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東京都出身の力士一覧!過去から現在、東京の主な関取を網羅しました

東京出身の過去から現在までの主な力士をご紹介する東京都の大相撲力士まとめ!この記事では東京出身の関取を中心に、東京の郷土力士をご紹介していきます。

過去の力士については最高位や改名歴、初土俵や各段の昇進時期と最終場所、さらに生涯戦歴と生涯勝率、成績等を中心にご紹介していきます。また、現役力士については最高位と昇進時期、主な成績などを載せています。

なお、年寄名跡欄のマークは、その代で師匠(部屋持ち親方)になったことがあるという意味です。

現役の東京都出身力士の最新番付や成績、詳細なデータをご覧になりたい方はこちら

相撲部屋や出身地ごとの場所の成績からランキングを作成しております。初場所、好調な相撲部屋や力士の出身地はどこ?

★ 東京都での巡業予定

東京都巡業 立川市(8/30)

「大相撲立川立飛場所」
開催日時:2026年8月30日(日)
巡業会場:アリーナ立川立飛(地図)
住  所:東京都立川市泉町500番4

公式サイト・関連情報

チケット購入方法等

現在、チケット情報は未定または準備中です。

公演などに関するお問い合わせ先

大相撲立川立飛場所実行員会

  • TEL:042-536-1111
  • 平日9:00~16:30

東京出身の優勝力士

優勝制度が制定された明治42年(1909)6月場所以降、東京出身の幕内最高優勝力士は7人が誕生しています。総優勝回数は48回にもなります。

東京出身初優勝はいつで誰?

東京出身力士で初の優勝は、昭和3年(1928)1月場所で東大関だった常陸岩でした。その後は東富士と栃錦の時代が訪れ、やがて平成の頃になると貴乃花と若乃花兄弟による快進撃が始まり一時代を築き上げたのでした。

東京都出身の優勝力士一覧

では東京都出身の幕内優勝力士を年月順で一覧表にして見てみましょう。

四股名 優勝場所 回数 優勝時の番付 部屋 出身地 最高位 成績 四股名 備考
1 常陸岩 昭和3年1月 東大関 出羽海 東京都 大関 10勝1敗 常陸岩
2 東冨士 昭和23年5月 西大関2 高砂 東京都 40代横綱 10勝1敗 東冨士
3 東冨士 昭和24年1月 2回目 西横綱(張出) 高砂 東京都 40代横綱 10勝2敗1分 東冨士
4 東冨士 昭和25年5月 3回目 西横綱 高砂 東京都 40代横綱 14勝1敗 東冨士
5 東冨士 昭和26年9月 4回目 東横綱 高砂 東京都 40代横綱 13勝1敗1預 東冨士
6 東富士 昭和27年5月 5回目 西横綱(張出) 高砂 東京都 40代横綱 13勝2敗 東富士
7 栃錦 昭和27年9月 西関脇 春日野 東京都 44代横綱 14勝1敗 栃錦
8 栃錦 昭和28年3月 2回目 東大関 春日野 東京都 44代横綱 14勝1敗 栃錦
9 東富士 昭和28年9月 6回目 西横綱 高砂 東京都 40代横綱 14勝1敗 東富士
10 三根山 昭和29年3月 東大関 高島
(現・友綱)
東京都 大関 12勝3敗 三根山
11 栃錦 昭和29年5月 3回目 西大関 春日野 東京都 44代横綱 14勝1敗 栃錦
12 栃錦 昭和29年9月 4回目 東大関 春日野 東京都 44代横綱 14勝1敗 栃錦
13 栃錦 昭和30年5月 5回目 西横綱 春日野 東京都 44代横綱 14勝1敗 栃錦
14 栃錦 昭和32年9月 6回目 東横綱 春日野 東京都 44代横綱 13勝2敗 栃錦
15 栃錦 昭和33年5月 7回目 東横綱(張出) 春日野 東京都 44代横綱 14勝1敗 栃錦
16 栃錦 昭和34年3月 8回目 西横綱 春日野 東京都 44代横綱 14勝1敗 栃錦
17 栃錦 昭和34年7月 9回目 東横綱 春日野 東京都 44代横綱 15勝0敗 栃錦
18 栃錦 昭和35年1月 10回目 東横綱 春日野 東京都 44代横綱 14勝1敗 栃錦
19 貴花田 平成4年1月 東前頭2枚目 藤島
(貴乃花2018)
東京都 関脇 14勝1敗 貴花田
20 貴花田 平成4年9月 2回目 西小結 藤島
(貴乃花2018)
東京都 関脇 14勝1敗 貴花田
21 若花田 平成5年3月 東小結 二子山
(貴乃花2018)
東京都 小結 14勝1敗 若花田
22 貴ノ花 平成5年5月 3回目 東大関 二子山
(貴乃花2018)
東京都 大関 14勝1敗 貴ノ花
23 貴ノ花 平成6年1月 4回目 西大関 二子山
(貴乃花2018)
東京都 大関 14勝1敗 貴ノ花
24 貴ノ花 平成6年5月 5回目 西大関 二子山
(貴乃花2018)
東京都 大関 14勝1敗 貴ノ花
25 貴ノ花 平成6年9月 6回目 西大関2 二子山
(貴乃花2018)
東京都 大関 15勝0敗 貴ノ花
26 貴乃花 平成6年11月 7回目 東大関 二子山
(貴乃花2018)
東京都 大関 15勝0敗 貴乃花
27 貴乃花 平成7年1月 8回目 東横綱 二子山
(貴乃花2018)
東京都 65代横綱 13勝2敗 貴乃花
28 貴乃花 平成7年5月 9回目 西横綱 二子山
(貴乃花2018)
東京都 65代横綱 14勝1敗 貴乃花
29 貴乃花 平成7年7月 10回目 東横綱 二子山
(貴乃花2018)
東京都 65代横綱 13勝2敗 貴乃花
30 貴乃花 平成7年9月 11回目 東横綱 二子山
(貴乃花2018)
東京都 65代横綱 15勝0敗 貴乃花
31 若乃花 平成7年11月 2回目 西大関 二子山
(貴乃花2018)
東京都 大関 12勝3敗 若乃花
32 貴乃花 平成8年3月 12回目 東横綱 二子山
(貴乃花2018)
東京都 65代横綱 14勝1敗 貴乃花
33 貴乃花 平成8年5月 13回目 東横綱 二子山
(貴乃花2018)
東京都 65代横綱 14勝1敗 貴乃花
34 貴乃花 平成8年7月 14回目 東横綱 二子山
(貴乃花2018)
東京都 65代横綱 13勝2敗 貴乃花
35 貴乃花 平成8年9月 15回目 東横綱 二子山
(貴乃花2018)
東京都 65代横綱 15勝0敗 貴乃花
36 若乃花 平成9年1月 3回目 東大関 二子山
(貴乃花2018)
東京都 大関 14勝1敗 若乃花
37 貴乃花 平成9年3月 16回目 東横綱 二子山
(貴乃花2018)
東京都 65代横綱 12勝3敗 貴乃花
38 貴乃花 平成9年7月 17回目 東横綱 二子山
(貴乃花2018)
東京都 65代横綱 13勝2敗 貴乃花
39 貴乃花 平成9年9月 18回目 東横綱 二子山
(貴乃花2018)
東京都 65代横綱 13勝2敗 貴乃花
40 若乃花 平成10年3月 4回目 東大関2 二子山
(貴乃花2018)
東京都 大関 14勝1敗 若乃花
41 若乃花 平成10年5月 5回目 東大関 二子山
(貴乃花2018)
東京都 大関 12勝3敗 若乃花
42 貴乃花 平成10年7月 19回目 西横綱 二子山
(貴乃花2018)
東京都 65代横綱 14勝1敗 貴乃花
43 貴乃花 平成10年9月 20回目 東横綱 二子山
(貴乃花2018)
東京都 65代横綱 13勝2敗 貴乃花
44 貴乃花 平成13年1月 21回目 東横綱2 二子山
(貴乃花2018)
東京都 65代横綱 14勝1敗 貴乃花
45 貴乃花 平成13年5月 22回目 東横綱 二子山
(貴乃花2018)
東京都 65代横綱 13勝2敗 貴乃花
46 栃東(2代) 平成14年1月 西大関2 玉ノ井 東京都 大関 13勝2敗 栃東(2代)
47 栃東(2代) 平成15年11月 2回目 西大関 玉ノ井 東京都 大関 13勝2敗 栃東(2代)
48 栃東(2代) 平成18年1月 3回目 東大関2 玉ノ井 東京都 大関 14勝1敗 栃東(2代)

東京都出身の優勝力士ランキング

次は東京都出身力士の優勝回数と成績のランキングです。

順位 四股名 優勝 最高位 部屋 出身地 勝数 敗数 横綱 大関 関脇 小結 前頭
1位 貴乃花 22回 関脇 二子山
(貴乃花2018)
東京都 303勝 27敗 15回 5回 0回 1回 1回
2位 栃錦 10回 44代横綱 春日野 東京都 140勝 10敗 6回 3回 1回 0回 0回
3位 東富士 6回 40代横綱 高砂 東京都 74勝 8敗 5回 1回 0回 0回 0回
4位 若乃花 5回 小結 二子山
(貴乃花2018)
東京都 66勝 9敗 0回 4回 0回 1回 0回
5位 栃東(2代) 3回 大関 玉ノ井 東京都 40勝 5敗 0回 3回 0回 0回 0回
6位 三根山 1回 大関 友綱 東京都 12勝 3敗 0回 1回 0回 0回 0回
6位 常陸岩 1回 大関 出羽海 東京都 10勝 1敗 0回 1回 0回 0回 0回

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東京都出身の最高位:横綱

第40代横綱 東富士 欽壹

東富士 欽壹(あずまふじ きんいち)東京都台東区出身、高砂部屋の元力士で、最高位は第40代横綱

昭和11年(1936)1月場所に14歳2ヶ月で初土俵を踏み、昭和29年(1954)9月場所を最後に引退(32歳11ヶ月)。

通算成績は335勝137敗54休1分1預466出場。生涯勝率.710。通算46場所中、30場所を勝ち越した(勝ち越し率.714)。

主な成績は幕内優勝6回(同点2,次点4),十両優勝1回幕下優勝1回

本名は井上 謹一。大正10年(1921)10月28日生まれ。昭和48年(1973)7月31日逝去(享年51歳)。

左を差し、自慢の巨体を活かした重量感溢れる寄りは「怒涛の寄り身」と称された。若手の頃から大横綱双葉山にかわいがられて「キン坊!一丁来い!」と、よく稽古をつけてもらい「双葉山の後継者」としての期待が大きかった、史上初の「江戸っ子横綱」。

四股名
東富士 欽壹(あずまふじ きんいち)
最高位
第40代横綱
年寄名跡
7代錦戸 欽壹
出身地
東京都台東区
本名
井上 謹一
生年月日
大正10年(1921)10月28日
没年月日
昭和48年(1973)7月31日(享年51歳)
所属部屋
高砂部屋
改名歴
東冨士 謹一 → 東冨士 欽壹 → 東富士 欽壹
初土俵
昭和11年(1936)1月 前相撲(14歳2ヶ月)
新十両
昭和17年(1942)1月(所要12場所)
20歳2ヶ月(初土俵から6年0ヶ月)
新入幕
昭和18年(1943)5月(所要15場所)
21歳6ヶ月(初土俵から7年4ヶ月)
新関脇
昭和19年(1944)11月(所要18場所)
23歳0ヶ月(初土俵から8年10ヶ月)
新大関
昭和20年(1945)11月(所要20場所)
24歳0ヶ月(初土俵から9年10ヶ月)
横綱昇進
昭和24年(1949)1月(所要26場所)
27歳2ヶ月(初土俵から13年0ヶ月)
最終場所
昭和29年(1954)9月(32歳11ヶ月)
大相撲歴
46場所(18年9ヶ月)
通算成績
335勝137敗54休1分1預466出場(勝率.710)
通算46場所
勝ち越し30場所(勝ち越し率.714)
優勝等
幕内優勝6回(同点2,次点4),十両優勝1回幕下優勝1回
幕内戦歴
261勝104敗54休1分1預359出場(勝率.715)
在位31場所(在位率.674)
勝ち越し22場所(勝ち越し率.710)
横綱戦歴
172勝74敗50休1分1預241出場(勝率.699)
在位20場所(在位率.435)
勝ち越し12場所(勝ち越し率.600)
大関戦歴
51勝15敗0休66出場(勝率.773)
在位6場所(在位率.130)
勝ち越し6場所(勝ち越し率1.000)
関脇戦歴
15勝2敗0休17出場(勝率.882)
在位2場所(在位率.043)
勝ち越し2場所(勝ち越し率1.000)
前頭戦歴
23勝13敗4休35出場(勝率.639)
在位3場所(在位率.065)
勝ち越し2場所(勝ち越し率.667)
十両戦歴
33勝12敗0休45出場(勝率.733)
在位3場所(在位率.065)
勝ち越し2場所(勝ち越し率.667)
関取戦歴
294勝116敗54休1分1預404出場(勝率.717)
在位34場所(在位率.739)
勝ち越し24場所(勝ち越し率.706)
幕下以下歴
41勝21敗0休62出場(勝率.661)
在位8場所(在位率.174)
勝ち越し6場所(勝ち越し率.750)


第44代横綱 栃錦 清隆

東京都江戸川区出身、春日野部屋の元力士で最高位は横綱。若乃花との「栃若」はテレビを通じて全国のファンを熱狂させた。

  • 四股名 :栃錦 清隆(とちにしき きよたか)
  • 最高位 :第44代横綱
  • 年寄名跡:9代春日野
  • 出身地 :東京都江戸川区
  • 本 名 :大塚 清⇒中田 清
  • 生年月日:大正14年(1925)2月20日
  • 没年月日:平成2年(1990)1月10日(享年64歳)
  • 所属部屋:春日野部屋
  • 改名歴 :大塚⇒栃錦
  • 初土俵 :昭和14年(1939)1月(13歳11ヵ月)
  • 新十両 :昭和19年(1944)5月(19歳3ヵ月)
  • 新入幕 :昭和22年(1947)6月(22歳4ヵ月)
  • 新三役 :昭和25年(1950)1月(24歳11ヵ月)
  • 新大関 :昭和28年(1953)1月(27歳11ヵ月)
  • 横綱昇進:昭和30年(1955)1月(29歳11ヵ月)
  • 最終場所:昭和35年(1960)5月(35歳3ヵ月)
  • 生涯戦歴:578勝245敗44休1分1預/821出場(66場所)
  • 生涯勝率:70.2%
  • 優勝等 :幕内優勝10回(同点1・次点8)
  • 成 績 :殊勲賞1回,技能賞9回,金星1個
  • 幕内戦歴:513勝203敗44休1分(52場所)勝率:71.6%
  •   横綱:292勝84敗44休(28場所)勝率:77.7%
  •   大関:92勝28敗(8場所)勝率:76.7%
  •   関脇:43勝17敗(4場所)勝率:71.7%
  •   小結:22勝23敗(3場所)勝率:48.9%
  •   前頭:64勝51敗1分(9場所)勝率:55.7%
  • 十両戦歴:18勝14敗1預(3場所)勝率:56.3%

第65代横綱 貴乃花 光司

平成初期相撲ブームの立役者。引退後は二子山部屋を継承して改称、貴乃花部屋を率いて独自の「相撲道」を探求していたが平成30年(2018)10月1日付けで相撲協会を退職。伝統ある部屋は閉鎖となった

  • 四股名 :貴乃花 光司(たかのはな こうじ)
  • 最高位 :第65代横綱
  • 年寄名跡:一代年寄・貴乃花
  • 出身地 :東京都中野区
  • 本 名 :花田 光司
  • 生年月日:昭和47年(1972)8月12日(53歳)
  • 所属部屋:藤島⇒二子山部屋
  • 改名歴 :貴花田⇒貴ノ花⇒貴乃花
  • 初土俵 :昭和63年(1988)3月(15歳7ヵ月)
  • 新十両 :平成元年(1989)11月(17歳3ヵ月)
  • 新入幕 :平成2年(1990)5月(17歳9ヵ月)
  • 新三役 :平成3年(1991)7月(18歳11ヵ月)
  • 新大関 :平成5年(1993)3月(20歳7ヵ月)
  • 横綱昇進:平成7年(1995)1月(22歳5ヵ月)
  • 最終場所:平成15年(2003)1月(30歳5ヵ月)
  • 生涯戦歴:794勝262敗201休/1049出場(90場所)
  • 生涯勝率:75.2%
  • 優勝等 :幕内優勝22回(同点5・次点11),幕下優勝2回
  • 成 績 :殊勲賞4回,敢闘賞2回,技能賞3回,金星1個
  • 幕内戦歴:701勝217敗201休(75場所)勝率:76.4%
  •   横綱:429勝99敗201休(49場所)勝率:81.3%
  •   大関:137勝28敗(11場所)勝率:83.0%
  •   関脇:33勝27敗(4場所)勝率:55.0%
  •   小結:33勝12敗(3場所)勝率:73.3%
  •   前頭:69勝51敗(8場所)勝率:57.5%
  • 十両戦歴:44勝31敗(5場所)勝率:58.7%

第66代横綱 若乃花 勝

若乃花 勝(わかのはな まさる)東京都中野区出身、藤島~二子山部屋の元力士で、最高位は第66代横綱

昭和63年(1988)3月場所に17歳1ヶ月で初土俵を踏み、平成12年(2000)3月場所を最後に引退(29歳2ヶ月)。

通算成績は573勝286敗124休850出場。生涯勝率.667。通算73場所中、52場所を勝ち越した(勝ち越し率.722)。

主な成績は幕内優勝5回(同点3,次点6),十両優勝1回三段目優勝1回序ノ口優勝1回殊勲賞3回,技能賞6回,金星2個(旭富士2個)。

昭和46年(1971)1月20日生まれ。本名は花田 勝。

小柄だったがおっつけと瞬発力、そして立ち合いの呼吸をはかる巧みさで横綱になった。

四股名
若乃花 勝(わかのはな まさる)
最高位
第66代横綱
年寄名跡
16代藤島 勝
出身地
東京都中野区
本名
花田 勝
生年月日
昭和46年(1971)1月20日
所属部屋
藤島~二子山部屋
改名歴
若花田 勝 → 若ノ花 勝 → 若乃花 勝
初土俵
昭和63年(1988)3月 前相撲(17歳1ヶ月)
新十両
平成2年(1990)3月(所要12場所)
19歳1ヶ月(初土俵から2年0ヶ月)
新入幕
平成2年(1990)9月(所要15場所)
19歳7ヶ月(初土俵から2年6ヶ月)
新小結
平成3年(1991)11月(所要22場所)
20歳9ヶ月(初土俵から3年8ヶ月)
新関脇
平成5年(1993)5月(所要31場所)
22歳3ヶ月(初土俵から5年2ヶ月)
新大関
平成5年(1993)9月(所要33場所)
22歳7ヶ月(初土俵から5年6ヶ月)
横綱昇進
平成10年(1998)7月(所要62場所)
27歳5ヶ月(初土俵から10年4ヶ月)
最終場所
平成12年(2000)3月(29歳2ヶ月)
大相撲歴
73場所(12年0ヶ月)
通算成績
573勝286敗124休850出場(勝率.667)
通算73場所
勝ち越し52場所(勝ち越し率.722)(勝ち越し星318)
優勝等
幕内優勝5回(同点3,次点6),十両優勝1回三段目優勝1回序ノ口優勝1回
受賞・金星
殊勲賞3回,技能賞6回,金星2個
持給金
363円(勝ち越し星318個 優勝5回 金星2個)
幕内戦歴
487勝250敗124休728出場(勝率.661)
在位58場所(在位率.795)
勝ち越し40場所(勝ち越し率.690)
横綱戦歴
61勝38敗57休96出場(勝率.616)
在位11場所(在位率.151)
勝ち越し4場所(勝ち越し率.364)
大関戦歴
274勝101敗60休372出場(勝率.731)
在位29場所(在位率.397)
勝ち越し24場所(勝ち越し率.828)
三役戦歴
44勝26敗5休68出場(勝率.629)
在位5場所(在位率.068)
勝ち越し3場所(勝ち越し率.600)
関脇戦歴
23勝7敗0休30出場(勝率.767)
在位2場所(在位率.027)
勝ち越し2場所(勝ち越し率1.000)
小結戦歴
21勝19敗5休38出場(勝率.525)
在位3場所(在位率.041)
勝ち越し1場所(勝ち越し率.333)
前頭戦歴
108勝85敗2休192出場(勝率.560)
在位13場所(在位率.178)
勝ち越し9場所(勝ち越し率.692)
十両戦歴
31勝14敗0休45出場(勝率.689)
在位3場所(在位率.041)
勝ち越し3場所(勝ち越し率1.000)
関取戦歴
518勝264敗124休773出場(勝率.662)
在位61場所(在位率.836)
勝ち越し43場所(勝ち越し率.705)
幕下以下歴
55勝22敗0休77出場(勝率.714)
在位11場所(在位率.151)
勝ち越し9場所(勝ち越し率.818)


東京都出身の最高位:大関

伊勢ノ濱 慶太郎

東京都墨田区両国出身、友綱~根岸部屋の元力士で最高位は大関。父親は明治10年代後半から20年代前半に幕内をつとめた伊勢ノ濱萩右ヱ門で親子関取として知られる。初土俵から新入幕までのあいだに負けたのはわずか6敗。これに慢心したのか相撲が疎かになり脱走してマゲを切ったこともあったが、周囲の説得により改心し土俵に専念した。小兵だったが力が強く、キビキビとした取り口で人気があり、また力水も一度しかつけない土俵態度は立派とも評された。

引退後は7代中立を襲名、相撲協会の理事などをつとめた。頭脳明晰で人格者でもあったことから人望も厚かったが、昭和3年(1928)5月17日に宿泊先の旅館で服毒自殺をしてしまった。

現役時代から趣味で小説を書いており、明け荷には原稿用紙を入れていたという。

  • 四股名 :伊勢ノ濱 慶太郎(いせのはま けいたろう)
  • 最高位 :大関
  • 年寄名跡:7代中立
  • 出身地 :東京都墨田区両国
  • 本 名 :中立 慶太郎
  • 生年月日:明治16年(1883)11月9日
  • 没年月日:昭和3年(1928)5月17日(享年44歳)
  • 所属部屋:友綱⇒根岸⇒友綱⇒根岸部屋
  • 初土俵 :明治35年(1902)1月(18歳2ヵ月)
  • 新十両 :明治38年(1905)5月(21歳6ヵ月)
  • 新入幕 :明治39年(1906)5月(22歳6ヵ月)
  • 新三役 :明治42年(1909)6月(25歳7ヵ月)
  • 新大関 :大正3年(1914)1月(30歳2ヵ月)
  • 最終場所:大正8年(1919)1月(35歳2ヵ月)
  • 生涯戦歴:112勝85敗58休9分16預/222出場(29場所)
  • 生涯勝率:56.9%
  • 優勝等 :幕内次点1回
  • 成 績 :金星1個
  • 幕内戦歴:98勝82敗58休9分13預(26場所)勝率:54.4%
  •   大関:36勝33敗35休3分3預(11場所)勝率:52.2%
  •   関脇:24勝13敗1休2預(4場所)勝率:64.9%
  •   小結:12勝8敗(2場所)勝率:60.0%
  •   前頭:26勝28敗22休6分8預(9場所)勝率:48.1%
  • 十両戦歴:14勝3敗3預(2場所)勝率:82.4%

常陸岩 英太郎

東京都中央区出身、出羽海部屋の元力士で最高位は大関。昭和3年(1928)1月場所後に不戦勝制度が整備されたのは常陸岩の優勝がきっかけ。

  • 四股名 :常陸岩 英太郎(ひたちいわ えいたろう)
  • 最高位 :大関
  • 年寄名跡:9代境川
  • 出身地 :東京都中央区
  • 本 名 :櫻井 英太郎
  • 生年月日:明治33年(1900)3月9日
  • 没年月日:昭和32年(1957)7月21日(享年57歳)
  • 所属部屋:出羽海部屋
  • 初土俵 :大正6年(1917)5月・新序(17歳2ヵ月)
  • 新十両 :大正11年(1922)5月(22歳2ヵ月)
  • 新入幕 :大正12年(1923)5月(23歳2ヵ月)
  • 新三役 :大正14年(1925)5月(25歳2ヵ月)
  • 新大関 :昭和2年(1927)5月(27歳2ヵ月)
  • 最終場所:昭和6年(1931)3月(31歳0ヵ月)
  • 生涯戦歴:190勝93敗47休3分3預/288出場(37場所)
  • 生涯勝率:67.1%
  • 優勝等 :幕内優勝1回(次点3),十両優勝1回
  • 幕内戦歴:147勝74敗47休3分3預(25場所)勝率:66.5%
  •   大関:87勝53敗35休1分(16場所)勝率:62.1%
  •   関脇:25勝8敗11休(4場所)勝率:75.8%
  •   前頭:35勝13敗1休2分3預(5場所)勝率:72.9%
  • 十両戦歴:11勝3敗(2場所)勝率:78.6%

三根山 繼司

  • 四股名 :三根山 繼司(みつねやま けいじ)
  • 最高位 :大関
  • 年寄名跡:10代熊ヶ谷10代高島
  • 出身地 :東京都荒川区
  • 本 名 :嶋村 嶋一
  • 生年月日:大正11年(1922)2月7日
  • 没年月日:平成元年(1989)8月15日(享年67歳)
  • 所属部屋:高島部屋
  • 初土俵 :昭和12年(1937)5月(15歳3ヵ月)
  • 新十両 :昭和17年(1942)5月(20歳3ヵ月)
  • 新入幕 :昭和19年(1944)1月(21歳11ヵ月)
  • 新三役 :昭和20年(1945)6月(23歳4ヵ月)
  • 新大関 :昭和28年(1953)9月(31歳7ヵ月)
  • 最終場所:昭和35年(1960)1月(37歳11ヵ月)
  • 生涯戦歴:479勝389敗35休/864出場(69場所)
  • 生涯勝率:55.2%
  • 優勝等 :幕内優勝1回(次点2),十両優勝1回,三段目優勝1回
  • 成 績 :殊勲賞5回,敢闘賞2回,金星9個
  • 幕内戦歴:407勝354敗35休(56場所)勝率:53.5%
  •   大関:63勝52敗5休(8場所)勝率:54.8%
  •   関脇:86勝54敗21休(11場所)勝率:61.4%
  •   小結:39勝32敗2休(6場所)勝率:54.9%
  •   前頭:219勝216敗7休(31場所)勝率:50.3%
  • 十両戦歴:31勝14敗(3場所)勝率:68.9%

栃東 大裕

栃東 大裕 (とちあずま だいすけ)東京都足立区出身、玉ノ井部屋の元力士で、最高位は大関

平成6年(1994)11月場所に18歳0ヶ月で初土俵を踏み、平成19年(2007)3月場所を最後に引退(30歳4ヶ月)※番付上は平成19年(2007)5月場所

通算成績は560勝317敗169休867出場。生涯勝率.646。通算75場所中、55場所を勝ち越した(勝ち越し率.743)。

主な成績は幕内優勝3回(次点5)、十両優勝1回、幕下優勝1回、三段目優勝1回、序二段優勝1回、序ノ口優勝1回殊勲賞3回、敢闘賞2回、技能賞7回、金星4個(曙1個、貴乃花2個、武蔵丸1個)

昭和51年(1976)11月9日生まれ。本名は志賀 太祐。

初代栃東(のちの13代玉ノ井)の次男として生まれ、卓越した相撲技術と不屈の闘志で大関まで登り詰めた栃東は、大相撲史に燦然と輝く数々の記録を打ち立てた名力士である。史上初の「二度の大関返り咲き」や史上2組目の「親子幕内最高優勝」などの偉業を成し遂げ、引退後は師匠の跡を継いで部屋を牽引している。

高校横綱の条件と相撲スタイルの確立

東京都足立区に生まれ、小学生の頃は野球や水泳に熱中していた。小学6年生で相撲に転向して明大中野中学校の相撲部に入部したが、当初は体が硬く股割りもできない状態で、全国レベルの実力はなかった。しかし、父から「高校横綱になること」を角界入りの条件として課され、猛稽古の末に明大中野高校3年次で見事に高校横綱のタイトルを獲得。平成6年(1994年)11月場所において、父が師匠を務める玉ノ井部屋から本名の「志賀」で初土俵を踏んだ。

序ノ口として迎えた翌平成7年(1995年)1月場所は、直前に左膝を痛めて前半戦を休場したものの、8日目から出場して残りを4戦全勝とした。元々は廻しを取って投げる相撲を得意としていたが、この怪我を機に師匠からの「廻しにこだわるな」という助言もあり、「脇を固めておっつける相撲」へと自らのスタイルを大きく改造した。この決断が、のちの飛躍へと繋がっていく。

若き技能派の台頭と悲願の大関昇進

その後は驚異的なペースで各段の優勝を総なめにし、平成8年(1996年)5月場所の新十両昇進を機に、父の現役時代の四股名を受け継いで「栃東」へと改名。同年11月場所で新入幕を果たした。

いなしてからのおっつけや、前廻しを引いてからの出し投げなど、ベテランのように多彩な技を繰り出す相撲は「若手らしくない」と高く評価され、三役に定着して幾度も技能賞を獲得する。しかし、右肩剥離骨折などで長期休場を余儀なくされるなど、怪我に泣かされ大関への道は長く険しいものとなった。幾度の挫折を味わいながらも、平成13年(2001年)11月場所では変化相撲の批判を乗り越えて12勝3敗の好成績を挙げ、入幕から5年を要してついに大関昇進を果たす。昇進伝達式では「努力精進」の言葉を口上に用いた。

親子優勝と史上初の「二度の大関返り咲き」

新大関として臨んだ平成14年(2002年)1月場所では、持ち前の勝負強さを発揮し、13勝2敗で自身初となる幕内最高優勝を飾った。父である初代栃東も現役時代に幕内最高優勝を果たしており、大相撲史上2組目となる「親子での幕内最高優勝」という歴史的快挙であった。

その後も怪我との闘いが続き、平成16年(2004年)5月場所での全休で大関から関脇へ陥落する。しかし翌7月場所で10勝を挙げて1場所で特例復帰を果たすと、同年11月場所での負傷により再び関脇へ陥落した際も、翌場所で11勝を挙げて復帰。不屈の精神力で、史上初となる「二度目の大関返り咲き」を成し遂げた。

肉体改造と特権での親方就任

若い頃からの猛稽古で培った硬い筋肉が故障の一因であると指摘を受け、体を休ませて柔らかい筋肉への肉体改造に取り組んだ。これが功を奏し、平成18年(2006年)1月場所では14勝1敗の圧倒的な成績で自身3度目の幕内最高優勝を果たしている。なお、この優勝ののち、平成28年(2016年)1月場所において琴奨菊が賜杯を抱くまで、丸10年間にわたり日本出身力士の幕内最高優勝は出なかった。栃東は、平成の相撲史において輝かしい存在感を放ち続けたのである。

しかし、平成19年(2007年)3月場所の途中休場後、脳梗塞の発症が判明し、現役続行は生命に関わるとの診断を受けて現役を引退した。引退後は大関特権で年寄「栃東」として後進の指導にあたった。その後、平成21年(2009年)9月の父の停年退職に伴って「14代玉ノ井」を襲名し、部屋を継承した。卓越した技術と土俵への執念で輝かしい功績を残した名大関の系譜は、指導者となった現在も脈々と受け継がれている。

四股名
栃東 大裕 (とちあずま だいすけ)
最高位
大関
年寄名跡
一代年寄 栃東 太祐(玉ノ井) → 14代玉ノ井 太祐
出身地
東京都足立区
本名
志賀 太祐
生年月日
昭和51年(1976)11月9日(49歳)
出身高校
明治大学付属中野高校
所属部屋
玉ノ井部屋
改名歴
志賀 大裕 → 栃東 大裕
初土俵
平成6年(1994)11月 前相撲(18歳0ヶ月)
新十両
平成8年(1996)5月(所要9場所)
19歳6ヶ月(初土俵から1年6ヶ月)
新入幕
平成8年(1996)11月(所要12場所)
20歳0ヶ月(初土俵から2年0ヶ月)
新小結
平成9年(1997)7月(所要16場所)
20歳8ヶ月(初土俵から2年8ヶ月)
新関脇
平成9年(1997)9月(所要17場所)
20歳10ヶ月(初土俵から2年10ヶ月)
新大関
平成14年(2002)1月(所要43場所)
25歳2ヶ月(初土俵から7年2ヶ月)
最終場所
平成19年(2007)3月場所(30歳4ヶ月)※番付上は平成19年(2007)5月場所
大相撲歴
75場所(12年4ヶ月)
通算成績
560勝317敗169休867出場(勝率.646)
通算75場所
勝ち越し55場所(勝ち越し率.743)(勝ち越し星273)
優勝等
幕内優勝3回(次点5),十両優勝1回,幕下優勝1回,三段目優勝1回,序二段優勝1回,序ノ口優勝1回
受賞・金星
殊勲賞3回,敢闘賞2回,技能賞7回,金星4個(曙1個、貴乃花2個、武蔵丸1個)
持給金
298円(勝ち越し星273個 優勝3回 金星4個)
大関戦歴
207勝125敗118休324出場(勝率.639)
在位30場所(在位率.400)
勝ち越し19場所(勝ち越し率.633)
幕内戦歴
483勝296敗166休769出場(勝率.628)
在位63場所(在位率.840)
勝ち越し45場所(勝ち越し率.714)
三役戦歴
194勝118敗18休310出場(勝率.626)
在位22場所(在位率.293)
勝ち越し18場所(勝ち越し率.818)
関脇戦歴
149勝88敗18休235出場(勝率.634)
在位17場所(在位率.227)
勝ち越し13場所(勝ち越し率.765)
小結戦歴
45勝30敗0休75出場(勝率.600)
在位5場所(在位率.067)
勝ち越し5場所(勝ち越し率1.000)
前頭戦歴
82勝53敗30休135出場(勝率.607)
在位11場所(在位率.147)
勝ち越し8場所(勝ち越し率.727)
十両戦歴
32勝13敗0休45出場(勝率.711)
在位3場所(在位率.040)
勝ち越し3場所(勝ち越し率1.000)
関取戦歴
515勝309敗166休814出場(勝率.633)
在位66場所(在位率.880)
勝ち越し48場所(勝ち越し率.727)
幕下以下歴
45勝8敗3休53出場(勝率.849)
在位8場所(在位率.107)
勝ち越し7場所(勝ち越し率.875)

栃東 大裕の更に詳細なデータは力士名鑑で!

名鑑ページでは、以下のような詳細な分析データをはじめ、豊富な表やグラフをご覧いただけます。

  • ✅ 勝った決まり手1位:押し出し(190回 / 33.7%)
  • ✅ 負けた決まり手1位:寄り切り(67回 / 21.1%)
  • ✅ 得意な相手:栃乃洋(21勝4敗 / 勝率.840)
  • ✅ 苦手な相手:貴乃花(5勝16敗 / 勝率.238)

東京都出身の最高位:関脇

小常陸 由太郎

東京都新宿区内藤町出身、出羽海部屋の元力士で最高位は関脇。短躯肥満型、真面目で非常に稽古熱心なことで知られていた。出足は鋭く前に落ちることはまれで相手の胸板に頭をつけての押しを得意とした。常陸山の養子となり幕下の頃には有望な少年力士として化粧まわしを締めて一人土俵入りを演じたこともある。明治43年(1910)夏場所では太刀山の猛突っ張りをまともに受けて桟敷にまで吹っ飛ばされた。引退後は7代・秀ノ山を襲名し検査役をつとめていたが41歳の若さで亡くなった。

  • 四股名 :小常陸 由太郎(こひたち よしたろう)
  • 最高位 :関脇
  • 年寄名跡:7代秀ノ山
  • 出身地 :東京都新宿区内藤町
  • 本 名 :吉田⇒市毛 与四郎
  • 生年月日:明治19年(1886)2月9日
  • 没年月日:昭和2年(1927)9月15日(享年41歳)
  • 所属部屋:出羽海部屋
  • 初土俵 :明治35年(1902)5月・序ノ口(16歳3ヵ月)
  • 新十両 :明治40年(1907)5月(21歳3ヵ月)
  • 新入幕 :明治41年(1908)5月(22歳3ヵ月)
  • 新三役 :明治43年(1910)6月(24歳4ヵ月)
  • 最終場所:大正7年(1918)1月(31歳11ヵ月)
  • 生涯戦歴:82勝82敗47休3分5預/172出場(22場所)
  • 生涯勝率:50.0%
  • 優勝等 :なし
  • 幕内戦歴:70勝77敗47休2分4預(20場所)勝率:47.6%
  •   関脇:2勝7敗1休(1場所)勝率:22.2%
  •   小結:2勝6敗12休(2場所)勝率:25.0%
  •   前頭:66勝64敗34休2分4預(17場所)勝率:50.8%
  • 十両戦歴:12勝5敗1分1預(2場所)勝率:70.6%

出羽錦 忠雄

  • 四股名 :出羽錦 忠雄(でわにしき ただお)
  • 最高位 :関脇
  • 年寄名跡:12代田子ノ浦
  • 出身地 :東京都墨田区
  • 本 名 :小倉 忠雄⇒奈良崎 忠雄
  • 生年月日:大正14年(1925)7月15日
  • 没年月日:平成17年(2005)1月1日(享年79歳)
  • 所属部屋:出羽海部屋
  • 改名歴 :小倉⇒出羽錦
  • 初土俵 :昭和15年(1940)5月(14歳10ヵ月)
  • 新十両 :昭和21年(1946)11月(21歳4ヵ月)
  • 新入幕 :昭和22年(1947)11月(22歳4ヵ月)
  • 新三役 :昭和25年(1950)5月(24歳10ヵ月)
  • 最終場所:昭和39年(1964)9月(39歳2ヵ月)
  • 生涯戦歴:595勝576敗45休3分/1167出場(90場所)
  • 生涯勝率:50.8%
  • 優勝等 :幕内次点2回,十両優勝1回,三段目優勝1回
  • 成 績 :殊勲賞3回,敢闘賞1回,金星10個
  • 幕内戦歴:542勝556敗40休3分(77場所)勝率:49.4%
  •   関脇:12勝25敗8休(3場所)勝率:32.4%
  •   小結:87勝121敗2休(14場所)勝率:41.8%
  •   前頭:443勝410敗30休3分(60場所)勝率:51.9%
  • 十両戦歴:18勝5敗(2場所)勝率:78.3%

岩風 角太郎

岩風 角太郎 (いわかぜ かくたろう)東京都江戸川区出身、若松 → 西岩 → 若松部屋の元力士で、最高位は関脇

昭和27年(1952)5月場所に18歳3ヶ月で初土俵を踏み、昭和40年(1965)9月場所を最後に引退(31歳7ヶ月)。

通算成績は480勝478敗0休958出場。生涯勝率.501。通算70場所中、38場所を勝ち越した(勝ち越し率.551)。

主な成績は幕内(次点1)、十両優勝1回殊勲賞3回、敢闘賞1回、金星6個(吉葉山1個、千代の山1個、若乃花2個、栃ノ海2個)

本名は岡本 義和→大藤 義和→岡本 義和→小沢 義和。昭和9年(1934)1月22日生まれ。昭和63年(1988)4月30日逝去(享年54歳)。

東京都江戸川区に生まれ育つ。中学校卒業後は実家の稼業を手伝っていたが、18歳で若松部屋へ入門し、昭和27年(1952年)5月場所において本名の「岡本」で初土俵を踏んだ。同期入門には栃光(のちの大関)がおり、番付で先行する栃光を当初は強くライバル視していたという。

脱走からの帰参と怪力伝説

新弟子時代は要領を得ず、雑用での失敗が重なり兄弟子からの厳しい指導が絶えなかった。さらに、力士の基本動作である股割りが現役中ついにできないままであるなど、不器用な一面も持ち合わせていた。昭和28年(1953年)9月場所後には相撲に嫌気がさし、自ら髷を落として部屋を脱走するという事件を起こす。その後は建設現場で働いていたものの、師匠や兄弟子たちの懸命な説得に心を打たれ、再び土俵へ戻ることを決意した。

土俵への熱意を取り戻すと地道に番付を上げ、昭和29年(1954年)1月場所より四股名を「岩風 角太郎」へ改名する。筋骨隆々とした体型で怪力ぶりで知られ、「70貫(約263キロ)のレールを持ち上げた」という伝説も残している。巡業先の宿舎でも重い物を探して運んだり、薪割りを進んで行い、持ち前のパワーに磨きをかけていた。やがて頭角を現し、昭和31年(1956年)1月場所で十両優勝を飾って同年5月場所で新入幕を果たした。

「潜航艇」と呼ばれた男と三役定着

幕内の土俵では、極めて低い姿勢から相手の懐へと素早く飛び込む相撲を得意とし、その鋭い取り口から「潜航艇」の異名をとった。昭和34年(1959年)7月場所では横綱・若乃花を破って初となる殊勲賞を受賞し、昭和35年(1960年)7月場所では12勝3敗の好成績で敢闘賞を受賞する。同年11月場所で新小結に昇進し、江戸川区出身者として2人目の三役力士となった。

昭和36年(1961年)1月場所で新関脇に昇進して以降、9場所連続で三役(関脇4場所、小結5場所)を務める安定感を見せた。その間、同年9月場所と11月場所では大鵬(その両場所の間に横綱へ昇進)を連破する大物食いも見せている。その後は糖尿病の持病によりやや精彩を欠いたものの、栃ノ海や佐田の山といったのちの横綱陣に対しても善戦し、金星を合計6個獲得して上位陣を大いに苦しめた。

むっつり横綱と稽古の背景

非常に無口な性格で、取組の結果に関わらずほとんど話さず記者泣かせであった。気に入らないことがあると長期間口をきかないこともあり、「むっつりでは横綱級」と評され、よくしゃべる房錦(元関脇)とは対照的であった。酒も一滴も飲めない完全な下戸であった。

また、「稽古嫌い」という評も根強くあったが、これには当時の若松部屋に稽古土俵がなく、一門の高砂部屋へ出稽古に行っていたという事情も多分にあった。取的時代は高砂部屋の古参力士に散々しごかれたが、関取になると相手側も手出しができず、岩風自身も「分家」の立場から遠慮が生じて土俵に顔を出すだけになってしまったという。昭和40年(1965年)に部屋別総当たり制が導入され若松部屋にも土俵ができたが、その頃にはすでに力士として峠を過ぎていた。

引退後

西十両8枚目に在位した昭和40年(1965年)9月場所を最後に31歳で廃業(現在でいう引退)した。年寄名跡取得の目処が立たなかったため日本相撲協会には残らず、角界を離れた。廃業後は妻の経営する喫茶店を手伝うなどした後、晩年は廃品回収業を営んだ。昭和63年(1988年)4月30日、心不全のため54歳でこの世を去った。

四股名
岩風 角太郎 (いわかぜ かくたろう)
最高位
関脇
出身地
東京都江戸川区
本名
岡本 義和→大藤 義和→岡本 義和→小沢 義和
生年月日
昭和9年(1934)1月22日
没年月日
昭和63年(1988)4月30日(享年54歳)
所属部屋
若松 → 西岩 → 若松部屋
改名歴
岡本 義和 → 岩風 角太郎
初土俵
昭和27年(1952)5月 新序(18歳3ヶ月)
新十両
昭和30年(1955)5月(所要12場所)
21歳3ヶ月(初土俵から3年0ヶ月)
新入幕
昭和31年(1956)5月(所要16場所)
22歳3ヶ月(初土俵から4年0ヶ月)
新小結
昭和35年(1960)9月(所要39場所)
26歳7ヶ月(初土俵から8年4ヶ月)
新関脇
昭和36年(1961)1月(所要41場所)
26歳11ヶ月(初土俵から8年8ヶ月)
最終場所
昭和40年(1965)9月場所(31歳7ヶ月)
大相撲歴
70場所(13年4ヶ月)
通算成績
480勝478敗0休958出場(勝率.501)
通算70場所
勝ち越し38場所(勝ち越し率.551)(勝ち越し星136)
優勝等
幕内(次点1),十両優勝1回
受賞・金星
殊勲賞3回,敢闘賞1回,金星6個(吉葉山1個、千代の山1個、若乃花2個、栃ノ海2個)
持給金
153円(勝ち越し星136個 金星6個)
幕内戦歴
374勝406敗0休780出場(勝率.479)
在位52場所(在位率.743)
勝ち越し26場所(勝ち越し率.500)
三役戦歴
76勝89敗0休165出場(勝率.461)
在位11場所(在位率.157)
勝ち越し7場所(勝ち越し率.636)
関脇戦歴
36勝39敗0休75出場(勝率.480)
在位5場所(在位率.071)
勝ち越し3場所(勝ち越し率.600)
小結戦歴
40勝50敗0休90出場(勝率.444)
在位6場所(在位率.086)
勝ち越し4場所(勝ち越し率.667)
前頭戦歴
298勝317敗0休615出場(勝率.485)
在位41場所(在位率.586)
勝ち越し19場所(勝ち越し率.463)
十両戦歴
47勝43敗0休90出場(勝率.522)
在位6場所(在位率.086)
勝ち越し4場所(勝ち越し率.667)
関取戦歴
421勝449敗0休870出場(勝率.484)
在位58場所(在位率.829)
勝ち越し30場所(勝ち越し率.517)
幕下以下歴
59勝29敗0休88出場(勝率.670)
在位11場所(在位率.157)
勝ち越し8場所(勝ち越し率.727)

岩風 角太郎の更に詳細なデータは力士名鑑で!

名鑑ページでは、以下のような詳細な分析データをはじめ、豊富な表やグラフをご覧いただけます。

  • ✅ 勝った決まり手1位:寄り切り(111回 / 28.2%)
  • ✅ 負けた決まり手1位:寄り切り(122回 / 28.2%)
  • ✅ 得意な相手:若ノ海(14勝5敗 / 勝率.737)
  • ✅ 苦手な相手:大鵬(2勝17敗 / 勝率.105)

若翔洋 俊一

引退後は音羽山を襲名するも3年ほどで退職、のちに格闘家に転身

  • 四股名 :若翔洋 俊一(わかしょうよう しゅんいち)
  • 最高位 :関脇
  • 年寄名跡:音羽山
  • 出身地 :東京都中野区
  • 本 名 :馬場口 洋一
  • 生年月日:昭和41年(1966)3月8日
  • 所属部屋:二子山部屋
  • 改名歴 :馬場口⇒紫電隆⇒馬場口⇒若翔洋
  • 初土俵 :昭和56年(1981)5月(15歳2ヵ月)
  • 新十両 :平成3年(1991)5月(25歳2ヵ月)
  • 新入幕 :平成3年(1991)9月(25歳6ヵ月)
  • 新三役 :平成5年(1993)3月(27歳0ヵ月)
  • 最終場所:平成9年(1997)11月(31歳8ヵ月)
  • 生涯戦歴:496勝444敗52休/939出場(100場所)
  • 生涯勝率:52.8%
  • 優勝等 :十両優勝1回(同点3),幕下同点1回,三段目優勝1回
  • 成 績 :敢闘賞2回
  • 幕内戦歴:144勝185敗16休(23場所)勝率:43.8%
  •   関脇:7勝8敗(1場所)勝率:46.7%
  •   小結:23勝22敗(3場所)勝率:51.1%
  •   前頭:114勝155敗16休(19場所)勝率:42.4%
  • 十両戦歴:126勝99敗(15場所)勝率:56.0%

王鵬 幸之介

王鵬 幸之介(おうほう こうのすけ)は東京都 江東区出身、大嶽部屋の力士で最高位は関脇。令和8年5月場所の番付は西 前頭3枚目。

第48代横綱・大鵬を祖父に、元関脇・貴闘力を父に持つ相撲一家の三男として育つ。幼少期より地元の相撲道場で稽古に励み、名門である埼玉栄高校へと進学。3年次には相撲部の主将を務め、国民体育大会での団体優勝に貢献するなどの実績を残した。

高校卒業を控えた平成30年(2018年)1月場所において、17代大嶽(元十両・大道)が師匠を務める大嶽部屋から初土俵を踏んだ。入門当初の四股名は、本名の「納谷」であった。

序ノ口優勝と三世代にわたる関取誕生

初めて番付に名前が載った翌3月場所では、高校時代から切磋琢磨してきた同期入門の豊昇龍を破り、7戦全勝で序ノ口優勝を飾る。その後も順調に白星を重ね、同年9月場所で幕下へ昇進した。

以降は幕下上位の分厚い壁に挑みながら着実に地力を蓄え、幕下筆頭で迎えた令和2年(2020年)11月場所において6勝1敗と勝ち越す。初土俵から丸3年となる令和3年(2021年)1月場所、20歳11ヶ月の若さで新十両へ昇進した。

この関取昇進を機に、四股名を「王鵬」へと改名する。祖父の四股名から「鵬」の一字を受け継ぎ、「王道を進んでほしい」という願いが込められたものであった。これにより、祖父、父に続く三世代にわたる関取が誕生した。

幕内での躍進と初金星

新十両の場所は5勝10敗と大きく負け越して幕下へ陥落したが、再起後は安定した成績を積み重ねて十両を突破し、令和4年(2022年)1月場所で新入幕を果たす。恵まれた体格を生かした突き押しや、四つに組んでも取れる相撲を武器に幕内に定着し、令和6年(2024年)3月場所では横綱・照ノ富士を破って自身初となる金星を獲得した。

因縁の優勝決定戦と新関脇への昇進

西前頭3枚目で迎えた令和7年(2025年)1月場所では、順調に白星を重ねて12勝3敗の好成績を挙げ、因縁のライバルである豊昇龍と優勝決定戦を争った。惜しくも敗れて優勝同点となったものの、その堂々たる戦いぶりから技能賞を受賞している。

続く同年3月場所では新関脇へと昇進した。この場所は6勝9敗と負け越して平幕へ番付を落としたが、直後の5月場所において、先の決定戦を制して横綱へと昇進していた豊昇龍から2つ目となる金星を奪う意地を見せた。その後も関脇や小結など三役の地位を含め、幕内上位で激闘を続けている。血脈の重圧を自らの力へと変え、さらなる高みを目指して現在の土俵を務めている。

💡 東京都出身一覧💡 大嶽部屋の力士

四股名
王鵬 幸之介(おうほう こうのすけ)
最高位
関脇
最新番付
西 前頭3枚目
出身地
東京都 江東区
本名
納谷 幸之介
生年月日
平成12年(2000)2月14日(26歳)
身長・体重
192cm・178kg
出身高校
埼玉栄高校
所属部屋
大嶽部屋
改名歴
納谷 → 王鵬
初土俵
平成30年(2018)1月(17歳11ヵ月)
新十両
令和3年(2021)1月(20歳11ヵ月)
新入幕
令和4年(2022)1月(21歳11ヵ月)
新小結
令和8年(2026)1月(25歳11ヵ月)
新関脇
令和7年(2025)3月(25歳1ヵ月)
優勝
序ノ口優勝1回
受賞・金星
技能賞1回,金星2個
通算成績
316勝269敗0休/584出場(勝率:54.1%)
直近7場所
42勝49敗
7場所勝率
46.2%
得意技
突き・押し
決まり手傾向(直近7場所)
王鵬が勝ちの決まり手(42勝)※不戦勝1含む
押し出し12
叩き込み10
肩透かし3
突き落とし3
寄り切り3
寄り倒し2
その他8
王鵬が負けの決まり手(48敗)
寄り切り16
押し出し7
上手投げ5
寄り倒し4
叩き込み4
突き出し2
その他10
令8年5月
西 前頭3枚目(変動なし)
0勝1敗
●    |     |     
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年3月
西 前頭3枚目(3枚半降下)
7勝8敗
●●○●●|○●○●○|○○●○●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年1月
東 小結(半枚降下)
4勝11敗
●●●○○|●●○○●|●●●●●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

▼ さらに過去の成績(4場所分)を見る
令7年11
西 関脇(3枚上昇)
7勝8敗
○○●●●|○●●○●|●●○○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年9月
西 前頭2枚目(半枚降下)
10勝5敗
●●○○●|●○○○○|○●○○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年7月
東 前頭2枚目(半枚降下)
7勝8敗(金星)
●●●○□|●●●○●|○●○○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年5月
西 前頭筆頭
7勝8敗
○○○●●|●●●●●|○●○○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

東京都出身の最高位:小結

國登 國生

  • 四股名 :國登 國生(くにのぼり くにお)
  • 最高位 :小結
  • 年寄名跡:11代佐ノ山
  • 出身地 :東京都板橋区
  • 本 名 :小川 國松⇒藤 國松
  • 生年月日:大正14年(1925)4月18日
  • 没年月日:平成7年(1995)10月3日(享年70歳)
  • 所属部屋:高砂部屋
  • 初土俵 :昭和15年(1940)5月(15歳1ヵ月)
  • 新十両 :昭和22年(1947)11月(22歳7ヵ月)
  • 新入幕 :昭和23年(1948)10月(23歳6ヵ月)
  • 新三役 :昭和29年(1954)1月(28歳9ヵ月)
  • 最終場所:昭和36年(1961)5月(36歳1ヵ月)
  • 生涯戦歴:432勝427敗56休1分/852出場(70場所)
  • 生涯勝率:50.3%
  • 優勝等 :幕内次点1回,十両優勝2回
  • 成 績 :殊勲賞2回,敢闘賞1回,金星4個
  • 幕内戦歴:292勝311敗50休1分(44場所)勝率:48.4%
  •   小結:11勝19敗(2場所)勝率:36.7%
  •   前頭:281勝292敗50休1分(42場所)勝率:49.0%
  • 十両戦歴:93勝88敗6休(13場所)勝率:51.4%

龍虎 勢朋

  • 四股名 :龍虎 勢朋(りゅうこ せいほう)
  • 最高位 :小結
  • 年寄名跡:16代放駒
  • 出身地 :東京都大田区
  • 本 名 :鈴木 忠清 (一清)
  • 生年月日:昭和16年(1941)1月9日
  • 所属部屋:花籠部屋
  • 改名歴 :鈴木山⇒花武蔵⇒若神山⇒花武蔵⇒龍虎
  • 初土俵 :昭和32年(1957)1月(16歳0ヵ月)
  • 新十両 :昭和42年(1967)3月(26歳2ヵ月)
  • 新入幕 :昭和43年(1968)3月(27歳2ヵ月)
  • 新三役 :昭和45年(1970)3月(29歳2ヵ月)
  • 最終場所:昭和50年(1975)5月(34歳4ヵ月)
  • 生涯戦歴:563勝511敗48休/1070出場(110場所)
  • 生涯勝率:52.4%
  • 優勝等 :幕内次点3回,十両優勝2回,幕下優勝2回
  • 成 績 :殊勲賞2回,敢闘賞4回,金星2個
  • 幕内戦歴:240勝262敗25休(36場所)勝率:47.8%
  •   小結:22勝38敗(4場所)勝率:36.7%
  •   前頭:218勝224敗25休(32場所)勝率:49.3%
  • 十両戦歴:85勝50敗15休(10場所)勝率:63.0%

黒瀬川 國行

東京都東村山市出身、旧伊勢ヶ濱部屋(平成19年(2007)閉鎖)の元力士で最高位は小結。理詰めの技能派力士だった。引退後は大鳴戸部屋を引き取って桐山部屋を創設、関取・徳瀬川などを育てた。

  • 四股名 :黒瀬川 國行(くろせがわ くにゆき)
  • 最高位 :小結
  • 年寄名跡:16代千賀ノ浦⇒20代桐山20代桐山
  • 出身地 :東京都東村山市
  • 本 名 :酒井 健作
  • 生年月日:昭和26年(1951)5月13日
  • 所属部屋:伊勢ヶ濱部屋
  • 改名歴 :酒井⇒照勢山⇒黒瀬川
  • 初土俵 :昭和41年(1966)1月(14歳8ヵ月)
  • 新十両 :昭和51年(1976)5月(25歳0ヵ月)
  • 新入幕 :昭和53年(1978)5月(27歳0ヵ月)
  • 新三役 :昭和55年(1980)1月(28歳8ヵ月)
  • 最終場所:昭和59年(1984)5月(33歳0ヵ月)
  • 生涯戦歴:561勝563敗11休/1122出場(111場所)
  • 生涯勝率:49.9%
  • 優勝等 :十両優勝1回,幕下優勝1回
  • 成 績 :金星3個
  • 幕内戦歴:173勝216敗1休(26場所)勝率:44.5%
  •   小結:11勝19敗(2場所)勝率:36.7%
  •   前頭:162勝197敗1休(24場所)勝率:45.1%
  • 十両戦歴:152勝155敗4休(21場所)勝率:49.5%

孝乃富士 忠雄

東京都大田区出身、九重部屋の元力士で最高位は小結。身体が大きかったことから九重(元横綱・北の富士)に勧誘され、昭和54年(1979)3月場所で初土俵を踏む。保志(のち横綱・北勝海)とは同部屋同期であり、のちに北勝海の土俵入りの際には太刀持ちを務めた。昭和60年(1985)3月場所で新十両昇進、約1年後の昭和61年(1986)5月場所で新入幕を果たす。

横綱・双羽黒には何故か強く、生涯2度の対戦でいずれも金星を奪った。東前頭9枚目で迎えた平成2年(1990)5月場所では11勝4敗と活躍し敢闘賞を受賞、翌場所には小結に昇進したが僅か2勝に終わり三役経験はこの1場所のみであった。

長身で懐が深く、右上手を取れば万全であったが立ち合いに迫力がなかったことから幕内上位には歯が立たなかった。引退後は本名の安田忠夫でプロレスに転向。

  • 四股名 :孝乃富士 忠雄(たかのふじ ただお)
  • 最高位 :小結
  • 出身地 :東京都大田区
  • 本 名 :安田 忠夫
  • 生年月日:昭和38年(1963)10月9日
  • 所属部屋:九重部屋
  • 改名歴 :安田⇒富士の森⇒孝乃富士
  • 初土俵 :昭和54年(1979)3月(15歳5ヵ月)
  • 新十両 :昭和60年(1985)3月(21歳5ヵ月)
  • 新入幕 :昭和61年(1986)5月(22歳7ヵ月)
  • 新三役 :平成2年(1990)7月(26歳9ヵ月)
  • 最終場所:平成4年(1992)5月(28歳7ヵ月)
  • 生涯戦歴:418勝459敗4休/876出場(80場所)
  • 生涯勝率:47.7%
  • 優勝等 :三段目同点1回
  • 成 績 :敢闘賞1回,金星2個
  • 幕内戦歴:212勝281敗2休(33場所)勝率:43.0%
  •   小結:2勝13敗(1場所)勝率:13.3%
  •   前頭:210勝268敗2休(32場所)勝率:43.9%
  • 十両戦歴:52勝68敗(8場所)勝率:43.3%

常幸龍 貴之

常幸龍 貴之(じょうこうりゅう たかゆき)東京都北区出身、北の湖 → 木瀬部屋の元力士で、最高位は小結

平成23年(2011)5月場所に22歳9ヶ月で初土俵を踏み、令和4年(2022)9月場所を最後に引退(34歳1ヶ月)。

通算成績は358勝340敗27休695出場。生涯勝率.513。通算68場所中、33場所を勝ち越した(勝ち越し率.493)。

主な成績は十両優勝1回幕下優勝1回三段目優勝2回,序二段同点1回,序ノ口優勝1回金星1個(日馬富士1個)。

昭和63年(1988)8月7日生まれ。本名は佐久間 貴之。

初土俵からの27連勝は史上1位の記録。四股名の「幸」は亡くなられた父親の名から1字を授かった。初土俵から所要20場所での新三役昇進を果たす。これは木瀬部屋初の三役力士でもあった。

四股名
常幸龍 貴之(じょうこうりゅう たかゆき)
最高位
小結
出身地
東京都北区
本名
佐久間 貴之
生年月日
昭和63年(1988)8月7日
出身高校
埼玉栄高校
出身大学
日本大学
所属部屋
北の湖 → 木瀬部屋
改名歴
佐久間山 貴之 → 常幸龍 貴之
初土俵
平成23年(2011)5月 前相撲(22歳9ヶ月)
新十両
平成24年(2012)5月(所要6場所)
23歳8ヶ月(初土俵から1年0ヶ月)
新入幕
平成24年(2012)11月(所要9場所)
24歳3ヶ月(初土俵から1年6ヶ月)
新小結
平成26年(2014)9月(所要20場所)
26歳1ヶ月(初土俵から3年4ヶ月)
最終場所
令和4年(2022)9月(34歳1ヶ月)
大相撲歴
68場所(11年4ヶ月)
通算成績
358勝340敗27休695出場(勝率.513)
通算68場所
勝ち越し33場所(勝ち越し率.493)(勝ち越し星121)
優勝等
十両優勝1回幕下優勝1回三段目優勝2回,序二段同点1回,序ノ口優勝1回
受賞・金星
金星1個
持給金
73円50銭(勝ち越し星121個 金星1個)
幕内戦歴
92勝121敗12休211出場(勝率.432)
在位15場所(在位率.221)
勝ち越し6場所(勝ち越し率.400)
小結戦歴
4勝11敗0休15出場(勝率.267)
在位1場所(在位率.015)
勝ち越し0場所(勝ち越し率.000)
前頭戦歴
88勝110敗12休196出場(勝率.444)
在位14場所(在位率.206)
勝ち越し6場所(勝ち越し率.429)
十両戦歴
130勝124敗1休253出場(勝率.512)
在位17場所(在位率.250)
勝ち越し10場所(勝ち越し率.588)
関取戦歴
222勝245敗13休464出場(勝率.475)
在位32場所(在位率.471)
勝ち越し16場所(勝ち越し率.500)
幕下以下歴
136勝95敗14休231出場(勝率.589)
在位35場所(在位率.515)
勝ち越し17場所(勝ち越し率.486)


千代大龍 秀政

千代大龍 秀政(ちよたいりゅう ひでまさ)東京都荒川区出身、九重部屋の元力士で、最高位は小結

平成23年(2011)5月場所に22歳5ヶ月で初土俵を踏み、令和4年(2022)11月場所を最後に引退(34歳0ヶ月)。

通算成績は463勝483敗50休938出場。生涯勝率.489。通算69場所中、32場所を勝ち越した(勝ち越し率.464)。

主な成績は十両優勝1回技能賞1回,金星3個(日馬富士2個、稀勢の里1個)

昭和63年(1988)11月14日生まれ。本名は明月院 秀政。

葛飾区の白鳥相撲教室出身。平成22年(2010)には全国学生相撲選手権大会で優勝を果たして学生横綱のタイトルを獲得、これは元小結垣添に次ぐ日体大2人目の学生横綱だった。幕下15枚目格付出での初土俵は蜂窩織炎のため途中休場となったが、その後3場所連続勝ち越しで十両に昇進、その新十両場所を優勝で飾った。強烈な立ち合いからの叩き込みは「MSP(明月院スペシャル)」と巷で呼ばれる強烈な武器。

令和4年(2022)11月場所8日目の朝に引退届を提出。

四股名
千代大龍 秀政(ちよたいりゅう ひでまさ)
最高位
小結
出身地
東京都荒川区
本名
明月院 秀政
生年月日
昭和63年(1988)11月14日
出身高校
足立新田高校
出身大学
日本体育大学
所属部屋
九重部屋
改名歴
明月院 秀政 → 千代大龍 秀政
初土俵
平成23年(2011)5月 幕下15枚目格付出(22歳5ヶ月)
新十両
平成24年(2012)1月(所要4場所)
23歳1ヶ月(初土俵から0年8ヶ月)
新入幕
平成24年(2012)5月(所要6場所)
23歳5ヶ月(初土俵から1年0ヶ月)
新小結
平成26年(2014)9月(所要20場所)
25歳10ヶ月(初土俵から3年4ヶ月)
最終場所
令和4年(2022)11月(34歳0ヶ月)
大相撲歴
69場所(11年6ヶ月)
通算成績
463勝483敗50休938出場(勝率.489)
通算69場所
勝ち越し32場所(勝ち越し率.464)(勝ち越し星100)
優勝等
十両優勝1回
受賞・金星
技能賞1回,金星3個
持給金
114円50銭(勝ち越し星100個 金星3個)
幕内戦歴
384勝433敗46休810出場(勝率.470)
在位58場所(在位率.841)
勝ち越し24場所(勝ち越し率.414)
小結戦歴
5勝21敗4休25出場(勝率.192)
在位2場所(在位率.029)
勝ち越し0場所(勝ち越し率.000)
前頭戦歴
379勝412敗42休785出場(勝率.479)
在位56場所(在位率.812)
勝ち越し24場所(勝ち越し率.429)
十両戦歴
63勝42敗0休105出場(勝率.600)
在位7場所(在位率.101)
勝ち越し5場所(勝ち越し率.714)
関取戦歴
447勝475敗46休915出場(勝率.485)
在位65場所(在位率.942)
勝ち越し29場所(勝ち越し率.446)
幕下以下歴
16勝8敗4休23出場(勝率.667)
在位4場所(在位率.058)
勝ち越し3場所(勝ち越し率.750)


翔猿 正也

翔猿 正也(とびざる まさや)は東京都 江戸川区出身、追手風部屋の力士で最高位は小結。令和8年5月場所の番付は東 前頭15枚目。

東京都江戸川区に生まれ、江戸川区立上一色小学校1年の頃に、兄(のちの前頭6枚目・英乃海)が通っていた台東区立小松竜道場へついて行ったことをきっかけに相撲を始めた。幼少期は野球など他のスポーツにも親しみプロ野球選手や保育士を志した時期もあったが、葛飾区立大道中学校へ進学するとともに葛飾白鳥相撲教室へと移籍し、全国中学校相撲選手権大会で団体優勝したことで相撲の楽しさに目覚める。埼玉栄高校を経て日本大学へと進学し、3年次には団体優勝に貢献したが、右足首の骨折により1年間相撲が取れない苦労も味わった。

追手風部屋入門と兄弟関取

大学時代に満足のいく結果を残せなかったことからプロ入りを決意する。すでに木瀬部屋に入門して関取となっていた兄と同じ部屋では甘えが出ると考え、大学の先輩である遠藤(のちの小結)や、幼馴染の剣翔(のちの前頭6枚目)が所属する追手風部屋へ入門し、平成27年(2015年)1月場所において初土俵を踏んだ。

幕下の土俵で地力を蓄え、平成29年(2017年)7月場所において新十両への昇進を決める。別々の部屋に入門した兄弟が同時に十両以上の番付に在位するのは、大相撲史上3組目の事例であった。この関取昇進を機に、本名から「翔猿」へと改名した。この四股名は、師匠である11代追手風(元前頭・大翔山)の四股名から「翔」の一字を頂き、自身が申年生まれであることと、猿のように土俵上を素早く動き回る自身の相撲スタイルに由来する。昇進時には「他の力士がまねできない速い相撲を取りたい」と意気込みを語った。

新入幕と「猿からゴリラへ」

十両の土俵で実力を磨き、令和2年(2020年)9月場所において新入幕を果たした。新入幕会見では「相手を翻弄して速い相撲、トリッキーな相撲を見せたい」と語り、その言葉通りに持ち味を存分に発揮して11勝4敗の好成績を収め、自身初となる敢闘賞を受賞する活躍を見せた。

その後も幕内の土俵で存在感を示し、東前頭筆頭で迎えた令和4年(2022年)9月場所では横綱・照ノ富士を破り自身初となる金星を獲得する。この場所を10勝5敗で終えて殊勲賞を受賞し、続く同年11月場所において念願の新三役となる小結へ昇進した。初土俵から所要46場所での三役昇進について「少しずつコツコツやってきたので、それが実った」と実感を込めつつ、「翔猿からゴリラになるように、もっとパワーをつけたい」「ただ食べて太るのではなく鍛えて太りたい」とさらなる進化への意欲を見せた。

機動力を生かした相撲

幕内の中では決して大きな体格ではないものの、四股名の通り土俵を縦横無尽に素早く動き回る機動力と敏捷性を最大の武器としている。一方で上位陣とも真っ向から組み合う力強さも増しており、令和5年(2023年)7月場所では照ノ富士と56秒に及ぶ長い相撲の末に寄り切りで2つ目の金星を獲得し、「極度の疲労により視界がおぼつかなかった」と死闘を振り返っている。相手を翻弄する軽快な立ち回りと鍛え上げたパワーを融合させ、最高峰の土俵において上位陣を幾度となく苦しめる個性的な相撲を展開している。

💡 東京都出身一覧💡 追手風部屋の力士

四股名
翔猿 正也(とびざる まさや)
最高位
小結
最新番付
東 前頭15枚目
出身地
東京都 江戸川区
本名
岩崎 正也
生年月日
平成4年(1992)4月24日(34歳)
身長・体重
173cm・140kg
出身高校
埼玉栄高校
出身大学
日本大学
所属部屋
追手風部屋
改名歴
岩崎 → 翔猿
初土俵
平成27年(2015)1月(22歳9ヵ月)
新十両
平成29年(2017)7月(25歳3ヵ月)
新入幕
令和2年(2020)9月(28歳5ヵ月)
新小結
令和4年(2022)11月(30歳7ヵ月)
優勝
無し
受賞・金星
殊勲賞1回,金星3個
通算成績
440勝411敗4休/848出場(勝率:51.9%)
直近7場所
39勝50敗2休
7場所勝率
44.3%
得意技
押し
決まり手傾向(直近7場所)
翔猿が勝ちの決まり手(38勝)
寄り切り8
叩き込み7
引き落とし5
押し出し5
掬い投げ2
寄り倒し2
その他9
翔猿が負けの決まり手(50敗)※不戦敗1含む
押し出し15
寄り切り13
叩き込み5
突き落とし3
押し倒し3
掬い投げ2
その他8
令8年5月
東 前頭15枚目(2枚降下)
1勝0敗
○    |     |     
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年3月
東 前頭13枚目(変動なし)
6勝9敗
●●○●●|●○●○●|○●○○●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年1月
東 前頭13枚目(3枚半降下)
7勝8敗
○●●●●|●●○●○|○○●○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

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令7年11
西 前頭9枚目(5枚半上昇)
6勝9敗
○●●○●|○●○●●|●○○●●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年9月
東 前頭15枚目(8枚降下)
9勝6敗
○○●○●|○○○●○|●●●○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年7月
東 前頭7枚目(半枚降下)
3勝10敗2休
●●○○●|●●○●●|●●■やや
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年5月
西 前頭6枚目
7勝8敗
●○○○●|○●●○●|○●●○●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

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