玉ノ井部屋の力士一覧!過去から現在、玉ノ井部屋の主な関取を網羅しました

玉ノ井(たまのい)部屋の過去から現在までの主な所属力士をご紹介する玉ノ井部屋の大相撲力士まとめ!

この記事では玉ノ井部屋の主な関取を中心に紹介していきます。過去の力士については最高位や改名歴、初土俵や各段の昇進時期と最終場所、さらに生涯戦歴と生涯勝率、成績等を中心にご紹介していきます。また、現役力士については最高位と昇進時期、主な成績などを載せています。

なお、年寄名跡欄のマークは、その代で師匠(部屋持ち親方)になったことがあるという意味です。

現役の玉ノ井部屋力士の最新番付や成績、詳細なデータをご覧になりたい方はこちら


相撲部屋や出身地ごとの場所の成績からランキングを作成しております。初場所、好調な相撲部屋や力士の出身地はどこ?

玉ノ井部屋の基本情報
一門
:出羽海一門
創設
:平成2年(1990年)1月31日
創設者
:第13代・玉ノ井 友宣 (元関脇・栃東 知頼)
現師匠
:第14代・玉ノ井 太祐 (元大関・栃東 大裕)
所在地
:東京都足立区西新井4-1-1 📍地図
サイト
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玉ノ井部屋の優勝力士

優勝制度が制定された明治42年(1909)6月場所以降、現在の玉ノ井部屋からは1人の幕内最高優勝力士が誕生しています。

玉ノ井部屋の初優勝はいつで誰?

玉ノ井部屋の初優勝力士は、平成14年(2002)1月場所で西大関だった栃東(2代)です。

玉ノ井部屋の優勝力士一覧

では、歴代の玉ノ井部屋の幕内優勝力士を年月順で一覧表にして見てみましょう。

四股名 優勝場所 回数 優勝時の番付 出身 部屋 最高位 成績 四股名 備考
1 栃東(2代) 平成14年1月 西大関2 東京都 玉ノ井 大関 13勝2敗 栃東(2代)
2 栃東(2代) 平成15年11月 2回目 西大関 東京都 玉ノ井 大関 13勝2敗 栃東(2代)
3 栃東(2代) 平成18年1月 3回目 東大関2 東京都 玉ノ井 大関 14勝1敗 栃東(2代)

玉ノ井部屋の優勝力士ランキング

次は玉ノ井部屋力士の優勝回数と成績のランキングです。

順位 四股名 優勝 最高位 出身地 勝数 敗数 横綱 大関 関脇 小結 前頭
1位 栃東(2代) 3回 大関 東京都 40勝 5敗 0回 3回 0回 0回 0回
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玉ノ井部屋力士を検索

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玉ノ井部屋の最高位:大関

栃東 大裕

栃東 大裕 (とちあずま だいすけ)東京都足立区出身、玉ノ井部屋の元力士で、最高位は大関

平成6年(1994)11月場所に18歳0ヶ月で初土俵を踏み、平成19年(2007)3月場所を最後に引退(30歳4ヶ月)※番付上は平成19年(2007)5月場所

通算成績は560勝317敗169休867出場。生涯勝率.646。通算75場所中、55場所を勝ち越した(勝ち越し率.743)。

主な成績は幕内優勝3回(次点5)、十両優勝1回、幕下優勝1回、三段目優勝1回、序二段優勝1回、序ノ口優勝1回殊勲賞3回、敢闘賞2回、技能賞7回、金星4個(曙1個、貴乃花2個、武蔵丸1個)

昭和51年(1976)11月9日生まれ。本名は志賀 太祐。

初代栃東(のちの13代玉ノ井)の次男として生まれ、卓越した相撲技術と不屈の闘志で大関まで登り詰めた栃東は、大相撲史に燦然と輝く数々の記録を打ち立てた名力士である。史上初の「二度の大関返り咲き」や史上2組目の「親子幕内最高優勝」などの偉業を成し遂げ、引退後は師匠の跡を継いで部屋を牽引している。

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高校横綱の条件と相撲スタイルの確立

東京都足立区に生まれ、小学生の頃は野球や水泳に熱中していた。小学6年生で相撲に転向して明大中野中学校の相撲部に入部したが、当初は体が硬く股割りもできない状態で、全国レベルの実力はなかった。しかし、父から「高校横綱になること」を角界入りの条件として課され、猛稽古の末に明大中野高校3年次で見事に高校横綱のタイトルを獲得。平成6年(1994年)11月場所において、父が師匠を務める玉ノ井部屋から本名の「志賀」で初土俵を踏んだ。

序ノ口として迎えた翌平成7年(1995年)1月場所は、直前に左膝を痛めて前半戦を休場したものの、8日目から出場して残りを4戦全勝とした。元々は廻しを取って投げる相撲を得意としていたが、この怪我を機に師匠からの「廻しにこだわるな」という助言もあり、「脇を固めておっつける相撲」へと自らのスタイルを大きく改造した。この決断が、のちの飛躍へと繋がっていく。

若き技能派の台頭と悲願の大関昇進

その後は驚異的なペースで各段の優勝を総なめにし、平成8年(1996年)5月場所の新十両昇進を機に、父の現役時代の四股名を受け継いで「栃東」へと改名。同年11月場所で新入幕を果たした。

いなしてからのおっつけや、前廻しを引いてからの出し投げなど、ベテランのように多彩な技を繰り出す相撲は「若手らしくない」と高く評価され、三役に定着して幾度も技能賞を獲得する。しかし、右肩剥離骨折などで長期休場を余儀なくされるなど、怪我に泣かされ大関への道は長く険しいものとなった。幾度の挫折を味わいながらも、平成13年(2001年)11月場所では変化相撲の批判を乗り越えて12勝3敗の好成績を挙げ、入幕から5年を要してついに大関昇進を果たす。昇進伝達式では「努力精進」の言葉を口上に用いた。

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親子優勝と史上初の「二度の大関返り咲き」

新大関として臨んだ平成14年(2002年)1月場所では、持ち前の勝負強さを発揮し、13勝2敗で自身初となる幕内最高優勝を飾った。父である初代栃東も現役時代に幕内最高優勝を果たしており、大相撲史上2組目となる「親子での幕内最高優勝」という歴史的快挙であった。

その後も怪我との闘いが続き、平成16年(2004年)5月場所での全休で大関から関脇へ陥落する。しかし翌7月場所で10勝を挙げて1場所で特例復帰を果たすと、同年11月場所での負傷により再び関脇へ陥落した際も、翌場所で11勝を挙げて復帰。不屈の精神力で、史上初となる「二度目の大関返り咲き」を成し遂げた。

肉体改造と特権での親方就任

若い頃からの猛稽古で培った硬い筋肉が故障の一因であると指摘を受け、体を休ませて柔らかい筋肉への肉体改造に取り組んだ。これが功を奏し、平成18年(2006年)1月場所では14勝1敗の圧倒的な成績で自身3度目の幕内最高優勝を果たしている。なお、この優勝ののち、平成28年(2016年)1月場所において琴奨菊が賜杯を抱くまで、丸10年間にわたり日本出身力士の幕内最高優勝は出なかった。栃東は、平成の相撲史において輝かしい存在感を放ち続けたのである。

しかし、平成19年(2007年)3月場所の途中休場後、脳梗塞の発症が判明し、現役続行は生命に関わるとの診断を受けて現役を引退した。引退後は大関特権で年寄「栃東」として後進の指導にあたった。その後、平成21年(2009年)9月の父の停年退職に伴って「14代玉ノ井」を襲名し、部屋を継承した。卓越した技術と土俵への執念で輝かしい功績を残した名大関の系譜は、指導者となった現在も脈々と受け継がれている。

四股名
栃東 大裕 (とちあずま だいすけ)
最高位
大関
年寄名跡
14代玉ノ井 太祐
出身地
東京都足立区
本名
志賀 太祐
生年月日
昭和51年(1976)11月9日(49歳)
出身高校
明治大学付属中野高校
所属部屋
玉ノ井部屋
改名歴
志賀 大裕 → 栃東 大裕
初土俵
平成6年(1994)11月 前相撲(18歳0ヶ月)
新十両
平成8年(1996)5月(所要9場所)
19歳6ヶ月(初土俵から1年6ヶ月)
新入幕
平成8年(1996)11月(所要12場所)
20歳0ヶ月(初土俵から2年0ヶ月)
新小結
平成9年(1997)7月(所要16場所)
20歳8ヶ月(初土俵から2年8ヶ月)
新関脇
平成9年(1997)9月(所要17場所)
20歳10ヶ月(初土俵から2年10ヶ月)
新大関
平成14年(2002)1月(所要43場所)
25歳2ヶ月(初土俵から7年2ヶ月)
最終場所
平成19年(2007)3月場所(30歳4ヶ月)※番付上は平成19年(2007)5月場所
大相撲歴
75場所(12年4ヶ月)
通算成績
560勝317敗169休867出場(勝率.646)
通算75場所
勝ち越し55場所(勝ち越し率.743)(勝ち越し星273)
優勝等
幕内優勝3回(次点5),十両優勝1回,幕下優勝1回,三段目優勝1回,序二段優勝1回,序ノ口優勝1回
受賞・金星
殊勲賞3回,敢闘賞2回,技能賞7回,金星4個(曙1個、貴乃花2個、武蔵丸1個)
持給金
298円(勝ち越し星273個 優勝3回 金星4個)
大関戦歴
207勝125敗118休324出場(勝率.639)
在位30場所(在位率.400)
勝ち越し19場所(勝ち越し率.633)
幕内戦歴
483勝296敗166休769出場(勝率.628)
在位63場所(在位率.840)
勝ち越し45場所(勝ち越し率.714)
三役戦歴
194勝118敗18休310出場(勝率.626)
在位22場所(在位率.293)
勝ち越し18場所(勝ち越し率.818)
関脇戦歴
149勝88敗18休235出場(勝率.634)
在位17場所(在位率.227)
勝ち越し13場所(勝ち越し率.765)
小結戦歴
45勝30敗0休75出場(勝率.600)
在位5場所(在位率.067)
勝ち越し5場所(勝ち越し率1.000)
前頭戦歴
82勝53敗30休135出場(勝率.607)
在位11場所(在位率.147)
勝ち越し8場所(勝ち越し率.727)
十両戦歴
32勝13敗0休45出場(勝率.711)
在位3場所(在位率.040)
勝ち越し3場所(勝ち越し率1.000)
関取戦歴
515勝309敗166休814出場(勝率.633)
在位66場所(在位率.880)
勝ち越し48場所(勝ち越し率.727)
幕下以下歴
45勝8敗3休53出場(勝率.849)
在位8場所(在位率.107)
勝ち越し7場所(勝ち越し率.875)

栃東 大裕の更に詳細なデータは力士名鑑で!

名鑑ページでは、以下のような詳細な分析データをはじめ、豊富な表やグラフをご覧いただけます。

  • ✅ 勝った決まり手1位:押し出し(190回 / 33.7%)
  • ✅ 負けた決まり手1位:寄り切り(67回 / 21.1%)
  • ✅ 得意な相手:栃乃洋(21勝4敗 / 勝率.840)
  • ✅ 苦手な相手:貴乃花(5勝16敗 / 勝率.238)

玉ノ井部屋の最高位:前頭

富士東 和佳

富士東 和佳(ふじあずま かずよし)は東京都 足立区出身、玉ノ井部屋の力士で最高位は前頭4枚目。令和8年3月場所の番付は西 三段目8枚目。

東京都足立区に生まれ、小学校6年次に出場したわんぱく相撲全国大会で大関(2位)となるなど、幼少期から確かな実績を残した。地元の中学校に在学中から玉ノ井部屋の稽古に通い、卒業と同時となる平成15年(2003年)3月場所において、13代玉ノ井(元関脇・初代栃東)が率いる玉ノ井部屋から本名の「渋谷」で初土俵を踏んだ。

順調に番付を上げ、入門から約2年半となる平成17年(2005年)7月場所に新幕下へ昇進する。しかし、その後は首などの怪我に苦しめられ、幕下から三段目で長く低迷する時期を経験した。

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悲願の関取昇進と新入幕

怪我に耐えながら地道な努力を重ね、平成23年(2011年)1月場所において新十両昇進を果たし、初土俵から約8年をかけて念願の関取の座を掴み取った。十両昇進後も持ち味を発揮し、西十両8枚目で迎えた同年5月の技量審査場所を9勝6敗と勝ち越す。この時期は大相撲八百長問題の影響で多数の力士が引退しており、その番付編成の背景も重なって、翌7月場所において新入幕を果たした。

網膜剥離の試練と十両優勝

幕内や十両の土俵で活躍を続けていたが、平成26年(2014年)2月に左目の網膜剥離が判明し、手術を受けた。これにより翌3月場所をやむなく全休し、十両へと陥落する大きな試練に見舞われた。

それでも不屈の闘志で土俵へ復帰し、東十両3枚目で迎えた平成27年(2015年)3月場所において12勝3敗の好成績を挙げ、見事に十両優勝を飾った。この復活劇により、翌5月場所での再々入幕を果たしている。なお、土俵外の話題として、平成26年(2014年)に公開された映画『テルマエ・ロマエⅡ』に力士役として出演した経歴も持つ。

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執念の関取復帰と現在の土俵

再々入幕となった平成27年(2015年)5月場所を3勝12敗と大きく負け越して以降は、徐々に番付を下げる苦しい土俵が続いた。平成28年(2016年)11月場所で幕下へ陥落し、翌平成29年(2017年)3月場所に一度十両へ復帰したものの1場所で再び陥落。以降は長らく関取の座から遠ざかることとなる。

しかし、ベテランとなっても決して諦めることなく相撲を取り続け、西幕下3枚目で迎えた令和2年(2020年)3月場所で5勝2敗と勝ち越しを決める。この成績により、実に19場所ぶりとなる関取(十両)復帰を果たし、執念を見せた。

その後は再び幕下や三段目へと番付を落としたが、初土俵から20年以上が経過した現在においても、現役力士として黙々と土俵に立ち続けている。

💡 東京都出身一覧💡 玉ノ井部屋の力士

四股名
富士東 和佳(ふじあずま かずよし)
最高位
前頭4枚目
最新番付
西 三段目8枚目
出身地
東京都 足立区
本名
渋谷 和由
生年月日
昭和62年(1987)4月19日(38歳)
身長・体重
180.4cm・160kg
所属部屋
玉ノ井部屋
改名歴
渋谷 → 富士東
初土俵
平成15年(2003)3月(15歳11ヵ月)
新十両
平成23年(2011)1月(23歳9ヵ月)
新入幕
平成23年(2011)7月(24歳3ヵ月)
優勝
十両優勝1回
通算成績
609勝612敗35休/1219出場(勝率:50%)
直近7場所
23勝22敗4休
7場所勝率
52.3%
得意技
押し
決まり手傾向(直近7場所)
富士東が勝ちの決まり手(23勝)
押し出し7
寄り切り7
突き落とし2
叩き込み2
寄り倒し1
押し倒し1
その他3
富士東が負けの決まり手(22敗)※不戦敗1含む
寄り切り9
押し出し4
下手投げ3
突き落とし2
上手出し投げ1
上手投げ1
その他1
令8年3月
西 三段目8枚目(12枚上昇)
4勝3敗
○-●--|●-●-○|-○-○-
取組詳細(対戦相手・決まり手)

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令8年1月
西 三段目20枚目(23枚上昇)
4勝3敗
-●○-○|-○--●|-●○--
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年11
西 三段目43枚目(22枚半降下)
5勝2敗
-●-○○|--○-○|●---○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

▼ さらに過去の成績(4場所分)を見る
令7年9月
東 三段目21枚目(25枚半上昇)
2勝5敗
-○●--|●-○●-|●-●--
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年7月
西 三段目46枚目(36枚半降下)
5勝2敗
-○-○-|○●-●-|-○-○-
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年5月
東 三段目10枚目(25枚半降下)
1勝3敗3休
-●-●■|-やややや|やや○--
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年3月
東 幕下46枚目
2勝4敗1休
○--●-|○●--●|やや--●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

東龍 強

東龍 強(あずまりゅう つよし)はモンゴル ゴビアルタイ県出身、玉ノ井部屋の力士で最高位は前頭11枚目。令和6年1月場所の番付は東 幕下13枚目。

尊敬する力士は魁皇、得意は右四つ。

四股名
東龍 強(あずまりゅう つよし)
最高位
前頭11枚目
最新番付
東 幕下13枚目
出身地
モンゴル ゴビアルタイ県
本名
サンドゥイジャブ・トドビレグ
生年月日
昭和62年(1987)5月12日(38歳)
出身高校
明徳義塾高校
出身大学
九州情報大学
所属部屋
玉ノ井部屋
初土俵
平成21年(2009)1月(21歳8ヵ月)
新十両
平成25年(2013)1月(25歳8ヵ月)
新入幕
平成25年(2013)5月(26歳0ヵ月)
優勝
十両優勝1回
通算成績
528勝522敗47休/1047出場(勝率:50.4%)
直近7場所
(幕内:13勝17敗)(十両:12勝35敗13休)
7場所勝率
32.9%
令6年1月
東 幕下13枚目(13枚降下)
0勝0敗
     |     |     
令5年11月
東 十両14枚目(7枚半降下)
0勝2敗13休
●■ややや|ややややや|ややややや
令5年9月
西 十両6枚目(変動なし)
3勝12敗
●●●●○|●●●●●|●○●●○
令5年7月
西 十両6枚目(4枚半降下)
7勝8敗
○●●●○|○●●○○|●○●○●
令5年5月
東 十両2枚目(7枚半降下)
2勝13敗
●●●●●|●○○●●|●●●●●
令5年3月
東 前頭11枚目(3枚半上昇・最高位更新)
4勝11敗
●●●●●|●●●●○|●○○●○
令5年1月
西 前頭14枚目
9勝6敗
○○●○○|○●○●○|●○○●●

芳東 洋

芳東 洋(よしあずま ひろし)は熊本県 上益城郡嘉島村出身、玉ノ井部屋の力士で最高位は前頭12枚目。令和8年3月場所の番付は東 序二段86枚目。

熊本県上益城郡嘉島村(現在の嘉島町)に生まれ、嘉島町立嘉島東小学校では剣道とサッカーを経験し、嘉島町立嘉島中学校では剣道部に所属した。中学生の時に恵まれた体格が熊本農業高校相撲部の目に留まり、スカウトを受けて高校から相撲を始めた。3年次には全国高校総体の団体優勝に貢献する活躍を見せ、卒業を前にした平成8年(1996年)1月場所において、13代玉ノ井(元関脇・初代栃東)が率いる玉ノ井部屋から初土俵を踏んだ。入門当初から本名の石原ではなく、恩人の姓から一文字を頂戴した「芳東」の四股名を名乗っている。

197センチという恵まれた体格を持っていたが、関取への道は決して平坦ではなかった。序二段や三段目の土俵で一進一退の攻防を続け、10年以上もの長い下積み生活を経験することになる。

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悲願の関取昇進と34歳での新入幕

地道な努力が実を結び始めたのは、初土俵から10年以上が経過してからであった。幕下上位に定着し、初土俵から丸15年となる平成23年(2011年)1月場所において、ついに新十両昇進を果たす。

さらに、東十両2枚目で迎えた同年7月場所で9勝6敗の勝ち越しを決めると、続く9月場所で悲願の新入幕を果たした。初土俵から所要93場所、34歳4ヶ月での新入幕は当時としては屈指のスロー出世の記録であった。

長身を活かした四つ相撲

角界屈指の長身力士として知られ、197センチの長身でありながら腰高にならず、低く構える型が備わっている。そのため得意の左上手が取りやすく、引き付けて腰を落とし、胸を合わせた体勢から出る右四つの力相撲を勝ちパターンとする。また、長いリーチを活かして遠距離から突くことで手堅く相手を後退させる相撲も見せる。

一方で、立合いが鈍く当たりが甘くなりがちであるため、幕内ではなかなか廻しが取れず、相手に引っ張り込まれる悪癖を突かれて敗れることも多かった。それでも、得意の形に持ち込めば関取相手にも十分に通用する力強さを発揮した。

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鉄人としての土俵

幕内の土俵を経験した後は、再び十両や幕下へと番付を下げたが、平成26年(2014年)9月場所に十両から陥落して以降は関取復帰には届いていないものの、幕下、三段目、序二段と番付を上下させながら黙々と相撲を取り続けている。

師匠が13代玉ノ井から14代玉ノ井(元大関・栃東)へと代わった後も、部屋の最古参として後輩力士たちの壁となり続けている。初土俵から四半世紀以上という長大な歳月を土俵に捧げ、40代後半のベテランの域に達してもなお、現役力士として不屈の闘志で土俵に立ち続けている。

💡 熊本県出身一覧💡 玉ノ井部屋の力士

四股名
芳東 洋(よしあずま ひろし)
最高位
前頭12枚目
最新番付
東 序二段86枚目
出身地
熊本県 上益城郡嘉島村
本名
石原 洋
生年月日
昭和52年(1977)5月26日(48歳)
身長・体重
195.5cm・158.6kg
出身高校
熊本農業高校
所属部屋
玉ノ井部屋
初土俵
平成8年(1996)1月(18歳8ヵ月)
新十両
平成19年(2007)11月(30歳6ヵ月)
新入幕
平成23年(2011)9月(34歳4ヵ月)
優勝
無し
通算成績
697勝716敗8休/1412出場(勝率:49.4%)
直近7場所
26勝23敗
7場所勝率
53.1%
得意技
右四つ・寄り
決まり手傾向(直近7場所)
芳東が勝ちの決まり手(26勝)
寄り切り11
叩き込み5
寄り倒し5
突き落とし1
押し出し1
押し倒し1
その他2
芳東が負けの決まり手(23敗)
押し出し12
寄り切り4
下手投げ4
押し倒し1
肩透かし1
突き落とし1
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令8年3月
東 序二段86枚目(16枚半降下)
5勝2敗
-○●--|○○-○-|●-○--
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年1月
西 序二段69枚目(23枚半降下)
3勝4敗
○--●○|--●-●|-●○--
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年11
東 序二段46枚目(44枚上昇)
3勝4敗
-○○-●|--●-●|-○-●-
取組詳細(対戦相手・決まり手)

▼ さらに過去の成績(4場所分)を見る
令7年9月
東 序二段90枚目(27枚半降下)
5勝2敗
○--○○|--○●-|-○--●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年7月
西 序二段62枚目(26枚降下)
3勝4敗
-●-○-|●-●●-|-○○--
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年5月
西 序二段36枚目(28枚上昇)
3勝4敗
●-○-○|-●--●|●--○-
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年3月
西 序二段64枚目
4勝3敗
○-○-○|--●●-|-●-○-
取組詳細(対戦相手・決まり手)

東白龍 雅士

東白龍 雅士(とうはくりゅう まさひと)は東京都 足立区出身、玉ノ井部屋の力士で最高位は前頭15枚目。令和8年3月場所の番付は西 十両10枚目。

東京都足立区に生まれ、墨田区立第二寺島小学校5年次から葛飾白鳥相撲教室に通って相撲を始めた。葛飾区立大道中学校の3年次には白鵬杯で見事に優勝を飾る。その後、千葉県の専修大学松戸高校へ進学した。高校3年次の大会で団体3位に入賞した際、それまで軽視していた団体戦に強い興味を抱くようになる。大相撲からの誘いもあったが、団体優勝を目指して東洋大学への進学を選択した。

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団体戦への思いと大学での活躍

東洋大学の相撲部では、目標としていた全国学生相撲選手権大会(インカレ)の団体3連覇に大きく貢献した。さらに個人としても、3年次の全日本大学選抜相撲宇和島大会や、4年次の全日本大学選抜相撲和歌山大会、東日本学生相撲選手権大会で優勝を果たすなど、計3つのタイトルを獲得する。4年次の12月に出場した全日本相撲選手権大会でもベスト8に入り、大相撲の三段目100枚目格付出の資格を取得した。

この時点では相撲部屋から声はかかっていなかったものの、大学3年時に千秋楽パーティーに誘われた縁もあり、14代玉ノ井(元関脇・初代栃東)が率いる玉ノ井部屋への入門を決意する。

三段目付出での初陣

大学卒業後の令和元年(2019年)5月場所において、本名の「白石」で初土俵を踏んだ。三段目付出として臨んだこの初陣の場所で、アマチュアトップクラスの実力を遺憾なく発揮し、7戦全勝で見事に三段目優勝を飾る。その後は幕下の分厚い壁に挑み、一進一退の攻防を繰り返しながらも着実に地力を養っていった。

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関取昇進と幕内の土俵へ

初土俵から約1年半となる令和2年(2020年)11月場所において、西幕下2枚目の地位で4勝3敗と勝ち越しを決める。これにより、翌令和3年(2021年)1月場所での新十両昇進を果たした。この関取昇進の節目に合わせて、四股名を本名から「東白龍」へと改名した。出身大学や師匠の四股名から「東」、本名から「白」、そして昇り龍から「龍」の字を組み合わせた四股名である。

十両の土俵で突き押し相撲に磨きをかけ、令和5年(2023年)9月場所において西十両4枚目で10勝5敗の好成績を挙げる。この活躍により、翌11月場所において新入幕を果たし、前頭15枚目まで番付を上げた。幕内として臨んだこの場所は5勝10敗と厚い壁に跳ね返されて十両へ陥落したものの、その後も関取の地位で土俵を務め続けている。

スピードを生かした取り口

目標とする力士に阿炎を挙げており、スピードを生かした突っ張りと、突き起こしてからの素早い引き技を持ち味とする。師匠の玉ノ井からはスピードや前に出て回り込むセンスが高く評価されている。一方、押し一辺倒であるため廻しを取られたら自分の相撲にならないことを本人も認めており、体格の向上と四つへの対応が課題となっている。

また、アマチュア時代に体力温存のために多用していた立ち合いの叩きが悪癖となっており、相手の髷に手がかかって反則負けを喫することも少なくない。

💡 東京都出身一覧💡 玉ノ井部屋の力士

四股名
東白龍 雅士(とうはくりゅう まさひと)
最高位
前頭15枚目
最新番付
西 十両10枚目
出身地
東京都 足立区
本名
白石 雅仁
生年月日
平成8年(1996)4月17日(29歳)
身長・体重
182cm・135kg
出身高校
専修大学松戸高校
出身大学
東洋大学
所属部屋
玉ノ井部屋
改名歴
白石 → 東白龍
初土俵
令和1年(2019)5月(23歳1ヵ月)
新十両
令和3年(2021)1月(24歳9ヵ月)
新入幕
令和5年(2023)11月(27歳7ヵ月)
優勝
三段目優勝1回
通算成績
261勝269敗13休/528出場(勝率:49.4%)
直近7場所
49勝56敗
7場所勝率
46.7%
得意技
突き・押し
決まり手傾向(直近7場所)
東白龍が勝ちの決まり手(49勝)※不戦勝1含む
叩き込み27
押し出し8
上手投げ3
引き落とし3
突き出し2
寄り切り2
その他3
東白龍が負けの決まり手(56敗)
押し出し28
突き出し10
寄り切り7
叩き込み3
突き落とし2
掬い投げ1
その他5
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令8年3月
西 十両10枚目(変動なし)
8勝7敗
●●○○●|○○●○●|□○○●●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年1月
西 十両10枚目(変動なし)
7勝8敗
○●○●○|●○●●●|○○●○●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年11
西 十両10枚目(4枚降下)
7勝8敗
●○●●●|○○●●●|●○○○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

▼ さらに過去の成績(4場所分)を見る
令7年9月
西 十両6枚目(1枚半降下)
4勝11敗
○○●●●|●●●●○|○●●●●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年7月
東 十両5枚目(5枚上昇)
7勝8敗
○●○●●|●○●●○|○○●●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年5月
東 十両10枚目(半枚降下)
9勝6敗
○○●○○|○○●○●|○○●●●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年3月
西 十両9枚目
7勝8敗
●●○●●|●○○○○|○●○●●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

羽出山 将

羽出山 将(はつやま しょう)は東京都 東村山市出身、玉ノ井部屋の力士で最高位は前頭17枚目。令和8年3月場所の番付は西 十両9枚目。

東京都東村山市に生まれ、小学6年生の頃から立川錬成館で相撲を始めた。その後、東京都立足立新田高校へ進学し、3年次に出場した高等学校相撲金沢大会において団体2位、個人優勝という優れた実績を残した。

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付出資格の失効と再取得

高校卒業後は東洋大学へ進学し、相撲部でさらに実力を伸ばす。2年次に全国学生相撲選手権大会でベスト8、全日本相撲選手権大会でもベスト8に入り、大相撲の三段目付出資格を獲得した。しかし、大学での競技生活を優先したためこの権利は行使せず失効する。それでも3年次に再び全日本選手権でベスト8に入り、同資格を再取得した。4年次には東日本学生相撲個人体重別選手権大会で3位、全国学生選手権でベスト16に入るなど活躍を続けた。

大学卒業後は、東洋大学OBの東白龍に誘われて玉ノ井部屋への入門を決意。令和4年(2022年)3月場所において、3年次に獲得した全日本選手権ベスト8の実績から三段目100枚目格付出で初土俵を踏んだ。全国に20人程度しかいないと言われる非常に希少な苗字であり、「本名とその読みを知ってほしい」という思いから、本名の「羽出山」を四股名としている。

幕下での奮闘と全勝優勝

順調に星を重ねて初土俵から4場所で幕下へ昇進したが、そこからは幕下の分厚い壁に挑む時期が続いた。一進一退の攻防を繰り返しながらも、長身と恵まれた体格を活かした相撲に磨きをかけ、着実に地力を養っていく。

初土俵から約2年半となる令和6年(2024年)9月場所において、東幕下16枚目の地位で7戦全勝の快進撃を見せ、見事に幕下優勝を飾った。この好成績により番付を大きく上げ、西幕下筆頭で迎えた同年11月場所で5勝2敗と勝ち越して十両昇進を決定づけた。

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関取昇進から幕内の土俵へ

令和7年(2025年)1月場所での新十両昇進により、東村山市からの関取誕生は元小結・黒瀬川(厳密には旧東村山町出身)以来、史上2人目となった。昇進会見では同郷のスターである志村けんを憧れに挙げ、「東村山と言ったら、志村けんさんと自分の名前が出るくらいに活躍したい」と決意を語っている。

新十両昇進後も持ち味を発揮して白星を先行させ、東十両5枚目で迎えた同年11月場所では11勝4敗の好成績を挙げる。これにより、翌令和8年(2026年)1月場所において新入幕を果たし、前頭17枚目まで番付を上げた。この場所は2勝13敗と幕内の厚い壁に跳ね返されて十両へ陥落したものの、続く3月場所では西十両9枚目で10勝5敗と二桁勝利を挙げて地力を示している。

💡 東京都出身一覧💡 玉ノ井部屋の力士

四股名
羽出山 将(はつやま しょう)
最高位
前頭17枚目
最新番付
西 十両9枚目
出身地
東京都 東村山市
本名
羽出山 将
生年月日
平成11年(1999)11月5日(26歳)
身長・体重
195cm・142kg
出身高校
足立新田高校
出身大学
東洋大学
所属部屋
玉ノ井部屋
初土俵
令和4年(2022)3月(22歳4ヵ月)
新十両
令和7年(2025)3月(25歳4ヵ月)
新入幕
令和8年(2026)1月(26歳2ヵ月)
優勝
幕下優勝1回
通算成績
135勝103敗1休/237出場(勝率:57%)
直近7場所
54勝36敗(幕内:2勝13敗)
7場所勝率
53.3%
得意技
突き・押し
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決まり手傾向(直近7場所)
羽出山が勝ちの決まり手(56勝)
叩き込み16
押し出し12
寄り切り6
送り出し5
突き落とし3
上手出し投げ3
その他11
羽出山が負けの決まり手(49敗)
押し出し26
寄り切り8
突き落とし3
引き落とし2
押し倒し2
叩き込み2
その他6
令8年3月
西 十両9枚目(9枚降下)
10勝5敗
○●○●○|○○●●○|●○○○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年1月
西 前頭17枚目(4枚半上昇・最高位更新)
2勝13敗
●●●●●|●●●○●|●●○●●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年11
東 十両5枚目(3枚上昇・最高位更新)
11勝4敗
○●○●○|○○○○●|○○○○●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

▼ さらに過去の成績(4場所分)を見る
令7年9月
東 十両8枚目(5枚上昇・最高位更新)
9勝6敗
●○●○○|○●○●●|○●○○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年7月
東 十両13枚目(2枚半降下)
10勝5敗
○○○○●|○●○○○|●●●○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年5月
西 十両10枚目(2枚半上昇・最高位更新)
6勝9敗
○○●●●|●●●●○|○●●○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年3月
東 十両13枚目
8勝7敗
○●○●●|○●●○○|○○●○●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

玉ノ井部屋の最高位:十両

国東 始

ブラジル・サンパウロ市出身、玉ノ井部屋の元力士で最高位は十両4枚目。イタリア系ブラジル人で、純ブラジル人としては初の関取。

  • 四股名 :国東 始(くにあずま はじめ)
  • 最高位 :十両4枚目
  • 出身地 :ブラジル・サンパウロ市
  • 本 名 :ヴァンデル・ラモス
  • 生年月日:昭和50年(1975)9月4日
  • 所属部屋:玉ノ井部屋
  • 改名歴 :国東⇒功弐東
  • 初土俵 :平成3年(1991)9月(16歳0ヵ月)
  • 新十両 :平成12年(2000)9月(25歳0ヵ月)
  • 最終場所:平成16年(2004)3月(28歳6ヵ月)
  • 生涯戦歴:276勝183敗146休/455出場(76場所)
  • 生涯勝率:60.1%
  • 優勝等 :幕下優勝1回,三段目優勝1回,序二段優勝1回,序ノ口優勝2回(同点1)
  • 十両戦歴:52勝53敗45休(10場所)勝率:49.5%

大日岳 栄隆

大日岳 栄隆 (おおひだけ えいりゅう)福島県双葉郡双葉町出身、春日野 → 玉ノ井部屋の元力士で、最高位は十両7枚目

昭和57年(1982)5月場所に15歳7ヶ月で初土俵を踏み、平成15年(2003)11月場所を最後に引退(37歳1ヶ月)※番付上は平成16年(2004)1月場所

通算成績は461勝461敗5休922出場。生涯勝率.500。通算130場所中、67場所を勝ち越した(勝ち越し率.519)。

主な成績は三段目(同点1)

昭和41年(1966)10月12日生まれ。本名は井戸川 栄隆。

バスケットボール部から未経験で角界へ飛び込み、初土俵から約11年の歳月をかけて関取の座を掴んだ大日岳は、のちの大横綱と語り継がれる熱戦を演じた不屈の力士である。長い下積みで培われた優しさを持ち、引退後は世話人として裏方から大相撲を支え続けている。

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春日野部屋への入門と玉ノ井部屋の創設

福島県双葉郡双葉町に生まれ、中学時代はバスケットボール部に所属していた。相撲は未経験であったが、知人の紹介を通じて、同じ福島県の浜通り出身であった春日野部屋の部屋付き親方・13代玉ノ井(元関脇・栃東)と縁を持つ。その玉ノ井の内弟子として中学卒業後に春日野部屋へ入門し、昭和57年(1982年)5月場所において本名の「井戸川」で初土俵を踏んだ。

その後、平成2年(1990年)1月に玉ノ井が独立して玉ノ井部屋を創設すると、それに伴って春日野部屋から玉ノ井部屋へと移籍し、部屋の歴史の黎明期を支えることとなった。

貴花田との死闘と四股名の変遷

幕下時代には、本人が「思い出の一番」として振り返る大一番を経験している。東幕下55枚目で迎えた平成元年(1989年)9月場所、6戦全勝の快進撃で幕下優勝を懸けて7番相撲の土俵に上がったが、その相手は当時飛ぶ鳥を落とす勢いで出世していた17歳の新鋭・貴花田(のちの第65代横綱・貴乃花)であった。熱戦の末に寄り倒しで惜しくも敗れて全勝優勝は逃したものの、相撲史に名を残す大横綱の若き日と交わえたこの一番は、土俵人生に深く刻まれている。

四股名は昭和63年(1988年)11月場所から「栃日岳」と改め、さらに平成3年(1991年)1月場所からは、最終的な四股名となる「大日岳」へと改名している。

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悲願の新十両と付け人への思いやり

187センチ、160キロを超える長身と恵まれた体格を生かして地道に実力をつけ、平成5年(1993年)7月場所には東幕下筆頭の地位で4勝3敗と勝ち越しを決める。続く同年9月場所において新十両昇進を果たし、初土俵から約11年の歳月をかけて念願の関取の座を掴み取った。

自身が長く厳しい下積み生活を経験してきたからこそ付け人の苦労を誰よりも知っており、十両昇進時には「自分でやれることは自分でやっていきたい」と付け人を思いやる温かい言葉を残している。

新十両の場所は見事に9勝6敗で勝ち越して自己最高位となる十両7枚目まで番付を上げたが、続く11月場所と翌年1月場所で負け越し、関取在位は通算3場所で幕下へと陥落した。

幕下での奮闘と世話人への転身

幕下へ陥落した後も、再び十両へ復帰することを目指して決して土俵を諦めず、長く相撲を取り続けた。また、弟弟子にあたる大関・栃東の付け人を長く務めるなど、部屋の屋台骨として後進を支え続けた。

平成16年(2004年)1月場所から相撲協会の世話人の定員が増員されることとなり、場所前に現役引退を発表し、世話人へと転身した。初土俵から実に131場所、約21年半という非常に息の長い土俵人生であり、生涯戦歴は461勝461敗(12休)と、勝敗の数が全く同数の五分で現役を終えている。

引退後は引き続き玉ノ井部屋に所属し、長年の土俵経験を活かして、現在も用具の運搬や管理、各種サポート業務など、協会の裏方として大相撲の円滑な運営に尽力している。

四股名
大日岳 栄隆 (おおひだけ えいりゅう)
最高位
十両7枚目
出身地
福島県双葉郡双葉町
本名
井戸川 栄隆
生年月日
昭和41年(1966)10月12日
所属部屋
春日野 → 玉ノ井部屋
改名歴
井戸川 栄隆 → 栃日岳 栄隆 → 大日岳 栄隆
初土俵
昭和57年(1982)5月 前相撲(15歳7ヶ月)
新十両
平成5年(1993)9月(所要68場所)
26歳11ヶ月(初土俵から11年4ヶ月)
最終場所
平成15年(2003)11月場所(37歳1ヶ月)※番付上は平成16年(2004)1月場所
大相撲歴
130場所(21年6ヶ月)
通算成績
461勝461敗5休922出場(勝率.500)
通算130場所
勝ち越し67場所(勝ち越し率.519)(勝ち越し星137)
優勝等
三段目(同点1)
持給金
71円50銭(勝ち越し星137個)
十両戦歴
19勝26敗0休45出場(勝率.422)
在位3場所(在位率.023)
勝ち越し1場所(勝ち越し率.333)
関取戦歴
19勝26敗0休45出場(勝率.422)
在位3場所(在位率.023)
勝ち越し1場所(勝ち越し率.333)
幕下以下歴
442勝435敗5休877出場(勝率.504)
在位126場所(在位率.969)
勝ち越し66場所(勝ち越し率.524)

大日岳 栄隆の更に詳細なデータは力士名鑑で!

名鑑ページでは、以下のような詳細な分析データをはじめ、豊富な表やグラフをご覧いただけます。

  • ✅ 勝った決まり手1位:寄り切り(147回 / 55.9%)
  • ✅ 負けた決まり手1位:寄り切り(93回 / 32.9%)
  • ✅ 得意な相手:梅乃里(5勝1敗 / 勝率.833)
  • ✅ 苦手な相手:羽黒海(1勝6敗 / 勝率.143)

隆濤 剛

ブラジル・サンパウロ市出身、玉ノ井部屋の元力士で最高位は十両8枚目。日系ブラジル三世で柔道から高校進学で相撲に転身。

  • 四股名 :隆濤 剛(りゅうどう ごう)
  • 最高位 :十両8枚目
  • 出身地 :ブラジル・サンパウロ市
  • 本 名 :池森 剛
  • 生年月日:昭和46年(1971)5月26日
  • 出身大学:拓殖大学
  • 所属部屋:玉ノ井部屋
  • 改名歴 :池森⇒隆濤⇒池森⇒龍興
  • 初土俵 :平成4年(1992)5月・幕下60付出(21歳0ヵ月)
  • 新十両 :平成6年(1994)3月(22歳10ヵ月)
  • 最終場所:平成11年(1999)1月(27歳8ヵ月)
  • 生涯戦歴:167勝150敗26休/317出場(41場所)
  • 生涯勝率:52.7%
  • 優勝等 :なし
  • 十両戦歴:44勝49敗12休(7場所)勝率:47.3%

若東 吉信

ブラジル・サンパウロ市出身、玉ノ井部屋の元力士で最高位は十両13枚目。ブラジル生まれだが国籍は日本で日系ブラジル人ではない。幼少の頃から相撲をはじめ、数々のスポーツで身体を鍛えた。中学時代には相撲研修の為、来日して藤島部屋を訪れたことも。ブラジルの中学を卒業すると角界入りの為に来日、平成13年(2001)5月場所で新十両昇進を果たした。引退後はブラジルに戻り、現地のアマチュア相撲協会会長などを務める。ブラジル出身の魁聖を友綱部屋へと紹介したのもこの若東。

  • 四股名 :若東 吉信(わかあずま よしのぶ)
  • 最高位 :十両13枚目
  • 出身地 :ブラジル・サンパウロ市
  • 本 名 :黒田 吉信
  • 生年月日:昭和51年(1976)4月21日
  • 所属部屋:玉ノ井部屋
  • 改名歴 :黒田⇒若東
  • 初土俵 :平成3年(1991)9月(15歳5ヵ月)
  • 新十両 :平成13年(2001)5月(25歳1ヵ月)
  • 最終場所:平成15年(2003)5月(27歳1ヵ月)
  • 生涯戦歴:251勝217敗30休/468出場(71場所)
  • 生涯勝率:53.6%
  • 優勝等 :序ノ口同点1回
  • 十両戦歴:4勝11敗(1場所)勝率:26.7%

玉ノ井部屋の最高位:幕下

入江 正登

福岡県遠賀郡水巻町出身、玉ノ井部屋の元力士で最高位は幕下3枚目。幕下上位での右膝負傷で2場所休場。復帰後も幕下15枚まで番付を戻したこともあったが令和元年9月場所を最後に引退となった。

  • 四股名 :入江 正登(いりえ まさと)
  • 最高位 :幕下3枚目
  • 出身地 :福岡県遠賀郡水巻町
  • 本 名 :入江 正登
  • 生年月日:昭和63年(1988)7月15日
  • 出身大学:九州情報大学
  • 所属部屋:玉ノ井部屋
  • 初土俵 :平成23年(2011)5月(22歳10ヵ月)
  • 最終場所:令和元年(2019)9月(31歳2ヵ月)
  • 生涯戦歴:188勝146敗16休/333出場(51場所)
  • 生涯勝率:56.3%
  • 優勝等 :なし

玉ノ井部屋の歴代師匠

第13代・玉ノ井 友宣 (元関脇・栃東)

在任期間(平成2年(1990年)1月25日~平成21年(2009年)9月2日)

福島県相馬市出身、春日野部屋の元力士で最高位は関脇。玉の海も舌を巻いた「相撲巧者」次男は同じ四股名で大関に。

  • 四股名 :栃東 知頼(とちあずま ともより)
  • 最高位 :関脇
  • 年寄名跡:13代玉ノ井
  • 出身地 :福島県相馬市
  • 本 名 :志賀 駿男
  • 生年月日:昭和19年(1944)9月3日
  • 所属部屋:春日野部屋
  • 改名歴 :志賀⇒栃東
  • 初土俵 :昭和35年(1960)11月(16歳2ヵ月)
  • 新十両 :昭和40年(1965)5月(20歳8ヵ月)
  • 新入幕 :昭和42年(1967)3月(22歳6ヵ月)
  • 新三役 :昭和43年(1968)7月(23歳10ヵ月)
  • 最終場所:昭和52年(1977)1月(32歳4ヵ月)
  • 生涯戦歴:611勝593敗33休/1200出場(98場所)
  • 生涯勝率:50.7%
  • 優勝等 :幕内優勝1回(次点3),十両優勝1回,三段目同点1回
  • 成 績 :殊勲賞4回,技能賞6回,金星5個
  • 幕内戦歴:404勝448敗23休(59場所)勝率:47.4%
  •   関脇:7勝8敗(1場所)勝率:46.7%
  •   小結:29勝43敗3休(5場所)勝率:40.3%
  •   前頭:368勝397敗20休(53場所)勝率:48.1%
  • 十両戦歴:101勝69敗10休(12場所)勝率:59.4%

第14代・玉ノ井 太祐 (元大関・栃東)

在任期間(平成21年(2009年)9月3日~  )

栃東 大裕 (とちあずま だいすけ)東京都足立区出身、玉ノ井部屋の元力士で、最高位は大関

平成6年(1994)11月場所に18歳0ヶ月で初土俵を踏み、平成19年(2007)3月場所を最後に引退(30歳4ヶ月)※番付上は平成19年(2007)5月場所

通算成績は560勝317敗169休867出場。生涯勝率.646。通算75場所中、55場所を勝ち越した(勝ち越し率.743)。

主な成績は幕内優勝3回(次点5)、十両優勝1回、幕下優勝1回、三段目優勝1回、序二段優勝1回、序ノ口優勝1回殊勲賞3回、敢闘賞2回、技能賞7回、金星4個(曙1個、貴乃花2個、武蔵丸1個)

昭和51年(1976)11月9日生まれ。本名は志賀 太祐。

初代栃東(のちの13代玉ノ井)の次男として生まれ、卓越した相撲技術と不屈の闘志で大関まで登り詰めた栃東は、大相撲史に燦然と輝く数々の記録を打ち立てた名力士である。史上初の「二度の大関返り咲き」や史上2組目の「親子幕内最高優勝」などの偉業を成し遂げ、引退後は師匠の跡を継いで部屋を牽引している。

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高校横綱の条件と相撲スタイルの確立

東京都足立区に生まれ、小学生の頃は野球や水泳に熱中していた。小学6年生で相撲に転向して明大中野中学校の相撲部に入部したが、当初は体が硬く股割りもできない状態で、全国レベルの実力はなかった。しかし、父から「高校横綱になること」を角界入りの条件として課され、猛稽古の末に明大中野高校3年次で見事に高校横綱のタイトルを獲得。平成6年(1994年)11月場所において、父が師匠を務める玉ノ井部屋から本名の「志賀」で初土俵を踏んだ。

序ノ口として迎えた翌平成7年(1995年)1月場所は、直前に左膝を痛めて前半戦を休場したものの、8日目から出場して残りを4戦全勝とした。元々は廻しを取って投げる相撲を得意としていたが、この怪我を機に師匠からの「廻しにこだわるな」という助言もあり、「脇を固めておっつける相撲」へと自らのスタイルを大きく改造した。この決断が、のちの飛躍へと繋がっていく。

若き技能派の台頭と悲願の大関昇進

その後は驚異的なペースで各段の優勝を総なめにし、平成8年(1996年)5月場所の新十両昇進を機に、父の現役時代の四股名を受け継いで「栃東」へと改名。同年11月場所で新入幕を果たした。

いなしてからのおっつけや、前廻しを引いてからの出し投げなど、ベテランのように多彩な技を繰り出す相撲は「若手らしくない」と高く評価され、三役に定着して幾度も技能賞を獲得する。しかし、右肩剥離骨折などで長期休場を余儀なくされるなど、怪我に泣かされ大関への道は長く険しいものとなった。幾度の挫折を味わいながらも、平成13年(2001年)11月場所では変化相撲の批判を乗り越えて12勝3敗の好成績を挙げ、入幕から5年を要してついに大関昇進を果たす。昇進伝達式では「努力精進」の言葉を口上に用いた。

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親子優勝と史上初の「二度の大関返り咲き」

新大関として臨んだ平成14年(2002年)1月場所では、持ち前の勝負強さを発揮し、13勝2敗で自身初となる幕内最高優勝を飾った。父である初代栃東も現役時代に幕内最高優勝を果たしており、大相撲史上2組目となる「親子での幕内最高優勝」という歴史的快挙であった。

その後も怪我との闘いが続き、平成16年(2004年)5月場所での全休で大関から関脇へ陥落する。しかし翌7月場所で10勝を挙げて1場所で特例復帰を果たすと、同年11月場所での負傷により再び関脇へ陥落した際も、翌場所で11勝を挙げて復帰。不屈の精神力で、史上初となる「二度目の大関返り咲き」を成し遂げた。

肉体改造と特権での親方就任

若い頃からの猛稽古で培った硬い筋肉が故障の一因であると指摘を受け、体を休ませて柔らかい筋肉への肉体改造に取り組んだ。これが功を奏し、平成18年(2006年)1月場所では14勝1敗の圧倒的な成績で自身3度目の幕内最高優勝を果たしている。なお、この優勝ののち、平成28年(2016年)1月場所において琴奨菊が賜杯を抱くまで、丸10年間にわたり日本出身力士の幕内最高優勝は出なかった。栃東は、平成の相撲史において輝かしい存在感を放ち続けたのである。

しかし、平成19年(2007年)3月場所の途中休場後、脳梗塞の発症が判明し、現役続行は生命に関わるとの診断を受けて現役を引退した。引退後は大関特権で年寄「栃東」として後進の指導にあたった。その後、平成21年(2009年)9月の父の停年退職に伴って「14代玉ノ井」を襲名し、部屋を継承した。卓越した技術と土俵への執念で輝かしい功績を残した名大関の系譜は、指導者となった現在も脈々と受け継がれている。

四股名
栃東 大裕 (とちあずま だいすけ)
最高位
大関
年寄名跡
14代玉ノ井 太祐
出身地
東京都足立区
本名
志賀 太祐
生年月日
昭和51年(1976)11月9日(49歳)
出身高校
明治大学付属中野高校
所属部屋
玉ノ井部屋
改名歴
志賀 大裕 → 栃東 大裕
初土俵
平成6年(1994)11月 前相撲(18歳0ヶ月)
新十両
平成8年(1996)5月(所要9場所)
19歳6ヶ月(初土俵から1年6ヶ月)
新入幕
平成8年(1996)11月(所要12場所)
20歳0ヶ月(初土俵から2年0ヶ月)
新小結
平成9年(1997)7月(所要16場所)
20歳8ヶ月(初土俵から2年8ヶ月)
新関脇
平成9年(1997)9月(所要17場所)
20歳10ヶ月(初土俵から2年10ヶ月)
新大関
平成14年(2002)1月(所要43場所)
25歳2ヶ月(初土俵から7年2ヶ月)
最終場所
平成19年(2007)3月場所(30歳4ヶ月)※番付上は平成19年(2007)5月場所
大相撲歴
75場所(12年4ヶ月)
通算成績
560勝317敗169休867出場(勝率.646)
通算75場所
勝ち越し55場所(勝ち越し率.743)(勝ち越し星273)
優勝等
幕内優勝3回(次点5),十両優勝1回,幕下優勝1回,三段目優勝1回,序二段優勝1回,序ノ口優勝1回
受賞・金星
殊勲賞3回,敢闘賞2回,技能賞7回,金星4個(曙1個、貴乃花2個、武蔵丸1個)
持給金
298円(勝ち越し星273個 優勝3回 金星4個)
大関戦歴
207勝125敗118休324出場(勝率.639)
在位30場所(在位率.400)
勝ち越し19場所(勝ち越し率.633)
幕内戦歴
483勝296敗166休769出場(勝率.628)
在位63場所(在位率.840)
勝ち越し45場所(勝ち越し率.714)
三役戦歴
194勝118敗18休310出場(勝率.626)
在位22場所(在位率.293)
勝ち越し18場所(勝ち越し率.818)
関脇戦歴
149勝88敗18休235出場(勝率.634)
在位17場所(在位率.227)
勝ち越し13場所(勝ち越し率.765)
小結戦歴
45勝30敗0休75出場(勝率.600)
在位5場所(在位率.067)
勝ち越し5場所(勝ち越し率1.000)
前頭戦歴
82勝53敗30休135出場(勝率.607)
在位11場所(在位率.147)
勝ち越し8場所(勝ち越し率.727)
十両戦歴
32勝13敗0休45出場(勝率.711)
在位3場所(在位率.040)
勝ち越し3場所(勝ち越し率1.000)
関取戦歴
515勝309敗166休814出場(勝率.633)
在位66場所(在位率.880)
勝ち越し48場所(勝ち越し率.727)
幕下以下歴
45勝8敗3休53出場(勝率.849)
在位8場所(在位率.107)
勝ち越し7場所(勝ち越し率.875)

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  • ✅ 勝った決まり手1位:押し出し(190回 / 33.7%)
  • ✅ 負けた決まり手1位:寄り切り(67回 / 21.1%)
  • ✅ 得意な相手:栃乃洋(21勝4敗 / 勝率.840)
  • ✅ 苦手な相手:貴乃花(5勝16敗 / 勝率.238)

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カテゴリー : 出羽海一門

公開日:2018-08-17
投稿者:レイ

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