武双山 正士
武双山 正士 (むそうやま まさし)は茨城県水戸市出身、武蔵川部屋の元力士で、最高位は大関。
平成5年(1993)1月場所に20歳11ヶ月で初土俵を踏み、平成16年(2004)11月場所を最後に引退(32歳9ヶ月)。
通算成績は554勝377敗122休921出場。生涯勝率.602。通算72場所中、53場所を勝ち越した(勝ち越し率.736)。
主な成績は幕内優勝1回(次点4)、幕下優勝2回、殊勲賞5回、敢闘賞4回、技能賞4回、金星2個(曙1個、貴乃花1個)。
昭和47年(1972)2月14日生まれ。本名は尾曽 武人。
アマチュア横綱を獲得して角界入りした「平成の怪物」、魁皇は最大のライバルであり良き親友。
- 四股名
- 武双山 正士 (むそうやま まさし)
- 最高位
- 大関
- 年寄名跡
- 18代藤島 武人(武蔵川) → 18代藤島 武人
- 出身地
- 茨城県水戸市
- 本名
- 尾曽 武人
- 生年月日
- 昭和47年(1972)2月14日(54歳)
- 出身高校
- 水戸農業高校
- 出身大学
- 専修大学
- 所属部屋
- 武蔵川部屋
- 改名歴
- 尾曽 武人 → 武双山 正士
- 初土俵
- 平成5年(1993)1月 幕下60枚目付出(20歳11ヶ月)
- 新十両
- 平成5年(1993)5月(所要2場所)
- 21歳3ヶ月(初土俵から0年4ヶ月)
- 新入幕
- 平成5年(1993)9月(所要4場所)
- 21歳7ヶ月(初土俵から0年8ヶ月)
- 新小結
- 平成7年(1995)1月(所要12場所)
- 22歳11ヶ月(初土俵から2年0ヶ月)
- 新関脇
- 平成6年(1994)3月(所要7場所)
- 22歳1ヶ月(初土俵から1年2ヶ月)
- 新大関
- 平成12年(2000)5月(所要44場所)
- 28歳3ヶ月(初土俵から7年4ヶ月)
- 最終場所
- 平成16年(2004)11月場所(32歳9ヶ月)
- 大相撲歴
- 72場所(11年10ヶ月)
- 通算成績
- 554勝377敗122休921出場(勝率.602)
- 通算72場所
- 勝ち越し53場所(勝ち越し率.736)(勝ち越し星222)
- 優勝等
- 幕内優勝1回(次点4),幕下優勝2回
- 受賞・金星
- 殊勲賞5回,敢闘賞4回,技能賞4回,金星2個(曙1個、貴乃花1個)
- 持給金
- 209円(勝ち越し星222個 優勝1回 金星2個)
- 大関戦歴
- 186勝148敗60休327出場(勝率.569)
- 在位27場所(在位率.375)
- 勝ち越し19場所(勝ち越し率.704)
- 幕内戦歴
- 520勝367敗122休877出場(勝率.593)
- 在位68場所(在位率.944)
- 勝ち越し49場所(勝ち越し率.721)
- 三役戦歴
- 255勝178敗32休430出場(勝率.593)
- 在位31場所(在位率.431)
- 勝ち越し22場所(勝ち越し率.710)
- 関脇戦歴
- 177勝111敗12休287出場(勝率.617)
- 在位20場所(在位率.278)
- 勝ち越し14場所(勝ち越し率.700)
- 小結戦歴
- 78勝67敗20休143出場(勝率.545)
- 在位11場所(在位率.153)
- 勝ち越し8場所(勝ち越し率.727)
- 前頭戦歴
- 79勝41敗30休120出場(勝率.658)
- 在位10場所(在位率.139)
- 勝ち越し8場所(勝ち越し率.800)
- 十両戦歴
- 20勝10敗0休30出場(勝率.667)
- 在位2場所(在位率.028)
- 勝ち越し2場所(勝ち越し率1.000)
- 関取戦歴
- 540勝377敗122休907出場(勝率.595)
- 在位70場所(在位率.972)
- 勝ち越し51場所(勝ち越し率.729)
- 幕下以下歴
- 14勝0敗0休14出場(勝率1.000)
- 在位2場所(在位率.028)
- 勝ち越し2場所(勝ち越し率1.000)
武双山 正士の更に詳細なデータは力士名鑑で!
名鑑ページでは、以下のような詳細な分析データをはじめ、豊富な表やグラフをご覧いただけます。
- ✅ 勝った決まり手1位:押し出し(225回 / 40.6%)
- ✅ 負けた決まり手1位:寄り切り(112回 / 29.7%)
- ✅ 得意な相手:琴錦(22勝7敗 / 勝率.759)
- ✅ 苦手な相手:貴乃花(10勝26敗 / 勝率.278)
北勝力 英樹
北勝力 英樹 (ほくとうりき ひでき)は栃木県大田原市出身、九重 → 八角部屋の元力士で、最高位は関脇。
平成5年(1993)3月場所に15歳4ヶ月で初土俵を踏み、平成23年(2011)5月場所を最後に引退(33歳6ヶ月)。
通算成績は573勝566敗53休1137出場。生涯勝率.504。通算109場所中、60場所を勝ち越した(勝ち越し率.556)。
主な成績は幕内(同点1 次点2)、三段目優勝1回、殊勲賞1回、敢闘賞3回、金星1個(朝青龍1個)。
昭和52年(1977)10月31日生まれ。本名は木村 英樹。
強烈な諸手突きとのど輪を武器に幕内上位で活躍し、横綱・朝青龍と優勝決定戦を演じた北勝力は、気迫あふれる取り口でファンを魅了した名力士である。現役時代はポーカーフェイスを貫いたが、引退後は「筋肉親方」として親しまれ、古巣で後進の指導にあたっている。
入門と八角部屋への移籍
東京都大田区に生まれ、両親の故郷である栃木県大田原市(旧・那須郡黒羽町)で育つ。中学生のころに父親の勧めで柔道を経験し、卒業後の平成5年(1993年)3月場所に、13代九重(第58代横綱・千代の富士)が率いる九重部屋から初土俵を踏んだ。
当時、九重部屋の部屋付き親方であった8代八角(第61代横綱・北勝海)の内弟子として「北勝力」の四股名をもらい、同年10月に八角が独立して八角部屋を創設すると、それに伴い移籍した。
長い下積みを経ての関取昇進
出世の足取りは決して早いものではなく、じっくりと地力を蓄える時期が長く続いた。突き押し相撲に磨きをかけ、初土俵から約9年の歳月を経た平成14年(2002年)1月場所において、24歳2ヶ月で新十両へ昇進する。
約9年という長い下積みを経験したが、関取昇進後は一気に才能が開花する。十両の地位をわずか2場所で通過し、同年5月場所では新入幕を果たした。この新入幕の場所で持ち前の馬力を発揮し、11勝4敗の好成績を挙げる。優勝力士に次ぐ成績を残したことが評価され、自身初となる三賞(敢闘賞)を獲得し、一躍幕内のホープとして注目を集めた。
豪快な相撲と朝青龍との死闘
幕内上位に定着すると、強烈な諸手突きと右のど輪から一気に押して出る怪力型の取り口で存在感を示した。ツボにはまれば電車道で勝負を決める豪快さを見せる一方で、四つ相撲への脆さや、突っ掛けによる立合いの不成立でブーイングを受けるなど、不器用で粗削りな面も持ち合わせていた。
強みと弱みがはっきりとしたその気迫あふれる相撲で、土俵人生の大きなハイライトとなったのが、西前頭筆頭で迎えた平成16年(2004年)5月場所である。初日から白星を重ねて13勝2敗の好成績を挙げ、全盛期の横綱・朝青龍と優勝決定戦を争った。惜しくも敗れて優勝同点となったものの、その堂々たる戦いぶりが高く評価され、殊勲賞と敢闘賞をダブル受賞している。この活躍により、続く同年7月場所では自己最高位となる西関脇へと昇進を果たした。
大怪我による引退と「筋肉親方」
その後も長きにわたり気迫あふれる相撲を見せ続けたが、晩年は怪我に苦しめられた。平成22年(2010年)9月場所での取組中に脳震盪で倒れるアクシデントに見舞われ、途中休場を余儀なくされる。翌場所以降も連続休場となったことで、平成23年(2011年)5月場所(技量審査場所)には幕下へ陥落してしまう。
10年前から痛めていた首の状態が限界に達し、医師から相撲をやめるよう進言されたこともあり、同年5月14日に現役引退を発表。引退後は年寄「谷川」を襲名した。現役時代は土俵上で感情を出さないポーカーフェイスとして知られていたが、引退後にNHKの大相撲中継で解説を務めると、筋肉への並々ならぬこだわりと巧みな話術を披露。「筋肉親方」の愛称でファンから広く親しまれる存在となった。長く八角部屋で指導にあたっていたが、平成30年(2018年)6月には自身が初土俵を踏んだ古巣の九重部屋へと転籍し、現在も裏方として若い力士たちの育成に情熱を注いでいる。
- 四股名
- 北勝力 英樹 (ほくとうりき ひでき)
- 最高位
- 関脇
- 年寄名跡
- 13代谷川 英樹(八角) → 13代谷川 英樹(九重)
- 出身地
- 東京都大田区 → 栃木県那須郡黒羽町 → 栃木県大田原市
- 本名
- 木村 英樹
- 生年月日
- 昭和52年(1977)10月31日(48歳)
- 所属部屋
- 九重 → 八角部屋
- 改名歴
- 北勝力 英樹
- 初土俵
- 平成5年(1993)3月 前相撲(15歳4ヶ月)
- 新十両
- 平成14年(2002)1月(所要53場所)
- 24歳2ヶ月(初土俵から8年10ヶ月)
- 新入幕
- 平成14年(2002)5月(所要55場所)
- 24歳6ヶ月(初土俵から9年2ヶ月)
- 新関脇
- 平成16年(2004)7月(所要68場所)
- 26歳8ヶ月(初土俵から11年4ヶ月)
- 最終場所
- 平成23年(2011)5月場所(33歳6ヶ月)
- 大相撲歴
- 109場所(18年2ヶ月)
- 通算成績
- 573勝566敗53休1137出場(勝率.504)
- 通算109場所
- 勝ち越し60場所(勝ち越し率.556)(勝ち越し星198)
- 優勝等
- 幕内(同点1 次点2),三段目優勝1回
- 受賞・金星
- 殊勲賞1回,敢闘賞3回,金星1個(朝青龍1個)
- 持給金
- 112円(勝ち越し星198個 金星1個)
- 幕内戦歴
- 329勝383敗23休710出場(勝率.463)
- 在位49場所(在位率.450)
- 勝ち越し24場所(勝ち越し率.490)
- 三役戦歴
- 3勝12敗0休15出場(勝率.200)
- 在位1場所(在位率.009)
- 勝ち越し0場所(勝ち越し率.000)
- 関脇戦歴
- 3勝12敗0休15出場(勝率.200)
- 在位1場所(在位率.009)
- 勝ち越し0場所(勝ち越し率.000)
- 前頭戦歴
- 326勝371敗23休695出場(勝率.469)
- 在位48場所(在位率.440)
- 勝ち越し24場所(勝ち越し率.500)
- 十両戦歴
- 47勝28敗15休75出場(勝率.627)
- 在位6場所(在位率.055)
- 勝ち越し4場所(勝ち越し率.667)
- 関取戦歴
- 376勝411敗38休785出場(勝率.479)
- 在位55場所(在位率.505)
- 勝ち越し28場所(勝ち越し率.509)
- 幕下以下歴
- 197勝155敗15休352出場(勝率.560)
- 在位53場所(在位率.486)
- 勝ち越し32場所(勝ち越し率.604)
北勝力 英樹の更に詳細なデータは力士名鑑で!
名鑑ページでは、以下のような詳細な分析データをはじめ、豊富な表やグラフをご覧いただけます。
- ✅ 勝った決まり手1位:押し出し(199回 / 34.7%)
- ✅ 負けた決まり手1位:寄り切り(167回 / 29.5%)
- ✅ 得意な相手:普天王(13勝3敗 / 勝率.812)
- ✅ 苦手な相手:琴欧洲(0勝13敗 / 勝率.000)
栃栄 篤史
栃栄 篤史(とちさかえ あつし)は佐賀県佐賀郡富士町出身、春日野部屋の元力士で、最高位は前頭筆頭。
昭和49年(1974)6月27日生まれ、本名は岡本 篤。
平成5年(1993)1月場所に18歳6ヶ月で初土俵を踏み、平成20年(2008)1月場所を最後に引退(33歳7ヶ月)。通算91場所中、50場所を勝ち越した(勝ち越し率.549)。
通算成績は480勝423敗86休895出場。生涯勝率.532。
主な成績は十両優勝2回,幕下優勝1回,三段目優勝2回,序二段優勝1回。
埼玉栄高校では高校横綱に。引退相撲は栃乃花と合同で行った。
- 年寄
- 12代・三保ヶ関 篤志(春日野部屋)
- 四股名
- 栃栄 篤史(とちさかえ あつし)
- 最高位
- 前頭筆頭
- 年寄名跡
- 21代竹縄 篤 → 11代清見潟 篤 → 12代三保ヶ関 篤志
- 出身地
- 佐賀県佐賀郡富士町
- 本名
- 岡本 篤
- 生年月日
- 昭和49年(1974)6月27日(51歳)
- 出身高校
- 埼玉栄高校
- 所属部屋
- 春日野部屋
- 改名歴
- 岡本 → 栃ノ巖 篤 → 岡本 篤 → 栃ノ巖 篤 → 栃栄 篤史
- 初土俵
- 平成5年(1993)1月 前相撲(18歳6ヶ月)
- 新十両
- 平成10年(1998)3月(所要31場所)
- 23歳8ヶ月(初土俵から5年2ヶ月)
- 新入幕
- 平成12年(2000)9月(所要46場所)
- 26歳2ヶ月(初土俵から7年8ヶ月)
- 最終場所
- 平成20年(2008)1月(33歳7ヶ月)
- 大相撲歴
- 91場所(15年0ヶ月)
- 通算成績
- 480勝423敗86休895出場(勝率.532)
- 通算91場所
- 勝ち越し50場所(勝ち越し率.549)
- 優勝等
- 十両優勝2回,幕下優勝1回,三段目優勝2回,序二段優勝1回
- 前頭戦歴
- 149勝188敗53休332出場(勝率.442)
- 在位26場所(在位率.286)
- 勝ち越し8場所(勝ち越し率.308)
- 十両戦歴
- 147勝116敗22休260出場(勝率.559)
- 在位19場所(在位率.209)
- 勝ち越し12場所(勝ち越し率.632)
- 関取戦歴
- 296勝304敗75休592出場(勝率.493)
- 在位45場所(在位率.495)
- 勝ち越し20場所(勝ち越し率.444)
- 幕下以下歴
- 184勝119敗11休303出場(勝率.607)
- 在位46場所(在位率.505)
- 勝ち越し30場所(勝ち越し率.652)