「学生相撲出身」という言葉をよく耳にする大相撲ですが、そのなかでも随一といえるのが今回紹介する「日本大学」です。
数多くの名力士を輩出している日本大学は、なんと言っても学生相撲出身初の横綱「輪島」の存在が大きいですね。今回は日大相撲部出身力士を一覧にしてみました。
この記事の目次
日本大学出身力士の現役力士一覧(番付・星取表・成績・経歴)(5日目)
| No | 四股名 | 直近7場所 成績 | 直近7場所 勝率 | 番付 (令8.9) | 9月場所 成績 | 令和8年9月場所星取表 | S1 | 番付 推移 | 変動 枚数 | 番付 (令8.7) | 7月場所 成績 | 令和8年7月場所星取表 | S2 | 番付 推移 | 変動 枚数 | 番付 (令8.5) | 5月場所 成績 | 令和8年5月場所星取表 | S3 | 番付 推移 | 変動 枚数 | 番付 (令8.3) | 3月場所 成績 | 令和8年3月場所星取表 | S4 | 番付 推移 | 変動 枚数 | 番付 (令8.1) | 1月場所 成績 | 令和8年1月場所星取表 | S5 | 番付 推移 | 変動 枚数 | 番付 (令7.11) | 11月場所 成績 | 令和7年11月場所星取表 | s6 | 番付 推移 | 変動 枚数 | 番付 (令7.9) | 9月場所 成績 | 令和7年9月場所星取表 | 初日 | 2日目 | 3日目 | 4日目 | 5日目 | 6日目 | 7日目 | 中日 | 9日目 | 10日目 | 11日目 | 12日目 | 13日目 | 14日目 | 千秋楽 | 最高位 | 出身地 | 部屋 | 一門 | 年齢 | 生年月日 | 大相撲歴 | 本名 | 旧四股名 | 旧所属 | 身長(㎝) | 体重(㎏) | BMI | 出身高校 | 出身大学 | 初土俵 | 初土俵 年齢 | 新十両 | 新十両 年齢 | 新入幕 | 新入幕 年齢 | 新小結 | 新小結 年齢 | 新関脇 | 新関脇 年齢 | 大関昇進 | 大関昇進 年齢 | 横綱昇進 | 横綱昇進 年齢 | 幕内 優勝 | 十両 優勝 | 幕下 優勝 | 三段目 優勝 | 序二段 優勝 | 序ノ口 優勝 | 技能賞 | 殊勲賞 | 敢闘賞 | 金星 | 通算 勝利数 | 通算 敗数 | 通算 休数 | 出場回数 | 通算 勝率(%) | s誕生日 | s初土俵 | s新十両 | s新入幕 | s新小結 | s新関脇 | s大関昇進 | s横綱昇進 | s初土俵年齢 | s新十両年齢 | s新入幕年齢 | s新小結年齢 | s新関脇年齢 | s大関昇進年齢 | s横綱昇進年齢 | s7場所勝敗 | s1勝敗 | s2勝敗 | s3勝敗 | s4勝敗 | s5勝敗 | s6勝敗 | s7勝敗 | s2順 | s3順 | s4順 | s5順 | s6順 | s7順 | s1シフト | s2シフト | s3シフト | s4シフト | s5シフト | s6シフト | sしこな | s最高位 | s出身ふりがな | s部屋ふりがな | s7勝率 | s勝 | s敗 | s休 | s出 | s勝率 | s幕優 | s十 | s下 | s三 | s二 | s口 | s技 | s殊 | s敢 | s金 |
|---|
日本大学出身力士の星取表
令和8年9月場所、日本大学出身力士の星取表です。
星取表
対戦相手と決まり手、勝敗が分かります。対戦相手をクリックすると、互いの詳細情報が確認できます。
日ごとの成績
日ごとの成績で、好不調が分かります。
| トータル | 初日 | 2日目 | 3日目 | 4日目 | 5日目 | 6日目 | 7日目 | 中日 | 9日目 | 10日目 | 11日目 | 12日目 | 13日目 | 14日目 | 千秋楽 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 60取組 33勝 27敗 勝敗差+6 |
10取組 7勝 3敗 +4 | 15取組 5勝 10敗 -5 | 12取組 5勝 7敗 -2 | 13取組 11勝 2敗 +9 | 10取組 5勝 5敗 ±0 | 0取組 0勝 0敗 ±0 | 0取組 0勝 0敗 ±0 | 0取組 0勝 0敗 ±0 | 0取組 0勝 0敗 ±0 | 0取組 0勝 0敗 ±0 | 0取組 0勝 0敗 ±0 | 0取組 0勝 0敗 ±0 | 0取組 0勝 0敗 ±0 | 0取組 0勝 0敗 ±0 | 0取組 0勝 0敗 ±0 |
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日本大学の最高位:横綱
第54代横綱 輪島 大士
学生相撲出身唯一の横綱「黄金の左」と讃えられた下手投げは絶品で北の湖と共に「輪湖時代」を築く
- 四股名 :輪島 大士(わじま ひろし)
- 最高位 :第54代横綱
- 年寄名跡:
12代花籠 - 出身地 :石川県七尾市
- 本 名 :輪島 博
- 生年月日:昭和23年(1948)1月11日
- 没年月日:平成30年(2018)10月8日(享年70歳)
- 出身大学:日本大学
- 所属部屋:花籠部屋
- 初土俵 :昭和45年(1970)1月・幕下60番付外(22歳0ヵ月)
- 新十両 :昭和45年(1970)5月(22歳4ヵ月)
- 新入幕 :昭和46年(1971)1月(23歳0ヵ月)
- 新三役 :昭和47年(1972)1月(24歳0ヵ月)
- 新大関 :昭和47年(1972)11月(24歳10ヵ月)
- 横綱昇進:昭和48年(1973)7月(25歳6ヵ月)
- 最終場所:昭和56年(1981)3月(33歳2ヵ月)
- 生涯戦歴:673勝234敗85休/899出場(68場所)
- 生涯勝率:74.2%
- 優勝等 :幕内優勝14回(同点1・次点13),十両優勝1回,幕下優勝2回
- 成 績 :殊勲賞3回,敢闘賞2回
- 幕内戦歴:620勝213敗85休(62場所)勝率:74.4%
- 横綱:466勝142敗85休(47場所)勝率:76.6%
- 大関:50勝10敗(4場所)勝率:83.3%
- 関脇:42勝18敗(4場所)勝率:70.0%
- 小結:10勝5敗(1場所)勝率:66.7%
- 前頭:52勝38敗(6場所)勝率:57.8%
- 十両戦歴:39勝21敗(4場所)勝率:65.0%
日本大学の最高位:大関
琴光喜 啓司
愛知県岡崎市出身、佐渡ヶ嶽部屋の元力士で最高位は大関。不本意な形で角界を去ることになり、解雇の無効を訴えて髷を残していたが平成27年(2015)2月7日に断髪式を行った。
- 四股名 :琴光喜 啓司(ことみつき けいじ)
- 最高位 :大関
- 出身地 :愛知県岡崎市
- 本 名 :田宮 啓司
- 生年月日:昭和51年(1976)4月11日
- 出身高校:鳥取城北高校
- 出身大学:日本大学
- 所属部屋:佐渡ヶ嶽部屋
- 改名歴 :琴田宮⇒琴光喜
- 初土俵 :平成11年(1999)3月・幕下60付出(22歳11ヵ月)
- 新十両 :平成11年(1999)11月(23歳7ヵ月)
- 新入幕 :平成12年(2000)5月(24歳1ヵ月)
- 新三役 :平成13年(2001)1月(24歳9ヵ月)
- 新大関 :平成19年(2007)9月(31歳5ヵ月)
- 最終場所:平成22年(2010)7月(34歳3ヵ月)
- 生涯戦歴:571勝367敗50休/934出場(68場所)
- 生涯勝率:60.9%
- 優勝等 :幕内優勝1回(次点8),十両優勝1回(同点1),幕下優勝1回
- 成 績 :殊勲賞2回,敢闘賞4回,技能賞7回,金星3個
- 幕内戦歴:492勝343敗50休(59場所)勝率:58.9%
- 大関:141勝104敗10休(17場所)勝率:57.6%
- 関脇:176勝139敗15休(22場所)勝率:55.9%
- 小結:72勝48敗(8場所)勝率:60.0%
- 前頭:103勝52敗25休(12場所)勝率:66.5%
- 十両戦歴:56勝19敗(5場所)勝率:74.7%
日本大学の最高位:関脇
荒瀬 永英
- 四股名 :荒瀬 永英(あらせ ながひで)
- 最高位 :関脇
- 年寄名跡:17代間垣
- 出身地 :高知県吾川郡伊野町
- 本 名 :荒瀬 英生
- 生年月日:昭和24年(1949)6月20日
- 没年月日:平成20年(2008)8月11日(享年59歳)
- 出身大学:日本大学
- 所属部屋:花籠部屋
- 改名歴 :荒瀬⇒荒勢
- 初土俵 :昭和47年(1972)1月・幕下60付出(22歳7ヵ月)
- 新十両 :昭和47年(1972)11月(23歳5ヵ月)
- 新入幕 :昭和48年(1973)7月(24歳1ヵ月)
- 新三役 :昭和49年(1974)11月(25歳5ヵ月)
- 最終場所:昭和56年(1981)9月(32歳3ヵ月)
- 生涯戦歴:420勝414敗11休/832出場(59場所)
- 生涯勝率:50.4%
- 優勝等 :幕下同点1回
- 成 績 :殊勲賞1回,敢闘賞2回,技能賞1回,金星2個
- 幕内戦歴:351勝367敗2休(48場所)勝率:48.9%
- 関脇:66勝69敗(9場所)勝率:48.9%
- 小結:32勝43敗(5場所)勝率:42.7%
- 前頭:253勝255敗2休(34場所)勝率:49.8%
- 十両戦歴:42勝39敗9休(6場所)勝率:51.9%
出羽の花 義貴
日大相撲部出身で昭和48年(1973)の学生横綱を獲得。付出デビューから8場所目に十両昇進、その後十両陥落と1年ほどの幕下生活も経験したが地力をつけて幕内定着、そして関脇にまで昇りつめた
- 四股名 :出羽の花 義貴(でわのはな よしたか)
- 最高位 :関脇
- 年寄名跡:15代出来山
- 出身地 :青森県北津軽郡中里町
- 本 名 :野村 双一
- 生年月日:昭和26年(1951)5月13日
- 出身大学:日本大学
- 所属部屋:出羽海部屋
- 改名歴 :野村⇒出羽の花
- 初土俵 :昭和49年(1974)3月・幕下60付出(22歳10ヵ月)
- 新十両 :昭和50年(1975)5月(24歳0ヵ月)
- 新入幕 :昭和52年(1977)11月(26歳6ヵ月)
- 新三役 :昭和54年(1979)11月(28歳6ヵ月)
- 最終場所:昭和63年(1988)1月(36歳8ヵ月)
- 生涯戦歴:572勝586敗6休/1156出場(84場所)
- 生涯勝率:49.4%
- 優勝等 :幕内次点1回,十両優勝1回
- 成 績 :殊勲賞1回,敢闘賞5回,技能賞4回,金星2個
- 幕内戦歴:441勝483敗6休(62場所)勝率:47.7%
- 関脇:52勝53敗(7場所)勝率:49.5%
- 小結:59勝121敗(12場所)勝率:32.8%
- 前頭:330勝309敗6休(43場所)勝率:51.6%
- 十両戦歴:78勝72敗(10場所)勝率:52.0%
栃司 哲史
愛知県名古屋市中川区出身、春日野部屋の元力士で最高位は関脇。稽古熱心で初土俵から16場所目で新入幕、突き押し相撲に徹して関脇も1場所務めた。引退後は春日野部屋での部屋付親方を経て入間川部屋を創設。
停年を控えた令和5年(2023年)2月1日付で部屋を17代雷(元小結・垣添)に譲り、雷部屋の部屋付き親方となった。
16代・入間川 哲雄(雷部屋) - 四股名 :栃司 哲史(とちつかさ てつお)
- 最高位 :関脇
- 年寄名跡:
16代入間川 - 出身地 :愛知県名古屋市中川区
- 本 名 :後藤 哲雄
- 生年月日:昭和33年(1958)4月25日(68歳)
- 出身大学:日本大学
- 所属部屋:春日野部屋
- 初土俵 :昭和56年(1981)3月・幕下60付出(22歳11ヵ月)
- 新十両 :昭和57年(1982)1月(23歳9ヵ月)
- 新入幕 :昭和58年(1983)9月(25歳5ヵ月)
- 新三役 :昭和61年(1986)7月(28歳3ヵ月)
- 最終場所:平成4年(1992)5月(34歳1ヵ月)
- 生涯戦歴:465勝448敗27休/910出場(68場所)
- 生涯勝率:50.9%
- 優勝等 :十両優勝2回(同点1)
- 成 績 :敢闘賞1回,技能賞1回,金星3個
- 幕内戦歴:206勝249敗25休(32場所)勝率:45.3%
- 関脇:7勝8敗(1場所)勝率:46.7%
- 小結:16勝29敗(3場所)勝率:35.6%
- 前頭:183勝212敗25休(28場所)勝率:46.3%
- 十両戦歴:215勝173敗2休(26場所)勝率:55.4%
追風海 直飛人
非凡なセンスを持っていたが度重なる怪我で引退
- 四股名 :追風海 直飛人(はやてうみ なおひと)
- 最高位 :関脇
- 出身地 :青森県北津軽郡板柳町
- 本 名 :齋藤 直飛人
- 生年月日:昭和50年(1975)7月5日
- 出身大学:日本大学
- 所属部屋:追手風部屋
- 改名歴 :齋藤⇒追風海
- 初土俵 :平成10年(1998)3月・幕下60付出(22歳8ヵ月)
- 新十両 :平成11年(1999)1月(23歳6ヵ月)
- 新入幕 :平成12年(2000)3月(24歳8ヵ月)
- 新三役 :平成12年(2000)11月(25歳4ヵ月)
- 最終場所:平成18年(2006)1月(30歳6ヵ月)
- 生涯戦歴:281勝223敗136休/498出場(48場所)
- 生涯勝率:55.8%
- 優勝等 :十両優勝1回(同点2)
- 成 績 :技能賞1回
- 幕内戦歴:126勝127敗77休(22場所)勝率:49.8%
- 関脇:4勝5敗6休(1場所)勝率:44.4%
- 前頭:122勝122敗71休(21場所)勝率:50.0%
- 十両戦歴:120勝82敗38休(16場所)勝率:59.4%
日本大学の最高位:小結
両国 梶之助
両国 梶之助 (りょうごく かじのすけ)は長崎県長崎市出身、出羽海部屋の元力士で、最高位は小結。
昭和60年(1985)3月場所に22歳7ヶ月で初土俵を踏み、平成4年(1992)11月場所を最後に引退(30歳3ヶ月)※番付上は平成5年(1993)1月場所。
通算成績は316勝313敗20休626出場。生涯勝率.505。通算47場所中、25場所を勝ち越した(勝ち越し率.532)。
主な成績は十両優勝1回(同点2)、殊勲賞1回、敢闘賞1回、金星3個(千代の富士3個)。
昭和37年(1962)7月30日生まれ。本名は小林 秀昭。
日本大学相撲部で活躍し、幕下付出で角界入りした両国は、大横綱・千代の富士から3つの金星を奪うなど、持ち前の闘志あふれる相撲で幕内上位で活躍した力士である。引退後は自ら部屋を創設し、男気あふれる熱血親方として数多くの名力士を育て上げている。
アマチュア時代のライバルと角界への挑戦
長崎県長崎市で生まれ育ち、日本大学へ進学して相撲部で活躍する。同級生であり明治大学相撲部で活躍していた綛田(かせだ)(のちの関脇・栃乃和歌(11代春日野))とは、アマチュア時代から互いに鎬を削る良きライバル関係にあった。
大学時代の実績から幕下付出の資格を得て、出羽海部屋へ入門。昭和60年(1985年)3月場所において、本名を交えた「小林山」の四股名で、ライバルである綛田と共に幕下60枚目格付出として初土俵を踏んだ。
伝統の四股名襲名と新三役への飛躍
初めて大相撲の土俵に上がった場所は2勝5敗と負け越し、翌場所は三段目へ番付を落としたものの、そこから地力を発揮して一気に番付を駆け上がる。昭和61年(1986年)3月場所で新十両へ昇進。同年7月場所での再十両以降は関取の座に定着し、昭和62年(1987年)3月場所において新入幕を果たした。
この新入幕を機に、出羽海部屋に代々伝わる伝統の四股名である「両国」を襲名した。幕内の土俵でも持ち味を遺憾なく発揮し、同年7月場所では新小結へと昇進して三役の座を掴み取る。大関候補として期待を集めたが関脇にはあと一歩届かず、その後は幕内中位から上位の土俵で激闘を演じることとなる。
大横綱との激闘と3つの金星
幕内上位の土俵では、絶対的な強さを誇っていた第58代横綱・千代の富士に対して無類の強さを発揮した。平成元年(1989年)9月場所より四股名を「両国 梶之助」へと改めると、続く11月場所では東前頭3枚目で10勝5敗の好成績を挙げ、千代の富士から自身初となる金星を獲得し、殊勲賞を受賞する。
さらに、翌平成2年(1990年)3月場所では11勝4敗で敢闘賞と金星を獲得し、同年7月場所においても金星を奪ってみせた。自身が獲得した通算3個の金星はすべて大横綱・千代の富士から挙げたものであり、「千代の富士キラー」として館内を大いに沸かせた。
怪我との闘いと現役引退
その後も再度の三役昇進を目指して奮闘したが、平成4年(1992年)7月場所で左大腿部を挫傷する重傷を負って途中休場を余儀なくされる。さらに、大学時代から抱えていた腰の怪我も悪化したことで本来の相撲が取れなくなり、同年9月場所では2勝13敗と大きく負け越して十両へと陥落してしまう。
続く11月場所は西十両7枚目で迎えたが、初日から1勝5敗としたのち休場し、翌場所の幕下陥落が確定的となった。このため、場所後の12月に現役引退を発表した。
男気あふれる熱血親方として
引退後は年寄「中立」を襲名して出羽海部屋で後進の指導にあたったのち、平成10年(1998年)に独立して中立部屋を創設する。平成15年(2003年)には自身の名跡変更に伴い、部屋の名称を「境川部屋」へと改称した。
指導者としては、人情に厚い「熱血親方」として広く知られている。入門を志願した門元少年(のちの幕内・豊響)が母親にぞんざいな口を利いた際には激怒して入門を破談にしたが、2年後に非礼を詫びて再志願してきた際には「命を懸けて来い」と快く迎え入れた。また、「先人を敬う気持ち」を大切にし、部屋の旅行で訪れたサイパンで慰霊碑の落書きを見た際には、急遽予定を変更して弟子たちと共に汗だくになって清掃にあたったというエピソードも残る。
師匠としての矜持も強く、弟子に現役時代の番付を抜かれても「偉そうなことが言えなくなるからな」と奢られることは一切なかった。平成26年(2014年)7月、愛弟子である豪栄道の大関昇進を伝える使者を迎えた日は奇しくも自身の52歳の誕生日であったが、周囲が用意したケーキを「今日は豪太郎の日や」と固辞し、弟子の出世を祝うことを優先したという。厳しくも温かいその信念のもと、数多くの関取を育て上げ、現在も大相撲の発展に多大な貢献を果たしている。
- 四股名
- 両国 梶之助 (りょうごく かじのすけ)
- 最高位
- 小結
- 年寄名跡
- 12代中立 秀昭(出羽海) → 12代中立 秀昭 → 12代中立 嗣人 → 13代境川 豪章
- 出身地
- 長崎県長崎市
- 本名
- 小林 秀昭
- 生年月日
- 昭和37年(1962)7月30日(64歳)
- 出身高校
- 諫早農業高校
- 出身大学
- 日本大学
- 所属部屋
- 出羽海部屋
- 改名歴
- 小林山 秀昭 → 両国 秀昭 → 両国 梶之助
- 初土俵
- 昭和60年(1985)3月 幕下60枚目付出(22歳7ヶ月)
- 新十両
- 昭和61年(1986)3月(所要6場所)
- 23歳7ヶ月(初土俵から1年0ヶ月)
- 新入幕
- 昭和62年(1987)3月(所要12場所)
- 24歳7ヶ月(初土俵から2年0ヶ月)
- 新小結
- 昭和62年(1987)7月(所要14場所)
- 24歳11ヶ月(初土俵から2年4ヶ月)
- 最終場所
- 平成4年(1992)11月場所(30歳3ヶ月)※番付上は平成5年(1993)1月場所
- 大相撲歴
- 47場所(7年8ヶ月)
- 通算成績
- 316勝313敗20休626出場(勝率.505)
- 通算47場所
- 勝ち越し25場所(勝ち越し率.532)(勝ち越し星93)
- 優勝等
- 十両優勝1回(同点2)
- 受賞・金星
- 殊勲賞1回,敢闘賞1回,金星3個(千代の富士3個)
- 持給金
- 79円50銭(勝ち越し星93個 金星3個)
- 幕内戦歴
- 217勝252敗11休467出場(勝率.465)
- 在位32場所(在位率.681)
- 勝ち越し13場所(勝ち越し率.406)
- 三役戦歴
- 21勝39敗0休60出場(勝率.350)
- 在位4場所(在位率.085)
- 勝ち越し0場所(勝ち越し率.000)
- 小結戦歴
- 21勝39敗0休60出場(勝率.350)
- 在位4場所(在位率.085)
- 勝ち越し0場所(勝ち越し率.000)
- 前頭戦歴
- 196勝213敗11休407出場(勝率.482)
- 在位28場所(在位率.596)
- 勝ち越し13場所(勝ち越し率.464)
- 十両戦歴
- 64勝47敗9休110出場(勝率.582)
- 在位8場所(在位率.170)
- 勝ち越し6場所(勝ち越し率.750)
- 関取戦歴
- 281勝299敗20休577出場(勝率.487)
- 在位40場所(在位率.851)
- 勝ち越し19場所(勝ち越し率.475)
- 幕下以下歴
- 35勝14敗0休49出場(勝率.714)
- 在位7場所(在位率.149)
- 勝ち越し6場所(勝ち越し率.857)
名鑑ページでは、以下のような詳細な分析データをはじめ、豊富な表やグラフをご覧いただけます。
- ✅ 勝った決まり手1位:寄り切り(109回 / 38.5%)
- ✅ 負けた決まり手1位:寄り切り(125回 / 41.5%)
- ✅ 得意な相手:薩洲洋(10勝2敗 / 勝率.833)
- ✅ 苦手な相手:大乃国(0勝12敗 / 勝率.000)
大翔鳳 昌巳
北海道札幌市豊平区出身、立浪部屋の元力士で最高位は小結。膵臓がんによって引退、日大の同級生で親友でもあった舞の海らによって断髪式が行われるもそのわずか2か月後に逝去。
- 四股名 :大翔鳳 昌巳(だいしょうほう まさみ)
- 最高位 :小結
- 年寄名跡:準年寄・大翔鳳
- 出身地 :北海道札幌市豊平区
- 本 名 :村田 昌巳
- 生年月日:昭和42年(1967)5月7日
- 没年月日:平成11年(1999)12月4日(享年32歳)
- 出身大学:日本大学
- 所属部屋:立浪部屋
- 改名歴 :村田⇒大翔鳳
- 初土俵 :平成2年(1990)1月・幕下60付出(22歳8ヵ月)
- 新十両 :平成3年(1991)1月(23歳8ヵ月)
- 新入幕 :平成3年(1991)7月(24歳2ヵ月)
- 新三役 :平成5年(1993)1月(25歳8ヵ月)
- 最終場所:平成11年(1999)7月(32歳2ヵ月)
- 生涯戦歴:369勝380敗65休/746出場(58場所)
- 生涯勝率:49.3%
- 優勝等 :幕内次点1回,十両優勝1回
- 成 績 :敢闘賞2回
- 幕内戦歴:222勝261敗27休(34場所)勝率:46.0%
- 小結:11勝34敗(3場所)勝率:24.4%
- 前頭:211勝227敗27休(31場所)勝率:48.2%
- 十両戦歴:116勝108敗31休(17場所)勝率:51.8%
舞の海 秀平
舞の海 秀平 (まいのうみ しゅうへい)は青森県西津軽郡鯵ヶ沢町出身、出羽海部屋の元力士で、最高位は小結。
平成2年(1990)5月場所に22歳2ヶ月で初土俵を踏み、平成11年(1999)11月場所を最後に引退(31歳8ヶ月)。
通算成績は385勝418敗27休801出場。生涯勝率.481。通算58場所中、34場所を勝ち越した(勝ち越し率.586)。
主な成績は幕下(同点1)、技能賞5回。
昭和43年(1968)2月17日生まれ。本名は長尾 秀平。
青森県西津軽郡鰺ヶ沢町出身の舞の海は、角界屈指の小兵でありながら多彩な技を駆使して大型力士を倒す姿から「技のデパート」「平成の牛若丸」と称され、館内を熱狂させた力士である。自己最高位は小結。引退後は日本相撲協会に残らずタレントやスポーツキャスターへと転身。現在はNHK大相撲中継の専属解説者などを務め、独自の視点で相撲を伝えている。
恩師との出会いと苦難の新弟子検査
中学時代、小兵ゆえに相撲の強豪校から声がかからず内心傷ついていたところへ、青森県立木造高等学校相撲部顧問の岩城徹氏が自宅まで訪れて熱心に勧誘。これに心を動かされて同校へ進学し、後に「この出会いがなければ今はない」と語るほど重要な基礎を叩き込まれた。日本大学経済学部へ進学した当初は体重が70キロにも満たず、周囲との体格差に厳しい現実を痛感したが、「90キロになったらレギュラーで使ってやる」という田中英壽監督の言葉を信じて増量を敢行する。全日本相撲選手権大会でベスト32の実績を残し、幕下60枚目格付出の資格を取得。卒業後は教職に就くことが内定していたが、後輩の急死を機に角界入りを決断した。しかし、当時の新弟子検査の身長基準(173センチ以上)に満たず1度不合格となる。その後、頭部にシリコンを埋め込む手術を受けて基準を満たし、出羽海部屋へ入門。平成2年(1990年)5月場所において本名の「長尾」で初土俵を踏んだ。
「舞の海」の誕生と「技のデパート」
順調に勝ち星を重ね、平成3年(1991年)3月場所で新十両に昇進、四股名を郷里の舞戸町に因んだ「舞の海」へと改めた。同年9月場所では早くも新入幕を果たす。「猫だまし」や「八艘跳び」、さらに曙戦で見せた「三所攻め」など、多彩な技を駆使して遥かに体格の勝る大型力士を次々と翻弄し、「技のデパート」の異名を取って大相撲界を盛り上げた。一方で、本人は「左を深く差さないと相撲にならないため、小兵の中では不器用であった」と回顧している。
三役昇進と大怪我による暗転
入幕からしばらくは幕内を維持できれば良いという感覚で相撲を取っていたが、兄弟子の両国からの叱咤や、大学時代の先輩だが教職を経て角界入りした「後輩」の智ノ花に先に三役昇進を越された悔しさから発奮する。自身が「生涯で最も強かった」と振り返る平成6年(1994年)7月場所で大関・貴ノ花を破るなど活躍し、翌9月場所で待望の新小結に昇進した。しかし、同場所2日目の貴闘力戦で生命線である左腕の腱を断裂して大きく負け越し、結果的に三役経験はこの1場所のみとなった。さらに平成8年(1996年)7月場所では、小錦を破った際に体重差約200キロの小錦が左膝へ倒れ込み、左膝内側側副靭帯損傷の大怪我を負って十両へ陥落した。
満身創痍の晩年と引退
一時は幕内へ復帰したものの下位に停滞し、平成10年(1998年)3月場所を最後に十両へ再び陥落する。その後も満身創痍で土俵を務め続けたが、平成11年(1999年)11月場所の13日目、水戸泉戦で敗れた際に左足首靭帯損傷と左ふくらはぎの肉離れを起こし休場。千秋楽に強行出場するも敗れて幕下陥落が濃厚となり、現役引退を表明した。現役時代は通算5度の技能賞を獲得するなど、記録にも記憶にも残る活躍を見せた。引退後は年寄名跡に空きがなく、自身も親方への希望を強く持っていなかったため、協会には残らずタレントやスポーツキャスターへ転身。現在はNHK大相撲中継の専属解説者を務めている。
- 四股名
- 舞の海 秀平 (まいのうみ しゅうへい)
- 最高位
- 小結
- 出身地
- 青森県西津軽郡鯵ヶ沢町
- 本名
- 長尾 秀平
- 生年月日
- 昭和43年(1968)2月17日
- 出身高校
- 青森県立木造高校
- 出身大学
- 日本大学
- 所属部屋
- 出羽海部屋
- 改名歴
- 長尾 秀平 → 舞の海 秀平
- 初土俵
- 平成2年(1990)5月 幕下60枚目付出(22歳2ヶ月)
- 新十両
- 平成3年(1991)3月(所要5場所)
- 23歳0ヶ月(初土俵から0年10ヶ月)
- 新入幕
- 平成3年(1991)9月(所要8場所)
- 23歳6ヶ月(初土俵から1年4ヶ月)
- 新小結
- 平成6年(1994)9月(所要26場所)
- 26歳6ヶ月(初土俵から4年4ヶ月)
- 最終場所
- 平成11年(1999)11月場所(31歳8ヶ月)
- 大相撲歴
- 58場所(9年6ヶ月)
- 通算成績
- 385勝418敗27休801出場(勝率.481)
- 通算58場所
- 勝ち越し34場所(勝ち越し率.586)(勝ち越し星82)
- 優勝等
- 幕下(同点1)
- 受賞・金星
- 技能賞5回
- 持給金
- 72円50銭(勝ち越し星82個)
- 幕内戦歴
- 241勝287敗12休527出場(勝率.457)
- 在位36場所(在位率.621)
- 勝ち越し18場所(勝ち越し率.500)
- 三役戦歴
- 2勝13敗0休15出場(勝率.133)
- 在位1場所(在位率.017)
- 勝ち越し0場所(勝ち越し率.000)
- 小結戦歴
- 2勝13敗0休15出場(勝率.133)
- 在位1場所(在位率.017)
- 勝ち越し0場所(勝ち越し率.000)
- 前頭戦歴
- 239勝274敗12休512出場(勝率.467)
- 在位35場所(在位率.603)
- 勝ち越し18場所(勝ち越し率.514)
- 十両戦歴
- 118勝122敗15休239出場(勝率.494)
- 在位17場所(在位率.293)
- 勝ち越し11場所(勝ち越し率.647)
- 関取戦歴
- 359勝409敗27休766出場(勝率.469)
- 在位53場所(在位率.914)
- 勝ち越し29場所(勝ち越し率.547)
- 幕下以下歴
- 26勝9敗0休35出場(勝率.743)
- 在位5場所(在位率.086)
- 勝ち越し5場所(勝ち越し率1.000)
名鑑ページでは、以下のような詳細な分析データをはじめ、豊富な表やグラフをご覧いただけます。
- ✅ 勝った決まり手1位:下手投げ(105回 / 29.0%)
- ✅ 負けた決まり手1位:寄り切り(108回 / 26.3%)
- ✅ 得意な相手:琴稲妻(14勝9敗 / 勝率.609)
- ✅ 苦手な相手:若乃花(1勝12敗 / 勝率.077)
智ノ花 伸哉
熊本県八代市出身、立浪部屋の元力士で最高位は小結。妻子持ちだった27歳の時に教職を投げ打って初土俵を踏んだ「先生力士」。
18代・玉垣 伸哉(大島部屋) - 四股名 :智ノ花 伸哉(とものはな しんや)
- 最高位 :小結
- 年寄名跡:準年寄・智乃花⇒11代浅香山⇒18代玉垣
- 出身地 :熊本県八代市
- 本 名 :成松 伸哉
- 生年月日:昭和39年(1964)6月23日(62歳)
- 出身大学:日本大学
- 所属部屋:立浪部屋
- 改名歴 :成松⇒智ノ花⇒智乃花
- 初土俵 :平成4年(1992)3月・幕下60付出(27歳9ヵ月)
- 新十両 :平成4年(1992)11月(28歳5ヵ月)
- 新入幕 :平成5年(1993)7月(29歳1ヵ月)
- 新三役 :平成6年(1994)1月(29歳7ヵ月)
- 最終場所:平成13年(2001)11月(37歳5ヵ月)
- 生涯戦歴:379勝381敗85休/756出場(59場所)
- 生涯勝率:49.9%
- 優勝等 :十両同点1回,幕下優勝1回
- 成 績 :技能賞2回
- 幕内戦歴:104勝121敗15休(16場所)勝率:46.2%
- 小結:4勝11敗(1場所)勝率:26.7%
- 前頭:100勝110敗15休(15場所)勝率:47.6%
- 十両戦歴:252勝255敗63休(38場所)勝率:49.7%
海鵬 涼至
- 四股名 :海鵬 涼至(かいほう りょうじ)
- 最高位 :小結
- 年寄名跡:12代谷川
- 出身地 :青森県西津軽郡深浦町
- 本 名 :熊谷 涼至
- 生年月日:昭和48年(1973)4月17日
- 出身大学:日本大学
- 所属部屋:八角部屋
- 改名歴 :熊谷⇒海鵬
- 初土俵 :平成8年(1996)1月・幕下60付出(22歳9ヵ月)
- 新十両 :平成9年(1997)5月(24歳1ヵ月)
- 新入幕 :平成10年(1998)5月(25歳1ヵ月)
- 新三役 :平成13年(2001)11月(28歳7ヵ月)
- 最終場所:平成22年(2010)7月(37歳3ヵ月)
- 生涯戦歴:572勝637敗36休/1207出場(88場所)
- 生涯勝率:47.3%
- 優勝等 :幕下優勝1回(同点1)
- 成 績 :技能賞2回,金星1個
- 幕内戦歴:326勝377敗32休(49場所)勝率:46.4%
- 小結:5勝10敗(1場所)勝率:33.3%
- 前頭:321勝367敗32休(48場所)勝率:46.7%
- 十両戦歴:210勝240敗(30場所)勝率:46.7%
高見盛 精彦
高見盛 精彦(たかみさかり せいけん)は青森県北津軽郡板柳町出身、東関部屋の元力士で、最高位は小結。
平成11年(1999)3月場所に22歳10ヶ月で初土俵を踏み、平成25年(2013)1月場所を最後に引退(36歳8ヶ月)。
通算成績は563勝564敗46休1125出場。生涯勝率.500。通算83場所中、39場所を勝ち越した(勝ち越し率.470)。
主な成績は十両優勝1回。殊勲賞1回,敢闘賞2回,技能賞2回,金星2個(武蔵丸1個、朝青龍1個)。
昭和51年(1976)5月12日生まれ。本名は加藤 精彦。
独特の仕切りで「角界のロボコップ」と呼ばれた人気者。花道を退く際の姿でダイレクトに伝わってくるストレートな感情表現も魅力だった。
現役引退後は16代振分を襲名し、兄弟子でもあった13代東関(元幕内・潮丸)を支え続けていたが令和元年(2019)12月13日に13代が夭折。自身に「師匠」が務まるのか悩んだが、熟考の末に部屋を継承することを決意、14代東関を襲名し先代の意思を受け継ぐこととなった。
しかし師匠としての重責は大きく、令和3年(2021)4月1日付で東関部屋を閉鎖、所属力士らと共に八角部屋へ移籍した。
- 年寄
14代東関 精彦(八角部屋) - 四股名
- 高見盛 精彦(たかみさかり せいけん)
- 最高位
- 小結
- 年寄名跡
- 16代振分 精彦 →
14代東関 大五郎 →14代東関 大五郎 → 14代東関 精彦 - 出身地
- 青森県北津軽郡板柳町
- 本名
- 加藤 精彦
- 生年月日
- 昭和51年(1976)5月12日(50歳)
- 出身高校
- 青森県立弘前実業高校
- 出身大学
- 日本大学
- 所属部屋
- 東関部屋
- 改名歴
- 加藤 精彦 → 高見盛 精彦
- 初土俵
- 平成11年(1999)3月 幕下60枚目格付出(22歳10ヶ月)
- 新十両
- 平成12年(2000)1月(所要5場所)
- 23歳7ヶ月(初土俵から0年10ヶ月)
- 新入幕
- 平成12年(2000)7月(所要8場所)
- 24歳1ヶ月(初土俵から1年4ヶ月)
- 新小結
- 平成14年(2002)9月(所要21場所)
- 26歳3ヶ月(初土俵から3年6ヶ月)
- 最終場所
- 平成25年(2013)1月(36歳8ヶ月)
- 大相撲歴
- 83場所(13年10ヶ月)
- 通算成績
- 563勝564敗46休1125出場(勝率.500)
- 通算83場所
- 勝ち越し39場所(勝ち越し率.470)
- 優勝等
- 十両優勝1回
- 受賞・金星
- 殊勲賞1回,敢闘賞2回,技能賞2回,金星2個
- 幕内戦歴
- 408勝446敗16休852出場(勝率.478)
- 在位58場所(在位率.699)
- 勝ち越し25場所(勝ち越し率.431)
- 小結戦歴
- 9勝21敗0休30出場(勝率.300)
- 在位2場所(在位率.024)
- 勝ち越し0場所(勝ち越し率.000)
- 前頭戦歴
- 399勝425敗16休822出場(勝率.484)
- 在位56場所(在位率.675)
- 勝ち越し25場所(勝ち越し率.446)
- 十両戦歴
- 111勝99敗30休210出場(勝率.529)
- 在位16場所(在位率.193)
- 勝ち越し6場所(勝ち越し率.375)
- 関取戦歴
- 519勝545敗46休1062出場(勝率.488)
- 在位74場所(在位率.892)
- 勝ち越し31場所(勝ち越し率.419)
- 幕下以下歴
- 44勝19敗0休63出場(勝率.698)
- 在位9場所(在位率.108)
- 勝ち越し8場所(勝ち越し率.889)
普天王 水
普天王 水 (ふてんおう いずみ)は熊本県玉名市出身、出羽海部屋の元力士で、最高位は小結。
平成15年(2003)1月場所に22歳4ヶ月で初土俵を踏み、平成23年(2011)1月場所を最後に引退(30歳4ヶ月)※番付上は平成23年(2011)5月場所。
通算成績は326勝347敗14休670出場。生涯勝率.487。通算49場所中、23場所を勝ち越した(勝ち越し率.469)。
主な成績は幕下(同点1)、敢闘賞1回、技能賞1回。
昭和55年(1980)8月28日生まれ。本名は内田 水。
熊本県玉名郡天水町(現・玉名市)出身の普天王は、アマチュア相撲で数々のタイトルを獲得して角界入りし、最高位は小結まで昇進した力士である。突き押しや左四つからの力強い攻めを武器に活躍したほか、現役力士として初めて個人ブログを開設して大相撲の裏側や日常を発信し、ファンから広く親しまれた。引退後は年寄・稲川を襲名し、複数の部屋での指導を経て、現在は木瀬部屋の部屋付き親方として後進の指導にあたっている。
アマチュア横綱から角界へ
恵まれた体格であったことから自然な流れで相撲を始め、天水町立小天小学校(当時)4年次に出場したわんぱく相撲全国大会で優勝を果たしてわんぱく横綱に輝くなど、早くから才能を発揮した。文徳高校時代には、当時明徳義塾高校へ相撲留学していた同い年の朝青龍と対戦して勝利を収めている。日本大学へ進学後も実力を伸ばし、2年次には全日本相撲選手権大会を制してアマチュア横綱のタイトルを獲得。大学時代に計14ものタイトルを獲得した。
この実績により幕下15枚目格付出の資格を取得。「自分の実力が角界でどれだけ通用するか」という挑戦心を胸に出羽海部屋へ入門し、平成15年(2003年)1月場所において本名の「内田」で初土俵を踏んだ。入門時は名門部屋の重圧を問われたが、「やるのは自分だからプレッシャーはない」と、後先を考えず強心臓ぶりを見せていた。
記録的昇進の逸機と新入幕
初土俵の場所では持ち味の左四つからの速攻で6連勝とし、史上初となる「所要1場所での十両昇進」の快挙に王手をかける。しかし、運命の7番相撲で琴乃峰の下手投げに敗れて偉業達成はならず、その後の7人による優勝決定戦でも黒海に敗れて幕下優勝を逃した。それでも翌3月場所で6勝1敗の好成績を収め、初土俵から所要2場所となる同年5月場所で新十両への昇進を果たす。この時に四股名を、世の全てを意味する「普天」と牛頭天王にちなんで父親が名付けた「普天王」へと改めた。十両の土俵でも着実に白星を重ね、平成16年(2004年)3月場所で新入幕を果たした。
幕内上位の壁に跳ね返される時期もあったが、平成17年(2005年)5月場所では東前頭10枚目で11勝4敗の好成績を収めて自身初となる敢闘賞を受賞。続く7月場所でも10勝を挙げて技能賞を獲得し、翌9月場所で自己最高位となる新小結への昇進を決めた。この小結昇進の場所では、初日に横綱・朝青龍から白星を挙げて大いに館内を沸かせている。
現役力士初のブログ開設と苦闘の晩年
土俵での活躍の一方で、新小結に昇進した平成17年(2005年)には現役力士として初めて自身の個人ブログを開設。巡業の様子や力士の素顔など、大相撲の裏側を親しみやすい文章で発信し、インターネットを通じて新たな相撲ファンを獲得する先駆けとなった。
しかし土俵上では、小結昇進の場所で初日から連勝したのちに8連敗を喫するなど大きく負け越し、平幕へ降下する。その後も大関陣を破る活躍を見せながらも上位には定着できず、怪我の影響もあって幕内中位から下位にかけて長く定着するものの、再び三役の座へ戻ることは叶わなかった。
関取陥落と現役引退
平成21年(2009年)には年間を通じて負け越しが続き、同年11月場所で十両へ陥落する。翌平成22年(2010年)には関取の座を失い、さらに同年7月場所では大相撲野球賭博問題への関与による謹慎処分を受けて全休を余儀なくされた。番付を幕下下位まで落としたのちに勝ち越して復活の兆しを見せたものの、平成23年(2011年)5月の技量審査場所を前に「八百長問題による春場所中止で気持ちが続かなくなった」として現役引退を表明。初土俵から49場所、幕内を33場所務めた土俵人生に幕を下ろした。
指導者としての歩みと部屋移籍
引退後は年寄名跡を取得して「稲川」を襲名し、出羽海部屋の部屋付き親方として後進の指導にあたっていた。その後、平成26年(2014年)6月に同門の千賀ノ浦部屋(現・湊川部屋)へと移籍する。しかし、その千賀ノ浦部屋が出羽海一門を離脱して貴乃花一門(当時)へと合流することになると、自身は行動を共にせず平成28年(2016年)5月に木瀬部屋へと転籍して出羽海一門に留まった。現在は相撲教習所の指導員を務めるなど、アマチュア相撲での経験も生かしながら弟子の育成に情熱を注いでいる。
- 四股名
- 普天王 水 (ふてんおう いずみ)
- 最高位
- 小結
- 年寄名跡
- 13代稲川 有樹(出羽海) → 13代稲川 有樹(千賀ノ浦) → 13代稲川 有樹(木瀬)
- 出身地
- 熊本県玉名郡天水町 → 熊本県玉名市
- 本名
- 内田 水
- 生年月日
- 昭和55年(1980)8月28日(46歳)
- 出身高校
- 文徳高校
- 出身大学
- 日本大学
- 所属部屋
- 出羽海部屋
- 改名歴
- 内田 水 → 普天王 水
- 初土俵
- 平成15年(2003)1月 幕下15枚目付出(22歳4ヶ月)
- 新十両
- 平成15年(2003)5月(所要2場所)
- 22歳8ヶ月(初土俵から0年4ヶ月)
- 新入幕
- 平成16年(2004)3月(所要7場所)
- 23歳6ヶ月(初土俵から1年2ヶ月)
- 新小結
- 平成17年(2005)9月(所要16場所)
- 25歳0ヶ月(初土俵から2年8ヶ月)
- 最終場所
- 平成23年(2011)1月場所(30歳4ヶ月)※番付上は平成23年(2011)5月場所
- 大相撲歴
- 49場所(8年0ヶ月)
- 通算成績
- 326勝347敗14休670出場(勝率.487)
- 通算49場所
- 勝ち越し23場所(勝ち越し率.469)(勝ち越し星78)
- 優勝等
- 幕下(同点1)
- 受賞・金星
- 敢闘賞1回,技能賞1回
- 持給金
- 42円(勝ち越し星78個)
- 幕内戦歴
- 231勝260敗4休489出場(勝率.472)
- 在位33場所(在位率.673)
- 勝ち越し14場所(勝ち越し率.424)
- 三役戦歴
- 5勝10敗0休15出場(勝率.333)
- 在位1場所(在位率.020)
- 勝ち越し0場所(勝ち越し率.000)
- 小結戦歴
- 5勝10敗0休15出場(勝率.333)
- 在位1場所(在位率.020)
- 勝ち越し0場所(勝ち越し率.000)
- 前頭戦歴
- 226勝250敗4休474出場(勝率.477)
- 在位32場所(在位率.653)
- 勝ち越し14場所(勝ち越し率.438)
- 十両戦歴
- 72勝75敗3休146出場(勝率.493)
- 在位10場所(在位率.204)
- 勝ち越し6場所(勝ち越し率.600)
- 関取戦歴
- 303勝335敗7休635出場(勝率.477)
- 在位43場所(在位率.878)
- 勝ち越し20場所(勝ち越し率.465)
- 幕下以下歴
- 23勝12敗7休35出場(勝率.657)
- 在位6場所(在位率.122)
- 勝ち越し3場所(勝ち越し率.500)
名鑑ページでは、以下のような詳細な分析データをはじめ、豊富な表やグラフをご覧いただけます。
- ✅ 勝った決まり手1位:寄り切り(193回 / 59.0%)
- ✅ 負けた決まり手1位:寄り切り(110回 / 31.6%)
- ✅ 得意な相手:栃乃洋(12勝2敗 / 勝率.857)
- ✅ 苦手な相手:北勝力(3勝13敗 / 勝率.188)
豊真将 紀行
豊真将 紀行 (ほうましょう のりゆき)は山口県下関市出身、錣山部屋の元力士で、最高位は小結。
平成16年(2004)3月場所に22歳10ヶ月で初土俵を踏み、平成27年(2015)1月場所を最後に引退(33歳8ヶ月)。
通算成績は415勝344敗109休756出場。生涯勝率.549。通算65場所中、37場所を勝ち越した(勝ち越し率.578)。
主な成績は幕内(次点3)、十両優勝1回、三段目優勝1回、敢闘賞5回、技能賞2回。
昭和56年(1981)4月16日生まれ。本名は山本 洋介。
一度は相撲から離れる挫折を味わいながらも、不屈の思いで創設間もない錣山部屋へ飛び込み、小結まで登り詰めた豊真将は、その美しい所作と真摯な土俵態度で「相撲道の体現者」と称された名力士である。引退後は急逝した恩師の跡を継ぎ、師匠として部屋を牽引している。
文武両道の学生時代と挫折
山口県下関市(旧・豊浦町)に生まれ、地元の中学校(現在の下関市立夢が丘中学校)にあった立派な土俵小屋で高校生らと混じって鍛えられた。地元の大会でも優秀な成績を収め、この時の後輩にはのちに境川部屋へ入門する豊響がいる。中学卒業後は「相撲留学」として名門である埼玉栄高校へと進学。全国大会で活躍しただけでなく、学業でも学年約1600人中で一桁の成績を取るなど、文武ともに極めて優秀であった。
高校卒業後は日本大学へと進学。相撲部では当初からレギュラー格として活躍していたが、蜂窩織炎(ほうかしきえん)の悪化により1年で退部し、大学も中退してしまう。一時は相撲から離れ、アルバイトで生計を立てる日々を送っていた。
恩師の言葉と怒涛のスピード出世
症状が回復したことや、大学時代の同期が角界入りしたことに刺激を受け、再び相撲を志す。知人の紹介を通じて、元関脇・寺尾が創設したばかりの錣山部屋の門を叩き、平成16年(2004年)3月場所において、22歳11ヶ月で本名の「山本」を名乗り初土俵を踏んだ。
しかし約3年間のブランクは大きく、入門当初は出稽古先である母校の埼玉栄高校で、エースの澤井(のちの大関・豪栄道)に全く歯が立たなかった。初めて番付に名前が載った同年5月場所の序ノ口の土俵でも、次々と電車道で押し出されて勝ち越すのがやっとという状態であり、師匠の錣山も「幕下に上がるまで4、5年はかかる」と感じていたという。
同期生が約80人もいる中で不安を抱えていたが、師匠から「お前は今この80人の中で一番弱いかも知れないが、俺と一緒に頑張ってみんなを抜かして一番上に立とう」と熱い言葉で励まされた。この言葉に発奮してひたむきに稽古を重ねた結果、徐々に本来の実力を取り戻していく。翌場所から四股名を「豊真将」へと改めると、そこから一気に番付を駆け上がり、初土俵から所要11場所で新十両、さらに所要13場所で新入幕を果たした。山口県出身力士としては、元大関・魁傑以来35年ぶりとなる待望の幕内力士誕生であった。
怪我との闘いと「相撲道の体現者」
入幕4場所目となる平成18年(2006年)11月場所では初日から10連勝の快進撃を見せ、12勝3敗の成績で敢闘賞と技能賞をダブル受賞する。その後、血中コレステロール値の異常や度重なる怪我による不振にも苦しんだ。平成21年(2009年)5月場所では初日から14連敗を喫する苦難を味わったが、師匠から「負けても腐るな。日に日に大きくなっていくお客さんの拍手が聞こえているのか」と励まされて土俵に立ち続けた。その言葉を胸に千秋楽で勝利をもぎ取ると、館内から相撲人生で一番とも言える大きな拍手と声援が送られ、土俵下で感極まって涙ぐんだ。右四つからの力強い寄りを武器に、平成23年(2011年)11月場所では自己最高位となる西小結へと昇進し、計3場所にわたり三役の地位を務め上げている。
土俵での強さ以上にファンを魅了したのが、武士を思わせる風貌と真摯な姿勢である。勝敗にかかわらず取組後に見せる深々と頭を下げる最敬礼や、美しく清々しい所作は「相撲道の体現者」として高く評価された。所作を丁寧に行うようになったのは、師匠からの「ピシッとやると、大きく見えて、相手を威圧できる」という教えがきっかけであった。その徹底した姿勢は、師匠からも「礼で始まり、礼で終わる相撲道を体現できる数少ない力士。弟子ながら尊敬している」と大いに称賛された。
大怪我による引退と部屋の継承
平成26年(2014年)7月場所の取組で右膝前十字靱帯損傷などの重傷を負う。これが結果として現役最後の一番となった。長期休場により番付は十両から幕下へと陥落し、懸命にリハビリを重ねて復帰を目指したものの回復は思わしくなかった。「自分が勝てないと分かっているのに、思い出作りのために土俵へ上がり、必死に関取を目指している幕下上位の相手と対戦するのは失礼だ」と、潔く現役引退を決意した。
引退後は年寄「立田川」を襲名して後進の指導にあたった。その後、令和5年(2023年)末に恩師である20代錣山が急逝。「感謝の気持ちしかない」と声を震わせ、その遺志を継ぐ形で翌令和6年(2024年)2月に名跡を継承して21代「錣山」を襲名し、錣山部屋の師匠に就任した。錣山襲名後は、下の名前も前師匠がかつて名乗っていた「矩幸(つねゆき)」へと改めている。遠回りしながらも真摯に相撲と向き合い続けたその魂は、現在も弟子たちへと熱く受け継がれている。
- 四股名
- 豊真将 紀行 (ほうましょう のりゆき)
- 最高位
- 小結
- 年寄名跡
- 19代立田川 豊英(錣山) → 21代錣山 矩幸
- 出身地
- 山口県下関市
- 本名
- 山本 洋介
- 生年月日
- 昭和56年(1981)4月16日(45歳)
- 出身高校
- 埼玉栄高校
- 出身大学
- 日本大学・中退
- 所属部屋
- 錣山部屋
- 改名歴
- 山本 洋介 → 豊真将 紀行
- 初土俵
- 平成16年(2004)3月 前相撲(22歳10ヶ月)
- 新十両
- 平成18年(2006)1月(所要11場所)
- 24歳8ヶ月(初土俵から1年10ヶ月)
- 新入幕
- 平成18年(2006)5月(所要13場所)
- 25歳0ヶ月(初土俵から2年2ヶ月)
- 新小結
- 平成23年(2011)11月(所要45場所)
- 30歳6ヶ月(初土俵から7年8ヶ月)
- 最終場所
- 平成27年(2015)1月場所(33歳8ヶ月)
- 大相撲歴
- 65場所(10年10ヶ月)
- 通算成績
- 415勝344敗109休756出場(勝率.549)
- 通算65場所
- 勝ち越し37場所(勝ち越し率.578)(勝ち越し星165)
- 優勝等
- 幕内(次点3),十両優勝1回,三段目優勝1回
- 受賞・金星
- 敢闘賞5回,技能賞2回
- 持給金
- 85円50銭(勝ち越し星165個)
- 幕内戦歴
- 309勝304敗77休611出場(勝率.506)
- 在位46場所(在位率.708)
- 勝ち越し22場所(勝ち越し率.478)
- 三役戦歴
- 12勝33敗0休45出場(勝率.267)
- 在位3場所(在位率.046)
- 勝ち越し0場所(勝ち越し率.000)
- 小結戦歴
- 12勝33敗0休45出場(勝率.267)
- 在位3場所(在位率.046)
- 勝ち越し0場所(勝ち越し率.000)
- 前頭戦歴
- 297勝271敗77休566出場(勝率.525)
- 在位43場所(在位率.662)
- 勝ち越し22場所(勝ち越し率.512)
- 十両戦歴
- 54勝22敗29休75出場(勝率.720)
- 在位7場所(在位率.108)
- 勝ち越し5場所(勝ち越し率.714)
- 関取戦歴
- 363勝326敗106休686出場(勝率.529)
- 在位53場所(在位率.815)
- 勝ち越し27場所(勝ち越し率.509)
- 幕下以下歴
- 52勝18敗3休70出場(勝率.743)
- 在位11場所(在位率.169)
- 勝ち越し10場所(勝ち越し率.909)
名鑑ページでは、以下のような詳細な分析データをはじめ、豊富な表やグラフをご覧いただけます。
- ✅ 勝った決まり手1位:寄り切り(134回 / 32.2%)
- ✅ 負けた決まり手1位:寄り切り(99回 / 28.8%)
- ✅ 得意な相手:臥牙丸(9勝0敗 / 勝率1.000)
- ✅ 苦手な相手:白鵬(0勝17敗 / 勝率.000)
常幸龍 貴之
常幸龍 貴之(じょうこうりゅう たかゆき)は東京都北区出身、北の湖 → 木瀬部屋の元力士で、最高位は小結。
平成23年(2011)5月場所に22歳9ヶ月で初土俵を踏み、令和4年(2022)9月場所を最後に引退(34歳1ヶ月)。
通算成績は358勝340敗27休695出場。生涯勝率.513。通算68場所中、33場所を勝ち越した(勝ち越し率.493)。
主な成績は十両優勝1回,幕下優勝1回,三段目優勝2回,序二段同点1回,序ノ口優勝1回。金星1個(日馬富士1個)。
昭和63年(1988)8月7日生まれ。本名は佐久間 貴之。
初土俵からの27連勝は史上1位の記録。四股名の「幸」は亡くなられた父親の名から1字を授かった。初土俵から所要20場所での新三役昇進を果たす。これは木瀬部屋初の三役力士でもあった。
- 四股名
- 常幸龍 貴之(じょうこうりゅう たかゆき)
- 最高位
- 小結
- 出身地
- 東京都北区
- 本名
- 佐久間 貴之
- 生年月日
- 昭和63年(1988)8月7日
- 出身高校
- 埼玉栄高校
- 出身大学
- 日本大学
- 所属部屋
- 北の湖 → 木瀬部屋
- 改名歴
- 佐久間山 貴之 → 常幸龍 貴之
- 初土俵
- 平成23年(2011)5月 前相撲(22歳9ヶ月)
- 新十両
- 平成24年(2012)5月(所要6場所)
- 23歳8ヶ月(初土俵から1年0ヶ月)
- 新入幕
- 平成24年(2012)11月(所要9場所)
- 24歳3ヶ月(初土俵から1年6ヶ月)
- 新小結
- 平成26年(2014)9月(所要20場所)
- 26歳1ヶ月(初土俵から3年4ヶ月)
- 最終場所
- 令和4年(2022)9月(34歳1ヶ月)
- 大相撲歴
- 68場所(11年4ヶ月)
- 通算成績
- 358勝340敗27休695出場(勝率.513)
- 通算68場所
- 勝ち越し33場所(勝ち越し率.493)(勝ち越し星121)
- 優勝等
- 十両優勝1回,幕下優勝1回,三段目優勝2回,序二段同点1回,序ノ口優勝1回
- 受賞・金星
- 金星1個
- 持給金
- 73円50銭(勝ち越し星121個 金星1個)
- 幕内戦歴
- 92勝121敗12休211出場(勝率.432)
- 在位15場所(在位率.221)
- 勝ち越し6場所(勝ち越し率.400)
- 小結戦歴
- 4勝11敗0休15出場(勝率.267)
- 在位1場所(在位率.015)
- 勝ち越し0場所(勝ち越し率.000)
- 前頭戦歴
- 88勝110敗12休196出場(勝率.444)
- 在位14場所(在位率.206)
- 勝ち越し6場所(勝ち越し率.429)
- 十両戦歴
- 130勝124敗1休253出場(勝率.512)
- 在位17場所(在位率.250)
- 勝ち越し10場所(勝ち越し率.588)
- 関取戦歴
- 222勝245敗13休464出場(勝率.475)
- 在位32場所(在位率.471)
- 勝ち越し16場所(勝ち越し率.500)
- 幕下以下歴
- 136勝95敗14休231出場(勝率.589)
- 在位35場所(在位率.515)
- 勝ち越し17場所(勝ち越し率.486)
遠藤 聖大
遠藤 聖大 (えんどう しょうた)は石川県鳳珠郡穴水町出身、追手風部屋の元力士で、最高位は小結。
平成25年(2013)3月場所に22歳4ヶ月で初土俵を踏み、令和7年(2025)9月場所を最後に引退(34歳10ヶ月)※番付上は令和7年(2025)11月場所。
通算成績は527勝494敗88休1011出場。生涯勝率.521。通算75場所中、38場所を勝ち越した(勝ち越し率.507)。
主な成績は幕内(次点2)、十両優勝1回、殊勲賞1回、敢闘賞1回、技能賞4回、金星7個(鶴竜4個、白鵬2個、稀勢の里1個)。
平成2年(1990)10月19日生まれ。本名は遠藤 聖大。
端正な顔立ちと、左四つ右上手を取る理にかなった正攻法の相撲で「遠藤フィーバー」を巻き起こし、長く土俵を沸かせた元小結・遠藤。度重なる両膝の大怪我に苦しめられながらも、自身の美学からサポーターを一切巻かずに幕内の土俵に立ち続け、金星7個、三賞6回という実績を残した。本名を四股名として貫き、多くの相撲ファンに愛された名力士である。
怪我を乗り越えたアマチュア2冠と、本名での新十両
石川県に生まれ、小学1年生から相撲を始めた。相撲の名門である金沢学院東高校(現・金沢学院大学附属高校)から日本大学へと進学した。大学3年次に右膝靭帯損傷の大怪我を負うも、それを乗り越えて4年次に全日本相撲選手権大会および国民体育大会の個人戦で優勝し、アマチュア横綱と国体横綱の2冠を達成した。これにより、史上2人目となる幕下10枚目格付出の資格を得て追手風部屋へと入門した。
平成25年(2013年)3月場所で本名の「遠藤」として初土俵を踏むと、所要2場所で新十両へと昇進。新十両場所となる7月場所では14勝1敗の好成績で十両優勝を果たした。新十両での14勝は、実に63年ぶり史上2人目の快挙であった。
最速新入幕と「遠藤フィーバー」
勢いそのままに、初土俵から史上最速となる所要3場所での新入幕を果たした。勝ち続けている流れを変えないため、四股名は付けずに本名での入幕となった。
新入幕後、その容姿と美しい四つ相撲は瞬く間にファンの心を掴み、一大相撲ブームの牽引役となる。取組には連日多数の懸賞金が懸けられ、平成26年(2014年)5月場所では横綱・鶴竜から自身初となる金星を獲得した。
大怪我との闘いと、サポーターを巻かない美学
順風満帆に見えたが、平成27年(2015年)3月場所で左膝半月板および前十字靱帯損傷という重傷を負った。周囲からは「終わった」との声も挙がったが、本人は手術を回避し、すり足や四股などの基礎運動で地道に感覚を取り戻して土俵へ復帰した。
慢性的な故障を抱えながらも「気休めにしかならないし、邪魔。自分から体にメスを入れることを許したくない」とテーピングやサポーターを一切巻かずに生身で土俵に立ち続けた。平成28年(2016年)9月場所では13勝2敗の好成績で自身初の技能賞を獲得した。平成30年(2018年)5月場所において、新三役となる小結昇進を果たした。
右膝の手術と現役引退、親方としての道へ
その後も平幕上位から中位の番付で存在感を示し、通算7個の金星を獲得した。しかし、長年の激闘によるダメージが蓄積し、令和7年(2025年)夏、ついに右膝の手術に踏み切った。これにより7月場所と9月場所を連続で全休した。
関取の地位から幕下への陥落が決まった同年11月場所を前に、ついに現役引退を決断した。幕内在位69場所、通算勝利数527勝の足跡を残し、引退後は年寄「北陣」を襲名した。本名のまま駆け抜けた12年半の土俵人生に幕を下ろし、自らの豊富な経験と技術を後進へ伝えるべく、親方としての新たな道を歩み始めた。
- 四股名
- 遠藤 聖大 (えんどう しょうた)
- 最高位
- 小結
- 年寄名跡
- 23代北陣 聖大(追手風)
- 出身地
- 石川県鳳珠郡穴水町
- 本名
- 遠藤 聖大
- 生年月日
- 平成2年(1990)10月19日(35歳)
- 出身高校
- 金沢学院東高校
- 出身大学
- 日本大学
- 所属部屋
- 追手風部屋
- 改名歴
- 遠藤 聖大
- 初土俵
- 平成25年(2013)3月 幕下10枚目付出(22歳4ヶ月)
- 新十両
- 平成25年(2013)7月(所要2場所)
- 22歳8ヶ月(初土俵から0年4ヶ月)
- 新入幕
- 平成25年(2013)9月(所要3場所)
- 22歳10ヶ月(初土俵から0年6ヶ月)
- 新小結
- 平成30年(2018)5月(所要31場所)
- 27歳6ヶ月(初土俵から5年2ヶ月)
- 最終場所
- 令和7年(2025)9月場所(34歳10ヶ月)※番付上は令和7年(2025)11月場所
- 大相撲歴
- 75場所(12年6ヶ月)
- 通算成績
- 527勝494敗88休1011出場(勝率.521)
- 通算75場所
- 勝ち越し38場所(勝ち越し率.507)(勝ち越し星152)
- 優勝等
- 幕内(次点2),十両優勝1回
- 受賞・金星
- 殊勲賞1回,敢闘賞1回,技能賞4回,金星7個(鶴竜4個、白鵬2個、稀勢の里1個)
- 持給金
- 149円(勝ち越し星152個 金星7個)
- 幕内戦歴
- 480勝482敗73休952出場(勝率.504)
- 在位69場所(在位率.920)
- 勝ち越し33場所(勝ち越し率.478)
- 三役戦歴
- 28勝42敗5休68出場(勝率.412)
- 在位5場所(在位率.067)
- 勝ち越し1場所(勝ち越し率.200)
- 小結戦歴
- 28勝42敗5休68出場(勝率.412)
- 在位5場所(在位率.067)
- 勝ち越し1場所(勝ち越し率.200)
- 前頭戦歴
- 452勝440敗68休884出場(勝率.511)
- 在位64場所(在位率.853)
- 勝ち越し32場所(勝ち越し率.500)
- 十両戦歴
- 37勝8敗15休45出場(勝率.822)
- 在位4場所(在位率.053)
- 勝ち越し3場所(勝ち越し率.750)
- 関取戦歴
- 517勝490敗88休997出場(勝率.519)
- 在位73場所(在位率.973)
- 勝ち越し36場所(勝ち越し率.493)
- 幕下以下歴
- 10勝4敗0休14出場(勝率.714)
- 在位2場所(在位率.027)
- 勝ち越し2場所(勝ち越し率1.000)
名鑑ページでは、以下のような詳細な分析データをはじめ、豊富な表やグラフをご覧いただけます。
- ✅ 勝った決まり手1位:寄り切り(186回 / 35.3%)
- ✅ 負けた決まり手1位:押し出し(131回 / 26.5%)
- ✅ 得意な相手:徳勝龍(11勝0敗 / 勝率1.000)
- ✅ 苦手な相手:白鵬(2勝14敗 / 勝率.125)
翔猿 正也
翔猿 正也(とびざる まさや)は東京都 江戸川区出身、追手風部屋の力士で最高位は小結。令和8年9月場所の番付は東 前頭14枚目。
東京都江戸川区に生まれ、江戸川区立上一色小学校1年の頃に、兄(のちの前頭6枚目・英乃海)が通っていた台東区立小松竜道場へついて行ったことをきっかけに相撲を始めた。幼少期は野球など他のスポーツにも親しみプロ野球選手や保育士を志した時期もあったが、葛飾区立大道中学校へ進学するとともに葛飾白鳥相撲教室へと移籍し、全国中学校相撲選手権大会で団体優勝したことで相撲の楽しさに目覚める。埼玉栄高校を経て日本大学へと進学し、3年次には団体優勝に貢献したが、右足首の骨折により1年間相撲が取れない苦労も味わった。
追手風部屋入門と兄弟関取
大学時代に満足のいく結果を残せなかったことからプロ入りを決意する。すでに木瀬部屋に入門して関取となっていた兄と同じ部屋では甘えが出ると考え、大学の先輩である遠藤(のちの小結)や、幼馴染の剣翔(のちの前頭6枚目)が所属する追手風部屋へ入門し、平成27年(2015年)1月場所において初土俵を踏んだ。
幕下の土俵で地力を蓄え、平成29年(2017年)7月場所において新十両への昇進を決める。別々の部屋に入門した兄弟が同時に十両以上の番付に在位するのは、大相撲史上3組目の事例であった。この関取昇進を機に、本名から「翔猿」へと改名した。この四股名は、師匠である11代追手風(元前頭・大翔山)の四股名から「翔」の一字を頂き、自身が申年生まれであることと、猿のように土俵上を素早く動き回る自身の相撲スタイルに由来する。昇進時には「他の力士がまねできない速い相撲を取りたい」と意気込みを語った。
新入幕と「猿からゴリラへ」
十両の土俵で実力を磨き、令和2年(2020年)9月場所において新入幕を果たした。新入幕会見では「相手を翻弄して速い相撲、トリッキーな相撲を見せたい」と語り、その言葉通りに持ち味を存分に発揮して11勝4敗の好成績を収め、自身初となる敢闘賞を受賞する活躍を見せた。
その後も幕内の土俵で存在感を示し、東前頭筆頭で迎えた令和4年(2022年)9月場所では横綱・照ノ富士を破り自身初となる金星を獲得する。この場所を10勝5敗で終えて殊勲賞を受賞し、続く同年11月場所において念願の新三役となる小結へ昇進した。初土俵から所要46場所での三役昇進について「少しずつコツコツやってきたので、それが実った」と実感を込めつつ、「翔猿からゴリラになるように、もっとパワーをつけたい」「ただ食べて太るのではなく鍛えて太りたい」とさらなる進化への意欲を見せた。
機動力を生かした相撲
幕内の中では決して大きな体格ではないものの、四股名の通り土俵を縦横無尽に素早く動き回る機動力と敏捷性を最大の武器としている。一方で上位陣とも真っ向から組み合う力強さも増しており、令和5年(2023年)7月場所では照ノ富士と56秒に及ぶ長い相撲の末に寄り切りで2つ目の金星を獲得し、「極度の疲労により視界がおぼつかなかった」と死闘を振り返っている。相手を翻弄する軽快な立ち回りと鍛え上げたパワーを融合させ、最高峰の土俵において上位陣を幾度となく苦しめる個性的な相撲を展開している。
- 四股名
- 翔猿 正也(とびざる まさや)
- 最高位
- 小結
- 最新番付
- 東 前頭14枚目
- 出身地
- 東京都 江戸川区
- 本名
- 岩崎 正也
- 生年月日
- 平成4年(1992)4月24日(34歳)
- 身長・体重
- 173cm・135kg
- 出身高校
- 埼玉栄高校
- 出身大学
- 日本大学
- 所属部屋
- 追手風部屋
- 改名歴
- 岩崎 → 翔猿
- 初土俵
- 平成27年(2015)1月(22歳9ヵ月)
- 新十両
- 平成29年(2017)7月(25歳3ヵ月)
- 新入幕
- 令和2年(2020)9月(28歳5ヵ月)
- 新小結
- 令和4年(2022)11月(30歳7ヵ月)
- 優勝
- 無し
- 受賞・金星
- 殊勲賞1回,金星3個
- 通算成績
- 455勝430敗4休/882出場(勝率:51.6%)
- 直近7場所
- 44勝51敗
- 7場所勝率
- 46.3%
- 得意技
- 押し
- 決まり手傾向(直近7場所)
-
翔猿が勝ちの決まり手(44勝)寄り切り8押し出し7引き落とし7叩き込み4突き落とし4上手出し投げ2その他12翔猿が負けの決まり手(51敗)押し出し20寄り切り7叩き込み6押し倒し5突き出し3吊り出し2その他8
- 令8年9月
- 東 前頭14枚目(4枚半降下)
- 2勝3敗
- ●●●○○| |
-
取組詳細(対戦相手・決まり手)
- 1日目●下手投げ東前頭13 朝紅龍
- 2日目●押し出し西前頭12 朝白龍
- 3日目●押し出し西前頭13 阿炎
- 4日目〇上手出し投げ東前頭17 湘南乃海
- 5日目〇引き落とし東前頭15 朝翠龍
- 6日目西十両3 阿武剋
- 令8年7月
- 西 前頭9枚目(5枚半上昇)
- 5勝10敗
- ●○●●●|○●○●●|●○○●●
-
取組詳細(対戦相手・決まり手)
- 1日目●突き倒し東前頭10 朝乃山
- 2日目〇押し出し西前頭10 千代翔馬
- 3日目●寄り切り西前頭8 狼雅
- 4日目●押し出し東前頭9 藤凌駕
- 5日目●突き出し東前頭11 若ノ勝
- 6日目〇寄り切り西前頭11 御嶽海
- 7日目●押し出し東前頭8 若元春
- 8日目〇蹴返し東前頭12 朝白龍
- 9日目●寄り倒し西前頭6 藤青雲
- 10日目●突き出し西前頭7 高安
- 11日目●叩き込み西前頭5 欧勝馬
- 12日目〇叩き込み東前頭15 阿武剋
- 13日目〇押し出し東前頭16 大青山
- 14日目●押し出し西前頭15 一意
- 15日目●突き出し西前頭4 一山本
- 令8年5月
- 東 前頭15枚目(2枚降下)
- 9勝6敗
- ○○○●○|○○○●○|○●●●●
-
取組詳細(対戦相手・決まり手)
- 1日目〇押し出し西前頭14 狼雅
- 2日目〇送り出し東前頭14 御嶽海
- 3日目〇突き落とし西前頭15 欧勝海
- 4日目●押し倒し東前頭17 藤凌駕
- 5日目〇押し出し西前頭16 竜電
- 6日目〇突き落とし東前頭16 若ノ勝
- 7日目〇上手出し投げ東前頭12 獅司
- 8日目〇押し出し東前頭11 宇良
- 9日目●押し出し東前頭13 琴栄峰
- 10日目〇突き落とし東前頭9 阿炎
- 11日目〇引き落とし東前頭10 朝乃山
- 12日目●押し出し東前頭2 義ノ富士
- 13日目●吊り出し東小結 若隆景
- 14日目●押し出し西前頭3 王鵬
- 15日目●押し倒し西前頭11 金峰山
- 令8年3月
- 東 前頭13枚目(変動なし)
- 6勝9敗
- ●●○●●|●○●○●|○●○○●
-
取組詳細(対戦相手・決まり手)
- 1日目●突き落とし東前頭12 朝紅龍
- 2日目●押し出し東前頭14 千代翔馬
- 3日目〇勇み足西前頭12 朝乃山
- 4日目●押し出し西前頭13 藤青雲
- 5日目●寄り切り東前頭16 朝白龍
- 6日目●叩き込み西前頭16 金峰山
- 7日目〇肩透かし西前頭14 錦富士
- 8日目●叩き込み東前頭17 藤凌駕
- 9日目〇引き落とし西前頭10 狼雅
- 10日目●寄り切り西前頭15 御嶽海
- 11日目〇押し倒し西前頭17 琴栄峰
- 12日目●押し出し西十両4 尊富士
- 13日目〇掬い投げ東前頭11 獅司
- 14日目〇突き落とし西前頭9 玉鷲
- 15日目●吊り出し西前頭11 欧勝海
- 令8年1月
- 東 前頭13枚目(3枚半降下)
- 7勝8敗
- ○●●●●|●●○●○|○○●○○
-
取組詳細(対戦相手・決まり手)
- 1日目〇引き落とし西前頭13 友風
- 2日目●叩き込み西前頭12 阿炎
- 3日目●押し出し東前頭14 獅司
- 4日目●掬い投げ東前頭12 翠富士
- 5日目●押し出し西前頭11 錦富士
- 6日目●寄り切り東前頭17 朝白龍
- 7日目●押し倒し西前頭15 朝紅龍
- 8日目〇叩き込み西前頭16 欧勝海
- 9日目●寄り切り東前頭16 朝乃山
- 10日目〇寄り切り東前頭15 竜電
- 11日目〇引き落とし西前頭17 羽出山
- 12日目〇寄り切り西前頭14 御嶽海
- 13日目●突き落とし西前頭9 狼雅
- 14日目〇寄り切り西前頭6 阿武剋
- 15日目〇寄り切り東前頭11 千代翔馬
- 令7年11月
- 西 前頭9枚目(5枚半上昇)
- 6勝9敗
- ○●●○●|○●○●●|●○○●●
-
取組詳細(対戦相手・決まり手)
- 1日目〇叩き込み西前頭10 琴勝峰
- 2日目●押し出し東前頭11 獅司
- 3日目●上手投げ西前頭11 狼雅
- 4日目〇外掛け西前頭8 金峰山
- 5日目●押し倒し東前頭8 一山本
- 6日目〇寄り倒し東前頭9 翠富士
- 7日目●押し倒し東前頭12 藤ノ川
- 8日目〇掬い投げ東前頭6 熱海富士
- 9日目●押し出し東前頭7 美ノ海
- 10日目●掬い投げ西前頭5 正代
- 11日目●寄り切り西前頭6 阿武剋
- 12日目〇蹴返し西前頭7 阿炎
- 13日目〇寄り切り西前頭15 湘南乃海
- 14日目●押し出し西前頭3 宇良
- 15日目●押し出し東前頭15 錦富士
- 令7年9月
- 東 前頭15枚目
- 9勝6敗
- ○○●○●|○○○●○|●●●○○
-
取組詳細(対戦相手・決まり手)
- 1日目〇押し出し西前頭15 湘南乃海
- 2日目〇引き落とし東前頭14 佐田の海
- 3日目●押し出し東前頭16 友風
- 4日目〇寄り切り東前頭17 竜電
- 5日目●寄り切り東前頭18 獅司
- 6日目〇上手投げ西前頭13 時疾風
- 7日目〇叩き込み東十両4 輝
- 8日目〇引き落とし西前頭11 狼雅
- 9日目●押し出し東前頭11 正代
- 10日目〇勇み足西前頭16 錦木
- 11日目●押し出し西前頭10 美ノ海
- 12日目●叩き込み東前頭8 宇良
- 13日目●叩き込み西前頭8 金峰山
- 14日目〇寄り切り西前頭12 御嶽海
- 15日目〇押し出し西前頭14 朝紅龍
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義ノ富士 直哉
義ノ富士 直哉(よしのふじ なおや)は熊本県 宇土市出身、伊勢ヶ濱部屋の力士で最高位は小結。令和8年9月場所の番付は西 前頭2枚目。
5歳の時に地元の宇土少年相撲クラブ(熊本県)で相撲を始め、宇土市立鶴城中学校3年次には全国中学生相撲選手権大会で優勝し、「中学生横綱」のタイトルを獲得した。強豪の文徳高校へ進学し、3年次に全国高校総体(インターハイ)の個人戦で準優勝したほか、世界ジュニア相撲選手権大会では団体優勝に貢献する。
日本大学での実績と幕下付出
高校卒業後は日本大学へ進学し、4年次に全国学生相撲選手権大会で個人優勝を果たして「学生横綱」に輝いた。また、同年の世界相撲選手権大会でも重量級を制している。全国学生相撲選手権での優勝実績により幕下最下位格付出(幕下60枚目格付出)の資格を取得。当初は旧・宮城野部屋へ入門する予定であったが、同部屋の閉鎖に伴って伊勢ヶ濱部屋へと合流する形で入門し、大相撲の土俵へ進んだ。
記録的な十両通過
令和6年(2024年)5月場所に本名の「草野」を名乗り、幕下最下位格付出で初土俵を踏む。この場所を6勝1敗の好成績で終えると、以降も連続して勝ち越しを重ね、令和7年(2025年)3月場所での新十両昇進を決めた。
この十両昇進場所では、初日から12連勝を記録して新十両としての歴代最多連勝記録を更新。最終的には14勝1敗の成績で十両優勝を飾った。続く同年5月場所でも13勝2敗で連続となる十両優勝を果たし、わずか2場所で十両を通過した。
新入幕での躍進と四股名改名
令和7年(2025年)7月場所で新入幕を果たすと、11勝4敗の好成績を挙げて優勝力士に次ぐ成績を収め、敢闘賞と技能賞のダブル受賞を果たした。その後も幕内上位へと番付を上げ、同年11月場所より四股名を本名から「義ノ富士」へと改名する。この場所でも9勝6敗と勝ち越し、2度目の技能賞に加えて自身初となる金星を獲得した。
右四つからの力強い寄りや投げを武器に、その後も上位陣と互角の戦いを繰り広げている。持ち前の地力を存分に発揮して殊勲賞や金星を獲得するなど、幕内上位の土俵で目覚ましい活躍を続けている。
- 四股名
- 義ノ富士 直哉(よしのふじ なおや)
- 最高位
- 小結
- 最新番付
- 西 前頭2枚目
- 出身地
- 熊本県 宇土市
- 本名
- 草野 直哉
- 生年月日
- 平成13年(2001)6月25日(25歳)
- 身長・体重
- 185cm・162kg
- 出身高校
- 文徳高校
- 出身大学
- 日本大学
- 所属部屋
- 伊勢ヶ濱部屋
- 改名歴
- 草野 → 義ノ富士
- 初土俵
- 令和6年(2024)5月・幕下60付出(22歳11ヵ月)
- 新十両
- 令和7年(2025)3月(23歳9ヵ月)
- 新入幕
- 令和7年(2025)7月(24歳1ヵ月)
- 新小結
- 令和8年(2026)7月(25歳1ヵ月)
- 優勝
- 十両優勝2回
- 受賞・金星
- 殊勲賞1回,敢闘賞2回,技能賞2回,金星3個
- 通算成績
- 111勝64敗0休/175出場(勝率:63.4%)
- 直近7場所
- 49勝46敗
- 7場所勝率
- 51.6%
- 得意技
- 右四つ・寄り
- 決まり手傾向(直近7場所)
-
義ノ富士が勝ちの決まり手(49勝)※不戦勝1含む寄り切り17押し出し11上手投げ6寄り倒し3掬い投げ2突き出し2その他7義ノ富士が負けの決まり手(46敗)押し出し9寄り切り6上手投げ4叩き込み4引き落とし3突き落とし3その他17
- 令8年9月
- 西 前頭2枚目(2枚半降下)
- 0勝5敗
- ●●●●●| |
-
取組詳細(対戦相手・決まり手)
- 1日目●寄り切り西関脇 藤ノ川
- 2日目●上手投げ西大関 琴櫻
- 3日目●押し出し西前頭3 美ノ海
- 4日目●突き倒し西小結 大栄翔
- 5日目●寄り切り東横綱 大の里
- 6日目東大関 霧島
- 令8年7月
- 東 小結(2枚上昇・最高位更新)
- 6勝9敗
- ○●●○○|●●○○●|●●○●●
-
取組詳細(対戦相手・決まり手)
- 1日目〇押し出し西横綱 大の里
- 2日目●送り出し西大関 琴櫻
- 3日目●押し出し西関脇 琴勝峰
- 4日目〇上手投げ西関脇2 安青錦
- 5日目〇寄り切り西小結 王鵬
- 6日目●押し出し東大関 霧島
- 7日目●浴せ倒し西前頭筆頭 隆の勝
- 8日目〇外掛け東前頭筆頭 藤ノ川
- 9日目〇寄り切り東横綱 豊昇龍
- 10日目●押し出し東前頭2 豪ノ山
- 11日目●押し出し西前頭2 美ノ海
- 12日目●送り出し東前頭3 平戸海
- 13日目〇押し出し東前頭7 琴栄峰
- 14日目●引き落とし西前頭7 高安
- 15日目●突き落とし東前頭4 大栄翔
- 令8年5月
- 東 前頭2枚目(半枚降下)
- 11勝4敗(敢闘賞)
- ○●●●○|○○○○○|○○○●○
-
取組詳細(対戦相手・決まり手)
- 1日目〇掬い投げ西関脇 琴勝峰
- 2日目●突き落とし東大関2 霧島
- 3日目●寄り切り東小結 若隆景
- 4日目●押し出し東大関 琴櫻
- 5日目〇送り出し東前頭4 大栄翔
- 6日目〇首投げ西前頭筆頭 隆の勝
- 7日目〇押し出し西前頭4 豪ノ山
- 8日目〇押し出し東前頭筆頭 藤ノ川
- 9日目〇寄り切り西前頭3 王鵬
- 10日目〇寄り切り西前頭2 一山本
- 11日目〇下手投げ東前頭3 平戸海
- 12日目〇押し出し東前頭15 翔猿
- 13日目〇押し出し東前頭11 宇良
- 14日目●掬い投げ東前頭17 藤凌駕
- 15日目〇寄り切り東前頭13 琴栄峰
- 令8年3月
- 西 前頭筆頭(変動なし)
- 7勝8敗
- ●○●□●|●○○●●|○●○●○
-
取組詳細(対戦相手・決まり手)
- 1日目●上手投げ西大関 琴櫻
- 2日目〇寄り倒し東大関 安青錦
- 3日目●首投げ東横綱 豊昇龍
- 4日目□不戦西横綱 大の里
- 5日目●寄り切り西関脇 高安
- 6日目●上手投げ東関脇 霧島
- 7日目〇押し出し東小結 若元春
- 8日目〇押し出し東前頭2 藤ノ川
- 9日目●引き落とし東前頭筆頭 若隆景
- 10日目●押し倒し東前頭5 阿炎
- 11日目〇上手投げ西前頭2 美ノ海
- 12日目●叩き込み西前頭5 琴勝峰
- 13日目〇掬い投げ東前頭3 平戸海
- 14日目●突き落とし西前頭3 王鵬
- 15日目〇寄り切り西前頭12 朝乃山
- 令8年1月
- 西 前頭筆頭(3枚半上昇・最高位更新)
- 8勝7敗(殊勲賞・金星2)
- ●●○○○|○●●○●|○●●○○
-
取組詳細(対戦相手・決まり手)
- 1日目●送り出し東大関 琴櫻
- 2日目●首投げ西大関 安青錦
- 3日目〇寄り切り東横綱 豊昇龍
- 4日目〇上手投げ西横綱 大の里
- 5日目〇寄り切り東前頭筆頭 一山本
- 6日目〇押し倒し東前頭2 宇良
- 7日目●上手投げ東関脇 霧島
- 8日目●寄り倒し西小結 若元春
- 9日目〇突き落とし東前頭3 隆の勝
- 10日目●突き出し西関脇 高安
- 11日目〇上手投げ東小結 王鵬
- 12日目●寄り切り西前頭2 若隆景
- 13日目●叩き込み東前頭4 大栄翔
- 14日目〇上手投げ東前頭14 獅司
- 15日目〇押し出し東前頭7 欧勝馬
- 令7年11月
- 東 前頭5枚目(1枚半上昇・最高位更新)
- 9勝6敗(技能賞・金星)
- ○●○○○|○○●●○|○●○●●
-
取組詳細(対戦相手・決まり手)
- 1日目〇寄り切り西前頭4 欧勝馬
- 2日目●押し出し東前頭4 玉鷲
- 3日目〇寄り倒し西前頭3 宇良
- 4日目〇寄り切り西前頭6 阿武剋
- 5日目〇寄り切り西前頭5 正代
- 6日目〇寄り切り東前頭7 美ノ海
- 7日目〇寄り切り東前頭3 平戸海
- 8日目●押し倒し西前頭2 若元春
- 9日目●送り投げ西横綱 豊昇龍
- 10日目〇押し出し東横綱 大の里
- 11日目〇突き出し東関脇 安青錦
- 12日目●叩き込み東大関 琴櫻
- 13日目〇寄り切り西前頭14 時疾風
- 14日目●叩き込み東前頭8 一山本
- 15日目●押し倒し西小結 高安
- 令7年9月
- 西 前頭6枚目
- 8勝7敗
- ●●○○●|●○○○●|○●○●○
-
取組詳細(対戦相手・決まり手)
- 1日目●寄り切り東前頭7 隆の勝
- 2日目●押し出し西前頭5 一山本
- 3日目〇寄り切り東前頭6 阿武剋
- 4日目〇押し出し西前頭7 欧勝馬
- 5日目●引き落とし東前頭8 宇良
- 6日目●寄り倒し西前頭4 若元春
- 7日目〇浴せ倒し東前頭5 琴勝峰
- 8日目〇上手投げ西前頭9 藤ノ川
- 9日目〇寄り切り西前頭8 金峰山
- 10日目●突き出し東前頭10 大栄翔
- 11日目〇突き出し東前頭4 平戸海
- 12日目●上手出し投げ西前頭10 美ノ海
- 13日目〇寄り倒し西前頭11 狼雅
- 14日目●押し出し西前頭2 王鵬
- 15日目〇寄り切り西前頭15 湘南乃海
▼ さらに過去の成績(4場所分)を見る
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