二子山(ふたごやま)部屋の現役力士の番付と成績、そして基礎情報をまとめてご紹介します。
- 一門 :出羽海一門
- 創設 :平成30年(2018)4月1日
- 創設者:14代・二子山 雅高(元大関・雅山)
- 現師匠:同上
- 所在地:東京都葛飾区柴又2-10-13
- SNS:二子山親方Twitter
- SNS:二子山部屋Instagram
この記事の目次
西岩部屋の序二段
若神 哲平
若神 哲平(わかじん てっぺい)は青森県 鶴田町出身、西岩部屋の力士。令和8年1月場所の番付は最高位更新となる東 序二段4枚目。
- 四股名
- 若神 哲平(わかじん てっぺい)
- 最高位
- 序二段4枚目
- 最新番付
- 東 序二段4枚目
- 出身地
- 青森県 鶴田町
- 本名
- 神 哲平
- 生年月日
- 平成19年(2007)1月25日(19歳)
- 出身高校
- 木造高校
- 所属部屋
- 西岩部屋
- 初土俵
- 令和7年(2025)3月(18歳2ヵ月)
- 優勝
- 無し
- 通算成績
- 20勝15敗0休/34出場(勝率:58.8%)
- 直近7場所
- 20勝15敗
- 7場所勝率
- 58.8%
- 令8年1月
- 東 序二段4枚目(22枚半上昇・最高位更新)
- 4勝3敗
- ●-●-○|--○●-|-○-○-
- 令7年11月
- 西 序二段26枚目(26枚上昇・最高位更新)
- 4勝3敗
- ○--○-|○○-●-|●--■-
- 令7年9月
- 西 序二段52枚目(25枚半上昇・最高位更新)
- 4勝3敗
- ●-○-○|-○--●|○-●--
- 令7年7月
- 東 序二段78枚目(38枚半上昇・最高位更新)
- 4勝3敗
- ○--○●|-○--○|●--●-
- 令7年5月
- 西 序ノ口10枚目(出世)
- 4勝3敗
- -●○--|●○-●-|-○-○-
- 令7年3月
- 前相撲
💡 この力士の関連データを深掘り
八女の里 晃
八女の里 晃(やめのさと あきら)は福岡県 八女郡広川町出身、西岩部屋の力士で最高位は三段目21枚目。令和8年1月場所の番付は西 序二段8枚目。
小4から地元の隆雄道場で相撲を始めて広川中2年次には全中団体でベスト8など活躍。希望が丘高校を卒業と共に、中学の頃から声をかけてもらっていた西岩親方(元関脇・若の里)のもとへ。
- 四股名
- 八女の里 晃(やめのさと あきら)
- 最高位
- 三段目21枚目
- 最新番付
- 西 序二段8枚目
- 出身地
- 福岡県 八女郡広川町
- 本名
- 中谷 晃
- 生年月日
- 平成12年(2000)4月3日(25歳)
- 出身高校
- 希望が丘高校
- 所属部屋
- 西岩部屋
- 改名歴
- 若中谷⇒八女の里
- 初土俵
- 平成30年(2018)3月(17歳11ヵ月)
- 優勝
- 無し
- 通算成績
- 156勝156敗10休/312出場(勝率:50%)
- 直近7場所
- 22勝20敗7休
- 7場所勝率
- 52.4%
- 令8年1月
- 西 序二段8枚目(31枚半降下)
- 0勝0敗7休
- 休場
- 令7年11月
- 東 三段目57枚目(11枚降下)
- 2勝5敗
- -●-○-|●-○●-|-●-●-
- 令7年9月
- 東 三段目46枚目(25枚降下)
- 3勝4敗
- ○--●○|--●-●|○--●-
- 令7年7月
- 東 三段目21枚目(58枚上昇・最高位更新)
- 2勝5敗
- -●●-○|-●--●|●--○-
- 令7年5月
- 東 三段目79枚目(19枚上昇)
- 6勝1敗
- ○-○-○|--○○-|●-○--
- 令7年3月
- 東 序二段18枚目(42枚上昇)
- 4勝3敗
- -●●-○|--○-○|○-●--
- 令7年1月
- 東 序二段60枚目
- 5勝2敗
- -○○--|○●--●|○--○-
💡 この力士の関連データを深掘り
幹希の里 優霧
幹希の里 優霧(みきのさと ひろむ)は兵庫県 尼崎市出身、西岩部屋の力士で最高位は三段目69枚目。令和8年1月場所の番付は西 序二段52枚目。
父親は放駒部屋の元三段目力士だった駒響。わんぱく相撲の予選に出るために園和小学2年の頃から相撲を始める。園田東中学2年の頃から力士への想いが高まった田中は、現役国体選手でもある父の指導のもと、入門に向けて稽古に励んだ。手足の長さを活かした懐の深い相撲。明るい性格のムードメーカー。
- 四股名
- 幹希の里 優霧(みきのさと ひろむ)
- 最高位
- 三段目69枚目
- 最新番付
- 西 序二段52枚目
- 出身地
- 兵庫県 尼崎市
- 本名
- 田中 優霧
- 生年月日
- 平成17年(2005)1月20日(21歳)
- 所属部屋
- 西岩部屋
- 改名歴
- 若田中⇒若双葉⇒幹希の里
- 初土俵
- 令和2年(2020)3月(15歳2ヵ月)
- 優勝
- 無し
- 通算成績
- 115勝123敗0休/237出場(勝率:48.5%)
- 直近7場所
- 23勝26敗
- 7場所勝率
- 46.9%
- 令8年1月
- 西 序二段52枚目(47枚半降下)
- 4勝3敗
- ○--○●|--○-○|●-●--
- 令7年11月
- 東 序二段5枚目(16枚降下)
- 1勝6敗
- -●●-●|-●-●-|●-○--
- 令7年9月
- 東 三段目69枚目(34枚半上昇・最高位更新)
- 3勝4敗
- ●-●-●|--○-●|-○○--
- 令7年7月
- 西 序二段23枚目(20枚半上昇)
- 5勝2敗
- ○-●-●|--○-○|-○-○-
- 令7年5月
- 東 序二段44枚目(46枚降下)
- 4勝3敗
- -●○--|○○-●-|○-●--
- 令7年3月
- 東 三段目78枚目(36枚上昇・最高位更新)
- 1勝6敗
- ●-●--|●-○●-|●---●
- 令7年1月
- 東 序二段34枚目
- 5勝2敗
- ●--○○|--●○-|-○○--
💡 この力士の関連データを深掘り
里松永 愛羅
里松永 愛羅(さとまつなが せら)は大阪府 羽曳野市出身、西岩部屋の力士で最高位は序二段68枚目。令和8年1月場所の番付は東 序二段87枚目。
- 四股名
- 里松永 愛羅(さとまつなが せら)
- 最高位
- 序二段68枚目
- 最新番付
- 東 序二段87枚目
- 出身地
- 大阪府 羽曳野市
- 本名
- 松永 愛羅
- 生年月日
- 平成22年(2010)2月23日(15歳)
- 所属部屋
- 西岩部屋
- 初土俵
- 令和7年(2025)3月(15歳1ヵ月)
- 優勝
- 無し
- 通算成績
- 18勝17敗0休/35出場(勝率:51.4%)
- 直近7場所
- 18勝17敗
- 7場所勝率
- 51.4%
- 令8年1月
- 東 序二段87枚目(18枚半降下)
- 5勝2敗
- -○-●●|--○-○|○--○-
- 令7年11月
- 西 序二段68枚目(35枚上昇・最高位更新)
- 3勝4敗
- -○●--|○-●-○|-●●--
- 令7年9月
- 西 序二段103枚目(22枚半降下)
- 4勝3敗
- -●-●-|○○--○|-○-●-
- 令7年7月
- 東 序二段81枚目(39枚半上昇・最高位更新)
- 2勝5敗
- ○-●-●|--●●-|-○●--
- 令7年5月
- 西 序ノ口14枚目(出世)
- 4勝3敗
- -●○--|●-○○-|●-○--
- 令7年3月
- 前相撲
💡 この力士の関連データを深掘り
若長谷川 恵司
若長谷川 恵司(わかはせがわ けいじ)は青森県 つがる市出身、西岩部屋の力士で最高位は序二段80枚目。令和8年1月場所の番付は東 序二段98枚目。
- 四股名
- 若長谷川 恵司(わかはせがわ けいじ)
- 最高位
- 序二段80枚目
- 最新番付
- 東 序二段98枚目
- 出身地
- 青森県 つがる市
- 本名
- 長谷川 恵司
- 生年月日
- 平成16年(2004)7月13日(21歳)
- 所属部屋
- 西岩部屋
- 初土俵
- 令和7年(2025)3月(20歳8ヵ月)
- 優勝
- 無し
- 通算成績
- 15勝20敗0休/35出場(勝率:42.9%)
- 直近7場所
- 15勝20敗
- 7場所勝率
- 42.9%
- 令8年1月
- 東 序二段98枚目(18枚降下)
- 4勝3敗
- -●-○○|-○--●|-○--●
- 令7年11月
- 東 序二段80枚目(36枚上昇・最高位更新)
- 2勝5敗
- ●--●-|○○-●-|●-●--
- 令7年9月
- 東 序ノ口14枚目(2枚上昇・最高位更新)
- 4勝3敗
- -●-○●|--○-○|●-○--
- 令7年7月
- 東 序ノ口16枚目(半枚降下)
- 3勝4敗
- ○-●-○|--●●-|●---○
- 令7年5月
- 西 序ノ口15枚目(出世)
- 2勝5敗
- ●-●-●|--○●-|○---●
- 令7年3月
- 前相撲
💡 この力士の関連データを深掘り
西岩部屋の序ノ口
若大根原 瑞規
若大根原 瑞規(わかおおねはら みずき)は東京都 練馬区出身、西岩部屋の力士で最高位は序二段29枚目。令和8年1月場所の番付は東 序ノ口筆頭。
練馬区立谷原中学時代からボクシングやレスリングを始め、中学を卒業後はアルバイトをしながら石神井スポーツボクシングジムに通ってプロを目指していた。
転機はプロテストを目前に控えていた頃。ボクシングジムの会長に見せられた大相撲中継に大いに魅了された大根原は力士への転向を決め、自ら西岩親方(元関脇・若の里)に連絡を取り、その門を叩いた。
- 四股名
- 若大根原 瑞規(わかおおねはら みずき)
- 最高位
- 序二段29枚目
- 最新番付
- 東 序ノ口筆頭
- 出身地
- 東京都 練馬区
- 本名
- 大根原 瑞規
- 生年月日
- 平成15年(2003)6月12日(22歳)
- 所属部屋
- 西岩部屋
- 初土俵
- 令和2年(2020)3月(16歳9ヵ月)
- 優勝
- 無し
- 通算成績
- 97勝114敗20休/209出場(勝率:46.4%)
- 直近7場所
- 19勝30敗
- 7場所勝率
- 39.6%
- 令8年1月
- 東 序ノ口筆頭(14枚半降下)
- 5勝2敗
- ○--○○|--○●-|-○●--
- 令7年11月
- 西 序二段87枚目(18枚降下)
- 2勝5敗
- -○○-●|-●--●|●---■
- 令7年9月
- 西 序二段69枚目(33枚上昇)
- 3勝4敗
- -●○--|○○-●-|-●●--
- 令7年7月
- 西 序二段102枚目(19枚降下)
- 4勝3敗
- ○-○--|○-●●-|-○●--
- 令7年5月
- 西 序二段83枚目(24枚降下)
- 2勝5敗
- -○-●-|○-●-●|●--●-
- 令7年3月
- 西 序二段59枚目(43枚半降下)
- 2勝5敗
- -●●-○|-●-●-|●--○-
- 令7年1月
- 東 序二段16枚目
- 1勝6敗
- ●--○●|--●-●|-●-●-
💡 この力士の関連データを深掘り
若花新 耕司
若花新 耕司(わかあらた こうじ)は大阪府 東大阪市出身、西岩部屋の力士で最高位は序二段67枚目。令和8年1月場所の番付は西 序ノ口6枚目。
意岐部小学校5年生の頃から東大阪相撲道場で相撲を始めた。その道場に足を運んだ西岩親方(元関脇・若の里)に誘われたことで角界入りを決意。
- 四股名
- 若花新 耕司(わかあらた こうじ)
- 最高位
- 序二段67枚目
- 最新番付
- 西 序ノ口6枚目
- 出身地
- 大阪府 東大阪市
- 本名
- 藤岡 耕司
- 生年月日
- 平成14年(2002)11月16日(23歳)
- 所属部屋
- 西岩部屋
- 改名歴
- 若藤岡⇒若新⇒若花新
- 初土俵
- 平成30年(2018)3月(15歳4ヵ月)
- 優勝
- 無し
- 通算成績
- 100勝187敗14休/287出場(勝率:34.8%)
- 直近7場所
- 17勝32敗
- 7場所勝率
- 34.7%
- 令8年1月
- 西 序ノ口6枚目(変動なし)
- 2勝5敗
- -●○--|○-●●-|-●-●-
- 令7年11月
- 西 序ノ口6枚目(12枚半降下)
- 3勝4敗
- -○○--|●-○-●|-●-●-
- 令7年9月
- 東 序二段96枚目(27枚半降下)
- 1勝6敗
- ●--●●|-●-○-|-●--●
- 令7年7月
- 西 序二段68枚目(35枚上昇)
- 2勝5敗
- -●-○-|●-●-○|●-●--
- 令7年5月
- 西 序二段103枚目(4枚半降下)
- 4勝3敗
- -○-○●|-●-○-|-●-○-
- 令7年3月
- 東 序二段99枚目(6枚半上昇)
- 2勝5敗
- ○--●○|--●-●|●---●
- 令7年1月
- 西 序ノ口5枚目
- 3勝4敗
- -○●--|●○--●|-●--○
💡 この力士の関連データを深掘り
若佐々木 大和
若佐々木 大和(わかささき やまと)は青森県 むつ市出身、西岩部屋の力士で最高位は序ノ口3枚目。令和8年1月場所の番付は東 序ノ口16枚目。
- 四股名
- 若佐々木 大和(わかささき やまと)
- 最高位
- 序ノ口3枚目
- 最新番付
- 東 序ノ口16枚目
- 出身地
- 青森県 むつ市
- 本名
- 佐々木 大和
- 生年月日
- 平成21年(2009)1月6日(17歳)
- 所属部屋
- 西岩部屋
- 初土俵
- 令和6年(2024)3月(15歳2ヵ月)
- 優勝
- 無し
- 通算成績
- 10勝62敗5休/70出場(勝率:14.3%)
- 直近7場所
- 10勝36敗3休
- 7場所勝率
- 22.2%
- 令8年1月
- 東 序ノ口16枚目(1枚上昇)
- 1勝6敗
- -●○--|●●--●|-●●--
- 令7年11月
- 東 序ノ口17枚目(4枚上昇)
- 2勝4敗1休
- ●--○○|--●●-|-■ややや
- 令7年9月
- 東 序ノ口21枚目(6枚降下)
- 2勝5敗
- -●-●-|○-●-●|-○--●
- 令7年7月
- 東 序ノ口15枚目(12枚降下)
- 1勝6敗
- -○-●-|●●--●|-●--●
- 令7年5月
- 東 序ノ口3枚目(9枚上昇・最高位更新)
- 1勝4敗2休
- やややや-|●-●●-|○-●--
- 令7年3月
- 東 序ノ口12枚目(6枚半上昇・最高位更新)
- 2勝5敗
- -●●-○|--●-●|-○--●
- 令7年1月
- 西 序ノ口18枚目
- 1勝6敗
- ●-○--|●●--●|●-●--
💡 この力士の関連データを深掘り
鳥取城北高校出身力士ナビゲーション
鳥取城北高校出身の最高位:横綱
第73代横綱 照ノ富士 春雄
照ノ富士 春雄(てるのふじ はるお)はモンゴル ウランバートル市出身。伊勢ヶ濱部屋の横綱。
鳥取城北高校に相撲留学で来日し石浦外喜義監督に相撲を教わる。2代若乃花の間垣部屋に入門し若三勝の四股名で初土俵を踏んだ。
間垣部屋の閉鎖に伴い伊勢ヶ濱部屋へと移籍すると一気に開花。移籍当初の幕下10枚目から小結を飛び越しての新関脇まではわずか12場所だった。ちなみに新十両昇進時に照ノ富士へと改名。
関脇2場所目で初優勝、場所後に大関昇進とこの頃には綱取りも間近と思われたが平成27年(2015)9月場所の稀勢の里戦で右膝前十字靭帯損傷と外側半月板損傷の大怪我を負ってから歯車が狂い始めた。
約1年半の低迷期を経た平成29年(2017)3月場所では大復活、優勝目前だったがまさかの本割と優勝決定戦で稀勢の里に2連敗して逃した。翌場所も優勝次点と好成績を収めはしたが膝はすでに限界を超えており、平成29年9月場所で負け越して大関陥落。さらに糖尿病の影響もあり満足な相撲も取れないまま遂には幕下へと陥落、さらに休場が続いて番付は序二段にまで下がった。
平成31年(2019)3月場所、5場所ぶりに西序二段48枚目で復帰して7戦全勝。惜しくも優勝決定戦は狼雅に敗れたが順調な再スタートとなった。その後も着実に番付を上げていき、西幕下10枚目で迎えた令和元年(2019)11月場所を全勝優勝で飾り令和2年初場所での関取復帰を決めた。さらにその十両復帰場所でも13日連続勝利で十両優勝、復活を大いにアピールすることとなった。
東十両3枚目だった令和2年(2020)3月場所でも10勝5敗の好成績をあげた照ノ富士は、翌5月場所で念願だった再入幕を果たす。大関、幕内、そして幕内最高優勝経験者による序二段陥落からの幕内復帰は、どれもが史上初となる快挙。
その幕内復帰の令和2年(2020)7月場所。千秋楽で関脇・御嶽海を破り、平成27年(2015)5月場所以来2度目となる幕内最高優勝の栄誉に輝いた。
- 四股名
- 照ノ富士 春雄(てるのふじ はるお)
- 最高位
- 横綱
- 最新番付
- 東 横綱
- 出身地
- モンゴル ウランバートル市
- 本名
- ガントルガ・ガンエルデネ⇒杉野森 正山
- 生年月日
- 平成3年(1991)11月29日(34歳)
- 出身高校
- 鳥取城北高校・中退
- 所属部屋
- 間垣⇒伊勢ヶ濱部屋
- 改名歴
- 若三勝⇒照ノ富士
- 初土俵
- 平成23年(2011)5月(19歳6ヵ月)
- 新十両
- 平成25年(2013)9月(21歳10ヵ月)
- 新入幕
- 平成26年(2014)3月(22歳4ヵ月)
- 新小結
- 令和2年(2020)11月(29歳0ヵ月)
- 新関脇
- 平成27年(2015)3月(23歳4ヵ月)
- 新大関
- 平成27年(2015)7月(23歳8ヵ月)
- 横綱昇進
- 令和3年(2021)9月(29歳10ヵ月)
- 優勝
- 幕内優勝10回,十両優勝2回,幕下優勝1回
- 受賞・金星
- 殊勲賞3回,敢闘賞3回,技能賞3回
- 通算成績
- 523勝275敗231休/785出場(勝率:66.6%)
- 直近7場所
- 29勝15敗51休
- 7場所勝率
- 70.7%
- 令7年1月
- 東 横綱(変動なし)
- 2勝3敗
- ●○○●■|や |
- 令6年11月
- 東 横綱(変動なし)
- 0勝0敗15休
- 休場
- 令6年9月
- 東 横綱(変動なし)
- 0勝0敗15休
- 休場
- 令6年7月
- 東 横綱(変動なし)
- 12勝3敗(幕内優勝)
- ○○○○○|○○○○○|●○○●●
- 令6年5月
- 東 横綱(変動なし)
- 0勝2敗13休
- ●■ややや|ややややや|ややややや
- 令6年3月
- 東 横綱(変動なし)
- 2勝5敗8休
- ●○○●●|●■ややや|ややややや
- 令6年1月
- 東 横綱
- 13勝2敗(幕内優勝)
- ○●○○○|○●○○○|○○○□○
鳥取城北高校出身の最高位:大関
琴光喜 啓司
愛知県岡崎市出身、佐渡ヶ嶽部屋の元力士で最高位は大関。不本意な形で角界を去ることになり、解雇の無効を訴えて髷を残していたが平成27年(2015)2月7日に断髪式を行った。
- 四股名 :琴光喜 啓司(ことみつき けいじ)
- 最高位 :大関
- 出身地 :愛知県岡崎市
- 本 名 :田宮 啓司
- 生年月日:昭和51年(1976)4月11日
- 出身高校:鳥取城北高校
- 出身大学:日本大学
- 所属部屋:佐渡ヶ嶽部屋
- 改名歴 :琴田宮⇒琴光喜
- 初土俵 :平成11年(1999)3月・幕下60付出(22歳11ヵ月)
- 新十両 :平成11年(1999)11月(23歳7ヵ月)
- 新入幕 :平成12年(2000)5月(24歳1ヵ月)
- 新三役 :平成13年(2001)1月(24歳9ヵ月)
- 新大関 :平成19年(2007)9月(31歳5ヵ月)
- 最終場所:平成22年(2010)7月(34歳3ヵ月)
- 生涯戦歴:571勝367敗50休/934出場(68場所)
- 生涯勝率:60.9%
- 優勝等 :幕内優勝1回(次点8),十両優勝1回(同点1),幕下優勝1回
- 成 績 :殊勲賞2回,敢闘賞4回,技能賞7回,金星3個
- 幕内戦歴:492勝343敗50休(59場所)勝率:58.9%
- 大関:141勝104敗10休(17場所)勝率:57.6%
- 関脇:176勝139敗15休(22場所)勝率:55.9%
- 小結:72勝48敗(8場所)勝率:60.0%
- 前頭:103勝52敗25休(12場所)勝率:66.5%
- 十両戦歴:56勝19敗(5場所)勝率:74.7%
鳥取城北高校出身の最高位:関脇
逸ノ城 駿
逸ノ城 駿(いちのじょう たかし)はモンゴル・アルハンガイ県出身、湊部屋の元力士で、最高位は関脇。
平成26年(2014)1月場所に20歳9ヶ月で初土俵を踏み、令和5年(2023)3月場所を最後に引退(29歳11ヶ月)(※番付上は令和5年5月場所が最後)。
通算成績は408勝328敗73休734出場。生涯勝率.554。通算55場所中、34場所を勝ち越した(勝ち越し率.618)。
主な成績は幕内優勝1回(次点2),十両優勝2回(同点1)。殊勲賞3回,敢闘賞1回,金星9個。
平成5年(1993)4月7日生まれ。本名はアルタンホヤグ・イチンノロブ。日本名は三浦 駿。
モンゴルでは遊牧民として、ウランバートルから400キロ離れた草原で家畜を飼いながら暮らしていた。幼い頃からモンゴル相撲に親しむ。ウランバートルで柔道に取り組んでいた頃に鳥取城北高校相撲部の石浦監督に才能を見出されて相撲留学が決定。同じ柔道道場に通っていたのちの照ノ富士とは同じ飛行機で来日し、高校の寮も同じという仲だった。
高校では合計5つのタイトルを獲得したが「高校横綱」は逃す。石浦監督から幕下付け出しの資格を取得してから入門するほうがよいと説得されたこともあり、高校卒業後は鳥取県体育協会員として社会人相撲に取り組み、平成25(2013)年に全日本実業団相撲選手権大会で優勝して実業団横綱を獲得。幕下15枚目格付出資格を得て湊部屋から初土俵を踏むこととなった。
四股名は本名の「イチンノロブ」と「逸材」という意味を込めて「逸」と、鳥取城北高校「城」を取り名付けられた。
平成26(2014)年1月場所、幕下15枚目格付出で初土俵を踏むと怒濤の勢いで昇進を重ねる。所要2場所で新十両昇進、さらに2場所で新入幕を決める。
平成26(2014)年9月場所では初日からの6連勝、11日目に大関・稀勢の里、12日目に大関・豪栄道、13日目に横綱鶴竜を破り、1敗で横綱・白鵬と並ぶ優勝争いトップに立った。14日目に白鵬に敗れて優勝は逃したが、初土俵から5場所目での大関・横綱戦勝利は史上最速であり、新入幕での横綱と2人の大関を倒したのも史上初となる快挙であった。
翌11月場所では西関脇へと昇進。幕下付出から所要5場所での新三役昇進は昭和以降1位のスピード出世。
- 四股名
- 逸ノ城 駿(いちのじょう たかし)
- 最高位
- 関脇
- 出身地
- モンゴル・アルハンガイ県
- 本名
- アルタンホヤグ・イチンノロブ⇒三浦 駿
- 生年月日
- 平成5年(1993)4月7日
- 所属部屋
- 湊部屋
- 改名歴
- 逸ノ城 駿
- 初土俵
- 平成26年(2014)1月 幕下15枚目格付出(20歳9ヶ月)
- 新十両
- 平成26年(2014)5月(所要2場所)
- 21歳1ヶ月(初土俵から0年4ヶ月)
- 新入幕
- 平成26年(2014)9月(所要4場所)
- 21歳5ヶ月(初土俵から0年8ヶ月)
- 新小結
- 平成27年(2015)5月(所要8場所)
- 22歳1ヶ月(初土俵から1年4ヶ月)
- 新関脇
- 平成26年(2014)11月(所要5場所)
- 21歳7ヶ月(初土俵から0年10ヶ月)
- 最終場所
- 令和5年(2023)3月(29歳11ヶ月)※番付上は令和5年5月場所
- 大相撲歴
- 55場所(9年2ヶ月)
- 通算成績
- 408勝328敗73休734出場(勝率.554)
- 通算55場所
- 勝ち越し34場所(勝ち越し率.618)(勝ち越し星144)
- 優勝等
- 幕内優勝1回(次点2),十両優勝2回(同点1)
- 受賞・金星
- 殊勲賞3回,敢闘賞1回,金星9個
- 持給金
- 227円(勝ち越し星144個 優勝1回 金星9個)
- 幕内戦歴
- 334勝298敗73休630出場(勝率.528)
- 在位47場所(在位率.855)
- 勝ち越し27場所(勝ち越し率.574)
- 三役戦歴
- 89勝103敗3休191出場(勝率.464)
- 在位13場所(在位率.236)
- 勝ち越し7場所(勝ち越し率.538)
- 関脇戦歴
- 53勝64敗3休116出場(勝率.453)
- 在位8場所(在位率.145)
- 勝ち越し4場所(勝ち越し率.500)
- 小結戦歴
- 36勝39敗0休75出場(勝率.480)
- 在位5場所(在位率.091)
- 勝ち越し3場所(勝ち越し率.600)
- 前頭戦歴
- 245勝195敗70休439出場(勝率.557)
- 在位34場所(在位率.618)
- 勝ち越し20場所(勝ち越し率.588)
- 十両戦歴
- 62勝28敗0休90出場(勝率.689)
- 在位6場所(在位率.109)
- 勝ち越し5場所(勝ち越し率.833)
- 関取戦歴
- 396勝326敗73休720出場(勝率.548)
- 在位53場所(在位率.964)
- 勝ち越し32場所(勝ち越し率.604)
- 幕下以下歴
- 12勝2敗0休14出場(勝率.857)
- 在位2場所(在位率.036)
- 勝ち越し2場所(勝ち越し率1.000)
鳥取城北高校出身の最高位:前頭
貴ノ岩 義司
貴乃花が自身で育てた初の関取、平成29年(2017)1月場所で初対戦だった白鵬との一番に勝利し初金星を獲得。しかし11月場所を控えた巡業中に日馬富士から暴行を受け本場所を2場所連続休場。本来であれば幕下陥落の計算になる平成30年3月場所は、社会問題にまで発展した傷害事件を鑑みて特別措置で十両に留まった。復帰から十両優勝を含む4場所連続勝ち越しで番付を上げていたが、冬巡業中に付け人に対して暴力を振るったことにより引退となった
- 四股名 :貴ノ岩 義司(たかのいわ よしもり)
- 最高位 :前頭2枚目
- 出身地 :モンゴル ウランバートル市
- 本 名 :アディヤギーン・バーサンドルジ
- 生年月日:平成2年(1990)2月26日
- 出身高校:鳥取城北高校
- 所属部屋:貴乃花⇒千賀ノ浦部屋
- 初土俵 :平成20年(2008)11月(18歳9ヵ月)
- 最終場所:平成31年(2019)1月(28歳11ヵ月)
- 新十両 :平成24年(2012)7月(22歳5ヵ月)
- 新入幕 :平成26年(2014)1月(23歳11ヵ月)
- 生涯戦歴:371勝303敗44休/672出場(61場所)
- 生涯勝率:55.0%
- 優勝等 :幕内次点1回,十両優勝2回,幕下同点1回,三段目優勝1回,序二段同点1回
- 成 績 :殊勲賞1回,敢闘賞1回,金星1個
- 幕内戦歴:140勝157敗18休(22場所)勝率:47.1%
- 十両戦歴:151勝104敗15休(18場所)勝率:59.2%
伯乃富士 哲也
伯乃富士 哲也(はくのふじ てつや)は鳥取県 倉吉市出身、伊勢ヶ濱部屋の力士で最高位は前頭筆頭。令和8年1月場所の番付は西 前頭3枚目。
横綱・琴櫻の母校でもある鳥取の成徳小学校出身。小4のときに地元の相撲大会で優勝したことがきっかけで鳥取市の因幡相撲道場で本格的に相撲を始めた。小4で白鵬杯団体優勝、小5でわんぱく相撲全国大会2位、全国小学生優勝大会3位。
鳥取市立西中3年次に全国都道府県中学生相撲選手権大会団体優勝、全国中学校相撲選手権大会個人3位、白鵬杯・中学の部で優勝。
高校は鳥取城北高校へと進学、令和2年度、3年度と2年連続で高校横綱の栄冠を勝ち取った。そのほかの大会でも優秀な成績をおさめ、3年次に出場した全日本相撲選手権ではベスト8に入り、高校生として初めて三段目付け出し資格を取得した。当初は高卒での角界入りを明言していたが、右肩の手術などもあり三段目付出でのデビューは見送られた。
高校を卒業後は、父が経営する野田組に属しながら母校・鳥取城北高校相撲部の道場で後輩たちを相手に練習を続け、令和4年(2022年)9月の全日本実業団相撲選手権に出場。個人優勝で「実業団横綱」となり19歳にして幕下15枚目格付出の資格を獲得した。
令和5年(2023年)1月、幕下付出での初土俵は7戦全勝優勝で幸先の良いスタートを切った。
- 四股名
- 伯乃富士 哲也(はくのふじ てつや)
- 最高位
- 前頭筆頭
- 最新番付
- 西 前頭3枚目
- 出身地
- 鳥取県 倉吉市
- 本名
- 落合 哲也
- 生年月日
- 平成15年(2003)8月22日(22歳)
- 出身高校
- 鳥取城北高校
- 所属部屋
- 宮城野⇒伊勢ヶ濱部屋
- 改名歴
- 落合⇒伯桜鵬⇒伯乃富士
- 初土俵
- 令和5年(2023)1月・幕下15付出(19歳5ヵ月)
- 新十両
- 令和5年(2023)3月(19歳7ヵ月)
- 新入幕
- 令和5年(2023)7月(19歳11ヵ月)
- 優勝
- 幕下優勝1回
- 受賞・金星
- 殊勲賞1回,敢闘賞1回,技能賞1回,金星4個
- 通算成績
- 144勝89敗36休/231出場(勝率:62.3%)
- 直近7場所
- 54勝49敗2休
- 7場所勝率
- 52.9%
- 令8年1月
- 西 前頭3枚目(2枚半降下)
- 5勝8敗2休(金星)
- ○○●●○|○●○●●|●●■やや
- 令7年11月
- 東 前頭筆頭(1枚上昇・最高位更新)
- 6勝9敗(金星)
- ○●●●○|●○●●●|●○●○○
- 令7年9月
- 東 前頭2枚目(2枚上昇・最高位更新)
- 8勝7敗(殊勲賞・金星)
- ○●●○●|○○○○●|●●○●○
- 令7年7月
- 東 前頭4枚目(3枚上昇・最高位更新)
- 8勝7敗(金星)
- ●○○●●|○●○○○|●○●○●
- 令7年5月
- 東 前頭7枚目(2枚上昇・最高位更新)
- 8勝7敗
- ○○○○○|○○●○●|●●●●●
- 令7年3月
- 東 前頭9枚目(6枚上昇)
- 9勝6敗
- ○○●○○|●○●○●|●●○○○
- 令7年1月
- 東 前頭15枚目
- 10勝5敗
- ○○○●●|●○○○●|○●○○○
💡 この力士の関連データを深掘り
石浦 鹿介
石浦 鹿介(いしうら しかのすけ)は鳥取県 鳥取市出身、宮城野部屋の力士で最高位は前頭5枚目。令和5年7月場所の番付は西 序ノ口15枚目。
父親は鳥取城北高校相撲部監督の石浦外喜義。幼少期より相撲を始めて中学は鳥取市立西中学へと進学、宮城野部屋に在籍していた元幕内・大喜鵬とはこの中学からの同級生。
鳥取城北高校では全日本ジュニア体重別相撲選手権大会の軽量級で2連覇を達成するなど活躍をみせた。この頃の1学年下には引退した貴ノ岩が。
日大3年次に腸の病気を患ったことで相撲から一時期離れることとなり、卒業後にオーストラリアへと語学留学。そこで相撲のオーストラリア国内選手権で優勝したこと、また日本で山口や貴ノ岩が活躍している姿を受けて角界入りを決意。白鵬の内弟子として宮城野部屋へと入門した。
序ノ口、序二段と全勝優勝で番付を上げていき三段目6番相撲で敗れるまで19連勝。西幕下6枚目だった平成27年(2015)1月場所で6勝1敗の成績をあげ翌場所での新十両昇進を決めた。鳥取県出身関取としては第53代横綱・琴櫻が昭和49年(1974)7月場所を前に引退して以来、約41年ぶりの復活。
十両では勝ち越しを積み上げて徐々に番付をあげていき平成28年(2016)11月場所で新入幕。鳥取県出身力士としては昭和38年(1963)7月場所で新入幕の琴櫻以来、約53年ぶりの快挙。
- 四股名
- 石浦 鹿介(いしうら しかのすけ)
- 最高位
- 前頭5枚目
- 最新番付
- 西 序ノ口15枚目
- 出身地
- 鳥取県 鳥取市
- 本名
- 石浦 将勝
- 生年月日
- 平成2年(1990)1月10日(36歳)
- 出身高校
- 鳥取城北高校
- 出身大学
- 日本大学
- 所属部屋
- 宮城野部屋
- 初土俵
- 平成25年(2013)1月(23歳0ヵ月)
- 新十両
- 平成27年(2015)3月(25歳2ヵ月)
- 新入幕
- 平成28年(2016)11月(26歳10ヵ月)
- 優勝
- 序二段優勝1回,序ノ口優勝1回
- 受賞・金星
- 敢闘賞1回
- 通算成績
- 352勝326敗108休/670出場(勝率:52.5%)
- 直近7場所
- 2勝5敗35休(十両:0勝0敗15休)
- 7場所勝率
- 0.0%
- 令5年7月
- 西 序ノ口15枚目(62枚降下)
- 2勝5敗
- | |
- 令5年5月
- 西 序二段60枚目(60枚降下)
- 0勝0敗7休
- 休場
- 令5年3月
- 西 三段目90枚目(60枚降下)
- 0勝0敗7休
- 休場
- 令5年1月
- 西 三段目30枚目(40枚半降下)
- 0勝0敗7休
- 休場
- 令4年11月
- 西 幕下50枚目(40枚半降下)
- 0勝0敗7休
- 休場
- 令4年9月
- 東 幕下10枚目(13枚半降下)
- 0勝0敗7休
- 休場
- 令4年7月
- 西 十両10枚目
- 0勝0敗15休
- 休場
美ノ海 義久
美ノ海 義久(ちゅらのうみ よしひさ)は沖縄県 うるま市出身、木瀬部屋の力士で最高位は前頭4枚目。令和8年1月場所の番付は西 前頭5枚目。
4人兄弟の三男で弟は同じ木瀬部屋の木崎海。沖縄の具志川中学時代に参加した鳥取城北高校の合宿の厳しさを肌で感じて鳥取城北高への進学を決意。高校の同期には逸ノ城が。鳥取城北高3年次に国体で団体優勝、個人戦も決勝での逸ノ城との対戦を制して優勝。日本大学に進学し4年次には主将として全国学生相撲選手権大会で団体優勝を飾った。付出資格は得られなかったが木瀬部屋の門を叩いて前相撲からスタートし、初土俵から15場所目となる平成30年7月場所で新十両昇進となった。この時に四股名を「美ノ海」と改めた
- 四股名
- 美ノ海 義久(ちゅらのうみ よしひさ)
- 最高位
- 前頭4枚目
- 最新番付
- 西 前頭5枚目
- 出身地
- 沖縄県 うるま市
- 本名
- 木崎 信志
- 生年月日
- 平成5年(1993)5月6日(32歳)
- 出身高校
- 鳥取城北高校
- 出身大学
- 日本大学
- 所属部屋
- 木瀬部屋
- 改名歴
- 木崎⇒美ノ海
- 初土俵
- 平成28年(2016)3月(22歳10ヵ月)
- 新十両
- 平成30年(2018)7月(25歳2ヵ月)
- 新入幕
- 令和5年(2023)11月(30歳6ヵ月)
- 優勝
- 幕下優勝1回,三段目優勝1回,序二段優勝1回
- 受賞・金星
- 敢闘賞1回
- 通算成績
- 363勝338敗1休/700出場(勝率:51.9%)
- 直近7場所
- 54勝51敗
- 7場所勝率
- 51.4%
- 令8年1月
- 西 前頭5枚目(1枚半上昇)
- 9勝6敗
- ○○●●●|○○○○●|○●●○○
- 令7年11月
- 東 前頭7枚目(3枚半上昇)
- 8勝7敗
- ○○●○●|●○●○●|○●●○○
- 令7年9月
- 西 前頭10枚目(2枚半上昇)
- 9勝6敗
- ●○○○○|○●●○●|○○●●○
- 令7年7月
- 東 前頭13枚目(5枚半降下)
- 9勝6敗
- ●●○○○|●●○○●|○○□○●
- 令7年5月
- 西 前頭7枚目(7枚上昇)
- 4勝11敗
- ●●○●●|●●●●○|●○●●○
- 令7年3月
- 西 前頭14枚目(5枚半降下)
- 11勝4敗(敢闘賞)
- ○○●○○|○○○●○|●●○○○
- 令7年1月
- 東 前頭9枚目
- 4勝11敗
- ○●●○●|●○●●○|●●●●●
💡 この力士の関連データを深掘り
北青鵬 治
北青鵬 治(ほくせいほう おさむ)は北海道 札幌市東区出身、宮城野部屋の力士で最高位は前頭6枚目。令和6年3月場所の番付は東 十両3枚目。
生まれはモンゴル・ウランバートル市。5歳の頃に母親の語学留学のために来日した。相撲を始めたきっかけは6歳のときに韓国の空港で偶然白鵬関に会ったこと。この時に白鵬から相撲をやるように勧められたダワーニンジ少年は札幌相撲スポーツ少年団で相撲を始めた。小4から3年連続でわんぱく相撲全国大会に出場。
その後、白鵬関の紹介で鳥取市立西中学へと相撲留学、さらに「相撲の名門」鳥取城北高校へと進学した。数々の大会での団体優勝に貢献。また、個人でも優秀な成績をおさめて名を上げてきたダワーニンジは、10年以上日本に住んでいることもあり、日本人扱いとして宮城野部屋への入門が決まった。
- 四股名
- 北青鵬 治(ほくせいほう おさむ)
- 最高位
- 前頭6枚目
- 最新番付
- 東 十両3枚目
- 出身地
- 北海道 札幌市東区
- 本名
- アリューナー・ダワーニンジ
- 生年月日
- 平成13年(2001)11月12日(24歳)
- 出身高校
- 鳥取城北高校
- 所属部屋
- 宮城野部屋
- 初土俵
- 令和2年(2020)3月(18歳4ヵ月)
- 新十両
- 令和3年(2021)9月(19歳10ヵ月)
- 新入幕
- 令和5年(2023)3月(21歳4ヵ月)
- 優勝
- 幕下優勝1回,三段目優勝1回,序二段優勝1回,序ノ口優勝1回
- 通算成績
- 134勝72敗44休/204出場(勝率:65.7%)
- 直近7場所
- (幕内:41勝40敗9休)
- 7場所勝率
- 51.3%
- 令6年3月
- 東 十両3枚目(11枚半降下)
- 0勝0敗
- | |
- 令6年1月
- 東 前頭8枚目(1枚降下)
- 2勝4敗9休
- ●○●●○|■やややや|ややややや
- 令5年11月
- 東 前頭7枚目(4枚半上昇)
- 7勝8敗
- ○○●●●|●○●○●|○○●○●
- 令5年9月
- 西 前頭11枚目(5枚半降下)
- 10勝5敗
- ●○●○●|●○○○○|○○○○●
- 令5年7月
- 東 前頭6枚目(5枚上昇・最高位更新)
- 5勝10敗
- ○●●○○|●●○●●|○●●●●
- 令5年5月
- 東 前頭11枚目(4枚上昇・最高位更新)
- 8勝7敗
- ○●○○○|○●○○○|●●●●●
- 令5年3月
- 東 前頭15枚目
- 9勝6敗
- ○○○○●|●●○●○|○●●○○
狼雅 外喜義
狼雅 外喜義(ろうが ときよし)はロシア トゥヴァ共和国出身、二子山部屋の力士で最高位は前頭8枚目。令和8年1月場所の番付は西 前頭9枚目。
母親の故郷であるロシアのトゥヴァ共和国で生まれ育った。14歳の頃、モンゴルのウランバートルに移り住み、国籍をモンゴルとした。
小学1年から中学2年まで柔道とレスリングに打ち込み、柔道ではロシアの大会で優勝した実績を持つ。中学2年時に出場した第4回白鵬杯で団体2位、翌年の第5回白鵬杯で個人ベスト8に入賞した。
平成27年(2015年)4月に来日し、鳥取城北高校へ相撲留学。3年次の平成29年(2017年)全国高等学校総合体育大会(インターハイ)相撲競技の個人決勝にて、スガラグチャー・ビャンバスレン(現・豊昇龍)を破り、高校横綱のタイトルを獲得した。同校の校長であり相撲部総監督の石浦外喜義の知遇を得て、元大関・雅山が師匠を務める二子山部屋への入門を決定。四股名の「狼雅」は、モンゴルの象徴である「狼」と、師匠の現役名から一字を取ったもの。
入門当初はモンゴル出身として登録されていたが、令和2年(2020年)1月場所よりロシア出身へと改める。ロシアで産まれ14歳までロシア育った狼雅の心は常にロシア人であった。
平成30年(2018年)11月場所に初土俵を踏むと、翌場所は序ノ口で7戦全勝優勝。さらに序二段で迎えた令和元年(2019年)3月場所も7戦全勝、当時番付を落としていた照ノ富士(現・伊勢ヶ濱親方)との優勝決定戦を制して序二段優勝を飾った。
幸先のよいスタートを切っていた狼雅ではあったが、しばらくは幕下の土俵で力を蓄えていた。西幕下筆頭で迎えた令和4年(2022年)9月場所で4勝3敗と勝ち越し、翌11月場所での新十両昇進を決めた。この昇進は元大関・雅山率いる二子山部屋として初の関取誕生となる。
令和5年(2023年)11月場所に新入幕、これはロシア出身力士として史上6人目の幕内力士となる。
- 四股名
- 狼雅 外喜義(ろうが ときよし)
- 最高位
- 前頭8枚目
- 最新番付
- 西 前頭9枚目
- 出身地
- ロシア トゥヴァ共和国
- 本名
- アマルトゥブシン・アマルサナー
- 生年月日
- 平成11年(1999)3月2日(26歳)
- 出身高校
- 鳥取城北高校
- 所属部屋
- 二子山部屋
- 初土俵
- 平成30年(2018)11月(19歳8ヵ月)
- 新十両
- 令和3年(2021)3月(22歳0ヵ月)
- 新入幕
- 令和5年(2023)11月(24歳8ヵ月)
- 優勝
- 序二段優勝1回,序ノ口優勝1回
- 通算成績
- 249勝193敗12休/441出場(勝率:56.5%)
- 直近7場所
- 38勝40敗12休(十両:11勝4敗)
- 7場所勝率
- 53.3%
- 令8年1月
- 西 前頭9枚目(2枚上昇)
- 7勝8敗
- ○●●○●|○●●●●|○○○●○
- 令7年11月
- 西 前頭11枚目(変動なし)
- 8勝7敗
- ●○○●○|●○●○○|○○●●●
- 令7年9月
- 西 前頭11枚目(1枚降下)
- 7勝8敗
- ○○●●○|○●●○●|●○●●○
- 令7年7月
- 西 前頭10枚目(4枚上昇)
- 7勝8敗
- ○○●●●|●○○○○|○●●●●
- 令7年5月
- 西 前頭14枚目(6枚上昇)
- 9勝6敗
- ○○●○○|●○○●○|●●●○○
- 令7年3月
- 東 十両3枚目(12枚半降下)
- 11勝4敗
- ○●○○○|○○●●○|○●○○○
- 令7年1月
- 東 前頭8枚目
- 0勝3敗12休
- やややや●|●■ややや|ややややや
💡 この力士の関連データを深掘り
水戸龍 聖之
水戸龍 聖之(みとりゅう たかゆき)はモンゴル ウランバートル市出身、錦戸部屋の力士で最高位は前頭13枚目。令和7年9月場所の番付は西 幕下7枚目。
モンゴルでは柔道やバスケの他、スピードスケートにも取り組み小6のときにはバヤンゾルフ区の小学生の部優勝も。照ノ富士や逸ノ城と共に来日し鳥取城北高で相撲を始めた。その後、進学した日本大学3年次にアマチュア横綱のタイトルを獲得、4年次には学生横綱のタイトルも獲得、さらに外国出身者として初の日大相撲部主将も務めた。
幕下15枚格付出と期待の大きかった初土俵は負け越しに終わったが、その後は順調に勝ち越しを積み上げて平成30年(2018)1月場所で新十両に昇進、これが錦戸部屋初の関取となった。
- 四股名
- 水戸龍 聖之(みとりゅう たかゆき)
- 最高位
- 前頭13枚目
- 最新番付
- 西 幕下7枚目
- 出身地
- モンゴル ウランバートル市
- 本名
- バーサンスレン・トゥルボルド
- 生年月日
- 平成6年(1994)4月25日(31歳)
- 出身高校
- 鳥取城北高校
- 出身大学
- 日本大学
- 所属部屋
- 錦戸部屋
- 初土俵
- 平成29年(2017)5月・幕下15付出(23歳1ヵ月)
- 新十両
- 平成30年(2018)1月(23歳9ヵ月)
- 新入幕
- 令和4年(2022)9月(28歳5ヵ月)
- 優勝
- 十両優勝2回
- 通算成績
- 332勝332敗42休/657出場(勝率:50.5%)
- 直近7場所
- 0勝0敗3休(十両:33勝45敗12休)
- 7場所勝率
- 43.4%
- 令7年9月
- 西 幕下7枚目(11枚半降下)
- 0勝0敗3休
- 休場
- 令7年7月
- 東 十両10枚目(2枚上昇)
- 0勝5敗10休
- ●●●●■|ややややや|ややややや
- 令7年5月
- 東 十両12枚目(6枚降下)
- 8勝7敗
- ●●○●○|●○○●●|○○○○●
- 令7年3月
- 東 十両6枚目(2枚半上昇)
- 4勝11敗
- ●○●●●|○○●●●|●●●●○
- 令7年1月
- 西 十両8枚目(半枚降下)
- 8勝7敗
- ○●●●○|●○○●○|●○○○●
- 令6年11月
- 東 十両8枚目(半枚降下)
- 7勝8敗
- ○●●○●|○○○●○|●●□●●
- 令6年9月
- 西 十両7枚目
- 6勝7敗2休
- ●○●○○|●●●○●|○○■やや
境澤 賢一
所要8場所での十両昇進・八百長問題で引退となったが「やっていない」と号泣会見
- 四股名 :境澤 賢一(さかいざわ けんいち)
- 最高位 :前頭15枚目
- 出身地 :埼玉県さいたま市
- 本 名 :境澤 賢一
- 生年月日:昭和58年(1983)4月11日
- 出身高校:鳥取城北高校
- 出身大学:日本大学
- 所属部屋:三保ヶ関⇒尾上部屋
- 初土俵 :平成18年(2006)3月(22歳11ヵ月)
- 新十両 :平成19年(2007)7月(24歳3ヵ月)
- 新入幕 :平成20年(2008)3月(24歳11ヵ月)
- 最終場所:平成23年(2011)5月(28歳1ヵ月)
- 生涯戦歴:199勝149敗15休/345出場(30場所)
- 生涯勝率:57.2%
- 優勝等 :十両優勝1回,幕下優勝1回,序二段同点1回,序ノ口優勝1回
- 幕内戦歴:3勝5敗7休(1場所)勝率:37.5%
- 十両戦歴:144勝133敗8休(19場所)勝率:52.0%
大喜鵬 雅弘
小学生の頃から相撲を始めて中学は鳥取へと相撲留学し3年次に全国大会優勝。鳥取城北高校1年次には全国高等学校総合体育大会相撲競技大会に優勝し高校横綱の称号を手にした。日大4年次に国体横綱に輝き幕下15枚目格付出の資格を獲得。この頃に白鵬からスカウトを受けたことで宮城野部屋へと入門、白鵬初の内弟子となった。
十両昇進時に「大勢の人に喜んでもらえるように」との想いで大喜鵬へと改名。平成25年5月場所で新入幕を果たすが怪我などの影響もあり番付は徐々に降下、さらにバセドウ病との診断が下った。一時は相撲を諦めかけたが投薬治療と丹念な稽古で平成28年11月場所で再十両を遂げた。
- 四股名 :大喜鵬 雅弘(だいきほう まさひろ)
- 最高位 :前頭16枚目
- 出身地 :東京都江東区 ⇒ 福岡県飯塚市
- 本 名 :山口 雅弘
- 生年月日:平成元年(1989)5月13日
- 出身高校:鳥取城北高校
- 出身大学:日本大学
- 所属部屋:宮城野部屋
- 改名歴 :山口⇒大喜鵬⇒山口⇒大喜鵬
- 初土俵 :平成24年(2012)3月・幕下15付出(22歳10ヵ月)
- 新十両 :平成24年(2012)9月(23歳4ヵ月)
- 新入幕 :平成25年(2013)5月(24歳0ヵ月)
- 最終場所:令和元年(2019)9月(30歳4ヵ月)
- 生涯戦歴:220勝247敗7休/465出場(46場所)
- 生涯勝率:47.1%
- 優勝等 :幕下優勝2回
- 幕内戦歴:3勝12敗(1場所)勝率:20.0%
- 十両戦歴:122勝147敗1休(18場所)勝率:45.4%
鳥取城北高校出身の最高位:十両
城ノ龍 康允
モンゴル・トゥブ市出身、境川部屋の元力士で最高位は十両筆頭。鳥取城北高校から師匠の人望に魅せられて入門。
- 四股名 :城ノ龍 康允(しろのりゅう やすまさ)
- 最高位 :十両筆頭
- 出身地 :モンゴル・トゥブ市
- 本 名 :エレデンツォグト・オドゲレル⇒小林 光星
- 生年月日:昭和58年(1983)9月7日
- 出身高校:鳥取城北高校
- 所属部屋:境川部屋
- 改名歴 :城錦⇒城ノ龍
- 初土俵 :平成15年(2003)1月(19歳4ヵ月)
- 新十両 :平成22年(2010)9月(27歳0ヵ月)
- 最終場所:平成25年(2013)9月(30歳0ヵ月)
- 生涯戦歴:261勝234敗18休/493出場(64場所)
- 生涯勝率:52.7%
- 優勝等 :なし
- 十両戦歴:51勝76敗8休(9場所)勝率:40.2%
星風 芳宏
星風 芳宏(ほしかぜ よしひろ)はモンゴル・トゥブ市出身、尾車部屋の元力士で、最高位は十両3枚目。
平成14年(2002)11月場所に18歳10ヶ月で初土俵を踏み、平成23年(2011)1月場所を最後に引退(27歳1ヶ月)。
通算成績は225勝182敗0休407出場。生涯勝率.553。通算50場所中、32場所を勝ち越した(勝ち越し率.653)。
主な成績は幕下同点1回,序二段優勝1回。
昭和58年(1983)12月15日生まれ。本名はボルド・アマラメンデ。
高校は鳥取城北高校で相撲を学ぶ。平成21年(2009)9月場所で新十両昇進を果たした。
平成23年(2011)の大相撲八百長問題に関与したとされたが特別調査委員会では処分が決定されずに調査続行とされていた。しかし師匠の尾車親方(元大関・琴風)が「これだけ騒がれては、どちらにしても相撲は取れない」と調査委員会の調査を待たずに星風を引退させる意向を明らかにした。
その後、引退勧告処分が出されたが星風はこれを不服として訴訟を起こす。一時は相撲協会側が、解雇前の地位である十両と同額の給料を1年間支払うことで和解の可能性もあったが、結局は星風側が敗訴し解雇が決定した。
- 四股名
- 星風 芳宏(ほしかぜ よしひろ)
- 最高位
- 十両3枚目
- 出身地
- モンゴル・トゥブ市
- 本名
- ボルド・アマラメンデ
- 生年月日
- 昭和58年(1983)12月15日
- 出身高校
- 鳥取城北高校
- 所属部屋
- 尾車部屋
- 改名歴
- 星風 芳宏
- 初土俵
- 平成14年(2002)11月 前相撲(18歳10ヶ月)
- 新十両
- 平成21年(2009)9月(所要41場所)
- 25歳8ヶ月(初土俵から6年10ヶ月)
- 最終場所
- 平成23年(2011)1月(27歳1ヶ月)
- 大相撲歴
- 50場所(8年2ヶ月)
- 通算成績
- 225勝182敗0休407出場(勝率.553)
- 通算50場所
- 勝ち越し32場所(勝ち越し率.653)
- 優勝等
- 幕下同点1回,序二段優勝1回
- 十両戦歴
- 58勝62敗0休120出場(勝率.483)
- 在位8場所(在位率.160)
- 勝ち越し4場所(勝ち越し率.500)
- 幕下以下歴
- 167勝120敗0休287出場(勝率.582)
- 在位41場所(在位率.820)
- 勝ち越し28場所(勝ち越し率.683)
木崎海 伸之助
木崎海 伸之助(きざきうみ しんのすけ)は沖縄県 うるま市出身、木瀬部屋の元力士で最高位は十両3枚目。
うるま市の智心館に小1から通い始めて小5でわんぱく相撲全国大会に出場。鳥取市立西中学へと相撲留学、さらに鳥取城北高校へと進学した。高校3年次に高校総体優勝、これにより高校横綱に。日本大学進学後も数々の大会で活躍し三段目付け出し資格を獲得。兄とおなじ木瀬部屋への入門を決めた。令和元年7月場所にて新十両昇進。史上21組目の兄弟関取誕生となった。
更なる活躍が期待されていたが慢性的に抱えていた首の痛みにより令和2年8月27日に引退が発表された。同年初場所6日目の勢戦では後方の土俵下に頭から落ちてしばらく動けなかったが7日目以降も出場を続けた。
- 四股名 :木崎海 伸之助(きざきうみ しんのすけ)
- 最高位 :十両3枚目
- 出身地 :沖縄県うるま市
- 本 名 :木崎 伸之助
- 生年月日:平成7年(1995)5月5日(25歳)
- 出身高校:鳥取城北高校
- 出身大学:日本大学
- 所属部屋:木瀬部屋
- 初土俵 :平成30年(2018)3月・三段目100付出(22歳10ヵ月)
- 新十両 :令和元年(2019)7月(24歳2ヵ月)
- 最終場所:令和2年(2020)9月(25歳4ヵ月)
- 生涯戦歴:82勝64敗/146出場(14場所)
- 生涯勝率:56.2%
- 優勝等 :なし
- 十両戦歴:41勝49敗(6場所)勝率:45.6%
尊富士 弥輝也
尊富士 弥輝也(たけるふじ みきや)は青森県 五所川原市出身、伊勢ヶ濱部屋の力士で最高位は前頭4枚目。令和8年1月場所の番付は西 十両5枚目。
- 四股名
- 尊富士 弥輝也(たけるふじ みきや)
- 最高位
- 前頭4枚目
- 最新番付
- 西 十両5枚目
- 出身地
- 青森県 五所川原市
- 本名
- 石岡 弥輝也
- 生年月日
- 平成11年(1999)4月9日(26歳)
- 出身高校
- 鳥取城北高校
- 出身大学
- 日本大学
- 所属部屋
- 伊勢ヶ濱部屋
- 改名歴
- 石岡⇒尊富士
- 初土俵
- 令和4年(2022)9月(23歳5ヵ月)
- 新十両
- 令和6年(2024)1月(24歳9ヵ月)
- 新入幕
- 令和6年(2024)3月(24歳11ヵ月)
- 優勝
- 幕内優勝1回,十両優勝2回,序二段優勝1回,序ノ口優勝1回
- 受賞・金星
- 殊勲賞1回,敢闘賞1回,技能賞1回
- 通算成績
- 140勝60敗44休/198出場(勝率:70.7%)
- 直近7場所
- 16勝14敗(幕内:30勝28敗17休)
- 7場所勝率
- 52.9%
- 令8年1月
- 西 十両5枚目(1枚半上昇)
- 8勝7敗
- ●○○●○|●●○○●|○○●○●
- 令7年11月
- 東 十両7枚目(12枚半降下)
- 8勝7敗
- ●○●○○|●○○●○|●●●○○
- 令7年9月
- 東 前頭12枚目(6枚降下)
- 0勝0敗15休
- 休場
- 令7年7月
- 東 前頭6枚目(2枚降下)
- 5勝8敗2休
- ○○●●○|○●●○●|●●■やや
- 令7年5月
- 東 前頭4枚目(2枚半上昇・最高位更新)
- 6勝9敗
- ○○○●●|●●●●○|●●○●○
- 令7年3月
- 西 前頭6枚目(5枚上昇)
- 9勝6敗
- ○○●●○|○○○○○|○●●●●
- 令7年1月
- 西 前頭11枚目
- 10勝5敗
- ○○○●○|○○○●○|●○○●●
💡 この力士の関連データを深掘り
大翔湖 友樹
四股名は十両昇進が決まったあとに慌てて付けたもの
- 四股名 :大翔湖 友樹(だいしょううみ ともき)
- 最高位 :十両10枚目
- 出身地 :東京都江東区
- 本 名 :森 友樹
- 生年月日:昭和59年(1984)4月21日
- 出身高校:鳥取城北高校
- 出身大学:日本大学
- 所属部屋:追手風部屋
- 改名歴 :森⇒大翔湖
- 初土俵 :平成19年(2007)3月・幕下15付出(22歳11ヵ月)
- 新十両 :平成20年(2008)11月(24歳7ヵ月)
- 最終場所:平成23年(2011)11月(27歳7ヵ月)
- 生涯戦歴:117勝114敗14休/231出場(27場所)
- 生涯勝率:50.6%
- 優勝等 :なし
- 十両戦歴:49勝56敗(7場所)勝率:46.7%
鳥取城北高校出身の幕下
寿之富士 大聖
寿之富士 大聖(としのふじ たいせい)はモンゴル ウランバートル市出身、伊勢ヶ濱部屋の力士。令和8年1月場所の番付は最高位更新となる西 幕下2枚目。
- 四股名
- 寿之富士 大聖(としのふじ たいせい)
- 最高位
- 幕下2枚目
- 最新番付
- 西 幕下2枚目
- 出身地
- モンゴル ウランバートル市
- 本名
- ウスフバヤル・デミデジャムツ
- 生年月日
- 平成12年(2000)8月24日(25歳)
- 出身高校
- 鳥取城北高校
- 出身大学
- 同志社大学
- 所属部屋
- 伊勢ヶ濱部屋
- 改名歴
- 聖白鵬⇒寿之富士
- 初土俵
- 令和6年(2024)3月(23歳7ヵ月)
- 優勝
- 序二段優勝1回
- 通算成績
- 54勝23敗0休/77出場(勝率:70.1%)
- 直近7場所
- 30勝19敗
- 7場所勝率
- 61.2%
- 令8年1月
- 西 幕下2枚目(3枚上昇・最高位更新)
- 5勝2敗
- -○○-○|-○-●-|●--○-
- 令7年11月
- 西 幕下5枚目(4枚半上昇・最高位更新)
- 4勝3敗
- -○-○○|--●-●|●---○
- 令7年9月
- 東 幕下10枚目(11枚上昇・最高位更新)
- 5勝2敗
- ●-○--|●-○-○|○--○-
- 令7年7月
- 東 幕下21枚目(7枚半上昇・最高位更新)
- 5勝2敗
- -○○--|○○-●-|●---○
- 令7年5月
- 西 幕下28枚目(16枚半上昇・最高位更新)
- 4勝3敗
- -●○-○|-○-○-|-●●--
- 令7年3月
- 東 幕下45枚目(17枚降下)
- 5勝2敗
- -○-○-|○○-●-|●--○-
- 令7年1月
- 東 幕下28枚目
- 2勝5敗
- ○--●○|-●--●|-●-●-
💡 この力士の関連データを深掘り
貴健斗 誠虎
貴健斗 誠虎(たかけんと まさとら)は熊本県 八代市出身、常盤山部屋の力士で最高位は十両4枚目。令和8年1月場所の番付は東 幕下4枚目。
高校は鳥取城北高に相撲留学、1年先輩には逸ノ城が。幕下昇進時には前師匠の貴乃花(元横綱)が現役時に使用していた博多帯を譲り受けた。
- 四股名
- 貴健斗 誠虎(たかけんと まさとら)
- 最高位
- 十両4枚目
- 最新番付
- 東 幕下4枚目
- 出身地
- 熊本県 八代市
- 本名
- 水田 健斗
- 生年月日
- 平成8年(1996)2月10日(29歳)
- 出身高校
- 鳥取城北高校
- 所属部屋
- 貴乃花⇒千賀ノ浦⇒常盤山部屋
- 改名歴
- 水田⇒貴健斗
- 初土俵
- 平成26年(2014)1月(17歳11ヵ月)
- 新十両
- 令和3年(2021)3月(25歳1ヵ月)
- 優勝
- 無し
- 通算成績
- 313勝279敗17休/592出場(勝率:52.9%)
- 直近7場所
- 27勝22敗
- 7場所勝率
- 55.1%
- 令8年1月
- 東 幕下4枚目(3枚降下)
- 4勝3敗
- ●-○--|●-○○-|○---●
- 令7年11月
- 東 幕下筆頭(1枚上昇)
- 3勝4敗
- ●●--○|-○-●-|●-○--
- 令7年9月
- 東 幕下2枚目(3枚半上昇)
- 4勝3敗
- -●○-●|-○-○-|○-●--
- 令7年7月
- 西 幕下5枚目(6枚半上昇)
- 4勝3敗
- ●--●○|-○-●-|○--○-
- 令7年5月
- 東 幕下12枚目(5枚降下)
- 5勝2敗
- -○-○-|○-●-●|-○-○-
- 令7年3月
- 東 幕下7枚目(2枚半上昇)
- 3勝4敗
- ●--○-|●●--●|○-○--
- 令7年1月
- 西 幕下9枚目
- 4勝3敗
- -○-●-|○-○○-|-●-●-
💡 この力士の関連データを深掘り
三重ノ富士 真豪
三重ノ富士 真豪(みえのふじ しんご)は三重県 伊勢市出身、伊勢ヶ濱部屋の力士で最高位は十両10枚目。令和8年1月場所の番付は西 幕下6枚目。
小3の頃から志友館相撲道場で相撲を始めて小3で白鵬杯優勝、小5、6と小学生優勝大会で優勝。中1の秋からは鳥取市立西中学へと「相撲留学」、中学時代も全国都道府県中学生相撲選手権大会個人優勝や白鵬杯優勝など数々の大会で優秀な成績をおさめた。鳥取城北高校に進学後も数々の大会で活躍し、横綱・白鵬に誘われて宮城野部屋への入門が決まった。
- 四股名
- 三重ノ富士 真豪(みえのふじ しんご)
- 最高位
- 十両10枚目
- 最新番付
- 西 幕下6枚目
- 出身地
- 三重県 伊勢市
- 本名
- 向中野 真豪
- 生年月日
- 平成14年(2002)9月7日(23歳)
- 出身高校
- 鳥取城北高校
- 所属部屋
- 宮城野⇒伊勢ヶ濱部屋
- 改名歴
- 向中野⇒天照鵬⇒三重ノ富士
- 初土俵
- 令和3年(2021)5月(18歳8ヵ月)
- 新十両
- 令和5年(2023)9月(21歳0ヵ月)
- 優勝
- 三段目優勝1回
- 通算成績
- 117勝96敗8休/213出場(勝率:54.9%)
- 直近7場所
- 24勝25敗
- 7場所勝率
- 49.0%
- 令8年1月
- 西 幕下6枚目(1枚半上昇)
- 3勝4敗
- ●--●●|-○--●|-○--○
- 令7年11月
- 東 幕下8枚目(4枚半上昇)
- 4勝3敗
- ●-●--|○-○○-|○---●
- 令7年9月
- 西 幕下12枚目(4枚半上昇)
- 4勝3敗
- -○○-●|-●-○-|●-○--
- 令7年7月
- 東 幕下17枚目(7枚上昇)
- 4勝3敗
- -○○-●|-○--●|-●-○-
- 令7年5月
- 東 幕下24枚目(18枚半降下)
- 4勝3敗
- -○-○○|-●--●|○---●
- 令7年3月
- 西 幕下5枚目(2枚上昇)
- 1勝6敗
- -●-●●|-●-●-|●-○--
- 令7年1月
- 西 幕下7枚目
- 4勝3敗
- -●-○-|○-●-□|-○--●
💡 この力士の関連データを深掘り
福井県出身力士ナビゲーション
福井県出身の最高位:関脇
玉手山 七郎
足癖や捻りに投げと多彩な技で曲者として名を売った、引退後は9代・大嶽を襲名
- 四股名 :玉手山 七郎(たまてやま しちろう)
- 最高位 :関脇
- 年寄名跡:
9代大嶽 - 出身地 :福井県大野市
- 本 名 :縁本 七郎
- 生年月日:明治20年(1887)7月14日
- 没年月日:昭和16年(1941)9月13日(享年54歳)
- 所属部屋:雷部屋
- 改名歴 :狼⇒小嵐⇒龍田川⇒小嵐⇒玉手山
- 初土俵 :明治37年(1904)1月・西前16番付外(16歳6ヵ月)
- 新入幕 :明治44年(1911)2月(23歳7ヵ月)
- 新三役 :大正3年(1914)5月(26歳10ヵ月)
- 最終場所:大正7年(1918)1月(30歳6ヵ月)
- 生涯戦歴:55勝50敗26休16分3預/124出場(15場所)
- 生涯勝率:52.4%
- 優勝等 :なし
- 幕内戦歴:55勝50敗26休16分3預(15場所)勝率:52.4%
- 関脇:5勝8敗4休3分(2場所)勝率:38.5%
- 小結:11勝14敗4分1預(3場所)勝率:44.0%
- 前頭:39勝28敗22休9分2預(10場所)勝率:58.2%
福井県出身の最高位:小結
大徹 忠晃
長身を活かした吊りと右上手が得意・味わい深い風貌と気さくな性格で人気だった
- 四股名 :大徹 忠晃(だいてつ ただみつ)
- 最高位 :小結
- 年寄名跡:13代湊川
- 出身地 :福井県大野市
- 本 名 :南 忠晃
- 生年月日:昭和31年(1956)10月29日
- 所属部屋:二所ノ関部屋
- 改名歴 :南⇒大徹
- 初土俵 :昭和46年(1971)7月(14歳9ヵ月)
- 新十両 :昭和55年(1980)1月(23歳3ヵ月)
- 新入幕 :昭和58年(1983)11月(27歳1ヵ月)
- 新三役 :昭和62年(1987)3月(30歳5ヵ月)
- 最終場所:平成2年(1990)9月(33歳11ヵ月)
- 生涯戦歴:587勝612敗/1199出場(116場所)
- 生涯勝率:49.0%
- 優勝等 :十両同点2回,幕下同点2回
- 成 績 :金星1個
- 幕内戦歴:209勝256敗(31場所)勝率:44.9%
- 小結:3勝12敗(1場所)勝率:20.0%
- 前頭:206勝244敗(30場所)勝率:45.8%
- 十両戦歴:146勝154敗(20場所)勝率:48.7%
福井県出身の最高位:前頭
天龍 源一郎
天龍 源一郎(てんりゅう げんいちろう)は福井県勝山市出身、二所ノ関部屋の元力士で、最高位は前頭筆頭。
昭和39年(1964)1月場所に13歳11ヶ月で初土俵を踏み、昭和51年(1976)9月場所を最後に引退(26歳7ヶ月)。
通算成績は393勝355敗0休636出場。生涯勝率.525。通算77場所中、42場所を勝ち越した(勝ち越し率.553)。
主な成績は十両優勝1回(同点1),幕下優勝1回(同点1)。
昭和25年(1950)2月2日生まれ。本名は嶋田 源一郎。
新十両昇進を機に四股名を天龍にあらためた。この四股名は師匠である8代・二所ノ関(元大関・佐賀ノ花)が付けてくれたもので、細くてすらっとしていた体型と反骨心のある気質がどこか元関脇・天竜を思わせると思っていた師匠が、関取になったら付けようと温めてくれていたもの。
昭和48年(1973)1月場所には新入幕も果たし「大鵬二世」と期待されていた天龍だったが、昭和50年(1975)3月に師匠が亡くなると歯車が狂いはじめた。
二所ノ関後継の座を巡り関脇・金剛、一代年寄・大鵬(元横綱)、そして17代・押尾川(元大関・大麒麟)の3者の争いが勃発。8代未亡人の意向もあり、金剛が現役を引退して二所ノ関を襲名することで一旦は収束しかけた。しかしこれを不服とした押尾川は天龍ら部屋の力士を引き連れて8代二所ノ関の墓所である瑞輪寺に立てこもり分家独立を要求。
この要求を一切認めない8代未亡人側との対立は平行線を辿り、最後は二所ノ関一門の実力者である11代・花籠(元幕内・大ノ海)が調停に入り、ようやく押尾川の分家独立と一部の力士の移籍が認められた。
しかし天龍の移籍は認められずに二所ノ関部屋残留となってしまった。これには天龍もすっかり意気消沈。さらに「裏切り者」扱いで部屋の力士には稽古相手をしてもらえないなど様々な嫌がらせを受け、これに嫌気がさした天龍は廃業を決意。8勝7敗で勝ち越した昭和51年(1976)9月場所を最後に角界を去り、プロレスへと舞台を移した。
- 四股名
- 天龍 源一郎(てんりゅう げんいちろう)
- 最高位
- 前頭筆頭
- 出身地
- 福井県勝山市
- 本名
- 嶋田 源一郎
- 生年月日
- 昭和25年(1950)2月2日
- 所属部屋
- 二所ノ関部屋
- 改名歴
- 島田 源一郎 → 嶋田 源一郎 → 島田 源一郎 → 天龍 源一郎
- 初土俵
- 昭和39年(1964)1月 前相撲(13歳11ヶ月)
- 新十両
- 昭和46年(1971)9月(所要46場所)
- 21歳7ヶ月(初土俵から7年8ヶ月)
- 新入幕
- 昭和48年(1973)1月(所要54場所)
- 22歳11ヶ月(初土俵から9年0ヶ月)
- 最終場所
- 昭和51年(1976)9月(26歳7ヶ月)
- 大相撲歴
- 77場所(12年8ヶ月)
- 通算成績
- 393勝355敗0休636出場(勝率.525)
- 通算77場所
- 勝ち越し42場所(勝ち越し率.553)
- 優勝等
- 十両優勝1回(同点1),幕下優勝1回(同点1)
- 前頭戦歴
- 108勝132敗0休240出場(勝率.450)
- 在位16場所(在位率.208)
- 勝ち越し7場所(勝ち越し率.438)
- 十両戦歴
- 94勝71敗0休165出場(勝率.570)
- 在位11場所(在位率.143)
- 勝ち越し8場所(勝ち越し率.727)
- 関取戦歴
- 202勝203敗0休405出場(勝率.499)
- 在位27場所(在位率.351)
- 勝ち越し15場所(勝ち越し率.556)
- 幕下以下歴
- 191勝152敗0休231出場(勝率.557)
- 在位49場所(在位率.636)
- 勝ち越し27場所(勝ち越し率.551)
大緑 仁吉
福井県福井市東郷二ケ町出身、高砂部屋の元力士で最高位は前頭3枚目。手足が長く細い体格で独特の容貌。地味で真面目な性格は力士のあいだでも評判がよく、相手が不義理をしても決して責めることをしない剛腹さもあった。強い者に勝ち、弱い者には負けることが多く「不得要領居士」の異名をとる。引退後は8代・大山を襲名。また副業の瀬戸物業で財を成し、簡易宿泊所を建て多くの流浪者を救った。
- 四股名 :大緑 仁吉(おおみどり にきち)
- 最高位 :前頭3枚目
- 年寄名跡:8代大山
- 年寄名跡:大山
- 出身地 :福井県福井市東郷二ケ町
- 本 名 :帰山 仁吉
- 生年月日:明治13年(1880)1月3日
- 没年月日:昭和29年(1954)7月19日(享年74歳)
- 所属部屋:高砂部屋
- 初土俵 :明治34年(1901)1月・序ノ口(21歳0ヵ月)
- 新十両 :明治40年(1907)1月(27歳0ヵ月)
- 新入幕 :明治41年(1908)5月(28歳4ヵ月)
- 最終場所:明治45年(1912)5月(32歳4ヵ月)
- 優勝等 :なし
- 幕内戦歴:24勝22敗10休12分2預(7場所)勝率:52.2%
- 十両戦歴:16勝10敗5分(5場所)勝率:61.5%
福ノ海 七男
引退後は朝日山部屋付きの親方として後進を育てた
- 四股名 :福ノ海 七男(ふくのうみ ななお)
- 最高位 :前頭10枚目
- 年寄名跡:13代北陣⇒15代浦風⇒15代北陣⇒18代桐山⇒6代八角⇒11代中川
- 出身地 :福井県福井市
- 本 名 :小田 七男
- 生年月日:昭和5年(1930)4月28日
- 没年月日:平成7年(1995)7月20日(享年65歳)
- 所属部屋:朝日山部屋
- 改名歴 :朝昇⇒福ノ海⇒福乃海⇒福ノ海
- 初土俵 :昭和24年(1949)10月(19歳6ヵ月)
- 新十両 :昭和30年(1955)9月(25歳5ヵ月)
- 新入幕 :昭和31年(1956)9月(26歳5ヵ月)
- 最終場所:昭和37年(1962)7月(32歳3ヵ月)
- 生涯戦歴:397勝369敗18休/765出場(59場所)
- 生涯勝率:51.8%
- 優勝等 :十両同点1回,幕下優勝1回,序ノ口優勝1回
- 幕内戦歴:61勝74敗(9場所)勝率:45.2%
- 十両戦歴:203勝191敗11休(27場所)勝率:51.5%
福井県出身の最高位:十両
若越 英雄
四股名は福井の旧名・若狭と越前から
- 四股名 :若越 英雄(じゃくえつ ひでお)
- 最高位 :十両12枚目
- 出身地 :福井県丹生郡越前町
- 本 名 :島田 英雄
- 生年月日:昭和27年(1952)1月28日
- 所属部屋:二所ノ関部屋
- 改名歴 :島田⇒大島田⇒若越
- 初土俵 :昭和42年(1967)5月(15歳4ヵ月)
- 新十両 :昭和54年(1979)3月(27歳2ヵ月)
- 最終場所:昭和56年(1981)5月(29歳4ヵ月)
- 生涯戦歴:310勝274敗20休/584出場(85場所)
- 生涯勝率:53.1%
- 優勝等 :幕下優勝1回(同点2),三段目同点2回
- 十両戦歴:10勝20敗(2場所)勝率:33.3%