熊本県出身の力士一覧!過去から現在、熊本の主な関取を網羅しました

熊本出身の過去から現在までの主な力士をご紹介する熊本県の大相撲力士まとめ!この記事では熊本出身の関取を中心に、熊本の郷土力士をご紹介していきます。

過去の力士については最高位や改名歴、初土俵や各段の昇進時期と最終場所、さらに生涯戦歴と生涯勝率、成績等を中心にご紹介していきます。また、現役力士については最高位と昇進時期、主な成績などを載せています。

なお、年寄名跡欄のマークは、その代で師匠(部屋持ち親方)になったことがあるという意味です。

現役の熊本県出身力士の最新番付や成績、詳細なデータをご覧になりたい方はこちら



相撲部屋や出身地ごとの成績から、場所中はリアルタイムでランキングを作成しております。今場所好調な相撲部屋や力士の出身地はどこ?

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熊本出身の優勝力士

現在のような優勝制度が制定されたのは明治42年(1909)6月場所からで、熊本県出身の幕内最高優勝力士は令和2年(2020)9月場所の正代が初となります。

では制定以前に遡るとどうか?現在の観点から「優勝に相当する成績」をあげた熊本出身の力士を探すと、横綱・不知火 諾右エ門が1回、同じく横綱の不知火 光右衛門が3回、優勝相当の成績をおさめています。

熊本県出身の優勝力士一覧

では熊本県出身の幕内優勝力士を年月順で一覧表にして見てみましょう。

四股名 優勝場所 回数 優勝時の番付 部屋 出身地 最高位 成績 四股名 備考
1 正代 令和2年9月 東関脇 時津風 熊本県 大関 13勝2敗 正代 熊本出身力士として初の幕内優勝。時津風部屋としても北葉山以来57年ぶりの賜杯。

熊本県出身の優勝力士ランキング

次は熊本県出身力士の優勝回数と成績のランキングです。

順位 四股名 優勝 最高位 部屋 出身地 勝数 敗数 横綱 大関 関脇 小結 前頭
1位 正代 1回 大関 時津風 熊本県 13勝 2敗 0回 0回 1回 0回 0回

熊本県出身力士を検索

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熊本県出身の最高位:横綱

第8代横綱 不知火 諾右エ門

巻き込まれた傷害事件の為に妻子を残して大阪へ、そこから始まった力士人生

  • 四股名 :不知火 諾右エ門(しらぬい なぎえもん)
  • 最高位 :大関(横綱免許)第8代横綱
  • 年寄名跡:10代湊
  • 出身地 :熊本県宇土市
  • 本 名 :近久 信次
  • 生年月日:享和元年(1801)10月
  • 没年月日:嘉永7年(1854)7月24日(享年52歳)
  • 所属部屋:初嵐(堺)⇒湊(大阪)⇒浦風部屋
  • 改名歴 :黒雲⇒濃錦里⇒不知火
  • 初土俵 :文政13年(1822)11月・二段目付出(21歳)
  • 新入幕 :天保8年(1837)1月(35歳)
  • 新大関 :天保10年(1839)3月(37歳)
  • 横綱免許:天保11年(1840)11月(39歳)
  • 最終場所:天保15年(1844)1月(42歳)
  • 生涯戦歴:81勝26敗65休5分2預1無/115出場(20場所)
  • 生涯勝率:75.7%
  • 優勝等 :優勝相当1回
  • 幕内戦歴:48勝15敗65休3分2預1無(14場所)勝率:76.2%
  •   大関:19勝10敗45休3分1預(8場所)勝率:65.5%
  •   関脇:12勝2敗5休1預(2場所)勝率:85.7%
  •   前頭:17勝3敗15休1無(4場所)勝率:85.0%
  • 十両戦歴:33勝11敗2分(6場所)勝率:75.0%

第11代横綱 不知火 光右衛門

土俵入りに名を残すが「白鶴の翼を張れるごとし」と讃えられた土俵入りは実は雲龍型だった

  • 四股名 :不知火 光右衛門(しらぬい こうえもん)
  • 最高位 :大関(横綱免許)第11代横綱
  • 年寄名跡:初代・不知火
  • 出身地 :熊本県菊池郡
  • 本 名 :原野 峰松
  • 生年月日:文政8年(1825)3月3日
  • 没年月日:明治12年(1879)3月24日(享年54歳)
  • 所属部屋:湊(大阪)⇒境川部屋
  • 改名歴 :殿り(しんがり)⇒不知火
  • 初土俵 :嘉永3年(1850)11月・二段目付出(25歳)
  • 新入幕 :安政3年(1856)11月(31歳)
  • 新大関 :文久2年(1862)3月(37歳)
  • 横綱免許:文久3年(1863)10月(38歳)
  • 最終場所:明治2年(1869)11月(44歳)
  • 生涯戦歴:131勝38敗75休15分11預/195出場(30場所)
  • 生涯勝率:77.5%
  • 優勝等 :優勝相当3回
  • 幕内戦歴:119勝35敗75休15分9預(27場所)勝率:77.3%
  •   大関:72勝20敗57休7分2預(16場所)勝率:78.3%
  •   関脇:17勝8敗8休2分2預(4場所)勝率:68.0%
  •   小結:14勝1敗3休2分(2場所)勝率:93.3%
  •   前頭:16勝6敗7休4分5預(5場所)勝率:72.7%
  • 十両戦歴:12勝3敗2預(3場所)勝率:80.0%

熊本県出身の最高位:大関

栃光 正之

熊本県牛深市出身、春日野部屋の元力士で最高位は大関。土俵態度が立派で礼儀正しさが愛された大関。

  • 四股名 :栃光 正之(とちひかり まさゆき)
  • 最高位 :大関
  • 年寄名跡:15代千賀ノ浦
  • 出身地 :熊本県牛深市
  • 本 名 :中村 有雄
  • 生年月日:昭和8年(1933)8月29日
  • 没年月日:昭和52年(1977)3月28日(享年43歳)
  • 所属部屋:春日野部屋
  • 初土俵 :昭和27年(1952)5月(18歳9ヵ月)
  • 新十両 :昭和29年(1954)5月(20歳9ヵ月)
  • 新入幕 :昭和30年(1955)5月(21歳9ヵ月)
  • 新三役 :昭和32年(1957)3月(23歳7ヵ月)
  • 新大関 :昭和37年(1962)7月(28歳11ヵ月)
  • 最終場所:昭和41年(1966)1月(32歳5ヵ月)
  • 生涯戦歴:577勝431敗11休/1006出場(72場所)
  • 生涯勝率:57.2%
  • 優勝等 :幕内次点4回,十両優勝1回,幕下優勝1回
  • 成 績 :殊勲賞3回,敢闘賞2回,金星4個
  • 幕内戦歴:486勝403敗11休(60場所)勝率:54.7%
  •   大関:188勝131敗11休(22場所)勝率:58.9%
  •   関脇:57勝48敗(7場所)勝率:54.3%
  •   小結:60勝60敗(8場所)勝率:50.0%
  •   前頭:181勝164敗(23場所)勝率:52.5%
  • 十両戦歴:45勝15敗(4場所)勝率:75.0%

正代 直也

正代 直也(しょうだい なおや)は熊本県 宇土市出身、時津風部屋の力士で最高位は大関。令和8年5月場所の番付は西 前頭5枚目。

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熊本県宇土市立宇土小学校の1年次に公園で相撲を取って遊んでいたところ、宇土少年相撲クラブの監督にその才能を見出されて道場に通い始めた。5年次にはわんぱく相撲全国大会に出場するなど早くから頭角を現す。宇土市立鶴城中学校3年次に全国中学校相撲選手権大会でベスト8の実績を積むと、熊本農業高校3年次には国体少年の部の個人戦で優勝を果たし、全国的な強豪選手へと成長を遂げた。

学生横綱の栄冠と角界入りへの決意

高校卒業後は東京農業大学へと進学し、2年次に全国学生相撲選手権大会で優勝を飾って学生横綱のタイトルを獲得した。この実績により幕下15枚目格付出の資格を得たものの、学業を優先させるために期限内での行使を見送った。3年次には全日本相撲選手権大会の決勝で遠藤聖大(のちの小結・遠藤)に敗れてアマチュア横綱のタイトルを逃し、4年次も主要タイトルを獲得できなかった。

当初は角界入りを現実的に考えていなかったが、大学4年の夏に赴いた教育実習で重圧から2週間で体重が10キロ落ちるほど苦労を重ね、自身は教師に向いていないと痛感する。その際、毎年春に行われる時津風部屋との合同合宿で縁のあった豊ノ島からプロで通用すると背中を押されたことを思い出し、大学卒業後の平成26年(2014年)3月場所において、時津風部屋から前相撲で初土俵を踏んだ。

驚異のスピード出世とネガティブ関取

付出資格は失効していたため前相撲からの初土俵となったが、持ち前の実力を発揮して初土俵から一度も負け越すことなく、所要9場所で十両へ昇進した。新十両昇進時の記者会見では、対戦したい相手を問われて「誰とも当たりたくない」と答えるなど、悲観的な発言を連発して「超ネガティブ関取」と話題を呼んだ。

しかし土俵上では勢いを見せ、西十両5枚目で迎えた平成27年(2015年)11月場所においては13勝2敗で十両優勝を飾る。翌平成28年(2016年)1月場所には新入幕を果たし、10勝を挙げて敢闘賞を受賞した。初土俵からわずか所要12場所での三賞受賞は、幕下付出を除けば歴代2位のスピード記録であった。

悲願の幕内最高優勝と大関昇進

幕内でも上位に定着し、平成29年(2017年)1月場所では初土俵から所要17場所というスピードで新関脇に昇進する。東関脇で迎えた令和2年(2020年)9月場所では初日から好調を維持して優勝争いの先頭に立ち、千秋楽の結びの一番で新入幕の翔猿を突き落としで破って、13勝2敗の成績で自身初となる幕内最高優勝を果たした。

これは優勝制度が制定された明治42年(1909年)以降、熊本県出身力士として初めての賜杯であり、時津風部屋にとっても実に57年ぶりの幕内最高優勝であった。直近3場所で合計32勝の好成績が評価され、場所後の番付編成会議ならびに臨時理事会を経て大関への昇進が決定した。伝達式では「至誠一貫の精神で相撲道に邁進して参ります」と口上を述べた。

大関陥落と土俵際での持ち味

大関昇進後は怪我の影響もあり、角番と勝ち越しを繰り返す苦しい土俵が続いた。令和4年(2022年)11月場所を角番で負け越し、在位13場所で大関の地位から陥落する。立合いにおいて顎を上げて相手の当たりを胸で受けてしまい、あっさりと後退する場面や、腰高の姿勢が度々課題として指摘されるが、他にはない独特で柔らかな足腰を備えている。土俵際まで押し込まれた状態から凌いで白星を拾う相撲が多く、劣勢になっても引き技に頼らない点に持ち味がある。令和6年(2024年)1月場所の7日目には横綱・照ノ富士を寄り倒しで破り、自身としては大関昇進前の平成29年(2017年)7月場所以来、約6年半ぶり2個目となる金星を獲得した。

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💡 熊本県出身一覧💡 時津風部屋の力士

四股名
正代 直也(しょうだい なおや)
最高位
大関
最新番付
西 前頭5枚目
出身地
熊本県 宇土市
本名
正代 直也
生年月日
平成3年(1991)11月5日(34歳)
身長・体重
184cm・169kg
出身高校
熊本農業高校
出身大学
東京農業大学
所属部屋
時津風部屋
初土俵
平成26年(2014)3月(22歳4ヵ月)
新十両
平成27年(2015)9月(23歳10ヵ月)
新入幕
平成28年(2016)1月(24歳2ヵ月)
新小結
平成29年(2017)3月(25歳4ヵ月)
新関脇
平成29年(2017)1月(25歳2ヵ月)
新大関
令和2年(2020)11月(29歳0ヵ月)
優勝
幕内優勝1回,十両優勝1回,幕下優勝1回,序ノ口優勝1回
受賞・金星
殊勲賞1回,敢闘賞6回,金星2個
通算成績
534勝469敗10休/1002出場(勝率:53.3%)
直近7場所
50勝52敗
7場所勝率
49.0%
得意技
右四つ・寄り
決まり手傾向(直近7場所)
正代が勝ちの決まり手(44勝)※不戦勝2含む
突き落とし8
押し出し7
寄り切り5
上手投げ4
寄り倒し4
引き落とし4
その他10
正代が負けの決まり手(46敗)
押し出し20
寄り切り19
突き出し2
突き落とし1
網打ち1
送り投げ1
その他2
令8年5月
西 前頭5枚目(3枚上昇)
6勝6敗
●○●●●|○●●○○|○○   
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年3月
西 前頭8枚目(半枚降下)
8勝7敗
●□○○○|○●●□○|●●●●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年1月
東 前頭8枚目(2枚半降下)
7勝8敗
○○●○●|●●○●●|○○●●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

▼ さらに過去の成績(4場所分)を見る
令7年11
西 前頭5枚目(5枚半上昇)
4勝11敗
●●○●●|○○●●○|●●●●●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年9月
東 前頭11枚目(2枚半上昇)
10勝5敗
○○●○○|○○○○●|○●●●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年7月
西 前頭13枚目(3枚降下)
9勝6敗
○○●○●|●○●○○|●○○○●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年5月
西 前頭10枚目
6勝9敗
●○○●●|●●○●●|●●○○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

熊本県出身の最高位:関脇

不動岩 三男

214㎝の長身を活かした豪快な吊り出しと上手投げで期待されたが、内臓疾患のため振るわず

  • 四股名 :不動岩 三男(ふどういわ みつお)
  • 最高位 :関脇
  • 年寄名跡:9代粂川⇒6代式秀
  • 出身地 :熊本県熊本市
  • 本 名 :野田 三男
  • 生年月日:大正13年(1924)8月6日
  • 没年月日:昭和39年(1964)4月15日(享年39歳)
  • 所属部屋:粂川⇒双葉山⇒時津風部屋
  • 改名歴 :野田⇒不動岩
  • 初土俵 :昭和15年(1940)1月(15歳5ヵ月)
  • 新十両 :昭和19年(1944)5月(19歳9ヵ月)
  • 新入幕 :昭和19年(1944)11月(20歳3ヵ月)
  • 新三役 :昭和20年(1945)11月(21歳3ヵ月)
  • 最終場所:昭和29年(1954)1月(29歳5ヵ月)
  • 生涯戦歴:187勝196敗22休/381出場(35場所)
  • 生涯勝率:48.8%
  • 優勝等 :幕下優勝1回
  • 幕内戦歴:105勝126敗15休(19場所)勝率:45.5%
  •   関脇:5勝8敗(1場所)勝率:38.5%
  •   小結:5勝5敗(1場所)勝率:50.0%
  •   前頭:95勝113敗15休(17場所)勝率:45.7%
  • 十両戦歴:42勝51敗7休(7場所)勝率:45.2%

福の花 孝一

強烈な突っ張りで「フックの花」と恐れられた

  • 四股名 :福の花 孝一(ふくのはな こういち)
  • 最高位 :関脇
  • 年寄名跡:13代関ノ戸
  • 出身地 :熊本県菊池郡合志町
  • 本 名 :福島 孝一⇒松井 孝一
  • 生年月日:昭和15年(1940)7月1日
  • 所属部屋:出羽海部屋
  • 改名歴 :福島⇒福の花⇒福ノ花⇒福の花
  • 初土俵 :昭和33年(1958)1月(17歳6ヵ月)
  • 新十両 :昭和39年(1964)7月(24歳0ヵ月)
  • 新入幕 :昭和40年(1965)9月(25歳2ヵ月)
  • 新三役 :昭和42年(1967)3月(26歳8ヵ月)
  • 最終場所:昭和50年(1975)11月(35歳4ヵ月)
  • 生涯戦歴:638勝622敗32休/1257出場(108場所)
  • 生涯勝率:50.6%
  • 優勝等 :幕内次点3回,幕下優勝1回
  • 成 績 :敢闘賞7回,金星5個
  • 幕内戦歴:421勝466敗28休(61場所)勝率:47.5%
  •   関脇:0勝9敗6休(1場所)勝率:0.0%
  •   小結:36勝54敗(6場所)勝率:40.0%
  •   前頭:385勝403敗22休(54場所)勝率:48.9%
  • 十両戦歴:65勝40敗(8場所)勝率:61.9%

熊本県出身の最高位:小結

潮錦 義秋

力が強く「仁王様」と呼ばれ、悠々とした土俵態度で人気があった

  • 四股名 :潮錦 義秋(しおにしき よしあき)
  • 最高位 :小結
  • 年寄名跡:7代式秀
  • 出身地 :熊本県下益城郡
  • 本 名 :村上 義秋
  • 生年月日:大正13年(1924)9月25日
  • 没年月日:平成17年(2005)6月24日(享年80歳)
  • 所属部屋:荒汐⇒双葉山⇒時津風部屋
  • 改名歴 :村上⇒汐錦⇒潮錦
  • 初土俵 :昭和16年(1941)1月(16歳4ヵ月)
  • 新十両 :昭和23年(1948)10月(24歳1ヵ月)
  • 新入幕 :昭和27年(1952)1月(27歳4ヵ月)
  • 新三役 :昭和34年(1959)7月(34歳10ヵ月)
  • 最終場所:昭和36年(1961)11月(37歳2ヵ月)
  • 生涯戦歴:445勝475敗10休1分/919出場(72場所)
  • 生涯勝率:48.4%
  • 優勝等 :十両優勝1回
  • 成 績 :殊勲賞1回,金星1個
  • 幕内戦歴:317勝371敗1休1分(46場所)勝率:46.1%
  •   小結:3勝12敗(1場所)勝率:20.0%
  •   前頭:314勝359敗1休1分(45場所)勝率:46.7%
  • 十両戦歴:79勝71敗9休(12場所)勝率:52.7%

濱ノ嶋 啓志

濱ノ嶋 啓志 (はまのしま けいし)熊本県宇土市出身、三保ヶ関部屋の元力士で、最高位は小結

平成4年(1992)1月場所に21歳9ヶ月で初土俵を踏み、平成16年(2004)5月場所を最後に引退(34歳1ヶ月)。

通算成績は447勝495敗18休941出場。生涯勝率.475。通算75場所中、39場所を勝ち越した(勝ち越し率.520)。

主な成績は十両優勝1回殊勲賞1回

昭和45年(1970)3月21日生まれ。本名は濱洲 圭志。

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熊本県宇土市出身の濱ノ嶋は、小兵ながら立ち合いの駆け引きと前褌を取っての技能的な相撲で活躍し、最高位は小結まで昇進した。引退後は年寄・尾上を襲名して尾上部屋を創設し、把瑠都などの関取を育て上げるなど指導者としても存在感を示している。

同期生との切磋琢磨と角界入り

熊本工大高等学校(現・文徳高等学校)から日本大学へと進み、常に競い合う同級生であった坂本(のちの前頭筆頭・肥後ノ海)と共に全国の舞台で実績を残した。平成4年(1992年)1月場所、揃って三保ヶ関部屋へ入門し、幕下60枚目格付出で同時に初土俵を踏み、角界での歩みを始めた。本名の「濱洲」を四股名とし、着実に地力をつけていった。

昇進の悲哀と新入幕

平成5年(1993年)1月場所で新十両に昇進すると、四股名を「濱ノ嶋」に改名する。同年9月場所では西十両3枚目の地位で11勝4敗の好成績を収め、自身初となる十両優勝を飾った。通例であれば入幕が確実視される成績と地位であったが、番付編成の運に恵まれず入幕を見送られるという悲哀を味わう。それでも翌場所を勝ち越して実力を証明し、平成6年(1994年)1月場所で新入幕を果たした。

技能派としての活躍と三役昇進

入幕後は持ち前の相撲巧者ぶりを発揮し、上位陣を苦しめる。平成6年(1994年)7月場所では勝ち越しを決めて自身初となる殊勲賞を獲得し、翌9月場所で自己最高位となる西小結へ昇進した。三役在位はこの1場所のみに留まったが、玄人好みの取り口で長きにわたり幕内の地位に定着して土俵を沸かせ続けた。

闘病と土俵への執念

30代を迎えた現役後期は糖尿病に苦しめられ、本来の相撲が取れずに大きく番付を落としていく。平成13年(2001年)3月場所で負け越して十両へ降格すると、翌平成14年(2002年)1月場所では西十両8枚目で4勝11敗と大敗を喫し、続く3月場所で幕下まで陥落した。すでに年寄名跡を取得済みであったため周囲からは引退が濃厚と見られていたが、本人の土俵への情熱は衰えず、幕下の地位で2年以上にわたり相撲を取り続けた。しかし西幕下13枚目で迎えた平成16年(2004年)5月場所中に現役引退を表明。初土俵から75場所を務めた土俵人生に幕を下ろした。

独立と部屋創設、そして試練

引退後は三保ヶ関部屋で部屋付き親方として指導にあたり、自身を慕う弟子も増え、師匠からも将来の後継者として熱い期待を寄せられていた。しかし、名門部屋を継承する重圧もあり、独立して自らの部屋を持つ道を選択する。平成18年(2006年)8月、内弟子であった把瑠都や里山らを連れて分家独立し、大田区初となる相撲部屋「尾上部屋」を池上に創設した。

師匠として把瑠都を大関に昇進させるなど育成手腕を見せたが、平成23年(2011年)に発覚した大相撲八百長問題では複数の所属力士が関与したことで引退勧告を受け、自身も監督責任を問われて委員から年寄へ降格する厳しい処分を受けた。その後も真摯に指導を続け、現在も弟子の育成に尽力している。

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四股名
濱ノ嶋 啓志 (はまのしま けいし)
最高位
小結
年寄名跡
17代尾上 圭志(三保ヶ関) → 17代尾上 圭志
出身地
熊本県宇土市
本名
濱洲 圭志
生年月日
昭和45年(1970)3月21日(56歳)
出身高校
熊本工大高校
出身大学
日本大学
所属部屋
三保ヶ関部屋
改名歴
濱洲 圭志 → 濱ノ嶋 啓志
初土俵
平成4年(1992)1月 幕下60枚目付出(21歳9ヶ月)
新十両
平成5年(1993)1月(所要6場所)
22歳9ヶ月(初土俵から1年0ヶ月)
新入幕
平成6年(1994)1月(所要12場所)
23歳9ヶ月(初土俵から2年0ヶ月)
新小結
平成6年(1994)9月(所要16場所)
24歳5ヶ月(初土俵から2年8ヶ月)
最終場所
平成16年(2004)5月場所(34歳1ヶ月)
大相撲歴
75場所(12年4ヶ月)
通算成績
447勝495敗18休941出場(勝率.475)
通算75場所
勝ち越し39場所(勝ち越し率.520)(勝ち越し星89)
優勝等
十両優勝1回
受賞・金星
殊勲賞1回
持給金
47円50銭(勝ち越し星89個)
幕内戦歴
293勝367敗0休660出場(勝率.444)
在位44場所(在位率.587)
勝ち越し21場所(勝ち越し率.477)
三役戦歴
6勝9敗0休15出場(勝率.400)
在位1場所(在位率.013)
勝ち越し0場所(勝ち越し率.000)
小結戦歴
6勝9敗0休15出場(勝率.400)
在位1場所(在位率.013)
勝ち越し0場所(勝ち越し率.000)
前頭戦歴
287勝358敗0休645出場(勝率.445)
在位43場所(在位率.573)
勝ち越し21場所(勝ち越し率.488)
十両戦歴
78勝71敗16休148出場(勝率.527)
在位11場所(在位率.147)
勝ち越し6場所(勝ち越し率.545)
関取戦歴
371勝438敗16休808出場(勝率.459)
在位55場所(在位率.733)
勝ち越し27場所(勝ち越し率.491)
幕下以下歴
76勝57敗2休133出場(勝率.571)
在位20場所(在位率.267)
勝ち越し12場所(勝ち越し率.600)

濱ノ嶋 啓志の更に詳細なデータは力士名鑑で!

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  • ✅ 勝った決まり手1位:寄り切り(229回 / 51.2%)
  • ✅ 負けた決まり手1位:寄り切り(147回 / 29.7%)
  • ✅ 得意な相手:浪之花(7勝1敗 / 勝率.875)
  • ✅ 苦手な相手:若乃花(0勝9敗 / 勝率.000)

智ノ花 伸哉

熊本県八代市出身、立浪部屋の元力士で最高位は小結。妻子持ちだった27歳の時に教職を投げ打って初土俵を踏んだ「先生力士」。

  • 18代・玉垣 伸哉(大島部屋)
  • 四股名 :智ノ花 伸哉(とものはな しんや)
  • 最高位 :小結
  • 年寄名跡:準年寄・智乃花⇒11代浅香山⇒18代玉垣
  • 出身地 :熊本県八代市
  • 本 名 :成松 伸哉
  • 生年月日:昭和39年(1964)6月23日(61歳)
  • 出身大学:日本大学
  • 所属部屋:立浪部屋
  • 改名歴 :成松⇒智ノ花⇒智乃花
  • 初土俵 :平成4年(1992)3月・幕下60付出(27歳9ヵ月)
  • 新十両 :平成4年(1992)11月(28歳5ヵ月)
  • 新入幕 :平成5年(1993)7月(29歳1ヵ月)
  • 新三役 :平成6年(1994)1月(29歳7ヵ月)
  • 最終場所:平成13年(2001)11月(37歳5ヵ月)
  • 生涯戦歴:379勝381敗85休/756出場(59場所)
  • 生涯勝率:49.9%
  • 優勝等 :十両同点1回,幕下優勝1回
  • 成 績 :技能賞2回
  • 幕内戦歴:104勝121敗15休(16場所)勝率:46.2%
  •   小結:4勝11敗(1場所)勝率:26.7%
  •   前頭:100勝110敗15休(15場所)勝率:47.6%
  • 十両戦歴:252勝255敗63休(38場所)勝率:49.7%

普天王 水

普天王 水 (ふてんおう いずみ)熊本県玉名市出身、出羽海部屋の元力士で、最高位は小結

平成15年(2003)1月場所に22歳4ヶ月で初土俵を踏み、平成23年(2011)1月場所を最後に引退(30歳4ヶ月)※番付上は平成23年(2011)5月場所

通算成績は326勝347敗14休670出場。生涯勝率.487。通算49場所中、23場所を勝ち越した(勝ち越し率.469)。

主な成績は幕下(同点1)敢闘賞1回、技能賞1回

昭和55年(1980)8月28日生まれ。本名は内田 水。

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熊本県玉名郡天水町(現・玉名市)出身の普天王は、アマチュア相撲で数々のタイトルを獲得して角界入りし、最高位は小結まで昇進した力士である。突き押しや左四つからの力強い攻めを武器に活躍したほか、現役力士として初めて個人ブログを開設して大相撲の裏側や日常を発信し、ファンから広く親しまれた。引退後は年寄・稲川を襲名し、複数の部屋での指導を経て、現在は木瀬部屋の部屋付き親方として後進の指導にあたっている。

アマチュア横綱から角界へ

恵まれた体格であったことから自然な流れで相撲を始め、天水町立小天小学校(当時)4年次に出場したわんぱく相撲全国大会で優勝を果たしてわんぱく横綱に輝くなど、早くから才能を発揮した。文徳高校時代には、当時明徳義塾高校へ相撲留学していた同い年の朝青龍と対戦して勝利を収めている。日本大学へ進学後も実力を伸ばし、2年次には全日本相撲選手権大会を制してアマチュア横綱のタイトルを獲得。大学時代に計14ものタイトルを獲得した。

この実績により幕下15枚目格付出の資格を取得。「自分の実力が角界でどれだけ通用するか」という挑戦心を胸に出羽海部屋へ入門し、平成15年(2003年)1月場所において本名の「内田」で初土俵を踏んだ。入門時は名門部屋の重圧を問われたが、「やるのは自分だからプレッシャーはない」と、後先を考えず強心臓ぶりを見せていた。

記録的昇進の逸機と新入幕

初土俵の場所では持ち味の左四つからの速攻で6連勝とし、史上初となる「所要1場所での十両昇進」の快挙に王手をかける。しかし、運命の7番相撲で琴乃峰の下手投げに敗れて偉業達成はならず、その後の7人による優勝決定戦でも黒海に敗れて幕下優勝を逃した。それでも翌3月場所で6勝1敗の好成績を収め、初土俵から所要2場所となる同年5月場所で新十両への昇進を果たす。この時に四股名を、世の全てを意味する「普天」と牛頭天王にちなんで父親が名付けた「普天王」へと改めた。十両の土俵でも着実に白星を重ね、平成16年(2004年)3月場所で新入幕を果たした。

幕内上位の壁に跳ね返される時期もあったが、平成17年(2005年)5月場所では東前頭10枚目で11勝4敗の好成績を収めて自身初となる敢闘賞を受賞。続く7月場所でも10勝を挙げて技能賞を獲得し、翌9月場所で自己最高位となる新小結への昇進を決めた。この小結昇進の場所では、初日に横綱・朝青龍から白星を挙げて大いに館内を沸かせている。

現役力士初のブログ開設と苦闘の晩年

土俵での活躍の一方で、新小結に昇進した平成17年(2005年)には現役力士として初めて自身の個人ブログを開設。巡業の様子や力士の素顔など、大相撲の裏側を親しみやすい文章で発信し、インターネットを通じて新たな相撲ファンを獲得する先駆けとなった。

しかし土俵上では、小結昇進の場所で初日から連勝したのちに8連敗を喫するなど大きく負け越し、平幕へ降下する。その後も大関陣を破る活躍を見せながらも上位には定着できず、怪我の影響もあって幕内中位から下位にかけて長く定着するものの、再び三役の座へ戻ることは叶わなかった。

関取陥落と現役引退

平成21年(2009年)には年間を通じて負け越しが続き、同年11月場所で十両へ陥落する。翌平成22年(2010年)には関取の座を失い、さらに同年7月場所では大相撲野球賭博問題への関与による謹慎処分を受けて全休を余儀なくされた。番付を幕下下位まで落としたのちに勝ち越して復活の兆しを見せたものの、平成23年(2011年)5月の技量審査場所を前に「八百長問題による春場所中止で気持ちが続かなくなった」として現役引退を表明。初土俵から49場所、幕内を33場所務めた土俵人生に幕を下ろした。

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指導者としての歩みと部屋移籍

引退後は年寄名跡を取得して「稲川」を襲名し、出羽海部屋の部屋付き親方として後進の指導にあたっていた。その後、平成26年(2014年)6月に同門の千賀ノ浦部屋(現・湊川部屋)へと移籍する。しかし、その千賀ノ浦部屋が出羽海一門を離脱して貴乃花一門(当時)へと合流することになると、自身は行動を共にせず平成28年(2016年)5月に木瀬部屋へと転籍して出羽海一門に留まった。現在は相撲教習所の指導員を務めるなど、アマチュア相撲での経験も生かしながら弟子の育成に情熱を注いでいる。

四股名
普天王 水 (ふてんおう いずみ)
最高位
小結
年寄名跡
13代稲川 有樹(出羽海) → 13代稲川 有樹(千賀ノ浦) → 13代稲川 有樹(木瀬)
出身地
熊本県玉名郡天水町 → 熊本県玉名市
本名
内田 水
生年月日
昭和55年(1980)8月28日(45歳)
出身高校
文徳高校
出身大学
日本大学
所属部屋
出羽海部屋
改名歴
内田 水 → 普天王 水
初土俵
平成15年(2003)1月 幕下15枚目付出(22歳4ヶ月)
新十両
平成15年(2003)5月(所要2場所)
22歳8ヶ月(初土俵から0年4ヶ月)
新入幕
平成16年(2004)3月(所要7場所)
23歳6ヶ月(初土俵から1年2ヶ月)
新小結
平成17年(2005)9月(所要16場所)
25歳0ヶ月(初土俵から2年8ヶ月)
最終場所
平成23年(2011)1月場所(30歳4ヶ月)※番付上は平成23年(2011)5月場所
大相撲歴
49場所(8年0ヶ月)
通算成績
326勝347敗14休670出場(勝率.487)
通算49場所
勝ち越し23場所(勝ち越し率.469)(勝ち越し星78)
優勝等
幕下(同点1)
受賞・金星
敢闘賞1回,技能賞1回
持給金
42円(勝ち越し星78個)
幕内戦歴
231勝260敗4休489出場(勝率.472)
在位33場所(在位率.673)
勝ち越し14場所(勝ち越し率.424)
三役戦歴
5勝10敗0休15出場(勝率.333)
在位1場所(在位率.020)
勝ち越し0場所(勝ち越し率.000)
小結戦歴
5勝10敗0休15出場(勝率.333)
在位1場所(在位率.020)
勝ち越し0場所(勝ち越し率.000)
前頭戦歴
226勝250敗4休474出場(勝率.477)
在位32場所(在位率.653)
勝ち越し14場所(勝ち越し率.438)
十両戦歴
72勝75敗3休146出場(勝率.493)
在位10場所(在位率.204)
勝ち越し6場所(勝ち越し率.600)
関取戦歴
303勝335敗7休635出場(勝率.477)
在位43場所(在位率.878)
勝ち越し20場所(勝ち越し率.465)
幕下以下歴
23勝12敗7休35出場(勝率.657)
在位6場所(在位率.122)
勝ち越し3場所(勝ち越し率.500)

普天王 水の更に詳細なデータは力士名鑑で!

名鑑ページでは、以下のような詳細な分析データをはじめ、豊富な表やグラフをご覧いただけます。

  • ✅ 勝った決まり手1位:寄り切り(193回 / 59.0%)
  • ✅ 負けた決まり手1位:寄り切り(110回 / 31.6%)
  • ✅ 得意な相手:栃乃洋(12勝2敗 / 勝率.857)
  • ✅ 苦手な相手:北勝力(3勝13敗 / 勝率.188)

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