平成6年(1994年)が初土俵の力士一覧!出世頭は誰?

平成6年(1994)が初土俵の力士の番付や成績を一覧表にしてご紹介しています。

表の下のボタンによって月ごとに表示を切り替えることも出来ますよ。 初土俵が同じ同期力士のなかで、誰が一番出世しているのかがひと目で分かります。

スポンサーリンク

1994年初土俵力士一覧(番付・星取表・成績・経歴)

No 四股名 直近7場所 成績 直近7場所 勝率 番付 (令8.3) 3月場所 成績 令和8年3月場所星取表 S1 番付 推移 変動 枚数 番付 (令8.1) 1月場所 成績 令和8年1月場所星取表 S2 番付 推移 変動 枚数 番付 (令7.11) 11月場所 成績 令和7年11月場所星取表 S3 番付 推移 変動 枚数 番付 (令7.9) 9月場所 成績 令和7年9月場所星取表 S4 番付 推移 変動 枚数 番付 (令7.7) 7月場所 成績 令和7年7月場所星取表 S5 番付 推移 変動 枚数 番付 (令7.5) 5月場所 成績 令和7年5月場所星取表 s6 番付 推移 変動 枚数 番付 (令7.3) 3月場所 成績 令和7年3月場所星取表 初日 2日目 3日目 4日目 5日目 6日目 7日目 中日 9日目 10日目 11日目 12日目 13日目 14日目 千秋楽 最高位 出身地 部屋 一門 年齢 生年月日 大相撲歴 本名 旧四股名 旧所属 身長(㎝) 体重(㎏) BMI 出身高校 出身大学 初土俵 初土俵 年齢 新十両 新十両 年齢 新入幕 新入幕 年齢 新小結 新小結 年齢 新関脇 新関脇 年齢 大関昇進 大関昇進 年齢 横綱昇進 横綱昇進 年齢 幕内 優勝 十両 優勝 幕下 優勝 三段目 優勝 序二段 優勝 序ノ口 優勝 技能賞 殊勲賞 敢闘賞 金星 通算 勝利数 通算 敗数 通算 休数 出場回数 通算 勝率(%) s誕生日 s初土俵 s新十両 s新入幕 s新小結 s新関脇 s大関昇進 s横綱昇進 s初土俵年齢 s新十両年齢 s新入幕年齢 s新小結年齢 s新関脇年齢 s大関昇進年齢 s横綱昇進年齢 s7場所勝敗 s1勝敗 s2勝敗 s3勝敗 s4勝敗 s5勝敗 s6勝敗 s7勝敗 s2順 s3順 s4順 s5順 s6順 s7順 s1シフト s2シフト s3シフト s4シフト s5シフト s6シフト sしこな s最高位 s出身ふりがな s部屋ふりがな s7勝率 s勝 s敗 s休 s出 s勝率 s幕優 s十 s下 s三 s二 s口 s技 s殊 s敢 s金
スポンサーリンク

平成6(1994)年初土俵力士を検索

文字サイズ:
Sponsored

平成6(1994)年初土俵の最高位:大関

栃東 大裕

栃東 大裕 (とちあずま だいすけ)東京都足立区出身、玉ノ井部屋の元力士で、最高位は大関

平成6年(1994)11月場所に18歳0ヶ月で初土俵を踏み、平成19年(2007)3月場所を最後に引退(30歳4ヶ月)※番付上は平成19年(2007)5月場所

通算成績は560勝317敗169休867出場。生涯勝率.646。通算75場所中、55場所を勝ち越した(勝ち越し率.743)。

主な成績は幕内優勝3回(次点5)、十両優勝1回、幕下優勝1回、三段目優勝1回、序二段優勝1回、序ノ口優勝1回殊勲賞3回、敢闘賞2回、技能賞7回、金星4個(曙1個、貴乃花2個、武蔵丸1個)

昭和51年(1976)11月9日生まれ。本名は志賀 太祐。

初代栃東(のちの13代玉ノ井)の次男として生まれ、卓越した相撲技術と不屈の闘志で大関まで登り詰めた栃東は、大相撲史に燦然と輝く数々の記録を打ち立てた名力士である。史上初の「二度の大関返り咲き」や史上2組目の「親子幕内最高優勝」などの偉業を成し遂げ、引退後は師匠の跡を継いで部屋を牽引している。

スポンサーリンク

高校横綱の条件と相撲スタイルの確立

東京都足立区に生まれ、小学生の頃は野球や水泳に熱中していた。小学6年生で相撲に転向して明大中野中学校の相撲部に入部したが、当初は体が硬く股割りもできない状態で、全国レベルの実力はなかった。しかし、父から「高校横綱になること」を角界入りの条件として課され、猛稽古の末に明大中野高校3年次で見事に高校横綱のタイトルを獲得。平成6年(1994年)11月場所において、父が師匠を務める玉ノ井部屋から本名の「志賀」で初土俵を踏んだ。

序ノ口として迎えた翌平成7年(1995年)1月場所は、直前に左膝を痛めて前半戦を休場したものの、8日目から出場して残りを4戦全勝とした。元々は廻しを取って投げる相撲を得意としていたが、この怪我を機に師匠からの「廻しにこだわるな」という助言もあり、「脇を固めておっつける相撲」へと自らのスタイルを大きく改造した。この決断が、のちの飛躍へと繋がっていく。

若き技能派の台頭と悲願の大関昇進

その後は驚異的なペースで各段の優勝を総なめにし、平成8年(1996年)5月場所の新十両昇進を機に、父の現役時代の四股名を受け継いで「栃東」へと改名。同年11月場所で新入幕を果たした。

いなしてからのおっつけや、前廻しを引いてからの出し投げなど、ベテランのように多彩な技を繰り出す相撲は「若手らしくない」と高く評価され、三役に定着して幾度も技能賞を獲得する。しかし、右肩剥離骨折などで長期休場を余儀なくされるなど、怪我に泣かされ大関への道は長く険しいものとなった。幾度の挫折を味わいながらも、平成13年(2001年)11月場所では変化相撲の批判を乗り越えて12勝3敗の好成績を挙げ、入幕から5年を要してついに大関昇進を果たす。昇進伝達式では「努力精進」の言葉を口上に用いた。

スポンサーリンク

親子優勝と史上初の「二度の大関返り咲き」

新大関として臨んだ平成14年(2002年)1月場所では、持ち前の勝負強さを発揮し、13勝2敗で自身初となる幕内最高優勝を飾った。父である初代栃東も現役時代に幕内最高優勝を果たしており、大相撲史上2組目となる「親子での幕内最高優勝」という歴史的快挙であった。

その後も怪我との闘いが続き、平成16年(2004年)5月場所での全休で大関から関脇へ陥落する。しかし翌7月場所で10勝を挙げて1場所で特例復帰を果たすと、同年11月場所での負傷により再び関脇へ陥落した際も、翌場所で11勝を挙げて復帰。不屈の精神力で、史上初となる「二度目の大関返り咲き」を成し遂げた。

肉体改造と特権での親方就任

若い頃からの猛稽古で培った硬い筋肉が故障の一因であると指摘を受け、体を休ませて柔らかい筋肉への肉体改造に取り組んだ。これが功を奏し、平成18年(2006年)1月場所では14勝1敗の圧倒的な成績で自身3度目の幕内最高優勝を果たしている。なお、この優勝ののち、平成28年(2016年)1月場所において琴奨菊が賜杯を抱くまで、丸10年間にわたり日本出身力士の幕内最高優勝は出なかった。栃東は、平成の相撲史において輝かしい存在感を放ち続けたのである。

しかし、平成19年(2007年)3月場所の途中休場後、脳梗塞の発症が判明し、現役続行は生命に関わるとの診断を受けて現役を引退した。引退後は大関特権で年寄「栃東」として後進の指導にあたった。その後、平成21年(2009年)9月の父の停年退職に伴って「14代玉ノ井」を襲名し、部屋を継承した。卓越した技術と土俵への執念で輝かしい功績を残した名大関の系譜は、指導者となった現在も脈々と受け継がれている。

四股名
栃東 大裕 (とちあずま だいすけ)
最高位
大関
年寄名跡
14代玉ノ井 太祐
出身地
東京都足立区
本名
志賀 太祐
生年月日
昭和51年(1976)11月9日(49歳)
出身高校
明治大学付属中野高校
所属部屋
玉ノ井部屋
改名歴
志賀 大裕 → 栃東 大裕
初土俵
平成6年(1994)11月 前相撲(18歳0ヶ月)
新十両
平成8年(1996)5月(所要9場所)
19歳6ヶ月(初土俵から1年6ヶ月)
新入幕
平成8年(1996)11月(所要12場所)
20歳0ヶ月(初土俵から2年0ヶ月)
新小結
平成9年(1997)7月(所要16場所)
20歳8ヶ月(初土俵から2年8ヶ月)
新関脇
平成9年(1997)9月(所要17場所)
20歳10ヶ月(初土俵から2年10ヶ月)
新大関
平成14年(2002)1月(所要43場所)
25歳2ヶ月(初土俵から7年2ヶ月)
最終場所
平成19年(2007)3月場所(30歳4ヶ月)※番付上は平成19年(2007)5月場所
大相撲歴
75場所(12年4ヶ月)
通算成績
560勝317敗169休867出場(勝率.646)
通算75場所
勝ち越し55場所(勝ち越し率.743)(勝ち越し星273)
優勝等
幕内優勝3回(次点5),十両優勝1回,幕下優勝1回,三段目優勝1回,序二段優勝1回,序ノ口優勝1回
受賞・金星
殊勲賞3回,敢闘賞2回,技能賞7回,金星4個(曙1個、貴乃花2個、武蔵丸1個)
持給金
298円(勝ち越し星273個 優勝3回 金星4個)
大関戦歴
207勝125敗118休324出場(勝率.639)
在位30場所(在位率.400)
勝ち越し19場所(勝ち越し率.633)
幕内戦歴
483勝296敗166休769出場(勝率.628)
在位63場所(在位率.840)
勝ち越し45場所(勝ち越し率.714)
三役戦歴
194勝118敗18休310出場(勝率.626)
在位22場所(在位率.293)
勝ち越し18場所(勝ち越し率.818)
関脇戦歴
149勝88敗18休235出場(勝率.634)
在位17場所(在位率.227)
勝ち越し13場所(勝ち越し率.765)
小結戦歴
45勝30敗0休75出場(勝率.600)
在位5場所(在位率.067)
勝ち越し5場所(勝ち越し率1.000)
前頭戦歴
82勝53敗30休135出場(勝率.607)
在位11場所(在位率.147)
勝ち越し8場所(勝ち越し率.727)
十両戦歴
32勝13敗0休45出場(勝率.711)
在位3場所(在位率.040)
勝ち越し3場所(勝ち越し率1.000)
関取戦歴
515勝309敗166休814出場(勝率.633)
在位66場所(在位率.880)
勝ち越し48場所(勝ち越し率.727)
幕下以下歴
45勝8敗3休53出場(勝率.849)
在位8場所(在位率.107)
勝ち越し7場所(勝ち越し率.875)

栃東 大裕の更に詳細なデータは力士名鑑で!

名鑑ページでは、以下のような詳細な分析データをはじめ、豊富な表やグラフをご覧いただけます。

  • ✅ 勝った決まり手1位:押し出し(190回 / 33.7%)
  • ✅ 負けた決まり手1位:寄り切り(67回 / 21.1%)
  • ✅ 得意な相手:栃乃洋(21勝4敗 / 勝率.840)
  • ✅ 苦手な相手:貴乃花(5勝16敗 / 勝率.238)

平成6(1994)年初土俵の最高位:関脇

玉春日 良二

玉春日 良二(たまかすが りょうじ)愛媛県東宇和郡野村町出身、片男波部屋の元力士で、最高位は関脇

平成6年(1994)1月場所に22歳0ヶ月で初土俵を踏み、平成20年(2008)9月場所を最後に引退(36歳8ヶ月)。

通算成績は603勝636敗39休1235出場。生涯勝率.487。通算89場所中、46場所を勝ち越した(勝ち越し率.517)。

主な成績は十両優勝1回殊勲賞1回,敢闘賞2回,技能賞2回,金星7個(貴乃花3個、曙1個、若乃花2個、武蔵丸1個)。

昭和47年(1972)1月7日生まれ。本名は松本 良二。

小学生の頃から身体が大きく運動能力も高かったことから乙亥大相撲をはじめ様々な競技で活躍していた。中央大学時代は際立った成績を残せなかったが幕下最下位格付出で角界入りすると、徹底的に押し相撲を磨くことで頭角を現し、長らく幕内の土俵を務めることができた。

「玉春日」の四股名は小惑星の名として空に残されている。これは平成10年(1998)6月に愛媛県の久万高原天体観測館の職員が発見した小惑星で、当時活躍していた郷土力士にあやかって「(8432)Tamakasuga」として登録された。

引退後は15代楯山を襲名し部屋付親方として後進の指導にあたっていたが、平成12年(2010)2月に13代片男波(玉ノ富士)と名跡を交換、14代片男波を襲名して部屋を継承した。

年寄名跡
14代・片男波 良二
四股名
玉春日 良二(たまかすが りょうじ)
最高位
関脇
年寄名跡
15代楯山 良二 → 14代片男波 良二
出身地
愛媛県東宇和郡野村町
本名
松本 良二
生年月日
昭和47年(1972)1月7日(54歳)
出身高校
愛媛県立野村高校
出身大学
中央大学
所属部屋
片男波部屋
改名歴
玉春日 良二 → 玉春日 公二 → 玉春日 良二
初土俵
平成6年(1994)1月 幕下60枚目格付出(22歳0ヶ月)
新十両
平成7年(1995)3月(所要7場所)
23歳2ヶ月(初土俵から1年2ヶ月)
新入幕
平成8年(1996)1月(所要12場所)
24歳0ヶ月(初土俵から2年0ヶ月)
新関脇
平成9年(1997)7月(所要21場所)
25歳5ヶ月(初土俵から3年6ヶ月)
最終場所
平成20年(2008)9月(36歳8ヶ月)
大相撲歴
89場所(14年8ヶ月)
通算成績
603勝636敗39休1235出場(勝率.487)
通算89場所
勝ち越し46場所(勝ち越し率.517)
優勝等
十両優勝1回
受賞・金星
殊勲賞1回,敢闘賞2回,技能賞2回,金星7個
幕内戦歴
444勝537敗24休977出場(勝率.453)
在位67場所(在位率.753)
勝ち越し28場所(勝ち越し率.418)
三役戦歴
15勝30敗0休45出場(勝率.333)
在位3場所(在位率.034)
勝ち越し0場所(勝ち越し率.000)
関脇戦歴
7勝8敗0休15出場(勝率.467)
在位1場所(在位率.011)
勝ち越し0場所(勝ち越し率.000)
小結戦歴
8勝22敗0休30出場(勝率.267)
在位2場所(在位率.022)
勝ち越し0場所(勝ち越し率.000)
前頭戦歴
429勝507敗24休932出場(勝率.458)
在位64場所(在位率.719)
勝ち越し28場所(勝ち越し率.438)
十両戦歴
126勝83敗15休209出場(勝率.603)
在位15場所(在位率.169)
勝ち越し11場所(勝ち越し率.733)
関取戦歴
570勝620敗39休1186出場(勝率.479)
在位82場所(在位率.921)
勝ち越し39場所(勝ち越し率.476)
幕下以下歴
33勝16敗0休49出場(勝率.673)
在位7場所(在位率.079)
勝ち越し7場所(勝ち越し率1.000)


土佐ノ海 敏生

土佐ノ海 敏生 (とさのうみ としお)高知県安芸市出身、伊勢ノ海部屋の元力士で、最高位は関脇

平成6年(1994)3月場所に22歳0ヶ月で初土俵を踏み、平成23年(2011)1月場所を最後に引退(38歳10ヶ月)。

通算成績は732勝735敗16休1466出場。生涯勝率.499。通算102場所中、52場所を勝ち越した(勝ち越し率.510)。

主な成績は幕内(次点1)、十両優勝2回(同点1)、幕下優勝1回殊勲賞7回、敢闘賞5回、技能賞1回、金星11個(貴乃花4個、曙3個、若乃花3個、武蔵丸1個)

昭和47年(1972)2月16日生まれ。本名は山本 敏生。

同志社大相撲部時代には「東の尾曽(武双山)、西の山本(土佐ノ海)」と称されていた。入門から期待されていた土佐ノ海は、前頭7枚目で迎えた新入幕で初日大関若乃花、2日目横綱貴乃花との対戦が組まれた。結果は2連敗だったが初土俵から9場所目での横綱・大関戦だった。

四股名
土佐ノ海 敏生 (とさのうみ としお)
最高位
関脇
年寄名跡
13代立川 敏生(伊勢ノ海)
出身地
高知県安芸市
本名
山本 敏生
生年月日
昭和47年(1972)2月16日(54歳)
出身高校
高知高校
出身大学
同志社大学
所属部屋
伊勢ノ海部屋
改名歴
土佐ノ海 敏生
初土俵
平成6年(1994)3月 幕下60枚目付出(22歳0ヶ月)
新十両
平成6年(1994)11月(所要4場所)
22歳8ヶ月(初土俵から0年8ヶ月)
新入幕
平成7年(1995)7月(所要8場所)
23歳4ヶ月(初土俵から1年4ヶ月)
新小結
平成8年(1996)1月(所要11場所)
23歳10ヶ月(初土俵から1年10ヶ月)
新関脇
平成9年(1997)5月(所要19場所)
25歳2ヶ月(初土俵から3年2ヶ月)
最終場所
平成23年(2011)1月場所(38歳10ヶ月)
大相撲歴
102場所(16年10ヶ月)
通算成績
732勝735敗16休1466出場(勝率.499)
通算102場所
勝ち越し52場所(勝ち越し率.510)(勝ち越し星166)
優勝等
幕内(次点1),十両優勝2回(同点1),幕下優勝1回
受賞・金星
殊勲賞7回,敢闘賞5回,技能賞1回,金星11個(貴乃花4個、曙3個、若乃花3個、武蔵丸1個)
持給金
196円(勝ち越し星166個 金星11個)
幕内戦歴
569勝615敗16休1183出場(勝率.481)
在位80場所(在位率.784)
勝ち越し36場所(勝ち越し率.450)
三役戦歴
148勝152敗0休300出場(勝率.493)
在位20場所(在位率.196)
勝ち越し11場所(勝ち越し率.550)
関脇戦歴
44勝61敗0休105出場(勝率.419)
在位7場所(在位率.069)
勝ち越し2場所(勝ち越し率.286)
小結戦歴
104勝91敗0休195出場(勝率.533)
在位13場所(在位率.127)
勝ち越し9場所(勝ち越し率.692)
前頭戦歴
421勝463敗16休883出場(勝率.477)
在位60場所(在位率.588)
勝ち越し25場所(勝ち越し率.417)
十両戦歴
141勝114敗0休255出場(勝率.553)
在位17場所(在位率.167)
勝ち越し12場所(勝ち越し率.706)
関取戦歴
710勝729敗16休1438出場(勝率.494)
在位97場所(在位率.951)
勝ち越し48場所(勝ち越し率.495)
幕下以下歴
22勝6敗0休28出場(勝率.786)
在位5場所(在位率.049)
勝ち越し4場所(勝ち越し率.800)

土佐ノ海 敏生の更に詳細なデータは力士名鑑で!

名鑑ページでは、以下のような詳細な分析データをはじめ、豊富な表やグラフをご覧いただけます。

  • ✅ 勝った決まり手1位:押し出し(233回 / 31.8%)
  • ✅ 負けた決まり手1位:叩き込み(172回 / 23.4%)
  • ✅ 得意な相手:琴龍(11勝3敗 / 勝率.786)
  • ✅ 苦手な相手:武蔵丸(6勝28敗 / 勝率.176)

平成6(1994)年初土俵の最高位:前頭

潮丸 元康

静岡県静岡市出身、東関部屋の元力士で最高位は前頭10枚目。相撲経験はなかったが中学を卒業とともに東関部屋へと入門、堅実な努力により平成14年1月場所で新十両、9月場所で新入幕となった。これは東関部屋として曙、高見盛に次ぐ3人目の幕内力士。また静岡出身として昭和以降、天竜、天城山、駿河海、和錦に次ぐ5人目の幕内力士。

あんこ型の典型を活かした突き押し相撲が得意で、また差し身も良く、もろ差しからの寄りにも定評があった。相撲人形のような体型と童顔も愛された人気力士。

師匠の停年にあわせて引退し東関部屋を継承。頭脳明晰な13代東関は平成24年には平年寄から一気に勝負審判に抜擢された。原則としては現役時代の最高位が前頭2枚目以上の委員の年寄が勝負審判を務めるといわれていた為、これは異例のこと。ここからもその秀才ぶりが窺える。勝負審判としての土俵下の鋭い眼光は印象的だった。

血管肉腫という血管の内皮細胞から発生する極めて稀な癌の為、令和元年12月13日に永眠。亡くなる前日には平成30年1月場所後に移転したばかりだった柴又の東関部屋に戻り、弟子たちひとりひとりの手を握りながら名前を呼んで別れを惜しんだ。

  • 四股名 :潮丸 元康(うしおまる もとやす)
  • 最高位 :前頭10枚目
  • 年寄名跡:24代小野川⇒13代東関
  • 出身地 :静岡県静岡市
  • 本 名 :佐野 元泰
  • 生年月日:昭和53年(1978)5月11日
  • 没年月日:令和元年(2019)12月13日(享年41歳)
  • 所属部屋:東関部屋
  • 改名歴 :高見佐野⇒天福⇒潮丸
  • 初土俵 :平成6年(1994)3月(15歳10ヵ月)
  • 新十両 :平成14年(2002)1月(23歳8ヵ月)
  • 新入幕 :平成14年(2002)9月(24歳4ヵ月)
  • 最終場所:平成21年(2009)5月(31歳0ヵ月)
  • 生涯戦歴:482勝448敗51休/927出場(92場所)
  • 生涯勝率:51.8%
  • 優勝等 :十両優勝1回,幕下優勝1回
  • 幕内戦歴:68勝92敗20休(12場所)勝率:42.5%
  • 十両戦歴:222勝212敗31休(31場所)勝率:51.2%

安壮富士 清也

安美錦の実兄で父は旭富士の従兄弟。3年あとに入門した安美錦にあっという間に抜かれてしまったが平成18年(2006)11月場所に新入幕を果たすと兄弟同時幕内となった。八百長問題で引退

  • 四股名 :安壮富士 清也(あそうふじ せいや)
  • 最高位 :前頭13枚目
  • 出身地 :青森県西津軽郡深浦町
  • 本 名 :杉野森 清寿
  • 生年月日:昭和51年(1976)1月17日
  • 所属部屋:安治川⇒伊勢ヶ濱部屋
  • 改名歴 :杉野森⇒安壮富士
  • 初土俵 :平成6年(1994)1月(18歳0ヵ月)
  • 新十両 :平成15年(2003)9月(27歳8ヵ月)
  • 新入幕 :平成18年(2006)11月(30歳10ヵ月)
  • 最終場所:平成23年(2011)5月(35歳4ヵ月)
  • 生涯戦歴:517勝478敗7休/995出場(103場所)
  • 生涯勝率:52.0%
  • 優勝等 :序二段優勝1回
  • 幕内戦歴:10勝20敗(2場所)勝率:33.3%
  • 十両戦歴:243勝267敗(34場所)勝率:47.6%

平成6(1994)年初土俵の最高位:十両

若東龍 秀史

茨城県筑西市出身、松ヶ根部屋の元力士で最高位は十両3枚目。幼い頃から相撲を始めて小学生の頃には全国大会にも出場していた。中学時代には柔道部で茨城県大会優勝など活躍。中学卒業とともに松ヶ根部屋へと入門、平成6年3月場所が初土俵で、同期には亡くなられた13代東関(元幕内・潮丸)がいる。

怪我のため2度も幕下から序二段にまで番付を下げる経験をしたが平成12年5月場所で念願の新十両昇進を果たす。しかし、その後も怪我との戦いは続き十両に定着は出来なかった。それでも平成15年9月場所では三段目全勝優勝をあげるなど絶え間ない努力で再々十両を目指して頑張った。

  • 四股名 :若東龍 秀史(わかとうりゅう ひでふみ)
  • 最高位 :十両3枚目
  • 出身地 :茨城県筑西市
  • 本 名 :野寺 秀史
  • 生年月日:昭和53年(1978)7月27日
  • 所属部屋:松ヶ根部屋
  • 改名歴 :野寺⇒若豊龍⇒野寺⇒若東龍⇒野寺
  • 初土俵 :平成6年(1994)3月(15歳8ヵ月)
  • 新十両 :平成12年(2000)5月(21歳10ヵ月)
  • 最終場所:平成18年(2006)1月(27歳6ヵ月)
  • 生涯戦歴:260勝186敗107休/443出場(72場所)
  • 生涯勝率:58.3%
  • 優勝等 :幕下優勝1回,三段目優勝1回,序二段優勝1回
  • 十両戦歴:40勝41敗24休(7場所)勝率:49.4%

琴国 晃将

琴光喜の付き人として支えた時期も、幕下10枚目で全勝優勝を決め十両昇進を果たす

  • 四股名 :琴国 晃将(ことくに あきまさ)
  • 最高位 :十両4枚目
  • 出身地 :岡山県真庭市
  • 本 名 :作田 幸寛
  • 生年月日:昭和53年(1978)7月10日
  • 所属部屋:佐渡ヶ嶽部屋
  • 改名歴 :琴作田⇒琴国
  • 初土俵 :平成6年(1994)3月(15歳8ヵ月)
  • 新十両 :平成21年(2009)1月(30歳6ヵ月)
  • 最終場所:平成26年(2014)1月(35歳6ヵ月)
  • 生涯戦歴:435勝414敗9休/849出場(119場所)
  • 生涯勝率:51.2%
  • 優勝等 :幕下優勝1回
  • 十両戦歴:22勝38敗(4場所)勝率:36.7%

雷光 肇

  • 四股名 :雷光 肇(らいこう はじめ)
  • 最高位 :十両11枚目
  • 出身地 :大阪府大阪市西成区
  • 本 名 :山口 肇
  • 生年月日:昭和53年(1978)5月5日
  • 所属部屋:八角部屋
  • 改名歴 :大山口⇒雷光
  • 初土俵 :平成6年(1994)3月(15歳10ヵ月)
  • 新十両 :平成17年(2005)9月(27歳4ヵ月)
  • 最終場所:平成20年(2008)3月(29歳10ヵ月)
  • 生涯戦歴:310勝282敗4休/592出場(85場所)
  • 生涯勝率:52.4%
  • 優勝等 :なし
  • 十両戦歴:3勝12敗(1場所)勝率:20.0%

平成6(1994)年初土俵の最高位:序二段

潮来桜 弘四郎

潮来桜 弘四郎(いたこざくら こうしろう)は茨城県 土浦市出身、式秀部屋の力士で最高位は序二段19枚目。令和8年3月場所の番付は西 序ノ口20枚目。

大洗や潮来など茨城県の地名に因んだ四股名を付けてきた。

💡 茨城県出身一覧💡 式秀部屋の力士

四股名
潮来桜 弘四郎(いたこざくら こうしろう)
最高位
序二段19枚目
最新番付
西 序ノ口20枚目
出身地
茨城県 土浦市
本名
中野 弘規
生年月日
昭和53年(1978)10月2日(47歳)
身長・体重
177cm・107.4kg
所属部屋
式秀部屋
改名歴
天龍山⇒大洗⇒潮来 → 潮来桜
初土俵
平成6年(1994)3月(15歳5ヵ月)
優勝
無し
通算成績
531勝788敗13休/1317出場(勝率:40.3%)
直近7場所
11勝38敗
7場所勝率
22.4%
決まり手傾向(直近7場所)
潮来桜が勝ちの決まり手(11勝)※不戦勝1含む
寄り切り4
寄り倒し2
上手出し投げ1
つきひざ1
押し出し1
上手投げ1
潮来桜が負けの決まり手(38敗)
押し出し15
寄り切り15
下手投げ2
突き出し1
上手投げ1
勇み足1
その他3
令8年3月
西 序ノ口20枚目(5枚降下)
2勝5敗
●-●-○|---□●|●--●-
取組詳細(対戦相手・決まり手)

スポンサーリンク
令8年1月
西 序ノ口15枚目(半枚降下)
0勝7敗
●-●-●|-●-●-|●-●--
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年11
東 序ノ口15枚目(1枚上昇)
2勝5敗
-●-●●|-●-●-|○--○-
取組詳細(対戦相手・決まり手)

▼ さらに過去の成績(4場所分)を見る
令7年9月
東 序ノ口16枚目(2枚半降下)
2勝5敗
-●-●●|--○-○|-●--●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年7月
西 序ノ口13枚目(12枚降下)
2勝5敗
-●●-○|-○-●-|-●--●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年5月
西 序ノ口筆頭(9枚上昇)
1勝6敗
-●-●-|●●-○-|●---●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年3月
西 序ノ口10枚目
2勝5敗
●-○-●|-●-○-|●---●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

初土俵年ごとリンク一覧

初土俵年別のリンク一覧です。

当サイトおすすめ記事



出身地別、力士別、初土俵別など様々な方法で力士データをまとめています。

決まり手の解説記事へのリンクは、以下の一覧ページをご覧ください。

おすすめの記事をご紹介

ここからは当サイトのおすすめ記事をご紹介します。

ネットでの大相撲観戦といえばAbemaTV!「AbemaTV」での視聴方法について解説しています。序ノ口から結びの一番まで完全無料生中継!ぜひ確認してみてください。

当サイトのいろんな記事へのリンクをまとめたナビゲーションページです。

地方巡業日程はこちら

力士や親方、裏方さんたちと間近で触れ合うチャンスは地方巡業です!巡業日程や詳細をご紹介しています。


カテゴリー : 初土俵別

公開日:2023-01-08
投稿者:レイ

コメントはお気軽にどうぞ

※当サイトは個人が運営するサイトであり、日本相撲協会及び、各相撲部屋とは関連がないことをご了承ください。

内容に問題なければ、下記の「コメントを送信する」ボタンを押してください。※当サイトは個人が運営するサイトです。