『現行相撲部屋』カテゴリー記事-Part4

大嶽部屋力士の番付・星取表・基礎情報を網羅した現役力士一覧

大嶽(おおたけ)部屋の現役力士の番付と成績、そして基礎情報をまとめてご紹介します。

この記事では様々な情報を網羅した力士一覧表をご用意しております。

最新場所である令和8年3月場所の番付はもちろん、過去6場所分の成績を確認することができます。

また、表の内容はボタンによって切り替えることができ、通算成績や力士の基礎情報などもシームレスに知るこができます。

最新場所については日々の対戦相手と勝敗が一目で分かる星取表もご覧頂けます。場所中は日々更新していきますので、観戦のお供にぜひご活用ください。

当サイトでは全ての部屋と出身地についても同様のページをご用意しております。

他の部屋の番付と成績も見てみたい方は部屋目次より選んでください。出身地毎の番付・成績は出身地別目次からどうぞ。

相撲部屋や出身地ごとの場所の成績からランキングを作成しております。初場所、好調な相撲部屋や力士の出身地はどこ?

この他にも大嶽部屋と、その前身である大鵬部屋の過去から現在までの主な関取たちををまとめた記事もありますので併せてご覧ください。

大嶽部屋の基本情報
一門
:二所ノ関一門
創設
:昭和46年(1971年)12月1日 大鵬部屋として創設
創設者
:一代年寄・大鵬 幸喜 (元横綱・大鵬 幸喜)
改称
:平成16年(2004年)1月1日 大嶽部屋へと改称
改称者
:第16代・大嶽 忠茂 (元関脇・貴闘力 忠茂)
現師匠
:第18代・大嶽 大輔 (元前頭9枚目・玉飛鳥 大輔)
所在地
:東京都江東区清澄2-8-3 📍地図
サイト
スポンサーリンク

力士一覧表(番付・星取表・成績・経歴)

No 四股名 直近7場所 成績 直近7場所 勝率 番付 (令8.3) 3月場所 成績 令和8年3月場所星取表 S1 番付 推移 変動 枚数 番付 (令8.1) 1月場所 成績 令和8年1月場所星取表 S2 番付 推移 変動 枚数 番付 (令7.11) 11月場所 成績 令和7年11月場所星取表 S3 番付 推移 変動 枚数 番付 (令7.9) 9月場所 成績 令和7年9月場所星取表 S4 番付 推移 変動 枚数 番付 (令7.7) 7月場所 成績 令和7年7月場所星取表 S5 番付 推移 変動 枚数 番付 (令7.5) 5月場所 成績 令和7年5月場所星取表 s6 番付 推移 変動 枚数 番付 (令7.3) 3月場所 成績 令和7年3月場所星取表 初日 2日目 3日目 4日目 5日目 6日目 7日目 中日 9日目 10日目 11日目 12日目 13日目 14日目 千秋楽 最高位 出身地 部屋 一門 年齢 生年月日 大相撲歴 本名 旧四股名 旧所属 身長(㎝) 体重(㎏) BMI 出身高校 出身大学 初土俵 初土俵 年齢 新十両 新十両 年齢 新入幕 新入幕 年齢 新小結 新小結 年齢 新関脇 新関脇 年齢 大関昇進 大関昇進 年齢 横綱昇進 横綱昇進 年齢 幕内 優勝 十両 優勝 幕下 優勝 三段目 優勝 序二段 優勝 序ノ口 優勝 技能賞 殊勲賞 敢闘賞 金星 通算 勝利数 通算 敗数 通算 休数 出場回数 通算 勝率(%) s誕生日 s初土俵 s新十両 s新入幕 s新小結 s新関脇 s大関昇進 s横綱昇進 s初土俵年齢 s新十両年齢 s新入幕年齢 s新小結年齢 s新関脇年齢 s大関昇進年齢 s横綱昇進年齢 s7場所勝敗 s1勝敗 s2勝敗 s3勝敗 s4勝敗 s5勝敗 s6勝敗 s7勝敗 s2順 s3順 s4順 s5順 s6順 s7順 s1シフト s2シフト s3シフト s4シフト s5シフト s6シフト sしこな s最高位 s出身ふりがな s部屋ふりがな s7勝率 s勝 s敗 s休 s出 s勝率 s幕優 s十 s下 s三 s二 s口 s技 s殊 s敢 s金
スポンサーリンク

大嶽部屋の情報

📊 大嶽部屋の所属力士構成と順位

所属力士
9人
34位
関取
1人
21位
幕下以下
8人
32位
幕内
1人
10位
十両
0人
幕下
1人
30位
三段目
3人
23位
序二段
2人
34位
序ノ口
2人
5位
スポンサーリンク

星取表

対戦相手と決まり手、勝敗が分かります。対戦相手をクリックすると、互いの詳細情報が確認できます。

四股名 初日 2日目 3日目 4日目 5日目 6日目 7日目 中日 9日目 10日目 11日目 12日目 13日目 14日目 千秋楽
王鵬
西・前頭3
7勝8敗
東京都
大嶽部屋

寄り切り
平戸海
長崎県
境川部屋

寄り切り
隆の勝
千葉県
湊川部屋

押し出し
大栄翔
埼玉県
追手風部屋

突き落とし
琴勝峰
千葉県
佐渡ヶ嶽部屋

押し出し
一山本
北海道
放駒部屋

極め出し
安青錦
ウクライナ
安治川部屋

寄り倒し
豊昇龍
モンゴル
立浪部屋

寄り倒し
阿武剋
モンゴル
阿武松部屋

押し出し
琴櫻
千葉県
佐渡ヶ嶽部屋

寄り切り
高安
茨城県
田子ノ浦部屋

寄り切り
若元春
福島県
荒汐部屋

肩透かし
熱海富士
静岡県
伊勢ヶ濱部屋

寄り倒し
霧島
モンゴル
音羽山部屋

突き落とし
義ノ富士
熊本県
伊勢ヶ濱部屋

掬い投げ
藤ノ川
京都府
伊勢ノ海部屋
夢道鵬
西・幕下10
3勝4敗
東京都
大嶽部屋

引き落とし
豪刃雄
兵庫県
武隈部屋

 
 
 
 

掛け投げ
花岡
熊本県
境川部屋

 
 
 
 

 
 
 
 

不戦勝
三重ノ富士
三重県
伊勢ヶ濱部屋

押し出し
可貴
石川県
追手風部屋

 
 
 
 

 
 
 
 

押し出し
伊波
鹿児島県
尾上部屋

 
 
 
 

押し倒し
吉井
静岡県
時津風部屋

上手出し投げ
志摩ノ海
三重県
木瀬部屋

 
 
 
 

 
 
 
 
大新海
西・三段目6
2勝5敗
新潟県
大嶽部屋

寄り切り
穂嵩
熊本県
尾上部屋

 
 
 
 

肩透かし
滑翔
兵庫県
山響部屋

 
 
 
 

叩き込み
清乃海
長野県
玉ノ井部屋

 
 
 
 

 
 
 
 

足取り
千代太陽
東京都
九重部屋

引き落とし
安芸乃山
広島県
高田川部屋

 
 
 
 

押し出し
鷹翔
埼玉県
湊部屋

 
 
 
 

 
 
 
 

寄り切り
濱ノ海
神奈川県
時津風部屋

 
 
 
 
納谷
西・三段目24
4勝3敗
東京都
大嶽部屋

引き落とし
家の島
兵庫県
山響部屋

 
 
 
 

 
 
 
 

寄り切り
東俊隆
東京都
玉ノ井部屋

上手投げ
寒風山
秋田県
中村部屋

 
 
 
 

 
 
 
 

引き落とし
優力勝
東京都
湊川部屋

 
 
 
 

つきひざ
今村
兵庫県
二所ノ関部屋

叩き込み
周志
奈良県
木瀬部屋

 
 
 
 

突き落とし
松田
鳥取県
境川部屋

 
 
 
 

 
 
 
 
虎徹
西・三段目30
3勝4敗
三重県
大嶽部屋

 
 
 
 

押し倒し
朝氣龍
三重県
高砂部屋

 
 
 
 

押し出し
大和湖
埼玉県
山響部屋

叩き込み
川村
三重県
鳴戸部屋

 
 
 
 

引き落とし
羅漢児
大分県
二所ノ関部屋

 
 
 
 

押し出し
大志松
千葉県
阿武松部屋

 
 
 
 

押し出し
若輝元
山口県
錣山部屋

 
 
 
 

 
 
 
 

寄り切り
荒雄山
東京都
阿武松部屋

 
 
 
 
新屋敷
西・序二段12
3勝4敗
埼玉県
大嶽部屋

 
 
 
 

突き落とし
出羽ノ城
栃木県
出羽海部屋

叩き込み
貴大将
東京都
湊川部屋

 
 
 
 

 
 
 
 

上手投げ
浜田山
東京都
芝田山部屋

 
 
 
 

突き落とし
流武丸
岐阜県
武蔵川部屋

突き出し
象竜
長野県
音羽山部屋

 
 
 
 

 
 
 
 

肩透かし
北勝真
長野県
八角部屋

 
 
 
 

引き落とし
筑波山
茨城県
立浪部屋

 
 
 
 
坂井
西・序二段30
4勝3敗
福岡県
大嶽部屋

 
 
 
 

押し出し
大典翔
愛知県
追手風部屋

寄り倒し
関塚
愛知県
田子ノ浦部屋

 
 
 
 

押し出し
颯雅
埼玉県
二子山部屋

 
 
 
 

寄り倒し
朝東
高知県
高砂部屋

 
 
 
 

 
 
 
 

突き落とし
福生龍
東京都
湊部屋

 
 
 
 

押し出し
信正道
兵庫県
山響部屋

 
 
 
 

 
 
 
 

寄り切り
富豊
富山県
時津風部屋
森麗
西・序ノ口14
2勝5敗
千葉県
大嶽部屋

 
 
 
 

寄り切り
輝の里
愛媛県
田子ノ浦部屋

 
 
 
 

寄り切り
若佐々木
青森県
西岩部屋

 
 
 
 

寄り倒し
美浪
岡山県
秀ノ山部屋

押し出し
旭漣眞
神奈川県
大島部屋

 
 
 
 

 
 
 
 

押し出し
潮来桜
茨城県
式秀部屋

押し倒し
旭大陽
北海道
大島部屋

 
 
 
 

 
 
 
 

寄り切り
兎富士
千葉県
伊勢ヶ濱部屋

 
 
 
 
須崎
東・序ノ口15
1勝0敗6休
岐阜県
大嶽部屋

 
 
 
 

 
 
 
 

 
 
 
 

 
 
 
 

 
 
 
 

 
 
 
 

 
 
 
 

 
 
 
 

 
 
 
 

 
 
 
 

 
 
 
 

 
 
 
 

押し出し
千代真山
千葉県
九重部屋

 
 
 
 

 
 
 
 
スポンサーリンク

日ごとの成績

日ごとの成績で、好不調が分かります。

トータル 初日 2日目 3日目 4日目 5日目 6日目 7日目 中日 9日目 10日目 11日目 12日目 13日目 14日目 千秋楽
65取組
29勝
36敗
勝敗差-7
4取組
1勝
3敗
-2
5取組
2勝
3敗
-1
5取組
1勝
4敗
-3
4取組
0勝
4敗
-4
5取組
1勝
4敗
-3
4取組
4勝
0敗
+4
5取組
1勝
4敗
-3
4取組
3勝
1敗
+2
4取組
2勝
2敗
±0
5取組
5勝
0敗
+5
5取組
3勝
2敗
+1
4取組
3勝
1敗
+2
4取組
1勝
3敗
-2
5取組
2勝
3敗
-1
2取組
0勝
2敗
-2
スポンサーリンク

📊 大嶽部屋 本場所成績

成績
36敗
29勝
37位
6休
勝率
44.6%
34位
勝ち越し人数
2人 / 9人中
38位
勝ち越し率
22.2%
41位

大嶽部屋力士を検索

文字サイズ:
Sponsored

大嶽部屋力士一覧

森麗 勇樹

森麗 勇樹(もりうらら ゆうき)は千葉県 千葉市若葉区出身、大嶽部屋の力士で最高位は序二段56枚目。令和8年3月場所の番付は西 序ノ口14枚目。

小学校の頃から相撲を始め、中学3年だった平成14年(2002年)夏に当時の大鵬部屋へ体験入門する。本来は1週間の予定であったが、居心地の良さから3週間に延長するほど相撲への愛着を見せた。その縁から部屋付きの12代二子山(のちの17代大嶽・大竜)にスカウトされ、平成15年(2003年)5月場所に本名の「森川」の四股名で初土俵を踏む。旧大鵬部屋に入門した最後の力士であり、元横綱・大鵬の直弟子としては最後の現役力士となった。

スポンサーリンク

不屈の連敗・負け越し記録

入門当初は「茶碗一つろくに洗えず、箒も使えなかった」と言われるほど不器用であり、土俵でも初めて番付に載った平成15年(2003年)7月場所から32連敗を喫した。その後も白星は増えたものの勝ち越しには至らず、平成19年(2007年)5月場所において「新出世から24場所連続負け越し」という昭和以降のワースト記録を更新してしまう。師匠格の元・大竜からは何度も引退を勧められたが、その度に「やめたくない」と涙ながらに訴え、当時の師匠であった16代大嶽(元関脇・貴闘力)の「引退後も責任を持つ」という後押しもあって土俵に踏みとどまった。

「森麗」への改名と悲願の勝ち越し

連続負け越し記録が38場所に達して迎えた平成21年(2009年)11月場所前、デビューからの連敗記録で全国的なブームを巻き起こしていた地方競馬の「ハルウララ」にあやかり、四股名を「森麗(もりうらら)」へと改名する。序ノ口力士としては異例となる約20人の報道陣を集めた改名会見を経て、この場所の7番相撲に勝利し、見事自身初の勝ち越しを決めた。

平成25年(2013年)1月場所の7日目には、部屋の創設者である大鵬が死去する悲報に見舞われる。訃報の翌日となった中日(なかび)の取組では、同部屋の力士たちが相次いで黒星を喫する中、ただ一人白星を挙げて大鵬へと捧げ、自身もこの場所を勝ち越しへと繋げる勝負強さを見せた。

スポンサーリンク

部屋の生き字引としての土俵人生

体験入門に来た未経験の高校生や、当時小学6年生であった納谷幸之介(のちの王鵬)に稽古場で敗れるなど、実力面での苦闘は続いた。それでも、元幕内・大砂嵐の十両昇進から引退まで一貫して付け人を務め上げ、大鵬から貴闘力、大竜、玉飛鳥と延べ4人の師匠に仕え続けるなど、長年にわたり部屋を陰から支え続けている。

平成29年(2017年)3月場所からは、部屋の世話人である勇鵬と17代大嶽(元・大竜)から一字ずつをもらった「勇竜 麗(いさみりゅう れい)」へと四股名を改めた。同年7月場所から再び「森麗」へと戻しているが、その直後の同年9月に世話人の勇鵬が急逝しており、結果として恩人への深い思いを込めた数場所の改名となった。

怪我による休場で番付外への転落危機を味わいながらも土俵を守り続け、令和7年(2025年)9月場所に四股名の由来となった競走馬のハルウララが死去した際には「供養のために勝ちたかった」と悼む言葉を残した。令和8年(2026年)3月場所では「39場所連続負け越し」となり自身の持つワースト記録をさらに更新してしまったが、相撲に対する純粋な愛情と執念を胸に、今日も土俵に上がり続けている。

💡 千葉県出身一覧💡 大嶽部屋の力士

四股名
森麗 勇樹(もりうらら ゆうき)
最高位
序二段56枚目
最新番付
西 序ノ口14枚目
出身地
千葉県 千葉市若葉区
本名
森川 勇樹
生年月日
昭和62年(1987)6月16日(38歳)
身長・体重
167.8cm・134.2kg
所属部屋
大鵬 → 大嶽部屋
改名歴
森川⇒森麗⇒勇竜 → 森麗
初土俵
平成15年(2003)5月(15歳11ヵ月)
優勝
無し
通算成績
292勝642敗13休/933出場(勝率:31.3%)
直近7場所
12勝37敗
7場所勝率
24.5%
決まり手傾向(直近7場所)
森麗が勝ちの決まり手(12勝)※不戦勝1含む
押し出し4
寄り切り4
寄り倒し2
押し倒し1
森麗が負けの決まり手(37敗)
寄り切り15
押し出し10
押し倒し2
小手投げ2
引き落とし2
突き出し1
その他5
令8年3月
西 序ノ口14枚目(2枚半降下)
2勝5敗
-●-●-|○●--○|●--●-
取組詳細(対戦相手・決まり手)

スポンサーリンク
令8年1月
東 序ノ口12枚目(6枚上昇)
1勝6敗
●-●--|●●-●-|●-○--
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年11
東 序ノ口18枚目(5枚半降下)
3勝4敗
-●●--|●○--○|-□●--
取組詳細(対戦相手・決まり手)

▼ さらに過去の成績(4場所分)を見る
令7年9月
西 序ノ口12枚目(2枚上昇)
1勝6敗
-●-●-|●-●○-|-●●--
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年7月
西 序ノ口14枚目(12枚半降下)
3勝4敗
-●○-●|-○--○|-●●--
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年5月
東 序ノ口2枚目(変動なし)
1勝6敗
●-●--|○●--●|●-●--
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年3月
東 序ノ口2枚目
1勝6敗
●-●--|●●-●-|●-○--
取組詳細(対戦相手・決まり手)

新屋敷 勇希

新屋敷 勇希(しんやしき ゆうき)は埼玉県 吉川市出身、大嶽部屋の力士で最高位は三段目15枚目。令和8年3月場所の番付は西 序二段12枚目。

力士を志したきっかけは、自身が生まれるはるか前の昭和47年(1972年)秋場所千秋楽における、共に関脇であった輪島(のちの横綱)と貴ノ花(のちの大関)の歴史的な一戦の映像を観て深く感動したことであった。その相撲への熱い思いを胸に、15歳の時に家出して大嶽部屋へ入門を志願するというガッツを見せ、平成25年(2013年)11月場所に本名の「新屋敷」の四股名で初土俵を踏んだ。

絵を描くことを趣味とするなど多趣味で多才な一面を持ち、自身の作ったちゃんこを褒められると心底嬉しそうな表情を見せるなど、魅力あふれる人柄で周囲から親しまれている。土俵上では「体は小さいが負けん気の強い頑張り屋」と評されるように、小柄な体格ながら序二段から三段目の地位で地道に鍛錬を重ねてきた。

令和6年(2024年)3月場所では西三段目73枚目で6勝1敗の好成績を挙げ、同年9月場所では東三段目15枚目まで番付を上げた。入門から10年以上が経過して部屋の中堅力士となり、後輩たちの手本としても汗を流しながら、関取昇進を目標に日々黙々と土俵を務めている。

💡 埼玉県出身一覧💡 大嶽部屋の力士

四股名
新屋敷 勇希(しんやしき ゆうき)
最高位
三段目15枚目
最新番付
西 序二段12枚目
出身地
埼玉県 吉川市
本名
新屋敷 勇希
生年月日
平成10年(1998)1月31日(28歳)
身長・体重
171.3cm・111.1kg
所属部屋
大嶽部屋
初土俵
平成25年(2013)11月(15歳10ヵ月)
優勝
無し
通算成績
238勝265敗8休/501出場(勝率:47.5%)
直近7場所
23勝24敗2休
7場所勝率
50.0%
決まり手傾向(直近7場所)
新屋敷が勝ちの決まり手(23勝)※不戦勝1含む
叩き込み5
寄り切り5
押し出し3
肩透かし2
上手投げ2
送り倒し1
その他4
スポンサーリンク
新屋敷が負けの決まり手(24敗)※不戦敗1含む
押し出し6
寄り倒し3
叩き込み3
上手投げ2
引き落とし2
突き落とし1
その他6
令8年3月
西 序二段12枚目(24枚上昇)
3勝4敗
-●●--|○-○●-|-○-●-
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年1月
西 序二段36枚目(28枚半降下)
4勝3敗
○-○-●|--○-●|○--●-
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年11
東 序二段8枚目(20枚上昇)
3勝2敗2休
-○■-や|ややや-○|-●--○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

▼ さらに過去の成績(4場所分)を見る
令7年9月
東 序二段28枚目(36枚降下)
4勝3敗
●-●-○|--●-○|-○○--
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年7月
東 三段目72枚目(19枚半上昇)
2勝5敗
-□○--|●-●-●|●--●-
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年5月
西 序二段11枚目(22枚半降下)
4勝3敗
●-○--|●○--●|-○-○-
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年3月
東 三段目69枚目
3勝4敗
-○-●○|--○●-|●--●-
取組詳細(対戦相手・決まり手)

坂井 翔一

坂井 翔一(さかい しょういち)は福岡県 みやま市出身、大嶽部屋の力士で最高位は三段目8枚目。令和8年3月場所の番付は西 序二段30枚目。

みやま市立下庄小学校3年から瀬高中学校の3年まで野球に打ち込み、キャッチャーとして汗を流した。相撲を始めたきっかけは、同郷である福岡県出身の琴奨菊に憧れたことであった。その後、クラーク記念国際高校(久留米キャンパス)へ進学し、卒業を控えた3年次に自ら進んで角界入りを志願する。平成26年(2014年)3月場所に大嶽部屋へ入門し、本名の「坂井」の四股名で初土俵を踏んだ。18歳で親元を離れた入門当初はホームシックにも悩まされたが、離れて暮らすことで親のありがたみを実感し、土俵への思いを強くしたという。

初土俵から間もない同年5月場所で四股名を「大誠竜(だいせいりゅう)」へと改め、翌平成27年(2015年)5月場所からは「大勢竜」へと字を変更した。その後、平成30年(2018年)1月場所から再び本名の「坂井」へと四股名を戻している。序二段から三段目の土俵で一進一退の攻防を続けながら、地道に経験を積み重ねてきた。

令和4年(2022年)5月場所では東三段目8枚目まで番付を上げた。入門から10年以上が経過して部屋の中堅力士となり、かつては勝つことだけにこだわっていた相撲から「自分の型を磨くこと」へと意識を変化させている。「できるところまで」という新弟子時代に掲げた言葉から、現在は「幕下に上がること」へと明確な目標を定め、日々黙々と土俵を務めている。

💡 福岡県出身一覧💡 大嶽部屋の力士

四股名
坂井 翔一(さかい しょういち)
最高位
三段目8枚目
最新番付
西 序二段30枚目
出身地
福岡県 みやま市
本名
坂井 翔一
生年月日
平成7年(1995)10月28日(30歳)
身長・体重
175cm・119.2kg
所属部屋
大嶽部屋
改名歴
坂井⇒大誠竜⇒大勢竜 → 坂井
初土俵
平成26年(2014)3月(18歳5ヵ月)
優勝
無し
通算成績
239勝258敗0休/497出場(勝率:48.1%)
直近7場所
24勝25敗
7場所勝率
49.0%
スポンサーリンク
決まり手傾向(直近7場所)
坂井が勝ちの決まり手(24勝)
押し出し12
突き落とし6
押し倒し2
肩透かし1
勇み足1
引き落とし1
その他1
坂井が負けの決まり手(25敗)
押し出し8
寄り倒し4
叩き込み4
引き落とし3
押し倒し2
寄り切り2
その他2
令8年3月
西 序二段30枚目(36枚半降下)
4勝3敗
-○●-○|-●--○|-○--●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年1月
西 三段目74枚目(36枚上昇)
2勝5敗
-●-●-|●-○●-|●--○-
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年11
西 序二段30枚目(31枚半降下)
5勝2敗
○-●--|○-○○-|-○--●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

▼ さらに過去の成績(4場所分)を見る
令7年9月
東 三段目79枚目(31枚半降下)
2勝5敗
●-●--|○-●-●|●--○-
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年7月
西 三段目47枚目(19枚半上昇)
2勝5敗
○-●-●|--●-○|●---●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年5月
東 三段目67枚目(34枚半上昇)
4勝3敗
-○●--|○-●○-|○---●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年3月
西 序二段21枚目
5勝2敗
○--○-|○○-○-|●--●-
取組詳細(対戦相手・決まり手)

王鵬 幸之介

王鵬 幸之介(おうほう こうのすけ)は東京都 江東区出身、大嶽部屋の力士で最高位は関脇。令和8年3月場所の番付は西 前頭3枚目。

第48代横綱・大鵬を祖父に、元関脇・貴闘力を父に持つ相撲一家の三男として育つ。幼少期より地元の相撲道場で稽古に励み、名門である埼玉栄高校へと進学。3年次には相撲部の主将を務め、国民体育大会での団体優勝に貢献するなどの実績を残した。

高校卒業を控えた平成30年(2018年)1月場所において、17代大嶽(元十両・大道)が師匠を務める大嶽部屋から初土俵を踏んだ。入門当初の四股名は、本名の「納谷」であった。

スポンサーリンク

序ノ口優勝と三世代にわたる関取誕生

初めて番付に名前が載った翌3月場所では、高校時代から切磋琢磨してきた同期入門の豊昇龍を破り、7戦全勝で序ノ口優勝を飾る。その後も順調に白星を重ね、同年9月場所で幕下へ昇進した。

以降は幕下上位の分厚い壁に挑みながら着実に地力を蓄え、幕下筆頭で迎えた令和2年(2020年)11月場所において6勝1敗と勝ち越す。初土俵から丸3年となる令和3年(2021年)1月場所、20歳11ヶ月の若さで新十両へ昇進した。

この関取昇進を機に、四股名を「王鵬」へと改名する。祖父の四股名から「鵬」の一字を受け継ぎ、「王道を進んでほしい」という願いが込められたものであった。これにより、祖父、父に続く三世代にわたる関取が誕生した。

幕内での躍進と初金星

新十両の場所は5勝10敗と大きく負け越して幕下へ陥落したが、再起後は安定した成績を積み重ねて十両を突破し、令和4年(2022年)1月場所で新入幕を果たす。恵まれた体格を生かした突き押しや、四つに組んでも取れる相撲を武器に幕内に定着し、令和6年(2024年)3月場所では横綱・照ノ富士を破って自身初となる金星を獲得した。

スポンサーリンク

因縁の優勝決定戦と新関脇への昇進

西前頭3枚目で迎えた令和7年(2025年)1月場所では、順調に白星を重ねて12勝3敗の好成績を挙げ、因縁のライバルである豊昇龍と優勝決定戦を争った。惜しくも敗れて優勝同点となったものの、その堂々たる戦いぶりから技能賞を受賞している。

続く同年3月場所では新関脇へと昇進した。この場所は6勝9敗と負け越して平幕へ番付を落としたが、直後の5月場所において、先の決定戦を制して横綱へと昇進していた豊昇龍から2つ目となる金星を奪う意地を見せた。その後も関脇や小結など三役の地位を含め、幕内上位で激闘を続けている。血脈の重圧を自らの力へと変え、さらなる高みを目指して現在の土俵を務めている。

💡 東京都出身一覧💡 大嶽部屋の力士

四股名
王鵬 幸之介(おうほう こうのすけ)
最高位
関脇
最新番付
西 前頭3枚目
出身地
東京都 江東区
本名
納谷 幸之介
生年月日
平成12年(2000)2月14日(26歳)
身長・体重
192cm・178kg
出身高校
埼玉栄高校
所属部屋
大嶽部屋
改名歴
納谷 → 王鵬
初土俵
平成30年(2018)1月(17歳11ヵ月)
新十両
令和3年(2021)1月(20歳11ヵ月)
新入幕
令和4年(2022)1月(21歳11ヵ月)
新小結
令和8年(2026)1月(25歳11ヵ月)
新関脇
令和7年(2025)3月(25歳1ヵ月)
優勝
序ノ口優勝1回
受賞・金星
技能賞1回,金星2個
通算成績
316勝268敗0休/583出場(勝率:54.2%)
直近7場所
48勝57敗
7場所勝率
45.7%
得意技
突き・押し
決まり手傾向(直近7場所)
王鵬が勝ちの決まり手(48勝)※不戦勝1含む
押し出し17
叩き込み10
肩透かし3
突き落とし3
寄り切り3
寄り倒し2
その他9
王鵬が負けの決まり手(57敗)
寄り切り17
押し出し11
上手投げ6
寄り倒し4
叩き込み4
突き落とし2
その他13
スポンサーリンク
令8年3月
西 前頭3枚目(3枚半降下)
7勝8敗
●●○●●|○●○●○|○○●○●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年1月
東 小結(半枚降下)
4勝11敗
●●●○○|●●○○●|●●●●●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年11
西 関脇(3枚上昇)
7勝8敗
○○●●●|○●●○●|●●○○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

▼ さらに過去の成績(4場所分)を見る
令7年9月
西 前頭2枚目(半枚降下)
10勝5敗
●●○○●|●○○○○|○●○○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年7月
東 前頭2枚目(半枚降下)
7勝8敗(金星)
●●●○□|●●●○●|○●○○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年5月
西 前頭筆頭(2枚降下)
7勝8敗
○○○●●|●●●●●|○●○○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年3月
西 関脇
6勝9敗
●●○●○|●●○○●|●●○○●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

大新海 健太

大新海 健太(だいしんかい けんた)は新潟県 糸魚川市出身、大嶽部屋の力士で最高位は幕下42枚目。令和8年3月場所の番付は西 三段目6枚目。

新潟市立桜が丘小学校を経て、新潟市立山潟中学校1年の頃から新潟市相撲教室で相撲を始める。相撲を強く勧めたのは大相撲が好きな父であり、「大相撲に行くことは中学時代から自分の中では決まっていた」という。高校は名門である新潟県立海洋高校へ進学し、水産資源科で学びながら、学生服のボタンが飛び散りそうなほど分厚い上半身を作り上げた。3年次には全国高校総体(インターハイ)で団体ベスト32に入るなどの実績を残した。

高校3年次の8月、学校の練習を見に来ていた17代大嶽(元十両・大竜)から「声を掛けなければ」と直感させるほどの佇まいを見込まれてスカウトを受ける。しかし、その直後の同年9月、最愛の父を亡くす悲別に見舞われた。卒業を控えた平成31年(2019年)2月に高校で行われた入門会見では、口元をきつく結び、「空から見守っているお父さんに心から伝えたい」「1日でも早く関取になって色々な方々に恩返しがしたい」と決意を語った。翌3月場所に本名の「大場」の四股名で初土俵を踏んだ。

フィリピン出身の母親を持ち、入門当初から同じくフィリピンにルーツを持つ高安を目標の力士として挙げている。入門時に掲げた「頭から突っ込んで突き押しを徹底する」という相撲を磨き、令和5年(2023年)11月場所から四股名を「大新海(だいしんかい)」へと改めた。三段目の壁に跳ね返される時期もあったが、地道に地力を蓄えて令和7年(2025年)5月場所で初の幕下昇進を果たした。亡き父との約束と恩返しの誓いを胸に、日々黙々と土俵を務めている。

💡 新潟県出身一覧💡 大嶽部屋の力士

四股名
大新海 健太(だいしんかい けんた)
最高位
幕下42枚目
最新番付
西 三段目6枚目
出身地
新潟県 糸魚川市
本名
大場 健太
生年月日
平成12年(2000)4月25日(25歳)
身長・体重
175.9cm・134.1kg
出身高校
新潟海洋高校
所属部屋
大嶽部屋
改名歴
大場 → 大新海
初土俵
平成31年(2019)3月(18歳11ヵ月)
優勝
無し
通算成績
144勝137敗6休/280出場(勝率:51.4%)
直近7場所
23勝26敗
7場所勝率
46.9%
決まり手傾向(直近7場所)
大新海が勝ちの決まり手(23勝)
押し出し11
叩き込み4
寄り切り3
押し倒し2
送り出し1
引き落とし1
その他1
大新海が負けの決まり手(26敗)
寄り切り8
押し出し7
叩き込み3
突き落とし2
突き出し1
肩透かし1
その他4
令8年3月
西 三段目6枚目(11枚半上昇)
2勝5敗
●-●-●|--●○-|○--●-
取組詳細(対戦相手・決まり手)

スポンサーリンク
令8年1月
東 三段目18枚目(19枚降下)
4勝3敗
○-●-●|-○--○|●--○-
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年11
西 幕下59枚目(17枚半降下)
2勝5敗
-●-●-|○-●●-|-○--●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

▼ さらに過去の成績(4場所分)を見る
令7年9月
東 幕下42枚目(19枚半上昇・最高位更新)
2勝5敗
-●○--|○-●●-|-●●--
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年7月
西 三段目筆頭(18枚降下)
5勝2敗
○-○--|○-○●-|-○--●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年5月
東 幕下44枚目(40枚半上昇・最高位更新)
2勝5敗
●-○-●|-●-●-|●---○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年3月
東 三段目23枚目
6勝1敗
-○-●-|○-○-○|○-○--
取組詳細(対戦相手・決まり手)

夢道鵬 幸成

夢道鵬 幸成(むどうほう こうせい)は東京都 江東区出身、大嶽部屋の力士で最高位は十両14枚目。令和8年3月場所の番付は西 幕下10枚目。

祖父に昭和の大横綱・大鵬、父に元関脇・貴闘力を持つ相撲一家に生まれ、納谷4兄弟の末っ子として育つ。5歳の頃から江東青龍館に通って相撲を始め、中央区立有馬小学校6年次には全日本小学生相撲優勝大会に出場する。中学校はさいたま市立大宮西中学校へ進学し、3年次に全国都道府県中学生相撲選手権大会へ出場したほか、全国中学校相撲選手権大会では団体ベスト8、個人ベスト32の成績を残した。その後は相撲の名門である埼玉栄高校へ進学して腕を磨き、高校3年次には全国高校総体(インターハイ)の個人戦でベスト32に入った。卒業後は、三男の納谷幸之介(のちの幕内・王鵬)に続いて、祖父が創設した大鵬部屋を前身とする大嶽部屋の門を叩いた。

スポンサーリンク

各段での躍進と幕下の壁

令和元年(2019年)11月場所に初土俵を踏む。四股名は「夢道鵬(むどうほう)」と名付けられた。これは、祖父の大鵬が好んで揮毫した「夢」、埼玉栄高校相撲部の恩師である山田道紀監督の「道」、そして大鵬の「鵬」の字を組み合わせたものである。

序ノ口、序二段とそれぞれ1敗の好成績で通過し、令和2年(2020年)5月場所では三段目で7戦全勝を記録するが、優勝決定戦で敗れて各段優勝は逃した。同年9月場所では早くも幕下へ昇進する。しかし、そこからは幕下の厚い壁に跳ね返されることとなる。令和4年(2022年)3月場所では東幕下33枚目で7戦全敗を喫して三段目へ陥落し、復帰した同年7月場所でも1番相撲で右肩を痛めて途中休場となり、再び三段目へ落ちるなど苦しい時期を経験した。

幕下全勝優勝と新十両昇進

怪我や不調を乗り越えて幕下に定着してからは、一進一退を繰り返しながらも地道に地力を蓄えていく。自己最高位を徐々に更新して迎えた令和7年(2025年)1月場所、東幕下44枚目の地位で自身初となる7戦全勝での幕下優勝を飾った。翌3月場所でも西幕下3枚目で4勝3敗と勝ち越しを決め、この連続した好成績が評価されて同年5月場所での新十両昇進を果たした。

悲願の関取昇進であったが、西十両14枚目で迎えた新十両の場所は5勝10敗と大きく負け越し、1場所で幕下へ陥落してしまう。幕下からの出直しとなった翌7月場所も3勝4敗と負け越し、関取定着の厳しさを突きつけられる結果となった。現在は再び関取の座へ返り咲くべく、幕下の土俵で巻き返しを期している。

💡 東京都出身一覧💡 大嶽部屋の力士

四股名
夢道鵬 幸成(むどうほう こうせい)
最高位
十両14枚目
最新番付
西 幕下10枚目
出身地
東京都 江東区
本名
納谷 幸成
生年月日
平成13年(2001)9月18日(24歳)
身長・体重
185.5cm・147kg
出身高校
埼玉栄高校
所属部屋
大嶽部屋
初土俵
令和1年(2019)11月(18歳2ヵ月)
新十両
令和7年(2025)5月(23歳8ヵ月)
優勝
幕下優勝1回
通算成績
141勝121敗5休/261出場(勝率:54%)
直近7場所
19勝23敗(十両:5勝10敗)
7場所勝率
42.1%
得意技
突き・押し
決まり手傾向(直近7場所)
夢道鵬が勝ちの決まり手(24勝)※不戦勝1含む
押し出し12
寄り切り3
押し倒し2
小手投げ2
叩き込み1
下手投げ1
その他2
スポンサーリンク
夢道鵬が負けの決まり手(33敗)
寄り切り9
叩き込み6
寄り倒し3
押し出し3
掬い投げ2
上手出し投げ2
その他8
令8年3月
西 幕下10枚目(4枚上昇)
3勝4敗
●-●--|□○--○|-●●--
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年1月
西 幕下14枚目(7枚半降下)
4勝3敗
●-○-○|--○●-|-●○--
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年11
東 幕下7枚目(2枚降下)
2勝5敗
-○-●-|●-●●-|●--○-
取組詳細(対戦相手・決まり手)

▼ さらに過去の成績(4場所分)を見る
令7年9月
東 幕下5枚目(2枚半降下)
3勝4敗
●--○-|○●-●-|○--●-
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年7月
西 幕下2枚目(2枚降下)
3勝4敗
●-●●-|-○-○-|●-○--
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年5月
西 十両14枚目(3枚上昇・最高位更新)
5勝10敗
○○●●○|○●○●●|●●●●●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年3月
西 幕下3枚目
4勝3敗
-●○-○|-○●--|○--●-
取組詳細(対戦相手・決まり手)

納谷 幸林

納谷 幸林(なや たかもり)は東京都 江東区出身、大嶽部屋の力士で最高位は幕下40枚目。令和8年3月場所の番付は西 三段目24枚目。

祖父に昭和の大横綱・大鵬、父に元関脇・貴闘力を持つ相撲一家に生まれ、納谷4兄弟の次男として育つ。中央区立有馬小学校3年次に江東青龍館へ通って相撲を始め、さいたま市立大宮西中学校から強豪・埼玉栄高校へ進学した。高校3年次には全国高校総体で団体優勝に貢献する活躍を見せ、卒業後は中央大学へ進学する。相撲部では団体戦を中心に腕を磨き、大学3年次には東日本学生相撲リーグ戦で団体4位という成績を残した。

大学卒業後、祖父が創設した大鵬部屋を前身とする大嶽部屋へ入門し、令和2年(2020年)3月場所に「鵬山(ほうざん)」の四股名で初土俵を踏んだ。この場所では、偉大な祖父・大鵬の化粧廻しを締めて新序一番出世披露に臨んでいる。入門後は順調に番付を上げたが、三段目で足踏みが続いたため、心機一転を図って令和3年(2021年)9月場所から本名である「納谷」へと四股名を改めた。この改名した場所で6勝1敗の好成績を挙げ、翌11月場所では初の幕下昇進を果たした。偉大な祖父や父、そして同じ土俵で戦う兄弟たちの背中を追いかけながら、関取昇進を目標に日々黙々と土俵を務めている。

💡 東京都出身一覧💡 大嶽部屋の力士

四股名
納谷 幸林(なや たかもり)
最高位
幕下40枚目
最新番付
西 三段目24枚目
出身地
東京都 江東区
本名
納谷 幸林
生年月日
平成10年(1998)1月10日(28歳)
身長・体重
185.5cm・152.6kg
出身高校
埼玉栄高校
出身大学
中央大学
所属部屋
大嶽部屋
改名歴
鵬山 → 納谷
初土俵
令和2年(2020)3月(22歳2ヵ月)
優勝
無し
通算成績
129勝114敗2休/243出場(勝率:53.1%)
直近7場所
23勝24敗2休
7場所勝率
48.9%
決まり手傾向(直近7場所)
納谷が勝ちの決まり手(23勝)※不戦勝1含む
叩き込み5
押し出し5
引き落とし4
小手投げ2
外掛け1
送り出し1
その他4
納谷が負けの決まり手(24敗)
寄り切り10
突き落とし4
押し出し4
上手投げ2
突き出し1
送り出し1
その他2
スポンサーリンク
令8年3月
西 三段目24枚目(13枚半上昇)
4勝3敗
○--●●|--○-○|○-●--
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年1月
東 三段目38枚目(24枚降下)
4勝3敗
○--○●|-●-○-|●--○-
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年11
東 三段目14枚目(30枚半降下)
2勝5敗
-○-●●|--●●-|●---□
取組詳細(対戦相手・決まり手)

▼ さらに過去の成績(4場所分)を見る
令7年9月
西 幕下43枚目(10枚上昇)
1勝4敗2休
●-●--|●●-やや|やや○--
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年7月
西 幕下53枚目(11枚半上昇)
4勝3敗
-○-○-|○●-●-|-●-○-
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年5月
西 三段目4枚目(11枚半上昇)
4勝3敗
-●○-○|-●-○-|-○--●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年3月
東 三段目16枚目
4勝3敗
-○●--|●○--○|-●-○-
取組詳細(対戦相手・決まり手)

虎徹 亮我

虎徹 亮我(こてつ りょうが)は三重県 津市出身、大嶽部屋の力士で最高位は幕下56枚目。令和8年3月場所の番付は西 三段目30枚目。

三重県津市の津市立誠之小学校3年次から久居柔道教室で柔道を始め、津市立久居中学校を経て、三重県立名張高校の総合学科スポーツコースへ進学する。高校3年次まで柔道に打ち込み、段位は二段の腕前を誇る。高校2年次、3年次には団体戦で全国高校総体(インターハイ)に出場したほか、100kg超級において県大会個人2位に入り東海大会へ出場するなど、確かな実績を残した。

相撲の経験は全くなかったが、17代大嶽(元十両・大竜)からの誘いを受けたことで、自分から進んで大嶽部屋への入門を決意する。令和2年(2020年)3月場所に「虎徹(こてつ)」の四股名で初土俵を踏んだ。この四股名は江戸時代の名工による刀剣にちなみ、父親によって名付けられたものである。

柔道仕込みの足腰で順調に滑り出したかに見えたが、東三段目60枚目で迎えた令和3年(2021年)7月場所で右膝十字靭帯断裂の大怪我を負ってしまう。これにより2場所連続の全休を余儀なくされ、番付を序ノ口まで大きく落とす苦難を味わった。しかし不屈の闘志で怪我を乗り越えて土俵へ復帰し、令和4年(2022年)3月場所では7戦全勝で序二段優勝を飾る復活劇を見せた。その後も度重なる怪我と闘いながら地力を蓄え、令和6年(2024年)5月場所では待望の幕下昇進を果たした。

💡 三重県出身一覧💡 大嶽部屋の力士

四股名
虎徹 亮我(こてつ りょうが)
最高位
幕下56枚目
最新番付
西 三段目30枚目
出身地
三重県 津市
本名
山本 亮我
生年月日
平成13年(2001)8月10日(24歳)
身長・体重
181.3cm・174.2kg
出身高校
名張高校
所属部屋
大嶽部屋
初土俵
令和2年(2020)3月(18歳7ヵ月)
優勝
序二段優勝1回
通算成績
123勝88敗34休/210出場(勝率:58.6%)
直近7場所
26勝21敗2休
7場所勝率
56.5%
決まり手傾向(直近7場所)
虎徹が勝ちの決まり手(26勝)
押し出し11
寄り切り11
押し倒し1
寄り倒し1
上手出し投げ1
叩き込み1
虎徹が負けの決まり手(21敗)※不戦敗1含む
寄り切り5
押し出し4
掬い投げ3
引き落とし2
送り出し2
上手投げ2
その他2
スポンサーリンク
令8年3月
西 三段目30枚目(29枚上昇)
3勝4敗
-○-●●|-●-○-|●--○-
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年1月
西 三段目59枚目(15枚半降下)
5勝2敗
-○-○-|○○-●-|○-●--
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年11
東 三段目44枚目(32枚降下)
3勝4敗
●--●-|○●--●|-○○--
取組詳細(対戦相手・決まり手)

▼ さらに過去の成績(4場所分)を見る
令7年9月
東 三段目12枚目(10枚上昇)
1勝4敗2休
●-○--|●■--●|ややややや
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年7月
東 三段目22枚目(14枚上昇)
4勝3敗
○--●●|--○-●|-○-○-
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年5月
東 三段目36枚目(58枚上昇)
4勝3敗
●-●--|○○-●-|-○-○-
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年3月
東 序二段14枚目
6勝1敗
-○-○○|-○-●-|-○○--
取組詳細(対戦相手・決まり手)

須崎 聖也

須崎 聖也(すざき せいや)は岐阜県 関市出身、大嶽部屋の力士で最高位は幕下41枚目。令和8年3月場所の番付は東 序ノ口15枚目。

岐阜県関市で生まれ、関市立安桜小学校1年の頃から岐阜木曜クラブで相撲を始める。小学5年次、6年次にはわんぱく相撲全国大会に出場したほか、相撲と並行して小学4年から6年にかけてはタグラグビーにも打ち込み、全国大会へ出場している。関市立緑ヶ丘中学校へ進学後は、相撲部がなかったため水泳部に入部して基礎体力作りに励みつつ、相撲の大会にも出場を続けた。中学2年次には全国中学校相撲選手権大会で団体ベスト32、3年次には全国都道府県中学生相撲選手権大会の個人軽量級でベスト32に入る実績を残した。

小学3年の「二分の一成人式」で将来は力士になると宣言しており、小学生の頃から大嶽部屋が大好きだと言っては休みの度に部屋を訪れていた。その大嶽部屋の門を中学卒業とともに叩き、令和2年(2020年)3月場所に本名の「掛野」の四股名で初土俵を踏む。翌7月場所からは四股名を「須崎」へと改めた。小柄な体格ながら着実に各段を通過し、令和6年(2024年)3月場所では待望の幕下昇進を果たした。

💡 岐阜県出身一覧💡 大嶽部屋の力士

四股名
須崎 聖也(すざき せいや)
最高位
幕下41枚目
最新番付
東 序ノ口15枚目
出身地
岐阜県 関市
本名
掛野 聖也
生年月日
平成16年(2004)4月2日(22歳)
身長・体重
171cm・98.7kg
所属部屋
大嶽部屋
改名歴
掛野 → 須崎
初土俵
令和2年(2020)3月(15歳11ヵ月)
優勝
無し
通算成績
110勝95敗40休/205出場(勝率:53.7%)
直近7場所
7勝2敗40休
7場所勝率
77.8%
スポンサーリンク
決まり手傾向(直近7場所)
須崎が勝ちの決まり手(7勝)
押し出し3
送り出し2
叩き込み1
掬い投げ1
須崎が負けの決まり手(2敗)
押し出し2
令8年3月
東 序ノ口15枚目(1枚降下)
1勝0敗6休
ややややや|ややややや|やや○--
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年1月
東 序ノ口14枚目(41枚半降下)
1勝0敗6休
ややややや|ややややや|やや○--
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年11
西 序二段73枚目(70枚降下)
0勝0敗7休
休場
取組詳細(対戦相手・決まり手)

▼ さらに過去の成績(4場所分)を見る
令7年9月
西 序二段3枚目(60枚降下)
0勝0敗7休
休場
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年7月
西 三段目23枚目(41枚降下)
0勝0敗7休
休場
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年5月
東 幕下43枚目(22枚上昇)
0勝0敗7休
休場
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年3月
西 三段目3枚目
5勝2敗
○-●--|○○-●-|-○--○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

大嶽部屋の部屋付き親方

第18代・熊ヶ谷 忠博 (元十4・大竜)

大竜 忠博 (だいりゅう ただひろ)大阪府大阪市西成区出身、大鵬部屋の元力士で、最高位は十両4枚目

昭和51年(1976)5月場所に15歳7ヶ月で初土俵を踏み、平成9年(1997)7月場所を最後に引退(36歳9ヶ月)。

通算成績は553勝508敗28休1060出場。生涯勝率.522。通算128場所中、72場所を勝ち越した(勝ち越し率.567)。

主な成績は幕下(同点1)、三段目(同点1)

昭和35年(1960)9月30日生まれ。本名は永本 忠博→佐藤 忠博。

大鵬部屋で長く修行し、10年近い幕下での足踏みを経て関取の座を掴んだ苦労人であった。左四つからの力強い寄りを武器に十両で長く活躍し、引退後は最高位が十両ながら年寄名跡を取得。後年は師匠である大鵬の思いを継いで大嶽部屋の師匠となり、部屋の存続と大鵬の孫たちの育成に相撲人生を捧げた。

スポンサーリンク

入門と長い幕下生活

中学時代はサッカー部に所属していたが、卒業後に知人の紹介で角界入りを勧められる。昭和の大横綱である大鵬からの熱心な誘いを受けて上京し、入門を決意。昭和51年(1976年)5月場所において、本名の「永本」の四股名で初土俵を踏んだ。

順調に番付を上げ、昭和54年(1979年)7月場所には18歳で幕下へ昇進する。しかし、そこから9年近くにわたり幕下の壁に跳ね返される苦しい時期が続いた。

師匠の鉄拳と新十両昇進

転機となったのは、西幕下4枚目で迎えた昭和62年(1987年)9月場所であった。勝ち越せば関取という地位で負け越し、千秋楽のパーティーで自棄酒をあおっていたところ、後援者から「稽古が足りないからだ」と咎められる。これに対して「稽古を見たことがあるのか」と食って掛かったため、その様子を見た師匠の大鵬から激しい鉄拳制裁を受けた。一時は「こんな部屋辞めてやる」と荷物をまとめるほど反発したが、翌日に廃業の覚悟で謝罪へ向かうと、大鵬は「お前の努力は俺が一番知っている。悔しいだろう。辞めないで頑張れ。関取に上がって見返してやれ」と諭した。

師匠の深い愛情と期待の言葉に奮起し、昭和63年(1988年)3月場所において悲願の新十両昇進を果たす。本名から「大竜(だいりゅう)」へと改名し、十両の土俵に定着した。

スポンサーリンク

最高位と不屈の現役晩年

左四つからの寄りを武器に長く活躍し、平成6年(1994年)11月場所では自己最高位となる東十両4枚目まで番付を上げる。幕内昇進の期待も懸かったが、この場所は6勝9敗に終わり、惜しくも入幕は果たせなかった。さらに翌平成7年(1995年)5月場所中に右膝を故障して途中休場となり、幕下へ陥落してしまう。それでも諦めずに2度の十両復帰を果たしたが、右膝の調子が戻らず関取の座に定着することは叶わなかった。平成9年(1997年)7月場所を最後に現役を引退した。

大嶽部屋継承と大鵬への忠誠

当時の規定には「十両以上連続20場所または通算25場所以上経験した力士に年寄資格を認める」というものがあり、大竜はこれを満たしていた。大鵬の尽力もあって最高位が十両でありながら年寄名跡の取得が叶い、日本相撲協会に残った。大鵬部屋から大嶽部屋へと名称が変わる中、部屋付き親方として指導にあたっていたが、平成22年(2010年)に当時の師匠である16代大嶽(元関脇・貴闘力)が不祥事により解雇処分となる重大な危機に直面する。この際、部屋の継承を打診されたが「自分の名前では弟子は入らない」と当初は2度固辞した。しかし、病床の大鵬から直々に頭を下げられ、「弟子が師匠にこんなことをさせてはいけない」と決意を固め、17代大嶽を襲名して部屋を継承した。

その後は大鵬の孫たち(のちの王鵬ら)を弟子として引き受け、周囲からの心ない声やバッシングも激励と受け止め、自身にとって人生のすべてである師匠の教えを愚直に守り抜いた。

スポンサーリンク

大鵬の遺志と部屋の存続

令和7年(2025年)9月に自身の停年を迎えるにあたり、部屋の後継者問題が浮上する。一時は他部屋との合併案も進み、後援者らの了承も得ていたが、「大鵬親方から部屋を残してくれと託されているのに、潰してしまえば親方の気持ちに反してしまう」と思い留まり、大嶽部屋の存続を決断する。こうして、同じ二所ノ関一門で片男波部屋の部屋付き親方だった17代熊ヶ谷(元前頭・玉飛鳥)を招聘し、名跡交換して師匠の座を託すと、自身は18代熊ヶ谷を襲名して部屋付き親方として残った。自らの土俵人生のすべてを懸けて「大鵬の血脈と部屋の看板」を守り抜いたのである。

四股名
大竜 忠博 (だいりゅう ただひろ)
最高位
十両4枚目
年寄名跡
15代大嶽 忠博(大鵬) → 16代佐ノ山 忠博(大鵬) → 16代佐ノ山 忠博(大嶽) → 19代山響 忠博(大嶽) → 12代二子山 忠博(大嶽) → 17代大嶽 忠博 → 18代熊ヶ谷 忠博(大嶽)
出身地
大阪府大阪市西成区
本名
永本 忠博→佐藤 忠博
生年月日
昭和35年(1960)9月30日(65歳)
所属部屋
大鵬部屋
改名歴
永本 忠博 → 永本 忠晴 → 永本 忠博 → 永本 忠晴 → 永本 忠博 → 大竜 忠博 → 大竜 忠晴 → 大竜 忠博
初土俵
昭和51年(1976)5月 前相撲(15歳7ヶ月)
新十両
昭和63年(1988)3月(所要71場所)
27歳5ヶ月(初土俵から11年10ヶ月)
最終場所
平成9年(1997)7月場所(36歳9ヶ月)
大相撲歴
128場所(21年2ヶ月)
通算成績
553勝508敗28休1060出場(勝率.522)
通算128場所
勝ち越し72場所(勝ち越し率.567)(勝ち越し星156)
優勝等
幕下(同点1),三段目(同点1)
持給金
81円(勝ち越し星156個)
十両戦歴
173勝195敗7休367出場(勝率.471)
在位25場所(在位率.195)
勝ち越し12場所(勝ち越し率.480)
関取戦歴
173勝195敗7休367出場(勝率.471)
在位25場所(在位率.195)
勝ち越し12場所(勝ち越し率.480)
幕下以下歴
380勝313敗21休693出場(勝率.548)
在位102場所(在位率.797)
勝ち越し60場所(勝ち越し率.588)

大竜 忠博の更に詳細なデータは力士名鑑で!

名鑑ページでは、以下のような詳細な分析データをはじめ、豊富な表やグラフをご覧いただけます。

  • ✅ 勝った決まり手1位:寄り切り(142回 / 50.9%)
  • ✅ 負けた決まり手1位:寄り切り(89回 / 32.0%)
  • ✅ 得意な相手:維新力(8勝3敗 / 勝率.727)
  • ✅ 苦手な相手:陸奥北海(1勝6敗 / 勝率.143)

大嶽部屋の師匠

第18代・大嶽 大輔 (元前頭9枚目・玉飛鳥)

在任期間(令和7年(2025年)9月29日~  )

玉飛鳥 大輔 (たまあすか だいすけ)愛知県名古屋市熱田区出身、片男波部屋の元力士で、最高位は前頭9枚目

平成10年(1998)3月場所に15歳1ヶ月で初土俵を踏み、平成28年(2016)9月場所を最後に引退(33歳7ヶ月)※番付上は平成28年(2016)11月場所

通算成績は580勝569敗29休1146出場。生涯勝率.506。通算111場所中、61場所を勝ち越した(勝ち越し率.555)。

主な成績は十両優勝2回(同点1)、幕下優勝2回(同点1)

昭和58年(1983)1月26日生まれ。本名は高橋 大輔。

中学生横綱のタイトルを引っ提げて15歳で角界へ飛び込み、怪我や病と闘いながら関取の座を幾度も失い、そのたびに這い上がった不屈の土俵人生であった。押しや左四つからの寄りを得意とし、中学生横綱を獲得して中学卒業と同時に入門した力士としては、唯一の幕内力士となった。

スポンサーリンク

中学生横綱から15歳での角界入り

父の勧めで小学生の頃から相撲に親しみ、わんぱく相撲などの大会に出場する。名古屋市立日比野中学校へ進学後も実力を伸ばし、3年次に出場した全国中学校相撲選手権大会で個人優勝を果たし、見事中学生横綱の栄冠に輝いた。卒業後は高校へ進学する予定であったが、当時の13代片男波(元関脇・玉ノ富士)からの熱心なスカウトに加え、相撲関係者から「同学年で一番強いのだから、早く角界に入るべきだ」と後押しを受け、中学卒業と同時に片男波部屋への入門を決意する。

四股名の「玉飛鳥(たまあすか)」は、入門の直前に亡くなった父が名付けたものである。「飛ぶ鳥を落とす勢い」で出世してほしいという願いと、日本古来の歴史を連想させる「飛鳥時代」に因んで命名された。父の思いを背負い、平成10年(1998年)3月場所において15歳1ヶ月で初土俵を踏んだ。

幕内昇進と襲いかかる怪我・病

入門後は着実に番付を上げ、平成16年(2004年)9月場所では西幕下4枚目の地位で7戦全勝の幕下優勝を飾り、翌11月場所での新十両昇進を決めた。その後も十両上位で好成績を収め、平成17年(2005年)7月場所で新入幕を果たす。東前頭14枚目で迎えた新入幕の場所は9勝6敗と勝ち越し、幕内の土俵にも適応する姿を見せた。

順調な出世に見えたが、幕内3場所目となる同年11月場所で足を骨折し、途中休場を余儀なくされる。この怪我は深刻であり、それまで糖尿病に罹っても挫けなかった玉飛鳥も引退を思い詰めるほどであった。しかし、師匠から「力士は一度引退したら二度と復帰できない」と説得され、土俵に踏みとどまる決意を固める。

スポンサーリンク

不屈の復活劇と度重なる昇降格

足首の故障と糖尿病が重なり、幕下上位から一時は西幕下31枚目まで番付を下げるなど苦しい時期が続いた。しかし、平成20年(2008年)5月場所で2度目の幕下優勝を果たし、翌7月場所には地元・名古屋の地で10場所ぶりの関取復帰を果たす。さらに、平成21年(2009年)5月場所では12勝3敗で十両優勝を飾り、同年9月場所において23場所ぶりとなる幕内復帰を果たした。

その後も怪我の影響などで番付を落とし、幕下から幕内までを往復する激動の土俵生活となる。それでも決して諦めることなく這い上がり、平成24年(2012年)5月場所では12勝3敗で2度目の十両優勝を飾り、再び幕内の土俵へ返り咲いた。現役生活を通して再十両と再入幕をそれぞれ7回ずつ経験する苦労人であったが、玉飛鳥は関取や幕内へ復帰した際の喜びについて「毎回(新十両や新入幕の時と)同じくらいうれしかった。辛かったことの方が多かったけど、うれしさの方が大きかった」と語っており、相撲への純粋な情熱を燃やし続けた。

引退と大嶽部屋継承

ベテランとなってからも若手の高い壁として奮闘を続けたが、平成27年(2015年)11月場所で大きく負け越し、翌場所での幕下陥落を喫した頃から引退の二文字がよぎるようになる。周囲からの「まだやれる」という励ましを受けながら土俵を務めたものの、関取復帰の壁は厚く、平成28年(2016年)9月場所を最後に現役引退を決断した。引退に際しては「父は横綱になってくれと言っていた。父からみればまだまだと言われるかもしれませんが、ここまでやれてよかった」と、亡き父への思いを口にしている。

引退後は年寄・15代荒磯を襲名して日本相撲協会に残り、のちに17代熊ヶ谷へと名跡を変更する。指導者として後進の育成に尽力していたが、令和7年(2025年)に転機が訪れる。同じ二所ノ関一門の大嶽部屋において、17代大嶽(元十両・大竜)の停年退職に伴う後継者問題が浮上し、部屋付き親方が不在であったことから、一門内で白羽の矢が立ったのである。同年9月1日付で大嶽部屋へ転籍し、同月29日付で18代大嶽を襲名して部屋を継承。新たな師匠として、部屋の歴史を紡いでいる。

四股名
玉飛鳥 大輔 (たまあすか だいすけ)
最高位
前頭9枚目
年寄名跡
15代荒磯 大輔(片男波) → 17代熊ヶ谷 大輔(片男波) → 17代熊ヶ谷 大輔(大嶽) → 18代大嶽 大輔
出身地
愛知県名古屋市熱田区
本名
高橋 大輔
生年月日
昭和58年(1983)1月26日(43歳)
所属部屋
片男波部屋
改名歴
玉飛鳥 大輔
初土俵
平成10年(1998)3月 前相撲(15歳1ヶ月)
新十両
平成16年(2004)11月(所要40場所)
21歳9ヶ月(初土俵から6年8ヶ月)
新入幕
平成17年(2005)7月(所要44場所)
22歳5ヶ月(初土俵から7年4ヶ月)
最終場所
平成28年(2016)9月場所(33歳7ヶ月)※番付上は平成28年(2016)11月場所
大相撲歴
111場所(18年6ヶ月)
通算成績
580勝569敗29休1146出場(勝率.506)
通算111場所
勝ち越し61場所(勝ち越し率.555)(勝ち越し星177)
優勝等
十両優勝2回(同点1),幕下優勝2回(同点1)
持給金
91円50銭(勝ち越し星177個)
幕内戦歴
54勝109敗17休161出場(勝率.335)
在位12場所(在位率.108)
勝ち越し1場所(勝ち越し率.083)
前頭戦歴
54勝109敗17休161出場(勝率.335)
在位12場所(在位率.108)
勝ち越し1場所(勝ち越し率.083)
十両戦歴
282勝291敗12休572出場(勝率.493)
在位39場所(在位率.351)
勝ち越し21場所(勝ち越し率.538)
関取戦歴
336勝400敗29休733出場(勝率.458)
在位51場所(在位率.459)
勝ち越し22場所(勝ち越し率.431)
幕下以下歴
244勝169敗0休413出場(勝率.591)
在位59場所(在位率.532)
勝ち越し39場所(勝ち越し率.661)

玉飛鳥 大輔の更に詳細なデータは力士名鑑で!

名鑑ページでは、以下のような詳細な分析データをはじめ、豊富な表やグラフをご覧いただけます。

  • ✅ 勝った決まり手1位:寄り切り(229回 / 39.5%)
  • ✅ 負けた決まり手1位:寄り切り(134回 / 23.5%)
  • ✅ 得意な相手:安壮富士(7勝1敗 / 勝率.875)
  • ✅ 苦手な相手:時天空(0勝8敗 / 勝率.000)

過去から現在までの大嶽部屋力士はこちら

ここまでは大嶽部屋の現役力士と親方などをご紹介してきましたが、この大嶽部屋の過去から現在までの所属力士をまとめた記事もご用意しています。興味を持たれた方はどうぞ。



出身地別、力士別、初土俵別など様々な方法で力士データをまとめています。

決まり手の解説記事へのリンクは、以下の一覧ページをご覧ください。

おすすめの記事をご紹介

ここからは当サイトのおすすめ記事をご紹介します。

ネットでの大相撲観戦といえばAbemaTV!「AbemaTV」での視聴方法について解説しています。序ノ口から結びの一番まで完全無料生中継!ぜひ確認してみてください。

当サイトのいろんな記事へのリンクをまとめたナビゲーションページです。

地方巡業日程はこちら

力士や親方、裏方さんたちと間近で触れ合うチャンスは地方巡業です!巡業日程や詳細をご紹介しています。