第68代横綱 朝青龍 明徳
朝青龍 明徳(あさしょうりゅう あきのり)はモンゴル・ウランバートル市出身、若松~高砂部屋の元力士で、最高位は第68代横綱。
平成11年(1999)1月場所に18歳3ヶ月で初土俵を踏み、平成22年(2010)1月場所を最後に引退(29歳3ヶ月)。
通算成績は669勝173敗76休838出場。生涯勝率.795。通算67場所中、57場所を勝ち越した(勝ち越し率.864)。
主な成績は幕内優勝25回(同点1,次点7),幕下優勝1回(同点1),三段目優勝1回,序二段優勝1回。殊勲賞3回,敢闘賞3回,金星1個(武蔵丸1個)。
昭和55年(1980)9月27日生まれ。本名はドルゴルスレンギーン・ダグワドルジ。
初土俵から25場所での横綱昇進、史上初の7連覇達成など、賛否はあるが圧倒的な強さと人間味溢れる人柄は記憶にも記録にも残る横綱
- 四股名
- 朝青龍 明徳(あさしょうりゅう あきのり)
- 最高位
- 第68代横綱
- 出身地
- モンゴル・ウランバートル市
- 本名
- ドルゴルスレンギーン・ダグワドルジ
- 生年月日
- 昭和55年(1980)9月27日
- 出身高校
- 明徳義塾高校
- 所属部屋
- 若松~高砂部屋
- 改名歴
- 朝青龍 明徳
- 初土俵
- 平成11年(1999)1月 前相撲(18歳3ヶ月)
- 新十両
- 平成12年(2000)9月(所要10場所)
- 19歳11ヶ月(初土俵から1年8ヶ月)
- 新入幕
- 平成13年(2001)1月(所要12場所)
- 20歳3ヶ月(初土俵から2年0ヶ月)
- 新小結
- 平成13年(2001)5月(所要14場所)
- 20歳7ヶ月(初土俵から2年4ヶ月)
- 新関脇
- 平成14年(2002)1月(所要18場所)
- 21歳3ヶ月(初土俵から3年0ヶ月)
- 新大関
- 平成14年(2002)9月(所要22場所)
- 21歳11ヶ月(初土俵から3年8ヶ月)
- 横綱昇進
- 平成15年(2003)3月(所要25場所)
- 22歳5ヶ月(初土俵から4年2ヶ月)
- 最終場所
- 平成22年(2010)1月(29歳3ヶ月)
- 大相撲歴
- 67場所(11年0ヶ月)
- 通算成績
- 669勝173敗76休838出場(勝率.795)
- 通算67場所
- 勝ち越し57場所(勝ち越し率.864)
- 優勝等
- 幕内優勝25回(同点1,次点7),幕下優勝1回(同点1),三段目優勝1回,序二段優勝1回
- 受賞・金星
- 殊勲賞3回,敢闘賞3回,金星1個
- 幕内戦歴
- 596勝153敗76休745出場(勝率.796)
- 在位55場所(在位率.821)
- 勝ち越し47場所(勝ち越し率.855)
- 横綱戦歴
- 463勝91敗76休550出場(勝率.836)
- 在位42場所(在位率.627)
- 勝ち越し35場所(勝ち越し率.833)
- 大関戦歴
- 38勝7敗0休45出場(勝率.844)
- 在位3場所(在位率.045)
- 勝ち越し3場所(勝ち越し率1.000)
- 三役戦歴
- 67勝38敗0休105出場(勝率.638)
- 在位7場所(在位率.104)
- 勝ち越し6場所(勝ち越し率.857)
- 関脇戦歴
- 42勝18敗0休60出場(勝率.700)
- 在位4場所(在位率.060)
- 勝ち越し4場所(勝ち越し率1.000)
- 小結戦歴
- 25勝20敗0休45出場(勝率.556)
- 在位3場所(在位率.045)
- 勝ち越し2場所(勝ち越し率.667)
- 前頭戦歴
- 28勝17敗0休45出場(勝率.622)
- 在位3場所(在位率.045)
- 勝ち越し3場所(勝ち越し率1.000)
- 十両戦歴
- 20勝10敗0休30出場(勝率.667)
- 在位2場所(在位率.030)
- 勝ち越し2場所(勝ち越し率1.000)
- 関取戦歴
- 616勝163敗76休775出場(勝率.791)
- 在位57場所(在位率.851)
- 勝ち越し49場所(勝ち越し率.860)
- 幕下以下歴
- 53勝10敗0休63出場(勝率.841)
- 在位9場所(在位率.134)
- 勝ち越し8場所(勝ち越し率.889)
普天王 水
普天王 水 (ふてんおう いずみ)は熊本県玉名市出身、出羽海部屋の元力士で、最高位は小結。
平成15年(2003)1月場所に22歳4ヶ月で初土俵を踏み、平成23年(2011)1月場所を最後に引退(30歳4ヶ月)※番付上は平成23年(2011)5月場所。
通算成績は326勝347敗14休670出場。生涯勝率.487。通算49場所中、23場所を勝ち越した(勝ち越し率.469)。
主な成績は幕下(同点1)、敢闘賞1回、技能賞1回。
昭和55年(1980)8月28日生まれ。本名は内田 水。
熊本県玉名郡天水町(現・玉名市)出身の普天王は、アマチュア相撲で数々のタイトルを獲得して角界入りし、最高位は小結まで昇進した力士である。突き押しや左四つからの力強い攻めを武器に活躍したほか、現役力士として初めて個人ブログを開設して大相撲の裏側や日常を発信し、ファンから広く親しまれた。引退後は年寄・稲川を襲名し、複数の部屋での指導を経て、現在は木瀬部屋の部屋付き親方として後進の指導にあたっている。
アマチュア横綱から角界へ
恵まれた体格であったことから自然な流れで相撲を始め、天水町立小天小学校(当時)4年次に出場したわんぱく相撲全国大会で優勝を果たしてわんぱく横綱に輝くなど、早くから才能を発揮した。文徳高校時代には、当時明徳義塾高校へ相撲留学していた同い年の朝青龍と対戦して勝利を収めている。日本大学へ進学後も実力を伸ばし、2年次には全日本相撲選手権大会を制してアマチュア横綱のタイトルを獲得。大学時代に計14ものタイトルを獲得した。
この実績により幕下15枚目格付出の資格を取得。「自分の実力が角界でどれだけ通用するか」という挑戦心を胸に出羽海部屋へ入門し、平成15年(2003年)1月場所において本名の「内田」で初土俵を踏んだ。入門時は名門部屋の重圧を問われたが、「やるのは自分だからプレッシャーはない」と、後先を考えず強心臓ぶりを見せていた。
記録的昇進の逸機と新入幕
初土俵の場所では持ち味の左四つからの速攻で6連勝とし、史上初となる「所要1場所での十両昇進」の快挙に王手をかける。しかし、運命の7番相撲で琴乃峰の下手投げに敗れて偉業達成はならず、その後の7人による優勝決定戦でも黒海に敗れて幕下優勝を逃した。それでも翌3月場所で6勝1敗の好成績を収め、初土俵から所要2場所となる同年5月場所で新十両への昇進を果たす。この時に四股名を、世の全てを意味する「普天」と牛頭天王にちなんで父親が名付けた「普天王」へと改めた。十両の土俵でも着実に白星を重ね、平成16年(2004年)3月場所で新入幕を果たした。
幕内上位の壁に跳ね返される時期もあったが、平成17年(2005年)5月場所では東前頭10枚目で11勝4敗の好成績を収めて自身初となる敢闘賞を受賞。続く7月場所でも10勝を挙げて技能賞を獲得し、翌9月場所で自己最高位となる新小結への昇進を決めた。この小結昇進の場所では、初日に横綱・朝青龍から白星を挙げて大いに館内を沸かせている。
現役力士初のブログ開設と苦闘の晩年
土俵での活躍の一方で、新小結に昇進した平成17年(2005年)には現役力士として初めて自身の個人ブログを開設。巡業の様子や力士の素顔など、大相撲の裏側を親しみやすい文章で発信し、インターネットを通じて新たな相撲ファンを獲得する先駆けとなった。
しかし土俵上では、小結昇進の場所で初日から連勝したのちに8連敗を喫するなど大きく負け越し、平幕へ降下する。その後も大関陣を破る活躍を見せながらも上位には定着できず、怪我の影響もあって幕内中位から下位にかけて長く定着するものの、再び三役の座へ戻ることは叶わなかった。
関取陥落と現役引退
平成21年(2009年)には年間を通じて負け越しが続き、同年11月場所で十両へ陥落する。翌平成22年(2010年)には関取の座を失い、さらに同年7月場所では大相撲野球賭博問題への関与による謹慎処分を受けて全休を余儀なくされた。番付を幕下下位まで落としたのちに勝ち越して復活の兆しを見せたものの、平成23年(2011年)5月の技量審査場所を前に「八百長問題による春場所中止で気持ちが続かなくなった」として現役引退を表明。初土俵から49場所、幕内を33場所務めた土俵人生に幕を下ろした。
指導者としての歩みと部屋移籍
引退後は年寄名跡を取得して「稲川」を襲名し、出羽海部屋の部屋付き親方として後進の指導にあたっていた。その後、平成26年(2014年)6月に同門の千賀ノ浦部屋(現・湊川部屋)へと移籍する。しかし、その千賀ノ浦部屋が出羽海一門を離脱して貴乃花一門(当時)へと合流することになると、自身は行動を共にせず平成28年(2016年)5月に木瀬部屋へと転籍して出羽海一門に留まった。現在は相撲教習所の指導員を務めるなど、アマチュア相撲での経験も生かしながら弟子の育成に情熱を注いでいる。
- 四股名
- 普天王 水 (ふてんおう いずみ)
- 最高位
- 小結
- 年寄名跡
- 13代稲川 有樹(出羽海) → 13代稲川 有樹(千賀ノ浦) → 13代稲川 有樹(木瀬)
- 出身地
- 熊本県玉名郡天水町 → 熊本県玉名市
- 本名
- 内田 水
- 生年月日
- 昭和55年(1980)8月28日(45歳)
- 出身高校
- 文徳高校
- 出身大学
- 日本大学
- 所属部屋
- 出羽海部屋
- 改名歴
- 内田 水 → 普天王 水
- 初土俵
- 平成15年(2003)1月 幕下15枚目付出(22歳4ヶ月)
- 新十両
- 平成15年(2003)5月(所要2場所)
- 22歳8ヶ月(初土俵から0年4ヶ月)
- 新入幕
- 平成16年(2004)3月(所要7場所)
- 23歳6ヶ月(初土俵から1年2ヶ月)
- 新小結
- 平成17年(2005)9月(所要16場所)
- 25歳0ヶ月(初土俵から2年8ヶ月)
- 最終場所
- 平成23年(2011)1月場所(30歳4ヶ月)※番付上は平成23年(2011)5月場所
- 大相撲歴
- 49場所(8年0ヶ月)
- 通算成績
- 326勝347敗14休670出場(勝率.487)
- 通算49場所
- 勝ち越し23場所(勝ち越し率.469)(勝ち越し星78)
- 優勝等
- 幕下(同点1)
- 受賞・金星
- 敢闘賞1回,技能賞1回
- 持給金
- 42円(勝ち越し星78個)
- 幕内戦歴
- 231勝260敗4休489出場(勝率.472)
- 在位33場所(在位率.673)
- 勝ち越し14場所(勝ち越し率.424)
- 三役戦歴
- 5勝10敗0休15出場(勝率.333)
- 在位1場所(在位率.020)
- 勝ち越し0場所(勝ち越し率.000)
- 小結戦歴
- 5勝10敗0休15出場(勝率.333)
- 在位1場所(在位率.020)
- 勝ち越し0場所(勝ち越し率.000)
- 前頭戦歴
- 226勝250敗4休474出場(勝率.477)
- 在位32場所(在位率.653)
- 勝ち越し14場所(勝ち越し率.438)
- 十両戦歴
- 72勝75敗3休146出場(勝率.493)
- 在位10場所(在位率.204)
- 勝ち越し6場所(勝ち越し率.600)
- 関取戦歴
- 303勝335敗7休635出場(勝率.477)
- 在位43場所(在位率.878)
- 勝ち越し20場所(勝ち越し率.465)
- 幕下以下歴
- 23勝12敗7休35出場(勝率.657)
- 在位6場所(在位率.122)
- 勝ち越し3場所(勝ち越し率.500)
普天王 水の更に詳細なデータは力士名鑑で!
名鑑ページでは、以下のような詳細な分析データをはじめ、豊富な表やグラフをご覧いただけます。
- ✅ 勝った決まり手1位:寄り切り(193回 / 59.0%)
- ✅ 負けた決まり手1位:寄り切り(110回 / 31.6%)
- ✅ 得意な相手:栃乃洋(12勝2敗 / 勝率.857)
- ✅ 苦手な相手:北勝力(3勝13敗 / 勝率.188)