九重部屋の力士一覧!過去から現在、九重部屋の主な関取を網羅しました

九重(ここのえ)部屋の過去から現在までの主な所属力士をご紹介する九重部屋の大相撲力士まとめ!

この記事では九重部屋の主な関取を中心に紹介していきます。過去の力士については最高位や改名歴、初土俵や各段の昇進時期と最終場所、さらに生涯戦歴と生涯勝率、成績等を中心にご紹介していきます。また、現役力士については最高位と昇進時期、主な成績などを載せています。

なお、年寄名跡欄のマークは、その代で師匠(部屋持ち親方)になったことがあるという意味です。

現役の九重部屋力士の最新番付や成績、詳細なデータをご覧になりたい方はこちら


相撲部屋や出身地ごとの場所の成績からランキングを作成しております。初場所、好調な相撲部屋や力士の出身地はどこ?

九重部屋の基本情報
一門
:高砂一門
創設
:昭和42年(1967年)1月31日
創設者
:第11代・九重 雅信 (元横綱・千代ノ山 雅信)
現師匠
:第14代・九重 龍二 (元大関・千代大海 龍二)
所在地
:東京都葛飾区奥戸1-21-14 📍地図
サイト
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九重部屋の優勝力士

優勝制度が制定された明治42年(1909)6月場所以降、現在の九重部屋からは4人の幕内最高優勝力士が誕生しています。

九重部屋の初優勝はいつで誰?

九重部屋の初優勝力士は、昭和42年(1967)3月場所で東大関だった北の冨士(北の富士)です。

九重部屋の優勝力士一覧

では、歴代の九重部屋の幕内優勝力士を年月順で一覧表にして見てみましょう。

四股名 優勝場所 回数 優勝時の番付 出身 部屋 最高位 成績 四股名 備考
1 北の冨士 昭和42年3月 東大関 北海道 九重 52代横綱 14勝1敗 北の冨士 出羽海部屋からの移籍後初の本場所を、自身初の幕内優勝で飾った
2 北の富士 昭和44年11月 2回目 西大関 北海道 九重 52代横綱 13勝2敗 北の富士
3 北の富士 昭和45年1月 3回目 東大関 北海道 九重 52代横綱 13勝2敗 北の富士 場所後に玉乃島と共に横綱へと昇進
4 北の富士 昭和45年5月 4回目 西横綱 北海道 九重 52代横綱 14勝1敗 北の富士
5 北の富士 昭和45年7月 5回目 東横綱 北海道 九重 52代横綱 13勝2敗 北の富士
6 北の富士 昭和46年5月 6回目 東横綱(張出) 北海道 九重 52代横綱 15勝0敗 北の富士
7 北の富士 昭和46年9月 7回目 西横綱 北海道 九重 52代横綱 15勝0敗 北の富士
8 北の富士 昭和46年11月 8回目 東横綱 北海道 九重 52代横綱 13勝2敗 北の富士
9 北の富士 昭和47年9月 9回目 東横綱 北海道 九重 52代横綱 15勝0敗 北の富士 3度目の全勝優勝
10 北の富士 昭和48年3月 10回目 西横綱 北海道 九重 52代横綱 14勝1敗 北の富士
11 千代の富士 昭和56年1月 東関脇 北海道 九重 58代横綱 14勝1敗 千代の富士 千秋楽本割は北の湖に敗れたが優勝決定戦では見事破り、
自身初の幕内優勝を遂げた。優勝決定の瞬間視聴率65.3%は大相撲中継歴代最高記録
12 千代の富士 昭和56年7月 2回目 東大関 北海道 九重 58代横綱 14勝1敗 千代の富士
13 千代の富士 昭和56年11月 3回目 東横綱(張出) 北海道 九重 58代横綱 12勝3敗 千代の富士
14 千代の富士 昭和57年3月 4回目 西横綱 北海道 九重 58代横綱 13勝2敗 千代の富士
15 千代の富士 昭和57年5月 5回目 東横綱 北海道 九重 58代横綱 13勝2敗 千代の富士
16 千代の富士 昭和57年7月 6回目 東横綱 北海道 九重 58代横綱 12勝3敗 千代の富士
17 千代の富士 昭和57年11月 7回目 東横綱 北海道 九重 58代横綱 14勝1敗 千代の富士
18 千代の富士 昭和58年3月 8回目 東横綱 北海道 九重 58代横綱 15勝0敗 千代の富士 千代の富士、初の全勝優勝
19 千代の富士 昭和58年11月 9回目 西横綱 北海道 九重 58代横綱 14勝1敗 千代の富士
20 千代の富士 昭和59年11月 10回目 西横綱 北海道 九重 58代横綱 14勝1敗 千代の富士 千代の富士、10回目の優勝
21 千代の富士 昭和60年1月 11回目 東横綱 北海道 九重 58代横綱 15勝0敗 千代の富士
22 千代の富士 昭和60年5月 12回目 東横綱 北海道 九重 58代横綱 14勝1敗 千代の富士
23 千代の富士 昭和60年9月 13回目 東横綱 北海道 九重 58代横綱 15勝0敗 千代の富士
24 千代の富士 昭和60年11月 14回目 東横綱 北海道 九重 58代横綱 14勝1敗 千代の富士
25 千代の富士 昭和61年1月 15回目 東横綱 北海道 九重 58代横綱 13勝2敗 千代の富士
26 保志 昭和61年3月 西関脇 北海道 九重 61代横綱 13勝2敗 保志 のちに北勝海へと改名
27 千代の富士 昭和61年5月 16回目 東横綱 北海道 九重 58代横綱 13勝2敗 千代の富士
28 千代の富士 昭和61年7月 17回目 東横綱 北海道 九重 58代横綱 14勝1敗 千代の富士
29 千代の富士 昭和61年9月 18回目 東横綱 北海道 九重 58代横綱 14勝1敗 千代の富士
30 千代の富士 昭和61年11月 19回目 東横綱 北海道 九重 58代横綱 13勝2敗 千代の富士
31 千代の富士 昭和62年1月 20回目 東横綱 北海道 九重 58代横綱 12勝3敗 千代の富士 千代の富士、20回目の優勝
5連覇を達成(1986年5月場所から)
32 北勝海 昭和62年3月 2回目 西大関 北海道 九重 61代横綱 12勝3敗 北勝海 10場所連続、九重部屋力士が幕内優勝
(1985年9月場所から)
33 千代の富士 昭和62年7月 21回目 東横綱 北海道 九重 58代横綱 14勝1敗 千代の富士
34 北勝海 昭和62年9月 3回目 西横綱 北海道 九重 61代横綱 14勝1敗 北勝海 北勝海、横綱昇進後初の優勝
35 千代の富士 昭和62年11月 22回目 東横綱(張出) 北海道 九重 58代横綱 15勝0敗 千代の富士
36 千代の富士 昭和63年5月 23回目 東横綱(張出) 北海道 九重 58代横綱 14勝1敗 千代の富士
37 千代の富士 昭和63年7月 24回目 東横綱 北海道 九重 58代横綱 15勝0敗 千代の富士 千代の富士、5度目の全勝優勝
38 千代の富士 昭和63年9月 25回目 東横綱 北海道 九重 58代横綱 15勝0敗 千代の富士
39 千代の富士 昭和63年11月 26回目 東横綱 北海道 九重 58代横綱 14勝1敗 千代の富士 千秋楽、大乃国に敗れるまで53連勝
40 北勝海 平成元年1月 4回目 東横綱(張出) 北海道 九重 61代横綱 14勝1敗 北勝海 平成初の優勝
41 千代の富士 平成元年3月 27回目 西横綱 北海道 九重 58代横綱 14勝1敗 千代の富士
42 北勝海 平成元年5月 5回目 東横綱(張出) 北海道 九重 61代横綱 13勝2敗 北勝海
43 千代の富士 平成元年7月 28回目 東横綱(張出) 北海道 九重 58代横綱 12勝3敗 千代の富士
44 千代の富士 平成元年9月 29回目 西横綱 北海道 九重 58代横綱 15勝0敗 千代の富士 千代の富士、7度目の全勝優勝
45 千代の富士 平成2年1月 30回目 東横綱 北海道 九重 58代横綱 14勝1敗 千代の富士 千代の富士、30回目の優勝
46 北勝海 平成2年3月 6回目 西横綱 北海道 九重 61代横綱 13勝2敗 北勝海
47 北勝海 平成2年9月 7回目 東横綱(張出) 北海道 九重 61代横綱 14勝1敗 北勝海
48 千代の富士 平成2年11月 31回目 東横綱(張出) 北海道 九重 58代横綱 13勝2敗 千代の富士 千代の富士、現役最後となる31回目の優勝(歴代3位)
49 北勝海 平成3年3月 8回目 東横綱 北海道 九重 61代横綱 13勝2敗 北勝海
50 千代大海 平成11年1月 東関脇 大分県 九重 関脇 13勝2敗 千代大海
51 千代大海 平成14年7月 2回目 西大関 大分県 九重 大関 14勝1敗 千代大海
52 千代大海 平成15年3月 3回目 東大関2 大分県 九重 大関 12勝3敗 千代大海

九重部屋の優勝力士ランキング

次は九重部屋力士の優勝回数と成績のランキングです。

順位 四股名 優勝 最高位 出身地 勝数 敗数 横綱 大関 関脇 小結 前頭
1位 千代の富士 31回 58代横綱 北海道 427勝 38敗 29回 1回 1回 0回 0回
2位 北の富士 10回 52代横綱 北海道 139勝 11敗 7回 3回 0回 0回 0回
3位 北勝海 8回 61代横綱 北海道 106勝 14敗 6回 1回 1回 0回 0回
4位 千代大海 3回 関脇 大分県 39勝 6敗 0回 2回 1回 0回 0回
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九重部屋の最高位:前頭

禊鳳 英二

入幕2場所目の初日に横綱栃ノ海、2日目大関豊山、3日目横綱柏戸を連覇して話題になったが終わってみれば4勝11敗だった

  • 四股名 :禊鳳 英二(みそぎどり えいじ)
  • 最高位 :前頭2枚目
  • 出身地 :北海道上磯郡木古内町
  • 本 名 :佐々木 禊
  • 生年月日:昭和18年(1943)12月10日
  • 所属部屋:出羽海⇒九重部屋
  • 改名歴 :佐々木⇒禊鳳
  • 初土俵 :昭和36年(1961)1月(17歳1ヵ月)
  • 新十両 :昭和40年(1965)9月(21歳9ヵ月)
  • 新入幕 :昭和41年(1966)9月(22歳9ヵ月)
  • 最終場所:昭和44年(1969)9月(25歳9ヵ月)
  • 生涯戦歴:274勝249敗32休1分/522出場(53場所)
  • 生涯勝率:52.4%
  • 優勝等 :十両同点1回
  • 成 績 :敢闘賞1回,金星2個
  • 幕内戦歴:88勝109敗13休(14場所)勝率:44.7%
  • 十両戦歴:80勝69敗1分(10場所)勝率:53.7%

千代櫻 輝夫

中国での北京・上海場所ではパンダの化粧まわしを付けて人気に

  • 四股名 :千代櫻 輝夫(ちよざくら てるお)
  • 最高位 :前頭5枚目
  • 年寄名跡:君ヶ濱
  • 出身地 :北海道瀬棚郡今金町
  • 本 名 :斎藤 輝夫⇒藤岡 輝夫
  • 生年月日:昭和25年(1950)4月14日
  • 所属部屋:出羽海⇒九重部屋
  • 改名歴 :斎藤⇒千代桜⇒北輝⇒千代桜⇒千代櫻⇒千代桜
  • 初土俵 :昭和41年(1966)3月(15歳11ヵ月)
  • 新十両 :昭和48年(1973)3月(22歳11ヵ月)
  • 新入幕 :昭和51年(1976)9月(26歳5ヵ月)
  • 最終場所:昭和53年(1978)5月(28歳1ヵ月)
  • 生涯戦歴:383勝369敗3休/752出場(74場所)
  • 生涯勝率:50.9%
  • 優勝等 :十両優勝2回,幕下同点1回,三段目優勝1回
  • 幕内戦歴:42勝63敗(7場所)勝率:40.0%
  • 十両戦歴:180勝180敗(24場所)勝率:50.0%

松前山 武士

北海道松前郡松前町出身、出羽海~九重部屋の元力士で最高位は前頭9枚目。千代の山の内弟子として出羽海部屋へと入門。昭和38年(1963)5月場所で新十両昇進、昭和39年(1964)7月場所で新入幕と順調に出世し期待されていたが、肺結核の治療のため昭和40年(1965)5月場所から6場所連続で休場、番付を三段目にまで下げてしまった。

しかし番付を徐々にあげていき東幕下筆頭で迎えた昭和42年(1967)初場所を6勝1敗で勝ち越して、翌場所での再十両を決めた。

場所後、11代九重(元横綱・千代の山)の独立に伴い九重部屋へと移籍。再十両場所となった昭和42年春場所で12勝3敗の成績をあげて十両優勝を決め、ともに移籍した大関・北の富士の幕内初優勝とで九重部屋の門出を大きく飾った。

  • 四股名 :松前山 武士(まつまえやま たけし)
  • 最高位 :前頭9枚目
  • 年寄名跡:13代尾上
  • 出身地 :北海道松前郡松前町
  • 本 名 :渡辺 貞夫
  • 生年月日:昭和15年(1940)6月29日
  • 所属部屋:出羽海⇒九重部屋
  • 改名歴 :松前山⇒渡辺山⇒松前山
  • 初土俵 :昭和33年(1958)1月(17歳7ヵ月)
  • 新十両 :昭和38年(1963)5月(22歳11ヵ月)
  • 新入幕 :昭和39年(1964)7月(24歳1ヵ月)
  • 最終場所:昭和42年(1967)11月(27歳5ヵ月)
  • 生涯戦歴:301勝205敗58休/506出場(60場所)
  • 生涯勝率:59.5%
  • 優勝等 :十両優勝1回,幕下優勝1回,序ノ口優勝1回
  • 幕内戦歴:14勝16敗15休(3場所)勝率:46.7%
  • 十両戦歴:119勝91敗15休(16場所)勝率:56.7%

影虎 和彦

四股名は長尾景虎(上杉謙信)から・頚椎捻挫によって26歳で廃業

  • 四股名 :影虎 和彦(かげとら かずひこ)
  • 最高位 :前頭11枚目
  • 出身地 :岩手県九戸郡軽米町
  • 本 名 :滝沢 和彦
  • 生年月日:昭和29年(1954)5月21日
  • 所属部屋:九重部屋
  • 改名歴 :滝沢⇒影虎⇒滝沢⇒影虎
  • 初土俵 :昭和43年(1968)11月(14歳6ヵ月)
  • 新十両 :昭和53年(1978)1月(23歳8ヵ月)
  • 新入幕 :昭和53年(1978)7月(24歳2ヵ月)
  • 最終場所:昭和56年(1981)3月(26歳10ヵ月)
  • 生涯戦歴:351勝312敗/663出場(74場所)
  • 生涯勝率:52.9%
  • 優勝等 :十両同点1回,幕下優勝1回
  • 幕内戦歴:19勝41敗(4場所)勝率:31.7%
  • 十両戦歴:122勝103敗(15場所)勝率:54.2%

富士乃真 司

貴乃花の長男の岳父となり話題となった陣幕親方。現役時に土俵下で控えていた際、力士が左足に落ちてきて大怪我、不運にもこれが原因となり引退の憂き目に。立浪部屋の行司である木村玉治郎とは中学の同級生で共に野球部に所属していた仲

  • 19代・陣幕 哲也(八角部屋)
  • 四股名 :富士乃真 司(ふじのしん つかさ)
  • 最高位 :前頭筆頭
  • 年寄名跡:9代錦戸⇒19代陣幕
  • 出身地 :千葉県船橋市
  • 本 名 :矢木 哲也
  • 生年月日:昭和35年(1960)11月6日(65歳)
  • 所属部屋:井筒⇒九重部屋
  • 改名歴 :矢木⇒富士光⇒富士乃真
  • 初土俵 :昭和51年(1976)3月(15歳4ヵ月)
  • 新十両 :昭和60年(1985)1月(24歳2ヵ月)
  • 新入幕 :昭和61年(1986)9月(25歳10ヵ月)
  • 最終場所:平成2年(1990)9月(29歳10ヵ月)
  • 生涯戦歴:408勝386敗47休/792出場(88場所)
  • 生涯勝率:51.4%
  • 優勝等 :なし
  • 幕内戦歴:93勝111敗21休(15場所)勝率:45.6%
  • 十両戦歴:102勝108敗(14場所)勝率:48.6%

千代の国 憲輝

千代の国 憲輝 (ちよのくに としき)三重県伊賀市出身、九重部屋の元力士で、最高位は前頭筆頭

平成18年(2006)5月場所に15歳10ヶ月で初土俵を踏み、令和5年(2023)7月場所を最後に引退(33歳0ヶ月)。

通算成績は539勝452敗180休978出場。生涯勝率.551。通算102場所中、55場所を勝ち越した(勝ち越し率.545)。

主な成績は十両優勝3回、幕下優勝2回(同点1)、三段目優勝1回、序二段優勝1回敢闘賞2回、金星1個(鶴竜1個)

平成2年(1990)7月10日生まれ。本名は澤田 憲輝。

積極的な攻めと激しい突き押し相撲で土俵を沸かせた千代の国は、度重なる大怪我で三段目まで陥落しながらも、そのたびに劇的な復活を遂げた名力士である。幾多の絶望から這い上がり、気迫あふれる相撲を貫いたその不屈の歩みは、多くの相撲ファンの記憶に深く刻まれている。

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兄の背中を追った入門と関取への出世

三重県伊賀市で育ち、中学生時代から柔道などで体を鍛え上げた。中学校卒業後の平成18年(2006年)5月場所、実兄(元幕下・千代の眞)も所属していた13代九重(第58代横綱・千代の富士)が率いる九重部屋へと入門。本名の「澤田」を四股名として初土俵を踏んだ。

着実に地力をつけ、平成20年(2008年)3月場所から四股名を「千代の国」へと改名した。持ち前の激しい取り口を武器に番付を上げ、初土俵から約5年となる平成23年(2011年)7月場所に新十両へ昇進。翌平成24年(2012年)1月場所には新入幕を果たし、幕内の土俵へと駆け上がった。同年7月場所では11勝4敗の好成績で初の十両優勝を飾っている。

大怪我による三段目陥落と家族の絆

しかし、激しい相撲の代償として度重なる大怪我に見舞われる。両膝の半月板損傷や両肩の脱臼などにより休場が重なり、平成26年(2014年)9月場所からの連続休場を経て、幕下、さらには三段目まで大きく番付を落とす苦難を味わった。

心身ともに追い詰められたが、僧侶であった父の死と、兄である千代の眞の言葉を受けて再起を決意する。過酷なリハビリと猛稽古に励み、平成27年(2015年)3月場所での三段目優勝を皮切りに復活への階段を登り始めた。平成28年(2016年)5月場所で12勝3敗の成績を挙げて2度目の十両優勝を飾ると、続く7月場所でみごとに再入幕を果たす。

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上位での活躍と三度目の不死鳥伝説

幕内へ復帰した後は上位陣を脅かす存在となり、平成29年(2017年)5月場所では自己最高位となる東前頭筆頭へ昇進。この場所で横綱・鶴竜を破り、自身初となる金星を獲得した。

その後も怪我による長期休場を強いられ、再び幕下へと陥落したが、そのたびに不屈の闘志で土俵へ戻ってきた。令和元年(2019年)9月場所と令和2年(2020年)7月場所でそれぞれ幕下優勝を飾ると、同年9月場所では14勝1敗の圧倒的な成績で3度目の十両優勝を果たす。続く11月場所での幕内復帰の際には10勝を挙げて、自身2度目となる敢闘賞を受賞した。

現役引退と後進への指導

長年にわたり大怪我と闘いながら、決して諦めない気迫の相撲でファンを魅了し続けた。しかし、西幕下5枚目で迎えた令和5年(2023年)7月場所の休場中に現役引退を発表し、約17年にわたる土俵人生に幕を下ろした。

引退後は年寄「佐ノ山」を襲名し、日本相撲協会に残って九重部屋で後進の指導にあたっている。絶望的な怪我から何度も這い上がったその精神力と経験は、指導者となった現在も若い力士たちへの大きな道標となっている。

四股名
千代の国 憲輝 (ちよのくに としき)
最高位
前頭筆頭
年寄名跡
25代佐ノ山 憲輝(九重)
出身地
三重県伊賀市
本名
澤田 憲輝
生年月日
平成2年(1990)7月10日(35歳)
所属部屋
九重部屋
改名歴
澤田 憲輝 → 千代の国 憲輝
初土俵
平成18年(2006)5月 前相撲(15歳10ヶ月)
新十両
平成23年(2011)7月(所要30場所)
21歳0ヶ月(初土俵から5年2ヶ月)
新入幕
平成24年(2012)1月(所要33場所)
21歳6ヶ月(初土俵から5年8ヶ月)
最終場所
令和5年(2023)7月場所(33歳0ヶ月)
大相撲歴
102場所(17年2ヶ月)
通算成績
539勝452敗180休978出場(勝率.551)
通算102場所
勝ち越し55場所(勝ち越し率.545)(勝ち越し星200)
優勝等
十両優勝3回,幕下優勝2回(同点1),三段目優勝1回,序二段優勝1回
受賞・金星
敢闘賞2回,金星1個(鶴竜1個)
持給金
113円(勝ち越し星200個 金星1個)
幕内戦歴
199勝216敗95休405出場(勝率.491)
在位34場所(在位率.333)
勝ち越し14場所(勝ち越し率.412)
前頭戦歴
199勝216敗95休405出場(勝率.491)
在位34場所(在位率.333)
勝ち越し14場所(勝ち越し率.412)
十両戦歴
180勝151敗29休328出場(勝率.549)
在位24場所(在位率.235)
勝ち越し14場所(勝ち越し率.583)
関取戦歴
379勝367敗124休733出場(勝率.517)
在位58場所(在位率.569)
勝ち越し28場所(勝ち越し率.483)
幕下以下歴
160勝85敗56休245出場(勝率.653)
在位43場所(在位率.422)
勝ち越し27場所(勝ち越し率.628)

千代の国 憲輝の更に詳細なデータは力士名鑑で!

名鑑ページでは、以下のような詳細な分析データをはじめ、豊富な表やグラフをご覧いただけます。

  • ✅ 勝った決まり手1位:叩き込み(100回 / 18.4%)
  • ✅ 負けた決まり手1位:押し出し(128回 / 28.1%)
  • ✅ 得意な相手:徳勝龍(13勝2敗 / 勝率.867)
  • ✅ 苦手な相手:宝富士(2勝11敗 / 勝率.154)

若の富士 昭一

北の富士が一時期興した井筒部屋へお供したことが、思い切った小手投げが得意で幕内の中軸を盛り上げた

  • 四股名 :若の富士 昭一(わかのふじ しょういち)
  • 最高位 :前頭2枚目
  • 出身地 :新潟県東蒲原郡 ⇒ 東京都大田区
  • 本 名 :斎藤 昭一
  • 生年月日:昭和31年(1956)3月29日
  • 所属部屋:九重⇒井筒⇒九重部屋
  • 改名歴 :斉藤⇒若の富士
  • 初土俵 :昭和46年(1971)9月(15歳6ヵ月)
  • 新十両 :昭和56年(1981)3月(25歳0ヵ月)
  • 新入幕 :昭和57年(1982)3月(26歳0ヵ月)
  • 最終場所:昭和59年(1984)11月(28歳8ヵ月)
  • 生涯戦歴:359勝327敗12休/685出場(80場所)
  • 生涯勝率:52.3%
  • 優勝等 :十両同点1回
  • 成 績 :金星1個
  • 幕内戦歴:62勝76敗12休(10場所)勝率:44.9%
  • 十両戦歴:72勝63敗(10場所)勝率:53.3%

千代翔馬 富士雄

千代翔馬 富士雄(ちよしょうま ふじお)はモンゴル ウランバートル市出身、九重部屋の力士で最高位は前頭2枚目。令和8年3月場所の番付は東 前頭14枚目。

父親はモンゴル相撲の大関で朝青龍の父と知り合い。モンゴルを訪れた13代九重(千代の富士)の紹介によって明徳義塾高校へ相撲留学、2年次に中退して九重部屋へと入門した。弟子を褒めないことで有名な千代の富士だったが、千代翔馬の稽古熱心さだけは珍しく褒められていた。その先代が亡くなった翌場所に新入幕を果たす

💡 モンゴル出身一覧💡 九重部屋の力士

四股名
千代翔馬 富士雄(ちよしょうま ふじお)
最高位
前頭2枚目
最新番付
東 前頭14枚目
出身地
モンゴル ウランバートル市
本名
ガンバータル・ムンクサイハン
生年月日
平成3年(1991)7月20日(34歳)
身長・体重
184cm・140kg
出身高校
明徳義塾高校・中退
所属部屋
九重部屋
改名歴
翔馬 → 千代翔馬
初土俵
平成21年(2009)7月(18歳0ヵ月)
新十両
平成28年(2016)1月(24歳6ヵ月)
新入幕
平成28年(2016)9月(25歳2ヵ月)
優勝
幕下優勝1回
受賞・金星
金星1個
通算成績
585勝569敗20休/1153出場(勝率:50.7%)
直近7場所
37勝53敗(十両:9勝6敗)
7場所勝率
43.8%
得意技
押し・左四つ・寄り
決まり手傾向(直近7場所)
千代翔馬が勝ちの決まり手(46勝)
寄り切り13
上手投げ7
押し出し5
叩き込み4
送り出し3
下手投げ2
その他12
千代翔馬が負けの決まり手(59敗)
押し出し17
寄り切り15
上手出し投げ4
掬い投げ3
押し倒し3
下手投げ2
その他15
令8年3月
東 前頭14枚目(3枚降下)
10勝5敗
●○○●●|○○○●●|○○○○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

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令8年1月
東 前頭11枚目(6枚上昇)
6勝9敗
●○○●●|●●○●○|●○●○●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年11
東 前頭17枚目(3枚上昇)
10勝5敗
○○●●●|○○○●○|○○●○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

▼ さらに過去の成績(4場所分)を見る
令7年9月
西 十両2枚目(10枚半降下)
9勝6敗
●○●○●|●○○●○|○○○●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年7月
西 前頭9枚目(4枚降下)
1勝14敗
●●●●●|●●●●●|●○●●●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年5月
西 前頭5枚目(3枚降下)
4勝11敗
●●●●●|○○●●●|○○●●●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年3月
西 前頭2枚目
6勝9敗(金星)
○●●○○|●●●●●|○○●○●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

千代丸 一樹

千代丸 一樹 (ちよまる かずき)鹿児島県志布志市出身、九重部屋の元力士で、最高位は前頭5枚目

平成19年(2007)5月場所に16歳0ヶ月で初土俵を踏み、令和8年(2026)3月場所を最後に引退(34歳10ヶ月)。

通算成績は614勝631敗44休1240出場。生涯勝率.495。通算112場所中、61場所を勝ち越した(勝ち越し率.550)。

主な成績は十両優勝1回

平成3年(1991)4月17日生まれ。本名は木下 一樹。

突き押し相撲と愛敬あふれる風貌で館内を沸かせた千代丸は、弟とともに史上初の十両連続優勝などを成し遂げた名力士である。長年にわたり大相撲の人気を牽引し、引退後も相撲協会に残って裏方として若い力士たちを支える道を選んだ。

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大横綱の部屋への入門と四股名の由来

鹿児島県志布志市で育ち、中学校卒業後の平成19年(2007年)5月場所、13代九重(第58代横綱・千代の富士)が率いる九重部屋へと入門。本名の「木下」で初土俵を踏んだ。入門後は勝ち越しと負け越しを交互に繰り返す場所が続いたが、着実に地力をつけ、初土俵から約3年半で幕下へ昇進する。

三段目昇進を機に、四股名を「千代丸」へと改名した。当初、親からは「千代大志」という四股名が考案されていたが、当時部屋には大関・千代大海が現役でおり、「『大』の字を使うのは顔じゃない」と遠慮した。すると師匠の13代九重から「よし、丸いから千代丸だ!」と鶴の一声がかかり、この親しみやすい四股名が誕生した。

実家の全焼と兄弟関取の誕生

平成20年(2008年)5月場所には、実弟の千代鳳(当時の四股名は大木下)も同部屋へ入門し、兄弟で切磋琢磨する環境となる。大きな転機となったのは、平成23年(2011年)4月1日に、実家が火事によって全焼するという悲劇であった。この試練を前に、兄弟で「2人で頑張って新しい家を建てたい」と固く誓い合い、猛稽古に励むようになる。

さらに、弟の千代鳳が平成24年(2012年)3月場所で、10代での新十両昇進を果たすと、兄としての意地から大いに発奮した。持ち前の大きな体格を活かした重い突き押しに磨きをかけ、自身も平成25年(2013年)9月場所で悲願の新十両昇進を果たす。これにより、大相撲史上17組目となる兄弟関取が誕生した。

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兄弟連続優勝と人気力士への道

新十両の場所は7勝8敗と負け越したが、翌11月場所は11勝4敗の好成績を挙げる。この場所では弟の千代鳳が十両優勝、さらに翌平成26年(2014年)1月場所では、千代丸自身が13勝2敗で十両優勝を飾った。これにより、「史上初の兄弟による十両連続優勝」という歴史的快挙を成し遂げた。続く同年3月場所では新入幕を果たし、史上10組目の兄弟幕内力士となっている。

土俵上での激しい突き押し相撲の一方で、その丸々とした体型や愛らしい笑顔は見る者を惹きつけた。いつしかファンやメディアの間で「千代丸たん」という愛称が定着し、相撲界屈指の人気力士として長年にわたり大相撲の土俵を盛り上げた。

現役引退と若者頭としての新たな道

ベテランの域に入ってからも幕内と十両を行き来しながら土俵を務め続けたが、令和5年(2023年)3月場所に十両へ降格して以降、主戦場は十両に移る。その後は休場も重なり、幕下、さらには三段目へと番付を落としながらも土俵に上がり続けた。しかし、西三段目筆頭で迎えた令和8年(2026年)3月場所を最後に現役引退を発表し、約19年にわたる土俵人生に幕を下ろした。

引退後は若者頭として日本相撲協会に残る道を選択した。ファンから愛されたその温和な人柄と長年の土俵経験は、今後も裏方として後進の指導や協会の運営に注がれていく。

四股名
千代丸 一樹 (ちよまる かずき)
最高位
前頭5枚目
出身地
鹿児島県志布志市
本名
木下 一樹
生年月日
平成3年(1991)4月17日
所属部屋
九重部屋
改名歴
木下 一樹 → 千代丸 一樹
初土俵
平成19年(2007)5月 前相撲(16歳0ヶ月)
新十両
平成25年(2013)9月(所要37場所)
22歳4ヶ月(初土俵から6年4ヶ月)
新入幕
平成26年(2014)3月(所要40場所)
22歳10ヶ月(初土俵から6年10ヶ月)
最終場所
令和8年(2026)3月場所(34歳10ヶ月)
大相撲歴
112場所(18年10ヶ月)
通算成績
614勝631敗44休1240出場(勝率.495)
通算112場所
勝ち越し61場所(勝ち越し率.550)(勝ち越し星144)
優勝等
十両優勝1回
持給金
75円(勝ち越し星144個)
幕内戦歴
201勝262敗2休461出場(勝率.436)
在位31場所(在位率.277)
勝ち越し12場所(勝ち越し率.387)
前頭戦歴
201勝262敗2休461出場(勝率.436)
在位31場所(在位率.277)
勝ち越し12場所(勝ち越し率.387)
十両戦歴
234勝232敗29休463出場(勝率.505)
在位33場所(在位率.295)
勝ち越し18場所(勝ち越し率.545)
関取戦歴
435勝494敗31休924出場(勝率.471)
在位64場所(在位率.571)
勝ち越し30場所(勝ち越し率.469)
幕下以下歴
179勝137敗13休316出場(勝率.566)
在位47場所(在位率.420)
勝ち越し31場所(勝ち越し率.660)

千代丸 一樹の更に詳細なデータは力士名鑑で!

名鑑ページでは、以下のような詳細な分析データをはじめ、豊富な表やグラフをご覧いただけます。

  • ✅ 勝った決まり手1位:押し出し(155回 / 25.1%)
  • ✅ 負けた決まり手1位:寄り切り(238回 / 37.7%)
  • ✅ 得意な相手:東龍(15勝6敗 / 勝率.714)
  • ✅ 苦手な相手:大奄美(4勝15敗 / 勝率.211)

千代白鵬 大樹

怪我が多く出世は遅かったが十両優勝で一気に入幕、6場所幕内を務めた。野球賭博問題や八百長問題で引退

  • 四股名 :千代白鵬 大樹(ちよはくほう だいき)
  • 最高位 :前頭6枚目
  • 出身地 :熊本県山鹿市
  • 本 名 :柿内 大樹
  • 生年月日:昭和58年(1983)4月21日
  • 所属部屋:九重部屋
  • 改名歴 :柿内⇒千代白鵬
  • 初土俵 :平成11年(1999)3月(15歳11ヵ月)
  • 新十両 :平成17年(2005)3月(21歳11ヵ月)
  • 新入幕 :平成20年(2008)7月(25歳3ヵ月)
  • 最終場所:平成23年(2011)5月(28歳1ヵ月)
  • 生涯戦歴:343勝296敗50休/636出場(72場所)
  • 生涯勝率:53.7%
  • 優勝等 :十両優勝1回,幕下優勝1回,序二段同点1回
  • 幕内戦歴:41勝39敗10休(6場所)勝率:51.3%
  • 十両戦歴:120勝127敗23休(18場所)勝率:48.6%

千代ノ皇 王代仁

千代ノ皇 王代仁(ちよのおう みよひと)は鹿児島県 大島郡与論町出身、九重部屋の力士で最高位は前頭14枚目。令和8年3月場所の番付は東 三段目20枚目。

高校は沖縄県の中部農林高で相撲部に所属。吊りの名手としても評価が高い

💡 鹿児島県出身一覧💡 九重部屋の力士

四股名
千代ノ皇 王代仁(ちよのおう みよひと)
最高位
前頭14枚目
最新番付
東 三段目20枚目
出身地
鹿児島県 大島郡与論町
本名
基 王代仁
生年月日
平成3年(1991)5月29日(34歳)
身長・体重
179cm・144.5kg
出身高校
中部農林高校
所属部屋
九重部屋
改名歴
基⇒千代皇 → 千代ノ皇
初土俵
平成22年(2010)3月(18歳10ヵ月)
新十両
平成25年(2013)5月(22歳0ヵ月)
新入幕
平成29年(2017)1月(25歳8ヵ月)
優勝
幕下優勝1回
通算成績
477勝473敗52休/944出場(勝率:50.5%)
直近7場所
23勝25敗1休
7場所勝率
48.9%
得意技
右四つ・寄り
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決まり手傾向(直近7場所)
千代ノ皇が勝ちの決まり手(23勝)※不戦勝1含む
押し出し6
寄り切り5
叩き込み3
上手出し投げ2
突き落とし2
寄り倒し2
その他2
千代ノ皇が負けの決まり手(25敗)※不戦敗1含む
押し出し10
寄り切り5
叩き込み2
寄り倒し2
下手投げ2
つきひざ1
その他2
令8年3月
東 三段目20枚目(13枚降下)
2勝5敗
-●-○-|□-●-●|-●--●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年1月
東 三段目7枚目(9枚半降下)
3勝4敗
●-●-●|--○●-|-○--○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年11
東 幕下58枚目(18枚降下)
3勝3敗1休
-○○-○|--●-●|■-ややや
取組詳細(対戦相手・決まり手)

▼ さらに過去の成績(4場所分)を見る
令7年9月
東 幕下40枚目(11枚降下)
2勝5敗
-●○-●|-●--●|●---○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年7月
東 幕下29枚目(21枚半上昇)
3勝4敗
●--●-|●○--○|○--●-
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年5月
西 幕下50枚目(23枚上昇)
5勝2敗
●-○-●|-○--○|-○--○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年3月
東 三段目12枚目
5勝2敗
-●●--|○-○○-|-○--○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

九重部屋の最高位:十両

大富士 敬司

中学卒業と同時に北の富士が興した井筒部屋へ。引退後はタレントや役者としても活動、蜷川幸雄作品の常連だった

  • 四股名 :大富士 敬司(おおふじ けいじ)
  • 最高位 :十両6枚目
  • 出身地 :東京都大田区
  • 本 名 :伊藤 敬司
  • 生年月日:昭和33年(1958)8月26日
  • 没年月日:平成24年(2012)10月14日(享年54歳)
  • 所属部屋:井筒⇒九重部屋
  • 改名歴 :伊藤⇒大富士
  • 初土俵 :昭和49年(1974)9月(16歳1ヵ月)
  • 新十両 :昭和53年(1978)7月(19歳11ヵ月)
  • 最終場所:昭和61年(1986)1月(27歳5ヵ月)
  • 生涯戦歴:271勝212敗73休/482出場(69場所)
  • 生涯勝率:56.1%
  • 優勝等 :幕下優勝1回(同点1),三段目優勝1回,序二段優勝1回
  • 十両戦歴:60勝77敗13休(10場所)勝率:43.8%

千代栄 栄太

千代栄 栄太 (ちよさかえ えいた)京都府福知山市出身、九重部屋の元力士で、最高位は十両8枚目

平成21年(2009)1月場所に18歳6ヶ月で初土俵を踏み、令和8年(2026)3月場所を最後に引退(35歳8ヶ月)。

通算成績は396勝380敗35休775出場。生涯勝率.511。通算102場所中、59場所を勝ち越した(勝ち越し率.584)。

平成2年(1990)7月12日生まれ。本名は岸 栄太。

3歳から柔道を始め中学時代は福知山柔道教室に通う。京都共栄学園高校柔道部では京都府2位、団体戦では主将としてインターハイにも出場。インタハーハイを終えると次の照準を角界へと定めた。

四股名
千代栄 栄太 (ちよさかえ えいた)
最高位
十両8枚目
出身地
京都府福知山市
本名
岸 栄太
生年月日
平成2年(1990)7月12日
出身高校
京都共栄学園高校
所属部屋
九重部屋
改名歴
岸 栄太 → 千代栄 栄太
初土俵
平成21年(2009)1月 前相撲(18歳6ヶ月)
新十両
令和4年(2022)7月(所要79場所)
32歳0ヶ月(初土俵から13年6ヶ月)
最終場所
令和8年(2026)3月場所(35歳8ヶ月)
大相撲歴
102場所(17年2ヶ月)
通算成績
396勝380敗35休775出場(勝率.511)
通算102場所
勝ち越し59場所(勝ち越し率.584)(勝ち越し星111)
持給金
58円50銭(勝ち越し星111個)
十両戦歴
81勝103敗11休183出場(勝率.443)
在位13場所(在位率.127)
勝ち越し5場所(勝ち越し率.385)
関取戦歴
81勝103敗11休183出場(勝率.443)
在位13場所(在位率.127)
勝ち越し5場所(勝ち越し率.385)
幕下以下歴
315勝277敗24休592出場(勝率.532)
在位88場所(在位率.863)
勝ち越し54場所(勝ち越し率.614)

千代栄 栄太の更に詳細なデータは力士名鑑で!

名鑑ページでは、以下のような詳細な分析データをはじめ、豊富な表やグラフをご覧いただけます。

  • ✅ 勝った決まり手1位:押し出し(146回 / 36.7%)
  • ✅ 負けた決まり手1位:押し出し(135回 / 35.0%)
  • ✅ 得意な相手:靍林(5勝0敗 / 勝率1.000)
  • ✅ 苦手な相手:紫雷(1勝7敗 / 勝率.125)

千代の海 明太郎

千代の海 明太郎(ちよのうみ めいたろう)は高知県 幡多郡黒潮町出身、九重部屋の力士で最高位は十両8枚目。令和6年7月場所の番付は西 幕下43枚目。

日本体育大学4年次の全国学生相撲選手権大会では副主将として団体優勝に貢献した。平成27年5月に初土俵。序ノ口での全勝優勝を皮切りに序二段、三段目と優勝を重ねて6場所目には幕下上位まで駆け上がったが右肘の手術により3場所連続休場。いちどは番付を下げたが復帰後は順調に番付をあげて平成30年7月場所で新十両。四股名の「海」は、憧れの力士で母親も大ファンだった千代大海から一字を頂いた

四股名
千代の海 明太郎(ちよのうみ めいたろう)
最高位
十両8枚目
最新番付
西 幕下43枚目
出身地
高知県 幡多郡黒潮町
本名
濱町 明太郎
生年月日
平成5年(1993)1月11日(33歳)
出身高校
宿毛高校
出身大学
日本体育大学
所属部屋
九重部屋
改名歴
濱町⇒千代の海
初土俵
平成27年(2015)5月(22歳4ヵ月)
新十両
平成30年(2018)7月(25歳6ヵ月)
優勝
三段目優勝1回,序二段優勝1回,序ノ口優勝1回
通算成績
239勝213敗47休/444出場(勝率:53.8%)
直近7場所
15勝26敗2休(十両:4勝11敗)
7場所勝率
38.8%
令6年7月
西 幕下43枚目(35枚半降下)
2勝5敗
     |     |     
令6年5月
東 幕下8枚目(3枚半上昇)
0勝5敗2休
-●-●-|●-●●-|ややややや
令6年3月
西 幕下11枚目(7枚半降下)
4勝3敗
-○●--|●○--○|-●○--
令6年1月
東 幕下4枚目(3枚上昇)
2勝6敗
○--○●|-●-●-|●-●-●
令5年11月
東 幕下7枚目(3枚降下)
4勝3敗
-○○--|○●--○|●--●-
令5年9月
東 幕下4枚目(3枚半降下)
3勝4敗
●--○●|-●-●-|○-○--
令5年7月
西 十両14枚目
4勝11敗
●●●●○|●○○●●|●●○●●

千代の若 秀則

  • 四股名 :千代の若 秀則(ちよのわか ひでのり)
  • 最高位 :十両9枚目
  • 出身地 :兵庫県養父郡養父町
  • 本 名 :根岸 秀則
  • 生年月日:昭和47年(1972)3月8日
  • 所属部屋:九重部屋
  • 改名歴 :根岸⇒千代の若
  • 初土俵 :昭和62年(1987)5月(15歳2ヵ月)
  • 新十両 :平成8年(1996)5月(24歳2ヵ月)
  • 最終場所:平成9年(1997)9月(25歳6ヵ月)
  • 生涯戦歴:229勝224敗13休/452出場(63場所)
  • 生涯勝率:50.6%
  • 優勝等 :幕下優勝1回
  • 十両戦歴:24勝36敗(4場所)勝率:40.0%

西の富士 勝治

十両はわずか2場所で九州場所には間に合わなかった

  • 四股名 :西の富士 勝治(にしのふじ かつじ)
  • 最高位 :十両10枚目
  • 出身地 :宮崎県東臼杵郡南郷村
  • 本 名 :下田 勝治
  • 生年月日:昭和34年(1959)9月4日
  • 所属部屋:井筒⇒九重部屋
  • 改名歴 :下田⇒西の富士⇒下田⇒西の富士
  • 初土俵 :昭和50年(1975)3月(15歳6ヵ月)
  • 新十両 :昭和56年(1981)7月(21歳10ヵ月)
  • 最終場所:昭和58年(1983)1月(23歳4ヵ月)
  • 生涯戦歴:180勝158敗7休/338出場(48場所)
  • 生涯勝率:53.3%
  • 優勝等 :なし
  • 十両戦歴:11勝19敗(2場所)勝率:36.7%

嵐 立磨

  • 四股名 :嵐 立磨(あらし たつま)
  • 最高位 :十両10枚目
  • 出身地 :広島県府中市
  • 本 名 :山根 良治
  • 生年月日:昭和46年(1971)3月26日
  • 所属部屋:九重部屋
  • 改名歴 :山根⇒嵐
  • 初土俵 :昭和61年(1986)3月(15歳0ヵ月)
  • 新十両 :平成9年(1997)11月(26歳8ヵ月)
  • 最終場所:平成12年(2000)1月(28歳10ヵ月)
  • 生涯戦歴:302勝295敗/597出場(84場所)
  • 生涯勝率:50.6%
  • 優勝等 :なし
  • 十両戦歴:11勝19敗(2場所)勝率:36.7%

千代嵐 慶喜

千代嵐 慶喜(ちよあらし よしのぶ)は千葉県 木更津市出身、九重部屋の力士で最高位は十両10枚目。令和6年1月場所の番付は西 幕下16枚目。

本名が慶喜であるため「十五代将軍」と呼ばれている。幼稚園の頃から相撲を始め小6で関東大会優勝。平成18年(2006)の全国都道府県中学生相撲選手権大会ではベスト8入り。

四股名
千代嵐 慶喜(ちよあらし よしのぶ)
最高位
十両10枚目
最新番付
西 幕下16枚目
出身地
千葉県 木更津市
本名
渡邉 慶喜
生年月日
平成3年(1991)7月12日(34歳)
所属部屋
九重部屋
改名歴
渡邉⇒千代嵐
初土俵
平成19年(2007)3月(15歳8ヵ月)
新十両
平成23年(2011)9月(20歳2ヵ月)
優勝
三段目優勝1回
通算成績
370勝298敗71休/666出場(勝率:55.6%)
直近7場所
20勝26敗
7場所勝率
43.5%
令6年1月
西 幕下16枚目(2枚半上昇)
0勝4敗
-●-●-|●●   |     
令5年11月
東 幕下19枚目(28枚半上昇)
4勝3敗
-●-○-|○-●○-|-●○--
令5年9月
西 幕下47枚目(24枚半降下)
6勝1敗(幕下同点)
-○○--|○-○○-|○-●--
令5年7月
東 幕下23枚目(6枚上昇)
1勝6敗
●--●●|--●●-|●-○--
令5年5月
東 幕下29枚目(22枚降下)
4勝3敗
-●-●○|-●-○-|-○-○-
令5年3月
東 幕下7枚目(2枚上昇)
1勝6敗
-●-●-|●●-○-|-●●--
令5年1月
東 幕下9枚目
4勝3敗
●--●○|--○●-|○--○-

千代桜 右京

前相撲から所要8場所で十両に昇進、将来を期待されたが十両2場所目に頚椎を損傷。スピード出世だったため大銀杏を結う間もなく24歳で廃業となった

  • 四股名 :千代桜 右京(ちよざくら うきょう)
  • 最高位 :十両11枚目
  • 出身地 :東京都世田谷区
  • 本 名 :立野 卓
  • 生年月日:昭和62年(1987)9月17日
  • 出身大学:日本体育大学
  • 所属部屋:九重部屋
  • 改名歴 :立野⇒千代桜
  • 初土俵 :平成22年(2010)3月(22歳6ヵ月)
  • 新十両 :平成23年(2011)9月(24歳0ヵ月)
  • 最終場所:平成24年(2012)7月(24歳10ヵ月)
  • 生涯戦歴:47勝27敗26休/73出場(13場所)
  • 生涯勝率:63.5%
  • 優勝等 :三段目優勝1回,序二段優勝1回
  • 十両戦歴:8勝17敗5休(2場所)勝率:32.0%

他の番付を見る

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九重部屋の歴代師匠

第11代・九重 雅信 (元横綱・千代ノ山)

在任期間(昭和42年(1967年)1月31日~昭和52年(1977年)10月29日)

千代の山 雅信 (ちよのやま まさのぶ)北海道松前郡出身、出羽海部屋の元力士で、最高位は横綱

昭和17年(1942)1月場所に15歳7ヶ月で初土俵を踏み、昭和34年(1959)1月場所を最後に引退(32歳7ヶ月)。

通算成績は403勝158敗147休2分557出場。生涯勝率.724。通算54場所中、39場所を勝ち越した(勝ち越し率.750)。

主な成績は幕内優勝6回(次点6)、十両優勝2回殊勲賞1回、敢闘賞1回、金星3個(羽黒山1個、照國1個、田山1個)

本名は杉村 昌治。大正15年(1926)6月2日生まれ。昭和52年(1977)10月29日逝去(享年51歳)。

部屋の継承を巡って耐え忍んだが出羽海一門からの破門を条件に独立、大関だった北の富士らを連れて九重部屋を興す。

四股名
千代の山 雅信 (ちよのやま まさのぶ)
最高位
横綱
年寄名跡
11代九重 雅信(出羽海) → 11代九重 雅信
出身地
北海道松前郡
本名
杉村 昌治
生年月日
大正15年(1926)6月2日
没年月日
昭和52年(1977)10月29日(享年51歳)
所属部屋
出羽海部屋
改名歴
杉村 昌治 → 千代ノ山 昌治 → 千代ノ山 雅信 → 千代の山 雅信
初土俵
昭和17年(1942)1月 本中(15歳7ヶ月)
新十両
昭和19年(1944)11月(所要6場所)
18歳5ヶ月(初土俵から2年10ヶ月)
新入幕
昭和20年(1945)11月(所要8場所)
19歳5ヶ月(初土俵から3年10ヶ月)
新関脇
昭和22年(1947)6月(所要10場所)
21歳0ヶ月(初土俵から5年5ヶ月)
新大関
昭和24年(1949)10月(所要16場所)
23歳4ヶ月(初土俵から7年9ヶ月)
新横綱
昭和26年(1951)9月(所要22場所)
25歳3ヶ月(初土俵から9年8ヶ月)
最終場所
昭和34年(1959)1月場所(32歳7ヶ月)
大相撲歴
54場所(17年0ヶ月)
通算成績
403勝158敗147休2分557出場(勝率.724)
通算54場所
勝ち越し39場所(勝ち越し率.750)(勝ち越し星257)
優勝等
幕内優勝6回(次点6),十両優勝2回
受賞・金星
殊勲賞1回,敢闘賞1回,金星3個(羽黒山1個、照國1個、田山1個)
持給金
404円50銭(勝ち越し星257個 優勝6回 金星3個)
横綱戦歴
239勝103敗137休1分337出場(勝率.709)
在位32場所(在位率.593)
勝ち越し21場所(勝ち越し率.656)
大関戦歴
67勝23敗0休90出場(勝率.744)
在位6場所(在位率.111)
勝ち越し6場所(勝ち越し率1.000)
幕内戦歴
366勝149敗147休2分511出場(勝率.716)
在位46場所(在位率.852)
勝ち越し33場所(勝ち越し率.717)
三役戦歴
24勝14敗10休1分39出場(勝率.615)
在位4場所(在位率.074)
勝ち越し2場所(勝ち越し率.500)
関脇戦歴
24勝14敗10休1分39出場(勝率.615)
在位4場所(在位率.074)
勝ち越し2場所(勝ち越し率.500)
前頭戦歴
36勝9敗0休45出場(勝率.800)
在位4場所(在位率.074)
勝ち越し4場所(勝ち越し率1.000)
十両戦歴
14勝3敗0休17出場(勝率.824)
在位2場所(在位率.037)
勝ち越し2場所(勝ち越し率1.000)
関取戦歴
380勝152敗147休2分528出場(勝率.720)
在位48場所(在位率.889)
勝ち越し35場所(勝ち越し率.729)
幕下以下歴
23勝6敗0休29出場(勝率.793)
在位4場所(在位率.074)
勝ち越し4場所(勝ち越し率1.000)

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  • ✅ 勝った決まり手1位:突き出し(75回 / 20.3%)
  • ✅ 負けた決まり手1位:寄り切り(56回 / 37.6%)
  • ✅ 得意な相手:若葉山(11勝0敗 / 勝率1.000)
  • ✅ 苦手な相手:鏡里(8勝15敗 / 勝率.348)

第12代・九重 勝昭 (元横綱・北の富士)

在任期間(昭和52年(1977年)10月30日~平成4年(1992年)3月31日)

北海道旭川市十条通出身、九重部屋の元力士で最高位は横綱。長身の美男子で左四つから一気に出る速攻相撲は大いにファンを魅了した。また引退後は九重親方として弟弟子でもあった千代の富士と直弟子の北勝海を横綱へと導いた。

野球少年だった竹沢少年は北海道巡業中の千代の山に「相撲をやって東京見物をしないか?」と誘われる。これがきっかけで相撲に興味を持ち始めた竹沢少年は中学卒業と共に上京、出羽海部屋の門を叩いた。

しかし出世は遅く序二段では2年間も足踏み状態。ようやく三段目に上がったが今度は北海道巡業中に急性虫垂炎と腹膜炎を併発してしまい入院生活を余儀なくされた。後輩たちにも追い抜かれていったんは力士を辞めようかとも思ったが奮起して復帰、四股名も北の冨士へと改めてからは順調に番付を上げていき昭和38年(1963)3月場所で新十両昇進となった。

十両5場所目となる昭和38年11月場所は15戦全勝で十両優勝をあげ翌場所での新入幕を決める。その新入幕場所では新入幕力士最多勝新記録となる13勝2敗をあげて敢闘賞を受賞、一気に小結へと番付を進めた。以降、三役と平幕を往復しながら地力を蓄えていった北の冨士は昭和41年(1966)7月の場所後に新大関昇進の使者を迎える。しかし直近3場所28勝で、本人もまさかの昇進であったため何の準備もしていなかった北の富士は、兄弟子の佐田の山から紋付きを、足袋は柏戸から借りて何とか大関昇進伝達式を迎えることができた。

大関3場所目の昭和42年1月場所後、11代九重(元横綱・千代の山)が出羽海部屋からの独立を申し入れたことから北の冨士の力士人生は大きく変わる。角界入りのきっかけをつくってくれた九重か、育ててくれた出羽海かで大きく揺れ動いた北の冨士だったが、九重と行動を共にすることを決意。出羽海一門からの破門を受けてのほろ苦い船出となった。

高砂一門の九重部屋として初めて迎えた昭和42年(1967)3月場所では大いに活躍、かつての兄弟子だった横綱・佐田の山への「恩返し」も果たすなど14勝1敗で初優勝を決めた。

「ライバル」である片男波部屋の玉乃島との切磋琢磨の猛稽古が実り、北の富士は昭和44年(1969)11月と翌1月場所で連続優勝、場所後に玉乃島改め玉の海とともに横綱へと推挙された。

  • 四股名 :北の富士 勝昭(きたのふじ かつあき)
  • 最高位 :第52代横綱
  • 年寄名跡:12代井筒12代九重⇒18代陣幕
  • 出身地 :北海道旭川市
  • 本 名 :竹沢 勝昭
  • 生年月日:昭和17年(1942)3月28日(84歳)
  • 所属部屋:出羽海⇒九重部屋
  • 改名歴 :竹沢⇒竹美山⇒北の冨士⇒北の富士
  • 初土俵 :昭和32年(1957)1月(14歳10ヵ月)
  • 新十両 :昭和38年(1963)3月(21歳0ヵ月)
  • 新入幕 :昭和39年(1964)1月(21歳10ヵ月)
  • 新三役 :昭和39年(1964)3月(22歳0ヵ月)
  • 新大関 :昭和41年(1966)9月(24歳6ヵ月)
  • 横綱昇進:昭和45年(1970)3月(28歳0ヵ月)
  • 最終場所:昭和49年(1974)7月(32歳4ヵ月)
  • 生涯戦歴:786勝427敗69休/1208出場(105場所)
  • 生涯勝率:64.8%
  • 優勝等 :幕内優勝10回(同点1・次点3),十両優勝1回,三段目同点1回
  • 成 績 :殊勲賞2回,敢闘賞1回,技能賞3回,金星1個
  • 幕内戦歴:592勝294敗62休(64場所)勝率:66.8%
  •   横綱:247勝84敗62休(27場所)勝率:74.6%
  •   大関:208勝107敗(21場所)勝率:66.0%
  •   関脇:75勝60敗(9場所)勝率:55.6%
  •   小結:14勝16敗(2場所)勝率:46.7%
  •   前頭:48勝27敗(5場所)勝率:64.0%
  • 十両戦歴:49勝26敗(5場所)勝率:65.3%

第13代・九重 貢 (元横綱・千代の富士)

在任期間(平成4年(1992年)4月1日~平成28年(2016年)7月31日)

千代の富士 貢(ちよのふじ みつぐ)北海道松前郡福島町出身、九重部屋の元力士で、最高位は第58代横綱

昭和45年(1970)9月場所に15歳3ヶ月で初土俵を踏み、平成3年(1991)5月場所を最後に引退(35歳11ヶ月)。

通算成績は1045勝437敗170休1473出場。生涯勝率.705。通算125場所中、95場所を勝ち越した(勝ち越し率.766)。

主な成績は幕内優勝31回(次点11),幕下優勝1回殊勲賞1回,敢闘賞1回,技能賞5回,金星3個(三重ノ海2個、若乃花1個)。

本名は秋元 貢。昭和30年(1955)6月1日生まれ。平成28年(2016)7月31日逝去(享年61歳)。

80年代の大相撲界を支えた国民的な大横綱、角界初となる国民栄誉賞も受賞、引退後は九重部屋を継承し多くの関取を育てた。

四股名
千代の富士 貢(ちよのふじ みつぐ)
最高位
第58代横綱
年寄名跡
17代陣幕 貢 → 13代九重 貢
出身地
北海道松前郡福島町
本名
秋元 貢
生年月日
昭和30年(1955)6月1日
没年月日
平成28年(2016)7月31日(享年61歳)
所属部屋
九重部屋
改名歴
秋元 貢 → 大秋元 貢 → 千代の冨士 貢 → 千代の富士 貢
初土俵
昭和45年(1970)9月 前相撲(15歳3ヶ月)
新十両
昭和49年(1974)11月(所要25場所)
19歳5ヶ月(初土俵から4年2ヶ月)
新入幕
昭和50年(1975)9月(所要30場所)
20歳3ヶ月(初土俵から5年0ヶ月)
新小結
昭和53年(1978)7月(所要47場所)
23歳1ヶ月(初土俵から7年10ヶ月)
新関脇
昭和55年(1980)11月(所要61場所)
25歳5ヶ月(初土俵から10年2ヶ月)
新大関
昭和56年(1981)3月(所要63場所)
25歳9ヶ月(初土俵から10年6ヶ月)
横綱昇進
昭和56年(1981)9月(所要66場所)
26歳3ヶ月(初土俵から11年0ヶ月)
最終場所
平成3年(1991)5月(35歳11ヶ月)
大相撲歴
125場所(20年8ヶ月)
通算成績
1045勝437敗170休1473出場(勝率.705)
通算125場所
勝ち越し95場所(勝ち越し率.766)
優勝等
幕内優勝31回(次点11),幕下優勝1回
受賞・金星
殊勲賞1回,敢闘賞1回,技能賞5回,金星3個
幕内戦歴
807勝253敗155休1052出場(勝率.761)
在位81場所(在位率.648)
勝ち越し63場所(勝ち越し率.778)
横綱戦歴
625勝112敗148休730出場(勝率.848)
在位59場所(在位率.472)
勝ち越し48場所(勝ち越し率.814)
大関戦歴
38勝7敗0休45出場(勝率.844)
在位3場所(在位率.024)
勝ち越し3場所(勝ち越し率1.000)
三役戦歴
46勝29敗0休75出場(勝率.613)
在位5場所(在位率.040)
勝ち越し3場所(勝ち越し率.600)
関脇戦歴
25勝5敗0休30出場(勝率.833)
在位2場所(在位率.016)
勝ち越し2場所(勝ち越し率1.000)
小結戦歴
21勝24敗0休45出場(勝率.467)
在位3場所(在位率.024)
勝ち越し1場所(勝ち越し率.333)
前頭戦歴
98勝105敗7休202出場(勝率.483)
在位14場所(在位率.112)
勝ち越し9場所(勝ち越し率.643)
十両戦歴
130勝120敗5休249出場(勝率.520)
在位17場所(在位率.136)
勝ち越し12場所(勝ち越し率.706)
関取戦歴
937勝373敗160休1301出場(勝率.715)
在位98場所(在位率.784)
勝ち越し75場所(勝ち越し率.765)
幕下以下歴
108勝64敗10休172出場(勝率.628)
在位26場所(在位率.208)
勝ち越し20場所(勝ち越し率.769)


第14代・九重 龍二 (元大関・千代大海)

在任期間(平成28年(2016年)8月3日~  )

千代大海 龍二(ちよたいかい りゅうじ)大分県大分市出身、九重部屋の元力士で、最高位は大関

平成4年(1992)11月場所に16歳6ヶ月で初土俵を踏み、平成22年(2010)1月場所を最後に引退(33歳8ヶ月)。

通算成績は771勝528敗115休1288出場。生涯勝率.594。通算104場所中、76場所を勝ち越した(勝ち越し率.738)。

主な成績は幕内優勝3回(同点1,次点6),十両優勝2回三段目優勝1回序ノ口優勝1回殊勲賞1回,敢闘賞1回,技能賞3回,金星1個(貴乃花1個)。

昭和51年(1976)4月29日生まれ。本名は須藤 龍二。

13代九重(千代の富士)が育てた初の幕内力士、入幕9場所目の初優勝で大関に昇進。大関在位65場所は魁皇と共に歴代1位。千代の富士の急逝によって九重部屋を継承。

年寄名跡
14代・九重 龍二
四股名
千代大海 龍二(ちよたいかい りゅうじ)
最高位
大関
年寄名跡
20代佐ノ山 龍二 → 14代九重 龍二
出身地
大分県大分市
本名
廣嶋 龍二→須藤 龍二
生年月日
昭和51年(1976)4月29日(49歳)
所属部屋
九重部屋
改名歴
廣嶋 龍二 → 千代大海 龍二
初土俵
平成4年(1992)11月 前相撲(16歳6ヶ月)
新十両
平成7年(1995)7月(所要16場所)
19歳2ヶ月(初土俵から2年8ヶ月)
新入幕
平成9年(1997)9月(所要29場所)
21歳4ヶ月(初土俵から4年10ヶ月)
新小結
平成10年(1998)5月(所要33場所)
22歳0ヶ月(初土俵から5年6ヶ月)
新関脇
平成10年(1998)7月(所要34場所)
22歳2ヶ月(初土俵から5年8ヶ月)
新大関
平成11年(1999)3月(所要38場所)
22歳10ヶ月(初土俵から6年4ヶ月)
最終場所
平成22年(2010)1月(33歳8ヶ月)
大相撲歴
104場所(17年2ヶ月)
通算成績
771勝528敗115休1288出場(勝率.594)
通算104場所
勝ち越し76場所(勝ち越し率.738)(勝ち越し星324)
優勝等
幕内優勝3回(同点1,次点6),十両優勝2回三段目優勝1回序ノ口優勝1回
受賞・金星
殊勲賞1回,敢闘賞1回,技能賞3回,金星1個
持給金
286円(勝ち越し星324個 優勝3回 金星1個)
幕内戦歴
597勝402敗115休988出場(勝率.598)
在位75場所(在位率.721)
勝ち越し54場所(勝ち越し率.720)
大関戦歴
515勝345敗115休850出場(勝率.599)
在位65場所(在位率.625)
勝ち越し46場所(勝ち越し率.708)
三役戦歴
51勝28敗0休78出場(勝率.646)
在位6場所(在位率.058)
勝ち越し5場所(勝ち越し率.833)
関脇戦歴
43勝21敗0休63出場(勝率.672)
在位5場所(在位率.048)
勝ち越し4場所(勝ち越し率.800)
小結戦歴
8勝7敗0休15出場(勝率.533)
在位1場所(在位率.010)
勝ち越し1場所(勝ち越し率1.000)
前頭戦歴
31勝29敗0休60出場(勝率.517)
在位4場所(在位率.038)
勝ち越し3場所(勝ち越し率.750)
十両戦歴
104勝91敗0休195出場(勝率.533)
在位13場所(在位率.125)
勝ち越し10場所(勝ち越し率.769)
関取戦歴
701勝493敗115休1183出場(勝率.587)
在位88場所(在位率.846)
勝ち越し64場所(勝ち越し率.727)
幕下以下歴
70勝35敗0休105出場(勝率.667)
在位15場所(在位率.144)
勝ち越し12場所(勝ち越し率.800)


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カテゴリー : 高砂一門

公開日:2018-08-20
投稿者:レイ

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