昭和59年(1984年)生まれの力士一覧!出世頭は誰?

昭和59年(1984年)生まれの力士をご紹介。

現役力士については最新から過去6場所の番付や成績を一覧表にしてご紹介しています。

表の下のボタンによって月ごとに表示を切り替えることも出来ますよ。

同じ年に生まれた力士のなかで、誰が一番出世しているのかがひと目で分かります。

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1984年生まれの力士一覧(番付・星取表・成績・経歴)

No 四股名 直近7場所 成績 直近7場所 勝率 番付 (令8.5) 5月場所 成績 令和8年5月場所星取表 S1 番付 推移 変動 枚数 番付 (令8.3) 3月場所 成績 令和8年3月場所星取表 S2 番付 推移 変動 枚数 番付 (令8.1) 1月場所 成績 令和8年1月場所星取表 S3 番付 推移 変動 枚数 番付 (令7.11) 11月場所 成績 令和7年11月場所星取表 S4 番付 推移 変動 枚数 番付 (令7.9) 9月場所 成績 令和7年9月場所星取表 S5 番付 推移 変動 枚数 番付 (令7.7) 7月場所 成績 令和7年7月場所星取表 s6 番付 推移 変動 枚数 番付 (令7.5) 5月場所 成績 令和7年5月場所星取表 初日 2日目 3日目 4日目 5日目 6日目 7日目 中日 9日目 10日目 11日目 12日目 13日目 14日目 千秋楽 最高位 出身地 部屋 一門 年齢 生年月日 大相撲歴 本名 旧四股名 旧所属 身長(㎝) 体重(㎏) BMI 出身高校 出身大学 初土俵 初土俵 年齢 新十両 新十両 年齢 新入幕 新入幕 年齢 新小結 新小結 年齢 新関脇 新関脇 年齢 大関昇進 大関昇進 年齢 横綱昇進 横綱昇進 年齢 幕内 優勝 十両 優勝 幕下 優勝 三段目 優勝 序二段 優勝 序ノ口 優勝 技能賞 殊勲賞 敢闘賞 金星 通算 勝利数 通算 敗数 通算 休数 出場回数 通算 勝率(%) s誕生日 s初土俵 s新十両 s新入幕 s新小結 s新関脇 s大関昇進 s横綱昇進 s初土俵年齢 s新十両年齢 s新入幕年齢 s新小結年齢 s新関脇年齢 s大関昇進年齢 s横綱昇進年齢 s7場所勝敗 s1勝敗 s2勝敗 s3勝敗 s4勝敗 s5勝敗 s6勝敗 s7勝敗 s2順 s3順 s4順 s5順 s6順 s7順 s1シフト s2シフト s3シフト s4シフト s5シフト s6シフト sしこな s最高位 s出身ふりがな s部屋ふりがな s7勝率 s勝 s敗 s休 s出 s勝率 s幕優 s十 s下 s三 s二 s口 s技 s殊 s敢 s金
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昭和59(1984)年生まれ力士を検索

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昭和59(1984)年生まれの最高位:横綱

第70代横綱 日馬富士 公平

日馬富士 公平(はるまふじ こうへい)モンゴル・ゴビアルタイ県出身、安治川~伊勢ヶ濱部屋の元力士で、最高位は第70代横綱

平成13年(2001)1月場所に16歳8ヶ月で初土俵を踏み、平成29年(2017)11月場所を最後に引退(33歳7ヶ月)。

通算成績は827勝444敗85休1265出場。生涯勝率.651。通算101場所中、82場所を勝ち越した(勝ち越し率.820)。

主な成績は幕内優勝9回(同点1,次点6),十両優勝1回三段目優勝1回序ノ口優勝1回殊勲賞4回,敢闘賞1回,技能賞5回,金星1個(朝青龍1個)。

昭和59年(1984)4月14日生まれ。本名はダワーニャミーン・ビャンバドルジ。

軽量ながら重心の低い鋭い立ち合いと向こう気の強さで横綱へと昇進

四股名
日馬富士 公平(はるまふじ こうへい)
最高位
第70代横綱
出身地
モンゴル・ウランバートル市 → モンゴル・ゴビアルタイ県
本名
ダワーニャミーン・ビャンバドルジ
生年月日
昭和59年(1984)4月14日
所属部屋
安治川~伊勢ヶ濱部屋
改名歴
安馬 公平 → 日馬富士 公平
初土俵
平成13年(2001)1月 前相撲(16歳8ヶ月)
新十両
平成16年(2004)3月(所要19場所)
19歳11ヶ月(初土俵から3年2ヶ月)
新入幕
平成16年(2004)11月(所要23場所)
20歳7ヶ月(初土俵から3年10ヶ月)
新小結
平成18年(2006)5月(所要32場所)
22歳0ヶ月(初土俵から5年4ヶ月)
新関脇
平成19年(2007)5月(所要38場所)
23歳0ヶ月(初土俵から6年4ヶ月)
新大関
平成21年(2009)1月(所要48場所)
24歳8ヶ月(初土俵から8年0ヶ月)
横綱昇進
平成24年(2012)11月(所要70場所)
28歳6ヶ月(初土俵から11年10ヶ月)
最終場所
平成29年(2017)11月(33歳7ヶ月)
大相撲歴
101場所(16年10ヶ月)
通算成績
827勝444敗85休1265出場(勝率.651)
通算101場所
勝ち越し82場所(勝ち越し率.820)
優勝等
幕内優勝9回(同点1,次点6),十両優勝1回三段目優勝1回序ノ口優勝1回
受賞・金星
殊勲賞4回,敢闘賞1回,技能賞5回,金星1個
幕内戦歴
712勝373敗85休1079出場(勝率.656)
在位78場所(在位率.772)
勝ち越し65場所(勝ち越し率.833)
横綱戦歴
285勝107敗73休388出場(勝率.727)
在位31場所(在位率.307)
勝ち越し25場所(勝ち越し率.806)
大関戦歴
214勝105敗11休318出場(勝率.671)
在位22場所(在位率.218)
勝ち越し21場所(勝ち越し率.955)
三役戦歴
108勝72敗0休180出場(勝率.600)
在位12場所(在位率.119)
勝ち越し10場所(勝ち越し率.833)
関脇戦歴
76勝44敗0休120出場(勝率.633)
在位8場所(在位率.079)
勝ち越し7場所(勝ち越し率.875)
小結戦歴
32勝28敗0休60出場(勝率.533)
在位4場所(在位率.040)
勝ち越し3場所(勝ち越し率.750)
前頭戦歴
105勝89敗1休193出場(勝率.541)
在位13場所(在位率.129)
勝ち越し9場所(勝ち越し率.692)
十両戦歴
36勝24敗0休60出場(勝率.600)
在位4場所(在位率.040)
勝ち越し3場所(勝ち越し率.750)
関取戦歴
748勝397敗85休1139出場(勝率.653)
在位82場所(在位率.812)
勝ち越し68場所(勝ち越し率.829)
幕下以下歴
79勝47敗0休126出場(勝率.627)
在位18場所(在位率.178)
勝ち越し14場所(勝ち越し率.778)


昭和59(1984)年生まれの最高位:大関

琴奨菊 和弘

琴奨菊 和弘(ことしょうぎく かずひろ)福岡県柳川市出身、佐渡ヶ嶽部屋の元力士で、最高位は大関

平成14年(2002)1月場所に17歳11ヶ月で初土俵を踏み、令和2年(2020)11月場所を最後に引退(36歳9ヶ月)。

通算成績は828勝676敗41休1496出場。生涯勝率.551。通算112場所中、70場所を勝ち越した(勝ち越し率.631)。

主な成績は幕内優勝1回(次点3),十両優勝1回,序二段同点1回。殊勲賞3回,技能賞4回,金星3個(日馬富士1個、稀勢の里1個、白鵬1個)。

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昭和59年(1984)1月30日生まれ。本名は菊次 一弘。

小学3年生の頃から相撲を始めて、中学は高知県の明徳義塾中に相撲留学、3年次に中学横綱の栄冠を獲得。明徳義塾高校進学を経て平成14年(2002)1月場所、琴菊次(こときくつぐ)の四股名で初土俵を踏んだ。

幕下で少し苦労もあったが当時の竹縄親方(現・朝日山親方の琴錦)の指導により、圧力を増した琴菊次は平成16年(2004)7月場所で新十両昇進、四股名も琴奨菊へと改めた。

平成17年(2005)1月で新入幕、平成23年(2011)9月場所後に大関へと昇進。平成28年(2016)初場所では日本出身力士として10年ぶりに幕内優勝を飾った。

しかしその1年後、カド番で迎えた平成29年初場所で大関から陥落。西前頭9枚目で迎えた令和2年9月場所を2勝10敗3休の成績で十両へと陥落、翌11月場所7日目を休場し、引退を発表した。14代秀ノ山を襲名。

年寄
14代秀ノ山 和弘
四股名
琴奨菊 和弘(ことしょうぎく かずひろ)
最高位
大関
年寄名跡
14代秀ノ山 和弘
出身地
福岡県柳川市
本名
菊次 一弘
生年月日
昭和59年(1984)1月30日(42歳)
所属部屋
佐渡ヶ嶽部屋
改名歴
琴菊次 一弘 → 琴奨菊 一弘 → 琴奨菊 和弘
初土俵
平成14年(2002)1月 前相撲(17歳11ヶ月)
新十両
平成16年(2004)7月(所要15場所)
20歳5ヶ月(初土俵から2年6ヶ月)
新入幕
平成17年(2005)1月(所要18場所)
20歳11ヶ月(初土俵から3年0ヶ月)
新関脇
平成19年(2007)3月(所要31場所)
23歳1ヶ月(初土俵から5年2ヶ月)
新大関
平成23年(2011)11月(所要58場所)
27歳9ヶ月(初土俵から9年10ヶ月)
最終場所
令和2年(2020)11月(36歳9ヶ月)
大相撲歴
112場所(18年10ヶ月)
通算成績
828勝676敗41休1496出場(勝率.551)
通算112場所
勝ち越し70場所(勝ち越し率.631)
優勝等
幕内優勝1回(次点3),十両優勝1回,序二段同点1回
受賞・金星
殊勲賞3回,技能賞4回,金星3個
幕内戦歴
718勝621敗41休1332出場(勝率.536)
在位92場所(在位率.821)
勝ち越し55場所(勝ち越し率.598)
大関戦歴
256勝192敗32休444出場(勝率.571)
在位32場所(在位率.286)
勝ち越し24場所(勝ち越し率.750)
三役戦歴
161勝137敗2休297出場(勝率.540)
在位20場所(在位率.179)
勝ち越し11場所(勝ち越し率.550)
関脇戦歴
100勝80敗0休180出場(勝率.556)
在位12場所(在位率.107)
勝ち越し7場所(勝ち越し率.583)
小結戦歴
61勝57敗2休117出場(勝率.517)
在位8場所(在位率.071)
勝ち越し4場所(勝ち越し率.500)
前頭戦歴
301勝292敗7休591出場(勝率.508)
在位40場所(在位率.357)
勝ち越し20場所(勝ち越し率.500)
十両戦歴
43勝24敗0休66出場(勝率.642)
在位5場所(在位率.045)
勝ち越し4場所(勝ち越し率.800)
関取戦歴
761勝645敗41休1398出場(勝率.541)
在位97場所(在位率.866)
勝ち越し59場所(勝ち越し率.608)
幕下以下歴
67勝31敗0休98出場(勝率.684)
在位14場所(在位率.125)
勝ち越し11場所(勝ち越し率.786)


把瑠都 凱斗

懐の深さと強い握力での相撲っぷりが人気だった愛すべきキャラクター

  • 四股名 :把瑠都 凱斗(ばると かいと)
  • 最高位 :大関
  • 出身地 :エストニア ラクヴェレ市
  • 本 名 :カイド・ホーヴェルソン
  • 生年月日:昭和59年(1984)11月5日
  • 所属部屋:三保ヶ関⇒尾上部屋
  • 初土俵 :平成16年(2004)5月(19歳6ヵ月)
  • 新十両 :平成17年(2005)9月(20歳10ヵ月)
  • 新入幕 :平成18年(2006)5月(21歳6ヵ月)
  • 新三役 :平成20年(2008)9月(23歳10ヵ月)
  • 新大関 :平成22年(2010)5月(25歳6ヵ月)
  • 最終場所:平成25年(2013)9月(28歳10ヵ月)
  • 生涯戦歴:431勝213敗102休/637出場(55場所)
  • 生涯勝率:66.9%
  • 優勝等 :幕内優勝1回(次点4),十両優勝3回,幕下優勝1回,序二段優勝1回,序ノ口優勝1回
  • 成 績 :殊勲賞1回,敢闘賞5回,技能賞1回
  • 幕内戦歴:330勝197敗88休(41場所)勝率:62.6%
  •   大関:133勝69敗23休(15場所)勝率:65.8%
  •   関脇:85勝58敗7休(10場所)勝率:59.4%
  •   小結:20勝10敗(2場所)勝率:66.7%
  •   前頭:92勝60敗58休(14場所)勝率:60.5%
  • 十両戦歴:54勝7敗14休(5場所)勝率:88.5%

昭和59(1984)年生まれの最高位:関脇

玉鷲 一朗

玉鷲 一朗(たまわし いちろう)はモンゴル ウランバートル市出身、片男波部屋の力士で最高位は関脇。令和8年5月場所の番付は西 前頭13枚目。

モンゴル ウランバートル市に生まれ、モンゴル食糧技術大学でホテルマンを目指して学んでいた。相撲未経験であったが、大きな身体と腕力を生かして力士になろうと思い立ち、日本へ留学していた姉を頼って来日した。両国を訪れた際、たまたま自転車に乗った力士を見つけてついて行ったところ井筒部屋に辿り着き、そこで当時三段目で給仕をしていた同郷の鶴竜(のちの第71代横綱)と出会う。鶴竜に入門の相談を持ちかけ、旭鷲山の連絡先を教えられたことが縁となり、片男波部屋へ入門。平成16年(2004年)1月場所において初土俵を踏んだ。相撲に集中するため、入門後の3年間は他の部屋の力士と一言も会話せずに稽古に打ち込んだという。

スロー出世での新三役と初三賞

平成20年(2008年)1月場所で新十両へ昇進し、同年9月場所において新入幕を果たした。その後は幕内と十両の往復も経験しながら地道に実力をつけ、平成27年(2015年)3月場所において初土俵から所要66場所というスロー出世で新三役(小結)へ昇進する。昇進会見では、出世スピードが速いモンゴルの後輩力士たちに対抗意識を燃やし、かつて自身の付け人を務めていた輝の十両での活躍に大きな刺激を受けたことを明かした。

平成28年(2016年)11月場所では西小結の地位で10勝5敗の好成績を収め、自身初の三賞となる技能賞を受賞した。長いリーチを生かした重みのある突き押しや喉輪が評価されたものであり、新入幕から所要49場所での初受賞は外国出身力士として最も遅い記録であった。さらに翌平成29年(2017年)1月場所では新関脇に昇進している。

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二度の幕内最高優勝と最年長記録

かねてより「大関昇進よりも優勝すること」を目標として公言していた中、西関脇で迎えた平成31年(2019年)1月場所において、13勝2敗の好成績を収め悲願の初優勝を飾った。奇しくも優勝を決めた千秋楽には第二子が誕生しており、二重の喜びとなった。

その後も幕内上位で長く活躍を続け、東前頭3枚目に名前を置いた令和4年(2022年)9月場所では、照ノ富士ら1横綱3大関全員を破る活躍を見せ、千秋楽に13勝2敗で自身2度目の幕内最高優勝を果たした。平幕力士による横綱・大関戦の全勝は昭和60年(1985年)の北尾以来37年ぶりの快挙であり、37歳10ヶ月での幕内優勝は旭天鵬を抜いて昭和以降の最年長記録となった。

角界の「鉄人」と家庭的な素顔

土俵外では手芸やお菓子作りを趣味とする非常に穏やかな素顔を持つ。角界きっての愛妻家としても知られており、初優勝を果たした千秋楽の早朝に第二子が誕生した際は、祝賀パーティーで酒を楽しむことなく長男の育児を優先させたという。なお、妻の弟は片男波部屋の玉正鳳である。

家庭での穏やかな一面とは対照的に、土俵上では強靭な肉体と卓越した腕力を生かした強烈な突き押し相撲を貫いている。怪我を抱えながらも決して休まず土俵に上がり続けるその姿から、角界の「鉄人」と称されるようになった。初土俵以来、一度も休場することなく連続出場を続け、歴代単独トップとなる通算出場回数を記録する。令和8年(2026年)1月場所後には、その通算連続出場記録(1763回)がギネス世界記録に公式認定された。さらに同年3月場所の4日目には、幕内出場回数が1471回に到達し、旭天鵬を抜いて歴代最多記録を更新するという偉業も成し遂げている。

💡 モンゴル出身一覧💡 片男波部屋の力士

四股名
玉鷲 一朗(たまわし いちろう)
最高位
関脇
最新番付
西 前頭13枚目
出身地
モンゴル ウランバートル市
本名
バトジャルガル・ムンフオリギル
生年月日
昭和59年(1984)11月16日(41歳)
身長・体重
189cm・176kg
所属部屋
片男波部屋
初土俵
平成16年(2004)1月(19歳2ヵ月)
新十両
平成20年(2008)1月(23歳2ヵ月)
新入幕
平成20年(2008)9月(23歳10ヵ月)
新小結
平成27年(2015)3月(30歳4ヵ月)
新関脇
平成29年(2017)1月(32歳2ヵ月)
優勝
幕内優勝2回,十両優勝1回,幕下優勝1回
受賞・金星
殊勲賞3回,敢闘賞1回,技能賞1回,金星8個
通算成績
895勝884敗2休/1778出場(勝率:50.3%)
直近7場所
40勝50敗
7場所勝率
44.4%
得意技
押し
決まり手傾向(直近7場所)
玉鷲が勝ちの決まり手(40勝)
押し出し21
寄り切り4
突き出し4
押し倒し4
突き落とし4
首捻り1
その他2
玉鷲が負けの決まり手(50敗)
寄り切り21
押し出し8
叩き込み5
突き落とし4
引き落とし4
下手投げ3
その他5
令8年5月
西 前頭13枚目(4枚降下)
0勝0敗
令8年3月
西 前頭9枚目(4枚半降下)
5勝10敗
●●●●○|●○●●○|●●○●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年1月
東 前頭5枚目(1枚降下)
5勝10敗
●○●○●|●●●○○|●●●○●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

▼ さらに過去の成績(4場所分)を見る
令7年11
東 前頭4枚目(3枚降下)
7勝8敗
●○○○●|○●●●●|●○○●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年9月
東 前頭筆頭(3枚半上昇)
6勝9敗
●●○●○|○●●●●|○○●●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年7月
西 前頭4枚目(1枚半降下)
11勝4敗(殊勲賞・金星)
○○○○●|○○○●○|●●○○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年5月
東 前頭3枚目
6勝9敗
○●●○●|●●●○●|●○○●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

阿覧 欧虎

三保ヶ関部屋閉鎖後、春日野部屋に移籍したが5日後に突如引退「三保ヶ関師匠と一緒に終わりたい」

  • 四股名 :阿覧 欧虎(あらん はくとら)
  • 最高位 :関脇
  • 出身地 :ロシア連邦北オセチア・アラニヤ共和国ヴラジカヴカーズ市
  • 本 名 :アラン・ガバライエフ
  • 生年月日:昭和59年(1984)1月31日
  • 所属部屋:三保ヶ関⇒春日野部屋
  • 初土俵 :平成19年(2007)1月(23歳0ヵ月)
  • 新十両 :平成20年(2008)7月(24歳6ヵ月)
  • 新入幕 :平成20年(2008)11月(24歳10ヵ月)
  • 新三役 :平成22年(2010)9月(26歳8ヵ月)
  • 最終場所:平成25年(2013)11月(29歳10ヵ月)
  • 生涯戦歴:263勝258敗/521出場(40場所)
  • 生涯勝率:50.5%
  • 優勝等 :幕内次点2回,十両優勝1回,序ノ口優勝1回
  • 成 績 :敢闘賞2回
  • 幕内戦歴:196勝239敗(29場所)勝率:45.1%
  •   関脇:7勝8敗(1場所)勝率:46.7%
  •   小結:9勝21敗(2場所)勝率:30.0%
  •   前頭:180勝210敗(26場所)勝率:46.2%
  • 十両戦歴:22勝8敗(2場所)勝率:73.3%

昭和59(1984)年生まれの最高位:小結

若荒雄 匡也

若荒雄 匡也(わかこうゆう まさや)千葉県船橋市出身、阿武松部屋の元力士で、最高位は小結

平成11年(1999)3月場所に15歳0ヶ月で初土俵を踏み、平成26年(2014)9月場所を最後に引退(30歳7ヶ月)。

通算成績は466勝444敗29休910出場。生涯勝率.512。通算93場所中、50場所を勝ち越した(勝ち越し率.543)。

主な成績は幕内次点1回,三段目優勝1回敢闘賞1回

昭和59年(1984)2月24日生まれ。本名は八木ヶ谷 匡也。

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小学生の頃から阿武松部屋主催の相撲教室『キッズ阿武松』に参加している「阿武松の秘蔵っ子」。圧力のある突き押しとそこからの叩きで阿武松部屋初の三役力士となった。

年寄
12代・不知火 匡也(阿武松部屋)
四股名
若荒雄 匡也(わかこうゆう まさや)
最高位
小結
年寄名跡
12代不知火 匡也
出身地
千葉県船橋市
本名
八木ヶ谷 匡也
生年月日
昭和59年(1984)2月24日(42歳)
所属部屋
阿武松部屋
改名歴
八木ヶ谷 匡也 → 若荒雄 匡也
初土俵
平成11年(1999)3月 前相撲(15歳0ヶ月)
新十両
平成20年(2008)1月(所要53場所)
23歳10ヶ月(初土俵から8年10ヶ月)
新入幕
平成21年(2009)7月(所要62場所)
25歳4ヶ月(初土俵から10年4ヶ月)
新小結
平成24年(2012)1月(所要76場所)
27歳10ヶ月(初土俵から12年10ヶ月)
最終場所
平成26年(2014)9月(30歳7ヶ月)
大相撲歴
93場所(15年6ヶ月)
通算成績
466勝444敗29休910出場(勝率.512)
通算93場所
勝ち越し50場所(勝ち越し率.543)
優勝等
幕内次点1回,三段目優勝1回
受賞・金星
敢闘賞1回
幕内戦歴
89勝106敗15休195出場(勝率.456)
在位14場所(在位率.151)
勝ち越し5場所(勝ち越し率.357)
小結戦歴
5勝10敗0休15出場(勝率.333)
在位1場所(在位率.011)
勝ち越し0場所(勝ち越し率.000)
前頭戦歴
84勝96敗15休180出場(勝率.467)
在位13場所(在位率.140)
勝ち越し5場所(勝ち越し率.385)
十両戦歴
167勝176敗0休343出場(勝率.487)
在位23場所(在位率.247)
勝ち越し10場所(勝ち越し率.435)
関取戦歴
256勝282敗15休538出場(勝率.476)
在位37場所(在位率.398)
勝ち越し15場所(勝ち越し率.405)
幕下以下歴
210勝162敗14休372出場(勝率.565)
在位55場所(在位率.591)
勝ち越し35場所(勝ち越し率.636)


松鳳山 裕也

松鳳山 裕也(しょうほうざん ゆうや)福岡県築上郡築上町出身、松ヶ根~二所ノ関~放駒部屋の元力士で、最高位は小結

平成18年(2006)3月場所に22歳1ヶ月で初土俵を踏み、令和4年(2022)5月場所を最後に引退(38歳3ヶ月)(※番付上は令和4年7月場所が最後)

通算成績は582勝605敗22休1187出場。生涯勝率.490。通算96場所中、47場所を勝ち越した(勝ち越し率.495)。

主な成績は幕内次点1回,十両優勝1回幕下優勝2回(同点1),序二段優勝1回殊勲賞1回,敢闘賞3回,金星5個

昭和59年(1984)2月9日生まれ。本名は松谷 裕也。

椎田中学時代に身体の大きさを見込まれて野球部から柔道部へと転身。さらにその体格の良さを見込まれて隣県の大分県立宇佐産業科学高校相撲部の真砂監督から誘いを受け、相撲へと転身した。

高校2、3年次に出場した選抜高校相撲宇佐大会では共に菊次(琴奨菊)に敗れてベスト8。大学は駒澤大学へと進学して数々の大会で優秀な成績をおさめていた。この活躍により当時の松ヶ根親方(元大関・若嶋津)から声をかけられた松谷は入門を決意し、松ヶ根部屋の門を叩いた。

入門から約4年の平成22年5月場所で新十両へと昇進、順調にみえたが大相撲野球賭博問題で野球賭博に関与していたことが発覚して2場所の出場停止処分を受けた。一時は引退も考えたがお世話になった方々への恩返しのために心を入れ替えて稽古に精進、謹慎明けの平成13年1月場所を西幕下51枚目で迎えた松谷は7戦全勝で幕下優勝、さらに翌5月技量審査場所でも幕下全勝優勝をあげて十両復帰を決める。

平成23年11月で新入幕、四股名を松鳳山へと改めた。気迫のこもった激しい相撲と土俵下での笑顔が魅力だった。

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四股名
松鳳山 裕也(しょうほうざん ゆうや)
最高位
小結
出身地
福岡県築上郡築上町
本名
松谷 裕也
生年月日
昭和59年(1984)2月9日
出身高校
宇佐産業科学高校
出身大学
駒澤大学
所属部屋
松ヶ根~二所ノ関~放駒部屋
改名歴
松谷 裕也 → 松鳳山 裕也
初土俵
平成18年(2006)3月 前相撲(22歳1ヶ月)
新十両
平成22年(2010)5月(所要25場所)
26歳3ヶ月(初土俵から4年2ヶ月)
新入幕
平成23年(2011)11月(所要33場所)
27歳9ヶ月(初土俵から5年8ヶ月)
新小結
平成25年(2013)1月(所要40場所)
28歳11ヶ月(初土俵から6年10ヶ月)
最終場所
令和4年(2022)5月(38歳3ヶ月)※番付上は令和4年7月場所
大相撲歴
96場所(16年2ヶ月)
通算成績
582勝605敗22休1187出場(勝率.490)
通算96場所
勝ち越し47場所(勝ち越し率.495)(勝ち越し星157)
優勝等
幕内次点1回,十両優勝1回幕下優勝2回(同点1),序二段優勝1回
受賞・金星
殊勲賞1回,敢闘賞3回,金星5個
持給金
131円50銭(勝ち越し星157個 金星5個)
幕内戦歴
350勝415敗0休765出場(勝率.458)
在位51場所(在位率.531)
勝ち越し23場所(勝ち越し率.451)
小結戦歴
23勝52敗0休75出場(勝率.307)
在位5場所(在位率.052)
勝ち越し0場所(勝ち越し率.000)
前頭戦歴
327勝363敗0休690出場(勝率.474)
在位46場所(在位率.479)
勝ち越し23場所(勝ち越し率.500)
十両戦歴
114勝126敗15休240出場(勝率.475)
在位17場所(在位率.177)
勝ち越し6場所(勝ち越し率.353)
関取戦歴
464勝541敗15休1005出場(勝率.462)
在位68場所(在位率.708)
勝ち越し29場所(勝ち越し率.426)
幕下以下歴
118勝64敗7休182出場(勝率.648)
在位27場所(在位率.281)
勝ち越し18場所(勝ち越し率.667)


昭和59(1984)年生まれの最高位:前頭

佐田の富士 哲博

長崎県南島原市出身、境川部屋の元力士で最高位は前頭2枚目。小学5年生から柔道を始め、長崎の小浜高校柔道部では県大会準優勝の成績をあげた。卒業後に境川部屋に入門すると柔道の「お家芸」である投げ技を封印、突きと押し相撲に徹した。境川部屋初の長崎出身関取。入幕後は一進一退を繰り返して幕内と十両を往復。やがて股関節の状態は悪化し、日常生活に支障をきたすまでとなり引退を決意。

  • 四股名 :佐田の富士 哲博(さだのふじ あきひろ)
  • 最高位 :前頭2枚目
  • 年寄名跡:12代中村⇒14代山科
  • 出身地 :長崎県南島原市
  • 本 名 :山本 哲博
  • 生年月日:昭和59年(1984)12月25日
  • 所属部屋:境川部屋
  • 改名歴 :山本⇒佐田の富士
  • 初土俵 :平成15年(2003)1月(18歳1ヵ月)
  • 新十両 :平成22年(2010)3月(25歳3ヵ月)
  • 新入幕 :平成23年(2011)11月(26歳11ヵ月)
  • 最終場所:平成29年(2017)5月(32歳5ヵ月)
  • 生涯戦歴:434勝459敗14休/893出場(86場所)
  • 生涯勝率:48.6%
  • 優勝等 :十両優勝1回,幕下同点1回
  • 幕内戦歴:137勝193敗(22場所)勝率:41.5%
  • 十両戦歴:124勝131敗(17場所)勝率:48.6%

蒼国来 栄吉

蒼国来 栄吉 (そうこくらい えいきち)中国 内モンゴル自治区出身、荒汐部屋の元力士で、最高位は前頭2枚目

平成15年(2003)9月場所に19歳8ヶ月で初土俵を踏み、令和2年(2020)3月場所を最後に引退(36歳2ヶ月)※番付上は令和2年(2020)7月場所

通算成績は466勝440敗49休902出場。生涯勝率.517。通算86場所中、46場所を勝ち越した(勝ち越し率.541)。

主な成績は幕内(次点1)、十両優勝1回、幕下優勝1回(同点1)、三段目優勝1回、序二段(同点1)、序ノ口優勝1回技能賞1回、金星1個(日馬富士1個)

昭和59年(1984)1月9日生まれ。本名は恩和图布新(エンヘトゥプシン)→エンクートプシン(日本国籍)。

中国内モンゴル自治区出身で荒汐部屋に所属した蒼国来は、右四つの体勢から繰り出す寄りや投げを武器に幕内を務めた力士である。不当な解雇処分から裁判を経て土俵へ復帰を果たすという、大相撲の歴史においても特異な歩みを残し、引退後は師匠として部屋を継承した。

直談判による入門と初期の試練

平成15年(2003年)4月、中国を訪問していた7代荒汐(元小結・大豊)が目当ての弟子候補との交渉がまとまらず帰国が迫っていた際、自ら親方の滞在先ホテルへ足を運び、入門を直談判した。その熱意に折れた7代荒汐が入門を許可し、同年6月に来日した。当初のテストでは必死の思いで股割りをこなして合格したものの、来日直後は再び股割りができなくなっていたという。相撲で失敗した際は元のレスリングに復帰する手筈も整えられた上で、当時弟子が1人しかいなかった荒汐部屋から同年9月場所において初土俵を踏んだ。

平成16年(2004年)1月場所を右上腕骨折で全休したが、同年11月場所で幕下へ昇進する。同年末に内モンゴルへ一時帰郷した際、師匠らはそのまま戻らないのではと危惧したが、本人は途中で投げ出すことを良しとせず、部屋へ戻り稽古を続けた。

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幕下での苦悩と関取昇進

幕下昇進後は上位の壁に跳ね返され、平成20年(2008年)には十二指腸潰瘍を患い番付を大きく落とした。また、レスリング時代の「よく噛んで食べる」習慣が染み付いていたため、相撲特有の一気に飲み食いして増量する行為が苦手であり、体重増加にも苦労した。

それでも地道に体をつくり、平成21年(2009年)11月場所を東幕下筆頭で勝ち越し、翌平成22年(2010年)1月場所において新十両昇進を果たした。中国生まれ・育ちの力士としては初の関取であり、創立8年目の荒汐部屋にとっても初の関取誕生であった。同年9月場所においては新入幕を果たしている。

解雇処分と裁判、そして土俵復帰

幕内に定着しつつあった平成23年(2011年)4月、大相撲八百長問題への関与を認定され、日本相撲協会から引退勧告を受けた。本人は身の潔白を主張して引退届の提出を拒否したため、解雇処分となる。退職金の受け取りも拒否し、東京地方裁判所へ地位保全を求める仮処分を申請した。

解雇期間中は協会から部屋の退去を命じられ、友人宅を転々とする苦労を味わいながらも、日野自動車ラグビー部や代々木公園でのモンゴル相撲の稽古に参加して勝負勘と体力を維持した。そして平成25年(2013年)3月、同地裁より解雇無効の判決が下される。協会側が控訴を断念したことで、同年7月場所において西前頭15枚目の地位で約2年ぶりの現役復帰を果たした。

復帰後の躍進と技能賞、金星獲得

復帰直後は約2年のブランクにより負け越しが続いたものの、温和な性格により周囲の力士たちとの関係を徐々に修復していった。地道な鍛錬によって体重を142キロまで増やし、平成26年(2014年)5月場所で再入幕を果たす。

平成29年(2017年)1月場所では西前頭10枚目で12勝3敗の好成績を収め、自身初となる技能賞を受賞した。この際、師匠から「オレだって技能賞なんてもらったことないんだぞ」と羨まれる一幕もあった。翌3月場所では自己最高位となる東前頭2枚目へと番付を上げ、横綱・日馬富士を破って初となる金星を獲得した。

怪我との戦いと十両優勝

その後は腰痛の影響などにより十両へ陥落するが、西十両7枚目で迎えた平成29年(2017年)11月場所では調子を取り戻し、14勝1敗の圧倒的な成績で十両優勝を飾った。

平成30年(2018年)5月場所で右足の甲を骨折し、その影響で十両を全休して再び幕下へ陥落する試練も味わったが、同年11月場所で7戦全勝の幕下優勝を果たし、関取の座へと返り咲いた。

日本国籍取得と引退・部屋継承

令和元年(2019年)9月に日本国籍を取得した。同年11月には、不当解雇により土俵から離れていた期間のすべてが幕内在位として記録されることが協会より発表された。

師匠の停年退職を目前に控えた令和2年(2020年)3月26日、現役引退を発表するとともに年寄・荒汐(8代)を襲名し、荒汐部屋を継承した。最終的な幕内戦歴は、解雇期間の13場所を加算した38場所として記録されている(実際土俵に上がったのは25場所)。※通算場所数は99場所として記録されている。

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四股名
蒼国来 栄吉 (そうこくらい えいきち)
最高位
前頭2枚目
年寄名跡
9代荒汐 栄吉
出身地
中国 内モンゴル自治区
本名
恩和图布新(エンヘトゥプシン)→エンクートプシン(日本国籍)
生年月日
昭和59年(1984)1月9日(42歳)
所属部屋
荒汐部屋
改名歴
苍國来 栄吉 → 蒼国来 栄吉
初土俵
平成15年(2003)9月 前相撲(19歳8ヶ月)
新十両
平成22年(2010)1月(所要38場所)
26歳0ヶ月(初土俵から6年4ヶ月)
新入幕
平成22年(2010)9月(所要42場所)
26歳8ヶ月(初土俵から7年0ヶ月)
最終場所
令和2年(2020)3月場所(36歳2ヶ月)※番付上は令和2年(2020)7月場所
大相撲歴
86場所(16年6ヶ月)
通算成績
466勝440敗49休902出場(勝率.517)
通算86場所
勝ち越し46場所(勝ち越し率.541)(勝ち越し星136)
優勝等
幕内(次点1),十両優勝1回,幕下優勝1回(同点1),三段目優勝1回,序二段(同点1),序ノ口優勝1回
受賞・金星
技能賞1回,金星1個(日馬富士1個)
持給金
81円(勝ち越し星136個 金星1個)
幕内戦歴
170勝190敗15休357出場(勝率.476)
在位25場所(在位率.291)
勝ち越し10場所(勝ち越し率.400)
前頭戦歴
170勝190敗15休357出場(勝率.476)
在位25場所(在位率.291)
勝ち越し10場所(勝ち越し率.400)
十両戦歴
137勝142敗21休278出場(勝率.493)
在位20場所(在位率.233)
勝ち越し11場所(勝ち越し率.550)
関取戦歴
307勝332敗36休635出場(勝率.483)
在位45場所(在位率.523)
勝ち越し21場所(勝ち越し率.467)
幕下以下歴
159勝108敗13休267出場(勝率.596)
在位40場所(在位率.465)
勝ち越し25場所(勝ち越し率.625)

蒼国来 栄吉の更に詳細なデータは力士名鑑で!

名鑑ページでは、以下のような詳細な分析データをはじめ、豊富な表やグラフをご覧いただけます。

  • ✅ 勝った決まり手1位:寄り切り(175回 / 37.5%)
  • ✅ 負けた決まり手1位:寄り切り(186回 / 42.1%)
  • ✅ 得意な相手:英乃海(11勝1敗 / 勝率.917)
  • ✅ 苦手な相手:琴勇輝(2勝9敗 / 勝率.182)

豊響 隆太

豊響 隆太 (とよひびき りゅうた)山口県下関市出身、境川部屋の元力士で、最高位は前頭2枚目

平成17年(2005)1月場所に20歳1ヶ月で初土俵を踏み、令和3年(2021)5月場所を最後に引退(36歳5ヶ月)※番付上は令和3年(2021)7月場所

通算成績は569勝565敗66休1134出場。生涯勝率.502。通算97場所中、47場所を勝ち越した(勝ち越し率.490)。

主な成績は幕内(次点1)、十両優勝3回(同点1)、序二段優勝1回敢闘賞3回、金星1個(白鵬1個)

昭和59年(1984)11月16日生まれ。本名は門元 隆太。

高校卒業後にトラック運転手などを経て角界へ飛び込み、初土俵からわずか2年半で幕内の土俵へ駆け上がった豊響は、「平成の猛牛」の異名で土俵を沸かせた名力士である。一度は入門が破談になりながらも師匠の男気に触れて角界入りを果たし、網膜剥離や不整脈といった幾多の病に見舞われながらも、自身の代名詞である突き押し相撲を頑なに貫き通した。

入門の破談と師匠の男気

幼少期に両親が離婚し、母の手一つで育てられた。小学2年生の時に山口県豊浦郡豊浦町(現在の山口県下関市)へ移り、地元のスポーツ少年団で相撲を始める。山口県立響高校に在学中、境川親方(元小結・両国)が勧誘に訪れたが、入門を勧める母に対して「だったらお前が行けよ」とぞんざいな口を利いてしまう。これを見た境川親方は「親に向かってそんな口を叩く奴はこっちからごめんだ」と激怒して席を立ち、入門は一度破談となった。

高校卒業後はすぐには相撲界へ進まず、造船所でのアルバイトやトラック運転手などをして生計を立てていた。しかし、平成16年(2004年)の埼玉国体(成年の部)で個人ベスト16に入ったことを機に、相撲への情熱が再燃する。自身の非を叱ってくれた境川親方の男気に惹かれていたこともあり、自ら部屋へ出向いて母への態度を詫びて入門を志願。「命を懸けて来い」と受け入れられ、平成17年(2005年)1月場所において、20歳で本名の「門元」を四股名として初土俵を踏んだ。

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怒涛のスピード出世と「豊響」の誕生

社会人を経てからの遅咲きのスタートであったが、出世の足取りは驚異的であった。序二段優勝を飾るなど各段で結果を残し、初土俵からちょうど2年となる平成19年(2007年)1月場所において新十両昇進を果たす。この昇進に合わせて四股名を「豊響」へと改名した。「豊」の字は出身地である豊浦町と母である豊美さんの一字から、「響」の字は母校である響高校に由来しており、迷惑をかけた母と故郷への感謝が込められた四股名であった。

新十両の場所を見事に10勝5敗の成績で十両優勝で飾ると、続く同年7月場所では早くも新入幕を果たした。幕内として初めて臨んだこの場所でも11勝4敗の好成績を挙げて敢闘賞を受賞し、一気に上位戦線へと番付を駆け上がった。

網膜剥離の試練と大金星

立ち合いからの猛烈なぶちかましと、愚直なまでに前に出る突き押し相撲を武器とし、その迫力ある取り口からいつしか「平成の猛牛」と称されるようになった。しかし、自己最高位となる東前頭2枚目で迎えた平成20年(2008年)11月場所の直前、左目の網膜剥離という力士として致命的な病が判明し、自己最高位の場所を全休するという大きな試練に見舞われる。

それでも「相手に当たる怖さはあったが、押しへのこだわりがあった」と真っ向勝負を貫き通し、土俵へ復帰した。平成22年(2010年)1月場所では西前頭16枚目で12勝3敗の好成績を挙げて優勝争いに加わり、自身3度目となる敢闘賞を獲得する。さらに、東前頭3枚目で迎えた平成24年(2012年)5月場所では、圧倒的な強さを誇っていた横綱・白鵬を破り、自身初にして唯一の金星を獲得した。のちに本人は、この横綱戦での白星を引退会見にて「最も思い出に残る取組」として挙げている。

不整脈との闘いと母への恩返し

その後も幕内中位から上位の土俵で長く存在感を示し続けたが、現役生活の晩年は再び病に苦しめられた。平成30年(2018年)1月場所の直前に不整脈を発症して全休を余儀なくされ、この休場により長く守り続けた関取の座から陥落してしまう。

心臓への負担という大きなリスクを抱え、何度も引退が頭をよぎったというが、「家族に相撲を取る姿を見せたい」「母に恩返しをしたい」という強い思いから決して土俵を諦めることはなかった。その後も3年間にわたり幕下で現役続行への道を模索してもがき続けたが、次第に休場がちとなり、「幕下暮らしで気力がなくなった」と限界を悟る。三段目で全休した令和3年(2021年)5月場所の終了後に引退を決断した。初土俵から16年半、生涯戦歴は569勝565敗であった。

引退後は年寄「山科」を襲名し、日本相撲協会に残って後進の指導にあたっている。引退に際し、入門時の破談から見守り続けてきた師匠の境川親方からは「せっかく『平成の猛牛』という素晴らしいニックネームを頂いたので、『令和の猛牛』を育ててほしい」と愛のあるエールが送られた。度重なる不運や体の故障に泣きながらも、愚直に己の相撲道と家族への思いを貫き通したその歩みは、指導者となった現在も若い力士たちへと受け継がれている。

四股名
豊響 隆太 (とよひびき りゅうた)
最高位
前頭2枚目
年寄名跡
15代山科 隆太(境川)
出身地
山口県豊浦郡豊浦町 → 山口県下関市
本名
門元 隆太
生年月日
昭和59年(1984)11月16日(41歳)
出身高校
響高校
所属部屋
境川部屋
改名歴
門元 隆太 → 豊響 隆太
初土俵
平成17年(2005)1月 前相撲(20歳1ヶ月)
新十両
平成19年(2007)1月(所要12場所)
22歳1ヶ月(初土俵から2年0ヶ月)
新入幕
平成19年(2007)7月(所要15場所)
22歳7ヶ月(初土俵から2年6ヶ月)
最終場所
令和3年(2021)5月場所(36歳5ヶ月)※番付上は令和3年(2021)7月場所
大相撲歴
97場所(16年4ヶ月)
通算成績
569勝565敗66休1134出場(勝率.502)
通算97場所
勝ち越し47場所(勝ち越し率.490)(勝ち越し星147)
優勝等
幕内(次点1),十両優勝3回(同点1),序二段優勝1回
受賞・金星
敢闘賞3回,金星1個(白鵬1個)
持給金
86円50銭(勝ち越し星147個 金星1個)
幕内戦歴
347勝403敗30休750出場(勝率.463)
在位52場所(在位率.536)
勝ち越し21場所(勝ち越し率.404)
前頭戦歴
347勝403敗30休750出場(勝率.463)
在位52場所(在位率.536)
勝ち越し21場所(勝ち越し率.404)
十両戦歴
111勝84敗15休195出場(勝率.569)
在位14場所(在位率.144)
勝ち越し9場所(勝ち越し率.643)
関取戦歴
458勝487敗45休945出場(勝率.485)
在位66場所(在位率.680)
勝ち越し30場所(勝ち越し率.455)
幕下以下歴
111勝78敗21休189出場(勝率.587)
在位30場所(在位率.309)
勝ち越し17場所(勝ち越し率.567)

豊響 隆太の更に詳細なデータは力士名鑑で!

名鑑ページでは、以下のような詳細な分析データをはじめ、豊富な表やグラフをご覧いただけます。

  • ✅ 勝った決まり手1位:押し出し(262回 / 45.6%)
  • ✅ 負けた決まり手1位:叩き込み(84回 / 14.8%)
  • ✅ 得意な相手:北太樹(17勝4敗 / 勝率.810)
  • ✅ 苦手な相手:宝富士(3勝11敗 / 勝率.214)

猛虎浪 栄

  • 四股名 :猛虎浪 栄(もうこなみ さかえ)
  • 最高位 :前頭6枚目
  • 出身地 :モンゴル ザブハン県
  • 本 名 :ガンボルド・バザルサド⇒石川 栄
  • 生年月日:昭和59年(1984)4月5日
  • 所属部屋:立浪部屋
  • 初土俵 :平成13年(2001)3月(16歳11ヵ月)
  • 新十両 :平成18年(2006)1月(21歳9ヵ月)
  • 新入幕 :平成21年(2009)7月(25歳3ヵ月)
  • 最終場所:平成23年(2011)5月(27歳1ヵ月)
  • 生涯戦歴:341勝304敗/645出場(60場所)
  • 生涯勝率:52.9%
  • 優勝等 :なし
  • 幕内戦歴:71勝79敗(10場所)勝率:47.3%
  • 十両戦歴:144勝141敗(19場所)勝率:50.5%

将司 昂親

青森県西津軽郡深浦町出身、入間川部屋の元力士で最高位は前頭8枚目。「昂親」は交通事故で亡くなられた長男の名前。

  • 四股名 :将司 昂親(まさつかさ こうしん)
  • 最高位 :前頭8枚目
  • 出身地 :青森県西津軽郡深浦町
  • 本 名 :小野 正仁
  • 生年月日:昭和59年(1984)6月7日
  • 所属部屋:入間川部屋
  • 改名歴 :小野⇒将司
  • 初土俵 :平成15年(2003)1月(18歳7ヵ月)
  • 新十両 :平成17年(2005)9月(21歳3ヵ月)
  • 新入幕 :平成20年(2008)7月(24歳1ヵ月)
  • 最終場所:平成23年(2011)5月(26歳11ヵ月)
  • 生涯戦歴:305勝266敗21休/570出場(49場所)
  • 生涯勝率:53.4%
  • 優勝等 :十両優勝1回,幕下同点1回,序ノ口優勝1回
  • 幕内戦歴:32勝43敗15休(6場所)勝率:42.7%
  • 十両戦歴:197勝188敗5休(26場所)勝率:51.2%

天鎧鵬 貴由輝

天鎧鵬 貴由輝(てんかいほう たかゆき)熊本県玉名市出身、尾上部屋の元力士で、最高位は前頭8枚目

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平成19年(2007)1月場所に22歳2ヶ月で初土俵を踏み、平成31年(2019)3月場所を最後に引退(34歳5ヶ月)。

通算成績は367勝365敗4休731出場。生涯勝率.501。通算73場所中、40場所を勝ち越した(勝ち越し率.556)。

主な成績は幕下同点1回,三段目優勝1回

昭和59年(1984)10月14日生まれ。本名は南 貴由輝。

熊本の同郷であり文徳高と日本大学の先輩でもある尾上親方のもとに入門。平成23年5月の技量審査場所では東幕下6枚目で4勝3敗だったが大相撲八百長問題で多数の引退者が出たこともあり翌7月場所での新十両昇進を決めた。

昇進とともに改めた四股名は、出身地である玉名市天水町の「天」と「鎧」のように力強くという想い、そして「鵬」の字を用いて父親が付けてくれた。

十両昇進後は巨体を活かした寄りを武器に堅実に勝ち越しを積み上げて所要3場所で新入幕を遂げる。平成31年3月場所を最後に引退。琴奨菊から年寄株を借りて13代秀ノ山を襲名。その後、令和2年2月1日付で23代音羽山を襲名。

年寄
22代・北陣 貴由輝(尾上部屋)
四股名
天鎧鵬 貴由輝(てんかいほう たかゆき)
最高位
前頭8枚目
年寄名跡
13代秀ノ山 貴由輝 → 23代音羽山 貴由輝 → → 24代佐ノ山 貴由輝 → 22代北陣 貴由輝
出身地
熊本県玉名市
本名
南 貴由輝
生年月日
昭和59年(1984)10月14日(41歳)
出身高校
文徳高校
出身大学
日本大学
所属部屋
尾上部屋
改名歴
南 貴由輝 → 天鎧鵬 貴由輝
初土俵
平成19年(2007)1月 前相撲(22歳2ヶ月)
新十両
平成23年(2011)7月(所要26場所)
26歳8ヶ月(初土俵から4年6ヶ月)
新入幕
平成24年(2012)1月(所要29場所)
27歳2ヶ月(初土俵から5年0ヶ月)
最終場所
平成31年(2019)3月(34歳5ヶ月)
大相撲歴
73場所(12年2ヶ月)
通算成績
367勝365敗4休731出場(勝率.501)
通算73場所
勝ち越し40場所(勝ち越し率.556)
優勝等
幕下同点1回,三段目優勝1回
前頭戦歴
38勝63敗4休100出場(勝率.376)
在位7場所(在位率.096)
勝ち越し2場所(勝ち越し率.286)
十両戦歴
160勝170敗0休330出場(勝率.485)
在位22場所(在位率.301)
勝ち越し11場所(勝ち越し率.500)
関取戦歴
198勝233敗4休430出場(勝率.459)
在位29場所(在位率.397)
勝ち越し13場所(勝ち越し率.448)
幕下以下歴
169勝132敗0休301出場(勝率.561)
在位43場所(在位率.589)
勝ち越し27場所(勝ち越し率.628)


山本山 龍太

新入幕時の体重が252キロで話題になるも後に八百長疑惑で引退

  • 四股名 :山本山 龍太(やまもとやま りゅうた)
  • 最高位 :前頭9枚目
  • 出身地 :埼玉県さいたま市
  • 本 名 :山本 龍一
  • 生年月日:昭和59年(1984)5月8日
  • 出身大学:日本大学
  • 所属部屋:尾上部屋
  • 初土俵 :平成19年(2007)1月(22歳8ヵ月)
  • 新十両 :平成20年(2008)9月(24歳4ヵ月)
  • 新入幕 :平成21年(2009)1月(24歳8ヵ月)
  • 最終場所:平成23年(2011)5月(27歳0ヵ月)
  • 生涯戦歴:131勝107敗34休/233出場(25場所)
  • 生涯勝率:55.0%
  • 優勝等 :幕下優勝1回(同点1),序二段優勝1回
  • 幕内戦歴:29勝41敗5休(5場所)勝率:41.4%
  • 十両戦歴:54勝49敗17休(8場所)勝率:52.4%

光龍 忠晴

  • 四股名 :光龍 忠晴(こうりゅう ただはる)
  • 最高位 :前頭11枚目
  • 出身地 :モンゴル ウランバートル市
  • 本 名 :エルデネスフ・ムンフォルギル
  • 生年月日:昭和59年(1984)2月4日
  • 所属部屋:花籠部屋
  • 初土俵 :平成12年(2000)11月(16歳9ヵ月)
  • 新十両 :平成19年(2007)1月(22歳11ヵ月)
  • 新入幕 :平成20年(2008)7月(24歳5ヵ月)
  • 最終場所:平成23年(2011)5月(27歳3ヵ月)
  • 生涯戦歴:331勝292敗4休/623出場(62場所)
  • 生涯勝率:53.1%
  • 優勝等 :十両同点2回
  • 幕内戦歴:44勝76敗(8場所)勝率:36.7%
  • 十両戦歴:139勝116敗(17場所)勝率:54.5%

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カテゴリー : 生まれ年別

公開日:2021-03-26
投稿者:レイ

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