武蔵川(むさしがわ)部屋の現役力士の番付と成績、そして基礎情報をまとめてご紹介します。
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- 一門
- :出羽海一門
- 創設
- :平成25年(2013年)4月1日
- 創設者
- :第15代・武蔵川 光偉 (元横綱・武蔵丸 光洋)
- 現師匠
- :同上
- 所在地
- :東京都江戸川区中央4-1-10 📍地図
- サイト
- : 公式サイト / X(Twitter) / Instagram
この記事の目次
力士一覧表(番付・星取表・成績・経歴)
| No | 四股名 | 直近7場所 成績 | 直近7場所 勝率 | 番付 (令8.7) | 7月場所 成績 | 令和8年7月場所星取表 | S1 | 番付 推移 | 変動 枚数 | 番付 (令8.5) | 5月場所 成績 | 令和8年5月場所星取表 | S2 | 番付 推移 | 変動 枚数 | 番付 (令8.3) | 3月場所 成績 | 令和8年3月場所星取表 | S3 | 番付 推移 | 変動 枚数 | 番付 (令8.1) | 1月場所 成績 | 令和8年1月場所星取表 | S4 | 番付 推移 | 変動 枚数 | 番付 (令7.11) | 11月場所 成績 | 令和7年11月場所星取表 | S5 | 番付 推移 | 変動 枚数 | 番付 (令7.9) | 9月場所 成績 | 令和7年9月場所星取表 | s6 | 番付 推移 | 変動 枚数 | 番付 (令7.7) | 7月場所 成績 | 令和7年7月場所星取表 | 初日 | 2日目 | 3日目 | 4日目 | 5日目 | 6日目 | 7日目 | 中日 | 9日目 | 10日目 | 11日目 | 12日目 | 13日目 | 14日目 | 千秋楽 | 最高位 | 出身地 | 部屋 | 一門 | 年齢 | 生年月日 | 大相撲歴 | 本名 | 旧四股名 | 旧所属 | 身長(㎝) | 体重(㎏) | BMI | 出身高校 | 出身大学 | 初土俵 | 初土俵 年齢 | 新十両 | 新十両 年齢 | 新入幕 | 新入幕 年齢 | 新小結 | 新小結 年齢 | 新関脇 | 新関脇 年齢 | 大関昇進 | 大関昇進 年齢 | 横綱昇進 | 横綱昇進 年齢 | 幕内 優勝 | 十両 優勝 | 幕下 優勝 | 三段目 優勝 | 序二段 優勝 | 序ノ口 優勝 | 技能賞 | 殊勲賞 | 敢闘賞 | 金星 | 通算 勝利数 | 通算 敗数 | 通算 休数 | 出場回数 | 通算 勝率(%) | s誕生日 | s初土俵 | s新十両 | s新入幕 | s新小結 | s新関脇 | s大関昇進 | s横綱昇進 | s初土俵年齢 | s新十両年齢 | s新入幕年齢 | s新小結年齢 | s新関脇年齢 | s大関昇進年齢 | s横綱昇進年齢 | s7場所勝敗 | s1勝敗 | s2勝敗 | s3勝敗 | s4勝敗 | s5勝敗 | s6勝敗 | s7勝敗 | s2順 | s3順 | s4順 | s5順 | s6順 | s7順 | s1シフト | s2シフト | s3シフト | s4シフト | s5シフト | s6シフト | sしこな | s最高位 | s出身ふりがな | s部屋ふりがな | s7勝率 | s勝 | s敗 | s休 | s出 | s勝率 | s幕優 | s十 | s下 | s三 | s二 | s口 | s技 | s殊 | s敢 | s金 |
|---|
武蔵川部屋の情報
星取表
対戦相手と決まり手、勝敗が分かります。対戦相手をクリックすると、互いの詳細情報が確認できます。
日ごとの成績
日ごとの成績で、好不調が分かります。
| トータル | 初日 | 2日目 | 3日目 | 4日目 | 5日目 | 6日目 | 7日目 | 中日 | 9日目 | 10日目 | 11日目 | 12日目 | 13日目 | 14日目 | 千秋楽 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 84取組 42勝 42敗 勝敗差±0 | 6取組 3勝 3敗 ±0 | 6取組 3勝 3敗 ±0 | 6取組 3勝 3敗 ±0 | 6取組 5勝 1敗 +4 | 5取組 1勝 4敗 -3 | 7取組 3勝 4敗 -1 | 6取組 1勝 5敗 -4 | 6取組 6勝 0敗 +6 | 4取組 2勝 2敗 ±0 | 8取組 3勝 5敗 -2 | 1取組 0勝 1敗 -1 | 11取組 5勝 6敗 -1 | 3取組 3勝 0敗 +3 | 4取組 1勝 3敗 -2 | 5取組 3勝 2敗 +1 |
📊 武蔵川部屋 本場所成績
武蔵川部屋の概要
現在の相撲部屋のなかで屈指のややこしさを誇るのが、この武蔵川部屋と藤島部屋の関係性ではないでしょうか?ちょっと整理しておきましょう。
武蔵川部屋の歴史
武蔵川部屋とは、14代武蔵川(元横綱・三重ノ海)が興した武蔵川部屋の横綱だった武蔵丸が、平成25年(2013年)4月に藤島部屋から分家独立して興した相撲部屋です。
出羽海部屋からの分家で旧武蔵川部屋が誕生
昭和55年(1980年)11月場所中に引退した横綱・三重ノ海は、14代武蔵川として出羽海部屋の部屋付親方を務めていましたが、昭和56年(1981年)8月29日に分家独立を果たして武蔵川部屋を創設しました。 「不許分家独立」の不文律がある出羽海部屋からの円満分家は、大正14年(1925年)5月の元横綱・栃木山による春日野部屋創設以来、実に56年ぶりとなる分家でした。
旧武蔵川部屋から藤島部屋へ、そして「新生」武蔵川部屋
数々の名力士を育て上げた14代は、平成22年(2010年)9月に師匠の座を18代藤島(元大関・武双山)へと譲りますが、名跡の交換はせずに部屋の名称は武蔵川部屋から藤島部屋へと改称されました。
そして、この藤島部屋の部屋付親方だった15代武蔵川(元横綱・武蔵丸)が平成25年(2013年)4月1日に分家独立をして創設したのが現在の武蔵川部屋となります。
つまり、「本家は名称を変更して、分家が本家の名を継いだ」という関係性にあるのです。
武蔵川部屋の系譜
武蔵川部屋の成り立ちを系譜でご紹介します。

武蔵川部屋の師匠
第15代・武蔵川 光偉 (元横綱・武蔵丸)
武蔵丸 光洋 (むさしまる こうよう)はアメリカ・ハワイ州オアフ島出身、武蔵川部屋の元力士で、最高位は第67代横綱。
平成元年(1989)9月場所に18歳4ヶ月で初土俵を踏み、平成15年(2003)11月場所を最後に引退(32歳6ヶ月)。
通算成績は779勝294敗115休1068出場。生涯勝率.729。通算86場所中、75場所を勝ち越した(勝ち越し率.882)。
主な成績は幕内優勝12回(同点6 次点8)、十両優勝1回、三段目優勝1回、序ノ口優勝1回、殊勲賞1回、敢闘賞1回、技能賞2回。
昭和46年(1971)5月2日生まれ。本名はペニタニ フィアマル→武蔵丸 光洋。
アメリカ領サモアに生まれ、ハワイで育ち、外国出身力士として2人目の横綱へと昇進した第67代横綱・武蔵丸。強靱な肉体と突き押しを武器に、曙や貴乃花ら強力なライバルたちと激しい覇権争いを繰り広げた。大関在位32場所という長い期間において一度も負け越しや角番を経験せず、幕内55場所連続勝ち越しという歴代1位の金字塔を打ち立てるなど、類まれな安定感で大相撲の一時代を力強く支えた。
言葉の壁と家計を助けるための角界入り
6歳の時に一家でハワイに移住したが、当初はサモア語しか話せず、環境に馴染むのに苦労したという。小学校時代にアメリカンフットボールを始め、高校時代には授業料免除の特待生としてディフェンスラインで活躍し、プロを目指していた。大学からも勧誘を受けたが、経済的な理由から進学を断念。「大きな体を生かして家計を助けよう」と決心し、14代武蔵川(元横綱・三重ノ海)からのスカウトを受けて角界入りを決意した。四股名は所属する武蔵川部屋と本名の「フィアマル」から取って「武蔵丸」と名付けられた。
平成元年(1989年)9月場所に初土俵を踏む。幕下時代は1日100番の猛稽古で鍛え上げ、苦手だった納豆を含めて何でも食べるよう心掛けた。幕下2場所目となる平成2年(1990年)9月場所に2勝5敗で入門後初の負け越しを経験したが、これ以降、平成12年(2000年)1月場所まで約10年間にわたり一度も負け越しを喫しないこととなる。順調に番付を上げ、平成3年(1991年)7月場所に新十両へ昇進。その場所を11勝4敗の成績で十両優勝を果たすと、翌9月場所も10勝を挙げて十両を2場所で通過し、同年11月場所には新入幕を果たした。
大関昇進と外国出身力士初の全勝優勝
幕内上位に定着すると、突き押しに加えて右差しからの攻めを覚え、安定感を増していく。平成4年(1992年)5月場所に小結へ昇進し、同年9月場所で関脇へ昇進。平成5年(1993年)11月場所では13勝2敗の好成績で初の殊勲賞を獲得するなど実績を重ね、平成6年(1994年)3月場所後に大関昇進を果たした。
同年7月場所では15戦全勝の圧倒的な成績を残し、外国出身力士として史上初となる幕内全勝優勝を達成する。大雨と暴風の中で行われた優勝パレードの後、武蔵丸本人が「関脇や小結に本当に強い力士がいっぱいいた中での全勝だから価値がある」と語った通り、当時の層の厚い幕内上位において極めて価値の高い初優勝であった。
分厚い上位の壁と日本国籍取得
全勝優勝を成し遂げたものの、当時の上位陣は曙や貴乃花をはじめとする強力なライバルがひしめき合う分厚い壁が存在しており、幾度も優勝争いに加わりながらも横綱にはあと一歩届かない場所が続いた。現状を打破するため、右差しで腕を返して寄る相撲へと型を磨き、上位陣への対抗策を模索し続けた。
土俵外では、平成8年(1996年)1月22日に日本国籍を取得し、本名を「武蔵丸光洋」としている。同年11月場所では幕内史上最多となる5人での優勝決定巴戦を制し、14場所ぶり2度目の幕内優勝を果たした。
記録的な連続勝ち越しと横綱昇進
平成11年(1999年)3月場所は当時の3横綱が全員休場する異例の事態となったが、武蔵丸は千秋楽に大関・貴ノ浪との12勝2敗同士の相星決戦を制して13勝2敗で4度目の優勝を果たした。同時に、幕下時代から続く連続勝ち越し記録を「51場所」へと伸ばし、歴代1位の新記録を樹立する。
続く同年5月場所でも、千秋楽に横綱・曙を破って13勝2敗で連続優勝を飾った。当時の分厚い上位陣に阻まれて大関在位は32場所におよんだが、その間に一度も負け越しや角番を経験しない無類の安定感と優勝5回の実績が評価され、場所後に第67代横綱への昇進を決めた。大関在位32場所での横綱昇進は、琴櫻と並ぶ史上1位タイのスロー記録であった。
貴乃花との激闘と一人横綱の重責
横綱昇進後も持ち前の力強さを発揮し、平成11年には自身初の年間最多勝を獲得する。しかし、平成12年(2000年)1月場所に左手首の負傷で初土俵以来初の途中休場を喫し、連続勝ち越し記録は「55場所」で途切れた。
以降はケガとの戦いが続く中、ライバル・貴乃花との激闘は歴史に深く刻まれている。平成13年(2001年)5月場所では、右膝に大ケガを負った貴乃花との優勝決定戦に敗れ、そのショックから体調を崩すほど悩み苦しんだが、猛稽古で自らを奮い立たせて同年11月場所で優勝を果たし、復活を遂げた。平成14年(2002年)9月場所の千秋楽では、長期休場明けの貴乃花との相星決戦に勝利して12度目の優勝を飾り、「心を鬼にした横綱」と称えられた。両横綱の切磋琢磨は、当時の大相撲の土俵を大いに盛り上げた。
満身創痍の引退と武蔵川部屋の再興
平成14年11月場所に左手首のケガが悪化して途中休場し、手術を受けたものの全快には至らなかった。左手の握力が20kgを切るほど深刻な状態となり、6場所連続の休場を経て復帰した平成15年(2003年)11月場所の7日目、土佐ノ海の引っ掛けにあえなく土俵を割り、かつての相撲勘を取り戻すことはできず引退を決断する。
その日の夜、師匠に「これ以上、横綱としての相撲が千秋楽まで取れない」と引退の意向を伝えると、その報告を聞かされた弟弟子である武双山や雅山たちは揃って号泣したという。
引退会見では、高校時代のアメフトでの負傷により、入門当初から左肩にはほとんど力が入らなかったという衝撃の事実を明かした。見えないハンデを抱えながらも分厚い上位の壁に挑み続けた14年間であり、通算1068回の出場を果たし、779勝294敗115休の生涯成績を残して、その歴史的な土俵人生に幕を下ろした。
引退後は「横綱5年」の制度を利用して武蔵川部屋付きの親方となり、「振分」「大島」と名跡を変えながら指導にあたった。平成25年(2013年)2月に14代武蔵川の停年退職に伴って年寄「武蔵川」を取得し、15代武蔵川を襲名。同年4月に独立して武蔵川部屋を再興し、おおらかな指導方針で後進の育成に尽力している。
- 四股名
- 武蔵丸 光洋 (むさしまる こうよう)
- 最高位
- 第67代横綱
- 年寄名跡
- 15代振分 光洋(武蔵川) → 15代振分 光洋(藤島) → 3代大島 光洋(藤島) → 15代武蔵川 光偉(藤島) → 15代武蔵川 光偉
- 出身地
- アメリカ・ハワイ州オアフ島
- 本名
- ペニタニ フィアマル→武蔵丸 光洋
- 生年月日
- 昭和46年(1971)5月2日(55歳)
- 出身高校
- ワイアナエ高校
- 所属部屋
- 武蔵川部屋
- 改名歴
- 武蔵丸 光洋
- 初土俵
- 平成元年(1989)9月 前相撲(18歳4ヶ月)
- 新十両
- 平成3年(1991)7月(所要11場所)
- 20歳2ヶ月(初土俵から1年10ヶ月)
- 新入幕
- 平成3年(1991)11月(所要13場所)
- 20歳6ヶ月(初土俵から2年2ヶ月)
- 新小結
- 平成4年(1992)5月(所要16場所)
- 21歳0ヶ月(初土俵から2年8ヶ月)
- 新関脇
- 平成4年(1992)9月(所要18場所)
- 21歳4ヶ月(初土俵から3年0ヶ月)
- 新大関
- 平成6年(1994)3月(所要27場所)
- 22歳10ヶ月(初土俵から4年6ヶ月)
- 新横綱
- 平成11年(1999)7月(所要59場所)
- 28歳2ヶ月(初土俵から9年10ヶ月)
- 最終場所
- 平成15年(2003)11月場所(32歳6ヶ月)
- 大相撲歴
- 86場所(14年2ヶ月)
- 通算成績
- 779勝294敗115休1068出場(勝率.729)
- 通算86場所
- 勝ち越し75場所(勝ち越し率.882)(勝ち越し星494)
- 優勝等
- 幕内優勝12回(同点6 次点8),十両優勝1回,三段目優勝1回,序ノ口優勝1回
- 受賞・金星
- 殊勲賞1回,敢闘賞1回,技能賞2回
- 持給金
- 670円50銭(勝ち越し星494個 優勝12回)
- 横綱戦歴
- 216勝67敗115休278出場(勝率.777)
- 在位27場所(在位率.314)
- 勝ち越し18場所(勝ち越し率.667)
- 大関戦歴
- 353勝127敗0休480出場(勝率.735)
- 在位32場所(在位率.372)
- 勝ち越し32場所(勝ち越し率1.000)
- 幕内戦歴
- 706勝267敗115休968出場(勝率.729)
- 在位73場所(在位率.849)
- 勝ち越し64場所(勝ち越し率.877)
- 三役戦歴
- 108勝57敗0休165出場(勝率.655)
- 在位11場所(在位率.128)
- 勝ち越し11場所(勝ち越し率1.000)
- 関脇戦歴
- 89勝46敗0休135出場(勝率.659)
- 在位9場所(在位率.105)
- 勝ち越し9場所(勝ち越し率1.000)
- 小結戦歴
- 19勝11敗0休30出場(勝率.633)
- 在位2場所(在位率.023)
- 勝ち越し2場所(勝ち越し率1.000)
- 前頭戦歴
- 29勝16敗0休45出場(勝率.644)
- 在位3場所(在位率.035)
- 勝ち越し3場所(勝ち越し率1.000)
- 十両戦歴
- 21勝9敗0休30出場(勝率.700)
- 在位2場所(在位率.023)
- 勝ち越し2場所(勝ち越し率1.000)
- 関取戦歴
- 727勝276敗115休998出場(勝率.728)
- 在位75場所(在位率.872)
- 勝ち越し66場所(勝ち越し率.880)
- 幕下以下歴
- 52勝18敗0休70出場(勝率.743)
- 在位10場所(在位率.116)
- 勝ち越し9場所(勝ち越し率.900)
名鑑ページでは、以下のような詳細な分析データをはじめ、豊富な表やグラフをご覧いただけます。
- ✅ 勝った決まり手1位:押し出し(235回 / 32.0%)
- ✅ 負けた決まり手1位:寄り切り(91回 / 32.0%)
- ✅ 得意な相手:貴闘力(37勝8敗 / 勝率.822)
- ✅ 苦手な相手:貴乃花(19勝29敗 / 勝率.396)
出身地別、力士別、初土俵別など様々な方法で力士データをまとめています。
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