大相撲で人気力士が引退する際、ニュースなどで「〇〇関の引退相撲が国技館で開催されました」と報じられます。
ファンにとっては力士の最後の勇姿を見届け、トレードマークの髷(まげ)に別れを告げる感動的なイベントですが、実はこの引退相撲には「誰でも開催できるわけではない厳しい条件」と、莫大な額が動く「裏のお金事情」が存在します。
今回は、引退相撲と断髪式の違いから、ご祝儀やチケット収入の仕組み、そして国技館で開催されるようになった歴史までを詳しく解説します。
引退相撲とは?「断髪式」との違い
まず混同されがちなのが「引退相撲」と「断髪式」の違いです。
「断髪式」は、引退した力士が髷を切り落とす「儀式」そのものを指します。一方、「引退相撲」は、その断髪式をメインイベントとして組み込んだ、ファンへのお披露目のための「興行(大規模なイベント)」全体を指します。
盛りだくさんの興行プログラムと「最後の取組」
引退相撲の興行では、メインの断髪式だけでなく、所属一門の幕下以下力士による取組や、相撲の禁じ手などを面白おかしく演じる「初切(しょっきり)」、相撲甚句(すもうじんく)、髪結い実演など、花相撲(本場所以外の興行)特有の催しが行われます。その後、十両力士・幕内力士による取組など、本場所さながらの充実したプログラムが丸一日かけて披露されます。
また、引退力士本人にケガや病気がなく相撲が取れる状態であれば、本人が土俵に上がり、関わりの深い現役力士(同部屋の後輩やライバルなど)と「最後の取組(申し合い)」を行うのも大きな見どころです。
最後の横綱土俵入り
元横綱の引退相撲であれば、現役最後となる「横綱土俵入り」が披露されます。
かつては、土俵入りを先導する「太刀持ち」と「露払い」を他の現役横綱2人が務めるのが通例でしたが、近年では横綱の人数などの事情もあり、大関以下の現役幕内力士が担当することも多くなっています。
断髪式の作法と「切り落とした髷」の行方
プログラムの終盤で行われる断髪式では、行司が三宝(さんぽう:儀式用の台)にハサミを捧げ持ちます。引退力士の後援会員・同門力士・親交が深い著名人・親族らが順番にハサミを入れ、最後に引退時の師匠が「止め鋏」を入れて髷を切り落とします。
切り落とされた髷は、力士の魂が宿ったものとして、ガラスケースなどに入れられて引退力士本人が記念品として大切に保管するのが一般的です。
引退相撲の開催時期と興行名
引退相撲は基本的に、1月・5月・9月の「東京場所」が終わった後の両国国技館で開催されるのが通例です。
その興行名は、引退後の進路によって以下のように分けられます。
- 年寄名跡を襲名して親方になる場合: 「〇〇引退××襲名披露大相撲」
- 協会に残らない、または現役名のまま年寄になる場合: 「〇〇引退断髪披露大相撲」
また、引退相撲の開催には多額の経費がかかるため、同じ時期に引退した数人の力士が共同で「合同引退相撲」として興行を打つケースもあります(過去には栃乃花と栃栄などの例があります)。
引退相撲を開催できる「厳しい条件」
引退する力士の全員が、国技館を貸し切って引退相撲を開催できるわけではありません。日本相撲協会の規定により、明確な条件が定められています。
それは「関取(十両以上)を30場所以上つとめた力士」であることです。(※ちなみに、引退相撲を行わず国技館の土俵で断髪式のみを行う場合は「関取を1場所以上」という条件になります)。
力士会が「無給」で協力する特例と挨拶
この「関取30場所」という厳しい条件を満たした力士の引退相撲には、現役の全関取で構成される「力士会」が全面協力します。
驚くべきことに、引退相撲のプログラムに参加して取組や土俵入りを披露する横綱以下の全関取たちは、この日、ノーギャラ(無料)で出場するのが慣例となっています。
長年、同じ土俵でしのぎを削ってきた功労者の門出を祝うため、相撲界全体がボランティアで協力して興行を盛り上げるという、非常に温かいしきたりがあるのです。
これに対し、引退相撲を主催する力士は、開催直前に行われる力士会へ出向いて直接挨拶をするのが礼儀とされています。
退職金代わり?引退相撲の「お金事情」
引退相撲を語る上で欠かせないのが、莫大な額が動くと言われる「お金事情」です。
引退相撲は、引退する力士本人やその後援会が主催(興行主)となって開催されます。そのため、興行で得た全収益から必要経費(国技館の借り上げ代やスタッフの人件費など)を差し引いた利益が、これまでの労をねぎらう「餞別(せんべつ)」という意味で力士本人の総取り(全額収入)となります。
これが、引退相撲が「力士の退職金代わり」と言われるゆえんです。
① ハサミを入れる際の「ご祝儀相場」
断髪式の際、土俵に上がって力士の髷にハサミを入れる人々は、事前に「ご祝儀」を包むのが通例です。
このご祝儀の相場は、一般的に数万円〜十万円程度と言われていますが、大口のスポンサー(タニマチ)や有力企業の関係者となれば、数十万円から百万円単位のご祝儀が包まれることも珍しくありません。
人気力士の断髪式では300人〜400人もの関係者がハサミを入れるため、このご祝儀だけでも相当な額に上ります。
② チケット収入とグッズの売上
引退相撲の観戦チケット(入場券)は、本場所と同等かそれ以上の価格に設定されることが多く、人気の横綱や大関の引退相撲となれば、満員御礼(約1万人)の売上となります。
さらに、会場で販売される記念パンフレットやお弁当、オリジナルグッズ(引退記念Tシャツや湯呑みなど)の売上も貴重な収入源です。
これらの収益を合わせると、平幕で数千万円、人気の大関や横綱クラスになれば数億円もの手取り(退職金)になるとも言われています。命がけで土俵を務め上げた力士にとって、第二の人生(親方としての部屋の運営資金や、新たな事業の資金)をスタートさせるための非常に重要な資金源となるのです。
引退相撲の歴史(靖国神社から国技館へ)
現在では国技館で行われるのが当たり前となった引退相撲ですが、歴史を紐解くと、かつては全く異なるスタイルで行われていました。
大正時代より前は、引退相撲は東京の靖国神社の境内や、地方の巡業先などで興行されていました。たとえば、明治時代に活躍した第18代横綱・大砲(たいほう)は、靖国神社の境内で引退相撲と最後の土俵入りを行っています。
国技館での初開催は「常陸山」
「国技館」という舞台で初めて引退相撲が行われたのは、大正3年(1914年)6月に引退した第19代横綱・常陸山(ひたちやま)のときです。
当時の人気を二分した大横綱の引退とあって、なんと4日間にわたる大々的な披露興行が行われ、最終日に横綱土俵入りが披露されました。ただし、現在のように土俵上で公開の断髪式を行う習慣はまだなく、髷は所属する出羽海部屋でひっそりと切り落とされたと記録されています。
※国技館の「土俵上」で初めて断髪式を行った力士など、断髪式という儀式そのものの歴史については、以下の用語事典で詳しく解説しています。
まとめ
「引退相撲」は、関取を30場所以上つとめた力士だけに許される、相撲界を挙げての盛大な卒業イベントです。
力士会が無給で協力し、ファンや後援者がご祝儀やチケット代として第二の人生への餞別(せんべつ)を贈る。この大相撲ならではの粋なお金事情と助け合いの精神を知ると、引退相撲のニュースがより一層、人情味あふれる温かいものに見えてくるのではないでしょうか。
