山形県出身の力士一覧!過去から現在、山形の主な関取を網羅しました

山形出身の過去から現在までの主な力士をご紹介する山形県の大相撲力士まとめ!この記事では山形出身の関取を中心に、山形の郷土力士をご紹介していきます。

過去の力士については最高位や改名歴、初土俵や各段の昇進時期と最終場所、さらに生涯戦歴と生涯勝率、成績等を中心にご紹介していきます。また、現役力士については最高位と昇進時期、主な成績などを載せています。

なお、年寄名跡欄のマークは、その代で師匠(部屋持ち親方)になったことがあるという意味です。

現役の山形県出身力士の最新番付や成績、詳細なデータをご覧になりたい方はこちら



相撲部屋や出身地ごとの成績から、場所中はリアルタイムでランキングを作成しております。今場所好調な相撲部屋や力士の出身地はどこ?

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★ 山形県での巡業予定

山形県巡業 酒田市(8/7)

「大相撲酒田場所」
開催日時:2026年8月7日(金)
巡業会場:INPEX酒田アリーナ(地図)
住  所:山形県酒田市飯森山2-296-1

公式サイト・関連情報

チケット購入方法等

公演などに関するお問い合わせ先

大相撲酒田場所実行委員会

  • TEL:052-229-6019
  • 平日10:00~17:00

山形県巡業 新庄市(8/8)

「大相撲新庄場所」
開催日時:2026年8月8日(土)
巡業会場:新庄市体育館
住  所:山形県新庄市金沢3072\2

公式サイト・関連情報

チケット購入方法等

公演などに関するお問い合わせ先

大相撲新庄場所実行委員会事務局

  • TEL:0233-29-5863
  • 平日9:00~16:00

山形県出身の優勝力士

優勝制度が制定された明治42年(1909)6月場所以降、1人の山形県出身の幕内最高優勝力士が誕生しています。

山形県出身初優勝はいつで誰?

山形県出身の初優勝力士は、昭和36年(1961)1月場所で西大関だった柏戸です。

柏戸は大関だった昭和36年(1961)1月場所での初優勝を皮切りに昭和42年(1967)7月場所の優勝までの間、5回の幕内優勝をあげました。まさに郷土が誇る横綱と言っていいでしょう。

山形県出身の優勝力士一覧

では山形県出身の幕内優勝力士を年月順で一覧表にして見てみましょう。

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四股名 優勝場所 回数 優勝時の番付 部屋 出身地 最高位 成績 四股名 備考
1 柏戸 昭和36年1月 西大関 伊勢ノ海 山形県 47代横綱 13勝2敗 柏戸
2 柏戸 昭和38年9月 2回目 西横綱 伊勢ノ海 山形県 47代横綱 15勝0敗 柏戸
3 柏戸 昭和40年9月 3回目 東横綱(張出) 伊勢ノ海 山形県 47代横綱 12勝3敗 柏戸
4 柏戸 昭和41年1月 4回目 西横綱(張出) 伊勢ノ海 山形県 47代横綱 14勝1敗 柏戸
5 柏戸 昭和42年7月 5回目 西横綱 伊勢ノ海 山形県 47代横綱 14勝1敗 柏戸

山形県出身の優勝力士ランキング

次は山形県出身力士の優勝回数と成績のランキングです。

順位 四股名 優勝 最高位 部屋 出身地 勝数 敗数 横綱 大関 関脇 小結 前頭
1位 柏戸 5回 47代横綱 伊勢ノ海 山形県 68勝 7敗 4回 1回 0回 0回 0回
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山形県出身の最高位:横綱

第47代横綱 柏戸 剛

山形県東田川郡櫛引町出身、伊勢ノ海部屋の元力士で最高位は横綱。大鵬と共に横綱同時昇進、互いに切磋琢磨して「柏鵬時代」と呼ばれる相撲黄金期を築いた。引退後は鏡山部屋を興す。

  • 四股名 :柏戸 剛(かしわど つよし)
  • 最高位 :第47代横綱
  • 年寄名跡:7代鏡山
  • 出身地 :山形県東田川郡櫛引町
  • 本 名 :富樫 剛
  • 生年月日:昭和13年(1938)11月29日
  • 没年月日:平成8年(1996)12月8日(享年58歳)
  • 所属部屋:伊勢ノ海部屋
  • 改名歴 :富樫⇒柏戸
  • 初土俵 :昭和29年(1954)9月(15歳10ヵ月)
  • 新十両 :昭和32年(1957)11月(19歳0ヵ月)
  • 新入幕 :昭和33年(1958)9月(19歳10ヵ月)
  • 新三役 :昭和34年(1959)11月(21歳0ヵ月)
  • 新大関 :昭和35年(1960)9月(21歳10ヵ月)
  • 横綱昇進:昭和36年(1961)11月(23歳0ヵ月)
  • 最終場所:昭和44年(1969)7月(30歳8ヵ月)
  • 生涯戦歴:715勝295敗140休/1003出場(84場所)
  • 生涯勝率:70.8%
  • 優勝等 :幕内優勝5回(同点2・次点13),十両優勝1回(同点1),幕下優勝1回
  • 成 績 :殊勲賞2回,敢闘賞2回,技能賞4回
  • 幕内戦歴:599勝240敗140休(66場所)勝率:71.4%
  •   横綱:407勝147敗140休(47場所)勝率:73.5%
  •   大関:81勝24敗(7場所)勝率:77.1%
  •   関脇:30勝15敗(3場所)勝率:66.7%
  •   小結:17勝13敗(2場所)勝率:56.7%
  •   前頭:64勝41敗(7場所)勝率:61.0%
  • 十両戦歴:50勝25敗(5場所)勝率:66.7%

山形県出身の最高位:大関

大達 羽左エ門

明治天皇による天覧相撲において、梅ケ谷藤太郎と繰り広げた30分を超える熱戦は明治初期の名勝負のひとつ

  • 四股名 :大達 羽左エ門(おおだて うざえもん)
  • 最高位 :大関
  • 年寄名跡:5代千賀ノ浦
  • 出身地 :山形県鶴岡市
  • 本 名 :諏訪 辯治
  • 生年月日:安政元年(1854)12月15日
  • 没年月日:明治37年(1904)8月17日(享年50歳)
  • 所属部屋:立田川⇒高砂⇒伊勢ノ海⇒千賀ノ浦部屋
  • 改名歴 :大楯⇒大達
  • 初土俵 :明治6年(1873)12月・序二段付出(19歳0ヵ月)
  • 新十両 :明治13年(1880)5月(25歳5ヵ月)
  • 新入幕 :明治15年(1882)6月(27歳6ヵ月)
  • 新三役 :明治17年(1884)5月(29歳5ヵ月)
  • 新大関 :明治18年(1885)1月(30歳1ヵ月)
  • 最終場所:明治28年(1895)6月(40歳6ヵ月)
  • 生涯戦歴:114勝52敗109休19分3預/188出場(30場所)
  • 生涯勝率:68.7%
  • 優勝等 :優勝相当4回
  • 幕内戦歴:87勝47敗109休14分3預(26場所)勝率:64.9%
  •   大関:33勝4敗30休3分(7場所)勝率:89.2%
  •   関脇:8勝1敗1休(1場所)勝率:88.9%
  •   小結:8勝0敗11休1分(2場所)勝率:100.0%
  •   前頭:38勝42敗67休10分3預(16場所)勝率:47.5%
  • 十両戦歴:27勝5敗5分(4場所)勝率:84.4%

山形県出身の最高位:関脇

出羽ヶ嶽 文治郎

「文ちゃん」の愛称で大正末期の人気を独占した206㎝の巨人力士

  • 四股名 :出羽ヶ嶽 文治郎(でわがたけ ぶんじろう)
  • 最高位 :関脇
  • 年寄名跡:10代田子ノ浦
  • 出身地 :山形県上山市
  • 本 名 :佐藤 文次郎⇒斎藤 文次郎
  • 生年月日:明治35年(1902)12月20日
  • 没年月日:昭和25年(1950)6月9日(享年47歳)
  • 所属部屋:出羽海部屋
  • 初土俵 :大正6年(1917)5月(14歳5ヵ月)
  • 新十両 :大正11年(1922)1月(19歳1ヵ月)
  • 新入幕 :大正14年(1925)1月(22歳1ヵ月)
  • 新三役 :大正15年(1926)1月(23歳1ヵ月)
  • 最終場所:昭和14年(1939)5月(36歳5ヵ月)
  • 生涯戦歴:209勝179敗114休2預/390出場(56場所)
  • 生涯勝率:53.9%
  • 優勝等 :幕内次点1回
  • 幕内戦歴:150勝138敗53休(32場所)勝率:52.1%
  •   関脇:12勝10敗(2場所)勝率:54.5%
  •   小結:34勝24敗30休(8場所)勝率:58.6%
  •   前頭:104勝104敗23休(22場所)勝率:50.0%
  • 十両戦歴:23勝21敗11休1預(7場所)勝率:52.3%

琴ノ若 晴將

琴ノ若 晴將(ことのわか てるまさ)山形県尾花沢市出身、佐渡ヶ嶽部屋の元力士で、最高位は関脇

昭和59年(1984)5月場所に15歳11ヶ月で初土俵を踏み、平成17年(2005)11月場所を最後に引退(37歳6ヶ月)。

通算成績は782勝764敗100休1541出場。生涯勝率.506。通算130場所中、65場所を勝ち越した(勝ち越し率.504)。

主な成績は十両同点1回,幕下同点1回,三段目優勝2回殊勲賞2回,敢闘賞5回,金星8個(貴乃花3個、曙1個、若乃花2個、朝青龍2個)。

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昭和43年(1968)5月15日生まれ。本名は鎌谷 満也(旧姓・今野)。

堂々とした体格と素質で期待されたが左膝の故障に苦しめられた。

12代・佐渡ヶ嶽(元横綱・琴櫻)の長女と婿入りで結婚していた琴ノ若は、先代の停年にあわせて平成17年(2005)11月場所13日目を最後に現役を引退、佐渡ヶ嶽部屋を継承した。

年寄
13代・佐渡ヶ嶽 満宗
四股名
琴ノ若 晴將(ことのわか てるまさ)
最高位
関脇
年寄名跡
13代佐渡ヶ嶽 満宗
出身地
山形県尾花沢市
本名
今野 満也→鎌谷 満也
生年月日
昭和43年(1968)5月15日(58歳)
所属部屋
佐渡ヶ嶽部屋
改名歴
今野 満也 → 琴今野 満也 → 琴の若 實哉 → 琴乃若 將勝 → 琴ノ若 晴將
初土俵
昭和59年(1984)5月 前相撲(15歳11ヶ月)
新十両
平成2年(1990)7月(所要37場所)
22歳1ヶ月(初土俵から6年2ヶ月)
新入幕
平成2年(1990)11月(所要39場所)
22歳5ヶ月(初土俵から6年6ヶ月)
新小結
平成5年(1993)9月(所要56場所)
25歳3ヶ月(初土俵から9年4ヶ月)
新関脇
平成11年(1999)1月(所要88場所)
30歳7ヶ月(初土俵から14年8ヶ月)
最終場所
平成17年(2005)11月(37歳6ヶ月)
大相撲歴
130場所(21年6ヶ月)
通算成績
782勝764敗100休1541出場(勝率.506)
通算130場所
勝ち越し65場所(勝ち越し率.504)
優勝等
十両同点1回,幕下同点1回,三段目優勝2回
受賞・金星
殊勲賞2回,敢闘賞5回,金星8個
幕内戦歴
608勝657敗84休1260出場(勝率.481)
在位90場所(在位率.692)
勝ち越し42場所(勝ち越し率.467)
三役戦歴
61勝74敗0休135出場(勝率.452)
在位9場所(在位率.069)
勝ち越し4場所(勝ち越し率.444)
関脇戦歴
14勝16敗0休30出場(勝率.467)
在位2場所(在位率.015)
勝ち越し1場所(勝ち越し率.500)
小結戦歴
47勝58敗0休105出場(勝率.448)
在位7場所(在位率.054)
勝ち越し3場所(勝ち越し率.429)
前頭戦歴
547勝583敗84休1125出場(勝率.484)
在位81場所(在位率.623)
勝ち越し38場所(勝ち越し率.469)
十両戦歴
30勝15敗0休45出場(勝率.667)
在位3場所(在位率.023)
勝ち越し3場所(勝ち越し率1.000)
関取戦歴
638勝672敗84休1305出場(勝率.487)
在位93場所(在位率.715)
勝ち越し45場所(勝ち越し率.484)
幕下以下歴
144勝92敗16休236出場(勝率.610)
在位36場所(在位率.277)
勝ち越し20場所(勝ち越し率.556)


山形県出身の最高位:前頭

蔵玉錦 敏正

弟弟子の小沼と十両同時昇進で鏡山部屋生え抜きとして初の関取に。のちに四股名を改めた時、画数のために蔵王の「王」を「玉」にするも、これで「ざおう」と読むの?と問い合わせが殺到

  • 四股名 :蔵玉錦 敏正(ざおうにしき としまさ)
  • 最高位 :前頭筆頭
  • 年寄名跡:11代立川⇒7代富士ヶ根⇒12代枝川⇒14代中川⇒15代白玉⇒18代佐ノ山⇒16代錦島⇒13代武隈
  • 出身地 :山形県山形市
  • 本 名 :安達 敏正
  • 生年月日:昭和27年(1952)9月3日(73歳)
  • 所属部屋:伊勢ノ海⇒鏡山部屋
  • 改名歴 :安達⇒蔵玉錦
  • 初土俵 :昭和45年(1970)9月(18歳0ヵ月)
  • 新十両 :昭和50年(1975)7月(22歳10ヵ月)
  • 新入幕 :昭和51年(1976)11月(24歳2ヵ月)
  • 最終場所:昭和58年(1983)1月(30歳4ヵ月)
  • 生涯戦歴:440勝446敗/886出場(75場所)
  • 生涯勝率:49.7%
  • 優勝等 :十両優勝1回
  • 成 績 :金星1個
  • 幕内戦歴:149勝211敗(24場所)勝率:41.4%
  • 十両戦歴:176勝154敗(22場所)勝率:53.3%

若瀬川 剛充

温和な性格で誰からも愛された力士

  • 四股名 :若瀬川 剛充(わかせがわ よしみつ)
  • 最高位 :前頭筆頭
  • 出身地 :山形県酒田市
  • 本 名 :佐藤 亙
  • 生年月日:昭和37年(1962)7月28日
  • 没年月日:平成23年(2011)10月8日(享年49歳)
  • 所属部屋:伊勢ヶ濱部屋
  • 初土俵 :昭和53年(1978)3月(15歳8ヵ月)
  • 新十両 :昭和55年(1980)9月(18歳2ヵ月)
  • 新入幕 :昭和58年(1983)1月(20歳6ヵ月)
  • 最終場所:平成4年(1992)7月(30歳0ヵ月)
  • 生涯戦歴:546勝519敗26休/1063出場(87場所)
  • 生涯勝率:51.3%
  • 優勝等 :十両優勝3回,幕下優勝2回(同点2),序ノ口同点1回
  • 成 績 :金星1個
  • 幕内戦歴:216勝267敗12休(33場所)勝率:44.7%
  • 十両戦歴:227勝208敗(30場所)勝率:52.2%

大ノ海 敬士

期待の新人だったが大学時に患った糖尿病の再発を理由に廃業、しかしすぐにプロレス転向で批判を浴びる

  • 四股名 :大ノ海 敬士(おおのうみ たかし)
  • 最高位 :前頭4枚目
  • 出身地 :山形県東田川郡藤島町
  • 本 名 :石川 孝志
  • 生年月日:昭和28年(1953)2月5日
  • 出身大学:日本大学
  • 所属部屋:花籠部屋
  • 改名歴 :石川⇒大ノ海
  • 初土俵 :昭和50年(1975)3月・幕下60付出(22歳1ヵ月)
  • 新十両 :昭和50年(1975)9月(22歳7ヵ月)
  • 新入幕 :昭和52年(1977)1月(23歳11ヵ月)
  • 最終場所:昭和52年(1977)7月(24歳5ヵ月)
  • 生涯戦歴:98勝79敗/177出場(15場所)
  • 生涯勝率:55.4%
  • 優勝等 :幕下優勝1回
  • 幕内戦歴:18勝27敗(3場所)勝率:40.0%
  • 十両戦歴:48勝42敗(6場所)勝率:53.3%

柏山 吾郎

山形県西村山郡出身、伊勢ノ海部屋の元力士で最高位は前頭7枚目。十両に昇進するまでは8年かかったが、そこから3場所で幕内に。しかし幕内では一度も勝ち越せずに、結局幕下まで陥落して引退した。このように現役では目立った成績を残せなかったが、8代山科としては門下より関脇・柏山を育てあげた。人望が厚く、木戸部長、勝負検査役、理事をつとめて協会隆盛に尽力した。

  • 四股名 :柏山 吾郎(かしわやま ごろう)
  • 最高位 :前頭7枚目
  • 年寄名跡:8代山科
  • 出身地 :山形県西村山郡河北町谷地
  • 本 名 :斎藤⇒相澤⇒斎藤 定五郎
  • 生年月日:明治12年(1879)12月8日
  • 没年月日:昭和8年(1933)1月8日(享年53歳)
  • 所属部屋:伊勢ノ海部屋
  • 改名歴 :最上潟⇒柏山
  • 初土俵 :明治32年(1899)1月・序ノ口(19歳1ヵ月)
  • 新十両 :明治40年(1907)1月(27歳1ヵ月)
  • 新入幕 :明治41年(1908)5月(28歳5ヵ月)
  • 最終場所:大正2年(1913)1月(33歳1ヵ月)
  • 優勝等 :なし
  • 幕内戦歴:7勝20敗21休2分(5場所)勝率:25.9%

神幸 勝紀

初土俵から15年、83場所をかけて新入幕を果たす

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  • 四股名 :神幸 勝紀(しんこう かつのり)
  • 最高位 :前頭8枚目
  • 年寄名跡:9代中村⇒11代高島
  • 出身地 :山形県西置賜郡小国町
  • 本 名 :小林 二男
  • 生年月日:昭和25年(1950)1月2日
  • 所属部屋:伊勢ヶ濱部屋
  • 改名歴 :小林⇒大神幸⇒神幸
  • 初土俵 :昭和41年(1966)9月(16歳8ヵ月)
  • 新十両 :昭和51年(1976)9月(26歳8ヵ月)
  • 新入幕 :昭和55年(1980)5月(30歳4ヵ月)
  • 最終場所:昭和58年(1983)11月(33歳10ヵ月)
  • 生涯戦歴:497勝480敗/977出場(104場所)
  • 生涯勝率:50.9%
  • 優勝等 :十両同点1回,幕下優勝3回
  • 幕内戦歴:50勝70敗(8場所)勝率:41.7%
  • 十両戦歴:174勝186敗(24場所)勝率:48.3%

北の若 大輔

北の若 大輔(きたのわか だいすけ)は山形県 酒田市出身、八角部屋の力士で最高位は前頭14枚目。令和8年5月場所の番付は西 十両5枚目。

酒田市立宮野浦小学校の3年次から地元の酒田相撲教室に通い始めて相撲の基礎を学んだ。4年次からは3年連続でわんぱく相撲全国大会に出場する活躍を見せ、4年次には全国3位、6年次には全国2位に輝くなど、早くから全国トップクラスの実力を誇っていた。

中学校卒業後は、さらなる高みを目指して相撲の名門である埼玉栄高校へと相撲留学する。3年次には高校総体の個人戦で優勝して高校横綱のタイトルを獲得したほか、高校総体の団体優勝、国体の個人・団体優勝、全日本選手権への出場など輝かしい実績を残した。

高校横綱の栄光と八角部屋入門

小学生時代に同部屋へ宿泊した際に大岩戸ら関係者に優しくしてもらった思い出や、8代八角(元横綱・北勝海)の師匠にあたる第52代横綱・北の富士の親族が酒田市で営むちゃんこ料理店で、北の富士本人から直接声を掛けられた縁から、八角部屋への入門を決意した。平成31年(2019年)3月場所に、北の富士にちなんで命名された「北の若」の四股名で初土俵を踏んだ。

鳴り物入りで角界入りしたが、すぐにプロの壁に直面する。序二段では大学出身の実力者や相撲未経験者の力士にも敗れ、高校横綱経験者が序二段で2敗を喫し、さらに2場所以上にわたり在位するという史上初の屈辱を味わった。三段目でも優勝決定の7番相撲で敗れるなど、もどかしい足踏みが続いた。

プライドの呪縛とプロの壁

入門当初は差しに行ったり、変化気味に深い上手を取りに行ったりする安易な相撲が目立っていた。師匠の8代八角からは「高校横綱としてのプライドが邪魔をして、前に出る押し相撲の重要性を理解するのに2年かかった」と指摘されるほどであったが、部屋の厳しい指導によって次第に前に出る相撲へとモデルチェンジしていった。

前へ出る相撲に徹するようになると着実に星を伸ばし、令和3年(2021年)11月場所に念願の新十両昇進を決めた。酒田市からの関取昇進は史上4人目であり、入門の世話をした大師匠の北の富士からは「努力すれば普通に三役になれる」と大きな期待を寄せられた。

足踏みと北の富士からの辛口エール

しかし十両昇進後もプロの壁に苦しみ、実に11場所にわたって足踏み状態が続いた。北の富士からもその停滞ぶりを嘆かれていたが、令和5年(2023年)9月場所で勝ち越して翌11月場所でついに新入幕を果たした。酒田市からの幕内昇進は史上2人目であったが、入幕の報告を受けた北の富士からは「遅い」と辛口の激励を受けている。

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新入幕の場所は5勝10敗と負け越し、1場所で十両へと陥落する。その後も幕内への復帰と十両陥落を繰り返すなど、上位の分厚い壁に跳ね返される苦しい土俵が続いていた。

大師匠への誓いと大怪我からの復活

幕内定着を目指す中、令和6年(2024年)11月場所中に自身を気にかけてくれた北の富士がこの世を去る。北の富士の命日は奇しくも北の若の誕生日であり、場所後に地元で開催された激励会で「亡くなった日は自分の誕生日でもあり、何かメッセージを残してくれたように感じる。来年は幕内で初めての勝ち越しを地元に届けたい」と恩返しへの強い決意を語った。

その誓いを胸に、令和7年(2025年)1月場所で4度目の入幕を果たし、序盤は4勝3敗と白星を先行させた。しかし、中日の取組で敗れた際に右腓骨骨幹部を骨折する大怪我を負い、無念の途中休場を余儀なくされてしまう。

この深刻な怪我の影響は長引き、続く同年3月場所を全休したことで幕下へと陥落する。東幕下筆頭で迎えた同年5月場所でも抜け抜けの星から13日目に敗れて負け越すなど、関取復帰を逃す大きな試練を味わった。

それでも決して腐ることなく土俵に立ち続け、同年7月場所で勝ち越しを決めると、続く9月場所では西幕下筆頭の地位で5勝2敗の好成績を収め、4場所ぶりとなる十両復帰を果たした。高校横綱のプライドを捨てて身につけた相撲と、亡き大師匠への報恩の思いを胸に、持ち前のスケールの大きな相撲で幕内への定着を目指して奮闘を続けている。

💡 山形県出身一覧💡 八角部屋の力士

四股名
北の若 大輔(きたのわか だいすけ)
最高位
前頭14枚目
最新番付
西 十両5枚目
出身地
山形県 酒田市
本名
齋藤 大輔
生年月日
平成12年(2000)11月12日(25歳)
身長・体重
191cm・161kg
出身高校
埼玉栄高校
所属部屋
八角部屋
初土俵
平成31年(2019)3月(18歳4ヵ月)
新十両
令和4年(2022)1月(21歳2ヵ月)
新入幕
令和5年(2023)11月(23歳0ヵ月)
優勝
無し
通算成績
249勝206敗28休/452出場(勝率:55.1%)
直近7場所
29勝28敗(幕下以下:12勝9敗)
7場所勝率
52.6%
得意技
突っ張り・右四つ・寄り・上手投げ
決まり手傾向(直近7場所)
北の若が勝ちの決まり手(36勝)
押し出し8
寄り切り8
叩き込み6
突き出し3
突き落とし3
寄り倒し2
その他6
北の若が負けの決まり手(30敗)
押し出し8
寄り切り8
叩き込み3
突き落とし2
寄り倒し2
掬い投げ2
その他5
令8年5月
西 十両5枚目(3枚上昇)
5勝7敗
○●●●●|○○●○○|●●   
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年3月
西 十両8枚目(変動なし)
9勝6敗
●○○○○|○●○●●|○●○○●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年1月
西 十両8枚目(3枚半上昇)
7勝8敗
●○○○●|○●●●●|●●○○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

▼ さらに過去の成績(4場所分)を見る
令7年11
東 十両12枚目(3枚半上昇)
8勝7敗
○●○●●|○○○○●|○●●○●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年9月
西 幕下筆頭(2枚上昇)
5勝2敗
○-○-○|-○-○-|●-●--
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年7月
西 幕下3枚目(2枚半降下)
4勝3敗
-●○-○|-○○--|●---●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年5月
東 幕下筆頭
3勝4敗
●-○-●|-○-●-|○-●--
取組詳細(対戦相手・決まり手)

大岩戸 義之

平成29年5月場所では36歳0ヶ月の戦後最年長記録で幕下初優勝を果たした

  • 四股名 :大岩戸 義之(おおいわと よしゆき)
  • 最高位 :前頭16枚目
  • 出身地 :山形県鶴岡市
  • 本 名 :上林 義之
  • 生年月日:昭和56年(1981)5月18日
  • 出身高校:加茂水産高校
  • 出身大学:近畿大学
  • 所属部屋:八角部屋
  • 改名歴 :上林⇒大岩戸
  • 初土俵 :平成16年(2004)3月・幕下15付出(22歳10ヵ月)
  • 新十両 :平成17年(2005)5月(24歳0ヵ月)
  • 新入幕 :平成25年(2013)3月(31歳10ヵ月)
  • 最終場所:平成30年(2018)5月(37歳0ヵ月)
  • 生涯戦歴:383勝393敗4休/775出場(85場所)
  • 生涯勝率:49.4%
  • 優勝等 :幕下優勝1回
  • 幕内戦歴:5勝10敗(1場所)勝率:33.3%
  • 十両戦歴:150勝195敗(23場所)勝率:43.5%

山形県出身の最高位:十両

魄龍 弘

山形県東田川郡藤島町出身、鏡山部屋の元力士で最高位は十両筆頭。横綱・柏戸の伊勢ノ海部屋からの分家独立に従い鏡山部屋へ。十両在位は47場所、鏡山親方(元関脇・多賀竜)は取的時代に魄龍の付け人だった。

現役引退後は若者頭に就任し長年鏡山部屋を支えてきたが、令和2年4月に65歳の停年を迎え日本相撲協会を退職。

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  • 四股名 :魄龍 弘(はくりゅう ひろし)
  • 最高位 :十両筆頭
  • 出身地 :山形県東田川郡藤島町
  • 本 名 :大沼 弘
  • 生年月日:昭和29年(1954)4月12日
  • 所属部屋:伊勢ノ海⇒鏡山部屋
  • 改名歴 :大沼⇒魄龍
  • 初土俵 :昭和44年(1969)11月(15歳7ヵ月)
  • 新十両 :昭和54年(1979)5月(25歳1ヵ月)
  • 最終場所:昭和63年(1988)5月(34歳1ヵ月)
  • 生涯戦歴:566勝573敗14休/1139出場(112場所)
  • 生涯勝率:49.7%
  • 優勝等 :なし
  • 十両戦歴:334勝371敗(47場所)勝率:47.4%

白鷹山 亨将

白鷹山 亨将(はくようざん りょうすけ)は山形県 西置賜郡白鷹町出身、高田川部屋の力士で最高位は十両3枚目。令和8年5月場所の番付は西 十両13枚目。

山形県西置賜郡白鷹町に生まれ育つ。白鷹町立鮎貝小学校時代には柔道に打ち込み、中学校では陸上部に所属した。砲丸投げの選手として県大会で新記録を樹立して優勝を飾り、全国大会であるジュニアオリンピック陸上競技大会にも出場するなど、持ち前のパワーと運動神経を存分に発揮していた。

当初は高校へ進学して柔道を続け、将来は警察官となって安定した生活を送ることを志していたが、恵まれた体格を見込んだ父親からの勧めや、9代高田川(元関脇・安芸乃島)からの熱心な勧誘を受けたことで角界入りを決断する。相撲経験は全くなかったものの、中学校卒業を機に高田川部屋の門を叩いた。

初土俵と四股名の由来

平成23年(2011年)3月場所で初土俵を踏む予定であったが、大相撲八百長問題の発覚により同場所が中止となる不測の事態に見舞われる。そのため、同年5月に開催された技量審査場所での初土俵となった。

四股名は初土俵の時から「白鷹山」を名乗った。これは故郷にある「白鷹山(しらたかやま)」と、米沢藩の名君として知られる第9代藩主・上杉鷹山(ようざん)に由来する。

序ノ口、序二段と順調に番付を上げたが、平成24年(2012年)5月場所で右膝前十字靭帯を断裂する大怪我を負い、長期間の休場を余儀なくされる。しかし、この怪我を通じて「引いたら怪我をする」という大きな教訓を得て前に出る相撲を心掛けるようになり、不屈の闘志で復帰して平成25年(2013年)11月場所で幕下への昇進を果たした。

輝との絆と新十両昇進

幕下昇進後も糖尿病を発症して体重が激減するなど、度重なる試練に直面した。幕下上位で一進一退の攻防が続く中、同じ中卒叩き上げである同部屋の兄弟子・輝の付け人を務め、「早く関取として横に並びたい」という強い思いを原動力に厳しい稽古へ打ち込んだ。輝からも「力が強く頭もいい。才能を生かし切れていないだけ」と高く評価され、左右で100キロを超えるという並外れた握力と地力を徐々に開花させていった。

平成30年(2018年)3月場所では東幕下筆頭の地位で勝ち越し、翌5月場所で念願の新十両昇進を果たした。山形県出身力士としての十両昇進は実に10年ぶりのことであり、地元は大いに沸き立った。

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幕下全勝優勝と十両優勝

新十両の場所は5勝10敗と上位の壁に跳ね返され、1場所で幕下への陥落を余儀なくされる。しかし、東幕下筆頭に下がった翌7月場所では持ち前の力を爆発させ、7戦全勝の見事な成績で幕下優勝を飾った。優勝インタビューでは「下から当たって終始攻めていく。『白鷹山は止まらない』という力士になっていきたい」と力強く語り、わずか1場所で関取の座へと返り咲いた。

その後は十両の土俵に定着して着実に経験を積み、西十両9枚目で迎えた令和3年(2021年)3月場所では11勝4敗の好成績を収め、自身初となる十両優勝を飾った。

不屈の土俵と突き押し相撲

取り口は恵まれた体格を生かした突き押しや、右四つに組んでからの力強い寄りを主体とする。大怪我の教訓から身につけた、立合いから一気に前へ出る馬力に定評があり、ツボにはまった際の破壊力は上位陣をも脅かすものがある。

近年は左膝の靭帯断裂などさらなる怪我に見舞われ、十両と幕下を幾度も往復する苦しい土俵が続いている。令和8年(2026年)3月場所では14場所ぶりに幕下へ陥落したものの、東幕下2枚目の地位で5勝2敗の好成績を収め、再び1場所での十両復帰を決定付けた。度重なる試練を乗り越えてきた粘り強さを武器に、幕内の土俵を目指して愚直に日々の稽古へ邁進している。

💡 山形県出身一覧💡 高田川部屋の力士

四股名
白鷹山 亨将(はくようざん りょうすけ)
最高位
十両3枚目
最新番付
西 十両13枚目
出身地
山形県 西置賜郡白鷹町
本名
齋藤 亨将
生年月日
平成7年(1995)4月13日(31歳)
身長・体重
188cm・181kg
所属部屋
高田川部屋
初土俵
平成23年(2011)5月(16歳1ヵ月)
新十両
平成30年(2018)5月(23歳1ヵ月)
優勝
十両優勝1回,幕下優勝1回
通算成績
448勝421敗47休/867出場(勝率:51.7%)
直近7場所
31勝56敗(幕下以下:5勝2敗)
7場所勝率
38.3%
得意技
突き・押し
決まり手傾向(直近7場所)
白鷹山が勝ちの決まり手(32勝)
押し出し18
寄り切り4
突き出し4
突き落とし3
押し倒し1
つき手1
その他1
白鷹山が負けの決まり手(50敗)
寄り切り24
押し出し8
送り出し5
突き出し3
突き落とし3
上手出し投げ2
その他5
令8年5月
西 十両13枚目(2枚半上昇)
4勝8敗
●●●●●|●●○○○|○●   
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年3月
東 幕下2枚目(2枚降下)
5勝2敗
○-●-●|-○-○-|○--○-
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年1月
東 十両14枚目(4枚降下)
6勝9敗
○●●●●|○●●○○|○●●●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

▼ さらに過去の成績(4場所分)を見る
令7年11
東 十両10枚目(変動なし)
4勝11敗
●●○●●|○●●○●|○●●●●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年9月
東 十両10枚目(4枚半降下)
7勝8敗
○●●●○|●●○○●|○●●○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年7月
西 十両5枚目(1枚半降下)
4勝11敗
●●○●○|●●●○●|●●○●●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年5月
東 十両4枚目
6勝9敗
●●○●●|○○●○●|●○○●●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

北勝国 英明

  • 四股名 :北勝国 英明(ほくとくに ひであき)
  • 最高位 :十両6枚目
  • 出身地 :山形県鶴岡市
  • 本 名 :林 英明
  • 生年月日:昭和60年(1985)6月7日
  • 所属部屋:八角部屋
  • 改名歴 :林⇒北勝国
  • 初土俵 :平成13年(2001)3月(15歳9ヵ月)
  • 新十両 :平成20年(2008)3月(22歳9ヵ月)
  • 最終場所:平成25年(2013)1月(27歳7ヵ月)
  • 生涯戦歴:251勝183敗105休/431出場(71場所)
  • 生涯勝率:57.8%
  • 優勝等 :三段目優勝1回,序二段同点1回,序ノ口優勝1回
  • 十両戦歴:47勝51敗7休(7場所)勝率:48.0%

鳥海龍 秀俊

四股名は場所後の打ち上げで烏龍茶を飲んでいた時に思いついた。引退後は部屋のマネージャに就任

  • 四股名 :鳥海龍 秀俊(ちょうかいりゅう ひでとし)
  • 最高位 :十両9枚目
  • 出身地 :山形県飽海郡遊佐町
  • 本 名 :佐藤 秀俊
  • 生年月日:昭和40年(1965)5月19日
  • 所属部屋:鏡山部屋
  • 改名歴 :遊佐⇒佐藤⇒鳥海龍
  • 初土俵 :昭和56年(1981)3月(15歳10ヵ月)
  • 新十両 :平成5年(1993)7月(28歳2ヵ月)
  • 最終場所:平成12年(2000)1月(34歳8ヵ月)
  • 生涯戦歴:401勝360敗62休/761出場(114場所)
  • 生涯勝率:52.7%
  • 優勝等 :三段目同点1回,序二段優勝1回
  • 十両戦歴:27勝33敗(4場所)勝率:45.0%

山形県出身の最高位:幕下

前田 勝

山形県鶴岡市出身、放駒~芝田山部屋の元力士で最高位は幕下3枚目。わんぱく相撲全国大会では2年連続優勝してわんぱく横綱の称号を獲得、中学生になっても様々な大会で活躍した前田は「山形の怪童」と呼ばれた。埼玉栄高校では主将としてチームを引っ張り、また世界ジュニア相撲選手権大会無差別級でも優勝を飾った。前田への期待は大きく、十両まであと一歩のところだったが及ばず、平成30年(2018)9月場所を最後に引退を表明した。

引退後は岩手県八幡平市の三研ソイルに就職。分析課で肥料成分の管理業務に携わりながら同社の相撲部にも所属し、市内の小中学生にも相撲を教えていた。令和2年8月26日も平館高校の相撲道場で子供たちの指導にあたっていたが、稽古終了直前に突然転倒。心臓マッサージやAEDなどの施術にも意識は戻らず市内の病院で亡くなられた。享年38歳。

  • 四股名 :前田 勝(まえた まさる)
  • 最高位 :幕下3枚目
  • 出身地 :山形県鶴岡市
  • 本 名 :前田 勝
  • 生年月日:昭和57年(1982)6月24日
  • 没年月日:令和2年(2020)8月26日(享年38歳)
  • 出身大学:日本大学
  • 所属部屋:放駒⇒芝田山部屋
  • 初土俵 :平成17年(2005)3月(22歳9ヵ月)
  • 最終場所:平成30年(2018)9月(36歳3ヵ月)
  • 生涯戦歴:270勝263敗27休/532出場(81場所)
  • 生涯勝率:50.7%
  • 優勝等 :幕下優勝1回,三段目優勝1回(同点1)

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