三重県出身の歴代力士一覧|過去から現在までの全関取と優勝・三賞記録

三重出身の過去から現在までの主な力士をご紹介する三重県の大相撲力士まとめ!この記事では三重出身の関取を中心に、三重の郷土力士をご紹介していきます。

過去の力士については最高位や改名歴、初土俵や各段の昇進時期と最終場所、さらに生涯戦歴と生涯勝率、成績等を中心にご紹介していきます。また、現役力士については最高位と昇進時期、主な成績などを載せています。

なお、年寄名跡欄のマークは、その代で師匠(部屋持ち親方)になったことがあるという意味です。

現役の三重出身力士の最新番付や成績、詳細なデータをご覧になりたい方はこちら

5月場所千秋楽の取組結果はこちら。


5月場所の各段の成績順はこちらで確認ができます。

相撲部屋や出身地ごとの成績から、場所中はリアルタイムでランキングを作成しております。今場所好調な相撲部屋や力士の出身地はどこ?

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三重出身の優勝力士

三重県出身 歴代幕内優勝力士一覧

三重県出身では、これまでに2人の力士が幕内優勝を達成しており、優勝回数はあわせて5回になります。

最多優勝は三重ノ海で3回の幕内優勝を達成しています。

連覇記録では、三重ノ海が2連覇を1回達成しています。

三重県出身初の優勝力士は三重ノ海で、いまから50年6ヶ月前の昭和50年(1975年)11月場所のことでした。

また、直近の三重県出身優勝力士は琴風で、いまから43年4ヶ月前の昭和58年(1983年)1月場所です。

場所年月四股名番付成績年齢部屋出身地最高位備考
昭和58年1月
(1983年)
S58.1
1983
琴風
[2回目]
西大関14勝1敗25歳8ヶ月佐渡ヶ嶽三重県大関
昭和56年9月
(1981年)
S56.9
1981
琴風
[初]
東関脇12勝3敗24歳5ヶ月佐渡ヶ嶽三重県大関
昭和55年1月
(1980年)
S55.1
1980
三重ノ海
[3回目]
2連覇
東横綱全勝15勝0敗31歳11ヶ月出羽海三重県横綱
昭和54年11月
(1979年)
S54.11
1979
三重ノ海
[2回目]
西横綱(横綱大関)14勝1敗31歳9ヶ月出羽海三重県横綱
昭和50年11月
(1975年)
S50.11
1975
三重ノ海
[初]
東関脇13勝2敗27歳9ヶ月出羽海三重県横綱

三重県出身 幕内優勝回数ランキング

三重県出身力士の幕内優勝回数ランキングです。1位が三重ノ海で3回、2位が琴風で2回となっています。

※勝利合計と敗戦合計・勝率は、幕内優勝場所での成績合計です。

順位四股名最高位優勝
回数
横綱大関関脇小結前頭勝利
合計
敗戦
合計
勝率部屋出身地
1位三重ノ海横綱3回2010042勝3敗.933出羽海三重県
2位琴風大関2回110026勝4敗.867佐渡ヶ嶽三重県

三重出身の三賞受賞力士

三重県出身 歴代三賞受賞力士一覧

三重県出身では、これまでに6人の力士が三賞を受賞しており、獲得数はあわせて30回になります。

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受賞の内訳は、技能賞が7回、殊勲賞が15回、敢闘賞が8回となっています。

また、ダブル受賞は三重ノ海と北尾(双羽黒)が1回ずつ達成しています。

場所年月 番付 受賞力士 受賞 成績 受賞時
年齢
部屋 出身地 初土俵 生年月日
令和2年11月
(2020年)
R2.11
(2020)
東前頭14東前頭14千代の国敢闘賞 [2回目]10勝5敗30歳4ヶ月九重三重県平成18年5月
(2006年)
平成2年7月10日
(1990年)
令和2年11月
(2020年)
R2.11
(2020)
東前頭17東前頭17志摩ノ海敢闘賞 [2回目]11勝4敗31歳4ヶ月木瀬三重県平成24年5月
(2012年)
平成元年7月11日
(1989年)
令和元年5月
(2019年)
R1.5
(2019)
東前頭12東前頭12志摩ノ海敢闘賞 [初]10勝5敗29歳10ヶ月木瀬三重県平成24年5月
(2012年)
平成元年7月11日
(1989年)
平成30年5月
(2018年)
H30.5
(2018)
西前頭11西前頭11千代の国敢闘賞 [初]12勝3敗27歳10ヶ月九重三重県平成18年5月
(2006年)
平成2年7月10日
(1990年)
昭和60年11月
(1985年)
S60.11
(1985)
東関脇東関脇北尾殊勲賞 [5回目]12勝3敗22歳3ヶ月立浪三重県昭和54年3月
(1979年)
昭和38年8月12日
(1963年)
昭和60年9月
(1985年)
S60.9
(1985)
西関脇西関脇北尾殊勲賞 [4回目]11勝4敗22歳1ヶ月立浪三重県昭和54年3月
(1979年)
昭和38年8月12日
(1963年)
昭和60年7月
(1985年)
S60.7
(1985)
東前頭筆頭東前頭筆頭北尾
ダブル
殊勲賞 [3回目]12勝3敗21歳11ヶ月立浪三重県昭和54年3月
(1979年)
昭和38年8月12日
(1963年)
技能賞 [2回目]
昭和60年3月
(1985年)
S60.3
(1985)
東小結東小結北尾殊勲賞 [2回目]10勝5敗21歳7ヶ月立浪三重県昭和54年3月
(1979年)
昭和38年8月12日
(1963年)
昭和60年1月
(1985年)
S60.1
(1985)
西小結西小結北尾技能賞 [初]10勝5敗21歳5ヶ月立浪三重県昭和54年3月
(1979年)
昭和38年8月12日
(1963年)
昭和59年11月
(1984年)
S59.11
(1984)
西前頭3西前頭3北尾殊勲賞 [初]8勝7敗21歳3ヶ月立浪三重県昭和54年3月
(1979年)
昭和38年8月12日
(1963年)
昭和58年9月
(1983年)
S58.9
(1983)
東前頭4東前頭4巨砲殊勲賞 [2回目]9勝6敗27歳5ヶ月大鵬三重県昭和46年5月
(1971年)
昭和31年4月18日
(1956年)
昭和56年9月
(1981年)
S56.9
(1981)
東関脇東関脇琴風技能賞 [初]12勝3敗
優勝
24歳5ヶ月佐渡ヶ嶽三重県昭和46年7月
(1971年)
昭和32年4月26日
(1957年)
昭和56年9月
(1981年)
S56.9
(1981)
西前頭2西前頭2巨砲殊勲賞 [初]9勝6敗25歳5ヶ月大鵬三重県昭和46年5月
(1971年)
昭和31年4月18日
(1956年)
昭和56年3月
(1981年)
S56.3
(1981)
東小結東小結巨砲技能賞 [初]11勝4敗24歳11ヶ月大鵬三重県昭和46年5月
(1971年)
昭和31年4月18日
(1956年)
昭和55年5月
(1980年)
S55.5
(1980)
西関脇西関脇琴風殊勲賞 [3回目]10勝5敗23歳0ヶ月佐渡ヶ嶽三重県昭和46年7月
(1971年)
昭和32年4月26日
(1957年)
昭和55年3月
(1980年)
S55.3
(1980)
東前頭筆頭東前頭筆頭琴風敢闘賞 [2回目]10勝5敗22歳10ヶ月佐渡ヶ嶽三重県昭和46年7月
(1971年)
昭和32年4月26日
(1957年)
昭和55年1月
(1980年)
S55.1
(1980)
西前頭14西前頭14琴風敢闘賞 [初]12勝3敗22歳8ヶ月佐渡ヶ嶽三重県昭和46年7月
(1971年)
昭和32年4月26日
(1957年)
昭和54年5月
(1979年)
S54.5
(1979)
東前頭9東前頭9巨砲敢闘賞 [初]10勝5敗23歳1ヶ月大鵬三重県昭和46年5月
(1971年)
昭和31年4月18日
(1956年)
昭和53年5月
(1978年)
S53.5
(1978)
西前頭6西前頭6琴風殊勲賞 [2回目]12勝3敗21歳0ヶ月佐渡ヶ嶽三重県昭和46年7月
(1971年)
昭和32年4月26日
(1957年)
昭和52年11月
(1977年)
S52.11
(1977)
東前頭筆頭東前頭筆頭琴風殊勲賞 [初]10勝5敗20歳7ヶ月佐渡ヶ嶽三重県昭和46年7月
(1971年)
昭和32年4月26日
(1957年)
昭和50年11月
(1975年)
S50.11
(1975)
東関脇東関脇三重ノ海
ダブル
殊勲賞 [5回目]13勝2敗
優勝
27歳9ヶ月出羽海三重県昭和38年7月
(1963年)
昭和23年2月4日
(1948年)
技能賞 [3回目]
昭和50年3月
(1975年)
S50.3
(1975)
東前頭筆頭東前頭筆頭三重ノ海殊勲賞 [4回目]11勝4敗27歳1ヶ月出羽海三重県昭和38年7月
(1963年)
昭和23年2月4日
(1948年)
昭和50年1月
(1975年)
S50.1
(1975)
西前頭6西前頭6三重ノ海殊勲賞 [3回目]10勝5敗26歳11ヶ月出羽海三重県昭和38年7月
(1963年)
昭和23年2月4日
(1948年)
昭和48年3月
(1973年)
S48.3
(1973)
西小結西小結三重ノ海技能賞 [2回目]10勝5敗25歳1ヶ月出羽海三重県昭和38年7月
(1963年)
昭和23年2月4日
(1948年)
昭和48年1月
(1973年)
S48.1
(1973)
西前頭3西前頭3三重ノ海殊勲賞 [2回目]11勝4敗24歳11ヶ月出羽海三重県昭和38年7月
(1963年)
昭和23年2月4日
(1948年)
昭和46年11月
(1971年)
S46.11
(1971)
西小結西小結三重ノ海技能賞 [初]11勝4敗23歳9ヶ月出羽海三重県昭和38年7月
(1963年)
昭和23年2月4日
(1948年)
昭和46年9月
(1971年)
S46.9
(1971)
東前頭4東前頭4三重ノ海敢闘賞 [初]10勝5敗23歳7ヶ月出羽海三重県昭和38年7月
(1963年)
昭和23年2月4日
(1948年)
昭和45年7月
(1970年)
S45.7
(1970)
西小結西小結三重ノ海殊勲賞 [初]8勝7敗22歳5ヶ月出羽海三重県昭和38年7月
(1963年)
昭和23年2月4日
(1948年)

三重県出身 三賞受賞回数ランキング

受賞回数は、1位が三重ノ海で9回(殊勲賞5回・技能賞3回・敢闘賞1回)、2位が北尾(双羽黒)で7回(殊勲賞5回・技能賞2回)、3位が琴風で6回(殊勲賞3回・技能賞1回・敢闘賞2回)となっています。4位以下含む全順位の詳細は、以下の表をご覧ください。

順位 四股名 三賞
合計
技能賞 殊勲賞 敢闘賞 最高位 部屋 出身地
1位 三重ノ海 9回 3 5 1 横綱 出羽海 三重県
2位 北尾
(双羽黒)
7回 2 5 0 横綱 立浪 三重県
3位 琴風 6回 1 3 2 大関 佐渡ヶ嶽 三重県
4位 巨砲 4回 1 2 1 関脇 大鵬 三重県
5位 千代の国 2回 0 0 2 前頭筆頭 九重 三重県
5位 志摩ノ海 2回 0 0 2 前頭3 木瀬 三重県
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三重県出身の最高位:横綱

第57代横綱 三重ノ海 剛司

三重県松阪市出身、出羽海部屋の元力士で最高位は横綱。入門まで相撲未経験も大人数の出羽海部屋のなか自らの努力で大成した。大関から陥落経験のある唯一の横綱、武蔵川部屋を興して数々の名力士を育てた。

  • 四股名 :三重ノ海 剛司(みえのうみ つよし)
  • 最高位 :第57代横綱
  • 年寄名跡:11代山科⇒14代武蔵川
  • 出身地 :三重県松阪市
  • 本 名 :石山 五郎
  • 生年月日:昭和23年(1948)2月4日
  • 所属部屋:出羽海部屋
  • 改名歴 :石山⇒三重ノ海
  • 初土俵 :昭和38年(1963)7月(15歳5ヵ月)
  • 新十両 :昭和44年(1969)3月(21歳1ヵ月)
  • 新入幕 :昭和44年(1969)9月(21歳7ヵ月)
  • 新三役 :昭和45年(1970)7月(22歳5ヵ月)
  • 新大関 :昭和51年(1976)1月(27歳11ヵ月)
  • 横綱昇進:昭和54年(1979)9月(31歳7ヵ月)
  • 最終場所:昭和55年(1980)11月(32歳9ヵ月)
  • 生涯戦歴:695勝525敗56休1分/1214出場(105場所)
  • 生涯勝率:57.0%
  • 優勝等 :幕内優勝3回(同点1・次点5),三段目優勝1回
  • 成 績 :殊勲賞5回,敢闘賞1回,技能賞3回,金星5個
  • 幕内戦歴:543勝413敗51休1分(68場所)勝率:56.8%
  •   横綱:55勝23敗30休(8場所)勝率:70.5%
  •   大関:180勝123敗12休(21場所)勝率:59.4%
  •   関脇:99勝73敗8休(12場所)勝率:57.6%
  •   小結:29勝16敗(3場所)勝率:64.4%
  •   前頭:180勝178敗1休1分(24場所)勝率:50.3%
  • 十両戦歴:28勝17敗(3場所)勝率:62.2%

第60代横綱 双羽黒 光司

双羽黒 光司(ふたはぐろ こうじ)三重県津市出身、立浪部屋の元力士で、最高位は第60代横綱

昭和54年(1979)3月場所に15歳6ヶ月で初土俵を踏み、昭和62年(1987)11月場所を最後に引退(24歳3ヶ月)(※番付上は昭和63年1月場所が最後)

通算成績は348勝184敗24休529出場。生涯勝率.654。通算53場所中、43場所を勝ち越した(勝ち越し率.827)。

主な成績は幕内同点2回(次点5),十両優勝1回,幕下同点2回,序ノ口優勝1回殊勲賞5回,技能賞2回,金星3個(北の湖1個、千代の富士1個、隆の里1個)。

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本名は北尾 光司。昭和38年(1963)8月12日生まれ。平成31年(2019)2月10日逝去(享年55歳)。

優勝経験がないまま横綱になった未完の大器。

四股名
双羽黒 光司(ふたはぐろ こうじ)
最高位
第60代横綱
出身地
三重県津市
本名
北尾 光司
生年月日
昭和38年(1963)8月12日
没年月日
平成31年(2019)2月10日(享年55歳)
所属部屋
立浪部屋
改名歴
北尾 光司 → 双羽黒 光司
初土俵
昭和54年(1979)3月 前相撲(15歳6ヶ月)
新十両
昭和59年(1984)1月(所要29場所)
20歳4ヶ月(初土俵から4年10ヶ月)
新入幕
昭和59年(1984)9月(所要33場所)
21歳0ヶ月(初土俵から5年6ヶ月)
新小結
昭和60年(1985)1月(所要35場所)
21歳5ヶ月(初土俵から5年10ヶ月)
新関脇
昭和60年(1985)5月(所要37場所)
21歳9ヶ月(初土俵から6年2ヶ月)
新大関
昭和61年(1986)1月(所要41場所)
22歳5ヶ月(初土俵から6年10ヶ月)
横綱昇進
昭和61年(1986)9月(所要45場所)
23歳1ヶ月(初土俵から7年6ヶ月)
最終場所
昭和62年(1987)11月(24歳3ヶ月)※番付上は昭和63年1月場所
大相撲歴
53場所(8年8ヶ月)
通算成績
348勝184敗24休529出場(勝率.654)
通算53場所
勝ち越し43場所(勝ち越し率.827)
優勝等
幕内同点2回(次点5),十両優勝1回,幕下同点2回,序ノ口優勝1回
受賞・金星
殊勲賞5回,技能賞2回,金星3個
幕内戦歴
197勝87敗16休281出場(勝率.694)
在位20場所(在位率.377)
勝ち越し17場所(勝ち越し率.850)
横綱戦歴
74勝33敗13休105出場(勝率.692)
在位8場所(在位率.151)
勝ち越し6場所(勝ち越し率.750)
大関戦歴
46勝14敗0休60出場(勝率.767)
在位4場所(在位率.075)
勝ち越し4場所(勝ち越し率1.000)
三役戦歴
49勝23敗3休71出場(勝率.681)
在位5場所(在位率.094)
勝ち越し4場所(勝ち越し率.800)
関脇戦歴
29勝13敗3休41出場(勝率.690)
在位3場所(在位率.057)
勝ち越し2場所(勝ち越し率.667)
小結戦歴
20勝10敗0休30出場(勝率.667)
在位2場所(在位率.038)
勝ち越し2場所(勝ち越し率1.000)
前頭戦歴
28勝17敗0休45出場(勝率.622)
在位3場所(在位率.057)
勝ち越し3場所(勝ち越し率1.000)
十両戦歴
40勝20敗0休60出場(勝率.667)
在位4場所(在位率.075)
勝ち越し4場所(勝ち越し率1.000)
関取戦歴
237勝107敗16休341出場(勝率.689)
在位24場所(在位率.453)
勝ち越し21場所(勝ち越し率.875)
幕下以下歴
111勝77敗8休188出場(勝率.590)
在位28場所(在位率.528)
勝ち越し22場所(勝ち越し率.786)


三重県出身の最高位:大関

琴風 豪規

琴風 豪規 (ことかぜ こうき)三重県津市出身、佐渡ヶ嶽部屋の元力士で、最高位は大関

昭和46年(1971)7月場所に14歳2ヶ月で初土俵を踏み、昭和60年(1985)11月場所を最後に引退(28歳6ヶ月)。

通算成績は561勝352敗102休940出場。生涯勝率.597。通算87場所中、60場所を勝ち越した(勝ち越し率.698)。

主な成績は幕内優勝2回(次点2)、十両優勝1回、幕下優勝1回殊勲賞3回、敢闘賞2回、技能賞1回、金星6個(北の湖3個、輪島2個、若乃花1個)

昭和32年(1957)4月26日生まれ。本名は中山 浩一。

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得意の「がぶり寄り」を武器に活躍し、度重なる大怪我による絶望的な淵から這い上がり大関の座を掴み取った不屈の力士である。愛嬌のある顔立ちから「ペコちゃん」の愛称で親しまれる一方、相撲界随一のインテリ力士としても知られた。現役時代のみならず親方時代にも生命に関わる大怪我から奇跡の生還を果たしており、現在もNHK専属解説者として角界に身を置いている。

マロングラッセと過酷な内弟子時代

三重県津市出身。海軍相撲で鍛えた相撲好きの父の縁で、幼稚園児の頃から佐渡ヶ嶽部屋一行と交流があった。中学時代は「体育以外はオール5」という秀才で料理学校への進学を希望していたが、巡業の際に当時大関の琴櫻(のちの第53代横綱)からちゃんこに誘われ、土産にもらったマロングラッセの味に「相撲取りになればこんな高級なものが食べられるのか」と感動し、角界入りを決意した。

琴櫻が引退・独立した際の弟子として密かにスカウトされ、入門までは内弟子として普通の中学生活を送るつもりで上京した。ところが当時の師匠・11代佐渡ヶ嶽(元小結・琴錦)に見つかり「内弟子なんか許さん」と怒られ、昭和46年(1971年)7月場所に本名をもじった「中ノ山」の四股名で強引に前相撲を取らされてしまう。翌9月場所には「琴風」へと四股名を改めた。琴櫻の「内弟子」という特別扱いのため、部屋では凄まじいいじめに遭ったが、現役力士だった琴櫻にはかばうことが出来ず、琴風は廃業も覚悟した。それでも「人をいじめて何が楽しいのか。周囲を絶対に見返してやる」という反発心をバネに猛稽古に励んだ。その後、昭和49年(1974年)7月に11代佐渡ヶ嶽が急逝。場所前に引退して11代白玉を襲名したばかりであった琴櫻が、12代佐渡ヶ嶽として部屋を継承すると、琴風へのいじめはなくなった。

覚醒と大怪我、不屈のがぶり寄り

地道に力をつけ、昭和50年(1975年)11月場所に新十両、昭和52年(1977年)1月場所で新入幕を果たす。同年11月場所では横綱・北の湖を右前まわしからの強烈な寄りで土俵下へもんどり打たせて初金星を獲得。この一番を機に重い腰からの速攻が開眼した。

下半身が硬い弱点を補うために身につけた「がぶり寄り」は、相手の懐に飛び込んでひたすら前に出るため投げを打たれにくい理想的な武器となった。一躍大関候補となったが、昭和53年(1978年)11月場所の麒麟児戦で左膝内側側副靱帯断裂の大怪我を負い、翌場所の復帰戦で同箇所を再発させてしまう。古傷の再発であったため公傷が適用されず、以後2場所連続全休を余儀なくされて西幕下30枚目まで転落し、絶望の淵に立たされる。

しかし決して諦めず、幕下全勝優勝や十両優勝を経て昭和55年(1980年)1月場所に幕内へ生還。一気に三役まで戻るが、同年7月場所の栃光戦で左膝半月板損傷など再び大怪我を負う。当時の春日野理事長(元横綱・栃錦)に「今度こそ駄目だろう」と言わしめ、初めて患部にメスを入れるほどの重症であったが、不屈の闘志で再び立ち上がった。

初優勝、そして大関昇進と引退

昭和56年(1981年)7月場所後、大関陣が不在となる事態が発生し、「なんとか大関を生み出したい」との思惑から巡業では北の湖との三番稽古で徹底的にしごかれた。「こんどが最後のチャンス」と背水で臨んだ9月場所で12勝3敗の好成績を挙げ、悲願の幕内初優勝を達成。直前3場所31勝と目安には届かなかったが、大関不在の事情や幾度の地獄からカムバックした不屈の精神力が評価され、場所後の理事会で満場一致で大関昇進が決まった。伝達式では満面の笑みを見せたが、その夜には「この膝で大関としてやっていけるか」という不安に襲われ、トレードマークの笑顔が消えたという。

大関としては昭和58年(1983年)1月場所で14勝1敗を挙げ2度目の優勝を飾り、7場所連続11勝以上と安定した時代も築いた。しかし「がぶり寄り」が膝に与える負荷は大きく、満身創痍となっていく。昭和60年(1985年)5月場所で致命傷となる右膝外側側副靱帯損傷などの大怪我を負い、大関から陥落。東前頭10枚目まで番付を落とした同年11月場所、初日から3連敗を喫したところで28歳の若さで現役引退を表明した。左膝の幾度の大怪我を乗り越えてきた男にとって、頼みの綱であった右膝の崩壊が致命傷となった。

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名伯楽からの奇跡の生還、そして現在

引退後は昭和62年(1987年)3月に佐渡ヶ嶽部屋から独立して尾車部屋を創設。豪風や嘉風などの名力士を育て上げた。平成21年(2009年)に預かった弟子の不祥事で二階級降格処分を受け部屋の閉鎖を考えたが、嘉風ら弟子たちの「師匠が辞めるなら自分も引退する」という言葉に翻意し、裏方衆にまで土下座して再起を誓った。

平成24年(2012年)には巡業部長に就任したが、同年4月の巡業会場で転倒し頸髄を捻挫。一時は首から下が麻痺し握力ゼロの寝たきり状態となり、医師から「本来なら呼吸器をつけて寝たきり」と言われるほどの重症を負う。しかし、同じ病院に入院していた大鵬からの激励などもあり、過酷なリハビリの末に奇跡的な回復を見せて職務復帰を果たした。

令和4年(2022年)4月に定年の65歳を迎えるにあたり、同年2月に尾車部屋を閉鎖。令和6年(2024年)5月に再雇用の任期満了を待たずに67歳で相撲協会を退職した。同年11月場所からは「琴風 浩一」の名義でNHKの大相撲中継専属解説者に就任。波乱万丈な相撲人生で培われた温かくも的確な解説で、今もなおファンに声を届けている。

四股名
琴風 豪規 (ことかぜ こうき)
最高位
大関
年寄名跡
8代尾車 浩一(佐渡ヶ嶽) → 8代尾車 浩一 → 8代尾車 浩一(押尾川)
出身地
三重県津市
本名
中山 浩一
生年月日
昭和32年(1957)4月26日
所属部屋
佐渡ヶ嶽部屋
改名歴
中ノ山 → 琴風 豪規
初土俵
昭和46年(1971)7月 前相撲(14歳2ヶ月)
新十両
昭和50年(1975)11月(所要26場所)
18歳6ヶ月(初土俵から4年4ヶ月)
新入幕
昭和52年(1977)1月(所要33場所)
19歳8ヶ月(初土俵から5年6ヶ月)
新小結
昭和53年(1978)9月(所要43場所)
21歳4ヶ月(初土俵から7年2ヶ月)
新関脇
昭和53年(1978)1月(所要39場所)
20歳8ヶ月(初土俵から6年6ヶ月)
新大関
昭和56年(1981)11月(所要62場所)
24歳6ヶ月(初土俵から10年4ヶ月)
最終場所
昭和60年(1985)11月場所(28歳6ヶ月)
大相撲歴
87場所(14年4ヶ月)
通算成績
561勝352敗102休940出場(勝率.597)
通算87場所
勝ち越し60場所(勝ち越し率.698)(勝ち越し星250)
優勝等
幕内優勝2回(次点2),十両優勝1回,幕下優勝1回
受賞・金星
殊勲賞3回,敢闘賞2回,技能賞1回,金星6個(北の湖3個、輪島2個、若乃花1個)
持給金
248円(勝ち越し星250個 優勝2回 金星6個)
大関戦歴
212勝110敗8休321出場(勝率.660)
在位22場所(在位率.253)
勝ち越し20場所(勝ち越し率.909)
幕内戦歴
395勝249敗80休639出場(勝率.618)
在位49場所(在位率.563)
勝ち越し36場所(勝ち越し率.735)
三役戦歴
75勝55敗35休129出場(勝率.581)
在位11場所(在位率.126)
勝ち越し6場所(勝ち越し率.545)
関脇戦歴
68勝47敗35休114出場(勝率.596)
在位10場所(在位率.115)
勝ち越し6場所(勝ち越し率.600)
小結戦歴
7勝8敗0休15出場(勝率.467)
在位1場所(在位率.011)
勝ち越し0場所(勝ち越し率.000)
前頭戦歴
108勝84敗37休189出場(勝率.571)
在位16場所(在位率.184)
勝ち越し10場所(勝ち越し率.625)
十両戦歴
70勝50敗15休120出場(勝率.583)
在位9場所(在位率.103)
勝ち越し7場所(勝ち越し率.778)
関取戦歴
465勝299敗95休759出場(勝率.613)
在位58場所(在位率.667)
勝ち越し43場所(勝ち越し率.741)
幕下以下歴
96勝53敗7休181出場(勝率.530)
在位28場所(在位率.322)
勝ち越し17場所(勝ち越し率.607)

琴風 豪規の更に詳細なデータは力士名鑑で!

名鑑ページでは、以下のような詳細な分析データをはじめ、豊富な表やグラフをご覧いただけます。

  • ✅ 勝った決まり手1位:寄り切り(263回 / 55.8%)
  • ✅ 負けた決まり手1位:寄り切り(107回 / 35.5%)
  • ✅ 得意な相手:麒麟児(21勝4敗 / 勝率.840)
  • ✅ 苦手な相手:北の湖(3勝20敗 / 勝率.130)

三重県出身の最高位:関脇

巨砲 丈士

大鵬の内弟子で部屋創設とともに二所ノ関部屋から移籍、大鵬部屋初の関取と幕内、そして三役力士となった

  • 四股名 :巨砲 丈士(おおづつ たけし)
  • 最高位 :関脇
  • 年寄名跡:14代大嶽⇒14代楯山
  • 出身地 :三重県四日市市
  • 本 名 :松本 隆年
  • 生年月日:昭和31年(1956)4月18日
  • 所属部屋:二所ノ関⇒大鵬部屋
  • 改名歴 :大真⇒巨砲
  • 初土俵 :昭和46年(1971)5月(15歳1ヵ月)
  • 新十両 :昭和52年(1977)7月(21歳3ヵ月)
  • 新入幕 :昭和54年(1979)3月(22歳11ヵ月)
  • 新三役 :昭和55年(1980)3月(23歳11ヵ月)
  • 最終場所:平成4年(1992)5月(36歳1ヵ月)
  • 生涯戦歴:753勝809敗18休/1561出場(127場所)
  • 生涯勝率:48.2%
  • 優勝等 :幕内次点1回,十両優勝1回(同点1)
  • 成 績 :殊勲賞2回,敢闘賞1回,技能賞1回,金星10個
  • 幕内戦歴:533勝637敗(78場所)勝率:45.6%
  •   関脇:18勝27敗(3場所)勝率:40.0%
  •   小結:51勝69敗(8場所)勝率:42.5%
  •   前頭:464勝541敗(67場所)勝率:46.2%
  • 十両戦歴:84勝76敗5休(11場所)勝率:52.5%

三重県出身の最高位:前頭

千代の国 憲輝

千代の国 憲輝 (ちよのくに としき)三重県伊賀市出身、九重部屋の元力士で、最高位は前頭筆頭

平成18年(2006)5月場所に15歳10ヶ月で初土俵を踏み、令和5年(2023)7月場所を最後に引退(33歳0ヶ月)。

通算成績は539勝452敗180休978出場。生涯勝率.551。通算102場所中、55場所を勝ち越した(勝ち越し率.545)。

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主な成績は十両優勝3回、幕下優勝2回(同点1)、三段目優勝1回、序二段優勝1回敢闘賞2回、金星1個(鶴竜1個)

平成2年(1990)7月10日生まれ。本名は澤田 憲輝。

積極的な攻めと激しい突き押し相撲で土俵を沸かせた千代の国は、度重なる大怪我で三段目まで陥落しながらも、そのたびに劇的な復活を遂げた名力士である。幾多の絶望から這い上がり、気迫あふれる相撲を貫いたその不屈の歩みは、多くの相撲ファンの記憶に深く刻まれている。

兄の背中を追った入門と関取への出世

三重県伊賀市で育ち、中学生時代から柔道などで体を鍛え上げた。中学校卒業後の平成18年(2006年)5月場所、実兄(元幕下・千代の眞)も所属していた13代九重(第58代横綱・千代の富士)が率いる九重部屋へと入門。本名の「澤田」を四股名として初土俵を踏んだ。

着実に地力をつけ、平成20年(2008年)3月場所から四股名を「千代の国」へと改名した。持ち前の激しい取り口を武器に番付を上げ、初土俵から約5年となる平成23年(2011年)7月場所に新十両へ昇進。翌平成24年(2012年)1月場所には新入幕を果たし、幕内の土俵へと駆け上がった。同年7月場所では11勝4敗の好成績で初の十両優勝を飾っている。

大怪我による三段目陥落と家族の絆

しかし、激しい相撲の代償として度重なる大怪我に見舞われる。両膝の半月板損傷や両肩の脱臼などにより休場が重なり、平成26年(2014年)9月場所からの連続休場を経て、幕下、さらには三段目まで大きく番付を落とす苦難を味わった。

心身ともに追い詰められたが、僧侶であった父の死と、兄である千代の眞の言葉を受けて再起を決意する。過酷なリハビリと猛稽古に励み、平成27年(2015年)3月場所での三段目優勝を皮切りに復活への階段を登り始めた。平成28年(2016年)5月場所で12勝3敗の成績を挙げて2度目の十両優勝を飾ると、続く7月場所でみごとに再入幕を果たす。

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上位での活躍と三度目の不死鳥伝説

幕内へ復帰した後は上位陣を脅かす存在となり、平成29年(2017年)5月場所では自己最高位となる東前頭筆頭へ昇進。この場所で横綱・鶴竜を破り、自身初となる金星を獲得した。

その後も怪我による長期休場を強いられ、再び幕下へと陥落したが、そのたびに不屈の闘志で土俵へ戻ってきた。令和元年(2019年)9月場所と令和2年(2020年)7月場所でそれぞれ幕下優勝を飾ると、同年9月場所では14勝1敗の圧倒的な成績で3度目の十両優勝を果たす。続く11月場所での幕内復帰の際には10勝を挙げて、自身2度目となる敢闘賞を受賞した。

現役引退と後進への指導

長年にわたり大怪我と闘いながら、決して諦めない気迫の相撲でファンを魅了し続けた。しかし、西幕下5枚目で迎えた令和5年(2023年)7月場所の休場中に現役引退を発表し、約17年にわたる土俵人生に幕を下ろした。

引退後は年寄「佐ノ山」を襲名し、日本相撲協会に残って九重部屋で後進の指導にあたっている。絶望的な怪我から何度も這い上がったその精神力と経験は、指導者となった現在も若い力士たちへの大きな道標となっている。

四股名
千代の国 憲輝 (ちよのくに としき)
最高位
前頭筆頭
年寄名跡
25代佐ノ山 憲輝(九重)
出身地
三重県伊賀市
本名
澤田 憲輝
生年月日
平成2年(1990)7月10日(35歳)
所属部屋
九重部屋
改名歴
澤田 憲輝 → 千代の国 憲輝
初土俵
平成18年(2006)5月 前相撲(15歳10ヶ月)
新十両
平成23年(2011)7月(所要30場所)
21歳0ヶ月(初土俵から5年2ヶ月)
新入幕
平成24年(2012)1月(所要33場所)
21歳6ヶ月(初土俵から5年8ヶ月)
最終場所
令和5年(2023)7月場所(33歳0ヶ月)
大相撲歴
102場所(17年2ヶ月)
通算成績
539勝452敗180休978出場(勝率.551)
通算102場所
勝ち越し55場所(勝ち越し率.545)(勝ち越し星200)
優勝等
十両優勝3回,幕下優勝2回(同点1),三段目優勝1回,序二段優勝1回
受賞・金星
敢闘賞2回,金星1個(鶴竜1個)
持給金
113円(勝ち越し星200個 金星1個)
幕内戦歴
199勝216敗95休405出場(勝率.491)
在位34場所(在位率.333)
勝ち越し14場所(勝ち越し率.412)
前頭戦歴
199勝216敗95休405出場(勝率.491)
在位34場所(在位率.333)
勝ち越し14場所(勝ち越し率.412)
十両戦歴
180勝151敗29休328出場(勝率.549)
在位24場所(在位率.235)
勝ち越し14場所(勝ち越し率.583)
関取戦歴
379勝367敗124休733出場(勝率.517)
在位58場所(在位率.569)
勝ち越し28場所(勝ち越し率.483)
幕下以下歴
160勝85敗56休245出場(勝率.653)
在位43場所(在位率.422)
勝ち越し27場所(勝ち越し率.628)

千代の国 憲輝の更に詳細なデータは力士名鑑で!

名鑑ページでは、以下のような詳細な分析データをはじめ、豊富な表やグラフをご覧いただけます。

  • ✅ 勝った決まり手1位:叩き込み(100回 / 18.4%)
  • ✅ 負けた決まり手1位:押し出し(128回 / 28.1%)
  • ✅ 得意な相手:徳勝龍(13勝2敗 / 勝率.867)
  • ✅ 苦手な相手:宝富士(2勝11敗 / 勝率.154)

志摩ノ海 航洋

志摩ノ海 航洋(しまのうみ こうよう)は三重県 志摩市出身、木瀬部屋の力士で最高位は前頭3枚目。令和8年5月場所の番付は西 幕下2枚目。

三重県志摩市に生まれ、小学3年次から地元の相撲道場で稽古に励んだ。和具中学校時代から複数のスカウトを受けたが、明徳義塾高校へ進学する。高校時代は不完全燃焼に終わったものの、近畿大学へ進むと団体戦のレギュラーとして全国学生相撲選手権大会での団体優勝などに大きく貢献した。個人タイトルの獲得には至らず幕下付出資格は得られなかったが、「強い人がたくさんいる部屋で刺激を受けたい」との思いから木瀬部屋への入門を決意し、平成24年(2012年)5月場所に本名の「濱口」で初土俵を踏んだ。

同期との決定戦と大怪我からの復活

初土俵から14連勝を記録し、序ノ口と序二段でそれぞれ7戦全勝の成績を収めたが、いずれも同部屋の同期である岩崎(のちの英乃海)との優勝決定戦に敗れ、各段優勝を逃す悔しい経験も味わった。それでも順調に番付を上げ、平成25年(2013年)1月場所で三段目優勝を飾る。しかし、関取昇進が目前に迫った同年7月場所の取組中に左膝前十字靭帯断裂という大怪我を負い、長期休場を余儀なくされた。

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番付は序ノ口まで降下したが、過酷なリハビリを乗り越えて平成26年(2014年)7月場所で復帰すると、序ノ口と続く序二段で連続優勝を飾る。不屈の闘志で再び番付を駆け上がり、平成28年(2016年)5月場所後に念願の新十両昇進を果たした。志摩市からの関取誕生は史上初であり、この昇進を機に、故郷の志摩市と師匠(元前頭筆頭・肥後ノ海)の現役名に因んだ「志摩ノ海」へと四股名を改名した。

十両連続優勝と令和初の新入幕

新十両の場所で負け越し、1場所で幕下へ陥落する試練を味わう。再び十両へ復帰するまでに約1年半を要したが、十両に定着して地力を蓄えると、平成31年(2019年)1月場所と3月場所でともに13勝2敗の好成績を収め、2場所連続で十両優勝を飾る快挙を成し遂げた。

新元号が施行された令和元年(2019年)5月場所で見事に新入幕を果たし、炎鵬とともに「令和初の新入幕力士」として名を刻む。この場所で10勝5敗の成績を残して自身初となる敢闘賞を受賞した。さらに令和2年(2020年)11月場所では幕尻の地位で終盤まで優勝争いに加わり、2度目の敢闘賞を獲得している。

名跡取得と不屈の土俵

取り口は、低く鋭い立ち合いから一気に相手を突き放す、回転の速い突き押し相撲を最大の持ち味とする。頭を低くしてじわじわと前に出る前傾姿勢の相撲と腰の重さは高く評価されており、元関脇・琴ヶ梅の相撲に準えて「小さな琴ヶ梅」と評されたこともある。特に脇を固めた強烈なおっつけには定評があり、元横綱・稀勢の里からも「理想のおっつけ。技能賞に値する」と高く評価されている。

私生活では、令和3年(2021年)末に元関脇・逆鉾(15代井筒)の長女との婚約を発表した。翌年に入籍して本名を「福薗」へと変更している。令和6年(2024年)7月には年寄名跡「井筒」の継承が承認されるなど、将来的な後進指導の道も拓かれた。

その後は怪我などの影響もあり、十両や幕下への陥落を経験する苦しい時期が続いている。令和7年(2025年)9月場所では長らく維持していた関取の座を失い幕下へと番付を下げたが、かつて大怪我の絶望から這い上がってきた不屈の精神を胸に、再び上位の土俵を目指して黙々と日々の稽古に邁進している。

💡 三重県出身一覧💡 木瀬部屋の力士

四股名
志摩ノ海 航洋(しまのうみ こうよう)
最高位
前頭3枚目
最新番付
西 幕下2枚目
出身地
三重県 志摩市
本名
濱口 航洋
生年月日
平成1年(1989)7月11日(36歳)
身長・体重
179cm・160.9kg
出身高校
明徳義塾高校
出身大学
近畿大学
所属部屋
木瀬部屋
改名歴
濱口 → 志摩ノ海
初土俵
平成24年(2012)5月(22歳10ヵ月)
新十両
平成28年(2016)7月(27歳0ヵ月)
新入幕
令和1年(2019)5月(29歳10ヵ月)
優勝
十両優勝2回,三段目優勝1回,序二段優勝1回,序ノ口優勝1回
受賞・金星
敢闘賞2回
通算成績
452勝448敗41休/898出場(勝率:50.3%)
直近7場所
15勝20敗(十両:8勝22敗)
7場所勝率
35.4%
得意技
突き・押し
決まり手傾向(直近7場所)
志摩ノ海が勝ちの決まり手(23勝)※不戦勝2含む
押し出し7
送り出し3
上手出し投げ2
引き落とし2
寄り切り2
押し倒し2
その他3
志摩ノ海が負けの決まり手(35敗)
寄り切り17
押し出し11
突き出し2
上手出し投げ1
引き落とし1
突き落とし1
その他2
令8年5月
西 幕下2枚目(2枚半上昇)
0勝7敗
-●●-●|-●-●-|●-●--
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年3月
東 幕下5枚目(2枚上昇)
4勝3敗
-○-●○|-●-●-|○-○--
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年1月
東 幕下7枚目(4枚上昇)
4勝3敗
-○-●-|□-●○-|●--○-
取組詳細(対戦相手・決まり手)

▼ さらに過去の成績(4場所分)を見る
令7年11
東 幕下11枚目(6枚半降下)
5勝2敗
○--○●|-○--○|-●-○-
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年9月
西 幕下4枚目(6枚半降下)
2勝5敗
-●●-●|--●○-|-○●--
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年7月
東 十両12枚目(4枚降下)
3勝12敗
●●○●●|●●●○●|□●●●●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年5月
東 十両8枚目
5勝10敗
●●○●●|●●○●○|●○○●●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

太刀若 峰五郎

横綱・太刀山の内弟子として入門

  • 四股名 :太刀若 峰五郎(たちわか みねごろう)
  • 最高位 :前頭6枚目
  • 年寄名跡:13代常盤山
  • 出身地 :三重県伊勢市
  • 本 名 :馬場 米藏
  • 生年月日:明治36年(1903)10月1日
  • 没年月日:昭和63年(1988)8月13日(享年84歳)
  • 所属部屋:高砂部屋
  • 初土俵 :大正7年(1918)1月(14歳3ヵ月)
  • 新十両 :昭和6年(1931)1月(27歳3ヵ月)
  • 新入幕 :昭和9年(1934)1月(30歳3ヵ月)
  • 最終場所:昭和13年(1938)5月(34歳7ヵ月)
  • 生涯戦歴:88勝94敗/182出場(21場所)
  • 生涯勝率:48.4%
  • 優勝等 :なし
  • 幕内戦歴:38勝54敗(8場所)勝率:41.3%
  • 十両戦歴:50勝40敗(9場所)勝率:55.6%

三濱洋 俊明

投げや反り技が得意で十両時代にはたすき反りを決めたことも

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  • 四股名 :三濱洋 俊明(みはまなだ としあき)
  • 最高位 :前頭20枚目
  • 出身地 :三重県南牟婁郡
  • 本 名 :榎本 俊明
  • 生年月日:大正8年(1919)3月10日
  • 没年月日:昭和53年(1978)3月15日(享年59歳)
  • 所属部屋:高砂部屋
  • 改名歴 :三濱山⇒大洋⇒三濱洋
  • 初土俵 :昭和12年(1937)1月(17歳10ヵ月)
  • 新十両 :昭和19年(1944)1月(24歳10ヵ月)
  • 新入幕 :昭和23年(1948)5月(29歳2ヵ月)
  • 最終場所:昭和24年(1949)5月(30歳2ヵ月)
  • 生涯戦歴:96勝90敗4休/186出場(26場所)
  • 生涯勝率:51.6%
  • 優勝等 :なし
  • 幕内戦歴:1勝10敗(1場所)勝率:9.1%
  • 十両戦歴:38勝39敗(10場所)勝率:49.4%

十三錦 市松

関西角力時代には弓取り名人といわれていた

  • 四股名 :十三錦 市松(とみにしき いちまつ)
  • 最高位 :前頭7枚目
  • 出身地 :三重県南牟婁郡
  • 本 名 :寺尾 市松
  • 生年月日:明治44年(1911)12月8日
  • 没年月日:昭和58年(1983)6月10日(享年71歳)
  • 所属部屋:出羽海部屋
  • 改名歴 :寺尾⇒十三錦
  • 初土俵 :昭和4年(1929)9月(17歳9ヵ月)
  • 新十両 :昭和14年(1939)1月(27歳1ヵ月)
  • 新入幕 :昭和15年(1940)5月(28歳5ヵ月)
  • 最終場所:昭和18年(1943)5月(31歳5ヵ月)
  • 生涯戦歴:83勝79敗12休/161出場(14場所)
  • 生涯勝率:51.2%
  • 優勝等 :序ノ口優勝1回
  • 幕内戦歴:36勝42敗12休(6場所)勝率:46.2%
  • 十両戦歴:26勝32敗(4場所)勝率:44.8%

燁司 大

三重県松阪市出身、入間川部屋の元力士で最高位は前頭11枚目。四股名は「火の出るような相撲で華になれ」との思いを込めて師匠が命名。

  • 四股名 :燁司 大(ようつかさ だい)
  • 最高位 :前頭11枚目
  • 年寄名跡:準年寄・燁司⇒14代二十山⇒14代若藤⇒16代関ノ戸⇒25代小野川⇒18代千田川⇒23代竹縄
  • 出身地 :三重県松阪市
  • 本 名 :鈴木 大司
  • 生年月日:昭和48年(1973)9月25日
  • 出身大学:日本大学
  • 所属部屋:入間川部屋
  • 改名歴 :鈴木⇒燁司
  • 初土俵 :平成8年(1996)1月・幕下60付出(22歳4ヵ月)
  • 新十両 :平成10年(1998)5月(24歳8ヵ月)
  • 新入幕 :平成11年(1999)5月(25歳8ヵ月)
  • 最終場所:平成17年(2005)11月(32歳2ヵ月)
  • 生涯戦歴:357勝379敗12休/734出場(60場所)
  • 生涯勝率:48.5%
  • 優勝等 :幕下同点2回
  • 幕内戦歴:49勝59敗12休(8場所)勝率:45.4%
  • 十両戦歴:228勝267敗(33場所)勝率:46.1%

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カテゴリー : 東海地方

公開日:2018-08-15
投稿者:レイ

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