放駒(はなれごま)部屋の過去から現在までの主な所属力士をご紹介する放駒部屋の大相撲力士まとめ!
この記事では放駒部屋と、その前身である松ヶ根部屋、そして二所ノ関部屋の主な関取を中心に紹介していきます。過去の力士については最高位や改名歴、初土俵や各段の昇進時期と最終場所、さらに生涯戦歴と生涯勝率、成績等を中心にご紹介していきます。また、現役力士については最高位と昇進時期、主な成績などを載せています。
なお、年寄名跡欄の
現役の放駒部屋力士の最新番付や成績、詳細なデータをご覧になりたい方はこちら
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- 一門
- :二所ノ関一門
- 創設
- :平成2年(1990年)2月18日 松ヶ根部屋として創設
- 創設者
- :第9代・松ヶ根 六男 (元大関・若島津 六男)
- 改称
- :平成26年(2014年)12月1日 二所ノ関部屋へと改称
- 改称者
- :第12代・二所ノ関 六男 (元大関・若島津 六男)
- 改称
- :令和3年(2021年)12月24日 放駒部屋へと改称
- 改称者
- :第18代・放駒 新 (元関脇・玉乃島 新)
- 現師匠
- :同上
- 所在地
- :東京都足立区六町1-1-11 📍地図
- サイト
- : 公式サイト / X(Twitter) / Instagram
松ヶ根~二所ノ関~放駒部屋の歴代師匠
第9代・松ヶ根 六男~第12代・二所ノ関 六男 (元大関・若島津)
若嶋津 六夫 (わかしまづ むつお)は鹿児島県熊毛郡中種子町出身、二子山部屋の元力士で、最高位は大関。
昭和50年(1975)3月場所に18歳2ヶ月で初土俵を踏み、昭和62年(1987)7月場所を最後に引退(30歳6ヶ月)。
通算成績は515勝330敗21休840出場。生涯勝率.613。通算75場所中、54場所を勝ち越した(勝ち越し率.730)。
主な成績は幕内優勝2回(次点6)、十両優勝1回、序二段(同点1)、序ノ口優勝1回、敢闘賞2回、技能賞3回、金星2個(北の湖2個)。
本名は日高 六男。昭和32年(1957)1月12日生まれ。令和8年(2026)3月15日逝去(享年69歳)。
褐色の肌と精悍な顔立ちから「南海の黒豹」と称され、日本中を熱狂させた元大関・若嶋津。記録にも記憶にも残る華々しい土俵人生を歩み、引退後は部屋を興して後進の育成に尽力。幾多の試練を乗り越え、大相撲の発展に生涯を捧げた昭和を代表する名力士である。
二子山部屋への入門と、軽量に苦しんだ下積み時代
鹿児島県種子島に生まれ、幼少期から大自然の中で足腰を鍛えられた。地元の中学校を卒業後、鹿児島商工高校(現・樟南高校)へ進学して相撲部で活躍する。高校卒業後、「土俵の鬼」こと初代若乃花が率いる二子山部屋へ入門し、昭和50年(1975年)3月場所、本名の「日高」で初土俵を踏んだ。
入門当初は体重が100キロに満たず、周囲の大きな力士に弾き飛ばされる苦しい時期が続いた。しかし、地道な稽古で少しずつ体を大きくしながら、左四つ右上手を取って胸を合わせる正攻法の相撲を身につけていく。初土俵から約5年の歳月をかけ、昭和55年(1980年)3月場所で待望の新十両昇進。これを機に四股名を「若島津」へと改め、関取の座を掴むとその才能を一気に開花させていった。
「南海の黒豹」の躍進と大関昇進
昭和56年(1981年)1月場所で新入幕を果たすと、均整の取れた体格と南国出身の凛々しい容貌、そしてバネを生かしたしなやかな相撲から「南海の黒豹」の異名を取り、一躍角界のスターへと成長する。同年11月場所からは2場所連続で横綱・北の湖から金星を奪うなど、上位陣を脅かす存在として猛威を振るった。
昭和57年(1982年)には技能賞と敢闘賞を次々と獲得し、直近3場所で合計34勝という申し分のない好成績を挙げる。そして昭和58年(1983年)1月場所、念願の大関昇進を果たし、同年9月場所より四股名を「若嶋津」へと改めた。
全勝優勝と年間最多勝、絶頂期の輝き
大関としての絶頂期は昭和59年(1984年)に訪れる。3月場所で14勝1敗と初賜杯を抱くと、続く7月場所では15戦全勝で2度目の幕内最高優勝を達成する。綱取りを懸けた9月場所でも終盤まで優勝争いに加わったが、小錦や多賀竜に敗れて11勝4敗に終わり、惜しくも連続優勝と横綱昇進を逃した。それでもこの年は年間最多勝となる71勝(19敗)を記録し、名実ともに大相撲の看板力士として君臨。翌年には、当時絶大な人気を誇っていたアイドル歌手の高田みづえとの結婚を発表し、世紀のビッグカップル誕生は社会現象となるほどの大きな話題を呼んだ。
怪我との闘いと「二所ノ関」の復活
しかし、度重なる怪我や病がその無類なき才能を蝕んでいく。昭和60年(1985年)7月場所で大錦戦で負った左肩と肘の負傷を機に休場や負け越しが増え、苦しい土俵が続いた。満身創痍の中、限界まで戦い抜き、昭和62年(1987年)7月場所を最後に現役を引退した。
引退後は年寄「松ヶ根」を襲名して独立し、のちに小結となる松鳳山らを育成する。平成26年(2014年)末には由緒ある名跡「二所ノ関」を襲名して部屋の看板を掛け替え、一時的に途絶えていた一門の総帥部屋を復活させるという大任を果たした。
角界への献身と次代への継承
平成29年(2017年)には路上で転倒し一時は意識不明の重体に陥るが、懸命の治療と家族の献身的な支えにより奇跡的な回復を見せる。自身の停年を控えた令和3年(2021年)12月、元横綱・稀勢の里と名跡を交換し、二所ノ関の由緒ある看板を次代のホープへ託した。同時に、自身が率いた旧二所ノ関部屋は部屋付きの18代放駒(元関脇・玉乃島)へと継承されて「放駒部屋」へと改称。師匠を退任した自身は17代荒磯として同部屋付きとなり、後進に道を譲る潔い決断を下した。
停年に際しては「今はただ相撲協会や支えてくれた方々に感謝しかありません。いい相撲人生を送らせていただきました」と角界への深い感謝の言葉を残している。停年後も再雇用制度による参与として協会を支えたが、令和5年(2023年)7月に年寄名跡を後進へ譲り、日本相撲協会を退職。そして令和8年(2026年)3月15日、肺炎のため69歳で永眠。幾多の熱戦と色褪せぬカリスマ性は、大相撲の歴史に輝かしい伝説として永遠に語り継がれていく。
- 四股名
- 若嶋津 六夫 (わかしまづ むつお)
- 最高位
- 大関
- 年寄名跡
- 9代松ヶ根 六男(二子山) → 9代松ヶ根 六男 → 12代二所ノ関 六男 → 17代荒磯 六男(放駒)
- 出身地
- 鹿児島県熊毛郡中種子町
- 本名
- 日高 六男
- 生年月日
- 昭和32年(1957)1月12日
- 没年月日
- 令和8年(2026)3月15日(享年69歳)
- 出身高校
- 鹿児島商工高校
- 所属部屋
- 二子山部屋
- 改名歴
- 日高 六男 → 若島津 六男 → 若嶋津 六夫
- 初土俵
- 昭和50年(1975)3月 前相撲(18歳2ヶ月)
- 新十両
- 昭和55年(1980)3月(所要30場所)
- 23歳2ヶ月(初土俵から5年0ヶ月)
- 新入幕
- 昭和56年(1981)1月(所要35場所)
- 24歳0ヶ月(初土俵から5年10ヶ月)
- 新小結
- 昭和57年(1982)7月(所要44場所)
- 25歳6ヶ月(初土俵から7年4ヶ月)
- 新関脇
- 昭和57年(1982)3月(所要42場所)
- 25歳2ヶ月(初土俵から7年0ヶ月)
- 新大関
- 昭和58年(1983)1月(所要47場所)
- 26歳0ヶ月(初土俵から7年10ヶ月)
- 最終場所
- 昭和62年(1987)7月場所(30歳6ヶ月)
- 大相撲歴
- 75場所(12年4ヶ月)
- 通算成績
- 515勝330敗21休840出場(勝率.613)
- 通算75場所
- 勝ち越し54場所(勝ち越し率.730)(勝ち越し星238)
- 優勝等
- 幕内優勝2回(次点6),十両優勝1回,序二段(同点1),序ノ口優勝1回
- 受賞・金星
- 敢闘賞2回,技能賞3回,金星2個(北の湖2個)
- 持給金
- 244円50銭(勝ち越し星238個 優勝2回 金星2個)
- 大関戦歴
- 250勝145敗13休391出場(勝率.639)
- 在位28場所(在位率.373)
- 勝ち越し22場所(勝ち越し率.786)
- 幕内戦歴
- 356勝219敗13休571出場(勝率.623)
- 在位40場所(在位率.533)
- 勝ち越し31場所(勝ち越し率.775)
- 三役戦歴
- 49勝26敗0休75出場(勝率.653)
- 在位5場所(在位率.067)
- 勝ち越し4場所(勝ち越し率.800)
- 関脇戦歴
- 39勝21敗0休60出場(勝率.650)
- 在位4場所(在位率.053)
- 勝ち越し3場所(勝ち越し率.750)
- 小結戦歴
- 10勝5敗0休15出場(勝率.667)
- 在位1場所(在位率.013)
- 勝ち越し1場所(勝ち越し率1.000)
- 前頭戦歴
- 57勝48敗0休105出場(勝率.543)
- 在位7場所(在位率.093)
- 勝ち越し5場所(勝ち越し率.714)
- 十両戦歴
- 44勝30敗1休73出場(勝率.603)
- 在位5場所(在位率.067)
- 勝ち越し4場所(勝ち越し率.800)
- 関取戦歴
- 400勝249敗14休644出場(勝率.621)
- 在位45場所(在位率.600)
- 勝ち越し35場所(勝ち越し率.778)
- 幕下以下歴
- 115勝81敗7休196出場(勝率.587)
- 在位29場所(在位率.387)
- 勝ち越し19場所(勝ち越し率.655)
名鑑ページでは、以下のような詳細な分析データをはじめ、豊富な表やグラフをご覧いただけます。
- ✅ 勝った決まり手1位:寄り切り(150回 / 37.1%)
- ✅ 負けた決まり手1位:寄り切り(97回 / 38.8%)
- ✅ 得意な相手:巨砲(23勝3敗 / 勝率.885)
- ✅ 苦手な相手:千代の富士(3勝25敗 / 勝率.107)
第18代・放駒 新 (元関脇・玉乃島)
玉乃島 新 (たまのしま あらた)は福島県西白河郡泉崎村出身、片男波部屋の元力士で、最高位は関脇。
平成10年(1998)3月場所に20歳6ヶ月で初土俵を踏み、平成23年(2011)11月場所を最後に引退(34歳2ヶ月)。
通算成績は557勝583敗4休1138出場。生涯勝率.489。通算82場所中、36場所を勝ち越した(勝ち越し率.439)。
主な成績は幕内(次点2)、十両優勝1回、敢闘賞5回、技能賞1回、金星2個(朝青龍1個、武蔵丸1個)。
昭和52年(1977)9月15日生まれ。本名は岡部 新。
父は元プロボクサーでチャンピオンのタートル岡部、母は元大関・清國の実妹、兄は元十両の玉ノ国。育ったのは東京都文京区だが父親の故郷である福島県を出身地として名乗っていた。
竹内(雅山)とは中学時代からのライバルで切磋琢磨してきた。兄が在学していた東洋大学に進学したが2年で中退して片男波部屋へと入門。この入門は4年で卒業した兄と一緒であり、史上初の兄弟同時幕下付出となった。
初土俵から約2年で新入幕、一度は跳ね返されたがすぐに再入幕、このとき四股名を「玉乃島」と改めた。これは現役中に亡くなった51代横綱・玉の海が大関時代まで名乗っていた四股名であり、それだけ期待されての改名だった。
しかしその期待に充分答えることは出来なかった。平成13年(2001)9月場所の新小結をはじめ都合4度三役の座についた玉乃島だったが、一度も勝ち越すことは出来ずに平幕での土俵が多かった。
停年を間近に控えた12代二所ノ関(元大関・若島津)から12月24日付で部屋を継承、放駒部屋として部屋を率いることになった。
- 四股名
- 玉乃島 新 (たまのしま あらた)
- 最高位
- 関脇
- 年寄名跡
- 10代西岩 新(片男波) → 18代放駒 新(片男波) → 18代放駒 新(松ヶ根) → 18代放駒 新(二所ノ関) → 18代放駒 新
- 出身地
- 福島県西白河郡泉崎村
- 本名
- 岡部 新
- 生年月日
- 昭和52年(1977)9月15日(48歳)
- 出身高校
- 金沢市立工業高校
- 出身大学
- 東洋大学
- 所属部屋
- 片男波部屋
- 改名歴
- 玉ノ洋 新 → 玉乃島 新
- 初土俵
- 平成10年(1998)3月 幕下60枚目付出(20歳6ヶ月)
- 新十両
- 平成11年(1999)9月(所要9場所)
- 22歳0ヶ月(初土俵から1年6ヶ月)
- 新入幕
- 平成12年(2000)11月(所要16場所)
- 23歳2ヶ月(初土俵から2年8ヶ月)
- 新小結
- 平成13年(2001)9月(所要21場所)
- 24歳0ヶ月(初土俵から3年6ヶ月)
- 新関脇
- 平成16年(2004)1月(所要35場所)
- 26歳4ヶ月(初土俵から5年10ヶ月)
- 最終場所
- 平成23年(2011)11月場所(34歳2ヶ月)
- 大相撲歴
- 82場所(13年8ヶ月)
- 通算成績
- 557勝583敗4休1138出場(勝率.489)
- 通算82場所
- 勝ち越し36場所(勝ち越し率.439)(勝ち越し星152)
- 優勝等
- 幕内(次点2),十両優勝1回
- 受賞・金星
- 敢闘賞5回,技能賞1回,金星2個(朝青龍1個、武蔵丸1個)
- 持給金
- 122円50銭(勝ち越し星152個 金星2個)
- 幕内戦歴
- 395勝441敗4休835出場(勝率.473)
- 在位56場所(在位率.683)
- 勝ち越し21場所(勝ち越し率.375)
- 三役戦歴
- 25勝35敗0休60出場(勝率.417)
- 在位4場所(在位率.049)
- 勝ち越し0場所(勝ち越し率.000)
- 関脇戦歴
- 5勝10敗0休15出場(勝率.333)
- 在位1場所(在位率.012)
- 勝ち越し0場所(勝ち越し率.000)
- 小結戦歴
- 20勝25敗0休45出場(勝率.444)
- 在位3場所(在位率.037)
- 勝ち越し0場所(勝ち越し率.000)
- 前頭戦歴
- 370勝406敗4休775出場(勝率.477)
- 在位52場所(在位率.634)
- 勝ち越し21場所(勝ち越し率.404)
- 十両戦歴
- 117勝117敗0休233出場(勝率.502)
- 在位16場所(在位率.195)
- 勝ち越し7場所(勝ち越し率.438)
- 関取戦歴
- 512勝558敗4休1068出場(勝率.479)
- 在位72場所(在位率.878)
- 勝ち越し28場所(勝ち越し率.389)
- 幕下以下歴
- 45勝25敗0休70出場(勝率.643)
- 在位10場所(在位率.122)
- 勝ち越し8場所(勝ち越し率.800)
名鑑ページでは、以下のような詳細な分析データをはじめ、豊富な表やグラフをご覧いただけます。
- ✅ 勝った決まり手1位:寄り切り(217回 / 19.0%)
- ✅ 負けた決まり手1位:押し出し(121回 / 31.0%)
- ✅ 得意な相手:岩木山(15勝5敗 / 勝率.750)
- ✅ 苦手な相手:朝青龍(4勝21敗 / 勝率.160)
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ここまでは過去から現在までの松ヶ根~二所ノ関~放駒部屋の主な力士たちをご紹介してきましたが、放駒部屋の現役力士の最新番付や成績を知りたい方の為に最適な記事もご用意しています。相撲観戦と予習におススメです!
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