昭和57年(1982年)生まれの力士をご紹介。
同じ年に生まれた力士のなかで、誰が一番出世しているのかがひと目で分かります。
この記事の目次
昭和57(1982)年生まれ力士を検索
昭和57(1982)年生まれの最高位:関脇
嘉風 雅継
嘉風 雅継(よしかぜ まさつぐ)は大分県佐伯市出身、尾車部屋の元力士で、最高位は関脇。
平成16年(2004)1月場所に21歳9ヶ月で初土俵を踏み、令和元年(2019)9月場所を最後に引退(37歳6ヶ月)。
通算成績は649勝642敗30休1288出場。生涯勝率.503。通算94場所中、47場所を勝ち越した(勝ち越し率.505)。
主な成績は幕内次点1回,三段目優勝1回,序ノ口優勝1回。殊勲賞2回,敢闘賞4回,技能賞4回,金星8個(日馬富士2個、鶴竜3個、白鵬2個、稀勢の里1個)。
昭和57年(1982)3月19日生まれ。本名は大西 雅継。
日体大3年次にアマチュア横綱のタイトルを獲得し幕下15枚目格付出資格を得たが大学卒業を選んだため、前相撲からの初土俵となった。その初土俵からわずか13場所目には新入幕を果たす。
年齢を重ねるごとに増していた相撲力でファンを魅了し続けていたが、令和元年6月に故郷である大分県佐伯市が企画したPRイベントに参加し渓流下りを行った際に右膝を痛めて緊急手術。
7月場所を全休し十両へと陥落、負った怪我の影響はおおきく令和元年9月場所5日目に引退を表明。年寄・中村の襲名が承認された。
- 年寄
13代・中村 雅継 - 四股名
- 嘉風 雅継(よしかぜ まさつぐ)
- 最高位
- 関脇
- 年寄名跡
- 13代中村 雅継
- 出身地
- 大分県佐伯市
- 本名
- 大西 雅継
- 生年月日
- 昭和57年(1982)3月19日(44歳)
- 出身高校
- 中津工業高校
- 出身大学
- 日本体育大学
- 所属部屋
- 尾車部屋
- 改名歴
- 大西 雅継 → 嘉風 雅継
- 初土俵
- 平成16年(2004)1月 前相撲(21歳9ヶ月)
- 新十両
- 平成17年(2005)7月(所要9場所)
- 23歳3ヶ月(初土俵から1年6ヶ月)
- 新入幕
- 平成18年(2006)1月(所要12場所)
- 23歳9ヶ月(初土俵から2年0ヶ月)
- 新小結
- 平成26年(2014)5月(所要61場所)
- 32歳1ヶ月(初土俵から10年4ヶ月)
- 新関脇
- 平成28年(2016)1月(所要71場所)
- 33歳9ヶ月(初土俵から12年0ヶ月)
- 最終場所
- 令和元年(2019)9月(37歳6ヶ月)
- 大相撲歴
- 94場所(15年8ヶ月)
- 通算成績
- 649勝642敗30休1288出場(勝率.503)
- 通算94場所
- 勝ち越し47場所(勝ち越し率.505)
- 優勝等
- 幕内次点1回,三段目優勝1回,序ノ口優勝1回
- 受賞・金星
- 殊勲賞2回,敢闘賞4回,技能賞4回,金星8個
- 幕内戦歴
- 561勝600敗24休1158出場(勝率.483)
- 在位79場所(在位率.840)
- 勝ち越し35場所(勝ち越し率.443)
- 三役戦歴
- 57勝63敗0休120出場(勝率.475)
- 在位8場所(在位率.085)
- 勝ち越し5場所(勝ち越し率.625)
- 関脇戦歴
- 26勝34敗0休60出場(勝率.433)
- 在位4場所(在位率.043)
- 勝ち越し2場所(勝ち越し率.500)
- 小結戦歴
- 31勝29敗0休60出場(勝率.517)
- 在位4場所(在位率.043)
- 勝ち越し3場所(勝ち越し率.750)
- 前頭戦歴
- 504勝537敗24休1038出場(勝率.484)
- 在位71場所(在位率.755)
- 勝ち越し30場所(勝ち越し率.423)
- 十両戦歴
- 44勝30敗6休74出場(勝率.595)
- 在位6場所(在位率.064)
- 勝ち越し5場所(勝ち越し率.833)
- 関取戦歴
- 605勝630敗30休1232出場(勝率.490)
- 在位85場所(在位率.904)
- 勝ち越し40場所(勝ち越し率.471)
- 幕下以下歴
- 44勝12敗0休56出場(勝率.786)
- 在位8場所(在位率.085)
- 勝ち越し7場所(勝ち越し率.875)
昭和57(1982)年生まれの最高位:前頭
北太樹 明義
北太樹 明義 (きたたいき あけよし)は東京都町田市出身、北の湖~山響部屋の元力士で、最高位は前頭2枚目。
平成10年(1998)3月場所に15歳5ヶ月で初土俵を踏み、平成30年(2018)1月場所を最後に引退(35歳3ヶ月)。
通算成績は649勝649敗2休1298出場。生涯勝率.500。通算119場所中、58場所を勝ち越した(勝ち越し率.492)。
主な成績は十両優勝2回。
昭和57年(1982)10月5日生まれ。本名は讃岐 明義。
中学校卒業後に角界へ飛び込み、初土俵から約9年半の歳月をかけて関取の座を掴み取った北太樹は、右四つからの力強い相撲で長く幕内を務めた大器である。偉大な恩師の教えを胸に、不屈の闘志で土俵に立ち続けたその歩みは、多くの相撲ファンの記憶に刻まれている。
大横綱との出会いと角界入り
東京都町田市で育ち、幼少期は水泳やサッカー、柔道など様々なスポーツに打ち込んだ。相撲の経験はなかったが、小学4年生の時に父の知人の紹介で第55代横綱・北の湖と対面したことが大きな転機となる。圧倒的な存在感を放つ大横綱から「相撲は私が教える。今は走るスポーツをやりなさい」と声をかけられ、その言葉に導かれるように角界への憧れを抱いた。
中学校卒業にあたり、「普通でない道を歩みたい」という決意を固め、北の湖が率いる北の湖部屋へ入門。平成10年(1998年)3月場所で本名の「讃岐」を四股名として初土俵を踏んだ。
長きにわたる下積みと関取昇進
相撲未経験での入門ということもあり、出世の足取りは決して早いものではなかった。序二段や三段目の土俵で一進一退を続けながらも、師匠である北の湖から叩き込まれた四股やすり足といった基本動作を反復し、着実に地力を蓄えていく。平成12年(2000年)3月場所には「北大樹」へと改名し、徐々に番付を上げていった。
幕下上位の壁に跳ね返される時期も長く経験したが、決して腐ることはなかった。足踏みが続いていた平成19年(2007年)3月場所、四股名を「北太樹」へと改める。これには「地に根を張り、上に向かって大きく育つように」という父の願いが込められていた。本来は十両昇進を機に「大」の字を「太」に改める予定だったが、昇進を待たずしての改名であった。この親心のこもった改名が契機となったのか、同年5月場所を東幕下3枚目で5勝2敗の好成績で終えると、翌7月場所、初土俵から約9年半の歳月を経て、ついに悲願の新十両昇進を果たした。
幕内での飛躍と二度の十両優勝
関取昇進後は持ち味である右四つからの寄りや突き押しに磨きがかかり、平成20年(2008年)9月場所で新入幕を果たす。その後十両へ陥落したものの、平成21年(2009年)11月場所において10勝5敗の成績で初の十両優勝を果たし、再び幕内の土俵へ舞い戻った。
再入幕後は幕内中位から上位の土俵に定着し、平成25年(2013年)5月場所では自己最高位となる東前頭2枚目まで番付を上げた。その後、十両へ下がることもあったが、平成27年(2015年)1月場所では13勝2敗の好成績を挙げて2度目の十両優勝を飾るなど、確かな実力を示し続けた。
恩師との別れと指導者への道
平成27年(2015年)11月、本場所の開催中に師匠である北の湖が急逝するという歴史的な出来事に見舞われる。これに伴い、部屋付きの20代山響(元前頭筆頭・巌雄)が部屋を継承して山響部屋へと名称が変更された。
ベテランとなってからも十両や幕下上位で土俵を務め続けたが、東幕下3枚目で迎えた平成30年(2018年)1月場所の初日に不戦敗となって休場し、現役引退を発表。引退後は年寄「小野川」を襲名した。大横綱から直々に基本を叩き込まれたその相撲の型と精神は、指導者となった現在も後進へと受け継がれている。
- 四股名
- 北太樹 明義 (きたたいき あけよし)
- 最高位
- 前頭2枚目
- 年寄名跡
- 29代小野川 明義(山響)
- 出身地
- 東京都町田市
- 本名
- 讃岐 明義
- 生年月日
- 昭和57年(1982)10月5日(43歳)
- 所属部屋
- 北の湖~山響部屋
- 改名歴
- 讃岐 明義 → 北大樹 明義 → 北太樹 明義
- 初土俵
- 平成10年(1998)3月 前相撲(15歳5ヶ月)
- 新十両
- 平成19年(2007)7月(所要56場所)
- 24歳9ヶ月(初土俵から9年4ヶ月)
- 新入幕
- 平成20年(2008)9月(所要63場所)
- 25歳11ヶ月(初土俵から10年6ヶ月)
- 最終場所
- 平成30年(2018)1月場所(35歳3ヶ月)
- 大相撲歴
- 119場所(19年10ヶ月)
- 通算成績
- 649勝649敗2休1298出場(勝率.500)
- 通算119場所
- 勝ち越し58場所(勝ち越し率.492)(勝ち越し星182)
- 優勝等
- 十両優勝2回
- 持給金
- 94円(勝ち越し星182個)
- 幕内戦歴
- 255勝315敗0休570出場(勝率.447)
- 在位38場所(在位率.319)
- 勝ち越し15場所(勝ち越し率.395)
- 前頭戦歴
- 255勝315敗0休570出場(勝率.447)
- 在位38場所(在位率.319)
- 勝ち越し15場所(勝ち越し率.395)
- 十両戦歴
- 174勝156敗0休330出場(勝率.527)
- 在位22場所(在位率.185)
- 勝ち越し12場所(勝ち越し率.545)
- 関取戦歴
- 429勝471敗0休900出場(勝率.477)
- 在位60場所(在位率.504)
- 勝ち越し27場所(勝ち越し率.450)
- 幕下以下歴
- 220勝178敗2休398出場(勝率.553)
- 在位58場所(在位率.487)
- 勝ち越し31場所(勝ち越し率.534)
名鑑ページでは、以下のような詳細な分析データをはじめ、豊富な表やグラフをご覧いただけます。
- ✅ 勝った決まり手1位:寄り切り(223回 / 34.3%)
- ✅ 負けた決まり手1位:寄り切り(197回 / 30.4%)
- ✅ 得意な相手:豊桜(11勝2敗 / 勝率.846)
- ✅ 苦手な相手:豊響(4勝17敗 / 勝率.190)
翔天狼 大士
モンゴル・ホブド県出身、武蔵川~藤島部屋の元力士で最高位は前頭2枚目。白鵬とは同期でしばらくは翔天狼がリードしていたが怪我などの影響で大きな差が。唯一の金星はその白鵬から。奥さんは友綱親方(元関脇・旭天鵬)の妹。
20代・北陣 大士(藤島部屋) - 四股名 :翔天狼 大士(しょうてんろう たいし)
- 最高位 :前頭2枚目
- 年寄名跡:22代春日山⇒20代北陣
- 出身地 :モンゴル・ホブド県
- 本 名 :ダグダンドルジーン・ニャムスレン⇒松平 翔
- 生年月日:昭和57年(1982)1月31日(44歳)
- 所属部屋:武蔵川⇒藤島部屋
- 改名歴 :武蔵龍⇒翔天狼
- 初土俵 :平成13年(2001)3月(19歳2ヵ月)
- 新十両 :平成20年(2008)11月(26歳10ヵ月)
- 新入幕 :平成21年(2009)3月(27歳2ヵ月)
- 最終場所:平成30年(2018)1月(36歳0ヵ月)
- 生涯戦歴:494勝484敗51休/974出場(100場所)
- 生涯勝率:50.5%
- 優勝等 :十両優勝2回
- 成 績 :敢闘賞1回,金星1個
- 幕内戦歴:164勝196敗15休(25場所)勝率:45.6%
- 十両戦歴:119勝131敗5休(17場所)勝率:47.6%
白露山 佑太
ロシア出身、北の湖部屋の元力士で最高位は前頭2枚目。入門は二十山部屋。初土俵が一緒の実兄は大鵬・大嶽部屋で幕内力士となった露鵬。兄に遅れること5場所での入幕は、外国人力士として初の兄弟同時幕内だった。二十山親方の急逝により北の湖部屋へと移籍。平成20年9月、大麻の陽性反応が出たことが問題となって協会より解雇
- 四股名 :白露山 佑太(はくろざん ゆうた)
- 最高位 :前頭2枚目
- 出身地 :ロシア連邦北オセチア・アラニヤ共和国ヴラジカヴカーズ市
- 本 名 :バトラズ・フェーリクソヴィッチ・ボラーゾフ
- 生年月日:昭和57年(1982)2月6日
- 所属部屋:二十山⇒北の湖部屋
- 初土俵 :平成14年(2002)5月(20歳3ヵ月)
- 新十両 :平成16年(2004)9月(22歳7ヵ月)
- 新入幕 :平成17年(2005)7月(23歳5ヵ月)
- 最終場所:平成20年(2008)9月(26歳7ヵ月)
- 生涯戦歴:233勝218敗/451出場(38場所)
- 生涯勝率:51.7%
- 優勝等 :なし
- 幕内戦歴:97勝128敗(15場所)勝率:43.1%
- 十両戦歴:74勝61敗(9場所)勝率:54.8%
大道 健二
大道 健二(だいどう けんじ)は東京都葛飾区出身、阿武松部屋の元力士で、最高位は前頭8枚目。
平成17年(2005)3月場所に22歳6ヶ月で初土俵を踏み、平成28年(2016)1月場所を最後に引退(33歳5ヶ月)。
通算成績は347勝333敗23休680出場。生涯勝率.510。通算65場所中、37場所を勝ち越した(勝ち越し率.578)。
主な成績は幕下同点1回,序二段優勝1回,序ノ口優勝1回。
昭和57年(1982)8月21日生まれ。本名は中西 健二。
専修大学4年次に東日本学生体重別無差別級で優勝。四股名の「大道」は、自身にとって相撲の原点である出身中学校「葛飾区立大道中学校」の名を頂いた。
先代が体調不良を理由に相撲協会からの退職を決めたことで、令和元年(2019)9月26日に阿武松の名跡を襲名し、阿武松部屋を継承。
- 年寄名跡
13代・阿武松 健二 - 四股名
- 大道 健二(だいどう けんじ)
- 最高位
- 前頭8枚目
- 年寄名跡
- 28代小野川 健二 → 21代音羽山 健二 →
13代阿武松 健二 - 出身地
- 東京都葛飾区
- 本名
- 中西 健二
- 生年月日
- 昭和57年(1982)8月21日(43歳)
- 出身高校
- 目黒学院高校
- 出身大学
- 専修大学
- 所属部屋
- 阿武松部屋
- 改名歴
- 中西 健二 → 大道 健二
- 初土俵
- 平成17年(2005)3月 前相撲(22歳6ヶ月)
- 新十両
- 平成22年(2010)3月(所要30場所)
- 27歳6ヶ月(初土俵から5年0ヶ月)
- 新入幕
- 平成23年(2011)7月(所要37場所)
- 28歳10ヶ月(初土俵から6年4ヶ月)
- 最終場所
- 平成28年(2016)1月(33歳5ヶ月)
- 大相撲歴
- 65場所(10年10ヶ月)
- 通算成績
- 347勝333敗23休680出場(勝率.510)
- 通算65場所
- 勝ち越し37場所(勝ち越し率.578)(勝ち越し星93)
- 優勝等
- 幕下同点1回,序二段優勝1回,序ノ口優勝1回
- 持給金
- 49円50銭(勝ち越し星93個)
- 前頭戦歴
- 87勝108敗0休195出場(勝率.446)
- 在位13場所(在位率.200)
- 勝ち越し5場所(勝ち越し率.385)
- 十両戦歴
- 130勝140敗15休270出場(勝率.481)
- 在位19場所(在位率.292)
- 勝ち越し10場所(勝ち越し率.526)
- 関取戦歴
- 217勝248敗15休465出場(勝率.467)
- 在位32場所(在位率.492)
- 勝ち越し15場所(勝ち越し率.469)
- 幕下以下歴
- 130勝85敗8休215出場(勝率.605)
- 在位32場所(在位率.492)
- 勝ち越し22場所(勝ち越し率.688)
寶智山 幸観
寶智山 幸観(ほうちやま こうかん)は青森県弘前市出身、中立~境川部屋の元力士で、最高位は前頭14枚目。
平成12年(2000)3月場所に18歳1ヶ月で初土俵を踏み、平成25年(2013)11月場所を最後に引退(31歳9ヶ月)※番付上は平成26年(2014)1月場所。
通算成績は399勝400敗0休799出場。生涯勝率.499。通算82場所中、41場所を勝ち越した(勝ち越し率.506)。
主な成績は十両優勝1回(同点1)、幕下(同点1)、三段目優勝1回、序二段(同点1)、序ノ口優勝1回。
昭和57年(1982)1月18日生まれ。本名は棟方 幸観。
相撲の名門校から先輩の熱烈なスカウトを受けて角界入りし、持ち前の馬力で幕内の土俵を経験した寶千山は、十両での優勝争いなど印象に残る活躍を見せた力士である。
舞の海のスカウトと角界入り
青森県弘前市に生まれ、相撲の名門である青森県立木造高校へと進学した。同校の相撲部で活躍していた頃、高校の先輩にあたる元小結・舞の海から直接「君は大学相撲よりもプロに向いている」とスカウトを受けたことが大きな転機となる。
この言葉に背中を押されて角界への挑戦を決意し、11代中立(元小結・両国)が率いる中立部屋(平成16年に境川部屋へと名称変更)へ入門。平成12年(2000年)3月場所において「寶智山 幸観(ほうちやま ゆきみ)」の四股名で初土俵を踏んだ。
序ノ口優勝と新十両への道
東序ノ口14枚目で迎えた同年5月場所では、7戦全勝優勝で幸先のよい船出となった。その後は幕下中位から下位の分厚い壁に挑み、じっくりと実力を養う時期が続いた。
初土俵から約6年となる平成18年(2006年)3月場所において新十両へ昇進し、念願の関取の座を掴む。ここから、蓄えていた実力が一気に開花することとなる。
十両での快進撃と新入幕
新十両の場所を8勝7敗と勝ち越すと、続く同年5月場所では10勝5敗の好成績を挙げて十両の優勝決定戦へと進出した。ここでは惜しくも敗れて優勝同点となったものの、さらに東十両6枚目で迎えた翌7月場所では、13勝2敗の素晴らしい成績で十両優勝を飾った。
関取となってから「優勝同点」「十両優勝」と急激に番付を駆け上がり、翌9月場所において新入幕を果たした。「先輩」舞の海の見立て通り、大相撲の厳しい世界で確かな結果を残してみせたのである。
糖尿病との闘いと三段目での有終の美
幕内の土俵では厚い壁に跳ね返され、平成20年(2008年)には糖尿病による体調不良が悪化して幕下への陥落も味わった。それでも不屈の闘志で体調を戻して関取へ復帰し、その後も3度の再入幕を果たすなど、長年にわたり十両や幕内下位の土俵で激闘を繰り広げた。
平成23年(2011年)9月場所より下の名前を「幸勘」へ改め、さらに平成25年(2013年)7月場所からは「寶智山」から「寶千山」へと1字を改めた。しかし、改名の場所で大きく負け越し、ついに同年11月場所では約11年ぶりとなる三段目への降格を経験する。それでも決して土俵を諦めることはなく、西三段目7枚目で迎えたこの場所で7戦全勝とし、優勝決定戦を制して自身初となる三段目優勝を飾った。
特例規定による引退と指導者への道
三段目優勝で有終の美を飾る形となり、翌平成26年(2014年)1月場所の番付に名前を残したまま、場所前の12月に現役引退を発表した。
引退にあたっては年寄「君ヶ濱」を襲名したが、当時の関取在位は28場所であり、従来の規定(在位30場所)を満たしていなかった。しかし、引退直前の理事会で「在位28場所でも要件を満たせば取得できる」とする規定が新たに追加されており、その特例の恩恵を受ける形での襲名となった。この規定は俗に「寶千山ルール」とも呼ばれている。
引退後は日本相撲協会に残り、境川部屋の部屋付き親方として後進の指導にあたる道を選んだ。その後は「振分」「出来山」「立田川」と名跡を変更しながらも、一貫して力士たちの育成に尽力している。自らが病や不調を乗り越えて幕内まで登り詰めたその歩みと経験は、指導者となった現在も若い力士たちへの良き手本として受け継がれている。
- 四股名
- 寶智山 幸観(ほうちやま こうかん)
- 最高位
- 前頭14枚目
- 年寄名跡
- 11代君ヶ濱 幸観(境川) → 17代振分 幸観(境川) → 17代出来山 幸観(境川) → 20代立田川 幸観(境川)
- 出身地
- 青森県弘前市
- 本名
- 棟方 幸観
- 生年月日
- 昭和57年(1982)1月18日(44歳)
- 出身高校
- 木造高校
- 所属部屋
- 中立~境川部屋
- 改名歴
- 寶智山 幸観 → 寶智山 幸勘 → 寶千山 幸勘
- 初土俵
- 平成12年(2000)3月 前相撲(18歳1ヶ月)
- 新十両
- 平成18年(2006)3月(所要36場所)
- 24歳1ヶ月(初土俵から6年0ヶ月)
- 新入幕
- 平成18年(2006)9月(所要39場所)
- 24歳7ヶ月(初土俵から6年6ヶ月)
- 最終場所
- 平成25年(2013)11月場所(31歳9ヶ月)※番付上は平成26年(2014)1月場所
- 大相撲歴
- 82場所(13年8ヶ月)
- 通算成績
- 399勝400敗0休799出場(勝率.499)
- 通算82場所
- 勝ち越し41場所(勝ち越し率.506)(勝ち越し星115)
- 優勝等
- 十両優勝1回(同点1),幕下(同点1),三段目優勝1回,序二段(同点1),序ノ口優勝1回
- 持給金
- 60円50銭(勝ち越し星115個)
- 幕内戦歴
- 27勝63敗0休90出場(勝率.300)
- 在位6場所(在位率.073)
- 勝ち越し0場所(勝ち越し率.000)
- 前頭戦歴
- 27勝63敗0休90出場(勝率.300)
- 在位6場所(在位率.073)
- 勝ち越し0場所(勝ち越し率.000)
- 十両戦歴
- 169勝176敗0休345出場(勝率.490)
- 在位23場所(在位率.280)
- 勝ち越し11場所(勝ち越し率.478)
- 関取戦歴
- 196勝239敗0休435出場(勝率.451)
- 在位29場所(在位率.354)
- 勝ち越し11場所(勝ち越し率.379)
- 幕下以下歴
- 203勝161敗0休364出場(勝率.558)
- 在位52場所(在位率.634)
- 勝ち越し30場所(勝ち越し率.577)
名鑑ページでは、以下のような詳細な分析データをはじめ、豊富な表やグラフをご覧いただけます。
- ✅ 勝った決まり手1位:寄り切り(132回 / 32.8%)
- ✅ 負けた決まり手1位:寄り切り(84回 / 20.8%)
- ✅ 得意な相手:龍巍(7勝1敗 / 勝率.875)
- ✅ 苦手な相手:皇司(0勝6敗 / 勝率.000)
双大竜 亮三
東京農大出身。軽量ながらも変化に頼ることなく、低さとスピードを活かした前さばきが得意の正攻法。平成25年3月場所では悲願の入幕を果たす。平成26年5月場所のポスターでは後ろ姿が採用された
- 四股名 :双大竜 亮三(そうたいりゅう りょうぞう)
- 最高位 :前頭15枚目
- 出身地 :福島県福島市
- 本 名 :高橋 亮三
- 生年月日:昭和57年(1982)7月26日
- 出身大学:東京農業大学
- 所属部屋:時津風部屋
- 改名歴 :高橋⇒双大竜
- 初土俵 :平成17年(2005)5月(22歳10ヵ月)
- 新十両 :平成21年(2009)9月(27歳2ヵ月)
- 新入幕 :平成25年(2013)3月(30歳8ヵ月)
- 最終場所:平成30年(2018)1月(35歳6ヵ月)
- 生涯戦歴:351勝340敗20休/689出場(75場所)
- 生涯勝率:50.8%
- 優勝等 :幕下同点1回,三段目同点1回,序ノ口優勝1回
- 幕内戦歴:4勝11敗(1場所)勝率:26.7%
- 十両戦歴:156勝178敗11休(23場所)勝率:46.7%
昭和57(1982)年生まれの最高位:十両
鬼嵐 力
- 四股名 :鬼嵐 力(おにあらし ちから)
- 最高位 :十両7枚目
- 出身地 :モンゴル ウランバートル市
- 本 名 :ウルジーバヤル・ウルジージャルガル
- 生年月日:昭和57年(1982)6月13日
- 所属部屋:朝日山部屋
- 改名歴 :大恩児⇒大毅⇒鬼嵐
- 初土俵 :平成12年(2000)7月(18歳1ヵ月)
- 新十両 :平成24年(2012)7月(30歳1ヵ月)
- 最終場所:平成26年(2014)7月(32歳1ヵ月)
- 生涯戦歴:310勝301敗10休/609出場(84場所)
- 生涯勝率:50.7%
- 優勝等 :幕下優勝1回
- 十両戦歴:27勝48敗(5場所)勝率:36.0%
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