平成12年(2000年)が初土俵の力士一覧!出世頭は誰?

平成12年(2000)が初土俵の力士の番付や成績を一覧表にしてご紹介しています。

表の下のボタンによって月ごとに表示を切り替えることも出来ますよ。 初土俵が同じ同期力士のなかで、誰が一番出世しているのかがひと目で分かります。

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2000年初土俵力士一覧(番付・星取表・成績・経歴)

No 四股名 直近7場所 成績 直近7場所 勝率 番付 (令8.3) 3月場所 成績 令和8年3月場所星取表 S1 番付 推移 変動 枚数 番付 (令8.1) 1月場所 成績 令和8年1月場所星取表 S2 番付 推移 変動 枚数 番付 (令7.11) 11月場所 成績 令和7年11月場所星取表 S3 番付 推移 変動 枚数 番付 (令7.9) 9月場所 成績 令和7年9月場所星取表 S4 番付 推移 変動 枚数 番付 (令7.7) 7月場所 成績 令和7年7月場所星取表 S5 番付 推移 変動 枚数 番付 (令7.5) 5月場所 成績 令和7年5月場所星取表 s6 番付 推移 変動 枚数 番付 (令7.3) 3月場所 成績 令和7年3月場所星取表 初日 2日目 3日目 4日目 5日目 6日目 7日目 中日 9日目 10日目 11日目 12日目 13日目 14日目 千秋楽 最高位 出身地 部屋 一門 年齢 生年月日 大相撲歴 本名 旧四股名 旧所属 身長(㎝) 体重(㎏) BMI 出身高校 出身大学 初土俵 初土俵 年齢 新十両 新十両 年齢 新入幕 新入幕 年齢 新小結 新小結 年齢 新関脇 新関脇 年齢 大関昇進 大関昇進 年齢 横綱昇進 横綱昇進 年齢 幕内 優勝 十両 優勝 幕下 優勝 三段目 優勝 序二段 優勝 序ノ口 優勝 技能賞 殊勲賞 敢闘賞 金星 通算 勝利数 通算 敗数 通算 休数 出場回数 通算 勝率(%) s誕生日 s初土俵 s新十両 s新入幕 s新小結 s新関脇 s大関昇進 s横綱昇進 s初土俵年齢 s新十両年齢 s新入幕年齢 s新小結年齢 s新関脇年齢 s大関昇進年齢 s横綱昇進年齢 s7場所勝敗 s1勝敗 s2勝敗 s3勝敗 s4勝敗 s5勝敗 s6勝敗 s7勝敗 s2順 s3順 s4順 s5順 s6順 s7順 s1シフト s2シフト s3シフト s4シフト s5シフト s6シフト sしこな s最高位 s出身ふりがな s部屋ふりがな s7勝率 s勝 s敗 s休 s出 s勝率 s幕優 s十 s下 s三 s二 s口 s技 s殊 s敢 s金
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平成12(2000)年初土俵力士を検索

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平成12(2000)年初土俵の最高位:関脇

朝赤龍 太郎

朝赤龍 太郎(あさせきりゅう たろう)モンゴル・ウランバートル市出身、若松~高砂部屋の元力士で、最高位は関脇

平成12年(2000)1月場所に18歳5ヶ月で初土俵を踏み、平成29年(2017)3月場所を最後に引退(35歳7ヶ月)(※番付上は平成29年5月場所が最後)

通算成績は687勝679敗36休1361出場。生涯勝率.503。通算103場所中、51場所を勝ち越した(勝ち越し率.500)。

主な成績は幕内次点2回,十両優勝1回序二段優勝1回殊勲賞1回,敢闘賞1回,技能賞2回

昭和56年(1981)8月7日生まれ。本名はバダルチ・ダシニャム(日本名同じ)。

第68代横綱・朝青龍とともに明徳義塾高へ相撲留学。十両からの陥落により138年続いた高砂部屋関取在位記録が途絶えたことを、誰よりも悔しがった。平成29年(2017)4月に日本国籍を取得(日本名はモンゴル名と同じ)。

令和2年(2020)11月26日付で8代高砂を襲名。

年寄
8代高砂 浦五郎
四股名
朝赤龍 太郎(あさせきりゅう たろう)
最高位
関脇
年寄名跡
17代錦島 太郎 → 8代高砂 浦五郎
出身地
モンゴル・ウランバートル市
本名
バダルチ・ダシニャム → バダルチ・ダシニャム(日本国籍)
生年月日
昭和56年(1981)8月7日(44歳)
出身高校
明徳義塾高校
所属部屋
若松~高砂部屋
改名歴
朝赤龍 太郎
初土俵
平成12年(2000)1月 前相撲(18歳5ヶ月)
新十両
平成14年(2002)7月(所要15場所)
20歳11ヶ月(初土俵から2年6ヶ月)
新入幕
平成15年(2003)3月(所要19場所)
21歳7ヶ月(初土俵から3年2ヶ月)
新小結
平成18年(2006)7月(所要39場所)
24歳11ヶ月(初土俵から6年6ヶ月)
新関脇
平成19年(2007)9月(所要46場所)
26歳1ヶ月(初土俵から7年8ヶ月)
最終場所
平成29年(2017)3月(35歳7ヶ月)※番付上は平成29年5月場所
大相撲歴
103場所(17年2ヶ月)
通算成績
687勝679敗36休1361出場(勝率.503)
通算103場所
勝ち越し51場所(勝ち越し率.500)
優勝等
幕内次点2回,十両優勝1回序二段優勝1回
受賞・金星
殊勲賞1回,敢闘賞1回,技能賞2回
幕内戦歴
410勝442敗33休848出場(勝率.481)
在位59場所(在位率.573)
勝ち越し26場所(勝ち越し率.441)
三役戦歴
22勝41敗12休62出場(勝率.349)
在位5場所(在位率.049)
勝ち越し1場所(勝ち越し率.200)
関脇戦歴
11勝19敗0休30出場(勝率.367)
在位2場所(在位率.019)
勝ち越し1場所(勝ち越し率.500)
小結戦歴
11勝22敗12休32出場(勝率.333)
在位3場所(在位率.029)
勝ち越し0場所(勝ち越し率.000)
前頭戦歴
388勝401敗21休786出場(勝率.492)
在位54場所(在位率.524)
勝ち越し25場所(勝ち越し率.463)
十両戦歴
203勝199敗3休401出場(勝率.505)
在位27場所(在位率.262)
勝ち越し13場所(勝ち越し率.481)
関取戦歴
613勝641敗36休1249出場(勝率.489)
在位86場所(在位率.835)
勝ち越し39場所(勝ち越し率.453)
幕下以下歴
74勝38敗0休112出場(勝率.661)
在位16場所(在位率.155)
勝ち越し12場所(勝ち越し率.750)


平成12(2000)年初土俵の最高位:小結

白馬 毅

白馬 毅(はくば たけし)モンゴル・ウランバートル市出身、立田川 → 陸奥部屋の元力士で、最高位は小結

平成12年(2000)1月場所に16歳8ヶ月で初土俵を踏み、平成23年(2011)1月場所を最後に引退(27歳8ヶ月)(※番付上は平成23年5月場所が最後)

通算成績は347勝303敗12休650出場。生涯勝率.534。通算67場所中、40場所を勝ち越した(勝ち越し率.606)。

主な成績は十両同点1回,幕下優勝1回(同点1),序二段優勝1回

昭和58年(1983)5月5日生まれ。本名はアリオンバヤル・ウヌルジャラガラ。

モンゴル相撲の経験は無かったが陸奥部屋に見習い生として身を寄せていた。外国人枠の影響により同じ時津風一門の立田川部屋に入門、平成12年(2000)1月場所に初土俵を踏んだ。同年9月に立田川部屋が閉鎖したため陸奥部屋へと移籍した。

平成19年(2007)1月場所で新十両昇進、平成20年(2008)5月場所で新入幕昇進を果たす。初顔で大関日馬富士と琴欧洲を破るなど大器の片鱗も見せたが、平成23年(2011)に発覚した大相撲八百長問題に関与した疑いで引退勧告を受け角界を去った。夫人は亡くなった時天空の妹。

四股名
白馬 毅(はくば たけし)
最高位
小結
出身地
モンゴル・ウランバートル市
本名
アリオンバヤル・ウヌルジャラガラ
生年月日
昭和58年(1983)5月5日
所属部屋
立田川 → 陸奥部屋
改名歴
白馬 毅
初土俵
平成12年(2000)1月 前相撲(16歳8ヶ月)
新十両
平成19年(2007)1月(所要42場所)
23歳8ヶ月(初土俵から7年0ヶ月)
新入幕
平成20年(2008)5月(所要50場所)
25歳0ヶ月(初土俵から8年4ヶ月)
新小結
平成22年(2010)7月(所要63場所)
27歳2ヶ月(初土俵から10年6ヶ月)
最終場所
平成23年(2011)1月(27歳8ヶ月)※番付上は平成23年5月場所
大相撲歴
67場所(11年0ヶ月)
通算成績
347勝303敗12休650出場(勝率.534)
通算67場所
勝ち越し40場所(勝ち越し率.606)
優勝等
十両同点1回,幕下優勝1回(同点1),序二段優勝1回
幕内戦歴
55勝65敗0休120出場(勝率.458)
在位8場所(在位率.119)
勝ち越し5場所(勝ち越し率.625)
小結戦歴
4勝11敗0休15出場(勝率.267)
在位1場所(在位率.015)
勝ち越し0場所(勝ち越し率.000)
前頭戦歴
51勝54敗0休105出場(勝率.486)
在位7場所(在位率.104)
勝ち越し5場所(勝ち越し率.714)
十両戦歴
131勝124敗0休255出場(勝率.514)
在位17場所(在位率.254)
勝ち越し10場所(勝ち越し率.588)
関取戦歴
186勝189敗0休375出場(勝率.496)
在位25場所(在位率.373)
勝ち越し15場所(勝ち越し率.600)
幕下以下歴
161勝114敗12休275出場(勝率.585)
在位41場所(在位率.612)
勝ち越し25場所(勝ち越し率.610)


霜鳥 典雄

東農大出身では4人目の幕内力士、横綱武蔵丸に初挑戦で金星を奪うなど期待されたが最後は八百長疑惑で引退勧告

  • 四股名 :霜鳥 典雄(しもとり のりお)
  • 最高位 :小結
  • 出身地 :新潟県新井市
  • 本 名 :霜鳥 典雄
  • 生年月日:昭和53年(1978)3月18日
  • 出身大学:東京農業大学
  • 所属部屋:時津風部屋
  • 改名歴 :霜鳥⇒霜鳳
  • 初土俵 :平成12年(2000)5月・幕下60付出(22歳2ヵ月)
  • 新十両 :平成13年(2001)5月(23歳2ヵ月)
  • 新入幕 :平成14年(2002)3月(24歳0ヵ月)
  • 新三役 :平成16年(2004)3月(26歳0ヵ月)
  • 最終場所:平成23年(2011)5月(33歳2ヵ月)
  • 生涯戦歴:449勝427敗51休/873出場(65場所)
  • 生涯勝率:51.3%
  • 優勝等 :十両同点2回
  • 成 績 :敢闘賞1回,金星1個
  • 幕内戦歴:231勝273敗51休(37場所)勝率:45.8%
  •   小結:6勝9敗(1場所)勝率:40.0%
  •   前頭:225勝264敗51休(36場所)勝率:46.0%
  • 十両戦歴:187勝143敗(22場所)勝率:56.7%

岩木山 竜太

岩木山 竜太 (いわきやま りゅうた)青森県弘前市出身、中立~境川部屋の元力士で、最高位は小結

平成12年(2000)7月場所に24歳4ヶ月で初土俵を踏み、平成22年(2010)9月場所を最後に引退(34歳6ヶ月)。

通算成績は407勝365敗78休769出場。生涯勝率.529。通算62場所中、34場所を勝ち越した(勝ち越し率.548)。

主な成績は幕内(次点1)、十両優勝2回、三段目優勝1回敢闘賞1回、技能賞1回、金星1個(朝青龍1個)

昭和51年(1976)3月2日生まれ。本名は對馬 竜太。

青森大学相撲部出身として初めて幕内の土俵を踏んだ岩木山は、立ち合いからの圧倒的な馬力を武器に三役まで駆け上がった名力士である。社会人を経てからの入門でありながら猛スピードで出世を果たし、志半ばで病魔に倒れるまで、記憶に残る激しい相撲でファンを魅了し続けた。

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親友の急逝と角界への挑戦

青森県に生まれ、青森大学へ進学して相撲部で活躍した。卒業後は青森山田高校の職員兼相撲部コーチとして働きながらアマチュア相撲を続け、平成10年(1998年)の全日本相撲選手権大会で8位入賞を果たすなど実績を重ねていた。

しかし、ともにアマチュア相撲で汗を流していた友人が、24歳で交通事故死を遂げるという悲しい出来事が起こる。これを機に自身の相撲への情熱と人生を見つめ直し、亡き友への思いを胸にプロ入りを決意した。

アマチュア時代の実績から幕下付出の資格を得て、11代中立(元小結・両国)が率いる中立部屋(のちの境川部屋)へ入門。平成12年(2000年)7月場所に本名の「對馬」で初土俵を踏んだ。

怒涛のスピード出世と「岩木山」の誕生

初土俵、翌場所から怪我で休場したこともあり一度は三段目へ番付を落としたが、平成13年(2001年)1月場所から故郷の山にちなんだ「岩木山」へと改名する。すると直後の3月場所において7戦全勝で三段目優勝を飾り、ここから一気に番付を駆け上がっていった。

翌平成14年(2002年)3月場所で新十両へ昇進し、続く5月場所では11勝4敗の好成績を挙げて十両優勝を果たす。勢いそのままに白星を重ね、同年11月場所において新入幕を果たした。青森大学出身者として初の幕内力士誕生という快挙であった。

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規格外の破壊力と上位戦線での躍進

185センチ、170キロを超える巨体を活かした立ち合いのぶちかましと、突き押しの破壊力は幕内でも群を抜いていた。新入幕の場所で10勝5敗の好成績を挙げて敢闘賞を獲得すると、幕内上位の土俵へと定着していく。

平成15年(2003年)9月場所では東前頭5枚目で11勝4敗の成績を残し、優勝した横綱・朝青龍に次ぐ星を挙げて初の技能賞を獲得。この活躍により、翌11月場所では新小結へと昇進を果たした。さらに平成16年(2004年)9月場所では、圧倒的な強さを誇っていた横綱・朝青龍を破り、自身初にして唯一の金星を獲得するなど、上位陣を大いに脅かす存在となった。

首の負傷とベテランとしての奮闘

激しい相撲の代償として、現役後半は怪我に苦しめられた。主に首を負傷したことで得意のぶちかましができなくなり、膝にも爆弾を抱えるようになる。馬力に陰りが見え始めた平成18年(2006年)11月場所以降は負け越しが続き、十両陥落も経験したが、そのたびにベテランの意地で幕内へ復帰し、長く土俵を務め続けた。

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病魔との闘いとイレギュラーな番付残留

その後も幕内と十両の土俵で存在感を示し続けたが、平成22年(2010年)4月に小脳梗塞という大病を発症してしまう。

命に関わる重篤な状態からは回復したものの、土俵への復帰は極めて困難な状況であった。この5月場所から連続で全休を余儀なくされ、7月場所を終えた時点で幕下への陥落が濃厚となり、引退の方向で話が進んでいた。しかし、この7月場所は大相撲野球賭博問題の影響で多数の謹慎力士が出た場所であり、「病気による全休と謹慎休場は区別する」という相撲協会の特例措置により、翌9月場所も十両の番付に留まることとなった。

この9月場所(西十両14枚目)も全休し、同場所の千秋楽に現役引退を発表。引退後はすでに取得していた年寄「関ノ戸」を襲名し、日本相撲協会に残って境川部屋の部屋付き親方として後進の指導にあたっている。友人の死を乗り越えて遅咲きの花を咲かせ、規格外の馬力で土俵を沸かせたその歩みは、指導者となった現在も後輩力士たちへと受け継がれている。

四股名
岩木山 竜太 (いわきやま りゅうた)
最高位
小結
年寄名跡
18代関ノ戸 竜太(境川)
出身地
青森県中津軽郡岩木町 → 青森県弘前市
本名
對馬 竜太
生年月日
昭和51年(1976)3月2日(50歳)
出身高校
弘前実業高校
出身大学
青森大学
所属部屋
中立~境川部屋
改名歴
對馬 竜太 → 岩木山 竜太
初土俵
平成12年(2000)7月 幕下60枚目付出(24歳4ヶ月)
新十両
平成14年(2002)3月(所要10場所)
26歳0ヶ月(初土俵から1年8ヶ月)
新入幕
平成14年(2002)11月(所要14場所)
26歳8ヶ月(初土俵から2年4ヶ月)
新小結
平成15年(2003)11月(所要20場所)
27歳8ヶ月(初土俵から3年4ヶ月)
最終場所
平成22年(2010)9月場所(34歳6ヶ月)
大相撲歴
62場所(10年2ヶ月)
通算成績
407勝365敗78休769出場(勝率.529)
通算62場所
勝ち越し34場所(勝ち越し率.548)(勝ち越し星123)
優勝等
幕内(次点1),十両優勝2回,三段目優勝1回
受賞・金星
敢闘賞1回,技能賞1回,金星1個(朝青龍1個)
持給金
96円(勝ち越し星123個 金星1個)
幕内戦歴
293勝318敗34休608出場(勝率.482)
在位43場所(在位率.694)
勝ち越し20場所(勝ち越し率.465)
三役戦歴
10勝20敗0休30出場(勝率.333)
在位2場所(在位率.032)
勝ち越し0場所(勝ち越し率.000)
小結戦歴
10勝20敗0休30出場(勝率.333)
在位2場所(在位率.032)
勝ち越し0場所(勝ち越し率.000)
前頭戦歴
283勝298敗34休578出場(勝率.490)
在位41場所(在位率.661)
勝ち越し20場所(勝ち越し率.488)
十両戦歴
72勝33敗30休105出場(勝率.686)
在位9場所(在位率.145)
勝ち越し7場所(勝ち越し率.778)
関取戦歴
365勝351敗64休713出場(勝率.512)
在位52場所(在位率.839)
勝ち越し27場所(勝ち越し率.519)
幕下以下歴
42勝14敗14休56出場(勝率.750)
在位10場所(在位率.161)
勝ち越し7場所(勝ち越し率.700)

岩木山 竜太の更に詳細なデータは力士名鑑で!

名鑑ページでは、以下のような詳細な分析データをはじめ、豊富な表やグラフをご覧いただけます。

  • ✅ 勝った決まり手1位:寄り切り(132回 / 32.1%)
  • ✅ 負けた決まり手1位:寄り切り(132回 / 36.2%)
  • ✅ 得意な相手:垣添(17勝1敗 / 勝率.944)
  • ✅ 苦手な相手:朝青龍(1勝15敗 / 勝率.062)

平成12(2000)年初土俵の最高位:前頭

龍皇 昇

同部屋の白鵬より1年入門が早かったが、入幕は白鵬の3年あとだった。因みに白鵬と同じ誕生日

  • 四股名 :龍皇 昇(りゅうおう のぼる)
  • 最高位 :前頭8枚目
  • 出身地 :モンゴル ウランバートル市
  • 本 名 :エルヘムーオチル・サンチルボルド
  • 生年月日:昭和58年(1983)3月11日
  • 所属部屋:宮城野部屋
  • 初土俵 :平成12年(2000)3月(17歳0ヵ月)
  • 新十両 :平成18年(2006)7月(23歳4ヵ月)
  • 新入幕 :平成19年(2007)5月(24歳2ヵ月)
  • 最終場所:平成25年(2013)7月(30歳4ヵ月)
  • 生涯戦歴:340勝322敗11休/661出場(80場所)
  • 生涯勝率:51.4%
  • 優勝等 :幕下同点1回
  • 幕内戦歴:23勝37敗(4場所)勝率:38.3%
  • 十両戦歴:81勝84敗(11場所)勝率:49.1%

光龍 忠晴

  • 四股名 :光龍 忠晴(こうりゅう ただはる)
  • 最高位 :前頭11枚目
  • 出身地 :モンゴル ウランバートル市
  • 本 名 :エルデネスフ・ムンフォルギル
  • 生年月日:昭和59年(1984)2月4日
  • 所属部屋:花籠部屋
  • 初土俵 :平成12年(2000)11月(16歳9ヵ月)
  • 新十両 :平成19年(2007)1月(22歳11ヵ月)
  • 新入幕 :平成20年(2008)7月(24歳5ヵ月)
  • 最終場所:平成23年(2011)5月(27歳3ヵ月)
  • 生涯戦歴:331勝292敗4休/623出場(62場所)
  • 生涯勝率:53.1%
  • 優勝等 :十両同点2回
  • 幕内戦歴:44勝76敗(8場所)勝率:36.7%
  • 十両戦歴:139勝116敗(17場所)勝率:54.5%

寶智山 幸観

寶智山 幸観(ほうちやま こうかん)青森県弘前市出身、中立~境川部屋の元力士で、最高位は前頭14枚目

平成12年(2000)3月場所に18歳1ヶ月で初土俵を踏み、平成25年(2013)11月場所を最後に引退(31歳9ヶ月)※番付上は平成26年(2014)1月場所

通算成績は399勝400敗0休799出場。生涯勝率.499。通算82場所中、41場所を勝ち越した(勝ち越し率.506)。

主な成績は十両優勝1回(同点1)、幕下(同点1)、三段目優勝1回、序二段(同点1)、序ノ口優勝1回

昭和57年(1982)1月18日生まれ。本名は棟方 幸観。

相撲の名門校から先輩の熱烈なスカウトを受けて角界入りし、持ち前の馬力で幕内の土俵を経験した寶千山は、十両での優勝争いなど印象に残る活躍を見せた力士である。

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舞の海のスカウトと角界入り

青森県弘前市に生まれ、相撲の名門である青森県立木造高校へと進学した。同校の相撲部で活躍していた頃、高校の先輩にあたる元小結・舞の海から直接「君は大学相撲よりもプロに向いている」とスカウトを受けたことが大きな転機となる。

この言葉に背中を押されて角界への挑戦を決意し、11代中立(元小結・両国)が率いる中立部屋(平成16年に境川部屋へと名称変更)へ入門。平成12年(2000年)3月場所において「寶智山 幸観(ほうちやま ゆきみ)」の四股名で初土俵を踏んだ。

序ノ口優勝と新十両への道

東序ノ口14枚目で迎えた同年5月場所では、7戦全勝優勝で幸先のよい船出となった。その後は幕下中位から下位の分厚い壁に挑み、じっくりと実力を養う時期が続いた。

初土俵から約6年となる平成18年(2006年)3月場所において新十両へ昇進し、念願の関取の座を掴む。ここから、蓄えていた実力が一気に開花することとなる。

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十両での快進撃と新入幕

新十両の場所を8勝7敗と勝ち越すと、続く同年5月場所では10勝5敗の好成績を挙げて十両の優勝決定戦へと進出した。ここでは惜しくも敗れて優勝同点となったものの、さらに東十両6枚目で迎えた翌7月場所では、13勝2敗の素晴らしい成績で十両優勝を飾った。

関取となってから「優勝同点」「十両優勝」と急激に番付を駆け上がり、翌9月場所において新入幕を果たした。「先輩」舞の海の見立て通り、大相撲の厳しい世界で確かな結果を残してみせたのである。

糖尿病との闘いと三段目での有終の美

幕内の土俵では厚い壁に跳ね返され、平成20年(2008年)には糖尿病による体調不良が悪化して幕下への陥落も味わった。それでも不屈の闘志で体調を戻して関取へ復帰し、その後も3度の再入幕を果たすなど、長年にわたり十両や幕内下位の土俵で激闘を繰り広げた。

平成23年(2011年)9月場所より下の名前を「幸勘」へ改め、さらに平成25年(2013年)7月場所からは「寶智山」から「寶千山」へと1字を改めた。しかし、改名の場所で大きく負け越し、ついに同年11月場所では約11年ぶりとなる三段目への降格を経験する。それでも決して土俵を諦めることはなく、西三段目7枚目で迎えたこの場所で7戦全勝とし、優勝決定戦を制して自身初となる三段目優勝を飾った。

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特例規定による引退と指導者への道

三段目優勝で有終の美を飾る形となり、翌平成26年(2014年)1月場所の番付に名前を残したまま、場所前の12月に現役引退を発表した。

引退にあたっては年寄「君ヶ濱」を襲名したが、当時の関取在位は28場所であり、従来の規定(在位30場所)を満たしていなかった。しかし、引退直前の理事会で「在位28場所でも要件を満たせば取得できる」とする規定が新たに追加されており、その特例の恩恵を受ける形での襲名となった。この規定は俗に「寶千山ルール」とも呼ばれている。

引退後は日本相撲協会に残り、境川部屋の部屋付き親方として後進の指導にあたる道を選んだ。その後は「振分」「出来山」「立田川」と名跡を変更しながらも、一貫して力士たちの育成に尽力している。自らが病や不調を乗り越えて幕内まで登り詰めたその歩みと経験は、指導者となった現在も若い力士たちへの良き手本として受け継がれている。

四股名
寶智山 幸観(ほうちやま こうかん)
最高位
前頭14枚目
年寄名跡
11代君ヶ濱 幸観(境川) → 17代振分 幸観(境川) → 17代出来山 幸観(境川) → 20代立田川 幸観(境川)
出身地
青森県弘前市
本名
棟方 幸観
生年月日
昭和57年(1982)1月18日(44歳)
出身高校
木造高校
所属部屋
中立~境川部屋
改名歴
寶智山 幸観 → 寶智山 幸勘 → 寶千山 幸勘
初土俵
平成12年(2000)3月 前相撲(18歳1ヶ月)
新十両
平成18年(2006)3月(所要36場所)
24歳1ヶ月(初土俵から6年0ヶ月)
新入幕
平成18年(2006)9月(所要39場所)
24歳7ヶ月(初土俵から6年6ヶ月)
最終場所
平成25年(2013)11月場所(31歳9ヶ月)※番付上は平成26年(2014)1月場所
大相撲歴
82場所(13年8ヶ月)
通算成績
399勝400敗0休799出場(勝率.499)
通算82場所
勝ち越し41場所(勝ち越し率.506)(勝ち越し星115)
優勝等
十両優勝1回(同点1),幕下(同点1),三段目優勝1回,序二段(同点1),序ノ口優勝1回
持給金
60円50銭(勝ち越し星115個)
幕内戦歴
27勝63敗0休90出場(勝率.300)
在位6場所(在位率.073)
勝ち越し0場所(勝ち越し率.000)
前頭戦歴
27勝63敗0休90出場(勝率.300)
在位6場所(在位率.073)
勝ち越し0場所(勝ち越し率.000)
十両戦歴
169勝176敗0休345出場(勝率.490)
在位23場所(在位率.280)
勝ち越し11場所(勝ち越し率.478)
関取戦歴
196勝239敗0休435出場(勝率.451)
在位29場所(在位率.354)
勝ち越し11場所(勝ち越し率.379)
幕下以下歴
203勝161敗0休364出場(勝率.558)
在位52場所(在位率.634)
勝ち越し30場所(勝ち越し率.577)

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  • ✅ 勝った決まり手1位:寄り切り(132回 / 32.8%)
  • ✅ 負けた決まり手1位:寄り切り(84回 / 20.8%)
  • ✅ 得意な相手:龍巍(7勝1敗 / 勝率.875)
  • ✅ 苦手な相手:皇司(0勝6敗 / 勝率.000)

平成12(2000)年初土俵の最高位:十両

保志光 信一

  • 四股名 :保志光 信一(ほしひかり しんいち)
  • 最高位 :十両筆頭
  • 出身地 :モンゴル ウランバートル市
  • 本 名 :ドゥグチン・パグワー
  • 生年月日:昭和59年(1984)7月25日
  • 所属部屋:八角部屋
  • 初土俵 :平成12年(2000)11月(16歳4ヵ月)
  • 新十両 :平成19年(2007)7月(23歳0ヵ月)
  • 最終場所:平成23年(2011)5月(26歳10ヵ月)
  • 生涯戦歴:278勝237敗16休/514出場(62場所)
  • 生涯勝率:54.0%
  • 優勝等 :幕下優勝1回
  • 十両戦歴:92勝103敗(13場所)勝率:47.2%

若乃島 史也

鹿児島県大島郡龍郷町出身、放駒~芝田山部屋の元力士で最高位は十両7枚目。奄美大島の島相撲育ち。中学3年時に全国中学校相撲選手権大会で団体優勝。当初は高校へ進学するつもりだったが17代放駒(元大関・魁傑)の熱心なスカウトにより角界入りを決意。

下積み時代が長く、ようやく幕下上位に定着した頃には親方の停年退職が迫り部屋は閉鎖、これにより芝田山部屋に移籍となった。平成26年5月場所中に先代放駒が急逝、その場所後に若乃島は新十両への昇進を決めた。15歳で入門した若乃島は29歳になっていた。

  • 四股名 :若乃島 史也(わかのしま ふみや)
  • 最高位 :十両7枚目
  • 出身地 :鹿児島県大島郡龍郷町
  • 本 名 :再田 史也
  • 生年月日:昭和59年(1984)9月28日
  • 所属部屋:放駒⇒芝田山部屋
  • 改名歴 :再田⇒若乃島
  • 初土俵 :平成12年(2000)3月(15歳6ヵ月)
  • 新十両 :平成26年(2014)7月(29歳10ヵ月)
  • 最終場所:平成29年(2017)9月(33歳0ヵ月)
  • 生涯戦歴:398勝366敗20休/763出場(105場所)
  • 生涯勝率:52.1%
  • 優勝等 :なし
  • 十両戦歴:42勝61敗2休(7場所)勝率:40.8%

鬼嵐 力

  • 四股名 :鬼嵐 力(おにあらし ちから)
  • 最高位 :十両7枚目
  • 出身地 :モンゴル ウランバートル市
  • 本 名 :ウルジーバヤル・ウルジージャルガル
  • 生年月日:昭和57年(1982)6月13日
  • 所属部屋:朝日山部屋
  • 改名歴 :大恩児⇒大毅⇒鬼嵐
  • 初土俵 :平成12年(2000)7月(18歳1ヵ月)
  • 新十両 :平成24年(2012)7月(30歳1ヵ月)
  • 最終場所:平成26年(2014)7月(32歳1ヵ月)
  • 生涯戦歴:310勝301敗10休/609出場(84場所)
  • 生涯勝率:50.7%
  • 優勝等 :幕下優勝1回
  • 十両戦歴:27勝48敗(5場所)勝率:36.0%

飛天龍 貴信

飛天龍 貴信(ひてんりゅう たかのぶ)は福岡県 福岡市南区出身、立浪部屋の元力士で最高位は十両13枚目。

平成23年(2011)5月の技量審査場所では東幕下10枚目で4勝3敗という成績だったが、大相撲八百長問題による引退力士が大量に発生したこともあり翌場所での新十両昇進となった。四股名は立浪部屋の行司だった35代木村庄之助が、新十両昇進のお祝いにと名付けてくれたもの。

平成31年(2019)3月場所13日目の取組後に引退を表明、5月には断髪式を行うと発表されていたが何故か5月場所の番付には飛天龍の四股名があった。その5月場所は「休場」したが、翌7月場所ではなんと本場所の土俵に立ち事実上の引退撤回となったことがある。令和2年(2020)11月場所13日目に引退を発表。

  • 四股名 :飛天龍 貴信(ひてんりゅう たかのぶ)
  • 最高位 :十両13枚目
  • 出身地 :福岡県福岡市南区
  • 本 名 :持丸 貴信
  • 生年月日:昭和59年(1984)6月16日(36歳)
  • 所属部屋:立浪部屋
  • 改名歴 :持丸⇒桃持丸⇒挑持丸⇒豊丸⇒持丸⇒飛天龍
  • 初土俵 :平成12年(2000)3月(15歳9ヵ月)
  • 最終場所:令和2年(2020)11月(36歳5ヵ月)
  • 生涯戦歴:427勝386敗57休/810出場(123場所)
  • 生涯勝率:52.5%
  • 優勝等 :なし
  • 十両戦歴:11勝19敗(2場所)勝率:36.7%

平成12(2000)年初土俵の最高位:幕下

朝天舞 又三

朝天舞 又三(あさてんまい またぞう)は宮城県 石巻市出身、高砂部屋の力士で最高位は幕下8枚目。令和8年3月場所の番付は東 序二段43枚目。

長らく朝青龍の付け人を務めていた。体は小さいが闘志あふれる土俵態度と反り技で会場を沸かす

💡 宮城県出身一覧💡 高砂部屋の力士

四股名
朝天舞 又三(あさてんまい またぞう)
最高位
幕下8枚目
最新番付
東 序二段43枚目
出身地
宮城県 石巻市
本名
花田 晴多
生年月日
昭和56年(1981)5月23日(44歳)
身長・体重
171cm・111.1kg
所属部屋
若松 → 高砂部屋
改名歴
朝花田⇒朝道龍⇒朝縄 → 朝天舞
初土俵
平成12年(2000)3月(18歳10ヵ月)
優勝
無し
通算成績
528勝527敗23休/1055出場(勝率:50%)
直近7場所
18勝26敗5休
7場所勝率
40.9%
得意技
押し
決まり手傾向(直近7場所)
朝天舞が勝ちの決まり手(18勝)
押し出し8
叩き込み3
押し倒し3
寄り切り2
突き落とし1
下手投げ1
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朝天舞が負けの決まり手(26敗)
押し出し8
叩き込み7
押し倒し3
小手投げ3
引き落とし2
突き落とし1
その他2
令8年3月
東 序二段43枚目(33枚半上昇)
4勝3敗
○-●--|●○-○-|-○--●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年1月
西 序二段76枚目(60枚半降下)
4勝3敗
-○-○○|-●-●-|-●-○-
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年11
東 序二段16枚目(24枚上昇)
0勝2敗5休
-●●-や|ややややや|ややややや
取組詳細(対戦相手・決まり手)

▼ さらに過去の成績(4場所分)を見る
令7年9月
東 序二段40枚目(41枚降下)
4勝3敗
○-○--|○○-●-|-●-●-
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年7月
東 三段目79枚目(20枚上昇)
1勝6敗
-●-●○|-●--●|-●-●-
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年5月
東 序二段19枚目(41枚半降下)
4勝3敗
○--●○|--●○-|○---●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年3月
西 三段目57枚目
1勝6敗
●-○-●|-●-●-|●---●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

鋼 一幸

鋼 一幸(はがね かずゆき)は愛知県 刈谷市出身、音羽山部屋の力士で最高位は幕下16枚目。令和8年3月場所の番付は東 序二段28枚目。

JR秋葉原駅のエスカレーターで盗撮男を目撃し、見事取り押さえたことも。井筒部屋ではちゃんこ長を務めていた。師匠(元関脇・逆鉾)の急逝により陸奥部屋へと転属。

💡 愛知県出身一覧💡 音羽山部屋の力士

四股名
鋼 一幸(はがね かずゆき)
最高位
幕下16枚目
最新番付
東 序二段28枚目
出身地
愛知県 刈谷市
本名
前田 一幸
生年月日
昭和56年(1981)8月29日(44歳)
身長・体重
178cm・145.2kg
所属部屋
井筒 → 陸奥 → 音羽山部屋
改名歴
前田⇒鶴嶺山 → 鋼
初土俵
平成12年(2000)3月(18歳7ヵ月)
優勝
三段目優勝1回
通算成績
531勝543敗4休/1072出場(勝率:49.5%)
直近7場所
20勝29敗
7場所勝率
40.8%
得意技
押し
決まり手傾向(直近7場所)
鋼が勝ちの決まり手(20勝)
押し出し5
突き落とし5
寄り切り4
引き落とし2
叩き込み2
小手投げ1
その他1
鋼が負けの決まり手(29敗)
寄り切り9
押し出し5
送り出し4
上手出し投げ3
突き落とし2
小手投げ1
その他5
令8年3月
東 序二段28枚目(36枚半降下)
5勝2敗
○-○--|○●--●|○-○--
取組詳細(対戦相手・決まり手)

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令8年1月
東 三段目72枚目(25枚半降下)
2勝5敗
-●-○-|●○-●-|●--●-
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年11
西 三段目46枚目(16枚半上昇)
2勝5敗
●-●--|●○--○|-●●--
取組詳細(対戦相手・決まり手)

▼ さらに過去の成績(4場所分)を見る
令7年9月
東 三段目63枚目(19枚上昇)
4勝3敗
-●○--|○●--○|○---●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年7月
東 序二段2枚目(41枚降下)
4勝3敗
-●●--|○-●-○|○-○--
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年5月
東 三段目41枚目(27枚降下)
1勝6敗
-●-●○|-●--●|●-●--
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年3月
東 三段目14枚目
2勝5敗
-●○-●|-●-●-|●-○--
取組詳細(対戦相手・決まり手)

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カテゴリー : 初土俵別

公開日:2018-10-08
投稿者:レイ

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