北海道出身の力士一覧!過去から現在、北海道の主な関取を網羅しました

北海道出身の過去から現在までの主な力士をご紹介する北海道の大相撲力士まとめ!この記事では北海道出身の関取を中心に、北海道の郷土力士をご紹介していきます。

過去の力士については最高位や改名歴、初土俵や各段の昇進時期と最終場所、さらに生涯戦歴と生涯勝率、成績等を中心にご紹介していきます。また、現役力士については最高位と昇進時期、主な成績などを載せています。

なお、年寄名跡欄のマークは、その代で師匠(部屋持ち親方)になったことがあるという意味です。

現役の北海道出身力士の最新番付や成績、詳細なデータをご覧になりたい方はこちら

この記事の目次

北海道出身の優勝力士一覧

優勝制度が制定された明治42年(1909)6月場所以降、13人の北海道出身の幕内最高優勝力士が誕生しています。総優勝回数はなんと120回にもなるんですよ。

北海道出身初優勝はいつで誰?

北海道出身力士で初の優勝は、昭和24年(1949)10月場所での大関・千代ノ山でした。その後も千代ノ山は優勝を重ね横綱へも昇進、通算で6度の優勝を飾りました。

北海道出身最後の優勝力士は?

北海道出身力士で最後の優勝力士は、平成3年(1991)3月場所での横綱・北勝海です。

では北海道出身の幕内優勝力士を年月順で一覧表にして見てみましょう。

北海道出身力士の優勝回数リスト

北海道出身の優勝力士ランキング

次は北海道出身力士の優勝回数と成績のランキングです。

北海道出身力士の優勝回数リスト

北海道出身の横綱

吉葉山 潤之輔

伸び盛りの時期に応召、6年間の戦地で銃弾を浴びたことも。自身初であり唯一の優勝は全勝優勝、大雪降るなか行われた優勝パレードは全国からファンが集まり「雪の全勝行進」と呼ばれた

  • 四股名 :吉葉山 潤之輔(よしばやま じゅんのすけ)
  • 最高位 :第43代横綱
  • 年寄名跡:横綱特権・吉葉山⇒8代宮城野
  • 出身地 :北海道厚田郡
  • 本 名 :池田 潤之輔
  • 生年月日:大正9年(1920)4月3日
  • 没年月日:昭和52年(1977)11月26日(享年57歳)
  • 所属部屋:高島部屋
  • 改名歴 :北糖山⇒吉葉山
  • 初土俵 :昭和13年(1938)5月(18歳1ヵ月)
  • 新十両 :昭和22年(1947)6月(27歳2ヵ月)
  • 新入幕 :昭和22年(1947)11月(27歳7ヵ月)
  • 新三役 :昭和25年(1950)9月(30歳5ヵ月)
  • 新大関 :昭和26年(1951)5月(31歳1ヵ月)
  • 横綱昇進:昭和29年(1954)3月(33歳11ヵ月)
  • 最終場所:昭和33年(1958)1月(37歳9ヵ月)
  • 生涯戦歴:357勝171敗85休1預/521出場(47場所)
  • 生涯勝率:67.6%
  • 優勝等 :幕内優勝1回(同点1・次点4),十両同点1回,幕下優勝1回
  • 成 績 :殊勲賞3回,金星2個
  • 幕内戦歴:304勝151敗85休1預(37場所)勝率:66.8%
  •   横綱:109勝67敗79休(17場所)勝率:61.9%
  •   大関:109勝34敗6休1預(10場所)勝率:76.2%
  •   関脇:26勝4敗(2場所)勝率:86.7%
  •   前頭:60勝46敗(8場所)勝率:56.6%
  • 十両戦歴:9勝1敗(1場所)勝率:90.0%

千代の山 雅信

部屋の継承を巡って耐え忍んだが出羽海一門からの破門を条件に独立、大関だった北の富士らを連れて九重部屋を興す

  • 四股名 :千代の山 雅信(ちよのやま まさのぶ)
  • 最高位 :第41代横綱
  • 年寄名跡:横綱特権・千代の山⇒11代九重
  • 出身地 :北海道松前郡
  • 本 名 :杉村 昌治
  • 生年月日:大正15年(1926)6月2日
  • 没年月日:昭和52年(1977)10月29日(享年51歳)
  • 所属部屋:出羽海部屋
  • 改名歴 :杉村⇒千代ノ山⇒千代の山
  • 初土俵 :昭和17年(1942)1月(15歳7ヵ月)
  • 新十両 :昭和19年(1944)11月(18歳5ヵ月)
  • 新入幕 :昭和20年(1945)11月(19歳5ヵ月)
  • 新三役 :昭和22年(1947)6月(21歳0ヵ月)
  • 新大関 :昭和24年(1949)10月(23歳4ヵ月)
  • 横綱昇進:昭和26年(1951)9月(25歳3ヵ月)
  • 最終場所:昭和34年(1959)1月(32歳7ヵ月)
  • 生涯戦歴:407勝158敗147休2分/561出場(54場所)
  • 生涯勝率:72.0%
  • 優勝等 :幕内優勝6回(次点6),十両優勝2回
  • 成 績 :殊勲賞1回,敢闘賞1回,金星3個
  • 幕内戦歴:366勝149敗147休2分(46場所)勝率:71.1%
  •   横綱:239勝103敗137休1分(32場所)勝率:69.9%
  •   大関:67勝23敗(6場所)勝率:74.4%
  •   関脇:24勝14敗10休1分(4場所)勝率:63.2%
  •   前頭:36勝9敗(4場所)勝率:80.0%
  • 十両戦歴:14勝3敗(2場所)勝率:82.4%

大鵬 幸喜

6連覇2回を含む優勝32回など数々の記録を樹立、柏戸と共に「柏鵬時代」を築く。没後に角界2人目となる国民栄誉賞が贈られた

  • 四股名 :大鵬 幸喜(たいほう こうき)
  • 最高位 :第48代横綱
  • 年寄名跡:一代年寄・大鵬
  • 出身地 :北海道川上郡弟子屈町
  • 本 名 :納谷 幸喜⇒住吉 幸喜⇒納谷 幸喜
  • 生年月日:昭和15年(1940)5月29日
  • 没年月日:平成25年(2013)1月19日(享年72歳)
  • 所属部屋:二所ノ関部屋
  • 改名歴 :納谷⇒大鵬
  • 初土俵 :昭和31年(1956)9月(16歳4ヵ月)
  • 新十両 :昭和34年(1959)5月(19歳0ヵ月)
  • 新入幕 :昭和35年(1960)1月(19歳8ヵ月)
  • 新三役 :昭和35年(1960)7月(20歳2ヵ月)
  • 新大関 :昭和36年(1961)1月(20歳8ヵ月)
  • 横綱昇進:昭和36年(1961)11月(21歳6ヵ月)
  • 最終場所:昭和46年(1971)5月(31歳0ヵ月)
  • 生涯戦歴:872勝182敗136休/1045出場(87場所)
  • 生涯勝率:82.7%
  • 優勝等 :幕内優勝32回(同点2・次点10),十両優勝1回,幕下同点1回,三段目優勝1回
  • 成 績 :敢闘賞2回,技能賞1回,金星1個
  • 幕内戦歴:746勝144敗136休(69場所)勝率:83.8%
  •   横綱:622勝103敗136休(58場所)勝率:85.8%
  •   大関:58勝17敗(5場所)勝率:77.3%
  •   関脇:25勝5敗(2場所)勝率:83.3%
  •   小結:11勝4敗(1場所)勝率:73.3%
  •   前頭:30勝15敗(3場所)勝率:66.7%
  • 十両戦歴:44勝16敗(4場所)勝率:73.3%

北の富士 勝昭

北海道旭川市十条通出身、九重部屋の元力士で最高位は横綱。長身の美男子で左四つから一気に出る速攻相撲は大いにファンを魅了した。また引退後は九重親方として弟弟子でもあった千代の富士と直弟子の北勝海を横綱へと導いた。

野球少年だった竹沢少年は北海道巡業中の千代の山に「相撲をやって東京見物をしないか?」と誘われる。これがきっかけで相撲に興味を持ち始めた竹沢少年は中学卒業と共に上京、出羽海部屋の門を叩いた。

しかし出世は遅く序二段では2年間も足踏み状態。ようやく三段目に上がったが今度は北海道巡業中に急性虫垂炎と腹膜炎を併発してしまい入院生活を余儀なくされた。後輩たちにも追い抜かれていったんは力士を辞めようかとも思ったが奮起して復帰、四股名も北の冨士へと改めてからは順調に番付を上げていき昭和38年(1963)3月場所で新十両昇進となった。

十両5場所目となる昭和38年11月場所は15戦全勝で十両優勝をあげ翌場所での新入幕を決める。その新入幕場所では新入幕力士最多勝新記録となる13勝2敗をあげて敢闘賞を受賞、一気に小結へと番付を進めた。以降、三役と平幕を往復しながら地力を蓄えていった北の冨士は昭和41年(1966)7月の場所後に新大関昇進の使者を迎える。しかし直近3場所28勝で、本人もまさかの昇進であったため何の準備もしていなかった北の富士は、兄弟子の佐田の山から紋付きを、足袋は柏戸から借りて何とか大関昇進伝達式を迎えることができた。

大関3場所目の昭和42年1月場所後、11代九重(元横綱・千代の山)が出羽海部屋からの独立を申し入れたことから北の冨士の力士人生は大きく変わる。角界入りのきっかけをつくってくれた九重か、育ててくれた出羽海かで大きく揺れ動いた北の冨士だったが、九重と行動を共にすることを決意。出羽海一門からの破門を受けてのほろ苦い船出となった。

高砂一門の九重部屋として初めて迎えた昭和42年(1967)3月場所では大いに活躍、かつての兄弟子だった横綱・佐田の山への「恩返し」も果たすなど14勝1敗で初優勝を決めた。

「ライバル」である片男波部屋の玉乃島との切磋琢磨の猛稽古が実り、北の富士は昭和44年(1969)11月と翌1月場所で連続優勝、場所後に玉乃島改め玉の海とともに横綱へと推挙された。

  • 四股名 :北の富士 勝昭(きたのふじ かつあき)
  • 最高位 :第52代横綱
  • 年寄名跡:12代井筒12代九重⇒18代陣幕
  • 出身地 :北海道旭川市
  • 本 名 :竹沢 勝昭
  • 生年月日:昭和17年(1942)3月28日(78歳)
  • 所属部屋:出羽海⇒九重部屋
  • 改名歴 :竹沢⇒竹美山⇒北の冨士⇒北の富士
  • 初土俵 :昭和32年(1957)1月(14歳10ヵ月)
  • 新十両 :昭和38年(1963)3月(21歳0ヵ月)
  • 新入幕 :昭和39年(1964)1月(21歳10ヵ月)
  • 新三役 :昭和39年(1964)3月(22歳0ヵ月)
  • 新大関 :昭和41年(1966)9月(24歳6ヵ月)
  • 横綱昇進:昭和45年(1970)3月(28歳0ヵ月)
  • 最終場所:昭和49年(1974)7月(32歳4ヵ月)
  • 生涯戦歴:786勝427敗69休/1208出場(105場所)
  • 生涯勝率:64.8%
  • 優勝等 :幕内優勝10回(同点1・次点3),十両優勝1回,三段目同点1回
  • 成 績 :殊勲賞2回,敢闘賞1回,技能賞3回,金星1個
  • 幕内戦歴:592勝294敗62休(64場所)勝率:66.8%
  •   横綱:247勝84敗62休(27場所)勝率:74.6%
  •   大関:208勝107敗(21場所)勝率:66.0%
  •   関脇:75勝60敗(9場所)勝率:55.6%
  •   小結:14勝16敗(2場所)勝率:46.7%
  •   前頭:48勝27敗(5場所)勝率:64.0%
  • 十両戦歴:49勝26敗(5場所)勝率:65.3%

北の湖 敏満

北海道有珠郡壮瞥町出身、三保ヶ関部屋の元力士で最高位は横綱。「怪童」と呼ばれ史上最年少での横綱昇進を果たす。「憎らしいほど強い」と評された。引退後は一代年寄を贈られて自身の部屋を創設、理事長としても手腕を発揮した。平成27年の九州場所中である11月20日に急逝、享年62歳。

  • 四股名 :北の湖 敏満(きたのうみ としみつ)
  • 最高位 :第55代横綱
  • 年寄名跡:北の湖
  • 出身地 :北海道有珠郡壮瞥町
  • 本 名 :小畑 敏満
  • 生年月日:昭和28年(1953)5月16日
  • 没年月日:平成27年(2015)11月20日(享年62歳)
  • 所属部屋:三保ヶ関部屋
  • 初土俵 :昭和42年(1967)1月(13歳8ヵ月)
  • 新十両 :昭和46年(1971)5月(18歳0ヵ月)
  • 新入幕 :昭和47年(1972)1月(18歳8ヵ月)
  • 新三役 :昭和48年(1973)1月(19歳8ヵ月)
  • 新大関 :昭和49年(1974)3月(20歳10ヵ月)
  • 横綱昇進:昭和49年(1974)9月(21歳4ヵ月)
  • 最終場所:昭和60年(1985)1月(31歳8ヵ月)
  • 生涯戦歴:951勝350敗107休/1293出場(109場所)
  • 生涯勝率:73.1%
  • 優勝等 :幕内優勝24回(同点5・次点11),序二段同点1回
  • 成 績 :殊勲賞2回,敢闘賞1回,金星1個
  • 幕内戦歴:804勝247敗107休(78場所)勝率:76.5%
  •   横綱:670勝156敗107休(63場所)勝率:81.1%
  •   大関:36勝9敗(3場所)勝率:80.0%
  •   関脇:24勝6敗(2場所)勝率:80.0%
  •   小結:12勝18敗(2場所)勝率:40.0%
  •   前頭:62勝58敗(8場所)勝率:51.7%
  • 十両戦歴:43勝32敗(5場所)勝率:57.3%

千代の富士 貢

80年代の大相撲界を支えた国民的な大横綱、角界初となる国民栄誉賞も受賞、引退後は九重部屋を継承し多くの関取を育てた

  • 四股名 :千代の富士 貢(ちよのふじ みつぐ)
  • 最高位 :第58代横綱
  • 年寄名跡:17代陣幕⇒13代九重
  • 出身地 :北海道松前郡福島町
  • 本 名 :秋元 貢
  • 生年月日:昭和30年(1955)6月1日
  • 没年月日:平成28年(2016)7月31日(享年61歳)
  • 所属部屋:九重部屋
  • 改名歴 :秋元⇒大秋元⇒千代の冨士⇒千代の富士
  • 初土俵 :昭和45年(1970)9月(15歳3ヵ月)
  • 新十両 :昭和49年(1974)11月(19歳5ヵ月)
  • 新入幕 :昭和50年(1975)9月(20歳3ヵ月)
  • 新三役 :昭和53年(1978)7月(23歳1ヵ月)
  • 新大関 :昭和56年(1981)3月(25歳9ヵ月)
  • 横綱昇進:昭和56年(1981)9月(26歳3ヵ月)
  • 最終場所:平成3年(1991)5月(35歳11ヵ月)
  • 生涯戦歴:1045勝437敗170休/1473出場(125場所)
  • 生涯勝率:70.5%
  • 優勝等 :幕内優勝31回(次点11),幕下優勝1回
  • 成 績 :殊勲賞1回,敢闘賞1回,技能賞5回,金星3個
  • 幕内戦歴:807勝253敗155休(81場所)勝率:76.1%
  •   横綱:625勝112敗148休(59場所)勝率:84.8%
  •   大関:38勝7敗(3場所)勝率:84.4%
  •   関脇:25勝5敗(2場所)勝率:83.3%
  •   小結:21勝24敗(3場所)勝率:46.7%
  •   前頭:98勝105敗7休(14場所)勝率:48.3%
  • 十両戦歴:130勝120敗5休(17場所)勝率:52.0%

大乃国 康

北海道の芽室中学時代には柔道で活躍し、1年後輩の保志(現八角親方)と共に名が知れ渡っていた。元大関・魁傑(17代放駒)の熱心なスカウトにより内弟子として花籠部屋へと入門、放駒部屋の創設に伴って移籍した。十分な素質と出稽古先である二子山部屋での猛稽古によって頭角を現し22歳で大関へと昇進、25歳で横綱にまで昇りつめた。しかし周囲の期待に反して横綱昇進後は皆勤で負け越すなど成績は振るわず28歳で引退となった。相撲解説には定評がありスイーツ親方としても有名

  • 12代・芝田山 康
  • 四股名 :大乃国 康(おおのくに やすし)
  • 最高位 :第62代横綱
  • 年寄名跡:横綱5年・大乃国⇒12代芝田山
  • 出身地 :北海道河西郡芽室町
  • 本 名 :青木 康
  • 生年月日:昭和37年(1962)10月9日(57歳)
  • 所属部屋:花籠⇒放駒部屋
  • 改名歴 :青木⇒大ノ国⇒大乃国
  • 初土俵 :昭和53年(1978)3月(15歳5ヵ月)
  • 新十両 :昭和57年(1982)3月(19歳5ヵ月)
  • 新入幕 :昭和58年(1983)3月(20歳5ヵ月)
  • 新三役 :昭和58年(1983)9月(20歳11ヵ月)
  • 新大関 :昭和60年(1985)9月(22歳11ヵ月)
  • 横綱昇進:昭和62年(1987)11月(25歳1ヵ月)
  • 最終場所:平成3年(1991)7月(28歳9ヵ月)
  • 生涯戦歴:560勝319敗113休/876出場(81場所)
  • 生涯勝率:63.7%
  • 優勝等 :幕内優勝2回(次点7),十両優勝1回
  • 成 績 :殊勲賞5回,敢闘賞2回,金星4個
  • 幕内戦歴:426勝228敗111休(51場所)勝率:65.1%
  •   横綱:155勝79敗111休(23場所)勝率:66.2%
  •   大関:140勝55敗(13場所)勝率:71.8%
  •   関脇:83勝52敗(9場所)勝率:61.5%
  •   小結:6勝9敗(1場所)勝率:40.0%
  •   前頭:42勝33敗(5場所)勝率:56.0%
  • 十両戦歴:26勝19敗(3場所)勝率:57.8%

北勝海 信芳

千代の富士との稽古で強くなった努力家。引退後は八角部屋を興す。第13代日本相撲協会理事長

  • 四股名 :8代・八角 信芳
  • 四股名 :北勝海 信芳(ほくとうみ のぶよし)
  • 最高位 :第61代横綱
  • 年寄名跡:横綱5年・北勝海⇒8代八角
  • 出身地 :北海道広尾郡広尾町
  • 本 名 :保志 信芳
  • 生年月日:昭和38年(1963)6月22日(57歳)
  • 所属部屋:九重部屋
  • 改名歴 :保志⇒富士若⇒保志⇒北勝海
  • 初土俵 :昭和54年(1979)3月(15歳9ヵ月)
  • 新十両 :昭和58年(1983)3月(19歳9ヵ月)
  • 新入幕 :昭和58年(1983)9月(20歳3ヵ月)
  • 新三役 :昭和59年(1984)1月(20歳7ヵ月)
  • 新大関 :昭和61年(1986)9月(23歳3ヵ月)
  • 横綱昇進:昭和62年(1987)7月(24歳1ヵ月)
  • 最終場所:平成4年(1992)5月(28歳11ヵ月)
  • 生涯戦歴:591勝286敗109休/874出場(80場所)
  • 生涯勝率:67.4%
  • 優勝等 :幕内優勝8回(同点2・次点6),十両優勝1回,幕下優勝1回,序二段優勝1回
  • 成 績 :殊勲賞3回,敢闘賞3回,技能賞5回,金星1個
  • 幕内戦歴:465勝206敗109休(53場所)勝率:69.3%
  •   横綱:250勝76敗109休(30場所)勝率:76.7%
  •   大関:56勝19敗(5場所)勝率:74.7%
  •   関脇:84勝51敗(9場所)勝率:62.2%
  •   小結:34勝26敗(4場所)勝率:56.7%
  •   前頭:41勝34敗(5場所)勝率:54.7%
  • 十両戦歴:26勝19敗(3場所)勝率:57.8%

北海道出身の大関

太刀光 電右エ門

北海道三笠市幌内町出身、高砂部屋の元力士で最高位は大関。背は低かったが、組んでも離れても巧みな相撲で左右からの投げと足技も得意。さらに左からのおっつけは名人芸とまで言われた。大相撲史上初の北海道出身大関。

22代横綱・太刀山の内弟子として友綱部屋に入門、大正2年(1913)初場所で初土俵を踏む。太刀山が大正7年(1918)1月場所で引退、独立して東関部屋を興すと移籍した。しかし翌年、相撲界に嫌気がさした7代東関(太刀山)は部屋を閉鎖、部屋の施設ごと弟子たちは高砂部屋に譲られた。

紆余曲折あったが太刀光は大正12年(1921)1月場所で新入幕。幕内4場所目となる大正11年(1922)5月場所の千秋楽では、師匠太刀山に引導を渡した横綱・大錦卯一郎を突き出して破る大金星をあげた。この大錦は翌場所前に三河島事件の責任を取り、全盛期のまま突然の引退。文字通り「仇討ちの一番」となった。

太刀光は大正12年(1923)5月場所で大関に昇進、これは北海道出身の大関第1号となる快挙であった。その後、大正15年(1926)5月場所に出羽ケ嶽に浴びせ倒された際に右足を痛めたことで以降、満足に土俵に上がれなくなった太刀光は昭和2年(1927)10月場所を最後に現役引退、年寄鳴戸を襲名した。

頭脳明晰で協会では監事の要職を務め、また新聞では相撲評を執筆するなど活躍したが、高砂部屋を継承した前田山に反発して立浪部屋へと移籍。しかしその後も高砂との対立は続いたことで協会に嫌気がさして昭和26年(1951)角界を去った。

  • 四股名 :太刀光 電右衛門(たちひかり でんえもん)
  • 最高位 :大関
  • 年寄名跡:8代鳴戸
  • 出身地 :北海道三笠市幌内町
  • 本 名 :八田 政次
  • 生年月日:明治30年(1897)3月29日
  • 没年月日:昭和27年(1952)5月15日(享年55歳)
  • 所属部屋:友綱⇒東関⇒高砂部屋
  • 初土俵 :大正2年(1913)1月(15歳10ヵ月)
  • 新十両 :大正7年(1918)5月(21歳2ヵ月)
  • 新入幕 :大正10年(1921)1月(23歳10ヵ月)
  • 新三役 :大正12年(1923)1月(25歳10ヵ月)
  • 新大関 :大正12年(1923)5月(26歳2ヵ月)
  • 最終場所:昭和2年(1927)10月(30歳7ヵ月)
  • 生涯戦歴:114勝53敗71休8分6預/181出場(32場所)
  • 生涯勝率:68.3%
  • 優勝等 :なし
  • 成 績 :金星1個
  • 幕内戦歴:67勝26敗69休6分2預(16場所)勝率:72.0%
  •   大関:35勝14敗45休2分2預(9場所)勝率:71.4%
  •   関脇:7勝1敗23休1分(3場所)勝率:87.5%
  •   前頭:25勝11敗1休3分(4場所)勝率:69.4%
  • 十両戦歴:19勝11敗1分1預(5場所)勝率:63.3%

名寄岩 静男

「病気のデパート」と呼ばれるほど様々な病に苦しめられたが40歳まで土俵を務め上げた

  • 四股名 :名寄岩 静男(なよろいわ しずお)
  • 最高位 :大関
  • 年寄名跡:15代春日山
  • 出身地 :北海道名寄市
  • 本 名 :岩壁 静雄
  • 生年月日:大正3年(1914)9月27日
  • 没年月日:昭和46年(1971)1月26日(享年56歳)
  • 所属部屋:立浪部屋
  • 初土俵 :昭和7年(1932)5月(17歳8ヵ月)
  • 新十両 :昭和11年(1936)5月(21歳8ヵ月)
  • 新入幕 :昭和12年(1937)1月(22歳4ヵ月)
  • 新三役 :昭和13年(1938)5月(23歳8ヵ月)
  • 新大関 :昭和18年(1943)1月(28歳4ヵ月)
  • 最終場所:昭和29年(1954)9月(40歳0ヵ月)
  • 生涯戦歴:337勝297敗33休/634出場(54場所)
  • 生涯勝率:53.2%
  • 優勝等 :幕下優勝1回,三段目優勝1回
  • 成 績 :敢闘賞2回,金星2個
  • 幕内戦歴:292勝279敗33休(44場所)勝率:51.1%
  •   大関:26勝31敗22休(6場所)勝率:45.6%
  •   関脇:110勝73敗11休(15場所)勝率:60.1%
  •   小結:11勝4敗(1場所)勝率:73.3%
  •   前頭:145勝171敗(22場所)勝率:45.9%
  • 十両戦歴:9勝2敗(1場所)勝率:81.8%

北葉山 英俊

大関で年間46敗を記録したこともあったが30場所もの長きにわたって大関を務めた努力家

  • 四股名 :北葉山 英俊(きたばやま ひでとし)
  • 最高位 :大関
  • 年寄名跡:11代枝川
  • 出身地 :北海道室蘭市
  • 本 名 :山田 英俊
  • 生年月日:昭和10年(1935)5月17日
  • 没年月日:平成22年(2010)7月20日(享年75歳)
  • 所属部屋:時津風部屋
  • 改名歴 :山田⇒北葉山
  • 初土俵 :昭和29年(1954)5月(19歳0ヵ月)
  • 新十両 :昭和33年(1958)3月(22歳10ヵ月)
  • 新入幕 :昭和33年(1958)11月(23歳6ヵ月)
  • 新三役 :昭和34年(1959)7月(24歳2ヵ月)
  • 新大関 :昭和36年(1961)7月(26歳2ヵ月)
  • 最終場所:昭和41年(1966)5月(31歳0ヵ月)
  • 生涯戦歴:525勝327敗21休/850出場(66場所)
  • 生涯勝率:61.6%
  • 優勝等 :幕内優勝1回(次点3),十両優勝1回(同点1),幕下優勝1回,三段目優勝1回
  • 成 績 :殊勲賞1回,敢闘賞2回
  • 幕内戦歴:396勝273敗21休(46場所)勝率:59.2%
  •   大関:250勝179敗21休(30場所)勝率:58.3%
  •   関脇:82勝53敗(9場所)勝率:60.7%
  •   小結:27勝18敗(3場所)勝率:60.0%
  •   前頭:37勝23敗(4場所)勝率:61.7%
  • 十両戦歴:45勝15敗(4場所)勝率:75.0%

旭國 斗雄

北海道上川郡愛別町出身、立浪部屋の元力士で最高位は大関。研究熱心で「相撲博士」とよばれた、引退後は大島部屋を創設、横綱・旭富士や旭天鵬を育てた。

  • 四股名 :旭國 斗雄(あさひくに ますお)
  • 最高位 :大関
  • 年寄名跡:2代大島
  • 出身地 :北海道上川郡愛別町
  • 本 名 :太田 武雄
  • 生年月日:昭和22年(1947)4月25日
  • 所属部屋:立浪部屋
  • 初土俵 :昭和38年(1963)7月(16歳3ヵ月)
  • 新十両 :昭和44年(1969)3月(21歳11ヵ月)
  • 新入幕 :昭和44年(1969)7月(22歳3ヵ月)
  • 新三役 :昭和47年(1972)11月(25歳7ヵ月)
  • 新大関 :昭和51年(1976)5月(29歳1ヵ月)
  • 最終場所:昭和54年(1979)9月(32歳5ヵ月)
  • 生涯戦歴:635勝479敗57休/1108出場(98場所)
  • 生涯勝率:57.0%
  • 優勝等 :幕内同点1・次点3回,十両優勝1回,幕下優勝1回
  • 成 績 :敢闘賞1回,技能賞6回,金星2個
  • 幕内戦歴:418勝330敗57休(54場所)勝率:55.9%
  •   大関:168勝122敗20休(21場所)勝率:57.9%
  •   関脇:46勝32敗12休(6場所)勝率:59.0%
  •   小結:22勝14敗9休(3場所)勝率:61.1%
  •   前頭:182勝162敗16休(24場所)勝率:52.9%
  • 十両戦歴:83勝52敗(10場所)勝率:61.5%

大受 久晃

  • 四股名 :大受 久晃(だいじゅ ひさてる)
  • 最高位 :大関
  • 年寄名跡:13代楯山⇒18代朝日山
  • 出身地 :北海道瀬棚郡瀬棚町
  • 本 名 :堺谷 利秋
  • 生年月日:昭和25年(1950)3月19日
  • 所属部屋:高島部屋
  • 改名歴 :堺谷⇒大受
  • 初土俵 :昭和40年(1965)3月(15歳0ヵ月)
  • 新十両 :昭和44年(1969)9月(19歳6ヵ月)
  • 新入幕 :昭和45年(1970)5月(20歳2ヵ月)
  • 新三役 :昭和46年(1971)3月(21歳0ヵ月)
  • 新大関 :昭和48年(1973)9月(23歳6ヵ月)
  • 最終場所:昭和52年(1977)5月(27歳2ヵ月)
  • 生涯戦歴:462勝388敗31休/845出場(74場所)
  • 生涯勝率:54.4%
  • 優勝等 :幕内次点1回,十両優勝1回
  • 成 績 :殊勲賞4回,敢闘賞1回,技能賞6回
  • 幕内戦歴:308勝296敗26休(42場所)勝率:51.0%
  •   大関:30勝32敗13休(5場所)勝率:48.4%
  •   関脇:74勝61敗(9場所)勝率:54.8%
  •   小結:10勝5敗(1場所)勝率:66.7%
  •   前頭:194勝198敗13休(27場所)勝率:49.5%
  • 十両戦歴:42勝22敗5休(5場所)勝率:65.6%

北天佑 勝彦

相撲を取るために生まれてきたような男と期待された「北海の白熊」、引退後は二十山部屋を興すも癌のため45歳の若さで他界

  • 四股名 :北天佑 勝彦(ほくてんゆう かつひこ)
  • 最高位 :大関
  • 年寄名跡:13代二十山
  • 出身地 :北海道室蘭市
  • 本 名 :千葉 勝彦
  • 生年月日:昭和35年(1960)8月8日
  • 没年月日:平成18年(2006)6月23日(享年45歳)
  • 所属部屋:三保ヶ関部屋
  • 改名歴 :千葉⇒北天佑
  • 初土俵 :昭和51年(1976)3月(15歳7ヵ月)
  • 新十両 :昭和55年(1980)5月(19歳9ヵ月)
  • 新入幕 :昭和55年(1980)11月(20歳3ヵ月)
  • 新三役 :昭和56年(1981)7月(20歳11ヵ月)
  • 新大関 :昭和58年(1983)7月(22歳11ヵ月)
  • 最終場所:平成2年(1990)9月(30歳1ヵ月)
  • 生涯戦歴:645勝413敗55休/1055出場(88場所)
  • 生涯勝率:61.0%
  • 優勝等 :幕内優勝2回(次点4),十両同点1回,幕下優勝1回
  • 成 績 :殊勲賞2回,敢闘賞4回,技能賞1回,金星3個
  • 幕内戦歴:513勝335敗52休(60場所)勝率:60.5%
  •   大関:378勝245敗37休(44場所)勝率:60.7%
  •   関脇:37勝8敗(3場所)勝率:82.2%
  •   小結:30勝30敗(4場所)勝率:50.0%
  •   前頭:68勝52敗15休(9場所)勝率:56.7%
  • 十両戦歴:29勝16敗(3場所)勝率:64.4%

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