たす。
- 年寄
15代・二十山 仁(春日野部屋) - 四股名
- 栃乃花 仁(とちのはな ひとし)
- 最高位
- 小結
- 年寄名跡
- 15代二十山 仁
- 出身地
- 岩手県九戸郡山形村 → 岩手県久慈市
- 本名
- 谷地 仁
- 生年月日
- 昭和48年(1973)2月28日(53歳)
- 出身高校
- 岩手県立浄法寺高校
- 出身大学
- 明治大学
- 所属部屋
- 春日野部屋
- 改名歴
- 谷地 仁 → 栃乃花 仁
- 初土俵
- 平成7年(1995)3月 前相撲(22歳0ヶ月)
- 新十両
- 平成11年(1999)1月(所要23場所)
- 25歳10ヶ月(初土俵から3年10ヶ月)
- 新入幕
- 平成12年(2000)5月(所要31場所)
- 27歳2ヶ月(初土俵から5年2ヶ月)
- 新小結
- 平成12年(2000)11月(所要34場所)
- 27歳8ヶ月(初土俵から5年8ヶ月)
- 最終場所
- 平成20年(2008)1月(34歳10ヶ月)
- 大相撲歴
- 78場所(12年10ヶ月)
- 通算成績
- 449勝439敗32休885出場(勝率.506)
- 通算78場所
- 勝ち越し43場所(勝ち越し率.558)
- 優勝等
- 幕内次点1回,十両優勝1回,序ノ口優勝1回
- 受賞・金星
- 敢闘賞2回,技能賞2回
- 幕内戦歴
- 155勝194敗11休348出場(勝率.444)
- 在位24場所(在位率.308)
- 勝ち越し8場所(勝ち越し率.333)
- 小結戦歴
- 3勝12敗0休15出場(勝率.200)
- 在位1場所(在位率.013)
- 勝ち越し0場所(勝ち越し率.000)
- 前頭戦歴
- 152勝182敗11休333出場(勝率.455)
- 在位23場所(在位率.295)
- 勝ち越し8場所(勝ち越し率.348)
- 十両戦歴
- 167勝169敗21休334出場(勝率.497)
- 在位24場所(在位率.308)
- 勝ち越し13場所(勝ち越し率.542)
- 関取戦歴
- 322勝363敗32休682出場(勝率.470)
- 在位48場所(在位率.615)
- 勝ち越し21場所(勝ち越し率.438)
- 幕下以下歴
- 127勝76敗0休203出場(勝率.626)
- 在位29場所(在位率.372)
- 勝ち越し22場所(勝ち越し率.759)
春日野部屋の師匠
第11代・春日野 清隆 (元関脇・栃乃和歌)
栃乃和歌 清隆 (とちのわか きよたか)は和歌山県海草郡下津町出身、春日野部屋の元力士で、最高位は関脇。
昭和60年(1985)3月場所に22歳9ヶ月で初土俵を踏み、平成11年(1999)7月場所を最後に引退(37歳1ヶ月)。
通算成績は588勝621敗24休1207出場。生涯勝率.487。通算87場所中、48場所を勝ち越した(勝ち越し率.552)。
主な成績は幕内(次点1)、十両優勝1回、幕下優勝1回、殊勲賞2回、敢闘賞3回、技能賞1回、金星4個(大乃国1個、北勝海2個、貴乃花1個)。
昭和37年(1962)5月22日生まれ。本名は綛田 清隆。
強靭な右四つの型と師匠直伝の基礎を武器に大相撲の土俵で長く活躍し、最高位は関脇まで昇進した。幕内連続在位76場所という足跡を残し、引退後は歴代横綱が率いてきた名門・春日野部屋を継承。自身の経験を生かした厳格な指導で後進を育て上げている。
野球少年からの転向と角界入り
幼少期から野球に打ち込み、中学時代にはその規格外の長打力が強豪・箕島高校野球部監督であった尾藤 公氏の目に留まり、昭和53年(1978年)に同校へ進学した。しかし、体重の増加や新入部員が多数いた事情もあり、監督の勧めを受けて相撲へ転向する。
卒業後は明治大学へと進学し、団体戦の全国大会で優勝するなど活躍を見せた。一方で、学生横綱などの大きな個人タイトルを獲得できなかった悔しさもあり、大学時代に出稽古で縁のあった春日野部屋への入門を決意する。昭和60年(1985年)3月場所、本名の「綛田(かせだ)」を四股名とし、幕下60枚目格付出で初土俵を踏んだ。
師匠の指導と相撲スタイルの確立
角界入り後は順調に勝ち星を重ね、昭和61年(1986年)9月場所で新十両へ昇進。これを機に四股名を「栃乃和歌」へと改名した。当時の師匠である9代春日野(元横綱・栃錦)は、元来四つ相撲専門であった栃乃和歌に対し、地力をつけさせる目的で徹底的に突き押しを教え込んだ。
その成果は着実に表れ、昭和62年(1987年)1月場所の新入幕を経て、同年3月場所では10勝を挙げて初の三賞となる敢闘賞を受賞。さらに同年7月場所では、2日目に自身より100キロ近く重い小錦を諸差しからの寄り切りで下す活躍を見せ、殊勲賞を獲得した。封印していた四つ相撲を解禁して見せたこの一番は、突き押しの基礎固めによって四つ相撲の威力が向上したことの証明であった。
大関候補としての活躍と上位の壁
その後も幕内上位に定着し、右四つに組めば大関級と評される確かな実力を発揮した。昭和63年(1988年)1月場所では大乃国から初金星を獲得。平成4年(1992年)3月場所では小結の地位で2大関を破り、千秋楽まで優勝争いに絡む12勝3敗の好成績を残し、殊勲賞と技能賞を獲得している。
大関昇進の期待も懸かったが、攻めの遅さや体の硬さ、そして度重なる怪我に苦しんだ。さらに、千代の富士や武蔵丸といった大横綱の厚い壁に阻まれたこともあり、大関昇進を果たすことはできなかった。それでも、平成9年(1997年)1月場所では横綱・貴乃花から5年半ぶりとなる金星(自身4個目)を獲得するなど、長く第一線で土俵を務め続けた。
引退と名門・春日野部屋の継承
平成11年(1999年)7月場所、取組中に肋骨を負傷して途中休場を余儀なくされ、十両陥落が濃厚となったことで現役引退を表明した。幕内連続在位76場所という記録を残し、引退後は年寄・竹縄を襲名。平成15年(2003年)には10代春日野(元横綱・栃ノ海)の停年退職に伴い部屋を継承し、11代春日野を襲名した。
本名の「清隆」は、祖母が9代春日野の大ファンであり、その本名にあやかって名付けたものである。年寄襲名に伴い名跡と本名が合わさると、9代春日野と同じ「春日野清隆」となるため、畏れ多いとして改名も考えたが、10代春日野の助言により本名のまま襲名することとなった。
部屋創設以来、歴代師匠が元横綱であった名門において最高位関脇での継承となったが、「三役にとどまった者だからこそできる指導がある」「99パーセントの力士は天才ではない」との信念を持ち、引け目を感じることなく後進を育成している。部屋の方針として出稽古を行わず、本場所を想定した「待ったなし」のスピーディーで厳格な稽古によって力士を鍛え上げている。
- 四股名
- 栃乃和歌 清隆 (とちのわか きよたか)
- 最高位
- 関脇
- 年寄名跡
- 17代竹縄 清隆(春日野) → 11代春日野 清隆
- 出身地
- 和歌山県海草郡下津町
- 本名
- 綛田 清隆
- 生年月日
- 昭和37年(1962)5月22日(64歳)
- 出身高校
- 箕島高校
- 出身大学
- 明治大学
- 所属部屋
- 春日野部屋
- 改名歴
- 綛田 清隆 → 栃乃和歌 清隆
- 初土俵
- 昭和60年(1985)3月 幕下60枚目付出(22歳9ヶ月)
- 新十両
- 昭和61年(1986)9月(所要9場所)
- 24歳3ヶ月(初土俵から1年6ヶ月)
- 新入幕
- 昭和62年(1987)1月(所要11場所)
- 24歳7ヶ月(初土俵から1年10ヶ月)
- 新小結
- 昭和62年(1987)7月(所要14場所)
- 25歳1ヶ月(初土俵から2年4ヶ月)
- 新関脇
- 昭和62年(1987)9月(所要15場所)
- 25歳3ヶ月(初土俵から2年6ヶ月)
- 最終場所
- 平成11年(1999)7月場所(37歳1ヶ月)
- 大相撲歴
- 87場所(14年4ヶ月)
- 通算成績
- 588勝621敗24休1207出場(勝率.487)
- 通算87場所
- 勝ち越し48場所(勝ち越し率.552)(勝ち越し星128)
- 優勝等
- 幕内(次点1),十両優勝1回,幕下優勝1回
- 受賞・金星
- 殊勲賞2回,敢闘賞3回,技能賞1回,金星4個(大乃国1個、北勝海2個、貴乃花1個)
- 持給金
- 146円50銭(勝ち越し星128個 金星4個)
- 幕内戦歴
- 525勝591敗24休1114出場(勝率.471)
- 在位76場所(在位率.874)
- 勝ち越し39場所(勝ち越し率.513)
- 三役戦歴
- 120勝131敗4休250出場(勝率.480)
- 在位17場所(在位率.195)
- 勝ち越し9場所(勝ち越し率.529)
- 関脇戦歴
- 40勝61敗4休100出場(勝率.400)
- 在位7場所(在位率.080)
- 勝ち越し2場所(勝ち越し率.286)
- 小結戦歴
- 80勝70敗0休150出場(勝率.533)
- 在位10場所(在位率.115)
- 勝ち越し7場所(勝ち越し率.700)
- 前頭戦歴
- 405勝460敗20休864出場(勝率.469)
- 在位59場所(在位率.678)
- 勝ち越し30場所(勝ち越し率.508)
- 十両戦歴
- 20勝10敗0休30出場(勝率.667)
- 在位2場所(在位率.023)
- 勝ち越し2場所(勝ち越し率1.000)
- 関取戦歴
- 545勝601敗24休1144出場(勝率.476)
- 在位78場所(在位率.897)
- 勝ち越し41場所(勝ち越し率.526)
- 幕下以下歴
- 43勝20敗0休63出場(勝率.683)
- 在位9場所(在位率.103)
- 勝ち越し7場所(勝ち越し率.778)
名鑑ページでは、以下のような詳細な分析データをはじめ、豊富な表やグラフをご覧いただけます。
- ✅ 勝った決まり手1位:寄り切り(231回 / 42.2%)
- ✅ 負けた決まり手1位:寄り切り(230回 / 38.2%)
- ✅ 得意な相手:久島海(12勝2敗 / 勝率.857)
- ✅ 苦手な相手:武蔵丸(0勝23敗 / 勝率.000)
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