田子ノ浦(たごのうら)部屋の過去から現在までの主な所属力士をご紹介する田子ノ浦部屋の大相撲力士まとめ!
この記事では田子ノ浦部屋と、その前身である鳴戸部屋の主な関取を中心に紹介していきます。過去の力士については最高位や改名歴、初土俵や各段の昇進時期と最終場所、さらに生涯戦歴と生涯勝率、成績等を中心にご紹介していきます。また、現役力士については最高位と昇進時期、主な成績などを載せています。
なお、年寄名跡欄の
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この記事の目次
田子ノ浦部屋とは
田子ノ浦部屋は、二子山部屋の元横綱・隆の里が創設した鳴戸部屋を前身とする相撲部屋です。
昭和61(1986)年1月場所を最後に現役を引退した隆の里は13代・鳴戸を襲名し、二子山部屋の部屋付き親方として後進の指導にあたっていました。その後、平成元(1989)年2月1日に内弟子6人を連れて独立し鳴戸部屋を興します。
13代の急逝
関脇・若の里や隆乃若、そして稀勢の里や高安など多くの力士を育てた13代でしたが、九州場所を6日後に控えた平成23(2011)年11月7日に急逝、この世を去りました。
9代・西岩(隆の鶴)が継承
初日を6日後に控えての13代・鳴戸(元横綱・隆の里)の急逝は、所属力士はもちろん二所ノ関一門にとっても衝撃でした。当時35歳であった若の里のもとには「現役を引退して鳴戸部屋を継いでくれないか」という打診が二所ノ関一門内からあったようですが、若の里は現役続行を希望しました。その結果、9代・西岩(元前頭8・隆の鶴)が鳴戸部屋を継承することが決まりました。
この悲しみのなか10勝5敗(技能賞)で勝ち越した稀勢の里は、場所後に大関昇進を決めます。
年寄名跡証書問題
平成26(2014)年からの公益財団法人への移行を控えていた日本相撲協会は、年寄名跡を協会側で一括管理するために平成25(2013)年12月20日までに、全年寄に対して年寄名跡証書を提出することを求めていました。しかし14代(元前頭8・隆の鶴)と、「鳴戸」の名跡証書を所有していた13代(隆の里)夫人との間で話し合いが付かず、14代は期限までに証書を提出することが出来ませんでした。
田子ノ浦部屋に改称
このままでは部屋の存続も危ぶまれた隆の鶴は「田子ノ浦」の名跡取得に動きます。前年の平成24(2012)年2月に急逝された14代・田子ノ浦(元前頭筆頭・久島海)夫人が所有していた「田子ノ浦」の名跡を正式に取得した隆の鶴は協会へ田子ノ浦の名跡証書を提出し16代・田子ノ浦を襲名、部屋の名称も田子ノ浦部屋へと改めました。
これまで使用していた鳴戸部屋の施設は13代鳴戸夫人が所有していた為、証書を提出した翌日(平成25(2013)年12月26日)には旧・三保ヶ関部屋の施設に移転したのでした。その後、平成26(2014)年12月14日に新築した施設で部屋開きを行いました。
横綱・稀勢の里
平成29(2017)年1月場所で悲願の初優勝を飾った大関・稀勢の里は、場所後に全会一致で横綱に推挙されました。これは貴乃花が平成15(2003)年1月場所を最後に引退してから14年間途絶えていた日本出身横綱の誕生となりました。
西岩部屋が分家
平成30(2018)年2月1日付で12代西岩(元関脇・若の里)が分家独立し、西岩部屋を興しました。
荒磯部屋が分家
令和3(2021)年8月1日付で16代荒磯(元横綱・稀勢の里)が分家独立し、荒磯部屋部屋を興しました。その後、同年12月24日に二所ノ関部屋へと改称しています。
田子ノ浦部屋の系譜
田子ノ浦部屋の成り立ちを系譜でご紹介します。

田子ノ浦部屋の優勝力士
優勝制度が制定された明治42年(1909)6月場所以降、現在の田子ノ浦部屋からは1人の幕内最高優勝力士が誕生しています。
田子ノ浦部屋の初優勝はいつで誰?
田子ノ浦部屋の初優勝力士は、平成29年(2017)1月場所で東大関だった稀勢の里です。
田子ノ浦部屋の優勝力士一覧
では、歴代の田子ノ浦部屋の幕内優勝力士を年月順で一覧表にして見てみましょう。
| № | 四股名 | 優勝場所 | 回数 | 優勝時の番付 | 出身 | 部屋 | 最高位 | 成績 | 四股名 | 備考 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 稀勢の里 | 平成29年1月 | 初 | 東大関 | 茨城県 | 田子ノ浦 | 72代横綱 | 14勝1敗 | 稀勢の里 | |
| 2 | 稀勢の里 | 平成29年3月 | 2回目 | 西横綱2 | 茨城県 | 田子ノ浦 | 72代横綱 | 13勝2敗 | 稀勢の里 | 22年ぶり史上9人目の 新横綱昇進場所優勝 |
田子ノ浦部屋の優勝力士ランキング
次は田子ノ浦部屋力士の優勝回数と成績のランキングです。
| 順位 | 四股名 | 優勝 | 最高位 | 出身地 | 勝数 | 敗数 | 横綱 | 大関 | 関脇 | 小結 | 前頭 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1位 | 稀勢の里 | 2回 | 72代横綱 | 茨城県 | 27勝 | 3敗 | 1回 | 1回 | 0回 | 0回 | 0回 |
鳴戸~田子ノ浦部屋の歴代師匠
第13代・鳴戸 俊英 (元横綱・隆の里)
隆の里 俊英(たかのさと としひで)は青森県南津軽郡浪岡町出身、二子山部屋の元力士で、最高位は第59代横綱。
昭和43年(1968)7月場所に15歳9ヶ月で初土俵を踏み、昭和61年(1986)1月場所を最後に引退(33歳3ヶ月)。
通算成績は693勝493敗80休1180出場。生涯勝率.584。通算106場所中、68場所を勝ち越した(勝ち越し率.648)。
主な成績は幕内優勝4回(次点8),十両優勝1回(同点1)。殊勲賞2回,敢闘賞5回,金星2個(輪島1個、北の湖1個)。
本名は高谷 俊英。昭和27年(1952)9月29日生まれ。平成23年(2011)11月7日逝去(享年59歳)。
吊りが得意で千代の富士には16勝12敗と強かったが、若い頃の暴飲暴食がたたって糖尿病に苦しんだ。引退後は鳴戸部屋を興して若の里や稀勢の里を育てるも平成23年(2011)九州場所開幕直前に急逝。
- 四股名
- 隆の里 俊英(たかのさと としひで)
- 最高位
- 第59代横綱
- 年寄名跡
13代鳴戸 俊英 - 出身地
- 青森県南津軽郡浪岡町
- 本名
- 高谷 俊英
- 生年月日
- 昭和27年(1952)9月29日
- 没年月日
- 平成23年(2011)11月7日(享年59歳)
- 所属部屋
- 二子山部屋
- 改名歴
- 高谷 俊英 → 隆ノ里 俊英 → 隆の里 俊英
- 初土俵
- 昭和43年(1968)7月 前相撲(15歳9ヶ月)
- 新十両
- 昭和49年(1974)11月(所要38場所)
- 22歳1ヶ月(初土俵から6年4ヶ月)
- 新入幕
- 昭和50年(1975)5月(所要41場所)
- 22歳7ヶ月(初土俵から6年10ヶ月)
- 新小結
- 昭和52年(1977)3月(所要52場所)
- 24歳5ヶ月(初土俵から8年8ヶ月)
- 新関脇
- 昭和54年(1979)9月(所要67場所)
- 26歳11ヶ月(初土俵から11年2ヶ月)
- 新大関
- 昭和57年(1982)3月(所要82場所)
- 29歳5ヶ月(初土俵から13年8ヶ月)
- 横綱昇進
- 昭和58年(1983)9月(所要91場所)
- 30歳11ヶ月(初土俵から15年2ヶ月)
- 最終場所
- 昭和61年(1986)1月(33歳3ヶ月)
- 大相撲歴
- 106場所(17年6ヶ月)
- 通算成績
- 693勝493敗80休1180出場(勝率.584)
- 通算106場所
- 勝ち越し68場所(勝ち越し率.648)
- 優勝等
- 幕内優勝4回(次点8),十両優勝1回(同点1)
- 受賞・金星
- 殊勲賞2回,敢闘賞5回,金星2個
- 幕内戦歴
- 464勝313敗80休771出場(勝率.597)
- 在位58場所(在位率.547)
- 勝ち越し36場所(勝ち越し率.621)
- 横綱戦歴
- 95勝42敗75休132出場(勝率.693)
- 在位15場所(在位率.142)
- 勝ち越し8場所(勝ち越し率.533)
- 大関戦歴
- 106勝29敗0休135出場(勝率.785)
- 在位9場所(在位率.085)
- 勝ち越し9場所(勝ち越し率1.000)
- 三役戦歴
- 87勝63敗0休150出場(勝率.580)
- 在位10場所(在位率.094)
- 勝ち越し7場所(勝ち越し率.700)
- 関脇戦歴
- 73勝47敗0休120出場(勝率.608)
- 在位8場所(在位率.075)
- 勝ち越し6場所(勝ち越し率.750)
- 小結戦歴
- 14勝16敗0休30出場(勝率.467)
- 在位2場所(在位率.019)
- 勝ち越し1場所(勝ち越し率.500)
- 前頭戦歴
- 176勝179敗5休354出場(勝率.496)
- 在位24場所(在位率.226)
- 勝ち越し12場所(勝ち越し率.500)
- 十両戦歴
- 85勝65敗0休150出場(勝率.567)
- 在位10場所(在位率.094)
- 勝ち越し9場所(勝ち越し率.900)
- 関取戦歴
- 549勝378敗80休921出場(勝率.592)
- 在位68場所(在位率.642)
- 勝ち越し45場所(勝ち越し率.662)
- 幕下以下歴
- 144勝115敗0休259出場(勝率.556)
- 在位37場所(在位率.349)
- 勝ち越し23場所(勝ち越し率.622)
第14代・鳴戸 伸一~第16代・田子ノ浦 伸一 (元前頭8枚目・隆の鶴)
若の里と隆乃若とは同じ初土俵の同期生。三段目のときに幼い頃からの足の病が悪化したため、両足親指を切断、神経を除去して再度親指を縫い合わせるという大手術を行った。このため5場所連続休場となり一時は番付外に。しかしそこから奮起して約6年をかけて入幕を果たした。先代師匠の急逝により急遽14代鳴戸を襲名するも、先代夫人との話し合いがつかずに16代田子ノ浦へと名跡を変え現在に至る
16代・田子ノ浦 伸一 - 四股名 :隆の鶴 伸一(たかのつる しんいち)
- 最高位 :前頭8枚目
- 年寄名跡:準年寄・隆の鶴⇒9代西岩⇒
14代鳴戸 ⇒16代田子ノ浦 - 出身地 :鹿児島県出水市
- 本 名 :積山 伸一
- 生年月日:昭和51年(1976)6月18日(49歳)
- 所属部屋:鳴戸部屋
- 改名歴 :積山⇒隆の鶴
- 初土俵 :平成4年(1992)3月(15歳9ヵ月)
- 新十両 :平成13年(2001)3月(24歳9ヵ月)
- 新入幕 :平成15年(2003)1月(26歳7ヵ月)
- 最終場所:平成18年(2006)5月(29歳11ヵ月)
- 生涯戦歴:393勝364敗70休/754出場(86場所)
- 生涯勝率:51.9%
- 優勝等 :序二段優勝1回(同点1)
- 幕内戦歴:26勝45敗4休(5場所)勝率:36.6%
- 十両戦歴:174勝186敗15休(25場所)勝率:48.3%
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