茨城県出身の力士一覧!過去から現在、茨城の主な関取を網羅しました

茨城出身の過去から現在までの主な力士をご紹介する茨城県の大相撲力士まとめ!この記事では茨城出身の関取を中心に、茨城の郷土力士をご紹介していきます。

過去の力士については最高位や改名歴、初土俵や各段の昇進時期と最終場所、さらに生涯戦歴と生涯勝率、成績等を中心にご紹介していきます。また、現役力士については最高位と昇進時期、主な成績などを載せています。

なお、年寄名跡欄のマークは、その代で師匠(部屋持ち親方)になったことがあるという意味です。

現役の茨城県出身力士の最新番付や成績、詳細なデータをご覧になりたい方はこちら


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★ 茨城県での巡業予定

茨城県巡業 鹿嶋市(4/15)

「大相撲鹿行鹿嶋場所」
開催日時:2026年4月15日(水)
巡業会場:カシマスポーツセンター(地図)
住  所:茨城県鹿嶋市神向寺23-2

公式サイト・関連情報

チケット購入方法等

公演などに関するお問い合わせ先

大相撲鹿行鹿嶋場所実行委員会

  • TEL:0299-94-5582
  • 平日10:00~17:00

茨城県巡業 笠間市(4/17)

「大相撲笠間場所」
開催日時:2026年4月17日(金)
巡業会場:笠間市民体育館(地図)
住  所:茨城県笠間市石井2068−1

公式サイト・関連情報

チケット購入方法等

公演などに関するお問い合わせ先

大相撲笠間場所実行委員会

  • TEL:047-409-7411
  • 平日10:00~16:00

茨城県巡業 石岡市(4/20)

「大相撲石岡場所」
開催日時:2026年4月20日(月)
巡業会場:茨城電設スポーツアリーナ石岡(地図)
住  所:茨城県石岡市南台3−34−1

公式サイト・関連情報

チケット購入方法等

公演などに関するお問い合わせ先

大相撲石岡場所実行委員会

  • TEL:050-5536-1591
  • 10:00~18:00(月曜休み)

茨城県巡業 つくばみらい市(8/28)

「大相撲つくばみらい場所」
開催日時:2026年8月28日(金)
巡業会場:日本スポーツ振興パークみらい体育館(地図)
住  所:茨城県つくばみらい市小張1770

チケット購入方法等

現在、チケット情報は未定または準備中です。

公演などに関するお問い合わせ先

大相撲つくばみらい場所事務局

  • TEL:0297-31-0181
  • 平日10:00~16:00

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茨城出身の優勝力士一覧

優勝制度が制定された明治42年(1909)6月場所以降、茨城出身の幕内最高優勝力士は7人が誕生しており、総優勝回数は9回になります。

茨城出身初優勝はいつで誰?

茨城出身力士で初の優勝は、明治43年(1910)1月場所で横綱だった常陸山でした。横綱で初優勝?と聞くと不思議な気がしますが、常陸山が横綱に昇進したのは明治37年(1904)1月場所でのこと、つまり優勝制度が制定される6年も前に横綱になっており、初優勝までには優勝相当の成績を7回もおさめています。

茨城出身最後の優勝力士は?

それでは茨城出身力士で最後の優勝力士は誰か?これは記憶に新しい稀勢の里で平成29年(2017)3月場所です。

この新横綱場所を初日から12連勝と快調に飛ばしていた稀勢の里ですが、13日の日馬富士戦で大怪我を負ってしまいました。

もはや出場は無理か?と思われた14日目でしたが左肩にテーピングを施しての強行出場。しかし結果は力なく鶴竜に寄り切られ、優勝争いは照ノ富士が単独トップになります。

迎えた千秋楽での優勝条件は照ノ富士から本割、優勝決定で2連勝する必要がありました。とても無理だと誰もが思ったこの「奇跡」を稀勢の里は執念の相撲で掴み取ります。いや、掴み取ってしまったと言えるかもしれません。この優勝の代償はとても大きなものになってしまいました。

茨城県出身の優勝力士一覧

では茨城県出身の幕内優勝力士を年月順で一覧表にして見てみましょう。

四股名 優勝場所 回数 優勝時の番付 部屋 出身地 最高位 成績 四股名 備考
1 常陸山 明治43年1月 東横綱 出羽海 茨城県 19代横綱 7勝0敗1休2分 常陸山 茨城出身力士初の優勝
※優勝制度制定以前に7回の優勝相当成績
2 朝潮 昭和8年1月 東前頭9枚目別席 佐渡ヶ嶽
1946
茨城県 34代横綱 11勝0敗 朝潮 春秋園事件からの復帰組の為、別席扱い
番付記載は朝潮だったが初日に男女ノ川に改名
3 男女ノ川 昭和9年1月 2回目 西関脇 佐渡ヶ嶽
1946
茨城県 34代横綱 9勝2敗 男女ノ川
4 若浪 昭和43年3月 東前頭8枚目 立浪 茨城県 小結 13勝2敗 若浪
5 多賀竜 昭和59年9月 西前頭12枚目 鏡山 茨城県 関脇 13勝2敗 多賀竜 蔵前国技館最後の本場所優勝
6 水戸泉 平成4年7月 西前頭筆頭 高砂 茨城県 関脇 13勝2敗 水戸泉
7 武双山 平成12年1月 東関脇2 武蔵川
(現・藤島)
茨城県 大関 13勝2敗 武双山
8 稀勢の里 平成29年1月 東大関 田子ノ浦 茨城県 72代横綱 14勝1敗 稀勢の里
9 稀勢の里 平成29年3月 2回目 西横綱2 田子ノ浦 茨城県 72代横綱 13勝2敗 稀勢の里 22年ぶり史上9人目の
新横綱昇進場所優勝

ちなみに男女ノ川が初優勝した時の番付の四股名は「朝潮」になっていますが、この番付は本来の番付とは別に春秋園事件からの復帰組のために作られた「特別な番付」でした。

高砂部屋伝統の朝潮を名乗っていた男女ノ川でしたが、春秋園事件で協会を一時脱退したことに激怒した3代高砂(朝潮2代)から朝潮の四股名を剥奪され、佐渡ヶ嶽部屋へ転属となってしまいました。こうして迎えた昭和8年1月場所の初日に四股名を「男女ノ川」に改めて、心機一転本場所の土俵に上がったのです。

茨城県出身の優勝力士ランキング

次に優勝回数をランキングにしてみてみましょう。稀勢の里と男女ノ川が2回ずつで1位となってはいますが、優勝制度制定以前に7度の優勝相当成績をあげている常陸山の存在も見逃せません。

順位 四股名 優勝 最高位 部屋 出身地 勝数 敗数 横綱 大関 関脇 小結 前頭
1位 稀勢の里 2回 72代横綱 田子ノ浦 茨城県 27勝 3敗 1回 1回 0回 0回 0回
1位 男女ノ川 2回 34代横綱 佐渡ヶ嶽
1946
茨城県 20勝 2敗 0回 0回 1回 0回 1回
3位 武双山 1回 大関 藤島 茨城県 13勝 2敗 0回 0回 1回 0回 0回
3位 若浪 1回 小結 立浪 茨城県 13勝 2敗 0回 0回 0回 0回 1回
3位 多賀竜 1回 関脇 鏡山 茨城県 13勝 2敗 0回 0回 0回 0回 1回
3位 水戸泉 1回 関脇 高砂 茨城県 13勝 2敗 0回 0回 0回 0回 1回
3位 常陸山 1回 19代横綱 出羽海 茨城県 7勝 0敗 1回 0回 0回 0回 0回

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茨城県出身の最高位:横綱

第19代横綱 常陸山 谷右エ門

茨城県水戸市出身、出羽ノ海部屋の元力士で最高位は横綱。明治後期の相撲黄金時代を築いた「角聖」は一代で部屋を角界一の大部屋へ、国技館建設などにも尽力。

  • 四股名 :常陸山 谷右エ門(ひたちやま たにえもん)
  • 最高位 :第19代横綱
  • 年寄名跡:5代出羽ノ海
  • 出身地 :茨城県水戸市
  • 本 名 :市毛 谷⇒市毛 谷右衛門
  • 生年月日:明治7年(1874)1月19日
  • 没年月日:大正11年(1922)6月19日(享年48歳)
  • 所属部屋:入間川⇒出羽ノ海⇒三ツ湊(名古屋)⇒中村(大阪)⇒出羽ノ海部屋
  • 改名歴 :御西山⇒常陸山
  • 初土俵 :明治25年(1892)6月・序ノ口(18歳5ヵ月)
  • 新十両 :明治31年(1898)5月(24歳4ヵ月)
  • 新入幕 :明治32年(1899)1月(25歳0ヵ月)
  • 新三役 :明治33年(1900)5月(26歳4ヵ月)
  • 新大関 :明治34年(1901)5月(27歳4ヵ月)
  • 横綱昇進:明治37年(1904)1月(30歳0ヵ月)
  • 最終場所:大正3年(1914)5月(40歳4ヵ月)
  • 生涯戦歴:159勝15敗131休23分2預/199出場(33場所)
  • 生涯勝率:91.4%
  • 優勝等 :幕内優勝1回(次点2)優勝相当6回
  • 幕内戦歴:150勝15敗131休22分2預(32場所)勝率:90.9%
  •   横綱:83勝10敗108休17分2預(22場所)勝率:89.2%
  •   大関:37勝3敗9休1分(5場所)勝率:92.5%
  •   関脇:15勝1敗2休2分(2場所)勝率:93.8%
  •   前頭:15勝1敗12休2分(3場所)勝率:93.8%
  • 十両戦歴:9勝0敗1分(1場所)勝率:100.0%

第34代横綱 男女ノ川 登三

男女ノ川 登三(みなのがわ とうぞう)茨城県筑波郡菅間村(現・つくば市)出身、高砂 → 佐渡ヶ嶽部屋の元力士で、最高位は第34代横綱

大正13年(1924)1月場所に20歳3ヶ月で初土俵を踏み、昭和17年(1942)1月場所を最後に引退(38歳4ヶ月)。

通算成績は294勝155敗34休1分449出場。生涯勝率.655。通算46場所中、34場所を勝ち越した(勝ち越し率.756)。

主な成績は幕内優勝2回(次点5),三段目優勝1回金星2個(常ノ花1個、玉錦1個)。

本名は坂田 供次郎。明治36年(1903)9月17日生まれ。昭和46年(1971)1月20日逝去(享年67歳)。

四股名は筑波山に源流を持つ川の名から。仁王様のような風貌と怪力で強かったが、勝負にムラがあり意外に脆い面も。引退後は理事を務めたこともあったがその後、衆院選に出馬したり、保険の外交員や私立探偵をしたりと転々とした後半生を送った。

四股名
男女ノ川 登三(みなのがわ とうぞう)
最高位
第34代横綱
年寄名跡
特権年寄 男女ノ川 登三
出身地
茨城県筑波郡菅間村(現・つくば市)
本名
坂田 供次郎
生年月日
明治36年(1903)9月17日
没年月日
昭和46年(1971)1月20日(享年67歳)
所属部屋
高砂 → 佐渡ヶ嶽 → 高砂 → 佐渡ヶ嶽部屋
改名歴
男女ノ川 供二郎 → 男女ノ川 供治郎 → 男女ノ川 供次郎 → 朝潮 供次郎 → 男女ノ川 登三
初土俵
大正13年(1924)1月 前相撲(20歳3ヶ月)
新十両
昭和2年(1927)1月(所要6場所)
23歳3ヶ月(初土俵から3年0ヶ月)
新入幕
昭和3年(1928)1月(所要10場所)
24歳3ヶ月(初土俵から4年0ヶ月)
新小結
昭和5年(1930)1月(所要18場所)
26歳3ヶ月(初土俵から6年0ヶ月)
新関脇
昭和6年(1931)1月(所要22場所)
27歳3ヶ月(初土俵から7年0ヶ月)
新大関
昭和9年(1934)5月(所要30場所)
30歳7ヶ月(初土俵から10年4ヶ月)
横綱昇進
昭和11年(1936)5月(所要34場所)
32歳7ヶ月(初土俵から12年4ヶ月)
最終場所
昭和17年(1942)1月(38歳4ヶ月)
大相撲歴
46場所(18年0ヶ月)
通算成績
294勝155敗34休1分449出場(勝率.655)
通算46場所
勝ち越し34場所(勝ち越し率.756)
優勝等
幕内優勝2回(次点5),三段目優勝1回
受賞・金星
金星2個
幕内戦歴
247勝136敗33休1分383出場(勝率.645)
在位36場所(在位率.783)
勝ち越し27場所(勝ち越し率.750)
横綱戦歴
87勝55敗22休141出場(勝率.613)
在位12場所(在位率.261)
勝ち越し9場所(勝ち越し率.750)
大関戦歴
31勝13敗0休44出場(勝率.705)
在位4場所(在位率.087)
勝ち越し3場所(勝ち越し率.750)
三役戦歴
49勝28敗11休77出場(勝率.636)
在位8場所(在位率.174)
勝ち越し6場所(勝ち越し率.750)
関脇戦歴
27勝17敗11休44出場(勝率.614)
在位5場所(在位率.109)
勝ち越し3場所(勝ち越し率.600)
小結戦歴
22勝11敗0休33出場(勝率.667)
在位3場所(在位率.065)
勝ち越し3場所(勝ち越し率1.000)
前頭戦歴
80勝40敗0休1分121出場(勝率.667)
在位12場所(在位率.261)
勝ち越し9場所(勝ち越し率.750)
十両戦歴
23勝13敗1休36出場(勝率.639)
在位4場所(在位率.087)
勝ち越し2場所(勝ち越し率.500)
関取戦歴
270勝149敗34休1分419出場(勝率.644)
在位40場所(在位率.870)
勝ち越し29場所(勝ち越し率.725)
幕下以下歴
24勝6敗0休30出場(勝率.800)
在位5場所(在位率.109)
勝ち越し5場所(勝ち越し率1.000)


第72代横綱 稀勢の里 寛

稀勢の里 寛(きせのさと ゆたか)茨城県牛久市出身、鳴戸~田子ノ浦部屋の元力士で、最高位は第72代横綱

平成14年(2002)3月場所に15歳8ヶ月で初土俵を踏み、平成31年(2019)1月場所を最後に引退(32歳6ヶ月)。

通算成績は800勝496敗97休1289出場。生涯勝率.617。通算101場所中、72場所を勝ち越した(勝ち越し率.720)。

主な成績は幕内優勝2回(次点12),幕下優勝1回,三段目同点1回。殊勲賞5回,敢闘賞3回,技能賞1回,金星3個(朝青龍1個、白鵬2個)。

昭和61年(1986)7月3日生まれ。本名は萩原 寛。

十両昇進に新入幕、ともに貴花田に次ぐ戦後2位の年少記録。四股名は「稀な勢いで駆け上がる」との想いで先代の師匠が名付けてくれた。しかし入幕から7年目での大関昇進を目前にして先代の師匠が急逝。また大関で5年も足踏みするなど、その名の通りにはいかなかったが平成29年1月場所でようやく悲願の初優勝をあげ横綱へと昇進。翌場所は怪我をおして奇跡の大逆転で連覇を果たした。しかしその代償はあまりにも大きく、平成31年1月場所で引退となった。

令和3年(2021)8月1日付で田子ノ浦部屋から分家独立、荒磯部屋を創設した。さらに同年12月24日に二所ノ関の名跡を襲名、部屋を二所ノ関部屋へと改める。

年寄
13代・二所ノ関 寛
四股名
稀勢の里 寛(きせのさと ゆたか)
最高位
第72代横綱
年寄名跡
16代荒磯 寛16代荒磯 寛13代二所ノ関 寛
出身地
茨城県牛久市
本名
萩原 寛
生年月日
昭和61年(1986)7月3日(39歳)
所属部屋
鳴戸~田子ノ浦部屋
改名歴
萩原 寛 → 稀勢の里 寛
初土俵
平成14年(2002)3月 前相撲(15歳8ヶ月)
新十両
平成16年(2004)5月(所要13場所)
17歳10ヶ月(初土俵から2年2ヶ月)
新入幕
平成16年(2004)11月(所要16場所)
18歳4ヶ月(初土俵から2年8ヶ月)
新小結
平成18年(2006)7月(所要26場所)
20歳0ヶ月(初土俵から4年4ヶ月)
新関脇
平成21年(2009)3月(所要42場所)
22歳8ヶ月(初土俵から7年0ヶ月)
新大関
平成24年(2012)1月(所要58場所)
25歳6ヶ月(初土俵から9年10ヶ月)
横綱昇進
平成29年(2017)3月(所要89場所)
30歳8ヶ月(初土俵から15年0ヶ月)
最終場所
平成31年(2019)1月(32歳6ヶ月)
大相撲歴
101場所(16年10ヶ月)
通算成績
800勝496敗97休1289出場(勝率.617)
通算101場所
勝ち越し72場所(勝ち越し率.720)
優勝等
幕内優勝2回(次点12),幕下優勝1回,三段目同点1回
受賞・金星
殊勲賞5回,敢闘賞3回,技能賞1回,金星3個
幕内戦歴
714勝453敗97休1160出場(勝率.612)
在位85場所(在位率.842)
勝ち越し59場所(勝ち越し率.694)
横綱戦歴
36勝36敗97休66出場(勝率.500)
在位12場所(在位率.119)
勝ち越し2場所(勝ち越し率.167)
大関戦歴
332勝133敗0休464出場(勝率.714)
在位31場所(在位率.307)
勝ち越し30場所(勝ち越し率.968)
三役戦歴
177勝153敗0休330出場(勝率.536)
在位22場所(在位率.218)
勝ち越し14場所(勝ち越し率.636)
関脇戦歴
86勝64敗0休150出場(勝率.573)
在位10場所(在位率.099)
勝ち越し7場所(勝ち越し率.700)
小結戦歴
91勝89敗0休180出場(勝率.506)
在位12場所(在位率.119)
勝ち越し7場所(勝ち越し率.583)
前頭戦歴
169勝131敗0休300出場(勝率.563)
在位20場所(在位率.198)
勝ち越し13場所(勝ち越し率.650)
十両戦歴
26勝19敗0休45出場(勝率.578)
在位3場所(在位率.030)
勝ち越し3場所(勝ち越し率1.000)
関取戦歴
740勝472敗97休1205出場(勝率.611)
在位88場所(在位率.871)
勝ち越し62場所(勝ち越し率.705)
幕下以下歴
60勝24敗0休84出場(勝率.714)
在位12場所(在位率.119)
勝ち越し10場所(勝ち越し率.833)


第7代横綱 稲妻 雷五郎

「知性、仁徳、勇気」が土俵哲学、風流の道にも秀でて書や俳句を数多く残した

  • 四股名 :稲妻 雷五郎(いなづま らいごろう)
  • 最高位 :大関(横綱免許)第7代横綱
  • 出身地 :茨城県稲敷郡
  • 本 名 :根本 才助
  • 生年月日:享和2年(1802)
  • 没年月日:明治10年(1877)3月29日(享年75歳)
  • 所属部屋:佐渡ヶ嶽⇒錦島部屋
  • 改名歴 :槇ノ島⇒槙ノ島⇒稲妻
  • 初土俵 :文政4年(1821)2月・二段目付出(19歳)
  • 新入幕 :文政7年(1824)10月(22歳)
  • 新三役 :文政8年(1825)1月(23歳)
  • 横綱免許:文政11年(1828)7月(26歳)京都五条家
  • 新大関 :文政11年(1828)10月(26歳)
  • 横綱免許:文政12年(1829)9月(27歳)吉田司家
  • 最終場所:天保10年(1839)11月(37歳)
  • 生涯戦歴:147勝17敗73休14分4預1無/183出場(28場所)
  • 生涯勝率:89.6%
  • 優勝等 :優勝相当10回
  • 幕内戦歴:130勝13敗73休14分3預1無(25場所)勝率:90.9%
  •   大関:92勝9敗62休12分1預1無(19場所)勝率:91.1%
  •   関脇:18勝1敗5休2分1預(3場所)勝率:94.7%
  •   小結:13勝3敗4休(2場所)勝率:81.3%
  •   前頭:7勝0敗2休1預(1場所)勝率:100.0%
  • 十両戦歴:17勝4敗1預(3場所)勝率:81.0%

茨城県出身の最高位:大関

大内山 平吉

身長2m越えの長身力士、四方の房に頭がぶつかるほどで吊り屋根の高さが引き上げられるきっかけに。綱取りも期待されたが膝の怪我で叶わなかった

  • 四股名 :大内山 平吉(おおうちやま へいきち)
  • 最高位 :大関
  • 年寄名跡:11代錣山⇒10代立田山
  • 出身地 :茨城県ひたちなか市
  • 本 名 :大内 平吉
  • 生年月日:大正15年(1926)6月19日
  • 没年月日:昭和60年(1985)11月1日(享年59歳)
  • 所属部屋:双葉山⇒時津風部屋
  • 改名歴 :大内⇒大内山
  • 初土俵 :昭和19年(1944)1月(17歳7ヵ月)
  • 新十両 :昭和22年(1947)11月(21歳5ヵ月)
  • 新入幕 :昭和24年(1949)1月(22歳7ヵ月)
  • 新三役 :昭和26年(1951)5月(24歳11ヵ月)
  • 新大関 :昭和30年(1955)5月(28歳11ヵ月)
  • 最終場所:昭和34年(1959)3月(32歳9ヵ月)
  • 生涯戦歴:347勝278敗53休/621出場(51場所)
  • 生涯勝率:55.5%
  • 優勝等 :幕内同点1・次点1回,幕下優勝1回
  • 成 績 :殊勲賞1回,金星2個
  • 幕内戦歴:304勝256敗53休(41場所)勝率:54.3%
  •   大関:55勝40敗10休(7場所)勝率:57.9%
  •   関脇:66勝52敗2休(8場所)勝率:55.9%
  •   小結:20勝10敗(2場所)勝率:66.7%
  •   前頭:163勝154敗41休(24場所)勝率:51.4%
  • 十両戦歴:21勝12敗(3場所)勝率:63.6%

武双山 正士

武双山 正士 (むそうやま まさし)茨城県水戸市出身、武蔵川部屋の元力士で、最高位は大関

平成5年(1993)1月場所に20歳11ヶ月で初土俵を踏み、平成16年(2004)11月場所を最後に引退(32歳9ヶ月)。

通算成績は554勝377敗122休921出場。生涯勝率.602。通算72場所中、53場所を勝ち越した(勝ち越し率.736)。

主な成績は幕内優勝1回(次点4)、幕下優勝2回殊勲賞5回、敢闘賞4回、技能賞4回、金星2個(曙1個、貴乃花1個)

昭和47年(1972)2月14日生まれ。本名は尾曽 武人。

アマチュア横綱を獲得して角界入りした「平成の怪物」、魁皇は最大のライバルであり良き親友。

四股名
武双山 正士 (むそうやま まさし)
最高位
大関
年寄名跡
18代藤島 武人(武蔵川) → 18代藤島 武人
出身地
茨城県水戸市
本名
尾曽 武人
生年月日
昭和47年(1972)2月14日(54歳)
出身高校
水戸農業高校
出身大学
専修大学
所属部屋
武蔵川部屋
改名歴
尾曽 武人 → 武双山 正士
初土俵
平成5年(1993)1月 幕下60枚目付出(20歳11ヶ月)
新十両
平成5年(1993)5月(所要2場所)
21歳3ヶ月(初土俵から0年4ヶ月)
新入幕
平成5年(1993)9月(所要4場所)
21歳7ヶ月(初土俵から0年8ヶ月)
新小結
平成7年(1995)1月(所要12場所)
22歳11ヶ月(初土俵から2年0ヶ月)
新関脇
平成6年(1994)3月(所要7場所)
22歳1ヶ月(初土俵から1年2ヶ月)
新大関
平成12年(2000)5月(所要44場所)
28歳3ヶ月(初土俵から7年4ヶ月)
最終場所
平成16年(2004)11月場所(32歳9ヶ月)
大相撲歴
72場所(11年10ヶ月)
通算成績
554勝377敗122休921出場(勝率.602)
通算72場所
勝ち越し53場所(勝ち越し率.736)(勝ち越し星222)
優勝等
幕内優勝1回(次点4),幕下優勝2回
受賞・金星
殊勲賞5回,敢闘賞4回,技能賞4回,金星2個(曙1個、貴乃花1個)
持給金
209円(勝ち越し星222個 優勝1回 金星2個)
大関戦歴
186勝148敗60休327出場(勝率.569)
在位27場所(在位率.375)
勝ち越し19場所(勝ち越し率.704)
幕内戦歴
520勝367敗122休877出場(勝率.593)
在位68場所(在位率.944)
勝ち越し49場所(勝ち越し率.721)
三役戦歴
255勝178敗32休430出場(勝率.593)
在位31場所(在位率.431)
勝ち越し22場所(勝ち越し率.710)
関脇戦歴
177勝111敗12休287出場(勝率.617)
在位20場所(在位率.278)
勝ち越し14場所(勝ち越し率.700)
小結戦歴
78勝67敗20休143出場(勝率.545)
在位11場所(在位率.153)
勝ち越し8場所(勝ち越し率.727)
前頭戦歴
79勝41敗30休120出場(勝率.658)
在位10場所(在位率.139)
勝ち越し8場所(勝ち越し率.800)
十両戦歴
20勝10敗0休30出場(勝率.667)
在位2場所(在位率.028)
勝ち越し2場所(勝ち越し率1.000)
関取戦歴
540勝377敗122休907出場(勝率.595)
在位70場所(在位率.972)
勝ち越し51場所(勝ち越し率.729)
幕下以下歴
14勝0敗0休14出場(勝率1.000)
在位2場所(在位率.028)
勝ち越し2場所(勝ち越し率1.000)

武双山 正士の更に詳細なデータは力士名鑑で!

名鑑ページでは、以下のような詳細な分析データをはじめ、豊富な表やグラフをご覧いただけます。

  • ✅ 勝った決まり手1位:押し出し(225回 / 40.6%)
  • ✅ 負けた決まり手1位:寄り切り(112回 / 29.7%)
  • ✅ 得意な相手:琴錦(22勝7敗 / 勝率.759)
  • ✅ 苦手な相手:貴乃花(10勝26敗 / 勝率.278)

雅山 哲士

雅山 哲士 (みやびやま てつし)茨城県水戸市出身、武蔵川~藤島部屋の元力士で、最高位は大関

平成10年(1998)7月場所に20歳11ヶ月で初土俵を踏み、平成25年(2013)3月場所を最後に引退(35歳7ヶ月)。

通算成績は654勝582敗68休1233出場。生涯勝率.530。通算88場所中、49場所を勝ち越した(勝ち越し率.557)。

主な成績は幕内(同点1 次点3)、十両優勝2回、幕下優勝2回殊勲賞2回、敢闘賞5回、技能賞1回、金星2個(朝青龍2個)

昭和52年(1977)7月28日生まれ。本名は竹内 雅人。

初土俵から所要12場所という戦後最速タイ記録で大関へと駆け上がり、「平成の新怪物」として土俵に旋風を巻き起こした雅山は、大相撲史に残る名力士である。怪我により短期間で大関の座を失った後も不屈の闘志で土俵に立ち続け、十両陥落から三役に返り咲くという史上初の快挙を成し遂げた。引退後は自ら部屋を創設し、師匠として後進の育成に情熱を注いでいる。

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「平成の新怪物」と戦後最速の大関昇進

茨城県水戸市に生まれ、小学生の頃から地元の水戸尾曽相撲道場に通い、尾曽(のちの大関・武双山(18代藤島))の父から相撲の指導を受けた。明治大学に進学すると、2年次に東日本学生相撲個人体重無差別級で優勝、3年次に全日本大学選抜相撲宇和島大会で優勝して大学タイトル2冠を達成する。

この実績を引っ提げて大学を中退し、平成10年(1998年)7月場所に武蔵川部屋から幕下60枚目格付出で初土俵を踏んだ。入門当初は本名の「竹内」を名乗っていたが、幕下で2場所連続の全勝優勝を飾ると、同年11月場所での新十両昇進を機に「雅山」へと改名した。十両の地位も2場所連続優勝で通過し、初土俵から4場所連続優勝という圧倒的な強さで平成11年(1999年)3月場所に新入幕を果たす。

その強烈な突き押し相撲から「平成の新怪物(20世紀最後の怪童)」と称され、勢いそのままに番付を駆け上がった。平成12年(2000年)5月場所後に22歳で大関へ昇進。初土俵から所要12場所での大関昇進は、年6場所制となった昭和33年以降では豊山と並ぶ戦後最速タイという歴史的スピード出世であった。

怪我による大関陥落と不屈の闘志

将来の横綱を嘱望されたが、大関昇進後は右肩の腱板断裂寸前という重傷や足の怪我に苦しめられることとなる。怪我を押して強行出場を続けたものの、大関在位中は一度も二桁勝利を挙げることができず、在位わずか8場所で大関から陥落してしまう。

一気に番付を駆け上がった勇姿から一転して苦難の道を歩むことになったが、雅山の真の凄みはここからの戦いざまにあった。「自分も大関の頃、下位力士の抵抗に苦しめられた。そういう存在になれればいい」とあえて敵役に徹し、若手力士たちに対して徹底的に「怖い存在」としてのプレッシャーを与え、彼らの高い壁となって立ちはだかった。また、「元大関」と呼ばれることを嫌って再び大関へ戻るという強い矜持を持っていたため、大関戦で勝利してもインタビュールームへは足を運ばなかった。

大関陥落後しばらくは四つ相撲も交えていたが、やがて突き押しと引き技に徹するようになる。特に、相手の足が揃うのを一瞬で見極めて繰り出す「叩き」には並々ならぬこだわりを持ち、「誰からも教わることができないからこそ、最高の技術なのではないかと自負している」と、自身の真骨頂として誇っていた。独自の相撲スタイルと強烈な意地を武器に幕内上位から中位の土俵で存在感を示し続け、平成18年(2006年)5月場所では14勝1敗の好成績を挙げて白鵬と優勝決定戦を演じている。結果的に、大関から陥落したのち、関脇以下の地位を68場所にわたって務め上げることとなる。

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史上初の元大関による十両からの三役復帰

平成22年(2010年)に発覚した大相撲野球賭博問題に関与したとして、同年7月場所で1場所の出場停止処分を受け、翌9月場所では十両へ陥落する。大関経験者の十両陥落は大受以来、史上2人目のことであった。

この大きな試練の中にあっても自らの相撲と向き合い続け、陥落した十両を12勝3敗の好成績でわずか1場所で通過して幕内へ復帰する。その後も徐々に番付を上げ、平成24年(2012年)1月場所において小結に返り咲いた。十両に陥落した元大関が三役復帰を果たしたのは、大相撲史上初の快挙であった。

満身創痍の引退と二子山部屋の創設

晩年は両膝の慢性的な痛みや内臓疾患を抱え、満身創痍の状態で土俵を務めた。平成25年(2013年)3月場所で再び十両へ陥落し、東十両9枚目で3勝12敗となったこの場所を最後に、現役引退を決断。「まだ負けないという気力はあるが、体がついていかない」と心境を語り、波乱万丈な土俵人生に幕を下ろした。

引退後は年寄「二子山」を襲名し、藤島部屋(旧・武蔵川部屋)の部屋付き親方として後進の指導にあたったのち、平成30年(2018年)4月に独立して二子山部屋を創設した。解説者としては立ち合いの変化に厳しい苦言を呈するなど、真っ向勝負の突き押し相撲への強いこだわりを見せており、その信念は現在も自らの弟子たちへと熱く受け継がれている。

四股名
雅山 哲士 (みやびやま てつし)
最高位
大関
年寄名跡
14代二子山 雅人(藤島) → 14代二子山 雅高(藤島) → 14代二子山 雅高
出身地
茨城県水戸市
本名
竹内 雅人
生年月日
昭和52年(1977)7月28日(48歳)
出身高校
水戸農業高校
出身大学
明治大学・中退
所属部屋
武蔵川~藤島部屋
改名歴
竹内 雅人 → 雅山 哲士
初土俵
平成10年(1998)7月 幕下60枚目付出(20歳11ヶ月)
新十両
平成10年(1998)11月(所要2場所)
21歳3ヶ月(初土俵から0年4ヶ月)
新入幕
平成11年(1999)3月(所要4場所)
21歳7ヶ月(初土俵から0年8ヶ月)
新小結
平成12年(2000)1月(所要9場所)
22歳5ヶ月(初土俵から1年6ヶ月)
新関脇
平成12年(2000)3月(所要10場所)
22歳7ヶ月(初土俵から1年8ヶ月)
新大関
平成12年(2000)7月(所要12場所)
22歳11ヶ月(初土俵から2年0ヶ月)
最終場所
平成25年(2013)3月場所(35歳7ヶ月)
大相撲歴
88場所(14年8ヶ月)
通算成績
654勝582敗68休1233出場(勝率.530)
通算88場所
勝ち越し49場所(勝ち越し率.557)(勝ち越し星213)
優勝等
幕内(同点1 次点3),十両優勝2回,幕下優勝2回
受賞・金星
殊勲賞2回,敢闘賞5回,技能賞1回,金星2個(朝青龍2個)
持給金
159円50銭(勝ち越し星213個 金星2個)
大関戦歴
57勝58敗5休114出場(勝率.500)
在位8場所(在位率.091)
勝ち越し4場所(勝ち越し率.500)
幕内戦歴
599勝563敗68休1159出場(勝率.517)
在位82場所(在位率.932)
勝ち越し44場所(勝ち越し率.537)
三役戦歴
145勝125敗30休270出場(勝率.537)
在位20場所(在位率.227)
勝ち越し11場所(勝ち越し率.550)
関脇戦歴
104勝76敗30休180出場(勝率.578)
在位14場所(在位率.159)
勝ち越し9場所(勝ち越し率.643)
小結戦歴
41勝49敗0休90出場(勝率.456)
在位6場所(在位率.068)
勝ち越し2場所(勝ち越し率.333)
前頭戦歴
397勝380敗33休775出場(勝率.512)
在位54場所(在位率.614)
勝ち越し29場所(勝ち越し率.537)
十両戦歴
41勝19敗0休60出場(勝率.683)
在位4場所(在位率.045)
勝ち越し3場所(勝ち越し率.750)
関取戦歴
640勝582敗68休1219出場(勝率.525)
在位86場所(在位率.977)
勝ち越し47場所(勝ち越し率.547)
幕下以下歴
14勝0敗0休14出場(勝率1.000)
在位2場所(在位率.023)
勝ち越し2場所(勝ち越し率1.000)

雅山 哲士の更に詳細なデータは力士名鑑で!

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  • ✅ 勝った決まり手1位:押し出し(179回 / 27.4%)
  • ✅ 負けた決まり手1位:寄り切り(129回 / 22.1%)
  • ✅ 得意な相手:玉乃島(19勝3敗 / 勝率.864)
  • ✅ 苦手な相手:朝青龍(5勝34敗 / 勝率.128)

高安 晃

高安 晃(たかやす あきら)は茨城県 土浦市出身、田子ノ浦部屋の力士で最高位は大関。令和8年3月場所の番付は西 関脇。

茨城県土浦市に生まれ、小中学校時代は野球に打ち込んでおり相撲には関心がなかった。しかし、父の勧めで中学卒業後に鳴戸部屋へ入門し、平成17年(2005年)3月場所に本名で初土俵を踏んだ。

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父の大手術と猛稽古による飛躍

恵まれた体格を持っていたものの、入門当初は厳しい環境に馴染めず、松戸の部屋から土浦の実家まで自転車を漕いで逃げ帰るなど、部屋からの脱走を都合7度も繰り返した。そのため、周囲からの期待は決して高くはなかった。この相撲に対する姿勢が変わる転機となったのは、父が癌の大手術を受けたことであった。

これを機に心機一転して稽古に打ち込むようになり、同部屋の兄弟子である稀勢の里(のちの第72代横綱)の胸を借りた厳しい稽古によって実力を開花させた。着実に地力をつけ、平成22年(2010年)11月場所において、平成生まれの力士として初めてとなる新十両昇進を果たした。

師匠の急逝と、平成生まれ初の三役

さらに平成23年(2011年)7月場所で新入幕を果たす。しかし同年11月、初代師匠である13代鳴戸(元横綱・隆の里)が場所直前に急逝するという悲報に見舞われる。「入門して7年、温かく見守ってくれていた師匠に恩返しができなかった」??その言葉を胸に刻み、高安は土俵に立ち続けた。

平成25年(2013年)9月場所では平成生まれとして初めて三役(小結)に昇進。一進一退を繰り返しながらも、着実に番付を上げていった。

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大関昇進と、口上に込めた四文字

関脇の地位に定着した平成29年(2017年)は、3月場所で12勝3敗、続く5月場所でも11勝4敗の好成績を収め、場所後に念願の大関昇進を果たした。フィリピンにルーツを持つ力士として史上初の大関誕生でもあった。昇進伝達式の口上では「大関の名に恥じぬよう、正々堂々精進します」と述べた。「正々堂々」は三役に定着する1年ほど前から温めていた言葉であり、亡き師匠への誓いが凝縮されていた。

土俵入り後の突如休場と大関陥落

大関昇進後も幾度となく優勝力士に次ぐ好成績を残したが、怪我の影響などもあり苦しい土俵が続いた。3度目の角番で迎えた令和元年(2019年)11月場所では、中日に土俵入りを済ませた直後、支度部屋での準備中に腰痛の悪化を訴えて突如休場を発表。土俵入りの後にいきなり休場が発表されるという大相撲史上初の出来事は、客席を大きくざわつかせた。この場所を負け越したことで、大関在位15場所での陥落が決まった。

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不屈の土俵と、懐の深い相撲

大関陥落後も幕内の上位に留まり続け、幾度も優勝争いへ加わった。令和7年(2025年)3月場所でも平幕の地位で12勝3敗を挙げて9回目となる優勝次点の成績を残す。さらに技能賞と金星を獲得するなど、ベテランの域に達してもなお第一線で実力を示している。

突き押しで前に出て四つに組み止める相撲は「型がない」と評されることもあるが、本人は「理想は相手を組み止めて寄っていく相撲。一番安定して勝てるスタイル」と語っている。突き、押し、左四つ、上手ひねりを状況に応じて使い分ける懐の深さが、角界入り20年を超えてなお幕内上位で戦い続ける原動力となっている。

💡 茨城県出身一覧💡 田子ノ浦部屋の力士

四股名
高安 晃(たかやす あきら)
最高位
大関
最新番付
西 関脇
出身地
茨城県 土浦市
本名
高安 晃
生年月日
平成2年(1990)2月28日(36歳)
身長・体重
188cm・173kg
所属部屋
鳴戸 → 田子ノ浦部屋
初土俵
平成17年(2005)3月(15歳1ヵ月)
新十両
平成22年(2010)11月(20歳9ヵ月)
新入幕
平成23年(2011)7月(21歳5ヵ月)
新小結
平成25年(2013)9月(23歳7ヵ月)
新関脇
平成28年(2016)9月(26歳7ヵ月)
新大関
平成29年(2017)7月(27歳5ヵ月)
優勝
幕下優勝1回
受賞・金星
殊勲賞4回,敢闘賞6回,技能賞3回,金星6個
通算成績
817勝623敗156休/1427出場(勝率:57.3%)
直近7場所
58勝47敗
7場所勝率
55.2%
得意技
突き・押し
決まり手傾向(直近7場所)
高安が勝ちの決まり手(58勝)
寄り切り9
突き出し9
押し倒し6
叩き込み6
上手投げ5
押し出し5
その他18
高安が負けの決まり手(47敗)
寄り切り14
押し出し9
突き落とし3
送り出し3
叩き込み3
上手出し投げ2
その他13
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令8年3月
西 関脇(変動なし)
7勝8敗
○○○○○|●○●●●|●●●●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年1月
西 関脇(1枚上昇)
8勝7敗
○●○○○|●○○●○|●●○●●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年11
西 小結(半枚降下)
8勝7敗
●○○○○|●●○●●|●●○○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

▼ さらに過去の成績(4場所分)を見る
令7年9月
東 小結(半枚上昇)
7勝8敗
●●●●●|●○○●○|●○○○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年7月
西 小結(半枚降下)
10勝5敗
●○○○○|○●○●○|○●●○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年5月
東 小結(4枚上昇)
6勝9敗
●●○●●|●○●●●|●○○○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年3月
東 前頭4枚目
12勝3敗(幕内同点・技能賞・金星)
○○○●○|○○○○○|●○○●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

茨城県出身の最高位:関脇

海乃山 勇

  • 四股名 :海乃山 勇(かいのやま いさむ)
  • 最高位 :関脇
  • 年寄名跡:16代小野川
  • 出身地 :茨城県龍ケ崎市
  • 本 名 :入井 勇
  • 生年月日:昭和15年(1940)6月28日
  • 没年月日:平成9年(1997)7月5日(享年57歳)
  • 所属部屋:小野川⇒出羽海部屋
  • 改名歴 :入井⇒海乃山⇒信夫竜⇒海乃山
  • 初土俵 :昭和31年(1956)5月(15歳11ヵ月)
  • 新十両 :昭和34年(1959)7月(19歳1ヵ月)
  • 新入幕 :昭和36年(1961)1月(20歳7ヵ月)
  • 新三役 :昭和38年(1963)5月(22歳11ヵ月)
  • 最終場所:昭和45年(1970)1月(29歳7ヵ月)
  • 生涯戦歴:550勝496敗13休/1044出場(80場所)
  • 生涯勝率:52.6%
  • 優勝等 :幕内次点1回,幕下優勝1回(同点1),三段目優勝1回
  • 成 績 :殊勲賞1回,敢闘賞2回,技能賞3回,金星5個
  • 幕内戦歴:384勝413敗13休(54場所)勝率:48.2%
  •   関脇:18勝27敗(3場所)勝率:40.0%
  •   小結:16勝29敗(3場所)勝率:35.6%
  •   前頭:350勝357敗13休(48場所)勝率:49.5%
  • 十両戦歴:63勝42敗(7場所)勝率:60.0%

多賀竜 昇司

多賀竜 昇司(たがりゅう しょうじ)茨城県日立市出身、鏡山部屋の元力士で、最高位は関脇

昭和49年(1974)3月場所に16歳0ヶ月で初土俵を踏み、平成3年(1991)5月場所を最後に引退(33歳3ヶ月)。

通算成績は561勝621敗19休1179出場。生涯勝率.475。通算104場所中、54場所を勝ち越した(勝ち越し率.524)。

主な成績は幕内優勝1回十両優勝1回幕下優勝1回三段目優勝1回敢闘賞1回,技能賞1回,金星1個(北の湖1個)。

昭和33年(1958)2月15日生まれ。本名は黒谷 昇。

四股名は出身の多賀中学校に因んだもの。蔵前国技館最後の場所で平幕優勝を遂げる。引退後は部屋付き親方を経て鏡山部屋を継承。

令和3年(2021)7月21日に鏡山部屋の閉鎖が承認され、伊勢ノ海部屋へと移籍した。

年寄
8代・鏡山 昇司(伊勢ノ海部屋)
四股名
多賀竜 昇司(たがりゅう しょうじ)
最高位
関脇
年寄名跡
9代勝ノ浦 昇司 → 8代鏡山 昇司8代鏡山 昇司
出身地
茨城県日立市
本名
黒谷 昇
生年月日
昭和33年(1958)2月15日(68歳)
所属部屋
鏡山部屋
改名歴
黒谷 昇 → 多賀竜 昇司
初土俵
昭和49年(1974)3月 前相撲(16歳0ヶ月)
新十両
昭和56年(1981)1月(所要41場所)
22歳10ヶ月(初土俵から6年10ヶ月)
新入幕
昭和57年(1982)5月(所要49場所)
24歳2ヶ月(初土俵から8年2ヶ月)
新小結
昭和59年(1984)11月(所要64場所)
26歳8ヶ月(初土俵から10年8ヶ月)
新関脇
昭和58年(1983)11月(所要58場所)
25歳8ヶ月(初土俵から9年8ヶ月)
最終場所
平成3年(1991)5月(33歳3ヶ月)
大相撲歴
104場所(17年2ヶ月)
通算成績
561勝621敗19休1179出場(勝率.475)
通算104場所
勝ち越し54場所(勝ち越し率.524)
優勝等
幕内優勝1回十両優勝1回幕下優勝1回三段目優勝1回
受賞・金星
敢闘賞1回,技能賞1回,金星1個
幕内戦歴
321勝407敗7休725出場(勝率.441)
在位49場所(在位率.471)
勝ち越し20場所(勝ち越し率.408)
三役戦歴
11勝19敗0休30出場(勝率.367)
在位2場所(在位率.019)
勝ち越し0場所(勝ち越し率.000)
関脇戦歴
5勝10敗0休15出場(勝率.333)
在位1場所(在位率.010)
勝ち越し0場所(勝ち越し率.000)
小結戦歴
6勝9敗0休15出場(勝率.400)
在位1場所(在位率.010)
勝ち越し0場所(勝ち越し率.000)
前頭戦歴
310勝388敗7休695出場(勝率.444)
在位47場所(在位率.452)
勝ち越し20場所(勝ち越し率.426)
十両戦歴
74勝82敗9休156出場(勝率.474)
在位11場所(在位率.106)
勝ち越し6場所(勝ち越し率.545)
関取戦歴
395勝489敗16休881出場(勝率.447)
在位60場所(在位率.577)
勝ち越し26場所(勝ち越し率.433)
幕下以下歴
166勝132敗3休298出場(勝率.557)
在位43場所(在位率.413)
勝ち越し28場所(勝ち越し率.651)


水戸泉 政人

中学生の頃に力士のサイン会で高見山から勧誘されたことが高砂部屋入門のきっかけ。部屋の同期には2度の学生横綱に輝いた後の大関4代朝潮がおり、この経験豊富な朝潮との稽古が水戸泉の糧となった。昭和59年9月場所で新入幕。平成4年(1992)7月場所では平幕優勝も果たした豪快な塩まきの「ソルトシェイカー」

  • 10代・錦戸 眞幸
  • 四股名 :水戸泉 政人(みといずみ まさと)
  • 最高位 :関脇
  • 年寄名跡:10代錦戸
  • 出身地 :茨城県水戸市
  • 本 名 :小泉 政人
  • 生年月日:昭和37年(1962)9月2日(63歳)
  • 所属部屋:高砂部屋
  • 改名歴 :小泉⇒水戸泉
  • 初土俵 :昭和53年(1978)3月(15歳6ヵ月)
  • 新十両 :昭和59年(1984)5月(21歳8ヵ月)
  • 新入幕 :昭和59年(1984)9月(22歳0ヵ月)
  • 新三役 :昭和61年(1986)9月(24歳0ヵ月)
  • 最終場所:平成12年(2000)9月(38歳0ヵ月)
  • 生涯戦歴:807勝766敗162休/1564出場(136場所)
  • 生涯勝率:51.3%
  • 優勝等 :幕内優勝1回(次点2),十両優勝1回,幕下優勝1回(同点1),三段目同点1回
  • 成 績 :殊勲賞1回,敢闘賞6回
  • 幕内戦歴:530勝556敗99休(79場所)勝率:48.8%
  •   関脇:17勝30敗13休(4場所)勝率:36.2%
  •   小結:45勝43敗17休(7場所)勝率:51.1%
  •   前頭:468勝483敗69休(68場所)勝率:49.2%
  • 十両戦歴:142勝135敗21休(20場所)勝率:51.3%

茨城県出身の最高位:小結

若浪 順

  • 四股名 :若浪 順(わかなみ じゅん)
  • 最高位 :小結
  • 年寄名跡:9代大鳴戸⇒17代玉垣
  • 出身地 :茨城県岩井市
  • 本 名 :冨山 順
  • 生年月日:昭和16年(1941)3月1日
  • 没年月日:平成19年(2007)4月16日(享年66歳)
  • 所属部屋:立浪部屋
  • 改名歴 :富山⇒冨山⇒若浪
  • 初土俵 :昭和32年(1957)3月(16歳0ヵ月)
  • 新十両 :昭和36年(1961)3月(20歳0ヵ月)
  • 新入幕 :昭和38年(1963)5月(22歳2ヵ月)
  • 新三役 :昭和39年(1964)7月(23歳4ヵ月)
  • 最終場所:昭和47年(1972)3月(31歳0ヵ月)
  • 生涯戦歴:568勝557敗5休/1124出場(90場所)
  • 生涯勝率:50.5%
  • 優勝等 :幕内優勝1回(次点1),十両優勝1回(同点1),幕下優勝2回
  • 成 績 :敢闘賞2回,技能賞2回,金星3個
  • 幕内戦歴:351勝429敗(52場所)勝率:45.0%
  •   小結:10勝35敗(3場所)勝率:22.2%
  •   前頭:341勝394敗(49場所)勝率:46.4%
  • 十両戦歴:87勝62敗1休(11場所)勝率:58.4%

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One thought on “茨城県出身の力士一覧!過去から現在、茨城の主な関取を網羅しました

  1. 墓を守っている者より

    稲瀬川栄治郎の没年は大正14年1月22日東京都北区(当時は滝野川区)西ヶ原の自宅に於いて死亡しました。

    返信

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