鹿児島県出身の力士一覧!過去から現在、鹿児島の主な関取を網羅しました

鹿児島出身の過去から現在までの主な力士をご紹介する鹿児島県の大相撲力士まとめ!この記事では鹿児島出身の関取を中心に、鹿児島の郷土力士をご紹介していきます。

過去の力士については最高位や改名歴、初土俵や各段の昇進時期と最終場所、さらに生涯戦歴と生涯勝率、成績等を中心にご紹介していきます。また、現役力士については最高位と昇進時期、主な成績などを載せています。

なお、年寄名跡欄のマークは、その代で師匠(部屋持ち親方)になったことがあるという意味です。

現役の鹿児島県出身力士の最新番付や成績、詳細なデータをご覧になりたい方はこちら


鹿児島出身の優勝力士一覧

優勝制度が制定された明治42年(1909)6月場所以降、鹿児島出身の幕内最高優勝力士は5人が誕生しています。

鹿児島出身初優勝はいつで誰?

鹿児島出身力士で初の優勝は、大正5年(1916)1月場所で大関だった西ノ海(2代)(最高位・横綱)でした。

鹿児島出身最後の優勝力士は?

鹿児島出身力士で最後の優勝力士は誰かというと大関・霧島で平成3年(1991)1月場所でした。この時以来、鹿児島県出身の優勝力士は途絶えています。

では鹿児島県出身の幕内優勝力士を年月順で一覧表にして見てみましょう。

鹿児島県出身力士の年月順優勝リスト

鹿児島県出身の優勝力士ランキング

次に優勝回数をランキングにしてみてみましょう。最多は5回で朝潮(3代)です。5度の優勝のうち、実に4度大阪場所で賜杯を抱いた朝潮は「大阪太郎」と呼ばれるほど大阪との相性が良かった横綱でした。

鹿児島県出身力士の優勝回数と成績リスト

鹿児島出身の横綱

西ノ海 嘉治郎(初代)

鹿児島県薩摩川内市出身、高砂部屋の元力士で最高位は横綱。京都相撲の鯨波(ときのこえ)部屋に入門、西ノ海の四股名で明治7年(1875)に初土俵を踏み、明治14年(1881)には京都相撲で小結まで番付を上げていた。

この頃、改革をうたって東京相撲会所を脱退した初代高砂浦五郎率いる「高砂改正組」の巡業に参加した西ノ海は、高砂に大いに認められ、高砂が東京相撲会所に復帰するや乞われて上京、西ノ海は高砂部屋所属となる。

高砂のはからいで明治15年(1882)1月の初土俵は幕内格付け出しという特別待遇でのスタート。この期待に違わず西ノ海は順調に番付を上げていくと3年後の明治18年(1885)1月場所では当時の相撲界の「最高位」である大関にまで昇進した。

しかしここからが不運の始まり。翌場所も6勝1敗2分と好成績の西ノ海だったが、それを関脇・大達が8勝1敗と上回ると、なんと翌場所は大達に大関を譲る形で関脇に落とされてしまった。その後も好成績を上げても他の力士との兼ね合いでなかなか大関に戻れず、ようやく西ノ海が大関に復帰できたのは4年半後の明治23年(1890)1月場所だった。

大関復帰の場所を7勝2敗で終えた西ノ海は、場所後の天覧相撲に合わせて横綱免許が授与された。

こうして第16代横綱の「名誉称号」を得た西ノ海だったが翌場所の番付では他の優秀な大関候補に押される形で「張出大関」にさせられそうになる。これには「横綱を許されたのに張り出されるのは侮辱だ」と納得のいかない西ノ海。散々もめた末に編み出された解決策は、大関ではなく「横綱」として張り出すというものだった。

従来の階級では「大関」が番付の最高位であり「横綱」はあくまで名誉称号だったが、番付史上初めて「横綱」と明記されることとなった。こののち、横綱が「最高位」として認められて現代に至ることになる。

こうして横綱として6年12場所を務めた西ノ海は明治29年(1896)1月場所で引退。7代井筒を襲名した後、独立して井筒部屋を開くと西ノ海嘉治郎(2代)や駒ヶ嶽國力、大江山松太郎に逆鉾与治郎などを育て上げた。現代へと続く「井筒の系譜」の礎を築く。

  • 四股名 :西ノ海 嘉治郎(初代)(にしのうみ かじろう)
  • 最高位 :第16代横綱
  • 年寄名跡:7代井筒
  • 出身地 :鹿児島県薩摩川内市
  • 本 名 :小園 嘉次郎
  • 生年月日:安政2年(1855)1月3日
  • 没年月日:明治41年(1908)11月30日(享年53歳)
  • 所属部屋:鯨波(京都)⇒高砂部屋
  • 初土俵 :明治15年(1882)1月・幕内付出(27歳0ヵ月)
  • 新入幕 :明治15年(1882)1月(27歳0ヵ月)
  • 新三役 :明治16年(1883)5月(28歳4ヵ月)
  • 新大関 :明治18年(1885)1月(30歳0ヵ月)
  • 横綱昇進:明治23年(1890)5月(35歳4ヵ月)
  • 最終場所:明治29年(1896)1月(41歳0ヵ月)
  • 生涯戦歴:127勝37敗97休25分4預/193出場(29場所)
  • 生涯勝率:77.4%
  • 優勝等 :優勝相当2回
  • 幕内戦歴:127勝37敗97休25分4預(29場所)勝率:77.4%
  •   横綱:44勝13敗60休1分2預(12場所)勝率:77.2%
  •   大関:16勝3敗4休7分(3場所)勝率:84.2%
  •   関脇:38勝10敗10休10分2預(7場所)勝率:79.2%
  •   小結:15勝5敗17休3分(4場所)勝率:75.0%
  •   前頭:14勝6敗6休4分(3場所)勝率:70.0%

西ノ海 嘉治郎(2代)

35歳11ヶ月での高齢初優勝、協会取締役として東西合併にも尽力した

  • 四股名 :西ノ海 嘉治郎(2代)(にしのうみ かじろう)
  • 最高位 :第25代横綱
  • 年寄名跡:8代井筒
  • 出身地 :鹿児島県西之表市
  • 本 名 :牧瀬 休八⇒近藤 休八
  • 生年月日:明治13年(1880)2月6日
  • 没年月日:昭和6年(1931)1月27日(享年50歳)
  • 所属部屋:高砂⇒佐ノ山⇒井筒部屋
  • 改名歴 :種子ヶ島⇒星甲⇒錦洋⇒西ノ海
  • 初土俵 :明治33年(1900)1月(19歳11ヵ月)
  • 新十両 :明治38年(1905)5月(25歳3ヵ月)
  • 新入幕 :明治39年(1906)5月(26歳3ヵ月)
  • 新三役 :明治41年(1908)1月(27歳11ヵ月)
  • 新大関 :明治43年(1910)1月(29歳11ヵ月)
  • 横綱昇進:大正5年(1916)5月(36歳3ヵ月)
  • 最終場所:大正7年(1918)5月(38歳3ヵ月)
  • 生涯戦歴:117勝43敗70休29分11預/200出場(28場所)
  • 生涯勝率:73.1%
  • 優勝等 :幕内優勝1回(次点1)
  • 幕内戦歴:106勝38敗70休27分9預(25場所)勝率:73.6%
  •   横綱:12勝5敗33休(5場所)勝率:70.6%
  •   大関:63勝22敗19休18分8預(13場所)勝率:74.1%
  •   関脇:19勝5敗10休6分(4場所)勝率:79.2%
  •   前頭:12勝6敗8休3分1預(3場所)勝率:66.7%
  • 十両戦歴:11勝5敗2分2預(2場所)勝率:68.8%

西ノ海 嘉治郎(3代)

「三河島事件」の影響で幕内優勝経験のないまま横綱に推された

  • 四股名 :西ノ海 嘉治郎(3代)(にしのうみ かじろう)
  • 最高位 :第30代横綱
  • 年寄名跡:5代浅香山
  • 出身地 :鹿児島県姶良郡
  • 本 名 :松山 伊勢助
  • 生年月日:明治23年(1890)11月2日
  • 没年月日:昭和8年(1933)7月28日(享年42歳)
  • 所属部屋:井筒部屋
  • 改名歴 :源氏山⇒西ノ海
  • 初土俵 :明治43年(1910)1月(19歳2ヵ月)
  • 新十両 :大正4年(1915)1月(24歳2ヵ月)
  • 新入幕 :大正5年(1916)1月(25歳2ヵ月)
  • 新三役 :大正7年(1918)5月(27歳6ヵ月)
  • 新大関 :大正11年(1922)1月(31歳2ヵ月)
  • 横綱昇進:大正12年(1923)5月(32歳6ヵ月)
  • 最終場所:昭和3年(1928)10月(37歳11ヵ月)
  • 生涯戦歴:176勝69敗121休4分2預/250出場(42場所)
  • 生涯勝率:71.8%
  • 優勝等 :幕内優勝1回(次点4),十両優勝1回,幕下優勝1回,序二段優勝1回
  • 成 績 :金星1個
  • 幕内戦歴:134勝60敗116休2分2預(30場所)勝率:69.1%
  •   横綱:49勝19敗95休1預(15場所)勝率:72.1%
  •   大関:15勝4敗10休1分(3場所)勝率:78.9%
  •   関脇:17勝12敗1預(3場所)勝率:58.6%
  •   小結:12勝5敗3休(2場所)勝率:70.6%
  •   前頭:41勝20敗8休1分(7場所)勝率:67.2%
  • 十両戦歴:10勝2敗1分(2場所)勝率:83.3%

朝汐 太郎(3代)

鹿児島県大島郡徳之島町出身、高砂部屋の元力士。最高位は横綱。太い眉毛と胸毛がトレードマーク、横綱昇進後は脊椎分離症に悩まされた。引退後は部屋を継承し4代朝潮や小錦、水戸泉らを育てた。

  • 四股名 :朝汐 太郎(3代)(あさしお たろう)
  • 最高位 :第46代横綱
  • 年寄名跡:横綱5年・朝潮⇒13代振分5代高砂
  • 出身地 :鹿児島県大島郡徳之島町(出生地は兵庫県神戸市)
  • 本 名 :米川 文敏
  • 生年月日:昭和4年(1929)11月13日
  • 没年月日:昭和63年(1988)10月23日(享年58歳)
  • 所属部屋:高砂部屋
  • 改名歴 :米川⇒朝潮⇒朝汐⇒朝潮
  • 初土俵 :昭和23年(1948)10月・新序(18歳11ヵ月)
  • 新十両 :昭和25年(1950)9月(20歳10ヵ月)
  • 新入幕 :昭和26年(1951)1月(21歳2ヵ月)
  • 新三役 :昭和28年(1953)1月(23歳2ヵ月)
  • 新大関 :昭和32年(1957)5月(27歳6ヵ月)
  • 横綱昇進:昭和34年(1959)5月(29歳6ヵ月)
  • 最終場所:昭和37年(1962)1月(32歳2ヵ月)
  • 生涯戦歴:501勝270敗101休/766出場(59場所)
  • 生涯勝率:65.0%
  • 優勝等 :幕内優勝5回(次点3),十両優勝1回
  • 成 績 :殊勲賞4回,金星7個
  • 幕内戦歴:431勝248敗101休(52場所)勝率:63.5%
  •   横綱:102勝58敗95休(17場所)勝率:63.8%
  •   大関:117勝42敗6休(11場所)勝率:73.6%
  •   関脇:94勝56敗(10場所)勝率:62.7%
  •   小結:47勝43敗(6場所)勝率:52.2%
  •   前頭:71勝49敗(8場所)勝率:59.2%
  • 十両戦歴:14勝1敗(1場所)勝率:93.3%

鹿児島出身の大関

若嶋津 六男

鹿児島県熊毛郡中種子町出身、二子山部屋の元力士で最高位は大関。褐色の肌と精悍な顔立ちで人気だった「南海の黒豹」。引退後は松ヶ根部屋を興し、のちに二所ノ関部屋へと看板を掛け替えた。

  • 12代・二所ノ関 六男
  • 四股名 :若嶋津 六男(わかしまづ むつお)
  • 最高位 :大関
  • 年寄名跡:9代松ヶ根12代二所ノ関
  • 出身地 :鹿児島県熊毛郡中種子町
  • 本 名 :日高 六男
  • 生年月日:昭和32年(1957)1月12日(63歳)
  • 所属部屋:二子山部屋
  • 改名歴 :日高⇒若島津⇒若嶋津
  • 初土俵 :昭和50年(1975)3月(18歳2ヵ月)
  • 新十両 :昭和55年(1980)3月(23歳2ヵ月)
  • 新入幕 :昭和56年(1981)1月(24歳0ヵ月)
  • 新三役 :昭和57年(1982)3月(25歳2ヵ月)
  • 新大関 :昭和58年(1983)1月(26歳0ヵ月)
  • 最終場所:昭和62年(1987)7月(30歳6ヵ月)
  • 生涯戦歴:515勝330敗21休/840出場(75場所)
  • 生涯勝率:60.9%
  • 優勝等 :幕内優勝2回(次点6),十両優勝1回,序二段同点1回,序ノ口優勝1回
  • 成 績 :敢闘賞2回,技能賞3回,金星2個
  • 幕内戦歴:356勝219敗13休(40場所)勝率:61.9%
  •   大関:250勝145敗13休(28場所)勝率:63.3%
  •   関脇:39勝21敗(4場所)勝率:65.0%
  •   小結:10勝5敗(1場所)勝率:66.7%
  •   前頭:57勝48敗(7場所)勝率:54.3%
  • 十両戦歴:44勝30敗1休(5場所)勝率:59.5%

霧島 一博

ウェイトトレーニングで鍛えあげた「和製ヘラクレス」、引退後は井筒部屋の部屋付親方を経て陸奥部屋を継承

  • 9代・陸奥 一博
  • 四股名 :霧島 一博(きりしま かずひろ)
  • 最高位 :大関
  • 年寄名跡:18代錣山⇒10代勝ノ浦⇒9代陸奥
  • 出身地 :鹿児島県姶良郡牧園町
  • 本 名 :吉永 一美
  • 生年月日:昭和34年(1959)4月3日(61歳)
  • 所属部屋:君ヶ濱⇒井筒部屋
  • 改名歴 :吉永⇒霧島
  • 初土俵 :昭和50年(1975)3月(15歳11ヵ月)
  • 新十両 :昭和57年(1982)5月(23歳1ヵ月)
  • 新入幕 :昭和59年(1984)7月(25歳3ヵ月)
  • 新三役 :昭和62年(1987)1月(27歳9ヵ月)
  • 新大関 :平成2年(1990)5月(31歳1ヵ月)
  • 最終場所:平成8年(1996)3月(36歳11ヵ月)
  • 生涯戦歴:754勝696敗40休/1447出場(127場所)
  • 生涯勝率:52.0%
  • 優勝等 :幕内優勝1回(同点1・次点6)
  • 成 績 :殊勲賞3回,敢闘賞1回,技能賞4回,金星2個
  • 幕内戦歴:518勝507敗40休(71場所)勝率:50.5%
  •   大関:139勝76敗25休(16場所)勝率:64.7%
  •   関脇:21勝24敗15休(4場所)勝率:46.7%
  •   小結:29勝31敗(4場所)勝率:48.3%
  •   前頭:329勝376敗(47場所)勝率:46.7%
  • 十両戦歴:42勝33敗(5場所)勝率:56.0%

鹿児島出身の関脇

錦洋 与三郎

春秋園事件で天竜三郎に呼応し関西角力協会の中心となって奔走

  • 四股名 :錦洋 与三郎(にしきなだ よさぶろう)
  • 最高位 :関脇
  • 出身地 :鹿児島県姶良郡
  • 本 名 :豊平 才藏
  • 生年月日:明治33年(1900)7月5日
  • 没年月日:昭和35年(1960)3月1日(享年59歳)
  • 所属部屋:井筒部屋
  • 改名歴 :福山⇒錦洋
  • 初土俵 :大正6年(1917)5月(16歳10ヵ月)
  • 新十両 :大正12年(1923)5月(22歳10ヵ月)
  • 新入幕 :大正14年(1925)1月(24歳6ヵ月)
  • 新三役 :昭和2年(1927)10月(27歳3ヵ月)
  • 最終場所:昭和7年(1932)1月(31歳6ヵ月)
  • 生涯戦歴:188勝125敗23休1分3預/315出場(39場所)
  • 生涯勝率:60.1%
  • 優勝等 :幕内次点1回,十両優勝1回,幕下優勝1回
  • 成 績 :金星1個
  • 幕内戦歴:137勝101敗23休1分2預(24場所)勝率:57.6%
  •   関脇:37勝34敗6休(7場所)勝率:52.1%
  •   小結:7勝4敗(1場所)勝率:63.6%
  •   前頭:93勝63敗17休1分2預(16場所)勝率:59.6%
  • 十両戦歴:13勝5敗(3場所)勝率:72.2%

鶴ヶ嶺 昭男

鹿児島県姶良郡加治木町出身、井筒部屋(現・陸奥部屋)の元力士で最高位は関脇。もろ差しの名人と呼ばれた技能相撲、師匠としては実子の「井筒三兄弟」を関取に、また霧島を大関にまで育てあげた名伯楽。

  • 四股名 :鶴ヶ嶺 昭男(つるがみね あきお)
  • 最高位 :関脇
  • 年寄名跡:8代君ヶ濱13代井筒
  • 出身地 :鹿児島県姶良郡加治木町
  • 本 名 :福薗 昭男
  • 生年月日:昭和4年(1929)4月26日
  • 没年月日:平成18年(2006)5月29日(享年77歳)
  • 所属部屋:時津風⇒井筒部屋
  • 改名歴 :福薗⇒鶴嶺山⇒鶴ヶ嶺
  • 初土俵 :昭和22年(1947)6月(18歳2ヵ月)
  • 新十両 :昭和27年(1952)5月(23歳1ヵ月)
  • 新入幕 :昭和28年(1953)3月(23歳11ヵ月)
  • 新三役 :昭和31年(1956)3月(26歳11ヵ月)
  • 最終場所:昭和42年(1967)7月(38歳3ヵ月)
  • 生涯戦歴:685勝678敗22休/1358出場(95場所)
  • 生涯勝率:50.3%
  • 優勝等 :幕内同点1・次点1回,十両優勝1回,序ノ口優勝1回
  • 成 績 :殊勲賞2回,敢闘賞2回,技能賞10回,金星10個
  • 幕内戦歴:550勝583敗22休(77場所)勝率:48.5%
  •   関脇:14勝16敗(2場所)勝率:46.7%
  •   小結:49勝86敗(9場所)勝率:36.3%
  •   前頭:487勝481敗22休(66場所)勝率:50.3%
  • 十両戦歴:38勝22敗(4場所)勝率:63.3%

逆鉾 昭廣

鹿児島県姶良郡加治木町出身、井筒部屋の元力士で最高位は関脇。「井筒三兄弟」の次兄。勝負度胸がよく、父親(元関脇・鶴ヶ峰)譲りのもろ差しで大物を倒す反面、ムラっ気な性格であっさり勝負を投げる癖も。

引退後は18代春日山を経て父親の停年後に部屋を継承、横綱・鶴竜らを育てた。長らく勝負審判を務め、副理事だった頃には審判部副部長の要職も務めた。審判長として土俵下についていた平成28年(2016)3月場所8日目、白鵬に寄り切られて土俵から転落してきた嘉風の下敷きとなって左足を骨折する災難にあったことも。

令和元年(2019)7月場所後に糖尿病が悪化、検査により膵臓がんが発覚して入院していたが9月16日に容態が急変し58歳の若さでこの世を去った。

  • 四股名 :逆鉾 昭廣(さかほこ あきひろ)
  • 最高位 :関脇
  • 年寄名跡:18代春日山⇒14代井筒
  • 出身地 :鹿児島県姶良郡加治木町
  • 本 名 :福薗 好昭
  • 生年月日:昭和36年(1961)6月18日
  • 没年月日:令和元年(2019)9月16日(享年58歳)
  • 所属部屋:井筒部屋
  • 改名歴 :福薗⇒逆鉾
  • 初土俵 :昭和53年(1978)1月(16歳7ヵ月)
  • 新十両 :昭和56年(1981)7月(20歳1ヵ月)
  • 新入幕 :昭和57年(1982)11月(21歳5ヵ月)
  • 新三役 :昭和59年(1984)7月(23歳1ヵ月)
  • 最終場所:平成4年(1992)9月(31歳3ヵ月)
  • 生涯戦歴:549勝566敗29休/1113出場(89場所)
  • 生涯勝率:49.2%
  • 優勝等 :幕下同点1回,序ノ口優勝1回
  • 成 績 :殊勲賞5回,技能賞4回,金星7個
  • 幕内戦歴:392勝447敗16休(57場所)勝率:46.7%
  •   関脇:90勝90敗(12場所)勝率:50.0%
  •   小結:26勝34敗(4場所)勝率:43.3%
  •   前頭:276勝323敗16休(41場所)勝率:46.1%
  • 十両戦歴:65勝70敗(9場所)勝率:48.1%

寺尾 常史

甘いマスクと回転の速い突っ張りで人気だった井筒三兄弟の三男。四股名は入門前に亡くなった母方の姓

  • 20代・錣山 矩幸
  • 四股名 :寺尾 常史(てらお つねふみ)
  • 最高位 :関脇
  • 年寄名跡:20代錣山
  • 出身地 :鹿児島県姶良郡加治木町
  • 本 名 :福薗 好文
  • 生年月日:昭和38年(1963)2月2日(57歳)
  • 所属部屋:井筒部屋
  • 改名歴 :寺尾⇒源氏山⇒寺尾
  • 初土俵 :昭和54年(1979)7月(16歳5ヵ月)
  • 新十両 :昭和59年(1984)7月(21歳5ヵ月)
  • 新入幕 :昭和60年(1985)3月(22歳1ヵ月)
  • 新三役 :平成元年(1989)3月(26歳1ヵ月)
  • 最終場所:平成14年(2002)9月(39歳7ヵ月)
  • 生涯戦歴:858勝937敗58休/1792出場(140場所)
  • 生涯勝率:47.8%
  • 優勝等 :十両優勝2回(同点1)
  • 成 績 :殊勲賞3回,敢闘賞3回,技能賞1回,金星7個
  • 幕内戦歴:626勝753敗16休(93場所)勝率:45.4%
  •   関脇:49勝56敗(7場所)勝率:46.7%
  •   小結:41勝49敗(6場所)勝率:45.6%
  •   前頭:536勝648敗16休(80場所)勝率:45.3%
  • 十両戦歴:113勝100敗42休(17場所)勝率:53.1%

鹿児島出身の小結

陣岳 隆

長身を活かした突っ張りは威力があったが、攻めが遅く長い相撲が多かった。四股名は故郷・志布志町の山の名前

  • 四股名 :陣岳 隆(じんがく たかし)
  • 最高位 :小結
  • 年寄名跡:17代春日山
  • 出身地 :鹿児島県曽於郡志布志町
  • 本 名 :中山 隆
  • 生年月日:昭和34年(1959)12月24日
  • 所属部屋:君ヶ濱⇒井筒部屋
  • 初土俵 :昭和52年(1977)5月(17歳5ヵ月)
  • 新十両 :昭和57年(1982)7月(22歳7ヵ月)
  • 新入幕 :昭和58年(1983)1月(23歳1ヵ月)
  • 新三役 :昭和62年(1987)11月(27歳11ヵ月)
  • 最終場所:平成3年(1991)9月(31歳9ヵ月)
  • 生涯戦歴:499勝538敗13休/1036出場(87場所)
  • 生涯勝率:48.1%
  • 優勝等 :十両同点1回,序ノ口同点1回
  • 成 績 :金星2個
  • 幕内戦歴:309勝396敗(47場所)勝率:43.8%
  •   小結:5勝25敗(2場所)勝率:16.7%
  •   前頭:304勝371敗(45場所)勝率:45.0%
  • 十両戦歴:68勝54敗13休(9場所)勝率:55.7%

旭道山 和泰

真っ向勝負の「南海のハブ」は敢闘精神の塊!弟は行司の木村寿之介

  • 四股名 :旭道山 和泰(きょくどうざん かずやす)
  • 最高位 :小結
  • 出身地 :山口県佐波郡徳地町 ⇒ 鹿児島県大島郡徳之島町
  • 本 名 :波田 和泰
  • 生年月日:昭和39年(1964)10月14日
  • 所属部屋:大島部屋
  • 初土俵 :昭和55年(1980)5月(15歳7ヵ月)
  • 新十両 :昭和63年(1988)7月(23歳9ヵ月)
  • 新入幕 :平成元年(1989)1月(24歳3ヵ月)
  • 新三役 :平成4年(1992)9月(27歳11ヵ月)
  • 最終場所:平成8年(1996)11月(32歳1ヵ月)
  • 生涯戦歴:537勝549敗/1086出場(99場所)
  • 生涯勝率:49.4%
  • 優勝等 :十両同点1回,序ノ口優勝1回
  • 成 績 :殊勲賞2回,敢闘賞2回,金星1個
  • 幕内戦歴:325勝380敗(47場所)勝率:46.1%
  •   小結:16勝29敗(3場所)勝率:35.6%
  •   前頭:309勝351敗(44場所)勝率:46.8%
  • 十両戦歴:28勝17敗(3場所)勝率:62.2%

千代鳳 祐樹

千代鳳 祐樹(ちよおおとり ゆうき)は鹿児島県 志布志市出身、九重部屋の力士で最高位は小結。令和2年9月場所の番付は西 十両9枚目。

小学生の頃から柔道と相撲。柔道は黒帯の腕前で全国大会などで活躍。相撲では小6の時わんぱく相撲全国大会でベスト16入り。中学卒業後、兄と同じ九重部屋に入門。初土俵から約4年で十両昇進、5年目に新入幕を果たす。三役も経験したが右肩の脱臼と左膝の怪我の影響で番付を大きく落とした。叩きに滅法つよく、容易なことでは前に落ちない相撲が強み

四股名
千代鳳 祐樹(ちよおおとり ゆうき)
最高位
小結
最新番付
西 十両9枚目
出身地
鹿児島県 志布志市
本名
木下 祐樹
生年月日
平成4年(1992)10月11日(27歳)
所属部屋
九重部屋
改名歴
大木下⇒千代鳳
初土俵
平成20年(2008)5月(15歳7ヵ月)
新十両
平成24年(2012)3月(19歳5ヵ月)
新入幕
平成25年(2013)5月(20歳7ヵ月)
新小結
平成26年(2014)5月(21歳7ヵ月)
優勝
十両優勝1回,序二段優勝1回
通算成績
411勝322敗83休/724出場(勝率:56.8%)
直近7場所
31勝29敗(幕下以下:12勝9敗)
7場所勝率
53.1%
令2年9月
西 十両9枚目(1枚降下)
9勝6敗
●●●●○|○○○○○|●○○●○
令2年7月
西 十両8枚目(5枚半上昇)
7勝8敗
○●●○●|○○●○○|●●○●●
令2年3月
東 十両14枚目(1枚降下)
9勝6敗
○○○○○|●●○●○|○●●●○
令2年1月
東 十両13枚目(2枚半上昇)
6勝9敗
●●●●○|●□○●○|●○●●○
令元年11月
西 幕下筆頭(6枚上昇)
4勝3敗
●-●○-|-○-○-|○-●--
令元年9月
西 幕下7枚目(3枚半降下)
5勝2敗
-○○--|○○-○-|●--●-
令元年7月
東 幕下4枚目
3勝4敗
-●●-○|--○●-|○●---

2 thoughts on “鹿児島県出身の力士一覧!過去から現在、鹿児島の主な関取を網羅しました

    1. レイ 投稿作成者

      あ様へ

      大変申し訳ありませんでした。誤って出生地である兵庫県の方へ記載しておりました。
      さっそく訂正し、鹿児島県の当ページに記載させて頂きました。

      ご指摘頂きましてありがとうございます。

      返信

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