大相撲十両力士一覧【令和8年(2026年)5月場所】

令和8年(2026年)5月場所の十両力士一覧です。

力士のプロフィールと共に基礎情報をまとめました。昇進がいつだったのか、またその時の年齢なども分かります。また、これまでの成績もまとめておりますので、ぜひ相撲観戦にお役立てください。

7月場所千秋楽の取組結果はこちら。


7月場所の各段の成績順はこちらで確認ができます。

相撲部屋や出身地ごとの成績から、場所中はリアルタイムでランキングを作成しております。今場所好調な相撲部屋や力士の出身地はどこ?

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番付:十両8枚目

翠富士 一成

翠富士 一成(みどりふじ かずなり)は静岡県 焼津市出身、伊勢ヶ濱部屋の力士で最高位は前頭筆頭。令和8年7月場所の番付は東 十両8枚目。

静岡県焼津市に生まれ、小学生の頃から相撲を始めてわんぱく相撲全国大会に出場した。中学時代に一時相撲から離れた時期もあったが、3年次に再開すると全国中学校相撲選手権大会の団体戦でベスト8に進出する。飛龍高校へ進学し、2年次の全国高等学校総合体育大会の団体戦では、佐藤貴信(のちの大関・貴景勝)を擁する埼玉栄高校の4連覇を阻む活躍を見せ、同校初の団体3位に大きく貢献した。個人戦でも全日本ジュニア体重別選手権80キロ未満級や全国選抜100キロ未満級で優勝するなど、確かな実績を積んだ。

伊勢ヶ濱部屋への入門と錦富士とのライバル関係

高校卒業後は近畿大学へ進学し、1年次に全国学生相撲個人体重別選手権大会100キロ未満級で優勝を果たした。しかし「いずれプロになろうと思っていたので早い方がいい」と決意し、大学を中退して伊勢ヶ濱部屋へと入門した。時を同じくして大学を中退し、同部屋へ入門した同級生の小笠原(現・錦富士)とは、互いに切磋琢磨する良きライバル関係となる。

平成28年(2016年)9月場所において本名の「庵原」で初土俵を踏む。初めて番付に名前が載った翌11月場所の序ノ口、そして四股名を「翠富士」へ改名して臨んだ続く平成29年(2017年)1月場所の序二段において、二場所連続で錦富士との同部屋・同期生による優勝決定戦となり、そのいずれも敗れて優勝を逃すという悔しい経験をしている。

十両昇進と十両優勝

その後も幕下上位で地力を蓄え、東幕下2枚目で迎えた令和2年(2020年)1月場所を5勝2敗で勝ち越し、翌3月場所での新十両昇進を決めた。静岡県出身力士としては栃飛龍(元十両7枚目)以来7年ぶり、焼津市出身としては片山(元前頭13枚目)以来16年ぶりとなる関取誕生であった。

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関取となってからも着実に実力を発揮し、東十両2枚目で迎えた同年11月場所では、千秋楽に旭秀鵬との優勝決定戦を制して自身初となる十両優勝を飾った。

新入幕と立ちはだかる壁

翌令和3年(2021年)1月場所において新入幕を果たすと、9勝6敗の好成績を収め、静岡県出身力士として史上初となる三賞(技能賞)を受賞した。しかし、場所後の稽古中にヘルニアを発症して歩行困難となり、同年5月場所を全休して十両へ陥落する苦労も味わった。

その後、幕内へ定着して迎えた令和5年(2023年)3月場所では、初日から10連勝を飾って優勝争いを牽引したが、そこから4連敗を喫し、最終的に10勝5敗で惜しくも三賞を逃す。さらに翌場所での新三役の枠にも恵まれないなど、上位の壁に跳ね返される悔しさも経験している。また、令和7年(2025年)5月場所では、初日から9連敗した後に6連勝するという極めて珍しい星取を残すなど、記憶に残る歩みを見せている。

「肩透かし王子」と多彩な技

幕内の中では小柄な部類に入るが、それを補って余りある俊敏な動きと多彩な技、そして驚異的な粘り強さを最大の武器としている。特に代名詞とも言える強烈な「肩透かし」は左右どちらからでも打つことができ、一場所で白星の半数以上を肩透かしで挙げることもあるほどで、「肩透かし王子」の愛称で親しまれている。

多彩な決まり手も持ち味で、十両の土俵で24年ぶりとなる「頭捻り」や、幕内で11年ぶりとなる「割り出し」を決めて館内を大いに沸かせた。さらに、自分より一回りも二回りも大きな力士を相手に粘り強く相撲を取るため平均取組時間が長く、令和5年(2023年)11月場所では北青鵬を相手に、令和に入って初、8年半ぶりとなる「水入り」の大熱戦(7分近くの死闘)を演じた。

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令和8年(2026年)3月場所では、心不全の治療により初日から全休を余儀なくされるという試練に見舞われた。

💡 静岡県出身一覧💡 伊勢ヶ濱部屋の力士

四股名
翠富士 一成(みどりふじ かずなり)
最高位
前頭筆頭
最新番付
東 十両8枚目
出身地
静岡県 焼津市
本名
庵原 一成
生年月日
平成8年(1996)8月30日(29歳)
身長・体重
174cm・112kg
出身高校
飛龍高校
出身大学
近畿大学・中退
所属部屋
伊勢ヶ濱部屋
改名歴
庵原 → 翠富士
初土俵
平成28年(2016)9月(20歳1ヵ月)
新十両
令和2年(2020)3月(23歳7ヵ月)
新入幕
令和3年(2021)1月(24歳5ヵ月)
優勝
十両優勝1回
受賞・金星
技能賞1回
通算成績
364勝316敗30休/680出場(勝率:53.5%)
直近7場所
17勝13敗(幕内:28勝32敗15休)
7場所勝率
50.0%
得意技
押し・肩透かし
決まり手傾向(直近7場所)
翠富士が勝ちの決まり手(28勝)※不戦勝1含む
寄り切り8
肩透かし4
下手投げ3
押し出し2
叩き込み2
掬い投げ1
その他7
翠富士が負けの決まり手(32敗)
寄り切り7
叩き込み6
寄り倒し6
押し出し5
上手投げ4
小手投げ1
その他3
令8年7月
東 十両8枚目(2枚半上昇)
8勝7敗
○○○●○|●○○○●|●●●●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年5月
西 十両10枚目(12枚降下)
9勝6敗
●○●○○|○○○●●|○○●●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年3月
東 前頭15枚目(3枚降下)
0勝0敗15休
休場
取組詳細(対戦相手・決まり手)

▼ さらに過去の成績(4場所分)を見る
令8年1月
東 前頭12枚目(3枚降下)
6勝9敗
●●●○○|●●○●○|○●●○●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年11
東 前頭9枚目(変動なし)
6勝9敗
●●○●○|●●○○○|○●●●●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年9月
東 前頭9枚目(3枚上昇)
7勝8敗
○●●○●|●●●○○|●○○●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年7月
東 前頭12枚目
9勝6敗
○○●●●|○○○●○|○○●□●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

羽出山 将

羽出山 将(はつやま しょう)は東京都 東村山市出身、玉ノ井部屋の力士で最高位は前頭17枚目。令和8年7月場所の番付は西 十両8枚目。

東京都東村山市に生まれ、小学6年生の頃から立川錬成館で相撲を始めた。その後、東京都立足立新田高校へ進学し、3年次に出場した高等学校相撲金沢大会において団体2位、個人優勝という優れた実績を残した。

付出資格の失効と再取得

高校卒業後は東洋大学へ進学し、相撲部でさらに実力を伸ばす。2年次に全国学生相撲選手権大会でベスト8、全日本相撲選手権大会でもベスト8に入り、大相撲の三段目付出資格を獲得した。しかし、大学での競技生活を優先したためこの権利は行使せず失効する。それでも3年次に再び全日本選手権でベスト8に入り、同資格を再取得した。4年次には東日本学生相撲個人体重別選手権大会で3位、全国学生選手権でベスト16に入るなど活躍を続けた。

大学卒業後は、東洋大学OBの東白龍に誘われて玉ノ井部屋への入門を決意。令和4年(2022年)3月場所において、3年次に獲得した全日本選手権ベスト8の実績から三段目100枚目格付出で初土俵を踏んだ。全国に20人程度しかいないと言われる非常に希少な苗字であり、「本名とその読みを知ってほしい」という思いから、本名の「羽出山」を四股名としている。

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幕下での奮闘と全勝優勝

順調に星を重ねて初土俵から4場所で幕下へ昇進したが、そこからは幕下の分厚い壁に挑む時期が続いた。一進一退の攻防を繰り返しながらも、長身と恵まれた体格を活かした相撲に磨きをかけ、着実に地力を養っていく。

初土俵から約2年半となる令和6年(2024年)9月場所において、東幕下16枚目の地位で7戦全勝の快進撃を見せ、見事に幕下優勝を飾った。この好成績により番付を大きく上げ、西幕下筆頭で迎えた同年11月場所で5勝2敗と勝ち越して十両昇進を決定づけた。

関取昇進から幕内の土俵へ

令和7年(2025年)1月場所での新十両昇進により、東村山市からの関取誕生は元小結・黒瀬川(厳密には旧東村山町出身)以来、史上2人目となった。昇進会見では同郷のスターである志村けんを憧れに挙げ、「東村山と言ったら、志村けんさんと自分の名前が出るくらいに活躍したい」と決意を語っている。

新十両昇進後も持ち味を発揮して白星を先行させ、東十両5枚目で迎えた同年11月場所では11勝4敗の好成績を挙げる。これにより、翌令和8年(2026年)1月場所において新入幕を果たし、前頭17枚目まで番付を上げた。この場所は2勝13敗と幕内の厚い壁に跳ね返されて十両へ陥落したものの、続く3月場所では西十両9枚目で10勝5敗と二桁勝利を挙げて地力を示している。

💡 東京都出身一覧💡 玉ノ井部屋の力士

四股名
羽出山 将(はつやま しょう)
最高位
前頭17枚目
最新番付
西 十両8枚目
出身地
東京都 東村山市
本名
羽出山 将
生年月日
平成11年(1999)11月5日(26歳)
身長・体重
195cm・141kg
出身高校
足立新田高校
出身大学
東洋大学
所属部屋
玉ノ井部屋
初土俵
令和4年(2022)3月・三段目100付出(22歳4ヵ月)
新十両
令和7年(2025)3月(25歳4ヵ月)
新入幕
令和8年(2026)1月(26歳2ヵ月)
優勝
幕下優勝1回
通算成績
147勝121敗1休/267出場(勝率:55.1%)
直近7場所
52勝38敗(幕内:2勝13敗)
7場所勝率
51.4%
得意技
突き・押し
決まり手傾向(直近7場所)
羽出山が勝ちの決まり手(42勝)
叩き込み10
押し出し10
寄り切り5
送り出し4
上手出し投げ3
突き落とし2
その他8
羽出山が負けの決まり手(33敗)
押し出し18
寄り切り4
突き落とし3
引き落とし2
叩き込み2
極め出し1
その他3
令8年7月
西 十両8枚目(5枚降下)
7勝8敗
●●○○○|●●○●○|●●○○●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年5月
西 十両3枚目(6枚上昇)
5勝10敗
○○●●●|●●●○●|●○●○●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年3月
西 十両9枚目(9枚降下)
10勝5敗
○●○●○|○○●●○|●○○○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

▼ さらに過去の成績(4場所分)を見る
令8年1月
西 前頭17枚目(4枚半上昇・最高位更新)
2勝13敗
●●●●●|●●●○●|●●○●●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年11
東 十両5枚目(3枚上昇・最高位更新)
11勝4敗
○●○●○|○○○○●|○○○○●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年9月
東 十両8枚目(5枚上昇・最高位更新)
9勝6敗
●○●○○|○●○●●|○●○○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年7月
東 十両13枚目
10勝5敗
○○○○●|○●○○○|●●●○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

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番付:十両9枚目

白熊 優太

白熊 優太(しろくま ゆうた)は福島県 須賀川市出身、二所ノ関部屋の力士で最高位は前頭16枚目。令和8年7月場所の番付は東 十両9枚目。

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祖父の勧めで地元の相撲大会に出場したことがきっかけとなり、4歳頃から福島県郡山市の出羽竜道場に通って相撲の稽古に励んだ。高校は親元を離れて新潟県立海洋高校へと「相撲留学」し、のちに日本体育大学へと進学する。大学時代は相撲部の主将を務めるなど中心選手として活躍した。大学卒業後、13代二所ノ関(元横綱・稀勢の里)が率いる二所ノ関部屋へ入門し、角界への道を歩み始めた。

初土俵と各段での躍進

令和4年(2022年)5月場所に本名の「高橋」で初土俵を踏む。初めて番付に名前が載った翌7月場所において、優勝決定戦を制して序ノ口優勝を飾ると、続く9月場所でも7戦全勝で序二段優勝を果たした。その後も順調に番付を上げ、令和5年(2023年)7月場所において西幕下4枚目で5勝2敗と勝ち越す。この成績が評価され、場所後の番付編成会議を経て同年9月場所での新十両昇進が決定した。

愛される四股名への改名と十両優勝

十両昇進後もコンスタントに星をまとめ、令和6年(2024年)1月場所を機に四股名を「白熊」へと改名する。この四股名は、色白で大きな体格という見た目の印象に加え、「土俵の上では力強く暴れ、誰からも愛される力士になってほしい」という師匠の願いが込められたものであった。改名後も得意の右四つからの攻めを武器に関取の土俵に定着し、同年7月場所においては12勝3敗の好成績を挙げて見事に十両優勝を飾った。

新入幕と上位定着への歩み

十両優勝の翌場所となる令和6年(2024年)9月場所で新入幕を果たす。しかし、この場所の取組で右足首を負傷し、途中休場(のちに再出場)を余儀なくされる試練も経験した。その後は怪我と向き合いながら、幕内と十両の土俵を往復する時期が続いている。

右四つからの力強い攻めには定評があり、持ち前の地力は確かなものがある。ファンから親しまれる四股名とともに、再び上位戦線へと定着すべく、大相撲の土俵で研鑽を重ねている。

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💡 福島県出身一覧💡 二所ノ関部屋の力士

四股名
白熊 優太(しろくま ゆうた)
最高位
前頭16枚目
最新番付
東 十両9枚目
出身地
福島県 須賀川市
本名
高橋 優太
生年月日
平成11年(1999)5月25日(27歳)
身長・体重
185cm・160kg
出身高校
新潟海洋高校
出身大学
日本体育大学
所属部屋
二所ノ関部屋
改名歴
高橋 → 白熊
初土俵
令和4年(2022)5月(23歳0ヵ月)
新十両
令和5年(2023)9月(24歳4ヵ月)
新入幕
令和6年(2024)9月(25歳4ヵ月)
優勝
十両優勝1回,序二段優勝1回,序ノ口優勝1回
通算成績
172勝143敗4休/313出場(勝率:55%)
直近7場所
51勝54敗
7場所勝率
48.6%
得意技
右四つ・寄り
決まり手傾向(直近7場所)
白熊が勝ちの決まり手(35勝)
寄り切り16
押し出し10
突き落とし3
押し倒し2
掬い投げ2
上手投げ1
その他1
白熊が負けの決まり手(40敗)
寄り切り16
上手投げ4
押し出し4
叩き込み3
突き出し2
引き落とし2
その他9
令8年7月
東 十両9枚目(半枚降下)
9勝6敗
○○○○○|○●●●○|○○●●●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年5月
西 十両8枚目(3枚降下)
7勝8敗
○●●●●|●○○○●|●○○○●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年3月
西 十両5枚目(2枚降下)
7勝8敗
○●●●●|○●○○●|●●○○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

▼ さらに過去の成績(4場所分)を見る
令8年1月
西 十両3枚目(4枚上昇)
6勝9敗
○●○●●|●○●●○|○●○●●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年11
西 十両7枚目(1枚半上昇)
9勝6敗
○○○○●|○○●●○|●○●●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年9月
東 十両9枚目(4枚半降下)
8勝7敗
○●○●○|●●○○●|○●○○●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年7月
西 十両4枚目
5勝10敗
●●●●●|●●●○○|●○●○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

西ノ龍 龍太朗

西ノ龍 龍太朗(にしのりゅう りゅうたろう)は大阪府 大阪市中央区出身、境川部屋の力士で最高位は十両4枚目。令和8年7月場所の番付は西 十両9枚目。

父は出羽海部屋の元前頭12枚目・常の山(平成5年引退)。近畿大学附属中学校時代は陸上競技の砲丸投げに取り組んでいたが、相撲を志す思いが強く、中学2年の2学期に強豪の埼玉栄中学校へと転校した。そのまま埼玉栄高校へと進学して鍛錬を重ね、数々の大会で実績を残すと、高校卒業を待たずに平成30年(2018年)11月場所に境川部屋から本名の「下村」で初土俵を踏んだ。埼玉栄高校の出身者が多い環境に加え、父と師匠(13代境川・元小結両国)が出羽海部屋の兄弟弟子であり、父からの勧めもあったことが境川部屋入門の決め手となった。

父ゆかりの四股名と相撲の進化

序ノ口、序二段と順調に通過し、令和2年(2020年)3月場所より、父親が十両時代まで名乗っていた四股名を受け継ぎ「西乃龍」へと改名した。その後は左肩の不調により番付が伸び悩む時期もあったが、令和6年(2024年)5月場所より、父の考案により同郷(種子島)の第25代横綱・2代西ノ海にあやかり、表記を「西ノ龍」へと改める。同場所後には左肩鎖関節亜脱臼の手術に踏み切り、これを機に元来の持ち味である突き押し相撲だけでなく、左四つの型も磨いて相撲の幅を広げていった。

新十両昇進と史上14組目の親子関取

幕下の土俵で着実に地力を養っていった西ノ龍は、令和7年(2025年)に入ると幕下上位での戦いが続く。同年7月場所において東幕下5枚目で5勝2敗と勝ち越すと、場所後の番付編成会議を経て同年9月場所での新十両昇進が決定した。これにより、大相撲史上14組目となる「親子関取」の快挙を達成している。

新十両として迎えた9月場所を8勝7敗で勝ち越すと、以降もコンスタントに白星を重ねて十両の土俵に定着している。偉大な父の背中を追いかけ、突き押しと左四つを交えた自らの相撲にさらに磨きをかけながら、大相撲の土俵で奮闘を続けている。

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💡 大阪府出身一覧💡 境川部屋の力士

四股名
西ノ龍 龍太朗(にしのりゅう りゅうたろう)
最高位
十両4枚目
最新番付
西 十両9枚目
出身地
大阪府 大阪市中央区
本名
下村 龍太朗
生年月日
平成12年(2000)8月20日(25歳)
身長・体重
182cm・137kg
出身高校
埼玉栄高校
所属部屋
境川部屋
改名歴
下村⇒西乃龍 → 西ノ龍
初土俵
平成30年(2018)11月(18歳3ヵ月)
新十両
令和7年(2025)9月(25歳1ヵ月)
優勝
無し
通算成績
194勝169敗0休/363出場(勝率:53.4%)
直近7場所
42勝48敗(幕下以下:5勝2敗)
7場所勝率
48.5%
得意技
突き・押し
決まり手傾向(直近7場所)
西ノ龍が勝ちの決まり手(36勝)※不戦勝1含む
押し出し9
上手投げ7
寄り切り6
突き落とし3
肩透かし2
掬い投げ2
その他6
西ノ龍が負けの決まり手(31敗)
寄り切り10
押し出し7
叩き込み5
送り出し2
寄り倒し2
浴せ倒し1
その他4
令8年7月
西 十両9枚目(半枚降下)
4勝11敗
●●●○●|○●○●●|○●●●●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年5月
東 十両9枚目(5枚降下)
7勝8敗
○○●○○|●○●●○|●●●○●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年3月
東 十両4枚目(2枚半上昇・最高位更新)
6勝9敗
●○●○●|●○●○●|●●○●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

▼ さらに過去の成績(4場所分)を見る
令8年1月
西 十両6枚目(3枚上昇・最高位更新)
9勝6敗
○○●○●|●○●○○|●○○○●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年11
西 十両9枚目(5枚上昇・最高位更新)
8勝7敗
○●○○●|●●○●●|○□○○●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年9月
西 十両14枚目(4枚半上昇・最高位更新)
8勝7敗
○○●○●|○●●○○|●●○○●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年7月
東 幕下5枚目
5勝2敗
-●-○○|-○-●○|---○-
取組詳細(対戦相手・決まり手)

番付:十両10枚目

日翔志 英忠

日翔志 英忠(ひとし ひでただ)は東京都 立川市出身、追手風部屋の力士で最高位は前頭17枚目。令和8年7月場所の番付は東 十両10枚目。

東京都立川市に生まれ、相撲好きの祖父の影響で兄が相撲を習い始めたことに付いていく形で、5歳の頃から地元の立川錬成館で相撲を始めた。中学校からは親元を離れて新潟県の糸魚川市立能生中学校へと相撲留学し、3年次には全国中学校相撲選手権大会で個人3位に入賞するなど早くからその才能を発揮した。

中学卒業後は名門である埼玉栄高校へ進学し、1年次から高校総体や弘前大会で団体優勝を経験する。その後も数々の主要大会で同校の団体優勝に大きく貢献し、3年次には個人3位の成績も残して全国的な強豪選手へと成長を遂げた。高校卒業後は日本大学へ進学して相撲部で研鑽を積む。4年次には全国学生無差別級優勝や全国学生選手権代替大会優勝など輝かしい実績を残した。

大学卒業後は日本大学事業部に就職し、実業団選手として活動しながら日大相撲部のコーチを務めた。しかし、新型コロナウイルス感染拡大の影響で大会が中止となり、自分と向き合う時間が増えたことで角界入りへの思いが強くなる。大学職員という安定した道を捨てることに対して父親からは反対されたが、それを押し切って追手風部屋への入門を決断する。年齢制限緩和措置の適用を受け、令和3年(2021年)5月場所に23歳で初土俵を踏んだ。

四股名の由来と凄絶な大怪我

初土俵の場所は本名と師匠(元前頭・大翔山)の四股名の一字を合わせた「沢田翔」を名乗ったが、翌場所からは本名の下の名「日登志」の字を変えた「日翔志」へと改名した。同年9月場所では7戦全勝で序二段優勝を飾り、順調な滑り出しを見せた。

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しかし、その直後の稽古で首に深刻な怪我を負い、約1ヶ月間にわたり寝たきりの状態となってしまう。頭から当たる相撲が取れなくなるほどの重傷であり、3場所連続での全休を余儀なくされた。さらに、休場中の令和4年(2022年)3月には入門を反対していた父親が急逝するという深い悲しみにも見舞われた。

師匠の言葉と不屈の幕下優勝

失意の底にあったが、同部屋の力士たちの激励や、師匠からの「絶対十両に上がれる」という力強い励ましの言葉に支えられて復帰を決意する。怪我を乗り越えて同年5月場所で土俵へ戻ると、続く7月場所で2度目の序二段優勝を飾り、同年11月場所では三段目優勝を果たすなど、休場のブランクを感じさせない圧倒的な強さで番付を戻していった。

幕下上位へ進出した後は壁に跳ね返される時期もあったが、西幕下3枚目で迎えた令和5年(2023年)9月場所で6勝1敗の好成績を収め、7人による優勝決定戦を制して幕下優勝を飾る。決定戦の直後には「辞めなくて良かった」と目を輝かせた。この実績が評価されて新十両昇進が決定し、会見では高校の同期である琴ノ若(現・琴櫻)の名を挙げ、「早く追いつけるように頑張りたい」と意気込みを語った。

新入幕と怪我を抱えての土俵

しかし、新十両として迎えた同年11月場所では、2日目の取組で右足を痛めて車椅子で退場する不運に見舞われる。翌日は痛み止めを打って強行出場し、執念で関取としての初白星を掴み取ったものの、怪我の影響から2勝13敗と大敗して1場所で幕下への陥落を余儀なくされた。

その後は再び幕下上位で地力を蓄え、令和7年(2025年)3月場所で十両への復帰を果たした。再十両後は持ち前の実力を発揮して勝ち越しを続け、同年9月場所で見事に新入幕を果たした。

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首の怪我の後遺症により頭から思い切り当たることができないハンデを抱えながらも、恵まれた体格を生かした突き押しや、四つに組んでからの力強い寄りを最大の武器とする。新入幕の場所は7勝8敗と負け越して十両へ陥落したが、アマチュア時代の実績に裏打ちされた確かな地力と、度重なる怪我を乗り越えた不屈の精神を胸に、幕内の土俵への定着を目指して日々の稽古に邁進している。

💡 東京都出身一覧💡 追手風部屋の力士

四股名
日翔志 英忠(ひとし ひでただ)
最高位
前頭17枚目
最新番付
東 十両10枚目
出身地
東京都 立川市
本名
沢田 日登志
生年月日
平成9年(1997)8月14日(29歳)
身長・体重
182cm・158kg
出身高校
埼玉栄高校
出身大学
日本大学
所属部屋
追手風部屋
改名歴
沢田翔 → 日翔志
初土俵
令和3年(2021)5月(23歳9ヵ月)
新十両
令和5年(2023)11月(26歳3ヵ月)
新入幕
令和7年(2025)9月(28歳1ヵ月)
優勝
幕下優勝1回,三段目優勝1回,序二段優勝2回
通算成績
154勝122敗21休/276出場(勝率:55.8%)
直近7場所
40勝50敗(幕内:7勝8敗)
7場所勝率
44.8%
得意技
右四つ・寄り
決まり手傾向(直近7場所)
日翔志が勝ちの決まり手(33勝)
叩き込み11
寄り切り7
押し出し6
送り出し2
肩透かし1
引き落とし1
その他5
日翔志が負けの決まり手(42敗)
押し出し17
寄り切り10
叩き込み4
送り出し2
突き出し2
引き落とし2
その他5
令8年7月
東 十両10枚目(2枚上昇)
6勝9敗
○○●○●|●●●●○|●○●●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年5月
東 十両12枚目(6枚降下)
8勝7敗
●●○○●|○○●●○|○○●○●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年3月
東 十両6枚目(3枚上昇)
5勝10敗
●○●●●|○●●○●|●●○●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

▼ さらに過去の成績(4場所分)を見る
令8年1月
東 十両9枚目(8枚降下)
9勝6敗
●○●○○|○○●○●|○●○●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年11
東 十両筆頭(1枚降下)
2勝13敗
●○●●●|●●●○●|●●●●●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年9月
西 前頭17枚目(6枚上昇・最高位更新)
7勝8敗
●●●●○|○○○●●|○●○●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年7月
東 十両6枚目
10勝5敗
○○●○●|●○●○●|○○○○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

玉正鳳 萬平

玉正鳳 萬平(たましょうほう まんぺい)はモンゴル ウランバートル市出身、片男波部屋の力士で最高位は前頭17枚目。令和8年7月場所の番付は西 十両10枚目。

モンゴル・ウランバートル市に生まれ育つ。父親はモンゴル相撲と柔道の監督を務め、のちに大相撲で活躍する朝青龍や日馬富士、朝赤龍や時天空などを教え子に持つ名将であった。太りにくい体質であったが、食事稽古に励みながらプロの土俵を目指した。

13代高島(元関脇・高望山)が率いる高島部屋への入門を目指して来日したが、新弟子検査を受ける前に所属力士が不在となり同部屋が閉鎖される不測の事態に見舞われる。急遽、20代春日山(元幕内・春日富士)の春日山部屋へ引き取られる形で新弟子検査を受け、平成23年(2011年)9月場所に「高春日 望」の四股名で初土俵を踏んだ。この四股名は、入門予定であった高島部屋の「高望山」から「高」と「望」、そして春日山部屋の「春日富士」から「春日」を頂いて命名された。

5つの部屋を渡り歩く数奇な運命と改名

入門後はお家騒動や師匠の不祥事などに度々巻き込まれ、所属部屋と一門を次々と変える数奇な運命を辿ることになる。平成28年(2016年)の春日山部屋閉鎖に伴って追手風部屋へ移籍し、翌年には独立した15代中川(元幕内・旭里)に従って新設された中川部屋へ移籍した。この間、後援者の名前に由来する「種子島 万来」への改名を経て、15代中川の四股名とモンゴルの空に因んだ「旭蒼天 万来」へと改名している。

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しかし、令和2年(2020年)7月場所前にはその中川部屋も閉鎖処分を受ける。これに伴い、実の姉の夫であり義理の兄にあたる玉鷲が所属する片男波部屋への移籍が決定した。この移籍を機に、14代片男波(元関脇・玉春日)の「玉」と、正しく生きてほしいという願いを込めた「玉正鳳 萬平」へと改名し、偉大な義兄と同じ環境で猛稽古に励んだ。

大物食いの幕下優勝とスロー出世

長く幕下以下の土俵で下積みを続けたが、片男波部屋へ移籍して以降は着実に地力を蓄えていく。東幕下23枚目で迎えた令和4年(2022年)11月場所では、元大関の朝乃山を破る活躍を見せ、7戦全勝の好成績で幕下優勝を飾った。

東幕下筆頭まで番付を上げた翌令和5年(2023年)1月場所でも4勝3敗と勝ち越しを決め、翌3月場所で念願の新十両昇進を果たす。片男波部屋からの新関取誕生は義兄の玉鷲以来15年ぶりであり、初土俵から所要68場所での新関取は外国出身力士として史上2番目のスロー記録であった。

外国出身最遅の新入幕と取り口

十両昇進後は肉離れなどの怪我による足踏みも経験したが、東十両4枚目で迎えた令和6年(2024年)11月場所を10勝5敗の好成績で終え、翌令和7年(2025年)1月場所で見事に新入幕を果たした。31歳9ヶ月での新入幕は戦後8位の高齢記録であり、初土俵から所要79場所での新入幕は外国出身力士として史上最も遅いスロー出世記録であった。師匠からは「奇跡」と称されたが、本人は「スロー出世は気にしていない。これからという感じ」と力強く語り、念願であった義兄・玉鷲との幕内での揃い踏みを実現させた。

取り口は、春日山部屋時代までは四つ相撲であったが、中川部屋への移籍を境に押し相撲へとスタイルを変えている。突き放してからの叩き込みや、上手からの出し投げを得意とし、「右前みつを取れば負けない」と語るように右を引いての攻めにも絶対の自信を持つ。幾度も部屋の消滅劇に翻弄されながらも決して相撲への情熱を失うことなく、身近で背中を見せ続ける義兄からの刺激を胸に、持ち前のしぶとさで幕内の土俵への定着を目指して奮闘を続けている。

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💡 モンゴル出身一覧💡 片男波部屋の力士

四股名
玉正鳳 萬平(たましょうほう まんぺい)
最高位
前頭17枚目
最新番付
西 十両10枚目
出身地
モンゴル ウランバートル市
本名
エルデンビィールグ・エンクマンライ
生年月日
平成5年(1993)3月6日(33歳)
身長・体重
189cm・125kg
所属部屋
春日山 → 追手風 → 中川 → 片男波部屋
改名歴
高春日⇒種子島⇒旭蒼天 → 玉正鳳
初土俵
平成23年(2011)9月(18歳6ヵ月)
新十両
令和5年(2023)3月(30歳0ヵ月)
新入幕
令和7年(2025)1月(31歳10ヵ月)
優勝
幕下優勝1回
通算成績
396勝388敗0休/783出場(勝率:50.6%)
直近7場所
45勝60敗
7場所勝率
42.9%
得意技
右四つ・寄り・投げ
決まり手傾向(直近7場所)
玉正鳳が勝ちの決まり手(31勝)
叩き込み13
寄り切り4
押し出し4
突き落とし3
上手投げ2
引き落とし2
その他3
玉正鳳が負けの決まり手(44敗)
押し出し21
寄り切り11
突き出し4
叩き込み3
突き落とし1
引っ掛け1
その他3
令8年7月
西 十両10枚目(2枚上昇)
6勝9敗
●●●●●|●○●○●|○○○○●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年5月
西 十両12枚目(3枚半降下)
8勝7敗
○○○●●|○○●○○|●○●●●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年3月
東 十両9枚目(4枚降下)
6勝9敗
○●●●●|●●●○○|●○○●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

▼ さらに過去の成績(4場所分)を見る
令8年1月
東 十両5枚目(6枚上昇)
5勝10敗
○●●○●|○●●○●|●●●●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年11
東 十両11枚目(4枚降下)
10勝5敗
○○●○○|○●○●○|○●●○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年9月
東 十両7枚目(3枚半降下)
4勝11敗
●●○○●|●○●●●|●●○●●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年7月
西 十両3枚目
6勝9敗
○○●●●|○○●●●|●○●○●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

番付:十両11枚目

輝 大士

輝 大士(かがやき たいし)は石川県 七尾市出身、高田川部屋の力士で最高位は前頭3枚目。令和8年7月場所の番付は東 十両11枚目。

石川県金沢市に生まれ、小学1年次から穴水少年相撲教室で相撲の基礎を学び始めた。西南中学校の3年次には全国都道府県中学生選手権に出場して団体と個人の双方で優勝を飾る。なお、この時の団体戦で共に戦ったチームメイトの中村は、のちに宮城野部屋へ入門する炎鵬(現・伊勢ヶ濱部屋)であった。

足のサイズが32センチに達するほどの規格外の体格を持ち、入門前から「1日も早く横綱になりたい」と力強く公言していた。新弟子検査前には三段目と互角に渡り合い、9代高田川(元関脇・安芸乃島)から「しこやてっぽうの音が違う。骨から出している」と絶賛される鳴り物入りで、平成22年(2010年)3月場所に本名の「達(たつ)」で初土俵を踏んだ。

幕下での挫折と若の里との絆

初土俵から所要8場所で幕下へ昇進する順調な滑り出しを見せたが、そこから上位の壁に阻まれ、3年もの長きにわたり足踏みを経験する。「このまま一生勝ち越せないのではないか」と自暴自棄になりかけた時期もあったが、師匠からの「初心に戻れ」という助言で立ち直り、基本運動を徹底して苦境を乗り越えていった。

この苦しい時期を支えたのが、二所ノ関一門の同門であった関脇・若の里(のちの12代西岩)の存在であった。若の里の付け人を務める中で相撲のイロハや力士としての心構えを学び取っていたが、ある日、若の里から「付け人が関取になって巡業で飯を奢ってもらうのが夢」と聞かされた達は、「自分が関取になったら必ずご馳走しよう」と心に強く誓い、それを厳しい稽古のモチベーションの一つとした。

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努力が実を結び、平成26年(2014年)11月場所で念願の新十両昇進を果たす。そして翌年夏の巡業中、かつての約束を果たすべく若の里を食事に誘い、自ら支払いをしようとした。実際には若の里が「昔言ったことを覚えていて、声を掛けてくれただけで嬉しいんだよ。本気で金を出してもらおうなんて思ってないから」と語って自ら支払いを済ませたが、関取として成長した姿で立派な恩返しとなった。また、若の里の現役最後の巡業では自ら志願して最後の締込を締めるなど、偉大な先輩との間には深い絆が結ばれていた。

新幹線由来の四股名と幕内定着

関取昇進を機に、四股名を「輝 大士」へと改名する。「輝」は翌春に地元・石川県まで延伸開業する北陸新幹線の最速列車「かがやき」に因み、「大士」は親戚にあたる第54代横綱・輪島大士にあやかったものである。

改名にあたり、師匠の9代高田川は輪島の下の名を「たいし」と勘違いして命名の許可を申し入れた。輪島からは「いいよ。でも、これはひろしって読むんだぞ」とやんわり指摘されつつも快諾を得ており、輪島が現役時代に愛用した金色の廻しも受け継ぐなど、周囲の絶大な期待を背負って関取の土俵に上がった。

十両の土俵で着実に勝ち星を重ね、平成28年(2016年)1月場所において新入幕を果たす。最高位は東前頭3枚目を記録し、長身と長いリーチを存分に生かした突っ張りと、左のおっつけから相手を土俵外へ出す正攻法の相撲で長く幕内の土俵に定着した。一方で、腰の高さから相手に潜り込まれての寄り切りや、叩きにばったりと落ちる脆さも課題として指摘されている。

稽古熱心な素顔と不屈の闘志

角界屈指の稽古熱心な力士として知られている。場所中であっても、夜のちゃんこを食べ終えると自発的に稽古場へ足を運び、四股やすり足、鉄砲、さらにはその日の取組の反省を繰り返すというストイックな習慣を持ち、その真摯な姿勢は他の力士たちにも大きな影響を与えている。

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上位陣とも激しい取組を重ねていたが、令和3年(2021年)には年6場所すべてで負け越しを喫するという極度の不振に陥った。この結果、平成28年(2016年)7月場所から32場所連続で務めてきた幕内の地位から陥落し、大きな試練を迎えることとなった。

それでも決して相撲への情熱を失うことなく、十両へ陥落した後も地道に白星を積み重ねて幾度となく幕内への復帰を果たした。令和6年(2024年)7月場所では、得意の突き押しだけでなく土俵際での逆転技なども見せて10場所ぶりの幕内勝ち越しを決めるなど、ベテランらしいしぶとさも発揮している。

近年は番付の昇降を繰り返す苦しい土俵が続いているが、大相撲の伝統と基本を大切にする姿勢は入門時から変わらない。偉大な先輩や横綱から受け継いだ魂と、故郷からの大きな期待を胸に秘め、愚直なまでに真っ直ぐな突き押し相撲で今なお奮闘を続けている。

💡 石川県出身一覧💡 高田川部屋の力士

四股名
輝 大士(かがやき たいし)
最高位
前頭3枚目
最新番付
東 十両11枚目
出身地
石川県 七尾市
本名
達 綾哉
生年月日
平成6年(1994)6月1日(32歳)
身長・体重
192cm・171kg
所属部屋
高田川部屋
改名歴
達 → 輝
初土俵
平成22年(2010)3月(15歳9ヵ月)
新十両
平成26年(2014)11月(20歳5ヵ月)
新入幕
平成28年(2016)1月(21歳7ヵ月)
優勝
無し
通算成績
609勝623敗0休/1232出場(勝率:49.4%)
直近7場所
51勝54敗
7場所勝率
48.6%
得意技
突き・押し
決まり手傾向(直近7場所)
輝が勝ちの決まり手(39勝)
押し出し17
突き落とし5
引き落とし5
寄り切り3
浴せ倒し2
押し倒し2
その他5
輝が負けの決まり手(36敗)
押し出し11
寄り切り7
叩き込み6
突き落とし4
引き落とし2
引っ掛け1
その他5
令8年7月
東 十両11枚目(4枚降下)
7勝8敗
●○○●●|○●○●○|●●○○●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年5月
東 十両7枚目(2枚降下)
5勝10敗
●○●●○|●●○●○|●●○●●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年3月
東 十両5枚目(2枚半降下)
7勝8敗
○●○●●|●●●●○|○○●○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

▼ さらに過去の成績(4場所分)を見る
令8年1月
西 十両2枚目(1枚半上昇)
6勝9敗
●○●●○|●●○●○|○●●●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年11
東 十両4枚目(変動なし)
9勝6敗
●○○○●|○○○●○|●○●●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年9月
東 十両4枚目(3枚上昇)
8勝7敗
●○○○●|●●●●○|○○○●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年7月
東 十両7枚目
9勝6敗
○●○○○|●●●○○|○●○○●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

炎鵬 友哉

炎鵬 友哉(えんほう ゆうや)は石川県 金沢市出身、伊勢ヶ濱部屋の力士で最高位は前頭4枚目。令和8年7月場所の番付は西 十両11枚目。

相撲との出会いは5歳の頃、地元の「押野相撲スポーツ少年団」で稽古を始めたことに遡る。金沢市立西南部中学校時代には、後に高田川部屋の幕内力士となる輝(達綾哉)と同級生であり、全国都道府県中学生相撲選手権大会ではチームメイトとして団体優勝の栄冠に輝いた。その後、金沢学院東高校3年次に世界ジュニア相撲選手権大会の軽量級で優勝。金沢学院大学時代には合計10個ものタイトルを獲得するなど、小柄な体躯ながら「金沢の天才」としてその名を轟かせた。

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大学卒業後、第69代横綱・白鵬の内弟子として宮城野部屋へと入門した。白鵬から授かった「炎鵬」という四股名には「炎のような相撲と取れ」という期待が込められている。平成29年(2017年)3月場所に初土俵を踏むと、序ノ口から21連勝で一気に幕下まで番付を駆け上がった。その幕下も2場所で通過し、平成30年(2018年)3月場所での新十両昇進となった。初土俵から所要わずか6場所での十両昇進は史上最速タイの記録であり、1年足らずで関取の地位を掴み取ったことになる。

「ひねり王子」は幕内の人気力士に

十両の土俵でも順調に勝ち越しを積み上げ、令和元年(2019年)5月場所、西前頭14枚目で新入幕を果たした。身長170センチに満たない小柄な体で大型力士を翻弄する姿は、かつての業師・「技のデパート」舞の海を彷彿とさせ、多くのファンを魅了した。令和元年(2019年)7月場所には、体重100キロ未満の力士としては平成9年(1997年)9月場所の舞の海以来、22年ぶりとなる幕内での勝ち越しを決め、自身初となる技能賞を受賞した。

その変幻自在な取り口から「ひねり王子」の愛称で親しまれる一方、安易な変化はせずに圧力をかけながら前に出る正攻法の相撲で、大いに幕内の場を沸かせた。

度重なる怪我と不幸

令和2年(2020年)3月場所には東前頭4枚目まで番付を上げたが6勝9敗と負け越し、その後も3場所連続で負け越して十両へと番付を下げた。さらに令和3年(2021年)1月場所では、白鵬をはじめ同部屋の力士に新型コロナウイルス感染が確認されたことにより炎鵬も全休を余儀なくされた。その後も眼窩底骨折による全休など苦しい土俵が続き、西十両3枚目で迎えた令和5年(2023年)5月場所は初日から9連敗。頸部椎間板ヘルニアにより10日目から休場、これにより翌場所は幕下へと陥落することが決定的となった。

420日ぶり、不屈の復活へ

西幕下筆頭で迎えた令和5年(2023年)1月場所を全休。そこからさらに5場所連続全休で、番付は落ちるところまで落ちた。これは「頸部椎間板ヘルニアおよび脊髄損傷」によるものであり、医師からは「日常生活に戻るため相撲はあきらめてください」と宣告を受けるほどだった。13代宮城野(元横綱・白鵬)からも「今までよくやった」と声をかけられたが、炎鵬は諦めなかった。

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現役続行を決意した炎鵬は、令和6年(2024年)7月場所、西序ノ口13枚目で420日ぶりの本場所の土俵に立った。結果、敗れはしたものの炎鵬は辛い日々を思い返して涙ぐみながら「言葉にならない。感謝しかない」とコメントを残した。初日こそ敗れはしたものの2番相撲で478日ぶりの白星を挙げる。終わってみればこの場所を6勝1敗。炎鵬は再出発を切った。

その後も序二段、三段目、そして幕下へと着実に番付を上げていく。令和8年(2026年)1月場所、東幕下11枚目で6勝1敗。関取復帰を射程圏内に捉える位置にまで這い上がってきた。

信念を貫く「鵬」の誇り

令和6年(2024年)4月、宮城野部屋の閉鎖に伴い伊勢ヶ濱部屋へと転籍。令和8年(2026年)1月場所では旧宮城野部屋力士が一斉に改名したが、炎鵬は「この四股名で自分という存在がある。四股名に恥じないよう自分の名前を大切にしていきたい」と「炎鵬」への想いを語った。相撲スタイルは、低い姿勢から潜り込み、止まらずに動き続けることが特徴である。私生活では食が細く白米が苦手という一面もあるが、サプリメントなどを活用しながら理想の体作りを追求している。

💡 石川県出身一覧💡 伊勢ヶ濱部屋の力士

四股名
炎鵬 友哉(えんほう ゆうや)
最高位
前頭4枚目
最新番付
西 十両11枚目
出身地
石川県 金沢市
本名
中村 友哉
生年月日
平成6年(1994)10月18日(31歳)
身長・体重
167cm・107kg
出身高校
金沢学院東高校
出身大学
金沢学院大学
所属部屋
宮城野 → 伊勢ヶ濱部屋
初土俵
平成29年(2017)3月(22歳5ヵ月)
新十両
平成30年(2018)3月(23歳5ヵ月)
新入幕
令和1年(2019)5月(24歳7ヵ月)
優勝
三段目優勝1回,序二段優勝1回,序ノ口優勝1回
受賞・金星
技能賞1回
通算成績
300勝253敗80休/551出場(勝率:54.4%)
直近7場所
16勝14敗(幕下以下:23勝9敗3休)
7場所勝率
62.9%
得意技
左四つ・下手投げ
決まり手傾向(直近7場所)
炎鵬が勝ちの決まり手(23勝)
下手投げ4
押し出し4
寄り切り2
寄り倒し2
引き落とし2
下手出し投げ1
その他8
炎鵬が負けの決まり手(9敗)
押し出し3
叩き込み3
浴せ倒し1
寄り倒し1
切り返し1
令8年7月
西 十両11枚目(3枚上昇)
8勝7敗
●●○○●|●○○○●|●○●○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年5月
西 十両14枚目(3枚半上昇)
8勝7敗
○○○○○|●●○○●|●●○●●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年3月
東 幕下4枚目(7枚上昇)
5勝2敗
○--○●|-○-○-|○--●-
取組詳細(対戦相手・決まり手)

▼ さらに過去の成績(4場所分)を見る
令8年1月
東 幕下11枚目(6枚半上昇)
6勝1敗
-○○--|○-○○-|○-●--
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年11
西 幕下17枚目(13枚半上昇)
5勝2敗
-○-○●|--○-●|○---○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年9月
東 幕下31枚目(15枚降下)
5勝2敗
○-○-●|-●-○-|○---○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年7月
東 幕下16枚目
2勝2敗3休
●--○-|○●-やや|ややややや
取組詳細(対戦相手・決まり手)

番付:十両12枚目

東白龍 雅士

東白龍 雅士(とうはくりゅう まさひと)は東京都 足立区出身、玉ノ井部屋の力士で最高位は前頭15枚目。令和8年7月場所の番付は東 十両12枚目。

東京都足立区に生まれ、墨田区立第二寺島小学校5年次から葛飾白鳥相撲教室に通って相撲を始めた。葛飾区立大道中学校の3年次には白鵬杯で見事に優勝を飾る。その後、千葉県の専修大学松戸高校へ進学した。高校3年次の大会で団体3位に入賞した際、それまで軽視していた団体戦に強い興味を抱くようになる。大相撲からの誘いもあったが、団体優勝を目指して東洋大学への進学を選択した。

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団体戦への思いと大学での活躍

東洋大学の相撲部では、目標としていた全国学生相撲選手権大会(インカレ)の団体3連覇に大きく貢献した。さらに個人としても、3年次の全日本大学選抜相撲宇和島大会や、4年次の全日本大学選抜相撲和歌山大会、東日本学生相撲選手権大会で優勝を果たすなど、計3つのタイトルを獲得する。4年次の12月に出場した全日本相撲選手権大会でもベスト8に入り、大相撲の三段目100枚目格付出の資格を取得した。

この時点では相撲部屋から声はかかっていなかったものの、大学3年時に千秋楽パーティーに誘われた縁もあり、14代玉ノ井(元関脇・初代栃東)が率いる玉ノ井部屋への入門を決意する。

三段目付出での初陣

大学卒業後の令和元年(2019年)5月場所において、本名の「白石」で初土俵を踏んだ。三段目付出として臨んだこの初陣の場所で、アマチュアトップクラスの実力を遺憾なく発揮し、7戦全勝で見事に三段目優勝を飾る。その後は幕下の分厚い壁に挑み、一進一退の攻防を繰り返しながらも着実に地力を養っていった。

関取昇進と幕内の土俵へ

初土俵から約1年半となる令和2年(2020年)11月場所において、西幕下2枚目の地位で4勝3敗と勝ち越しを決める。これにより、翌令和3年(2021年)1月場所での新十両昇進を果たした。この関取昇進の節目に合わせて、四股名を本名から「東白龍」へと改名した。出身大学や師匠の四股名から「東」、本名から「白」、そして昇り龍から「龍」の字を組み合わせた四股名である。

十両の土俵で突き押し相撲に磨きをかけ、令和5年(2023年)9月場所において西十両4枚目で10勝5敗の好成績を挙げる。この活躍により、翌11月場所において新入幕を果たし、前頭15枚目まで番付を上げた。幕内として臨んだこの場所は5勝10敗と厚い壁に跳ね返されて十両へ陥落したものの、その後も関取の地位で土俵を務め続けている。

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スピードを生かした取り口

目標とする力士に阿炎を挙げており、スピードを生かした突っ張りと、突き起こしてからの素早い引き技を持ち味とする。師匠の玉ノ井からはスピードや前に出て回り込むセンスが高く評価されている。一方、押し一辺倒であるため廻しを取られたら自分の相撲にならないことを本人も認めており、体格の向上と四つへの対応が課題となっている。

また、アマチュア時代に体力温存のために多用していた立ち合いの叩きが悪癖となっており、相手の髷に手がかかって反則負けを喫することも少なくない。

💡 東京都出身一覧💡 玉ノ井部屋の力士

四股名
東白龍 雅士(とうはくりゅう まさひと)
最高位
前頭15枚目
最新番付
東 十両12枚目
出身地
東京都 足立区
本名
白石 雅仁
生年月日
平成8年(1996)4月17日(30歳)
身長・体重
182cm・135kg
出身高校
専修大学松戸高校
出身大学
東洋大学
所属部屋
玉ノ井部屋
改名歴
白石 → 東白龍
初土俵
令和1年(2019)5月・三段目100付出(23歳1ヵ月)
新十両
令和3年(2021)1月(24歳9ヵ月)
新入幕
令和5年(2023)11月(27歳7ヵ月)
優勝
三段目優勝1回
通算成績
275勝285敗13休/558出場(勝率:49.3%)
直近7場所
47勝58敗
7場所勝率
44.8%
得意技
突き・押し
決まり手傾向(直近7場所)
東白龍が勝ちの決まり手(33勝)※不戦勝1含む
叩き込み16
押し出し5
上手投げ3
突き出し2
寄り切り2
送り出し1
その他3
東白龍が負けの決まり手(42敗)
押し出し21
突き出し7
寄り切り5
叩き込み3
突き落とし2
掬い投げ1
その他3
令8年7月
東 十両12枚目(2枚降下)
8勝7敗
●○●●○|○●○●○|●○○●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年5月
東 十両10枚目(半枚上昇)
6勝9敗
○●○○●|○●○●●|●●●●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年3月
西 十両10枚目(変動なし)
8勝7敗
●●○○●|○○●○●|□○○●●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

▼ さらに過去の成績(4場所分)を見る
令8年1月
西 十両10枚目(変動なし)
7勝8敗
○●○●○|●○●●●|○○●○●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年11
西 十両10枚目(4枚降下)
7勝8敗
●○●●●|○○●●●|●○○○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年9月
西 十両6枚目(1枚半降下)
4勝11敗
○○●●●|●●●●○|○●●●●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年7月
東 十両5枚目
7勝8敗
○●○●●|●○●●○|○○●●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

嘉陽 快宗

嘉陽 快宗(かよう やすとき)は沖縄県 那覇市出身、中村部屋の力士で最高位は前頭16枚目。令和8年7月場所の番付は西 十両12枚目。

千葉県市川市に生まれ、小学4年次に地元の市川市相撲教室へ通い始めて相撲の基礎を学んだ。中学からは親元を離れ、新潟県糸魚川市の能生中学校へと相撲留学し、卒業後はそのまま新潟県立海洋高校へ進学する。名門校の厳しい稽古に耐え抜いて全国的な実力者へと成長を遂げ、2年次に出場した十和田大会で団体優勝に大きく貢献した。

高校卒業後は日本体育大学へ進学し、相撲部でさらなる研鑽を積む。4年次に出場した全国学生相撲選手権大会で個人ベスト8の好成績を残し、当時の規定における三段目最下位格(90枚目格)付出の資格を獲得した。

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大学卒業にあたり、13代二所ノ関(元横綱・稀勢の里)から熱心な誘いを受け、「稀勢の里さんの頼みなら入門を断れない」と責任重大な覚悟を胸に二所ノ関部屋への入門を決意する。なお、憧れの力士には入門会見に同席した部屋付きの13代中村(元関脇・嘉風)の名を挙げていた。令和4年(2022年)5月場所に本名の「嘉陽」で初土俵を踏む。入門当初は出身地を「千葉県市川市」としていたが、同年7月場所より両親の出身地である「沖縄県那覇市」へと変更している。

幕下での足踏みと中村部屋への転籍

初土俵から3場所は持ち前の実力を発揮して大きく勝ち越し、入門4場所目で幕下へ昇進する。幕下に昇進してからも着実に番付を上げたが、関取の座を目前にして番付運に見放されるなど、もどかしい時期を経験した。

令和5年(2023年)11月場所は西幕下6枚目で6勝1敗、翌令和6年(2024年)3月場所は西幕下3枚目で4勝3敗の好成績を残したが、いずれも新十両には届かなかった。それでも腐ることなく、西幕下筆頭で迎えた同年5月場所で5勝2敗と勝ち越し、ついに新十両昇進を決める。昇進会見では師匠の二所ノ関から「ちょっと遅かった。大の里を超えるくらい昇進してほしい」と厳しくも愛のある期待を寄せられた。

新十両昇進が決定した直後、憧れの存在であった13代中村が独立して中村部屋を新設したことに伴い、同部屋への転籍が決定する。これにより、中学から大学、そして二所ノ関部屋までずっと苦楽を共にしてきた「兄弟のような存在」である同期生の白熊とは別の部屋で土俵に立つこととなった。

新入幕と大の里との絆

また、大学の1年後輩である大の里は「弟のような存在」であり、互いを「ヤス」「ダイキ」と呼び合いボウリングに出かけるなど私生活でも仲が良い。大相撲入り後はスピード出世を果たす大の里に大きく先を越されたが、「早く追いつき、追い越したい」と強い対抗心を燃やして自身の起爆剤とし、新天地の中村部屋で着実に星を伸ばしていった。

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新十両として迎えた令和6年(2024年)7月場所は7勝8敗と負け越したものの、続く9月場所では11勝4敗の大勝ちを見せる。その後も十両上位で一進一退の攻防を続け、東十両2枚目で迎えた令和7年(2025年)3月場所で9勝6敗の成績を収め、翌5月場所で見事に新入幕を果たした。

新入幕の場所は東前頭16枚目で7勝8敗、続く7月場所は4勝11敗と上位の壁に跳ね返されて十両へ陥落したが、幕内の土俵で得た経験を糧に再び入幕を目指している。

特殊な稽古と取り口

取り口は突き・押しを最大の武器とする。二所ノ関部屋時代に稽古で胸を出していた師匠から「下に入る(相手の懐へ低く入り込む)相撲を取る」と証言されるように、低い立ち合いから下から上へと突き上げる相撲を長所としている。さらに中村部屋へ移籍した後は、組み合った状態から相撲を始める特殊な申し合い稽古を通じて、四つの力と技術にも磨きをかけている。

170センチ前半と決して長身ではないものの、170キロを超える分厚い体格を生かした強烈な押し相撲を持ち味とする。幕内と十両の往復を経験しながらも、持ち前の馬力と粘り強さ、そして良きライバルたちからの刺激を力に変えて、幕内の土俵への定着を目指して奮闘を続けている。

💡 沖縄県出身一覧💡 中村部屋の力士

四股名
嘉陽 快宗(かよう やすとき)
最高位
前頭16枚目
最新番付
西 十両12枚目
出身地
沖縄県 那覇市
本名
嘉陽 快宗
生年月日
平成11年(1999)7月14日(27歳)
身長・体重
175cm・170kg
出身高校
新潟海洋高校
出身大学
日本体育大学
所属部屋
二所ノ関 → 中村部屋
初土俵
令和4年(2022)5月・三段目90付出(22歳10ヵ月)
新十両
令和6年(2024)7月(25歳0ヵ月)
新入幕
令和7年(2025)5月(25歳10ヵ月)
優勝
無し
通算成績
154勝132敗0休/286出場(勝率:53.8%)
直近7場所
40勝50敗(幕内:4勝11敗)
7場所勝率
41.9%
得意技
突き・押し
決まり手傾向(直近7場所)
嘉陽が勝ちの決まり手(32勝)
押し出し11
押し倒し6
引き落とし3
寄り切り3
突き落とし2
肩透かし2
その他5
嘉陽が負けの決まり手(43敗)
寄り切り15
押し出し13
叩き込み7
引き落とし2
突き落とし1
突き出し1
その他4
令8年7月
西 十両12枚目(3枚降下)
7勝8敗
○○●●○|●●●○●|○●●○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年5月
西 十両9枚目(3枚降下)
5勝10敗
●●●○●|●●●○●|●○○●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年3月
西 十両6枚目(3枚上昇)
7勝8敗
○●●○○|●○○●○|●○●●●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

▼ さらに過去の成績(4場所分)を見る
令8年1月
西 十両9枚目(1枚半降下)
9勝6敗
○○●○○|○○●●●|○●○●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年11
東 十両8枚目(2枚降下)
6勝9敗
●●●●●|○○●○●|○●○○●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年9月
東 十両6枚目(7枚半降下)
6勝9敗
●○○●●|●●●●●|●○○○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年7月
東 前頭16枚目
4勝11敗
●●●●●|●●○●○|●●●○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

番付:十両13枚目

嵐富士 奏凪人

嵐富士 奏凪人(あらしふじ かなと)は福岡県 糟屋郡宇美町出身、伊勢ヶ濱部屋の力士。令和8年7月場所の番付は最高位更新となる東 十両13枚目。

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少年時代から空手や柔道、サッカーなど多岐にわたるスポーツに打ち込み、中学生の時には『SASUKE』に出場した異色の経歴を持つ。柔道で初段を取得して県大会へ出場する一方で、小学4年次から福岡相撲クラブで本格的に相撲を始めた。

鳥取城北高校から社会人での実績

中学卒業後は相撲の名門である鳥取城北高校へ進学する。3年次には高校総体や国体での団体優勝に大きく貢献し、高校総体で個人準優勝、国体でも個人4位に食い込むなど、全国的な強豪選手として輝かしい実績を残した。

高校卒業後はすぐには角界入りせず、鳥取城北高校の1学年先輩にあたる伯乃富士の父親が経営する「有限会社野田組」に所属し、社会人として母校で指導に当たりながら競技を継続した。全日本実業団選手権や国体などのアマチュア大会に出場を続け、国体の成年の部でベスト8に進出して幕下最下位格付出(60枚目格)の資格を獲得する。この実績を引っ提げ、宮城野部屋への入門を決断した。

部屋の転籍と「嵐富士」への改名

令和6年(2024年)3月場所に本名の「松井」で初土俵を踏む。初土俵から持ち前の実力を発揮して5勝2敗と勝ち越し、上々の滑り出しを見せた。しかしこの時期に宮城野部屋が伊勢ヶ濱一門の預かりとなったことに伴い、伊勢ヶ濱部屋への転籍を余儀なくされる激動のスタートとなった。

環境の変化に見舞われながらも決して腐ることなく、移籍先の伊勢ヶ濱部屋でも激しい稽古に食らいつき、幕下の土俵で着実に地力を蓄えていった。

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令和8年(2026年)1月場所には、旧宮城野部屋出身力士の一斉改名に伴い、四股名を「嵐富士」へと改めた。この四股名には「嵐のように土俵で暴れる相撲を取って欲しい」という師匠の思いが込められている。

改名後も安定した成績を残して幕下上位へと番付を上げ、念願の関取昇進を射程圏内に捉えている。持ち前の高い運動神経と豊富なアマチュア経験を生かした相撲で、新十両昇進を目指して日々の稽古に邁進している。

💡 福岡県出身一覧💡 伊勢ヶ濱部屋の力士

四股名
嵐富士 奏凪人(あらしふじ かなと)
最高位
十両13枚目
最新番付
東 十両13枚目
出身地
福岡県 糟屋郡宇美町
本名
松井 奏凪人
生年月日
平成16年(2004)10月12日(21歳)
身長・体重
172cm・123kg
出身高校
鳥取城北高校
所属部屋
宮城野 → 伊勢ヶ濱部屋
改名歴
松井 → 嵐富士
初土俵
令和6年(2024)3月・幕下60付出(19歳5ヵ月)
新十両
令和8年(2026)7月(21歳9ヵ月)
優勝
無し
通算成績
68勝44敗1休/111出場(勝率:61.3%)
直近7場所
11勝4敗(幕下以下:25勝17敗)
7場所勝率
63.2%
得意技
押し
決まり手傾向(直近7場所)
嵐富士が勝ちの決まり手(20勝)
押し出し12
突き出し2
肩透かし1
送り出し1
突き落とし1
押し倒し1
その他2
嵐富士が負けの決まり手(15敗)
叩き込み5
押し出し4
寄り切り2
押し倒し2
小手投げ1
突き落とし1
令8年7月
東 十両13枚目(3枚上昇・最高位更新)
11勝4敗(十両同点)
○○○○○|○○●○○|○●●●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年5月
東 幕下2枚目(5枚上昇・最高位更新)
5勝2敗
-○●-○|-○●--|○---○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年3月
東 幕下7枚目(2枚半上昇・最高位更新)
5勝2敗
-○-○○|--○●-|-○●--
取組詳細(対戦相手・決まり手)

▼ さらに過去の成績(4場所分)を見る
令8年1月
西 幕下9枚目(2枚上昇)
4勝3敗
○--○-|○●--●|-●-○-
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年11
西 幕下11枚目(2枚半降下)
4勝3敗
●-○--|●○--●|-○-○-
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年9月
東 幕下9枚目(5枚上昇・最高位更新)
3勝4敗
-○-●○|--○-●|●--●-
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年7月
東 幕下14枚目
4勝3敗
○--●○|-○-○-|-●--●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

白鷹山 亨将

白鷹山 亨将(はくようざん りょうすけ)は山形県 西置賜郡白鷹町出身、高田川部屋の力士で最高位は十両3枚目。令和8年7月場所の番付は西 十両13枚目。

山形県西置賜郡白鷹町に生まれ育つ。白鷹町立鮎貝小学校時代には柔道に打ち込み、中学校では陸上部に所属した。砲丸投げの選手として県大会で新記録を樹立して優勝を飾り、全国大会であるジュニアオリンピック陸上競技大会にも出場するなど、持ち前のパワーと運動神経を存分に発揮していた。

当初は高校へ進学して柔道を続け、将来は警察官となって安定した生活を送ることを志していたが、恵まれた体格を見込んだ父親からの勧めや、9代高田川(元関脇・安芸乃島)からの熱心な勧誘を受けたことで角界入りを決断する。相撲経験は全くなかったものの、中学校卒業を機に高田川部屋の門を叩いた。

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初土俵と四股名の由来

平成23年(2011年)3月場所で初土俵を踏む予定であったが、大相撲八百長問題の発覚により同場所が中止となる不測の事態に見舞われる。そのため、同年5月に開催された技量審査場所での初土俵となった。

四股名は初土俵の時から「白鷹山」を名乗った。これは故郷にある「白鷹山(しらたかやま)」と、米沢藩の名君として知られる第9代藩主・上杉鷹山(ようざん)に由来する。

序ノ口、序二段と順調に番付を上げたが、平成24年(2012年)5月場所で右膝前十字靭帯を断裂する大怪我を負い、長期間の休場を余儀なくされる。しかし、この怪我を通じて「引いたら怪我をする」という大きな教訓を得て前に出る相撲を心掛けるようになり、不屈の闘志で復帰して平成25年(2013年)11月場所で幕下への昇進を果たした。

輝との絆と新十両昇進

幕下昇進後も糖尿病を発症して体重が激減するなど、度重なる試練に直面した。幕下上位で一進一退の攻防が続く中、同じ中卒叩き上げである同部屋の兄弟子・輝の付け人を務め、「早く関取として横に並びたい」という強い思いを原動力に厳しい稽古へ打ち込んだ。輝からも「力が強く頭もいい。才能を生かし切れていないだけ」と高く評価され、左右で100キロを超えるという並外れた握力と地力を徐々に開花させていった。

平成30年(2018年)3月場所では東幕下筆頭の地位で勝ち越し、翌5月場所で念願の新十両昇進を果たした。山形県出身力士としての十両昇進は実に10年ぶりのことであり、地元は大いに沸き立った。

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幕下全勝優勝と十両優勝

新十両の場所は5勝10敗と上位の壁に跳ね返され、1場所で幕下への陥落を余儀なくされる。しかし、東幕下筆頭に下がった翌7月場所では持ち前の力を爆発させ、7戦全勝の見事な成績で幕下優勝を飾った。優勝インタビューでは「下から当たって終始攻めていく。『白鷹山は止まらない』という力士になっていきたい」と力強く語り、わずか1場所で関取の座へと返り咲いた。

その後は十両の土俵に定着して着実に経験を積み、西十両9枚目で迎えた令和3年(2021年)3月場所では11勝4敗の好成績を収め、自身初となる十両優勝を飾った。

不屈の土俵と突き押し相撲

取り口は恵まれた体格を生かした突き押しや、右四つに組んでからの力強い寄りを主体とする。大怪我の教訓から身につけた、立合いから一気に前へ出る馬力に定評があり、ツボにはまった際の破壊力は上位陣をも脅かすものがある。

近年は左膝の靭帯断裂などさらなる怪我に見舞われ、十両と幕下を幾度も往復する苦しい土俵が続いている。令和8年(2026年)3月場所では14場所ぶりに幕下へ陥落したものの、東幕下2枚目の地位で5勝2敗の好成績を収め、再び1場所での十両復帰を決定付けた。度重なる試練を乗り越えてきた粘り強さを武器に、幕内の土俵を目指して愚直に日々の稽古へ邁進している。

💡 山形県出身一覧💡 高田川部屋の力士

四股名
白鷹山 亨将(はくようざん りょうすけ)
最高位
十両3枚目
最新番付
西 十両13枚目
出身地
山形県 西置賜郡白鷹町
本名
齋藤 亨将
生年月日
平成7年(1995)4月13日(31歳)
身長・体重
188cm・182kg
所属部屋
高田川部屋
初土俵
平成23年(2011)5月(16歳1ヵ月)
新十両
平成30年(2018)5月(23歳1ヵ月)
優勝
十両優勝1回,幕下優勝1回
通算成績
450勝422敗62休/870出場(勝率:51.7%)
直近7場所
27勝48敗15休(幕下以下:5勝2敗)
7場所勝率
39.0%
得意技
突き・押し
決まり手傾向(直近7場所)
白鷹山が勝ちの決まり手(26勝)
押し出し15
突き出し4
寄り切り3
突き落とし2
押し倒し1
つき手1
白鷹山が負けの決まり手(41敗)
寄り切り20
押し出し6
送り出し4
突き出し3
上手出し投げ2
突き落とし2
その他4
令8年7月
西 十両13枚目(変動なし)
0勝0敗15休
休場
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年5月
西 十両13枚目(2枚半上昇)
6勝9敗
●●●●●|●●○○○|○●●○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年3月
東 幕下2枚目(2枚降下)
5勝2敗
○-●-●|-○-○-|○--○-
取組詳細(対戦相手・決まり手)

▼ さらに過去の成績(4場所分)を見る
令8年1月
東 十両14枚目(4枚降下)
6勝9敗
○●●●●|○●●○○|○●●●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年11
東 十両10枚目(変動なし)
4勝11敗
●●○●●|○●●○●|○●●●●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年9月
東 十両10枚目(4枚半降下)
7勝8敗
○●●●○|●●○○●|○●●○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年7月
西 十両5枚目
4勝11敗
●●○●○|●●●○●|●●○●●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

番付:十両14枚目

栃大海 雄

栃大海 雄(とちたいかい ゆう)は埼玉県 越谷市出身、春日野部屋の力士で最高位は前頭18枚目。令和8年7月場所の番付は東 十両14枚目。

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埼玉県越谷市に生まれ、小学校までは水泳や野球にも取り組んでいた。小学3年次から入間市の入間少年相撲クラブに通って本格的に相撲を始め、平成26年(2014年)の全国中学校相撲選手権大会で優勝して中学横綱のタイトルを獲得した。

中学卒業後は名門・埼玉栄高校へ進学する。同期には手計(のちの琴勝峰)や納谷(のちの王鵬)らがおり、1年次から団体戦のレギュラーとして活躍して高校総体や国体の団体優勝に大きく貢献した。高校卒業を待たずに春日野部屋への入門を決断し、在学中の平成29年(2017年)11月場所に本名の「塚原」で初土俵を踏んだ。

琴勝峰とのライバル対決

初めて番付に名前が載った翌平成30年(2018年)1月場所は、序ノ口の土俵で持ち前の実力を発揮する。本割で高校の同期である琴手計(のちの琴勝峰)に敗れたものの、優勝決定戦で再び琴手計と対戦して見事に勝利を収め、序ノ口優勝を飾った。続く3月場所の序二段では、一番相撲で琴手計に勝利した勢いそのままに7戦全勝とし、二場所連続となる各段優勝を果たした。

幕下の壁と関取への道

その後は順調に幕下へ昇進したが、関取の座を目前にして足踏みが続いた。番付運に恵まれず昇進を見送られる不運や、勝ち越せば十両昇進が有力視される東幕下筆頭の地位で極度の重圧から大きく負け越すなど、幾度も跳ね返される苦しい時期を過ごした。

それでも決して腐ることなく稽古を重ね、令和6年(2024年)3月場所で西幕下4枚目の地位で5勝2敗の好成績を収める。終盤に十両力士を連破して掴み取った白星であり、初土俵から6年余りの苦労の末についに念願の新十両昇進を決めた。

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関取昇進に合わせて、四股名を「栃大海」へと改名する。師匠(元関脇・栃乃和歌)の「栃」に、自身が海を好むことに因んだ「海」を合わせた名で関取としての第一歩を踏み出した。

部屋の記録継続と新入幕

新十両の場所で勝ち越したものの、続く同年7月場所で負け越して1場所で幕下へ陥落する試練を味わう。しかし、東幕下筆頭で迎えた翌9月場所を4勝3敗で勝ち越し、幕下陥落が避けられなくなった同部屋の兄弟子・碧山と入れ替わる形で再十両を果たした。これにより、昭和10年(1935年)から続いていた春日野部屋の「現役関取連続在籍記録」を自身の手で死守する形となった。

再十両の同年11月場所では10勝5敗と関取初の二桁勝利を挙げ、翌令和7年(2025年)5月場所で見事に新入幕を果たした。中学横綱のタイトル獲得から実に11年越しで掴み取った幕内の土俵であった。

記録途絶からの不屈の再起

恵まれた体格を生かしたスケールの大きな相撲を最大の持ち味とする。新入幕の場所は上位の壁に跳ね返されて陥落し、十両での土俵が続いた。

令和8年(2026年)1月場所には右膝内側側副靱帯の損傷により途中休場を余儀なくされ、翌3月場所で再び幕下へ陥落する。これにより、先人たちから自身へと受け継がれてきた春日野部屋の関取連続在籍記録がついに途絶えることとなった。重い歴史が途切れる悲哀と大怪我の試練に見舞われたが、同場所では1勝3敗と後がない状況から連勝で盛り返し、十両力士を破って勝ち越しを決めてわずか1場所での関取復帰を確定させた。名門部屋の看板を背負う誇りと不屈の闘志を胸に、持ち前のスケールの大きな相撲で幕内への定着を目指して奮闘を続けている。

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💡 埼玉県出身一覧💡 春日野部屋の力士

四股名
栃大海 雄(とちたいかい ゆう)
最高位
前頭18枚目
最新番付
東 十両14枚目
出身地
埼玉県 越谷市
本名
塚原 隆明
生年月日
平成11年(1999)10月12日(26歳)
身長・体重
193cm・164kg
出身高校
埼玉栄高校
所属部屋
春日野部屋
改名歴
塚原 → 栃大海
初土俵
平成29年(2017)11月(18歳1ヵ月)
新十両
令和6年(2024)5月(24歳7ヵ月)
新入幕
令和7年(2025)5月(25歳7ヵ月)
優勝
序二段優勝1回,序ノ口優勝1回
通算成績
239勝210敗5休/448出場(勝率:53.3%)
直近7場所
37勝48敗5休(幕下以下:4勝3敗)
7場所勝率
45.1%
得意技
突き・押し
決まり手傾向(直近7場所)
栃大海が勝ちの決まり手(27勝)
叩き込み11
押し出し7
突き落とし3
突き出し1
押し倒し1
寄り切り1
その他3
栃大海が負けの決まり手(35敗)※不戦敗1含む
押し出し12
叩き込み5
寄り切り4
引き落とし3
上手投げ3
突き落とし2
その他5
令8年7月
東 十両14枚目(変動なし)
7勝8敗
○●●●●|○●○○●|●○○●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年5月
東 十両14枚目(1枚半上昇)
7勝8敗
●○○●○|○●●○○|○●●●●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年3月
西 幕下筆頭(8枚半降下)
4勝3敗
●●--○|-●-○-|○-○--
取組詳細(対戦相手・決まり手)

▼ さらに過去の成績(4場所分)を見る
令8年1月
東 十両7枚目(1枚半降下)
3勝7敗5休
○●●○●|●●○●■|ややややや
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年11
西 十両5枚目(半枚降下)
6勝9敗
●○●○●|●○○●●|●●○○●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年9月
東 十両5枚目(1枚降下)
7勝8敗
●●●●○|○○●○●|○○●●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年7月
東 十両4枚目
7勝8敗
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取組詳細(対戦相手・決まり手)

錦木 徹也

錦木 徹也(にしきぎ てつや)は岩手県 盛岡市出身、伊勢ノ海部屋の力士で最高位は小結。令和8年7月場所の番付は西 十両14枚目。

岩手県盛岡市に生まれ育つ。父親は国体に3回出場した実績を持つアマチュア相撲選手であったが、自身は盛岡市立米内中学校時代に卓球部のエースとして活躍した。当時から極度の近視により、トレードマークとなる眼鏡をかけている。

中学卒業を控え、伊勢ノ海部屋の部屋付きであった10代甲山(元前頭11枚目・大碇)が相撲健康体操の指導で岩手県を訪れた際に勧誘を受けた縁から、角界入りを決断する。平成18年(2006年)3月場所、伊勢ノ海部屋から本名の「熊谷」で初土俵を踏んだ。

恵まれた体格を持ちながらも出世は決して早くはなく、序ノ口から幕下まで地道に番付を上げていく長い下積み生活を経験することになる。

伝統の四股名と関取昇進

幕下の土俵で一進一退の攻防を続けていたが、平成24年(2012年)7月場所より四股名を「錦木」へ改名する。この四股名は、文化年間に活躍した伊勢ノ海部屋の大関であり、のちに初代二所ノ関となった同郷の先達・錦木塚右エ門に由来する由緒ある名である。

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歴史ある四股名を頂いたことで「おめおめと故郷には帰れない。絶対に関取にならなければ」と覚悟を決め、同年11月場所では7戦全勝の見事な成績で幕下優勝を飾った。

この優勝を機に幕下上位へと定着してさらに実力を磨き、平成27年(2015年)5月場所で念願の新十両昇進を果たす。初土俵から所要54場所という苦労の末に掴み取った関取の座であり、盛岡市出身の力士としては実に63年ぶりの快挙であった。

幕内定着と遅咲きの三役昇進

十両の土俵を1年間務め上げ、平成28年(2016年)5月場所で新入幕を果たす。その後は幕内と十両の往復も経験したが、平成29年(2017年)5月場所では千秋楽に取り直しの熱戦を制して十両優勝を飾り、同時に通算300勝という節目に花を添えた。これを機に徐々に幕内の土俵へと定着していった。

幕内でも地道に努力を重ね、東前頭筆頭で迎えた令和5年(2023年)7月場所で大きな飛躍を見せる。横綱・照ノ富士から金星を獲得し、関脇陣にも全勝する活躍で10勝5敗の成績を収め、自身初となる殊勲賞を受賞した。初土俵から所要103場所での初三賞は、制度制定以降で最も遅い受賞記録であった。

続く同年9月場所では、初土俵から所要104場所というスロー記録で新三役となる小結へ昇進する。昇進会見では自身の歩みを「記録に名前が残ることはうれしい」と喜びを噛み締めた。令和6年(2024年)9月場所でも11勝4敗の好成績で敢闘賞を受賞するなど、ベテランの域に達してからも上位陣を脅かす確かな存在感を示した。

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剛腕の左四つと愛される素顔

取り口は、左四つからの寄りや押しを主体とする。立ち合いの遅さを指摘されることもあるが、それを補って余りある並外れた腕力と重い腰を最大の持ち味としている。長年の課題であった脇の甘さもベテランとなってから克服し、相撲の質をさらに高めた。

コンタクトレンズを敬遠しており、土俵外や花道では常に眼鏡を着用している。取組後に相手を気遣う優しさや、いも焼酎を愛する素朴な酒豪エピソードも相まって、多くの相撲ファンから愛されている。

近年は十両への陥落も味わうなど苦しい土俵が続いているが、日々の朝稽古を欠かさない生真面目さで、由緒ある四股名を胸に地道に奮闘を続けている。

💡 岩手県出身一覧💡 伊勢ノ海部屋の力士

四股名
錦木 徹也(にしきぎ てつや)
最高位
小結
最新番付
西 十両14枚目
出身地
岩手県 盛岡市
本名
熊谷 徹也
生年月日
平成2年(1990)8月25日(35歳)
身長・体重
186cm・180kg
所属部屋
伊勢ノ海部屋
改名歴
熊谷 → 錦木
初土俵
平成18年(2006)3月(15歳7ヵ月)
新十両
平成27年(2015)5月(24歳9ヵ月)
新入幕
平成28年(2016)5月(25歳9ヵ月)
新小結
令和5年(2023)9月(33歳1ヵ月)
優勝
十両優勝1回,幕下優勝1回
受賞・金星
殊勲賞1回,敢闘賞1回,金星2個
通算成績
669勝705敗2休/1373出場(勝率:48.7%)
直近7場所
39勝51敗(幕内:2勝13敗)
7場所勝率
39.0%
得意技
押し
決まり手傾向(直近7場所)
錦木が勝ちの決まり手(29勝)
寄り切り11
押し出し9
寄り倒し2
引き落とし2
上手投げ2
送り引き落とし1
その他2
錦木が負けの決まり手(46敗)
寄り切り16
押し出し10
叩き込み8
引き落とし2
掬い投げ2
押し倒し1
その他7
令8年7月
西 十両14枚目(3枚降下)
7勝8敗
●●○○○|●○●●○|○●●○●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年5月
西 十両11枚目(半枚上昇)
5勝10敗
●●●●○|●○●●○|○●○●●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年3月
東 十両12枚目(変動なし)
8勝7敗
●●●○○|●●●○●|○○○○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

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令8年1月
東 十両12枚目(5枚半降下)
7勝8敗
●○●●○|○●○●○|●○●●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年11
西 十両6枚目(7枚半降下)
4勝11敗
○●○●●|●●●●○|●●○●●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年9月
西 前頭16枚目(2枚上昇)
2勝13敗
●●●●●|●●○●●|●●●○●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年7月
東 十両筆頭
8勝7敗
●●●●○|○○○○○|●○●●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

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カテゴリー : 十両

公開日:2023-01-04
投稿者:レイ

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