日本大学相撲部出身の力士一覧!現役から過去の名力士まで

「学生相撲出身」という言葉をよく耳にする大相撲ですが、そのなかでも随一といえるのが今回紹介する「日本大学」です。

数多くの名力士を輩出している日本大学は、なんと言っても学生相撲出身初の横綱「輪島」の存在が大きいですね。

今回は日大相撲部出身力士を一覧にしてみました。

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日本大学出身力士の現役力士一覧(番付・星取表・成績・経歴)(5日目)

No 四股名 直近7場所 成績 直近7場所 勝率 番付 (令8.9) 9月場所 成績 令和8年9月場所星取表 S1 番付 推移 変動 枚数 番付 (令8.7) 7月場所 成績 令和8年7月場所星取表 S2 番付 推移 変動 枚数 番付 (令8.5) 5月場所 成績 令和8年5月場所星取表 S3 番付 推移 変動 枚数 番付 (令8.3) 3月場所 成績 令和8年3月場所星取表 S4 番付 推移 変動 枚数 番付 (令8.1) 1月場所 成績 令和8年1月場所星取表 S5 番付 推移 変動 枚数 番付 (令7.11) 11月場所 成績 令和7年11月場所星取表 s6 番付 推移 変動 枚数 番付 (令7.9) 9月場所 成績 令和7年9月場所星取表 初日 2日目 3日目 4日目 5日目 6日目 7日目 中日 9日目 10日目 11日目 12日目 13日目 14日目 千秋楽 最高位 出身地 部屋 一門 年齢 生年月日 大相撲歴 本名 旧四股名 旧所属 身長(㎝) 体重(㎏) BMI 出身高校 出身大学 初土俵 初土俵 年齢 新十両 新十両 年齢 新入幕 新入幕 年齢 新小結 新小結 年齢 新関脇 新関脇 年齢 大関昇進 大関昇進 年齢 横綱昇進 横綱昇進 年齢 幕内 優勝 十両 優勝 幕下 優勝 三段目 優勝 序二段 優勝 序ノ口 優勝 技能賞 殊勲賞 敢闘賞 金星 通算 勝利数 通算 敗数 通算 休数 出場回数 通算 勝率(%) s誕生日 s初土俵 s新十両 s新入幕 s新小結 s新関脇 s大関昇進 s横綱昇進 s初土俵年齢 s新十両年齢 s新入幕年齢 s新小結年齢 s新関脇年齢 s大関昇進年齢 s横綱昇進年齢 s7場所勝敗 s1勝敗 s2勝敗 s3勝敗 s4勝敗 s5勝敗 s6勝敗 s7勝敗 s2順 s3順 s4順 s5順 s6順 s7順 s1シフト s2シフト s3シフト s4シフト s5シフト s6シフト sしこな s最高位 s出身ふりがな s部屋ふりがな s7勝率 s勝 s敗 s休 s出 s勝率 s幕優 s十 s下 s三 s二 s口 s技 s殊 s敢 s金

日本大学出身力士の星取表

令和8年9月場所、日本大学出身力士の星取表です。

星取表

対戦相手と決まり手、勝敗が分かります。対戦相手をクリックすると、互いの詳細情報が確認できます。

四股名 初日 2日目 3日目 4日目 5日目 6日目 7日目 中日 9日目 10日目 11日目 12日目 13日目 14日目 千秋楽
義ノ富士
西・前頭2
0勝5敗
熊本県
伊勢ヶ濱部屋

寄り切り
藤ノ川
京都府
伊勢ノ海部屋

上手投げ
琴櫻
千葉県
佐渡ヶ嶽部屋

押し出し
美ノ海
沖縄県
木瀬部屋

突き倒し
大栄翔
埼玉県
追手風部屋

寄り切り
大の里
石川県
二所ノ関部屋
 
 
霧島
モンゴル
音羽山部屋
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
美ノ海
西・前頭3
4勝1敗
沖縄県
木瀬部屋

寄り切り
伯乃富士
鳥取県
伊勢ヶ濱部屋

押し出し
熱海富士
静岡県
伊勢ヶ濱部屋

押し出し
義ノ富士
熊本県
伊勢ヶ濱部屋

寄り切り
隆の勝
千葉県
湊川部屋

押し出し
琴櫻
千葉県
佐渡ヶ嶽部屋
 
 
藤凌駕
愛知県
藤島部屋
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
尊富士
東・前頭8
3勝2敗
青森県
伊勢ヶ濱部屋

突き落とし
平戸海
長崎県
境川部屋

押し出し
獅司
ウクライナ
雷部屋

切り返し
藤青雲
熊本県
藤島部屋

押し出し
王鵬
東京都
大嶽部屋

突き落とし
朝乃山
富山県
高砂部屋
 
 
一山本
北海道
放駒部屋
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
金峰山
西・前頭10
3勝2敗
カザフスタン
木瀬部屋

寄り切り
王鵬
東京都
大嶽部屋

押し出し
若元春
福島県
荒汐部屋

寄り切り
獅司
ウクライナ
雷部屋

寄り切り
正代
熊本県
時津風部屋

寄り切り
朝白龍
モンゴル
高砂部屋
 
 
朝紅龍
大阪府
高砂部屋
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
翔猿
東・前頭14
2勝3敗
東京都
追手風部屋

下手投げ
朝紅龍
大阪府
高砂部屋

押し出し
朝白龍
モンゴル
高砂部屋

押し出し
阿炎
埼玉県
錣山部屋

上手出し投げ
湘南乃海
神奈川県
高田川部屋

引き落とし
朝翠龍
大阪府
高砂部屋
 
 
阿武剋
モンゴル
阿武松部屋
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
一意
西・十両2
1勝4敗
大阪府
木瀬部屋

下手投げ
玉鷲
モンゴル
片男波部屋

寄り切り
阿武剋
モンゴル
阿武松部屋

突き落とし
風賢央
愛媛県
押尾川部屋

肩透かし
朝翠龍
大阪府
高砂部屋

寄り切り
出羽ノ龍
モンゴル
出羽海部屋
 
 
旭海雄
モンゴル
大島部屋
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
日翔志
西・十両11
3勝2敗
東京都
追手風部屋

寄り切り
玉正鳳
モンゴル
片男波部屋

押し出し
丹治
福島県
荒汐部屋

とったり
嘉陽
沖縄県
中村部屋

押し倒し
炎鵬
石川県
伊勢ヶ濱部屋

寄り切り
東白龍
東京都
玉ノ井部屋
 
 
栃大海
埼玉県
春日野部屋
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
對馬洋
東・幕下11
1勝1敗
長崎県
境川部屋

叩き込み
北天海
モンゴル
尾上部屋

 
 
 
 

 
 
 
 

叩き込み
上戸
長崎県
立浪部屋

 
 
 
 
 
 

岩手県
伊勢ノ海部屋
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
大皇翔
西・幕下21
2勝1敗
香川県
追手風部屋

押し出し
栃清龍
岐阜県
春日野部屋

 
 
 
 

押し出し
二本柳
東京都
阿武松部屋

 
 
 
 

内無双
伊波
鹿児島県
尾上部屋
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
竜翔
東・幕下23
2勝0敗
熊本県
追手風部屋

寄り切り
魁清城
愛知県
浅香山部屋

 
 
 
 

 
 
 
 

叩き込み
小原
神奈川県
浅香山部屋

 
 
 
 
 
 
魁郷
鹿児島県
浅香山部屋
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
花響
東・幕下25
1勝1敗
熊本県
境川部屋

 
 
 
 

上手投げ
伊波
鹿児島県
尾上部屋

寄り切り
花の海
東京都
二所ノ関部屋

 
 
 
 

 
 
 
 
 
 
魁清城
愛知県
浅香山部屋
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
花の富士
東・幕下33
1勝1敗
熊本県
伊勢ヶ濱部屋

 
 
 
 

押し出し
御雷山
茨城県
錣山部屋

寄り切り
大畑
宮城県
時津風部屋

 
 
 
 

 
 
 
 
 
 
玉欧山
愛知県
鳴戸部屋
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
春山
東・幕下37
2勝0敗
鹿児島県
尾上部屋

 
 
 
 

押し出し
聖富士
静岡県
伊勢ヶ濱部屋

 
 
 
 

叩き込み
栃丸
東京都
春日野部屋

 
 
 
 
 
 
大斧
埼玉県
追手風部屋
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
米沢龍
西・幕下38
2勝0敗
山形県
境川部屋

 
 
 
 

上手投げ
欧山田
秋田県
鳴戸部屋

 
 
 
 

上手投げ
欧勝竜
大阪府
鳴戸部屋

 
 
 
 
 
 
東誠竜
福岡県
玉ノ井部屋
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
城間
西・幕下44
1勝1敗
沖縄県
尾上部屋

 
 
 
 

押し出し
時天嵐
青森県
時津風部屋

上手投げ
火雷
神奈川県
雷部屋

 
 
 
 

 
 
 
 
 
 
朝玉勢
三重県
高砂部屋
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
清水海
西・幕下51
1勝2敗
高知県
境川部屋

 
 
 
 

送り出し
家の島
兵庫県
山響部屋

首投げ
岡田
島根県
高田川部屋

 
 
 
 

引き落とし
麒麟龍
東京都
二所ノ関部屋
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
薩摩翔
西・三段目68
1勝1敗
鹿児島県
追手風部屋

 
 
 
 

送り出し
琴大河
兵庫県
佐渡ヶ嶽部屋

 
 
 
 

突き落とし
出羽ノ城
栃木県
出羽海部屋

 
 
 
 
 
 
白蛇
群馬県
朝日山部屋
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
隆晟
西・三段目76
3勝0敗
岐阜県
木瀬部屋

 
 
 
 

押し出し
風紅大
千葉県
押尾川部屋

 
 
 
 

寄り切り
筑波山
茨城県
立浪部屋

叩き込み
野島
大分県
二所ノ関部屋
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

日ごとの成績

日ごとの成績で、好不調が分かります。

トータル 初日 2日目 3日目 4日目 5日目 6日目 7日目 中日 9日目 10日目 11日目 12日目 13日目 14日目 千秋楽
60取組
33勝
27敗
勝敗差+6
10取組
7勝
3敗
+4
15取組
5勝
10敗
-5
12取組
5勝
7敗
-2
13取組
11勝
2敗
+9
10取組
5勝
5敗
±0
0取組
0勝
0敗
±0
0取組
0勝
0敗
±0
0取組
0勝
0敗
±0
0取組
0勝
0敗
±0
0取組
0勝
0敗
±0
0取組
0勝
0敗
±0
0取組
0勝
0敗
±0
0取組
0勝
0敗
±0
0取組
0勝
0敗
±0
0取組
0勝
0敗
±0
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日本大学の最高位:前頭

久島海 啓太

  • 四股名 :久島海 啓太(くしまうみ けいた)
  • 最高位 :前頭筆頭
  • 年寄名跡:準年寄・久島海⇒14代田子ノ浦
  • 出身地 :和歌山県新宮市
  • 本 名 :久嶋 啓太
  • 生年月日:昭和40年(1965)8月6日
  • 没年月日:平成24年(2012)2月13日(享年46歳)
  • 出身大学:日本大学
  • 所属部屋:出羽海部屋
  • 改名歴 :久嶋⇒久島海
  • 初土俵 :昭和63年(1988)1月・幕下60付出(22歳5ヵ月)
  • 新十両 :平成元年(1989)3月(23歳7ヵ月)
  • 新入幕 :平成元年(1989)7月(23歳11ヵ月)
  • 最終場所:平成10年(1998)11月(33歳3ヵ月)
  • 生涯戦歴:462勝442敗22休/901出場(66場所)
  • 生涯勝率:51.1%
  • 優勝等 :幕内次点1回,十両優勝3回
  • 成 績 :敢闘賞2回,金星2個
  • 幕内戦歴:237勝273敗15休(35場所)勝率:46.5%
  • 十両戦歴:192勝153敗(23場所)勝率:55.7%

肥後ノ海 直哉

熊本県の旧河内芳野村白浜地区(現在は熊本市)出身、三保ヶ関部屋の元力士で最高位は前頭筆頭。小学生の頃から相撲を始め、熊本工大高等学校(現・文徳高校)では全国大会に出場するなど実績を積んだ。大学は日本大学に進学し4年次には主将を務める。全国学生相撲選手権では尾曽(のちの武双山)を破って優勝、学生横綱の栄冠を手にした。

幕下最下位格付出の資格を得た坂本は三保ヶ関部屋へと入門すると、幕下3場所目で全勝優勝をあげて平成4年7月場所での新十両昇進を決めた。十両でも勝ち越しを積み上げて平成5(1993)年3月場所で新入幕、左四つの相撲で期待されたが攻めの遅さもあって三役への昇進は叶わなかった。

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新入幕から平成13(2001)年11月場所までの約9年間、実に53場所連続平幕在位という記録を持つ。

平成14(2002)年11月場所を最後に現役を引退、11代木村瀬平を襲名して三保ヶ関部屋の部屋付き親方として後進の指導にあたっていたが、平成15(2003)年12月に分家独立して木瀬部屋を興した。

  • 11代・木村 瀬平
  • 四股名 :肥後ノ海 直哉(ひごのうみ なおや)
  • 最高位 :前頭筆頭
  • 年寄名跡:11代木瀬11代木瀬11代木瀬
  • 出身地 :熊本県熊本市
  • 本 名 :坂本 直人
  • 生年月日:昭和44年(1969)9月23日(56歳)
  • 出身大学:日本大学
  • 所属部屋:三保ヶ関部屋
  • 改名歴 :坂本山⇒肥後ノ海
  • 初土俵 :平成4年(1992)1月・幕下60付出(22歳4ヵ月)
  • 新十両 :平成4年(1992)7月(22歳10ヵ月)
  • 新入幕 :平成5年(1993)3月(23歳6ヵ月)
  • 最終場所:平成14年(2002)11月(33歳2ヵ月)
  • 生涯戦歴:407勝476敗80休/878出場(66場所)
  • 生涯勝率:46.1%
  • 優勝等 :幕下優勝1回
  • 成 績 :金星2個
  • 幕内戦歴:335勝417敗43休(53場所)勝率:44.5%
  • 十両戦歴:53勝57敗37休(10場所)勝率:48.2%

大翔山 直樹

大翔山 直樹(だいしょうやま なおき)石川県鳳珠郡穴水町出身、立浪部屋の元力士で、最高位は前頭2枚目

平成元年(1989)1月場所に22歳6ヶ月で初土俵を踏み、平成7年(1995)11月場所を最後に引退(29歳4ヶ月)。

通算成績は266勝252敗35休517出場。生涯勝率.514。通算42場所中、24場所を勝ち越した(勝ち越し率.571)。

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主な成績は幕内次点1回,十両優勝1回幕下優勝2回敢闘賞1回,金星3個(北勝海2個、大乃国1個)。

昭和41年(1966)7月7日生まれ。本名は山崎 直樹。

自身の母校である日大出身力士を多数率いて部屋は隆盛を極める。

年寄
11代・追手風 直樹
四股名
大翔山 直樹(だいしょうやま なおき)
最高位
前頭2枚目
年寄名跡
12代中川 直樹 → 11代追手風 直樹
出身地
石川県鳳珠郡穴水町
本名
山崎 直樹
生年月日
昭和41年(1966)7月7日(60歳)
出身高校
金沢高校
出身大学
日本大学
所属部屋
立浪部屋
改名歴
山崎 直樹 → 大翔山 直樹 → 大翔山 直生 → 大翔山 裕康 → 大翔山 直樹
初土俵
平成元年(1989)1月 幕下60枚目格付出(22歳6ヶ月)
新十両
平成2年(1990)5月(所要8場所)
23歳10ヶ月(初土俵から1年4ヶ月)
新入幕
平成2年(1990)9月(所要10場所)
24歳2ヶ月(初土俵から1年8ヶ月)
最終場所
平成7年(1995)11月(29歳4ヶ月)
大相撲歴
42場所(6年10ヶ月)
通算成績
266勝252敗35休517出場(勝率.514)
通算42場所
勝ち越し24場所(勝ち越し率.571)
優勝等
幕内次点1回,十両優勝1回幕下優勝2回
受賞・金星
敢闘賞1回,金星3個
前頭戦歴
153勝176敗1休328出場(勝率.465)
在位22場所(在位率.524)
勝ち越し12場所(勝ち越し率.545)
十両戦歴
75勝60敗30休135出場(勝率.556)
在位11場所(在位率.262)
勝ち越し5場所(勝ち越し率.455)
関取戦歴
228勝236敗31休463出場(勝率.491)
在位33場所(在位率.786)
勝ち越し17場所(勝ち越し率.515)
幕下以下歴
38勝16敗4休54出場(勝率.704)
在位9場所(在位率.214)
勝ち越し7場所(勝ち越し率.778)


美ノ海 義久

美ノ海 義久(ちゅらのうみ よしひさ)は沖縄県 うるま市出身、木瀬部屋の力士で最高位は前頭2枚目。令和8年9月場所の番付は西 前頭3枚目。

木崎家の三男として、のちに同じ木瀬部屋へと入門する弟(元十両3枚目・木﨑海)らと共に沖縄県うるま市で育つ。小学1年生の頃から相撲を始め、中学時代に参加した鳥取城北高校の合宿の厳しさに触発されて同校への進学を決意した。高校の同期にはアルタンホヤグ・イチンノロブ(のちの関脇・逸ノ城)がおり、3年次には国民体育大会で団体優勝を果たしたほか、個人戦の決勝でもイチンノロブを破って優勝を飾った。その後は日本大学へ進学し、4年次には主将として全国学生相撲選手権大会での団体優勝を牽引するなど、輝かしい実績を残した。

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初土俵と四股名の由来

大学卒業後は木瀬部屋の門を叩き、平成28年(2016年)3月場所に本名の「木崎」で初土俵を踏んだ。同年7月場所に序二段、続く9月場所には三段目でそれぞれ7戦全勝での優勝を飾るなど、順調に番付を上げていく。そして平成30年(2018年)7月場所で新十両へ昇進。これを機に、沖縄の方言で「きれい」を意味する「美」を入れた「美ノ海」へと改名した。下の名の「義久」には、相撲を始めるきっかけを与えてくれた亡き祖父の名前を用いている。

苦難を乗り越えての新入幕

ところが、西十両14枚目で迎えた平成30年(2018年)7月場所は、5勝10敗と大きく負け越して十両1場所で幕下へと陥落。令和元年(2019年)3月場所、幕下全勝優勝を挙げて再び十両昇進を決めるが、翌5月場所ではまたしても5勝10敗で1場所陥落。

十両の壁に幾度も阻まれた美ノ海だったが、令和2年(2020年)1月場所で三度十両昇進を遂げて以降は主戦場を十両へと移した。十両の土俵で着実に地力を養うと、令和5年(2023年)11月場所で待望の新入幕を果たす。初土俵から所要45場所での入幕は、決して平坦な道のりではなく、苦労を重ねた末に掴み取った座であった。

幕内での躍進と沖縄県勢初の三賞

持ち味である左四つからの投げや、しぶとい相撲を武器に幕内でも躍動する。令和7年(2025年)3月場所では、西前頭14枚目の地位で千秋楽まで優勝争いに加わる活躍を見せた。最終的に11勝4敗の好成績を挙げ、自身初となる敢闘賞を獲得。これは沖縄県出身力士としては大相撲史上初となる三賞受賞であり、まさに歴史的な記録であった。その後も上位戦線で着実に実績を積んでおり、郷土の期待を背負って土俵で確かな存在感を示し続けている。

💡 沖縄県出身一覧💡 木瀬部屋の力士

四股名
美ノ海 義久(ちゅらのうみ よしひさ)
最高位
前頭2枚目
最新番付
西 前頭3枚目
出身地
沖縄県 うるま市
本名
木崎 信志
生年月日
平成5年(1993)5月6日(33歳)
身長・体重
176cm・157kg
出身高校
鳥取城北高校
出身大学
日本大学
所属部屋
木瀬部屋
改名歴
木崎 → 美ノ海
初土俵
平成28年(2016)3月(22歳10ヵ月)
新十両
平成30年(2018)7月(25歳2ヵ月)
新入幕
令和5年(2023)11月(30歳6ヵ月)
優勝
幕下優勝1回,三段目優勝1回,序二段優勝1回
受賞・金星
敢闘賞1回
通算成績
387勝364敗1休/750出場(勝率:51.6%)
直近7場所
50勝45敗
7場所勝率
52.6%
得意技
左四つ・寄り
決まり手傾向(直近7場所)
美ノ海が勝ちの決まり手(50勝)※不戦勝1含む
押し出し22
寄り切り10
送り出し5
寄り倒し3
突き落とし3
突き出し1
その他5
美ノ海が負けの決まり手(45敗)
押し出し15
寄り切り11
突き落とし6
叩き込み3
掬い投げ2
上手出し投げ2
その他6
令8年9月
西 前頭3枚目(1枚降下)
4勝1敗
○●○○○|     |     
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年7月
西 前頭2枚目(3枚半上昇)
7勝8敗
●●○●●|●●○○●|○○○●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年5月
東 前頭6枚目(3枚半降下)
9勝6敗
○○●○●|○○●○●|○□●○●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

▼ さらに過去の成績(4場所分)を見る
令8年3月
西 前頭2枚目(3枚上昇・最高位更新)
4勝11敗
●○●○●|●○●●●|●●○●●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年1月
西 前頭5枚目(1枚半上昇)
9勝6敗
○○●●●|○○○○●|○●●○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年11
東 前頭7枚目(3枚半上昇)
8勝7敗
○○●○●|●○●○●|○●●○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年9月
西 前頭10枚目
9勝6敗
●○○○○|○●●○●|○○●●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

金峰山 晴樹

金峰山 晴樹(きんぼうざん はるき)はカザフスタン アルマティ出身、木瀬部屋の力士で最高位は前頭3枚目。令和8年9月場所の番付は西 前頭10枚目。

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14歳の頃から柔道に打ち込み、母国カザフスタンで3位に入賞するほどの実力を持っていた。相撲との出会いは18歳の時、元横綱・朝青龍の紹介で来日したことがきっかけである。東京の私立日出高校(現・目黒日本大学高校)に編入して相撲を始め、基礎を学んだ。高校卒業後は相撲の名門・日本大学へと進学し、その才能をさらに開花させていく。

日本大学時代、3年次に全日本相撲選手権大会で2位の好成績を挙げて三段目付け出し資格を取得したが、この時は行使せずに失効した。しかし4年次の令和2年(2020年)、全国学生相撲選手権大会で3位に入賞し、再び三段目付け出し資格を獲得。大学を卒業後、日大OBである11代木瀬(元幕内・肥後ノ海)が率いる木瀬部屋へと入門した。

四股名の由来

四股名の「金峰山」は、師匠の故郷である熊本市内にある火山の名から。金峰山自身は当初、「金峰山」を富士山級の山と想像していたが、実際は高尾山ほどのスケールだと知り驚いたという。また下の名「晴樹」は、元高校横綱で11代木瀬の日大時代の同期でもある成田晴樹氏に由来する。成田氏は日大学在学中に惜しくも亡くなられた。

三段目付出からの快進撃、そして幕内へ

令和3年(2021年)11月場所に三段目最下位格付出(100枚目格付出)で初土俵を踏むやいなや、7戦全勝の三段目優勝で圧倒的な力の差を見せつける。さらに令和4年(2022年)3月場所でも幕下で7戦全勝の優勝を遂げた。西幕下筆頭で迎えた同年7月場所に6勝1敗の好成績を挙げ、翌場所での新十両昇進を決めた。初土俵から所要5場所での新十両昇進であった。その十両もわずか3場所で通過し、令和5年(2023年)3月場所には新入幕、この新入幕場所で11勝4敗の大活躍で初の敢闘賞を受賞した。

不屈の再起、そして優勝決定戦の激闘

その後も幕内上位を目指して少しずつ積み上げていたが、東前頭7枚目で迎えた令和6年(2024年)3月場所では首を負傷し、5日目から途中休場を余儀なくされた。8日目から再出場したものの、この場所を6勝7敗2休で負け越し、その後も2場所連続で4勝11敗と大きく負け越した。これにより10場所守った幕内の座から十両への陥落を経験する。しかし金峰山はめげなかった。再起をかけた同年11月場所では西十両筆頭で12勝3敗の成績を挙げ、自身初となる十両優勝を達成。ひと場所で幕内の土俵へと返り咲いた。

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幕内復帰直後の令和7年(2025年)1月場所、西前頭14枚目で初日から9連勝を記録するなど快進撃を見せる。12勝2敗で迎えた千秋楽。本割で王鵬に敗れると豊昇龍、王鵬、金峰山による三つ巴の優勝決定戦へと進出。この決定戦では大関(当時)豊昇龍に敗れて幕内優勝こそは逃したが、優勝同点の成績と二度目の敢闘賞を受賞。不屈の精神で再び幕内上位へと番付を戻した。

相撲スタイル、そしてムスリムの教え

幕内屈指の長身とリーチを活かし、入門当初はもろ手突きからの突き押しに加え、四つに組み止める相撲も使い分けるスタイルであった。しかし、首の怪我を抱えて以降は突き押し一本に絞る相撲へと変化を遂げている。また、大砂嵐(元幕内・大嶽部屋)に次ぐ史上2人目のムスリム(イスラム教徒)の幕内力士としても知られる。宗教上の戒律に従い豚肉や酒は口にしないため、部屋でのちゃんこもハラール食で英気を養う。異国の地でムスリムとして、そして力士として精進を続けている。カザフスタン出身者として初の幕内力士となったその背中には、母国からの期待も厚い。

💡 カザフスタン出身一覧💡 木瀬部屋の力士

四股名
金峰山 晴樹(きんぼうざん はるき)
最高位
前頭3枚目
最新番付
西 前頭10枚目
出身地
カザフスタン アルマティ
本名
バルタグル・イェルシン
生年月日
平成9年(1997)6月24日(29歳)
身長・体重
194cm・181kg
出身高校
日出高校
出身大学
日本大学
所属部屋
木瀬部屋
初土俵
令和3年(2021)11月・三段目100付出(24歳5ヵ月)
新十両
令和4年(2022)9月(25歳3ヵ月)
新入幕
令和5年(2023)3月(25歳9ヵ月)
優勝
十両優勝1回,幕下優勝1回,三段目優勝1回
受賞・金星
敢闘賞2回
通算成績
216勝182敗2休/397出場(勝率:54.4%)
直近7場所
45勝50敗
7場所勝率
47.4%
得意技
突き・押し
決まり手傾向(直近7場所)
金峰山が勝ちの決まり手(45勝)※不戦勝1含む
寄り切り14
上手投げ7
叩き込み7
押し出し5
突き出し4
引き落とし2
その他5
金峰山が負けの決まり手(50敗)
寄り切り19
押し出し7
下手投げ3
上手投げ3
叩き込み2
突き落とし2
その他14
令8年9月
西 前頭10枚目(3枚半上昇)
3勝2敗
○○●○●|     |     
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年7月
東 前頭14枚目(2枚半降下)
9勝6敗
●○●○○|○□●○●|●○○●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年5月
西 前頭11枚目(5枚上昇)
6勝9敗
○○●●●|○○●○●|●●●●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

▼ さらに過去の成績(4場所分)を見る
令8年3月
西 前頭16枚目(8枚降下)
9勝6敗
○●○●○|○●●●○|○○○●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年1月
西 前頭8枚目(変動なし)
4勝11敗
●○●●●|○●○●●|○●●●●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年11
西 前頭8枚目(変動なし)
7勝8敗
○●●●●|●○○●○|●○●○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年9月
西 前頭8枚目
7勝8敗
●●○●●|●○○●○|○●○○●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

大ノ海 敬士

期待の新人だったが大学時に患った糖尿病の再発を理由に廃業、しかしすぐにプロレス転向で批判を浴びる

  • 四股名 :大ノ海 敬士(おおのうみ たかし)
  • 最高位 :前頭4枚目
  • 出身地 :山形県東田川郡藤島町
  • 本 名 :石川 孝志
  • 生年月日:昭和28年(1953)2月5日
  • 出身大学:日本大学
  • 所属部屋:花籠部屋
  • 改名歴 :石川⇒大ノ海
  • 初土俵 :昭和50年(1975)3月・幕下60付出(22歳1ヵ月)
  • 新十両 :昭和50年(1975)9月(22歳7ヵ月)
  • 新入幕 :昭和52年(1977)1月(23歳11ヵ月)
  • 最終場所:昭和52年(1977)7月(24歳5ヵ月)
  • 生涯戦歴:98勝79敗/177出場(15場所)
  • 生涯勝率:55.4%
  • 優勝等 :幕下優勝1回
  • 幕内戦歴:18勝27敗(3場所)勝率:40.0%
  • 十両戦歴:48勝42敗(6場所)勝率:53.3%

皇司 信秀

兵庫県三木市出身、入間川部屋の元力士で最高位は前頭4枚目。37歳0ヶ月で通算11回目となる幕内復帰、関取として長く土俵を務めた。

  • 15代・若藤 信英(木瀬部屋)
  • 四股名 :皇司 信秀(おうつかさ のぶひで)
  • 最高位 :前頭4枚目
  • 年寄名跡:15代若藤
  • 出身地 :兵庫県三木市
  • 本 名 :大内 信英
  • 生年月日:昭和46年(1971)2月18日(55歳)
  • 出身大学:日本大学
  • 所属部屋:入間川部屋
  • 改名歴 :大内⇒皇司
  • 初土俵 :平成5年(1993)3月・幕下60付出(22歳1ヵ月)
  • 新十両 :平成8年(1996)1月(24歳11ヵ月)
  • 新入幕 :平成11年(1999)9月(28歳7ヵ月)
  • 最終場所:平成21年(2009)3月(38歳1ヵ月)
  • 生涯戦歴:616勝660敗1休/1274出場(97場所)
  • 生涯勝率:48.3%
  • 優勝等 :十両優勝2回,幕下優勝1回
  • 幕内戦歴:184勝266敗(30場所)勝率:40.9%
  • 十両戦歴:342勝331敗(45場所)勝率:50.8%

尊富士 弥輝也

尊富士 弥輝也(たけるふじ みきや)は青森県 五所川原市出身、伊勢ヶ濱部屋の力士で最高位は前頭4枚目。令和8年9月場所の番付は東 前頭8枚目。

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アマチュア相撲経験者であった祖父の影響を受け、幼少期から相撲に親しむ。親元を離れて強豪の鳥取城北高校へ進学したが、2年次の金沢大会において左膝前十字靱帯を断裂する大怪我を負う。その後、3年次に全国高校総体個人3位などの実績を残して復帰を果たしたが、秋の国民体育大会の個人準決勝における納谷幸之介(のちの王鵬)との取組中に再び左膝を負傷した。

度重なる怪我との闘いと伊勢ヶ濱部屋入門

高校卒業後は日本大学法学部へと進学し、2年次には全国学生選手権の団体優勝などに貢献するも、決勝戦で今度は右膝を負傷する。懸命なリハビリを経て再び土俵へ戻ると、3年次にも全国学生選手権での団体優勝を果たして連覇に貢献し、4年次には全国学生相撲個人体重別選手権大会無差別級でベスト16に入った。大学卒業後、同郷の9代伊勢ヶ濱(元横綱・旭富士)が師匠を務め、高校の先輩でもある横綱・照ノ富士(現10代伊勢ヶ濱)が在籍する伊勢ヶ濱部屋の門を叩いた。

初土俵からの快進撃

令和4年(2022年)9月場所に本名の「石岡」で初土俵を踏む。翌11月場所からは、「尊富士」へと改名。「尊」は高い地位を目指すという意味も込めて日本武尊(ヤマトタケル)から一字を取ったもの。この場所を7戦全勝で序ノ口優勝で飾ると、続く令和5年(2023年)1月場所でも序二段優勝を果たした。スピードと力強い突き押しを武器に各段を駆け上がり、幕下上位を通過して令和6年(2024年)1月場所で新十両へ昇進する。

記録尽くしの新入幕優勝

東十両10枚目で迎えた新十両の場所を13勝2敗の好成績で制して十両優勝を果たし、わずか1場所で十両を通過する。新入幕となった続く同年3月場所では、初日から快進撃を続け、昭和の大横綱・大鵬以来64年ぶりとなる新入幕力士としての初日からの11連勝を記録した。14日目の取組で右足首の靱帯を負傷、車いすで退場する事態となったものの、師匠からの叱咤激励を受けて千秋楽も強行出場した。その千秋楽では豪ノ山を押し倒しで破って見事に勝利を収め、13勝2敗で自身初となる幕内最高優勝を飾った。

この優勝は、大正3年(1914年)の夏場所における両国以来、110年ぶりとなる新入幕での賜杯であった。また、初土俵から所要10場所での幕内最高優勝は優勝制度が制定されて以降で史上最速の記録となり、同場所では殊勲賞・敢闘賞・技能賞の三賞をすべて独占している。

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試練と復活の歩み

歴史的な快挙を成し遂げた後は、右足の怪我等の影響により苦しい時期が続いた。令和6年5月場所を全休し、東十両2枚目へ陥落した同年7月場所でも途中休場を余儀なくされる。しかし、西十両11枚目まで番付を下げた同年9月場所において13勝2敗で2度目の十両優勝を果たし、再び幕内へと返り咲いた。

その後も再び怪我による休場が重なり、十両の土俵へ下がる経験をしている。度重なる試練に見舞われながらも、持ち味である圧倒的なスピードと鋭い突き押しは色褪せない。大記録を打ち立てた強靱な精神力とともに、さらなる高みを目指して土俵に立ち続けている。

💡 青森県出身一覧💡 伊勢ヶ濱部屋の力士

四股名
尊富士 弥輝也(たけるふじ みきや)
最高位
前頭4枚目
最新番付
東 前頭8枚目
出身地
青森県 五所川原市
本名
石岡 弥輝也
生年月日
平成11年(1999)4月9日(27歳)
身長・体重
186cm・149kg
出身高校
鳥取城北高校
出身大学
日本大学
所属部屋
伊勢ヶ濱部屋
改名歴
石岡 → 尊富士
初土俵
令和4年(2022)9月(23歳5ヵ月)
新十両
令和6年(2024)1月(24歳9ヵ月)
新入幕
令和6年(2024)3月(24歳11ヵ月)
優勝
幕内優勝1回,十両優勝2回,序二段優勝1回,序ノ口優勝1回
受賞・金星
殊勲賞1回,敢闘賞1回,技能賞1回
通算成績
172勝78敗44休/248出場(勝率:69.4%)
直近7場所
13勝7敗15休(十両:35勝25敗)
7場所勝率
60.0%
得意技
突き・押し
決まり手傾向(直近7場所)
尊富士が勝ちの決まり手(48勝)
寄り切り17
押し出し13
掬い投げ4
寄り倒し4
押し倒し3
叩き込み3
その他4
尊富士が負けの決まり手(32敗)
突き落とし9
叩き込み8
押し出し5
寄り切り3
寄り倒し2
切り返し1
その他4
令8年9月
東 前頭8枚目(5枚半上昇)
3勝2敗
○○●○●|     |     
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年7月
西 前頭13枚目(5枚上昇)
10勝5敗
○●○○○|○○●○○|○○●●●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年5月
西 十両2枚目(2枚上昇)
11勝4敗
○●○○●|○●○○●|○○○○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

▼ さらに過去の成績(4場所分)を見る
令8年3月
西 十両4枚目(1枚上昇)
8勝7敗
●○○●●|●●○●○|○○○●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年1月
西 十両5枚目(1枚半上昇)
8勝7敗
●○○●○|●●○○●|○○●○●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年11
東 十両7枚目(12枚半降下)
8勝7敗
●○●○○|●○○●○|●●●○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年9月
東 前頭12枚目
0勝0敗15休
休場
取組詳細(対戦相手・決まり手)

石浦 鹿介

石浦 鹿介 (いしうら しかのすけ)鳥取県鳥取市出身、宮城野部屋の元力士で、最高位は前頭5枚目

平成25年(2013)1月場所に23歳0ヶ月で初土俵を踏み、令和5年(2023)5月場所を最後に引退(33歳4ヶ月)※番付上は令和5年(2023)7月場所

通算成績は350勝321敗108休670出場。生涯勝率.522。通算62場所中、31場所を勝ち越した(勝ち越し率.508)。

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主な成績は序二段優勝1回、序ノ口優勝1回敢闘賞1回

平成2年(1990)1月10日生まれ。本名は石浦 将勝。

父親は鳥取城北高校相撲部監督の石浦外喜義。幼少期より相撲を始めて中学は鳥取市立西中学へと進学、宮城野部屋に在籍していた元幕内・大喜鵬とはこの中学からの同級生。

鳥取城北高校では全日本ジュニア体重別相撲選手権大会の軽量級で2連覇を達成するなど活躍をみせた。この頃の1学年下には引退した貴ノ岩が。

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日大3年次に腸の病気を患ったことで相撲から一時期離れることとなり、卒業後にオーストラリアへと語学留学。そこで相撲のオーストラリア国内選手権で優勝したこと、また日本で山口や貴ノ岩が活躍している姿を受けて角界入りを決意。白鵬の内弟子として宮城野部屋へと入門した。

序ノ口、序二段と全勝優勝で番付を上げていき三段目6番相撲で敗れるまで19連勝。西幕下6枚目だった平成27年(2015)1月場所で6勝1敗の成績をあげ翌場所での新十両昇進を決めた。鳥取県出身関取としては第53代横綱・琴櫻が昭和49年(1974)7月場所を前に引退して以来、約41年ぶりの復活。

十両では勝ち越しを積み上げて徐々に番付をあげていき平成28年(2016)11月場所で新入幕。鳥取県出身力士としては昭和38年(1963)7月場所で新入幕の琴櫻以来、約53年ぶりの快挙。

四股名
石浦 鹿介 (いしうら しかのすけ)
最高位
前頭5枚目
年寄名跡
23代間垣 喜翔(宮城野) → 23代間垣 喜翔(伊勢ヶ濱)
出身地
鳥取県鳥取市
本名
石浦 将勝
生年月日
平成2年(1990)1月10日(36歳)
出身高校
鳥取城北高校
出身大学
日本大学
所属部屋
宮城野部屋
改名歴
石浦 将勝 → 石浦 鹿介
初土俵
平成25年(2013)1月 前相撲(23歳0ヶ月)
新十両
平成27年(2015)3月(所要13場所)
25歳2ヶ月(初土俵から2年2ヶ月)
新入幕
平成28年(2016)11月(所要23場所)
26歳10ヶ月(初土俵から3年10ヶ月)
最終場所
令和5年(2023)5月場所(33歳4ヶ月)※番付上は令和5年(2023)7月場所
大相撲歴
62場所(10年4ヶ月)
通算成績
350勝321敗108休670出場(勝率.522)
通算62場所
勝ち越し31場所(勝ち越し率.508)(勝ち越し星89)
優勝等
序二段優勝1回,序ノ口優勝1回
受賞・金星
敢闘賞1回
持給金
47円50銭(勝ち越し星89個)
幕内戦歴
161勝186敗43休346出場(勝率.465)
在位26場所(在位率.419)
勝ち越し8場所(勝ち越し率.308)
前頭戦歴
161勝186敗43休346出場(勝率.465)
在位26場所(在位率.419)
勝ち越し8場所(勝ち越し率.308)
十両戦歴
129勝111敗30休240出場(勝率.537)
在位18場所(在位率.290)
勝ち越し13場所(勝ち越し率.722)
関取戦歴
290勝297敗73休586出場(勝率.495)
在位44場所(在位率.710)
勝ち越し21場所(勝ち越し率.477)
幕下以下歴
60勝24敗35休84出場(勝率.714)
在位17場所(在位率.274)
勝ち越し10場所(勝ち越し率.588)

石浦 鹿介の更に詳細なデータは力士名鑑で!

名鑑ページでは、以下のような詳細な分析データをはじめ、豊富な表やグラフをご覧いただけます。

  • ✅ 勝った決まり手1位:寄り切り(61回 / 17.3%)
  • ✅ 負けた決まり手1位:押し出し(98回 / 30.5%)
  • ✅ 得意な相手:出羽疾風(6勝0敗 / 勝率1.000)
  • ✅ 苦手な相手:千代の国(0勝9敗 / 勝率.000)

大翔丸 翔伍

大翔丸 翔伍(だいしょうまる しょうご)は大阪府 八尾市出身、追手風部屋の力士で最高位は前頭5枚目。令和8年7月場所の番付は西 幕下57枚目。

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平成25年(2013)のアマチュア横綱になったことで角界入りの決心がついた

💡 大阪府出身一覧💡 追手風部屋の力士

四股名
大翔丸 翔伍(だいしょうまる しょうご)
最高位
前頭5枚目
最新番付
西 幕下57枚目
出身地
大阪府 八尾市
本名
川端 翔伍
生年月日
平成3年(1991)7月10日(35歳)
身長・体重
175cm・165.3kg
出身高校
金沢学院東高校
出身大学
日本大学
所属部屋
追手風部屋
改名歴
川端 → 大翔丸
初土俵
平成26年(2014)3月・幕下15付出(22歳8ヵ月)
新十両
平成27年(2015)5月(23歳10ヵ月)
新入幕
平成28年(2016)3月(24歳8ヵ月)
優勝
幕下優勝1回
通算成績
405勝440敗1休/845出場(勝率:47.9%)
直近7場所
21勝28敗
7場所勝率
42.9%
得意技
押し・左四つ・寄り
決まり手傾向(直近7場所)
大翔丸が勝ちの決まり手(14勝)
押し出し10
叩き込み2
寄り切り2
大翔丸が負けの決まり手(21敗)
押し出し7
寄り切り7
引き落とし3
叩き込み2
送り引き落とし1
下手出し投げ1
令8年7月
西 幕下57枚目(11枚上昇)
3勝4敗
-●○-○|--○●-|●--●-
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年5月
西 三段目8枚目(26枚上昇)
4勝3敗
-●-○-|○-○-●|-●○--
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年3月
西 三段目34枚目(28枚半降下)
5勝2敗
-●○-○|-●-○-|○-○--
取組詳細(対戦相手・決まり手)

▼ さらに過去の成績(4場所分)を見る
令8年1月
東 三段目6枚目(29枚半降下)
2勝5敗
-●○--|○-●-●|-●-●-
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年11
東 幕下37枚目(9枚上昇)
1勝6敗
-●-●-|●-●○-|-●-●-
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年9月
東 幕下46枚目(19枚降下)
4勝3敗
-●-●-|○-○-○|-○-●-
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年7月
東 幕下27枚目
2勝5敗
-●-●-|○-●○-|●-●--
取組詳細(対戦相手・決まり手)

英乃海 拓也

英乃海 拓也 (ひでのうみ たくや)東京都江戸川区出身、木瀬部屋の元力士で、最高位は前頭6枚目

平成24年(2012)5月場所に22歳11ヶ月で初土俵を踏み、令和8年(2026)3月場所を最後に引退(36歳9ヶ月)。

通算成績は541勝539敗22休1075出場。生涯勝率.503。通算83場所中、42場所を勝ち越した(勝ち越し率.512)。

主な成績は十両優勝1回(同点1)、序二段優勝1回、序ノ口優勝1回

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平成元年(1989)6月11日生まれ。本名は岩崎 拓也。

葛飾白鳥相撲教室の1年先輩は千代大龍、日大の1年先輩は常幸龍。埼玉栄高校では1年次から団体戦レギュラーでインターハイ優勝、2年次には高校相撲金沢大会で個人優勝も。弟は追手風部屋の翔猿。カレーパンマンに似ているともっぱらの噂。

四股名の由来は、日本体育大学相撲部監督の田中英壽さんから「英」、母親の名前から「乃」、師匠である木瀬親方の現役時の四股名・肥後ノ海から「海」というように3人から1字ずつ頂いた。

四股名
英乃海 拓也 (ひでのうみ たくや)
最高位
前頭6枚目
出身地
東京都江戸川区
本名
岩崎 拓也
生年月日
平成元年(1989)6月11日
出身高校
埼玉栄高校
出身大学
日本大学
所属部屋
木瀬部屋
改名歴
岩崎 拓也 → 英乃海 拓也
初土俵
平成24年(2012)5月 前相撲(22歳11ヶ月)
新十両
平成26年(2014)11月(所要15場所)
25歳5ヶ月(初土俵から2年6ヶ月)
新入幕
平成27年(2015)7月(所要19場所)
26歳1ヶ月(初土俵から3年2ヶ月)
最終場所
令和8年(2026)3月場所(36歳9ヶ月)
大相撲歴
83場所(13年10ヶ月)
通算成績
541勝539敗22休1075出場(勝率.503)
通算83場所
勝ち越し42場所(勝ち越し率.512)(勝ち越し星123)
優勝等
十両優勝1回(同点1),序二段優勝1回,序ノ口優勝1回
持給金
64円50銭(勝ち越し星123個)
幕内戦歴
70勝108敗17休176出場(勝率.398)
在位13場所(在位率.157)
勝ち越し2場所(勝ち越し率.154)
前頭戦歴
70勝108敗17休176出場(勝率.398)
在位13場所(在位率.157)
勝ち越し2場所(勝ち越し率.154)
十両戦歴
396勝394敗5休787出場(勝率.503)
在位53場所(在位率.639)
勝ち越し27場所(勝ち越し率.509)
関取戦歴
466勝502敗22休963出場(勝率.484)
在位66場所(在位率.795)
勝ち越し29場所(勝ち越し率.439)
幕下以下歴
75勝37敗0休112出場(勝率.670)
在位16場所(在位率.193)
勝ち越し13場所(勝ち越し率.812)

英乃海 拓也の更に詳細なデータは力士名鑑で!

名鑑ページでは、以下のような詳細な分析データをはじめ、豊富な表やグラフをご覧いただけます。

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  • ✅ 勝った決まり手1位:寄り切り(183回 / 33.7%)
  • ✅ 負けた決まり手1位:寄り切り(234回 / 43.3%)
  • ✅ 得意な相手:里山(10勝2敗 / 勝率.833)
  • ✅ 苦手な相手:蒼国来(1勝11敗 / 勝率.083)

剣翔 桃太郎

剣翔 桃太郎 (つるぎしょう ももたろう)東京都葛飾区出身、追手風部屋の元力士で、最高位は前頭6枚目

平成26年(2014)1月場所に22歳5ヶ月で初土俵を踏み、令和8年(2026)3月場所を最後に引退(34歳7ヶ月)。

通算成績は485勝484敗23休964出場。生涯勝率.503。通算73場所中、36場所を勝ち越した(勝ち越し率.500)。

主な成績は十両優勝2回、幕下優勝1回、序二段優勝1回、序ノ口優勝1回敢闘賞1回

平成3年(1991)7月27日生まれ。本名は安彦 剣太郎。

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埼玉栄高校から日本大学を経て角界入りし、190キロを超える巨体を活かした右四つの力相撲で幕内上位を脅かした剣翔は、度重なる膝の大怪我と闘いながらも不屈の闘志で土俵を務め上げた大型力士である。同郷や同窓の力士たちと切磋琢磨しながら土俵を沸かせ、引退後は日本相撲協会を離れて新たな道を歩む決断を下した。

小遣い目当てからの目覚めと仲間たち

東京都葛飾区に生まれ、小学2年生の時に祖父から「優勝したら小遣いをやる」と言われ、わんぱく相撲に参加した。葛飾区内で無敵の強さを誇るようになったが、小学4年生で臨んだ都大会で1回戦負けを喫する。この時初めて「負けた悔しさ」を味わったことで本格的に相撲に打ち込む決意を固めた。

地元の葛飾白鳥相撲教室で稽古を積み、幼稚園からの幼馴染である岩崎(のちの幕内・翔猿)やその兄(のちの幕内・英乃海)、さらには同郷の明月院(のちの小結・千代大龍)や渡邊(のちの十両・千代嵐)たちと切磋琢磨した。葛飾区立大道中学校では全国都道府県別中学選手権で3位に入賞。先輩である岩崎(兄)の後を追うように相撲の名門・埼玉栄高校へ進学し、3年次には高校総体団体優勝や全日本ジュニア体重別選手権100キロ以上級優勝を飾るなど、アマチュア時代で最も充実した時期を過ごした。

大学時代の挫折と追手風部屋入門

日本大学文理学部へ進学。相撲部には1学年上に遠藤、同学年にのちに同部屋となる川端(のちの幕内・大翔丸)がいた。入学当初は稽古に身が入らず遊んでしまう時期もあったが、2年次の終わりに改心して団体戦のレギュラーを掴む。しかし3年次に左肘の靭帯を負傷する不運もあり、個人戦では全日本選手権に出場しながらもタイトルに手が届かず無冠に終わった。

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大学卒業を控えた平成26年(2014年)1月場所において、大学の先輩である11代追手風(元前頭・大翔山)が率いる追手風部屋から本名の「安彦」で初土俵を踏んだ。

昇進の苦労と「剣翔 桃太郎」の誕生

初めて番付に載った翌3月場所で序ノ口優勝、続く5月場所で序二段優勝、さらに同年9月場所では幕下優勝を飾るなど、怒涛のスピード出世を見せる。しかし、幕下上位の分厚い壁に苦しみ、幕下5枚目以内で勝ち越しを3度も重ねながら十両昇進が見送られるという不運にも見舞われた(相撲雑誌に「珍しいケース」と投書が掲載されるほどであった)。それでも決して腐らず、平成27年(2015年)11月場所を5勝2敗で乗り切り、翌場所での新十両昇進を決定づけた。

この関取昇進を機に、本名の「剣」と師匠の四股名から「翔」の字を組み合わせた「剣翔」に改名。下の名も、周囲からそう呼ばれていて強いイメージのある「桃太郎」とした。

新入幕での敢闘賞と上位での奮闘

十両の土俵で一進一退の攻防を繰り広げたのち、令和元年(2019年)7月場所において13勝2敗の好成績で自身初となる十両優勝を飾る。この活躍により、翌9月場所で悲願の新入幕を果たした。

幕内として初めて臨んだこの場所でも持ち前の馬力を発揮し、10勝5敗の二桁勝利を挙げて見事に敢闘賞を獲得した。190キロを超える堂々たる体格を活かし、右を差して胸を合わせる力強い四つ相撲を武器に、その後も長く幕内と十両の土俵で存在感を示し続けた。令和3年(2021年)1月場所では12勝3敗で自身2度目の十両優勝も果たしている。

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壮絶な怪我と15戦全敗、そして引退

しかし、その巨体を支える膝には限界が近づいていた。左膝前十字靱帯断裂などの大怪我に苦しめられ、令和6年(2024年)3月場所の平戸海戦では、取組中に古傷の左膝から鈍い音が鳴って土俵上で動けなくなり、車いすで搬送されるという壮絶なアクシデントに見舞われた。

満身創痍となりながらもサポーターで膝を固めて土俵に立ち続けたが、令和8年(2026年)1月に結婚したばかりで迎えた続く3月場所では、西十両12枚目で膝や右足首、背中などの痛みに耐えきれず、精彩を欠いて初日から15戦全敗という苦しい結果に終わる。場所中には「100%引退するとは決めていない。もしかしたら来場所も出るかもしれない」と現役続行への未練をのぞかせていたが、幕下陥落が確実となった同場所後の4月6日に引退届が受理され、現役を退いた。

引退後は日本相撲協会を離れて新たな道へと進むこととなった。持ち前の明るいキャラクターとスケールの大きな相撲でファンを魅了し、限界まで怪我に耐え抜いたその土俵人生は、多くの人々の記憶に深く刻まれている。

四股名
剣翔 桃太郎 (つるぎしょう ももたろう)
最高位
前頭6枚目
出身地
東京都葛飾区
本名
安彦 剣太郎
生年月日
平成3年(1991)7月27日
出身高校
埼玉栄高校
出身大学
日本大学
所属部屋
追手風部屋
改名歴
安彦 剣太郎 → 剣翔 桃太郎
初土俵
平成26年(2014)1月 前相撲(22歳5ヶ月)
新十両
平成28年(2016)1月(所要12場所)
24歳5ヶ月(初土俵から2年0ヶ月)
新入幕
令和元年(2019)9月(所要34場所)
28歳1ヶ月(初土俵から5年8ヶ月)
最終場所
令和8年(2026)3月場所(34歳7ヶ月)
大相撲歴
73場所(12年2ヶ月)
通算成績
485勝484敗23休964出場(勝率.503)
通算73場所
勝ち越し36場所(勝ち越し率.500)(勝ち越し星116)
優勝等
十両優勝2回,幕下優勝1回,序二段優勝1回,序ノ口優勝1回
受賞・金星
敢闘賞1回
持給金
79円50銭(勝ち越し星116個)
幕内戦歴
125勝153敗22休274出場(勝率.456)
在位20場所(在位率.274)
勝ち越し8場所(勝ち越し率.400)
前頭戦歴
125勝153敗22休274出場(勝率.456)
在位20場所(在位率.274)
勝ち越し8場所(勝ち越し率.400)
十両戦歴
304勝310敗1休613出場(勝率.496)
在位41場所(在位率.562)
勝ち越し19場所(勝ち越し率.463)
関取戦歴
429勝463敗23休887出場(勝率.484)
在位61場所(在位率.836)
勝ち越し27場所(勝ち越し率.443)
幕下以下歴
56勝21敗0休77出場(勝率.727)
在位11場所(在位率.151)
勝ち越し9場所(勝ち越し率.818)

剣翔 桃太郎の更に詳細なデータは力士名鑑で!

名鑑ページでは、以下のような詳細な分析データをはじめ、豊富な表やグラフをご覧いただけます。

  • ✅ 勝った決まり手1位:寄り切り(203回 / 41.9%)
  • ✅ 負けた決まり手1位:寄り切り(193回 / 39.9%)
  • ✅ 得意な相手:水戸龍(19勝7敗 / 勝率.731)
  • ✅ 苦手な相手:竜電(2勝13敗 / 勝率.133)

天鎧鵬 貴由輝

天鎧鵬 貴由輝 (てんかいほう たかゆき)熊本県玉名市出身、尾上部屋の元力士で、最高位は前頭8枚目

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平成19年(2007)1月場所に22歳3ヶ月で初土俵を踏み、平成31年(2019)3月場所を最後に引退(34歳5ヶ月)。

通算成績は367勝365敗4休731出場。生涯勝率.502。通算73場所中、40場所を勝ち越した(勝ち越し率.556)。

主な成績は幕下(同点1)、三段目優勝1回

昭和59年(1984)10月14日生まれ。本名は南 貴由輝。

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190キロに迫る巨体を活かした右四つからの寄りを武器に、幕内の土俵で活躍した元前頭8枚目・天鎧鵬。大相撲八百長問題による混乱期に新十両昇進を果たし、幕内と十両で堅実な相撲を見せた。引退後は特例措置によって年寄名跡を襲名し、後進の指導にあたりながら日本相撲協会を退職するまで角界に貢献した。

アマチュア時代の実績と尾上部屋への入門

小学校1年次にはすでに体重が60キロに達するなど、幼少期から恵まれた体格を活かして相撲を始めた。熊本市立河内中学校時代には九州中体連の個人戦で3位に入り、全国中体連にも出場して頭角を現した。文徳高校へ進学すると3年連続で全国高等学校総合体育大会に出場し、2年次にベスト8、3年次にはベスト16入りを果たした。その後は日本大学へ進学して同校の相撲部で腕を磨き、平成19年(2007年)1月場所、熊本の同郷であり、高校と大学の先輩にもあたる17代尾上(元小結・濱ノ嶋)が率いる尾上部屋へ入門し、本名の「南」を四股名として初土俵を踏んだ。

序ノ口、序二段をそれぞれ1場所で通過し、同年7月場所には7戦全勝で三段目優勝を飾るなど、順調に番付を上げた。ここまですべて勝ち越しで幕下上位へ進出したものの、西幕下5枚目で迎えた平成20年(2008年)7月場所で自身初の負け越しを経験した。その後は幕下中位での土俵が続いたが、平成22年(2010年)11月場所では東幕下11枚目で6勝1敗の好成績を残し、優勝決定戦へ進出した。決定戦では妙義龍(のちの関脇)に敗れて優勝同点に終わったが、翌平成23年(2011年)1月場所で自己最高位となる西幕下筆頭まで番付を上げた。しかし、この場所は3勝4敗と負け越して関取昇進を逃した。

八百長問題の余波と新十両昇進

同年5月の技量審査場所において、東幕下6枚目で4勝3敗と勝ち越した。通常であれば関取昇進の望みが薄い成績であったが、大相撲八百長問題の影響により多数の引退者が出たため、翌7月場所での新十両昇進が決定した。

昇進に合わせて四股名を「天鎧鵬」と改めた。四股名は父親の考案によるもので、出身地である熊本県玉名市天水町から「天」の字を取り、「鎧(よろい)のように力強く」という願いと、父親が好んだ「鵬」の字を組み合わせた。

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新十両として迎えた7月場所では10勝5敗の好成績を残した。巨体を活かした右四つからの堅実な寄りを武器に勝ち越しを続け、十両を所要3場所で通過した。

新入幕と度重なる怪我との戦い

平成24年(2012年)1月場所で新入幕を果たした。しばらくは十両と幕内を往復する土俵が続いたが、平成25年(2013年)7月場所で10勝を挙げて3回目の入幕を果たすと、続く9月場所は8勝7敗とし、新入幕の場所以来となる幕内での勝ち越しを決めた。同年11月場所には自己最高位となる西前頭8枚目まで番付を上げた。

しかし、4回目の入幕となった平成26年(2014年)3月場所の10日目、旭天鵬(のちの6代大島)戦で右足関節を捻挫し、翌日から休場を余儀なくされた。この故障の影響は大きく、翌5月場所に十両へ陥落すると、続く7月場所でも負け越し、新十両昇進以降19場所にわたって守り抜いた関取の座を手放すこととなった。

それでも1場所の幕下陥落を経て十両へ復帰し、同年11月場所では中日まで7勝1敗と好調を維持して10勝5敗の好成績を残すなど、再び十両に定着した。

特例規定による年寄襲名と引退

その後、平成28年(2016年)5月場所において東十両14枚目で大きく負け越して再び幕下へ陥落すると、以降は関取の座へ復帰することは叶わなかった。翌7月場所以降は幕下での相撲が続き、西幕下52枚目で迎えた平成31年(2019年)3月場所を最後に現役を引退した。

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引退にあたっては、関取在位通算28場所以上の力士が対象となる特例規定を利用し、理事会の承認を経て秀ノ山(琴奨菊からの借株)を襲名した。引退会見では「やりきった」と晴れやかな表情を見せ、家族や親方への感謝とともに「自分がお客さんを沸かせるような相撲を取れていないので、お客さんに喜んでもらえるような力士を育てたい」と指導への抱負を語った。

引退後は音羽山、佐ノ山、北陣と数々の年寄名跡を変更しながら部屋で後進の指導にあたった。令和7年(2025年)10月26日付で日本相撲協会を退職した。通算73場所、約12年にわたる土俵生活であった。

四股名
天鎧鵬 貴由輝 (てんかいほう たかゆき)
最高位
前頭8枚目
年寄名跡
13代秀ノ山 貴由輝(尾上) → 23代音羽山 貴由輝(尾上) → 24代佐ノ山 貴由輝(尾上) → 22代北陣 貴由輝(尾上)
出身地
熊本県玉名市
本名
南 貴由輝
生年月日
昭和59年(1984)10月14日
出身高校
文徳高校
出身大学
日本大学
所属部屋
尾上部屋
改名歴
南 貴由輝 → 天鎧鵬 貴由輝
初土俵
平成19年(2007)1月 前相撲(22歳3ヶ月)
新十両
平成23年(2011)7月(所要26場所)
26歳9ヶ月(初土俵から4年6ヶ月)
新入幕
平成24年(2012)1月(所要29場所)
27歳3ヶ月(初土俵から5年0ヶ月)
最終場所
平成31年(2019)3月場所(34歳5ヶ月)
大相撲歴
73場所(12年2ヶ月)
通算成績
367勝365敗4休731出場(勝率.502)
通算73場所
勝ち越し40場所(勝ち越し率.556)(勝ち越し星102)
優勝等
幕下(同点1),三段目優勝1回
持給金
54円(勝ち越し星102個)
幕内戦歴
38勝63敗4休100出場(勝率.380)
在位7場所(在位率.096)
勝ち越し2場所(勝ち越し率.286)
前頭戦歴
38勝63敗4休100出場(勝率.380)
在位7場所(在位率.096)
勝ち越し2場所(勝ち越し率.286)
十両戦歴
160勝170敗0休330出場(勝率.485)
在位22場所(在位率.301)
勝ち越し11場所(勝ち越し率.500)
関取戦歴
198勝233敗4休430出場(勝率.460)
在位29場所(在位率.397)
勝ち越し13場所(勝ち越し率.448)
幕下以下歴
169勝132敗0休301出場(勝率.561)
在位43場所(在位率.589)
勝ち越し27場所(勝ち越し率.628)

天鎧鵬 貴由輝の更に詳細なデータは力士名鑑で!

名鑑ページでは、以下のような詳細な分析データをはじめ、豊富な表やグラフをご覧いただけます。

  • ✅ 勝った決まり手1位:寄り切り(188回 / 50.7%)
  • ✅ 負けた決まり手1位:寄り倒し(73回 / 19.9%)
  • ✅ 得意な相手:隆の山(7勝1敗 / 勝率.875)
  • ✅ 苦手な相手:富士東(2勝12敗 / 勝率.143)

大日ノ出 崇揚

  • 四股名 :大日ノ出 崇揚(おおひので たかあき)
  • 最高位 :前頭9枚目
  • 出身地 :兵庫県宍粟郡千種町
  • 本 名 :西田 崇晃
  • 生年月日:昭和45年(1970)1月19日
  • 出身大学:日本大学
  • 所属部屋:立浪部屋
  • 改名歴 :西田山⇒大日ノ出
  • 初土俵 :平成4年(1992)1月・幕下60付出(22歳0ヵ月)
  • 新十両 :平成9年(1997)1月(27歳0ヵ月)
  • 新入幕 :平成11年(1999)3月(29歳2ヵ月)
  • 最終場所:平成12年(2000)9月(30歳8ヵ月)
  • 生涯戦歴:262勝243敗34休/504出場(53場所)
  • 生涯勝率:51.9%
  • 優勝等 :幕下同点1回
  • 幕内戦歴:42勝48敗(6場所)勝率:46.7%
  • 十両戦歴:103勝107敗15休(15場所)勝率:49.0%

山本山 龍太

新入幕時の体重が252キロで話題になるも後に八百長疑惑で引退

  • 四股名 :山本山 龍太(やまもとやま りゅうた)
  • 最高位 :前頭9枚目
  • 出身地 :埼玉県さいたま市
  • 本 名 :山本 龍一
  • 生年月日:昭和59年(1984)5月8日
  • 出身大学:日本大学
  • 所属部屋:尾上部屋
  • 初土俵 :平成19年(2007)1月(22歳8ヵ月)
  • 新十両 :平成20年(2008)9月(24歳4ヵ月)
  • 新入幕 :平成21年(2009)1月(24歳8ヵ月)
  • 最終場所:平成23年(2011)5月(27歳0ヵ月)
  • 生涯戦歴:131勝107敗34休/233出場(25場所)
  • 生涯勝率:55.0%
  • 優勝等 :幕下優勝1回(同点1),序二段優勝1回
  • 幕内戦歴:29勝41敗5休(5場所)勝率:41.4%
  • 十両戦歴:54勝49敗17休(8場所)勝率:52.4%

燁司 大

三重県松阪市出身、入間川部屋の元力士で最高位は前頭11枚目。四股名は「火の出るような相撲で華になれ」との思いを込めて師匠が命名。

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  • 四股名 :燁司 大(ようつかさ だい)
  • 最高位 :前頭11枚目
  • 年寄名跡:準年寄・燁司⇒14代二十山⇒14代若藤⇒16代関ノ戸⇒25代小野川⇒18代千田川⇒23代竹縄
  • 出身地 :三重県松阪市
  • 本 名 :鈴木 大司
  • 生年月日:昭和48年(1973)9月25日
  • 出身大学:日本大学
  • 所属部屋:入間川部屋
  • 改名歴 :鈴木⇒燁司
  • 初土俵 :平成8年(1996)1月・幕下60付出(22歳4ヵ月)
  • 新十両 :平成10年(1998)5月(24歳8ヵ月)
  • 新入幕 :平成11年(1999)5月(25歳8ヵ月)
  • 最終場所:平成17年(2005)11月(32歳2ヵ月)
  • 生涯戦歴:357勝379敗12休/734出場(60場所)
  • 生涯勝率:48.5%
  • 優勝等 :幕下同点2回
  • 幕内戦歴:49勝59敗12休(8場所)勝率:45.4%
  • 十両戦歴:228勝267敗(33場所)勝率:46.1%

濵錦 竜郎

引退後、春日山部屋を継承するも先代との名跡トラブル、更に部屋での指導が十分ではないと相撲協会より師匠辞任勧告が。最終的には角界を去ることに

  • 四股名 :濵錦 竜郎(はまにしき たつろう)
  • 最高位 :前頭11枚目
  • 年寄名跡:21代春日山
  • 出身地 :熊本県熊本市
  • 本 名 :高濵 竜郎
  • 生年月日:昭和51年(1976)11月23日
  • 出身大学:日本大学
  • 所属部屋:追手風部屋
  • 改名歴 :高濵⇒濵錦⇒高濵⇒濵錦
  • 初土俵 :平成11年(1999)3月・幕下60付出(22歳4ヵ月)
  • 新十両 :平成12年(2000)7月(23歳8ヵ月)
  • 新入幕 :平成13年(2001)5月(24歳6ヵ月)
  • 最終場所:平成24年(2012)3月(35歳4ヵ月)
  • 生涯戦歴:360勝365敗30休/723出場(77場所)
  • 生涯勝率:49.7%
  • 優勝等 :十両同点2回
  • 幕内戦歴:44勝61敗(7場所)勝率:41.9%
  • 十両戦歴:133勝157敗10休(20場所)勝率:45.9%

大奄美 元規

大奄美 元規 (だいあまみ げんき)鹿児島県大島郡龍郷町出身、追手風部屋の元力士で、最高位は前頭11枚目

平成28年(2016)1月場所に23歳1ヶ月で初土俵を踏み、令和8年(2026)1月場所を最後に引退(33歳1ヶ月)。

通算成績は392勝418敗7休808出場。生涯勝率.485。通算60場所中、24場所を勝ち越した(勝ち越し率.400)。

主な成績は十両優勝1回(同点4)

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平成4年(1992)12月15日生まれ。本名は坂元 元規。

日大相撲部4年次には主将を務めた。左膝の不安もあり卒業後は日大に職員として就職。平成27年(2015)の実業団横綱を獲得して角界入りを決意

四股名
大奄美 元規 (だいあまみ げんき)
最高位
前頭11枚目
出身地
鹿児島県大島郡龍郷町
本名
坂元 元規
生年月日
平成4年(1992)12月15日
出身高校
鹿児島商業高校
出身大学
日本大学
所属部屋
追手風部屋
改名歴
坂元 元規 → 大奄美 元規
初土俵
平成28年(2016)1月 幕下15枚目付出(23歳1ヶ月)
新十両
平成29年(2017)1月(所要6場所)
24歳1ヶ月(初土俵から1年0ヶ月)
新入幕
平成29年(2017)11月(所要11場所)
24歳11ヶ月(初土俵から1年10ヶ月)
最終場所
令和8年(2026)1月場所(33歳1ヶ月)
大相撲歴
60場所(10年0ヶ月)
通算成績
392勝418敗7休808出場(勝率.485)
通算60場所
勝ち越し24場所(勝ち越し率.400)(勝ち越し星82)
優勝等
十両優勝1回(同点4)
持給金
44円(勝ち越し星82個)
幕内戦歴
73勝103敗4休174出場(勝率.420)
在位12場所(在位率.200)
勝ち越し3場所(勝ち越し率.250)
前頭戦歴
73勝103敗4休174出場(勝率.420)
在位12場所(在位率.200)
勝ち越し3場所(勝ち越し率.250)
十両戦歴
287勝283敗0休570出場(勝率.504)
在位38場所(在位率.633)
勝ち越し14場所(勝ち越し率.368)
関取戦歴
360勝386敗4休744出場(勝率.484)
在位50場所(在位率.833)
勝ち越し17場所(勝ち越し率.340)
幕下以下歴
32勝32敗3休64出場(勝率.500)
在位10場所(在位率.167)
勝ち越し7場所(勝ち越し率.700)

大奄美 元規の更に詳細なデータは力士名鑑で!

名鑑ページでは、以下のような詳細な分析データをはじめ、豊富な表やグラフをご覧いただけます。

  • ✅ 勝った決まり手1位:寄り切り(223回 / 56.6%)
  • ✅ 負けた決まり手1位:寄り切り(134回 / 31.8%)
  • ✅ 得意な相手:千代丸(15勝4敗 / 勝率.789)
  • ✅ 苦手な相手:佐田の海(0勝6敗 / 勝率.000)

里山 浩作

里山 浩作(さとやま こうさく)鹿児島県奄美市出身、三保ヶ関 → 尾上部屋の元力士で、最高位は前頭12枚目

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昭和56年(1981)5月31日生まれ、本名は里山 浩作。

平成16年(2004)3月場所に22歳9ヶ月で初土俵を踏み、平成30年(2018)11月場所を最後に引退(37歳5ヶ月)。通算88場所中、44場所を勝ち越した(勝ち越し率.500)。

通算成績は493勝483敗10休971出場。生涯勝率.505。

主な成績は十両優勝1回幕下優勝1回,序二段同点1回

最後まで見逃せない相撲ぶりで観客を大いに魅了。奥さんも日大相撲部出身でアジア女子選手権優勝の実力者。現役最終場所は3連敗からの4連勝。最後の一番は里山らしい粘りを見せた名勝負で有終の美を飾った。

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年寄
22代・千賀ノ浦 浩作(尾上部屋)
四股名
里山 浩作(さとやま こうさく)
最高位
前頭12枚目
年寄名跡
22代佐ノ山 浩作 → 22代千賀ノ浦 浩作
出身地
鹿児島県大島郡笠利町 → 鹿児島県奄美市
本名
里山 浩作
生年月日
昭和56年(1981)5月31日(45歳)
出身高校
鹿児島商業高校
出身大学
日本大学
所属部屋
三保ヶ関 → 尾上部屋
改名歴
里山 浩作
初土俵
平成16年(2004)3月 前相撲(22歳9ヶ月)
新十両
平成18年(2006)1月(所要11場所)
24歳7ヶ月(初土俵から1年10ヶ月)
新入幕
平成19年(2007)5月(所要19場所)
25歳11ヶ月(初土俵から3年2ヶ月)
最終場所
平成30年(2018)11月(37歳5ヶ月)
大相撲歴
88場所(14年8ヶ月)
通算成績
493勝483敗10休971出場(勝率.505)
通算88場所
勝ち越し44場所(勝ち越し率.500)
優勝等
十両優勝1回幕下優勝1回,序二段同点1回
前頭戦歴
31勝59敗0休90出場(勝率.344)
在位6場所(在位率.068)
勝ち越し0場所(勝ち越し率.000)
十両戦歴
298勝311敗6休606出場(勝率.489)
在位41場所(在位率.466)
勝ち越し18場所(勝ち越し率.439)
関取戦歴
329勝370敗6休696出場(勝率.471)
在位47場所(在位率.534)
勝ち越し18場所(勝ち越し率.383)
幕下以下歴
164勝113敗4休275出場(勝率.592)
在位41場所(在位率.466)
勝ち越し26場所(勝ち越し率.634)


明瀬山 光彦

明瀬山 光彦 (あきせやま みつひこ)愛知県春日井市出身、木瀬 → 北の湖 → 木瀬部屋の元力士で、最高位は前頭12枚目

平成20年(2008)1月場所に22歳5ヶ月で初土俵を踏み、令和5年(2023)9月場所を最後に引退(38歳1ヶ月)。

通算成績は472勝473敗29休944出場。生涯勝率.500。通算93場所中、51場所を勝ち越した(勝ち越し率.554)。

主な成績は十両(同点1)、幕下優勝1回、序二段(同点1)、序ノ口優勝1回

昭和60年(1985)7月18日生まれ。本名は深尾 光彦。

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愛嬌のある垂れた胸と大きなおなかという独特の風貌と、解説者に指摘されるほど緩く巻かれた締め込みでファンに愛され、右四つからの攻めを武器に関取として活躍。幾度も幕下陥落を経験しながらも不屈の闘志で土俵に上がり続け、38歳まで15年間の土俵人生を全うした。

市原の背中を追って角界入り

小学生時代、「中京クラブ」で相撲を始める。そこで1学年先輩にあたる市原(のちの前頭13枚目・市原(清瀬海))に出会ったことが、その後の相撲人生を大きく決定づけた。自身も2年連続わんぱく横綱に輝くなど頭角を現し、市原の背中を追うように埼玉栄高校から日本大学へと進学した。

小学6年生の時に地元春日井市の巡業で見た大相撲の熱気に憧れを抱いていたこともあり、大学4年時に角界入りを決意。入門先には、市原が所属する木瀬部屋を選んだ。

巨漢と俊敏さを武器に関取へ

平成20年(2008年)1月場所、本名の「深尾」で初土俵を踏む。200キロ近い巨漢ながら素早い動きを武器に、序ノ口で全勝優勝、続く序二段でも全勝で優勝決定戦に進出するなど順調に番付を上げた。一気に幕下上位にまで番付を上げ、西幕下16枚目で迎えた平成21年(2009年)7月場所では6人による優勝決定戦を制するなど、関取はすぐかと思われていた。

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だが慢心もあり、幕下上位の厚い壁に跳ね返されて暗中模索となっていた。しかし、師匠の11代木瀬(元前頭筆頭・肥後ノ海)からの「悔しいか」「だまされたと思って俺の言うことを聞くか?」という言葉で一から相撲に向き合い、「右を取ったら強いんだ」という言葉を信じて稽古に励み、平成22年(2010年)11月場所で新十両昇進を果たす。

これに合わせて四股名を「明瀬山」へと改名。これは両親の名前から「明」の一字、木瀬部屋から「瀬」、アマチュア時代の2人の恩師の名字である「山田」から「山」を頂戴した四股名であった。

取り口の改造と悲願の新入幕

関取の座を掴んだものの、平成23年(2011年)7月場所で2勝13敗と大きく負け越して十両4場所で幕下へと陥落。その後は腰のヘルニアにも悩まされて1年以上も幕下から十両へと戻ることができなかった。しかし気落ちは折れること無く、突き押し主体の相撲から、師匠と映像を見ながら研究した右四つの速攻へと取り口を改造し、徐々に成績を安定させていった。こうして西幕下5枚目で迎えた平成24年(2012年)9月場所で6勝1敗と勝ち越して再十両を果たした。

その後、2度の幕下陥落を経験するが、そのたびに十両の土俵へと這い上がり、平成27年(2015年)7月場所から4場所連続十両で勝ち越しを決めて、平成28年(2016年)3月場所に初土俵から所要48場所という学生相撲出身者としては極めてスローな記録で新入幕を果たした。

28場所ぶりの再入幕と大怪我

こうしてたどり着いた新入幕の土俵だったが、4勝11敗と大きく負け越して1場所で十両へと陥落、さらに西十両5枚目で1勝14敗と大敗を喫すると新入幕から2場所で幕下へと陥落してしまった。

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失意の幕下陥落後は幕下上位でもがき続けて平成30年(2018年)3月場所で11場所ぶりに十両へと復帰、その後もいちど幕下へと陥落したが、十両へと帰還して地道に勝ち越しを積み重ねて令和3年(2021年)1月場所に28場所ぶりとなる再入幕を果たす。この場所では初日から連勝を重ね、35歳6か月という高齢で幕内での初勝ち越しを決めた。

しかし、同年5月場所に右下顎骨骨折という重傷を負い中日から自身初となる休場。場所後に手術を行い2場所連続休場で、復帰した令和3年(2021年)11月場所は西幕下45枚目まで大きく後退していた。

限界まで挑み続けた15年

深刻な負傷からも不屈の闘志で復帰し、幕下で勝ち越しを続けて着実に番付を戻していく。しかし令和5年(2023年)5月場所で、2勝5敗と負け越しを喫した明瀬山は「ここが限界なのかな」と、場所後に師匠に相談して、最後は地元・愛知の名古屋場所でと決意。

集大成として臨んだ同年7月場所では、ご当地場所の土俵で5勝2敗と勝ち越しを決めたが、決心は変わらなかった。場所後に引退を表明して17代井筒の襲名が発表された。会見では「目いっぱい相撲をやったので、悔いはありません。想像以上でした。38歳までやれるとは思っていなかった。師匠のおかげでした。」と思いを語ると、同席した師匠は「素直で真面目な力士だった」と頑張りを称えた。

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四股名
明瀬山 光彦 (あきせやま みつひこ)
最高位
前頭12枚目
年寄名跡
17代井筒 光彦(木瀬)
出身地
愛知県春日井市
本名
深尾 光彦
生年月日
昭和60年(1985)7月18日
出身高校
埼玉栄高校
出身大学
日本大学
所属部屋
木瀬 → 北の湖 → 木瀬部屋
改名歴
深尾 光彦 → 明瀬山 光彦
初土俵
平成20年(2008)1月 前相撲(22歳5ヶ月)
新十両
平成22年(2010)11月(所要17場所)
25歳3ヶ月(初土俵から2年10ヶ月)
新入幕
平成28年(2016)3月(所要48場所)
30歳7ヶ月(初土俵から8年2ヶ月)
最終場所
令和5年(2023)9月場所(38歳1ヶ月)
大相撲歴
93場所(15年8ヶ月)
通算成績
472勝473敗29休944出場(勝率.500)
通算93場所
勝ち越し51場所(勝ち越し率.554)(勝ち越し星133)
優勝等
十両(同点1),幕下優勝1回,序二段(同点1),序ノ口優勝1回
持給金
69円50銭(勝ち越し星133個)
幕内戦歴
21勝32敗7休52出場(勝率.404)
在位4場所(在位率.043)
勝ち越し1場所(勝ち越し率.250)
前頭戦歴
21勝32敗7休52出場(勝率.404)
在位4場所(在位率.043)
勝ち越し1場所(勝ち越し率.250)
十両戦歴
254勝301敗15休555出場(勝率.458)
在位38場所(在位率.409)
勝ち越し15場所(勝ち越し率.395)
関取戦歴
275勝333敗22休607出場(勝率.453)
在位42場所(在位率.452)
勝ち越し16場所(勝ち越し率.381)
幕下以下歴
197勝140敗7休337出場(勝率.585)
在位50場所(在位率.538)
勝ち越し35場所(勝ち越し率.700)

明瀬山 光彦の更に詳細なデータは力士名鑑で!

名鑑ページでは、以下のような詳細な分析データをはじめ、豊富な表やグラフをご覧いただけます。

  • ✅ 勝った決まり手1位:寄り切り(208回 / 43.5%)
  • ✅ 負けた決まり手1位:寄り切り(183回 / 38.5%)
  • ✅ 得意な相手:千代ノ皇(16勝8敗 / 勝率.667)
  • ✅ 苦手な相手:千代鳳(1勝8敗 / 勝率.111)

水戸龍 聖之

水戸龍 聖之 (みとりゅう たかゆき)モンゴル ウランバートル市出身、錦戸部屋の元力士で、最高位は前頭13枚目

平成29年(2017)5月場所に23歳0ヶ月で初土俵を踏み、令和7年(2025)9月場所を最後に引退(31歳4ヶ月)。

通算成績は332勝332敗42休657出場。生涯勝率.505。通算50場所中、24場所を勝ち越した(勝ち越し率.480)。

主な成績は十両優勝2回(同点1)

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平成6年(1994)4月25日生まれ。本名はバーサンスレン・トゥルボルド。

モンゴルでは柔道やバスケの他、スピードスケートにも取り組み小6のときにはバヤンゾルフ区の小学生の部優勝も。照ノ富士や逸ノ城と共に来日し鳥取城北高で相撲を始めた。その後、進学した日本大学3年次にアマチュア横綱のタイトルを獲得、4年次には学生横綱のタイトルも獲得、さらに外国出身者として初の日大相撲部主将も務めた。

幕下15枚格付出と期待の大きかった初土俵は負け越しに終わったが、その後は順調に勝ち越しを積み上げて平成30年(2018)1月場所で新十両に昇進、これが錦戸部屋初の関取となった。

四股名
水戸龍 聖之 (みとりゅう たかゆき)
最高位
前頭13枚目
出身地
モンゴル ウランバートル市
本名
バーサンスレン・トゥルボルド
生年月日
平成6年(1994)4月25日
出身高校
鳥取城北高校
出身大学
日本大学
所属部屋
錦戸部屋
改名歴
水戸龍 聖之
初土俵
平成29年(2017)5月 幕下15枚目付出(23歳0ヶ月)
新十両
平成30年(2018)1月(所要4場所)
23歳8ヶ月(初土俵から0年8ヶ月)
新入幕
令和4年(2022)9月(所要31場所)
28歳4ヶ月(初土俵から5年4ヶ月)
最終場所
令和7年(2025)9月場所(31歳4ヶ月)
大相撲歴
50場所(8年4ヶ月)
通算成績
332勝332敗42休657出場(勝率.505)
通算50場所
勝ち越し24場所(勝ち越し率.480)(勝ち越し星77)
優勝等
十両優勝2回(同点1)
持給金
41円50銭(勝ち越し星77個)
幕内戦歴
27勝44敗4休70出場(勝率.386)
在位5場所(在位率.100)
勝ち越し1場所(勝ち越し率.200)
前頭戦歴
27勝44敗4休70出場(勝率.386)
在位5場所(在位率.100)
勝ち越し1場所(勝ち越し率.200)
十両戦歴
285勝280敗35休559出場(勝率.510)
在位40場所(在位率.800)
勝ち越し20場所(勝ち越し率.500)
関取戦歴
312勝324敗39休629出場(勝率.496)
在位45場所(在位率.900)
勝ち越し21場所(勝ち越し率.467)
幕下以下歴
20勝8敗3休28出場(勝率.714)
在位5場所(在位率.100)
勝ち越し3場所(勝ち越し率.600)

水戸龍 聖之の更に詳細なデータは力士名鑑で!

名鑑ページでは、以下のような詳細な分析データをはじめ、豊富な表やグラフをご覧いただけます。

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  • ✅ 勝った決まり手1位:寄り切り(108回 / 32.5%)
  • ✅ 負けた決まり手1位:寄り切り(117回 / 35.1%)
  • ✅ 得意な相手:東白龍(12勝3敗 / 勝率.800)
  • ✅ 苦手な相手:剣翔(7勝19敗 / 勝率.269)

境澤 賢一

所要8場所での十両昇進・八百長問題で引退となったが「やっていない」と号泣会見

  • 四股名 :境澤 賢一(さかいざわ けんいち)
  • 最高位 :前頭15枚目
  • 出身地 :埼玉県さいたま市
  • 本 名 :境澤 賢一
  • 生年月日:昭和58年(1983)4月11日
  • 出身高校:鳥取城北高校
  • 出身大学:日本大学
  • 所属部屋:三保ヶ関⇒尾上部屋
  • 初土俵 :平成18年(2006)3月(22歳11ヵ月)
  • 新十両 :平成19年(2007)7月(24歳3ヵ月)
  • 新入幕 :平成20年(2008)3月(24歳11ヵ月)
  • 最終場所:平成23年(2011)5月(28歳1ヵ月)
  • 生涯戦歴:199勝149敗15休/345出場(30場所)
  • 生涯勝率:57.2%
  • 優勝等 :十両優勝1回,幕下優勝1回,序二段同点1回,序ノ口優勝1回
  • 幕内戦歴:3勝5敗7休(1場所)勝率:37.5%
  • 十両戦歴:144勝133敗8休(19場所)勝率:52.0%

一意 虎風

一意 虎風(かずま とらかぜ)は大阪府 大阪市港区出身、木瀬部屋の力士で最高位は前頭15枚目。令和8年9月場所の番付は西 十両2枚目。

幼少期は東大阪相撲道場に通って相撲の基礎を学び、小学4年次に出場した全日本小学生相撲優勝大会で優勝を飾るなど、早くから全国にその名を轟かせていた。中学校からは親元を離れ、石川県の犀生中学校へ相撲留学した。

中学卒業後は金沢学院高等学校(のちの金沢学院大学附属高等学校)へ進学する。高校時代もインターハイで上位進出を果たすなど、安定した実力を示して全国的な強豪選手として活躍した。

日本大学へ進学したが、2年次に出場した全国学生選手権で左膝の前十字靱帯を断裂する大怪我を負う。この深刻な怪我により、復帰までに1年という長いリハビリ生活を余儀なくされた。

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アマチュア6冠と木瀬部屋入門

苦しい時期を乗り越えて迎えた大学4年次の令和5年(2023年)には、ブランクを感じさせない圧倒的な強さで国体を含む6冠を達成する大活躍を見せる。この輝かしい実績により、幕下最下位格付出(60枚目格)の資格を獲得した。

大学卒業後は、少年時代からの夢であった力士になることを決意する。当時、実の兄である川渕一誠(元幕下52枚目、令和7年引退)が錣山部屋に所属する現役力士であったが、熟考の末に、師匠をはじめ日本大学相撲部のOBが多く在籍している木瀬部屋を入門先に選んだ。

本名の下の名前である「一意(かずま)」に、友人の名前に因んだ「虎風」を下の名とした「一意 虎風」を四股名とし、令和6年(2024年)7月場所に幕下最下位格付出で初土俵を踏んだ。入門当初は、能登半島地震に見舞われた相撲留学先への思いを背負い、出身地の届け出を「石川県金沢市」としていたが、のちに本来の出身地である「大阪府大阪市港区」へと変更している。

試練の初土俵と奇跡の復活劇

鳴り物入りで初土俵を踏み、初日から順調に白星を重ねていった。しかし、迎えた5番相撲で今度は右膝の前十字靱帯を断裂するという悲劇に見舞われ、無念の途中休場となる。

左右の膝の靭帯を断裂するという過酷な運命を背負い、この怪我の影響で翌場所から4場所連続の全休を余儀なくされた。番付は幕下から序ノ口へと大きく降下したが、決して諦めることなく懸命なリハビリに耐え抜いた。

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長い休場を経て、令和7年(2025年)5月場所でついに土俵への復帰を果たす。東序ノ口7枚目の地位で迎えたこの場所で7戦全勝の圧倒的な強さを見せ、見事に序ノ口優勝を飾って復活の狼煙を上げた。続く同年7月場所の序二段では1敗を喫したものの、同年9月場所では三段目の地位で7戦全勝の三段目優勝を果たし、さらに同年11月場所でも西幕下15枚目で7戦全勝の幕下優勝を飾り、恐るべきスピードで快進撃を続けた。

新十両昇進と不屈の相撲

幕下での全勝優勝が大きく評価され、場所後の番付編成会議で念願の新十両昇進が決定した。初土俵の場所での大怪我から序ノ口への陥落という絶望的な状況から、わずか半年余りで関取の座を掴み取るという驚異的な復活劇であった。

新十両として迎えた令和8年(2026年)1月場所は、西十両14枚目で8勝7敗と勝ち越して関取としての第一歩を踏み出す。続く同年3月場所でも10勝5敗の好成績を収め、十両の土俵にしっかりと定着した。

恵まれた体格を生かした力強い相撲を最大の持ち味とする。アマチュア時代と初土俵の場所で経験した両膝の靱帯断裂という大きな試練を不屈の精神で乗り越え、さらなる上位の土俵を目指してスケールの大きな相撲を展開している。

💡 大阪府出身一覧💡 木瀬部屋の力士

四股名
一意 虎風(かずま とらかぜ)
最高位
前頭15枚目
最新番付
西 十両2枚目
出身地
大阪府 大阪市港区
本名
川渕 一意
生年月日
平成13年(2001)11月12日(24歳)
身長・体重
185cm・202kg
出身高校
金沢学院高校
出身大学
日本大学
所属部屋
木瀬部屋
初土俵
令和6年(2024)7月・幕下60付出(22歳8ヵ月)
新十両
令和8年(2026)1月(24歳2ヵ月)
新入幕
令和8年(2026)7月(24歳8ヵ月)
優勝
十両優勝1回,幕下優勝1回,三段目優勝1回,序ノ口優勝1回
通算成績
67勝31敗30休/98出場(勝率:68.4%)
直近7場所
31勝19敗(幕内:5勝10敗)(幕下以下:14勝0敗)
7場所勝率
63.3%
得意技
突き・押し・左四つ・寄り
決まり手傾向(直近7場所)
一意が勝ちの決まり手(50勝)
押し出し17
寄り切り15
突き落とし5
叩き込み3
下手投げ2
押し倒し2
その他6
一意が負けの決まり手(29敗)
寄り切り13
突き落とし4
肩透かし3
掬い投げ2
下手投げ1
突き出し1
その他5
令8年9月
西 十両2枚目(3枚半降下)
1勝4敗
○●●●●|     |     
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年7月
西 前頭15枚目(6枚半上昇・最高位更新)
5勝10敗
●○○●●|●●○●●|●●●○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年5月
東 十両6枚目(5枚上昇・最高位更新)
12勝3敗(十両優勝)
○○○●●|○○○○○|●○○○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

▼ さらに過去の成績(4場所分)を見る
令8年3月
東 十両11枚目(3枚半上昇・最高位更新)
10勝5敗
○○○○○|●○○○○|●●●○●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年1月
西 十両14枚目(15枚上昇・最高位更新)
8勝7敗
●●●○●|○○○○●|○○○●●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年11
西 幕下15枚目(70枚半上昇・最高位更新)
7勝0敗(幕下優勝)
-○-○○|--○○-|○-○--
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年9月
東 三段目26枚目
7勝0敗(三段目優勝)
○--○-|○○-○-|○-○--
取組詳細(対戦相手・決まり手)

大喜鵬 雅弘

小学生の頃から相撲を始めて中学は鳥取へと相撲留学し3年次に全国大会優勝。鳥取城北高校1年次には全国高等学校総合体育大会相撲競技大会に優勝し高校横綱の称号を手にした。日大4年次に国体横綱に輝き幕下15枚目格付出の資格を獲得。この頃に白鵬からスカウトを受けたことで宮城野部屋へと入門、白鵬初の内弟子となった。

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十両昇進時に「大勢の人に喜んでもらえるように」との想いで大喜鵬へと改名。平成25年5月場所で新入幕を果たすが怪我などの影響もあり番付は徐々に降下、さらにバセドウ病との診断が下った。一時は相撲を諦めかけたが投薬治療と丹念な稽古で平成28年11月場所で再十両を遂げた。

  • 四股名 :大喜鵬 雅弘(だいきほう まさひろ)
  • 最高位 :前頭16枚目
  • 出身地 :東京都江東区 ⇒ 福岡県飯塚市
  • 本 名 :山口 雅弘
  • 生年月日:平成元年(1989)5月13日
  • 出身高校:鳥取城北高校
  • 出身大学:日本大学
  • 所属部屋:宮城野部屋
  • 改名歴 :山口⇒大喜鵬⇒山口⇒大喜鵬
  • 初土俵 :平成24年(2012)3月・幕下15付出(22歳10ヵ月)
  • 新十両 :平成24年(2012)9月(23歳4ヵ月)
  • 新入幕 :平成25年(2013)5月(24歳0ヵ月)
  • 最終場所:令和元年(2019)9月(30歳4ヵ月)
  • 生涯戦歴:220勝247敗7休/465出場(46場所)
  • 生涯勝率:47.1%
  • 優勝等 :幕下優勝2回
  • 幕内戦歴:3勝12敗(1場所)勝率:20.0%
  • 十両戦歴:122勝147敗1休(18場所)勝率:45.4%

日翔志 英忠

日翔志 英忠(ひとし ひでただ)は東京都 立川市出身、追手風部屋の力士で最高位は前頭17枚目。令和8年9月場所の番付は西 十両11枚目。

東京都立川市に生まれ、相撲好きの祖父の影響で兄が相撲を習い始めたことに付いていく形で、5歳の頃から地元の立川錬成館で相撲を始めた。中学校からは親元を離れて新潟県の糸魚川市立能生中学校へと相撲留学し、3年次には全国中学校相撲選手権大会で個人3位に入賞するなど早くからその才能を発揮した。

中学卒業後は名門である埼玉栄高校へ進学し、1年次から高校総体や弘前大会で団体優勝を経験する。その後も数々の主要大会で同校の団体優勝に大きく貢献し、3年次には個人3位の成績も残して全国的な強豪選手へと成長を遂げた。高校卒業後は日本大学へ進学して相撲部で研鑽を積む。4年次には全国学生無差別級優勝や全国学生選手権代替大会優勝など輝かしい実績を残した。

大学卒業後は日本大学事業部に就職し、実業団選手として活動しながら日大相撲部のコーチを務めた。しかし、新型コロナウイルス感染拡大の影響で大会が中止となり、自分と向き合う時間が増えたことで角界入りへの思いが強くなる。大学職員という安定した道を捨てることに対して父親からは反対されたが、それを押し切って追手風部屋への入門を決断する。年齢制限緩和措置の適用を受け、令和3年(2021年)5月場所に23歳で初土俵を踏んだ。

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四股名の由来と凄絶な大怪我

初土俵の場所は本名と師匠(元前頭・大翔山)の四股名の一字を合わせた「沢田翔」を名乗ったが、翌場所からは本名の下の名「日登志」の字を変えた「日翔志」へと改名した。同年9月場所では7戦全勝で序二段優勝を飾り、順調な滑り出しを見せた。

しかし、その直後の稽古で首に深刻な怪我を負い、約1ヶ月間にわたり寝たきりの状態となってしまう。頭から当たる相撲が取れなくなるほどの重傷であり、3場所連続での全休を余儀なくされた。さらに、休場中の令和4年(2022年)3月には入門を反対していた父親が急逝するという深い悲しみにも見舞われた。

師匠の言葉と不屈の幕下優勝

失意の底にあったが、同部屋の力士たちの激励や、師匠からの「絶対十両に上がれる」という力強い励ましの言葉に支えられて復帰を決意する。怪我を乗り越えて同年5月場所で土俵へ戻ると、続く7月場所で2度目の序二段優勝を飾り、同年11月場所では三段目優勝を果たすなど、休場のブランクを感じさせない圧倒的な強さで番付を戻していった。

幕下上位へ進出した後は壁に跳ね返される時期もあったが、西幕下3枚目で迎えた令和5年(2023年)9月場所で6勝1敗の好成績を収め、7人による優勝決定戦を制して幕下優勝を飾る。決定戦の直後には「辞めなくて良かった」と目を輝かせた。この実績が評価されて新十両昇進が決定し、会見では高校の同期である琴ノ若(現・琴櫻)の名を挙げ、「早く追いつけるように頑張りたい」と意気込みを語った。

新入幕と怪我を抱えての土俵

しかし、新十両として迎えた同年11月場所では、2日目の取組で右足を痛めて車椅子で退場する不運に見舞われる。翌日は痛み止めを打って強行出場し、執念で関取としての初白星を掴み取ったものの、怪我の影響から2勝13敗と大敗して1場所で幕下への陥落を余儀なくされた。

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その後は再び幕下上位で地力を蓄え、令和7年(2025年)3月場所で十両への復帰を果たした。再十両後は持ち前の実力を発揮して勝ち越しを続け、同年9月場所で見事に新入幕を果たした。

首の怪我の後遺症により頭から思い切り当たることができないハンデを抱えながらも、恵まれた体格を生かした突き押しや、四つに組んでからの力強い寄りを最大の武器とする。新入幕の場所は7勝8敗と負け越して十両へ陥落したが、アマチュア時代の実績に裏打ちされた確かな地力と、度重なる怪我を乗り越えた不屈の精神を胸に、幕内の土俵への定着を目指して日々の稽古に邁進している。

💡 東京都出身一覧💡 追手風部屋の力士

四股名
日翔志 英忠(ひとし ひでただ)
最高位
前頭17枚目
最新番付
西 十両11枚目
出身地
東京都 立川市
本名
沢田 日登志
生年月日
平成9年(1997)8月14日(29歳)
身長・体重
182cm・158kg
出身高校
埼玉栄高校
出身大学
日本大学
所属部屋
追手風部屋
改名歴
沢田翔 → 日翔志
初土俵
令和3年(2021)5月(23歳9ヵ月)
新十両
令和5年(2023)11月(26歳3ヵ月)
新入幕
令和7年(2025)9月(28歳1ヵ月)
優勝
幕下優勝1回,三段目優勝1回,序二段優勝2回
通算成績
157勝124敗21休/281出場(勝率:55.9%)
直近7場所
33勝47敗(幕内:7勝8敗)
7場所勝率
42.1%
得意技
右四つ・寄り
決まり手傾向(直近7場所)
日翔志が勝ちの決まり手(40勝)
叩き込み12
押し出し9
寄り切り7
押し倒し2
突き落とし2
送り出し2
その他6
日翔志が負けの決まり手(55敗)
押し出し21
寄り切り11
叩き込み7
引き落とし3
突き出し3
送り出し2
その他8
令8年9月
西 十両11枚目(1枚半降下)
3勝2敗
○●●○○|     |     
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年7月
東 十両10枚目(2枚上昇)
6勝9敗
○○●○●|●●●●○|●○●●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年5月
東 十両12枚目(6枚降下)
8勝7敗
●●○○●|○○●●○|○○●○●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

▼ さらに過去の成績(4場所分)を見る
令8年3月
東 十両6枚目(3枚上昇)
5勝10敗
●○●●●|○●●○●|●●○●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年1月
東 十両9枚目(8枚降下)
9勝6敗
●○●○○|○○●○●|○●○●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年11
東 十両筆頭(1枚降下)
2勝13敗
●○●●●|●●●○●|●●●●●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年9月
西 前頭17枚目
7勝8敗
●●●●○|○○○●●|○●○●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

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