令和7年(2025年)に引退した力士一覧

令和7年(2025年)に引退した力士を、最終場所ごとにまとめました。 それぞれ現役時の成績と、簡単なプロフィール付きでご紹介します。

以前の年をご覧になりたい方はこちらをどうぞ。

相撲部屋や出身地ごとの成績から、場所中はリアルタイムでランキングを作成しております。今場所好調な相撲部屋や力士の出身地はどこ?

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令和7(2025)年引退力士を検索

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令和7(2025)年1月場所引退

第73代横綱 照ノ富士 春雄

照ノ富士 春雄 (てるのふじ はるお)モンゴル ウランバートル市出身、間垣 → 伊勢ヶ濱部屋の元力士で、最高位は横綱

平成23年(2011)5月場所に19歳5ヶ月で初土俵を踏み、令和7年(2025)1月場所を最後に引退(33歳1ヶ月)。

通算成績は523勝275敗231休785出場。生涯勝率.666。通算82場所中、51場所を勝ち越した(勝ち越し率.630)。

主な成績は幕内優勝10回(同点3 次点5)、十両優勝2回、幕下優勝1回、三段目(同点1)、序二段(同点1)殊勲賞3回、敢闘賞3回、技能賞3回

平成3年(1991)11月29日生まれ。本名は杉野森 正山(旧名ガントルガ・ガンエルデネ)。

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鳥取城北高校に相撲留学で来日し石浦外喜義監督に相撲を教わる。2代若乃花の間垣部屋に入門し若三勝の四股名で初土俵を踏んだ。

間垣部屋の閉鎖に伴い伊勢ヶ濱部屋へと移籍すると一気に開花。移籍当初の幕下10枚目から小結を飛び越しての新関脇まではわずか12場所だった。ちなみに新十両昇進時に照ノ富士へと改名。

関脇2場所目で初優勝、場所後に大関昇進とこの頃には綱取りも間近と思われたが平成27年(2015)9月場所の稀勢の里戦で右膝前十字靭帯損傷と外側半月板損傷の大怪我を負ってから歯車が狂い始めた。

約1年半の低迷期を経た平成29年(2017)3月場所では大復活、優勝目前だったがまさかの本割と優勝決定戦で稀勢の里に2連敗して逃した。翌場所も優勝次点と好成績を収めはしたが膝はすでに限界を超えており、平成29年9月場所で負け越して大関陥落。さらに糖尿病の影響もあり満足な相撲も取れないまま遂には幕下へと陥落、さらに休場が続いて番付は序二段にまで下がった。

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平成31年(2019)3月場所、5場所ぶりに西序二段48枚目で復帰して7戦全勝。惜しくも優勝決定戦は狼雅に敗れたが順調な再スタートとなった。その後も着実に番付を上げていき、西幕下10枚目で迎えた令和元年(2019)11月場所を全勝優勝で飾り令和2年初場所での関取復帰を決めた。さらにその十両復帰場所でも13日連続勝利で十両優勝、復活を大いにアピールすることとなった。

東十両3枚目だった令和2年(2020)3月場所でも10勝5敗の好成績をあげた照ノ富士は、翌5月場所で念願だった再入幕を果たす。大関、幕内、そして幕内最高優勝経験者による序二段陥落からの幕内復帰は、どれもが史上初となる快挙。

その幕内復帰の令和2年(2020)7月場所。千秋楽で関脇・御嶽海を破り、平成27年(2015)5月場所以来2度目となる幕内最高優勝の栄誉に輝いた。

四股名
照ノ富士 春雄 (てるのふじ はるお)
最高位
横綱
年寄名跡
10代伊勢ヶ濱 春雄
出身地
モンゴル ウランバートル市
本名
杉野森 正山(旧名ガントルガ・ガンエルデネ)
生年月日
平成3年(1991)11月29日(34歳)
出身高校
鳥取城北高校
所属部屋
間垣 → 伊勢ヶ濱部屋
改名歴
若三勝 章明 → 若三勝 由章 → 照ノ富士 由章 → 照ノ富士 春雄
初土俵
平成23年(2011)5月 前相撲(19歳5ヶ月)
新十両
平成25年(2013)9月(所要14場所)
21歳9ヶ月(初土俵から2年4ヶ月)
新入幕
平成26年(2014)3月(所要17場所)
22歳3ヶ月(初土俵から2年10ヶ月)
新小結
令和2年(2020)11月(所要56場所)
28歳11ヶ月(初土俵から9年6ヶ月)
新関脇
平成27年(2015)3月(所要23場所)
23歳3ヶ月(初土俵から3年10ヶ月)
新大関
平成27年(2015)7月(所要25場所)
23歳7ヶ月(初土俵から4年2ヶ月)
新横綱
令和3年(2021)9月(所要61場所)
29歳9ヶ月(初土俵から10年4ヶ月)
最終場所
令和7年(2025)1月場所(33歳1ヶ月)
大相撲歴
82場所(13年8ヶ月)
通算成績
523勝275敗231休785出場(勝率.666)
通算82場所
勝ち越し51場所(勝ち越し率.630)(勝ち越し星321)
優勝等
幕内優勝10回(同点3 次点5),十両優勝2回,幕下優勝1回,三段目(同点1),序二段(同点1)
受賞・金星
殊勲賞3回,敢闘賞3回,技能賞3回
持給金
483円50銭(勝ち越し星321個 優勝10回)
横綱戦歴
114勝40敗151休148出場(勝率.770)
在位21場所(在位率.256)
勝ち越し8場所(勝ち越し率.381)
大関戦歴
122勝91敗27休210出場(勝率.581)
在位16場所(在位率.195)
勝ち越し10場所(勝ち越し率.625)
幕内戦歴
366勝207敗197休561出場(勝率.652)
在位52場所(在位率.634)
勝ち越し30場所(勝ち越し率.577)
三役戦歴
61勝19敗10休79出場(勝率.772)
在位6場所(在位率.073)
勝ち越し5場所(勝ち越し率.833)
関脇戦歴
48勝17敗10休64出場(勝率.750)
在位5場所(在位率.061)
勝ち越し4場所(勝ち越し率.800)
小結戦歴
13勝2敗0休15出場(勝率.867)
在位1場所(在位率.012)
勝ち越し1場所(勝ち越し率1.000)
前頭戦歴
69勝57敗9休124出場(勝率.556)
在位9場所(在位率.110)
勝ち越し7場所(勝ち越し率.778)
十両戦歴
61勝38敗6休98出場(勝率.622)
在位7場所(在位率.085)
勝ち越し5場所(勝ち越し率.714)
関取戦歴
427勝245敗203休659出場(勝率.648)
在位59場所(在位率.720)
勝ち越し35場所(勝ち越し率.593)
幕下以下歴
96勝30敗28休126出場(勝率.762)
在位22場所(在位率.268)
勝ち越し16場所(勝ち越し率.727)

照ノ富士 春雄の更に詳細なデータは力士名鑑で!

名鑑ページでは、以下のような詳細な分析データをはじめ、豊富な表やグラフをご覧いただけます。

  • ✅ 勝った決まり手1位:寄り切り(224回 / 42.3%)
  • ✅ 負けた決まり手1位:寄り切り(134回 / 47.9%)
  • ✅ 得意な相手:霧島(13勝0敗 / 勝率1.000)
  • ✅ 苦手な相手:稀勢の里(3勝12敗 / 勝率.200)

阿武咲 奎也

阿武咲 奎也(おうのしょう ふみや)は青森県 北津軽郡中泊町出身、阿武松部屋の力士で最高位は小結。令和7年1月場所の番付は東 幕下3枚目。

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同郷の宝富士は中里道場の10学年先輩にあたる。全国都道府県中学生相撲選手権大会の無差別級では大会史上初の2連覇を果たした。三本木農業高校でも1年生から国体相撲少年の部で優勝など大活躍をみせ、先代の阿武松親方(元関脇・益荒雄)の誠意あるスカウトにより高校を退学しての入門を決意。四股名は「土俵上で花が咲くように」と地元の恩師が付けてくれたもの

四股名
阿武咲 奎也(おうのしょう ふみや)
最高位
小結
最新番付
東 幕下3枚目
出身地
青森県 北津軽郡中泊町
本名
打越 奎也
生年月日
平成8年(1996)7月4日(29歳)
出身高校
三本木農業高校・中退
所属部屋
阿武松部屋
初土俵
平成25年(2013)1月(16歳6ヵ月)
新十両
平成27年(2015)1月(18歳6ヵ月)
新入幕
平成29年(2017)5月(20歳10ヵ月)
新小結
平成29年(2017)11月(21歳4ヵ月)
優勝
十両優勝1回
受賞・金星
殊勲賞1回,敢闘賞3回,金星2個
通算成績
473勝422敗59休/888出場(勝率:53.3%)
直近7場所
(幕内:26勝23敗11休)(十両:3勝15敗12休)
7場所勝率
45.3%
令7年1月
東 幕下3枚目(7枚降下)
0勝0敗
     |     |     
令6年11月
東 十両10枚目(8枚半降下)
2勝11敗2休
●○●●●|○●●●●|●●■やや
令6年9月
西 十両筆頭(13枚降下)
1勝4敗10休
○●●●■|ややややや|ややややや
令6年7月
東 前頭5枚目(変動なし)
0勝4敗11休
●●●■や|ややややや|ややややや
令6年5月
東 前頭5枚目(3枚上昇)
7勝8敗
●○●●○|○○●●●|●○●○○
令6年3月
東 前頭8枚目(6枚半上昇)
9勝6敗
○○○●●|○○●●○|●○●○○
令6年1月
西 前頭14枚目
10勝5敗
●○○○○|○□○□●|●●●○○

旭大星 託也

旭大星 託也 (きょくたいせい たくや)北海道旭川市出身、大島 → 友綱~大島部屋の元力士で、最高位は前頭8枚目

平成20年(2008)1月場所に18歳2ヶ月で初土俵を踏み、令和6年(2024)11月場所を最後に引退(35歳0ヶ月)※番付上は令和7年(2025)1月場所

通算成績は483勝434敗80休912出場。生涯勝率.530。通算100場所中、54場所を勝ち越した(勝ち越し率.545)。

主な成績は十両(同点1)敢闘賞1回

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平成元年(1989)10月18日生まれ。本名は大串 拓也。

平成4年(1992年)1月場所の立洸以来、26年ぶりとなる北海道出身力士の新入幕を果たした元前頭8枚目・旭大星。細身の体を活かした突き押しや引き技を武器に活躍し、晩年は度重なる負傷により序ノ口まで番付を下げながらも、不屈の闘志で土俵への復帰を果たした。

母への思いを胸に入門

幼少期は父親から空手の手ほどきを受け、小学校2年次より地元のスポーツ少年団で柔道を始める。中学校に進学すると柔道部がなかったため野球部に所属しながら、地元の道場で柔道の稽古を続けた。中学2年生の頃、合宿で地元を訪れていた大島部屋からスカウトを受けた際は一度入門を断ったものの、のちに2代大島(元大関・旭國)からの誘いを受け角界入りを決意する。地元の知人らに盛大に見送られて上京し、高校卒業を間近に控えた平成20年(2008年)1月場所で初土俵を踏んだ。

翌3月場所からは「旭大星」の四股名を名乗る。これには「旭川の大きな星になれ」という周囲の期待に加え、中学2年生の時に他界した母親に対し「星になって空から見守ってほしい」という本人の強い思いが込められていた。

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入門直後は極端な小食で体重がなかなか増えず、ホームシックから脱走を図るなど環境に適応するまで苦労を重ねた。その不器用ながらも相撲に向き合う新弟子時代の姿は、フランス人女性監督のジル・クロンによって密着撮影され、後にドキュメンタリー映画『辛抱』として公開されている。

初代大島の相撲研究と新十両

徐々に番付を上げ、平成22年(2010年)9月場所で初めて幕下に昇進する。その後は三段目と幕下の往復が続いたが、平成24年(2012年)4月に師匠の停年に伴う大島部屋の閉鎖により、友綱部屋へと移籍した。

新しい環境で稽古相手が増えたことに加え、自身と同じく小兵であった2代大島の現役時代の相撲をDVDで熱心に研究し、取り口の幅を広げていく。長年の課題であった体重も大幅に増加すると実力が開花し、平成26年(2014年)5月場所を5勝2敗で勝ち越して新十両昇進を決めた。北海道出身力士の関取誕生は、平成13年(2001年)の若天狼以来およそ13年ぶりとなる出来事であった。

新十両として迎えた7月場所は千秋楽に敗れて7勝8敗と負け越し、翌9月場所も5勝10敗と苦杯を喫して2場所で幕下へ陥落する。その後も幕下上位の厚い壁に阻まれたが、4場所連続の勝ち越しを経て平成27年(2015年)9月場所で6場所ぶりの十両復帰を果たした。

26年ぶりの北海道出身の幕内力士

十両に定着して着実に力をつけると、平成30年(2018年)5月場所において西前頭15枚目へと番付を上げ、念願の新入幕を果たした。北海道出身力士の新入幕は平成4年(1992年)の立洸以来26年ぶりであり、幕内の番付に北海道出身力士が載ったのは、平成10年(1998年)の北勝鬨以来20年ぶりのことであった。

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大きな重圧がかかる新入幕場所であったが、右前ミツからの攻めや、突き押しから相手の引きに乗じて押し切る相撲を確立した。結果として10勝5敗の好成績を挙げ、見事に敢闘賞を受賞した。翌7月場所には自己最高位となる西前頭8枚目まで昇進を果たしたが、初日からの5連敗が響き6勝9敗と上位の壁に跳ね返された。翌場所も2勝3敗10休で十両へと陥落。

序ノ口陥落からの復帰と引退

その後は深刻な負傷に苦しむようになる。令和2年(2020年)9月場所で再入幕を果たしたものの、途中休場となり十両へ降下。令和3年(2021年)11月場所では西十両9枚目で2勝13敗の大敗を喫し、32場所連続で守り抜いた関取の地位を手放すこととなった。

令和4年(2022年)1月場所後には友綱部屋の名称変更によりおよそ10年ぶりに大島部屋所属になったが、以降も長期休場が重なり、同年11月場所ではついに序ノ口まで陥落した。幕内経験者の序ノ口陥落は史上4人目の記録であった。

しかし、大きな番付降下にも心は折れず、「関取に戻るか引退するまで、北海道には帰れない」と覚悟を決めて土俵に復帰する。復帰場所を6勝1敗で終えると順調に白星を重ね、令和5年(2023年)7月場所で幕下への復帰を果たした。

その後は怪我の状態は改善したものの思うように白星を伸ばせず、関取復帰の目処が立たなくなったとして、1月場所直前の令和6年(2024年)12月25日に引退届を提出し受理された。細身の体と相撲未経験の状態から幕内まで出世した足跡に対し、師匠の6代大島(元関脇・旭天鵬)からは「ここまで来るとは思わなかった。体もそうですし、相撲経験もない。すぐ辞めるだろうなと。それが体が大きくなって番付も上がっていった。幕内に上がった時はすごいと思いましたよ」と労いの言葉が贈られた。17年にわたる土俵生活であった。

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四股名
旭大星 託也 (きょくたいせい たくや)
最高位
前頭8枚目
出身地
北海道旭川市
本名
大串 拓也
生年月日
平成元年(1989)10月18日
出身高校
旭川大学高校
所属部屋
大島 → 友綱~大島部屋
改名歴
大串 拓也 → 旭大星 託也
初土俵
平成20年(2008)1月 前相撲(18歳2ヶ月)
新十両
平成26年(2014)7月(所要38場所)
24歳8ヶ月(初土俵から6年6ヶ月)
新入幕
平成30年(2018)5月(所要61場所)
28歳6ヶ月(初土俵から10年4ヶ月)
最終場所
令和6年(2024)11月場所(35歳0ヶ月)※番付上は令和7年(2025)1月場所
大相撲歴
100場所(16年10ヶ月)
通算成績
483勝434敗80休912出場(勝率.530)
通算100場所
勝ち越し54場所(勝ち越し率.545)(勝ち越し星134)
優勝等
十両(同点1)
受賞・金星
敢闘賞1回
持給金
70円(勝ち越し星134個)
幕内戦歴
19勝23敗18休39出場(勝率.487)
在位4場所(在位率.040)
勝ち越し1場所(勝ち越し率.250)
前頭戦歴
19勝23敗18休39出場(勝率.487)
在位4場所(在位率.040)
勝ち越し1場所(勝ち越し率.250)
十両戦歴
238勝247敗25休483出場(勝率.493)
在位34場所(在位率.340)
勝ち越し16場所(勝ち越し率.471)
関取戦歴
257勝270敗43休522出場(勝率.492)
在位38場所(在位率.380)
勝ち越し17場所(勝ち越し率.447)
幕下以下歴
226勝164敗37休390出場(勝率.579)
在位61場所(在位率.610)
勝ち越し37場所(勝ち越し率.607)

旭大星 託也の更に詳細なデータは力士名鑑で!

名鑑ページでは、以下のような詳細な分析データをはじめ、豊富な表やグラフをご覧いただけます。

  • ✅ 勝った決まり手1位:押し出し(142回 / 29.3%)
  • ✅ 負けた決まり手1位:押し出し(155回 / 35.4%)
  • ✅ 得意な相手:水戸龍(11勝1敗 / 勝率.917)
  • ✅ 苦手な相手:青狼(3勝9敗 / 勝率.250)

勝誠 剛

勝誠 剛(しょうせい たけし)は鹿児島県 大島郡宇検村出身、境川部屋の力士で最高位は幕下3枚目。令和7年1月場所は番付外。

平成10年(1998)小6でわんぱく横綱。平成16年(2004)の世界ジュニア相撲選手権大会中量級で優勝

四股名
勝誠 剛(しょうせい たけし)
最高位
幕下3枚目
最新番付
番付外
出身地
鹿児島県 大島郡宇検村
本名
福永 剛
生年月日
昭和61年(1986)5月27日(40歳)
出身高校
響高校
所属部屋
境川部屋
改名歴
福永⇒薩摩響⇒勝誠
初土俵
平成17年(2005)3月(18歳10ヵ月)
優勝
無し
通算成績
388勝371敗32休/759出場(勝率:51.1%)
直近7場所
0勝0敗21休
7場所勝率
0.0%
令7年1月
番付外
令6年11月
番付外
令6年9月
番付外
令6年7月
番付外(15枚降下)
令6年5月
西 序ノ口2枚目(9枚半降下)
0勝0敗7休
休場
令6年3月
東 序二段94枚目(63枚半降下)
0勝0敗7休
休場
令6年1月
西 序二段30枚目
0勝0敗7休
休場

海乃島 聖和

海乃島 聖和(かいのしま せな)は鹿児島県 大島郡瀬戸内町出身、藤島部屋の力士で最高位は幕下9枚目。令和7年1月場所の番付は東 三段目8枚目。

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平成28年の全国学生相撲個人体重別選手権大会100㎏未満級で3位。反り技が得意な注目力士

四股名
海乃島 聖和(かいのしま せな)
最高位
幕下9枚目
最新番付
東 三段目8枚目
出身地
鹿児島県 大島郡瀬戸内町
本名
福山 聖和
生年月日
平成7年(1995)3月23日(31歳)
出身高校
鹿児島商業高校
出身大学
専修大学
所属部屋
藤島部屋
改名歴
福山⇒海乃島
初土俵
平成29年(2017)3月(22歳0ヵ月)
優勝
無し
通算成績
167勝150敗5休/317出場(勝率:52.7%)
直近7場所
23勝26敗
7場所勝率
46.9%
令7年1月
東 三段目8枚目(10枚降下)
2勝5敗
-●○--|●-●●-|-●-○-
令6年11月
東 幕下58枚目(9枚半降下)
3勝4敗
○-●--|●-○-●|-○●--
令6年9月
西 幕下48枚目(17枚半降下)
3勝4敗
○-●--|○-●-●|-●--○
令6年7月
東 幕下31枚目(17枚半上昇)
2勝5敗
-●●--|○-●-●|●-○--
令6年5月
西 幕下48枚目(10枚上昇)
5勝2敗
-●○-○|-○-○-|○---●
令6年3月
西 幕下58枚目(11枚半上昇)
4勝3敗
●--○○|--○-●|-○--●
令6年1月
西 三段目9枚目
4勝3敗
●--□●|-●-○-|○--○-

常川 涼介

常川 涼介(つねかわ りょうすけ)は富山県 南砺市出身、荒汐部屋の力士で最高位は三段目24枚目。令和7年1月場所の番付は東 序二段37枚目。

幼少時よりスポーツは好きだったが相撲経験はほぼゼロ。しかしテレビで観た力士の格好良さに憧れて入門を決意。コンビニの新商品は欠かさずチェックしているらしい。

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四股名
常川 涼介(つねかわ りょうすけ)
最高位
三段目24枚目
最新番付
東 序二段37枚目
出身地
富山県 南砺市
本名
常川 涼介
生年月日
平成6年(1994)10月17日(31歳)
所属部屋
荒汐部屋
初土俵
平成25年(2013)3月(18歳5ヵ月)
優勝
無し
通算成績
219勝235敗36休/454出場(勝率:48.2%)
直近7場所
19勝30敗
7場所勝率
38.8%
令7年1月
東 序二段37枚目(35枚半降下)
3勝4敗
-●●--|●○--○|●-○--
令6年11月
東 三段目82枚目(51枚降下)
2勝5敗
-○-●●|--●-●|○---●
令6年9月
東 三段目31枚目(32枚上昇)
0勝7敗
-●●-●|--●●-|●-●--
令6年7月
東 三段目63枚目(24枚半降下)
5勝2敗
○--●○|-○-●-|○--○-
令6年5月
西 三段目38枚目(14枚降下)
2勝5敗
-○○--|●-●-●|-●--●
令6年3月
西 三段目24枚目(13枚上昇・最高位更新)
3勝4敗
-○●--|●●-○-|●--○-
令6年1月
西 三段目37枚目
4勝3敗
○--●○|--●-○|-●○--

本間 航平

本間 航平(ほんま こうへい)は東京都 墨田区出身、鳴戸部屋の力士で最高位は三段目52枚目。令和7年1月場所の番付は東 序二段57枚目。

小学1年の頃から墨田区のわんぱく相撲大会に出場で小5と小6で連覇を果たす。中2からはキックボクシングを始めてU-15の全国大会70キロ級2位に。入門のきっかけは小学校6年生の時に曳舟小を訪れた琴欧洲関からスカウトされたこと。

四股名
本間 航平(ほんま こうへい)
最高位
三段目52枚目
最新番付
東 序二段57枚目
出身地
東京都 墨田区
本名
本間 航平
生年月日
平成13年(2001)5月1日(25歳)
所属部屋
佐渡ヶ嶽⇒鳴戸部屋
改名歴
琴本間⇒本間
初土俵
平成29年(2017)3月(15歳10ヵ月)
優勝
無し
通算成績
131勝143敗20休/272出場(勝率:48.2%)
直近7場所
21勝25敗3休
7場所勝率
47.7%
令7年1月
東 序二段57枚目(51枚降下)
4勝3敗
●--○○|--●○-|●--○-
令6年11月
東 序二段6枚目(20枚半上昇)
1勝3敗3休
●-●--|■やややや|やや○--
令6年9月
西 序二段26枚目(31枚半降下)
4勝3敗
-○-●●|-○--○|-○●--
令6年7月
東 三段目85枚目(20枚上昇)
1勝6敗
●--●●|-●-●-|●-○--
令6年5月
東 序二段15枚目(18枚半降下)
4勝3敗
-○○--|●-●○-|●--○-
令6年3月
東 三段目87枚目(20枚上昇)
3勝4敗
-○●-○|--●-○|■-●--
令6年1月
西 序二段16枚目
4勝3敗
-○●-○|--●-●|-○-○-

森 真宏

森 真宏(もり まさひろ)は福島県 相馬市出身、玉ノ井部屋の力士で最高位は三段目59枚目。令和7年1月場所の番付は東 序二段82枚目。

中学では柔道で全国大会に出場。小さな頃から相撲が好きで玉ノ井部屋へと入門。以前の四股名である「東政馬」は、母校の東北高校と伊達政宗の「政」そして、相馬市の「馬」に因んだものだった。

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四股名
森 真宏(もり まさひろ)
最高位
三段目59枚目
最新番付
東 序二段82枚目
出身地
福島県 相馬市
本名
森 真宏
生年月日
平成4年(1992)7月2日(33歳)
所属部屋
玉ノ井部屋
改名歴
森ノ山⇒東政馬⇒森
初土俵
平成23年(2011)1月(18歳6ヵ月)
優勝
無し
通算成績
260勝296敗18休/554出場(勝率:46.9%)
直近7場所
22勝27敗
7場所勝率
44.9%
令7年1月
東 序二段82枚目(37枚降下)
3勝4敗
-○○-○|-●-●-|-●●--
令6年11月
東 序二段45枚目(33枚上昇)
2勝5敗
○--●●|--●●-|-○●--
令6年9月
東 序二段78枚目(25枚半降下)
4勝3敗
-○●--|○○--○|●---●
令6年7月
西 序二段52枚目(25枚降下)
2勝5敗
-●-●●|--○-○|-●--●
令6年5月
西 序二段27枚目(45枚半上昇)
3勝4敗
-●-○-|○●--●|-●--○
令6年3月
東 序二段73枚目(8枚降下)
5勝2敗
●--○○|-○-○-|-●-○-
令6年1月
東 序二段65枚目
3勝4敗
●-○-○|-●-●-|○--●-

若山中 顕斗

若山中 顕斗(わかやまなか けんと)は福岡県 北九州市小倉南区出身、放駒部屋の力士で最高位は三段目66枚目。令和7年1月場所は番付外。

入門のきっかけは横代中学校の教頭先生に勧められたこと。二度の番付外を経験。

四股名
若山中 顕斗(わかやまなか けんと)
最高位
三段目66枚目
最新番付
番付外
出身地
福岡県 北九州市小倉南区
本名
山中 顕斗
生年月日
平成8年(1996)1月8日(30歳)
所属部屋
松ヶ根⇒二所ノ関⇒放駒部屋
初土俵
平成23年(2011)5月(15歳4ヵ月)
優勝
無し
通算成績
214勝238敗66休/451出場(勝率:47.5%)
直近7場所
0勝0敗21休
7場所勝率
0.0%
令7年1月
番付外
令6年11月
番付外
令6年9月
番付外
令6年7月
番付外(15枚半降下)
令6年5月
東 序ノ口2枚目(14枚降下)
0勝0敗7休
休場
令6年3月
東 序二段89枚目(69枚半降下)
0勝0敗7休
休場
令6年1月
西 序二段19枚目
0勝0敗7休
休場

瞬鶴 晄士

瞬鶴 晄士(しゅんかく あきと)は茨城県 つくば市出身、錣山部屋の力士で最高位は三段目90枚目。令和7年1月場所の番付は西 序二段75枚目。

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小学校ではバスケ少年。入門のきっかけは中1のときに立田川親方(元小結・豊真将)のトークショーに行き、そこから錣山部屋に通うようになった事。イケメンとしても密かな話題に。

四股名
瞬鶴 晄士(しゅんかく あきと)
最高位
三段目90枚目
最新番付
西 序二段75枚目
出身地
茨城県 つくば市
本名
田中 明人
生年月日
平成14年(2002)10月24日(23歳)
所属部屋
錣山部屋
改名歴
田中⇒阿稀⇒瞬鶴
初土俵
平成30年(2018)3月(15歳5ヵ月)
優勝
無し
通算成績
121勝151敗8休/271出場(勝率:44.6%)
直近7場所
18勝24敗7休
7場所勝率
42.9%
令7年1月
西 序二段75枚目(43枚半降下)
0勝0敗7休
休場
令6年11月
東 序二段32枚目(28枚上昇)
2勝5敗
-○●-●|--●-●|-○●--
令6年9月
東 序二段60枚目(35枚半降下)
4勝3敗
-○●-○|-●--●|-○-○-
令6年7月
西 序二段24枚目(49枚上昇)
2勝5敗
○--●●|--●-●|●---○
令6年5月
西 序二段73枚目(13枚半降下)
5勝2敗
-○○-●|-○-○-|-○-●-
令6年3月
東 序二段60枚目(30枚降下)
3勝4敗
●--○●|--○-●|-●-○-
令6年1月
東 序二段30枚目
2勝5敗
●-●--|●-○-○|-●-●-

岡ノ城 雅也

岡ノ城 雅也(おかのじょう まさや)は福島県 郡山市出身、出羽海部屋の力士で最高位は序二段23枚目。令和7年1月場所の番付は西 序二段86枚目。

行健小学3年の頃から郡山相撲愛好会で相撲を始めて、行健中学2年次に全国中学校相撲選手権大会に団体選手で出場。四股名は実家の住所を採用したもの。

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四股名
岡ノ城 雅也(おかのじょう まさや)
最高位
序二段23枚目
最新番付
西 序二段86枚目
出身地
福島県 郡山市
本名
大山 雅也
生年月日
平成15年(2003)5月21日(23歳)
所属部屋
出羽海部屋
初土俵
平成31年(2019)3月(15歳10ヵ月)
優勝
無し
通算成績
104勝128敗6休/229出場(勝率:45.4%)
直近7場所
23勝26敗
7場所勝率
46.9%
令7年1月
西 序二段86枚目(44枚降下)
4勝3敗
-○○-●|--●○-|-●-○-
令6年11月
西 序二段42枚目(29枚半上昇)
1勝6敗
-●●--|○-●-●|-●--●
令6年9月
東 序二段72枚目(13枚半降下)
4勝3敗
○-●--|●-○○-|-○--●
令6年7月
西 序二段58枚目(35枚半降下)
3勝4敗
●--●○|--●□-|-○●--
令6年5月
東 序二段23枚目(26枚半上昇・最高位更新)
2勝5敗
○-●-●|-●-●-|-●--○
令6年3月
西 序二段49枚目(46枚上昇)
4勝3敗
○-●-●|--○-○|-●-○-
令6年1月
西 序二段95枚目
5勝2敗
-○-●○|-○-○-|●--○-

嶋村 智弥

嶋村 智弥(しまむら ともや)は東京都 狛江市出身、荒汐部屋の力士で最高位は序二段57枚目。令和7年1月場所の番付は西 序二段83枚目。

四股名
嶋村 智弥(しまむら ともや)
最高位
序二段57枚目
最新番付
西 序二段83枚目
出身地
東京都 狛江市
本名
嶋村 智弥
生年月日
平成13年(2001)2月10日(25歳)
出身高校
日本工業大学駒場高校
所属部屋
荒汐部屋
初土俵
令和5年(2023)5月(22歳3ヵ月)
優勝
無し
通算成績
25勝38敗7休/63出場(勝率:39.7%)
直近7場所
18勝24敗7休
7場所勝率
42.9%
令7年1月
西 序二段83枚目(26枚半降下)
0勝0敗7休
休場
令6年11月
東 序二段57枚目(34枚上昇・最高位更新)
3勝4敗
-●-○-|○●-●-|-●--○
令6年9月
東 序二段91枚目(5枚半降下)
4勝3敗
○--○○|-○-●-|-●--●
令6年7月
西 序二段85枚目(24枚降下)
2勝5敗
-●-●●|--●○-|○--●-
令6年5月
西 序二段61枚目(34枚上昇・最高位更新)
2勝5敗
○-●-●|--●-●|●---○
令6年3月
西 序二段95枚目(5枚上昇)
4勝3敗
-○○-●|-○--●|○---●
令6年1月
西 序ノ口3枚目
3勝4敗
-○-●●|--●-○|-○●--

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