春日野(かすがの)部屋の過去から現在までの主な所属力士をご紹介する春日野部屋の大相撲力士まとめ!
この記事では春日野部屋の主な関取を中心に紹介していきます。過去の力士については最高位や改名歴、初土俵や各段の昇進時期と最終場所、さらに生涯戦歴と生涯勝率、成績等を中心にご紹介していきます。また、現役力士については最高位と昇進時期、主な成績などを載せています。
なお、年寄名跡欄の
現役の春日野部屋力士の最新番付や成績、詳細なデータをご覧になりたい方はこちら
相撲部屋や出身地ごとの場所の成績からランキングを作成しております。初場所、好調な相撲部屋や力士の出身地はどこ?
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この記事の目次
この記事の目次
- 一門 :出羽海一門
- 創設 :大正14年(1925)5月
- 創設者: 8代・春日野 剛也(第27代横綱・栃木山)
- 現師匠:11代・春日野 清隆(元関脇・栃乃和歌)
- 所在地:東京都墨田区両国1-7-11
- SNS:春日野部屋facebook
- 備考 :部屋自体は大正8年(1919)に7代春日野(元・木村宗四郎)により、養子である栃木山の内弟子を預かるかたちで創設されていた。しかし、栃木山が引退し、「分家独立を許さず」の不文律があった出羽海部屋から、例外的に独立許可を得たことにより春日野部屋は本格的に動き始めた。
春日野部屋の優勝力士
優勝制度が制定された明治42年(1909)6月場所以降、春日野部屋の幕内最高優勝力士は4人が誕生しています。総優勝回数は15回になります。春日野部屋初優勝はいつで誰?
春日野部屋所属力士で初の優勝は、昭和27年(1952)9月場所で関脇だった栃錦(最高位・横綱)でした。その後、優勝を重ねた栃錦は昭和35年(1960)1月場所の優勝で10回目の賜杯を抱くことになります。
春日野部屋の優勝力士一覧
では、歴代の春日野部屋の幕内優勝力士を年月順で一覧表にして見てみましょう。
№ | 四股名 | 優勝場所 | 回数 | 優勝時の番付 | 出身 | 部屋 | 最高位 | 成績 | 四股名 | 備考 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
1 | 栃錦 | 昭和27年9月 | 初 | 西関脇 | 東京都 | 春日野 | 44代横綱 | 14勝1敗 | 栃錦 | |
2 | 栃錦 | 昭和28年3月 | 2回目 | 東大関 | 東京都 | 春日野 | 44代横綱 | 14勝1敗 | 栃錦 | |
3 | 栃錦 | 昭和29年5月 | 3回目 | 西大関 | 東京都 | 春日野 | 44代横綱 | 14勝1敗 | 栃錦 | |
4 | 栃錦 | 昭和29年9月 | 4回目 | 東大関 | 東京都 | 春日野 | 44代横綱 | 14勝1敗 | 栃錦 | |
5 | 栃錦 | 昭和30年5月 | 5回目 | 西横綱 | 東京都 | 春日野 | 44代横綱 | 14勝1敗 | 栃錦 | |
6 | 栃錦 | 昭和32年9月 | 6回目 | 東横綱 | 東京都 | 春日野 | 44代横綱 | 13勝2敗 | 栃錦 | |
7 | 栃錦 | 昭和33年5月 | 7回目 | 東横綱(張出) | 東京都 | 春日野 | 44代横綱 | 14勝1敗 | 栃錦 | |
8 | 栃錦 | 昭和34年3月 | 8回目 | 西横綱 | 東京都 | 春日野 | 44代横綱 | 14勝1敗 | 栃錦 | |
9 | 栃錦 | 昭和34年7月 | 9回目 | 東横綱 | 東京都 | 春日野 | 44代横綱 | 15勝0敗 | 栃錦 | |
10 | 栃錦 | 昭和35年1月 | 10回目 | 東横綱 | 東京都 | 春日野 | 44代横綱 | 14勝1敗 | 栃錦 | |
11 | 栃ノ海 | 昭和37年5月 | 初 | 西関脇 | 青森県 | 春日野 | 49代横綱 | 14勝1敗 | 栃ノ海 | |
12 | 栃ノ海 | 昭和38年11月 | 2回目 | 西大関 | 青森県 | 春日野 | 49代横綱 | 14勝1敗 | 栃ノ海 | |
13 | 栃ノ海 | 昭和39年5月 | 3回目 | 東横綱(張出) | 青森県 | 春日野 | 49代横綱 | 13勝2敗 | 栃ノ海 | |
14 | 栃東(初代) | 昭和47年1月 | 初 | 西前頭5枚目 | 福島県 | 春日野 | 関脇 | 11勝4敗 | 栃東(初代) | |
15 | 栃ノ心 | 平成30年1月 | 初 | 西前頭3枚目 | ジョージア | 春日野 | 大関 | 14勝1敗 | 栃ノ心 | ジョージア出身初の幕内優勝 春日野部屋力士として、昭和47年(1972)1月場所の 初代栃東以来46年ぶりの幕内優勝 |
春日野部屋の優勝力士ランキング
次は春日野部屋力士の優勝回数と成績のランキングです。
順位 | 四股名 | 優勝 | 最高位 | 出身地 | 勝数 | 敗数 | 横綱 | 大関 | 関脇 | 小結 | 前頭 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
1位 | 栃錦 | 10回 | 44代横綱 | 東京都 | 140勝 | 10敗 | 6回 | 3回 | 1回 | 0回 | 0回 |
2位 | 栃ノ海 | 3回 | 49代横綱 | 青森県 | 41勝 | 4敗 | 1回 | 1回 | 1回 | 0回 | 0回 |
3位 | 栃ノ心 | 1回 | 大関 | ジョージア | 14勝 | 1敗 | 0回 | 0回 | 0回 | 0回 | 1回 |
3位 | 栃東(初代) | 1回 | 関脇 | 福島県 | 11勝 | 4敗 | 0回 | 0回 | 0回 | 0回 | 1回 |
最高位が関脇の現役力士
碧山 亘右
碧山 亘右(あおいやま こうすけ)はブルガリア ヤンボル県出身、春日野部屋の力士で最高位は関脇。令和6年9月場所の番付は東 十両13枚目。
ブルガリアではレスリングとアマチュア相撲の選手として活躍。同郷である琴欧洲の紹介で元幕内久島海が率いていた田子ノ浦部屋へと入門、同部屋初の幕内力士となった。ところが師匠の急逝により平成24年(2012)春場所を前にして春日野部屋へと転籍となる。体格を活かした相撲がはまると恐ろしい存在に。
- 四股名
- 碧山 亘右(あおいやま こうすけ)
- 最高位
- 関脇
- 最新番付
- 東 十両13枚目
- 出身地
- ブルガリア ヤンボル県
- 本名
- ダニエル・イヴァノフ⇒古田 亘右
- 生年月日
- 昭和61年(1986)6月19日(38歳)
- 所属部屋
- 旧・田子ノ浦⇒春日野部屋
- 初土俵
- 平成21年(2009)7月(23歳1ヵ月)
- 新十両
- 平成23年(2011)7月(25歳1ヵ月)
- 新入幕
- 平成23年(2011)11月(25歳5ヵ月)
- 新小結
- 平成24年(2012)9月(26歳3ヵ月)
- 新関脇
- 平成26年(2014)11月(28歳5ヵ月)
- 優勝
- 幕下優勝1回,序二段優勝1回,序ノ口優勝1回
- 受賞・金星
- 敢闘賞4回,技能賞1回,金星1個
- 通算成績
- 613勝607敗35休/1217出場(勝率:50.4%)
- 直近7場所
- 33勝42敗(幕内:5勝17敗8休)
- 7場所勝率
- 39.6%
- 令6年9月
- 東 十両13枚目(1枚半降下)
- 5勝10敗
- ○●●●●|●●○●○|●○○●●
- 令6年7月
- 西 十両11枚目(変動なし)
- 6勝9敗
- ○●●○●|●○●●●|○●○○●
- 令6年5月
- 西 十両11枚目(変動なし)
- 7勝8敗
- ●○●●○|○●●○○|○●●○●
- 令6年3月
- 西 十両11枚目(10枚半降下)
- 7勝8敗
- ○○●●●|●●●○○|●○○○●
- 令6年1月
- 西 前頭17枚目(半枚上昇)
- 0勝7敗8休
- ●●●●●|●■ややや|ややややや
- 令5年11月
- 東 十両筆頭(3枚半降下)
- 8勝7敗
- ○●●○○|○○●●●|○●○●○
- 令5年9月
- 東 前頭14枚目
- 5勝10敗
- ●●●●○|○●●○●|●●○○●
最高位が十両の現役力士
栃武蔵 陽太
栃武蔵 陽太(とちむさし ようた)は埼玉県 入間市出身、春日野部屋の力士で最高位は十両7枚目。令和6年11月場所の番付は東 幕下27枚目。
狭山小学4年の頃から入間少年相撲クラブで相撲を始める。黒須中学3年次に全国都道府県中学生相撲選手権大会でベスト8。高校は和歌山県の箕島高校へと相撲留学し、2年次に金沢大会3位、選抜大会で優勝。さらに3年次には金沢大会優勝に世界ジュニア選手権無差別級で2位となった。
中央大学2年次に全国学生選手権で優勝して学生横綱の称号を獲得、幕下15枚目付け出し資格を得た。大学に残る選択をした為、資格は消失したが4年次に東日本学生選手権で3位、全国学生選手権でベスト8入りとなり三段目100枚目格付け出し資格を獲得した。箕島高校の先輩でもある春日野親方(元関脇・栃乃和歌)のもとで令和3年3月場所で初土俵を踏む。
- 四股名
- 栃武蔵 陽太(とちむさし ようた)
- 最高位
- 十両7枚目
- 最新番付
- 東 幕下27枚目
- 出身地
- 埼玉県 入間市
- 本名
- 菅野 陽太
- 生年月日
- 平成11年(1999)1月11日(25歳)
- 出身高校
- 箕島高校
- 出身大学
- 中央大学
- 所属部屋
- 春日野部屋
- 改名歴
- 菅野⇒栃武蔵
- 初土俵
- 令和3年(2021)3月(22歳2ヵ月)
- 新十両
- 令和4年(2022)9月(23歳8ヵ月)
- 優勝
- 十両優勝1回
- 通算成績
- 106勝80敗14休/186出場(勝率:57%)
- 直近7場所
- 19勝8敗14休(十両:5勝10敗)
- 7場所勝率
- 57.1%
- 令6年11月
- 東 幕下27枚目(16枚半上昇)
- 4勝2敗
- -●○-○|-○-○-|-●
- 令6年9月
- 西 幕下43枚目(40枚半上昇)
- 5勝2敗
- -●-●-|○-○-○|-○-○-
- 令6年7月
- 西 三段目23枚目(41枚降下)
- 6勝1敗
- ○-○--|○-○○-|●---○
- 令6年5月
- 西 幕下43枚目(40枚半降下)
- 0勝0敗7休
- 休場
- 令6年3月
- 東 幕下3枚目(2枚半降下)
- 0勝0敗7休
- 休場
- 令6年1月
- 西 十両14枚目(2枚半上昇)
- 5勝10敗
- ○○●●●|●○●●●|●○●●○
- 令5年11月
- 東 幕下3枚目
- 4勝3敗
- -○●-●|○--○-|●--○-
栃丸 正典
栃丸 正典(とちまる まさのり)は東京都 練馬区出身、春日野部屋の力士で最高位は十両11枚目。令和6年11月場所の番付は東 幕下20枚目。
照ノ富士、常幸龍、明生たちと同期。小4でわんぱく相撲優勝
- 四股名
- 栃丸 正典(とちまる まさのり)
- 最高位
- 十両11枚目
- 最新番付
- 東 幕下20枚目
- 出身地
- 東京都 練馬区
- 本名
- 長谷山 正典
- 生年月日
- 平成4年(1992)8月26日(32歳)
- 出身高校
- 足立新田高校
- 所属部屋
- 春日野部屋
- 改名歴
- 長谷山⇒栃丸
- 初土俵
- 平成23年(2011)5月(18歳9ヵ月)
- 新十両
- 令和4年(2022)5月(29歳9ヵ月)
- 優勝
- 幕下優勝1回,序二段優勝1回
- 通算成績
- 307勝244敗32休/548出場(勝率:56%)
- 直近7場所
- 28勝6敗14休
- 7場所勝率
- 82.4%
- 令6年11月
- 東 幕下20枚目(16枚半上昇)
- 5勝1敗
- -○-●-|○○--○|○-
- 令6年9月
- 西 幕下36枚目(19枚半上昇)
- 5勝2敗
- -○●--|○-○-●|-○--○
- 令6年7月
- 東 幕下56枚目(50枚半上昇)
- 5勝2敗
- -○-○●|-●--○|○--○-
- 令6年5月
- 西 三段目45枚目(92枚上昇)
- 6勝1敗
- ○--○○|--●-○|-○--○
- 令6年3月
- 東 序二段47枚目(61枚半降下)
- 7勝0敗(序二段優勝)
- ○-○--|○-○○-|○-○--
- 令6年1月
- 東 三段目76枚目(61枚降下)
- 0勝0敗7休
- 休場
- 令5年11月
- 東 三段目15枚目
- 0勝0敗7休
- 休場
春日野部屋の横綱
栃錦 清隆
東京都江戸川区出身、春日野部屋の元力士で最高位は横綱。若乃花との「栃若」はテレビを通じて全国のファンを熱狂させた。
- 四股名 :栃錦 清隆(とちにしき きよたか)
- 最高位 :第44代横綱
- 年寄名跡:
9代春日野 - 出身地 :東京都江戸川区
- 本 名 :大塚 清⇒中田 清
- 生年月日:大正14年(1925)2月20日
- 没年月日:平成2年(1990)1月10日(享年64歳)
- 所属部屋:春日野部屋
- 改名歴 :大塚⇒栃錦
- 初土俵 :昭和14年(1939)1月(13歳11ヵ月)
- 新十両 :昭和19年(1944)5月(19歳3ヵ月)
- 新入幕 :昭和22年(1947)6月(22歳4ヵ月)
- 新三役 :昭和25年(1950)1月(24歳11ヵ月)
- 新大関 :昭和28年(1953)1月(27歳11ヵ月)
- 横綱昇進:昭和30年(1955)1月(29歳11ヵ月)
- 最終場所:昭和35年(1960)5月(35歳3ヵ月)
- 生涯戦歴:578勝245敗44休1分1預/821出場(66場所)
- 生涯勝率:70.2%
- 優勝等 :幕内優勝10回(同点1・次点8)
- 成 績 :殊勲賞1回,技能賞9回,金星1個
- 幕内戦歴:513勝203敗44休1分(52場所)勝率:71.6%
- 横綱:292勝84敗44休(28場所)勝率:77.7%
- 大関:92勝28敗(8場所)勝率:76.7%
- 関脇:43勝17敗(4場所)勝率:71.7%
- 小結:22勝23敗(3場所)勝率:48.9%
- 前頭:64勝51敗1分(9場所)勝率:55.7%
- 十両戦歴:18勝14敗1預(3場所)勝率:56.3%
栃ノ海 晃嘉
青森県南津軽郡田舎館村出身、春日野部屋の元力士で最高位は横綱。小柄ながら相撲巧者で横綱に昇進。しかし度重なる病と怪我に苦しんだ。
- 四股名 :栃ノ海 晃嘉(とちのうみ てるよし)
- 最高位 :第49代横綱
- 年寄名跡:横綱5年・栃ノ海⇒9代中立⇒
10代春日野 ⇒18代竹縄 - 出身地 :青森県南津軽郡田舎館村
- 本 名 :花田 茂廣⇒宮古 茂廣⇒花田 茂廣
- 生年月日:昭和13年(1938)3月13日
- 所属部屋:春日野部屋
- 改名歴 :花田⇒栃ノ海
- 初土俵 :昭和30年(1955)9月(17歳6ヵ月)
- 新十両 :昭和34年(1959)1月(20歳10ヵ月)
- 新入幕 :昭和35年(1960)3月(22歳0ヵ月)
- 新三役 :昭和36年(1961)7月(23歳4ヵ月)
- 新大関 :昭和37年(1962)7月(24歳4ヵ月)
- 横綱昇進:昭和39年(1964)3月(26歳0ヵ月)
- 最終場所:昭和41年(1966)11月(28歳8ヵ月)
- 生涯戦歴:478勝261敗104休/733出場(64場所)
- 生涯勝率:64.7%
- 優勝等 :幕内優勝3回,十両優勝1回,幕下優勝1回,三段目同点1回
- 成 績 :敢闘賞1回,技能賞6回,金星1個
- 幕内戦歴:315勝181敗104休(40場所)勝率:63.5%
- 横綱:102勝69敗84休(17場所)勝率:59.6%
- 大関:101勝44敗5休(10場所)勝率:69.7%
- 関脇:49勝26敗(5場所)勝率:65.3%
- 小結:11勝4敗(1場所)勝率:73.3%
- 前頭:52勝38敗15休(7場所)勝率:57.8%
- 十両戦歴:77勝43敗(8場所)勝率:64.2%
春日野部屋の大関
栃光 正之
熊本県牛深市出身、春日野部屋の元力士で最高位は大関。土俵態度が立派で礼儀正しさが愛された大関。
- 四股名 :栃光 正之(とちひかり まさゆき)
- 最高位 :大関
- 年寄名跡:15代千賀ノ浦
- 出身地 :熊本県牛深市
- 本 名 :中村 有雄
- 生年月日:昭和8年(1933)8月29日
- 没年月日:昭和52年(1977)3月28日(享年43歳)
- 所属部屋:春日野部屋
- 初土俵 :昭和27年(1952)5月(18歳9ヵ月)
- 新十両 :昭和29年(1954)5月(20歳9ヵ月)
- 新入幕 :昭和30年(1955)5月(21歳9ヵ月)
- 新三役 :昭和32年(1957)3月(23歳7ヵ月)
- 新大関 :昭和37年(1962)7月(28歳11ヵ月)
- 最終場所:昭和41年(1966)1月(32歳5ヵ月)
- 生涯戦歴:577勝431敗11休/1006出場(72場所)
- 生涯勝率:57.2%
- 優勝等 :幕内次点4回,十両優勝1回,幕下優勝1回
- 成 績 :殊勲賞3回,敢闘賞2回,金星4個
- 幕内戦歴:486勝403敗11休(60場所)勝率:54.7%
- 大関:188勝131敗11休(22場所)勝率:58.9%
- 関脇:57勝48敗(7場所)勝率:54.3%
- 小結:60勝60敗(8場所)勝率:50.0%
- 前頭:181勝164敗(23場所)勝率:52.5%
- 十両戦歴:45勝15敗(4場所)勝率:75.0%
栃ノ心 剛史
栃ノ心 剛史(とちのしん つよし)はジョージア ムツケタ市出身、春日野部屋の力士で最高位は大関。令和5年5月場所の番付は東 十両5枚目。
追手風部屋で小結だった黒海に次ぐジョージア出身2人目の幕内力士。初土俵から所要13場所での新入幕、さらに小結にまで昇進も平成25年(2013)7月場所で右膝前十字靭帯断裂などの大怪我を負い4場所休場、これにより番付は幕下にまで転落。一時は引退も覚悟したが親方からの「あと10年相撲を取らないとダメだ」との言葉で奮起、休場明けから幕下と十両あわせて4場所連続優勝で一気に幕内へと復帰した。平成30年初場所では念願の幕内初優勝を平幕で達成。大関昇進も決めて次は更に上を目指す
- 四股名
- 栃ノ心 剛史(とちのしん つよし)
- 最高位
- 大関
- 最新番付
- 東 十両5枚目
- 出身地
- ジョージア ムツケタ市
- 本名
- レヴァニ・ゴルガゼ
- 生年月日
- 昭和62年(1987)10月13日(37歳)
- 所属部屋
- 春日野部屋
- 初土俵
- 平成18年(2006)3月(18歳5ヵ月)
- 新十両
- 平成20年(2008)1月(20歳3ヵ月)
- 新入幕
- 平成20年(2008)5月(20歳7ヵ月)
- 新小結
- 平成22年(2010)7月(22歳9ヵ月)
- 新関脇
- 平成28年(2016)7月(28歳9ヵ月)
- 新大関
- 平成30年(2018)7月(30歳9ヵ月)
- 優勝
- 幕内優勝1回,十両優勝3回,幕下優勝2回
- 受賞・金星
- 殊勲賞2回,敢闘賞6回,技能賞3回,金星2個
- 通算成績
- 681勝615敗106休/1287出場(勝率:52.9%)
- 直近7場所
- 5勝16敗(幕内:30勝35敗10休)
- 7場所勝率
- 41.7%
- 令5年5月
- 東 十両5枚目(2枚半降下)
- 0勝6敗
- ●●●●●|■ |
- 令5年3月
- 西 十両2枚目(7枚半降下)
- 5勝10敗
- ●●●○●|○○●●●|●●●○○
- 令5年1月
- 西 前頭11枚目(3枚降下)
- 2勝3敗10休
- ○●○●■|ややややや|ややややや
- 令4年11月
- 西 前頭8枚目(半枚降下)
- 6勝9敗
- ●○●○●|○●●●○|○●○●●
- 令4年9月
- 東 前頭8枚目(変動なし)
- 7勝8敗
- ○●○●●|●○●○●|●●○○○
- 令4年7月
- 東 前頭8枚目(1枚半上昇)
- 7勝8敗
- ○●○●○|●○○●●|○○●●●
- 令4年5月
- 西 前頭9枚目
- 8勝7敗
- ●●●○○|○○●○○|○○●●●
春日野部屋の関脇
相模川 佶延
神奈川県厚木市出身、春日野部屋の元力士で最高位は関脇。長身からの突っ張りを武器として大いに期待された時期もあった。
- 四股名 :相模川 佶延(さがみがわ よしのぶ)
- 最高位 :関脇
- 出身地 :神奈川県厚木市
- 本 名 :原島 実
- 生年月日:大正6年(1917)7月13日
- 所属部屋:春日野部屋
- 改名歴 :相模川⇒相模山⇒相模川
- 初土俵 :昭和10年(1935)5月(17歳10ヵ月)
- 新十両 :昭和14年(1939)1月(21歳6ヵ月)
- 新入幕 :昭和14年(1939)5月(21歳10ヵ月)
- 新三役 :昭和18年(1943)1月(25歳6ヵ月)
- 最終場所:昭和24年(1949)5月(31歳10ヵ月)
- 生涯戦歴:163勝133敗9休/295出場(29場所)
- 生涯勝率:55.1%
- 優勝等 :三段目優勝1回,序二段優勝1回
- 成 績 :金星2個
- 幕内戦歴:127勝120敗9休(20場所)勝率:51.4%
- 関脇:22勝18敗(3場所)勝率:55.0%
- 小結:11勝11敗(2場所)勝率:50.0%
- 前頭:94勝91敗9休(15場所)勝率:50.8%
- 十両戦歴:9勝4敗(2場所)勝率:69.2%
栃東 知頼
福島県相馬市出身、春日野部屋の元力士で最高位は関脇。玉の海も舌を巻いた「相撲巧者」次男は同じ四股名で大関に。
- 四股名 :栃東 知頼(とちあずま ともより)
- 最高位 :関脇
- 年寄名跡:
13代玉ノ井 - 出身地 :福島県相馬市
- 本 名 :志賀 駿男
- 生年月日:昭和19年(1944)9月3日
- 所属部屋:春日野部屋
- 改名歴 :志賀⇒栃東
- 初土俵 :昭和35年(1960)11月(16歳2ヵ月)
- 新十両 :昭和40年(1965)5月(20歳8ヵ月)
- 新入幕 :昭和42年(1967)3月(22歳6ヵ月)
- 新三役 :昭和43年(1968)7月(23歳10ヵ月)
- 最終場所:昭和52年(1977)1月(32歳4ヵ月)
- 生涯戦歴:611勝593敗33休/1200出場(98場所)
- 生涯勝率:50.7%
- 優勝等 :幕内優勝1回(次点3),十両優勝1回,三段目同点1回
- 成 績 :殊勲賞4回,技能賞6回,金星5個
- 幕内戦歴:404勝448敗23休(59場所)勝率:47.4%
- 関脇:7勝8敗(1場所)勝率:46.7%
- 小結:29勝43敗3休(5場所)勝率:40.3%
- 前頭:368勝397敗20休(53場所)勝率:48.1%
- 十両戦歴:101勝69敗10休(12場所)勝率:59.4%
金城(栃光) 興福
宮崎県児湯郡高鍋町出身、春日野部屋の元力士。最高位は関脇。稽古嫌いな下手投げの名手。
- 四股名 :金城 興福(かねしろ こうふく)
- 最高位 :関脇
- 出身地 :宮崎県児湯郡高鍋町
- 本 名 :金城 興福
- 生年月日:昭和28年(1953)2月27日
- 没年月日:平成14年(2002)12月29日(享年49歳)
- 所属部屋:春日野部屋
- 改名歴 :金城⇒栃光⇒金城
- 初土俵 :昭和44年(1969)9月(16歳7ヵ月)
- 新十両 :昭和48年(1973)3月(20歳1ヵ月)
- 新入幕 :昭和49年(1974)9月(21歳7ヵ月)
- 新三役 :昭和51年(1976)3月(23歳1ヵ月)
- 最終場所:昭和62年(1987)5月(34歳3ヵ月)
- 生涯戦歴:683勝725敗7休/1407出場(107場所)
- 生涯勝率:48.5%
- 優勝等 :幕内次点2回,幕下同点1回
- 成 績 :敢闘賞3回,金星2個
- 幕内戦歴:412勝488敗(60場所)勝率:45.8%
- 関脇:5勝10敗(1場所)勝率:33.3%
- 小結:28勝62敗(6場所)勝率:31.1%
- 前頭:379勝416敗(53場所)勝率:47.7%
- 十両戦歴:186勝183敗6休(26場所)勝率:50.4%
栃赤城 雅男
群馬県沼田市出身、春日野部屋の元力士。最高位は関脇。華麗な取り口は「サーカス相撲」と呼ばれ人気があった。
- 四股名 :栃赤城 雅男(とちあかぎ まさお)
- 最高位 :関脇
- 出身地 :群馬県沼田市
- 本 名 :金谷 雅男
- 生年月日:昭和29年(1954)10月31日
- 没年月日:平成9年(1997)8月18日(享年42歳)
- 所属部屋:春日野部屋
- 改名歴 :金谷⇒栃赤城
- 初土俵 :昭和48年(1973)1月(18歳3ヵ月)
- 新十両 :昭和51年(1976)11月(22歳1ヵ月)
- 新入幕 :昭和52年(1977)5月(22歳7ヵ月)
- 新三役 :昭和54年(1979)5月(24歳7ヵ月)
- 最終場所:平成2年(1990)3月(35歳5ヵ月)
- 生涯戦歴:556勝543敗46休/1097出場(104場所)
- 生涯勝率:50.6%
- 優勝等 :十両優勝1回
- 成 績 :殊勲賞4回,敢闘賞4回,金星8個
- 幕内戦歴:234勝252敗39休(35場所)勝率:48.1%
- 関脇:40勝41敗9休(6場所)勝率:49.4%
- 小結:5勝10敗(1場所)勝率:33.3%
- 前頭:189勝201敗30休(28場所)勝率:48.5%
- 十両戦歴:134勝136敗(18場所)勝率:49.6%
舛田山 靖仁
舛田山 靖仁(ますだやま やすひと)は石川県 七尾市出身、春日野部屋の元力士で最高位は関脇。高校横綱獲得と、拓殖大での全国学生相撲選手権大会決勝進出という実績を積んで春日野部屋に入門。激しい立ち合いからの叩き込みは鮮やかで名人芸との声も。引退後は千賀ノ浦部屋を創設、舛ノ山(舛乃山)らを育て上げた。停年を迎えた平成28年4月に名跡を現師匠(20代)と交換、再雇用制度で部屋付き親方となった。
令和2年11月26日付で再び常盤山と千賀ノ浦の名跡は交換されて21代千賀ノ浦を襲名。令和3年4月に再雇用の停年である70歳を迎えて退職。
- 四股名 :舛田山 靖仁(ますだやま やすひと)
- 最高位 :関脇
- 年寄名跡:
19代千賀ノ浦 ⇒16代常盤山⇒21代千賀ノ浦 - 出身地 :石川県七尾市
- 本 名 :舛田 茂
- 生年月日:昭和26年(1951)4月10日
- 出身大学:拓殖大学
- 所属部屋:春日野部屋
- 初土俵 :昭和49年(1974)3月・幕下60付出(22歳11ヵ月)
- 新十両 :昭和50年(1975)1月(23歳9ヵ月)
- 新入幕 :昭和51年(1976)11月(25歳7ヵ月)
- 新三役 :昭和56年(1981)1月(29歳9ヵ月)
- 最終場所:平成元年(1989)7月(38歳3ヵ月)
- 生涯戦歴:626勝671敗27休/1295出場(93場所)
- 生涯勝率:48.3%
- 優勝等 :十両優勝1回
- 成 績 :殊勲賞2回,敢闘賞1回,金星1個
- 幕内戦歴:313勝387敗5休(47場所)勝率:44.7%
- 関脇:3勝12敗(1場所)勝率:20.0%
- 小結:16勝29敗(3場所)勝率:35.6%
- 前頭:294勝346敗5休(43場所)勝率:45.9%
- 十両戦歴:276勝272敗22休(39場所)勝率:50.4%
栃司 哲史
愛知県名古屋市中川区出身、春日野部屋の元力士で最高位は関脇。稽古熱心で初土俵から16場所目で新入幕、突き押し相撲に徹して関脇も1場所務めた。引退後は春日野部屋での部屋付親方を経て入間川部屋を創設。
停年を控えた令和5年(2023年)2月1日付で部屋を17代雷(元小結・垣添)に譲り、雷部屋の部屋付き親方となった。
16代・入間川 哲雄(雷部屋) - 四股名 :栃司 哲史(とちつかさ てつお)
- 最高位 :関脇
- 年寄名跡:
16代入間川 - 出身地 :愛知県名古屋市中川区
- 本 名 :後藤 哲雄
- 生年月日:昭和33年(1958)4月25日(66歳)
- 出身大学:日本大学
- 所属部屋:春日野部屋
- 初土俵 :昭和56年(1981)3月・幕下60付出(22歳11ヵ月)
- 新十両 :昭和57年(1982)1月(23歳9ヵ月)
- 新入幕 :昭和58年(1983)9月(25歳5ヵ月)
- 新三役 :昭和61年(1986)7月(28歳3ヵ月)
- 最終場所:平成4年(1992)5月(34歳1ヵ月)
- 生涯戦歴:465勝448敗27休/910出場(68場所)
- 生涯勝率:50.9%
- 優勝等 :十両優勝2回(同点1)
- 成 績 :敢闘賞1回,技能賞1回,金星3個
- 幕内戦歴:206勝249敗25休(32場所)勝率:45.3%
- 関脇:7勝8敗(1場所)勝率:46.7%
- 小結:16勝29敗(3場所)勝率:35.6%
- 前頭:183勝212敗25休(28場所)勝率:46.3%
- 十両戦歴:215勝173敗2休(26場所)勝率:55.4%
栃乃和歌 清隆
和歌山県海南市(旧・海草郡下津町)出身、春日野部屋の元力士で最高位は関脇。境川親方(元小結・両国)とは大学時代からの良きライバル
11代・春日野 清隆 - 四股名 :栃乃和歌 清隆(とちのわか きよたか)
- 最高位 :関脇
- 年寄名跡:17代竹縄⇒
11代春日野 - 出身地 :和歌山県海南市(旧・海草郡下津町)
- 本 名 :綛田 清隆
- 生年月日:昭和37年(1962)5月22日(62歳)
- 出身大学:明治大学
- 所属部屋:春日野部屋
- 改名歴 :綛田⇒栃乃和歌
- 初土俵 :昭和60年(1985)3月・幕下60付出(22歳10ヵ月)
- 新十両 :昭和61年(1986)9月(24歳4ヵ月)
- 新入幕 :昭和62年(1987)1月(24歳8ヵ月)
- 新三役 :昭和62年(1987)7月(25歳2ヵ月)
- 最終場所:平成11年(1999)7月(37歳2ヵ月)
- 生涯戦歴:588勝621敗24休/1207出場(87場所)
- 生涯勝率:48.6%
- 優勝等 :幕内次点1回,十両優勝1回,幕下優勝1回
- 成 績 :殊勲賞2回,敢闘賞3回,技能賞1回,金星4個
- 幕内戦歴:525勝591敗24休(76場所)勝率:47.0%
- 関脇:40勝61敗4休(7場所)勝率:39.6%
- 小結:80勝70敗(10場所)勝率:53.3%
- 前頭:405勝460敗20休(59場所)勝率:46.8%
- 十両戦歴:20勝10敗(2場所)勝率:66.7%
栃乃洋 泰一
石川県七尾市出身、春日野部屋の元力士で最高位は関脇。速攻相撲と強力な下手投げで12個の金星を獲得。
24代・竹縄 泰一(春日野部屋) - 四股名 :栃乃洋 泰一(とちのなだ たいいち)
- 最高位 :関脇
- 年寄名跡:24代竹縄
- 出身地 :石川県七尾市
- 本 名 :後藤 泰一
- 生年月日:昭和49年(1974)2月26日(50歳)
- 出身大学:拓殖大学
- 所属部屋:春日野部屋
- 改名歴 :後藤⇒栃乃洋
- 初土俵 :平成8年(1996)1月・幕下60付出(21歳11ヵ月)
- 新十両 :平成8年(1996)11月(22歳9ヵ月)
- 新入幕 :平成9年(1997)5月(23歳3ヵ月)
- 新三役 :平成9年(1997)11月(23歳9ヵ月)
- 最終場所:平成24年(2012)1月(37歳11ヵ月)
- 生涯戦歴:669勝700敗31休/1366出場(96場所)
- 生涯勝率:48.9%
- 優勝等 :幕内次点2回,十両優勝2回,幕下同点1回
- 成 績 :殊勲賞3回,敢闘賞2回,技能賞1回,金星12個
- 幕内戦歴:556勝628敗31休(81場所)勝率:47.0%
- 関脇:12勝18敗(2場所)勝率:40.0%
- 小結:41勝49敗(6場所)勝率:45.6%
- 前頭:503勝561敗31休(73場所)勝率:47.3%
- 十両戦歴:87勝63敗(10場所)勝率:58.0%
栃煌山 雄一郎
栃煌山 雄一郎(とちおうざん ゆういちろう)は高知県安芸市出身、春日野部屋の元力士で、最高位は関脇。
平成17年(2005)1月場所に17歳10ヶ月で初土俵を踏み、令和2年(2020)3月場所を最後に引退(33歳0ヶ月)(※番付上は令和2年7月場所が最後)。
通算成績は661勝598敗19休1255出場。生涯勝率.525。通算91場所中、52場所を勝ち越した(勝ち越し率.578)。
主な成績は幕内同点1回,十両同点1回,三段目優勝1回。殊勲賞2回,敢闘賞2回,技能賞2回,金星6個(白鵬1個、日馬富士1個、鶴竜1個、稀勢の里3個)。
昭和62年(1987)3月9日生まれ。本名は影山 雄一郎。
高知の安芸中学3年次に全国中学生選手権大会にて団体優勝、さらに個人優勝もあげ中学横綱のタイトルを獲得。明徳義塾高では世界ジュニア重量級などのタイトルも獲得した。少年時代から豪栄道とはライバル関係にあり初土俵も同じ。所要9場所で十両に昇進、14場所目には新入幕を果たしたスピード出世。令和2年7月場所を前に現役引退を発表(7月15日)、13代清見潟襲名となった。
- 年寄
13代・清見潟 雄一郎(春日野部屋) - 四股名
- 栃煌山 雄一郎(とちおうざん ゆういちろう)
- 最高位
- 関脇
- 年寄名跡
- 13代清見潟 雄一郎
- 出身地
- 高知県安芸市
- 本名
- 影山 雄一郎
- 生年月日
- 昭和62年(1987)3月9日(37歳)
- 出身高校
- 明徳義塾高校
- 所属部屋
- 春日野部屋
- 改名歴
- 影山 雄一郎 → 栃煌山 雄一郎
- 初土俵
- 平成17年(2005)1月 前相撲(17歳10ヶ月)
- 新十両
- 平成18年(2006)9月(所要10場所)
- 19歳6ヶ月(初土俵から1年8ヶ月)
- 新入幕
- 平成19年(2007)3月(所要13場所)
- 20歳0ヶ月(初土俵から2年2ヶ月)
- 新小結
- 平成21年(2009)5月(所要26場所)
- 22歳2ヶ月(初土俵から4年4ヶ月)
- 新関脇
- 平成22年(2010)9月(所要34場所)
- 23歳6ヶ月(初土俵から5年8ヶ月)
- 最終場所
- 令和2年(2020)3月(33歳0ヶ月)※番付上は令和2年7月場所
- 大相撲歴
- 91場所(15年2ヶ月)
- 通算成績
- 661勝598敗19休1255出場(勝率.525)
- 通算91場所
- 勝ち越し52場所(勝ち越し率.578)
- 優勝等
- 幕内同点1回,十両同点1回,三段目優勝1回
- 受賞・金星
- 殊勲賞2回,敢闘賞2回,技能賞2回,金星6個
- 幕内戦歴
- 573勝563敗19休1132出場(勝率.504)
- 在位77場所(在位率.846)
- 勝ち越し39場所(勝ち越し率.506)
- 三役戦歴
- 182勝186敗7休367出場(勝率.495)
- 在位25場所(在位率.275)
- 勝ち越し11場所(勝ち越し率.440)
- 関脇戦歴
- 83勝75敗7休157出場(勝率.525)
- 在位11場所(在位率.121)
- 勝ち越し6場所(勝ち越し率.545)
- 小結戦歴
- 99勝111敗0休210出場(勝率.471)
- 在位14場所(在位率.154)
- 勝ち越し5場所(勝ち越し率.357)
- 前頭戦歴
- 391勝377敗12休765出場(勝率.509)
- 在位52場所(在位率.571)
- 勝ち越し28場所(勝ち越し率.538)
- 十両戦歴
- 38勝22敗0休60出場(勝率.633)
- 在位4場所(在位率.044)
- 勝ち越し4場所(勝ち越し率1.000)
- 関取戦歴
- 611勝585敗19休1192出場(勝率.511)
- 在位81場所(在位率.890)
- 勝ち越し43場所(勝ち越し率.531)
- 幕下以下歴
- 50勝13敗0休63出場(勝率.794)
- 在位9場所(在位率.099)
- 勝ち越し9場所(勝ち越し率1.000)
春日野部屋の小結
栃乃花 仁
栃乃花 仁(とちのはな ひとし)は岩手県久慈市出身、春日野部屋の元力士で、最高位は小結。
平成7年(1995)3月場所に22歳0ヶ月で初土俵を踏み、平成20年(2008)1月場所を最後に引退(34歳10ヶ月)。
通算成績は449勝439敗32休885出場。生涯勝率.506。通算78場所中、43場所を勝ち越した(勝ち越し率.558)。
主な成績は幕内次点1回,十両優勝1回,序ノ口優勝1回。敢闘賞2回,技能賞2回。
昭和48年(1973)2月28日生まれ。本名は谷地 仁。
中学時代は柔道で相撲は高校に入ってから。明治大学相撲部では副主将を務めた。
平成12年(2000)5月に新入幕。この場所で大関戦が組まれた栃乃花は千代大海と貴ノ浪を破る大健闘をみせて敢闘賞と技能賞を獲得。新入幕力士が大関に勝つのは22年ぶりの快挙であった。現役時代は美男子の人気力士、幕下へいちど陥落も再度入幕を果たす。
- 年寄
15代・二十山 仁(春日野部屋) - 四股名
- 栃乃花 仁(とちのはな ひとし)
- 最高位
- 小結
- 年寄名跡
- 15代二十山 仁
- 出身地
- 岩手県九戸郡山形村 → 岩手県久慈市
- 本名
- 谷地 仁
- 生年月日
- 昭和48年(1973)2月28日(51歳)
- 出身高校
- 岩手県立浄法寺高校
- 出身大学
- 明治大学
- 所属部屋
- 春日野部屋
- 改名歴
- 谷地 仁 → 栃乃花 仁
- 初土俵
- 平成7年(1995)3月 前相撲(22歳0ヶ月)
- 新十両
- 平成11年(1999)1月(所要23場所)
- 25歳10ヶ月(初土俵から3年10ヶ月)
- 新入幕
- 平成12年(2000)5月(所要31場所)
- 27歳2ヶ月(初土俵から5年2ヶ月)
- 新小結
- 平成12年(2000)11月(所要34場所)
- 27歳8ヶ月(初土俵から5年8ヶ月)
- 最終場所
- 平成20年(2008)1月(34歳10ヶ月)
- 大相撲歴
- 78場所(12年10ヶ月)
- 通算成績
- 449勝439敗32休885出場(勝率.506)
- 通算78場所
- 勝ち越し43場所(勝ち越し率.558)
- 優勝等
- 幕内次点1回,十両優勝1回,序ノ口優勝1回
- 受賞・金星
- 敢闘賞2回,技能賞2回
- 幕内戦歴
- 155勝194敗11休348出場(勝率.444)
- 在位24場所(在位率.308)
- 勝ち越し8場所(勝ち越し率.333)
- 小結戦歴
- 3勝12敗0休15出場(勝率.200)
- 在位1場所(在位率.013)
- 勝ち越し0場所(勝ち越し率.000)
- 前頭戦歴
- 152勝182敗11休333出場(勝率.455)
- 在位23場所(在位率.295)
- 勝ち越し8場所(勝ち越し率.348)
- 十両戦歴
- 167勝169敗21休334出場(勝率.497)
- 在位24場所(在位率.308)
- 勝ち越し13場所(勝ち越し率.542)
- 関取戦歴
- 322勝363敗32休682出場(勝率.470)
- 在位48場所(在位率.615)
- 勝ち越し21場所(勝ち越し率.438)
- 幕下以下歴
- 127勝76敗0休203出場(勝率.626)
- 在位29場所(在位率.372)
- 勝ち越し22場所(勝ち越し率.759)