東京都出身の力士一覧!過去から現在、東京の主な関取を網羅しました

東京出身の過去から現在までの主な力士をご紹介する東京都の大相撲力士まとめ!この記事では東京出身の関取を中心に、東京の郷土力士をご紹介していきます。

過去の力士については最高位や改名歴、初土俵や各段の昇進時期と最終場所、さらに生涯戦歴と生涯勝率、成績等を中心にご紹介していきます。また、現役力士については最高位と昇進時期、主な成績などを載せています。

なお、年寄名跡欄のマークは、その代で師匠(部屋持ち親方)になったことがあるという意味です。

現役の東京都出身力士の最新番付や成績、詳細なデータをご覧になりたい方はこちら




相撲部屋や出身地ごとの場所の成績からランキングを作成しております。初場所、好調な相撲部屋や力士の出身地はどこ?

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★ 東京都での巡業予定

東京都巡業 立川市(8/30)

「大相撲立川立飛場所」
開催日時:2026年8月30日(日)
巡業会場:アリーナ立川立飛(地図)
住  所:東京都立川市泉町500番4

公式サイト・関連情報

チケット購入方法等

現在、チケット情報は未定または準備中です。

公演などに関するお問い合わせ先

大相撲立川立飛場所実行員会

  • TEL:042-536-1111
  • 平日9:00~16:30

東京出身の優勝力士

優勝制度が制定された明治42年(1909)6月場所以降、東京出身の幕内最高優勝力士は7人が誕生しています。総優勝回数は48回にもなります。

東京出身初優勝はいつで誰?

東京出身力士で初の優勝は、昭和3年(1928)1月場所で東大関だった常陸岩でした。その後は東富士と栃錦の時代が訪れ、やがて平成の頃になると貴乃花と若乃花兄弟による快進撃が始まり一時代を築き上げたのでした。

東京都出身の優勝力士一覧

では東京都出身の幕内優勝力士を年月順で一覧表にして見てみましょう。

四股名 優勝場所 回数 優勝時の番付 部屋 出身地 最高位 成績 四股名 備考
1 常陸岩 昭和3年1月 東大関 出羽海 東京都 大関 10勝1敗 常陸岩
2 東冨士 昭和23年5月 西大関2 高砂 東京都 40代横綱 10勝1敗 東冨士
3 東冨士 昭和24年1月 2回目 西横綱(張出) 高砂 東京都 40代横綱 10勝2敗1分 東冨士
4 東冨士 昭和25年5月 3回目 西横綱 高砂 東京都 40代横綱 14勝1敗 東冨士
5 東冨士 昭和26年9月 4回目 東横綱 高砂 東京都 40代横綱 13勝1敗1預 東冨士
6 東富士 昭和27年5月 5回目 西横綱(張出) 高砂 東京都 40代横綱 13勝2敗 東富士
7 栃錦 昭和27年9月 西関脇 春日野 東京都 44代横綱 14勝1敗 栃錦
8 栃錦 昭和28年3月 2回目 東大関 春日野 東京都 44代横綱 14勝1敗 栃錦
9 東富士 昭和28年9月 6回目 西横綱 高砂 東京都 40代横綱 14勝1敗 東富士
10 三根山 昭和29年3月 東大関 高島
(現・友綱)
東京都 大関 12勝3敗 三根山
11 栃錦 昭和29年5月 3回目 西大関 春日野 東京都 44代横綱 14勝1敗 栃錦
12 栃錦 昭和29年9月 4回目 東大関 春日野 東京都 44代横綱 14勝1敗 栃錦
13 栃錦 昭和30年5月 5回目 西横綱 春日野 東京都 44代横綱 14勝1敗 栃錦
14 栃錦 昭和32年9月 6回目 東横綱 春日野 東京都 44代横綱 13勝2敗 栃錦
15 栃錦 昭和33年5月 7回目 東横綱(張出) 春日野 東京都 44代横綱 14勝1敗 栃錦
16 栃錦 昭和34年3月 8回目 西横綱 春日野 東京都 44代横綱 14勝1敗 栃錦
17 栃錦 昭和34年7月 9回目 東横綱 春日野 東京都 44代横綱 15勝0敗 栃錦
18 栃錦 昭和35年1月 10回目 東横綱 春日野 東京都 44代横綱 14勝1敗 栃錦
19 貴花田 平成4年1月 東前頭2枚目 藤島
(貴乃花2018)
東京都 関脇 14勝1敗 貴花田
20 貴花田 平成4年9月 2回目 西小結 藤島
(貴乃花2018)
東京都 関脇 14勝1敗 貴花田
21 若花田 平成5年3月 東小結 二子山
(貴乃花2018)
東京都 小結 14勝1敗 若花田
22 貴ノ花 平成5年5月 3回目 東大関 二子山
(貴乃花2018)
東京都 大関 14勝1敗 貴ノ花
23 貴ノ花 平成6年1月 4回目 西大関 二子山
(貴乃花2018)
東京都 大関 14勝1敗 貴ノ花
24 貴ノ花 平成6年5月 5回目 西大関 二子山
(貴乃花2018)
東京都 大関 14勝1敗 貴ノ花
25 貴ノ花 平成6年9月 6回目 西大関2 二子山
(貴乃花2018)
東京都 大関 15勝0敗 貴ノ花
26 貴乃花 平成6年11月 7回目 東大関 二子山
(貴乃花2018)
東京都 大関 15勝0敗 貴乃花
27 貴乃花 平成7年1月 8回目 東横綱 二子山
(貴乃花2018)
東京都 65代横綱 13勝2敗 貴乃花
28 貴乃花 平成7年5月 9回目 西横綱 二子山
(貴乃花2018)
東京都 65代横綱 14勝1敗 貴乃花
29 貴乃花 平成7年7月 10回目 東横綱 二子山
(貴乃花2018)
東京都 65代横綱 13勝2敗 貴乃花
30 貴乃花 平成7年9月 11回目 東横綱 二子山
(貴乃花2018)
東京都 65代横綱 15勝0敗 貴乃花
31 若乃花 平成7年11月 2回目 西大関 二子山
(貴乃花2018)
東京都 大関 12勝3敗 若乃花
32 貴乃花 平成8年3月 12回目 東横綱 二子山
(貴乃花2018)
東京都 65代横綱 14勝1敗 貴乃花
33 貴乃花 平成8年5月 13回目 東横綱 二子山
(貴乃花2018)
東京都 65代横綱 14勝1敗 貴乃花
34 貴乃花 平成8年7月 14回目 東横綱 二子山
(貴乃花2018)
東京都 65代横綱 13勝2敗 貴乃花
35 貴乃花 平成8年9月 15回目 東横綱 二子山
(貴乃花2018)
東京都 65代横綱 15勝0敗 貴乃花
36 若乃花 平成9年1月 3回目 東大関 二子山
(貴乃花2018)
東京都 大関 14勝1敗 若乃花
37 貴乃花 平成9年3月 16回目 東横綱 二子山
(貴乃花2018)
東京都 65代横綱 12勝3敗 貴乃花
38 貴乃花 平成9年7月 17回目 東横綱 二子山
(貴乃花2018)
東京都 65代横綱 13勝2敗 貴乃花
39 貴乃花 平成9年9月 18回目 東横綱 二子山
(貴乃花2018)
東京都 65代横綱 13勝2敗 貴乃花
40 若乃花 平成10年3月 4回目 東大関2 二子山
(貴乃花2018)
東京都 大関 14勝1敗 若乃花
41 若乃花 平成10年5月 5回目 東大関 二子山
(貴乃花2018)
東京都 大関 12勝3敗 若乃花
42 貴乃花 平成10年7月 19回目 西横綱 二子山
(貴乃花2018)
東京都 65代横綱 14勝1敗 貴乃花
43 貴乃花 平成10年9月 20回目 東横綱 二子山
(貴乃花2018)
東京都 65代横綱 13勝2敗 貴乃花
44 貴乃花 平成13年1月 21回目 東横綱2 二子山
(貴乃花2018)
東京都 65代横綱 14勝1敗 貴乃花
45 貴乃花 平成13年5月 22回目 東横綱 二子山
(貴乃花2018)
東京都 65代横綱 13勝2敗 貴乃花
46 栃東(2代) 平成14年1月 西大関2 玉ノ井 東京都 大関 13勝2敗 栃東(2代)
47 栃東(2代) 平成15年11月 2回目 西大関 玉ノ井 東京都 大関 13勝2敗 栃東(2代)
48 栃東(2代) 平成18年1月 3回目 東大関2 玉ノ井 東京都 大関 14勝1敗 栃東(2代)

東京都出身の優勝力士ランキング

次は東京都出身力士の優勝回数と成績のランキングです。

順位 四股名 優勝 最高位 部屋 出身地 勝数 敗数 横綱 大関 関脇 小結 前頭
1位 貴乃花 22回 関脇 二子山
(貴乃花2018)
東京都 303勝 27敗 15回 5回 0回 1回 1回
2位 栃錦 10回 44代横綱 春日野 東京都 140勝 10敗 6回 3回 1回 0回 0回
3位 東富士 6回 40代横綱 高砂 東京都 74勝 8敗 5回 1回 0回 0回 0回
4位 若乃花 5回 小結 二子山
(貴乃花2018)
東京都 66勝 9敗 0回 4回 0回 1回 0回
5位 栃東(2代) 3回 大関 玉ノ井 東京都 40勝 5敗 0回 3回 0回 0回 0回
6位 三根山 1回 大関 友綱 東京都 12勝 3敗 0回 1回 0回 0回 0回
6位 常陸岩 1回 大関 出羽海 東京都 10勝 1敗 0回 1回 0回 0回 0回
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東京都出身の最高位:前頭

鶴渡 清治郎

東京都江東区深川出身、中立部屋の元力士で最高位は前頭筆頭。明治34年(1901)5月場所に新序として初土俵を踏み、5年後の明治39年5月場所には19歳11ヶ月の若さで新十両へと昇進、さらに明治40年5月には20歳で新入幕というスピード出世力士だった。

大関だった西ノ海(のち横綱)や大錦を倒すなど地力は三役力士級だと言われていたが、勝負に対して無頓着なところがあり勝っても負けても構わない性格だった。また稽古嫌いでも有名であり、最高位としては前頭筆頭で現役を終えた。引退後は8代荒磯を襲名し、平幕優勝を遂げた鶴ヶ濱(小結)などを育て上げた。

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  • 四股名 :鶴渡 清治郎(つるわたり せいじろう)
  • 最高位 :前頭筆頭
  • 年寄名跡:6代中立⇒8代荒磯⇒8代荒磯
  • 出身地 :東京都江東区深川
  • 本 名 :田口 清治郎
  • 生年月日:明治19年(1886)6月7日
  • 没年月日:昭和11年(1936)11月1日(享年50歳)
  • 所属部屋:中立部屋
  • 初土俵 :明治34年(1901)5月・新序(14歳11ヵ月)
  • 新十両 :明治39年(1906)5月(19歳11ヵ月)
  • 新入幕 :明治40年(1907)5月(20歳11ヵ月)
  • 最終場所:大正8年(1919)1月(32歳7ヵ月)
  • 生涯戦歴:84勝124敗18休12分7預/227出場(26場所)
  • 生涯勝率:40.4%
  • 優勝等 :なし
  • 幕内戦歴:73勝113敗18休11分5預(22場所)勝率:39.2%
  • 十両戦歴:11勝11敗1分2預(4場所)勝率:50.0%

義ノ花 成典

  • 四股名 :義ノ花 成典(よしのはな まさのり)
  • 最高位 :前頭筆頭
  • 年寄名跡:11代稲川
  • 出身地 :東京都台東区
  • 本 名 :相河 成典
  • 生年月日:昭和18年(1943)9月4日
  • 所属部屋:出羽海部屋
  • 初土俵 :昭和34年(1959)5月(15歳8ヵ月)
  • 新十両 :昭和38年(1963)7月(19歳10ヵ月)
  • 新入幕 :昭和39年(1964)11月(21歳2ヵ月)
  • 最終場所:昭和48年(1973)7月(29歳10ヵ月)
  • 生涯戦歴:527勝533敗26休/1057出場(86場所)
  • 生涯勝率:49.7%
  • 優勝等 :十両優勝2回(同点1),幕下優勝1回,三段目優勝1回,序ノ口優勝1回
  • 成 績 :敢闘賞1回,金星1個
  • 幕内戦歴:234勝298敗8休(36場所)勝率:44.0%
  • 十両戦歴:202勝169敗(25場所)勝率:54.4%

駒ノ里 秀雄

  • 四股名 :駒ノ里 秀雄(こまのさと ひでお)
  • 最高位 :前頭2枚目
  • 年寄名跡:9代秀ノ山⇒10代山分
  • 出身地 :東京都世田谷区
  • 本 名 :近藤 秀吉
  • 生年月日:明治42年(1909)10月1日
  • 没年月日:昭和46年(1971)3月16日(享年61歳)
  • 所属部屋:山分部屋
  • 初土俵 :昭和2年(1927)1月(17歳3ヵ月)
  • 新十両 :昭和7年(1932)5月(22歳7ヵ月)
  • 新入幕 :昭和8年(1933)5月(23歳7ヵ月)
  • 最終場所:昭和17年(1942)5月(32歳7ヵ月)
  • 生涯戦歴:122勝138敗18休/256出場(23場所)
  • 生涯勝率:46.9%
  • 優勝等 :十両優勝1回
  • 幕内戦歴:74勝103敗12休(15場所)勝率:41.8%
  • 十両戦歴:48勝35敗6休(7場所)勝率:57.8%

北太樹 明義

北太樹 明義 (きたたいき あけよし)東京都町田市出身、北の湖~山響部屋の元力士で、最高位は前頭2枚目

平成10年(1998)3月場所に15歳5ヶ月で初土俵を踏み、平成30年(2018)1月場所を最後に引退(35歳3ヶ月)。

通算成績は649勝649敗2休1298出場。生涯勝率.500。通算119場所中、58場所を勝ち越した(勝ち越し率.492)。

主な成績は十両優勝2回

昭和57年(1982)10月5日生まれ。本名は讃岐 明義。

中学校卒業後に角界へ飛び込み、初土俵から約9年半の歳月をかけて関取の座を掴み取った北太樹は、右四つからの力強い相撲で長く幕内を務めた大器である。偉大な恩師の教えを胸に、不屈の闘志で土俵に立ち続けたその歩みは、多くの相撲ファンの記憶に刻まれている。

大横綱との出会いと角界入り

東京都町田市で育ち、幼少期は水泳やサッカー、柔道など様々なスポーツに打ち込んだ。相撲の経験はなかったが、小学4年生の時に父の知人の紹介で第55代横綱・北の湖と対面したことが大きな転機となる。圧倒的な存在感を放つ大横綱から「相撲は私が教える。今は走るスポーツをやりなさい」と声をかけられ、その言葉に導かれるように角界への憧れを抱いた。

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中学校卒業にあたり、「普通でない道を歩みたい」という決意を固め、北の湖が率いる北の湖部屋へ入門。平成10年(1998年)3月場所で本名の「讃岐」を四股名として初土俵を踏んだ。

長きにわたる下積みと関取昇進

相撲未経験での入門ということもあり、出世の足取りは決して早いものではなかった。序二段や三段目の土俵で一進一退を続けながらも、師匠である北の湖から叩き込まれた四股やすり足といった基本動作を反復し、着実に地力を蓄えていく。平成12年(2000年)3月場所には「北大樹」へと改名し、徐々に番付を上げていった。

幕下上位の壁に跳ね返される時期も長く経験したが、決して腐ることはなかった。足踏みが続いていた平成19年(2007年)3月場所、四股名を「北太樹」へと改める。これには「地に根を張り、上に向かって大きく育つように」という父の願いが込められていた。本来は十両昇進を機に「大」の字を「太」に改める予定だったが、昇進を待たずしての改名であった。この親心のこもった改名が契機となったのか、同年5月場所を東幕下3枚目で5勝2敗の好成績で終えると、翌7月場所、初土俵から約9年半の歳月を経て、ついに悲願の新十両昇進を果たした。

幕内での飛躍と二度の十両優勝

関取昇進後は持ち味である右四つからの寄りや突き押しに磨きがかかり、平成20年(2008年)9月場所で新入幕を果たす。その後十両へ陥落したものの、平成21年(2009年)11月場所において10勝5敗の成績で初の十両優勝を果たし、再び幕内の土俵へ舞い戻った。

再入幕後は幕内中位から上位の土俵に定着し、平成25年(2013年)5月場所では自己最高位となる東前頭2枚目まで番付を上げた。その後、十両へ下がることもあったが、平成27年(2015年)1月場所では13勝2敗の好成績を挙げて2度目の十両優勝を飾るなど、確かな実力を示し続けた。

恩師との別れと指導者への道

平成27年(2015年)11月、本場所の開催中に師匠である北の湖が急逝するという歴史的な出来事に見舞われる。これに伴い、部屋付きの20代山響(元前頭筆頭・巌雄)が部屋を継承して山響部屋へと名称が変更された。

ベテランとなってからも十両や幕下上位で土俵を務め続けたが、東幕下3枚目で迎えた平成30年(2018年)1月場所の初日に不戦敗となって休場し、現役引退を発表。引退後は年寄「小野川」を襲名した。大横綱から直々に基本を叩き込まれたその相撲の型と精神は、指導者となった現在も後進へと受け継がれている。

四股名
北太樹 明義 (きたたいき あけよし)
最高位
前頭2枚目
年寄名跡
29代小野川 明義(山響)
出身地
東京都町田市
本名
讃岐 明義
生年月日
昭和57年(1982)10月5日(43歳)
所属部屋
北の湖~山響部屋
改名歴
讃岐 明義 → 北大樹 明義 → 北太樹 明義
初土俵
平成10年(1998)3月 前相撲(15歳5ヶ月)
新十両
平成19年(2007)7月(所要56場所)
24歳9ヶ月(初土俵から9年4ヶ月)
新入幕
平成20年(2008)9月(所要63場所)
25歳11ヶ月(初土俵から10年6ヶ月)
最終場所
平成30年(2018)1月場所(35歳3ヶ月)
大相撲歴
119場所(19年10ヶ月)
通算成績
649勝649敗2休1298出場(勝率.500)
通算119場所
勝ち越し58場所(勝ち越し率.492)(勝ち越し星182)
優勝等
十両優勝2回
持給金
94円(勝ち越し星182個)
幕内戦歴
255勝315敗0休570出場(勝率.447)
在位38場所(在位率.319)
勝ち越し15場所(勝ち越し率.395)
前頭戦歴
255勝315敗0休570出場(勝率.447)
在位38場所(在位率.319)
勝ち越し15場所(勝ち越し率.395)
十両戦歴
174勝156敗0休330出場(勝率.527)
在位22場所(在位率.185)
勝ち越し12場所(勝ち越し率.545)
関取戦歴
429勝471敗0休900出場(勝率.477)
在位60場所(在位率.504)
勝ち越し27場所(勝ち越し率.450)
幕下以下歴
220勝178敗2休398出場(勝率.553)
在位58場所(在位率.487)
勝ち越し31場所(勝ち越し率.534)

北太樹 明義の更に詳細なデータは力士名鑑で!

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  • ✅ 勝った決まり手1位:寄り切り(223回 / 34.3%)
  • ✅ 負けた決まり手1位:寄り切り(197回 / 30.4%)
  • ✅ 得意な相手:豊桜(11勝2敗 / 勝率.846)
  • ✅ 苦手な相手:豊響(4勝17敗 / 勝率.190)

九ヶ錦 坦平

  • 四股名 :九ヶ錦 坦平(くがにしき たんぺい)
  • 最高位 :前頭3枚目
  • 年寄名跡:9代北陣⇒14代桐山⇒10代片男波
  • 出身地 :東京都台東区
  • 本 名 :細山 幸次郎
  • 生年月日:大正2年(1913)5月15日
  • 所属部屋:朝日山部屋
  • 改名歴 :細山⇒豊泉⇒陸錦⇒九ヶ錦
  • 初土俵 :昭和5年(1930)5月(17歳0ヵ月)
  • 新十両 :昭和13年(1938)5月(25歳0ヵ月)
  • 新入幕 :昭和15年(1940)1月(26歳8ヵ月)
  • 最終場所:昭和24年(1949)1月(35歳8ヵ月)
  • 生涯戦歴:170勝188敗2分/360出場(32場所)
  • 生涯勝率:47.5%
  • 優勝等 :序二段優勝1回
  • 成 績 :金星1個
  • 幕内戦歴:86勝118敗2分(16場所)勝率:42.2%
  • 十両戦歴:34勝42敗(6場所)勝率:44.7%

宇田川 勝太郎

入幕は大鵬と同時、東京の下町育ちで人気があった。電池仕掛けで龍の目が光る化粧まわしをつけていたことも

  • 四股名 :宇田川 勝太郎(うだがわ かつたろう)
  • 最高位 :前頭3枚目
  • 年寄名跡:6代中村⇒11代楯山⇒10代大鳴戸⇒13代雷
  • 出身地 :東京都足立区
  • 本 名 :宇田川 秀男
  • 生年月日:昭和14年(1939)12月3日
  • 没年月日:平成元年(1989)7月24日(享年49歳)
  • 所属部屋:高島⇒吉葉山⇒宮城野部屋
  • 改名歴 :宇田川⇒宇多川⇒宇田川
  • 初土俵 :昭和29年(1954)9月(14歳9ヵ月)
  • 新十両 :昭和34年(1959)5月(19歳5ヵ月)
  • 新入幕 :昭和35年(1960)1月(20歳1ヵ月)
  • 最終場所:昭和42年(1967)7月(27歳7ヵ月)
  • 生涯戦歴:447勝443敗15休/890出場(72場所)
  • 生涯勝率:50.2%
  • 優勝等 :十両優勝1回
  • 幕内戦歴:207勝258敗(31場所)勝率:44.5%
  • 十両戦歴:131勝124敗(17場所)勝率:51.4%

神武山 忠也

  • 四股名 :神武山 忠也(じんむざん ちゅうや)
  • 最高位 :前頭4枚目
  • 年寄名跡:15代岩友
  • 出身地 :東京都中央区
  • 本 名 :神谷 信義
  • 生年月日:大正2年(1913)1月28日
  • 没年月日:昭和58年(1983)6月23日(享年70歳)
  • 所属部屋:春日野部屋
  • 改名歴 :神武山⇒神東山
  • 初土俵 :昭和7年(1932)5月(19歳4ヵ月)
  • 新十両 :昭和12年(1937)5月(24歳4ヵ月)
  • 新入幕 :昭和14年(1939)1月(26歳0ヵ月)
  • 最終場所:昭和22年(1947)6月(34歳5ヵ月)
  • 生涯戦歴:154勝157敗3休/309出場(28場所)
  • 生涯勝率:49.5%
  • 優勝等 :序ノ口優勝1回
  • 幕内戦歴:89勝109敗2休(15場所)勝率:44.9%
  • 十両戦歴:26勝25敗1休(5場所)勝率:51.0%

富士東 和佳

富士東 和佳(ふじあずま かずよし)は東京都 足立区出身、玉ノ井部屋の力士で最高位は前頭4枚目。令和8年5月場所の番付は東 幕下59枚目。

東京都足立区に生まれ、小学校6年次に出場したわんぱく相撲全国大会で大関(2位)となるなど、幼少期から確かな実績を残した。地元の中学校に在学中から玉ノ井部屋の稽古に通い、卒業と同時となる平成15年(2003年)3月場所において、13代玉ノ井(元関脇・初代栃東)が率いる玉ノ井部屋から本名の「渋谷」で初土俵を踏んだ。

順調に番付を上げ、入門から約2年半となる平成17年(2005年)7月場所に新幕下へ昇進する。しかし、その後は首などの怪我に苦しめられ、幕下から三段目で長く低迷する時期を経験した。

悲願の関取昇進と新入幕

怪我に耐えながら地道な努力を重ね、平成23年(2011年)1月場所において新十両昇進を果たし、初土俵から約8年をかけて念願の関取の座を掴み取った。十両昇進後も持ち味を発揮し、西十両8枚目で迎えた同年5月の技量審査場所を9勝6敗と勝ち越す。この時期は大相撲八百長問題の影響で多数の力士が引退しており、その番付編成の背景も重なって、翌7月場所において新入幕を果たした。

網膜剥離の試練と十両優勝

幕内や十両の土俵で活躍を続けていたが、平成26年(2014年)2月に左目の網膜剥離が判明し、手術を受けた。これにより翌3月場所をやむなく全休し、十両へと陥落する大きな試練に見舞われた。

それでも不屈の闘志で土俵へ復帰し、東十両3枚目で迎えた平成27年(2015年)3月場所において12勝3敗の好成績を挙げ、見事に十両優勝を飾った。この復活劇により、翌5月場所での再々入幕を果たしている。なお、土俵外の話題として、平成26年(2014年)に公開された映画『テルマエ・ロマエⅡ』に力士役として出演した経歴も持つ。

執念の関取復帰と現在の土俵

再々入幕となった平成27年(2015年)5月場所を3勝12敗と大きく負け越して以降は、徐々に番付を下げる苦しい土俵が続いた。平成28年(2016年)11月場所で幕下へ陥落し、翌平成29年(2017年)3月場所に一度十両へ復帰したものの1場所で再び陥落。以降は長らく関取の座から遠ざかることとなる。

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しかし、ベテランとなっても決して諦めることなく相撲を取り続け、西幕下3枚目で迎えた令和2年(2020年)3月場所で5勝2敗と勝ち越しを決める。この成績により、実に19場所ぶりとなる関取(十両)復帰を果たし、執念を見せた。

その後は再び幕下や三段目へと番付を落としたが、初土俵から20年以上が経過した現在においても、現役力士として黙々と土俵に立ち続けている。

💡 東京都出身一覧💡 玉ノ井部屋の力士

四股名
富士東 和佳(ふじあずま かずよし)
最高位
前頭4枚目
最新番付
東 幕下59枚目
出身地
東京都 足立区
本名
渋谷 和由
生年月日
昭和62年(1987)4月19日(39歳)
身長・体重
180.4cm・160kg
所属部屋
玉ノ井部屋
改名歴
渋谷 → 富士東
初土俵
平成15年(2003)3月(15歳11ヵ月)
新十両
平成23年(2011)1月(23歳9ヵ月)
新入幕
平成23年(2011)7月(24歳3ヵ月)
優勝
十両優勝1回
通算成績
611勝613敗35休/1222出場(勝率:50%)
直近7場所
23勝19敗3休
7場所勝率
56.1%
得意技
押し
決まり手傾向(直近7場所)
富士東が勝ちの決まり手(21勝)
押し出し7
寄り切り7
突き落とし2
引き落とし1
寄り倒し1
押し倒し1
その他2
富士東が負けの決まり手(18敗)※不戦敗1含む
寄り切り8
押し出し4
下手投げ2
上手投げ1
上手出し投げ1
突き落とし1
令8年5月
東 幕下59枚目(10枚半上昇)
2勝1敗
●--○-|○-   |     
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年3月
西 三段目8枚目(12枚上昇)
4勝3敗
○-●--|●-●-○|-○-○-
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年1月
西 三段目20枚目(23枚上昇)
4勝3敗
-●○-○|-○--●|-●○--
取組詳細(対戦相手・決まり手)

▼ さらに過去の成績(4場所分)を見る
令7年11
西 三段目43枚目(22枚半降下)
5勝2敗
-●-○○|--○-○|●---○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年9月
東 三段目21枚目(25枚半上昇)
2勝5敗
-○●--|●-○●-|●-●--
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年7月
西 三段目46枚目(36枚半降下)
5勝2敗
-○-○-|○●-●-|-○-○-
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年5月
東 三段目10枚目
1勝3敗3休
-●-●■|-やややや|やや○--
取組詳細(対戦相手・決まり手)

小嶋川 庄吉

  • 四股名 :小嶋川 庄吉(こじまがわ しょうきち)
  • 最高位 :前頭5枚目
  • 年寄名跡:4代八角
  • 出身地 :東京都江東区
  • 本 名 :米花 庄吉
  • 生年月日:大正3年(1914)9月5日
  • 没年月日:昭和21年(1946)9月15日(享年32歳)
  • 所属部屋:立浪部屋
  • 初土俵 :昭和3年(1928)5月(13歳8ヵ月)
  • 新十両 :昭和9年(1934)5月(19歳8ヵ月)
  • 新入幕 :昭和13年(1938)1月(23歳4ヵ月)
  • 最終場所:昭和17年(1942)5月(27歳8ヵ月)
  • 生涯戦歴:91勝102敗15休/193出場(18場所)
  • 生涯勝率:47.2%
  • 優勝等 :なし
  • 幕内戦歴:29勝40敗15休(6場所)勝率:42.0%
  • 十両戦歴:37勝43敗(7場所)勝率:46.3%

英乃海 拓也

英乃海 拓也 (ひでのうみ たくや)東京都江戸川区出身、木瀬部屋の元力士で、最高位は前頭6枚目

平成24年(2012)5月場所に22歳11ヶ月で初土俵を踏み、令和8年(2026)3月場所を最後に引退(36歳9ヶ月)。

通算成績は541勝539敗22休1075出場。生涯勝率.503。通算83場所中、42場所を勝ち越した(勝ち越し率.512)。

主な成績は十両優勝1回(同点1)、序二段優勝1回、序ノ口優勝1回

平成元年(1989)6月11日生まれ。本名は岩崎 拓也。

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葛飾白鳥相撲教室の1年先輩は千代大龍、日大の1年先輩は常幸龍。埼玉栄高校では1年次から団体戦レギュラーでインターハイ優勝、2年次には高校相撲金沢大会で個人優勝も。弟は追手風部屋の翔猿。カレーパンマンに似ているともっぱらの噂。

四股名の由来は、日本体育大学相撲部監督の田中英壽さんから「英」、母親の名前から「乃」、師匠である木瀬親方の現役時の四股名・肥後ノ海から「海」というように3人から1字ずつ頂いた。

四股名
英乃海 拓也 (ひでのうみ たくや)
最高位
前頭6枚目
出身地
東京都江戸川区
本名
岩崎 拓也
生年月日
平成元年(1989)6月11日
出身高校
埼玉栄高校
出身大学
日本大学
所属部屋
木瀬部屋
改名歴
岩崎 拓也 → 英乃海 拓也
初土俵
平成24年(2012)5月 前相撲(22歳11ヶ月)
新十両
平成26年(2014)11月(所要15場所)
25歳5ヶ月(初土俵から2年6ヶ月)
新入幕
平成27年(2015)7月(所要19場所)
26歳1ヶ月(初土俵から3年2ヶ月)
最終場所
令和8年(2026)3月場所(36歳9ヶ月)
大相撲歴
83場所(13年10ヶ月)
通算成績
541勝539敗22休1075出場(勝率.503)
通算83場所
勝ち越し42場所(勝ち越し率.512)(勝ち越し星123)
優勝等
十両優勝1回(同点1),序二段優勝1回,序ノ口優勝1回
持給金
64円50銭(勝ち越し星123個)
幕内戦歴
70勝108敗17休176出場(勝率.398)
在位13場所(在位率.157)
勝ち越し2場所(勝ち越し率.154)
前頭戦歴
70勝108敗17休176出場(勝率.398)
在位13場所(在位率.157)
勝ち越し2場所(勝ち越し率.154)
十両戦歴
396勝394敗5休787出場(勝率.503)
在位53場所(在位率.639)
勝ち越し27場所(勝ち越し率.509)
関取戦歴
466勝502敗22休963出場(勝率.484)
在位66場所(在位率.795)
勝ち越し29場所(勝ち越し率.439)
幕下以下歴
75勝37敗0休112出場(勝率.670)
在位16場所(在位率.193)
勝ち越し13場所(勝ち越し率.812)

英乃海 拓也の更に詳細なデータは力士名鑑で!

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  • ✅ 勝った決まり手1位:寄り切り(183回 / 33.7%)
  • ✅ 負けた決まり手1位:寄り切り(234回 / 43.3%)
  • ✅ 得意な相手:里山(10勝2敗 / 勝率.833)
  • ✅ 苦手な相手:蒼国来(1勝11敗 / 勝率.083)

剣翔 桃太郎

剣翔 桃太郎(つるぎしょう ももたろう)は東京都 葛飾区出身、追手風部屋の力士で最高位は前頭6枚目。令和8年5月場所の番付は東 幕下11枚目。

埼玉栄高校から日本大学を経て角界入りし、190キロを超える巨体を活かした右四つの力相撲で幕内上位を脅かした剣翔は、度重なる膝の大怪我と闘いながらも不屈の闘志で土俵を務め上げた大型力士である。同郷や同窓の力士たちと切磋琢磨しながら土俵を沸かせ、引退後は日本相撲協会を離れて新たな道を歩む決断を下した。

小遣い目当てからの目覚めと仲間たち

東京都葛飾区に生まれ、小学2年生の時に祖父から「優勝したら小遣いをやる」と言われ、わんぱく相撲に参加した。葛飾区内で無敵の強さを誇るようになったが、小学4年生で臨んだ都大会で1回戦負けを喫する。この時初めて「負けた悔しさ」を味わったことで本格的に相撲に打ち込む決意を固めた。

地元の葛飾白鳥相撲教室で稽古を積み、幼稚園からの幼馴染である岩崎(のちの幕内・翔猿)やその兄(のちの幕内・英乃海)、さらには同郷の明月院(のちの小結・千代大龍)や渡邊(のちの十両・千代嵐)たちと切磋琢磨した。葛飾区立大道中学校では全国都道府県別中学選手権で3位に入賞。先輩である岩崎(兄)の後を追うように相撲の名門・埼玉栄高校へ進学し、3年次には高校総体団体優勝や全日本ジュニア体重別選手権100キロ以上級優勝を飾るなど、アマチュア時代で最も充実した時期を過ごした。

大学時代の挫折と追手風部屋入門

日本大学文理学部へ進学。相撲部には1学年上に遠藤、同学年にのちに同部屋となる川端(のちの幕内・大翔丸)がいた。入学当初は稽古に身が入らず遊んでしまう時期もあったが、2年次の終わりに改心して団体戦のレギュラーを掴む。しかし3年次に左肘の靭帯を負傷する不運もあり、個人戦では全日本選手権に出場しながらもタイトルに手が届かず無冠に終わった。

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大学卒業を控えた平成26年(2014年)1月場所において、大学の先輩である11代追手風(元前頭・大翔山)が率いる追手風部屋から本名の「安彦」で初土俵を踏んだ。

昇進の苦労と「剣翔 桃太郎」の誕生

初めて番付に載った翌3月場所で序ノ口優勝、続く5月場所で序二段優勝、さらに同年9月場所では幕下優勝を飾るなど、怒涛のスピード出世を見せる。しかし、幕下上位の分厚い壁に苦しみ、幕下5枚目以内で勝ち越しを3度も重ねながら十両昇進が見送られるという不運にも見舞われた(相撲雑誌に「珍しいケース」と投書が掲載されるほどであった)。それでも決して腐らず、平成27年(2015年)11月場所を5勝2敗で乗り切り、翌場所での新十両昇進を決定づけた。

この関取昇進を機に、本名の「剣」と師匠の四股名から「翔」の字を組み合わせた「剣翔」に改名。下の名も、周囲からそう呼ばれていて強いイメージのある「桃太郎」とした。

新入幕での敢闘賞と上位での奮闘

十両の土俵で一進一退の攻防を繰り広げたのち、令和元年(2019年)7月場所において13勝2敗の好成績で自身初となる十両優勝を飾る。この活躍により、翌9月場所で悲願の新入幕を果たした。

幕内として初めて臨んだこの場所でも持ち前の馬力を発揮し、10勝5敗の二桁勝利を挙げて見事に敢闘賞を獲得した。190キロを超える堂々たる体格を活かし、右を差して胸を合わせる力強い四つ相撲を武器に、その後も長く幕内と十両の土俵で存在感を示し続けた。令和3年(2021年)1月場所では12勝3敗で自身2度目の十両優勝も果たしている。

壮絶な怪我と15戦全敗、そして引退

しかし、その巨体を支える膝には限界が近づいていた。左膝前十字靱帯断裂などの大怪我に苦しめられ、令和6年(2024年)3月場所の平戸海戦では、取組中に古傷の左膝から鈍い音が鳴って土俵上で動けなくなり、車いすで搬送されるという壮絶なアクシデントに見舞われた。

満身創痍となりながらもサポーターで膝を固めて土俵に立ち続けたが、令和8年(2026年)1月に結婚したばかりで迎えた続く3月場所では、西十両12枚目で膝や右足首、背中などの痛みに耐えきれず、精彩を欠いて初日から15戦全敗という苦しい結果に終わる。場所中には「100%引退するとは決めていない。もしかしたら来場所も出るかもしれない」と現役続行への未練をのぞかせていたが、幕下陥落が確実となった同場所後の4月6日に引退届が受理され、現役を退いた。

引退後は日本相撲協会を離れて新たな道へと進むこととなった。持ち前の明るいキャラクターとスケールの大きな相撲でファンを魅了し、限界まで怪我に耐え抜いたその土俵人生は、多くの人々の記憶に深く刻まれている。

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💡 東京都出身一覧💡 追手風部屋の力士

四股名
剣翔 桃太郎(つるぎしょう ももたろう)
最高位
前頭6枚目
最新番付
東 幕下11枚目
出身地
東京都 葛飾区
本名
安彦 剣太郎
生年月日
平成3年(1991)7月27日(34歳)
身長・体重
185cm・200kg
出身高校
埼玉栄高校
出身大学
日本大学
所属部屋
追手風部屋
改名歴
安彦 → 剣翔
初土俵
平成26年(2014)1月(22歳6ヵ月)
新十両
平成28年(2016)1月(24歳6ヵ月)
新入幕
令和1年(2019)9月(28歳2ヵ月)
優勝
十両優勝2回,幕下優勝1回,序二段優勝1回,序ノ口優勝1回
受賞・金星
敢闘賞1回
通算成績
485勝484敗23休/964出場(勝率:50.3%)
直近7場所
(十両:32勝58敗)
7場所勝率
35.6%
得意技
右四つ・寄り
決まり手傾向(直近7場所)
剣翔が勝ちの決まり手(32勝)
寄り切り12
上手投げ7
叩き込み3
押し出し3
掬い投げ2
寄り倒し1
その他4
剣翔が負けの決まり手(58敗)
寄り切り23
押し出し12
送り出し5
突き出し4
叩き込み4
突き落とし3
その他7
令8年5月
東 幕下11枚目(12枚半降下)
0勝0敗
     |     |     
令8年3月
西 十両12枚目(1枚降下)
0勝15敗
●●●●●|●●●●●|●●●●●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年1月
西 十両11枚目(変動なし)
6勝9敗
●●○●○|●○○○●|●○●●●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

▼ さらに過去の成績(4場所分)を見る
令7年11
西 十両11枚目(2枚降下)
7勝8敗
●●○○○|●○●○●|○●●●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年9月
西 十両9枚目(変動なし)
5勝10敗
●●●●●|●○●○○|○●●○●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年7月
西 十両9枚目(変動なし)
7勝8敗
●○●○○|●●○●○|●●●○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年5月
西 十両9枚目
7勝8敗
●○○●○|●●●○○|○○●●●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

玉海力 剛

玉海力 剛(たまかいりき つよし)東京都渋谷区出身、片男波部屋の元力士で、最高位は前頭8枚目

昭和57年(1982)3月場所に15歳7ヶ月で初土俵を踏み、平成8年(1996)3月場所を最後に引退(29歳8ヶ月)。

通算成績は408勝413敗23休820出場。生涯勝率.497。通算85場所中、46場所を勝ち越した(勝ち越し率.548)。

主な成績は幕下同点1回,三段目優勝1回序二段優勝1回

昭和41年(1966)7月16日生まれ。本名は河辺 幸夫。

「玉怪力」と異名をとるほどの怪力で、右四つに組んでの左上手からの投げが得意だった。しかし右親指骨折の手術を失敗してからは腕力も落ちてしまい序二段まで番付を落として廃業。

四股名
玉海力 剛(たまかいりき つよし)
最高位
前頭8枚目
出身地
東京都渋谷区
本名
河辺 幸夫
生年月日
昭和41年(1966)7月16日
所属部屋
片男波部屋
改名歴
玉桜 右左エ門 → 玉櫻 右左エ門 → 玉海力 剛
初土俵
昭和57年(1982)3月 前相撲(15歳7ヶ月)
新十両
平成元年(1989)9月(所要45場所)
23歳1ヶ月(初土俵から7年6ヶ月)
新入幕
平成3年(1991)9月(所要57場所)
25歳1ヶ月(初土俵から9年6ヶ月)
最終場所
平成8年(1996)3月(29歳8ヶ月)
大相撲歴
85場所(14年0ヶ月)
通算成績
408勝413敗23休820出場(勝率.497)
通算85場所
勝ち越し46場所(勝ち越し率.548)
優勝等
幕下同点1回,三段目優勝1回序二段優勝1回
前頭戦歴
43勝75敗2休117出場(勝率.364)
在位8場所(在位率.094)
勝ち越し3場所(勝ち越し率.375)
十両戦歴
181勝179敗0休360出場(勝率.503)
在位24場所(在位率.282)
勝ち越し15場所(勝ち越し率.625)
関取戦歴
224勝254敗2休477出場(勝率.469)
在位32場所(在位率.376)
勝ち越し18場所(勝ち越し率.563)
幕下以下歴
184勝159敗21休343出場(勝率.536)
在位52場所(在位率.612)
勝ち越し28場所(勝ち越し率.538)


玉力道 栄来

玉力道 栄来 (たまりきどう ひでき)東京都江戸川区出身、片男波部屋の元力士で、最高位は前頭8枚目

平成9年(1997)3月場所に22歳10ヶ月で初土俵を踏み、平成22年(2010)1月場所を最後に引退(35歳8ヶ月)。

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通算成績は376勝354敗120休725出場。生涯勝率.519。通算78場所中、37場所を勝ち越した(勝ち越し率.474)。

主な成績は十両優勝1回(同点2)、幕下(同点1)、三段目優勝1回

昭和49年(1974)4月19日生まれ。本名は趙 榮來→安本 栄来。

東京都江戸川区出身の玉力道は、明治大学を経て角界入りし、突き押し相撲を武器に最高位は前頭8枚目まで昇進した力士である。度重なる大怪我による長期休場や大幅な番付降下を経験しながらも、そのたびに不屈の闘志で這い上がった苦労人として知られる。

現役晩年に日本国籍を取得しており、引退後は年寄名跡を取得して親方となり、複数の部屋や名跡の変遷を経て、現在は放駒部屋で後進の指導にあたっている。

学生時代と角界への挑戦

明治大学付属中野中学校・高等学校を経て、明治大学商学部へ進学し相撲部でも確かな実績を残した。なお、明大中野中時代の2学年先輩には花田光司(のちの第65代横綱・貴乃花)がいた。

大学では同級生の富永(のちの幕内・武雄山)や3年後輩の竹内(のちの大関・雅山)らと共に全国大会で活躍。平成8年(1996年)の全日本相撲選手権大会個人戦で3位入賞を果たし、幕下付出の資格を取得した。

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在日韓国人3世(当時の本名・韓国名は趙榮來=チョ・ヨンレ)として生まれ育った背景から、四股名は同胞の先人として大相撲や格闘技界に偉大な足跡を残した第51代横綱・玉の海と力道山にあやかり、「玉力道 栄来(ひでき)」と名付けられた。片男波部屋へ入門し、平成9年(1997年)3月場所において幕下60枚目格付出で初土俵を踏む。

新入幕と左膝の大怪我

恵まれた体格を生かした相撲で幕下上位に定着し、平成11年(1999年)9月場所で玉ノ洋と共に新十両へ昇進する。同部屋力士の同時十両昇進は6年ぶりのことであった。

一時幕下へ陥落したもののすぐに復帰し、平成13年(2001年)1月場所で待望の新入幕を果たした。以降は幕内と十両を往復する時期が続いたが、平成14年(2002年)9月場所では西十両4枚目で11勝4敗の好成績を収め、自身初となる十両優勝を飾っている。

平成15年(2003年)には幕内に定着しつつあったが、同年11月場所で左膝を故障する。しかし、無理をして出場を続けたことでかえって状態を悪化させてしまい、本来の相撲が取れなくなり幕下、そして三段目へと大きく番付を落としてしまった。

奇跡の復活と右膝の負傷

一時は西三段目80枚目まで転落するどん底を味わったが、不屈の闘志で過酷なリハビリを乗り越え、怪我の回復と歩調を合わせるようにして再び番付を上昇させていく。平成17年(2005年)3月場所では7戦全勝で三段目優勝を果たした。

平成18年(2006年)1月場所で東幕下5枚目で勝ち越すと、翌3月場所で見事に十両への返り咲きを果たした。この三段目からの劇的な復活劇は、多くの相撲ファンに感動を与えた。

その後は十両の土俵に復帰して定着していたが、平成19年(2007年)7月場所の境澤戦で右膝を負傷し途中休場を余儀なくされる。翌場所はなんとか関取の座を維持して迎えたものの、奇しくも再び境澤との取組で同じ箇所を痛める不運に見舞われた。この影響から3勝12敗と大敗を喫し、再び幕下へと陥落してしまう。

日本国籍取得と引退後の歩み

以降は再び関取に復帰することは叶わず、幕下中位以下に低迷する時期が続いた。現役晩年となる平成21年(2009年)に日本国籍を取得し、本名を「安本栄来」とした。

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満身創痍の中、平成22年(2010年)1月場所の取組を最後に現役引退を表明し、初土俵から78場所を務めた土俵人生に幕を下ろした。

引退直後は年寄「荒磯」を襲名し、平成25年(2013年)には「二所ノ関」を取得して名跡変更。平成26年(2014年)11月に松ヶ根部屋へ移籍すると、翌月に9代松ヶ根(元大関・若嶋津)と名跡を交換して10代松ヶ根を襲名した。令和3年(2021年)12月に所属部屋が名称変更されたことに伴い、現在は放駒部屋の部屋付き親方として後進の指導にあたっている。

四股名
玉力道 栄来 (たまりきどう ひでき)
最高位
前頭8枚目
年寄名跡
14代荒磯 栄来(片男波) → 11代二所ノ関 栄来(片男波) → 11代二所ノ関 栄来(松ヶ根) → 10代松ヶ根 栄来(二所ノ関) → 10代松ヶ根 栄来(放駒)
出身地
東京都江戸川区
本名
趙 榮來→安本 栄来
生年月日
昭和49年(1974)4月19日(52歳)
出身高校
明治大学付属中野高校
出身大学
明治大学
所属部屋
片男波部屋
改名歴
玉力道 栄来
初土俵
平成9年(1997)3月 幕下60枚目付出(22歳10ヶ月)
新十両
平成11年(1999)9月(所要15場所)
25歳4ヶ月(初土俵から2年6ヶ月)
新入幕
平成13年(2001)1月(所要23場所)
26歳8ヶ月(初土俵から3年10ヶ月)
最終場所
平成22年(2010)1月場所(35歳8ヶ月)
大相撲歴
78場所(12年10ヶ月)
通算成績
376勝354敗120休725出場(勝率.519)
通算78場所
勝ち越し37場所(勝ち越し率.474)(勝ち越し星115)
優勝等
十両優勝1回(同点2),幕下(同点1),三段目優勝1回
持給金
60円50銭(勝ち越し星115個)
幕内戦歴
65勝93敗7休157出場(勝率.414)
在位11場所(在位率.141)
勝ち越し3場所(勝ち越し率.273)
前頭戦歴
65勝93敗7休157出場(勝率.414)
在位11場所(在位率.141)
勝ち越し3場所(勝ち越し率.273)
十両戦歴
163勝154敗88休313出場(勝率.521)
在位27場所(在位率.346)
勝ち越し12場所(勝ち越し率.444)
関取戦歴
228勝247敗95休470出場(勝率.485)
在位38場所(在位率.487)
勝ち越し15場所(勝ち越し率.395)
幕下以下歴
148勝107敗25休255出場(勝率.580)
在位40場所(在位率.513)
勝ち越し22場所(勝ち越し率.550)

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  • ✅ 勝った決まり手1位:寄り切り(134回 / 35.1%)
  • ✅ 負けた決まり手1位:寄り切り(129回 / 36.1%)
  • ✅ 得意な相手:壽山(6勝1敗 / 勝率.857)
  • ✅ 苦手な相手:栃乃花(1勝8敗 / 勝率.111)

大道 健二

大道 健二(だいどう けんじ)東京都葛飾区出身、阿武松部屋の元力士で、最高位は前頭8枚目

平成17年(2005)3月場所に22歳6ヶ月で初土俵を踏み、平成28年(2016)1月場所を最後に引退(33歳5ヶ月)。

通算成績は347勝333敗23休680出場。生涯勝率.510。通算65場所中、37場所を勝ち越した(勝ち越し率.578)。

主な成績は幕下同点1回,序二段優勝1回序ノ口優勝1回

昭和57年(1982)8月21日生まれ。本名は中西 健二。

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専修大学4年次に東日本学生体重別無差別級で優勝。四股名の「大道」は、自身にとって相撲の原点である出身中学校「葛飾区立大道中学校」の名を頂いた。

先代が体調不良を理由に相撲協会からの退職を決めたことで、令和元年(2019)9月26日に阿武松の名跡を襲名し、阿武松部屋を継承。

年寄名跡
13代・阿武松 健二
四股名
大道 健二(だいどう けんじ)
最高位
前頭8枚目
年寄名跡
28代小野川 健二 → 21代音羽山 健二 → 13代阿武松 健二
出身地
東京都葛飾区
本名
中西 健二
生年月日
昭和57年(1982)8月21日(43歳)
出身高校
目黒学院高校
出身大学
専修大学
所属部屋
阿武松部屋
改名歴
中西 健二 → 大道 健二
初土俵
平成17年(2005)3月 前相撲(22歳6ヶ月)
新十両
平成22年(2010)3月(所要30場所)
27歳6ヶ月(初土俵から5年0ヶ月)
新入幕
平成23年(2011)7月(所要37場所)
28歳10ヶ月(初土俵から6年4ヶ月)
最終場所
平成28年(2016)1月(33歳5ヶ月)
大相撲歴
65場所(10年10ヶ月)
通算成績
347勝333敗23休680出場(勝率.510)
通算65場所
勝ち越し37場所(勝ち越し率.578)(勝ち越し星93)
優勝等
幕下同点1回,序二段優勝1回序ノ口優勝1回
持給金
49円50銭(勝ち越し星93個)
前頭戦歴
87勝108敗0休195出場(勝率.446)
在位13場所(在位率.200)
勝ち越し5場所(勝ち越し率.385)
十両戦歴
130勝140敗15休270出場(勝率.481)
在位19場所(在位率.292)
勝ち越し10場所(勝ち越し率.526)
関取戦歴
217勝248敗15休465出場(勝率.467)
在位32場所(在位率.492)
勝ち越し15場所(勝ち越し率.469)
幕下以下歴
130勝85敗8休215出場(勝率.605)
在位32場所(在位率.492)
勝ち越し22場所(勝ち越し率.688)


緑國 政雄

  • 四股名 :緑國 政雄(みどりくに まさお)
  • 最高位 :前頭9枚目
  • 年寄名跡:5代八角
  • 出身地 :東京都江戸川区
  • 本 名 :寶田 政雄
  • 生年月日:大正8年(1919)8月5日
  • 没年月日:昭和56年(1981)9月11日(享年62歳)
  • 所属部屋:立浪部屋
  • 改名歴 :緑松⇒緑國
  • 初土俵 :昭和10年(1935)5月(15歳9ヵ月)
  • 新十両 :昭和15年(1940)5月(20歳9ヵ月)
  • 新入幕 :昭和18年(1943)5月(23歳9ヵ月)
  • 最終場所:昭和26年(1951)1月(31歳5ヵ月)
  • 生涯戦歴:157勝167敗13休/323出場(34場所)
  • 生涯勝率:48.5%
  • 優勝等 :なし
  • 幕内戦歴:67勝91敗13休(13場所)勝率:42.4%
  • 十両戦歴:42勝43敗(8場所)勝率:49.4%

大岩山 金次

  • 四股名 :大岩山 金次(おおいわざん きんじ)
  • 最高位 :前頭9枚目
  • 年寄名跡:9代鳴戸
  • 出身地 :東京都中央区
  • 本 名 :船橋 金次
  • 生年月日:大正8年(1919)5月20日
  • 没年月日:昭和55年(1980)12月5日(享年61歳)
  • 所属部屋:立浪部屋
  • 改名歴 :大岩山⇒東岩⇒大岩山⇒羽衣⇒大岩山
  • 初土俵 :昭和12年(1937)5月(18歳0ヵ月)
  • 新十両 :昭和19年(1944)11月(25歳6ヵ月)
  • 新入幕 :昭和21年(1946)11月(27歳6ヵ月)
  • 最終場所:昭和29年(1954)3月(34歳10ヵ月)
  • 生涯戦歴:196勝252敗/448出場(41場所)
  • 生涯勝率:43.8%
  • 優勝等 :幕内次点1回,十両優勝1回,幕下優勝1回
  • 幕内戦歴:91勝143敗(17場所)勝率:38.9%
  • 十両戦歴:48勝62敗(8場所)勝率:43.6%

有明 五郎

  • 四股名 :有明 五郎(ありあけ ごろう)
  • 最高位 :前頭11枚目
  • 年寄名跡:5代式秀
  • 出身地 :東京都新宿区
  • 本 名 :金子 元五郎
  • 生年月日:大正元年(1912)9月1日
  • 没年月日:昭和34年(1959)7月20日(享年46歳)
  • 所属部屋:錦島部屋
  • 改名歴 :錦谷⇒有明
  • 初土俵 :昭和4年(1929)5月(16歳8ヵ月)
  • 新十両 :昭和11年(1936)1月(23歳4ヵ月)
  • 新入幕 :昭和16年(1941)1月(28歳4ヵ月)
  • 最終場所:昭和20年(1945)11月(33歳2ヵ月)
  • 生涯戦歴:145勝165敗/310出場(26場所)
  • 生涯勝率:46.8%
  • 優勝等 :三段目優勝1回
  • 幕内戦歴:21勝44敗(5場所)勝率:32.3%
  • 十両戦歴:73勝84敗(12場所)勝率:46.5%

若兎馬 裕三

東京都府中市出身、押尾川~尾車部屋の元力士で最高位は前頭11枚目。

  • 四股名 :若兎馬 裕三(わかとば ひろみ)
  • 最高位 :前頭11枚目
  • 年寄名跡:19代押尾川
  • 出身地 :東京都府中市
  • 本 名 :山田 裕三
  • 生年月日:昭和52年(1977)6月15日
  • 所属部屋:押尾川⇒尾車部屋
  • 改名歴 :山田⇒若兎馬
  • 初土俵 :平成5年(1993)3月(15歳9ヵ月)
  • 新十両 :平成13年(2001)5月(23歳11ヵ月)
  • 新入幕 :平成15年(2003)9月(26歳3ヵ月)
  • 最終場所:平成19年(2007)9月(30歳3ヵ月)
  • 生涯戦歴:416勝406敗28休/820出場(87場所)
  • 生涯勝率:50.6%
  • 優勝等 :十両同点1回,三段目同点1回
  • 幕内戦歴:39勝66敗(7場所)勝率:37.1%
  • 十両戦歴:170勝180敗10休(24場所)勝率:48.6%

葦葉山 七兵衛

  • 四股名 :葦葉山 七兵衛(あしばやま しちべえ)
  • 最高位 :前頭12枚目
  • 年寄名跡:4代高田川⇒10代枝川
  • 出身地 :東京都港区
  • 本 名 :横山 希雄
  • 生年月日:大正2年(1913)12月1日
  • 没年月日:昭和37年(1962)2月28日(享年48歳)
  • 所属部屋:井筒⇒双葉山部屋
  • 改名歴 :横山⇒足羽山⇒國見嶽⇒足羽山⇒葦葉山
  • 初土俵 :昭和3年(1928)5月(14歳5ヵ月)
  • 新十両 :昭和13年(1938)1月(24歳1ヵ月)
  • 新入幕 :昭和18年(1943)5月(29歳5ヵ月)
  • 最終場所:昭和20年(1945)11月(31歳11ヵ月)
  • 生涯戦歴:120勝125敗13休/244出場(26場所)
  • 生涯勝率:49.0%
  • 優勝等 :序二段優勝1回
  • 幕内戦歴:8勝27敗(3場所)勝率:22.9%
  • 十両戦歴:52勝55敗13休(9場所)勝率:48.6%

鳥羽の山 喜充

  • 四股名 :鳥羽の山 喜充(とわのやま よしみつ)
  • 最高位 :前頭13枚目
  • 出身地 :東京都豊島区
  • 本 名 :小林 昭仁
  • 生年月日:昭和52年(1977)7月10日
  • 所属部屋:出羽海部屋
  • 改名歴 :小林山⇒大鷹山⇒鳥羽の山
  • 初土俵 :平成5年(1993)11月(16歳4ヵ月)
  • 新十両 :平成11年(1999)5月(21歳10ヵ月)
  • 新入幕 :平成14年(2002)3月(24歳8ヵ月)
  • 最終場所:平成27年(2015)1月(37歳6ヵ月)
  • 生涯戦歴:500勝426敗68休/921出場(127場所)
  • 生涯勝率:54.0%
  • 優勝等 :幕下優勝2回
  • 幕内戦歴:0勝1敗14休(1場所)勝率:0.0%
  • 十両戦歴:87勝89敗19休(13場所)勝率:49.4%

皇風 俊司

東京都調布市出身、尾車部屋の元力士で最高位は前頭13枚目。

  • 四股名 :皇風 俊司(きみかぜ としじ)
  • 最高位 :前頭13枚目
  • 出身地 :東京都調布市
  • 本 名 :直江 俊司
  • 生年月日:昭和61年(1986)9月23日
  • 出身大学:早稲田大学
  • 所属部屋:尾車部屋
  • 改名歴 :直江⇒皇風
  • 初土俵 :平成21年(2009)1月(22歳4ヵ月)
  • 新十両 :平成23年(2011)9月(25歳0ヵ月)
  • 新入幕 :平成24年(2012)5月(25歳8ヵ月)
  • 最終場所:平成26年(2014)5月(27歳8ヵ月)
  • 生涯戦歴:141勝112敗20休/249出場(32場所)
  • 生涯勝率:55.7%
  • 優勝等 :十両優勝1回,幕下優勝1回(同点1)
  • 幕内戦歴:5勝8敗2休(1場所)勝率:38.5%
  • 十両戦歴:39勝43敗8休(6場所)勝率:47.6%

東海 稔

東海 稔(あずまうみ みのる)東京都品川区出身、伊勢ヶ濱~荒磯部屋の元力士で、最高位は前頭14枚目

昭和14年(1939)1月場所に14歳9ヶ月で初土俵を踏み、昭和34年(1959)5月場所を最後に引退(35歳2ヶ月)。

通算成績は305勝310敗18休614出場。生涯勝率.496。通算52場所中、25場所を勝ち越した(勝ち越し率.521)。

主な成績は十両同点1回。

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本名は近藤 稔。大正13年(1924)3月14日生まれ。昭和38年(1963)6月10日逝去(享年39歳)。

5代・伊勢ヶ濱(元関脇・清瀬川)の伊勢ヶ濱部屋に入門、出身地である北品川の山にちなんだ「御殿山」の四股名で初土俵を踏んだ。

幕下上位にまで進んだ昭和20年(1945)に応召され、昭和25年(1950)に復員。御殿山では「ゴテンゴテンと転がる」ようだと「東海(あずまうみ)」に改名して幕下付出で復帰した。

昭和27年(1952)1月場所で新十両に昇進、昭和28年(1953)3月場所には新入幕を果たす。しかし大きな身体のわりには非力で勝ちみが遅く、幕内在位8場所中、勝ち越しは1場所のみに終わった。

四股名
東海 稔(あずまうみ みのる)
最高位
前頭14枚目
出身地
東京都品川区
本名
近藤 稔
生年月日
大正13年(1924)3月14日
没年月日
昭和38年(1963)6月10日(享年39歳)
所属部屋
伊勢ヶ濱~荒磯部屋
改名歴
御殿山 → 東海 稔
初土俵
昭和14年(1939)1月 前相撲(14歳9ヶ月)
新十両
昭和27年(1952)1月(所要19場所)
27歳9ヶ月(初土俵から13年0ヶ月)
新入幕
昭和28年(1953)3月(所要23場所)
28歳11ヶ月(初土俵から14年2ヶ月)
最終場所
昭和34年(1959)5月(35歳2ヶ月)
大相撲歴
52場所(20年4ヶ月)
通算成績
305勝310敗18休614出場(勝率.496)
通算52場所
勝ち越し25場所(勝ち越し率.521)
優勝等
十両同点1回
前頭戦歴
44勝76敗0休120出場(勝率.367)
在位8場所(在位率.154)
勝ち越し1場所(勝ち越し率.125)
十両戦歴
180勝175敗5休354出場(勝率.507)
在位24場所(在位率.462)
勝ち越し14場所(勝ち越し率.583)
関取戦歴
224勝251敗5休474出場(勝率.472)
在位32場所(在位率.615)
勝ち越し15場所(勝ち越し率.469)
幕下以下歴
81勝59敗13休140出場(勝率.579)
在位16場所(在位率.308)
勝ち越し10場所(勝ち越し率.625)


東錦 栄三郎

  • 四股名 :東錦 栄三郎(あずまにしき えいざぶろう)
  • 最高位 :前頭15枚目
  • 出身地 :東京都新宿区
  • 本 名 :星野 栄三郎
  • 生年月日:昭和15年(1940)10月2日
  • 没年月日:平成6年(1994)11月9日(享年54歳)
  • 所属部屋:高砂部屋
  • 改名歴 :星野⇒東錦
  • 初土俵 :昭和31年(1956)5月(15歳7ヵ月)
  • 新十両 :昭和37年(1962)3月(21歳5ヵ月)
  • 新入幕 :昭和37年(1962)9月(21歳11ヵ月)
  • 最終場所:昭和42年(1967)9月(26歳11ヵ月)
  • 生涯戦歴:375勝352敗13休/726出場(66場所)
  • 生涯勝率:51.6%
  • 優勝等 :十両優勝1回(同点1),幕下同点1回,三段目同点1回
  • 幕内戦歴:3勝12敗(1場所)勝率:20.0%
  • 十両戦歴:229勝245敗6休(32場所)勝率:48.3%

東白龍 雅士

東白龍 雅士(とうはくりゅう まさひと)は東京都 足立区出身、玉ノ井部屋の力士で最高位は前頭15枚目。令和8年5月場所の番付は東 十両10枚目。

東京都足立区に生まれ、墨田区立第二寺島小学校5年次から葛飾白鳥相撲教室に通って相撲を始めた。葛飾区立大道中学校の3年次には白鵬杯で見事に優勝を飾る。その後、千葉県の専修大学松戸高校へ進学した。高校3年次の大会で団体3位に入賞した際、それまで軽視していた団体戦に強い興味を抱くようになる。大相撲からの誘いもあったが、団体優勝を目指して東洋大学への進学を選択した。

団体戦への思いと大学での活躍

東洋大学の相撲部では、目標としていた全国学生相撲選手権大会(インカレ)の団体3連覇に大きく貢献した。さらに個人としても、3年次の全日本大学選抜相撲宇和島大会や、4年次の全日本大学選抜相撲和歌山大会、東日本学生相撲選手権大会で優勝を果たすなど、計3つのタイトルを獲得する。4年次の12月に出場した全日本相撲選手権大会でもベスト8に入り、大相撲の三段目100枚目格付出の資格を取得した。

この時点では相撲部屋から声はかかっていなかったものの、大学3年時に千秋楽パーティーに誘われた縁もあり、14代玉ノ井(元関脇・初代栃東)が率いる玉ノ井部屋への入門を決意する。

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三段目付出での初陣

大学卒業後の令和元年(2019年)5月場所において、本名の「白石」で初土俵を踏んだ。三段目付出として臨んだこの初陣の場所で、アマチュアトップクラスの実力を遺憾なく発揮し、7戦全勝で見事に三段目優勝を飾る。その後は幕下の分厚い壁に挑み、一進一退の攻防を繰り返しながらも着実に地力を養っていった。

関取昇進と幕内の土俵へ

初土俵から約1年半となる令和2年(2020年)11月場所において、西幕下2枚目の地位で4勝3敗と勝ち越しを決める。これにより、翌令和3年(2021年)1月場所での新十両昇進を果たした。この関取昇進の節目に合わせて、四股名を本名から「東白龍」へと改名した。出身大学や師匠の四股名から「東」、本名から「白」、そして昇り龍から「龍」の字を組み合わせた四股名である。

十両の土俵で突き押し相撲に磨きをかけ、令和5年(2023年)9月場所において西十両4枚目で10勝5敗の好成績を挙げる。この活躍により、翌11月場所において新入幕を果たし、前頭15枚目まで番付を上げた。幕内として臨んだこの場所は5勝10敗と厚い壁に跳ね返されて十両へ陥落したものの、その後も関取の地位で土俵を務め続けている。

スピードを生かした取り口

目標とする力士に阿炎を挙げており、スピードを生かした突っ張りと、突き起こしてからの素早い引き技を持ち味とする。師匠の玉ノ井からはスピードや前に出て回り込むセンスが高く評価されている。一方、押し一辺倒であるため廻しを取られたら自分の相撲にならないことを本人も認めており、体格の向上と四つへの対応が課題となっている。

また、アマチュア時代に体力温存のために多用していた立ち合いの叩きが悪癖となっており、相手の髷に手がかかって反則負けを喫することも少なくない。

💡 東京都出身一覧💡 玉ノ井部屋の力士

四股名
東白龍 雅士(とうはくりゅう まさひと)
最高位
前頭15枚目
最新番付
東 十両10枚目
出身地
東京都 足立区
本名
白石 雅仁
生年月日
平成8年(1996)4月17日(30歳)
身長・体重
182cm・135kg
出身高校
専修大学松戸高校
出身大学
東洋大学
所属部屋
玉ノ井部屋
改名歴
白石 → 東白龍
初土俵
令和1年(2019)5月・三段目100付出(23歳1ヵ月)
新十両
令和3年(2021)1月(24歳9ヵ月)
新入幕
令和5年(2023)11月(27歳7ヵ月)
優勝
三段目優勝1回
通算成績
265勝272敗13休/535出場(勝率:49.5%)
直近7場所
46勝51敗
7場所勝率
47.4%
得意技
突き・押し
決まり手傾向(直近7場所)
東白龍が勝ちの決まり手(42勝)※不戦勝1含む
叩き込み23
押し出し6
上手投げ3
突き出し2
引き落とし2
寄り切り2
その他3
東白龍が負けの決まり手(48敗)
押し出し25
突き出し7
寄り切り7
叩き込み3
突き落とし2
掬い投げ1
その他3
令8年5月
東 十両10枚目(半枚上昇)
4勝3敗
○●○○●|○●   |     
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年3月
西 十両10枚目(変動なし)
8勝7敗
●●○○●|○○●○●|□○○●●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年1月
西 十両10枚目(変動なし)
7勝8敗
○●○●○|●○●●●|○○●○●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

▼ さらに過去の成績(4場所分)を見る
令7年11
西 十両10枚目(4枚降下)
7勝8敗
●○●●●|○○●●●|●○○○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年9月
西 十両6枚目(1枚半降下)
4勝11敗
○○●●●|●●●●○|○●●●●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年7月
東 十両5枚目(5枚上昇)
7勝8敗
○●○●●|●○●●○|○○●●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年5月
東 十両10枚目
9勝6敗
○○●○○|○○●○●|○○●●●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

大江戸 勇二

  • 四股名 :大江戸 勇二(おおえど ゆうじ)
  • 最高位 :前頭16枚目
  • 年寄名跡:10代九重⇒14代入間川
  • 出身地 :東京都江東区
  • 本 名 :小林 勇
  • 生年月日:大正12年(1923)9月28日
  • 没年月日:平成8年(1996)1月4日(享年72歳)
  • 所属部屋:春日野部屋
  • 改名歴 :小林⇒城東山⇒大江戸
  • 初土俵 :昭和14年(1939)5月(15歳8ヵ月)
  • 新十両 :昭和23年(1948)5月(24歳8ヵ月)
  • 新入幕 :昭和24年(1949)5月(25歳8ヵ月)
  • 最終場所:昭和29年(1954)1月(30歳4ヵ月)
  • 生涯戦歴:153勝176敗15休/328出場(35場所)
  • 生涯勝率:46.5%
  • 優勝等 :なし
  • 幕内戦歴:17勝28敗(3場所)勝率:37.8%
  • 十両戦歴:69勝76敗10休(11場所)勝率:47.6%

大喜鵬 雅弘

小学生の頃から相撲を始めて中学は鳥取へと相撲留学し3年次に全国大会優勝。鳥取城北高校1年次には全国高等学校総合体育大会相撲競技大会に優勝し高校横綱の称号を手にした。日大4年次に国体横綱に輝き幕下15枚目格付出の資格を獲得。この頃に白鵬からスカウトを受けたことで宮城野部屋へと入門、白鵬初の内弟子となった。

十両昇進時に「大勢の人に喜んでもらえるように」との想いで大喜鵬へと改名。平成25年5月場所で新入幕を果たすが怪我などの影響もあり番付は徐々に降下、さらにバセドウ病との診断が下った。一時は相撲を諦めかけたが投薬治療と丹念な稽古で平成28年11月場所で再十両を遂げた。

  • 四股名 :大喜鵬 雅弘(だいきほう まさひろ)
  • 最高位 :前頭16枚目
  • 出身地 :東京都江東区 ⇒ 福岡県飯塚市
  • 本 名 :山口 雅弘
  • 生年月日:平成元年(1989)5月13日
  • 出身高校:鳥取城北高校
  • 出身大学:日本大学
  • 所属部屋:宮城野部屋
  • 改名歴 :山口⇒大喜鵬⇒山口⇒大喜鵬
  • 初土俵 :平成24年(2012)3月・幕下15付出(22歳10ヵ月)
  • 新十両 :平成24年(2012)9月(23歳4ヵ月)
  • 新入幕 :平成25年(2013)5月(24歳0ヵ月)
  • 最終場所:令和元年(2019)9月(30歳4ヵ月)
  • 生涯戦歴:220勝247敗7休/465出場(46場所)
  • 生涯勝率:47.1%
  • 優勝等 :幕下優勝2回
  • 幕内戦歴:3勝12敗(1場所)勝率:20.0%
  • 十両戦歴:122勝147敗1休(18場所)勝率:45.4%

日翔志 英忠

日翔志 英忠(ひとし ひでただ)は東京都 立川市出身、追手風部屋の力士で最高位は前頭17枚目。令和8年5月場所の番付は東 十両12枚目。

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東京都立川市に生まれ、相撲好きの祖父の影響で兄が相撲を習い始めたことに付いていく形で、5歳の頃から地元の立川錬成館で相撲を始めた。中学校からは親元を離れて新潟県の糸魚川市立能生中学校へと相撲留学し、3年次には全国中学校相撲選手権大会で個人3位に入賞するなど早くからその才能を発揮した。

中学卒業後は名門である埼玉栄高校へ進学し、1年次から高校総体や弘前大会で団体優勝を経験する。その後も数々の主要大会で同校の団体優勝に大きく貢献し、3年次には個人3位の成績も残して全国的な強豪選手へと成長を遂げた。高校卒業後は日本大学へ進学して相撲部で研鑽を積む。4年次には全国学生無差別級優勝や全国学生選手権代替大会優勝など輝かしい実績を残した。

大学卒業後は日本大学事業部に就職し、実業団選手として活動しながら日大相撲部のコーチを務めた。しかし、新型コロナウイルス感染拡大の影響で大会が中止となり、自分と向き合う時間が増えたことで角界入りへの思いが強くなる。大学職員という安定した道を捨てることに対して父親からは反対されたが、それを押し切って追手風部屋への入門を決断する。年齢制限緩和措置の適用を受け、令和3年(2021年)5月場所に23歳で初土俵を踏んだ。

四股名の由来と凄絶な大怪我

初土俵の場所は本名と師匠(元前頭・大翔山)の四股名の一字を合わせた「沢田翔」を名乗ったが、翌場所からは本名の下の名「日登志」の字を変えた「日翔志」へと改名した。同年9月場所では7戦全勝で序二段優勝を飾り、順調な滑り出しを見せた。

しかし、その直後の稽古で首に深刻な怪我を負い、約1ヶ月間にわたり寝たきりの状態となってしまう。頭から当たる相撲が取れなくなるほどの重傷であり、3場所連続での全休を余儀なくされた。さらに、休場中の令和4年(2022年)3月には入門を反対していた父親が急逝するという深い悲しみにも見舞われた。

師匠の言葉と不屈の幕下優勝

失意の底にあったが、同部屋の力士たちの激励や、師匠からの「絶対十両に上がれる」という力強い励ましの言葉に支えられて復帰を決意する。怪我を乗り越えて同年5月場所で土俵へ戻ると、続く7月場所で2度目の序二段優勝を飾り、同年11月場所では三段目優勝を果たすなど、休場のブランクを感じさせない圧倒的な強さで番付を戻していった。

幕下上位へ進出した後は壁に跳ね返される時期もあったが、西幕下3枚目で迎えた令和5年(2023年)9月場所で6勝1敗の好成績を収め、7人による優勝決定戦を制して幕下優勝を飾る。決定戦の直後には「辞めなくて良かった」と目を輝かせた。この実績が評価されて新十両昇進が決定し、会見では高校の同期である琴ノ若(現・琴櫻)の名を挙げ、「早く追いつけるように頑張りたい」と意気込みを語った。

新入幕と怪我を抱えての土俵

しかし、新十両として迎えた同年11月場所では、2日目の取組で右足を痛めて車椅子で退場する不運に見舞われる。翌日は痛み止めを打って強行出場し、執念で関取としての初白星を掴み取ったものの、怪我の影響から2勝13敗と大敗して1場所で幕下への陥落を余儀なくされた。

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その後は再び幕下上位で地力を蓄え、令和7年(2025年)3月場所で十両への復帰を果たした。再十両後は持ち前の実力を発揮して勝ち越しを続け、同年9月場所で見事に新入幕を果たした。

首の怪我の後遺症により頭から思い切り当たることができないハンデを抱えながらも、恵まれた体格を生かした突き押しや、四つに組んでからの力強い寄りを最大の武器とする。新入幕の場所は7勝8敗と負け越して十両へ陥落したが、アマチュア時代の実績に裏打ちされた確かな地力と、度重なる怪我を乗り越えた不屈の精神を胸に、幕内の土俵への定着を目指して日々の稽古に邁進している。

💡 東京都出身一覧💡 追手風部屋の力士

四股名
日翔志 英忠(ひとし ひでただ)
最高位
前頭17枚目
最新番付
東 十両12枚目
出身地
東京都 立川市
本名
沢田 日登志
生年月日
平成9年(1997)8月14日(28歳)
身長・体重
182cm・152kg
出身高校
埼玉栄高校
出身大学
日本大学
所属部屋
追手風部屋
改名歴
沢田翔 → 日翔志
初土俵
令和3年(2021)5月(23歳9ヵ月)
新十両
令和5年(2023)11月(26歳3ヵ月)
新入幕
令和7年(2025)9月(28歳1ヵ月)
優勝
幕下優勝1回,三段目優勝1回,序二段優勝2回
通算成績
144勝109敗21休/253出場(勝率:56.9%)
直近7場所
37勝45敗(幕内:7勝8敗)
7場所勝率
45.4%
得意技
右四つ・寄り
決まり手傾向(直近7場所)
日翔志が勝ちの決まり手(40勝)
叩き込み13
押し出し9
寄り切り8
送り出し2
押し倒し2
引き落とし1
その他5
日翔志が負けの決まり手(50敗)
押し出し20
寄り切り12
叩き込み4
引き落とし3
突き出し2
送り出し2
その他7
令8年5月
東 十両12枚目(6枚降下)
4勝3敗
●●○○●|○○   |     
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年3月
東 十両6枚目(3枚上昇)
5勝10敗
●○●●●|○●●○●|●●○●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年1月
東 十両9枚目(8枚降下)
9勝6敗
●○●○○|○○●○●|○●○●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

▼ さらに過去の成績(4場所分)を見る
令7年11
東 十両筆頭(1枚降下)
2勝13敗
●○●●●|●●●○●|●●●●●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年9月
西 前頭17枚目(6枚上昇・最高位更新)
7勝8敗
●●●●○|○○○●●|○●○●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年7月
東 十両6枚目(変動なし)
10勝5敗
○○●○●|●○●○●|○○○○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年5月
東 十両6枚目
7勝8敗
●○●○○|●●○●●|●●○○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

羽出山 将

羽出山 将(はつやま しょう)は東京都 東村山市出身、玉ノ井部屋の力士で最高位は前頭17枚目。令和8年5月場所の番付は西 十両3枚目。

東京都東村山市に生まれ、小学6年生の頃から立川錬成館で相撲を始めた。その後、東京都立足立新田高校へ進学し、3年次に出場した高等学校相撲金沢大会において団体2位、個人優勝という優れた実績を残した。

付出資格の失効と再取得

高校卒業後は東洋大学へ進学し、相撲部でさらに実力を伸ばす。2年次に全国学生相撲選手権大会でベスト8、全日本相撲選手権大会でもベスト8に入り、大相撲の三段目付出資格を獲得した。しかし、大学での競技生活を優先したためこの権利は行使せず失効する。それでも3年次に再び全日本選手権でベスト8に入り、同資格を再取得した。4年次には東日本学生相撲個人体重別選手権大会で3位、全国学生選手権でベスト16に入るなど活躍を続けた。

大学卒業後は、東洋大学OBの東白龍に誘われて玉ノ井部屋への入門を決意。令和4年(2022年)3月場所において、3年次に獲得した全日本選手権ベスト8の実績から三段目100枚目格付出で初土俵を踏んだ。全国に20人程度しかいないと言われる非常に希少な苗字であり、「本名とその読みを知ってほしい」という思いから、本名の「羽出山」を四股名としている。

幕下での奮闘と全勝優勝

順調に星を重ねて初土俵から4場所で幕下へ昇進したが、そこからは幕下の分厚い壁に挑む時期が続いた。一進一退の攻防を繰り返しながらも、長身と恵まれた体格を活かした相撲に磨きをかけ、着実に地力を養っていく。

初土俵から約2年半となる令和6年(2024年)9月場所において、東幕下16枚目の地位で7戦全勝の快進撃を見せ、見事に幕下優勝を飾った。この好成績により番付を大きく上げ、西幕下筆頭で迎えた同年11月場所で5勝2敗と勝ち越して十両昇進を決定づけた。

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関取昇進から幕内の土俵へ

令和7年(2025年)1月場所での新十両昇進により、東村山市からの関取誕生は元小結・黒瀬川(厳密には旧東村山町出身)以来、史上2人目となった。昇進会見では同郷のスターである志村けんを憧れに挙げ、「東村山と言ったら、志村けんさんと自分の名前が出るくらいに活躍したい」と決意を語っている。

新十両昇進後も持ち味を発揮して白星を先行させ、東十両5枚目で迎えた同年11月場所では11勝4敗の好成績を挙げる。これにより、翌令和8年(2026年)1月場所において新入幕を果たし、前頭17枚目まで番付を上げた。この場所は2勝13敗と幕内の厚い壁に跳ね返されて十両へ陥落したものの、続く3月場所では西十両9枚目で10勝5敗と二桁勝利を挙げて地力を示している。

💡 東京都出身一覧💡 玉ノ井部屋の力士

四股名
羽出山 将(はつやま しょう)
最高位
前頭17枚目
最新番付
西 十両3枚目
出身地
東京都 東村山市
本名
羽出山 将
生年月日
平成11年(1999)11月5日(26歳)
身長・体重
195cm・142kg
出身高校
足立新田高校
出身大学
東洋大学
所属部屋
玉ノ井部屋
初土俵
令和4年(2022)3月・三段目100付出(22歳4ヵ月)
新十両
令和7年(2025)3月(25歳4ヵ月)
新入幕
令和8年(2026)1月(26歳2ヵ月)
優勝
幕下優勝1回
通算成績
137勝108敗1休/244出場(勝率:56.1%)
直近7場所
48勝34敗(幕内:2勝13敗)
7場所勝率
51.5%
得意技
突き・押し
決まり手傾向(直近7場所)
羽出山が勝ちの決まり手(48勝)
叩き込み11
押し出し11
寄り切り6
送り出し4
上手出し投げ3
突き落とし3
その他10
羽出山が負けの決まり手(42敗)
押し出し21
寄り切り8
突き落とし3
引き落とし2
押し倒し2
叩き込み2
その他4
令8年5月
西 十両3枚目(6枚上昇)
2勝5敗
○○●●●|●●   |     
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年3月
西 十両9枚目(9枚降下)
10勝5敗
○●○●○|○○●●○|●○○○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年1月
西 前頭17枚目(4枚半上昇・最高位更新)
2勝13敗
●●●●●|●●●○●|●●○●●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

▼ さらに過去の成績(4場所分)を見る
令7年11
東 十両5枚目(3枚上昇・最高位更新)
11勝4敗
○●○●○|○○○○●|○○○○●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年9月
東 十両8枚目(5枚上昇・最高位更新)
9勝6敗
●○●○○|○●○●●|○●○○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年7月
東 十両13枚目(2枚半降下)
10勝5敗
○○○○●|○●○○○|●●●○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年5月
西 十両10枚目
6勝9敗
○○●●●|●●●●○|○●●○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

大田山 一朗

  • 四股名 :大田山 一朗(おおたやま いちろう)
  • 最高位 :前頭20枚目
  • 年寄名跡:14代陣幕⇒8代錦戸
  • 出身地 :東京都大田区
  • 本 名 :藤澤 一郎
  • 生年月日:大正13年(1924)5月3日
  • 没年月日:平成11年(1999)11月11日(享年75歳)
  • 所属部屋:高砂部屋
  • 改名歴 :藤沢⇒前田川⇒岩手山⇒太田山⇒大田山
  • 初土俵 :昭和15年(1940)1月(15歳8ヵ月)
  • 新十両 :昭和26年(1951)9月(27歳4ヵ月)
  • 新入幕 :昭和32年(1957)9月(33歳4ヵ月)
  • 最終場所:昭和34年(1959)5月(35歳0ヵ月)
  • 生涯戦歴:347勝366敗9休1分/713出場(58場所)
  • 生涯勝率:48.7%
  • 優勝等 :十両優勝1回,幕下優勝1回
  • 幕内戦歴:10勝20敗(2場所)勝率:33.3%
  • 十両戦歴:228勝247敗4休1分(32場所)勝率:48.0%

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