平成20年(2008年)が初土俵の力士一覧!出世頭は誰?

平成20年(2008)が初土俵の力士の番付や成績を一覧表にしてご紹介しています。

表の下のボタンによって月ごとに表示を切り替えることも出来ますよ。 初土俵が同じ同期力士のなかで、誰が一番出世しているのかがひと目で分かります。

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2008年初土俵力士一覧(番付・星取表・成績・経歴)

No 四股名 直近7場所 成績 直近7場所 勝率 番付 (令8.5) 5月場所 成績 令和8年5月場所星取表 S1 番付 推移 変動 枚数 番付 (令8.3) 3月場所 成績 令和8年3月場所星取表 S2 番付 推移 変動 枚数 番付 (令8.1) 1月場所 成績 令和8年1月場所星取表 S3 番付 推移 変動 枚数 番付 (令7.11) 11月場所 成績 令和7年11月場所星取表 S4 番付 推移 変動 枚数 番付 (令7.9) 9月場所 成績 令和7年9月場所星取表 S5 番付 推移 変動 枚数 番付 (令7.7) 7月場所 成績 令和7年7月場所星取表 s6 番付 推移 変動 枚数 番付 (令7.5) 5月場所 成績 令和7年5月場所星取表 初日 2日目 3日目 4日目 5日目 6日目 7日目 中日 9日目 10日目 11日目 12日目 13日目 14日目 千秋楽 最高位 出身地 部屋 一門 年齢 生年月日 大相撲歴 本名 旧四股名 旧所属 身長(㎝) 体重(㎏) BMI 出身高校 出身大学 初土俵 初土俵 年齢 新十両 新十両 年齢 新入幕 新入幕 年齢 新小結 新小結 年齢 新関脇 新関脇 年齢 大関昇進 大関昇進 年齢 横綱昇進 横綱昇進 年齢 幕内 優勝 十両 優勝 幕下 優勝 三段目 優勝 序二段 優勝 序ノ口 優勝 技能賞 殊勲賞 敢闘賞 金星 通算 勝利数 通算 敗数 通算 休数 出場回数 通算 勝率(%) s誕生日 s初土俵 s新十両 s新入幕 s新小結 s新関脇 s大関昇進 s横綱昇進 s初土俵年齢 s新十両年齢 s新入幕年齢 s新小結年齢 s新関脇年齢 s大関昇進年齢 s横綱昇進年齢 s7場所勝敗 s1勝敗 s2勝敗 s3勝敗 s4勝敗 s5勝敗 s6勝敗 s7勝敗 s2順 s3順 s4順 s5順 s6順 s7順 s1シフト s2シフト s3シフト s4シフト s5シフト s6シフト sしこな s最高位 s出身ふりがな s部屋ふりがな s7勝率 s勝 s敗 s休 s出 s勝率 s幕優 s十 s下 s三 s二 s口 s技 s殊 s敢 s金

平成20(2008)年初土俵力士を検索

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平成20(2008)年初土俵の最高位:関脇

琴勇輝 一巖

琴勇輝 一巖(ことゆうき かずよし)香川県小豆郡小豆島町出身、佐渡ヶ嶽部屋の元力士で、最高位は関脇

平成20年(2008)3月場所に16歳11ヶ月で初土俵を踏み、令和3年(2021)3月場所を最後に引退(29歳11ヶ月)(※番付上は令和3年5月場所が最後)

通算成績は480勝430敗70休902出場。生涯勝率.527。通算77場所中、43場所を勝ち越した(勝ち越し率.566)。

主な成績は十両優勝1回(同点2)。殊勲賞1回,金星1個(日馬富士1個)。

平成3年(1991)4月2日生まれ。本名は榎本 勇起。

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平成25年(2013)初場所での新入幕は香川出身として54年ぶりの幕内力士。同年11月場所には大怪我を負い番付を下げたが5場所で再入幕。

平成28年(2016)3月場所での日馬富士からの初金星は涙のインタビューとなり話題に。十両優勝時の賞金は医大に進学した弟の学費に充てるなど弟想いな面も。

令和3年(2021年)3月場所後(4月14日)に引退を表明、12君ヶ濱の襲名を発表した。これは平成生まれとして初の年寄襲名者にあたる。令和4年(2022年)10月8日に21代北陣を襲名。

年寄
18代荒磯 一巖(佐渡ヶ嶽部屋)
四股名
琴勇輝 一巖(ことゆうき かずよし)
最高位
関脇
年寄名跡
12代君ヶ濱 一巖21代北陣 一巖18代荒磯 一巖
出身地
香川県小豆郡小豆島町
本名
榎本 勇起
生年月日
平成3年(1991)4月2日(35歳)
所属部屋
佐渡ヶ嶽部屋
改名歴
琴榎本 勇起 → 琴勇輝 一巖
初土俵
平成20年(2008)3月 前相撲(16歳11ヶ月)
新十両
平成23年(2011)9月(所要20場所)
20歳5ヶ月(初土俵から3年6ヶ月)
新入幕
平成25年(2013)1月(所要28場所)
21歳9ヶ月(初土俵から4年10ヶ月)
新関脇
平成28年(2016)5月(所要48場所)
25歳1ヶ月(初土俵から8年2ヶ月)
最終場所
令和3年(2021)3月(29歳11ヶ月)※番付上は令和3年5月場所
大相撲歴
77場所(13年0ヶ月)
通算成績
480勝430敗70休902出場(勝率.527)
通算77場所
勝ち越し43場所(勝ち越し率.566)
優勝等
十両優勝1回(同点2)
受賞・金星
殊勲賞1回,金星1個
幕内戦歴
207勝229敗59休430出場(勝率.475)
在位33場所(在位率.429)
勝ち越し14場所(勝ち越し率.424)
三役戦歴
9勝21敗0休30出場(勝率.300)
在位2場所(在位率.026)
勝ち越し0場所(勝ち越し率.000)
関脇戦歴
7勝8敗0休15出場(勝率.467)
在位1場所(在位率.013)
勝ち越し0場所(勝ち越し率.000)
小結戦歴
2勝13敗0休15出場(勝率.133)
在位1場所(在位率.013)
勝ち越し0場所(勝ち越し率.000)
前頭戦歴
198勝208敗59休400出場(勝率.488)
在位31場所(在位率.403)
勝ち越し14場所(勝ち越し率.452)
十両戦歴
190勝152敗3休341出場(勝率.556)
在位23場所(在位率.299)
勝ち越し17場所(勝ち越し率.739)
関取戦歴
397勝381敗62休771出場(勝率.510)
在位56場所(在位率.727)
勝ち越し31場所(勝ち越し率.554)
幕下以下歴
83勝49敗8休131出場(勝率.629)
在位20場所(在位率.260)
勝ち越し12場所(勝ち越し率.600)


平成20(2008)年初土俵の最高位:小結

千代鳳 祐樹

千代鳳 祐樹 (ちよおおとり ゆうき)鹿児島県志布志市出身、九重部屋の元力士で、最高位は小結

平成20年(2008)5月場所に15歳7ヶ月で初土俵を踏み、令和3年(2021)11月場所を最後に引退(29歳1ヶ月)。

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通算成績は430勝363敗104休785出場。生涯勝率.548。通算80場所中、43場所を勝ち越した(勝ち越し率.544)。

主な成績は十両優勝1回、幕下(同点2)、序二段優勝1回

平成4年(1992)10月11日生まれ。本名は木下 祐樹。

幼少期から柔道と相撲で鍛え上げた身体を武器に、若くして関取の座を掴んだ千代鳳は、突き押しと叩きへの強さを持ち味に三役まで昇進した名力士である。度重なる大怪我に苦しめられながらも、不屈の闘志で土俵を務め上げたその歩みは、多くの相撲ファンの記憶に刻まれている。

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幼少期の活躍と九重部屋への入門

鹿児島県志布志市で育ち、小学生の頃から柔道と相撲に打ち込んだ。柔道では黒帯を取得して全国大会に出場する腕前を持ち、相撲でも小学6年次にわんぱく相撲全国大会でベスト16に入るなど、早くから類まれな格闘センスを示していた。

中学校卒業後の平成20年(2008年)5月場所、一足先に入門していた兄(のちの千代丸)を追うように、13代九重(第58代横綱・千代の富士)が率いる九重部屋へと入門。「大木下」の四股名で初土俵を踏んだ。入門後は順調に番付を上げ、平成21年(2009年)9月場所では序二段優勝を飾る。翌11月場所での三段目昇進を機に、四股名を「千代鳳」へと改名した。

10代での新十両と幕内への出世

改名後も着実に地力をつけ、初土俵から約4年となる平成24年(2012年)3月場所に新十両へ昇進。このとき19歳5ヶ月であり、10代での関取昇進という見事なスピード出世であった。さらに、初土俵から丸5年となる平成25年(2013年)5月場所では新入幕を果たし、幕内の土俵へと駆け上がった。

幕内と十両を行き来する時期もあったが、東十両2枚目で迎えた平成25年(2013年)11月場所では、13勝2敗の好成績で十両優勝を果たす。翌平成26年(2014年)1月場所では兄の千代丸が十両優勝を飾っており、史上初となる「兄弟による十両連続優勝」の歴史的快挙へと繋がる、価値ある賜杯であった。

新三役への飛躍と怪我との闘い

再び幕内へ定着すると、容易なことでは前に落ちない足腰の良さと、相手の叩きに滅法強い突き押し相撲を武器に白星を重ねた。その実力が結実し、平成26年(2014年)5月場所では自己最高位となる西小結へ昇進し、新三役の座を掴み取った。

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しかし、三役昇進後は度重なる怪我との闘いとなる。右肩の脱臼や左膝の怪我などの影響により休場が重なり、幕内から幕下、さらには三段目へと大きく番付を落とす試練を味わった。それでも決して土俵を諦めることなく、猛稽古で再び十両へ復帰するなど、執念の相撲を取り続けた。長年にわたり怪我と向き合いながら土俵を務めたが、東幕下12枚目で迎えた令和3年(2021年)11月場所を最後に現役引退を発表した。

引退後は年寄「佐ノ山」を襲名し(のちに大山、錦島へと名跡変更)、日本相撲協会に残って後進の指導にあたっている。怪我に泣きながらも相撲に懸けたその情熱と確かな技術は、指導者となった現在も若い力士たちへと受け継がれている。

四股名
千代鳳 祐樹 (ちよおおとり ゆうき)
最高位
小結
年寄名跡
23代佐ノ山 祐樹(九重) → 13代大山 祐樹(九重) → 20代錦島 祐樹(九重)
出身地
鹿児島県志布志市
本名
木下 祐樹
生年月日
平成4年(1992)10月11日(33歳)
所属部屋
九重部屋
改名歴
大木下 祐樹 → 千代鳳 祐樹
初土俵
平成20年(2008)5月 前相撲(15歳7ヶ月)
新十両
平成24年(2012)3月(所要22場所)
19歳5ヶ月(初土俵から3年10ヶ月)
新入幕
平成25年(2013)5月(所要29場所)
20歳7ヶ月(初土俵から5年0ヶ月)
新小結
平成26年(2014)5月(所要35場所)
21歳7ヶ月(初土俵から6年0ヶ月)
最終場所
令和3年(2021)11月場所(29歳1ヶ月)
大相撲歴
80場所(13年6ヶ月)
通算成績
430勝363敗104休785出場(勝率.548)
通算80場所
勝ち越し43場所(勝ち越し率.544)(勝ち越し星154)
優勝等
十両優勝1回,幕下(同点2),序二段優勝1回
持給金
80円(勝ち越し星154個)
幕内戦歴
125勝138敗22休259出場(勝率.483)
在位19場所(在位率.237)
勝ち越し8場所(勝ち越し率.421)
三役戦歴
5勝10敗0休15出場(勝率.333)
在位1場所(在位率.013)
勝ち越し0場所(勝ち越し率.000)
小結戦歴
5勝10敗0休15出場(勝率.333)
在位1場所(在位率.013)
勝ち越し0場所(勝ち越し率.000)
前頭戦歴
120勝128敗22休244出場(勝率.492)
在位18場所(在位率.225)
勝ち越し8場所(勝ち越し率.444)
十両戦歴
164勝143敗53休303出場(勝率.541)
在位24場所(在位率.300)
勝ち越し11場所(勝ち越し率.458)
関取戦歴
289勝281敗75休562出場(勝率.514)
在位43場所(在位率.537)
勝ち越し19場所(勝ち越し率.442)
幕下以下歴
141勝82敗29休223出場(勝率.632)
在位36場所(在位率.450)
勝ち越し24場所(勝ち越し率.667)

千代鳳 祐樹の更に詳細なデータは力士名鑑で!

名鑑ページでは、以下のような詳細な分析データをはじめ、豊富な表やグラフをご覧いただけます。

  • ✅ 勝った決まり手1位:寄り切り(148回 / 33.9%)
  • ✅ 負けた決まり手1位:寄り切り(99回 / 27.0%)
  • ✅ 得意な相手:徳真鵬(9勝0敗 / 勝率1.000)
  • ✅ 苦手な相手:美ノ海(0勝10敗 / 勝率.000)

平成20(2008)年初土俵の最高位:前頭

貴ノ岩 義司

貴乃花が自身で育てた初の関取、平成29年(2017)1月場所で初対戦だった白鵬との一番に勝利し初金星を獲得。しかし11月場所を控えた巡業中に日馬富士から暴行を受け本場所を2場所連続休場。本来であれば幕下陥落の計算になる平成30年3月場所は、社会問題にまで発展した傷害事件を鑑みて特別措置で十両に留まった。復帰から十両優勝を含む4場所連続勝ち越しで番付を上げていたが、冬巡業中に付け人に対して暴力を振るったことにより引退となった

  • 四股名 :貴ノ岩 義司(たかのいわ よしもり)
  • 最高位 :前頭2枚目
  • 出身地 :モンゴル ウランバートル市
  • 本 名 :アディヤギーン・バーサンドルジ
  • 生年月日:平成2年(1990)2月26日
  • 出身高校:鳥取城北高校
  • 所属部屋:貴乃花⇒千賀ノ浦部屋
  • 初土俵 :平成20年(2008)11月(18歳9ヵ月)
  • 最終場所:平成31年(2019)1月(28歳11ヵ月)
  • 新十両 :平成24年(2012)7月(22歳5ヵ月)
  • 新入幕 :平成26年(2014)1月(23歳11ヵ月)
  • 生涯戦歴:371勝303敗44休/672出場(61場所)
  • 生涯勝率:55.0%
  • 優勝等 :幕内次点1回,十両優勝2回,幕下同点1回,三段目優勝1回,序二段同点1回
  • 成 績 :殊勲賞1回,敢闘賞1回,金星1個
  • 幕内戦歴:140勝157敗18休(22場所)勝率:47.1%
  • 十両戦歴:151勝104敗15休(18場所)勝率:59.2%

誉富士 歓之

誉富士 歓之 (ほまれふじ よしゆき)青森県西津軽郡鯵ヶ沢町出身、伊勢ヶ濱部屋の元力士で、最高位は前頭6枚目

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平成20年(2008)1月場所に22歳8ヶ月で初土俵を踏み、令和元年(2019)9月場所を最後に引退(34歳4ヶ月)。

通算成績は381勝361敗45休741出場。生涯勝率.514。通算70場所中、37場所を勝ち越した(勝ち越し率.536)。

主な成績は十両(同点1)、三段目優勝1回、序二段優勝1回

昭和60年(1985)5月6日生まれ。本名は三浦 歓之。

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小学生の頃から相撲を始め鰺ヶ沢第一中学3年次には全国中学校相撲選手権大会で準優勝。五所川原農林高、近畿大学と学生相撲で活躍したのちに伊勢ヶ濱部屋の門を叩いた。

元小結・舞の海は小・中学校の先輩。女将さんの従姉妹と平成28年に結婚。

怪我の影響もあり平成30年7月場所の負け越しで十両から幕下へと陥落。さらに左肩の手術などもあり一時は序二段まで番付を下げた。令和元年9月場所13日目に引退を表明、17代楯山襲名が承認された。

四股名
誉富士 歓之 (ほまれふじ よしゆき)
最高位
前頭6枚目
年寄名跡
17代楯山 歓之(伊勢ヶ濱)
出身地
青森県西津軽郡鯵ヶ沢町
本名
三浦 歓之
生年月日
昭和60年(1985)5月6日(41歳)
出身高校
五所川原農林高校
出身大学
近畿大学
所属部屋
伊勢ヶ濱部屋
改名歴
誉富士 歓之
初土俵
平成20年(2008)1月 前相撲(22歳8ヶ月)
新十両
平成24年(2012)1月(所要23場所)
26歳8ヶ月(初土俵から4年0ヶ月)
新入幕
平成25年(2013)5月(所要31場所)
28歳0ヶ月(初土俵から5年4ヶ月)
最終場所
令和元年(2019)9月場所(34歳4ヶ月)
大相撲歴
70場所(11年8ヶ月)
通算成績
381勝361敗45休741出場(勝率.514)
通算70場所
勝ち越し37場所(勝ち越し率.536)(勝ち越し星113)
優勝等
十両(同点1),三段目優勝1回,序二段優勝1回
持給金
59円50銭(勝ち越し星113個)
幕内戦歴
56勝83敗11休138出場(勝率.406)
在位10場所(在位率.143)
勝ち越し3場所(勝ち越し率.300)
前頭戦歴
56勝83敗11休138出場(勝率.406)
在位10場所(在位率.143)
勝ち越し3場所(勝ち越し率.300)
十両戦歴
210勝210敗0休420出場(勝率.500)
在位28場所(在位率.400)
勝ち越し14場所(勝ち越し率.500)
関取戦歴
266勝293敗11休558出場(勝率.477)
在位38場所(在位率.543)
勝ち越し17場所(勝ち越し率.447)
幕下以下歴
115勝68敗34休183出場(勝率.628)
在位31場所(在位率.443)
勝ち越し20場所(勝ち越し率.645)

誉富士 歓之の更に詳細なデータは力士名鑑で!

名鑑ページでは、以下のような詳細な分析データをはじめ、豊富な表やグラフをご覧いただけます。

  • ✅ 勝った決まり手1位:押し出し(179回 / 46.4%)
  • ✅ 負けた決まり手1位:押し出し(101回 / 27.7%)
  • ✅ 得意な相手:荒鷲(7勝1敗 / 勝率.875)
  • ✅ 苦手な相手:阿夢露(2勝10敗 / 勝率.167)

旭大星 託也

旭大星 託也 (きょくたいせい たくや)北海道旭川市出身、大島 → 友綱~大島部屋の元力士で、最高位は前頭8枚目

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平成20年(2008)1月場所に18歳2ヶ月で初土俵を踏み、令和6年(2024)11月場所を最後に引退(35歳0ヶ月)※番付上は令和7年(2025)1月場所

通算成績は483勝434敗80休912出場。生涯勝率.530。通算100場所中、54場所を勝ち越した(勝ち越し率.545)。

主な成績は十両(同点1)敢闘賞1回

平成元年(1989)10月18日生まれ。本名は大串 拓也。

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平成4年(1992年)1月場所の立洸以来、26年ぶりとなる北海道出身力士の新入幕を果たした元前頭8枚目・旭大星。細身の体を活かした突き押しや引き技を武器に活躍し、晩年は度重なる負傷により序ノ口まで番付を下げながらも、不屈の闘志で土俵への復帰を果たした。

母への思いを胸に入門

幼少期は父親から空手の手ほどきを受け、小学校2年次より地元のスポーツ少年団で柔道を始める。中学校に進学すると柔道部がなかったため野球部に所属しながら、地元の道場で柔道の稽古を続けた。中学2年生の頃、合宿で地元を訪れていた大島部屋からスカウトを受けた際は一度入門を断ったものの、のちに2代大島(元大関・旭國)からの誘いを受け角界入りを決意する。地元の知人らに盛大に見送られて上京し、高校卒業を間近に控えた平成20年(2008年)1月場所で初土俵を踏んだ。

翌3月場所からは「旭大星」の四股名を名乗る。これには「旭川の大きな星になれ」という周囲の期待に加え、中学2年生の時に他界した母親に対し「星になって空から見守ってほしい」という本人の強い思いが込められていた。

入門直後は極端な小食で体重がなかなか増えず、ホームシックから脱走を図るなど環境に適応するまで苦労を重ねた。その不器用ながらも相撲に向き合う新弟子時代の姿は、フランス人女性監督のジル・クロンによって密着撮影され、後にドキュメンタリー映画『辛抱』として公開されている。

初代大島の相撲研究と新十両

徐々に番付を上げ、平成22年(2010年)9月場所で初めて幕下に昇進する。その後は三段目と幕下の往復が続いたが、平成24年(2012年)4月に師匠の停年に伴う大島部屋の閉鎖により、友綱部屋へと移籍した。

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新しい環境で稽古相手が増えたことに加え、自身と同じく小兵であった2代大島の現役時代の相撲をDVDで熱心に研究し、取り口の幅を広げていく。長年の課題であった体重も大幅に増加すると実力が開花し、平成26年(2014年)5月場所を5勝2敗で勝ち越して新十両昇進を決めた。北海道出身力士の関取誕生は、平成13年(2001年)の若天狼以来およそ13年ぶりとなる出来事であった。

新十両として迎えた7月場所は千秋楽に敗れて7勝8敗と負け越し、翌9月場所も5勝10敗と苦杯を喫して2場所で幕下へ陥落する。その後も幕下上位の厚い壁に阻まれたが、4場所連続の勝ち越しを経て平成27年(2015年)9月場所で6場所ぶりの十両復帰を果たした。

26年ぶりの北海道出身の幕内力士

十両に定着して着実に力をつけると、平成30年(2018年)5月場所において西前頭15枚目へと番付を上げ、念願の新入幕を果たした。北海道出身力士の新入幕は平成4年(1992年)の立洸以来26年ぶりであり、幕内の番付に北海道出身力士が載ったのは、平成10年(1998年)の北勝鬨以来20年ぶりのことであった。

大きな重圧がかかる新入幕場所であったが、右前ミツからの攻めや、突き押しから相手の引きに乗じて押し切る相撲を確立した。結果として10勝5敗の好成績を挙げ、見事に敢闘賞を受賞した。翌7月場所には自己最高位となる西前頭8枚目まで昇進を果たしたが、初日からの5連敗が響き6勝9敗と上位の壁に跳ね返された。翌場所も2勝3敗10休で十両へと陥落。

序ノ口陥落からの復帰と引退

その後は深刻な負傷に苦しむようになる。令和2年(2020年)9月場所で再入幕を果たしたものの、途中休場となり十両へ降下。令和3年(2021年)11月場所では西十両9枚目で2勝13敗の大敗を喫し、32場所連続で守り抜いた関取の地位を手放すこととなった。

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令和4年(2022年)1月場所後には友綱部屋の名称変更によりおよそ10年ぶりに大島部屋所属になったが、以降も長期休場が重なり、同年11月場所ではついに序ノ口まで陥落した。幕内経験者の序ノ口陥落は史上4人目の記録であった。

しかし、大きな番付降下にも心は折れず、「関取に戻るか引退するまで、北海道には帰れない」と覚悟を決めて土俵に復帰する。復帰場所を6勝1敗で終えると順調に白星を重ね、令和5年(2023年)7月場所で幕下への復帰を果たした。

その後は怪我の状態は改善したものの思うように白星を伸ばせず、関取復帰の目処が立たなくなったとして、1月場所直前の令和6年(2024年)12月25日に引退届を提出し受理された。細身の体と相撲未経験の状態から幕内まで出世した足跡に対し、師匠の6代大島(元関脇・旭天鵬)からは「ここまで来るとは思わなかった。体もそうですし、相撲経験もない。すぐ辞めるだろうなと。それが体が大きくなって番付も上がっていった。幕内に上がった時はすごいと思いましたよ」と労いの言葉が贈られた。17年にわたる土俵生活であった。

四股名
旭大星 託也 (きょくたいせい たくや)
最高位
前頭8枚目
出身地
北海道旭川市
本名
大串 拓也
生年月日
平成元年(1989)10月18日
出身高校
旭川大学高校
所属部屋
大島 → 友綱~大島部屋
改名歴
大串 拓也 → 旭大星 託也
初土俵
平成20年(2008)1月 前相撲(18歳2ヶ月)
新十両
平成26年(2014)7月(所要38場所)
24歳8ヶ月(初土俵から6年6ヶ月)
新入幕
平成30年(2018)5月(所要61場所)
28歳6ヶ月(初土俵から10年4ヶ月)
最終場所
令和6年(2024)11月場所(35歳0ヶ月)※番付上は令和7年(2025)1月場所
大相撲歴
100場所(16年10ヶ月)
通算成績
483勝434敗80休912出場(勝率.530)
通算100場所
勝ち越し54場所(勝ち越し率.545)(勝ち越し星134)
優勝等
十両(同点1)
受賞・金星
敢闘賞1回
持給金
70円(勝ち越し星134個)
幕内戦歴
19勝23敗18休39出場(勝率.487)
在位4場所(在位率.040)
勝ち越し1場所(勝ち越し率.250)
前頭戦歴
19勝23敗18休39出場(勝率.487)
在位4場所(在位率.040)
勝ち越し1場所(勝ち越し率.250)
十両戦歴
238勝247敗25休483出場(勝率.493)
在位34場所(在位率.340)
勝ち越し16場所(勝ち越し率.471)
関取戦歴
257勝270敗43休522出場(勝率.492)
在位38場所(在位率.380)
勝ち越し17場所(勝ち越し率.447)
幕下以下歴
226勝164敗37休390出場(勝率.579)
在位61場所(在位率.610)
勝ち越し37場所(勝ち越し率.607)

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名鑑ページでは、以下のような詳細な分析データをはじめ、豊富な表やグラフをご覧いただけます。

  • ✅ 勝った決まり手1位:押し出し(142回 / 29.3%)
  • ✅ 負けた決まり手1位:押し出し(155回 / 35.4%)
  • ✅ 得意な相手:水戸龍(11勝1敗 / 勝率.917)
  • ✅ 苦手な相手:青狼(3勝9敗 / 勝率.250)

明瀬山 光彦

明瀬山 光彦 (あきせやま みつひこ)愛知県春日井市出身、木瀬 → 北の湖 → 木瀬部屋の元力士で、最高位は前頭12枚目

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平成20年(2008)1月場所に22歳5ヶ月で初土俵を踏み、令和5年(2023)9月場所を最後に引退(38歳1ヶ月)。

通算成績は472勝473敗29休944出場。生涯勝率.500。通算93場所中、51場所を勝ち越した(勝ち越し率.554)。

主な成績は十両(同点1)、幕下優勝1回、序二段(同点1)、序ノ口優勝1回

昭和60年(1985)7月18日生まれ。本名は深尾 光彦。

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愛嬌のある垂れた胸と大きなおなかという独特の風貌と、解説者に指摘されるほど緩く巻かれた締め込みでファンに愛され、右四つからの攻めを武器に関取として活躍。幾度も幕下陥落を経験しながらも不屈の闘志で土俵に上がり続け、38歳まで15年間の土俵人生を全うした。

市原の背中を追って角界入り

小学生時代、「中京クラブ」で相撲を始める。そこで1学年先輩にあたる市原(のちの前頭13枚目・市原(清瀬海))に出会ったことが、その後の相撲人生を大きく決定づけた。自身も2年連続わんぱく横綱に輝くなど頭角を現し、市原の背中を追うように埼玉栄高校から日本大学へと進学した。

小学6年生の時に地元春日井市の巡業で見た大相撲の熱気に憧れを抱いていたこともあり、大学4年時に角界入りを決意。入門先には、市原が所属する木瀬部屋を選んだ。

巨漢と俊敏さを武器に関取へ

平成20年(2008年)1月場所、本名の「深尾」で初土俵を踏む。200キロ近い巨漢ながら素早い動きを武器に、序ノ口で全勝優勝、続く序二段でも全勝で優勝決定戦に進出するなど順調に番付を上げた。一気に幕下上位にまで番付を上げ、西幕下16枚目で迎えた平成21年(2009年)7月場所では6人による優勝決定戦を制するなど、関取はすぐかと思われていた。

だが慢心もあり、幕下上位の厚い壁に跳ね返されて暗中模索となっていた。しかし、師匠の11代木瀬(元前頭筆頭・肥後ノ海)からの「悔しいか」「だまされたと思って俺の言うことを聞くか?」という言葉で一から相撲に向き合い、「右を取ったら強いんだ」という言葉を信じて稽古に励み、平成22年(2010年)11月場所で新十両昇進を果たす。

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これに合わせて四股名を「明瀬山」へと改名。これは両親の名前から「明」の一字、木瀬部屋から「瀬」、アマチュア時代の2人の恩師の名字である「山田」から「山」を頂戴した四股名であった。

取り口の改造と悲願の新入幕

関取の座を掴んだものの、平成23年(2011年)7月場所で2勝13敗と大きく負け越して十両4場所で幕下へと陥落。その後は腰のヘルニアにも悩まされて1年以上も幕下から十両へと戻ることができなかった。しかし気落ちは折れること無く、突き押し主体の相撲から、師匠と映像を見ながら研究した右四つの速攻へと取り口を改造し、徐々に成績を安定させていった。こうして西幕下5枚目で迎えた平成24年(2012年)9月場所で6勝1敗と勝ち越して再十両を果たした。

その後、2度の幕下陥落を経験するが、そのたびに十両の土俵へと這い上がり、平成27年(2015年)7月場所から4場所連続十両で勝ち越しを決めて、平成28年(2016年)3月場所に初土俵から所要48場所という学生相撲出身者としては極めてスローな記録で新入幕を果たした。

28場所ぶりの再入幕と大怪我

こうしてたどり着いた新入幕の土俵だったが、4勝11敗と大きく負け越して1場所で十両へと陥落、さらに西十両5枚目で1勝14敗と大敗を喫すると新入幕から2場所で幕下へと陥落してしまった。

失意の幕下陥落後は幕下上位でもがき続けて平成30年(2018年)3月場所で11場所ぶりに十両へと復帰、その後もいちど幕下へと陥落したが、十両へと帰還して地道に勝ち越しを積み重ねて令和3年(2021年)1月場所に28場所ぶりとなる再入幕を果たす。この場所では初日から連勝を重ね、35歳6か月という高齢で幕内での初勝ち越しを決めた。

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しかし、同年5月場所に右下顎骨骨折という重傷を負い中日から自身初となる休場。場所後に手術を行い2場所連続休場で、復帰した令和3年(2021年)11月場所は西幕下45枚目まで大きく後退していた。

限界まで挑み続けた15年

深刻な負傷からも不屈の闘志で復帰し、幕下で勝ち越しを続けて着実に番付を戻していく。しかし令和5年(2023年)5月場所で、2勝5敗と負け越しを喫した明瀬山は「ここが限界なのかな」と、場所後に師匠に相談して、最後は地元・愛知の名古屋場所でと決意。

集大成として臨んだ同年7月場所では、ご当地場所の土俵で5勝2敗と勝ち越しを決めたが、決心は変わらなかった。場所後に引退を表明して17代井筒の襲名が発表された。会見では「目いっぱい相撲をやったので、悔いはありません。想像以上でした。38歳までやれるとは思っていなかった。師匠のおかげでした。」と思いを語ると、同席した師匠は「素直で真面目な力士だった」と頑張りを称えた。

四股名
明瀬山 光彦 (あきせやま みつひこ)
最高位
前頭12枚目
年寄名跡
17代井筒 光彦(木瀬)
出身地
愛知県春日井市
本名
深尾 光彦
生年月日
昭和60年(1985)7月18日(40歳)
出身高校
埼玉栄高校
出身大学
日本大学
所属部屋
木瀬 → 北の湖 → 木瀬部屋
改名歴
深尾 光彦 → 明瀬山 光彦
初土俵
平成20年(2008)1月 前相撲(22歳5ヶ月)
新十両
平成22年(2010)11月(所要17場所)
25歳3ヶ月(初土俵から2年10ヶ月)
新入幕
平成28年(2016)3月(所要48場所)
30歳7ヶ月(初土俵から8年2ヶ月)
最終場所
令和5年(2023)9月場所(38歳1ヶ月)
大相撲歴
93場所(15年8ヶ月)
通算成績
472勝473敗29休944出場(勝率.500)
通算93場所
勝ち越し51場所(勝ち越し率.554)(勝ち越し星133)
優勝等
十両(同点1),幕下優勝1回,序二段(同点1),序ノ口優勝1回
持給金
69円50銭(勝ち越し星133個)
幕内戦歴
21勝32敗7休52出場(勝率.404)
在位4場所(在位率.043)
勝ち越し1場所(勝ち越し率.250)
前頭戦歴
21勝32敗7休52出場(勝率.404)
在位4場所(在位率.043)
勝ち越し1場所(勝ち越し率.250)
十両戦歴
254勝301敗15休555出場(勝率.458)
在位38場所(在位率.409)
勝ち越し15場所(勝ち越し率.395)
関取戦歴
275勝333敗22休607出場(勝率.453)
在位42場所(在位率.452)
勝ち越し16場所(勝ち越し率.381)
幕下以下歴
197勝140敗7休337出場(勝率.585)
在位50場所(在位率.538)
勝ち越し35場所(勝ち越し率.700)

明瀬山 光彦の更に詳細なデータは力士名鑑で!

名鑑ページでは、以下のような詳細な分析データをはじめ、豊富な表やグラフをご覧いただけます。

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  • ✅ 勝った決まり手1位:寄り切り(208回 / 43.5%)
  • ✅ 負けた決まり手1位:寄り切り(183回 / 38.5%)
  • ✅ 得意な相手:千代ノ皇(16勝8敗 / 勝率.667)
  • ✅ 苦手な相手:千代鳳(1勝8敗 / 勝率.111)

平成20(2008)年初土俵の最高位:十両

慶天海 孔晴

慶天海 孔晴(けいてんかい こうせい)は鹿児島県 大島郡瀬戸内町出身、阿武松部屋の力士で最高位は十両11枚目。令和6年3月場所の番付は西 三段目43枚目。

奄美大島の古仁屋相撲クラブ出身で高校は「名門」埼玉栄高校に相撲留学。四股名は亡くなった高校の恩師が遺してくれたもの。平成24年9場所に新十両昇進も2日目に膝を負傷し休場、右膝前十字靭帯断裂でその後5場所連続休場となった。序ノ口での復帰場所で全勝優勝、続く序二段でも全勝優勝を果たす

四股名
慶天海 孔晴(けいてんかい こうせい)
最高位
十両11枚目
最新番付
西 三段目43枚目
出身地
鹿児島県 大島郡瀬戸内町
本名
慶 孔晴
生年月日
平成2年(1990)3月10日(36歳)
出身高校
埼玉栄高校
所属部屋
阿武松部屋
改名歴
慶⇒慶天海
初土俵
平成20年(2008)1月(17歳10ヵ月)
新十両
平成24年(2012)9月(22歳6ヵ月)
優勝
序二段優勝2回,序ノ口優勝1回
通算成績
340勝255敗78休/587出場(勝率:57.9%)
直近7場所
24勝25敗
7場所勝率
57.1%
令6年3月
西 三段目43枚目(12枚降下)
4勝3敗
     |     |     
令6年1月
西 三段目31枚目(16枚半上昇)
3勝4敗
-●-●○|--○-○|-●-●-
令5年11月
東 三段目48枚目(11枚降下)
4勝3敗
●--○-|○○--○|●---●
令5年9月
東 三段目37枚目(16枚半降下)
3勝4敗
●--○●|-●-○-|●---○
令5年7月
西 三段目20枚目(18枚半降下)
3勝4敗
○-●--|●○-●-|-○●--
令5年5月
東 三段目2枚目(11枚上昇)
3勝4敗
-●-○●|-○--○|-●●--
令5年3月
東 三段目13枚目
4勝3敗
-○○-●|-●-○-|-○●--

希善龍 貴司

希善龍 貴司 (きぜんりゅう たかし)香川県善通寺市出身、木瀬 → 北の湖 → 木瀬部屋の元力士で、最高位は十両11枚目

平成20年(2008)3月場所に22歳10ヶ月で初土俵を踏み、令和2年(2020)7月場所を最後に引退(35歳2ヶ月)。

通算成績は296勝275敗5休570出場。生涯勝率.519。通算73場所中、43場所を勝ち越した(勝ち越し率.597)。

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主な成績は幕下優勝1回(同点1)、三段目(同点1)、序二段優勝1回

昭和60年(1985)4月30日生まれ。本名は亀井 貴司。

幼少期から相撲に親しみ、日本大学を経て角界の門を叩いた亀井(のちの希善龍)は、大相撲史上最多となる「9回」の十両昇進という類を見ない記録を残した力士である。関取の座を掴んでは幕下へ陥落するという過酷な道のりを歩みながらも、そのたびに這い上がる不屈の精神は、多くの相撲ファンの記憶に刻まれている。

怪我を乗り越えたアマチュア時代

小学4年生で相撲を始め、香川県内の小学生横綱に輝くなど早くから頭角を現した。相撲の強豪である香川県立高松南高校へ進学し、3年次には全国大会で個人3位に入賞する活躍を見せる。高校卒業後は日本大学へ進学して相撲部に入部した。

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しかし、入部直後に膝を痛める大怪我を負い、約1年にわたって相撲が取れない苦しい時期を過ごすこととなる。それでも腐ることなく、地道な筋力トレーニングで恵まれた体格をさらに鍛え上げた。その結果、大学3年次には全国学生相撲個人体重別選手権大会の135キロ未満で公式記録上の準優勝を果たし、4年次には全日本相撲選手権大会でベスト16に入るなど、確かな実力を身につけていった。

日大の縁が結ぶ木瀬部屋入門と初土俵

大学卒業後は、1学年上の先輩である清瀬海が在籍し、日本大学OBの11代木瀬(元幕内・肥後ノ海)が師匠を務める木瀬部屋への入門を決めた。同部屋では、同級生で相撲部主将も務めた明瀬山が、亀井に先んじて1場所早く初土俵を踏んでいる。

平成20年(2008年)3月場所で本名の「亀井」を四股名として初土俵を踏んだ。順調に番付を上げ、同年7月場所では西序二段62枚目で7戦全勝の序二段優勝を果たしている。なお、平成22年(2010年)には所属する木瀬部屋の一時閉鎖に伴い北の湖部屋へ移籍したが、平成24年(2012年)の部屋再興と同時に元の木瀬部屋へ帰属するという歴史も経験している。

故郷の文字を背負い、悲願の関取へ

幕下上位の壁に跳ね返される時期もあったが、着実に地力をつけていった。大きな転機となったのは、東幕下7枚目で迎えた平成25年(2013年)3月場所である。この場所で力強い相撲を展開し、7戦全勝の成績を挙げて見事に幕下優勝を飾った。

この好成績により、翌5月場所での新十両昇進を決める。この関取昇進という節目を機に、故郷である香川県善通寺市の「善」の字を入れ、「希善龍」へと四股名を改名した。初土俵から約5年、幾多の苦労を重ねてようやく掴み取った関取の座であった。

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史上最多9度の十両昇進と不屈の土俵

しかし、関取の壁は厚かった。新十両として臨んだ平成25年(2013年)5月場所は6勝9敗と負け越し、わずか1場所で幕下への陥落を味わうこととなった。

ここから、希善龍の真骨頂とも言える土俵人生が始まる。幕下に陥落して以降も決して諦めることなく、右四つからの寄りや上手投げを武器に幕下上位で勝ち越しを続け、幾度も十両の土俵へ返り咲いた。現役生活の中で果たした十両昇進の回数は、大相撲史上最多となる「9回」を数える。

昇進した9つの場所はすべて負け越し、あるいは休場に終わり、十両の地位を2場所連続で維持することは一度も叶わなかった。関取の座を掴んでは突き落とされるという事実だけを見れば残酷だが、それは裏を返せば、何度幕下へ転落してもそのたびに地力を発揮し、関取の座を奪い返すだけの力と精神力を備えていたことの証でもある。

長年にわたり幕下上位と十両の土俵で激闘を繰り広げたが、令和2年(2020年)7月場所を最後に現役を引退した。決して派手な記録や長期にわたる関取在位を残したわけではない。しかし、土俵に上がり続け、何度でも這い上がったその泥臭くも力強い相撲の型と歩みは、記録以上に確かな熱を帯びて大相撲の歴史に刻まれている。

四股名
希善龍 貴司 (きぜんりゅう たかし)
最高位
十両11枚目
出身地
香川県善通寺市
本名
亀井 貴司
生年月日
昭和60年(1985)4月30日
出身高校
高松南高校
出身大学
日本大学
所属部屋
木瀬 → 北の湖 → 木瀬部屋
改名歴
亀井 貴司 → 希善龍 貴司
初土俵
平成20年(2008)3月 前相撲(22歳10ヶ月)
新十両
平成25年(2013)5月(所要30場所)
28歳0ヶ月(初土俵から5年2ヶ月)
最終場所
令和2年(2020)7月場所(35歳2ヶ月)
大相撲歴
73場所(12年4ヶ月)
通算成績
296勝275敗5休570出場(勝率.519)
通算73場所
勝ち越し43場所(勝ち越し率.597)(勝ち越し星89)
優勝等
幕下優勝1回(同点1),三段目(同点1),序二段優勝1回
持給金
47円50銭(勝ち越し星89個)
十両戦歴
47勝85敗3休131出場(勝率.359)
在位9場所(在位率.123)
勝ち越し0場所(勝ち越し率.000)
関取戦歴
47勝85敗3休131出場(勝率.359)
在位9場所(在位率.123)
勝ち越し0場所(勝ち越し率.000)
幕下以下歴
249勝190敗2休439出場(勝率.567)
在位63場所(在位率.863)
勝ち越し43場所(勝ち越し率.683)

希善龍 貴司の更に詳細なデータは力士名鑑で!

名鑑ページでは、以下のような詳細な分析データをはじめ、豊富な表やグラフをご覧いただけます。

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  • ✅ 勝った決まり手1位:上手投げ(143回 / 48.0%)
  • ✅ 負けた決まり手1位:寄り切り(97回 / 34.9%)
  • ✅ 得意な相手:翔猿(5勝0敗 / 勝率1.000)
  • ✅ 苦手な相手:天風(0勝8敗 / 勝率.000)

平成20(2008)年初土俵の最高位:幕下

安芸乃山 秀昭

安芸乃山 秀昭(あきのやま ひであき)は広島県 東広島市出身、高田川部屋の力士で最高位は幕下13枚目。令和8年5月場所の番付は西 三段目33枚目。

引退した安芸の花(元幕下6枚目)は双子の弟。幼い頃から高田川親方(元関脇・安芸乃島)の叔父の道場に兄弟で通い、相撲と柔道を習っていた。

💡 広島県出身一覧💡 高田川部屋の力士

四股名
安芸乃山 秀昭(あきのやま ひであき)
最高位
幕下13枚目
最新番付
西 三段目33枚目
出身地
広島県 東広島市
本名
久藤 秀昭
生年月日
平成4年(1992)11月30日(33歳)
身長・体重
177.1cm・199kg
所属部屋
高田川部屋
初土俵
平成20年(2008)3月(15歳4ヵ月)
優勝
無し
通算成績
378勝365敗6休/741出場(勝率:51%)
直近7場所
20勝29敗
7場所勝率
40.8%
決まり手傾向(直近7場所)
安芸乃山が勝ちの決まり手(18勝)
押し出し7
叩き込み6
引き落とし2
寄り倒し1
送り出し1
寄り切り1
安芸乃山が負けの決まり手(24敗)
押し出し6
寄り切り4
引き落とし4
叩き込み3
突き落とし2
下手捻り1
その他4
令8年5月
西 三段目33枚目(36枚降下)
2勝5敗
●--●○|-●--●|-●○--
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年3月
西 幕下58枚目(10枚半上昇)
0勝7敗
-●-●●|-●-●-|●-●--
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年1月
西 三段目8枚目(18枚降下)
4勝3敗
-○●--|●-●-○|-○○--
取組詳細(対戦相手・決まり手)

▼ さらに過去の成績(4場所分)を見る
令7年11
東 幕下51枚目(10枚半上昇)
2勝5敗
-●○--|●○--●|-●-●-
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年9月
西 三段目筆頭(11枚半降下)
4勝3敗
●--●-|○○-○-|●--○-
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年7月
東 幕下50枚目(23枚半上昇)
3勝4敗
○-○--|●●-○-|●--●-
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年5月
東 三段目13枚目
5勝2敗
○--●○|--○-○|○---●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

平成20(2008)年初土俵の最高位:三段目

寛龍 寛樹

寛龍 寛樹(かんりゅう ひろき)は栃木県 小山市出身、荒汐部屋の力士で最高位は三段目21枚目。令和8年5月場所の番付は西 序二段22枚目。

相撲勘の良さは先代親方(元小結・大豊)の折り紙付き。また、大の動物好きでペットショップは素通りできないという一面も。

💡 栃木県出身一覧💡 荒汐部屋の力士

四股名
寛龍 寛樹(かんりゅう ひろき)
最高位
三段目21枚目
最新番付
西 序二段22枚目
出身地
栃木県 小山市
本名
川口 寛樹
生年月日
平成4年(1992)4月18日(34歳)
身長・体重
178cm・115.5kg
所属部屋
荒汐部屋
初土俵
平成20年(2008)3月(15歳11ヵ月)
優勝
無し
通算成績
355勝363敗31休/718出場(勝率:49.4%)
直近7場所
27勝22敗
7場所勝率
55.1%
決まり手傾向(直近7場所)
寛龍が勝ちの決まり手(22勝)
寄り切り8
掬い投げ3
吊り出し3
上手投げ2
踏み出し1
うっちゃり1
その他4
寛龍が負けの決まり手(20敗)
寄り切り8
押し出し5
小手投げ3
突き落とし2
首投げ1
巻き落とし1
令8年5月
西 序二段22枚目(39枚上昇)
5勝2敗
●-○--|○-●○-|○--○-
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年3月
西 序二段61枚目(24枚降下)
5勝2敗
-○○-○|-●-○-|●---○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年1月
西 序二段37枚目(36枚半降下)
3勝4敗
-○●--|●-○-●|○--●-
取組詳細(対戦相手・決まり手)

▼ さらに過去の成績(4場所分)を見る
令7年11
東 序二段筆頭(16枚半降下)
2勝5敗
●-●--|●○-●-|-○--●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年9月
西 三段目64枚目(19枚上昇)
3勝4敗
●--○●|--●○-|○--●-
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年7月
西 序二段3枚目(37枚上昇)
4勝3敗
-○-○-|●○-●-|-○-●-
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年5月
西 序二段40枚目
5勝2敗
○-○--|○-●○-|○---●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

本東 和純

本東 和純(もとあずま かずみ)は長野県 松本市出身、玉ノ井部屋の力士で最高位は三段目74枚目。令和8年5月場所の番付は東 序二段99枚目。

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ネットで調べて玉ノ井部屋へと入門を決意。相撲甚句が得意で巡業では自慢ののどで魅了する。

💡 長野県出身一覧💡 玉ノ井部屋の力士

四股名
本東 和純(もとあずま かずみ)
最高位
三段目74枚目
最新番付
東 序二段99枚目
出身地
長野県 松本市
本名
本木 一美
生年月日
平成3年(1991)12月15日(34歳)
身長・体重
170.5cm・119.4kg
所属部屋
玉ノ井部屋
改名歴
本木山⇒東信山⇒本木山 → 本東
初土俵
平成20年(2008)3月(16歳3ヵ月)
優勝
無し
通算成績
335勝387敗27休/721出場(勝率:46.5%)
直近7場所
23勝26敗
7場所勝率
46.9%
決まり手傾向(直近7場所)
本東が勝ちの決まり手(18勝)
寄り切り3
引き落とし3
掬い投げ2
叩き込み2
突き落とし1
上手投げ1
その他6
本東が負けの決まり手(24敗)
押し出し13
寄り切り3
寄り倒し2
突き落とし1
首投げ1
足取り1
その他3
令8年5月
東 序二段99枚目(1枚上昇)
5勝2敗
-○-●○|--○●-|-○--○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年3月
東 序二段100枚目(9枚半降下)
3勝4敗
●-●--|○-●○-|-●--○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年1月
西 序二段90枚目(15枚降下)
2勝5敗
●-●-○|-○--●|●---●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

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令7年11
西 序二段75枚目(34枚半降下)
3勝4敗
-○●--|●○--●|●--○-
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年9月
東 序二段41枚目(44枚上昇)
2勝5敗
-●-○-|●●--○|●--●-
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年7月
東 序二段85枚目(25枚半降下)
5勝2敗
-●-●○|--○-○|○---○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年5月
西 序二段59枚目
3勝4敗
-●○--|○●-●-|○--●-
取組詳細(対戦相手・決まり手)

大國山 翔

大國山 翔(おおくにやま しょう)は東京都 府中市出身、朝日山部屋の力士で最高位は三段目79枚目。令和8年5月場所の番付は東 序二段101枚目。

追手風部屋の大國里は双子の弟。春日山部屋へは中学卒業と共に入門。平成30年11月場所より全休で一時は番付外に落ちていたが、令和元年(2019)9月場所で前相撲を取り再始動。

令和2年(2020)7月場所を前に中川部屋の閉鎖が決まり、吉澤は朝日山部屋への移籍が決定。追手風部屋へと移籍した弟とは別の道を歩むことになった。

💡 東京都出身一覧💡 朝日山部屋の力士

四股名
大國山 翔(おおくにやま しょう)
最高位
三段目79枚目
最新番付
東 序二段101枚目
出身地
東京都 府中市
本名
吉澤 翔
生年月日
平成4年(1992)9月18日(33歳)
身長・体重
188.5cm・134.2kg
所属部屋
春日山 → 追手風 → 中川 → 朝日山部屋
改名歴
吉澤⇒大国山⇒大国旭⇒大國旭⇒吉澤⇒大国山 → 大國山
初土俵
平成20年(2008)3月(15歳6ヵ月)
優勝
無し
通算成績
301勝396敗24休/695出場(勝率:43.3%)
直近7場所
17勝27敗5休
7場所勝率
39.5%
決まり手傾向(直近7場所)
大國山が勝ちの決まり手(15勝)
寄り倒し7
寄り切り7
つきひざ1
大國山が負けの決まり手(22敗)※不戦敗1含む
押し出し5
寄り切り4
上手投げ4
押し倒し3
突き落とし2
引き落とし2
その他1
令8年5月
東 序二段101枚目(6枚半降下)
2勝5敗
●-●-○|--●-●|-●○--
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年3月
西 序二段94枚目(17枚降下)
2勝5敗
-●●-●|-○--●|●-○--
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年1月
西 序二段77枚目(35枚上昇)
2勝5敗
-●-○-|○-●●-|●---●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

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令7年11
西 序ノ口11枚目(2枚上昇)
4勝3敗
○-●-○|--○●-|●-○--
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年9月
西 序ノ口13枚目(13枚降下)
3勝4敗
○-●--|●-○-●|○--●-
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年7月
西 序二段105枚目(2枚半降下)
1勝1敗5休
■-ややや|ややややや|やや○--
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年5月
東 序二段103枚目
3勝4敗
-●○--|●-●-●|○---○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

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カテゴリー : 初土俵別

公開日:2018-10-08
投稿者:レイ

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