高田川部屋の力士一覧!過去から現在、高田川部屋の主な関取を網羅しました

高田川(たかだがわ)部屋の過去から現在までの主な所属力士をご紹介する高田川部屋の大相撲力士まとめ!

この記事では高田川部屋の主な関取を中心に紹介していきます。過去の力士については最高位や改名歴、初土俵や各段の昇進時期と最終場所、さらに生涯戦歴と生涯勝率、成績等を中心にご紹介していきます。また、現役力士については最高位と昇進時期、主な成績などを載せています。

なお、年寄名跡欄のマークは、その代で師匠(部屋持ち親方)になったことがあるという意味です。

現役の高田川部屋力士の最新番付や成績、詳細なデータをご覧になりたい方はこちら

高田川部屋の基本情報
一門
:二所ノ関一門
創設
:昭和49年(1974年)4月1日
創設者
:第8代・高田川 和一 (元大関・前乃山 太郎)
現師匠
:第9代・高田川 勝巳 (元関脇・安芸ノ島 勝巳)
所在地
:東京都江東区清澄2-15-7 📍地図
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高田川部屋の系図

高田川部屋の成り立ちを図にしてみました。 高田川部屋・相関図
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高田川部屋の最高位:小結

前乃臻 康夫

福岡県嘉穂郡筑穂町出身、高田川部屋の元力士で最高位は小結。引退後の山響時代に失踪し解雇処分を受けた。

  • 四股名 :前乃臻 康夫(まえのしん やすお)
  • 最高位 :小結
  • 年寄名跡:16代山響
  • 出身地 :福岡県嘉穂郡筑穂町
  • 本 名 :沢辺 康夫
  • 生年月日:昭和36年(1961)4月17日
  • 所属部屋:高田川部屋
  • 改名歴 :前の海⇒沢辺⇒前乃臻⇒前乃森
  • 初土俵 :昭和52年(1977)3月(15歳11ヵ月)
  • 新十両 :昭和59年(1984)1月(22歳9ヵ月)
  • 新入幕 :昭和60年(1985)11月(24歳7ヵ月)
  • 新三役 :昭和62年(1987)9月(26歳5ヵ月)
  • 最終場所:平成2年(1990)3月(28歳11ヵ月)
  • 生涯戦歴:412勝407敗7休/819出場(79場所)
  • 生涯勝率:50.3%
  • 優勝等 :幕下同点1回
  • 幕内戦歴:62勝88敗(10場所)勝率:41.3%
  •   小結:4勝11敗(1場所)勝率:26.7%
  •   前頭:58勝77敗(9場所)勝率:43.0%
  • 十両戦歴:188勝187敗(25場所)勝率:50.1%

剣晃 敏志

大阪府守口市出身、高田川部屋の元力士で最高位は小結。土俵上では悪役だったが本当は人望が厚く、部屋の後継者と言われていたが病によって早逝。

  • 四股名 :剣晃 敏志(けんこう さとし)
  • 最高位 :小結
  • 出身地 :大阪府守口市
  • 本 名 :星村 敏志
  • 生年月日:昭和42年(1967)6月27日
  • 没年月日:平成10年(1998)3月10日(享年30歳)
  • 所属部屋:高田川部屋
  • 改名歴 :星村⇒剣晃
  • 初土俵 :昭和59年(1984)11月(17歳5ヵ月)
  • 新十両 :平成3年(1991)3月(23歳9ヵ月)
  • 新入幕 :平成4年(1992)7月(25歳1ヵ月)
  • 新三役 :平成7年(1995)5月(27歳11ヵ月)
  • 最終場所:平成10年(1998)3月(30歳9ヵ月)
  • 生涯戦歴:411勝410敗59休/821出場(81場所)
  • 生涯勝率:50.1%
  • 優勝等 :序ノ口同点1回
  • 成 績 :殊勲賞1回,敢闘賞1回,金星2個
  • 幕内戦歴:181勝224敗15休(28場所)勝率:44.7%
  •   小結:11勝19敗(2場所)勝率:36.7%
  •   前頭:170勝205敗15休(26場所)勝率:45.3%
  • 十両戦歴:79勝71敗30休(12場所)勝率:52.7%

竜電 剛至

竜電 剛至(りゅうでん ごうし)は山梨県 甲府市出身、高田川部屋の力士で最高位は小結。令和8年5月場所の番付は西 前頭16枚目。

山梨県甲府市に生まれ、小学校から中学校にかけては柔道一筋に打ち込んでいた。中学2年の夏、のちに自身の付け人となる柔道部の後輩・勝武士(元三段目11枚目)をスカウトするために中学校を訪れた16代千田川(のちの9代高田川)と、校長の勧めによって出会う。相撲経験は全くなかったが、親方の「男の中の男になれ」という言葉に胸を打たれ、角界入りを決意した。

中学校を卒業する直前の平成18年(2006年)3月場所において初土俵を踏む。四股名は出身校である竜王中学校の「竜」と、伝説的強豪力士・雷電為右衛門の「電」を組み合わせ、初土俵時から「竜電」と名乗った。入門後は高田川部屋で厳しい稽古に耐え、着実に地力をつけていった。

新十両昇進と大怪我による休場

初土俵から所要40場所となる平成24年(2012年)11月場所において念願の新十両昇進を果たす。しかし、関取として臨んだこの場所の8日目、取組中に右股関節を骨折する大怪我を負い、途中休場を余儀なくされる。幕下へ陥落した翌場所は皆勤したものの負け越し、その後は全休や途中休場を繰り返し、長期間にわたって満足に土俵に上がれない深刻な事態となった。

この間に同じ部位を計3回も骨折しており、医師からは「トラックと衝突した時に折れるような箇所」だと驚かれた。少しずれていれば一生歩けなくなる危険性もあったことから、再起は難しいと宣告されるほどであった。

関取の座を失うだけでなく、全休すれば番付外へ転落してしまう平成26年(2014年)1月場所では、「番付外に落ちると自分が力士ではなくなるような気がした」との思いから、十分に回復していない中で7番相撲のみに出場して白星を挙げ、意地を見せた。この「7番相撲のみの出場」は同年7月場所まで4場所連続で続いた。

序ノ口からの復活と歴史的な新三役

一時は西序ノ口17枚目まで番付を落としていたが、10場所ぶりに皆勤した平成26年(2014年)9月場所において、7戦全勝で序ノ口優勝を飾る。続く翌11月場所で序二段優勝、翌年の1月場所で三段目優勝と、3場所連続での全勝優勝を果たして一気に幕下へと復帰した。そして平成28年(2016年)11月場所において、約4年ぶりとなる再十両昇進を果たす。

平成30年(2018年)1月場所ではついに新入幕を果たした。序ノ口まで陥落した十両経験者の入幕は、琴別府(元前頭筆頭)に続き史上2人目であり、山梨県出身としては大乃花(元前頭13枚目)以来約30年ぶりの幕内力士となった。同場所で10勝を挙げて敢闘賞を受賞する。

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令和元年(2019年)7月場所においては新三役となる小結へ昇進した。関取経験者が序ノ口まで陥落した後に新三役へ昇進するのは大相撲史上初のことであり、この場所では序盤で当時大関であった高安と栃ノ心を連破する活躍を見せた。

出場停止処分からの復帰

順調に幕内上位で活躍を続けていたが、令和3年(2021年)5月場所中、日本相撲協会の新型コロナウイルス対応ガイドラインに違反する不適切な行動があったとして、3場所の出場停止という懲戒処分を受けることとなる。

この処分により再び幕下へ陥落したが、復帰場所となった同年11月場所で幕下優勝を果たすと、令和4年(2022年)3月場所で十両優勝を飾り、幕内の土俵へと復帰を果たした。

長く幕内の土俵を務め、令和7年(2025年)には一時十両に陥落したものの1場所で幕内へ復帰する。同年には、同門である大の里の横綱昇進に伴い、横綱土俵入りの露払いを務める名誉にも浴した。

取り口は右四つに組んでからの力強い寄りや投げを主体とする。大怪我の経験から柔軟性と下半身の強化に努めており、驚異的な粘り腰と無尽蔵のスタミナを最大の武器としている。

💡 山梨県出身一覧💡 高田川部屋の力士

四股名
竜電 剛至(りゅうでん ごうし)
最高位
小結
最新番付
西 前頭16枚目
出身地
山梨県 甲府市
本名
渡邊 裕樹
生年月日
平成2年(1990)11月10日(35歳)
身長・体重
189cm・158kg
所属部屋
高田川部屋
初土俵
平成18年(2006)3月(15歳4ヵ月)
新十両
平成24年(2012)11月(22歳0ヵ月)
新入幕
平成30年(2018)1月(27歳2ヵ月)
新小結
令和1年(2019)7月(28歳8ヵ月)
優勝
十両優勝2回,幕下優勝2回,三段目優勝1回,序二段優勝1回,序ノ口優勝1回
受賞・金星
敢闘賞1回,技能賞1回
通算成績
622勝537敗99休/1158出場(勝率:53.7%)
直近7場所
27勝33敗(十両:17勝13敗)
7場所勝率
48.9%
得意技
モロ差し・寄り
決まり手傾向(直近7場所)
竜電が勝ちの決まり手(44勝)
寄り切り22
押し出し7
上手投げ3
送り出し3
叩き込み2
下手出し投げ1
その他6
竜電が負けの決まり手(46敗)
寄り切り14
叩き込み7
押し出し5
寄り倒し3
上手投げ3
肩透かし2
その他12
令8年5月
西 前頭16枚目(1枚上昇)
0勝0敗
令8年3月
東 十両筆頭(3枚降下)
9勝6敗
●●○●○|○●●●○|○○○○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年1月
東 前頭15枚目(1枚降下)
6勝9敗
○●●●●|○○○●●|●○○●●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

▼ さらに過去の成績(4場所分)を見る
令7年11
東 前頭14枚目(3枚上昇)
7勝8敗
○●○○○|●●●●●|●○○○●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年9月
東 前頭17枚目(2枚上昇)
9勝6敗
○○○●○|●○○○○|●○●●●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年7月
西 十両筆頭(3枚半降下)
8勝7敗
○○●○●|○●○●●|○●○●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年5月
東 前頭15枚目
5勝10敗
○●●○○|○●●●●|●○●●●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

高田川部屋の最高位:前頭

輝 大士

輝 大士(かがやき たいし)は石川県 七尾市出身、高田川部屋の力士で最高位は前頭3枚目。令和8年5月場所の番付は東 十両7枚目。

小1の頃から七尾市スポーツ少年団で相撲を始める。西南中学3年次に全国都道府県中学生選手権の団体と個人で優勝を飾った。このとき団体戦で共に戦った中村は現在、宮城野部屋に在籍する炎鵬。中学卒業と共に高田川部屋へと入門。

初土俵から9場所目には早くも幕下の土俵に立ったが、そこから十両昇進までは約3年の足踏みとなった。十両昇進と共に改めた四股名の「輝」は北陸新幹線の「かがやき」から。元関脇・若の里(現・西岩親方)の付け人として相撲と力士のイロハを教わった。

💡 石川県出身一覧💡 高田川部屋の力士

四股名
輝 大士(かがやき たいし)
最高位
前頭3枚目
最新番付
東 十両7枚目
出身地
石川県 七尾市
本名
達 綾哉
生年月日
平成6年(1994)6月1日(31歳)
身長・体重
192cm・175kg
所属部屋
高田川部屋
改名歴
達 → 輝
初土俵
平成22年(2010)3月(15歳9ヵ月)
新十両
平成26年(2014)11月(20歳5ヵ月)
新入幕
平成28年(2016)1月(21歳7ヵ月)
優勝
無し
通算成績
597勝605敗0休/1202出場(勝率:49.7%)
直近7場所
45勝45敗
7場所勝率
50.0%
得意技
突き・押し
決まり手傾向(直近7場所)
輝が勝ちの決まり手(45勝)
押し出し18
引き落とし6
突き落とし5
寄り切り5
突き出し3
浴せ倒し2
その他6
輝が負けの決まり手(45敗)
押し出し13
寄り切り8
叩き込み7
突き落とし7
引き落とし2
引っ掛け1
その他7
令8年5月
東 十両7枚目(2枚降下)
0勝0敗
令8年3月
東 十両5枚目(2枚半降下)
7勝8敗
○●○●●|●●●●○|○○●○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年1月
西 十両2枚目(1枚半上昇)
6勝9敗
●○●●○|●●○●○|○●●●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

▼ さらに過去の成績(4場所分)を見る
令7年11
東 十両4枚目(変動なし)
9勝6敗
●○○○●|○○○●○|●○●●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年9月
東 十両4枚目(3枚上昇)
8勝7敗
●○○○●|●●●●○|○○○●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年7月
東 十両7枚目(2枚半降下)
9勝6敗
○●○○○|●●●○○|○●○○●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年5月
西 十両4枚目
6勝9敗
●●○●●|○●●○●|○○●●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

鬼雷砲 良蔵

神奈川県横浜市南区出身、高田川部屋の元力士で最高位は前頭4枚目。立ち合いからのもろ差しで鋭く寄る相撲が得意。

  • 四股名 :鬼雷砲 良蔵(きらいほう りょうぞう)
  • 最高位 :前頭4枚目
  • 年寄名跡:14代佐ノ山⇒17代山響
  • 出身地 :神奈川県横浜市南区
  • 本 名 :内間 良三
  • 生年月日:昭和41年(1966)1月5日
  • 所属部屋:高田川部屋
  • 改名歴 :内間⇒前秀峰⇒秀峰⇒浜千鳥⇒鬼雷砲
  • 初土俵 :昭和56年(1981)3月(15歳2ヵ月)
  • 新十両 :昭和63年(1988)3月(22歳2ヵ月)
  • 新入幕 :平成3年(1991)11月(25歳10ヵ月)
  • 最終場所:平成8年(1996)7月(30歳6ヵ月)
  • 生涯戦歴:496勝489敗3休/985出場(93場所)
  • 生涯勝率:50.4%
  • 優勝等 :なし
  • 幕内戦歴:177勝198敗(25場所)勝率:47.2%
  • 十両戦歴:128勝142敗(18場所)勝率:47.4%

湘南乃海 桃太郎

湘南乃海 桃太郎(しょうなんのうみ ももたろう)は神奈川県 中郡大磯町出身、高田川部屋の力士で最高位は前頭5枚目。令和8年5月場所の番付は東 十両8枚目。

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小学生の頃から野球を始めてピッチャーをつとめていた。相撲経験はなかったが父親の勧めとドラマの「千代の富士物語」を観たことで相撲への想いが高まり相撲部屋を見学に。そこで高田川親方(元関脇・安芸乃島)に熱心に誘われたことで入門を決意。成長著しい期待の星として注目されている。

💡 神奈川県出身一覧💡 高田川部屋の力士

四股名
湘南乃海 桃太郎(しょうなんのうみ ももたろう)
最高位
前頭5枚目
最新番付
東 十両8枚目
出身地
神奈川県 中郡大磯町
本名
谷松 将人
生年月日
平成10年(1998)4月8日(28歳)
身長・体重
194cm・186kg
所属部屋
高田川部屋
初土俵
平成26年(2014)3月(15歳11ヵ月)
新十両
令和5年(2023)1月(24歳9ヵ月)
新入幕
令和5年(2023)7月(25歳3ヵ月)
優勝
無し
受賞・金星
敢闘賞1回
通算成績
344勝313敗0休/657出場(勝率:52.4%)
直近7場所
23勝22敗(幕内:15勝30敗)
7場所勝率
42.2%
得意技
左四つ・寄り・押し
決まり手傾向(直近7場所)
湘南乃海が勝ちの決まり手(38勝)
叩き込み10
押し出し9
上手投げ5
寄り切り3
突き落とし3
送り出し3
その他5
湘南乃海が負けの決まり手(52敗)
寄り切り23
押し出し9
叩き込み4
突き出し3
突き落とし3
押し倒し2
その他8
令8年5月
東 十両8枚目(変動なし)
0勝0敗
令8年3月
東 十両8枚目(3枚半降下)
8勝7敗
●○○●○|●○○○●|○○●●●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年1月
西 十両4枚目(6枚降下)
5勝10敗
●●●●●|○●○●○|○●○●●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

▼ さらに過去の成績(4場所分)を見る
令7年11
西 前頭15枚目(変動なし)
3勝12敗
●●○○●|●●●●○|●●●●●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年9月
西 前頭15枚目(4枚上昇)
7勝8敗
●●○○○|●○○●●|○●●○●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年7月
東 十両2枚目(3枚半降下)
10勝5敗
●○○○○|○○●●●|○○○●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年5月
西 前頭15枚目
5勝10敗
●●○●●|●○○●●|●●○○●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

高田川部屋の最高位:十両

前進山 良太

前進山 良太 (ぜんしんやま りょうた)神奈川県横浜市金沢区出身、高田川部屋の元力士で、最高位は十両2枚目

昭和57年(1982)11月場所に16歳6ヶ月で初土俵を踏み、平成11年(1999)9月場所を最後に引退(33歳4ヶ月)。

通算成績は480勝467敗56休946出場。生涯勝率.507。通算102場所中、56場所を勝ち越した(勝ち越し率.554)。

主な成績は幕下優勝2回

昭和41年(1966)4月22日生まれ。本名は秋元 良太。

野球の強豪校から未経験で相撲界へ飛び込み、分厚い壁に挑み続けた前進山は、その巨体と強烈な突き押しを武器に関取の座を掴んだ力士である。怪我に苦しみながらも通算37場所にわたり十両の地位を務め上げ、引退後は若者頭として日本相撲協会に残る道を選んだ。

野球からの転身と「前進山」の誕生

神奈川県横浜市金沢区に生まれ、野球の名門である横浜高校の野球部に所属していたが、1年次で同校を中退する。相撲は未経験であったが、知人の紹介を通じて8代高田川(元大関・前の山)が率いる高田川部屋へ入門し、昭和57年(1982年)11月場所において初土俵を踏んだ。

入門当初は本名の「秋元」で土俵に上がっていたが、昭和58年(1983年)5月場所より「前進山」へと四股名を改名した。この四股名は、部屋の行司より考案されたものであり、「どんどん前に攻めるように」という願いが込められている。

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幕下優勝と新十両昇進

四股名に込められた願いのとおり、持ち前の巨体を活かした突き押し相撲で着実に地力を養っていく。初土俵から約6年半となる平成元年(1989年)3月場所において、西幕下9枚目で7戦全勝の幕下優勝を飾る。この好成績により、続く同年5月場所での新十両昇進を果たし、関取の座を掴み取った。

歴代屈指の十両在位と若者頭への就任

関取昇進後は度重なる負傷に苦しめられ、幕下への陥落も経験したが、そのたびに不屈の闘志で這い上がった。平成5年(1993年)11月場所では東幕下5枚目で7戦全勝とし、自身2度目となる幕下優勝を果たして十両へ復帰している。その後は十両の地位に定着し、幕内への昇進には一歩届かなかったものの、最高位が十両の力士としては歴代屈指の記録となる通算37場所を十両の地位で務め上げた。

西幕下44枚目で迎えた平成11年(1999年)9月場所を最後に現役を引退。引退後は若者頭に就任し、日本相撲協会に残って協会の業務にあたっている。

四股名
前進山 良太 (ぜんしんやま りょうた)
最高位
十両2枚目
出身地
神奈川県横浜市金沢区
本名
秋元 良太
生年月日
昭和41年(1966)4月22日
所属部屋
高田川部屋
改名歴
秋元 良太 → 前進山 良太
初土俵
昭和57年(1982)11月 前相撲(16歳6ヶ月)
新十両
平成元年(1989)5月(所要39場所)
23歳0ヶ月(初土俵から6年6ヶ月)
最終場所
平成11年(1999)9月場所(33歳4ヶ月)
大相撲歴
102場所(16年10ヶ月)
通算成績
480勝467敗56休946出場(勝率.507)
通算102場所
勝ち越し56場所(勝ち越し率.554)(勝ち越し星111)
優勝等
幕下優勝2回
持給金
58円50銭(勝ち越し星111個)
十両戦歴
244勝280敗31休523出場(勝率.467)
在位37場所(在位率.363)
勝ち越し17場所(勝ち越し率.459)
関取戦歴
244勝280敗31休523出場(勝率.467)
在位37場所(在位率.363)
勝ち越し17場所(勝ち越し率.459)
幕下以下歴
236勝187敗25休423出場(勝率.558)
在位64場所(在位率.627)
勝ち越し39場所(勝ち越し率.609)

前進山 良太の更に詳細なデータは力士名鑑で!

名鑑ページでは、以下のような詳細な分析データをはじめ、豊富な表やグラフをご覧いただけます。

  • ✅ 勝った決まり手1位:押し出し(122回 / 40.4%)
  • ✅ 負けた決まり手1位:押し出し(83回 / 25.6%)
  • ✅ 得意な相手:日立龍(8勝2敗 / 勝率.800)
  • ✅ 苦手な相手:栃乃藤(1勝7敗 / 勝率.125)

大雷童 太郎

大雷童 太郎(だいらいどう たろう)は福岡県 大野城市出身、高田川部屋の力士で最高位は十両2枚目。令和8年5月場所の番付は西 三段目69枚目。

平成17年9月場所に新十両昇進、平成18年初場所では東十両2枚目まで番付を上げたがそこから4場所連続負け越しで幕下へと陥落してしまった。再十両を果たしたら画家だった祖父「福富雷童」の絵を化粧廻しにするのが夢。

💡 福岡県出身一覧💡 高田川部屋の力士

四股名
大雷童 太郎(だいらいどう たろう)
最高位
十両2枚目
最新番付
西 三段目69枚目
出身地
福岡県 大野城市
本名
山口 智史
生年月日
昭和55年(1980)4月17日(46歳)
身長・体重
173cm・151.7kg
所属部屋
高田川部屋
改名歴
雷童⇒大雷童⇒雷童 → 大雷童
初土俵
平成8年(1996)3月(15歳11ヵ月)
新十両
平成17年(2005)9月(25歳5ヵ月)
優勝
序ノ口優勝1回
通算成績
651勝618敗25休/1269出場(勝率:51.3%)
直近7場所
20勝22敗
7場所勝率
47.6%
得意技
突き・押し
決まり手傾向(直近7場所)
大雷童が勝ちの決まり手(20勝)
押し出し7
叩き込み4
突き落とし4
引き落とし2
掬い投げ1
突き出し1
その他1
大雷童が負けの決まり手(22敗)
押し出し11
引き落とし4
上手投げ2
叩き込み2
寄り切り1
掬い投げ1
その他1
令8年5月
西 三段目69枚目(37枚半降下)
0勝0敗
令8年3月
東 三段目32枚目(16枚半降下)
1勝6敗
●--●-|●-●●-|●-○--
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年1月
西 三段目15枚目(14枚上昇)
3勝4敗
●--●-|○-●-●|-○--○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

▼ さらに過去の成績(4場所分)を見る
令7年11
西 三段目29枚目(14枚上昇)
4勝3敗
●-●-○|-○-●-|○--○-
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年9月
西 三段目43枚目(16枚上昇)
4勝3敗
-●○--|○-●-○|○-●--
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年7月
西 三段目59枚目(20枚上昇)
4勝3敗
○--○-|●-●●-|-○-○-
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年5月
西 三段目79枚目
4勝3敗
-○-○●|-●-○-|-○--●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

白鷹山 亨将

白鷹山 亨将(はくようざん りょうすけ)は山形県 西置賜郡白鷹町出身、高田川部屋の力士で最高位は十両3枚目。令和8年5月場所の番付は西 十両13枚目。

白鷹町立鮎貝小学校時代は柔道。中学では陸上部に所属し砲丸投げで県大会新記録を出して優勝。相撲経験はなかったが父親の勧めと高田川親方からの熱心な勧誘により入門を決意。

当初は平成23年(2011)3月場所で初土俵を踏むはずだったが大相撲八百長問題により3月場所は中止となり、5月に行われた技量審査場所がデビューとなった。右膝前十字靭帯断裂の大怪我や糖尿病に悩まされたが平成30年(2018)5月場所で新十両に昇進。このときは1場所で跳ね返されたが翌場所は幕下全勝優勝で再び十両の土俵に挑む。兄弟子・輝も太鼓判の逸材

💡 山形県出身一覧💡 高田川部屋の力士

四股名
白鷹山 亨将(はくようざん りょうすけ)
最高位
十両3枚目
最新番付
西 十両13枚目
出身地
山形県 西置賜郡白鷹町
本名
齋藤 亨将
生年月日
平成7年(1995)4月13日(31歳)
身長・体重
188cm・181kg
所属部屋
高田川部屋
初土俵
平成23年(2011)5月(16歳1ヵ月)
新十両
平成30年(2018)5月(23歳1ヵ月)
優勝
十両優勝1回,幕下優勝1回
通算成績
444勝413敗47休/855出場(勝率:51.9%)
直近7場所
27勝48敗(幕下以下:5勝2敗)
7場所勝率
39.0%
得意技
突き・押し
決まり手傾向(直近7場所)
白鷹山が勝ちの決まり手(32勝)
押し出し18
寄り切り4
突き出し4
突き落とし3
押し倒し1
つき手1
その他1
白鷹山が負けの決まり手(50敗)
寄り切り24
押し出し8
送り出し5
突き出し3
突き落とし3
上手出し投げ2
その他5
令8年5月
西 十両13枚目(2枚半上昇)
0勝0敗
令8年3月
東 幕下2枚目(2枚降下)
5勝2敗
○-●-●|-○-○-|○--○-
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年1月
東 十両14枚目(4枚降下)
6勝9敗
○●●●●|○●●○○|○●●●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

▼ さらに過去の成績(4場所分)を見る
令7年11
東 十両10枚目(変動なし)
4勝11敗
●●○●●|○●●○●|○●●●●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年9月
東 十両10枚目(4枚半降下)
7勝8敗
○●●●○|●●○○●|○●●○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年7月
西 十両5枚目(1枚半降下)
4勝11敗
●●○●○|●●●○●|●●○●●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年5月
東 十両4枚目
6勝9敗
●●○●●|○○●○●|●○○●●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

卓越山 吾郎

大阪府守口市出身、高田川部屋の元力士で最高位は十両5枚目。廃業後はプロレスへと転向。

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  • 四股名 :卓越山 吾郎(たくえつやま ごろう)
  • 最高位 :十両5枚目
  • 出身地 :大阪府守口市
  • 本 名 :高木 功
  • 生年月日:昭和36年(1961)11月8日
  • 所属部屋:高田川部屋
  • 改名歴 :前の光⇒前乃光⇒卓越山
  • 初土俵 :昭和52年(1977)3月(15歳4ヵ月)
  • 新十両 :昭和60年(1985)7月(23歳8ヵ月)
  • 最終場所:昭和61年(1986)7月(24歳8ヵ月)
  • 生涯戦歴:222勝185敗17休/406出場(57場所)
  • 生涯勝率:54.5%
  • 優勝等 :なし
  • 十両戦歴:26勝31敗3休(4場所)勝率:45.6%

大辻 理紀

大辻 理紀(おおつじ りき)は兵庫県 加古川市出身、高田川部屋の力士で最高位は十両12枚目。令和8年5月場所の番付は東 幕下7枚目。

幼少時から柔道や体操、アームレスリングなど、さまざまな競技に親しんできた。相撲は氷丘小学校3年の頃から高砂相撲教室で始め、わんぱく相撲全国大会には4年生から3年連続で出場。5年生のときには小結(ベスト8)に進出した。

報徳学園中学に進学後も活躍を続け、全国中学校相撲選手権大会では準優勝(優勝は中川部屋に入門した吉井虹)、白鵬杯でも3位入賞を果たすなど、多くの全国大会で実績を残した。

高田川部屋への入門は、母親がアームレスリングを通じて高田川親方(元関脇・安芸乃島)の娘と知り合ったことがきっかけとなり、親方の誘いを受けて角界入りを決めた。

平成31(2019)年3月場所で初土俵を踏む。脱臼癖のあった左肩の手術により序盤は出遅れたが、その後は着実に番付を上げ、令和2(2020)年11月場所で幕下に昇進。

以降は幕下上位に上がっては跳ね返される時期が続いたが、相撲力を蓄えながら経験を重ねていった。幕下5枚目で迎えた令和7(2025)年1月場所では5勝2敗で勝ち越し、翌3月場所で待望の新十両昇進を果たした。だが、初関取となった場所では5勝10敗と大きく負け越し、1場所での十両陥落となった。

しかし翌5月場所では、幕下東3枚目で7戦全勝、幕下優勝を飾って再起を印象づけた。

💡 兵庫県出身一覧💡 高田川部屋の力士

四股名
大辻 理紀(おおつじ りき)
最高位
十両12枚目
最新番付
東 幕下7枚目
出身地
兵庫県 加古川市
本名
大辻 理紀
生年月日
平成15年(2003)10月6日(22歳)
身長・体重
181.5cm・145.4kg
所属部屋
高田川部屋
初土俵
平成31年(2019)3月(15歳5ヵ月)
新十両
令和7年(2025)3月(21歳5ヵ月)
優勝
幕下優勝1回
通算成績
162勝126敗15休/287出場(勝率:56.4%)
直近7場所
21勝14敗(十両:4勝11敗)
7場所勝率
50.0%
得意技
押し
決まり手傾向(直近7場所)
大辻が勝ちの決まり手(25勝)
押し出し9
寄り切り3
掬い投げ2
送り出し2
突き出し1
小手投げ1
その他7
大辻が負けの決まり手(25敗)
寄り切り10
押し出し5
突き落とし4
寄り倒し2
叩き込み2
上手出し投げ1
その他1
令8年5月
東 幕下7枚目(2枚半降下)
0勝0敗
令8年3月
西 幕下4枚目(6枚上昇)
3勝4敗
-●●--|○-○●-|●-○--
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年1月
西 幕下10枚目(8枚半降下)
5勝2敗
-○●--|○-○-○|-●--○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

▼ さらに過去の成績(4場所分)を見る
令7年11
東 幕下2枚目(1枚上昇)
2勝5敗
○-●-●|-●-○-|●-●--
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年9月
東 幕下3枚目(4枚半降下)
4勝3敗
●-○-○|-●-○-|○--●-
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年7月
西 十両12枚目(4枚半上昇・最高位更新)
4勝11敗
●●●○●|●●●●○|○●○●●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年5月
東 幕下3枚目
7勝0敗(幕下優勝)
-○○-○|-○-○-|○-○--
取組詳細(対戦相手・決まり手)

高田川部屋の最高位:三段目

勝武士 幹士

山梨県甲府市出身、高田川部屋の力士。甲斐市立竜王中学校出身で同部屋の竜電の1年後輩にあたる。東関部屋の高三郷(平成30年5月場所で引退)との息の合った初っ切りは大好評で巡業の目玉だった。各地での初っ切りを通じて人気だった力士。

令和2年5月13日未明、新型コロナウィルス性肺炎による多臓器不全の為、逝去。

  • 四股名 :勝武士 幹士(しょうぶし かんじ)
  • 最高位 :三段目11枚目
  • 出身地 :山梨県甲斐市 ⇒ 山梨県甲府市
  • 本 名 :大森 清孝
  • 生年月日:平成3年(1991)11月4日
  • 没年月日:令和2年(2020)5月13日(享年28歳)
  • 所属部屋:高田川部屋
  • 改名歴 :勝武士⇒彈丸⇒勝武士
  • 初土俵 :平成19年(2007)3月(15歳4ヵ月)
  • 最終場所:令和2年(2020)5月(28歳6ヵ月)
  • 生涯戦歴:260勝279敗/538出場(79場所)
  • 生涯勝率:48.2%
  • 優勝等 :なし

高田川部屋の歴代師匠

第8代・高田川 和一 (元大関・前乃山)

在任期間(昭和49年(1974年)4月30日~平成21年(2009年)8月4日)

大関昇進直後の稽古で右足を骨折、これが元で本来の相撲を失う

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  • 四股名 :前乃山 太郎(まえのやま たろう)
  • 最高位 :大関
  • 年寄名跡:8代高田川⇒17代千田川
  • 出身地 :大阪府守口市
  • 本 名 :金島 和一⇒中矢 和一⇒清水 和一
  • 生年月日:昭和20年(1945)3月9日
  • 所属部屋:高砂部屋
  • 改名歴 :金島⇒金の島⇒前ノ山⇒前の山⇒前ノ山⇒前の山⇒前乃山⇒前の山
  • 初土俵 :昭和36年(1961)3月(16歳0ヵ月)
  • 新十両 :昭和40年(1965)11月(20歳8ヵ月)
  • 新入幕 :昭和41年(1966)9月(21歳6ヵ月)
  • 新三役 :昭和43年(1968)3月(23歳0ヵ月)
  • 新大関 :昭和45年(1970)9月(25歳6ヵ月)
  • 最終場所:昭和49年(1974)3月(29歳0ヵ月)
  • 生涯戦歴:487勝397敗48休/880出場(79場所)
  • 生涯勝率:55.1%
  • 優勝等 :幕内同点1・次点1回,十両優勝1回
  • 成 績 :殊勲賞3回,敢闘賞2回,金星1個
  • 幕内戦歴:343勝305敗34休(46場所)勝率:52.9%
  •   大関:67勝56敗27休(10場所)勝率:54.5%
  •   関脇:95勝70敗(11場所)勝率:57.6%
  •   小結:30勝30敗(4場所)勝率:50.0%
  •   前頭:151勝149敗7休(21場所)勝率:50.3%
  • 十両戦歴:46勝29敗(5場所)勝率:61.3%

第9代・高田川 勝巳 (元関脇・安芸ノ島)

在任期間(平成21年(2009年)8月5日~  )

安芸乃島 勝巳(あきのしま かつみ)広島県豊田郡安芸津町出身、藤島~二子山部屋の元力士で、最高位は関脇

昭和57年(1982)3月場所に14歳11ヶ月で初土俵を踏み、平成15年(2003)5月場所を最後に引退(36歳2ヶ月)。

通算成績は822勝757敗78休1575出場。生涯勝率.521。通算128場所中、66場所を勝ち越した(勝ち越し率.520)。

主な成績は幕内次点2回,十両優勝1回幕下優勝1回序二段優勝1回,序ノ口同点1回。殊勲賞7回,敢闘賞8回,技能賞4回,金星16個(大乃国2個、千代の富士4個、北勝海4個、旭富士4個、曙1個、武蔵丸1個)。

昭和42年(1967)3月16日生まれ。本名は宮本 勝巳(旧姓・山中)。

歴代最多の16個の金星は対戦した横綱全てから獲得。引退後は二子山~貴乃花部屋の部屋付親方として指導していたが、貴乃花との確執により袂を分かち高田川部屋へと移籍。のちに9代高田川を襲名。

年寄
9代・高田川 勝巳
四股名
安芸乃島 勝巳(あきのしま かつみ)
最高位
関脇
年寄名跡
17代藤島 勝巳 → 16代千田川 虎央 → 9代高田川 勝巳
出身地
広島県豊田郡安芸津町
本名
山中 勝巳 → 宮本 勝巳
生年月日
昭和42年(1967)3月16日(59歳)
所属部屋
藤島~二子山部屋
改名歴
山中 勝巳 → 安芸ノ島 勝巳 → 安芸乃島 勝巴 → 安芸乃島 勝巳
初土俵
昭和57年(1982)3月 前相撲(14歳11ヶ月)
新十両
昭和62年(1987)7月(所要32場所)
20歳3ヶ月(初土俵から5年4ヶ月)
新入幕
昭和63年(1988)3月(所要36場所)
20歳11ヶ月(初土俵から6年0ヶ月)
新小結
昭和63年(1988)11月(所要40場所)
21歳7ヶ月(初土俵から6年8ヶ月)
新関脇
平成元年(1989)5月(所要43場所)
22歳1ヶ月(初土俵から7年2ヶ月)
最終場所
平成15年(2003)5月(36歳2ヶ月)
大相撲歴
128場所(21年2ヶ月)
通算成績
822勝757敗78休1575出場(勝率.521)
通算128場所
勝ち越し66場所(勝ち越し率.520)(勝ち越し星232)
優勝等
幕内次点2回,十両優勝1回幕下優勝1回序二段優勝1回,序ノ口同点1回
受賞・金星
殊勲賞7回,敢闘賞8回,技能賞4回,金星16個
持給金
293円50銭(勝ち越し星232個 金星16個)
幕内戦歴
647勝640敗78休1283出場(勝率.503)
在位91場所(在位率.711)
勝ち越し43場所(勝ち越し率.473)
三役戦歴
183勝189敗33休369出場(勝率.492)
在位27場所(在位率.211)
勝ち越し10場所(勝ち越し率.370)
関脇戦歴
77勝82敗21休157出場(勝率.484)
在位12場所(在位率.094)
勝ち越し4場所(勝ち越し率.333)
小結戦歴
106勝107敗12休212出場(勝率.498)
在位15場所(在位率.117)
勝ち越し6場所(勝ち越し率.400)
前頭戦歴
464勝451敗45休914出場(勝率.507)
在位64場所(在位率.500)
勝ち越し33場所(勝ち越し率.516)
十両戦歴
47勝28敗0休75出場(勝率.627)
在位5場所(在位率.039)
勝ち越し5場所(勝ち越し率1.000)
関取戦歴
694勝668敗78休1358出場(勝率.510)
在位96場所(在位率.750)
勝ち越し48場所(勝ち越し率.500)
幕下以下歴
128勝89敗0休217出場(勝率.590)
在位31場所(在位率.242)
勝ち越し18場所(勝ち越し率.581)


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ここまでは過去から現在までの高田川部屋の主な力士たちをご紹介してきましたが、高田川部屋の現役力士の最新番付や成績を知りたい方の為に最適な記事もご用意しています。相撲観戦と予習におススメです!

出身地別、力士別、初土俵別など様々な方法で力士データをまとめています。

大相撲用語について知りたい方は大相撲大事典をご活用ください。

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