二所ノ関(にしょのせき)部屋の現役力士の番付と成績、そして基礎情報をまとめてご紹介します。
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5月場所千秋楽の取組結果はこちら。
5月場所の各段の成績順はこちらで確認ができます。
相撲部屋や出身地ごとの成績から、場所中はリアルタイムでランキングを作成しております。今場所好調な相撲部屋や力士の出身地はどこ?
- 一門
- :二所ノ関一門
- 創設
- :令和3年(2021年)8月1日 荒磯部屋として創設
- 創設者
- :第16代・荒磯 寛 (元横綱・稀勢の里 寛)
- 改称
- :令和3年(2021年)12月24日 二所ノ関部屋へと改称
- 改称者
- :第13代・二所ノ関 寛 (元横綱・稀勢の里 寛)
- 現師匠
- :同上
- 所在地
- :茨城県稲敷郡阿見町荒川本郷139-1 📍地図
- サイト
- : 公式サイト / X(Twitter)
この記事の目次
力士一覧表(番付・星取表・成績・経歴)(千秋楽)
| No | 四股名 | 直近7場所 成績 | 直近7場所 勝率 | 番付 (令8.5) | 5月場所 成績 | 令和8年5月場所星取表 | S1 | 番付 推移 | 変動 枚数 | 番付 (令8.3) | 3月場所 成績 | 令和8年3月場所星取表 | S2 | 番付 推移 | 変動 枚数 | 番付 (令8.1) | 1月場所 成績 | 令和8年1月場所星取表 | S3 | 番付 推移 | 変動 枚数 | 番付 (令7.11) | 11月場所 成績 | 令和7年11月場所星取表 | S4 | 番付 推移 | 変動 枚数 | 番付 (令7.9) | 9月場所 成績 | 令和7年9月場所星取表 | S5 | 番付 推移 | 変動 枚数 | 番付 (令7.7) | 7月場所 成績 | 令和7年7月場所星取表 | s6 | 番付 推移 | 変動 枚数 | 番付 (令7.5) | 5月場所 成績 | 令和7年5月場所星取表 | 初日 | 2日目 | 3日目 | 4日目 | 5日目 | 6日目 | 7日目 | 中日 | 9日目 | 10日目 | 11日目 | 12日目 | 13日目 | 14日目 | 千秋楽 | 最高位 | 出身地 | 部屋 | 一門 | 年齢 | 生年月日 | 大相撲歴 | 本名 | 旧四股名 | 旧所属 | 身長(㎝) | 体重(㎏) | BMI | 出身高校 | 出身大学 | 初土俵 | 初土俵 年齢 | 新十両 | 新十両 年齢 | 新入幕 | 新入幕 年齢 | 新小結 | 新小結 年齢 | 新関脇 | 新関脇 年齢 | 大関昇進 | 大関昇進 年齢 | 横綱昇進 | 横綱昇進 年齢 | 幕内 優勝 | 十両 優勝 | 幕下 優勝 | 三段目 優勝 | 序二段 優勝 | 序ノ口 優勝 | 技能賞 | 殊勲賞 | 敢闘賞 | 金星 | 通算 勝利数 | 通算 敗数 | 通算 休数 | 出場回数 | 通算 勝率(%) | s誕生日 | s初土俵 | s新十両 | s新入幕 | s新小結 | s新関脇 | s大関昇進 | s横綱昇進 | s初土俵年齢 | s新十両年齢 | s新入幕年齢 | s新小結年齢 | s新関脇年齢 | s大関昇進年齢 | s横綱昇進年齢 | s7場所勝敗 | s1勝敗 | s2勝敗 | s3勝敗 | s4勝敗 | s5勝敗 | s6勝敗 | s7勝敗 | s2順 | s3順 | s4順 | s5順 | s6順 | s7順 | s1シフト | s2シフト | s3シフト | s4シフト | s5シフト | s6シフト | sしこな | s最高位 | s出身ふりがな | s部屋ふりがな | s7勝率 | s勝 | s敗 | s休 | s出 | s勝率 | s幕優 | s十 | s下 | s三 | s二 | s口 | s技 | s殊 | s敢 | s金 |
|---|
二所ノ関部屋の情報
📊 二所ノ関部屋の所属力士構成と順位
星取表
対戦相手と決まり手、勝敗が分かります。対戦相手をクリックすると、互いの詳細情報が確認できます。
日ごとの成績
日ごとの成績で、好不調が分かります。
| トータル | 初日 | 2日目 | 3日目 | 4日目 | 5日目 | 6日目 | 7日目 | 中日 | 9日目 | 10日目 | 11日目 | 12日目 | 13日目 | 14日目 | 千秋楽 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 148取組 75勝 73敗 勝敗差+2 |
13取組 8勝 5敗 +3 | 8取組 3勝 5敗 -2 | 7取組 3勝 4敗 -1 | 14取組 5勝 9敗 -4 | 13取組 6勝 7敗 -1 | 8取組 5勝 3敗 +2 | 7取組 5勝 2敗 +3 | 14取組 8勝 6敗 +2 | 7取組 2勝 5敗 -3 | 14取組 7勝 7敗 ±0 | 11取組 4勝 7敗 -3 | 10取組 5勝 5敗 ±0 | 13取組 8勝 5敗 +3 | 5取組 5勝 0敗 +5 | 4取組 1勝 3敗 -2 |
📊 二所ノ関部屋 本場所成績
二所ノ関部屋とは
二所ノ関部屋は、田子ノ浦部屋の元横綱・稀勢の里が創設した荒磯部屋を前身とする相撲部屋です。
令和元(2019)年1月場所4日目に現役を引退した稀勢の里は16代・荒磯を襲名し、田子ノ浦部屋の部屋付き親方として後進の指導にあたることになりました。そして令和3(2021)年8月1日に独立し、荒磯部屋を興します。
二所ノ関の名跡を継ぐ
同年12月24日。翌月に停年を控えていた12代・二所ノ関(元大関・若嶋津)と名跡を交換し13代二所ノ関を襲名、こうして「二所ノ関一門」の看板を背負うこととなりました。
中村親方と元尾車部屋力士の合流
令和4(2022)年2月7日付けで閉鎖された尾車部屋から中村親方(元関脇・嘉風)をはじめ、幕内経験のある友風を含む力士8人と呼出1人が移籍してきました。
二所ノ関部屋の系譜
二所ノ関部屋の成り立ちを系譜でご紹介します。
二所ノ関部屋の優勝力士
二所ノ関部屋の幕内優勝力士を年月順で一覧表にして見てみましょう。
| № | 四股名 | 優勝場所 | 回数 | 優勝時の番付 | 出身 | 部屋 | 最高位 | 成績 | 四股名 | 備考 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 大の里 | 令和6年5月 | 初 | 小結 | 石川県 | 二所ノ関 | 75代横綱 | 13勝2敗 | 大の里 | 幕下付出10枚目での初土俵から7場所目での初優勝は、付出力士としても史上最速 |
| 2 | 大の里 | 令和6年9月 | 2回目 | 西関脇 | 石川県 | 二所ノ関 | 75代横綱 | 13勝2敗 | 大の里 | |
| 3 | 大の里 | 令和7年3月 | 3回目 | 東大関 | 石川県 | 二所ノ関 | 75代横綱 | 12勝3敗 | 大の里 | |
| 4 | 大の里 | 令和7年5月 | 4回目 | 東大関 | 石川県 | 二所ノ関 | 75代横綱 | 13勝2敗 | 大の里 | 2場所連続優勝にて横綱昇進を決めた。 |
| 5 | 大の里 | 令和7年9月 | 5回目 | 東横綱 | 石川県 | 二所ノ関 | 75代横綱 | 13勝2敗 | 大の里 | 豊昇龍との優勝決定戦を制して5回目の幕内優勝を決める。 日本人横綱としては稀勢の里以来、8年ぶりの幕内優勝。 |
二所ノ関部屋の師匠
第13代・二所ノ関 寛 (元横綱・稀勢の里)
稀勢の里 寛 (きせのさと ゆたか)は茨城県牛久市出身、鳴戸~田子ノ浦部屋の元力士で、最高位は横綱。
平成14年(2002)3月場所に15歳8ヶ月で初土俵を踏み、平成31年(2019)1月場所を最後に引退(32歳6ヶ月)。
通算成績は800勝496敗97休1289出場。生涯勝率.621。通算101場所中、73場所を勝ち越した(勝ち越し率.730)。
主な成績は幕内優勝2回(次点12)、幕下優勝1回、三段目(同点1)、殊勲賞5回、敢闘賞3回、技能賞1回、金星3個(朝青龍1個、白鵬2個)。
昭和61年(1986)7月3日生まれ。本名は萩原 寛。
左四つからの力強い寄りや突き押しを武器に第72代横綱にまで昇りつめた。不器用ながらも猛稽古で実直に自らを鍛え上げ、白鵬をはじめとする絶対的な横綱陣の前に立ちはだかった。幾度となく綱取りの壁に跳ね返される苦闘の末に悲願の賜杯を抱き、晩年は深刻な怪我と闘いながら土俵を務め上げるなど、人々の心を強く揺さぶる力士人生であった。
相撲との出会いと鳴戸部屋入門
初めて相撲を経験したのは小学2年のとき、地元に造られた通称「たつのこ公園」の落成式での相撲大会であった。親に説得されて嫌々ながら出場したものの、5人抜きを果たして優勝する。中学時代は野球部の投手として活躍し、強豪校から勧誘を受けたが、「自分は体が大きいだけ」と辞退した。
相撲への道を意識し始めたのは中学1年のときに観た大相撲中継で「角界一の稽古量」と紹介されていた鳴戸部屋に心を惹かれた頃から。中学2年の冬に13代鳴戸(元横綱・隆の里)の元を訪ねると「末は必ず大関横綱になる」と太鼓判を押され、両親を熱心に説得した師匠の情熱に応える形で入門を決意した。
厳格な師匠の教えとスピード出世
平成14年(2002年)3月場所において本名の「萩原」で初土俵を踏む。入門後は兄弟子の若の里(のちの12代西岩)の付け人を務め、周囲から止められるほどの猛稽古で力をつけた。さらに、13代鳴戸からは土俵上の技術以上に、礼儀作法や食事の順序に至るまで非常に厳格な指導を受け、相撲道における精神的な土台を徹底的に叩き込まれた。
平成15年(2003年)5月場所では三段目優勝を逃し、花道で涙を流していたところを、新横綱であった朝青龍から「その気持ちがあればお前は強くなる」と声をかけられる一幕もあった。
その成果は早くから表れ、平成16年(2004年)5月場所において、貴花田(のちの横綱・貴乃花)に次ぐ年少2番目の若さ(17歳9ヶ月)で新十両へ昇進する。続く同年11月場所では新入幕を果たし、これに合わせて四股名を「稀勢の里」へ改名した。この四股名は、13代鳴戸が自身の横綱昇進時に永平寺の高僧から贈られた掛け軸の「作稀勢(さくきせい)」、「稀有な勢いを作り出す」という意味の文字に由来し、「稀な勢いで駆け上がる」という師匠の強い祈りが込められていた。
朝青龍への「恩返し」と白鵬の連勝ストップ、そして師匠の急逝
幕内上位に定着した後は、不屈の闘志でモンゴル出身横綱たちと熱戦を繰り広げる。平成20年(2008年)1月場所では、三段目時代に励ましの言葉を受けた横綱・朝青龍を破り、自身初となる金星を獲得した。さらに平成22年(2010年)11月場所では、横綱・白鵬を寄り切りで破り、その連勝記録を「63」でストップさせる大金星を挙げた。普段は滅多に褒めない師匠が、この時ばかりは鯛を用意して褒め称えたという。
大関昇進への機運が高まる中、平成23年(2011年)11月場所の直前、手塩にかけて育ててくれた13代鳴戸が急逝する事態に見舞われる。大関昇進という最大の恩返しを目前にしての突然の別れであった。深い悲しみと計り知れない重圧がのしかかる中、稀勢の里は土俵に立ち続け、同場所を東関脇筆頭で10勝5敗と勝ち越した。直近3場所で合計32勝の成績を残し、亡き師匠へ手向ける大関昇進を決定させた。
繰り返される綱取りの挫折と年間最多勝
大関昇進後は幾度となく優勝争いに絡み、11回の優勝次点を記録した(通算では12回優勝次点)。しかし、重圧からか勝負所での脆さを露呈し、幾度となく挑んだ綱取りの挑戦はことごとく失敗に終わる。もどかしい停滞が続く中、平成26年(2014年)1月場所の千秋楽には右足親指の負傷により休場し、初土俵からの連続出場が953回で途切れる試練も味わった。
それでも体幹トレーニング等で一から立て直し、平成28年(2016年)にはすべての場所で安定した成績を残す。度重なる綱取り失敗のプレッシャーに耐えながら年間を通じて自己最多となる69勝を挙げ、史上初となる「優勝なしでの年間最多勝」を獲得した。
悲願の初優勝と日本出身横綱の誕生
幾多の挫折を経て迎えた平成29年(2017年)1月場所、稀勢の里はついに殻を破る。重圧を跳ね返し、14勝1敗の成績で念願の幕内最高優勝を果たした。亡き師匠への思いを問われた優勝インタビューでは、堪えきれず大粒の涙を流した。場所後の番付編成会議および理事会を経て、7度目の綱取り挑戦でついに第72代横綱への昇進が決定。日本出身力士の横綱昇進は、実に19年ぶりのことであった。
横綱土俵入りは、不知火型であった師匠・13代鳴戸とは異なり、「元々憧れていた」という雲龍型を選択し、二所ノ関一門の先輩横綱である大乃国(のちの12代芝田山)から指導を受けた。師弟で異なる土俵入りの型を披露したのは、大師匠の初代若乃花と師匠・隆の里の例以来のことであった。
怪我を押しての連覇と引退、そして独立
新横綱として臨んだ同年3月場所では、13日目の日馬富士との取組で左大胸筋等に深刻な負傷を負う。休場が濃厚と見られたが強行出場を続け、千秋楽の本割と優勝決定戦で連勝を収め、13勝2敗で逆転による2場所連続優勝を飾った。
しかし、この負傷の影響は極めて大きく、横綱としてワーストとなる8場所連続休場を余儀なくされる。土俵復帰を目指したが本来の相撲を取り戻すには至らず、平成31年(2019年)1月場所4日目に現役引退を決断した。在位12場所と短命横綱に終わったが引退会見では「私の土俵人生において一片の悔いもございません」と涙ながらに、これまで支えてくれた人たちへの感謝の言葉を繰り返した。引退後は年寄・荒磯を襲名して後進の指導に当たり、令和3年(2021年)8月に田子ノ浦部屋から独立して荒磯部屋を創設。同年12月には、停年退職を控えていた12代二所ノ関(元大関・若嶋津)と名跡を交換する形で二所ノ関を襲名し、部屋名を二所ノ関部屋と改称している。
- 四股名
- 稀勢の里 寛 (きせのさと ゆたか)
- 最高位
- 横綱
- 年寄名跡
- 16代荒磯 寛(田子ノ浦) → 16代荒磯 寛 → 13代二所ノ関 寛
- 出身地
- 茨城県牛久市
- 本名
- 萩原 寛
- 生年月日
- 昭和61年(1986)7月3日(39歳)
- 所属部屋
- 鳴戸~田子ノ浦部屋
- 改名歴
- 萩原 寛 → 稀勢の里 寛
- 初土俵
- 平成14年(2002)3月 前相撲(15歳8ヶ月)
- 新十両
- 平成16年(2004)5月(所要13場所)
- 17歳10ヶ月(初土俵から2年2ヶ月)
- 新入幕
- 平成16年(2004)11月(所要16場所)
- 18歳4ヶ月(初土俵から2年8ヶ月)
- 新小結
- 平成18年(2006)7月(所要26場所)
- 20歳0ヶ月(初土俵から4年4ヶ月)
- 新関脇
- 平成21年(2009)3月(所要42場所)
- 22歳8ヶ月(初土俵から7年0ヶ月)
- 新大関
- 平成24年(2012)1月(所要58場所)
- 25歳6ヶ月(初土俵から9年10ヶ月)
- 新横綱
- 平成29年(2017)3月(所要89場所)
- 30歳8ヶ月(初土俵から15年0ヶ月)
- 最終場所
- 平成31年(2019)1月場所(32歳6ヶ月)
- 大相撲歴
- 101場所(16年10ヶ月)
- 通算成績
- 800勝496敗97休1289出場(勝率.621)
- 通算101場所
- 勝ち越し73場所(勝ち越し率.730)(勝ち越し星365)
- 優勝等
- 幕内優勝2回(次点12),幕下優勝1回,三段目(同点1)
- 受賞・金星
- 殊勲賞5回,敢闘賞3回,技能賞1回,金星3個(朝青龍1個、白鵬2個)
- 持給金
- 310円(勝ち越し星365個 優勝2回 金星3個)
- 横綱戦歴
- 36勝36敗97休66出場(勝率.545)
- 在位12場所(在位率.119)
- 勝ち越し3場所(勝ち越し率.250)
- 大関戦歴
- 332勝133敗0休464出場(勝率.716)
- 在位31場所(在位率.307)
- 勝ち越し30場所(勝ち越し率.968)
- 幕内戦歴
- 714勝453敗97休1160出場(勝率.616)
- 在位85場所(在位率.842)
- 勝ち越し60場所(勝ち越し率.706)
- 三役戦歴
- 177勝153敗0休330出場(勝率.536)
- 在位22場所(在位率.218)
- 勝ち越し14場所(勝ち越し率.636)
- 関脇戦歴
- 86勝64敗0休150出場(勝率.573)
- 在位10場所(在位率.099)
- 勝ち越し7場所(勝ち越し率.700)
- 小結戦歴
- 91勝89敗0休180出場(勝率.506)
- 在位12場所(在位率.119)
- 勝ち越し7場所(勝ち越し率.583)
- 前頭戦歴
- 169勝131敗0休300出場(勝率.563)
- 在位20場所(在位率.198)
- 勝ち越し13場所(勝ち越し率.650)
- 十両戦歴
- 26勝19敗0休45出場(勝率.578)
- 在位3場所(在位率.030)
- 勝ち越し3場所(勝ち越し率1.000)
- 関取戦歴
- 740勝472敗97休1205出場(勝率.614)
- 在位88場所(在位率.871)
- 勝ち越し63場所(勝ち越し率.716)
- 幕下以下歴
- 60勝24敗0休84出場(勝率.714)
- 在位12場所(在位率.119)
- 勝ち越し10場所(勝ち越し率.833)
名鑑ページでは、以下のような詳細な分析データをはじめ、豊富な表やグラフをご覧いただけます。
- ✅ 勝った決まり手1位:寄り切り(328回 / 40.9%)
- ✅ 負けた決まり手1位:寄り切り(146回 / 29.4%)
- ✅ 得意な相手:豊ノ島(33勝9敗 / 勝率.786)
- ✅ 苦手な相手:白鵬(16勝45敗 / 勝率.262)
出身地別、力士別、初土俵別など様々な方法で力士データをまとめています。
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