福島県出身の力士一覧!過去から現在、福島の主な関取を網羅しました

福島出身の過去から現在までの主な力士をご紹介する福島県の大相撲力士まとめ!この記事では福島出身の関取を中心に、福島の郷土力士をご紹介していきます。

過去の力士については最高位や改名歴、初土俵や各段の昇進時期と最終場所、さらに生涯戦歴と生涯勝率、成績等を中心にご紹介していきます。また、現役力士については最高位と昇進時期、主な成績などを載せています。

なお、年寄名跡欄のマークは、その代で師匠(部屋持ち親方)になったことがあるという意味です。

現役の福島県出身力士の最新番付や成績、詳細なデータをご覧になりたい方はこちら


相撲部屋や出身地ごとの場所の成績からランキングを作成しております。初場所、好調な相撲部屋や力士の出身地はどこ?

スポンサーリンク

★ 福島県での巡業予定

福島県巡業 郡山市(8/5)

「大相撲郡山場所」
開催日時:2026年8月5日(水)
巡業会場:宝来屋ボンズアリーナ(郡山総合体育館)(地図)
住  所:福島県郡山市豊田町3-10

公式サイト・関連情報

チケット購入方法等

公演などに関するお問い合わせ先

サンライズプロモーション北陸

  • TEL:025-246-3939
  • 火~金 12:00~16:00 / 土 10:00~15:00

福島県巡業 須賀川市(8/13)

「大相撲須賀川場所」
開催日時:2026年8月13日(木)
巡業会場:円谷幸吉メモリアルアリーナ(地図)
住  所:福島県須賀川市牛袋町5

公式サイト・関連情報

チケット購入方法等

公演などに関するお問い合わせ先

大相撲須賀川場所実行委員会

  • TEL:090-5818-8803

福島県巡業 福島市(8/22)

「大相撲福島場所」
開催日時:2026年8月22日(土)
巡業会場:福島トヨタクラウンアリーナ(地図)
住  所:福島県福島市仁井田字西下川原41-1

公式サイト・関連情報

チケット購入方法等

公演などに関するお問い合わせ先

大相撲巡業チケット事務局

  • TEL:0570-05-3366
  • 10:00~17:00

スポンサーリンク

福島県出身の優勝力士

優勝制度が制定された明治42年(1909)6月場所以降、3人の福島県出身の幕内最高優勝力士が誕生しています。

福島県出身初優勝はいつで誰?

福島県出身の初優勝力士は、昭和28年(1953)5月場所で東前頭5枚目だった時津山です。

福島県出身の優勝力士一覧

では福島県出身の幕内優勝力士を年月順で一覧表にして見てみましょう。

四股名 優勝場所 回数 優勝時の番付 部屋 出身地 最高位 成績 四股名 備考
1 時津山 昭和28年5月 東前頭6枚目 立浪 福島県 関脇 15勝0敗 時津山
2 栃東(初代) 昭和47年1月 西前頭5枚目 春日野 福島県 関脇 11勝4敗 栃東(初代)
3 若隆景 令和4年3月 東関脇 荒汐 福島県 関脇 12勝3敗 若隆景 優勝決定戦で高安を破って自身初の優勝
新関脇での優勝は昭和11(1936)年夏場所の双葉山以来、86年ぶりの快挙
福島県出身力士として昭和47(1972)年初場所の栃東以来、50年ぶり
荒汐部屋から初の幕内優勝力士となった

福島県出身の優勝力士ランキング

次は福島県出身力士の優勝回数と成績のランキングです。

順位 四股名 優勝 最高位 部屋 出身地 勝数 敗数 横綱 大関 関脇 小結 前頭
1位 時津山 1回 関脇 立浪 福島県 15勝 0敗 0回 0回 0回 0回 1回
1位 若隆景 1回 関脇 荒汐 福島県 12勝 3敗 0回 0回 1回 0回 0回
1位 栃東(初代) 1回 関脇 春日野 福島県 11勝 4敗 0回 0回 0回 0回 1回

福島県出身力士を検索

文字サイズ:
Sponsored

福島県出身の最高位:大関

若嶌 久三郎

大相撲史上、福島県出身唯一の大関。慎重な取り口の為か出世は遅かったが、ひとたび入幕するや一気に開花、大関にまで駆け上がった。師匠としては大阪相撲で横綱となった若島権四郎を育て上げた

  • 四股名 :若嶌 久三郎(わかしま きゅうざぶろう)
  • 最高位 :大関
  • 年寄名跡:6代楯山
  • 出身地 :福島県会津若松市
  • 本 名 :根本 久三郎⇒小澤 久三郎
  • 生年月日:天保13年(1842)9月
  • 没年月日:明治24年(1891)1月6日(享年48歳)
  • 所属部屋:楯山部屋
  • 改名歴 :若嶌⇒楯山
  • 初土俵 :文久2年(1862)3月・序ノ口(19歳6ヵ月)
  • 新十両 :明治3年(1870)11月(28歳2ヵ月)
  • 新入幕 :明治7年(1874)3月(32歳6ヵ月)
  • 新三役 :明治10年(1877)6月(35歳9ヵ月)
  • 新大関 :明治14年(1881)1月(39歳4ヵ月)
  • 最終場所:明治17年(1884)5月(42歳8ヵ月)
  • 生涯戦歴:136勝53敗53休22分5預/216出場(28場所)
  • 生涯勝率:72.0%
  • 優勝等 :優勝相当2回
  • 幕内戦歴:104勝34敗53休15分4預(21場所)勝率:75.4%
  •   大関:25勝15敗34休5分1預(8場所)勝率:62.5%
  •   関脇:34勝10敗10休4分2預(6場所)勝率:77.3%
  •   小結:7勝1敗1休1分(1場所)勝率:87.5%
  •   前頭:38勝8敗8休5分1預(6場所)勝率:82.6%
  • 十両戦歴:32勝19敗7分1預(7場所)勝率:62.7%

福島県出身の最高位:関脇

信夫山 治貞

「リャンコの信夫」と呼ばれた「もろ差しの名人」で技能賞の常連。一本歯の下駄で山手線に乗車して吊り革につかまらず体幹バランスを鍛えたり、握力強化のため左手で箸を使って豆を掴むなど、常に研究と鍛錬を積んでいた

  • 四股名 :信夫山 治貞(しのぶやま はるさだ)
  • 最高位 :関脇
  • 年寄名跡:12代竹縄⇒9代山響
  • 出身地 :福島県伊達郡
  • 本 名 :本間 栄
  • 生年月日:大正14年(1925)3月21日
  • 没年月日:昭和52年(1977)9月2日(享年52歳)
  • 所属部屋:小野川部屋
  • 改名歴 :本間⇒吾妻山⇒本間⇒信夫山
  • 初土俵 :昭和15年(1940)5月(15歳2ヵ月)
  • 新十両 :昭和22年(1947)11月(22歳8ヵ月)
  • 新入幕 :昭和25年(1950)9月(25歳6ヵ月)
  • 新三役 :昭和30年(1955)1月(29歳10ヵ月)
  • 最終場所:昭和35年(1960)9月(35歳6ヵ月)
  • 生涯戦歴:403勝392敗20休/792出場(65場所)
  • 生涯勝率:50.7%
  • 優勝等 :幕下優勝1回(同点1),三段目優勝1回
  • 成 績 :殊勲賞1回,敢闘賞1回,技能賞6回,金星7個
  • 幕内戦歴:308勝322敗15休(43場所)勝率:48.9%
  •   関脇:24勝21敗(3場所)勝率:53.3%
  •   小結:44勝46敗(6場所)勝率:48.9%
  •   前頭:240勝255敗15休(34場所)勝率:48.5%
  • 十両戦歴:31勝36敗(7場所)勝率:46.3%

栃東 知頼

福島県相馬市出身、春日野部屋の元力士で最高位は関脇。玉の海も舌を巻いた「相撲巧者」次男は同じ四股名で大関に。

  • 四股名 :栃東 知頼(とちあずま ともより)
  • 最高位 :関脇
  • 年寄名跡:13代玉ノ井
  • 出身地 :福島県相馬市
  • 本 名 :志賀 駿男
  • 生年月日:昭和19年(1944)9月3日
  • 所属部屋:春日野部屋
  • 改名歴 :志賀⇒栃東
  • 初土俵 :昭和35年(1960)11月(16歳2ヵ月)
  • 新十両 :昭和40年(1965)5月(20歳8ヵ月)
  • 新入幕 :昭和42年(1967)3月(22歳6ヵ月)
  • 新三役 :昭和43年(1968)7月(23歳10ヵ月)
  • 最終場所:昭和52年(1977)1月(32歳4ヵ月)
  • 生涯戦歴:611勝593敗33休/1200出場(98場所)
  • 生涯勝率:50.7%
  • 優勝等 :幕内優勝1回(次点3),十両優勝1回,三段目同点1回
  • 成 績 :殊勲賞4回,技能賞6回,金星5個
  • 幕内戦歴:404勝448敗23休(59場所)勝率:47.4%
  •   関脇:7勝8敗(1場所)勝率:46.7%
  •   小結:29勝43敗3休(5場所)勝率:40.3%
  •   前頭:368勝397敗20休(53場所)勝率:48.1%
  • 十両戦歴:101勝69敗10休(12場所)勝率:59.4%

玉乃島 新

玉乃島 新 (たまのしま あらた)福島県西白河郡泉崎村出身、片男波部屋の元力士で、最高位は関脇

平成10年(1998)3月場所に20歳6ヶ月で初土俵を踏み、平成23年(2011)11月場所を最後に引退(34歳2ヶ月)。

通算成績は557勝583敗4休1138出場。生涯勝率.489。通算82場所中、36場所を勝ち越した(勝ち越し率.439)。

主な成績は幕内(次点2)、十両優勝1回敢闘賞5回、技能賞1回、金星2個(朝青龍1個、武蔵丸1個)

昭和52年(1977)9月15日生まれ。本名は岡部 新。

父は元プロボクサーでチャンピオンのタートル岡部、母は元大関・清國の実妹、兄は元十両の玉ノ国。育ったのは東京都文京区だが父親の故郷である福島県を出身地として名乗っていた。

竹内(雅山)とは中学時代からのライバルで切磋琢磨してきた。兄が在学していた東洋大学に進学したが2年で中退して片男波部屋へと入門。この入門は4年で卒業した兄と一緒であり、史上初の兄弟同時幕下付出となった。

初土俵から約2年で新入幕、一度は跳ね返されたがすぐに再入幕、このとき四股名を「玉乃島」と改めた。これは現役中に亡くなった51代横綱・玉の海が大関時代まで名乗っていた四股名であり、それだけ期待されての改名だった。

しかしその期待に充分答えることは出来なかった。平成13年(2001)9月場所の新小結をはじめ都合4度三役の座についた玉乃島だったが、一度も勝ち越すことは出来ずに平幕での土俵が多かった。

停年を間近に控えた12代二所ノ関(元大関・若島津)から12月24日付で部屋を継承、放駒部屋として部屋を率いることになった。

四股名
玉乃島 新 (たまのしま あらた)
最高位
関脇
年寄名跡
10代西岩 新(片男波) → 18代放駒 新(片男波) → 18代放駒 新(松ヶ根) → 18代放駒 新(二所ノ関) → 18代放駒 新
出身地
福島県西白河郡泉崎村
本名
岡部 新
生年月日
昭和52年(1977)9月15日(48歳)
出身高校
金沢市立工業高校
出身大学
東洋大学
所属部屋
片男波部屋
改名歴
玉ノ洋 新 → 玉乃島 新
初土俵
平成10年(1998)3月 幕下60枚目付出(20歳6ヶ月)
新十両
平成11年(1999)9月(所要9場所)
22歳0ヶ月(初土俵から1年6ヶ月)
新入幕
平成12年(2000)11月(所要16場所)
23歳2ヶ月(初土俵から2年8ヶ月)
新小結
平成13年(2001)9月(所要21場所)
24歳0ヶ月(初土俵から3年6ヶ月)
新関脇
平成16年(2004)1月(所要35場所)
26歳4ヶ月(初土俵から5年10ヶ月)
最終場所
平成23年(2011)11月場所(34歳2ヶ月)
大相撲歴
82場所(13年8ヶ月)
通算成績
557勝583敗4休1138出場(勝率.489)
通算82場所
勝ち越し36場所(勝ち越し率.439)(勝ち越し星152)
優勝等
幕内(次点2),十両優勝1回
受賞・金星
敢闘賞5回,技能賞1回,金星2個(朝青龍1個、武蔵丸1個)
持給金
122円50銭(勝ち越し星152個 金星2個)
幕内戦歴
395勝441敗4休835出場(勝率.473)
在位56場所(在位率.683)
勝ち越し21場所(勝ち越し率.375)
三役戦歴
25勝35敗0休60出場(勝率.417)
在位4場所(在位率.049)
勝ち越し0場所(勝ち越し率.000)
関脇戦歴
5勝10敗0休15出場(勝率.333)
在位1場所(在位率.012)
勝ち越し0場所(勝ち越し率.000)
小結戦歴
20勝25敗0休45出場(勝率.444)
在位3場所(在位率.037)
勝ち越し0場所(勝ち越し率.000)
前頭戦歴
370勝406敗4休775出場(勝率.477)
在位52場所(在位率.634)
勝ち越し21場所(勝ち越し率.404)
十両戦歴
117勝117敗0休233出場(勝率.502)
在位16場所(在位率.195)
勝ち越し7場所(勝ち越し率.438)
関取戦歴
512勝558敗4休1068出場(勝率.479)
在位72場所(在位率.878)
勝ち越し28場所(勝ち越し率.389)
幕下以下歴
45勝25敗0休70出場(勝率.643)
在位10場所(在位率.122)
勝ち越し8場所(勝ち越し率.800)

玉乃島 新の更に詳細なデータは力士名鑑で!

名鑑ページでは、以下のような詳細な分析データをはじめ、豊富な表やグラフをご覧いただけます。

  • ✅ 勝った決まり手1位:寄り切り(217回 / 19.0%)
  • ✅ 負けた決まり手1位:押し出し(121回 / 31.0%)
  • ✅ 得意な相手:岩木山(15勝5敗 / 勝率.750)
  • ✅ 苦手な相手:朝青龍(4勝21敗 / 勝率.160)

若元春 港

若元春 港(わかもとはる みなと)は福島県 福島市出身、荒汐部屋の力士で最高位は関脇。令和8年3月場所の番付は東 小結。

祖父は「足取り名人」と謳われた元小結・若葉山、父は元幕下・若信夫という相撲一家に生まれ、兄(若隆元)・弟(若隆景)とともに大波3兄弟として幼少期から土俵に親しんだ。稽古熱心な兄弟の隣ですぐに泣きごとを言う少年であったが、相撲のセンスは3兄弟の中で最も高く、大会では最も良い成績を残した。学法福島高校時代には3年連続でインターハイ個人戦に出場し、卒業後に荒汐部屋の門を叩き、平成23年(2011年)11月場所で初土俵を踏んだ。

スポンサーリンク

四股名の変遷と「毛利三兄弟」

前相撲では本名を交えた「荒大波」を名乗ったが、翌場所すぐに「剛士」へと改名した。これは金剛力士像にあやかって、後援者がつけてくれた四股名であった。長らく幕下の土俵で研鑽を積んでいたが、平成29年(2017年)5月場所、弟の入門に合わせて現在の「若元春」へと改名した。この四股名は、戦国武将・毛利元就の次男である吉川元春に由来するもので、毛利3兄弟に「大波3兄弟」をなぞらえてつけられたものであった。「若」の字は、祖父と父の四股名から受け継いだ。

弟に先を越され、幕下で8年

入門から8年近く、若元春は幕下の土俵を踏み続けた。その間、平成30年(2018年)1月場所に弟の若隆景が新十両へと昇進。3兄弟で最も相撲センスが高いと言われながら、角界では弟に先を越される格好となった。

それでも腐らず白星を積み上げ、西幕下3枚目で迎えた平成31年(2019年)1月場所では幕下全勝優勝をあげ新十両昇進を決めた。同年3月場所での新十両昇進は、若隆景とともに史上20組目の兄弟関取となった。しかし新十両場所は5勝10敗と大きく負け越し、1場所での幕下陥落となった。

スポンサーリンク

十両再昇進から新入幕、兄弟で幕内の土俵へ

幕下での再出発となった若元春は令和元年(2019年)11月場所に十両復帰を果たす。その復帰場所でも負け越して再度跳ね返されたが、令和2年(2020年)3月場所で三度十両へと昇進。ここから地道に勝ち越しを重ねていき令和4年(2022年)1月場所で待望の新入幕。これにより若隆景とともに史上12組目の兄弟幕内力士となった。かつて弟に先を越された若元春が、今度は兄として同じ舞台に並び立った。

三役定着と三賞

幕内では左四つからの寄りを武器に着実に番付を上げ、令和5年(2023年)1月場所で新小結、同年5月場所で新関脇へと昇進した。新関脇の場所では10勝5敗を挙げ、初の技能賞を獲得。令和6年(2024年)1月場所には横綱・大関陣から白星を挙げ、初の金星と殊勲賞も手にした。三役の地位で上位陣と渡り合いながら、着実に実績を重ねている。

スポンサーリンク

左四つの型と課題

得意は左差し右おっつけからの寄り。左を差して自分の型に持ち込んだときの威力は際立ち、引きつけの力の強さとまわしを切るうまさは相撲関係者からも高く評価されている。近年では珍しいうっちゃりも武器の一つ。一方、三役定着後は得意の左四つに組んだ状態で押し込まれる相撲も目立ち始め、令和6年(2024年)には年間決まり手で押し出しが寄り切りを上回るなど、型と実戦のはざまで新たな相撲を模索し続けている。

💡 福島県出身一覧💡 荒汐部屋の力士

四股名
若元春 港(わかもとはる みなと)
最高位
関脇
最新番付
東 小結
出身地
福島県 福島市
本名
大波 港
生年月日
平成5年(1993)10月5日(32歳)
身長・体重
187cm・144kg
出身高校
学法福島高校
所属部屋
荒汐部屋
改名歴
荒大波⇒剛士 → 若元春
初土俵
平成23年(2011)11月(18歳1ヵ月)
新十両
平成31年(2019)3月(25歳5ヵ月)
新入幕
令和4年(2022)1月(28歳3ヵ月)
新小結
令和5年(2023)1月(29歳3ヵ月)
新関脇
令和5年(2023)5月(29歳7ヵ月)
優勝
幕下優勝2回,序ノ口優勝1回
受賞・金星
殊勲賞1回,技能賞1回,金星3個
通算成績
485勝386敗28休/870出場(勝率:55.7%)
直近7場所
50勝55敗
7場所勝率
47.6%
得意技
左四つ・寄り
決まり手傾向(直近7場所)
若元春が勝ちの決まり手(50勝)
寄り切り18
押し出し8
叩き込み5
突き落とし3
上手投げ3
うっちゃり2
その他11
若元春が負けの決まり手(55敗)
寄り切り14
押し出し8
寄り倒し7
突き落とし4
突き出し4
叩き込み3
その他15
令8年3月
東 小結(半枚上昇)
3勝12敗
●●●●●|●●○○●|●●●○●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

スポンサーリンク
令8年1月
西 小結(2枚上昇)
8勝7敗
●●●●●|○●○○○|○●○○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年11
西 前頭2枚目(2枚上昇)
8勝7敗(金星)
●●○●●|○○○●○|○●○○●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

▼ さらに過去の成績(4場所分)を見る
令7年9月
西 前頭4枚目(3枚降下)
9勝6敗
○○●○○|○●○●●|●○●○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年7月
西 前頭筆頭(半枚降下)
6勝9敗(金星)
●○●●●|○●●●●|○○○○●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年5月
東 前頭筆頭(半枚上昇)
7勝8敗
●●●●○|●○○○●|○○●●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年3月
西 前頭筆頭
9勝6敗
○○●○●|○●○●○|○●●○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

若隆景 渥

若隆景 渥(わかたかかげ あつし)は福島県 福島市出身、荒汐部屋の力士で最高位は関脇。令和8年3月場所の番付は東 前頭筆頭。

母方の祖父に「足取り名人」と呼ばれた元小結・若葉山、父に立田川部屋の元幕下・若信夫を持つ相撲一家・大波3兄弟の末弟として生まれた。東洋大学相撲部では団体優勝に貢献し、個人戦でも準優勝を収めて三段目最下位格付出の資格を取得。兄達と同じ荒汐部屋への入門を決めた。四股名は毛利三兄弟の三男・小早川隆景にちなんで「若隆景」と名付けられた。

スポンサーリンク

兄弟で切り拓いた関取への道

平成29年(2017年)3月場所、三段目最下位格付出で初土俵を踏むと番付を着実に上げ、平成30年(2018年)5月場所で新十両へ昇進。大波3兄弟の中で最初の関取となった。十両では地道に勝ち越しを重ねながら地力を蓄え、令和元年(2019年)11月場所で新入幕を果たした。

しかし新入幕場所は、4日目の照強戦で右足首を負傷し5日目から休場。4勝1敗10休と大きく負け越し、翌場所は十両へ陥落した。それでも十両で勝ち越しを積み重ね、令和2年(2020年)3月場所では西十両2枚目で10勝5敗を挙げて再入幕を決定づけた。場所後に停年を迎えた師匠・7代荒汐(元小結・大豊)への餞別ともなる勝ち越しとなった。

令和2年7月場所での再入幕後も白星を積み上げ、令和3年(2021年)1月場所には部屋単位の新型コロナウイルス対応措置による全休を強いられたが、これをはね返すように地力を伸ばし、同年3月場所・5月場所と2場所連続で技能賞を受賞した。

新関脇で86年ぶりの賜杯

令和4年(2022年)3月場所、東関脇に初昇進。その場所で12勝3敗の成績を挙げ、髙安との優勝決定戦を制して自身初の幕内最高優勝を飾った。新関脇での優勝は昭和11年(1936年)夏場所の双葉山以来86年ぶり3人目、福島県出身力士としては昭和47年(1972年)初場所の栃東以来50年ぶりの快挙であり、荒汐部屋に初の幕内最高優勝をもたらした。

その後も関脇に定着し安定した上位相撲を見せ続けたが、7場所連続で関脇を務めた令和5年(2023年)3月場所13日目、右膝に重傷を負い途中休場。「右前十字靱帯損傷、右外側半月板損傷」と診断され、同年4月に靱帯再建手術を受けた。

スポンサーリンク

幕下からの再起

術後5か月以上の加療を要し、令和5年5月場所から3場所連続で全休。番付は幕下まで降下した。幕内最高優勝経験者の幕下陥落は、照ノ富士・朝乃山・徳勝龍に続き史上4人目であった。師匠の8代荒汐(元幕内蒼国来)は「しっかり治るまで無理はさせない」と再発防止を最優先とし、稽古に復帰後も慎重な管理が行われた。若隆景自身も「本場所に出られないことが悔しかったが、勉強になる時間だった」と土俵を離れた日々を振り返っている。

令和5年11月場所、東幕下6枚目で復帰。5勝2敗で土俵勘を取り戻すと、翌令和6年(2024年)1月場所では西幕下筆頭で7戦全勝優勝を飾り、関取復帰を確定させた。さらに西十両6枚目で迎えた同年5月場所では14勝1敗で十両優勝を果たし、幕下復帰から所要4場所で幕内へ返り咲いた。

前頭上位で刻む存在感

令和6年9月場所は東前頭7枚目で12勝3敗を挙げ、殊勲賞を獲得。令和7年(2025年)1月場所には西小結で三役に返り咲いた。同年5月場所でも12勝3敗で技能賞を受賞。幕内上位でも前に出る圧力は衰えを見せない。

おっつけで相手の差し手を封じ、右四つから左前廻しを引きつけての寄りを得意とする。怪我と手術を経てなお磨き続けてきた取り口は、多くの試練を越えてより研ぎ澄まされている。

💡 福島県出身一覧💡 荒汐部屋の力士

四股名
若隆景 渥(わかたかかげ あつし)
最高位
関脇
最新番付
東 前頭筆頭
出身地
福島県 福島市
本名
大波 渥
生年月日
平成6年(1994)12月6日(31歳)
身長・体重
183cm・135kg
出身高校
学法福島高校
出身大学
東洋大学
所属部屋
荒汐部屋
初土俵
平成29年(2017)3月(22歳3ヵ月)
新十両
平成30年(2018)5月(23歳5ヵ月)
新入幕
令和1年(2019)11月(24歳11ヵ月)
新小結
令和3年(2021)7月(26歳7ヵ月)
新関脇
令和4年(2022)3月(27歳3ヵ月)
優勝
幕内優勝1回,十両優勝1回,幕下優勝2回,三段目優勝1回
受賞・金星
殊勲賞1回,技能賞6回,金星1個
通算成績
408勝258敗72休/663出場(勝率:61.5%)
直近7場所
61勝43敗1休
7場所勝率
59.2%
得意技
右四つ・寄り
決まり手傾向(直近7場所)
若隆景が勝ちの決まり手(61勝)
寄り切り23
押し出し13
押し倒し4
肩透かし4
送り出し3
寄り倒し3
その他11
スポンサーリンク
若隆景が負けの決まり手(43敗)※不戦敗1含む
押し出し16
寄り切り8
叩き込み5
小手投げ2
切り返し2
引き落とし2
その他7
令8年3月
東 前頭筆頭(1枚半上昇)
8勝6敗1休(金星)
○●●●○|○●●○○|○○○■や
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年1月
西 前頭2枚目(1枚降下)
9勝6敗
●○○○●|●●○●○|●○○○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年11
西 前頭筆頭(2枚半降下)
7勝8敗
●●●●○|●○○○○|●○●●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

▼ さらに過去の成績(4場所分)を見る
令7年9月
東 関脇(1枚半上昇)
6勝9敗
●○●○○|○●○●●|●○●●●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年7月
西 関脇2(半枚上昇)
10勝5敗
○○●●●|○●○○○|○○○●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年5月
西 小結(半枚上昇)
12勝3敗(技能賞)
●○○○○|○○○●○|●○○○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年3月
東 前頭筆頭
9勝6敗
●●●●○|○●○○○|○○○●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

福島県出身の最高位:前頭

常錦 利豪

幕内26場所、十両41場所と関取としては実に67場所の土俵を務めた。愛称は「トラ」で、これは入門前にトラックの運転手をしていたことに由来する

  • 四股名 :常錦 利豪(つねにしき としひで)
  • 最高位 :前頭筆頭
  • 年寄名跡:11代関ノ戸⇒10代稲川
  • 出身地 :福島県石川郡古殿町
  • 本 名 :前田 正三⇒鈴木 正三
  • 生年月日:昭和6年(1931)5月31日
  • 所属部屋:出羽海部屋
  • 初土俵 :昭和24年(1949)10月(18歳5ヵ月)
  • 新十両 :昭和30年(1955)3月(23歳10ヵ月)
  • 新入幕 :昭和33年(1958)3月(26歳10ヵ月)
  • 最終場所:昭和42年(1967)3月(35歳10ヵ月)
  • 生涯戦歴:579勝604敗38休1分/1184出場(87場所)
  • 生涯勝率:48.9%
  • 優勝等 :十両優勝1回
  • 幕内戦歴:166勝223敗1分(26場所)勝率:42.7%
  • 十両戦歴:307勝301敗7休(41場所)勝率:50.5%

信夫山 秀之助

最高位は前頭2枚目だが幕内勝率は5割を超えており、春秋園事件で新興力士団に加わり脱退しなければ大関になっていたはずだと評された傑物。濃いヒゲの剃り跡は青々としており、ギョロリとした大きな目もあって歌舞伎役者のようだと持て囃された。

  • 四股名 :信夫山 秀之助(しのぶやま ひでのすけ)
  • 最高位 :前頭2枚目
  • 出身地 :福島県伊達郡
  • 本 名 :菅野 秀之助
  • 生年月日:明治35年(1902)6月6日
  • 没年月日:昭和32年(1957)8月19日(享年55歳)
  • 所属部屋:出羽海部屋
  • 初土俵 :大正9年(1920)1月(17歳7ヵ月)
  • 新十両 :大正14年(1925)1月(22歳7ヵ月)
  • 新入幕 :昭和4年(1929)1月(26歳7ヵ月)
  • 最終場所:昭和7年(1932)1月(29歳7ヵ月)
  • 生涯戦歴:149勝107敗4休1分/255出場(34場所)
  • 生涯勝率:58.2%
  • 優勝等 :幕内次点2回,幕下優勝2回
  • 成 績 :金星2個
  • 幕内戦歴:69勝60敗2休1分(12場所)勝率:53.5%
  • 十両戦歴:31勝20敗(6場所)勝率:60.8%

斎須 稔

三役も狙える位置にいたがあと一歩届かなかった。15年間一度も休むことなく引退し世話人へと転身

  • 四股名 :斎須 稔(さいす みのる)
  • 最高位 :前頭2枚目
  • 出身地 :福島県西白河郡東村
  • 本 名 :斎須 稔
  • 生年月日:昭和31年(1956)8月16日
  • 所属部屋:伊勢ヶ濱⇒桐山部屋
  • 改名歴 :斉須⇒清勢龍⇒斉須⇒鴻國⇒斉須⇒寶國⇒斎須
  • 初土俵 :昭和46年(1971)7月(14歳11ヵ月)
  • 新十両 :昭和53年(1978)11月(22歳3ヵ月)
  • 新入幕 :昭和57年(1982)3月(25歳7ヵ月)
  • 最終場所:昭和61年(1986)9月(30歳1ヵ月)
  • 生涯戦歴:464勝455敗/919出場(92場所)
  • 生涯勝率:50.5%
  • 優勝等 :十両優勝1回,幕下優勝1回(同点1),三段目優勝1回,序二段優勝1回
  • 幕内戦歴:76勝104敗(12場所)勝率:42.2%
  • 十両戦歴:185勝190敗(25場所)勝率:49.3%

藤見嶽 虎之助

元11代木村庄太郎だった6代藤島の弟子。柔らかみのある体と出足、引き足の素早さで頭角を現した

  • 四股名 :藤見嶽 虎之助(ふじみだけ とらのすけ)
  • 最高位 :前頭3枚目
  • 出身地 :福島県二本松市
  • 本 名 :神田 久助
  • 生年月日:明治11年(1878)6月18日
  • 没年月日:大正12年(1923)7月15日(享年45歳)
  • 所属部屋:藤島部屋
  • 改名歴 :藤見嶽⇒藤嶌
  • 初土俵 :明治28年(1895)6月・(17歳0ヵ月)
  • 新十両 :明治34年(1901)1月(22歳7ヵ月)
  • 新入幕 :明治37年(1904)1月(25歳7ヵ月)
  • 最終場所:明治43年(1910)6月(32歳0ヵ月)
  • 生涯戦歴:61勝72敗28休21分9預/163出場(20場所)
  • 生涯勝率:45.9%
  • 優勝等 :なし
  • 幕内戦歴:29勝54敗28休15分4預(13場所)勝率:34.9%
  • 十両戦歴:32勝18敗6分5預(7場所)勝率:64.0%

平ノ石 辰治郎

名門玉垣部屋出身最後の幕内力士。三段目の時に師匠の玉垣が亡くなり二枚鑑札で12代を襲名。所属は尾車、峰崎部屋と転籍して現役を終え、次は玉垣部屋の再興をと尽力するも早逝して叶わず

  • 四股名 :平ノ石 辰治郎(ひらのいし たつじろう)
  • 最高位 :前頭4枚目
  • 年寄名跡:12代玉垣
  • 出身地 :福島県いわき市
  • 本 名 :緑川 辰次郎
  • 生年月日:明治13年(1880)12月20日
  • 没年月日:大正14年(1925)11月9日(享年44歳)
  • 所属部屋:玉垣⇒尾車⇒峰崎部屋
  • 改名歴 :平ノ石⇒玉垣
  • 初土俵 :明治33年(1900)1月・(19歳1ヵ月)
  • 新十両 :明治41年(1908)5月(27歳5ヵ月)
  • 新入幕 :明治44年(1911)2月(30歳2ヵ月)
  • 最終場所:大正6年(1917)1月(36歳1ヵ月)
  • 生涯戦歴:41勝43敗35休14分5預/103出場(16場所)
  • 生涯勝率:48.8%
  • 優勝等 :なし
  • 幕内戦歴:22勝24敗35休8分1預(9場所)勝率:47.8%
  • 十両戦歴:19勝19敗6分4預(7場所)勝率:50.0%

双大竜 亮三

東京農大出身。軽量ながらも変化に頼ることなく、低さとスピードを活かした前さばきが得意の正攻法。平成25年3月場所では悲願の入幕を果たす。平成26年5月場所のポスターでは後ろ姿が採用された

  • 四股名 :双大竜 亮三(そうたいりゅう りょうぞう)
  • 最高位 :前頭15枚目
  • 出身地 :福島県福島市
  • 本 名 :高橋 亮三
  • 生年月日:昭和57年(1982)7月26日
  • 出身大学:東京農業大学
  • 所属部屋:時津風部屋
  • 改名歴 :高橋⇒双大竜
  • 初土俵 :平成17年(2005)5月(22歳10ヵ月)
  • 新十両 :平成21年(2009)9月(27歳2ヵ月)
  • 新入幕 :平成25年(2013)3月(30歳8ヵ月)
  • 最終場所:平成30年(2018)1月(35歳6ヵ月)
  • 生涯戦歴:351勝340敗20休/689出場(75場所)
  • 生涯勝率:50.8%
  • 優勝等 :幕下同点1回,三段目同点1回,序ノ口優勝1回
  • 幕内戦歴:4勝11敗(1場所)勝率:26.7%
  • 十両戦歴:156勝178敗11休(23場所)勝率:46.7%

白熊 優太

白熊 優太(しろくま ゆうた)は福島県 須賀川市出身、二所ノ関部屋の力士で最高位は前頭16枚目。令和8年3月場所の番付は西 十両5枚目。

祖父の勧めで地元の相撲大会に出場したことがきっかけとなり、4歳頃から福島県郡山市の出羽竜道場に通って相撲の稽古に励んだ。高校は親元を離れて新潟県立海洋高校へと「相撲留学」し、のちに日本体育大学へと進学する。大学時代は相撲部の主将を務めるなど中心選手として活躍した。大学卒業後、13代二所ノ関(元横綱・稀勢の里)が率いる二所ノ関部屋へ入門し、角界への道を歩み始めた。

スポンサーリンク

初土俵と各段での躍進

令和4年(2022年)5月場所に本名の「高橋」で初土俵を踏む。初めて番付に名前が載った翌7月場所において、優勝決定戦を制して序ノ口優勝を飾ると、続く9月場所でも7戦全勝で序二段優勝を果たした。その後も順調に番付を上げ、令和5年(2023年)7月場所において西幕下4枚目で5勝2敗と勝ち越す。この成績が評価され、場所後の番付編成会議を経て同年9月場所での新十両昇進が決定した。

愛される四股名への改名と十両優勝

十両昇進後もコンスタントに星をまとめ、令和6年(2024年)1月場所を機に四股名を「白熊」へと改名する。この四股名は、色白で大きな体格という見た目の印象に加え、「土俵の上では力強く暴れ、誰からも愛される力士になってほしい」という師匠の願いが込められたものであった。改名後も得意の右四つからの攻めを武器に関取の土俵に定着し、同年7月場所においては12勝3敗の好成績を挙げて見事に十両優勝を飾った。

スポンサーリンク

新入幕と上位定着への歩み

十両優勝の翌場所となる令和6年(2024年)9月場所で新入幕を果たす。しかし、この場所の取組で右足首を負傷し、途中休場(のちに再出場)を余儀なくされる試練も経験した。その後は怪我と向き合いながら、幕内と十両の土俵を往復する時期が続いている。

右四つからの力強い攻めには定評があり、持ち前の地力は確かなものがある。ファンから親しまれる四股名とともに、再び上位戦線へと定着すべく、大相撲の土俵で研鑽を重ねている。

💡 福島県出身一覧💡 二所ノ関部屋の力士

四股名
白熊 優太(しろくま ゆうた)
最高位
前頭16枚目
最新番付
西 十両5枚目
出身地
福島県 須賀川市
本名
高橋 優太
生年月日
平成11年(1999)5月25日(26歳)
身長・体重
185cm・155kg
出身高校
新潟海洋高校
出身大学
日本体育大学
所属部屋
二所ノ関部屋
改名歴
高橋 → 白熊
初土俵
令和4年(2022)5月(23歳0ヵ月)
新十両
令和5年(2023)9月(24歳4ヵ月)
新入幕
令和6年(2024)9月(25歳4ヵ月)
優勝
十両優勝1回,序二段優勝1回,序ノ口優勝1回
通算成績
156勝129敗4休/283出場(勝率:55.1%)
直近7場所
41勝49敗(幕内:5勝10敗)
7場所勝率
43.8%
得意技
右四つ・寄り
スポンサーリンク
決まり手傾向(直近7場所)
白熊が勝ちの決まり手(46勝)
寄り切り20
押し出し16
突き落とし3
押し倒し2
上手投げ2
掬い投げ2
その他1
白熊が負けの決まり手(59敗)
寄り切り21
上手投げ5
押し出し5
掬い投げ5
寄り倒し4
叩き込み3
その他16
令8年3月
西 十両5枚目(2枚降下)
7勝8敗
○●●●●|○●○○●|●●○○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年1月
西 十両3枚目(4枚上昇)
6勝9敗
○●○●●|●○●●○|○●○●●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年11
西 十両7枚目(1枚半上昇)
9勝6敗
○○○○●|○○●●○|●○●●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

▼ さらに過去の成績(4場所分)を見る
令7年9月
東 十両9枚目(4枚半降下)
8勝7敗
○●○●○|●●○○●|○●○○●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年7月
西 十両4枚目(1枚降下)
5勝10敗
●●●●●|●●●○○|●○●○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年5月
西 十両3枚目(3枚半降下)
6勝9敗
○●○●●|●○●●○|○●○●●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年3月
西 前頭17枚目
5勝10敗
●●●○●|○○●●●|○○●●●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

福島県出身の最高位:十両

大日岳 栄隆

大日岳 栄隆 (おおひだけ えいりゅう)福島県双葉郡双葉町出身、春日野 → 玉ノ井部屋の元力士で、最高位は十両7枚目

昭和57年(1982)5月場所に15歳7ヶ月で初土俵を踏み、平成15年(2003)11月場所を最後に引退(37歳1ヶ月)※番付上は平成16年(2004)1月場所

通算成績は461勝461敗5休922出場。生涯勝率.500。通算130場所中、67場所を勝ち越した(勝ち越し率.519)。

主な成績は三段目(同点1)

昭和41年(1966)10月12日生まれ。本名は井戸川 栄隆。

バスケットボール部から未経験で角界へ飛び込み、初土俵から約11年の歳月をかけて関取の座を掴んだ大日岳は、のちの大横綱と語り継がれる熱戦を演じた不屈の力士である。長い下積みで培われた優しさを持ち、引退後は世話人として裏方から大相撲を支え続けている。

スポンサーリンク

春日野部屋への入門と玉ノ井部屋の創設

福島県双葉郡双葉町に生まれ、中学時代はバスケットボール部に所属していた。相撲は未経験であったが、知人の紹介を通じて、同じ福島県の浜通り出身であった春日野部屋の部屋付き親方・13代玉ノ井(元関脇・栃東)と縁を持つ。その玉ノ井の内弟子として中学卒業後に春日野部屋へ入門し、昭和57年(1982年)5月場所において本名の「井戸川」で初土俵を踏んだ。

その後、平成2年(1990年)1月に玉ノ井が独立して玉ノ井部屋を創設すると、それに伴って春日野部屋から玉ノ井部屋へと移籍し、部屋の歴史の黎明期を支えることとなった。

貴花田との死闘と四股名の変遷

幕下時代には、本人が「思い出の一番」として振り返る大一番を経験している。東幕下55枚目で迎えた平成元年(1989年)9月場所、6戦全勝の快進撃で幕下優勝を懸けて7番相撲の土俵に上がったが、その相手は当時飛ぶ鳥を落とす勢いで出世していた17歳の新鋭・貴花田(のちの第65代横綱・貴乃花)であった。熱戦の末に寄り倒しで惜しくも敗れて全勝優勝は逃したものの、相撲史に名を残す大横綱の若き日と交わえたこの一番は、土俵人生に深く刻まれている。

四股名は昭和63年(1988年)11月場所から「栃日岳」と改め、さらに平成3年(1991年)1月場所からは、最終的な四股名となる「大日岳」へと改名している。

スポンサーリンク

悲願の新十両と付け人への思いやり

187センチ、160キロを超える長身と恵まれた体格を生かして地道に実力をつけ、平成5年(1993年)7月場所には東幕下筆頭の地位で4勝3敗と勝ち越しを決める。続く同年9月場所において新十両昇進を果たし、初土俵から約11年の歳月をかけて念願の関取の座を掴み取った。

自身が長く厳しい下積み生活を経験してきたからこそ付け人の苦労を誰よりも知っており、十両昇進時には「自分でやれることは自分でやっていきたい」と付け人を思いやる温かい言葉を残している。

新十両の場所は見事に9勝6敗で勝ち越して自己最高位となる十両7枚目まで番付を上げたが、続く11月場所と翌年1月場所で負け越し、関取在位は通算3場所で幕下へと陥落した。

幕下での奮闘と世話人への転身

幕下へ陥落した後も、再び十両へ復帰することを目指して決して土俵を諦めず、長く相撲を取り続けた。また、弟弟子にあたる大関・栃東の付け人を長く務めるなど、部屋の屋台骨として後進を支え続けた。

平成16年(2004年)1月場所から相撲協会の世話人の定員が増員されることとなり、場所前に現役引退を発表し、世話人へと転身した。初土俵から実に131場所、約21年半という非常に息の長い土俵人生であり、生涯戦歴は461勝461敗(12休)と、勝敗の数が全く同数の五分で現役を終えている。

引退後は引き続き玉ノ井部屋に所属し、長年の土俵経験を活かして、現在も用具の運搬や管理、各種サポート業務など、協会の裏方として大相撲の円滑な運営に尽力している。

四股名
大日岳 栄隆 (おおひだけ えいりゅう)
最高位
十両7枚目
出身地
福島県双葉郡双葉町
本名
井戸川 栄隆
生年月日
昭和41年(1966)10月12日
所属部屋
春日野 → 玉ノ井部屋
改名歴
井戸川 栄隆 → 栃日岳 栄隆 → 大日岳 栄隆
初土俵
昭和57年(1982)5月 前相撲(15歳7ヶ月)
新十両
平成5年(1993)9月(所要68場所)
26歳11ヶ月(初土俵から11年4ヶ月)
最終場所
平成15年(2003)11月場所(37歳1ヶ月)※番付上は平成16年(2004)1月場所
大相撲歴
130場所(21年6ヶ月)
通算成績
461勝461敗5休922出場(勝率.500)
通算130場所
勝ち越し67場所(勝ち越し率.519)(勝ち越し星137)
優勝等
三段目(同点1)
持給金
71円50銭(勝ち越し星137個)
十両戦歴
19勝26敗0休45出場(勝率.422)
在位3場所(在位率.023)
勝ち越し1場所(勝ち越し率.333)
関取戦歴
19勝26敗0休45出場(勝率.422)
在位3場所(在位率.023)
勝ち越し1場所(勝ち越し率.333)
幕下以下歴
442勝435敗5休877出場(勝率.504)
在位126場所(在位率.969)
勝ち越し66場所(勝ち越し率.524)

大日岳 栄隆の更に詳細なデータは力士名鑑で!

名鑑ページでは、以下のような詳細な分析データをはじめ、豊富な表やグラフをご覧いただけます。

  • ✅ 勝った決まり手1位:寄り切り(147回 / 55.9%)
  • ✅ 負けた決まり手1位:寄り切り(93回 / 32.9%)
  • ✅ 得意な相手:梅乃里(5勝1敗 / 勝率.833)
  • ✅ 苦手な相手:羽黒海(1勝6敗 / 勝率.143)

玉ノ国 光国

玉ノ国 光国(たまのくに みつくに)福島県西白河郡泉崎村出身、片男波部屋の元力士で、最高位は十両7枚目

平成10年(1998)3月場所に22歳2ヶ月で初土俵を踏み、平成20年(2008)1月場所を最後に引退(32歳0ヶ月)。

通算成績は244勝219敗31休461出場。生涯勝率.527。通算60場所中、32場所を勝ち越した(勝ち越し率.533)。

主な成績は幕下優勝2回(同点1)。

昭和50年(1975)12月28日生まれ。本名は岡部 光国。

放駒親方(元関脇・玉乃島)の実兄で大関・清國の甥。育ったのは東京都文京区だが父親の故郷である福島県を出身地として名乗っていた。

東洋大学を卒業とともに片男波部屋から幕下60枚目格付出で初土俵を踏む。このとき実弟である玉乃島(当時は玉ノ洋)も東洋大学を中退して同部屋から初土俵を踏んでおり、これは史上初の兄弟同時幕下付け出しであった。

弟より1場所早い所要8場所で新十両昇進となったが椎間板ヘルニアを患ってからは精細を欠き、最高位は十両7枚目であった。あだ名は本名の光国(みつくに)にちなんで「黄門様」。

四股名
玉ノ国 光国(たまのくに みつくに)
最高位
十両7枚目
出身地
福島県西白河郡泉崎村
本名
岡部 光国
生年月日
昭和50年(1975)12月28日
出身高校
目黒高校
出身大学
東洋大学
所属部屋
片男波部屋
改名歴
玉ノ国 光国 → 玉光国 喜太郎
初土俵
平成10年(1998)3月 幕下60枚目格付出(22歳2ヶ月)
新十両
平成11年(1999)7月(所要8場所)
23歳6ヶ月(初土俵から1年4ヶ月)
最終場所
平成20年(2008)1月(32歳0ヶ月)
大相撲歴
60場所(9年10ヶ月)
通算成績
244勝219敗31休461出場(勝率.527)
通算60場所
勝ち越し32場所(勝ち越し率.533)
優勝等
幕下優勝2回(同点1)
十両戦歴
54勝80敗1休133出場(勝率.403)
在位9場所(在位率.150)
勝ち越し1場所(勝ち越し率.111)
幕下以下歴
190勝139敗30休328出場(勝率.578)
在位51場所(在位率.850)
勝ち越し31場所(勝ち越し率.608)


福島県出身の最高位:幕下

福轟力 浩城

荒汐部屋の「荒波3兄弟」と同じ学法福島高出身。3度もの頚椎骨折を乗り越えて現役を続けた鉄人。平成29年名古屋場所では三段目で全勝優勝。平成30年8月の稽古中に負傷し、医者からは胸椎ヘルニアとの診断が。このまま相撲を続けていると下半身不随になる可能性が高いと医者に宣告され、1年間悩んだ末に引退を決意

  • 四股名 :福轟力 浩城(ふくごうりき ひろき)
  • 最高位 :幕下5枚目
  • 出身地 :福島県福島市
  • 本 名 :赤井 浩城
  • 生年月日:昭和63年(1988)3月2日
  • 所属部屋:荒汐部屋
  • 改名歴 :赤井⇒福轟力
  • 初土俵 :平成17年(2005)11月(17歳8ヵ月)
  • 最終場所:令和元年(2019)9月(31歳6ヵ月)
  • 生涯戦歴:250勝192敗104休/441出場(81場所)
  • 生涯勝率:56.6%
  • 優勝等 :三段目優勝1回

朱雀 太

細身の身体ながら長らく幕下で渡り合った。隠岐の海とは同期、父も元大相撲力士でプロレスラーだった米村天心

  • 四股名 :朱雀 太(すざく ふとし)
  • 最高位 :幕下7枚目
  • 出身地 :福島県会津若松市
  • 本 名 :米村 太
  • 生年月日:昭和57年(1982)6月16日
  • 出身大学:東京農業大学
  • 所属部屋:八角部屋
  • 改名歴 :米村⇒朱雀
  • 初土俵 :平成17年(2005)1月(22歳7ヵ月)
  • 最終場所:平成29年(2017)9月(35歳3ヵ月)
  • 生涯戦歴:266勝252敗/518出場(75場所)
  • 生涯勝率:51.4%
  • 優勝等 :なし

若隆元 渡

若隆元 渡(わかたかもと わたる)は福島県 福島市出身、荒汐部屋の力士で最高位は幕下7枚目。令和8年3月場所の番付は東 幕下26枚目。

祖父は「足取り名人」と謳われた元小結・若葉山、父は元幕下・若信夫という相撲一家の長男として生を受けた。弟である若元春、若隆景とともに大波3兄弟として幼少期から相撲に親しみ、平成21年(2009年)11月場所に荒汐部屋から初土俵を踏む。3兄弟の中でもっとも早く大相撲の土俵へと進んだ。

入門当初は本名の「大波」で土俵に上がり、三段目や幕下で研鑽を積んでいたが、平成29年(2017年)5月場所、三男の入門に合わせて兄弟3人そろって新たな四股名を名乗ることになる。戦国武将・毛利元就の3人の息子たちに大波3兄弟をなぞらえ、長男の毛利隆元にちなんで「若隆元」へと改名した。「若」の一字は祖父と父の四股名から受け継いだものであり、一族の歴史と兄弟の結束を体現する四股名であった。

改名後も幕下の土俵で地道に星を重ね、平成30年(2018年)9月場所では東幕下7枚目まで番付を上げた。弟たちが幕内三役へと駆け上がる中、自身も長男として長年にわたり厳しい勝負の世界で踏ん張り続けている。

💡 福島県出身一覧💡 荒汐部屋の力士

四股名
若隆元 渡(わかたかもと わたる)
最高位
幕下7枚目
最新番付
東 幕下26枚目
出身地
福島県 福島市
本名
大波 渡
生年月日
平成3年(1991)12月29日(34歳)
身長・体重
183cm・125.1kg
出身高校
学法福島高校
所属部屋
荒汐部屋
改名歴
大波 → 若隆元
初土俵
平成21年(2009)11月(17歳11ヵ月)
優勝
無し
通算成績
345勝289敗38休/633出場(勝率:54.5%)
直近7場所
20勝19敗10休
7場所勝率
52.6%
決まり手傾向(直近7場所)
若隆元が勝ちの決まり手(20勝)
押し出し5
叩き込み3
掬い投げ2
寄り倒し2
小手投げ2
突き出し1
その他5
若隆元が負けの決まり手(19敗)※不戦敗1含む
押し出し5
寄り切り3
引き落とし2
寄り倒し2
送り出し2
小手投げ1
その他3
令8年3月
東 幕下26枚目(8枚半上昇)
1勝3敗3休
-○●--|●-■やや|ややややや
取組詳細(対戦相手・決まり手)

スポンサーリンク
令8年1月
西 幕下34枚目(9枚上昇)
4勝3敗
○--●-|○-●●-|-○--○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年11
西 幕下43枚目(9枚半上昇)
4勝3敗
●-○-○|--○●-|-●○--
取組詳細(対戦相手・決まり手)

▼ さらに過去の成績(4場所分)を見る
令7年9月
東 幕下53枚目(47枚半上昇)
4勝3敗
○--○-|●○-●-|○---●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年7月
西 三段目40枚目(41枚降下)
6勝1敗
-○-●○|-○--○|○---○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年5月
東 幕下60枚目(35枚半降下)
0勝0敗7休
休場
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年3月
西 幕下24枚目
1勝6敗
-●○-●|--●-●|●---●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

福島出身力士の最新情報はこちら

いかがでしたでしょうか?ここまでは過去から現在までの福島出身の主な力士をご紹介してきましたが、福島出身の現役力士の最新番付や成績を知りたい方の為に最適な記事もご用意しています。相撲観戦と予習におススメです!



出身地別、力士別、初土俵別など様々な方法で力士データをまとめています。

決まり手の解説記事へのリンクは、以下の一覧ページをご覧ください。

おすすめの記事をご紹介

ここからは当サイトのおすすめ記事をご紹介します。

ネットでの大相撲観戦といえばAbemaTV!「AbemaTV」での視聴方法について解説しています。序ノ口から結びの一番まで完全無料生中継!ぜひ確認してみてください。

当サイトのいろんな記事へのリンクをまとめたナビゲーションページです。

地方巡業日程はこちら

力士や親方、裏方さんたちと間近で触れ合うチャンスは地方巡業です!巡業日程や詳細をご紹介しています。

コメントはお気軽にどうぞ

※当サイトは個人が運営するサイトであり、日本相撲協会及び、各相撲部屋とは関連がないことをご了承ください。

内容に問題なければ、下記の「コメントを送信する」ボタンを押してください。※当サイトは個人が運営するサイトです。