受賞回数は、1位が隠岐の海で5回(殊勲賞1回・敢闘賞4回)、2位が北勝力で4回(殊勲賞1回・敢闘賞3回)、3位が北勝富士で3回(技能賞2回・敢闘賞1回)となっています。4位以下含む全順位の詳細は、以下の表をご覧ください。
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該当力士:16 名
北勝力 英樹
北勝力 英樹 (ほくとうりき ひでき)は栃木県大田原市出身、九重 → 八角部屋の元力士で、最高位は関脇。
平成5年(1993)3月場所に15歳4ヶ月で初土俵を踏み、平成23年(2011)5月場所を最後に引退(33歳6ヶ月)。
通算成績は573勝566敗53休1137出場。生涯勝率.504。通算109場所中、60場所を勝ち越した(勝ち越し率.556)。
主な成績は幕内(同点1 次点2)、三段目優勝1回、殊勲賞1回、敢闘賞3回、金星1個(朝青龍1個)。
昭和52年(1977)10月31日生まれ。本名は木村 英樹。
強烈な諸手突きとのど輪を武器に幕内上位で活躍し、横綱・朝青龍と優勝決定戦を演じた北勝力は、気迫あふれる取り口でファンを魅了した名力士である。現役時代はポーカーフェイスを貫いたが、引退後は「筋肉親方」として親しまれ、古巣で後進の指導にあたっている。
入門と八角部屋への移籍
東京都大田区に生まれ、両親の故郷である栃木県大田原市(旧・那須郡黒羽町)で育つ。中学生のころに父親の勧めで柔道を経験し、卒業後の平成5年(1993年)3月場所に、13代九重(第58代横綱・千代の富士)が率いる九重部屋から初土俵を踏んだ。
当時、九重部屋の部屋付き親方であった8代八角(第61代横綱・北勝海)の内弟子として「北勝力」の四股名をもらい、同年10月に八角が独立して八角部屋を創設すると、それに伴い移籍した。
長い下積みを経ての関取昇進
出世の足取りは決して早いものではなく、じっくりと地力を蓄える時期が長く続いた。突き押し相撲に磨きをかけ、初土俵から約9年の歳月を経た平成14年(2002年)1月場所において、24歳2ヶ月で新十両へ昇進する。
約9年という長い下積みを経験したが、関取昇進後は一気に才能が開花する。十両の地位をわずか2場所で通過し、同年5月場所では新入幕を果たした。この新入幕の場所で持ち前の馬力を発揮し、11勝4敗の好成績を挙げる。優勝力士に次ぐ成績を残したことが評価され、自身初となる三賞(敢闘賞)を獲得し、一躍幕内のホープとして注目を集めた。
豪快な相撲と朝青龍との死闘
幕内上位に定着すると、強烈な諸手突きと右のど輪から一気に押して出る怪力型の取り口で存在感を示した。ツボにはまれば電車道で勝負を決める豪快さを見せる一方で、四つ相撲への脆さや、突っ掛けによる立合いの不成立でブーイングを受けるなど、不器用で粗削りな面も持ち合わせていた。
強みと弱みがはっきりとしたその気迫あふれる相撲で、土俵人生の大きなハイライトとなったのが、西前頭筆頭で迎えた平成16年(2004年)5月場所である。初日から白星を重ねて13勝2敗の好成績を挙げ、全盛期の横綱・朝青龍と優勝決定戦を争った。惜しくも敗れて優勝同点となったものの、その堂々たる戦いぶりが高く評価され、殊勲賞と敢闘賞をダブル受賞している。この活躍により、続く同年7月場所では自己最高位となる西関脇へと昇進を果たした。
大怪我による引退と「筋肉親方」
その後も長きにわたり気迫あふれる相撲を見せ続けたが、晩年は怪我に苦しめられた。平成22年(2010年)9月場所での取組中に脳震盪で倒れるアクシデントに見舞われ、途中休場を余儀なくされる。翌場所以降も連続休場となったことで、平成23年(2011年)5月場所(技量審査場所)には幕下へ陥落してしまう。
10年前から痛めていた首の状態が限界に達し、医師から相撲をやめるよう進言されたこともあり、同年5月14日に現役引退を発表。引退後は年寄「谷川」を襲名した。現役時代は土俵上で感情を出さないポーカーフェイスとして知られていたが、引退後にNHKの大相撲中継で解説を務めると、筋肉への並々ならぬこだわりと巧みな話術を披露。「筋肉親方」の愛称でファンから広く親しまれる存在となった。長く八角部屋で指導にあたっていたが、平成30年(2018年)6月には自身が初土俵を踏んだ古巣の九重部屋へと転籍し、現在も裏方として若い力士たちの育成に情熱を注いでいる。
- 四股名
- 北勝力 英樹 (ほくとうりき ひでき)
- 最高位
- 関脇
- 年寄名跡
- 13代谷川 英樹(八角) → 13代谷川 英樹(九重)
- 出身地
- 東京都大田区 → 栃木県那須郡黒羽町 → 栃木県大田原市
- 本名
- 木村 英樹
- 生年月日
- 昭和52年(1977)10月31日(48歳)
- 所属部屋
- 九重 → 八角部屋
- 改名歴
- 北勝力 英樹
- 初土俵
- 平成5年(1993)3月 前相撲(15歳4ヶ月)
- 新十両
- 平成14年(2002)1月(所要53場所)
- 24歳2ヶ月(初土俵から8年10ヶ月)
- 新入幕
- 平成14年(2002)5月(所要55場所)
- 24歳6ヶ月(初土俵から9年2ヶ月)
- 新関脇
- 平成16年(2004)7月(所要68場所)
- 26歳8ヶ月(初土俵から11年4ヶ月)
- 最終場所
- 平成23年(2011)5月場所(33歳6ヶ月)
- 大相撲歴
- 109場所(18年2ヶ月)
- 通算成績
- 573勝566敗53休1137出場(勝率.504)
- 通算109場所
- 勝ち越し60場所(勝ち越し率.556)(勝ち越し星198)
- 優勝等
- 幕内(同点1 次点2),三段目優勝1回
- 受賞・金星
- 殊勲賞1回,敢闘賞3回,金星1個(朝青龍1個)
- 持給金
- 112円(勝ち越し星198個 金星1個)
- 幕内戦歴
- 329勝383敗23休710出場(勝率.463)
- 在位49場所(在位率.450)
- 勝ち越し24場所(勝ち越し率.490)
- 三役戦歴
- 3勝12敗0休15出場(勝率.200)
- 在位1場所(在位率.009)
- 勝ち越し0場所(勝ち越し率.000)
- 関脇戦歴
- 3勝12敗0休15出場(勝率.200)
- 在位1場所(在位率.009)
- 勝ち越し0場所(勝ち越し率.000)
- 前頭戦歴
- 326勝371敗23休695出場(勝率.469)
- 在位48場所(在位率.440)
- 勝ち越し24場所(勝ち越し率.500)
- 十両戦歴
- 47勝28敗15休75出場(勝率.627)
- 在位6場所(在位率.055)
- 勝ち越し4場所(勝ち越し率.667)
- 関取戦歴
- 376勝411敗38休785出場(勝率.479)
- 在位55場所(在位率.505)
- 勝ち越し28場所(勝ち越し率.509)
- 幕下以下歴
- 197勝155敗15休352出場(勝率.560)
- 在位53場所(在位率.486)
- 勝ち越し32場所(勝ち越し率.604)
北勝力 英樹の更に詳細なデータは力士名鑑で!
名鑑ページでは、以下のような詳細な分析データをはじめ、豊富な表やグラフをご覧いただけます。
- ✅ 勝った決まり手1位:押し出し(199回 / 34.7%)
- ✅ 負けた決まり手1位:寄り切り(167回 / 29.5%)
- ✅ 得意な相手:普天王(13勝3敗 / 勝率.812)
- ✅ 苦手な相手:琴欧洲(0勝13敗 / 勝率.000)
隠岐の海 歩
隠岐の海 歩 (おきのうみ あゆみ)は島根県隠岐郡隠岐の島町出身、八角部屋の元力士で、最高位は関脇。
平成17年(2005)1月場所に19歳5ヶ月で初土俵を踏み、令和5年(2023)1月場所を最後に引退(37歳5ヶ月)。
通算成績は674勝675敗32休1344出場。生涯勝率.501。通算107場所中、61場所を勝ち越した(勝ち越し率.575)。
主な成績は幕内(次点3)、幕下優勝1回、殊勲賞1回、敢闘賞4回、金星4個(日馬富士3個、鶴竜1個)。
昭和60年(1985)7月29日生まれ。本名は福岡 歩。
恵まれた体格と端正な顔立ちから高い人気を集め、右四つからの力強い相撲で長年にわたり上位戦線で活躍した隠岐の海は、島根県出身力士として88年ぶりとなる新入幕を果たした名力士である。天性の相撲センスと不屈の闘志で土俵を務め上げ、引退後は日本相撲協会に残って後進の指導にあたっている。
航海士からの転身と八角部屋入門
島根県隠岐郡隠岐の島町に生まれ、島根県立隠岐水産高校を卒業。その後は航海士を目指して同校の専攻科へ進学し、実習船での航海も経験したが、集団生活に馴染めず専攻科を中退した。進路に思い悩んでいた頃、8代八角(第61代横綱・北勝海)が高校の後輩にあたる竹谷(のちの元幕下・隠岐の富士)をスカウトするために島を訪れ、その食事会に知人から誘われて同席する。そこで関係者から熱心な勧誘を受け、「もう一度夢を見たい」と一念発起し、八角部屋への入門を決断。平成17年(2005年)1月場所において本名の「福岡」で初土俵を踏んだ。
新十両昇進と四股名の変遷
長身と長いリーチを生かした右四つからの力強い寄りや上手投げを武器に各段を駆け上がり、平成21年(2009年)1月場所において東幕下筆頭の地位で7戦全勝の幕下優勝を飾り、新十両昇進を決める。この十両昇進を機に、故郷である隠岐の島にちなんだ「隠岐の海」へと四股名を改名した。なお、新十両から2場所で幕下へ陥落した際に一時的に本名の「福岡」へ四股名を戻したが、1場所で十両へ復帰し、再び「隠岐の海」を名乗っている。
88年ぶりの快挙と上位での活躍
再び関取の座を掴むとさらに番付を上げ、平成22年(2010年)3月場所において新入幕を果たした。島根県出身力士の新入幕は実に88年ぶりのことであり、郷土の期待を背負う力士として大きな話題を呼んだ。
幕内でも持ち前の実力を遺憾なく発揮し、平成23年(2011年)1月場所では11勝4敗で優勝力士に次ぐ好成績を挙げて自身初となる三賞(敢闘賞)を受賞した。平成25年(2013年)3月場所でも11勝4敗で優勝力士に次ぐ成績を残すなど、常に上位陣を脅かす存在感を示した。横綱から通算4個の金星を獲得し、平成27年(2015年)3月場所では自己最高位となる西関脇へと昇進を果たしている。
天性の素質と晩年の変化
四つに組んだ際の柔らかさと天性の相撲センスは群を抜いており、元横綱・北の富士からは「師匠の3分の1の稽古で横綱になれる大器」「やる気になれば1年で大関になれる」と絶賛されるほどであった。その一方で筋金入りの稽古嫌いとしても知られており、同氏から「いろんな弟子を見たが、あんなに稽古をやらない奴は見たことがない」と嘆かれるなど、愛憎入り交じる評価を受けていた。しかし、現役の終盤にはその姿勢にも変化が現れる。他の関取の躍進に刺激を受けて稽古場に下りる回数が増え、弟弟子の相手を務めて熱心に胸を出すなど、部屋を牽引するベテランとしての自覚を見せた。
現役引退と指導者への道
長く幕内の土俵で激闘を繰り広げたが、晩年は度重なる怪我に苦しめられた。西前頭12枚目で迎えた令和5年(2023年)1月場所の途中(6日目)に現役引退を発表した。初土俵から107場所にわたり相撲を取り続け、そのうち実に75場所を幕内で務め上げた、約18年間の輝かしい歩みであった。
引退後は年寄「13代君ヶ濱」を襲名し、引き続き八角部屋に所属している。自身の引退相撲の際には「内弟子第1号は隠岐の島からと決めている」と語るなど、故郷からの力士発掘にも強い意欲を示した。天性の相撲センスで土俵を沸かせた名力士の経験は、指導者となった現在も若い力士たちへと受け継がれている。
- 四股名
- 隠岐の海 歩 (おきのうみ あゆみ)
- 最高位
- 関脇
- 年寄名跡
- 13代君ヶ濱 歩(八角)
- 出身地
- 島根県隠岐郡隠岐の島町
- 本名
- 福岡 歩
- 生年月日
- 昭和60年(1985)7月29日(40歳)
- 出身高校
- 隠岐水産高校
- 所属部屋
- 八角部屋
- 改名歴
- 福岡 歩 → 隠岐の海 歩 → 福岡 歩 → 隠岐の海 歩
- 初土俵
- 平成17年(2005)1月 前相撲(19歳5ヶ月)
- 新十両
- 平成21年(2009)3月(所要25場所)
- 23歳7ヶ月(初土俵から4年2ヶ月)
- 新入幕
- 平成22年(2010)3月(所要31場所)
- 24歳7ヶ月(初土俵から5年2ヶ月)
- 新小結
- 平成25年(2013)5月(所要49場所)
- 27歳9ヶ月(初土俵から8年4ヶ月)
- 新関脇
- 平成27年(2015)3月(所要60場所)
- 29歳7ヶ月(初土俵から10年2ヶ月)
- 最終場所
- 令和5年(2023)1月場所(37歳5ヶ月)
- 大相撲歴
- 107場所(18年0ヶ月)
- 通算成績
- 674勝675敗32休1344出場(勝率.501)
- 通算107場所
- 勝ち越し61場所(勝ち越し率.575)(勝ち越し星185)
- 優勝等
- 幕内(次点3),幕下優勝1回
- 受賞・金星
- 殊勲賞1回,敢闘賞4回,金星4個(日馬富士3個、鶴竜1個)
- 持給金
- 156円(勝ち越し星185個 金星4個)
- 幕内戦歴
- 517勝567敗32休1079出場(勝率.479)
- 在位75場所(在位率.701)
- 勝ち越し37場所(勝ち越し率.493)
- 三役戦歴
- 41勝68敗11休108出場(勝率.380)
- 在位8場所(在位率.075)
- 勝ち越し1場所(勝ち越し率.125)
- 関脇戦歴
- 5勝14敗11休18出場(勝率.278)
- 在位2場所(在位率.019)
- 勝ち越し0場所(勝ち越し率.000)
- 小結戦歴
- 36勝54敗0休90出場(勝率.400)
- 在位6場所(在位率.056)
- 勝ち越し1場所(勝ち越し率.167)
- 前頭戦歴
- 476勝499敗21休971出場(勝率.490)
- 在位67場所(在位率.626)
- 勝ち越し36場所(勝ち越し率.537)
- 十両戦歴
- 47勝43敗0休90出場(勝率.522)
- 在位6場所(在位率.056)
- 勝ち越し4場所(勝ち越し率.667)
- 関取戦歴
- 564勝610敗32休1169出場(勝率.482)
- 在位81場所(在位率.757)
- 勝ち越し41場所(勝ち越し率.506)
- 幕下以下歴
- 110勝65敗0休175出場(勝率.629)
- 在位25場所(在位率.234)
- 勝ち越し20場所(勝ち越し率.800)
隠岐の海 歩の更に詳細なデータは力士名鑑で!
名鑑ページでは、以下のような詳細な分析データをはじめ、豊富な表やグラフをご覧いただけます。
- ✅ 勝った決まり手1位:寄り切り(232回 / 34.4%)
- ✅ 負けた決まり手1位:寄り切り(229回 / 33.9%)
- ✅ 得意な相手:明生(10勝2敗 / 勝率.833)
- ✅ 苦手な相手:白鵬(1勝24敗 / 勝率.040)
海鵬 涼至
- 四股名 :海鵬 涼至(かいほう りょうじ)
- 最高位 :小結
- 年寄名跡:12代谷川
- 出身地 :青森県西津軽郡深浦町
- 本 名 :熊谷 涼至
- 生年月日:昭和48年(1973)4月17日
- 出身大学:日本大学
- 所属部屋:八角部屋
- 改名歴 :熊谷⇒海鵬
- 初土俵 :平成8年(1996)1月・幕下60付出(22歳9ヵ月)
- 新十両 :平成9年(1997)5月(24歳1ヵ月)
- 新入幕 :平成10年(1998)5月(25歳1ヵ月)
- 新三役 :平成13年(2001)11月(28歳7ヵ月)
- 最終場所:平成22年(2010)7月(37歳3ヵ月)
- 生涯戦歴:572勝637敗36休/1207出場(88場所)
- 生涯勝率:47.3%
- 優勝等 :幕下優勝1回(同点1)
- 成 績 :技能賞2回,金星1個
- 幕内戦歴:326勝377敗32休(49場所)勝率:46.4%
- 小結:5勝10敗(1場所)勝率:33.3%
- 前頭:321勝367敗32休(48場所)勝率:46.7%
- 十両戦歴:210勝240敗(30場所)勝率:46.7%
北勝富士 大輝
北勝富士 大輝 (ほくとふじ だいき)は埼玉県所沢市出身、八角部屋の元力士で、最高位は小結。
平成27年(2015)3月場所に22歳8ヶ月で初土俵を踏み、令和7年(2025)5月場所を最後に引退(32歳10ヶ月)。
通算成績は424勝368敗39休786出場。生涯勝率.539。通算61場所中、30場所を勝ち越した(勝ち越し率.500)。
主な成績は幕内(同点1 次点1)、十両優勝1回、三段目優勝1回、序二段優勝1回、敢闘賞1回、技能賞2回、金星7個(鶴竜2個、日馬富士1個、稀勢の里2個、白鵬2個)。
平成4年(1992)7月15日生まれ。本名は中村 大輝。
付出資格を二度失効してでも両親への感謝から大学卒業を選び、前相撲から這い上がった北勝富士は、気迫あふれる突き押しと上位キラーとしての勝負強さで土俵を沸かせた名力士である。玄人好みの相撲を追い求め、不屈の闘志で幕内上位を張り続けたその歩みは、多くの相撲ファンの記憶に刻まれている。
二度の付出資格取得と前相撲からの出発
埼玉県所沢市で育ち、相撲の強豪である埼玉栄高校から日本体育大学へ進学。大学2年次には全国学生相撲選手権大会で個人優勝を果たして「学生横綱」のタイトルを獲得し、大相撲の幕下15枚目格付出資格を取得した。さらに3年次にも国民体育大会相撲競技の成年個人の部で優勝し、同資格を再取得するなど、アマチュア時代に輝かしい実績を残した。
これらの実績によりプロ入りの道が開かれていたものの、大学まで通わせてくれた両親への感謝や、履修中だった教職課程への思いから中退はせず、大学卒業を優先した。これにより有効期限が1年であった付出資格は失効。最終的に大学では個人タイトル13冠となったが、4年次には要件となるタイトルを獲得できなかったため、結果として二度得た権利を失効することとなる。それでも「後悔はない。4年間大学に通わせてくれた両親に感謝です」と語り、卒業後は8代八角(第61代横綱・北勝海)が率いる八角部屋の門を叩き、平成27年(2015年)3月場所に前相撲から初土俵を踏んだ。
各段優勝と新入幕・改名
本名の「大輝」で土俵に上がると、アマチュア横綱級の実力を遺憾なく発揮する。同年7月場所で序二段優勝、続く9月場所で三段目優勝を飾るなど、持ち前の強烈な馬力で番付を駆け上がった。平成28年(2016年)7月場所で新十両に昇進すると、翌9月場所では12勝3敗の好成績を挙げて十両優勝を果たす。
続く11月場所での新入幕を機に「北勝富士」へと改名した。この四股名は、師匠の現役時代の四股名「北勝海」から「北勝」を、その北勝海の師匠にあたる第52代横綱・北の富士(12代九重)から「富士」を頂いたもので、大きな期待が込められていることが分かる。
気迫のルーティンと歴史的快挙
幕内の土俵では、立ち合い前に自らの顔を両手で激しく張り手をして気合いを入れる独特のルーティンと、豪快な塩撒きで館内を大いに沸かせた。その気迫のままに放たれる強烈な突き押し相撲は、上位陣の大きな脅威となる。横綱陣から通算7個の金星を獲得するなど「上位キラー」として存在感を示し、平成31年(2019年)3月場所では新小結に昇進した。
埼玉県出身力士としての新三役昇進は、昭和34年(1959年)3月場所の若秩父以来となる、戦後3人目・実に60年ぶりの歴史的快挙であった。
優勝同点の大熱戦と土俵への別れ
土俵人生のハイライトの一つとなったのが、西前頭9枚目で迎えた令和5年(2023年)7月場所である。初日から白星を重ねて優勝争いの単独トップを走り、12勝3敗の好成績で優勝決定戦へと進出した。決定戦では豊昇龍に敗れて優勝同点となったものの、その堂々たる戦いぶりは高く評価され、敢闘賞を受賞している。
その後は両膝などの度重なる怪我に苦しめられ、令和7年(2025年)1月場所の全休を皮切りに十両、さらには幕下へと番付を落とし、同年5月場所を最後に現役引退を発表。引退後は年寄「大山」を襲名した。愚直なまでに突き押しを貫き、玄人好みの相撲を体現したその土俵態度は、指導者となった現在も八角部屋の若い力士たちへと受け継がれている。
- 四股名
- 北勝富士 大輝 (ほくとふじ だいき)
- 最高位
- 小結
- 年寄名跡
- 14代大山 大輝(八角)
- 出身地
- 埼玉県所沢市
- 本名
- 中村 大輝
- 生年月日
- 平成4年(1992)7月15日(33歳)
- 出身高校
- 埼玉栄高校
- 出身大学
- 日本体育大学
- 所属部屋
- 八角部屋
- 改名歴
- 大輝 明道 → 北勝富士 大輝
- 初土俵
- 平成27年(2015)3月 前相撲(22歳8ヶ月)
- 新十両
- 平成28年(2016)7月(所要8場所)
- 24歳0ヶ月(初土俵から1年4ヶ月)
- 新入幕
- 平成28年(2016)11月(所要10場所)
- 24歳4ヶ月(初土俵から1年8ヶ月)
- 新小結
- 平成31年(2019)3月(所要24場所)
- 26歳8ヶ月(初土俵から4年0ヶ月)
- 最終場所
- 令和7年(2025)5月場所(32歳10ヶ月)
- 大相撲歴
- 61場所(10年2ヶ月)
- 通算成績
- 424勝368敗39休786出場(勝率.539)
- 通算61場所
- 勝ち越し30場所(勝ち越し率.500)(勝ち越し星130)
- 優勝等
- 幕内(同点1 次点1),十両優勝1回,三段目優勝1回,序二段優勝1回
- 受賞・金星
- 敢闘賞1回,技能賞2回,金星7個(鶴竜2個、日馬富士1個、稀勢の里2個、白鵬2個)
- 持給金
- 138円(勝ち越し星130個 金星7個)
- 幕内戦歴
- 360勝338敗37休693出場(勝率.519)
- 在位49場所(在位率.803)
- 勝ち越し21場所(勝ち越し率.429)
- 三役戦歴
- 23勝37敗0休60出場(勝率.383)
- 在位4場所(在位率.066)
- 勝ち越し0場所(勝ち越し率.000)
- 小結戦歴
- 23勝37敗0休60出場(勝率.383)
- 在位4場所(在位率.066)
- 勝ち越し0場所(勝ち越し率.000)
- 前頭戦歴
- 337勝301敗37休633出場(勝率.532)
- 在位45場所(在位率.738)
- 勝ち越し21場所(勝ち越し率.467)
- 十両戦歴
- 25勝20敗0休44出場(勝率.568)
- 在位3場所(在位率.049)
- 勝ち越し2場所(勝ち越し率.667)
- 関取戦歴
- 385勝358敗37休737出場(勝率.522)
- 在位52場所(在位率.852)
- 勝ち越し23場所(勝ち越し率.442)
- 幕下以下歴
- 39勝10敗2休49出場(勝率.796)
- 在位8場所(在位率.131)
- 勝ち越し7場所(勝ち越し率.875)
北勝富士 大輝の更に詳細なデータは力士名鑑で!
名鑑ページでは、以下のような詳細な分析データをはじめ、豊富な表やグラフをご覧いただけます。
- ✅ 勝った決まり手1位:押し出し(200回 / 47.1%)
- ✅ 負けた決まり手1位:押し出し(93回 / 25.2%)
- ✅ 得意な相手:碧山(16勝3敗 / 勝率.842)
- ✅ 苦手な相手:正代(4勝14敗 / 勝率.222)
北の若 大輔
北の若 大輔(きたのわか だいすけ)は山形県 酒田市出身、八角部屋の力士で最高位は前頭14枚目。令和8年5月場所の番付は西 十両5枚目。
酒田市立宮野浦小学校の3年次から地元の酒田相撲教室に通い始めて相撲の基礎を学んだ。4年次からは3年連続でわんぱく相撲全国大会に出場する活躍を見せ、4年次には全国3位、6年次には全国2位に輝くなど、早くから全国トップクラスの実力を誇っていた。
中学校卒業後は、さらなる高みを目指して相撲の名門である埼玉栄高校へと相撲留学する。3年次には高校総体の個人戦で優勝して高校横綱のタイトルを獲得したほか、高校総体の団体優勝、国体の個人・団体優勝、全日本選手権への出場など輝かしい実績を残した。
高校横綱の栄光と八角部屋入門
小学生時代に同部屋へ宿泊した際に大岩戸ら関係者に優しくしてもらった思い出や、8代八角(元横綱・北勝海)の師匠にあたる第52代横綱・北の富士の親族が酒田市で営むちゃんこ料理店で、北の富士本人から直接声を掛けられた縁から、八角部屋への入門を決意した。平成31年(2019年)3月場所に、北の富士にちなんで命名された「北の若」の四股名で初土俵を踏んだ。
鳴り物入りで角界入りしたが、すぐにプロの壁に直面する。序二段では大学出身の実力者や相撲未経験者の力士にも敗れ、高校横綱経験者が序二段で2敗を喫し、さらに2場所以上にわたり在位するという史上初の屈辱を味わった。三段目でも優勝決定の7番相撲で敗れるなど、もどかしい足踏みが続いた。
プライドの呪縛とプロの壁
入門当初は差しに行ったり、変化気味に深い上手を取りに行ったりする安易な相撲が目立っていた。師匠の8代八角からは「高校横綱としてのプライドが邪魔をして、前に出る押し相撲の重要性を理解するのに2年かかった」と指摘されるほどであったが、部屋の厳しい指導によって次第に前に出る相撲へとモデルチェンジしていった。
前へ出る相撲に徹するようになると着実に星を伸ばし、令和3年(2021年)11月場所に念願の新十両昇進を決めた。酒田市からの関取昇進は史上4人目であり、入門の世話をした大師匠の北の富士からは「努力すれば普通に三役になれる」と大きな期待を寄せられた。
足踏みと北の富士からの辛口エール
しかし十両昇進後もプロの壁に苦しみ、実に11場所にわたって足踏み状態が続いた。北の富士からもその停滞ぶりを嘆かれていたが、令和5年(2023年)9月場所で勝ち越して翌11月場所でついに新入幕を果たした。酒田市からの幕内昇進は史上2人目であったが、入幕の報告を受けた北の富士からは「遅い」と辛口の激励を受けている。
新入幕の場所は5勝10敗と負け越し、1場所で十両へと陥落する。その後も幕内への復帰と十両陥落を繰り返すなど、上位の分厚い壁に跳ね返される苦しい土俵が続いていた。
大師匠への誓いと大怪我からの復活
幕内定着を目指す中、令和6年(2024年)11月場所中に自身を気にかけてくれた北の富士がこの世を去る。北の富士の命日は奇しくも北の若の誕生日であり、場所後に地元で開催された激励会で「亡くなった日は自分の誕生日でもあり、何かメッセージを残してくれたように感じる。来年は幕内で初めての勝ち越しを地元に届けたい」と恩返しへの強い決意を語った。
その誓いを胸に、令和7年(2025年)1月場所で4度目の入幕を果たし、序盤は4勝3敗と白星を先行させた。しかし、中日の取組で敗れた際に右腓骨骨幹部を骨折する大怪我を負い、無念の途中休場を余儀なくされてしまう。
この深刻な怪我の影響は長引き、続く同年3月場所を全休したことで幕下へと陥落する。東幕下筆頭で迎えた同年5月場所でも抜け抜けの星から13日目に敗れて負け越すなど、関取復帰を逃す大きな試練を味わった。
それでも決して腐ることなく土俵に立ち続け、同年7月場所で勝ち越しを決めると、続く9月場所では西幕下筆頭の地位で5勝2敗の好成績を収め、4場所ぶりとなる十両復帰を果たした。高校横綱のプライドを捨てて身につけた相撲と、亡き大師匠への報恩の思いを胸に、持ち前のスケールの大きな相撲で幕内への定着を目指して奮闘を続けている。
- 四股名
- 北の若 大輔(きたのわか だいすけ)
- 最高位
- 前頭14枚目
- 最新番付
- 西 十両5枚目
- 出身地
- 山形県 酒田市
- 本名
- 齋藤 大輔
- 生年月日
- 平成12年(2000)11月12日(25歳)
- 身長・体重
- 191cm・161kg
- 出身高校
- 埼玉栄高校
- 所属部屋
- 八角部屋
- 初土俵
- 平成31年(2019)3月(18歳4ヵ月)
- 新十両
- 令和4年(2022)1月(21歳2ヵ月)
- 新入幕
- 令和5年(2023)11月(23歳0ヵ月)
- 優勝
- 無し
- 通算成績
- 252勝206敗28休/455出場(勝率:55.4%)
- 直近7場所
- 32勝28敗(幕下以下:12勝9敗)
- 7場所勝率
- 54.3%
- 得意技
- 突っ張り・右四つ・寄り・上手投げ
- 令8年5月
- 西 十両5枚目(3枚上昇)
- 8勝7敗
- ○●●●●|○○●○○|●●○○○
-
取組詳細(対戦相手・決まり手)
- 1日目〇東十両5 友風
- 2日目●西十両6 明生
- 3日目●東十両6 一意
- 4日目●西十両4 朝翠龍
- 5日目●東十両7 輝
- 6日目〇西十両7 寿之富士
- 7日目〇東十両3 出羽ノ龍
- 8日目●東十両8 湘南乃海
- 9日目〇西十両筆頭 大青山
- 10日目〇東十両筆頭 阿武剋
- 11日目●西十両2 尊富士
- 12日目●東十両2 佐田の海
- 13日目〇西十両3 羽出山
- 14日目〇東十両4 旭海雄
- 15日目〇東十両14 栃大海
- 令8年3月
- 西 十両8枚目(変動なし)
- 9勝6敗
- ●○○○○|○●○●●|○●○○●
-
取組詳細(対戦相手・決まり手)
- 1日目●叩き込み東十両9 玉正鳳
- 2日目〇押し出し西十両9 羽出山
- 3日目〇寄り切り東十両10 出羽ノ龍
- 4日目〇寄り切り東十両8 湘南乃海
- 5日目〇押し倒し西十両7 旭海雄
- 6日目〇押し出し東十両5 輝
- 7日目●押し出し西十両6 嘉陽
- 8日目〇突き出し西十両10 東白龍
- 9日目●突き落とし東十両7 明生
- 10日目●寄り切り東十両11 一意
- 11日目〇叩き込み東十両14 風賢央
- 12日目●叩き込み西十両11 寿之富士
- 13日目〇突き出し西十両12 剣翔
- 14日目〇押し出し東十両4 西ノ龍
- 15日目●寄り切り東十両2 朝翠龍
- 令8年1月
- 西 十両8枚目(3枚半上昇)
- 7勝8敗
- ●○○○●|○●●●●|●●○○○
-
取組詳細(対戦相手・決まり手)
- 1日目●寄り倒し東十両8 明生
- 2日目〇叩き込み東十両7 栃大海
- 3日目〇小手投げ西十両7 朝翠龍
- 4日目〇突き出し東十両6 荒篤山
- 5日目●押し出し西十両9 嘉陽
- 6日目〇寄り倒し西十両6 西ノ龍
- 7日目●寄り切り西十両12 旭海雄
- 8日目●送り引き落とし東十両12 錦木
- 9日目●掬い投げ東十両4 佐田の海
- 10日目●寄り切り西十両13 出羽ノ龍
- 11日目●押し出し東十両13 英乃海
- 12日目●突き落とし西十両14 一意
- 13日目〇叩き込み西十両2 輝
- 14日目〇寄り切り西十両4 湘南乃海
- 15日目〇突き落とし西十両3 白熊
▼ さらに過去の成績(4場所分)を見る
- 令7年11月
- 東 十両12枚目(3枚半上昇)
- 8勝7敗
- ○●○●●|○○○○●|○●●○●
-
取組詳細(対戦相手・決まり手)
- 1日目〇押し出し西十両11 剣翔
- 2日目●叩き込み東十両11 玉正鳳
- 3日目〇押し出し西十両10 東白龍
- 4日目●寄り切り東十両14 紫雷
- 5日目●押し出し西十両13 藤凌駕
- 6日目〇叩き込み西十両14 若ノ勝
- 7日目〇押し出し東十両10 白鷹山
- 8日目〇押し出し東十両8 嘉陽
- 9日目〇押し出し西十両9 西ノ龍
- 10日目●押し出し西十両7 白熊
- 11日目〇上手投げ東十両13 日向丸
- 12日目●引き落とし東十両9 英乃海
- 13日目●寄り切り西十両12 朝翠龍
- 14日目〇叩き込み東十両4 輝
- 15日目●上手出し投げ西十両4 朝乃山
- 令7年9月
- 西 幕下筆頭(2枚上昇)
- 5勝2敗
- ○-○-○|-○-○-|●-●--
-
取組詳細(対戦相手・決まり手)
- 1日目〇寄り切り東幕下筆頭 大奄美
- 2日目-
- 3日目〇寄り切り西幕下2 長村
- 4日目-
- 5日目〇突き落とし西幕下3 若ノ勝
- 6日目-
- 7日目〇寄り切り西幕下5 五島
- 8日目-
- 9日目〇寄り倒し西幕下14 琴挙龍
- 10日目-
- 11日目●押し出し東幕下20 島津海
- 12日目-
- 13日目●上手投げ東十両12 宝富士
- 14日目-
- 15日目-
- 令7年7月
- 西 幕下3枚目(2枚半降下)
- 4勝3敗
- -●○-○|-○○--|●---●
-
取組詳細(対戦相手・決まり手)
- 1日目-
- 2日目●寄り切り東幕下2 石崎
- 3日目〇叩き込み東幕下4 聖富士
- 4日目-
- 5日目〇寄り切り西幕下4 出羽ノ龍
- 6日目-
- 7日目〇上手投げ西幕下筆頭 朝乃山
- 8日目〇寄り切り東十両12 志摩ノ海
- 9日目-
- 10日目-
- 11日目●掬い投げ西幕下10 上戸
- 12日目-
- 13日目-
- 14日目-
- 15日目●寄り倒し西十両13 大奄美
- 令7年5月
- 東 幕下筆頭
- 3勝4敗
- ●-○-●|-○-●-|○-●--
-
取組詳細(対戦相手・決まり手)
- 1日目●押し出し西十両14 夢道鵬
- 2日目-
- 3日目〇突き落とし西幕下2 出羽ノ龍
- 4日目-
- 5日目●掛け投げ西幕下筆頭 天空海
- 6日目-
- 7日目〇送り出し東幕下6 大翔鵬
- 8日目-
- 9日目●寄り切り東幕下5 旭海雄
- 10日目-
- 11日目〇引き落とし東十両14 三田
- 12日目-
- 13日目●押し出し東十両13 宮乃風
- 14日目-
- 15日目-
大岩戸 義之
平成29年5月場所では36歳0ヶ月の戦後最年長記録で幕下初優勝を果たした
- 四股名 :大岩戸 義之(おおいわと よしゆき)
- 最高位 :前頭16枚目
- 出身地 :山形県鶴岡市
- 本 名 :上林 義之
- 生年月日:昭和56年(1981)5月18日
- 出身高校:加茂水産高校
- 出身大学:近畿大学
- 所属部屋:八角部屋
- 改名歴 :上林⇒大岩戸
- 初土俵 :平成16年(2004)3月・幕下15付出(22歳10ヵ月)
- 新十両 :平成17年(2005)5月(24歳0ヵ月)
- 新入幕 :平成25年(2013)3月(31歳10ヵ月)
- 最終場所:平成30年(2018)5月(37歳0ヵ月)
- 生涯戦歴:383勝393敗4休/775出場(85場所)
- 生涯勝率:49.4%
- 優勝等 :幕下優勝1回
- 幕内戦歴:5勝10敗(1場所)勝率:33.3%
- 十両戦歴:150勝195敗(23場所)勝率:43.5%
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