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若くないけれど若者頭?本場所の進行には欠かせない!若者頭について解説

相撲のテレビ中継を観ていると解説者として「若者頭の○○さん」と紹介されているのを聞いたことがありませんか?(BS放送の幕下以下の取組です) 初めて聞いたときは「わかいものがしら?」って疑問に思ったものでした。 紹介された当の本人が全然若くないことも疑問に拍車をかけるんです。 このように相撲の世界にはいろんな職種の人がいます。力士をはじめ、年寄や行司、呼出、床山など様々ですが、若者頭もそのなかのひとりなんです。 そこで今回は、大相撲の若者頭(わかいものがしら)について紹介します。
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若者頭はどんな人がなれるの?

まずは若者頭の採用基準から見ていきましょう。行司や呼出、床山は相撲未経験者でもなれますが、若者頭は、親方衆と同じく引退した力士であることが第一条件です。それでは条件を詳細に見ていきましょう。

若者頭の採用基準

若者頭は引退した十両・幕下力士、つまり幕下以上経験者である必要があります。これには、年寄名跡の取得基準にあるような現役中の成績などは関係ないようです。 また、年寄名跡取得が叶わなかった幕内経験者からの採用もあるようで、実際のところ現在採用されている若者頭は幕内・十両経験者で占められています。 相撲協会による若者頭の定員は8名、さらに停年は65歳なので、条件を満たしていても引退のタイミングによってはなれないことも。「若者頭に欠員が出たから引退するなら今だぞ」と、転身を勧められるケースもあるそうです。若者頭は相撲部屋に在籍するわけですが、呼出や床山とは違い定員が8名と少ないため、すべての部屋に若者頭がいるわけではありません。 ちなみに「相撲協会による定員」と書きましたが、相撲に携わる人たちはすべて相撲協会所属です。それぞれの部屋は親方を主として、力士や行司などが在籍しているわけですが、実はすべて協会所属で給料も協会から貰っています。つまり、若者頭になるには部屋の親方から協会に対して申請が出され、理事会の議決によって、相撲協会に採用されるわけです。
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若者頭はどんな仕事をしているの?

次に若者頭がどんな仕事をしているのかを見ていきましょう。冒頭でご紹介したようにテレビの解説席に座ることもある若者頭ですが、メインの仕事は他にあります。それは本場所の取組の進行補助と若手の指導・育成です。

取組の進行補助

勝負結果の記録はもちろん、懸賞金の準備や土俵下の控え力士の指揮や監督、取り組みで怪我をした力士がいたら、様子を見て力士専用の車椅子を準備したりと裏方として進行をサポートします。 そして、千秋楽では目立つ仕事が待っています。表彰式で優勝力士からトロフィーや優勝旗を土俵下で受け取るスーツ姿の人を見たことがありませんか?その人が若者頭なんです。お客さんの入りがまだ少ない三段目あたりの取組中には、相撲協会の青ジャンパーに草履姿のラフな格好で観客席でくつろいでいる姿を見かけますが、この時ばかりはスーツ姿なのが見どころです。 また、千秋楽で各段の力士優勝決定戦がある場合は、組合せ抽選から進行の段取りを受け持っています。 さらに、前相撲では裏方としてではなく全面的に取り仕切ることになります。取組を決めたり進行の世話をする他にも、まわしを直してあげたり、土俵上の作法を教えたりと、これから相撲の世界に入る新弟子たちの指導にあたります。晴れて出世披露を迎えた力士たちのお世話ももちろん若者頭の仕事です。 本場所以外では巡業や花相撲で取組の進行役も務めます。 ⇒【解説】前相撲とはどんな相撲?

若手の指導と育成

所属部屋では幕下以下の力士の指導や監督にあたります。特に相撲界は未成年の力士も少なくない世界ですから、生活面での監督・指導も欠かせません。稽古だけではなく生活面でもサポートして力士をひっぱていく若者頭の仕事は、まさに若い者の頭といえますね。
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若者頭の歴史

江戸の頃まで遡ると、その頃は「若い者」と呼ばれ、現在とは違い現役力士のままなることも出来たそうです。明治の頃には準年寄の待遇を得ていました。 また、昔は若者頭から年寄を襲名した者もいたようですが、昭和以降では、昭和5年(1930年)に10代濱風の養子となった若者頭の元十両・雷ヶ浦が11代濱風を襲名した例があるのみです。
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現役の若者頭

ここからは若者頭として仕事をされている現役8名の方について、ご紹介していきます。ちなみにですが、基本的に若者頭は現役時の四股名のまま仕事に携わります。ここは年寄名跡を襲名して名前が変わる親方衆との違いです。

白岩

現在は浅香山部屋の白岩(しらいわ)さんですが、現役時には伊勢ヶ濱部屋に所属していました。と、言っても現在の伊勢ヶ濱部屋とは別系統のもので、昭和4年(1929年)に5代伊勢ヶ濱(元関脇・清瀬川)が興した部屋です。現役引退後、その伊勢ヶ濱部屋で若者頭に就任した白岩さんですが、部屋の閉鎖に伴って桐山部屋、朝日山部屋、そして現在の浅香山部屋へと移ることになります。
基本情報所属:浅香山部屋 就任:昭和62年(1987年)8月 出身地:秋田県 現役時所属:伊勢ヶ濱部屋 最高位:東十両7枚目 初土俵 :昭和50年(1975年)1月 新十両 :昭和58年(1983年)1月 最終場所:昭和62年(1987年)9月(この場所全休) 生涯成績:77場所301勝280敗7休 十両成績:7場所35勝70敗

伊予櫻

高砂部屋に所属する伊予櫻(いよざくら)さんは、十両は1場所のみでしたが、幕下経験豊富で引退後に若者頭に就任しました。
基本情報所属:高砂部屋 就任:昭和63年(1988年)5月 出身地:愛媛県 現役時所属:高砂部屋 最高位:東十両11枚目 初土俵 :昭和51年(1976年)3月 新十両 :昭和59年(1984年)11月 最終場所:昭和63年(1988年)3月 生涯成績:73場所262勝234敗16休 十両成績:1場所2勝13敗

伯龍

鏡山部屋所属の伯龍(はくりゅう)さんは十両在位47場所と、実に8年近くの関取経験者で、部屋の師匠である8代鏡山の多賀龍は、十両時代の伯龍さんの付け人だったこともあるらしいです。 ちなみに現役時代の四股名は字の違う魄龍(はくりゅう)でした。通例通り魄龍の名で若者頭に就任しましたが、平成12年(2000年)1月から伯龍へと改名しました。
基本情報所属:鏡山部屋 就任:昭和63年(1988年)7月 出身地:山形県 現役時所属:鏡山部屋 最高位:西十両1枚目 初土俵 :昭和44年(1969年)11月 新十両 :昭和54年(1979年)5月 最終場所:昭和63年(1988年)5月 生涯成績:112場所566勝573敗14休 十両成績:47場所334勝371敗

琴千歳

佐渡ヶ嶽部屋の琴千歳(ことちとせ)さんは2度の十両優勝経験者で、そのひとつは新十両場所という実力者。新入幕後には東前頭5枚目まで番付を上げますが、十二指腸潰瘍を患ったことにより徐々に番付を下げ、幕下にまで陥落してしまいます。ところがそこからが琴千歳さんの凄いところ。再十両、再入幕を果たし、十両では2度目の優勝を遂げることになります。 昭和61年(1986年)7月場所の引退当初は世話人に就任することに。幕内経験者の世話人就任はこの時が2件目というレアケースでした。その後の平成3年(1991年)8月、同門の大鵬部屋所属だった若者頭・嗣子鵬の廃業により、空きができたことによって若者頭に転任して現在に至ります。
基本情報所属:佐渡ヶ嶽部屋 就任:平成3年(1991年)8月 出身地:北海道 現役時所属:佐渡ヶ嶽部屋 最高位:東前頭5枚目 初土俵 :昭和46年(1971年)7月 新十両 :昭和54年(1979年)5月 最終場所:昭和61年(1986年)7月 生涯成績:91場所440勝424敗22休 十両成績:32場所228勝237敗15休・2優勝 幕内成績:5場所32勝43敗

福ノ里

現在、陸奥部屋所属の福ノ里(ふくのさと)さんは立田川部屋所属の力士でした。最後となった場所も東幕下3枚目で2勝5敗の成績でしたが、ちょうど若者頭に欠員が出ており、転身を打診され現役を引退したそうです。こうして立田川部屋所属の若者頭となりましたが、平成12年(2002年)9月場所を最後に部屋が閉鎖された為、陸奥部屋へと移籍してきました。
基本情報所属:陸奥部屋 就任:平成5年(1993年)6月 出身地:岩手県 現役時所属:立田川部屋 最高位:東十両13枚目 初土俵 :昭和53年(1978年)7月 新十両 :平成元年(1989年)9月 最終場所:平成5年(1993年)5月 生涯成績:90場所330勝294敗7休 十両成績:1場所5勝10敗

花ノ国

芝田山部屋所属の花ノ国(はなのくに)さんは花籠部屋に入門後、部屋の閉鎖に伴って放駒部屋に移籍しました。昭和63年(1988年)3月場所で新入幕を果たすと、同年9月場所には優勝争いに絡む活躍を見せ、最終的には敢闘賞を獲得しました。また、千代の富士の節目の対戦相手として有名で、千代の富士の1000勝目と大鵬の連勝記録を超えた46連勝目の相手は花ノ国さんなんです。 引退時には年寄名跡を取得するだけの実績は十分ありましたが、名跡取得を希望せずに若者頭に就任しました。
基本情報所属:芝田山部屋 就任:平成6年(1994年)10月 出身地:大阪府 現役時所属:花籠→放駒部屋 最高位:東前頭1枚目 初土俵 :昭和50年(1975年)3月 新十両 :昭和58年(1983年)5月 新入幕 :昭和63年(1988年)3月 最終場所:平成6年(1994年)11月 生涯成績:118場所605勝593敗21休 十両成績:26場所190勝193敗7休 幕内成績:24場所159勝189敗12休・1敢闘賞、1金星

前進山

高田川部屋所属の前進山(ぜんしんやま)さんは十両を通算37場所と長く務めており、入幕も期待される位置にいましたが、度重なる怪我によってあと一歩届きませんでした。平成11年(1999年)9月場所を最後に引退、若者頭に就任しました。
基本情報所属:高田川部屋 就任:平成11年(1999年)9月 出身地:神奈川県 現役時所属:高田川部屋 最高位:東十両2枚目 初土俵 :昭和57年(1982年)11月 新十両 :平成元年(1989年)5月 最終場所:平成11年(1999年)9月 生涯成績:102場所480勝467敗56休 十両成績:37場所244勝280敗31休

栃乃藤

春日野部屋所属の栃乃藤(とちのふじ)さんは、幕内在位は2場所でしたが、十両や幕下で長く土俵を務めました。平成12年(2000年)11月場所後に兄弟子の元十両・栃天晃が若者頭就任を打診されましたが、現役でいたい栃天晃はこれを辞退、代わりに栃乃藤に話がまわってきた為、これを受け若者頭に就任することになりました。(ところで栃天晃ですが、平成23年(2011年)5月場所まで現役を続けたんですよ!現役生活29年間44歳でした。)
基本情報所属:春日野部屋 就任:平成13年(2001年)1月 出身地:福岡県 現役時所属:春日野部屋 最高位:東前頭11枚目 初土俵 :昭和60年(1985年)3月 新十両 :平成4年(1992年)7月 新入幕 :平成5年(1993年)3月 最終場所:平成13年(2001年)1月(この場所全休) 生涯成績:96場所414勝387敗24休 十両成績:18場所121勝143敗6休 幕内成績: 2場所12勝18敗

カテゴリー : 若者頭

公開日:2017-10-16
投稿者:レイ