静岡県出身の歴代力士一覧|過去から現在までの全関取と優勝・三賞記録

静岡出身の過去から現在までの主な力士をご紹介する静岡県の大相撲力士まとめ!この記事では静岡出身の関取を中心に、静岡の郷土力士をご紹介していきます。

過去の力士については最高位や改名歴、初土俵や各段の昇進時期と最終場所、さらに生涯戦歴と生涯勝率、成績等を中心にご紹介していきます。また、現役力士については最高位と昇進時期、主な成績などを載せています。

なお、年寄名跡欄のマークは、その代で師匠(部屋持ち親方)になったことがあるという意味です。

現役の静岡出身力士の最新番付や成績、詳細なデータをご覧になりたい方はこちら

7月場所5日目の取組結果はこちら。

7月場所6日目の取組予定はこちら。

7月場所の各段の成績順はこちらで確認ができます。

相撲部屋や出身地ごとの成績から、場所中はリアルタイムでランキングを作成しております。今場所好調な相撲部屋や力士の出身地はどこ?

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静岡出身の優勝力士

残念ながら、静岡県出身の優勝力士はこれまで1人もいません。

静岡出身の三賞受賞力士

静岡県出身 歴代三賞受賞力士一覧

静岡県出身では、これまでに2人の力士が三賞を受賞しており、獲得数はあわせて4回になります。

受賞の内訳は、技能賞が1回、敢闘賞が3回となっています。

場所年月 番付 受賞力士 受賞 成績 受賞時
年齢
部屋 出身地 初土俵 生年月日
令和8年1月
(2026年)
R8.1
(2026)
西前頭4西前頭4熱海富士敢闘賞 [3回目]12勝3敗23歳4ヶ月伊勢ヶ濱静岡県令和2年11月
(2020年)
平成14年9月3日
(2002年)
令和5年11月
(2023年)
R5.11
(2023)
西前頭8西前頭8熱海富士敢闘賞 [2回目]11勝4敗21歳2ヶ月伊勢ヶ濱静岡県令和2年11月
(2020年)
平成14年9月3日
(2002年)
令和5年9月
(2023年)
R5.9
(2023)
東前頭15東前頭15熱海富士敢闘賞 [初]11勝4敗21歳0ヶ月伊勢ヶ濱静岡県令和2年11月
(2020年)
平成14年9月3日
(2002年)
令和3年1月
(2021年)
R3.1
(2021)
西前頭14西前頭14翠富士技能賞 [初]9勝6敗24歳4ヶ月伊勢ヶ濱静岡県平成28年9月
(2016年)
平成8年8月30日
(1996年)

静岡県出身 三賞受賞回数ランキング

受賞回数は、1位が熱海富士で3回(敢闘賞3回)、2位が翠富士で1回(技能賞1回)となっています。

順位 四股名 三賞
合計
技能賞 殊勲賞 敢闘賞 最高位 部屋 出身地
1位 熱海富士 3回 0 0 3 関脇 伊勢ヶ濱 静岡県
2位 翠富士 1回 1 0 0 前頭筆頭 伊勢ヶ濱 静岡県
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静岡県出身力士を検索

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静岡県出身の最高位:関脇

天竜 三郎

静岡県浜松市出身、出羽海部屋の元力士で最高位は関脇。相撲史に残る「春秋園事件」の中心人物。長身の美男子で吊りを得意とし人気があった。また知識人でもあった天竜は、角界の風雲児として大井町の「春秋園」に立て籠り相撲協会に対して改革を要求。これが物別れに終わると協会脱退を宣言、のちに関西角力協会を興して運営に尽力したが昭和12年暮れには解散となった。戦後は民放ラジオの相撲解説者としてその辛口な語り口が人気を博した。

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  • 四股名 :天竜 三郎(てんりゅう さぶろう)
  • 最高位 :関脇
  • 出身地 :静岡県浜松市
  • 本 名 :和久田 三郎
  • 生年月日:明治36年(1903)11月1日
  • 没年月日:平成元年(1989)8月20日(享年85歳)
  • 所属部屋:出羽海部屋
  • 改名歴 :三方ヶ原⇒天竜
  • 初土俵 :大正9年(1920)1月(16歳2ヵ月)
  • 新十両 :昭和2年(1927)5月(23歳6ヵ月)
  • 新入幕 :昭和3年(1928)5月(24歳6ヵ月)
  • 新三役 :昭和5年(1930)5月(26歳6ヵ月)
  • 最終場所:昭和7年(1932)1月(28歳2ヵ月)
  • 生涯戦歴:171勝85敗18休6分/262出場(34場所)
  • 生涯勝率:66.8%
  • 優勝等 :幕内次点2回,十両優勝1回,三段目優勝1回
  • 幕内戦歴:98勝44敗11休1分(14場所)勝率:69.0%
  •   関脇:44勝21敗1分(6場所)勝率:67.7%
  •   前頭:54勝23敗11休(8場所)勝率:70.1%
  • 十両戦歴:26勝13敗(4場所)勝率:66.7%

熱海富士 朔太郎

熱海富士 朔太郎(あたみふじ さくたろう)は静岡県 熱海市出身、伊勢ヶ濱部屋の力士で最高位は関脇。令和8年7月場所の番付は最高位に並ぶ東 関脇。

相撲との出会いは熱海市立第二小学校時代、地元の「熱海市相撲教室」に通い始めたことに始まる。熱海市立熱海中学校進学後も同教室で稽古を積み、中学2年時(2016年)には静岡県大会で上位に食い込むなど、県内でも注目される存在となった。

中学卒業後は、相撲の名門として知られる私立の飛龍高校へと進学し、本格的な強化に励んだ。飛龍高校では部の要として様々な大会で活躍し、全国区の有力選手として頭角を現した。

高校3年次の令和2年(2020年)、9代伊勢ヶ濱(第63代横綱・旭富士)の勧誘を受け、高校に在籍したまま角界入りを決意。同年11月場所、初土俵から「熱海富士」の四股名を名乗った。四股名は、出身地の「熱海」と伊勢ヶ濱部屋伝統の「富士」を組み合わせたもので、郷土の期待を象徴する名となった。

初土俵からのスピード出世と幕内の壁

初土俵から驚異的なスピードで番付を駆け上がることになる。令和3年(2021年)1月場所に序ノ口優勝、続く3月場所には序二段で全勝優勝を飾った。

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その後も勢いは止まらず三段目と幕下を順調に通過し、令和4年(2022年)3月場所、初土俵から所要わずか8場所で新十両へと昇進、西十両12枚目で土俵に上がった。これは熱海市出身として史上初となる関取誕生である。

令和4年(2022年)11月場所に新入幕。ここまで順調に番付を駆け上がってきた熱海富士であったが、ここで幕内の洗礼を受けることになる。新入幕場所を4勝11敗と大きく負け越し、幕内の厚い壁を経験してひと場所で十両へと番付を落とした。

不屈の再起と十両優勝

再起を期した令和5年(2023年)1月場所では思わぬ伏兵が待っていた。東十両3枚目の地位で10日目まで3勝7敗と苦戦していたが、11日目からインフルエンザへの感染が判明し、自身初の休場を余儀なくされた。

この休場もあり、一時は十両中位まで番付を下げたが、5月場所では13勝2敗を挙げて勢いを取り戻すと、7月場所には西十両筆頭で11勝4敗の成績をあげて自身初の十両優勝を飾った。

幕内上位への定着と新関脇への昇進

再入幕となった9月場所では、東前頭15枚目で千秋楽まで優勝争いに加わり、11勝4敗の好成績で初の敢闘賞を受賞。続く11月場所でも11勝を挙げ、2場所連続で優勝次点の成績を収めて敢闘賞を手にした。その後も幕内上位に定着し、令和7年(2025年)7月場所でも11勝を挙げ、通算3度目となる優勝次点の成績を残すなど、安定した実力を発揮している。

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そして迎えた令和8年(2026年)1月場所は、西前頭4枚目で2個の金星を獲得するなどの躍動を見せ、12勝3敗の好成績を挙げる。千秋楽の優勝決定戦では、史上最速の快進撃を続ける新大関・安青錦と激突。惜しくも敗れて優勝同点となり初優勝こそ逃したものの、通算3度目となる敢闘賞を受賞して場内を大いに熱狂させた。

この目覚ましい活躍が評価され、続く同年3月場所では新小結昇進を果たす。新三役の同場所でも9勝6敗と見事に勝ち越し、上位戦線に通用する地力の高さを証明すると、続く同年5月場所においては新関脇への昇進を果たした。

「右四つ」の破壊力と愛されるキャラクター

土俵上では180キロを超える体格を活かした右四つの型を得意とし、寄り切りや押し出しで圧倒する相撲が持ち味である。先代伊勢ヶ濱(第63代横綱・旭富士)、そして10代伊勢ヶ濱(元横綱・照ノ富士)の指導のもと、基本に忠実かつ力強い相撲を磨き続けており、対戦相手からもその圧力を警戒される存在となった。

私生活では非常に家族思いであり、女手一つで自分と妹を育て上げた母親を敬い、感謝を口にすることも多い。取組後のインタビューで見せる率直で温和なキャラクターは、土俵上での堂々とした立ち振る舞いとのギャップもあり、多くのファンに親しまれている。郷土の星として、そして次世代の角界を担う存在として、その歩みには熱い視線が注がれている。

💡 静岡県出身一覧💡 伊勢ヶ濱部屋の力士

四股名
熱海富士 朔太郎(あたみふじ さくたろう)
最高位
関脇
最新番付
東 関脇
出身地
静岡県 熱海市
本名
武井 朔太郎
生年月日
平成14年(2002)9月3日(23歳)
身長・体重
187cm・197kg
出身高校
飛龍高校
所属部屋
伊勢ヶ濱部屋
初土俵
令和2年(2020)11月(18歳2ヵ月)
新十両
令和4年(2022)3月(19歳6ヵ月)
新入幕
令和4年(2022)11月(20歳2ヵ月)
新小結
令和8年(2026)3月(23歳6ヵ月)
新関脇
令和8年(2026)5月(23歳8ヵ月)
優勝
十両優勝1回,序二段優勝1回,序ノ口優勝1回
受賞・金星
敢闘賞3回,金星2個
通算成績
253勝187敗4休/439出場(勝率:57.6%)
直近7場所
57勝38敗
7場所勝率
60.0%
得意技
右四つ・寄り
決まり手傾向(直近7場所)
熱海富士が勝ちの決まり手(45勝)
寄り切り19
押し出し16
小手投げ3
突き出し2
上手投げ1
叩き込み1
その他3
熱海富士が負けの決まり手(30敗)
寄り切り10
押し出し5
肩透かし3
掬い投げ2
突き落とし2
下手投げ2
その他6
令8年7月
東 関脇(変動なし)
3勝2敗
○○○●●|     |     
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年5月
東 関脇(1枚半上昇・最高位更新)
9勝6敗
●●○●○|●○○○●|●○○○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年3月
西 小結(4枚上昇・最高位更新)
9勝6敗
●○●○●|○○○●○|○●○○●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

▼ さらに過去の成績(4場所分)を見る
令8年1月
西 前頭4枚目(1枚半上昇)
12勝3敗(幕内同点・敢闘賞・金星2)
●●○○○|○○○○○|○●○○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年11
東 前頭6枚目(3枚降下)
8勝7敗
○●○○○|○●●○●|○●●●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年9月
東 前頭3枚目(7枚上昇)
5勝10敗
○●●●●|●○●●●|●○○●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年7月
東 前頭10枚目
11勝4敗
●●○○○|○○●○○|○○○●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

静岡県出身の最高位:小結

和田ヶ原 甚四郎

静岡出身としては昭和初期に天竜三郎が出るまで唯一の三役経験者だった。同郷の初代追手風喜多郎の弟子で引退後は2代追手風甚四郎を襲名、部屋を率いた

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  • 四股名 :和田ヶ原 甚四郎(わだがはら じんしろう)
  • 最高位 :小結
  • 年寄名跡:2代追手風
  • 出身地 :静岡県静岡市
  • 本 名 :小川 伊之助
  • 生年月日:宝暦10年(1760)
  • 没年月日:文政5年(1822)8月16日(享年63歳)
  • 所属部屋:追手風部屋
  • 初土俵 :安永6年(1777)10月・五段目(17歳頃)
  • 新入幕 :寛政3年(1791)11月(31歳頃)
  • 新三役 :寛政4年(1792)11月(32歳頃)
  • 最終場所:寛政11年(1799)11月(39歳頃)
  • 生涯戦歴:74勝34敗23休9分14預10無/141出場(21場所)
  • 生涯勝率:68.5%
  • 優勝等 :なし
  • 幕内戦歴:31勝22敗23休6分9預6無(11場所)勝率:58.5%
  •   小結:6勝4敗2預(2場所)勝率:60.0%
  •   前頭:25勝18敗23休6分7預6無(9場所)勝率:58.1%
  • 十両戦歴:43勝12敗3分5預4無(10場所)勝率:78.2%

静岡県出身の最高位:前頭

翠富士 一成

翠富士 一成(みどりふじ かずなり)は静岡県 焼津市出身、伊勢ヶ濱部屋の力士で最高位は前頭筆頭。令和8年7月場所の番付は東 十両8枚目。

静岡県焼津市に生まれ、小学生の頃から相撲を始めてわんぱく相撲全国大会に出場した。中学時代に一時相撲から離れた時期もあったが、3年次に再開すると全国中学校相撲選手権大会の団体戦でベスト8に進出する。飛龍高校へ進学し、2年次の全国高等学校総合体育大会の団体戦では、佐藤貴信(のちの大関・貴景勝)を擁する埼玉栄高校の4連覇を阻む活躍を見せ、同校初の団体3位に大きく貢献した。個人戦でも全日本ジュニア体重別選手権80キロ未満級や全国選抜100キロ未満級で優勝するなど、確かな実績を積んだ。

伊勢ヶ濱部屋への入門と錦富士とのライバル関係

高校卒業後は近畿大学へ進学し、1年次に全国学生相撲個人体重別選手権大会100キロ未満級で優勝を果たした。しかし「いずれプロになろうと思っていたので早い方がいい」と決意し、大学を中退して伊勢ヶ濱部屋へと入門した。時を同じくして大学を中退し、同部屋へ入門した同級生の小笠原(現・錦富士)とは、互いに切磋琢磨する良きライバル関係となる。

平成28年(2016年)9月場所において本名の「庵原」で初土俵を踏む。初めて番付に名前が載った翌11月場所の序ノ口、そして四股名を「翠富士」へ改名して臨んだ続く平成29年(2017年)1月場所の序二段において、二場所連続で錦富士との同部屋・同期生による優勝決定戦となり、そのいずれも敗れて優勝を逃すという悔しい経験をしている。

十両昇進と十両優勝

その後も幕下上位で地力を蓄え、東幕下2枚目で迎えた令和2年(2020年)1月場所を5勝2敗で勝ち越し、翌3月場所での新十両昇進を決めた。静岡県出身力士としては栃飛龍(元十両7枚目)以来7年ぶり、焼津市出身としては片山(元前頭13枚目)以来16年ぶりとなる関取誕生であった。

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関取となってからも着実に実力を発揮し、東十両2枚目で迎えた同年11月場所では、千秋楽に旭秀鵬との優勝決定戦を制して自身初となる十両優勝を飾った。

新入幕と立ちはだかる壁

翌令和3年(2021年)1月場所において新入幕を果たすと、9勝6敗の好成績を収め、静岡県出身力士として史上初となる三賞(技能賞)を受賞した。しかし、場所後の稽古中にヘルニアを発症して歩行困難となり、同年5月場所を全休して十両へ陥落する苦労も味わった。

その後、幕内へ定着して迎えた令和5年(2023年)3月場所では、初日から10連勝を飾って優勝争いを牽引したが、そこから4連敗を喫し、最終的に10勝5敗で惜しくも三賞を逃す。さらに翌場所での新三役の枠にも恵まれないなど、上位の壁に跳ね返される悔しさも経験している。また、令和7年(2025年)5月場所では、初日から9連敗した後に6連勝するという極めて珍しい星取を残すなど、記憶に残る歩みを見せている。

「肩透かし王子」と多彩な技

幕内の中では小柄な部類に入るが、それを補って余りある俊敏な動きと多彩な技、そして驚異的な粘り強さを最大の武器としている。特に代名詞とも言える強烈な「肩透かし」は左右どちらからでも打つことができ、一場所で白星の半数以上を肩透かしで挙げることもあるほどで、「肩透かし王子」の愛称で親しまれている。

多彩な決まり手も持ち味で、十両の土俵で24年ぶりとなる「頭捻り」や、幕内で11年ぶりとなる「割り出し」を決めて館内を大いに沸かせた。さらに、自分より一回りも二回りも大きな力士を相手に粘り強く相撲を取るため平均取組時間が長く、令和5年(2023年)11月場所では北青鵬を相手に、令和に入って初、8年半ぶりとなる「水入り」の大熱戦(7分近くの死闘)を演じた。

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令和8年(2026年)3月場所では、心不全の治療により初日から全休を余儀なくされるという試練に見舞われた。

💡 静岡県出身一覧💡 伊勢ヶ濱部屋の力士

四股名
翠富士 一成(みどりふじ かずなり)
最高位
前頭筆頭
最新番付
東 十両8枚目
出身地
静岡県 焼津市
本名
庵原 一成
生年月日
平成8年(1996)8月30日(29歳)
身長・体重
174cm・112kg
出身高校
飛龍高校
出身大学
近畿大学・中退
所属部屋
伊勢ヶ濱部屋
改名歴
庵原 → 翠富士
初土俵
平成28年(2016)9月(20歳1ヵ月)
新十両
令和2年(2020)3月(23歳7ヵ月)
新入幕
令和3年(2021)1月(24歳5ヵ月)
優勝
十両優勝1回
受賞・金星
技能賞1回
通算成績
360勝310敗30休/670出場(勝率:53.7%)
直近7場所
13勝7敗(幕内:28勝32敗15休)
7場所勝率
51.3%
得意技
押し・肩透かし
決まり手傾向(直近7場所)
翠富士が勝ちの決まり手(28勝)※不戦勝1含む
寄り切り8
肩透かし4
下手投げ3
押し出し2
叩き込み2
掬い投げ1
その他7
翠富士が負けの決まり手(32敗)
寄り切り7
叩き込み6
寄り倒し6
押し出し5
上手投げ4
小手投げ1
その他3
令8年7月
東 十両8枚目(2枚半上昇)
4勝1敗
○○○●○|     |     
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年5月
西 十両10枚目(12枚降下)
9勝6敗
●○●○○|○○○●●|○○●●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年3月
東 前頭15枚目(3枚降下)
0勝0敗15休
休場
取組詳細(対戦相手・決まり手)

▼ さらに過去の成績(4場所分)を見る
令8年1月
東 前頭12枚目(3枚降下)
6勝9敗
●●●○○|●●○●○|○●●○●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年11
東 前頭9枚目(変動なし)
6勝9敗
●●○●○|●●○○○|○●●●●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年9月
東 前頭9枚目(3枚上昇)
7勝8敗
○●●○●|●●●○○|●○○●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年7月
東 前頭12枚目
9勝6敗
○○●●●|○○○●○|○○●□●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

和田ヶ原 甚四郎

現役時代は苦労人で遅咲きだったが幕内中堅力士として活躍。4代大嶽を襲名した和田ヶ原はその手腕を大いに発揮し、遂には年寄の最上位である取締にまで昇格した。第15代横綱・梅ヶ谷(初代)は娘婿

  • 四股名 :和田ヶ原 甚四郎(2代)(わだがはら じんしろう)
  • 最高位 :前頭2枚目
  • 年寄名跡:4代大嶽
  • 出身地 :静岡県榛原郡
  • 本 名 :不明⇒大嶽 門左衛門
  • 生年月日:文化12年(1815)
  • 没年月日:明治20年(1887)10月4日(享年73歳)
  • 所属部屋:追手風部屋
  • 改名歴 :東川⇒和田ヶ原⇒大嶽
  • 初土俵 :天保7年(1836)11月・序ノ口(21歳頃)
  • 二段目 :天保14年(1843)1月(28歳頃)
  • 新入幕 :嘉永6年(1853)11月(38歳頃)
  • 最終場所:万延2年(1861)2月(46歳頃)
  • 生涯戦歴:68勝89敗52休16分4預1無/178出場(32場所)
  • 生涯勝率:43.3%
  • 優勝等 :なし
  • 幕内戦歴:28勝33敗52休10分2預(15場所)勝率:45.9%
  • 十両戦歴:40勝56敗6分2預1無(17場所)勝率:41.7%

飛龍 喜三太

遠州金谷宿(現在の静岡県島田市)出身。山桂の名で前相撲からはじめて嘉永3年(1850)11月に二段目に昇進、5日目より帆ノ山と改めた。安政5年(1858)11月場所より飛龍喜三太に改名。

万延元年(1860)年10月場所で新入幕、文久2年(1862)11月には2枚鑑札で熊ヶ谷弥三郎を襲名。これ以降、全休を続けながら文久3年(1863)11月場所では前頭4枚目まで進んだ。幕内在位8場所中、出場したのはわずか3場所のみであった。年寄専務となってからは中改め(審判委員)を務めた。

  • 四股名 :飛龍 喜三太(ひりゅう きそた)
  • 最高位 :前頭4枚目
  • 年寄名跡:7代熊ヶ谷
  • 出身地 :静岡県島田市(旧・榛原郡金谷町東町)
  • 本 名 :村井 喜太八
  • 生年月日:文政6年(1823)5月
  • 没年月日:明治20年(1887)10月3日(享年64歳)
  • 所属部屋:追手風⇒雷⇒追手風部屋
  • 改名歴 :山桂⇒帆ノ山⇒飛龍(飛竜)⇒熊ヶ谷
  • 初土俵 :弘化3年(1846)11月・序ノ口(23歳頃)
  • 二段目 :嘉永3年(1850)11月(27歳頃)
  • 新入幕 :万延元年(1860)10月(37歳頃)
  • 最終場所:元治元年(1864)4月(41歳頃)
  • 生涯戦歴:17勝23敗56休3預/43出場(12場所)
  • 生涯勝率:42.5%
  • 優勝等 :なし
  • 幕内戦歴:6勝13敗56休1預(8場所)勝率:31.6%
  • 十両戦歴:11勝10敗2預(4場所)勝率:52.4%

綾鬼 喜一郎

入門はわずか9歳の頃、巡業地では子供土俵入りを行っていた。当初は弱くて番付に載るまで2年もかかったが、激しい突っ張りと押しという自分の型を掴んでからは順調に出世した。横綱・西ノ海(3代)を破る金星をあげたことも

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  • 四股名 :綾鬼 喜一郎(あやおに きいちろう)
  • 最高位 :前頭5枚目
  • 出身地 :静岡県三島市
  • 本 名 :杉山 喜一郎
  • 生年月日:明治33年(1900)6月17日
  • 没年月日:昭和20年(1945)10月5日(享年45歳)
  • 所属部屋:中川部屋
  • 初土俵 :大正2年(1913)1月(12歳7ヵ月)
  • 新十両 :大正9年(1920)1月(19歳7ヵ月)
  • 新入幕 :大正11年(1922)5月(21歳11ヵ月)
  • 最終場所:昭和4年(1929)3月(28歳9ヵ月)
  • 生涯戦歴:101勝126敗35休5分4預/236出場(38場所)
  • 生涯勝率:44.5%
  • 優勝等 :なし
  • 成 績 :金星1個
  • 幕内戦歴:38勝66敗18休5分2預(12場所)勝率:36.5%
  • 十両戦歴:33勝42敗5休(10場所)勝率:44.0%

磋牙司 洋之

磋牙司 洋之(さがつかさ ひろゆき)静岡県三島市出身、入間川部屋の元力士で、最高位は前頭9枚目

平成16年(2004)3月場所に22歳2ヶ月で初土俵を踏み、令和3年(2021)7月場所を最後に引退(39歳6ヶ月)(※番付上は令和3年9月場所が最後)

通算成績は467勝452敗21休917出場。生涯勝率.508。通算103場所中、56場所を勝ち越した(勝ち越し率.549)。

主な成績は十両優勝1回幕下優勝1回

昭和56年(1981)12月21日生まれ。本名は磯部 洋之。

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三島市錦田小学6年生の時、わんぱく相撲全国大会で優勝してわんぱく横綱に、中学では静岡県代表として全国都道府県中学生相撲選手権大会に出場して個人と団体で優勝に輝く。さらに沼津学園(現・飛龍高)2年次には高校総体優勝で高校横綱に、3年次には高等学校相撲金沢大会で優勝と輝かしい実績を残した。

しかし進学した東洋大学では目立った活躍はなく付出資格となるタイトルを獲得できないまま4年間を終えることとなった。

身長が低かった為に第2新弟子検査を経て前相撲からのスタートとなった磯部だったが、粘り強い相撲で番付をあげていき初土俵から約3年半で新十両昇進を決めた。その後しばらくは十両と幕下を行き来していたが平成22年(2010)3月場所で新入幕を果たす。

怪我の影響で十両、さらに幕下陥落も経験したがそのたびに這い上がり3度の帰り入幕を遂げている。その3回目の入幕となった平成25年(2013)3月場所7日目に全治1か月の怪我を負ったことが影響して番付を大きく下げた。変化に頼らない取り口には一定の評価があった実力者。

39歳6ヶ月、東の三段目77枚目で迎えた令和3年(2021)7月場所では1番相撲から6連勝と好調であった磋牙司。7番相撲で勝利すれば各段優勝の最年長記録更新と翌場所での幕下復帰が確実であったが、木瀬部屋の鳩岡に敗れて三段目優勝を逃した。場所後の8月11日に引退を表明。

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四股名
磋牙司 洋之(さがつかさ ひろゆき)
最高位
前頭9枚目
出身地
静岡県三島市
本名
磯部 洋之
生年月日
昭和56年(1981)12月21日
出身高校
沼津学園高校
出身大学
東洋大学
所属部屋
入間川部屋
改名歴
磯部 洋之 → 磋牙司 洋之
初土俵
平成16年(2004)3月 前相撲(22歳2ヶ月)
新十両
平成19年(2007)11月(所要22場所)
25歳10ヶ月(初土俵から3年8ヶ月)
新入幕
平成22年(2010)3月(所要36場所)
28歳2ヶ月(初土俵から6年0ヶ月)
最終場所
令和3年(2021)7月(39歳6ヶ月)※番付上は令和3年9月場所
大相撲歴
103場所(17年4ヶ月)
通算成績
467勝452敗21休917出場(勝率.508)
通算103場所
勝ち越し56場所(勝ち越し率.549)
優勝等
十両優勝1回幕下優勝1回
前頭戦歴
33勝50敗7休82出場(勝率.398)
在位6場所(在位率.058)
勝ち越し1場所(勝ち越し率.167)
十両戦歴
155勝175敗0休330出場(勝率.470)
在位22場所(在位率.214)
勝ち越し9場所(勝ち越し率.409)
関取戦歴
188勝225敗7休412出場(勝率.455)
在位28場所(在位率.272)
勝ち越し10場所(勝ち越し率.357)
幕下以下歴
279勝227敗14休505出場(勝率.551)
在位74場所(在位率.718)
勝ち越し46場所(勝ち越し率.622)

潮丸 元康

静岡県静岡市出身、東関部屋の元力士で最高位は前頭10枚目。相撲経験はなかったが中学を卒業とともに東関部屋へと入門、堅実な努力により平成14年1月場所で新十両、9月場所で新入幕となった。これは東関部屋として曙、高見盛に次ぐ3人目の幕内力士。また静岡出身として昭和以降、天竜、天城山、駿河海、和錦に次ぐ5人目の幕内力士。

あんこ型の典型を活かした突き押し相撲が得意で、また差し身も良く、もろ差しからの寄りにも定評があった。相撲人形のような体型と童顔も愛された人気力士。

師匠の停年にあわせて引退し東関部屋を継承。頭脳明晰な13代東関は平成24年には平年寄から一気に勝負審判に抜擢された。原則としては現役時代の最高位が前頭2枚目以上の委員の年寄が勝負審判を務めるといわれていた為、これは異例のこと。ここからもその秀才ぶりが窺える。勝負審判としての土俵下の鋭い眼光は印象的だった。

血管肉腫という血管の内皮細胞から発生する極めて稀な癌の為、令和元年12月13日に永眠。亡くなる前日には平成30年1月場所後に移転したばかりだった柴又の東関部屋に戻り、弟子たちひとりひとりの手を握りながら名前を呼んで別れを惜しんだ。

  • 四股名 :潮丸 元康(うしおまる もとやす)
  • 最高位 :前頭10枚目
  • 年寄名跡:24代小野川⇒13代東関
  • 出身地 :静岡県静岡市
  • 本 名 :佐野 元泰
  • 生年月日:昭和53年(1978)5月11日
  • 没年月日:令和元年(2019)12月13日(享年41歳)
  • 所属部屋:東関部屋
  • 改名歴 :高見佐野⇒天福⇒潮丸
  • 初土俵 :平成6年(1994)3月(15歳10ヵ月)
  • 新十両 :平成14年(2002)1月(23歳8ヵ月)
  • 新入幕 :平成14年(2002)9月(24歳4ヵ月)
  • 最終場所:平成21年(2009)5月(31歳0ヵ月)
  • 生涯戦歴:482勝448敗51休/927出場(92場所)
  • 生涯勝率:51.8%
  • 優勝等 :十両優勝1回,幕下優勝1回
  • 幕内戦歴:68勝92敗20休(12場所)勝率:42.5%
  • 十両戦歴:222勝212敗31休(31場所)勝率:51.2%

和錦 克年

初土俵から74場所目に念願の入幕も左手首を痛めて1場所で陥落

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  • 四股名 :和錦 克年(かつにしき かつとし)
  • 最高位 :前頭13枚目
  • 出身地 :静岡県庵原郡由比町
  • 本 名 :和田 歳夫
  • 生年月日:昭和21年(1946)7月2日
  • 所属部屋:春日野部屋
  • 改名歴 :和田錦⇒和錦
  • 初土俵 :昭和38年(1963)9月(17歳2ヵ月)
  • 新十両 :昭和47年(1972)7月(26歳0ヵ月)
  • 新入幕 :昭和51年(1976)1月(29歳6ヵ月)
  • 最終場所:昭和53年(1978)3月(31歳8ヵ月)
  • 生涯戦歴:421勝383敗29休/802出場(88場所)
  • 生涯勝率:52.4%
  • 優勝等 :なし
  • 幕内戦歴:5勝10敗(1場所)勝率:33.3%
  • 十両戦歴:190勝211敗4休(27場所)勝率:47.4%

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カテゴリー : 東海地方

公開日:2018-08-08
投稿者:レイ

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