追手風部屋の力士一覧!過去から現在、追手風部屋の主な関取を網羅しました

追手風(おいてかぜ)部屋の過去から現在までの主な所属力士をご紹介する追手風部屋の大相撲力士まとめ!

この記事では追手風部屋の主な関取を中心に紹介していきます。過去の力士については最高位や改名歴、初土俵や各段の昇進時期と最終場所、さらに生涯戦歴と生涯勝率、成績等を中心にご紹介していきます。また、現役力士については最高位と昇進時期、主な成績などを載せています。

なお、年寄名跡欄のマークは、その代で師匠(部屋持ち親方)になったことがあるという意味です。

現役の追手風部屋力士の最新番付や成績、詳細なデータをご覧になりたい方はこちら


相撲部屋や出身地ごとの場所の成績からランキングを作成しております。初場所、好調な相撲部屋や力士の出身地はどこ?

追手風部屋の基本情報
一門
:時津風一門
創設
:平成10年(1998年)10月1日
創設者
:第11代・追手風 直樹 (元前頭2枚目・大翔山 直樹)
現師匠
:同上
所在地
:埼玉県草加市瀬崎5-32-22 📍地図
サイト
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追手風部屋の概略

現在の追手風部屋を遡ると昭和13年(1938)1月を起源とする旧・追手風部屋へと繋がる…とも言えます。

旧追手風部屋の閉鎖

二十山部屋から分家独立して追手風部屋を創設した8代・追手風(元大関・清水川)は、小結・清水川に幕内・起雲山や追手山などを育てましたが、昭和40年(1965)1月に停年を迎えたために部屋を閉鎖することになります。

これに伴って所属力士は立浪部屋へと移籍することになり、追手山から追風山へと四股名を改めていた後の10代追手風も立浪部屋へと移りました。

立浪部屋から33年ぶりの分家独立

立浪部屋では部屋付親方を努めていましたが、平成9年(1997)8月に10代・追手風と、その娘婿であった当時の12代・中川(現在の11代・追手風(元前頭2・大翔山))は友綱へと移籍して互いの名跡を交換、同年10月1日に友綱部屋から11代追手風(大翔山)は分家独立を果たして追手風部屋を興すのです。

こうした経緯があるために系譜は繋がっていると言えなくもないですが、大翔山自身は旧追手風部屋に所属していたわけでもなく、更に閉鎖されてから約33年も経過しているため、ここでは再興ではなく「創設」とさせて頂きました。

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追手風部屋の優勝力士

優勝制度が制定された明治42年(1909)6月場所以降、現在の追手風部屋からは1人の幕内最高優勝力士が誕生しています。

追手風部屋の初優勝はいつで誰?

追手風部屋の初優勝力士は、令和3年(2021)1月場所で西前頭筆頭だった大栄翔です。

追手風部屋の優勝力士一覧

では、歴代の追手風部屋の幕内優勝力士を年月順で一覧表にして見てみましょう。

四股名 優勝場所 回数 優勝時の番付 出身 部屋 最高位 成績 四股名 備考
1 大栄翔 令和3年1月 西前頭筆頭 埼玉県 追手風 関脇 13勝2敗 大栄翔 埼玉出身力士として初の幕内優勝。追手風部屋としても初。

追手風部屋の優勝力士ランキング

次は追手風部屋力士の優勝回数と成績のランキングです。

順位 四股名 優勝 最高位 出身地 勝数 敗数 横綱 大関 関脇 小結 前頭
1位 大栄翔 1回 関脇 埼玉県 13勝 2敗 0回 0回 0回 0回 1回

追手風部屋力士を検索

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追手風部屋の最高位:関脇

追風海 直飛人

非凡なセンスを持っていたが度重なる怪我で引退

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  • 四股名 :追風海 直飛人(はやてうみ なおひと)
  • 最高位 :関脇
  • 出身地 :青森県北津軽郡板柳町
  • 本 名 :齋藤 直飛人
  • 生年月日:昭和50年(1975)7月5日
  • 出身大学:日本大学
  • 所属部屋:追手風部屋
  • 改名歴 :齋藤⇒追風海
  • 初土俵 :平成10年(1998)3月・幕下60付出(22歳8ヵ月)
  • 新十両 :平成11年(1999)1月(23歳6ヵ月)
  • 新入幕 :平成12年(2000)3月(24歳8ヵ月)
  • 新三役 :平成12年(2000)11月(25歳4ヵ月)
  • 最終場所:平成18年(2006)1月(30歳6ヵ月)
  • 生涯戦歴:281勝223敗136休/498出場(48場所)
  • 生涯勝率:55.8%
  • 優勝等 :十両優勝1回(同点2)
  • 成 績 :技能賞1回
  • 幕内戦歴:126勝127敗77休(22場所)勝率:49.8%
  •   関脇:4勝5敗6休(1場所)勝率:44.4%
  •   前頭:122勝122敗71休(21場所)勝率:50.0%
  • 十両戦歴:120勝82敗38休(16場所)勝率:59.4%

大栄翔 勇人

大栄翔 勇人(だいえいしょう はやと)は埼玉県 朝霞市出身、追手風部屋の力士で最高位は関脇。令和8年5月場所の番付は東 前頭4枚目。

埼玉県朝霞市に生まれ、小学1年生の時に地元の相撲大会で優勝したことをきっかけに「入間少年相撲クラブ」で相撲を始めた。名門である埼玉栄高校へ進学すると相撲部でレギュラーとして活躍し、全国高校総体(インターハイ)での団体優勝などに貢献する実績を残した。

高校卒業を控えた平成24年(2012年)1月場所において、11代追手風(元前頭・大翔山)が率いる追手風部屋から初土俵を踏んだ。

四股名の変遷とスピード出世

初土俵の場所は本名の「高西」で相撲を取ったが、翌3月場所から「大翔栄」へと改名した。この四股名は、師匠の現役時代の四股名である「大翔山」から「大翔」の2文字を、母校・埼玉栄高校から「栄」の字を頂いたものである。

しかし、「栄」の字が四股名の最後に来ると怪我をしやすいと言われ、実際に負傷を経験したこともあり、同年9月場所から文字の順番を入れ替えた現在の「大栄翔」へと改名している。

持ち味である強烈な突き押しを武器に着実に番付を上げ、初土俵から約2年半となる平成26年(2014年)7月場所において、20歳8ヶ月の若さで新十両へ昇進する。さらに、平成27年(2015年)9月場所では新入幕を果たし、幕内の土俵へと駆け上がった。

歴史的な幕内最高優勝と三役定着

幕内でも上位を脅かす存在として頭角を現し、令和2年(2020年)1月場所で新小結へ昇進して新三役の座を掴むと、同年9月場所では新関脇へと昇進した。

土俵人生における大きな飛躍となったのが、西前頭筆頭の地位で迎えた令和3年(2021年)1月場所である。役力士を次々と撃破して13勝2敗の好成績を収め、殊勲賞と技能賞をダブル受賞するとともに、自身初となる幕内最高優勝を飾った。埼玉県出身力士による幕内最高優勝は、大相撲史上初となる歴史的な快挙であった。

上位戦線での活躍

その後も三役の常連として長く活躍し、突き押し相撲の威力を発揮し続けている。令和5年(2023年)3月場所では12勝3敗の成績を挙げて優勝決定戦に進出し、惜しくも敗れて優勝同点となった。ほかにも、令和4年(2022年)5月場所や令和6年(2024年)5月場所、令和7年(2025年)1月場所で優勝力士に次ぐ好成績を残すなど、常に上位戦線で土俵を沸かせている。

令和7年(2025年)7月場所の全休により長年守り続けた三役から陥落したものの、令和8年(2026年)に入ってからも横綱から連続して金星を獲得するなど、その地力は健在である。現在も突き押し相撲に磨きをかけ、さらなる高みを目指して激闘を続けている。

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💡 埼玉県出身一覧💡 追手風部屋の力士

四股名
大栄翔 勇人(だいえいしょう はやと)
最高位
関脇
最新番付
東 前頭4枚目
出身地
埼玉県 朝霞市
本名
高西 勇人
生年月日
平成5年(1993)11月10日(32歳)
身長・体重
183cm・166kg
出身高校
埼玉栄高校
所属部屋
追手風部屋
改名歴
高西⇒大翔栄 → 大栄翔
初土俵
平成24年(2012)1月(18歳2ヵ月)
新十両
平成26年(2014)7月(20歳8ヵ月)
新入幕
平成27年(2015)9月(21歳10ヵ月)
新小結
令和2年(2020)1月(26歳2ヵ月)
新関脇
令和2年(2020)9月(26歳10ヵ月)
優勝
幕内優勝1回,十両優勝1回,三段目優勝1回,序ノ口優勝1回
受賞・金星
殊勲賞5回,技能賞2回,金星6個
通算成績
624勝507敗17休/1130出場(勝率:55.2%)
直近7場所
41勝34敗15休
7場所勝率
54.7%
得意技
突き・押し
決まり手傾向(直近7場所)
大栄翔が勝ちの決まり手(41勝)※不戦勝1含む
叩き込み11
突き出し9
押し出し7
突き落とし6
送り倒し2
突き倒し1
その他4
大栄翔が負けの決まり手(34敗)
押し出し10
突き落とし5
突き出し4
叩き込み4
寄り切り4
引き落とし2
その他5
令8年5月
東 前頭4枚目(変動なし)
0勝0敗
令8年3月
東 前頭4枚目(変動なし)
7勝8敗(金星)
●●●○○|○●○●●|●○○□●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年1月
東 前頭4枚目(6枚上昇)
7勝8敗(金星)
○●●●●|●●○○○|●○○●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

▼ さらに過去の成績(4場所分)を見る
令7年11
東 前頭10枚目(変動なし)
10勝5敗
○●●○○|○○●●○|●○○○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年9月
東 前頭10枚目(11枚降下)
7勝8敗
○●●●●|●○●○○|○○●●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年7月
東 関脇(変動なし)
0勝0敗15休
休場
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年5月
東 関脇
10勝5敗
○○○○○|●●○●○|○○●●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

追手風部屋の最高位:小結

黒海 太

史上初となるヨーロッパ出身力士、日本での活躍により本国から勲章を授与される

  • 四股名 :黒海 太(こっかい ふとし)
  • 最高位 :小結
  • 出身地 :グルジア(ジョージア)・トビリシ市
  • 本 名 :レヴァン・ツァグリア
  • 生年月日:昭和56年(1981)3月10日
  • 所属部屋:追手風部屋
  • 初土俵 :平成13年(2001)5月(20歳2ヵ月)
  • 新十両 :平成15年(2003)5月(22歳2ヵ月)
  • 新入幕 :平成16年(2004)1月(22歳10ヵ月)
  • 新三役 :平成18年(2006)9月(25歳6ヵ月)
  • 最終場所:平成24年(2012)9月(31歳6ヵ月)
  • 生涯戦歴:446勝458敗10休/902出場(68場所)
  • 生涯勝率:49.3%
  • 優勝等 :幕内次点1回,十両優勝1回,幕下優勝1回,三段目優勝1回,序二段優勝1回
  • 成 績 :敢闘賞2回,金星2個
  • 幕内戦歴:312勝363敗(45場所)勝率:46.2%
  •   小結:11勝19敗(2場所)勝率:36.7%
  •   前頭:301勝344敗(43場所)勝率:46.7%
  • 十両戦歴:77勝75敗10休(11場所)勝率:50.7%

遠藤 聖大

遠藤 聖大 (えんどう しょうた)石川県鳳珠郡穴水町出身、追手風部屋の元力士で、最高位は小結

平成25年(2013)3月場所に22歳4ヶ月で初土俵を踏み、令和7年(2025)9月場所を最後に引退(34歳10ヶ月)※番付上は令和7年(2025)11月場所

通算成績は527勝494敗88休1011出場。生涯勝率.521。通算75場所中、38場所を勝ち越した(勝ち越し率.507)。

主な成績は幕内(次点2)、十両優勝1回殊勲賞1回、敢闘賞1回、技能賞4回、金星7個(鶴竜4個、白鵬2個、稀勢の里1個)

平成2年(1990)10月19日生まれ。本名は遠藤 聖大。

端正な顔立ちと、左四つ右上手を取る理にかなった正攻法の相撲で「遠藤フィーバー」を巻き起こし、長く土俵を沸かせた元小結・遠藤。度重なる両膝の大怪我に苦しめられながらも、自身の美学からサポーターを一切巻かずに幕内の土俵に立ち続け、金星7個、三賞6回という実績を残した。本名を四股名として貫き、多くの相撲ファンに愛された名力士である。

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怪我を乗り越えたアマチュア2冠と、本名での新十両

石川県に生まれ、小学1年生から相撲を始めた。相撲の名門である金沢学院東高校(現・金沢学院大学附属高校)から日本大学へと進学した。大学3年次に右膝靭帯損傷の大怪我を負うも、それを乗り越えて4年次に全日本相撲選手権大会および国民体育大会の個人戦で優勝し、アマチュア横綱と国体横綱の2冠を達成した。これにより、史上2人目となる幕下10枚目格付出の資格を得て追手風部屋へと入門した。

平成25年(2013年)3月場所で本名の「遠藤」として初土俵を踏むと、所要2場所で新十両へと昇進。新十両場所となる7月場所では14勝1敗の好成績で十両優勝を果たした。新十両での14勝は、実に63年ぶり史上2人目の快挙であった。

最速新入幕と「遠藤フィーバー」

勢いそのままに、初土俵から史上最速となる所要3場所での新入幕を果たした。勝ち続けている流れを変えないため、四股名は付けずに本名での入幕となった。

新入幕後、その容姿と美しい四つ相撲は瞬く間にファンの心を掴み、一大相撲ブームの牽引役となる。取組には連日多数の懸賞金が懸けられ、平成26年(2014年)5月場所では横綱・鶴竜から自身初となる金星を獲得した。

大怪我との闘いと、サポーターを巻かない美学

順風満帆に見えたが、平成27年(2015年)3月場所で左膝半月板および前十字靱帯損傷という重傷を負った。周囲からは「終わった」との声も挙がったが、本人は手術を回避し、すり足や四股などの基礎運動で地道に感覚を取り戻して土俵へ復帰した。

慢性的な故障を抱えながらも「気休めにしかならないし、邪魔。自分から体にメスを入れることを許したくない」とテーピングやサポーターを一切巻かずに生身で土俵に立ち続けた。平成28年(2016年)9月場所では13勝2敗の好成績で自身初の技能賞を獲得した。平成30年(2018年)5月場所において、新三役となる小結昇進を果たした。

右膝の手術と現役引退、親方としての道へ

その後も平幕上位から中位の番付で存在感を示し、通算7個の金星を獲得した。しかし、長年の激闘によるダメージが蓄積し、令和7年(2025年)夏、ついに右膝の手術に踏み切った。これにより7月場所と9月場所を連続で全休した。

関取の地位から幕下への陥落が決まった同年11月場所を前に、ついに現役引退を決断した。幕内在位69場所、通算勝利数527勝の足跡を残し、引退後は年寄「北陣」を襲名した。本名のまま駆け抜けた12年半の土俵人生に幕を下ろし、自らの豊富な経験と技術を後進へ伝えるべく、親方としての新たな道を歩み始めた。

四股名
遠藤 聖大 (えんどう しょうた)
最高位
小結
年寄名跡
23代北陣 聖大(追手風)
出身地
石川県鳳珠郡穴水町
本名
遠藤 聖大
生年月日
平成2年(1990)10月19日(35歳)
出身高校
金沢学院東高校
出身大学
日本大学
所属部屋
追手風部屋
改名歴
遠藤 聖大
初土俵
平成25年(2013)3月 幕下10枚目付出(22歳4ヶ月)
新十両
平成25年(2013)7月(所要2場所)
22歳8ヶ月(初土俵から0年4ヶ月)
新入幕
平成25年(2013)9月(所要3場所)
22歳10ヶ月(初土俵から0年6ヶ月)
新小結
平成30年(2018)5月(所要31場所)
27歳6ヶ月(初土俵から5年2ヶ月)
最終場所
令和7年(2025)9月場所(34歳10ヶ月)※番付上は令和7年(2025)11月場所
大相撲歴
75場所(12年6ヶ月)
通算成績
527勝494敗88休1011出場(勝率.521)
通算75場所
勝ち越し38場所(勝ち越し率.507)(勝ち越し星152)
優勝等
幕内(次点2),十両優勝1回
受賞・金星
殊勲賞1回,敢闘賞1回,技能賞4回,金星7個(鶴竜4個、白鵬2個、稀勢の里1個)
持給金
149円(勝ち越し星152個 金星7個)
幕内戦歴
480勝482敗73休952出場(勝率.504)
在位69場所(在位率.920)
勝ち越し33場所(勝ち越し率.478)
三役戦歴
28勝42敗5休68出場(勝率.412)
在位5場所(在位率.067)
勝ち越し1場所(勝ち越し率.200)
小結戦歴
28勝42敗5休68出場(勝率.412)
在位5場所(在位率.067)
勝ち越し1場所(勝ち越し率.200)
前頭戦歴
452勝440敗68休884出場(勝率.511)
在位64場所(在位率.853)
勝ち越し32場所(勝ち越し率.500)
十両戦歴
37勝8敗15休45出場(勝率.822)
在位4場所(在位率.053)
勝ち越し3場所(勝ち越し率.750)
関取戦歴
517勝490敗88休997出場(勝率.519)
在位73場所(在位率.973)
勝ち越し36場所(勝ち越し率.493)
幕下以下歴
10勝4敗0休14出場(勝率.714)
在位2場所(在位率.027)
勝ち越し2場所(勝ち越し率1.000)

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遠藤 聖大の更に詳細なデータは力士名鑑で!

名鑑ページでは、以下のような詳細な分析データをはじめ、豊富な表やグラフをご覧いただけます。

  • ✅ 勝った決まり手1位:寄り切り(186回 / 35.3%)
  • ✅ 負けた決まり手1位:押し出し(131回 / 26.5%)
  • ✅ 得意な相手:徳勝龍(11勝0敗 / 勝率1.000)
  • ✅ 苦手な相手:白鵬(2勝14敗 / 勝率.125)

翔猿 正也

翔猿 正也(とびざる まさや)は東京都 江戸川区出身、追手風部屋の力士で最高位は小結。令和8年5月場所の番付は東 前頭15枚目。

東京都江戸川区に生まれ、江戸川区立上一色小学校1年の頃に、兄(のちの前頭6枚目・英乃海)が通っていた台東区立小松竜道場へついて行ったことをきっかけに相撲を始めた。幼少期は野球など他のスポーツにも親しみプロ野球選手や保育士を志した時期もあったが、葛飾区立大道中学校へ進学するとともに葛飾白鳥相撲教室へと移籍し、全国中学校相撲選手権大会で団体優勝したことで相撲の楽しさに目覚める。埼玉栄高校を経て日本大学へと進学し、3年次には団体優勝に貢献したが、右足首の骨折により1年間相撲が取れない苦労も味わった。

追手風部屋入門と兄弟関取

大学時代に満足のいく結果を残せなかったことからプロ入りを決意する。すでに木瀬部屋に入門して関取となっていた兄と同じ部屋では甘えが出ると考え、大学の先輩である遠藤(のちの小結)や、幼馴染の剣翔(のちの前頭6枚目)が所属する追手風部屋へ入門し、平成27年(2015年)1月場所において初土俵を踏んだ。

幕下の土俵で地力を蓄え、平成29年(2017年)7月場所において新十両への昇進を決める。別々の部屋に入門した兄弟が同時に十両以上の番付に在位するのは、大相撲史上3組目の事例であった。この関取昇進を機に、本名から「翔猿」へと改名した。この四股名は、師匠である11代追手風(元前頭・大翔山)の四股名から「翔」の一字を頂き、自身が申年生まれであることと、猿のように土俵上を素早く動き回る自身の相撲スタイルに由来する。昇進時には「他の力士がまねできない速い相撲を取りたい」と意気込みを語った。

新入幕と「猿からゴリラへ」

十両の土俵で実力を磨き、令和2年(2020年)9月場所において新入幕を果たした。新入幕会見では「相手を翻弄して速い相撲、トリッキーな相撲を見せたい」と語り、その言葉通りに持ち味を存分に発揮して11勝4敗の好成績を収め、自身初となる敢闘賞を受賞する活躍を見せた。

その後も幕内の土俵で存在感を示し、東前頭筆頭で迎えた令和4年(2022年)9月場所では横綱・照ノ富士を破り自身初となる金星を獲得する。この場所を10勝5敗で終えて殊勲賞を受賞し、続く同年11月場所において念願の新三役となる小結へ昇進した。初土俵から所要46場所での三役昇進について「少しずつコツコツやってきたので、それが実った」と実感を込めつつ、「翔猿からゴリラになるように、もっとパワーをつけたい」「ただ食べて太るのではなく鍛えて太りたい」とさらなる進化への意欲を見せた。

機動力を生かした相撲

幕内の中では決して大きな体格ではないものの、四股名の通り土俵を縦横無尽に素早く動き回る機動力と敏捷性を最大の武器としている。一方で上位陣とも真っ向から組み合う力強さも増しており、令和5年(2023年)7月場所では照ノ富士と56秒に及ぶ長い相撲の末に寄り切りで2つ目の金星を獲得し、「極度の疲労により視界がおぼつかなかった」と死闘を振り返っている。相手を翻弄する軽快な立ち回りと鍛え上げたパワーを融合させ、最高峰の土俵において上位陣を幾度となく苦しめる個性的な相撲を展開している。

💡 東京都出身一覧💡 追手風部屋の力士

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四股名
翔猿 正也(とびざる まさや)
最高位
小結
最新番付
東 前頭15枚目
出身地
東京都 江戸川区
本名
岩崎 正也
生年月日
平成4年(1992)4月24日(34歳)
身長・体重
173cm・140kg
出身高校
埼玉栄高校
出身大学
日本大学
所属部屋
追手風部屋
改名歴
岩崎 → 翔猿
初土俵
平成27年(2015)1月(22歳9ヵ月)
新十両
平成29年(2017)7月(25歳3ヵ月)
新入幕
令和2年(2020)9月(28歳5ヵ月)
新小結
令和4年(2022)11月(30歳7ヵ月)
優勝
無し
受賞・金星
殊勲賞1回,金星3個
通算成績
439勝411敗4休/847出場(勝率:51.8%)
直近7場所
38勝50敗2休
7場所勝率
43.7%
得意技
押し
決まり手傾向(直近7場所)
翔猿が勝ちの決まり手(38勝)
寄り切り8
叩き込み7
引き落とし5
押し出し5
掬い投げ2
寄り倒し2
その他9
翔猿が負けの決まり手(50敗)※不戦敗1含む
押し出し15
寄り切り13
叩き込み5
突き落とし3
押し倒し3
掬い投げ2
その他8
令8年5月
東 前頭15枚目(2枚降下)
0勝0敗
令8年3月
東 前頭13枚目(変動なし)
6勝9敗
●●○●●|●○●○●|○●○○●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年1月
東 前頭13枚目(3枚半降下)
7勝8敗
○●●●●|●●○●○|○○●○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

▼ さらに過去の成績(4場所分)を見る
令7年11
西 前頭9枚目(5枚半上昇)
6勝9敗
○●●○●|○●○●●|●○○●●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年9月
東 前頭15枚目(8枚降下)
9勝6敗
○○●○●|○○○●○|●●●○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年7月
東 前頭7枚目(半枚降下)
3勝10敗2休
●●○○●|●●○●●|●●■やや
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年5月
西 前頭6枚目
7勝8敗
●○○○●|○●●○●|○●●○●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

追手風部屋の最高位:前頭

大翔丸 翔伍

大翔丸 翔伍(だいしょうまる しょうご)は大阪府 八尾市出身、追手風部屋の力士で最高位は前頭5枚目。令和8年5月場所の番付は西 三段目8枚目。

平成25年(2013)のアマチュア横綱になったことで角界入りの決心がついた

💡 大阪府出身一覧💡 追手風部屋の力士

四股名
大翔丸 翔伍(だいしょうまる しょうご)
最高位
前頭5枚目
最新番付
西 三段目8枚目
出身地
大阪府 八尾市
本名
川端 翔伍
生年月日
平成3年(1991)7月10日(34歳)
身長・体重
175cm・165.3kg
出身高校
金沢学院東高校
出身大学
日本大学
所属部屋
追手風部屋
改名歴
川端 → 大翔丸
初土俵
平成26年(2014)3月・幕下15付出(22歳8ヵ月)
新十両
平成27年(2015)5月(23歳10ヵ月)
新入幕
平成28年(2016)3月(24歳8ヵ月)
優勝
幕下優勝1回
通算成績
398勝433敗1休/831出場(勝率:47.9%)
直近7場所
18勝24敗
7場所勝率
42.9%
得意技
押し・左四つ・寄り
決まり手傾向(直近7場所)
大翔丸が勝ちの決まり手(18勝)
押し出し12
寄り切り3
叩き込み2
突き落とし1
大翔丸が負けの決まり手(24敗)
寄り切り9
押し出し7
引き落とし3
叩き込み3
送り引き落とし1
下手出し投げ1
令8年5月
西 三段目8枚目(26枚上昇)
0勝0敗
令8年3月
西 三段目34枚目(28枚半降下)
5勝2敗
-●○-○|-●-○-|○-○--
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年1月
東 三段目6枚目(29枚半降下)
2勝5敗
-●○--|○-●-●|-●-●-
取組詳細(対戦相手・決まり手)

▼ さらに過去の成績(4場所分)を見る
令7年11
東 幕下37枚目(9枚上昇)
1勝6敗
-●-●-|●-●○-|-●-●-
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年9月
東 幕下46枚目(19枚降下)
4勝3敗
-●-●-|○-○-○|-○-●-
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年7月
東 幕下27枚目(9枚上昇)
2勝5敗
-●-●-|○-●○-|●-●--
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年5月
東 幕下36枚目
4勝3敗
○--○●|-○-○-|-●-●-
取組詳細(対戦相手・決まり手)

剣翔 桃太郎

剣翔 桃太郎(つるぎしょう ももたろう)は東京都 葛飾区出身、追手風部屋の力士で最高位は前頭6枚目。令和8年5月場所の番付は東 幕下11枚目。

埼玉栄高校から日本大学を経て角界入りし、190キロを超える巨体を活かした右四つの力相撲で幕内上位を脅かした剣翔は、度重なる膝の大怪我と闘いながらも不屈の闘志で土俵を務め上げた大型力士である。同郷や同窓の力士たちと切磋琢磨しながら土俵を沸かせ、引退後は日本相撲協会を離れて新たな道を歩む決断を下した。

小遣い目当てからの目覚めと仲間たち

東京都葛飾区に生まれ、小学2年生の時に祖父から「優勝したら小遣いをやる」と言われ、わんぱく相撲に参加した。葛飾区内で無敵の強さを誇るようになったが、小学4年生で臨んだ都大会で1回戦負けを喫する。この時初めて「負けた悔しさ」を味わったことで本格的に相撲に打ち込む決意を固めた。

地元の葛飾白鳥相撲教室で稽古を積み、幼稚園からの幼馴染である岩崎(のちの幕内・翔猿)やその兄(のちの幕内・英乃海)、さらには同郷の明月院(のちの小結・千代大龍)や渡邊(のちの十両・千代嵐)たちと切磋琢磨した。葛飾区立大道中学校では全国都道府県別中学選手権で3位に入賞。先輩である岩崎(兄)の後を追うように相撲の名門・埼玉栄高校へ進学し、3年次には高校総体団体優勝や全日本ジュニア体重別選手権100キロ以上級優勝を飾るなど、アマチュア時代で最も充実した時期を過ごした。

大学時代の挫折と追手風部屋入門

日本大学文理学部へ進学。相撲部には1学年上に遠藤、同学年にのちに同部屋となる川端(のちの幕内・大翔丸)がいた。入学当初は稽古に身が入らず遊んでしまう時期もあったが、2年次の終わりに改心して団体戦のレギュラーを掴む。しかし3年次に左肘の靭帯を負傷する不運もあり、個人戦では全日本選手権に出場しながらもタイトルに手が届かず無冠に終わった。

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大学卒業を控えた平成26年(2014年)1月場所において、大学の先輩である11代追手風(元前頭・大翔山)が率いる追手風部屋から本名の「安彦」で初土俵を踏んだ。

昇進の苦労と「剣翔 桃太郎」の誕生

初めて番付に載った翌3月場所で序ノ口優勝、続く5月場所で序二段優勝、さらに同年9月場所では幕下優勝を飾るなど、怒涛のスピード出世を見せる。しかし、幕下上位の分厚い壁に苦しみ、幕下5枚目以内で勝ち越しを3度も重ねながら十両昇進が見送られるという不運にも見舞われた(相撲雑誌に「珍しいケース」と投書が掲載されるほどであった)。それでも決して腐らず、平成27年(2015年)11月場所を5勝2敗で乗り切り、翌場所での新十両昇進を決定づけた。

この関取昇進を機に、本名の「剣」と師匠の四股名から「翔」の字を組み合わせた「剣翔」に改名。下の名も、周囲からそう呼ばれていて強いイメージのある「桃太郎」とした。

新入幕での敢闘賞と上位での奮闘

十両の土俵で一進一退の攻防を繰り広げたのち、令和元年(2019年)7月場所において13勝2敗の好成績で自身初となる十両優勝を飾る。この活躍により、翌9月場所で悲願の新入幕を果たした。

幕内として初めて臨んだこの場所でも持ち前の馬力を発揮し、10勝5敗の二桁勝利を挙げて見事に敢闘賞を獲得した。190キロを超える堂々たる体格を活かし、右を差して胸を合わせる力強い四つ相撲を武器に、その後も長く幕内と十両の土俵で存在感を示し続けた。令和3年(2021年)1月場所では12勝3敗で自身2度目の十両優勝も果たしている。

壮絶な怪我と15戦全敗、そして引退

しかし、その巨体を支える膝には限界が近づいていた。左膝前十字靱帯断裂などの大怪我に苦しめられ、令和6年(2024年)3月場所の平戸海戦では、取組中に古傷の左膝から鈍い音が鳴って土俵上で動けなくなり、車いすで搬送されるという壮絶なアクシデントに見舞われた。

満身創痍となりながらもサポーターで膝を固めて土俵に立ち続けたが、令和8年(2026年)1月に結婚したばかりで迎えた続く3月場所では、西十両12枚目で膝や右足首、背中などの痛みに耐えきれず、精彩を欠いて初日から15戦全敗という苦しい結果に終わる。場所中には「100%引退するとは決めていない。もしかしたら来場所も出るかもしれない」と現役続行への未練をのぞかせていたが、幕下陥落が確実となった同場所後の4月6日に引退届が受理され、現役を退いた。

引退後は日本相撲協会を離れて新たな道へと進むこととなった。持ち前の明るいキャラクターとスケールの大きな相撲でファンを魅了し、限界まで怪我に耐え抜いたその土俵人生は、多くの人々の記憶に深く刻まれている。

💡 東京都出身一覧💡 追手風部屋の力士

四股名
剣翔 桃太郎(つるぎしょう ももたろう)
最高位
前頭6枚目
最新番付
東 幕下11枚目
出身地
東京都 葛飾区
本名
安彦 剣太郎
生年月日
平成3年(1991)7月27日(34歳)
身長・体重
185cm・200kg
出身高校
埼玉栄高校
出身大学
日本大学
所属部屋
追手風部屋
改名歴
安彦 → 剣翔
初土俵
平成26年(2014)1月(22歳6ヵ月)
新十両
平成28年(2016)1月(24歳6ヵ月)
新入幕
令和1年(2019)9月(28歳2ヵ月)
優勝
十両優勝2回,幕下優勝1回,序二段優勝1回,序ノ口優勝1回
受賞・金星
敢闘賞1回
通算成績
485勝484敗23休/964出場(勝率:50.3%)
直近7場所
(十両:32勝58敗)
7場所勝率
35.6%
得意技
右四つ・寄り
決まり手傾向(直近7場所)
剣翔が勝ちの決まり手(32勝)
寄り切り12
上手投げ7
叩き込み3
押し出し3
掬い投げ2
寄り倒し1
その他4
剣翔が負けの決まり手(58敗)
寄り切り23
押し出し12
送り出し5
突き出し4
叩き込み4
突き落とし3
その他7
令8年5月
東 幕下11枚目(12枚半降下)
0勝0敗
令8年3月
西 十両12枚目(1枚降下)
0勝15敗
●●●●●|●●●●●|●●●●●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年1月
西 十両11枚目(変動なし)
6勝9敗
●●○●○|●○○○●|●○●●●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

▼ さらに過去の成績(4場所分)を見る
令7年11
西 十両11枚目(2枚降下)
7勝8敗
●●○○○|●○●○●|○●●●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年9月
西 十両9枚目(変動なし)
5勝10敗
●●●●●|●○●○○|○●●○●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年7月
西 十両9枚目(変動なし)
7勝8敗
●○●○○|●●○●○|●●●○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年5月
西 十両9枚目
7勝8敗
●○○●○|●●●○○|○○●●●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

💡 この力士の関連データを深掘り

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大翔鵬 清洋

大翔鵬 清洋 (だいしょうほう きよひろ)モンゴル ウランバートル市出身、追手風部屋の元力士で、最高位は前頭9枚目

平成25年(2013)3月場所に18歳6ヶ月で初土俵を踏み、令和8年(2026)1月場所を最後に引退(31歳4ヶ月)※番付上は令和8年(2026)3月場所

通算成績は417勝433敗2休849出場。生涯勝率.491。通算77場所中、42場所を勝ち越した(勝ち越し率.553)。

主な成績は序二段優勝1回

平成6年(1994)8月28日生まれ。本名はチミデレゲゼン・シジルバヤル。

小学生の頃にモンゴルから柏市立柏第二小学校に転校してきた為、日本語は達者。小4の頃から相撲を始めて高校は「相撲の強豪校」流山南高に入学。堀切(現・阿炎)は高校での同期。四股名は同郷であり当時の一門の先輩だった白鵬から「鵬」の字を頂いた。小学生の頃から高校まで学業もトップクラスだった秀才肌。

四股名
大翔鵬 清洋 (だいしょうほう きよひろ)
最高位
前頭9枚目
出身地
モンゴル ウランバートル市
本名
チミデレゲゼン・シジルバヤル
生年月日
平成6年(1994)8月28日
出身高校
流山南高校
所属部屋
追手風部屋
改名歴
大翔鵬 清洋
初土俵
平成25年(2013)3月 前相撲(18歳6ヶ月)
新十両
平成28年(2016)11月(所要22場所)
22歳2ヶ月(初土俵から3年8ヶ月)
新入幕
平成31年(2019)3月(所要36場所)
24歳6ヶ月(初土俵から6年0ヶ月)
最終場所
令和8年(2026)1月場所(31歳4ヶ月)※番付上は令和8年(2026)3月場所
大相撲歴
77場所(12年10ヶ月)
通算成績
417勝433敗2休849出場(勝率.491)
通算77場所
勝ち越し42場所(勝ち越し率.553)(勝ち越し星110)
優勝等
序二段優勝1回
持給金
58円(勝ち越し星110個)
幕内戦歴
53勝82敗0休135出場(勝率.393)
在位9場所(在位率.117)
勝ち越し2場所(勝ち越し率.222)
前頭戦歴
53勝82敗0休135出場(勝率.393)
在位9場所(在位率.117)
勝ち越し2場所(勝ち越し率.222)
十両戦歴
221勝242敗2休462出場(勝率.478)
在位31場所(在位率.403)
勝ち越し16場所(勝ち越し率.516)
関取戦歴
274勝324敗2休597出場(勝率.459)
在位40場所(在位率.519)
勝ち越し18場所(勝ち越し率.450)
幕下以下歴
143勝109敗0休252出場(勝率.567)
在位36場所(在位率.468)
勝ち越し24場所(勝ち越し率.667)

大翔鵬 清洋の更に詳細なデータは力士名鑑で!

名鑑ページでは、以下のような詳細な分析データをはじめ、豊富な表やグラフをご覧いただけます。

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  • ✅ 勝った決まり手1位:寄り切り(147回 / 35.1%)
  • ✅ 負けた決まり手1位:寄り切り(193回 / 44.6%)
  • ✅ 得意な相手:徳勝龍(10勝2敗 / 勝率.833)
  • ✅ 苦手な相手:炎鵬(2勝10敗 / 勝率.167)

濵錦 竜郎

引退後、春日山部屋を継承するも先代との名跡トラブル、更に部屋での指導が十分ではないと相撲協会より師匠辞任勧告が。最終的には角界を去ることに

  • 四股名 :濵錦 竜郎(はまにしき たつろう)
  • 最高位 :前頭11枚目
  • 年寄名跡:21代春日山
  • 出身地 :熊本県熊本市
  • 本 名 :高濵 竜郎
  • 生年月日:昭和51年(1976)11月23日
  • 出身大学:日本大学
  • 所属部屋:追手風部屋
  • 改名歴 :高濵⇒濵錦⇒高濵⇒濵錦
  • 初土俵 :平成11年(1999)3月・幕下60付出(22歳4ヵ月)
  • 新十両 :平成12年(2000)7月(23歳8ヵ月)
  • 新入幕 :平成13年(2001)5月(24歳6ヵ月)
  • 最終場所:平成24年(2012)3月(35歳4ヵ月)
  • 生涯戦歴:360勝365敗30休/723出場(77場所)
  • 生涯勝率:49.7%
  • 優勝等 :十両同点2回
  • 幕内戦歴:44勝61敗(7場所)勝率:41.9%
  • 十両戦歴:133勝157敗10休(20場所)勝率:45.9%

大奄美 元規

大奄美 元規 (だいあまみ げんき)鹿児島県大島郡龍郷町出身、追手風部屋の元力士で、最高位は前頭11枚目

平成28年(2016)1月場所に23歳1ヶ月で初土俵を踏み、令和8年(2026)1月場所を最後に引退(33歳1ヶ月)。

通算成績は392勝418敗7休808出場。生涯勝率.485。通算60場所中、24場所を勝ち越した(勝ち越し率.400)。

主な成績は十両優勝1回(同点4)

平成4年(1992)12月15日生まれ。本名は坂元 元規。

日大相撲部4年次には主将を務めた。左膝の不安もあり卒業後は日大に職員として就職。平成27年(2015)の実業団横綱を獲得して角界入りを決意

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四股名
大奄美 元規 (だいあまみ げんき)
最高位
前頭11枚目
出身地
鹿児島県大島郡龍郷町
本名
坂元 元規
生年月日
平成4年(1992)12月15日
出身高校
鹿児島商業高校
出身大学
日本大学
所属部屋
追手風部屋
改名歴
坂元 元規 → 大奄美 元規
初土俵
平成28年(2016)1月 幕下15枚目付出(23歳1ヶ月)
新十両
平成29年(2017)1月(所要6場所)
24歳1ヶ月(初土俵から1年0ヶ月)
新入幕
平成29年(2017)11月(所要11場所)
24歳11ヶ月(初土俵から1年10ヶ月)
最終場所
令和8年(2026)1月場所(33歳1ヶ月)
大相撲歴
60場所(10年0ヶ月)
通算成績
392勝418敗7休808出場(勝率.485)
通算60場所
勝ち越し24場所(勝ち越し率.400)(勝ち越し星82)
優勝等
十両優勝1回(同点4)
持給金
44円(勝ち越し星82個)
幕内戦歴
73勝103敗4休174出場(勝率.420)
在位12場所(在位率.200)
勝ち越し3場所(勝ち越し率.250)
前頭戦歴
73勝103敗4休174出場(勝率.420)
在位12場所(在位率.200)
勝ち越し3場所(勝ち越し率.250)
十両戦歴
287勝283敗0休570出場(勝率.504)
在位38場所(在位率.633)
勝ち越し14場所(勝ち越し率.368)
関取戦歴
360勝386敗4休744出場(勝率.484)
在位50場所(在位率.833)
勝ち越し17場所(勝ち越し率.340)
幕下以下歴
32勝32敗3休64出場(勝率.500)
在位10場所(在位率.167)
勝ち越し7場所(勝ち越し率.700)

大奄美 元規の更に詳細なデータは力士名鑑で!

名鑑ページでは、以下のような詳細な分析データをはじめ、豊富な表やグラフをご覧いただけます。

  • ✅ 勝った決まり手1位:寄り切り(223回 / 56.6%)
  • ✅ 負けた決まり手1位:寄り切り(134回 / 31.8%)
  • ✅ 得意な相手:千代丸(15勝4敗 / 勝率.789)
  • ✅ 苦手な相手:佐田の海(0勝6敗 / 勝率.000)

玉正鳳 萬平

玉正鳳 萬平(たましょうほう まんぺい)はモンゴル ウランバートル市出身、片男波部屋の力士で最高位は前頭17枚目。令和8年5月場所の番付は西 十両12枚目。

父親はモンゴル相撲と柔道の監督で、教え子にはのちの朝青龍や日馬富士、朝赤龍や時天空などがいた。

実は13代高島(元関脇・高望山)の高島部屋へ入門するために来日したのだが、新弟子検査を受ける前に部屋は消滅してしまい急遽、20代春日山(元幕内・春日富士)の春日山部屋所属となった経緯が。当初の「高春日 望」という四股名は高望山と春日富士を合わせたもの。その次の「種子島」という四股名は後援者の名前だった。

現在の「旭蒼天」という四股名は前の師匠である中川親方(元幕内・旭里)の「旭」と、モンゴルに因んだ「蒼天」から命名。実の姉は片男波部屋の玉鷲の妻、つまり玉鷲は義理の兄にあたる。

令和2年(2020)7月場所を前に中川部屋が閉鎖、旭蒼天は義兄のいる片男波部屋への移籍が決まった。

💡 モンゴル出身一覧💡 片男波部屋の力士

四股名
玉正鳳 萬平(たましょうほう まんぺい)
最高位
前頭17枚目
最新番付
西 十両12枚目
出身地
モンゴル ウランバートル市
本名
エルデンビィールグ・エンクマンライ
生年月日
平成5年(1993)3月6日(33歳)
身長・体重
189cm・121kg
所属部屋
春日山 → 追手風 → 中川 → 片男波部屋
改名歴
高春日⇒種子島⇒旭蒼天 → 玉正鳳
初土俵
平成23年(2011)9月(18歳6ヵ月)
新十両
令和5年(2023)3月(30歳0ヵ月)
新入幕
令和7年(2025)1月(31歳10ヵ月)
優勝
幕下優勝1回
通算成績
382勝372敗0休/753出場(勝率:50.7%)
直近7場所
31勝44敗(幕内:4勝11敗)
7場所勝率
38.9%
得意技
右四つ・寄り・投げ
決まり手傾向(直近7場所)
玉正鳳が勝ちの決まり手(35勝)
叩き込み14
寄り切り6
押し出し4
突き落とし3
上手投げ2
引き落とし2
その他4
玉正鳳が負けの決まり手(55敗)
押し出し25
寄り切り15
叩き込み5
突き出し4
上手出し投げ2
引っ掛け1
その他3
令8年5月
西 十両12枚目(3枚半降下)
0勝0敗
令8年3月
東 十両9枚目(4枚降下)
6勝9敗
○●●●●|●●●○○|●○○●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年1月
東 十両5枚目(6枚上昇)
5勝10敗
○●●○●|○●●○●|●●●●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

▼ さらに過去の成績(4場所分)を見る
令7年11
東 十両11枚目(4枚降下)
10勝5敗
○○●○○|○●○●○|○●●○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年9月
東 十両7枚目(3枚半降下)
4勝11敗
●●○○●|●○●●●|●●○●●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年7月
西 十両3枚目(3枚半降下)
6勝9敗
○○●●●|○○●●●|●○●○●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年5月
東 前頭17枚目
4勝11敗
●●○●●|○●○○●|●●●●●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

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日翔志 英忠

日翔志 英忠(ひとし ひでただ)は東京都 立川市出身、追手風部屋の力士で最高位は前頭17枚目。令和8年5月場所の番付は東 十両12枚目。

5歳の頃から立川錬成館で相撲を始める。中学は新潟の糸魚川市立能生中学校に進学、中3で全国中学校相撲選手権大会個人3位に入賞。高校は「相撲の名門」埼玉栄高校へと進学、高1で高校総体団体優勝、弘前大会団体優勝、高2で選抜大会団体優勝、高3でも高校総体団体優勝や宇佐大会団体優勝と個人3位など数々の大会で好成績をおさめた。

日本大学でも3年次に金沢大会団体優勝、十和田大会個人3位、4年次に東日本学生相撲選手権個人ベスト8、全国学生無差別級優勝、全国学生選手権代替優勝など活躍をみせる。日大職員を経て追手風部屋の門を叩いた。

💡 東京都出身一覧💡 追手風部屋の力士

四股名
日翔志 英忠(ひとし ひでただ)
最高位
前頭17枚目
最新番付
東 十両12枚目
出身地
東京都 立川市
本名
沢田 日登志
生年月日
平成9年(1997)8月14日(28歳)
身長・体重
182cm・152kg
出身高校
埼玉栄高校
出身大学
日本大学
所属部屋
追手風部屋
改名歴
沢田翔 → 日翔志
初土俵
令和3年(2021)5月(23歳9ヵ月)
新十両
令和5年(2023)11月(26歳3ヵ月)
新入幕
令和7年(2025)9月(28歳1ヵ月)
優勝
幕下優勝1回,三段目優勝1回,序二段優勝2回
通算成績
140勝106敗21休/246出場(勝率:56.9%)
直近7場所
33勝42敗(幕内:7勝8敗)
7場所勝率
44.4%
得意技
右四つ・寄り
決まり手傾向(直近7場所)
日翔志が勝ちの決まり手(40勝)
叩き込み13
押し出し9
寄り切り8
送り出し2
押し倒し2
引き落とし1
その他5

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日翔志が負けの決まり手(50敗)
押し出し20
寄り切り12
叩き込み4
引き落とし3
突き出し2
送り出し2
その他7
令8年5月
東 十両12枚目(6枚降下)
0勝0敗
令8年3月
東 十両6枚目(3枚上昇)
5勝10敗
●○●●●|○●●○●|●●○●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年1月
東 十両9枚目(8枚降下)
9勝6敗
●○●○○|○○●○●|○●○●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

▼ さらに過去の成績(4場所分)を見る
令7年11
東 十両筆頭(1枚降下)
2勝13敗
●○●●●|●●●○●|●●●●●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年9月
西 前頭17枚目(6枚上昇・最高位更新)
7勝8敗
●●●●○|○○○●●|○●○●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年7月
東 十両6枚目(変動なし)
10勝5敗
○○●○●|●○●○●|○○○○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年5月
東 十両6枚目
7勝8敗
●○●○○|●●○●●|●●○○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

追手風部屋の最高位:十両

大翔大 豪志

大翔大 豪志(だいしょうだい つよし)東京都江戸川区出身、友綱 → 追手風部屋の元力士で、最高位は十両筆頭

平成10年(1998)3月場所に22歳0ヶ月で初土俵を踏み、平成23年(2011)5月場所を最後に引退(35歳2ヶ月)。

通算成績は339勝306敗13休645出場。生涯勝率.526。通算79場所中、44場所を勝ち越した(勝ち越し率.564)。

主な成績は幕下同点1回,序二段優勝1回序ノ口優勝1回

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昭和51年(1976)2月25日生まれ。本名は西野 豪。

小学生の頃から相撲を始める。埼玉栄高校を経て日本大学へと進学。同級生の齊藤(元関脇・追風海)と共に追手風親方(元前頭2枚目・大翔山)の内弟子として友綱部屋に入門し、平成10年(1998年)3月場所で初土俵を踏んだ。

序ノ口・序二段で連続全勝優勝、三段目では6番相撲で敗れて序ノ口からの連勝は19でストップしたが、それでも三段目も1場所で通過した。平成14年(2002年)5月場所に十両に昇進。新十両場所は8勝7敗と勝ち越したが、翌7月場所では3勝12敗と大敗を喫して幕下に陥落してしまった。

1年以上幕下上位であがいていたが、次第に立合い押してからの四つ相撲に磨きがかかり、平成16年(2004年)3月場所に再十両を果たした。そこから徐々に番付を上げていき平成18年(2006年)年1月場所では自己最高位の西十両筆頭に番付を上げた。

いよいよ次は新入幕か!?との期待もあったがその1月場所では9日目に早々と負け越しが決定、結果4勝11敗と大敗を喫した。さらに翌3月場所でも初日から11連敗の3勝12敗と大敗し、幕下陥落が決定。同年11月場所には師匠の現役時代の四股名である「大翔山」を襲名して再起を図ったが関取復帰は果たせず平成23年(2011年)5月技量審査場所を最後に現役を引退した。引退後は追手風部屋のマネージャーに就任。

四股名
大翔大 豪志(だいしょうだい つよし)
最高位
十両筆頭
出身地
東京都江戸川区
本名
西野 豪
生年月日
昭和51年(1976)2月25日
出身高校
埼玉栄高校
出身大学
日本大学
所属部屋
友綱 → 追手風部屋
改名歴
西野 豪志 → 大翔大 豪志 → 大翔山 豪志
初土俵
平成10年(1998)3月 前相撲(22歳0ヶ月)
新十両
平成14年(2002)5月(所要25場所)
26歳2ヶ月(初土俵から4年2ヶ月)
最終場所
平成23年(2011)5月(35歳2ヶ月)
大相撲歴
79場所(13年2ヶ月)
通算成績
339勝306敗13休645出場(勝率.526)
通算79場所
勝ち越し44場所(勝ち越し率.564)(勝ち越し星104)
優勝等
幕下同点1回,序二段優勝1回序ノ口優勝1回
持給金
55円(勝ち越し星104個)
十両戦歴
95勝115敗0休210出場(勝率.452)
在位14場所(在位率.177)
勝ち越し7場所(勝ち越し率.500)
幕下以下歴
244勝191敗13休435出場(勝率.561)
在位64場所(在位率.810)
勝ち越し37場所(勝ち越し率.578)


大翔湖 友樹

四股名は十両昇進が決まったあとに慌てて付けたもの

  • 四股名 :大翔湖 友樹(だいしょううみ ともき)
  • 最高位 :十両10枚目
  • 出身地 :東京都江東区
  • 本 名 :森 友樹
  • 生年月日:昭和59年(1984)4月21日
  • 出身高校:鳥取城北高校
  • 出身大学:日本大学
  • 所属部屋:追手風部屋
  • 改名歴 :森⇒大翔湖
  • 初土俵 :平成19年(2007)3月・幕下15付出(22歳11ヵ月)
  • 新十両 :平成20年(2008)11月(24歳7ヵ月)
  • 最終場所:平成23年(2011)11月(27歳7ヵ月)
  • 生涯戦歴:117勝114敗14休/231出場(27場所)
  • 生涯勝率:50.6%
  • 優勝等 :なし
  • 十両戦歴:49勝56敗(7場所)勝率:46.7%

追手風部屋の最高位:幕下

若圭翔 裕樹

15枚目格付出デビューで全勝優勝も翌場所での十両昇進を見送られたことが

  • 四股名 :若圭翔 裕樹(わかけいしょう ひろき)
  • 最高位 :幕下筆頭
  • 出身地 :長崎県島原市
  • 本 名 :下田 圭将
  • 生年月日:昭和59年(1984)1月28日
  • 出身大学:日本大学
  • 所属部屋:追手風部屋
  • 改名歴 :下田⇒宇映⇒若圭将⇒若圭翔
  • 初土俵 :平成18年(2006)5月・幕下15付出(22歳4ヵ月)
  • 最終場所:平成28年(2016)3月(32歳2ヵ月)
  • 生涯戦歴:196勝193敗24休/388出場(59場所)
  • 生涯勝率:50.4%
  • 優勝等 :幕下優勝1回

大翔馬 和侍

高知県中村市出身、追手風部屋の元力士で最高位は幕下4枚目。埼玉栄高校では相撲部主将を務め、日本大学では副主将を任された。

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  • 四股名 :大翔馬 和侍(だいしょうま たかひと)
  • 最高位 :幕下4枚目
  • 出身地 :高知県中村市
  • 本 名 :佐伯 貴仁
  • 生年月日:昭和54年(1979)1月12日
  • 出身大学:日本大学
  • 所属部屋:追手風部屋
  • 初土俵 :平成13年(2001)1月(22歳0ヵ月)
  • 最終場所:平成21年(2009)1月(30歳0ヵ月)
  • 生涯戦歴:175勝140敗21休/315出場(49場所)
  • 生涯勝率:55.6%
  • 優勝等 :序二段優勝1回

大翔勇 真亜敏

東京都荒川区出身、追手風部屋の元力士で最高位は幕下18枚目。

  • 四股名 :大翔勇 真亜敏(だいしょうゆう まあびん)
  • 最高位 :幕下18枚目
  • 出身地 :東京都荒川区
  • 本 名 :佐野マービン・リー・ジュニア
  • 生年月日:昭和62年(1987)4月10日
  • 所属部屋:追手風部屋
  • 初土俵 :平成18年(2006)1月(18歳9ヵ月)
  • 最終場所:平成20年(2008)9月(21歳5ヵ月)
  • 生涯戦歴:55勝25敗32休/79出場(17場所)
  • 生涯勝率:68.8%
  • 優勝等 :三段目同点1回,序二段同点1回

追手風部屋の歴代師匠

第11代・追手風 直樹 (元前頭2枚目・大翔山)

在任期間(平成10年(1998年)10月1日~  )

大翔山 直樹(だいしょうやま なおき)石川県鳳珠郡穴水町出身、立浪部屋の元力士で、最高位は前頭2枚目

平成元年(1989)1月場所に22歳6ヶ月で初土俵を踏み、平成7年(1995)11月場所を最後に引退(29歳4ヶ月)。

通算成績は266勝252敗35休517出場。生涯勝率.514。通算42場所中、24場所を勝ち越した(勝ち越し率.571)。

主な成績は幕内次点1回,十両優勝1回幕下優勝2回敢闘賞1回,金星3個(北勝海2個、大乃国1個)。

昭和41年(1966)7月7日生まれ。本名は山崎 直樹。

自身の母校である日大出身力士を多数率いて部屋は隆盛を極める。

年寄
11代・追手風 直樹
四股名
大翔山 直樹(だいしょうやま なおき)
最高位
前頭2枚目
年寄名跡
12代中川 直樹 → 11代追手風 直樹
出身地
石川県鳳珠郡穴水町
本名
山崎 直樹
生年月日
昭和41年(1966)7月7日(59歳)
出身高校
金沢高校
出身大学
日本大学
所属部屋
立浪部屋
改名歴
山崎 直樹 → 大翔山 直樹 → 大翔山 直生 → 大翔山 裕康 → 大翔山 直樹
初土俵
平成元年(1989)1月 幕下60枚目格付出(22歳6ヶ月)
新十両
平成2年(1990)5月(所要8場所)
23歳10ヶ月(初土俵から1年4ヶ月)
新入幕
平成2年(1990)9月(所要10場所)
24歳2ヶ月(初土俵から1年8ヶ月)
最終場所
平成7年(1995)11月(29歳4ヶ月)
大相撲歴
42場所(6年10ヶ月)
通算成績
266勝252敗35休517出場(勝率.514)
通算42場所
勝ち越し24場所(勝ち越し率.571)
優勝等
幕内次点1回,十両優勝1回幕下優勝2回
受賞・金星
敢闘賞1回,金星3個
前頭戦歴
153勝176敗1休328出場(勝率.465)
在位22場所(在位率.524)
勝ち越し12場所(勝ち越し率.545)
十両戦歴
75勝60敗30休135出場(勝率.556)
在位11場所(在位率.262)
勝ち越し5場所(勝ち越し率.455)
関取戦歴
228勝236敗31休463出場(勝率.491)
在位33場所(在位率.786)
勝ち越し17場所(勝ち越し率.515)
幕下以下歴
38勝16敗4休54出場(勝率.704)
在位9場所(在位率.214)
勝ち越し7場所(勝ち越し率.778)


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カテゴリー : 時津風一門

公開日:2018-08-19
投稿者:レイ

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