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該当力士:13 名
豪栄道 豪太郎
豪栄道 豪太郎(ごうえいどう ごうたろう)は大阪府寝屋川市出身、境川部屋の元力士で、最高位は大関。
平成17年(2005)1月場所に18歳9ヶ月で初土俵を踏み、令和2年(2020)1月場所を最後に引退(33歳9ヶ月)。
通算成績は696勝493敗66休1180出場。生涯勝率.585。通算90場所中、62場所を勝ち越した(勝ち越し率.697)。
主な成績は幕内優勝1回(同点1,次点6),十両同点1回,幕下優勝2回,三段目優勝1回,序ノ口優勝1回。殊勲賞5回,敢闘賞3回,技能賞3回,金星1個(朝青龍1個)。
昭和61年(1986)4月6日生まれ。本名は澤井 豪太郎。
小5でわんぱく横綱。「相撲の名門」埼玉栄高校では11個の個人タイトルを獲得。初の「高卒幕下付出」を期待された全日本相撲選手権大会では高校生として史上4人目となる3位を獲得した。
春日野部屋の栃煌山とは幼少時から切磋琢磨してきたライバル。昭和以降1位となる関脇在位連続14場所を経て平成26年9月場所に大関昇進。平成28年9月場所では悲願の幕内初優勝を全勝で達成。日本人力士の全勝優勝は平成8年(1996)9月場所の横綱・貴乃花以来20年ぶりのもの。
カド番で迎えた令和2年初場所、12日目に朝乃山に敗れて負け越しが決定、千秋楽では阿武咲に敗れて5勝10敗と大きく負け越した。大関在位33場所、約5年半戦い抜いた座からの陥落が決まった翌日、潔い現役引退が報じられた。14代武隈を襲名。
令和4年(2022)2月1日付で境川部屋から分家独立、武隈部屋を創設した。
- 年寄
- 14代・武隈 豪太郎
- 四股名
- 豪栄道 豪太郎(ごうえいどう ごうたろう)
- 最高位
- 大関
- 年寄名跡
- 14代武隈 豪太郎 → 14代武隈 豪太郎
- 出身地
- 大阪府寝屋川市
- 本名
- 澤井 豪太郎
- 生年月日
- 昭和61年(1986)4月6日(39歳)
- 出身高校
- 埼玉栄高校
- 所属部屋
- 境川部屋
- 改名歴
- 澤井 豪太郎 → 豪栄道 豪太郎
- 初土俵
- 平成17年(2005)1月 前相撲(18歳9ヶ月)
- 新十両
- 平成18年(2006)11月(所要11場所)
- 20歳7ヶ月(初土俵から1年10ヶ月)
- 新入幕
- 平成19年(2007)9月(所要16場所)
- 21歳5ヶ月(初土俵から2年8ヶ月)
- 新小結
- 平成20年(2008)11月(所要23場所)
- 22歳7ヶ月(初土俵から3年10ヶ月)
- 新関脇
- 平成21年(2009)5月(所要26場所)
- 23歳1ヶ月(初土俵から4年4ヶ月)
- 新大関
- 平成26年(2014)9月(所要57場所)
- 28歳5ヶ月(初土俵から9年8ヶ月)
- 最終場所
- 令和2年(2020)1月(33歳9ヶ月)
- 大相撲歴
- 90場所(15年0ヶ月)
- 通算成績
- 696勝493敗66休1180出場(勝率.585)
- 通算90場所
- 勝ち越し62場所(勝ち越し率.697)
- 優勝等
- 幕内優勝1回(同点1,次点6),十両同点1回,幕下優勝2回,三段目優勝1回,序ノ口優勝1回
- 受賞・金星
- 殊勲賞5回,敢闘賞3回,技能賞3回,金星1個
- 幕内戦歴
- 587勝442敗66休1020出場(勝率.570)
- 在位73場所(在位率.811)
- 勝ち越し49場所(勝ち越し率.671)
- 大関戦歴
- 260勝194敗41休447出場(勝率.573)
- 在位33場所(在位率.367)
- 勝ち越し23場所(勝ち越し率.697)
- 三役戦歴
- 158勝126敗1休283出場(勝率.556)
- 在位19場所(在位率.211)
- 勝ち越し13場所(勝ち越し率.684)
- 関脇戦歴
- 132勝92敗1休223出場(勝率.589)
- 在位15場所(在位率.167)
- 勝ち越し12場所(勝ち越し率.800)
- 小結戦歴
- 26勝34敗0休60出場(勝率.433)
- 在位4場所(在位率.044)
- 勝ち越し1場所(勝ち越し率.250)
- 前頭戦歴
- 169勝122敗24休290出場(勝率.581)
- 在位21場所(在位率.233)
- 勝ち越し13場所(勝ち越し率.619)
- 十両戦歴
- 57勝33敗0休90出場(勝率.633)
- 在位6場所(在位率.067)
- 勝ち越し5場所(勝ち越し率.833)
- 関取戦歴
- 644勝475敗66休1110出場(勝率.576)
- 在位79場所(在位率.878)
- 勝ち越し54場所(勝ち越し率.684)
- 幕下以下歴
- 52勝18敗0休70出場(勝率.743)
- 在位10場所(在位率.111)
- 勝ち越し8場所(勝ち越し率.800)
高安 晃
高安 晃(たかやす あきら)は茨城県 土浦市出身、田子ノ浦部屋の力士で最高位は大関。令和8年3月場所の番付は西 関脇。
茨城県土浦市に生まれ、小中学校時代は野球に打ち込んでおり相撲には関心がなかった。しかし、父の勧めで中学卒業後に鳴戸部屋へ入門し、平成17年(2005年)3月場所に本名で初土俵を踏んだ。
父の大手術と猛稽古による飛躍
恵まれた体格を持っていたものの、入門当初は厳しい環境に馴染めず、松戸の部屋から土浦の実家まで自転車を漕いで逃げ帰るなど、部屋からの脱走を都合7度も繰り返した。そのため、周囲からの期待は決して高くはなかった。この相撲に対する姿勢が変わる転機となったのは、父が癌の大手術を受けたことであった。
これを機に心機一転して稽古に打ち込むようになり、同部屋の兄弟子である稀勢の里(のちの第72代横綱)の胸を借りた厳しい稽古によって実力を開花させた。着実に地力をつけ、平成22年(2010年)11月場所において、平成生まれの力士として初めてとなる新十両昇進を果たした。
師匠の急逝と、平成生まれ初の三役
さらに平成23年(2011年)7月場所で新入幕を果たす。しかし同年11月、初代師匠である13代鳴戸(元横綱・隆の里)が場所直前に急逝するという悲報に見舞われる。「入門して7年、温かく見守ってくれていた師匠に恩返しができなかった」??その言葉を胸に刻み、高安は土俵に立ち続けた。
平成25年(2013年)9月場所では平成生まれとして初めて三役(小結)に昇進。一進一退を繰り返しながらも、着実に番付を上げていった。
大関昇進と、口上に込めた四文字
関脇の地位に定着した平成29年(2017年)は、3月場所で12勝3敗、続く5月場所でも11勝4敗の好成績を収め、場所後に念願の大関昇進を果たした。フィリピンにルーツを持つ力士として史上初の大関誕生でもあった。昇進伝達式の口上では「大関の名に恥じぬよう、正々堂々精進します」と述べた。「正々堂々」は三役に定着する1年ほど前から温めていた言葉であり、亡き師匠への誓いが凝縮されていた。
土俵入り後の突如休場と大関陥落
大関昇進後も幾度となく優勝力士に次ぐ好成績を残したが、怪我の影響などもあり苦しい土俵が続いた。3度目の角番で迎えた令和元年(2019年)11月場所では、中日に土俵入りを済ませた直後、支度部屋での準備中に腰痛の悪化を訴えて突如休場を発表。土俵入りの後にいきなり休場が発表されるという大相撲史上初の出来事は、客席を大きくざわつかせた。この場所を負け越したことで、大関在位15場所での陥落が決まった。
不屈の土俵と、懐の深い相撲
大関陥落後も幕内の上位に留まり続け、幾度も優勝争いへ加わった。令和7年(2025年)3月場所でも平幕の地位で12勝3敗を挙げて9回目となる優勝次点の成績を残す。さらに技能賞と金星を獲得するなど、ベテランの域に達してもなお第一線で実力を示している。
突き押しで前に出て四つに組み止める相撲は「型がない」と評されることもあるが、本人は「理想は相手を組み止めて寄っていく相撲。一番安定して勝てるスタイル」と語っている。突き、押し、左四つ、上手ひねりを状況に応じて使い分ける懐の深さが、角界入り20年を超えてなお幕内上位で戦い続ける原動力となっている。
- 四股名
- 高安 晃(たかやす あきら)
- 最高位
- 大関
- 最新番付
- 西 関脇
- 出身地
- 茨城県 土浦市
- 本名
- 高安 晃
- 生年月日
- 平成2年(1990)2月28日(36歳)
- 身長・体重
- 188cm・173kg
- 所属部屋
- 鳴戸 → 田子ノ浦部屋
- 初土俵
- 平成17年(2005)3月(15歳1ヵ月)
- 新十両
- 平成22年(2010)11月(20歳9ヵ月)
- 新入幕
- 平成23年(2011)7月(21歳5ヵ月)
- 新小結
- 平成25年(2013)9月(23歳7ヵ月)
- 新関脇
- 平成28年(2016)9月(26歳7ヵ月)
- 新大関
- 平成29年(2017)7月(27歳5ヵ月)
- 優勝
- 幕下優勝1回
- 受賞・金星
- 殊勲賞4回,敢闘賞6回,技能賞3回,金星6個
- 通算成績
- 817勝623敗156休/1427出場(勝率:57.3%)
- 直近7場所
- 58勝47敗
- 7場所勝率
- 55.2%
- 得意技
- 突き・押し
- 令8年3月
- 西 関脇(変動なし)
- 7勝8敗
- ○○○○○|●○●●●|●●●●○
-
取組詳細(対戦相手・決まり手)
- 1日目〇上手出し投げ西前頭2 美ノ海
- 2日目〇掬い投げ東前頭2 藤ノ川
- 3日目〇突き落とし東小結 若元春
- 4日目〇寄り切り西大関 琴櫻
- 5日目〇寄り切り西前頭筆頭 義ノ富士
- 6日目●上手出し投げ東前頭筆頭 若隆景
- 7日目〇突き出し東前頭4 大栄翔
- 8日目●掬い投げ東関脇 霧島
- 9日目●押し出し東大関 安青錦
- 10日目●寄り切り西前頭3 王鵬
- 11日目●引き落とし東横綱 豊昇龍
- 12日目●寄り切り東前頭3 平戸海
- 13日目●突き落とし西前頭4 隆の勝
- 14日目●上手投げ東前頭6 一山本
- 15日目〇上手捻り西小結 熱海富士
- 令8年1月
- 西 関脇(1枚上昇)
- 8勝7敗
- ○●○○○|●○○●○|●●○●●
-
取組詳細(対戦相手・決まり手)
- 1日目〇押し倒し東前頭3 隆の勝
- 2日目●肩透かし西前頭2 若隆景
- 3日目〇腕捻り東前頭4 大栄翔
- 4日目〇逆とったり西前頭3 伯乃富士
- 5日目〇突き出し西小結 若元春
- 6日目●寄り切り西大関 安青錦
- 7日目〇突き出し東小結 王鵬
- 8日目〇叩き込み東前頭筆頭 一山本
- 9日目●突き落とし東大関 琴櫻
- 10日目〇突き出し西前頭筆頭 義ノ富士
- 11日目●とったり東横綱 豊昇龍
- 12日目●寄り切り西横綱 大の里
- 13日目〇上手投げ東前頭16 朝乃山
- 14日目●送り出し西前頭12 阿炎
- 15日目●送り出し西前頭5 美ノ海
- 令7年11月
- 西 小結(半枚降下)
- 8勝7敗
- ●○○○○|●●○●●|●●○○○
-
取組詳細(対戦相手・決まり手)
- 1日目●寄り切り東横綱 大の里
- 2日目〇上手投げ東前頭3 平戸海
- 3日目〇内無双東大関 琴櫻
- 4日目〇押し出し西前頭2 若元春
- 5日目〇押し出し西関脇 王鵬
- 6日目●寄り切り東小結 隆の勝
- 7日目●寄り切り東関脇 安青錦
- 8日目〇突き出し東前頭筆頭 伯桜鵬
- 9日目●上手投げ西前頭筆頭 若隆景
- 10日目●つきひざ東前頭2 霧島
- 11日目●渡し込み西前頭3 宇良
- 12日目●押し出し西横綱 豊昇龍
- 13日目〇叩き込み東前頭15 錦富士
- 14日目〇押し出し東前頭6 熱海富士
- 15日目〇押し倒し東前頭5 義ノ富士
▼ さらに過去の成績(4場所分)を見る
- 令7年9月
- 東 小結(半枚上昇)
- 7勝8敗
- ●●●●●|●○○●○|●○○○○
-
取組詳細(対戦相手・決まり手)
- 1日目●寄り切り東前頭3 熱海富士
- 2日目●寄り切り西横綱 豊昇龍
- 3日目●突き落とし西前頭2 王鵬
- 4日目●寄り切り東関脇 若隆景
- 5日目●押し出し東前頭筆頭 玉鷲
- 6日目●寄り切り西小結 安青錦
- 7日目〇押し倒し西前頭筆頭 阿炎
- 8日目〇下手投げ東大関 琴櫻
- 9日目●寄り切り東前頭2 伯桜鵬
- 10日目〇寄り切り西前頭3 豪ノ山
- 11日目●突き出し東横綱 大の里
- 12日目〇押し倒し東前頭4 平戸海
- 13日目〇寄り切り西前頭4 若元春
- 14日目〇突き出し東前頭5 琴勝峰
- 15日目〇突き落とし西関脇 霧島
- 令7年7月
- 西 小結(半枚降下)
- 10勝5敗
- ●○○○○|○●○●○|○●●○○
-
取組詳細(対戦相手・決まり手)
- 1日目●外掛け東横綱 豊昇龍
- 2日目〇突き落とし西前頭3 金峰山
- 3日目〇上手出し投げ東大関 琴櫻
- 4日目〇寄り切り東前頭3 阿武剋
- 5日目〇押し倒し西関脇2 若隆景
- 6日目〇上手投げ東前頭筆頭 安青錦
- 7日目●叩き込み西関脇 霧島
- 8日目〇寄り切り西前頭筆頭 若元春
- 9日目●寄り切り西横綱 大の里
- 10日目〇寄り切り東前頭2 王鵬
- 11日目〇下手投げ西前頭8 一山本
- 12日目●叩き込み東前頭15 琴勝峰
- 13日目●押し出し西前頭4 玉鷲
- 14日目〇下手投げ東前頭10 熱海富士
- 15日目〇突き出し東前頭14 草野
- 令7年5月
- 東 小結(4枚上昇)
- 6勝9敗
- ●●○●●|●○●●●|●○○○○
-
取組詳細(対戦相手・決まり手)
- 1日目●押し出し東前頭3 玉鷲
- 2日目●叩き込み東大関 大の里
- 3日目〇送り出し西前頭2 豪ノ山
- 4日目●押し出し東関脇 大栄翔
- 5日目●押し出し東前頭筆頭 若元春
- 6日目●送り出し西小結 若隆景
- 7日目〇上手投げ西前頭筆頭 王鵬
- 8日目●押し出し東前頭2 阿炎
- 9日目●上手出し投げ西大関 琴櫻
- 10日目●突き出し西前頭3 平戸海
- 11日目●伝え反り東前頭5 宇良
- 12日目〇上手投げ東前頭4 尊富士
- 13日目〇引き落とし西前頭4 一山本
- 14日目〇踏み出し西前頭5 千代翔馬
- 15日目〇叩き込み西関脇 霧島
- 令7年3月
- 東 前頭4枚目
- 12勝3敗(幕内同点・技能賞・金星)
- ○○○●○|○○○○○|●○○●○
-
取組詳細(対戦相手・決まり手)
- 1日目〇寄り切り西前頭3 隆の勝
- 2日目〇叩き込み東前頭5 宇良
- 3日目〇叩き込み西前頭4 一山本
- 4日目●蹴返し東前頭3 翔猿
- 5日目〇叩き込み東前頭2 豪ノ山
- 6日目〇突き出し東関脇 大栄翔
- 7日目〇押し出し東前頭筆頭 若隆景
- 8日目〇押し倒し東横綱 豊昇龍
- 9日目〇下手出し投げ西大関 琴櫻
- 10日目〇寄り切り東大関 大の里
- 11日目●押し出し東小結 霧島
- 12日目〇押し出し西関脇 王鵬
- 13日目〇突き出し西前頭筆頭 若元春
- 14日目●寄り切り西前頭14 美ノ海
- 15日目〇上手出し投げ西小結 阿炎
隠岐の海 歩
隠岐の海 歩 (おきのうみ あゆみ)は島根県隠岐郡隠岐の島町出身、八角部屋の元力士で、最高位は関脇。
平成17年(2005)1月場所に19歳5ヶ月で初土俵を踏み、令和5年(2023)1月場所を最後に引退(37歳5ヶ月)。
通算成績は674勝675敗32休1344出場。生涯勝率.501。通算107場所中、61場所を勝ち越した(勝ち越し率.575)。
主な成績は幕内(次点3)、幕下優勝1回、殊勲賞1回、敢闘賞4回、金星4個(日馬富士3個、鶴竜1個)。
昭和60年(1985)7月29日生まれ。本名は福岡 歩。
恵まれた体格と端正な顔立ちから高い人気を集め、右四つからの力強い相撲で長年にわたり上位戦線で活躍した隠岐の海は、島根県出身力士として88年ぶりとなる新入幕を果たした名力士である。天性の相撲センスと不屈の闘志で土俵を務め上げ、引退後は日本相撲協会に残って後進の指導にあたっている。
航海士からの転身と八角部屋入門
島根県隠岐郡隠岐の島町に生まれ、島根県立隠岐水産高校を卒業。その後は航海士を目指して同校の専攻科へ進学し、実習船での航海も経験したが、集団生活に馴染めず専攻科を中退した。進路に思い悩んでいた頃、8代八角(第61代横綱・北勝海)が高校の後輩にあたる竹谷(のちの元幕下・隠岐の富士)をスカウトするために島を訪れ、その食事会に知人から誘われて同席する。そこで関係者から熱心な勧誘を受け、「もう一度夢を見たい」と一念発起し、八角部屋への入門を決断。平成17年(2005年)1月場所において本名の「福岡」で初土俵を踏んだ。
新十両昇進と四股名の変遷
長身と長いリーチを生かした右四つからの力強い寄りや上手投げを武器に各段を駆け上がり、平成21年(2009年)1月場所において東幕下筆頭の地位で7戦全勝の幕下優勝を飾り、新十両昇進を決める。この十両昇進を機に、故郷である隠岐の島にちなんだ「隠岐の海」へと四股名を改名した。なお、新十両から2場所で幕下へ陥落した際に一時的に本名の「福岡」へ四股名を戻したが、1場所で十両へ復帰し、再び「隠岐の海」を名乗っている。
88年ぶりの快挙と上位での活躍
再び関取の座を掴むとさらに番付を上げ、平成22年(2010年)3月場所において新入幕を果たした。島根県出身力士の新入幕は実に88年ぶりのことであり、郷土の期待を背負う力士として大きな話題を呼んだ。
幕内でも持ち前の実力を遺憾なく発揮し、平成23年(2011年)1月場所では11勝4敗で優勝力士に次ぐ好成績を挙げて自身初となる三賞(敢闘賞)を受賞した。平成25年(2013年)3月場所でも11勝4敗で優勝力士に次ぐ成績を残すなど、常に上位陣を脅かす存在感を示した。横綱から通算4個の金星を獲得し、平成27年(2015年)3月場所では自己最高位となる西関脇へと昇進を果たしている。
天性の素質と晩年の変化
四つに組んだ際の柔らかさと天性の相撲センスは群を抜いており、元横綱・北の富士からは「師匠の3分の1の稽古で横綱になれる大器」「やる気になれば1年で大関になれる」と絶賛されるほどであった。その一方で筋金入りの稽古嫌いとしても知られており、同氏から「いろんな弟子を見たが、あんなに稽古をやらない奴は見たことがない」と嘆かれるなど、愛憎入り交じる評価を受けていた。しかし、現役の終盤にはその姿勢にも変化が現れる。他の関取の躍進に刺激を受けて稽古場に下りる回数が増え、弟弟子の相手を務めて熱心に胸を出すなど、部屋を牽引するベテランとしての自覚を見せた。
現役引退と指導者への道
長く幕内の土俵で激闘を繰り広げたが、晩年は度重なる怪我に苦しめられた。西前頭12枚目で迎えた令和5年(2023年)1月場所の途中(6日目)に現役引退を発表した。初土俵から107場所にわたり相撲を取り続け、そのうち実に75場所を幕内で務め上げた、約18年間の輝かしい歩みであった。
引退後は年寄「13代君ヶ濱」を襲名し、引き続き八角部屋に所属している。自身の引退相撲の際には「内弟子第1号は隠岐の島からと決めている」と語るなど、故郷からの力士発掘にも強い意欲を示した。天性の相撲センスで土俵を沸かせた名力士の経験は、指導者となった現在も若い力士たちへと受け継がれている。
- 四股名
- 隠岐の海 歩 (おきのうみ あゆみ)
- 最高位
- 関脇
- 年寄名跡
- 13代君ヶ濱 歩(八角)
- 出身地
- 島根県隠岐郡隠岐の島町
- 本名
- 福岡 歩
- 生年月日
- 昭和60年(1985)7月29日(40歳)
- 出身高校
- 隠岐水産高校
- 所属部屋
- 八角部屋
- 改名歴
- 福岡 歩 → 隠岐の海 歩 → 福岡 歩 → 隠岐の海 歩
- 初土俵
- 平成17年(2005)1月 前相撲(19歳5ヶ月)
- 新十両
- 平成21年(2009)3月(所要25場所)
- 23歳7ヶ月(初土俵から4年2ヶ月)
- 新入幕
- 平成22年(2010)3月(所要31場所)
- 24歳7ヶ月(初土俵から5年2ヶ月)
- 新小結
- 平成25年(2013)5月(所要49場所)
- 27歳9ヶ月(初土俵から8年4ヶ月)
- 新関脇
- 平成27年(2015)3月(所要60場所)
- 29歳7ヶ月(初土俵から10年2ヶ月)
- 最終場所
- 令和5年(2023)1月場所(37歳5ヶ月)
- 大相撲歴
- 107場所(18年0ヶ月)
- 通算成績
- 674勝675敗32休1344出場(勝率.501)
- 通算107場所
- 勝ち越し61場所(勝ち越し率.575)(勝ち越し星185)
- 優勝等
- 幕内(次点3),幕下優勝1回
- 受賞・金星
- 殊勲賞1回,敢闘賞4回,金星4個(日馬富士3個、鶴竜1個)
- 持給金
- 156円(勝ち越し星185個 金星4個)
- 幕内戦歴
- 517勝567敗32休1079出場(勝率.479)
- 在位75場所(在位率.701)
- 勝ち越し37場所(勝ち越し率.493)
- 三役戦歴
- 41勝68敗11休108出場(勝率.380)
- 在位8場所(在位率.075)
- 勝ち越し1場所(勝ち越し率.125)
- 関脇戦歴
- 5勝14敗11休18出場(勝率.278)
- 在位2場所(在位率.019)
- 勝ち越し0場所(勝ち越し率.000)
- 小結戦歴
- 36勝54敗0休90出場(勝率.400)
- 在位6場所(在位率.056)
- 勝ち越し1場所(勝ち越し率.167)
- 前頭戦歴
- 476勝499敗21休971出場(勝率.490)
- 在位67場所(在位率.626)
- 勝ち越し36場所(勝ち越し率.537)
- 十両戦歴
- 47勝43敗0休90出場(勝率.522)
- 在位6場所(在位率.056)
- 勝ち越し4場所(勝ち越し率.667)
- 関取戦歴
- 564勝610敗32休1169出場(勝率.482)
- 在位81場所(在位率.757)
- 勝ち越し41場所(勝ち越し率.506)
- 幕下以下歴
- 110勝65敗0休175出場(勝率.629)
- 在位25場所(在位率.234)
- 勝ち越し20場所(勝ち越し率.800)
隠岐の海 歩の更に詳細なデータは力士名鑑で!
名鑑ページでは、以下のような詳細な分析データをはじめ、豊富な表やグラフをご覧いただけます。
- ✅ 勝った決まり手1位:寄り切り(232回 / 34.4%)
- ✅ 負けた決まり手1位:寄り切り(229回 / 33.9%)
- ✅ 得意な相手:明生(10勝2敗 / 勝率.833)
- ✅ 苦手な相手:白鵬(1勝24敗 / 勝率.040)
栃煌山 雄一郎
栃煌山 雄一郎(とちおうざん ゆういちろう)は高知県安芸市出身、春日野部屋の元力士で、最高位は関脇。
平成17年(2005)1月場所に17歳10ヶ月で初土俵を踏み、令和2年(2020)3月場所を最後に引退(33歳0ヶ月)(※番付上は令和2年7月場所が最後)。
通算成績は661勝598敗19休1255出場。生涯勝率.525。通算91場所中、52場所を勝ち越した(勝ち越し率.578)。
主な成績は幕内同点1回,十両同点1回,三段目優勝1回。殊勲賞2回,敢闘賞2回,技能賞2回,金星6個(白鵬1個、日馬富士1個、鶴竜1個、稀勢の里3個)。
昭和62年(1987)3月9日生まれ。本名は影山 雄一郎。
高知の安芸中学3年次に全国中学生選手権大会にて団体優勝、さらに個人優勝もあげ中学横綱のタイトルを獲得。明徳義塾高では世界ジュニア重量級などのタイトルも獲得した。少年時代から豪栄道とはライバル関係にあり初土俵も同じ。所要9場所で十両に昇進、14場所目には新入幕を果たしたスピード出世。令和2年7月場所を前に現役引退を発表(7月15日)、13代清見潟襲名となった。
- 年寄
- 13代・清見潟 雄一郎(春日野部屋)
- 四股名
- 栃煌山 雄一郎(とちおうざん ゆういちろう)
- 最高位
- 関脇
- 年寄名跡
- 13代清見潟 雄一郎
- 出身地
- 高知県安芸市
- 本名
- 影山 雄一郎
- 生年月日
- 昭和62年(1987)3月9日(39歳)
- 出身高校
- 明徳義塾高校
- 所属部屋
- 春日野部屋
- 改名歴
- 影山 雄一郎 → 栃煌山 雄一郎
- 初土俵
- 平成17年(2005)1月 前相撲(17歳10ヶ月)
- 新十両
- 平成18年(2006)9月(所要10場所)
- 19歳6ヶ月(初土俵から1年8ヶ月)
- 新入幕
- 平成19年(2007)3月(所要13場所)
- 20歳0ヶ月(初土俵から2年2ヶ月)
- 新小結
- 平成21年(2009)5月(所要26場所)
- 22歳2ヶ月(初土俵から4年4ヶ月)
- 新関脇
- 平成22年(2010)9月(所要34場所)
- 23歳6ヶ月(初土俵から5年8ヶ月)
- 最終場所
- 令和2年(2020)3月(33歳0ヶ月)※番付上は令和2年7月場所
- 大相撲歴
- 91場所(15年2ヶ月)
- 通算成績
- 661勝598敗19休1255出場(勝率.525)
- 通算91場所
- 勝ち越し52場所(勝ち越し率.578)
- 優勝等
- 幕内同点1回,十両同点1回,三段目優勝1回
- 受賞・金星
- 殊勲賞2回,敢闘賞2回,技能賞2回,金星6個
- 幕内戦歴
- 573勝563敗19休1132出場(勝率.504)
- 在位77場所(在位率.846)
- 勝ち越し39場所(勝ち越し率.506)
- 三役戦歴
- 182勝186敗7休367出場(勝率.495)
- 在位25場所(在位率.275)
- 勝ち越し11場所(勝ち越し率.440)
- 関脇戦歴
- 83勝75敗7休157出場(勝率.525)
- 在位11場所(在位率.121)
- 勝ち越し6場所(勝ち越し率.545)
- 小結戦歴
- 99勝111敗0休210出場(勝率.471)
- 在位14場所(在位率.154)
- 勝ち越し5場所(勝ち越し率.357)
- 前頭戦歴
- 391勝377敗12休765出場(勝率.509)
- 在位52場所(在位率.571)
- 勝ち越し28場所(勝ち越し率.538)
- 十両戦歴
- 38勝22敗0休60出場(勝率.633)
- 在位4場所(在位率.044)
- 勝ち越し4場所(勝ち越し率1.000)
- 関取戦歴
- 611勝585敗19休1192出場(勝率.511)
- 在位81場所(在位率.890)
- 勝ち越し43場所(勝ち越し率.531)
- 幕下以下歴
- 50勝13敗0休63出場(勝率.794)
- 在位9場所(在位率.099)
- 勝ち越し9場所(勝ち越し率1.000)
勢 翔太
勢 翔太(いきおい しょうた)は大阪府交野市出身、伊勢ノ海部屋の元力士で、最高位は関脇。
昭和61年(1986)10月11日生まれ、本名は東口 翔太。
平成17年(2005)3月場所に18歳5ヶ月で初土俵を踏み、令和3年(2021)7月場所を最後に引退(34歳9ヶ月)。通算96場所中、51場所を勝ち越した(勝ち越し率.531)。
通算成績は546勝545敗14休1090出場。生涯勝率.500。
主な成績は幕内次点1回,十両優勝2回(同点2),序二段同点1回。敢闘賞4回,金星5個。
小学生の頃は古市道場で同級生の澤井(元大関・豪栄道)とともに汗を流した。
- 年寄
- 24代春日山 翔太(伊勢ノ海部屋)
- 四股名
- 勢 翔太(いきおい しょうた)
- 最高位
- 関脇
- 年寄名跡
- 24代春日山 翔太
- 出身地
- 大阪府交野市
- 本名
- 東口 翔太
- 生年月日
- 昭和61年(1986)10月11日(39歳)
- 所属部屋
- 伊勢ノ海部屋
- 改名歴
- 東口 翔太 → 勢 翔太
- 初土俵
- 平成17年(2005)3月 前相撲(18歳5ヶ月)
- 新十両
- 平成23年(2011)11月(所要39場所)
- 25歳1ヶ月(初土俵から6年8ヶ月)
- 新入幕
- 平成24年(2012)3月(所要41場所)
- 25歳5ヶ月(初土俵から7年0ヶ月)
- 新小結
- 平成26年(2014)11月(所要57場所)
- 28歳0ヶ月(初土俵から9年8ヶ月)
- 新関脇
- 平成28年(2016)5月(所要66場所)
- 29歳6ヶ月(初土俵から11年2ヶ月)
- 最終場所
- 令和3年(2021)7月(34歳9ヶ月)
- 大相撲歴
- 96場所(16年4ヶ月)
- 通算成績
- 546勝545敗14休1090出場(勝率.500)
- 通算96場所
- 勝ち越し51場所(勝ち越し率.531)
- 優勝等
- 幕内次点1回,十両優勝2回(同点2),序二段同点1回
- 受賞・金星
- 敢闘賞4回,金星5個
- 幕内戦歴
- 308勝352敗0休660出場(勝率.467)
- 在位44場所(在位率.458)
- 勝ち越し22場所(勝ち越し率.500)
- 三役戦歴
- 15勝30敗0休45出場(勝率.333)
- 在位3場所(在位率.031)
- 勝ち越し0場所(勝ち越し率.000)
- 関脇戦歴
- 4勝11敗0休15出場(勝率.267)
- 在位1場所(在位率.010)
- 勝ち越し0場所(勝ち越し率.000)
- 小結戦歴
- 11勝19敗0休30出場(勝率.367)
- 在位2場所(在位率.021)
- 勝ち越し0場所(勝ち越し率.000)
- 前頭戦歴
- 293勝322敗0休615出場(勝率.476)
- 在位41場所(在位率.427)
- 勝ち越し22場所(勝ち越し率.537)
- 十両戦歴
- 87勝78敗0休164出場(勝率.527)
- 在位11場所(在位率.115)
- 勝ち越し6場所(勝ち越し率.545)
- 関取戦歴
- 395勝430敗0休824出場(勝率.479)
- 在位55場所(在位率.573)
- 勝ち越し28場所(勝ち越し率.509)
- 幕下以下歴
- 151勝115敗14休266出場(勝率.568)
- 在位41場所(在位率.427)
- 勝ち越し23場所(勝ち越し率.561)
臥牙丸 勝
臥牙丸 勝(ががまる まさる)はジョージア トビリシ市出身、木瀬部屋の元力士で最高位は小結。
平成17年(2005)の世界ジュニア相撲選手権大会で無差別級3位。取組後に見せる豊かな表情も魅力のひとつであった愛すべき「ガガ様」
- 四股名 :臥牙丸 勝(ががまる まさる)
- 最高位 :小結
- 出身地 :グルジア国トビリシ市 ⇒ ジョージア国トビリシ市
- 本 名 :ティムラズ ジュゲリ
- 生年月日:昭和62年(1987)2月23日(33歳)
- 所属部屋:木瀬⇒北の湖⇒木瀬部屋
- 初土俵 :平成17年(2005)11月(18歳9ヵ月)
- 新十両 :平成21年(2009)11月(22歳9ヵ月)
- 新入幕 :平成22年(2010)7月(23歳5ヵ月)
- 新三役 :平成24年(2012)3月(25歳1ヵ月)
- 最終場所:令和2年(2020)11月(33歳9ヵ月)
- 生涯戦歴:516勝538敗32休/1052出場(89場所)
- 生涯勝率:49.0%
- 優勝等 :幕内次点1回,十両優勝1回,幕下優勝1回,序ノ口優勝1回
- 成 績 :敢闘賞2回,金星1個
- 幕内戦歴:242勝298敗(36場所)勝率:44.8%
- 小結:6勝9敗(1場所)勝率:40.0%
- 前頭:236勝289敗(35場所)勝率:45.0%
- 十両戦歴:169勝174敗2休(23場所)勝率:49.3%
若ノ鵬 寿則
19歳4ヶ月で入幕も大麻陽性反応により協会より解雇処分、若干20歳だった
- 四股名 :若ノ鵬 寿則(わかのほう としのり)
- 最高位 :前頭筆頭
- 出身地 :ロシア連邦北オセチア・アラニヤ共和国アラギル市
- 本 名 :ガグロエフ・ソスラン・アレクサンドルヴィッチ
- 生年月日:昭和63年(1988)7月8日
- 所属部屋:間垣部屋
- 初土俵 :平成17年(2005)3月(16歳8ヵ月)
- 新十両 :平成19年(2007)1月(18歳6ヵ月)
- 新入幕 :平成19年(2007)11月(19歳4ヵ月)
- 最終場所:平成20年(2008)7月(20歳0ヵ月)
- 生涯戦歴:131勝81敗/212出場(21場所)
- 生涯勝率:61.8%
- 優勝等 :幕下同点1回,序二段優勝1回
- 幕内戦歴:39勝36敗(5場所)勝率:52.0%
- 十両戦歴:33勝27敗(4場所)勝率:55.0%
豊響 隆太
豊響 隆太 (とよひびき りゅうた)は山口県下関市出身、境川部屋の元力士で、最高位は前頭2枚目。
平成17年(2005)1月場所に20歳1ヶ月で初土俵を踏み、令和3年(2021)5月場所を最後に引退(36歳5ヶ月)※番付上は令和3年(2021)7月場所。
通算成績は569勝565敗66休1134出場。生涯勝率.502。通算97場所中、47場所を勝ち越した(勝ち越し率.490)。
主な成績は幕内(次点1)、十両優勝3回(同点1)、序二段優勝1回、敢闘賞3回、金星1個(白鵬1個)。
昭和59年(1984)11月16日生まれ。本名は門元 隆太。
高校卒業後にトラック運転手などを経て角界へ飛び込み、初土俵からわずか2年半で幕内の土俵へ駆け上がった豊響は、「平成の猛牛」の異名で土俵を沸かせた名力士である。一度は入門が破談になりながらも師匠の男気に触れて角界入りを果たし、網膜剥離や不整脈といった幾多の病に見舞われながらも、自身の代名詞である突き押し相撲を頑なに貫き通した。
入門の破談と師匠の男気
幼少期に両親が離婚し、母の手一つで育てられた。小学2年生の時に山口県豊浦郡豊浦町(現在の山口県下関市)へ移り、地元のスポーツ少年団で相撲を始める。山口県立響高校に在学中、境川親方(元小結・両国)が勧誘に訪れたが、入門を勧める母に対して「だったらお前が行けよ」とぞんざいな口を利いてしまう。これを見た境川親方は「親に向かってそんな口を叩く奴はこっちからごめんだ」と激怒して席を立ち、入門は一度破談となった。
高校卒業後はすぐには相撲界へ進まず、造船所でのアルバイトやトラック運転手などをして生計を立てていた。しかし、平成16年(2004年)の埼玉国体(成年の部)で個人ベスト16に入ったことを機に、相撲への情熱が再燃する。自身の非を叱ってくれた境川親方の男気に惹かれていたこともあり、自ら部屋へ出向いて母への態度を詫びて入門を志願。「命を懸けて来い」と受け入れられ、平成17年(2005年)1月場所において、20歳で本名の「門元」を四股名として初土俵を踏んだ。
怒涛のスピード出世と「豊響」の誕生
社会人を経てからの遅咲きのスタートであったが、出世の足取りは驚異的であった。序二段優勝を飾るなど各段で結果を残し、初土俵からちょうど2年となる平成19年(2007年)1月場所において新十両昇進を果たす。この昇進に合わせて四股名を「豊響」へと改名した。「豊」の字は出身地である豊浦町と母である豊美さんの一字から、「響」の字は母校である響高校に由来しており、迷惑をかけた母と故郷への感謝が込められた四股名であった。
新十両の場所を見事に10勝5敗の成績で十両優勝で飾ると、続く同年7月場所では早くも新入幕を果たした。幕内として初めて臨んだこの場所でも11勝4敗の好成績を挙げて敢闘賞を受賞し、一気に上位戦線へと番付を駆け上がった。
網膜剥離の試練と大金星
立ち合いからの猛烈なぶちかましと、愚直なまでに前に出る突き押し相撲を武器とし、その迫力ある取り口からいつしか「平成の猛牛」と称されるようになった。しかし、自己最高位となる東前頭2枚目で迎えた平成20年(2008年)11月場所の直前、左目の網膜剥離という力士として致命的な病が判明し、自己最高位の場所を全休するという大きな試練に見舞われる。
それでも「相手に当たる怖さはあったが、押しへのこだわりがあった」と真っ向勝負を貫き通し、土俵へ復帰した。平成22年(2010年)1月場所では西前頭16枚目で12勝3敗の好成績を挙げて優勝争いに加わり、自身3度目となる敢闘賞を獲得する。さらに、東前頭3枚目で迎えた平成24年(2012年)5月場所では、圧倒的な強さを誇っていた横綱・白鵬を破り、自身初にして唯一の金星を獲得した。のちに本人は、この横綱戦での白星を引退会見にて「最も思い出に残る取組」として挙げている。
不整脈との闘いと母への恩返し
その後も幕内中位から上位の土俵で長く存在感を示し続けたが、現役生活の晩年は再び病に苦しめられた。平成30年(2018年)1月場所の直前に不整脈を発症して全休を余儀なくされ、この休場により長く守り続けた関取の座から陥落してしまう。
心臓への負担という大きなリスクを抱え、何度も引退が頭をよぎったというが、「家族に相撲を取る姿を見せたい」「母に恩返しをしたい」という強い思いから決して土俵を諦めることはなかった。その後も3年間にわたり幕下で現役続行への道を模索してもがき続けたが、次第に休場がちとなり、「幕下暮らしで気力がなくなった」と限界を悟る。三段目で全休した令和3年(2021年)5月場所の終了後に引退を決断した。初土俵から16年半、生涯戦歴は569勝565敗であった。
引退後は年寄「山科」を襲名し、日本相撲協会に残って後進の指導にあたっている。引退に際し、入門時の破談から見守り続けてきた師匠の境川親方からは「せっかく『平成の猛牛』という素晴らしいニックネームを頂いたので、『令和の猛牛』を育ててほしい」と愛のあるエールが送られた。度重なる不運や体の故障に泣きながらも、愚直に己の相撲道と家族への思いを貫き通したその歩みは、指導者となった現在も若い力士たちへと受け継がれている。
- 四股名
- 豊響 隆太 (とよひびき りゅうた)
- 最高位
- 前頭2枚目
- 年寄名跡
- 15代山科 隆太(境川)
- 出身地
- 山口県豊浦郡豊浦町 → 山口県下関市
- 本名
- 門元 隆太
- 生年月日
- 昭和59年(1984)11月16日(41歳)
- 出身高校
- 響高校
- 所属部屋
- 境川部屋
- 改名歴
- 門元 隆太 → 豊響 隆太
- 初土俵
- 平成17年(2005)1月 前相撲(20歳1ヶ月)
- 新十両
- 平成19年(2007)1月(所要12場所)
- 22歳1ヶ月(初土俵から2年0ヶ月)
- 新入幕
- 平成19年(2007)7月(所要15場所)
- 22歳7ヶ月(初土俵から2年6ヶ月)
- 最終場所
- 令和3年(2021)5月場所(36歳5ヶ月)※番付上は令和3年(2021)7月場所
- 大相撲歴
- 97場所(16年4ヶ月)
- 通算成績
- 569勝565敗66休1134出場(勝率.502)
- 通算97場所
- 勝ち越し47場所(勝ち越し率.490)(勝ち越し星147)
- 優勝等
- 幕内(次点1),十両優勝3回(同点1),序二段優勝1回
- 受賞・金星
- 敢闘賞3回,金星1個(白鵬1個)
- 持給金
- 86円50銭(勝ち越し星147個 金星1個)
- 幕内戦歴
- 347勝403敗30休750出場(勝率.463)
- 在位52場所(在位率.536)
- 勝ち越し21場所(勝ち越し率.404)
- 前頭戦歴
- 347勝403敗30休750出場(勝率.463)
- 在位52場所(在位率.536)
- 勝ち越し21場所(勝ち越し率.404)
- 十両戦歴
- 111勝84敗15休195出場(勝率.569)
- 在位14場所(在位率.144)
- 勝ち越し9場所(勝ち越し率.643)
- 関取戦歴
- 458勝487敗45休945出場(勝率.485)
- 在位66場所(在位率.680)
- 勝ち越し30場所(勝ち越し率.455)
- 幕下以下歴
- 111勝78敗21休189出場(勝率.587)
- 在位30場所(在位率.309)
- 勝ち越し17場所(勝ち越し率.567)
豊響 隆太の更に詳細なデータは力士名鑑で!
名鑑ページでは、以下のような詳細な分析データをはじめ、豊富な表やグラフをご覧いただけます。
- ✅ 勝った決まり手1位:押し出し(262回 / 45.6%)
- ✅ 負けた決まり手1位:叩き込み(84回 / 14.8%)
- ✅ 得意な相手:北太樹(17勝4敗 / 勝率.810)
- ✅ 苦手な相手:宝富士(3勝11敗 / 勝率.214)
大道 健二
大道 健二(だいどう けんじ)は東京都葛飾区出身、阿武松部屋の元力士で、最高位は前頭8枚目。
平成17年(2005)3月場所に22歳6ヶ月で初土俵を踏み、平成28年(2016)1月場所を最後に引退(33歳5ヶ月)。
通算成績は347勝333敗23休680出場。生涯勝率.510。通算65場所中、37場所を勝ち越した(勝ち越し率.578)。
主な成績は幕下同点1回,序二段優勝1回,序ノ口優勝1回。
昭和57年(1982)8月21日生まれ。本名は中西 健二。
専修大学4年次に東日本学生体重別無差別級で優勝。四股名の「大道」は、自身にとって相撲の原点である出身中学校「葛飾区立大道中学校」の名を頂いた。
先代が体調不良を理由に相撲協会からの退職を決めたことで、令和元年(2019)9月26日に阿武松の名跡を襲名し、阿武松部屋を継承。
- 年寄名跡
- 13代・阿武松 健二
- 四股名
- 大道 健二(だいどう けんじ)
- 最高位
- 前頭8枚目
- 年寄名跡
- 28代小野川 健二 → 21代音羽山 健二 → 13代阿武松 健二
- 出身地
- 東京都葛飾区
- 本名
- 中西 健二
- 生年月日
- 昭和57年(1982)8月21日(43歳)
- 出身高校
- 目黒学院高校
- 出身大学
- 専修大学
- 所属部屋
- 阿武松部屋
- 改名歴
- 中西 健二 → 大道 健二
- 初土俵
- 平成17年(2005)3月 前相撲(22歳6ヶ月)
- 新十両
- 平成22年(2010)3月(所要30場所)
- 27歳6ヶ月(初土俵から5年0ヶ月)
- 新入幕
- 平成23年(2011)7月(所要37場所)
- 28歳10ヶ月(初土俵から6年4ヶ月)
- 最終場所
- 平成28年(2016)1月(33歳5ヶ月)
- 大相撲歴
- 65場所(10年10ヶ月)
- 通算成績
- 347勝333敗23休680出場(勝率.510)
- 通算65場所
- 勝ち越し37場所(勝ち越し率.578)(勝ち越し星93)
- 優勝等
- 幕下同点1回,序二段優勝1回,序ノ口優勝1回
- 持給金
- 49円50銭(勝ち越し星93個)
- 前頭戦歴
- 87勝108敗0休195出場(勝率.446)
- 在位13場所(在位率.200)
- 勝ち越し5場所(勝ち越し率.385)
- 十両戦歴
- 130勝140敗15休270出場(勝率.481)
- 在位19場所(在位率.292)
- 勝ち越し10場所(勝ち越し率.526)
- 関取戦歴
- 217勝248敗15休465出場(勝率.467)
- 在位32場所(在位率.492)
- 勝ち越し15場所(勝ち越し率.469)
- 幕下以下歴
- 130勝85敗8休215出場(勝率.605)
- 在位32場所(在位率.492)
- 勝ち越し22場所(勝ち越し率.688)
旭日松 広太
旭日松 広太(あさひしょう こうた)は千葉県野田市出身、大島 → 友綱部屋の元力士で、最高位は前頭11枚目。
平成元年(1989)7月21日生まれ、本名は松嶋 広太。
平成17年(2005)3月場所に15歳7ヶ月で初土俵を踏み、令和3年(2021)7月場所を最後に引退(31歳11ヶ月)。通算96場所中、46場所を勝ち越した(勝ち越し率.479)。
通算成績は453勝453敗31休904出場。生涯勝率.500。
主な成績は幕下優勝1回。
3歳からレスリングを始めて小2から5年連続で全国大会優勝。木間ヶ瀬中時代もレスリングを続けていたが、レスリングではメシが食えないと中学卒業とともに角界入りを決意。入門は3代大島(元大関・旭國)の大島部屋。
平成23年(2011)11月場所での新十両昇進は野田市初の関取誕生となった。平成24年(2012)4月の部屋閉鎖に伴い友綱部屋へと移籍。平成29年(2017)5月場所の負け越しで十両から陥落。豪快な塩まきが人気だった旭日松の関取復帰を待つ人は多かったが、令和3年(2021)7月場所を最後に現役を引退。年寄桐山を襲名した。
- 年寄
- 21代桐山 広太(大島部屋)
- 四股名
- 旭日松 広太(あさひしょう こうた)
- 最高位
- 前頭11枚目
- 年寄名跡
- 21代桐山 広太
- 出身地
- 千葉県野田市
- 本名
- 松嶋 広太
- 生年月日
- 平成元年(1989)7月21日
- 所属部屋
- 大島 → 友綱部屋
- 改名歴
- 松嶋 広太 → 旭日松 広太
- 初土俵
- 平成17年(2005)3月 前相撲(15歳7ヶ月)
- 新十両
- 平成23年(2011)11月(所要39場所)
- 22歳3ヶ月(初土俵から6年8ヶ月)
- 新入幕
- 平成24年(2012)9月(所要44場所)
- 23歳1ヶ月(初土俵から7年6ヶ月)
- 最終場所
- 令和3年(2021)7月(31歳11ヶ月)
- 大相撲歴
- 96場所(16年4ヶ月)
- 通算成績
- 453勝453敗31休904出場(勝率.500)
- 通算96場所
- 勝ち越し46場所(勝ち越し率.479)
- 優勝等
- 幕下優勝1回
- 前頭戦歴
- 23勝35敗2休57出場(勝率.397)
- 在位4場所(在位率.042)
- 勝ち越し1場所(勝ち越し率.250)
- 十両戦歴
- 217勝233敗0休450出場(勝率.482)
- 在位30場所(在位率.313)
- 勝ち越し14場所(勝ち越し率.467)
- 関取戦歴
- 240勝268敗2休507出場(勝率.472)
- 在位34場所(在位率.354)
- 勝ち越し15場所(勝ち越し率.441)
- 幕下以下歴
- 213勝185敗29休397出場(勝率.535)
- 在位62場所(在位率.646)
- 勝ち越し31場所(勝ち越し率.500)
青狼 武士
青狼 武士(せいろう たけし)はモンゴル・ボルガン県出身、錣山部屋の元力士で、最高位は前頭14枚目。
平成17年(2005)7月場所に16歳10ヶ月で初土俵を踏み、令和2年(2020)3月場所を最後に引退(31歳7ヶ月)(※番付上は令和2年7月場所が最後)。
通算成績は433勝424敗25休854出場。生涯勝率.505。通算88場所中、50場所を勝ち越した(勝ち越し率.575)。
主な成績は十両同点1回,三段目優勝1回。
昭和63年(1988)8月18日生まれ。本名はアムガー・ウヌボルド。
- 四股名
- 青狼 武士(せいろう たけし)
- 最高位
- 前頭14枚目
- 出身地
- モンゴル・ボルガン県
- 本名
- アムガー・ウヌボルド
- 生年月日
- 昭和63年(1988)8月18日
- 所属部屋
- 錣山部屋
- 改名歴
- 青狼 武士
- 初土俵
- 平成17年(2005)7月 前相撲(16歳10ヶ月)
- 新十両
- 平成25年(2013)7月(所要47場所)
- 24歳10ヶ月(初土俵から8年0ヶ月)
- 新入幕
- 平成27年(2015)7月(所要59場所)
- 26歳10ヶ月(初土俵から10年0ヶ月)
- 最終場所
- 令和2年(2020)3月(31歳7ヶ月)※番付上は令和2年7月場所
- 大相撲歴
- 88場所(14年8ヶ月)
- 通算成績
- 433勝424敗25休854出場(勝率.505)
- 通算88場所
- 勝ち越し50場所(勝ち越し率.575)
- 優勝等
- 十両同点1回,三段目優勝1回
- 前頭戦歴
- 19勝26敗0休45出場(勝率.422)
- 在位3場所(在位率.034)
- 勝ち越し0場所(勝ち越し率.000)
- 十両戦歴
- 213勝243敗9休453出場(勝率.467)
- 在位31場所(在位率.352)
- 勝ち越し17場所(勝ち越し率.548)
- 関取戦歴
- 232勝269敗9休498出場(勝率.463)
- 在位34場所(在位率.386)
- 勝ち越し17場所(勝ち越し率.500)
- 幕下以下歴
- 201勝155敗16休356出場(勝率.565)
- 在位53場所(在位率.602)
- 勝ち越し33場所(勝ち越し率.623)
双大竜 亮三
東京農大出身。軽量ながらも変化に頼ることなく、低さとスピードを活かした前さばきが得意の正攻法。平成25年3月場所では悲願の入幕を果たす。平成26年5月場所のポスターでは後ろ姿が採用された
- 四股名 :双大竜 亮三(そうたいりゅう りょうぞう)
- 最高位 :前頭15枚目
- 出身地 :福島県福島市
- 本 名 :高橋 亮三
- 生年月日:昭和57年(1982)7月26日
- 出身大学:東京農業大学
- 所属部屋:時津風部屋
- 改名歴 :高橋⇒双大竜
- 初土俵 :平成17年(2005)5月(22歳10ヵ月)
- 新十両 :平成21年(2009)9月(27歳2ヵ月)
- 新入幕 :平成25年(2013)3月(30歳8ヵ月)
- 最終場所:平成30年(2018)1月(35歳6ヵ月)
- 生涯戦歴:351勝340敗20休/689出場(75場所)
- 生涯勝率:50.8%
- 優勝等 :幕下同点1回,三段目同点1回,序ノ口優勝1回
- 幕内戦歴:4勝11敗(1場所)勝率:26.7%
- 十両戦歴:156勝178敗11休(23場所)勝率:46.7%
飛翔富士 廣樹
兵庫県神戸市兵庫区出身、中村部屋から後に東関部屋へと移籍。最高位は13枚目。兵庫中学卒業後に元関脇・富士櫻の中村部屋へと入門。西幕下11枚目で迎えた平成23年(2011)7月を6勝1敗で勝ち越し。通常であれば十両昇進圏外だが、大相撲八百長問題で減らされていた関取定員が翌9月場所から元に戻されるタイミングだったこともあり、新十両昇進を果たした。
しかしその9月場所は4勝11敗と大きく負け越して1場所で幕下へと陥落。結果的に関取としての土俵はこの1場所だけとなった。翌年、平成24年(2012)11月場所後に中村部屋は閉鎖となり東関部屋へと移籍。その後、右膝の靭帯を痛めたことで休場が続き、一時は番付外を経験したが最終的には幕下11枚目まで番付を戻した。
- 四股名 :飛翔富士 廣樹(ひしょうふじ ひろき)
- 最高位 :十両13枚目
- 出身地 :兵庫県神戸市兵庫区
- 本 名 :住 洋樹
- 生年月日:平成元年(1989)7月14日
- 所属部屋:中村⇒東関部屋
- 改名歴 :住⇒飛翔富士
- 初土俵 :平成17年(2005)3月(15歳8ヵ月)
- 新十両 :平成23年(2011)9月(22歳2ヵ月)
- 最終場所:平成29年(2017)1月(27歳6ヵ月)
- 生涯戦歴:234勝197敗47休/431出場(69場所)
- 生涯勝率:54.3%
- 優勝等 :三段目優勝1回,序二段同点1回,序ノ口優勝1回
- 十両戦歴:4勝11敗(1場所)勝率:26.7%