大相撲のニュースやテレビ中継で、「今場所は〇〇関が角番(かどばん)を迎えます」「角番脱出なるか」といった言葉をよく耳にすると思います。
この「角番」とは、最高位である横綱に次ぐ看板力士・大関にのみ使われる言葉であり、非常に厳しいプレッシャーのかかる場所を意味します。
今回は、大相撲初心者に向けて「角番」の詳しい意味や、大関から陥落してしまう条件、そして陥落しても這い上がれる「特例復帰ルール」について分かりやすく解説します。
角番(かどばん)とは?
大相撲における「角番(かどばん)」とは、大関が「今場所で負け越したら、次の場所は関脇に陥落(降格)してしまう」という、まさに後がない崖っぷちの状況で迎える本場所のことを指します。角番となった大関を俗に「角番大関」と呼び、この一番で勝敗が決まるという局面に立つことを「角番に立つ」とも表現します。
もともと「角番」という言葉は、囲碁や将棋などの番勝負(五番・七番など)において「これに負けたらおしまい(後がない)」という最終局を意味する言葉でした。それが大相撲にも持ち込まれ、大関の陥落がかかった重要な場所を指す言葉として定着しました。
ちなみに、新聞などの報道では「角」の漢字を「かく」や「つの」等と読み間違えられないよう、あえて「カド番」「かど番」とかな文字で表記されることが多くあります。
大関が陥落する条件とルールの仕組み
大相撲の番付において、横綱は一度昇進すれば絶対に降格することはありません(その代わり、成績不振になれば「引退」しか道がありません)。
一方で、その一つ下に位置する「大関」は、成績不振が続けば関脇へと降格してしまう厳しいルールが課せられています。大関という誇り高い地位から落ちることは力士にとって非常に重く、ベテランともなれば降格を機に引退を決断する力士も珍しくありません。そのため、角番で迎える15日間は、単なる勝ち負けを超えた「自身の相撲人生(進退)を懸けた戦い」となるのです。
「2場所連続の負け越し」で陥落
現在の大相撲のルールでは、大関は「2場所連続で負け越す(8敗以上する)」と、大関の座を明け渡すことになり、次の場所は関脇に陥落してしまいます。(※ケガや病気による休場も勝敗の計算上は「負け」としてカウントされるため、8休以上した場合は負け越し扱いとなります)。
陥落や復帰は「勝ち星のみ」で決まる
通常、力士の番付の上がり下がりは、他の力士の成績とのバランスを見て総合的に編成されます。さらに、横綱や大関への「昇進」となれば、単に勝つだけでなく「相撲の内容(品格や相撲の型など)」までもが厳しく審査されます。
しかし、この「大関からの陥落」や、後で説明する「大関への特例復帰」に関しては、そうした他人の成績や相撲の内容といった要素は一切考慮されません。純粋に「本人が何勝したか(負け越したか)」という数字(星数)だけを基準にして、自動的に決定されるのが大きな特徴です。
「1場所負け越し」で角番になる
つまり、ある本場所で大関が負け越してしまった場合、その大関は次の場所で「もう一度負け越したら陥落する」というリーチ状態になります。
この「1場所負け越した次の場所」こそが、大関にとっての『角番』なのです。
8勝して勝ち越せば「角番脱出」
角番の場所で8勝以上を挙げて「勝ち越し」を決めた場合、その時点で角番のピンチから抜け出すことができます。これを「角番脱出」と呼びます。
勝ち越したことによって負け越しのカウントはリセットされ、大関の地位はそのまま維持され、翌場所も大関として土俵に上がることができます。
負け越せば「関脇へ陥落」
一方で、角番の場所で8敗(または休場を含めて8敗相当)してしまい「負け越し」が決まった場合。これが2場所連続の負け越しとなるため、大関からの陥落が決定します。
次の本場所の番付表では、大関の地位を失い、関脇へと陥落してしまいます。
陥落しても諦めない!「10勝の特例復帰ルール」
角番を乗り切れずに関脇へ陥落してしまった元大関ですが、実は一度だけ、大関に復帰できる特例措置が存在します。
それは、関脇に陥落した直後の本場所(1場所のみ)において、「取り組み日数の3分の2以上の勝星を挙げれば、特例として大関に復帰できる」というルールです。
1場所の日数は原則として15日であるため、「10勝以上」が必要となります。
通常、関脇から大関に新たに昇進するためには「3場所連続で三役に在位し、合計33勝以上を挙げる」という非常に厳しい成績が目安とされています。
しかし、一度は大関まで上り詰めた力士の功績に敬意を表し、陥落した直後の場所のみ「10勝」という条件で大関に戻れる特例が用意されているのです。
なお、もしこの特例の場所で6敗(9勝以下・休場を含む)してしまった場合は、大関への特例復帰の権利は完全消滅となります。特例復帰に失敗した力士がのちに再び大関を目指すためには、新大関の昇進時と同じ成績基準(関脇・小結の地位で連続3場所33勝以上が目安)を再度達成しなければなりません(この場合は「大関の特例復帰」ではなく、「再度の大関昇進」の扱いを受けます)。特例復帰・再昇進のいずれの場合も新たな代数は与えられず、新規昇進した時の代数が維持されます。
場所の日数が短縮された場合の規定
現行制度下では過去に実例はありませんが、国家的な行事や突発的な大災害、あるいは相撲界の不祥事などで本場所の取り組み日数が減少した場合でも、細則により「実際に行われた日数の3分の2以上で計算する事となっている(13日に短縮された場合は9勝で条件を満たす、等)」と定められています。
角番ルールの歴史と変遷
大関の陥落や角番のルールは、大相撲の長い歴史の中で何度か変更されてきました。
「3場所連続負け越し」から「2場所連続」へ
大関の降格に関する細則は、明治22年(1889年)1月や大正10年(1921年)などにも改定の記録がありますが、「2場所連続負け越しでの大関陥落」という大枠の制度は、昭和2年(1927年)の東京相撲と大坂相撲の合併以来の諸制度の確定の中で定着していきました。
その後、昭和33年(1958年)に年6場所制が実施された際、「大関で3場所連続負け越しにより関脇へ降下」することが定められました。つまり、現在よりも降格の猶予が1場所長い(降格しにくい)旧制度でした。
しかし、「これでは甘過ぎる」という意見が出たため、昭和44年(1969年)7月場所以降は再び「大関で2場所連続負け越しにより関脇へ陥落」と改められます。またそれと同時に、現在の「特例復帰の制度(10勝)」が定められました。
この制度変更により、かつては「2場所連続で負け越しても、3場所目(大関の地位)で8勝すれば陥落しない」というルールでしたが、現行では「2場所連続で負け越した時点で問答無用で関脇に陥落し、大関に戻るには関脇の地位で10勝しなければならない」という、よりシビアな条件へと引き上げられたのです。
公傷制度と角番の関係
かつて大相撲で「公傷制度(取組中のケガによる休場を救済する制度)」が実施されていたときは、公傷が認められた全休場所は負け越しにカウントされず、その翌場所が角番場所となっていました。
公傷制度が始まった昭和47年(1972年)1月場所の当初は大関のみ適用外でしたが、昭和58年(1983年)5月場所からは大関も公傷適用の対象となりました。しかしその後、場所中に公傷適用による休場力士が増加し、さらに当時の大関陣が休場すれば公傷と認定される弊害が多く出た理由もあって、平成15年(2003年)11月場所限りで公傷制度は廃止となりました。
まとめ
大相撲における「角番」は、大関という看板力士が自らの地位とプライドを懸けて臨む、非常にシビアでドラマチックな場所です。
ケガや不調に苦しみながらも、必死の思いで8勝を挙げて角番を脱出する大関の姿や、陥落してしまっても翌場所に10勝を挙げて見事に大関へ返り咲く力士の執念は、大相撲観戦の大きな見どころの一つです。ニュースで「今場所は角番大関がいる」と聞いた時は、ぜひその力士の星取表に注目して応援してみてください。
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