尾車部屋の歴代力士一覧|全関取の戦歴と優勝・三賞記録

尾車(おぐるま)部屋の主な所属力士をご紹介する尾車部屋の大相撲力士まとめ!

この記事では尾車部屋の主な関取を中心に紹介していきます。最高位や改名歴、初土俵や各段の昇進時期と最終場所、さらに生涯戦歴と生涯勝率、成績等を中心にご紹介していきます。

尾車部屋の基本情報
一門
:二所ノ関一門
創設
:昭和62年(1987年)3月23日
創設者
:第8代・尾車 浩一 (元大関・琴風 豪規)
最終師匠
:同上
閉鎖
:令和4年(2022年)2月6日
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尾車部屋の系図

尾車部屋の成り立ちを図にしてみました。 尾車部屋・相関図

尾車部屋の優勝力士

尾車部屋の優勝力士は1人もいませんでした。

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尾車部屋の三賞受賞力士

尾車部屋 歴代三賞受賞力士一覧

尾車部屋では、3人の力士が三賞を受賞し、獲得数はあわせて13回でした。

受賞の内訳は、技能賞が4回、殊勲賞が3回、敢闘賞が6回となっています。

また、ダブル受賞は嘉風が1回ずつ達成しました。

場所年月 番付 受賞力士 受賞 成績 受賞時
年齢
出身地 部屋 初土俵 生年月日
令和元年7月
(2019年)
R1.7
(2019)
西前頭7西前頭7友風殊勲賞 [初]11勝4敗24歳7ヶ月神奈川県尾車平成29年5月
(2017年)
平成6年12月2日
(1994年)
平成29年9月
(2017年)
H29.9
(2017)
西関脇西関脇嘉風技能賞 [4回目]8勝7敗35歳6ヶ月大分県尾車平成16年1月
(2004年)
昭和57年3月19日
(1982年)
平成29年5月
(2017年)
H29.5
(2017)
西小結西小結嘉風技能賞 [3回目]8勝7敗35歳2ヶ月大分県尾車平成16年1月
(2004年)
昭和57年3月19日
(1982年)
平成28年7月
(2016年)
H28.7
(2016)
西前頭5西前頭5嘉風殊勲賞 [2回目]10勝5敗34歳4ヶ月大分県尾車平成16年1月
(2004年)
昭和57年3月19日
(1982年)
平成27年11月
(2015年)
H27.11
(2015)
西小結西小結嘉風技能賞 [2回目]8勝7敗33歳8ヶ月大分県尾車平成16年1月
(2004年)
昭和57年3月19日
(1982年)
平成27年9月
(2015年)
H27.9
(2015)
西前頭筆頭西前頭筆頭嘉風
ダブル
殊勲賞 [初]11勝4敗33歳6ヶ月大分県尾車平成16年1月
(2004年)
昭和57年3月19日
(1982年)
技能賞 [初]
平成27年7月
(2015年)
H27.7
(2015)
東前頭8東前頭8嘉風敢闘賞 [4回目]12勝3敗33歳4ヶ月大分県尾車平成16年1月
(2004年)
昭和57年3月19日
(1982年)
平成26年3月
(2014年)
H26.3
(2014)
東前頭4東前頭4嘉風敢闘賞 [3回目]10勝5敗32歳0ヶ月大分県尾車平成16年1月
(2004年)
昭和57年3月19日
(1982年)
平成22年9月
(2010年)
H22.9
(2010)
西前頭11西前頭11嘉風敢闘賞 [2回目]11勝4敗28歳6ヶ月大分県尾車平成16年1月
(2004年)
昭和57年3月19日
(1982年)
平成22年9月
(2010年)
H22.9
(2010)
西前頭12西前頭12豪風敢闘賞 [2回目]12勝3敗31歳3ヶ月秋田県尾車平成14年5月
(2002年)
昭和54年6月21日
(1979年)
平成20年11月
(2008年)
H20.11
(2008)
東前頭12東前頭12嘉風敢闘賞 [初]11勝4敗26歳8ヶ月大分県尾車平成16年1月
(2004年)
昭和57年3月19日
(1982年)
平成20年1月
(2008年)
H20.1
(2008)
東前頭7東前頭7豪風敢闘賞 [初]12勝3敗28歳7ヶ月秋田県尾車平成14年5月
(2002年)
昭和54年6月21日
(1979年)

尾車部屋 三賞受賞回数ランキング

受賞回数は、1位が嘉風で10回(殊勲賞2回・技能賞4回・敢闘賞4回)、2位が豪風で2回(敢闘賞2回)、3位が友風で1回(殊勲賞1回)となっています。

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順位 四股名 三賞
合計
技能賞 殊勲賞 敢闘賞 最高位 部屋 出身地
1位 嘉風 10回 4 2 4 関脇 尾車 大分県
2位 豪風 2回 0 0 2 関脇 尾車 秋田県
3位 友風 1回 0 1 0 前頭3 尾車 神奈川県

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尾車部屋の最高位:関脇

豪風 旭

豪風 旭 (たけかぜ あきら)秋田県北秋田郡森吉町 → 秋田県北秋田市出身、尾車部屋の元力士で、最高位は関脇

平成14年(2002)5月場所に22歳10ヶ月で初土俵を踏み、平成31年(2019)1月場所を最後に引退(39歳6ヶ月)。

通算成績は687勝746敗46休1430出場。生涯勝率.480。通算100場所中、48場所を勝ち越した(勝ち越し率.480)。

主な成績は幕内(次点1)、十両優勝1回敢闘賞2回、金星1個(日馬富士1個)

昭和54年(1979)6月21日生まれ。本名は成田 旭。

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広い肩幅と分厚い胸板から繰り出す強烈な突き押しと、伝家の宝刀「一本背負い」で館内を沸かせた元関脇・豪風。小柄な体格というハンデをウエイトトレーニングで鍛え抜いた鋼の肉体と気迫でカバーし、35歳を過ぎてから自己最高位を更新するなど、息の長い活躍で多くのファンに愛された名力士である。

学生横綱からの角界入りとスピード出世

秋田県に生まれ、小学生時代には相撲部に所属していたが、中学には相撲部が無かったため、柔道に打ち込んでいた。秋田県立金足農業高校に進学すると再び相撲に転向し、厳しい指導によって柔道の癖を克服して相撲の基礎を磨いた。中央大学4年次には全国学生相撲選手権大会で優勝を果たして学生横綱のタイトルを獲得し、幕下15枚目格付出の資格を得た。この輝かしい実績を引っさげ、尾車部屋への入門を決意する。

平成14年(2002年)5月場所、幕下15枚目格付出で、本名の「成田」として初土俵を踏むと、アマチュア時代の勢いそのままに大相撲の厳しい土俵でも躍動する。わずか所要2場所というスピードで十両昇進を決め、これを機に「豪快な取り口で豪華な風が吹くように」という師匠の願いが込められた「豪風」へと改名。その後も快進撃は止まらず、十両を3場所で通過して平成15年(2003年)3月場所において待望の新入幕を果たした。

鋼の肉体による押し相撲と「一本背負い」

幕内ではひときわ小柄であったが、過酷な筋力トレーニングで徹底的に鍛え上げられた下半身を生かし、重心の低い押し相撲を武器に上位陣へと挑み続けた。さらに、中学時代までの柔道経験を活かした「一本背負い」は豪風の代名詞とも言える大技であり、本場所の土俵で計3回(うち幕内では2回)も決めるなど、記録にも記憶にも残る取り口で館内を大いに盛り上げた。

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幕内に定着してからは長らく平幕の上位と下位を往復する時期が続いたが、決して腐ることなく地道に稽古を重ねる。平成20年(2008年)1月場所には12勝3敗の好成績で初の三賞となる敢闘賞を受賞し、翌3月場所では自身初となる三役昇進を果たした。

35歳での新関脇昇進と、ベテランの意地

年齢を重ねてからは度重なる怪我や心労に苦しむ時期もあったが、慰問に訪れた病院で難病と闘う子供から励ましの言葉を受けたことで涙して奮起するなど、周囲の支えを力に変えて土俵に立ち続けた。

ベテランの域に達しても豪風の進化は止まらず、平成26年(2014年)7月場所では西前頭4枚目の地位で横綱・日馬富士を破り、自身初となる金星を獲得。さらに翌9月場所では、35歳2ヶ月という当時の最年長記録となる新関脇への昇進を果たすなど、年齢を重ねるごとに凄みを増していった。

引退、そして「押尾川部屋」の創設へ

満身創痍になっても不屈の闘志で戦い抜いたが、東十両12枚目で迎えた平成31年(2019年)1月場所、負け越しが決まった10日目に現役引退を表明した。生涯場所数は100場所、うち実に98場所で関取を務めるという偉大な記録を残している。引退相撲での長男との取組では、代名詞である一本背負いで転がされ、入門に大反対していた亡き両親の遺影を手に館内へ登場して号泣する感動的な一幕もあった。

引退後は年寄「押尾川」を襲名し、「ケガに強い力士、礼儀を重んじる力士、なにより勝負強い力士を育てていきたい」と指導者としての抱負を語る。令和4年(2022年)に独立して押尾川部屋を新設し、長年培った技術と肉体作りのノウハウを弟子たちへと伝授している。

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四股名
豪風 旭 (たけかぜ あきら)
最高位
関脇
年寄名跡
22代押尾川 旭(尾車) → 22代押尾川 旭
出身地
秋田県北秋田郡森吉町 → 秋田県北秋田市
本名
成田 旭
生年月日
昭和54年(1979)6月21日(47歳)
出身高校
秋田県立金足農業高校
出身大学
中央大学
所属部屋
尾車部屋
改名歴
成田 旭 → 豪風 旭
初土俵
平成14年(2002)5月 幕下15枚目付出(22歳10ヶ月)
新十両
平成14年(2002)9月(所要2場所)
23歳2ヶ月(初土俵から0年4ヶ月)
新入幕
平成15年(2003)3月(所要5場所)
23歳8ヶ月(初土俵から0年10ヶ月)
新小結
平成20年(2008)3月(所要35場所)
28歳8ヶ月(初土俵から5年10ヶ月)
新関脇
平成26年(2014)9月(所要73場所)
35歳2ヶ月(初土俵から12年4ヶ月)
最終場所
平成31年(2019)1月場所(39歳6ヶ月)
大相撲歴
100場所(16年8ヶ月)
通算成績
687勝746敗46休1430出場(勝率.480)
通算100場所
勝ち越し48場所(勝ち越し率.480)(勝ち越し星150)
優勝等
幕内(次点1),十両優勝1回
受賞・金星
敢闘賞2回,金星1個(日馬富士1個)
持給金
122円(勝ち越し星150個 金星1個)
幕内戦歴
590勝669敗31休1257出場(勝率.469)
在位86場所(在位率.860)
勝ち越し39場所(勝ち越し率.453)
三役戦歴
12勝33敗0休45出場(勝率.267)
在位3場所(在位率.030)
勝ち越し0場所(勝ち越し率.000)
関脇戦歴
7勝8敗0休15出場(勝率.467)
在位1場所(在位率.010)
勝ち越し0場所(勝ち越し率.000)
小結戦歴
5勝25敗0休30出場(勝率.167)
在位2場所(在位率.020)
勝ち越し0場所(勝ち越し率.000)
前頭戦歴
578勝636敗31休1212出場(勝率.477)
在位83場所(在位率.830)
勝ち越し39場所(勝ち越し率.470)
十両戦歴
87勝73敗15休159出場(勝率.547)
在位12場所(在位率.120)
勝ち越し7場所(勝ち越し率.583)
関取戦歴
677勝742敗46休1416出場(勝率.478)
在位98場所(在位率.980)
勝ち越し46場所(勝ち越し率.469)
幕下以下歴
10勝4敗0休14出場(勝率.714)
在位2場所(在位率.020)
勝ち越し2場所(勝ち越し率1.000)

豪風 旭の更に詳細なデータは力士名鑑で!

名鑑ページでは、以下のような詳細な分析データをはじめ、豊富な表やグラフをご覧いただけます。

  • ✅ 勝った決まり手1位:押し出し(214回 / 31.1%)
  • ✅ 負けた決まり手1位:押し出し(246回 / 33.0%)
  • ✅ 得意な相手:若の里(18勝7敗 / 勝率.720)
  • ✅ 苦手な相手:白鵬(1勝22敗 / 勝率.043)

嘉風 雅継

嘉風 雅継(よしかぜ まさつぐ)大分県佐伯市出身、尾車部屋の元力士で、最高位は関脇

平成16年(2004)1月場所に21歳9ヶ月で初土俵を踏み、令和元年(2019)9月場所を最後に引退(37歳6ヶ月)。

通算成績は649勝642敗30休1288出場。生涯勝率.503。通算94場所中、47場所を勝ち越した(勝ち越し率.505)。

主な成績は幕内次点1回,三段目優勝1回序ノ口優勝1回殊勲賞2回,敢闘賞4回,技能賞4回,金星8個(日馬富士2個、鶴竜3個、白鵬2個、稀勢の里1個)。

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昭和57年(1982)3月19日生まれ。本名は大西 雅継。

日体大3年次にアマチュア横綱のタイトルを獲得し幕下15枚目格付出資格を得たが大学卒業を選んだため、前相撲からの初土俵となった。その初土俵からわずか13場所目には新入幕を果たす。

年齢を重ねるごとに増していた相撲力でファンを魅了し続けていたが、令和元年6月に故郷である大分県佐伯市が企画したPRイベントに参加し渓流下りを行った際に右膝を痛めて緊急手術。

7月場所を全休し十両へと陥落、負った怪我の影響はおおきく令和元年9月場所5日目に引退を表明。年寄・中村の襲名が承認された。

年寄
13代・中村 雅継
四股名
嘉風 雅継(よしかぜ まさつぐ)
最高位
関脇
年寄名跡
13代中村 雅継
出身地
大分県佐伯市
本名
大西 雅継
生年月日
昭和57年(1982)3月19日(44歳)
出身高校
中津工業高校
出身大学
日本体育大学
所属部屋
尾車部屋
改名歴
大西 雅継 → 嘉風 雅継
初土俵
平成16年(2004)1月 前相撲(21歳9ヶ月)
新十両
平成17年(2005)7月(所要9場所)
23歳3ヶ月(初土俵から1年6ヶ月)
新入幕
平成18年(2006)1月(所要12場所)
23歳9ヶ月(初土俵から2年0ヶ月)
新小結
平成26年(2014)5月(所要61場所)
32歳1ヶ月(初土俵から10年4ヶ月)
新関脇
平成28年(2016)1月(所要71場所)
33歳9ヶ月(初土俵から12年0ヶ月)
最終場所
令和元年(2019)9月(37歳6ヶ月)
大相撲歴
94場所(15年8ヶ月)
通算成績
649勝642敗30休1288出場(勝率.503)
通算94場所
勝ち越し47場所(勝ち越し率.505)
優勝等
幕内次点1回,三段目優勝1回序ノ口優勝1回
受賞・金星
殊勲賞2回,敢闘賞4回,技能賞4回,金星8個
幕内戦歴
561勝600敗24休1158出場(勝率.483)
在位79場所(在位率.840)
勝ち越し35場所(勝ち越し率.443)
三役戦歴
57勝63敗0休120出場(勝率.475)
在位8場所(在位率.085)
勝ち越し5場所(勝ち越し率.625)
関脇戦歴
26勝34敗0休60出場(勝率.433)
在位4場所(在位率.043)
勝ち越し2場所(勝ち越し率.500)
小結戦歴
31勝29敗0休60出場(勝率.517)
在位4場所(在位率.043)
勝ち越し3場所(勝ち越し率.750)
前頭戦歴
504勝537敗24休1038出場(勝率.484)
在位71場所(在位率.755)
勝ち越し30場所(勝ち越し率.423)
十両戦歴
44勝30敗6休74出場(勝率.595)
在位6場所(在位率.064)
勝ち越し5場所(勝ち越し率.833)
関取戦歴
605勝630敗30休1232出場(勝率.490)
在位85場所(在位率.904)
勝ち越し40場所(勝ち越し率.471)
幕下以下歴
44勝12敗0休56出場(勝率.786)
在位8場所(在位率.085)
勝ち越し7場所(勝ち越し率.875)


尾車部屋の最高位:前頭

友風 想大

友風 想大(ともかぜ そうだい)は神奈川県 川崎市川崎区出身、中村部屋の力士で最高位は前頭3枚目。令和8年7月場所の番付は東 十両4枚目。

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神奈川県川崎市に生まれ、幼少期は極真空手やバスケットボール、中学時代は柔道に打ち込むなど多くのスポーツを経験した。中学の柔道部顧問が相撲経験者であった縁から大会に出場し、関東大会で団体優勝を経験する。進学した向の岡工業高校から本格的に相撲へ打ち込み、2年次に出場した全国選抜高校相撲弘前大会において準優勝を果たした。なお、この時の優勝者はアルタンホヤグ・イチンノロブ(のちの関脇・逸ノ城)であった。

高校卒業後は日本体育大学へと進学し、4年次に全日本大学選抜宇和島大会で優勝を飾るなど数々の実績を残した。大学時代から同校の先輩にあたる嘉風(元関脇、のちの13代中村)より技術指導を受けており、その深い縁から尾車部屋への入門を決断する。入門にあたり「嘉風関と同じ、初土俵から所要9場所での十両昇進」という目標を掲げ、平成29年(2017年)5月場所において本名の「南」で初土俵を踏んだ。

驚異のスピード出世と大記録

翌場所から四股名を「友風 勇太」と改名して本格的に角界での歩みを開始し、序ノ口と三段目で全勝優勝を飾る。入門時の思いを胸に快進撃を続け、平成30年(2018年)11月場所において見事に目標通りの所要9場所で新十両への昇進を果たし、そのまま12勝3敗で新十両優勝を飾った。

さらに十両も所要2場所で通過し、平成31年(2019年)3月場所において初土俵から所要11場所という史上4位タイのスピード記録で新入幕を果たす。これは「嘉風関の所要12場所での新入幕記録を抜く」という目標を見事にクリアするものであった。令和元年(2019年)7月場所では横綱・鶴竜から初金星を獲得し、初土俵から所要14場所という当時の史上最速タイ記録を打ち立て、殊勲賞を受賞した。翌9月場所でも鶴竜を破って2場所連続で金星を獲得し、同場所中に引退した兄弟子・嘉風への恩返しを果たした。

凄絶な大怪我と絶望の淵

しかし、西前頭3枚目で迎えた令和元年(2019年)11月場所の2日目、取組中に土俵下へ転落して右膝に凄絶な大怪我を負ってしまう。4本の靭帯断裂や大腿骨・脛骨の骨折、半月板損傷などに加え、右膝から下は皮膚と内側側副靭帯、血管1本だけが繋がっているような状態であった。「切断寸前の重傷で、一生歩くことができない可能性もある」と医師から宣告されるほどの深刻な事態であった。

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初土俵以来初の休場から計4回の大手術を受け、5ヶ月にも及ぶ入院生活を余儀なくされる。腓骨神経麻痺の後遺症が残り、装具の支えがなければ日常の歩行にも支障をきたす状態で、後に身体障害者手帳の交付も受けた。当初は引退を疑わず、日常生活に戻れるかどうかの不安に苛まれる絶望の淵に立たされた。

不屈の復活劇と恩師との歩み

それでも、毎日看病に駆けつけた母親の献身的な支えや、リハビリ施設で懸命に頑張る小さな子供たちの姿に勇気をもらい、現役続行を決意する。過酷なリハビリ期間中には、同じく怪我で引退した13代中村からの科学的な指導にも支えられ、痛みに耐え抜いて再び土俵へと向かった。

令和3年(2021年)3月場所、1年4ヶ月の長期休場を経て西序二段55枚目の地位で土俵への復帰を果たす。その後、令和4年(2022年)2月に尾車部屋の閉鎖に伴って二所ノ関部屋へと移籍する。新しい師匠となった二所ノ関親方(元横綱・稀勢の里)からも「ケガをしてなかったら三役に上がっていただろう」と何度も励まされ、恐怖心と闘いながら白星を重ねていった。

令和5年(2023年)1月場所後の番付編成会議で17場所ぶりとなる再十両昇進が決定し、幕内経験力士が序二段まで降格した後に再十両となる史上3人目の快挙を達成する。同年11月場所においてはついに幕内の土俵へと復帰し、大相撲史に残る奇跡の復活劇を成し遂げた。令和6年(2024年)6月には、恩師である13代中村が中村部屋を創設したことに伴い同部屋へと転籍している。四股名も「友風 想大」へと改め、大怪我の後遺症を抱えながらも押し相撲を主体としつつ、機を見た叩き込みなどの引き技を交えながら、不屈の精神で土俵を務め上げている。

異色の「ピアノ力士」

趣味は小学2年次から始めたピアノの演奏である。一時は音楽大学への進学を勧められたほどの腕前を持ち、小学生時代に作曲した運動会の曲は卒業後も母校で使われ続けているという。トークショーで「引退後はピアニストを目指す」と語ったこともある。

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リチャード・クレイダーマンやX JAPANのYOSHIKIを好み、大相撲入門後も巡業先の食事会場に置かれたピアノで見事な演奏を披露して関取衆からのリクエストに応えるなど、角界では異色の「ピアノ力士」として多くのファンに親しまれている。

💡 神奈川県出身一覧💡 中村部屋の力士

四股名
友風 想大(ともかぜ そうだい)
最高位
前頭3枚目
最新番付
東 十両4枚目
出身地
神奈川県 川崎市川崎区
本名
南 友太
生年月日
平成6年(1994)12月2日(31歳)
身長・体重
185cm・176kg
出身高校
向の岡工業高校
出身大学
日本体育大学
所属部屋
尾車 → 二所ノ関 → 中村部屋
改名歴
南 → 友風
初土俵
平成29年(2017)5月(22歳5ヵ月)
新十両
平成30年(2018)11月(23歳11ヵ月)
新入幕
平成31年(2019)3月(24歳3ヵ月)
優勝
十両優勝1回,幕下優勝1回,三段目優勝1回,序ノ口優勝1回
受賞・金星
殊勲賞1回,金星2個
通算成績
305勝225敗73休/528出場(勝率:57.8%)
直近7場所
23勝22敗(幕内:20勝25敗)
7場所勝率
47.8%
得意技
突き・押し
決まり手傾向(直近7場所)
友風が勝ちの決まり手(35勝)
叩き込み24
押し出し7
寄り切り1
突き落とし1
上手投げ1
掬い投げ1
友風が負けの決まり手(40敗)
押し出し22
叩き込み5
押し倒し4
引き落とし3
寄り倒し2
反則1
その他3
令8年7月
東 十両4枚目(1枚上昇)
0勝0敗
令8年5月
東 十両5枚目(2枚半降下)
8勝7敗
●●●○○|○○○●●|○●●○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年3月
西 十両2枚目(6枚降下)
6勝9敗
●●○●●|○●●○●|○○●○●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

▼ さらに過去の成績(4場所分)を見る
令8年1月
西 前頭13枚目(1枚降下)
4勝11敗
●○●●○|○●●●○|●●●●●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年11
西 前頭12枚目(3枚半上昇)
7勝8敗
●●●●●|○●○○●|○○●○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年9月
東 前頭16枚目(4枚上昇)
9勝6敗
○●○○○|○●●○●|○●○○●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年7月
西 十両2枚目
9勝6敗
○●○●○|○●○●○|●○○●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

若麒麟 真一

兵庫県川西市出身、押尾川~尾車部屋の元力士で最高位は前頭9枚目。押尾川部屋からの移籍組、大麻取締法違反で逮捕され、後に協会より解雇処分。

  • 四股名 :若麒麟 真一(わかきりん しんいち)
  • 最高位 :前頭9枚目
  • 出身地 :兵庫県川西市
  • 本 名 :鈴川 真一
  • 生年月日:昭和58年(1983)9月21日
  • 所属部屋:押尾川⇒尾車部屋
  • 改名歴 :鈴川⇒若麒麟
  • 初土俵 :平成11年(1999)3月(15歳6ヵ月)
  • 新十両 :平成16年(2004)9月(21歳0ヵ月)
  • 新入幕 :平成19年(2007)11月(24歳2ヵ月)
  • 最終場所:平成21年(2009)1月(25歳4ヵ月)
  • 生涯戦歴:279勝232敗22休/511出場(60場所)
  • 生涯勝率:54.6%
  • 優勝等 :幕下優勝2回
  • 幕内戦歴:20勝25敗(3場所)勝率:44.4%
  • 十両戦歴:85勝80敗15休(12場所)勝率:51.5%

矢後 太規

矢後 太規(やご たかのり)は北海道 河西郡芽室町出身、押尾川部屋の力士で最高位は前頭10枚目。令和8年7月場所の番付は東 幕下53枚目。

中央大学4年次に全国学生相撲選手権でベスト8、全日本相撲選手権大会優勝でアマチュア横綱のタイトルを獲得し幕下15枚目格付出資格を得た。大学の先輩にあたる豪風(現・押尾川親方)がいた尾車部屋へと入門。所要2場所での新十両昇進は最速タイ。その後は地道に相撲力を蓄えて平成31年初場所で新入幕を果たした

💡 北海道出身一覧💡 押尾川部屋の力士

四股名
矢後 太規(やご たかのり)
最高位
前頭10枚目
最新番付
東 幕下53枚目
出身地
北海道 河西郡芽室町
本名
矢後 太規
生年月日
平成6年(1994)7月8日(31歳)
身長・体重
188cm・175.7kg
出身高校
埼玉栄高校
出身大学
中央大学
所属部屋
尾車 → 押尾川部屋
初土俵
平成29年(2017)5月・幕下15付出(22歳10ヵ月)
新十両
平成29年(2017)9月(23歳2ヵ月)
新入幕
平成31年(2019)1月(24歳6ヵ月)
優勝
幕下優勝1回,序二段優勝1回
通算成績
270勝280敗21休/550出場(勝率:49.1%)
直近7場所
20勝22敗
7場所勝率
47.6%
得意技
左四つ・寄り
決まり手傾向(直近7場所)
矢後が勝ちの決まり手(19勝)
押し出し6
寄り切り5
突き落とし3
送り出し1
上手投げ1
引き落とし1
その他2
矢後が負けの決まり手(16敗)
寄り切り5
叩き込み2
突き落とし2
押し倒し1
外掛け1
送り出し1
その他4
令8年7月
東 幕下53枚目(24枚降下)
0勝0敗
令8年5月
東 幕下29枚目(9枚上昇)
1勝6敗
●-●-●|-●-○-|-●--●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年3月
東 幕下38枚目(10枚降下)
4勝3敗
●-○--|●-●-○|-○-○-
取組詳細(対戦相手・決まり手)

▼ さらに過去の成績(4場所分)を見る
令8年1月
東 幕下28枚目(6枚降下)
3勝4敗
-○-●○|--●-○|●--●-
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年11
東 幕下22枚目(5枚半降下)
3勝4敗
-●-●-|○-●-○|○--●-
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年9月
西 幕下16枚目(24枚上昇)
3勝4敗
○--○-|●○--●|●--●-
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年7月
西 幕下40枚目
6勝1敗
○-○-○|-○-○-|○-●--
取組詳細(対戦相手・決まり手)

若兎馬 裕三

東京都府中市出身、押尾川~尾車部屋の元力士で最高位は前頭11枚目。

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  • 四股名 :若兎馬 裕三(わかとば ひろみ)
  • 最高位 :前頭11枚目
  • 年寄名跡:19代押尾川
  • 出身地 :東京都府中市
  • 本 名 :山田 裕三
  • 生年月日:昭和52年(1977)6月15日
  • 所属部屋:押尾川⇒尾車部屋
  • 改名歴 :山田⇒若兎馬
  • 初土俵 :平成5年(1993)3月(15歳9ヵ月)
  • 新十両 :平成13年(2001)5月(23歳11ヵ月)
  • 新入幕 :平成15年(2003)9月(26歳3ヵ月)
  • 最終場所:平成19年(2007)9月(30歳3ヵ月)
  • 生涯戦歴:416勝406敗28休/820出場(87場所)
  • 生涯勝率:50.6%
  • 優勝等 :十両同点1回,三段目同点1回
  • 幕内戦歴:39勝66敗(7場所)勝率:37.1%
  • 十両戦歴:170勝180敗10休(24場所)勝率:48.6%

天風 浩一

天風 浩一(あまかぜ こういち)は香川県 仲多度郡琴平町出身、押尾川部屋の力士で最高位は前頭13枚目。令和8年7月場所の番付は東 三段目41枚目。

四股名は実家のそばを流れる川「天の川」と7月7日の七夕生まれに因んで自分で決めた。明るい性格で人気者

💡 香川県出身一覧💡 押尾川部屋の力士

四股名
天風 浩一(あまかぜ こういち)
最高位
前頭13枚目
最新番付
東 三段目41枚目
出身地
香川県 仲多度郡琴平町
本名
川成 健人
生年月日
平成3年(1991)7月7日(34歳)
身長・体重
184cm・165.3kg
所属部屋
尾車 → 押尾川部屋
改名歴
川成 → 天風
初土俵
平成19年(2007)3月(15歳8ヵ月)
新十両
平成27年(2015)3月(23歳8ヵ月)
新入幕
平成28年(2016)9月(25歳2ヵ月)
優勝
十両優勝1回
通算成績
467勝430敗47休/896出場(勝率:52.1%)
直近7場所
21勝21敗
7場所勝率
50.0%
得意技
押し・左四つ・寄り
決まり手傾向(直近7場所)
天風が勝ちの決まり手(20勝)
寄り切り10
押し出し5
小手投げ2
極め出し1
叩き込み1
上手出し投げ1
天風が負けの決まり手(15敗)
寄り切り6
押し出し5
掬い投げ2
突き落とし1
引っ掛け1
令8年7月
東 三段目41枚目(33枚降下)
0勝0敗
令8年5月
東 三段目8枚目(54枚上昇)
1勝6敗
●-●-●|-●-○-|●---●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年3月
東 三段目62枚目(37枚降下)
6勝1敗
-○-○○|-●-○-|-○-○-
取組詳細(対戦相手・決まり手)

▼ さらに過去の成績(4場所分)を見る
令8年1月
東 三段目25枚目(27枚半上昇)
1勝6敗
-●●--|○-●-●|●--●-
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年11
西 三段目52枚目(34枚上昇)
5勝2敗
○--○●|--○○-|○--●-
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年9月
西 序二段6枚目(21枚半降下)
5勝2敗
-○-●○|--○-●|○--○-
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年7月
東 三段目65枚目
3勝4敗
-●○--|●-●-○|●--○-
取組詳細(対戦相手・決まり手)

皇風 俊司

東京都調布市出身、尾車部屋の元力士で最高位は前頭13枚目。

  • 四股名 :皇風 俊司(きみかぜ としじ)
  • 最高位 :前頭13枚目
  • 出身地 :東京都調布市
  • 本 名 :直江 俊司
  • 生年月日:昭和61年(1986)9月23日
  • 出身大学:早稲田大学
  • 所属部屋:尾車部屋
  • 改名歴 :直江⇒皇風
  • 初土俵 :平成21年(2009)1月(22歳4ヵ月)
  • 新十両 :平成23年(2011)9月(25歳0ヵ月)
  • 新入幕 :平成24年(2012)5月(25歳8ヵ月)
  • 最終場所:平成26年(2014)5月(27歳8ヵ月)
  • 生涯戦歴:141勝112敗20休/249出場(32場所)
  • 生涯勝率:55.7%
  • 優勝等 :十両優勝1回,幕下優勝1回(同点1)
  • 幕内戦歴:5勝8敗2休(1場所)勝率:38.5%
  • 十両戦歴:39勝43敗8休(6場所)勝率:47.6%

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尾車部屋の歴代師匠

第8代・尾車 浩一 (元大関・琴風)

在任期間(昭和62年(1987年)3月23日~令和4年(2022年)2月6日)

琴風 豪規 (ことかぜ こうき)三重県津市出身、佐渡ヶ嶽部屋の元力士で、最高位は大関

昭和46年(1971)7月場所に14歳2ヶ月で初土俵を踏み、昭和60年(1985)11月場所を最後に引退(28歳6ヶ月)。

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通算成績は561勝352敗102休940出場。生涯勝率.597。通算87場所中、60場所を勝ち越した(勝ち越し率.698)。

主な成績は幕内優勝2回(次点2)、十両優勝1回、幕下優勝1回殊勲賞3回、敢闘賞2回、技能賞1回、金星6個(北の湖3個、輪島2個、若乃花1個)

昭和32年(1957)4月26日生まれ。本名は中山 浩一。

得意の「がぶり寄り」を武器に活躍し、度重なる大怪我による絶望的な淵から這い上がり大関の座を掴み取った不屈の力士である。愛嬌のある顔立ちから「ペコちゃん」の愛称で親しまれる一方、相撲界随一のインテリ力士としても知られた。現役時代のみならず親方時代にも生命に関わる大怪我から奇跡の生還を果たしており、現在もNHK専属解説者として角界に身を置いている。

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マロングラッセと過酷な内弟子時代

三重県津市出身。海軍相撲で鍛えた相撲好きの父の縁で、幼稚園児の頃から佐渡ヶ嶽部屋一行と交流があった。中学時代は「体育以外はオール5」という秀才で料理学校への進学を希望していたが、巡業の際に当時大関の琴櫻(のちの第53代横綱)からちゃんこに誘われ、土産にもらったマロングラッセの味に「相撲取りになればこんな高級なものが食べられるのか」と感動し、角界入りを決意した。

琴櫻が引退・独立した際の弟子として密かにスカウトされ、入門までは内弟子として普通の中学生活を送るつもりで上京した。ところが当時の師匠・11代佐渡ヶ嶽(元小結・琴錦)に見つかり「内弟子なんか許さん」と怒られ、昭和46年(1971年)7月場所に本名をもじった「中ノ山」の四股名で強引に前相撲を取らされてしまう。翌9月場所には「琴風」へと四股名を改めた。琴櫻の「内弟子」という特別扱いのため、部屋では凄まじいいじめに遭ったが、現役力士だった琴櫻にはかばうことが出来ず、琴風は廃業も覚悟した。それでも「人をいじめて何が楽しいのか。周囲を絶対に見返してやる」という反発心をバネに猛稽古に励んだ。その後、昭和49年(1974年)7月に11代佐渡ヶ嶽が急逝。場所前に引退して11代白玉を襲名したばかりであった琴櫻が、12代佐渡ヶ嶽として部屋を継承すると、琴風へのいじめはなくなった。

覚醒と大怪我、不屈のがぶり寄り

地道に力をつけ、昭和50年(1975年)11月場所に新十両、昭和52年(1977年)1月場所で新入幕を果たす。同年11月場所では横綱・北の湖を右前まわしからの強烈な寄りで土俵下へもんどり打たせて初金星を獲得。この一番を機に重い腰からの速攻が開眼した。

下半身が硬い弱点を補うために身につけた「がぶり寄り」は、相手の懐に飛び込んでひたすら前に出るため投げを打たれにくい理想的な武器となった。一躍大関候補となったが、昭和53年(1978年)11月場所の麒麟児戦で左膝内側側副靱帯断裂の大怪我を負い、翌場所の復帰戦で同箇所を再発させてしまう。古傷の再発であったため公傷が適用されず、以後2場所連続全休を余儀なくされて西幕下30枚目まで転落し、絶望の淵に立たされる。

しかし決して諦めず、幕下全勝優勝や十両優勝を経て昭和55年(1980年)1月場所に幕内へ生還。一気に三役まで戻るが、同年7月場所の栃光戦で左膝半月板損傷など再び大怪我を負う。当時の春日野理事長(元横綱・栃錦)に「今度こそ駄目だろう」と言わしめ、初めて患部にメスを入れるほどの重症であったが、不屈の闘志で再び立ち上がった。

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初優勝、そして大関昇進と引退

昭和56年(1981年)7月場所後、大関陣が不在となる事態が発生し、「なんとか大関を生み出したい」との思惑から巡業では北の湖との三番稽古で徹底的にしごかれた。「こんどが最後のチャンス」と背水で臨んだ9月場所で12勝3敗の好成績を挙げ、悲願の幕内初優勝を達成。直前3場所31勝と目安には届かなかったが、大関不在の事情や幾度の地獄からカムバックした不屈の精神力が評価され、場所後の理事会で満場一致で大関昇進が決まった。伝達式では満面の笑みを見せたが、その夜には「この膝で大関としてやっていけるか」という不安に襲われ、トレードマークの笑顔が消えたという。

大関としては昭和58年(1983年)1月場所で14勝1敗を挙げ2度目の優勝を飾り、7場所連続11勝以上と安定した時代も築いた。しかし「がぶり寄り」が膝に与える負荷は大きく、満身創痍となっていく。昭和60年(1985年)5月場所で致命傷となる右膝外側側副靱帯損傷などの大怪我を負い、大関から陥落。東前頭10枚目まで番付を落とした同年11月場所、初日から3連敗を喫したところで28歳の若さで現役引退を表明した。左膝の幾度の大怪我を乗り越えてきた男にとって、頼みの綱であった右膝の崩壊が致命傷となった。

名伯楽からの奇跡の生還、そして現在

引退後は昭和62年(1987年)3月に佐渡ヶ嶽部屋から独立して尾車部屋を創設。豪風や嘉風などの名力士を育て上げた。平成21年(2009年)に預かった弟子の不祥事で二階級降格処分を受け部屋の閉鎖を考えたが、嘉風ら弟子たちの「師匠が辞めるなら自分も引退する」という言葉に翻意し、裏方衆にまで土下座して再起を誓った。

平成24年(2012年)には巡業部長に就任したが、同年4月の巡業会場で転倒し頸髄を捻挫。一時は首から下が麻痺し握力ゼロの寝たきり状態となり、医師から「本来なら呼吸器をつけて寝たきり」と言われるほどの重症を負う。しかし、同じ病院に入院していた大鵬からの激励などもあり、過酷なリハビリの末に奇跡的な回復を見せて職務復帰を果たした。

令和4年(2022年)4月に定年の65歳を迎えるにあたり、同年2月に尾車部屋を閉鎖。令和6年(2024年)5月に再雇用の任期満了を待たずに67歳で相撲協会を退職した。同年11月場所からは「琴風 浩一」の名義でNHKの大相撲中継専属解説者に就任。波乱万丈な相撲人生で培われた温かくも的確な解説で、今もなおファンに声を届けている。

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四股名
琴風 豪規 (ことかぜ こうき)
最高位
大関
年寄名跡
8代尾車 浩一(佐渡ヶ嶽) → 8代尾車 浩一 → 8代尾車 浩一(押尾川)
出身地
三重県津市
本名
中山 浩一
生年月日
昭和32年(1957)4月26日
所属部屋
佐渡ヶ嶽部屋
改名歴
中ノ山 → 琴風 豪規
初土俵
昭和46年(1971)7月 前相撲(14歳2ヶ月)
新十両
昭和50年(1975)11月(所要26場所)
18歳6ヶ月(初土俵から4年4ヶ月)
新入幕
昭和52年(1977)1月(所要33場所)
19歳8ヶ月(初土俵から5年6ヶ月)
新小結
昭和53年(1978)9月(所要43場所)
21歳4ヶ月(初土俵から7年2ヶ月)
新関脇
昭和53年(1978)1月(所要39場所)
20歳8ヶ月(初土俵から6年6ヶ月)
新大関
昭和56年(1981)11月(所要62場所)
24歳6ヶ月(初土俵から10年4ヶ月)
最終場所
昭和60年(1985)11月場所(28歳6ヶ月)
大相撲歴
87場所(14年4ヶ月)
通算成績
561勝352敗102休940出場(勝率.597)
通算87場所
勝ち越し60場所(勝ち越し率.698)(勝ち越し星250)
優勝等
幕内優勝2回(次点2),十両優勝1回,幕下優勝1回
受賞・金星
殊勲賞3回,敢闘賞2回,技能賞1回,金星6個(北の湖3個、輪島2個、若乃花1個)
持給金
248円(勝ち越し星250個 優勝2回 金星6個)
大関戦歴
212勝110敗8休321出場(勝率.660)
在位22場所(在位率.253)
勝ち越し20場所(勝ち越し率.909)
幕内戦歴
395勝249敗80休639出場(勝率.618)
在位49場所(在位率.563)
勝ち越し36場所(勝ち越し率.735)
三役戦歴
75勝55敗35休129出場(勝率.581)
在位11場所(在位率.126)
勝ち越し6場所(勝ち越し率.545)
関脇戦歴
68勝47敗35休114出場(勝率.596)
在位10場所(在位率.115)
勝ち越し6場所(勝ち越し率.600)
小結戦歴
7勝8敗0休15出場(勝率.467)
在位1場所(在位率.011)
勝ち越し0場所(勝ち越し率.000)
前頭戦歴
108勝84敗37休189出場(勝率.571)
在位16場所(在位率.184)
勝ち越し10場所(勝ち越し率.625)
十両戦歴
70勝50敗15休120出場(勝率.583)
在位9場所(在位率.103)
勝ち越し7場所(勝ち越し率.778)
関取戦歴
465勝299敗95休759出場(勝率.613)
在位58場所(在位率.667)
勝ち越し43場所(勝ち越し率.741)
幕下以下歴
96勝53敗7休181出場(勝率.530)
在位28場所(在位率.322)
勝ち越し17場所(勝ち越し率.607)

琴風 豪規の更に詳細なデータは力士名鑑で!

名鑑ページでは、以下のような詳細な分析データをはじめ、豊富な表やグラフをご覧いただけます。

  • ✅ 勝った決まり手1位:寄り切り(263回 / 55.8%)
  • ✅ 負けた決まり手1位:寄り切り(107回 / 35.5%)
  • ✅ 得意な相手:麒麟児(21勝4敗 / 勝率.840)
  • ✅ 苦手な相手:北の湖(3勝20敗 / 勝率.130)

出身地別、力士別、初土俵別など様々な方法で力士データをまとめています。

大相撲用語について知りたい方は大相撲大事典をご活用ください。

決まり手の解説記事へのリンクは、以下の一覧ページをご覧ください。

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