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日本体育大学相撲部出身の力士一覧!現役から過去の名力士まで

「学生相撲」出身の力士が大活躍をしている大相撲。今回ご紹介するのは「日本体育大学」です。

今回はこの日本体育大学相撲部出身力士を一覧にしてみました。

日本体育大学出身力士の現役力士一覧(番付・星取表・成績・経歴)(初日)

No 四股名 直近7場所 成績 直近7場所 勝率 番付 (令8.5) 5月場所 成績 令和8年5月場所星取表 S1 番付 推移 変動 枚数 番付 (令8.3) 3月場所 成績 令和8年3月場所星取表 S2 番付 推移 変動 枚数 番付 (令8.1) 1月場所 成績 令和8年1月場所星取表 S3 番付 推移 変動 枚数 番付 (令7.11) 11月場所 成績 令和7年11月場所星取表 S4 番付 推移 変動 枚数 番付 (令7.9) 9月場所 成績 令和7年9月場所星取表 S5 番付 推移 変動 枚数 番付 (令7.7) 7月場所 成績 令和7年7月場所星取表 s6 番付 推移 変動 枚数 番付 (令7.5) 5月場所 成績 令和7年5月場所星取表 初日 2日目 3日目 4日目 5日目 6日目 7日目 中日 9日目 10日目 11日目 12日目 13日目 14日目 千秋楽 最高位 出身地 部屋 一門 年齢 生年月日 大相撲歴 本名 旧四股名 旧所属 身長(㎝) 体重(㎏) BMI 出身高校 出身大学 初土俵 初土俵 年齢 新十両 新十両 年齢 新入幕 新入幕 年齢 新小結 新小結 年齢 新関脇 新関脇 年齢 大関昇進 大関昇進 年齢 横綱昇進 横綱昇進 年齢 幕内 優勝 十両 優勝 幕下 優勝 三段目 優勝 序二段 優勝 序ノ口 優勝 技能賞 殊勲賞 敢闘賞 金星 通算 勝利数 通算 敗数 通算 休数 出場回数 通算 勝率(%) s誕生日 s初土俵 s新十両 s新入幕 s新小結 s新関脇 s大関昇進 s横綱昇進 s初土俵年齢 s新十両年齢 s新入幕年齢 s新小結年齢 s新関脇年齢 s大関昇進年齢 s横綱昇進年齢 s7場所勝敗 s1勝敗 s2勝敗 s3勝敗 s4勝敗 s5勝敗 s6勝敗 s7勝敗 s2順 s3順 s4順 s5順 s6順 s7順 s1シフト s2シフト s3シフト s4シフト s5シフト s6シフト sしこな s最高位 s出身ふりがな s部屋ふりがな s7勝率 s勝 s敗 s休 s出 s勝率 s幕優 s十 s下 s三 s二 s口 s技 s殊 s敢 s金

日本体育大学出身力士の星取表

令和8年5月場所、日本体育大学出身力士の星取表です。

星取表

対戦相手と決まり手、勝敗が分かります。対戦相手をクリックすると、互いの詳細情報が確認できます。

四股名 初日 2日目 3日目 4日目 5日目 6日目 7日目 中日 9日目 10日目 11日目 12日目 13日目 14日目 千秋楽
大の里
西・横綱1
0勝0敗1休
石川県
二所ノ関部屋

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
朝紅龍
西・前頭7
1勝0敗
大阪府
高砂部屋

押し出し
欧勝馬
モンゴル
鳴戸部屋
 
 
阿炎
埼玉県
錣山部屋
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
欧勝馬
東・前頭8
0勝1敗
モンゴル
鳴戸部屋

押し出し
朝紅龍
大阪府
高砂部屋
 
 
朝白龍
モンゴル
高砂部屋
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
阿武剋
東・十両筆頭
0勝1敗
モンゴル
阿武松部屋

寄り切り
大青山
中国
荒汐部屋
 
 
佐田の海
熊本県
境川部屋
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
旭海雄
東・十両4
1勝0敗
モンゴル
大島部屋

寄り切り
朝翠龍
大阪府
高砂部屋
 
 
出羽ノ龍
モンゴル
出羽海部屋
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
朝翠龍
西・十両4
0勝1敗
大阪府
高砂部屋

寄り切り
旭海雄
モンゴル
大島部屋
 
 
羽出山
東京都
玉ノ井部屋
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
友風
東・十両5
0勝1敗
神奈川県
中村部屋

つき手
北の若
山形県
八角部屋
 
 
一意
大阪府
木瀬部屋
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
白熊
西・十両8
1勝0敗
福島県
二所ノ関部屋

寄り切り
湘南乃海
神奈川県
高田川部屋
 
 

石川県
高田川部屋
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
嘉陽
西・十両9
0勝1敗
沖縄県
中村部屋

寄り切り
西ノ龍
大阪府
境川部屋
 
 
翠富士
静岡県
伊勢ヶ濱部屋
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
和歌ノ富士
東・幕下3
1勝0敗
モンゴル
春日野部屋

掬い投げ
荒篤山
神奈川県
荒汐部屋
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
東俊隆
西・幕下44
0勝0敗
東京都
玉ノ井部屋

 
 
 
 
 
 
岡田
島根県
高田川部屋
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
古田
東・幕下55
0勝0敗
広島県
二所ノ関部屋

 
 
 
 
 
 
千代の勝
沖縄県
九重部屋
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
火雷
幕下付出60
0勝0敗
神奈川県
雷部屋

 
 
 
 
 
 
昂輝
愛知県
湊部屋
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
宮乃風
西・三段目10
0勝0敗1休
沖縄県
中村部屋

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
峰洲山
西・三段目14
0勝0敗
千葉県
鳴戸部屋

 
 
 
 
 
 
若雷
大分県
雷部屋
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
和気乃風
西・三段目17
0勝0敗
岡山県
中村部屋

 
 
 
 
 
 
琴泰広
千葉県
佐渡ヶ嶽部屋
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

日ごとの成績

日ごとの成績で、好不調が分かります。

トータル 初日 2日目 3日目 4日目 5日目 6日目 7日目 中日 9日目 10日目 11日目 12日目 13日目 14日目 千秋楽
9取組
4勝
5敗
勝敗差-1
9取組
4勝
5敗
-1
0取組
0勝
0敗
±0
0取組
0勝
0敗
±0
0取組
0勝
0敗
±0
0取組
0勝
0敗
±0
0取組
0勝
0敗
±0
0取組
0勝
0敗
±0
0取組
0勝
0敗
±0
0取組
0勝
0敗
±0
0取組
0勝
0敗
±0
0取組
0勝
0敗
±0
0取組
0勝
0敗
±0
0取組
0勝
0敗
±0
0取組
0勝
0敗
±0
0取組
0勝
0敗
±0

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日本体育大学の最高位:横綱

第75代横綱 大の里 泰輝

大の里 泰輝(おおのさと だいき)は石川県 河北郡津幡町出身。二所ノ関部屋の横綱。

相撲との出会いは小学1年生の頃、地元の相撲教室で競技を始めたことに遡る。中学は新潟県糸魚川市立能生中学校へ相撲留学し、高校は新潟県立海洋高校に進学。学生時代を通じて全国大会で輝かしい実績を積み上げた。日本体育大学進学後もその勢いは止まらず、1年次で学生横綱、3年次には全日本相撲選手権大会を制してアマチュア横綱の称号を獲得した。この全日本選手権優勝により幕下10枚目格付出の資格を得て、令和5年(2023年)5月場所、元横綱・稀勢の里が師匠を務める二所ノ関部屋から初土俵を踏んだ。

四股名の「大の里」は、大正から昭和初期に活躍した名大関・大ノ里萬助に由来し、師匠の意向により約90年ぶりに復活した四股名である。

史上最速の幕内初優勝と「ちょんまげ大関」の誕生

初土俵場所、初日は大学の先輩である石崎(のちの朝紅龍)に破れはしたがその後6連勝。さらに翌場所も勝ち越して所要わずか2場所で新十両昇進を決める。十両でも2場所連続12勝3敗と大きく勝ち越し、令和6年(2024年)1月、初土俵からわずか5場所で新入幕を果たした。その出世スピードには誰もが目を見張ったが、勢いは止まらない。

その新入幕場所では11勝4敗で敢闘賞、さらに翌場所も幕尻優勝した尊富士に次ぐ11勝4敗の好成績で技能賞と敢闘賞を獲得。

入幕3場所目である令和6年(2024年)5月場所は早くも新三役、西小結で土俵にあがると12勝3敗の快進撃で幕内初優勝を飾った。初土俵からわずか7場所での優勝は、幕下付出としては同郷の元横綱・輪島の15場所を大幅に塗り替える史上最速優勝であった。さらに同年9月場所では2度目の優勝を果たし、初土俵から所要9場所という昭和以降最速記録での大関昇進を確実とした。

昇進伝達式の口上では「大関の地位を汚さぬよう、唯一無二の力士を目指し、相撲道に精進します」と、自身の理想とする力士像を力強く宣言した。あまりの出世の早さに髪の伸びが追いつかず、大銀杏が結えないまま「ちょんまげ大関」として伝達式に臨む姿は大きな話題を呼んだ。

第75代横綱への昇進と新時代の幕開け

大関の地位でもその圧倒的な強さは揺るがなかった。令和7年(2025年)3月、そして5月場所と2場所連続優勝で他を圧倒、場所後に臨時理事会招集が要請され、これを八角理事長が了承、横綱昇進を確実なものとした。場所後の臨時理事会で正式に横綱昇進が決定。初土俵から所要13場所での横綱昇進は、第54代横綱・輪島が持つ21場所を大幅に更新する史上最速記録(年6場所制以降)。また石川県出身としても、その輪島以来52年ぶりとなる横綱の誕生である。

横綱昇進伝達式での口上は「謹んでお受けいたします。横綱の地位を汚さぬよう稽古に精進し、唯一無二の横綱を目指します。」と、大関昇進時と同じく「唯一無二」を誓った。

横綱土俵入りの型は、師匠と同じく力強い「雲竜型」を選択。第75代横綱として迎えた令和7年(2025年)7月場所では金星を4個配給するという不名誉な記録を残したが、翌9月場所では千秋楽の優勝決定戦を制して横綱として初、通算5度目の優勝を飾るなど、まさに新時代の絶対王者としての風格を漂わせている。

圧倒的な馬力と磨き抜かれた「左のおっつけ」

190センチを超える恵まれた体格と、天性の馬力を活かした取り口が最大の武器である。鋭い出足で相手を圧倒し、右を差し込みながら左でおっつけて一気に出る相撲は、対戦相手にとって大きな脅威となっている。特に「左のおっつけ」は、史上最速での出世を支えた大きな要因と評されている。

また、立ち合いのもろ手突きから一気に押し出す突き押し相撲も得意としており、スピードと技術を兼ね備えている。学生相撲界から鳴り物入りで入門し、数々の伝説的記録を更新し続けるその姿は、令和の大相撲を牽引する象徴として、多くのファンの期待を一身に背負っている。

💡 石川県出身一覧💡 二所ノ関部屋の力士

四股名
大の里 泰輝(おおのさと だいき)
最高位
横綱
最新番付
西 横綱
出身地
石川県 河北郡津幡町
本名
中村 泰輝
生年月日
平成12年(2000)6月7日(25歳)
身長・体重
192cm・184kg
出身高校
新潟海洋高校
出身大学
日本体育大学
所属部屋
二所ノ関部屋
初土俵
令和5年(2023)5月・幕下10付出(22歳11ヵ月)
新十両
令和5年(2023)9月(23歳3ヵ月)
新入幕
令和6年(2024)1月(23歳7ヵ月)
新小結
令和6年(2024)5月(23歳11ヵ月)
新関脇
令和6年(2024)7月(24歳1ヵ月)
新大関
令和6年(2024)11月(24歳5ヵ月)
横綱昇進
令和7年(2025)7月(25歳1ヵ月)
優勝
幕内優勝5回
受賞・金星
殊勲賞2回,敢闘賞3回,技能賞3回
通算成績
180勝63敗12休/241出場(勝率:74.7%)
直近7場所
59勝20敗12休
7場所勝率
76.6%
得意技
突き・押し・右四つ・寄り
決まり手傾向(直近7場所)
大の里が勝ちの決まり手(59勝)※不戦勝1含む
寄り切り16
押し出し14
押し倒し7
叩き込み7
寄り倒し5
突き落とし3
その他6
大の里が負けの決まり手(20敗)※不戦敗2含む
押し出し7
寄り切り4
引き落とし2
上手投げ2
突き落とし2
上手捻り1
令8年5月
西 横綱(変動なし)
0勝0敗1休
休場
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年3月
西 横綱(変動なし)
0勝4敗11休
●●●■や|ややややや|ややややや
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年1月
西 横綱(半枚降下)
10勝5敗
○○○●○|○○●●●|○○○○●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

▼ さらに過去の成績(4場所分)を見る
令7年11
東 横綱(変動なし)
11勝4敗
○○○○○|○○○○●|●○○●■
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年9月
東 横綱(半枚上昇)
13勝2敗(幕内優勝)
○○○●○|○○○○○|○○○□●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年7月
西 横綱(半枚上昇・最高位更新)
11勝4敗
○○○●○|○○●○●|○○●○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年5月
東 大関
14勝1敗(幕内優勝)
○○○○○|○○○○○|○○○○●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

日本体育大学の最高位:関脇

嘉風 雅継

嘉風 雅継(よしかぜ まさつぐ)大分県佐伯市出身、尾車部屋の元力士で、最高位は関脇

平成16年(2004)1月場所に21歳9ヶ月で初土俵を踏み、令和元年(2019)9月場所を最後に引退(37歳6ヶ月)。

通算成績は649勝642敗30休1288出場。生涯勝率.503。通算94場所中、47場所を勝ち越した(勝ち越し率.505)。

主な成績は幕内次点1回,三段目優勝1回序ノ口優勝1回殊勲賞2回,敢闘賞4回,技能賞4回,金星8個(日馬富士2個、鶴竜3個、白鵬2個、稀勢の里1個)。

昭和57年(1982)3月19日生まれ。本名は大西 雅継。

日体大3年次にアマチュア横綱のタイトルを獲得し幕下15枚目格付出資格を得たが大学卒業を選んだため、前相撲からの初土俵となった。その初土俵からわずか13場所目には新入幕を果たす。

年齢を重ねるごとに増していた相撲力でファンを魅了し続けていたが、令和元年6月に故郷である大分県佐伯市が企画したPRイベントに参加し渓流下りを行った際に右膝を痛めて緊急手術。

7月場所を全休し十両へと陥落、負った怪我の影響はおおきく令和元年9月場所5日目に引退を表明。年寄・中村の襲名が承認された。

年寄
13代・中村 雅継
四股名
嘉風 雅継(よしかぜ まさつぐ)
最高位
関脇
年寄名跡
13代中村 雅継
出身地
大分県佐伯市
本名
大西 雅継
生年月日
昭和57年(1982)3月19日(44歳)
出身高校
中津工業高校
出身大学
日本体育大学
所属部屋
尾車部屋
改名歴
大西 雅継 → 嘉風 雅継
初土俵
平成16年(2004)1月 前相撲(21歳9ヶ月)
新十両
平成17年(2005)7月(所要9場所)
23歳3ヶ月(初土俵から1年6ヶ月)
新入幕
平成18年(2006)1月(所要12場所)
23歳9ヶ月(初土俵から2年0ヶ月)
新小結
平成26年(2014)5月(所要61場所)
32歳1ヶ月(初土俵から10年4ヶ月)
新関脇
平成28年(2016)1月(所要71場所)
33歳9ヶ月(初土俵から12年0ヶ月)
最終場所
令和元年(2019)9月(37歳6ヶ月)
大相撲歴
94場所(15年8ヶ月)
通算成績
649勝642敗30休1288出場(勝率.503)
通算94場所
勝ち越し47場所(勝ち越し率.505)
優勝等
幕内次点1回,三段目優勝1回序ノ口優勝1回
受賞・金星
殊勲賞2回,敢闘賞4回,技能賞4回,金星8個
幕内戦歴
561勝600敗24休1158出場(勝率.483)
在位79場所(在位率.840)
勝ち越し35場所(勝ち越し率.443)
三役戦歴
57勝63敗0休120出場(勝率.475)
在位8場所(在位率.085)
勝ち越し5場所(勝ち越し率.625)
関脇戦歴
26勝34敗0休60出場(勝率.433)
在位4場所(在位率.043)
勝ち越し2場所(勝ち越し率.500)
小結戦歴
31勝29敗0休60出場(勝率.517)
在位4場所(在位率.043)
勝ち越し3場所(勝ち越し率.750)
前頭戦歴
504勝537敗24休1038出場(勝率.484)
在位71場所(在位率.755)
勝ち越し30場所(勝ち越し率.423)
十両戦歴
44勝30敗6休74出場(勝率.595)
在位6場所(在位率.064)
勝ち越し5場所(勝ち越し率.833)
関取戦歴
605勝630敗30休1232出場(勝率.490)
在位85場所(在位率.904)
勝ち越し40場所(勝ち越し率.471)
幕下以下歴
44勝12敗0休56出場(勝率.786)
在位8場所(在位率.085)
勝ち越し7場所(勝ち越し率.875)


妙義龍 泰成

妙義龍 泰成 (みょうぎりゅう やすなり)兵庫県高砂市出身、境川部屋の元力士で、最高位は関脇

平成21年(2009)5月場所に22歳6ヶ月で初土俵を踏み、令和6年(2024)9月場所を最後に引退(37歳10ヶ月)。

通算成績は601勝597敗79休1193出場。生涯勝率.504。通算91場所中、48場所を勝ち越した(勝ち越し率.527)。

主な成績は幕内(次点1)、十両優勝3回、幕下優勝1回、三段目(同点1)技能賞6回、金星6個(白鵬2個、日馬富士1個、稀勢の里1個、鶴竜2個)

昭和61年(1986)10月22日生まれ。本名は宮本 泰成。

強豪・埼玉栄高校から日本体育大学を経て角界入りし、度重なる大怪我を乗り越えて長く幕内上位で活躍した妙義龍は、アスリート然とした洗練された押し相撲で土俵を沸かせた名力士である。新十両での大怪我による三段目への陥落というどん底から這い上がり、技能賞を6度獲得するなど、その不屈の闘志と卓越した技術は多くの相撲ファンの記憶に刻まれている。

「テッポウ」で培われた強靭な下半身とアマチュア時代

兵庫県高砂市に生まれ、相撲の強豪である埼玉栄高校へ進学した。高校時代は、同級生の澤井(のちの大関・豪栄道)らと共に主力としてチームを牽引し、手の皮が剥けて血が滲むほど一心不乱に鉄砲柱を打ち続ける稽古で、自身の相撲の土台となる強靭な足腰を築き上げた。

日本体育大学へ進学後も順調に実績を重ね、4年次には大分国体(成年の部)で個人の部優勝を果たし、幕下15枚目格付出の資格を獲得する。卒業後は、高校時代の同級生である豪栄道が所属する境川部屋への入門を決意し、平成21年(2009年)5月場所に本名の「宮本」で初土俵を踏んだ。

新十両での大怪我と、三段目からの劇的な復活

幕下付出から着実に星を伸ばし、所要4場所で新十両昇進を決める。この昇進を機に、「多彩な技を繰り出せるように」という願いを込めて四股名を「妙義龍」へと改名した。

しかし、関取として初めて土俵に上がった平成22年(2010年)1月場所の2日目に、左膝前十字靭帯断裂という選手生命を脅かす大怪我を負い、途中休場を余儀なくされる。その後3場所にわたり全休し、番付は西三段目94枚目まで陥落するという試練を味わった。

それでも決して腐ることなく怪我の完治と体作りに励み、同年9月場所で土俵に復帰すると、7戦全勝の三段目優勝を皮切りに破竹の勢いで勝ち星を重ねる。幕下と十両で計3度の優勝を飾る快進撃で一気に番付を駆け上がり、復帰からわずか7場所となる平成23年(2011年)11月場所で新入幕を果たした。

スピード感あふれる押し相撲と上位戦線での躍進

幕内の土俵においても、怪我を乗り越えてさらに凄みを増した妙義龍の相撲は旋風を巻き起こした。絶え間ない鍛錬により発達した、ふくらはぎの筋肉が生み出す鋭い出足と、膝を曲げた低い体勢からの一気呵成の押し相撲で、平成24年(2012年)1月場所には9勝を挙げて自身初となる技能賞を獲得する。

その後も勢いは止まらず、同年5月場所から3場所連続で技能賞を獲得し、7月場所には新小結、翌9月場所には新関脇へと昇進。従来の押し相撲のイメージを覆すようなスピード感と技術の高さで、三役の地位に定着していった。

平成25年(2013年)1月場所の3日目には、圧倒的な強さを誇っていた横綱・白鵬を初めて破り、自身初となる金星を獲得した。この一番を、のちに本人は「最も思い出に残る取組」として挙げている。

ベテランとしての奮闘と現役引退

その後も長く幕内上位で存在感を示し続け、最高位である関脇には通算8場所在位した。しかし、長年の激闘による左変形性膝関節症や網膜剥離など、相次ぐ怪我との戦いを強いられる土俵人生でもあった。

令和3年(2021年)9月場所では、西前頭10枚目で11勝4敗の好成績を挙げて優勝争いに加わり、通算6度目となる技能賞を獲得するなど、ベテランの意地を見せた。しかし怪我の影響で思うような相撲が取れなくなり、令和6年(2024年)5月場所で十両へ陥落。左膝の怪我により西十両9枚目で全休となった同年9月場所を最後に現役引退を決断した。

引退後は年寄・振分を襲名して日本相撲協会に残り、引き続き境川部屋の部屋付き親方として後進の指導にあたっている。初土俵から15年余り、幕内在位71場所を数え、度重なる試練を不屈の精神力で乗り越えたその歩みは、後進の力士たちにとって大きな模範となっている。

四股名
妙義龍 泰成 (みょうぎりゅう やすなり)
最高位
関脇
年寄名跡
20代振分 泰成(境川)
出身地
兵庫県高砂市
本名
宮本 泰成
生年月日
昭和61年(1986)10月22日(39歳)
出身高校
埼玉栄高校
出身大学
日本体育大学
所属部屋
境川部屋
改名歴
宮本 泰成 → 妙義龍 泰成
初土俵
平成21年(2009)5月 幕下15枚目付出(22歳6ヶ月)
新十両
平成22年(2010)1月(所要4場所)
23歳2ヶ月(初土俵から0年8ヶ月)
新入幕
平成23年(2011)11月(所要14場所)
25歳0ヶ月(初土俵から2年6ヶ月)
新小結
平成24年(2012)7月(所要18場所)
25歳8ヶ月(初土俵から3年2ヶ月)
新関脇
平成24年(2012)9月(所要19場所)
25歳10ヶ月(初土俵から3年4ヶ月)
最終場所
令和6年(2024)9月場所(37歳10ヶ月)
大相撲歴
91場所(15年4ヶ月)
通算成績
601勝597敗79休1193出場(勝率.504)
通算91場所
勝ち越し48場所(勝ち越し率.527)(勝ち越し星152)
優勝等
幕内(次点1),十両優勝3回,幕下優勝1回,三段目(同点1)
受賞・金星
技能賞6回,金星6個(白鵬2個、日馬富士1個、稀勢の里1個、鶴竜2個)
持給金
161円(勝ち越し星152個 金星6個)
幕内戦歴
495勝539敗31休1030出場(勝率.481)
在位71場所(在位率.780)
勝ち越し35場所(勝ち越し率.493)
三役戦歴
76勝93敗26休168出場(勝率.452)
在位13場所(在位率.143)
勝ち越し6場所(勝ち越し率.462)
関脇戦歴
47勝58敗15休105出場(勝率.448)
在位8場所(在位率.088)
勝ち越し3場所(勝ち越し率.375)
小結戦歴
29勝35敗11休63出場(勝率.460)
在位5場所(在位率.055)
勝ち越し3場所(勝ち越し率.600)
前頭戦歴
419勝446敗5休862出場(勝率.486)
在位58場所(在位率.637)
勝ち越し29場所(勝ち越し率.500)
十両戦歴
63勝45敗27休107出場(勝率.589)
在位9場所(在位率.099)
勝ち越し5場所(勝ち越し率.556)
関取戦歴
558勝584敗58休1137出場(勝率.491)
在位80場所(在位率.879)
勝ち越し40場所(勝ち越し率.500)
幕下以下歴
43勝13敗21休56出場(勝率.768)
在位11場所(在位率.121)
勝ち越し8場所(勝ち越し率.727)

妙義龍 泰成の更に詳細なデータは力士名鑑で!

名鑑ページでは、以下のような詳細な分析データをはじめ、豊富な表やグラフをご覧いただけます。

  • ✅ 勝った決まり手1位:押し出し(220回 / 36.3%)
  • ✅ 負けた決まり手1位:寄り切り(117回 / 19.6%)
  • ✅ 得意な相手:宝富士(20勝10敗 / 勝率.667)
  • ✅ 苦手な相手:白鵬(2勝20敗 / 勝率.091)

日本体育大学の最高位:小結

垣添 徹

垣添 徹 (かきぞえ とおる)大分県宇佐市出身、武蔵川~藤島部屋の元力士で、最高位は小結

平成13年(2001)9月場所に23歳1ヶ月で初土俵を踏み、平成24年(2012)3月場所を最後に引退(33歳7ヶ月)※番付上は平成24年(2012)5月場所

通算成績は388勝430敗15休817出場。生涯勝率.475。通算63場所中、30場所を勝ち越した(勝ち越し率.476)。

主な成績は十両優勝1回技能賞1回

昭和53年(1978)8月12日生まれ。本名は垣添 徹。

大分県宇佐市出身の垣添は、アマチュア時代に中学横綱、学生横綱のタイトルを獲得して角界入り。日本体育大学出身として初の幕内力士となり、馬力ある突き押しを武器に自己最高位となる小結まで昇進した。引退後は指導者としての道を歩み、現在は雷部屋の師匠として後進の育成に尽力している。

学生横綱から角界へ

宇佐北部中学校時代に全国中学校相撲選手権大会で個人優勝を果たし、中学生横綱の栄冠に輝く。進学した日本体育大学でも活躍を続け、4年次には全国学生相撲選手権大会で優勝して学生横綱のタイトルを獲得した。この実績により幕下15枚目格付出の規定を満たして武蔵川部屋へ入門する。当初は平成13年(2001年)3月場所での初土俵を予定していたが、前年に出場した世界相撲選手権大会で左膝前十字靱帯を断裂する大怪我を負い、手術を受けた影響で見送っていた。しかし、付出資格の有効期限が迫っていたため、苦渋の決断として同年9月場所において本名の「垣添」で初土俵を踏む。依然として怪我が癒えていなかったため同場所は全休となり、有望株として期待を集める中、初土俵から休場という苦難の船出となった。

日体大初の幕内力士誕生と三役昇進

全休の影響で翌11月場所は東幕下55枚目まで番付を下げたものの、持ち前の突き押しを武器に着実に地力をつけていく。腰や膝の怪我を抱えながらも平成15年(2003年)3月場所で新十両に昇進すると、同年7月場所では11勝4敗の成績を収めて十両優勝を飾った。続く9月場所で新入幕を果たし、日本体育大学出身者として初の幕内力士誕生という快挙を成し遂げる。幕内の土俵でも持ち味を発揮し、平成16年(2004年)1月場所では11勝4敗の好成績で自身初となる技能賞を獲得。翌3月場所では自己最高位となる新小結に昇進した。同場所は負け越し三役在位はこの1場所のみとなったが、その後の平幕の土俵では魁皇や千代大海といった大関陣から白星を挙げるなど、上位を脅かす存在として活躍した。

幕内への定着と苦闘の晩年

新入幕以降は一度も十両へ陥落することなく、長らく幕内中位から下位に定着して土俵を務めた。しかし、平成22年(2010年)は1場所も勝ち越しを果たせず、同年11月場所において43場所連続で務めた幕内から十両へ陥落する。翌年の1月場所でも負け越して幕下へ陥落し、一度は引退を決意したが、大学の同級生で長く付け人を務めてきた剣武の説得を受け現役続行を決断した。陥落して迎えた同年5月の技量審査場所では西幕下筆頭で3勝4敗と負け越したものの、大相撲八百長問題による大量引退の影響により、負け越しでの昇進という異例の形で十両復帰を果たす。しかし、再十両となった翌7月場所で1勝14敗と大敗を喫して関取に定着することはできず、平成24年(2012年)3月場所では、三役経験者として史上初となる幕下で7戦全敗を喫する。負け越し決定後、全日本新相撲元王者である妻からの励ましを受け、全盛期を知らない長男のために白星を目指して奮戦したが結果は伴わなかった。同年4月、同級生である剣武と時を同じくして現役引退を表明し、土俵人生に幕を下ろした。

指導者の道と雷部屋の継承

引退直後は豪風から名跡を借りて年寄「押尾川」を襲名し、藤島部屋の部屋付き親方となった。同年10月に空き名跡となっていた「雷(いかずち)」を正式に取得して名跡を変更。平成25年(2013年)8月に15代武蔵川(元横綱・武蔵丸)が率いる武蔵川部屋へ移籍し、令和2年(2020年)9月には入間川部屋へと転籍した。その後、令和5年(2023年)2月に停年を迎えた16代入間川(元関脇・栃司)から部屋を継承。部屋の名称を「雷部屋」へと改め、62年ぶりとなる名称復活を果たした。部屋継承に際しては「もう1回初心に戻っていい部屋にしていきたい」と抱負を語り、現在は師匠として新たな力士の育成に情熱を注いでいる。

四股名
垣添 徹 (かきぞえ とおる)
最高位
小結
年寄名跡
21代押尾川 徹(藤島) → 17代雷 徹(藤島) → 17代雷 徹(武蔵川) → 17代雷 徹(入間川) → 17代雷 徹
出身地
大分県宇佐市
本名
垣添 徹
生年月日
昭和53年(1978)8月12日(47歳)
出身高校
大分県立宇佐産業科学高校
出身大学
日本体育大学
所属部屋
武蔵川~藤島部屋
改名歴
垣添 徹
初土俵
平成13年(2001)9月 幕下15枚目付出(23歳1ヶ月)
新十両
平成15年(2003)3月(所要9場所)
24歳7ヶ月(初土俵から1年6ヶ月)
新入幕
平成15年(2003)9月(所要12場所)
25歳1ヶ月(初土俵から2年0ヶ月)
新小結
平成16年(2004)3月(所要15場所)
25歳7ヶ月(初土俵から2年6ヶ月)
最終場所
平成24年(2012)3月場所(33歳7ヶ月)※番付上は平成24年(2012)5月場所
大相撲歴
63場所(10年6ヶ月)
通算成績
388勝430敗15休817出場(勝率.475)
通算63場所
勝ち越し30場所(勝ち越し率.476)(勝ち越し星82)
優勝等
十両優勝1回
受賞・金星
技能賞1回
持給金
44円(勝ち越し星82個)
幕内戦歴
299勝343敗3休641出場(勝率.466)
在位43場所(在位率.683)
勝ち越し19場所(勝ち越し率.442)
三役戦歴
6勝9敗0休15出場(勝率.400)
在位1場所(在位率.016)
勝ち越し0場所(勝ち越し率.000)
小結戦歴
6勝9敗0休15出場(勝率.400)
在位1場所(在位率.016)
勝ち越し0場所(勝ち越し率.000)
前頭戦歴
293勝334敗3休626出場(勝率.468)
在位42場所(在位率.667)
勝ち越し19場所(勝ち越し率.452)
十両戦歴
42勝48敗0休90出場(勝率.467)
在位6場所(在位率.095)
勝ち越し3場所(勝ち越し率.500)
関取戦歴
341勝391敗3休731出場(勝率.466)
在位49場所(在位率.778)
勝ち越し22場所(勝ち越し率.449)
幕下以下歴
47勝39敗12休86出場(勝率.547)
在位14場所(在位率.222)
勝ち越し8場所(勝ち越し率.571)

垣添 徹の更に詳細なデータは力士名鑑で!

名鑑ページでは、以下のような詳細な分析データをはじめ、豊富な表やグラフをご覧いただけます。

  • ✅ 勝った決まり手1位:押し出し(165回 / 42.5%)
  • ✅ 負けた決まり手1位:押し出し(83回 / 19.3%)
  • ✅ 得意な相手:北勝力(14勝4敗 / 勝率.778)
  • ✅ 苦手な相手:岩木山(1勝17敗 / 勝率.056)

千代大龍 秀政

千代大龍 秀政(ちよたいりゅう ひでまさ)東京都荒川区出身、九重部屋の元力士で、最高位は小結

平成23年(2011)5月場所に22歳5ヶ月で初土俵を踏み、令和4年(2022)11月場所を最後に引退(34歳0ヶ月)。

通算成績は463勝483敗50休938出場。生涯勝率.489。通算69場所中、32場所を勝ち越した(勝ち越し率.464)。

主な成績は十両優勝1回技能賞1回,金星3個(日馬富士2個、稀勢の里1個)

昭和63年(1988)11月14日生まれ。本名は明月院 秀政。

葛飾区の白鳥相撲教室出身。平成22年(2010)には全国学生相撲選手権大会で優勝を果たして学生横綱のタイトルを獲得、これは元小結垣添に次ぐ日体大2人目の学生横綱だった。幕下15枚目格付出での初土俵は蜂窩織炎のため途中休場となったが、その後3場所連続勝ち越しで十両に昇進、その新十両場所を優勝で飾った。強烈な立ち合いからの叩き込みは「MSP(明月院スペシャル)」と巷で呼ばれる強烈な武器。

令和4年(2022)11月場所8日目の朝に引退届を提出。

四股名
千代大龍 秀政(ちよたいりゅう ひでまさ)
最高位
小結
出身地
東京都荒川区
本名
明月院 秀政
生年月日
昭和63年(1988)11月14日
出身高校
足立新田高校
出身大学
日本体育大学
所属部屋
九重部屋
改名歴
明月院 秀政 → 千代大龍 秀政
初土俵
平成23年(2011)5月 幕下15枚目格付出(22歳5ヶ月)
新十両
平成24年(2012)1月(所要4場所)
23歳1ヶ月(初土俵から0年8ヶ月)
新入幕
平成24年(2012)5月(所要6場所)
23歳5ヶ月(初土俵から1年0ヶ月)
新小結
平成26年(2014)9月(所要20場所)
25歳10ヶ月(初土俵から3年4ヶ月)
最終場所
令和4年(2022)11月(34歳0ヶ月)
大相撲歴
69場所(11年6ヶ月)
通算成績
463勝483敗50休938出場(勝率.489)
通算69場所
勝ち越し32場所(勝ち越し率.464)(勝ち越し星100)
優勝等
十両優勝1回
受賞・金星
技能賞1回,金星3個
持給金
114円50銭(勝ち越し星100個 金星3個)
幕内戦歴
384勝433敗46休810出場(勝率.470)
在位58場所(在位率.841)
勝ち越し24場所(勝ち越し率.414)
小結戦歴
5勝21敗4休25出場(勝率.192)
在位2場所(在位率.029)
勝ち越し0場所(勝ち越し率.000)
前頭戦歴
379勝412敗42休785出場(勝率.479)
在位56場所(在位率.812)
勝ち越し24場所(勝ち越し率.429)
十両戦歴
63勝42敗0休105出場(勝率.600)
在位7場所(在位率.101)
勝ち越し5場所(勝ち越し率.714)
関取戦歴
447勝475敗46休915出場(勝率.485)
在位65場所(在位率.942)
勝ち越し29場所(勝ち越し率.446)
幕下以下歴
16勝8敗4休23出場(勝率.667)
在位4場所(在位率.058)
勝ち越し3場所(勝ち越し率.750)


北勝富士 大輝

北勝富士 大輝 (ほくとふじ だいき)埼玉県所沢市出身、八角部屋の元力士で、最高位は小結

平成27年(2015)3月場所に22歳8ヶ月で初土俵を踏み、令和7年(2025)5月場所を最後に引退(32歳10ヶ月)。

通算成績は424勝368敗39休786出場。生涯勝率.539。通算61場所中、30場所を勝ち越した(勝ち越し率.500)。

主な成績は幕内(同点1 次点1)、十両優勝1回、三段目優勝1回、序二段優勝1回敢闘賞1回、技能賞2回、金星7個(鶴竜2個、日馬富士1個、稀勢の里2個、白鵬2個)

平成4年(1992)7月15日生まれ。本名は中村 大輝。

付出資格を二度失効してでも両親への感謝から大学卒業を選び、前相撲から這い上がった北勝富士は、気迫あふれる突き押しと上位キラーとしての勝負強さで土俵を沸かせた名力士である。玄人好みの相撲を追い求め、不屈の闘志で幕内上位を張り続けたその歩みは、多くの相撲ファンの記憶に刻まれている。

二度の付出資格取得と前相撲からの出発

埼玉県所沢市で育ち、相撲の強豪である埼玉栄高校から日本体育大学へ進学。大学2年次には全国学生相撲選手権大会で個人優勝を果たして「学生横綱」のタイトルを獲得し、大相撲の幕下15枚目格付出資格を取得した。さらに3年次にも国民体育大会相撲競技の成年個人の部で優勝し、同資格を再取得するなど、アマチュア時代に輝かしい実績を残した。

これらの実績によりプロ入りの道が開かれていたものの、大学まで通わせてくれた両親への感謝や、履修中だった教職課程への思いから中退はせず、大学卒業を優先した。これにより有効期限が1年であった付出資格は失効。最終的に大学では個人タイトル13冠となったが、4年次には要件となるタイトルを獲得できなかったため、結果として二度得た権利を失効することとなる。それでも「後悔はない。4年間大学に通わせてくれた両親に感謝です」と語り、卒業後は8代八角(第61代横綱・北勝海)が率いる八角部屋の門を叩き、平成27年(2015年)3月場所に前相撲から初土俵を踏んだ。

各段優勝と新入幕・改名

本名の「大輝」で土俵に上がると、アマチュア横綱級の実力を遺憾なく発揮する。同年7月場所で序二段優勝、続く9月場所で三段目優勝を飾るなど、持ち前の強烈な馬力で番付を駆け上がった。平成28年(2016年)7月場所で新十両に昇進すると、翌9月場所では12勝3敗の好成績を挙げて十両優勝を果たす。

続く11月場所での新入幕を機に「北勝富士」へと改名した。この四股名は、師匠の現役時代の四股名「北勝海」から「北勝」を、その北勝海の師匠にあたる第52代横綱・北の富士(12代九重)から「富士」を頂いたもので、大きな期待が込められていることが分かる。

気迫のルーティンと歴史的快挙

幕内の土俵では、立ち合い前に自らの顔を両手で激しく張り手をして気合いを入れる独特のルーティンと、豪快な塩撒きで館内を大いに沸かせた。その気迫のままに放たれる強烈な突き押し相撲は、上位陣の大きな脅威となる。横綱陣から通算7個の金星を獲得するなど「上位キラー」として存在感を示し、平成31年(2019年)3月場所では新小結に昇進した。

埼玉県出身力士としての新三役昇進は、昭和34年(1959年)3月場所の若秩父以来となる、戦後3人目・実に60年ぶりの歴史的快挙であった。

優勝同点の大熱戦と土俵への別れ

土俵人生のハイライトの一つとなったのが、西前頭9枚目で迎えた令和5年(2023年)7月場所である。初日から白星を重ねて優勝争いの単独トップを走り、12勝3敗の好成績で優勝決定戦へと進出した。決定戦では豊昇龍に敗れて優勝同点となったものの、その堂々たる戦いぶりは高く評価され、敢闘賞を受賞している。

その後は両膝などの度重なる怪我に苦しめられ、令和7年(2025年)1月場所の全休を皮切りに十両、さらには幕下へと番付を落とし、同年5月場所を最後に現役引退を発表。引退後は年寄「大山」を襲名した。愚直なまでに突き押しを貫き、玄人好みの相撲を体現したその土俵態度は、指導者となった現在も八角部屋の若い力士たちへと受け継がれている。

四股名
北勝富士 大輝 (ほくとふじ だいき)
最高位
小結
年寄名跡
14代大山 大輝(八角)
出身地
埼玉県所沢市
本名
中村 大輝
生年月日
平成4年(1992)7月15日(33歳)
出身高校
埼玉栄高校
出身大学
日本体育大学
所属部屋
八角部屋
改名歴
大輝 明道 → 北勝富士 大輝
初土俵
平成27年(2015)3月 前相撲(22歳8ヶ月)
新十両
平成28年(2016)7月(所要8場所)
24歳0ヶ月(初土俵から1年4ヶ月)
新入幕
平成28年(2016)11月(所要10場所)
24歳4ヶ月(初土俵から1年8ヶ月)
新小結
平成31年(2019)3月(所要24場所)
26歳8ヶ月(初土俵から4年0ヶ月)
最終場所
令和7年(2025)5月場所(32歳10ヶ月)
大相撲歴
61場所(10年2ヶ月)
通算成績
424勝368敗39休786出場(勝率.539)
通算61場所
勝ち越し30場所(勝ち越し率.500)(勝ち越し星130)
優勝等
幕内(同点1 次点1),十両優勝1回,三段目優勝1回,序二段優勝1回
受賞・金星
敢闘賞1回,技能賞2回,金星7個(鶴竜2個、日馬富士1個、稀勢の里2個、白鵬2個)
持給金
138円(勝ち越し星130個 金星7個)
幕内戦歴
360勝338敗37休693出場(勝率.519)
在位49場所(在位率.803)
勝ち越し21場所(勝ち越し率.429)
三役戦歴
23勝37敗0休60出場(勝率.383)
在位4場所(在位率.066)
勝ち越し0場所(勝ち越し率.000)
小結戦歴
23勝37敗0休60出場(勝率.383)
在位4場所(在位率.066)
勝ち越し0場所(勝ち越し率.000)
前頭戦歴
337勝301敗37休633出場(勝率.532)
在位45場所(在位率.738)
勝ち越し21場所(勝ち越し率.467)
十両戦歴
25勝20敗0休44出場(勝率.568)
在位3場所(在位率.049)
勝ち越し2場所(勝ち越し率.667)
関取戦歴
385勝358敗37休737出場(勝率.522)
在位52場所(在位率.852)
勝ち越し23場所(勝ち越し率.442)
幕下以下歴
39勝10敗2休49出場(勝率.796)
在位8場所(在位率.131)
勝ち越し7場所(勝ち越し率.875)

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  • ✅ 勝った決まり手1位:押し出し(200回 / 47.1%)
  • ✅ 負けた決まり手1位:押し出し(93回 / 25.2%)
  • ✅ 得意な相手:碧山(16勝3敗 / 勝率.842)
  • ✅ 苦手な相手:正代(4勝14敗 / 勝率.222)

欧勝馬 出気

欧勝馬 出気(おうしょうま でき)はモンゴル トブ県出身、鳴戸部屋の力士で最高位は小結。令和8年5月場所の番付は東 前頭8枚目。

14歳の頃から母国でモンゴル相撲(ブフ)に親しみ、16歳からはレスリングの道へと進んだ。高校2年生の4月、元横綱・朝青龍の紹介により、スガラグチャー・ビャンバスレン(のちの豊昇龍)らと同じ飛行機に乗って来日し、日体大柏高校へ留学する。当初から相撲への転向を志していたが、自らを日本へ招き入れてくれたレスリング部監督への恩返しと、同郷の仲間たちへの配慮から、高校時代はレスリング部での活動を全うした。その身体能力は遺憾なく発揮され、全国高校選抜120kg級、および全国高校総体120kg級で優勝という輝かしい実績を残した。

日体大での相撲転向と学生横綱

高校卒業後は日本体育大学へ進学し、相撲部へ入部して本格的にまわしを締めることとなる。転向1年目の大学1年次に早くも全国学生選手権で3位に入賞し、三段目最下位格付出資格を獲得する。以降も、2年次に全国無差別級優勝、3年次に宇佐大会と金沢大会で優勝、東日本学生選手権で2位に入るなど、数々のタイトルを獲得した。

集大成となる4年次には、全国学生選手権で優勝を果たして学生横綱に輝き、幕下15枚目格付出資格を獲得。日体大相撲部の監督からも十両通用のお墨付きを受けるなか、大学の先輩でもある15代鳴戸(元大関・琴欧洲)の誘いを受け、鳴戸部屋への入門を決断した。四股名の「欧勝馬(おうしょうま)」は、師匠の現役名「琴欧洲勝紀」から「欧」と「勝」の2文字をいただき、実家で多くの馬を飼育していたことに由来する。下の名「出喜(でぎ)」は本名・デルゲルバヤルの愛称から名付けられた。

鳴戸部屋初の関取誕生

令和3年(2021年)11月場所で、幕下15枚目格付出として初陣の土俵に上がった。初土俵の場所では4勝3敗と勝ち越したものの、決まり手が叩き込みに偏ったことから、押し相撲への移行を図りながら着実に地力を蓄えていく。

令和4年(2022年)5月場所では、東幕下8枚目の地位で7戦全勝の幕下優勝を果たす。この結果により翌7月場所での新十両昇進が決まり、15代鳴戸が創設した鳴戸部屋から初の関取誕生となった。新十両の場所は新型コロナウイルス感染により途中休場を余儀なくされたが、同年11月場所では西十両12枚目で11勝4敗の好成績を挙げ、大奄美との優勝決定戦を制して十両優勝を飾った。

幕内での躍進と三役昇進

その後は十両上位で一進一退の攻防が続く時期もあったが、令和5年(2023年)9月場所からは下の名を「出気」へと改める。心機一転を図ったのち、令和6年(2024年)3月場所で11勝4敗と大きく勝ち越し、翌5月場所で新入幕を果たした。新入幕会見では、同じ飛行機で来日した盟友・豊昇龍との対戦を熱望し、「10番勝ちたい」と三賞にも意欲を示した。迎えた本場所では有言実行の活躍を見せ、西前頭14枚目の地位で10勝5敗の好成績を残し、初の三賞となる敢闘賞を受賞する。

幕内の土俵にも適応を見せ、令和6年(2024年)9月場所、令和7年(2025年)5月場所でもそれぞれ10勝を挙げるなど、上位陣を脅かす存在として躍進を続ける。着実な成長曲線を描き、令和7年(2025年)7月場所には新三役となる東小結へと番付を上げた。

レスリング経験に裏打ちされた特有の足癖やいなしを交えつつ、右四つからの力強い寄りや投げを武器とする。関取昇進後も持ち前の身体能力と探究心で、黙々と土俵を務めている。

💡 モンゴル出身一覧💡 鳴戸部屋の力士

四股名
欧勝馬 出気(おうしょうま でき)
最高位
小結
最新番付
東 前頭8枚目
出身地
モンゴル トブ県
本名
プレブスレン・デルゲルバヤル
生年月日
平成9年(1997)4月9日(29歳)
身長・体重
190cm・163kg
出身高校
日体大柏高校
出身大学
日本体育大学
所属部屋
鳴戸部屋
初土俵
令和3年(2021)11月・幕下15付出(24歳7ヵ月)
新十両
令和4年(2022)7月(25歳3ヵ月)
新入幕
令和6年(2024)5月(27歳1ヵ月)
新小結
令和7年(2025)7月(28歳3ヵ月)
優勝
十両優勝1回,幕下優勝1回
受賞・金星
敢闘賞1回
通算成績
192勝175敗7休/367出場(勝率:52.3%)
直近7場所
39勝52敗
7場所勝率
42.9%
得意技
押し・いなし
決まり手傾向(直近7場所)
欧勝馬が勝ちの決まり手(39勝)※不戦勝1含む
押し出し10
叩き込み9
送り出し7
上手投げ3
突き落とし2
突き出し2
その他5
欧勝馬が負けの決まり手(51敗)
押し出し23
寄り切り14
引き落とし2
上手出し投げ2
突き落とし2
下手投げ2
その他6
令8年5月
東 前頭8枚目(1枚降下)
0勝1敗
●    |     |     
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年3月
東 前頭7枚目(変動なし)
6勝9敗
○●□●●|●●○○●|●●●○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年1月
東 前頭7枚目(2枚半降下)
7勝8敗
○○○○○|●●●●○|●●●○●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

▼ さらに過去の成績(4場所分)を見る
令7年11
西 前頭4枚目(3枚上昇)
4勝11敗
●○●○●|○●●●●|●●●●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年9月
西 前頭7枚目(7枚半降下)
9勝6敗
●○○●●|○●○○○|○○●○●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年7月
東 小結(6枚上昇・最高位更新)
3勝12敗
●●●●○|●●○●●|●●○●●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年5月
東 前頭6枚目
10勝5敗
○●●○●|○○○○○|○●●○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

日本体育大学の最高位:前頭

友風 想大

友風 想大(ともかぜ そうだい)は神奈川県 川崎市川崎区出身、中村部屋の力士で最高位は前頭3枚目。令和8年5月場所の番付は東 十両5枚目。

神奈川県川崎市に生まれ、幼少期は極真空手やバスケットボール、中学時代は柔道に打ち込むなど多くのスポーツを経験した。中学の柔道部顧問が相撲経験者であった縁から大会に出場し、関東大会で団体優勝を経験する。進学した向の岡工業高校から本格的に相撲へ打ち込み、2年次に出場した全国選抜高校相撲弘前大会において準優勝を果たした。なお、この時の優勝者はアルタンホヤグ・イチンノロブ(のちの関脇・逸ノ城)であった。

高校卒業後は日本体育大学へと進学し、4年次に全日本大学選抜宇和島大会で優勝を飾るなど数々の実績を残した。大学時代から同校の先輩にあたる嘉風(元関脇、のちの13代中村)より技術指導を受けており、その深い縁から尾車部屋への入門を決断する。入門にあたり「嘉風関と同じ、初土俵から所要9場所での十両昇進」という目標を掲げ、平成29年(2017年)5月場所において本名の「南」で初土俵を踏んだ。

驚異のスピード出世と大記録

翌場所から四股名を「友風 勇太」と改名して本格的に角界での歩みを開始し、序ノ口と三段目で全勝優勝を飾る。入門時の思いを胸に快進撃を続け、平成30年(2018年)11月場所において見事に目標通りの所要9場所で新十両への昇進を果たし、そのまま12勝3敗で新十両優勝を飾った。

さらに十両も所要2場所で通過し、平成31年(2019年)3月場所において初土俵から所要11場所という史上4位タイのスピード記録で新入幕を果たす。これは「嘉風関の所要12場所での新入幕記録を抜く」という目標を見事にクリアするものであった。令和元年(2019年)7月場所では横綱・鶴竜から初金星を獲得し、初土俵から所要14場所という当時の史上最速タイ記録を打ち立て、殊勲賞を受賞した。翌9月場所でも鶴竜を破って2場所連続で金星を獲得し、同場所中に引退した兄弟子・嘉風への恩返しを果たした。

凄絶な大怪我と絶望の淵

しかし、西前頭3枚目で迎えた令和元年(2019年)11月場所の2日目、取組中に土俵下へ転落して右膝に凄絶な大怪我を負ってしまう。4本の靭帯断裂や大腿骨・脛骨の骨折、半月板損傷などに加え、右膝から下は皮膚と内側側副靭帯、血管1本だけが繋がっているような状態であった。「切断寸前の重傷で、一生歩くことができない可能性もある」と医師から宣告されるほどの深刻な事態であった。

初土俵以来初の休場から計4回の大手術を受け、5ヶ月にも及ぶ入院生活を余儀なくされる。腓骨神経麻痺の後遺症が残り、装具の支えがなければ日常の歩行にも支障をきたす状態で、後に身体障害者手帳の交付も受けた。当初は引退を疑わず、日常生活に戻れるかどうかの不安に苛まれる絶望の淵に立たされた。

不屈の復活劇と恩師との歩み

それでも、毎日看病に駆けつけた母親の献身的な支えや、リハビリ施設で懸命に頑張る小さな子供たちの姿に勇気をもらい、現役続行を決意する。過酷なリハビリ期間中には、同じく怪我で引退した13代中村からの科学的な指導にも支えられ、痛みに耐え抜いて再び土俵へと向かった。

令和3年(2021年)3月場所、1年4ヶ月の長期休場を経て西序二段55枚目の地位で土俵への復帰を果たす。その後、令和4年(2022年)2月に尾車部屋の閉鎖に伴って二所ノ関部屋へと移籍する。新しい師匠となった二所ノ関親方(元横綱・稀勢の里)からも「ケガをしてなかったら三役に上がっていただろう」と何度も励まされ、恐怖心と闘いながら白星を重ねていった。

令和5年(2023年)1月場所後の番付編成会議で17場所ぶりとなる再十両昇進が決定し、幕内経験力士が序二段まで降格した後に再十両となる史上3人目の快挙を達成する。同年11月場所においてはついに幕内の土俵へと復帰し、大相撲史に残る奇跡の復活劇を成し遂げた。令和6年(2024年)6月には、恩師である13代中村が中村部屋を創設したことに伴い同部屋へと転籍している。四股名も「友風 想大」へと改め、大怪我の後遺症を抱えながらも押し相撲を主体としつつ、機を見た叩き込みなどの引き技を交えながら、不屈の精神で土俵を務め上げている。

異色の「ピアノ力士」

趣味は小学2年次から始めたピアノの演奏である。一時は音楽大学への進学を勧められたほどの腕前を持ち、小学生時代に作曲した運動会の曲は卒業後も母校で使われ続けているという。トークショーで「引退後はピアニストを目指す」と語ったこともある。

リチャード・クレイダーマンやX JAPANのYOSHIKIを好み、大相撲入門後も巡業先の食事会場に置かれたピアノで見事な演奏を披露して関取衆からのリクエストに応えるなど、角界では異色の「ピアノ力士」として多くのファンに親しまれている。

💡 神奈川県出身一覧💡 中村部屋の力士

四股名
友風 想大(ともかぜ そうだい)
最高位
前頭3枚目
最新番付
東 十両5枚目
出身地
神奈川県 川崎市川崎区
本名
南 友太
生年月日
平成6年(1994)12月2日(31歳)
身長・体重
185cm・179kg
出身高校
向の岡工業高校
出身大学
日本体育大学
所属部屋
尾車 → 二所ノ関 → 中村部屋
改名歴
南 → 友風
初土俵
平成29年(2017)5月(22歳5ヵ月)
新十両
平成30年(2018)11月(23歳11ヵ月)
新入幕
平成31年(2019)3月(24歳3ヵ月)
優勝
十両優勝1回,幕下優勝1回,三段目優勝1回,序ノ口優勝1回
受賞・金星
殊勲賞1回,金星2個
通算成績
297勝219敗73休/514出場(勝率:57.8%)
直近7場所
25勝21敗(幕内:20勝25敗)
7場所勝率
49.5%
得意技
突き・押し
決まり手傾向(直近7場所)
友風が勝ちの決まり手(45勝)※不戦勝1含む
叩き込み28
押し出し10
寄り切り1
突き落とし1
上手投げ1
掬い投げ1
その他2
友風が負けの決まり手(45敗)
押し出し25
叩き込み5
引き落とし4
押し倒し4
寄り倒し2
寄り切り2
その他3
令8年5月
東 十両5枚目(2枚半降下)
0勝1敗
●    |     |     
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年3月
西 十両2枚目(6枚降下)
6勝9敗
●●○●●|○●●○●|○○●○●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年1月
西 前頭13枚目(1枚降下)
4勝11敗
●○●●○|○●●●○|●●●●●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

▼ さらに過去の成績(4場所分)を見る
令7年11
西 前頭12枚目(3枚半上昇)
7勝8敗
●●●●●|○●○○●|○○●○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年9月
東 前頭16枚目(4枚上昇)
9勝6敗
○●○○○|○●●○●|○●○○●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年7月
西 十両2枚目(4枚半上昇)
9勝6敗
○●○●○|○●○●○|●○○●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年5月
東 十両7枚目
10勝5敗
●○●○○|○○●○○|○●□●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

阿武剋 一弘

阿武剋 一弘(おうのかつ かずひろ)はモンゴル オブス県出身、阿武松部屋の力士で最高位は前頭3枚目。令和8年5月場所の番付は東 十両筆頭。

モンゴルのオブス県に生まれ、幼少期から中学時代にかけてはサッカーに親しんだ。数学オリンピックのオブス県大会で優勝するほどの頭脳明晰な一面を持っていたが、15歳で来日し、新名学園旭丘高校(神奈川県)の相撲部留学生1期生として本格的に相撲を始めた。語学も堪能で、高校2年次には日本語のノートをつける必要がなくなるほど習熟していたという。

学生横綱のタイトルと幕下付出

相撲においても高校3年次に全国高校総体(インターハイ)の個人戦で優勝力士に次ぐ成績を収めた。高校卒業後は日本体育大学へ進学し、中村(横綱・大の里)ら強力な同期たちと切磋琢磨した。4年次に全国学生相撲選手権大会で優勝して「学生横綱」のタイトルを獲得し、これにより幕下15枚目格付出の資格を取得した。大学3年時に大相撲の土俵へ進むことを決心しており、卒業後は阿武松部屋の門を叩いた。

恩師の名を刻んだ四股名とスピード出世

令和5年(2023年)9月場所に新弟子検査に合格し、興行ビザの取得を経て同年11月場所に幕下15枚目格付出で初土俵を踏んだ。同年9月の理事会で付出資格が改定され、幕下付出が最下位(60枚目)格に一本化されたことに伴い、旧制度である「幕下15枚目格付出」として初土俵を踏む最後の力士となった。四股名は「自分に打ち勝つ」という意味を込めて下剋上の「剋」の字を入れ、下の名前である「一弘」は、日体大相撲部の齊藤一雄監督の「一」と、旭丘高校相撲部の岸田光弘監督の「弘」からそれぞれ一字を頂戴したものであり、自身を育ててくれた二人の恩師への感謝が込められていた。

初土俵の場所を5勝2敗で勝ち越すと、続く令和6年(2024年)1月場所は東幕下8枚目で6勝1敗の成績を収めた。同年3月場所を西幕下2枚目で5勝2敗とし、所要3場所での新十両昇進を確定させた。

十両通過と幕内の土俵での戦い

同年5月場所、東十両12枚目で迎えた新十両の土俵では13勝2敗という優勝力士に次ぐ成績を挙げた。続く7月場所も西十両筆頭で9勝6敗と勝ち越し、十両をわずか2場所で通過して同年9月場所において西前頭14枚目で新入幕を果たした。新入幕の場所は7勝8敗と負け越したものの、続く11月場所で9勝6敗と勝ち越すなど、右四つからの力強い寄りや突き押しを武器に前頭の地位に定着した。

令和7年(2025年)3月場所から2場所連続で10勝5敗の2桁勝利を挙げ、上位陣との対戦圏内へと番付を伸ばした。令和8年(2026年)3月場所では左足を負傷し、途中休場と再出場を挟んで再び休場するという初土俵以来初の休場を経験した。

入幕間もない頃、13代二所ノ関(元横綱・稀勢の里)からは、左の使い方の巧さを高く評価される一方で、「圧力のない日馬富士関」とかつてのライバルに例えてパワー不足を指摘されたこともあった。この課題を克服し、自身の四股名に込めた「自分に打ち勝つ」という信念を胸に、日々の激しい稽古に励みながら厳しい勝負の世界で踏ん張り続けている。

大相撲の歴史や教養を学ぶ相撲教習所を「優等賞」で卒業するなど、数学オリンピックの県大会で優勝した経歴に違わぬ知性を角界でも発揮している。昇進会見では流暢な日本語で受け答えを行い、好きな日本の歌に河島英五の『時代おくれ』を挙げるなど、日本の文化にも深く馴染んでおり、今後のさらなる飛躍が期待されている。

💡 モンゴル出身一覧💡 阿武松部屋の力士

四股名
阿武剋 一弘(おうのかつ かずひろ)
最高位
前頭3枚目
最新番付
東 十両筆頭
出身地
モンゴル オブス県
本名
バトジャルガル・チョイジルスレン
生年月日
平成12年(2000)5月5日(26歳)
身長・体重
185cm・171kg
出身高校
新名学園旭丘高校
出身大学
日本体育大学
所属部屋
阿武松部屋
初土俵
令和5年(2023)11月・幕下15付出(23歳6ヵ月)
新十両
令和6年(2024)5月(24歳0ヵ月)
新入幕
令和6年(2024)9月(24歳4ヵ月)
優勝
無し
通算成績
109勝85敗8休/192出場(勝率:56.8%)
直近7場所
0勝1敗(幕内:38勝44敗8休)
7場所勝率
46.9%
得意技
右四つ・寄り
決まり手傾向(直近7場所)
阿武剋が勝ちの決まり手(38勝)※不戦勝2含む
寄り切り25
押し出し4
寄り倒し2
突き落とし1
反則1
上手出し投げ1
その他2
阿武剋が負けの決まり手(44敗)※不戦敗2含む
寄り切り17
押し出し10
叩き込み3
送り出し3
寄り倒し2
突き落とし2
その他5
令8年5月
東 十両筆頭(11枚降下)
0勝1敗
●    |     |     
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年3月
西 前頭6枚目(変動なし)
1勝6敗8休
●■やや●|○●●■や|ややややや
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年1月
西 前頭6枚目(変動なし)
7勝8敗
●●○●○|○●●●○|○□□●●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

▼ さらに過去の成績(4場所分)を見る
令7年11
西 前頭6枚目(半枚降下)
7勝8敗
●○●●○|●○●○●|○●●○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年9月
東 前頭6枚目(3枚降下)
7勝8敗
○○●○●|●○○●●|●●●○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年7月
東 前頭3枚目(5枚上昇・最高位更新)
6勝9敗
●●○●●|●○●○○|○●●○●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年5月
東 前頭8枚目
10勝5敗
○○●●○|●●○○○|○○○●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

朝紅龍 琢馬

朝紅龍 琢馬(あさこうりゅう たくま)は大阪府 四條畷市出身、高砂部屋の力士。令和8年5月場所の番付は最高位更新となる西 前頭7枚目。

小学3年次に出場した相撲大会での初戦敗退を機に、地元の四條畷相撲連盟で相撲を始めた。幼少期は母親から毎日1300回の腕立て伏せやサンドバッグへのぶつかり稽古を課されるなど、猛烈なスパルタ指導のもとで鍛え上げられ、レスリングや空手も経験した。より高いレベルを求めて高知県の明徳義塾中学校・高校へ相撲留学し、日本体育大学では相撲部の主将を務める。4年次に出場した令和2年(2020年)の全国学生相撲選手権大会において個人3位の好成績を残し、三段目最下位格(100枚目格)付出の資格を獲得した。

高砂部屋入門と三段目優勝

明徳義塾高校の先輩でもある8代高砂(元関脇・朝赤龍)が師匠を務める縁から、高砂部屋への入門を決断する。相撲部主将として大学の卒業式への出席を優先したため、令和3年(2021年)5月場所に三段目最下位(100枚目)格で、「石崎」の四股名で初土俵を踏んだ。

この場所は順調に白星を重ねて7戦全勝とし、優勝決定戦で佐渡ヶ嶽部屋の琴太豪を破って、三段目付出の力士としては史上3人目となる三段目優勝を飾った。続く翌7月場所の幕下でも6連勝と快進撃を続けたが、最後の7番相撲で北青鵬に敗れ、初土俵からの連勝記録は13でストップした。

怪我との闘いと歴史的同時昇進

幕下上位へと番付を上げるが、令和4年(2022年)1月場所での怪我による途中休場などで足踏みも経験する。それでも地道に稽古を重ねて番付を戻し、東幕下5枚目で迎えた令和5年(2023年)7月場所を5勝2敗で勝ち越して、場所後の番付編成会議にて念願の新十両昇進を決めた。四條畷市からの関取誕生は史上初であり、さらにこの時は日本体育大学の同期である大の里、高橋(のちの白熊)も同時に新十両へ昇進し、同一大学から同時に3人の新十両が誕生するという大相撲史上初の快挙となった。

新関取への昇進に合わせて、四股名を「朝紅龍」へと改名した。「朝紅」は「あさやけ」とも読むことができ、「どんな困難も乗り越えられるように」という強い意味が込められている。

新入幕と機動力を生かした相撲

十両の土俵でも持ち前の機動力を生かして勝ち星を重ね、東十両8枚目に名前を置いた令和6年(2024年)9月場所では11勝4敗の好成績を収めた。上がれるかどうか微妙な星数であったが、翌11月場所において新入幕を果たし、会見では「まさか上がれるとは。期待していなかったので、驚きと喜びが半分ずつ」と率直な思いを語っている。

幕内の中では決して大きな部類ではないが、小柄な体格を補って余りある低い立合いと鋭い出足を最大の武器としている。相手の懐へと素早く潜り込み、右四つに組んでからの力強い寄りや、出し投げ、いなしを交えたスピーディーな相撲を持ち味とする。一度十両への陥落も経験したが1場所で幕内へ返り咲き、幕内通算3場所目となる令和7年(2025年)5月場所では西前頭17枚目で10勝5敗と幕内で初の勝ち越しと二桁勝利を挙げるなど、確かな相撲勘を生かして上位の土俵で存在感を示している。

💡 大阪府出身一覧💡 高砂部屋の力士

四股名
朝紅龍 琢馬(あさこうりゅう たくま)
最高位
前頭7枚目
最新番付
西 前頭7枚目
出身地
大阪府 四條畷市
本名
石崎 拓馬
生年月日
平成10年(1998)9月24日(27歳)
身長・体重
178cm・125kg
出身高校
明徳義塾高校
出身大学
日本体育大学
所属部屋
高砂部屋
改名歴
石崎 → 朝紅龍
初土俵
令和3年(2021)5月・三段目100付出(22歳8ヵ月)
新十両
令和5年(2023)9月(25歳0ヵ月)
新入幕
令和6年(2024)11月(26歳2ヵ月)
優勝
三段目優勝1回
通算成績
188勝148敗3休/336出場(勝率:56%)
直近7場所
49勝42敗
7場所勝率
53.8%
得意技
押し・右四つ・寄り
決まり手傾向(直近7場所)
朝紅龍が勝ちの決まり手(48勝)
押し出し19
下手投げ10
突き落とし3
寄り切り3
小手投げ3
掬い投げ2
その他8
朝紅龍が負けの決まり手(42敗)
寄り切り11
押し出し7
叩き込み5
小手投げ4
突き落とし2
送り出し2
その他11
令8年5月
西 前頭7枚目(4枚半上昇・最高位更新)
1勝0敗
○    |     |     
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年3月
東 前頭12枚目(3枚半上昇)
9勝6敗
○○●○○|●●○○●|○○●○●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年1月
西 前頭15枚目(2枚上昇)
9勝6敗
●●○○●|●○○●○|○○○●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

▼ さらに過去の成績(4場所分)を見る
令7年11
西 前頭17枚目(3枚降下)
8勝7敗
○○○●○|○●●○●|●●○●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年9月
西 前頭14枚目(2枚降下)
6勝9敗
●○●●●|○●○○○|●●○●●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年7月
西 前頭12枚目(5枚上昇・最高位更新)
6勝9敗
●○○●●|●●●●●|○○○○●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年5月
西 前頭17枚目
10勝5敗
○●○○○|○●○○●|○○●○●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

剣武 輝希

埼玉県秩父郡小鹿野町出身、武蔵川~藤島部屋の元力士で最高位は前頭16枚目。武蔵川部屋最後の場所で十両昇進を決め、藤島部屋として初の関取に。その後、初土俵から63場所で念願の新入幕も網膜剥離の為わずか4場所後に引退となった。引退後は地元小鹿野町で家業である旅館「宮本家」を継ぎ、様々なアイデアを具体化していき成功をおさめている。

  • 四股名 :剣武 輝希(つるぎだけ てるき)
  • 最高位 :前頭16枚目
  • 出身地 :埼玉県秩父郡小鹿野町
  • 本 名 :宮本 一輝
  • 生年月日:昭和54年(1979)2月7日
  • 出身大学:日本体育大学
  • 所属部屋:武蔵川⇒藤島部屋
  • 改名歴 :宮本⇒武甲山⇒宮本⇒武甲⇒剣武
  • 初土俵 :平成13年(2001)3月(22歳1ヵ月)
  • 新十両 :平成22年(2010)11月(31歳9ヵ月)
  • 新入幕 :平成23年(2011)11月(32歳9ヵ月)
  • 最終場所:平成24年(2012)5月(33歳3ヵ月)
  • 生涯戦歴:261勝208敗50休/467出場(66場所)
  • 生涯勝率:55.7%
  • 優勝等 :序二段同点1回,序ノ口優勝1回
  • 幕内戦歴:4勝11敗(1場所)勝率:26.7%
  • 十両戦歴:44勝53敗8休(7場所)勝率:45.4%

白熊 優太

白熊 優太(しろくま ゆうた)は福島県 須賀川市出身、二所ノ関部屋の力士で最高位は前頭16枚目。令和8年5月場所の番付は西 十両8枚目。

祖父の勧めで地元の相撲大会に出場したことがきっかけとなり、4歳頃から福島県郡山市の出羽竜道場に通って相撲の稽古に励んだ。高校は親元を離れて新潟県立海洋高校へと「相撲留学」し、のちに日本体育大学へと進学する。大学時代は相撲部の主将を務めるなど中心選手として活躍した。大学卒業後、13代二所ノ関(元横綱・稀勢の里)が率いる二所ノ関部屋へ入門し、角界への道を歩み始めた。

初土俵と各段での躍進

令和4年(2022年)5月場所に本名の「高橋」で初土俵を踏む。初めて番付に名前が載った翌7月場所において、優勝決定戦を制して序ノ口優勝を飾ると、続く9月場所でも7戦全勝で序二段優勝を果たした。その後も順調に番付を上げ、令和5年(2023年)7月場所において西幕下4枚目で5勝2敗と勝ち越す。この成績が評価され、場所後の番付編成会議を経て同年9月場所での新十両昇進が決定した。

愛される四股名への改名と十両優勝

十両昇進後もコンスタントに星をまとめ、令和6年(2024年)1月場所を機に四股名を「白熊」へと改名する。この四股名は、色白で大きな体格という見た目の印象に加え、「土俵の上では力強く暴れ、誰からも愛される力士になってほしい」という師匠の願いが込められたものであった。改名後も得意の右四つからの攻めを武器に関取の土俵に定着し、同年7月場所においては12勝3敗の好成績を挙げて見事に十両優勝を飾った。

新入幕と上位定着への歩み

十両優勝の翌場所となる令和6年(2024年)9月場所で新入幕を果たす。しかし、この場所の取組で右足首を負傷し、途中休場(のちに再出場)を余儀なくされる試練も経験した。その後は怪我と向き合いながら、幕内と十両の土俵を往復する時期が続いている。

右四つからの力強い攻めには定評があり、持ち前の地力は確かなものがある。ファンから親しまれる四股名とともに、再び上位戦線へと定着すべく、大相撲の土俵で研鑽を重ねている。

💡 福島県出身一覧💡 二所ノ関部屋の力士

四股名
白熊 優太(しろくま ゆうた)
最高位
前頭16枚目
最新番付
西 十両8枚目
出身地
福島県 須賀川市
本名
高橋 優太
生年月日
平成11年(1999)5月25日(26歳)
身長・体重
185cm・155kg
出身高校
新潟海洋高校
出身大学
日本体育大学
所属部屋
二所ノ関部屋
改名歴
高橋 → 白熊
初土俵
令和4年(2022)5月(23歳0ヵ月)
新十両
令和5年(2023)9月(24歳4ヵ月)
新入幕
令和6年(2024)9月(25歳4ヵ月)
優勝
十両優勝1回,序二段優勝1回,序ノ口優勝1回
通算成績
157勝129敗4休/284出場(勝率:55.3%)
直近7場所
42勝49敗
7場所勝率
46.2%
得意技
右四つ・寄り
決まり手傾向(直近7場所)
白熊が勝ちの決まり手(41勝)
寄り切り18
押し出し14
突き落とし3
押し倒し2
掬い投げ2
上手投げ1
その他1
白熊が負けの決まり手(49敗)
寄り切り19
上手投げ4
押し出し4
掬い投げ4
叩き込み3
寄り倒し3
その他12
令8年5月
西 十両8枚目(3枚降下)
1勝0敗
○    |     |     
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年3月
西 十両5枚目(2枚降下)
7勝8敗
○●●●●|○●○○●|●●○○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年1月
西 十両3枚目(4枚上昇)
6勝9敗
○●○●●|●○●●○|○●○●●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

▼ さらに過去の成績(4場所分)を見る
令7年11
西 十両7枚目(1枚半上昇)
9勝6敗
○○○○●|○○●●○|●○●●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年9月
東 十両9枚目(4枚半降下)
8勝7敗
○●○●○|●●○○●|○●○○●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年7月
西 十両4枚目(1枚降下)
5勝10敗
●●●●●|●●●○○|●○●○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年5月
西 十両3枚目
6勝9敗
○●○●●|●○●●○|○●○●●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

嘉陽 快宗

嘉陽 快宗(かよう やすとき)は沖縄県 那覇市出身、中村部屋の力士で最高位は前頭16枚目。令和8年5月場所の番付は西 十両9枚目。

千葉県市川市に生まれ、小学4年次に地元の市川市相撲教室へ通い始めて相撲の基礎を学んだ。中学からは親元を離れ、新潟県糸魚川市の能生中学校へと相撲留学し、卒業後はそのまま新潟県立海洋高校へ進学する。名門校の厳しい稽古に耐え抜いて全国的な実力者へと成長を遂げ、2年次に出場した十和田大会で団体優勝に大きく貢献した。

高校卒業後は日本体育大学へ進学し、相撲部でさらなる研鑽を積む。4年次に出場した全国学生相撲選手権大会で個人ベスト8の好成績を残し、当時の規定における三段目最下位格(90枚目格)付出の資格を獲得した。

大学卒業にあたり、13代二所ノ関(元横綱・稀勢の里)から熱心な誘いを受け、「稀勢の里さんの頼みなら入門を断れない」と責任重大な覚悟を胸に二所ノ関部屋への入門を決意する。なお、憧れの力士には入門会見に同席した部屋付きの13代中村(元関脇・嘉風)の名を挙げていた。令和4年(2022年)5月場所に本名の「嘉陽」で初土俵を踏む。入門当初は出身地を「千葉県市川市」としていたが、同年7月場所より両親の出身地である「沖縄県那覇市」へと変更している。

幕下での足踏みと中村部屋への転籍

初土俵から3場所は持ち前の実力を発揮して大きく勝ち越し、入門4場所目で幕下へ昇進する。幕下に昇進してからも着実に番付を上げたが、関取の座を目前にして番付運に見放されるなど、もどかしい時期を経験した。

令和5年(2023年)11月場所は西幕下6枚目で6勝1敗、翌令和6年(2024年)3月場所は西幕下3枚目で4勝3敗の好成績を残したが、いずれも新十両には届かなかった。それでも腐ることなく、西幕下筆頭で迎えた同年5月場所で5勝2敗と勝ち越し、ついに新十両昇進を決める。昇進会見では師匠の二所ノ関から「ちょっと遅かった。大の里を超えるくらい昇進してほしい」と厳しくも愛のある期待を寄せられた。

新十両昇進が決定した直後、憧れの存在であった13代中村が独立して中村部屋を新設したことに伴い、同部屋への転籍が決定する。これにより、中学から大学、そして二所ノ関部屋までずっと苦楽を共にしてきた「兄弟のような存在」である同期生の白熊とは別の部屋で土俵に立つこととなった。

新入幕と大の里との絆

また、大学の1年後輩である大の里は「弟のような存在」であり、互いを「ヤス」「ダイキ」と呼び合いボウリングに出かけるなど私生活でも仲が良い。大相撲入り後はスピード出世を果たす大の里に大きく先を越されたが、「早く追いつき、追い越したい」と強い対抗心を燃やして自身の起爆剤とし、新天地の中村部屋で着実に星を伸ばしていった。

新十両として迎えた令和6年(2024年)7月場所は7勝8敗と負け越したものの、続く9月場所では11勝4敗の大勝ちを見せる。その後も十両上位で一進一退の攻防を続け、東十両2枚目で迎えた令和7年(2025年)3月場所で9勝6敗の成績を収め、翌5月場所で見事に新入幕を果たした。

新入幕の場所は東前頭16枚目で7勝8敗、続く7月場所は4勝11敗と上位の壁に跳ね返されて十両へ陥落したが、幕内の土俵で得た経験を糧に再び入幕を目指している。

特殊な稽古と取り口

取り口は突き・押しを最大の武器とする。二所ノ関部屋時代に稽古で胸を出していた師匠から「下に入る(相手の懐へ低く入り込む)相撲を取る」と証言されるように、低い立ち合いから下から上へと突き上げる相撲を長所としている。さらに中村部屋へ移籍した後は、組み合った状態から相撲を始める特殊な申し合い稽古を通じて、四つの力と技術にも磨きをかけている。

170センチ前半と決して長身ではないものの、170キロを超える分厚い体格を生かした強烈な押し相撲を持ち味とする。幕内と十両の往復を経験しながらも、持ち前の馬力と粘り強さ、そして良きライバルたちからの刺激を力に変えて、幕内の土俵への定着を目指して奮闘を続けている。

💡 沖縄県出身一覧💡 中村部屋の力士

四股名
嘉陽 快宗(かよう やすとき)
最高位
前頭16枚目
最新番付
西 十両9枚目
出身地
沖縄県 那覇市
本名
嘉陽 快宗
生年月日
平成11年(1999)7月14日(26歳)
身長・体重
175cm・172kg
出身高校
新潟海洋高校
出身大学
日本体育大学
所属部屋
二所ノ関 → 中村部屋
初土俵
令和4年(2022)5月・三段目90付出(22歳10ヵ月)
新十両
令和6年(2024)7月(25歳0ヵ月)
新入幕
令和7年(2025)5月(25歳10ヵ月)
優勝
無し
通算成績
142勝115敗0休/257出場(勝率:55.3%)
直近7場所
28勝33敗(幕内:11勝19敗)
7場所勝率
42.9%
得意技
突き・押し
決まり手傾向(直近7場所)
嘉陽が勝ちの決まり手(39勝)
押し出し12
押し倒し6
寄り切り4
叩き込み4
送り出し3
引き落とし3
その他7
嘉陽が負けの決まり手(51敗)
寄り切り20
押し出し14
叩き込み7
引き落とし2
突き出し2
上手投げ2
その他4
令8年5月
西 十両9枚目(3枚降下)
0勝1敗
●    |     |     
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年3月
西 十両6枚目(3枚上昇)
7勝8敗
○●●○○|●○○●○|●○●●●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年1月
西 十両9枚目(1枚半降下)
9勝6敗
○○●○○|○○●●●|○●○●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

▼ さらに過去の成績(4場所分)を見る
令7年11
東 十両8枚目(2枚降下)
6勝9敗
●●●●●|○○●○●|○●○○●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年9月
東 十両6枚目(7枚半降下)
6勝9敗
●○○●●|●●●●●|●○○○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年7月
東 前頭16枚目(変動なし)
4勝11敗
●●●●●|●●○●○|●●●○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年5月
東 前頭16枚目
7勝8敗
●●●●○|○○○●●|○○○●●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

日本体育大学の最高位:十両

朝翠龍 涼馬

朝翠龍 涼馬(あさすいりゅう りょうま)は大阪府 四條畷市出身、高砂部屋の力士で最高位は十両2枚目。令和8年5月場所の番付は西 十両4枚目。

大阪府四條畷市で生まれ育ち、3歳上の実兄(現在の朝紅龍)の背中を追うように幼少期から相撲に親しんだ。中学卒業後は兄と同じ明徳義塾高校へ進学し、日本体育大学でも相撲部で研鑽を積む。アマチュア時代には全日本相撲選手権大会において個人3位の成績を収め、幕下最下位格付出の資格を取得した。

高砂部屋への入門と幕下での試練

大学卒業後、先んじて角界入りしていた兄の所属する高砂部屋へ入門し、令和6年(2024年)7月場所に本名の「石崎」を名乗り、幕下最下位格付出で初土俵を踏んだ。この場所を6勝1敗で終えると、その後も勝ち越しを続けて順調に番付を上げていく。

令和7年(2025年)3月場所では西幕下筆頭まで番付を上げたが、3勝4敗と角界入り後初の負け越しを喫し、上位の壁に跳ね返された。それでも腐ることなく稽古に励み、続く5月場所で勝ち越して立て直すと、同年7月場所では東幕下2枚目で6勝1敗の好成績を挙げ、翌9月場所での新十両昇進を決めた。

「朝翠龍」への改名と兄弟関取の誕生

この昇進を機に、四股名を本名の「石崎」から「朝翠龍」へと改名した。「朝」は高砂部屋の伝統、「龍」は明徳義塾高校にちなみ、間には兄の「朝紅龍」と対になるような色鮮やかな「翠(みどり)」の字を据え、兄弟揃っての関取誕生となった。また、この場所は同部屋の朝白龍が新十両、朝乃山が再十両に昇進しており、高砂部屋から3人が同時に十両昇進を果たすという活気に満ちた話題の場所ともなった。

十両の土俵と持ち味の突き押し相撲

西十両12枚目で迎えた、令和7年(2025年)9月の新十両場所は7勝8敗と負け越したものの、続く11月場所では9勝6敗と関取として初めての勝ち越しを経験した。令和8年(2026年)1月場所でも10勝5敗と二桁の勝ち星を挙げるなど、関取の土俵にも定着している。

持ち味である出足の鋭さと、勢いのある速い相撲を武器に土俵を沸かせている。同じ部屋に所属する兄・朝紅龍と切磋琢磨しながら、自らの四股名のごとく瑞々しい躍動感にあふれる取り口を磨いている。

💡 大阪府出身一覧💡 高砂部屋の力士

四股名
朝翠龍 涼馬(あさすいりゅう りょうま)
最高位
十両2枚目
最新番付
西 十両4枚目
出身地
大阪府 四條畷市
本名
石崎 涼馬
生年月日
平成12年(2000)8月9日(25歳)
身長・体重
174cm・117kg
出身高校
明徳義塾高校
出身大学
日本体育大学
所属部屋
高砂部屋
改名歴
石崎 → 朝翠龍
初土俵
令和6年(2024)7月・幕下60付出(23歳11ヵ月)
新十両
令和7年(2025)9月(25歳1ヵ月)
優勝
無し
通算成績
67勝43敗0休/110出場(勝率:60.9%)
直近7場所
32勝29敗(幕下以下:10勝4敗)
7場所勝率
56.0%
得意技
押し
決まり手傾向(直近7場所)
朝翠龍が勝ちの決まり手(42勝)
寄り切り24
押し出し10
寄り倒し4
下手投げ2
上手捻り1
掬い投げ1
朝翠龍が負けの決まり手(32敗)
叩き込み11
押し出し5
寄り切り3
小手投げ3
突き落とし2
押し倒し2
その他6
令8年5月
西 十両4枚目(2枚半降下)
0勝1敗
●    |     |     
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年3月
東 十両2枚目(5枚半上昇・最高位更新)
6勝9敗
●○●●○|●○○●●|○●●●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年1月
西 十両7枚目(5枚上昇・最高位更新)
10勝5敗
●●●●○|○○○○○|●○○○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

▼ さらに過去の成績(4場所分)を見る
令7年11
西 十両12枚目(変動なし)
9勝6敗
○●○●○|●○○●○|○●○●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年9月
西 十両12枚目(3枚半上昇・最高位更新)
7勝8敗
○●○●○|○●●○○|●○●●●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年7月
東 幕下2枚目(2枚上昇)
6勝1敗
-○○-○|-●-○-|○--○-
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年5月
東 幕下4枚目
4勝3敗
●-○-○|-○●--|○---●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

旭海雄 蓮

旭海雄 蓮(きょくかいゆう れん)はモンゴル バヤンホンゴル出身、大島部屋の力士。令和8年5月場所の番付は最高位更新となる東 十両4枚目。

14歳の時に柔道とブフ(モンゴル相撲)を始めて実績を残し、当初は柔道での日本留学を志していた。しかし、新名学園旭丘高校(神奈川県)が現地で実施した相撲部の留学生選抜試験に成り行きで参加して合格を果たし、同校の相撲留学1期生として来日する。その後、日本体育大学へと進学して相撲部で研鑽を積んだ。のちに幕内力士となる大の里や阿武剋、朝翠龍とは大学の同級生であり、特に阿武剋とは高校時代からの同期にあたる。大学卒業後、6代大島(元関脇・旭天鵬)が率いる大島部屋へ入門し、角界への道を歩み始めた。

部屋伝統の四股名と各段での躍進

令和5年(2023年)11月場所で初土俵を踏む。四股名の「旭海雄」は、大島部屋伝統の「旭」の字に、本名(ダライバートル=モンゴル語で「海の英雄」)の意味に由来する「海」と「雄」を組み合わせて名付けられた。

初めて番付に名前が載った令和6年(2024年)1月場所から順調に勝ち星を重ね、同年5月場所には7戦全勝で三段目優勝を飾る。その後も幕下で着実に勝ち越しを続け、番付を上げていった。

新十両昇進と部屋初の快挙

令和7年(2025年)7月場所において、東幕下筆頭で5勝2敗の好成績を挙げる。この結果が評価され、場所後の番付編成会議を経て翌9月場所での新十両昇進が決定した。これは6代大島が部屋を継承して以降、直弟子としては初めての関取誕生であった。

しかし、新十両として迎えた9月場所は6勝9敗と負け越し、1場所で幕下へ陥落する試練を味わうこととなった。だが、翌11月場所を西幕下筆頭で5勝2敗と勝ち越し、すぐさま十両復帰を決めた。

関取の土俵に舞い戻ったあとはコンスタントに白星を重ねており、持ち前の地力を存分に発揮している。学生時代から切磋琢磨した同級生たちに続くべく、さらなる上位への定着を目指して大相撲の土俵で奮闘を続けている。

💡 モンゴル出身一覧💡 大島部屋の力士

四股名
旭海雄 蓮(きょくかいゆう れん)
最高位
十両4枚目
最新番付
東 十両4枚目
出身地
モンゴル バヤンホンゴル
本名
シャグダルスレン・ダライバートル  
生年月日
平成12年(2000)4月4日(26歳)
身長・体重
183cm・164kg
出身高校
旭丘高校
出身大学
日本体育大学
所属部屋
大島部屋
初土俵
令和5年(2023)11月(23歳7ヵ月)
新十両
令和7年(2025)9月(25歳5ヵ月)
優勝
三段目優勝1回
通算成績
84勝39敗0休/123出場(勝率:68.3%)
直近7場所
26勝20敗(幕下以下:15勝6敗)
7場所勝率
61.2%
得意技
押し・左四つ・寄り
決まり手傾向(直近7場所)
旭海雄が勝ちの決まり手(40勝)
寄り切り20
寄り倒し5
押し出し5
引っ掛け1
浴せ倒し1
押し倒し1
その他7
旭海雄が負けの決まり手(26敗)
寄り切り9
上手投げ4
押し出し4
掬い投げ2
下手投げ2
上手出し投げ1
その他4
令8年5月
東 十両4枚目(3枚半上昇・最高位更新)
1勝0敗
○    |     |     
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年3月
西 十両7枚目(5枚上昇・最高位更新)
9勝6敗
○○○○●|●○○●○|●●○○●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年1月
西 十両12枚目(3枚上昇・最高位更新)
10勝5敗
○●○○○|●○●●○|●○○○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

▼ さらに過去の成績(4場所分)を見る
令7年11
西 幕下筆頭(2枚半降下)
5勝2敗
●-○-○|-●-○-|○--○-
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年9月
東 十両13枚目(2枚上昇・最高位更新)
6勝9敗
●○○●●|●○●●●|●○○○●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年7月
東 幕下筆頭(4枚上昇・最高位更新)
5勝2敗
●-○-●|-○-○-|○--○-
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年5月
東 幕下5枚目
5勝2敗
-○-○●|-●-○○|---○-
取組詳細(対戦相手・決まり手)

千代の海 明太郎

千代の海 明太郎(ちよのうみ めいたろう)は高知県 幡多郡黒潮町出身、九重部屋の力士で最高位は十両8枚目。令和6年7月場所の番付は西 幕下43枚目。

日本体育大学4年次の全国学生相撲選手権大会では副主将として団体優勝に貢献した。平成27年5月に初土俵。序ノ口での全勝優勝を皮切りに序二段、三段目と優勝を重ねて6場所目には幕下上位まで駆け上がったが右肘の手術により3場所連続休場。いちどは番付を下げたが復帰後は順調に番付をあげて平成30年7月場所で新十両。四股名の「海」は、憧れの力士で母親も大ファンだった千代大海から一字を頂いた

四股名
千代の海 明太郎(ちよのうみ めいたろう)
最高位
十両8枚目
最新番付
西 幕下43枚目
出身地
高知県 幡多郡黒潮町
本名
濱町 明太郎
生年月日
平成5年(1993)1月11日(33歳)
出身高校
宿毛高校
出身大学
日本体育大学
所属部屋
九重部屋
改名歴
濱町⇒千代の海
初土俵
平成27年(2015)5月(22歳4ヵ月)
新十両
平成30年(2018)7月(25歳6ヵ月)
優勝
三段目優勝1回,序二段優勝1回,序ノ口優勝1回
通算成績
239勝213敗47休/444出場(勝率:53.8%)
直近7場所
15勝26敗2休(十両:4勝11敗)
7場所勝率
38.8%
令6年7月
西 幕下43枚目(35枚半降下)
2勝5敗
     |     |     
令6年5月
東 幕下8枚目(3枚半上昇)
0勝5敗2休
-●-●-|●-●●-|ややややや
令6年3月
西 幕下11枚目(7枚半降下)
4勝3敗
-○●--|●○--○|-●○--
令6年1月
東 幕下4枚目(3枚上昇)
2勝6敗
○--○●|-●-●-|●-●-●
令5年11月
東 幕下7枚目(3枚降下)
4勝3敗
-○○--|○●--○|●--●-
令5年9月
東 幕下4枚目(3枚半降下)
3勝4敗
●--○●|-●-●-|○-○--
令5年7月
西 十両14枚目
4勝11敗
●●●●○|●○○●●|●●○●●

肥後ノ城 政和

肥後ノ城 政和(ひごのじょう まさかず)熊本県熊本市南区出身、木瀬~北の湖~木瀬部屋の元力士で、最高位は十両9枚目

平成19年(2007)11月場所に23歳0ヶ月で初土俵を踏み、令和3年(2021)11月場所を最後に引退(37歳0ヶ月)。

通算成績は307勝295敗4休601出場。生涯勝率.510。通算83場所中、44場所を勝ち越した(勝ち越し率.537)。

主な成績は幕下優勝1回(同点1),三段目優勝1回序ノ口優勝1回

昭和59年(1984)11月5日生まれ。本名は緒方 政和。

日本体育大では主将を務めた。大学卒業後、地元でスポーツインストラクターとして勤務していたが一念発起して大相撲界入りを決意。

四股名
肥後ノ城 政和(ひごのじょう まさかず)
最高位
十両9枚目
出身地
熊本県下益城郡城南町 → 熊本県熊本市 → 熊本県熊本市南区
本名
緒方 政和
生年月日
昭和59年(1984)11月5日
出身高校
熊本農業高校
出身大学
日本体育大学
所属部屋
木瀬~北の湖~木瀬部屋
改名歴
緒方 政和 → 肥後ノ城 政和
初土俵
平成19年(2007)11月 前相撲(23歳0ヶ月)
新十両
平成25年(2013)11月(所要35場所)
29歳0ヶ月(初土俵から6年0ヶ月)
最終場所
令和3年(2021)11月(37歳0ヶ月)
大相撲歴
83場所(14年0ヶ月)
通算成績
307勝295敗4休601出場(勝率.510)
通算83場所
勝ち越し44場所(勝ち越し率.537)
優勝等
幕下優勝1回(同点1),三段目優勝1回序ノ口優勝1回
十両戦歴
26勝34敗0休60出場(勝率.433)
在位4場所(在位率.048)
勝ち越し1場所(勝ち越し率.250)
幕下以下歴
281勝261敗4休541出場(勝率.518)
在位78場所(在位率.940)
勝ち越し43場所(勝ち越し率.551)


宮乃風 陽

宮乃風 陽(みやのかぜ よう)は沖縄県 名護市出身、中村部屋の力士で最高位は十両10枚目。令和8年5月場所の番付は西 三段目10枚目。

小1の頃から名護クラブで相撲を始める。また小学生の頃はレスリングでも身体を鍛えていた。名護市立大宮中学を経て沖縄県立北部農林高校へと進学、個人・団体共に活躍をみせる。大学は日本体育大学へと進学し2年次に全国学生85㎏未満級優勝をはじめ数々の大会で優秀な成績をおさめた。

💡 沖縄県出身一覧💡 中村部屋の力士

四股名
宮乃風 陽(みやのかぜ よう)
最高位
十両10枚目
最新番付
西 三段目10枚目
出身地
沖縄県 名護市
本名
宮城 陽
生年月日
平成11年(1999)1月30日(27歳)
身長・体重
172cm・116.8kg
出身高校
北部農林高校
出身大学
日本体育大学
所属部屋
尾車 → 二所ノ関 → 中村部屋
改名歴
宮城 → 宮乃風
初土俵
令和3年(2021)5月(22歳4ヵ月)
新十両
令和7年(2025)5月(26歳4ヵ月)
優勝
無し
通算成績
119勝97敗12休/215出場(勝率:55.3%)
直近7場所
4勝6敗12休(十両:17勝28敗)
7場所勝率
38.9%
得意技
押し
決まり手傾向(直近7場所)
宮乃風が勝ちの決まり手(21勝)
押し出し4
引き落とし3
寄り切り2
下手捻り2
突き落とし2
送り出し2
その他6
宮乃風が負けの決まり手(34敗)※不戦敗1含む
押し出し9
叩き込み5
上手投げ3
寄り倒し3
寄り切り3
送り出し3
その他7
令8年5月
西 三段目10枚目(41枚降下)
0勝0敗1休
休場
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年3月
西 幕下30枚目(22枚降下)
0勝0敗7休
休場
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年1月
西 幕下8枚目(4枚降下)
1勝2敗4休
○--●-|■やややや|ややややや
取組詳細(対戦相手・決まり手)

▼ さらに過去の成績(4場所分)を見る
令7年11
西 幕下4枚目(8枚降下)
3勝4敗
○-●--|●●-○-|●-○--
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年9月
西 十両10枚目(4枚上昇・最高位更新)
3勝12敗
●●●●●|○●●●○|●○●●●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年7月
西 十両14枚目(1枚半降下)
8勝7敗
○○●○○|○●●●●|●○○●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年5月
東 十両13枚目
6勝9敗
●●●○●|○○○○●|●●○●●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

千代桜 右京

前相撲から所要8場所で十両に昇進、将来を期待されたが十両2場所目に頚椎を損傷。スピード出世だったため大銀杏を結う間もなく24歳で廃業となった

  • 四股名 :千代桜 右京(ちよざくら うきょう)
  • 最高位 :十両11枚目
  • 出身地 :東京都世田谷区
  • 本 名 :立野 卓
  • 生年月日:昭和62年(1987)9月17日
  • 出身大学:日本体育大学
  • 所属部屋:九重部屋
  • 改名歴 :立野⇒千代桜
  • 初土俵 :平成22年(2010)3月(22歳6ヵ月)
  • 新十両 :平成23年(2011)9月(24歳0ヵ月)
  • 最終場所:平成24年(2012)7月(24歳10ヵ月)
  • 生涯戦歴:47勝27敗26休/73出場(13場所)
  • 生涯勝率:63.5%
  • 優勝等 :三段目優勝1回,序二段優勝1回
  • 十両戦歴:8勝17敗5休(2場所)勝率:32.0%

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