放駒部屋の力士一覧!過去から現在、松ヶ根~二所ノ関~放駒部屋の主な関取を網羅しました

放駒(はなれごま)部屋の過去から現在までの主な所属力士をご紹介する放駒部屋の大相撲力士まとめ!

この記事では放駒部屋と、その前身である松ヶ根部屋、そして二所ノ関部屋の主な関取を中心に紹介していきます。過去の力士については最高位や改名歴、初土俵や各段の昇進時期と最終場所、さらに生涯戦歴と生涯勝率、成績等を中心にご紹介していきます。また、現役力士については最高位と昇進時期、主な成績などを載せています。

なお、年寄名跡欄のマークは、その代で師匠(部屋持ち親方)になったことがあるという意味です。

現役の放駒部屋力士の最新番付や成績、詳細なデータをご覧になりたい方はこちら


相撲部屋や出身地ごとの場所の成績からランキングを作成しております。初場所、好調な相撲部屋や力士の出身地はどこ?

放駒部屋の基本情報
一門
:二所ノ関一門
創設
:平成2年(1990年)2月18日 松ヶ根部屋として創設
創設者
:第9代・松ヶ根 六男 (元大関・若島津 六男)
改称
:平成26年(2014年)12月1日 二所ノ関部屋へと改称
改称者
:第12代・二所ノ関 六男 (元大関・若島津 六男)
改称
:令和3年(2021年)12月24日 放駒部屋へと改称
改称者
:第18代・放駒 新 (元関脇・玉乃島 新)
現師匠
:同上
所在地
:東京都足立区六町1-1-11 📍地図
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松ヶ根~二所ノ関~放駒部屋力士を検索

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放駒部屋の最高位:小結

松鳳山 裕也

松鳳山 裕也(しょうほうざん ゆうや)福岡県築上郡築上町出身、松ヶ根~二所ノ関~放駒部屋の元力士で、最高位は小結

平成18年(2006)3月場所に22歳1ヶ月で初土俵を踏み、令和4年(2022)5月場所を最後に引退(38歳3ヶ月)(※番付上は令和4年7月場所が最後)

通算成績は582勝605敗22休1187出場。生涯勝率.490。通算96場所中、47場所を勝ち越した(勝ち越し率.495)。

主な成績は幕内次点1回,十両優勝1回幕下優勝2回(同点1),序二段優勝1回殊勲賞1回,敢闘賞3回,金星5個

昭和59年(1984)2月9日生まれ。本名は松谷 裕也。

椎田中学時代に身体の大きさを見込まれて野球部から柔道部へと転身。さらにその体格の良さを見込まれて隣県の大分県立宇佐産業科学高校相撲部の真砂監督から誘いを受け、相撲へと転身した。

高校2、3年次に出場した選抜高校相撲宇佐大会では共に菊次(琴奨菊)に敗れてベスト8。大学は駒澤大学へと進学して数々の大会で優秀な成績をおさめていた。この活躍により当時の松ヶ根親方(元大関・若嶋津)から声をかけられた松谷は入門を決意し、松ヶ根部屋の門を叩いた。

入門から約4年の平成22年5月場所で新十両へと昇進、順調にみえたが大相撲野球賭博問題で野球賭博に関与していたことが発覚して2場所の出場停止処分を受けた。一時は引退も考えたがお世話になった方々への恩返しのために心を入れ替えて稽古に精進、謹慎明けの平成13年1月場所を西幕下51枚目で迎えた松谷は7戦全勝で幕下優勝、さらに翌5月技量審査場所でも幕下全勝優勝をあげて十両復帰を決める。

平成23年11月で新入幕、四股名を松鳳山へと改めた。気迫のこもった激しい相撲と土俵下での笑顔が魅力だった。

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四股名
松鳳山 裕也(しょうほうざん ゆうや)
最高位
小結
出身地
福岡県築上郡築上町
本名
松谷 裕也
生年月日
昭和59年(1984)2月9日
出身高校
宇佐産業科学高校
出身大学
駒澤大学
所属部屋
松ヶ根~二所ノ関~放駒部屋
改名歴
松谷 裕也 → 松鳳山 裕也
初土俵
平成18年(2006)3月 前相撲(22歳1ヶ月)
新十両
平成22年(2010)5月(所要25場所)
26歳3ヶ月(初土俵から4年2ヶ月)
新入幕
平成23年(2011)11月(所要33場所)
27歳9ヶ月(初土俵から5年8ヶ月)
新小結
平成25年(2013)1月(所要40場所)
28歳11ヶ月(初土俵から6年10ヶ月)
最終場所
令和4年(2022)5月(38歳3ヶ月)※番付上は令和4年7月場所
大相撲歴
96場所(16年2ヶ月)
通算成績
582勝605敗22休1187出場(勝率.490)
通算96場所
勝ち越し47場所(勝ち越し率.495)(勝ち越し星157)
優勝等
幕内次点1回,十両優勝1回幕下優勝2回(同点1),序二段優勝1回
受賞・金星
殊勲賞1回,敢闘賞3回,金星5個
持給金
131円50銭(勝ち越し星157個 金星5個)
幕内戦歴
350勝415敗0休765出場(勝率.458)
在位51場所(在位率.531)
勝ち越し23場所(勝ち越し率.451)
小結戦歴
23勝52敗0休75出場(勝率.307)
在位5場所(在位率.052)
勝ち越し0場所(勝ち越し率.000)
前頭戦歴
327勝363敗0休690出場(勝率.474)
在位46場所(在位率.479)
勝ち越し23場所(勝ち越し率.500)
十両戦歴
114勝126敗15休240出場(勝率.475)
在位17場所(在位率.177)
勝ち越し6場所(勝ち越し率.353)
関取戦歴
464勝541敗15休1005出場(勝率.462)
在位68場所(在位率.708)
勝ち越し29場所(勝ち越し率.426)
幕下以下歴
118勝64敗7休182出場(勝率.648)
在位27場所(在位率.281)
勝ち越し18場所(勝ち越し率.667)


松ヶ根部屋の最高位:前頭

春ノ山 竜尚

同期は若の里、隆乃若、旭鷲山に旭天鵬

  • 四股名 :春ノ山 竜尚(はるのやま たつなお)
  • 最高位 :前頭10枚目
  • 年寄名跡:準年寄・春ノ山⇒20代竹縄
  • 出身地 :愛知県豊田市
  • 本 名 :春山 竜尚
  • 生年月日:昭和51年(1976)8月2日
  • 所属部屋:松ヶ根部屋
  • 改名歴 :春山⇒豊毅竜⇒春山⇒春ノ山
  • 初土俵 :平成4年(1992)3月(15歳7ヵ月)
  • 新十両 :平成12年(2000)11月(24歳3ヵ月)
  • 新入幕 :平成16年(2004)3月(27歳7ヵ月)
  • 最終場所:平成18年(2006)11月(30歳3ヵ月)
  • 生涯戦歴:426勝410敗52休/834出場(89場所)
  • 生涯勝率:51.0%
  • 優勝等 :幕下優勝1回
  • 幕内戦歴:16勝29敗15休(4場所)勝率:35.6%
  • 十両戦歴:213勝218敗19休(30場所)勝率:49.4%

若孜 浩気

明大付属中野中では花田光司と同級生、大学は玉春日や出島とチームメイト

  • 四股名 :若孜 浩気(わかつとむ ひろき)
  • 最高位 :前頭12枚目
  • 出身地 :千葉県市川市 ⇒ 和歌山県和歌山市
  • 本 名 :中尾 浩規
  • 生年月日:昭和48年(1973)2月13日
  • 出身大学:中央大学
  • 所属部屋:松ヶ根部屋
  • 改名歴 :中尾⇒若孜⇒中尾⇒若孜
  • 初土俵 :平成7年(1995)11月・幕下60付出(22歳9ヵ月)
  • 新十両 :平成11年(1999)3月(26歳1ヵ月)
  • 新入幕 :平成13年(2001)5月(28歳3ヵ月)
  • 最終場所:平成18年(2006)7月(33歳5ヵ月)
  • 生涯戦歴:275勝243敗49休/517出場(65場所)
  • 生涯勝率:53.1%
  • 優勝等 :十両優勝1回,幕下優勝3回
  • 幕内戦歴:17勝28敗(3場所)勝率:37.8%
  • 十両戦歴:72勝83敗10休(11場所)勝率:46.5%

若光翔 大平

元小結・舞の海の最後の取組相手は若光翔

  • 四股名 :若光翔 大平(わかこうしょう たいへい)
  • 最高位 :前頭14枚目
  • 出身地 :兵庫県西脇市
  • 本 名 :三浦 太平
  • 生年月日:昭和50年(1975)3月4日
  • 所属部屋:松ヶ根部屋
  • 改名歴 :三浦⇒若光翔
  • 初土俵 :平成2年(1990)5月(15歳2ヵ月)
  • 新十両 :平成12年(2000)1月(24歳10ヵ月)
  • 新入幕 :平成12年(2000)11月(25歳8ヵ月)
  • 最終場所:平成17年(2005)3月(30歳0ヵ月)
  • 生涯戦歴:415勝400敗16休/814出場(90場所)
  • 生涯勝率:50.9%
  • 優勝等 :幕下同点1回
  • 幕内戦歴:13勝17敗(2場所)勝率:43.3%
  • 十両戦歴:169勝191敗(24場所)勝率:46.9%

放駒部屋の最高位:前頭

一山本 大生

一山本 大生(いちやまもと だいき)は北海道 岩内郡岩内町出身、放駒部屋の力士で最高位は前頭筆頭。令和8年5月場所の番付は西 前頭2枚目。

北海道岩内郡岩内町に3人きょうだいの末っ子として生まれ、母親の勧めで岩内町立岩内東小学校の2年次から相撲を始めた。中央大学へ進学し、相撲部では4年次に全国学生相撲選手権大会で個人ベスト16という結果を残す。しかし、学生時代に目立った実績がないという理由からプロ入りは検討せず、大学卒業後は北海道の福島町役場に就職。教育委員会に所属する公務員として働き、小学校の卒業文集に書いた夢を叶える形となった。

町役場勤務とプロへの情熱

町役場に勤務する傍ら、町内の小学校などで相撲の普及に取り組み、「横綱千代の山・千代の富士記念館」でコーチとして指導にあたっていた。しかし、平成28年(2016年)の国体で個人ベスト16入りしたものの成績に納得がいかなかったことや、中央大学相撲部OB会長であった村上氏(元幕下・神光)から角界入りを誘われたことなどから、プロへの情熱が再燃する。ちょうど同年9月、日本相撲協会の新弟子検査における年齢制限が緩和され、一定の実績を残した者に限り上限年齢が「23歳未満」から「25歳未満」へと引き上げられていた。この制度の適用第1号力士として、二所ノ関部屋(現在の放駒部屋)の門を叩き、23歳2ヶ月で初土俵を踏んだ。四股名は、大相撲へ勧誘してくれた村上氏が「9画が縁起が良い」と考えて命名した「一山本」とした。

異色の経歴からの新十両と怪我の試練

初めて番付に名前が載った平成29年(2017年)3月場所では、7戦全勝で見事に序ノ口優勝を飾り、公務員出身という異色の経歴と確かな実力で大きな注目を集めた。順調に番付を上げたが、平成30年(2018年)7月場所に東幕下3枚目でプロ入り初の負け越しを味わう。それでも地力を養い、令和元年(2019年)5月場所で再び東幕下3枚目に上がると5勝2敗と勝ち越し、年齢制限緩和制度の適用者として初めてとなる新十両昇進を果たした。

しかし、十両3場所目となる同年11月場所の初日に左膝の半月板を損傷し、自身初の休場に見舞われる。続く翌年1月場所も全休して幕下へ大きく転落したが、この休場期間中に食事量を増やして体重を増やす肉体改造に取り組んだ。さらに、得意の突き押しだけでなく右四つ左上手の形も新たに習得するなど相撲の幅を広げ、令和3年(2021年)3月場所で7場所ぶりとなる十両復帰を果たした。

新入幕と上位戦線での躍進

十両へ復帰するとさらに勢いを増し、同年7月場所において悲願の新入幕を果たして幕内の土俵へと駆け上がった。その後、十両へ陥落することもあったが、令和3年(2021年)11月場所と令和5年(2023年)9月場所の2度にわたり十両優勝を飾っている。

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幕内に定着すると、持ち前の長いリーチを活かした強烈な突き押し相撲で存在感を示し始める。西前頭14枚目で迎えた令和5年(2023年)11月場所では、初日から白星を量産して優勝争いに加わり、優勝力士に次ぐ11勝4敗の好成績を挙げて自身初となる敢闘賞を獲得した。さらに、上位陣との対戦圏内である西前頭4枚目で迎えた令和7年(2025年)3月場所では横綱から自身初となる金星を獲得。同年11月場所でも11勝4敗の好成績を挙げて2度目の敢闘賞を受賞するなど、持ち前の強烈な突き押し相撲で幕内上位の土俵を大いに沸かせている。

💡 北海道出身一覧💡 放駒部屋の力士

四股名
一山本 大生(いちやまもと だいき)
最高位
前頭筆頭
最新番付
西 前頭2枚目
出身地
北海道 岩内郡岩内町
本名
山本 大生
生年月日
平成5年(1993)10月1日(32歳)
身長・体重
190cm・155kg
出身高校
北海道大野農業高校
出身大学
中央大学
所属部屋
二所ノ関 → 放駒部屋
初土俵
平成29年(2017)1月(23歳3ヵ月)
新十両
令和1年(2019)7月(25歳9ヵ月)
新入幕
令和3年(2021)7月(27歳9ヵ月)
優勝
十両優勝2回,序ノ口優勝1回
受賞・金星
敢闘賞2回,金星1個
通算成績
338勝284敗28休/619出場(勝率:54.6%)
直近7場所
42勝48敗
7場所勝率
46.7%
得意技
突き・押し
決まり手傾向(直近7場所)
一山本が勝ちの決まり手(42勝)
押し出し14
寄り切り7
叩き込み5
押し倒し4
上手投げ4
引き落とし4
その他4

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一山本が負けの決まり手(48敗)
寄り切り14
叩き込み11
押し出し9
下手投げ3
引き落とし3
押し倒し2
その他6
令8年5月
西 前頭2枚目(3枚半上昇)
0勝0敗
令8年3月
東 前頭6枚目(5枚降下)
9勝6敗
○○●●○|○●●●○|○●○○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年1月
東 前頭筆頭(7枚上昇・最高位更新)
4勝11敗
●●●○●|●●●●●|○●○●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

▼ さらに過去の成績(4場所分)を見る
令7年11
東 前頭8枚目(2枚半降下)
11勝4敗(敢闘賞)
●○○●○|●●○○○|○○○○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年9月
西 前頭5枚目(3枚上昇)
4勝11敗
●○●●○|●●●○●|●●●○●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年7月
西 前頭8枚目(4枚降下)
9勝6敗
○○○○○|●○○○○|●●●●●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年5月
西 前頭4枚目
5勝10敗
○●●○○|●●○●●|●●●○●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

島津海 空

島津海 空(しまづうみ そら)は鹿児島県 西之表市出身、放駒部屋の力士で最高位は前頭12枚目。令和8年5月場所の番付は東 幕下9枚目。

バスケ部だった中3の時に観た相撲に魅了されて角界入りを決意。

💡 鹿児島県出身一覧💡 放駒部屋の力士

四股名
島津海 空(しまづうみ そら)
最高位
前頭12枚目
最新番付
東 幕下9枚目
出身地
鹿児島県 西之表市
本名
中園 空
生年月日
平成8年(1996)5月18日(29歳)
身長・体重
175cm・150kg
所属部屋
松ヶ根 → 二所ノ関 → 放駒部屋
改名歴
中園 → 島津海
初土俵
平成24年(2012)3月(15歳10ヵ月)
新十両
令和4年(2022)3月(25歳10ヵ月)
新入幕
令和6年(2024)1月(27歳8ヵ月)
優勝
幕下優勝1回
通算成績
367勝306敗62休/668出場(勝率:54.9%)
直近7場所
25勝10敗(十両:2勝9敗4休)
7場所勝率
60.0%
得意技
モロ差し・寄り
決まり手傾向(直近7場所)
島津海が勝ちの決まり手(27勝)
寄り切り13
押し出し4
寄り倒し3
押し倒し2
下手投げ2
上手投げ1
その他2
島津海が負けの決まり手(19敗)※不戦敗1含む
寄り切り9
押し出し4
引き落とし1
寄り倒し1
上手投げ1
下手投げ1
その他1
令8年5月
東 幕下9枚目(10枚降下)
0勝0敗
令8年3月
東 十両13枚目(6枚半上昇)
2勝9敗4休
○○●●●|●●●●●|■やややや
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年1月
西 幕下5枚目(3枚降下)
6勝1敗
○--○-|●-○○-|○---○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

▼ さらに過去の成績(4場所分)を見る
令7年11
西 幕下2枚目(17枚半上昇)
3勝4敗
-●●-●|-○-●-|○-○--
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年9月
東 幕下20枚目(13枚半上昇)
7勝0敗(幕下優勝)
-○○--|○-○○-|○-○--
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年7月
西 幕下33枚目(10枚上昇)
5勝2敗
-○○--|○●-○-|●-○--
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年5月
西 幕下43枚目
4勝3敗
○--●-|●○--○|-○-●-
取組詳細(対戦相手・決まり手)

松ヶ根部屋の最高位:十両

若東龍 秀史

茨城県筑西市出身、松ヶ根部屋の元力士で最高位は十両3枚目。幼い頃から相撲を始めて小学生の頃には全国大会にも出場していた。中学時代には柔道部で茨城県大会優勝など活躍。中学卒業とともに松ヶ根部屋へと入門、平成6年3月場所が初土俵で、同期には亡くなられた13代東関(元幕内・潮丸)がいる。

怪我のため2度も幕下から序二段にまで番付を下げる経験をしたが平成12年5月場所で念願の新十両昇進を果たす。しかし、その後も怪我との戦いは続き十両に定着は出来なかった。それでも平成15年9月場所では三段目全勝優勝をあげるなど絶え間ない努力で再々十両を目指して頑張った。

  • 四股名 :若東龍 秀史(わかとうりゅう ひでふみ)
  • 最高位 :十両3枚目
  • 出身地 :茨城県筑西市
  • 本 名 :野寺 秀史
  • 生年月日:昭和53年(1978)7月27日
  • 所属部屋:松ヶ根部屋
  • 改名歴 :野寺⇒若豊龍⇒野寺⇒若東龍⇒野寺
  • 初土俵 :平成6年(1994)3月(15歳8ヵ月)
  • 新十両 :平成12年(2000)5月(21歳10ヵ月)
  • 最終場所:平成18年(2006)1月(27歳6ヵ月)
  • 生涯戦歴:260勝186敗107休/443出場(72場所)
  • 生涯勝率:58.3%
  • 優勝等 :幕下優勝1回,三段目優勝1回,序二段優勝1回
  • 十両戦歴:40勝41敗24休(7場所)勝率:49.4%

松ヶ根~二所ノ関~放駒部屋の歴代師匠

第9代・松ヶ根 六男~第12代・二所ノ関 六男 (元大関・若島津)

在任期間(平成2年(1990年)1月26日~令和3年(2021年)12月23日)

若嶋津 六夫 (わかしまづ むつお)鹿児島県熊毛郡中種子町出身、二子山部屋の元力士で、最高位は大関

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昭和50年(1975)3月場所に18歳2ヶ月で初土俵を踏み、昭和62年(1987)7月場所を最後に引退(30歳6ヶ月)。

通算成績は515勝330敗21休840出場。生涯勝率.613。通算75場所中、54場所を勝ち越した(勝ち越し率.730)。

主な成績は幕内優勝2回(次点6)、十両優勝1回、序二段(同点1)、序ノ口優勝1回敢闘賞2回、技能賞3回、金星2個(北の湖2個)

本名は日高 六男。昭和32年(1957)1月12日生まれ。令和8年(2026)3月15日逝去(享年69歳)。

褐色の肌と精悍な顔立ちから「南海の黒豹」と称され、日本中を熱狂させた元大関・若嶋津。記録にも記憶にも残る華々しい土俵人生を歩み、引退後は部屋を興して後進の育成に尽力。幾多の試練を乗り越え、大相撲の発展に生涯を捧げた昭和を代表する名力士である。

二子山部屋への入門と、軽量に苦しんだ下積み時代

鹿児島県種子島に生まれ、幼少期から大自然の中で足腰を鍛えられた。地元の中学校を卒業後、鹿児島商工高校(現・樟南高校)へ進学して相撲部で活躍する。高校卒業後、「土俵の鬼」こと初代若乃花が率いる二子山部屋へ入門し、昭和50年(1975年)3月場所、本名の「日高」で初土俵を踏んだ。

入門当初は体重が100キロに満たず、周囲の大きな力士に弾き飛ばされる苦しい時期が続いた。しかし、地道な稽古で少しずつ体を大きくしながら、左四つ右上手を取って胸を合わせる正攻法の相撲を身につけていく。初土俵から約5年の歳月をかけ、昭和55年(1980年)3月場所で待望の新十両昇進。これを機に四股名を「若島津」へと改め、関取の座を掴むとその才能を一気に開花させていった。

「南海の黒豹」の躍進と大関昇進

昭和56年(1981年)1月場所で新入幕を果たすと、均整の取れた体格と南国出身の凛々しい容貌、そしてバネを生かしたしなやかな相撲から「南海の黒豹」の異名を取り、一躍角界のスターへと成長する。同年11月場所からは2場所連続で横綱・北の湖から金星を奪うなど、上位陣を脅かす存在として猛威を振るった。

昭和57年(1982年)には技能賞と敢闘賞を次々と獲得し、直近3場所で合計34勝という申し分のない好成績を挙げる。そして昭和58年(1983年)1月場所、念願の大関昇進を果たし、同年9月場所より四股名を「若嶋津」へと改めた。

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全勝優勝と年間最多勝、絶頂期の輝き

大関としての絶頂期は昭和59年(1984年)に訪れる。3月場所で14勝1敗と初賜杯を抱くと、続く7月場所では15戦全勝で2度目の幕内最高優勝を達成する。綱取りを懸けた9月場所でも終盤まで優勝争いに加わったが、小錦や多賀竜に敗れて11勝4敗に終わり、惜しくも連続優勝と横綱昇進を逃した。それでもこの年は年間最多勝となる71勝(19敗)を記録し、名実ともに大相撲の看板力士として君臨。翌年には、当時絶大な人気を誇っていたアイドル歌手の高田みづえとの結婚を発表し、世紀のビッグカップル誕生は社会現象となるほどの大きな話題を呼んだ。

怪我との闘いと「二所ノ関」の復活

しかし、度重なる怪我や病がその無類なき才能を蝕んでいく。昭和60年(1985年)7月場所で大錦戦で負った左肩と肘の負傷を機に休場や負け越しが増え、苦しい土俵が続いた。満身創痍の中、限界まで戦い抜き、昭和62年(1987年)7月場所を最後に現役を引退した。

引退後は年寄「松ヶ根」を襲名して独立し、のちに小結となる松鳳山らを育成する。平成26年(2014年)末には由緒ある名跡「二所ノ関」を襲名して部屋の看板を掛け替え、一時的に途絶えていた一門の総帥部屋を復活させるという大任を果たした。

角界への献身と次代への継承

平成29年(2017年)には路上で転倒し一時は意識不明の重体に陥るが、懸命の治療と家族の献身的な支えにより奇跡的な回復を見せる。自身の停年を控えた令和3年(2021年)12月、元横綱・稀勢の里と名跡を交換し、二所ノ関の由緒ある看板を次代のホープへ託した。同時に、自身が率いた旧二所ノ関部屋は部屋付きの18代放駒(元関脇・玉乃島)へと継承されて「放駒部屋」へと改称。師匠を退任した自身は17代荒磯として同部屋付きとなり、後進に道を譲る潔い決断を下した。

停年に際しては「今はただ相撲協会や支えてくれた方々に感謝しかありません。いい相撲人生を送らせていただきました」と角界への深い感謝の言葉を残している。停年後も再雇用制度による参与として協会を支えたが、令和5年(2023年)7月に年寄名跡を後進へ譲り、日本相撲協会を退職。そして令和8年(2026年)3月15日、肺炎のため69歳で永眠。幾多の熱戦と色褪せぬカリスマ性は、大相撲の歴史に輝かしい伝説として永遠に語り継がれていく。

四股名
若嶋津 六夫 (わかしまづ むつお)
最高位
大関
年寄名跡
9代松ヶ根 六男(二子山) → 9代松ヶ根 六男12代二所ノ関 六男 → 17代荒磯 六男(放駒)
出身地
鹿児島県熊毛郡中種子町
本名
日高 六男
生年月日
昭和32年(1957)1月12日
没年月日
令和8年(2026)3月15日(享年69歳)
出身高校
鹿児島商工高校
所属部屋
二子山部屋
改名歴
日高 六男 → 若島津 六男 → 若嶋津 六夫
初土俵
昭和50年(1975)3月 前相撲(18歳2ヶ月)
新十両
昭和55年(1980)3月(所要30場所)
23歳2ヶ月(初土俵から5年0ヶ月)
新入幕
昭和56年(1981)1月(所要35場所)
24歳0ヶ月(初土俵から5年10ヶ月)
新小結
昭和57年(1982)7月(所要44場所)
25歳6ヶ月(初土俵から7年4ヶ月)
新関脇
昭和57年(1982)3月(所要42場所)
25歳2ヶ月(初土俵から7年0ヶ月)
新大関
昭和58年(1983)1月(所要47場所)
26歳0ヶ月(初土俵から7年10ヶ月)
最終場所
昭和62年(1987)7月場所(30歳6ヶ月)
大相撲歴
75場所(12年4ヶ月)
通算成績
515勝330敗21休840出場(勝率.613)
通算75場所
勝ち越し54場所(勝ち越し率.730)(勝ち越し星238)
優勝等
幕内優勝2回(次点6),十両優勝1回,序二段(同点1),序ノ口優勝1回
受賞・金星
敢闘賞2回,技能賞3回,金星2個(北の湖2個)
持給金
244円50銭(勝ち越し星238個 優勝2回 金星2個)
大関戦歴
250勝145敗13休391出場(勝率.639)
在位28場所(在位率.373)
勝ち越し22場所(勝ち越し率.786)
幕内戦歴
356勝219敗13休571出場(勝率.623)
在位40場所(在位率.533)
勝ち越し31場所(勝ち越し率.775)
三役戦歴
49勝26敗0休75出場(勝率.653)
在位5場所(在位率.067)
勝ち越し4場所(勝ち越し率.800)
関脇戦歴
39勝21敗0休60出場(勝率.650)
在位4場所(在位率.053)
勝ち越し3場所(勝ち越し率.750)
小結戦歴
10勝5敗0休15出場(勝率.667)
在位1場所(在位率.013)
勝ち越し1場所(勝ち越し率1.000)
前頭戦歴
57勝48敗0休105出場(勝率.543)
在位7場所(在位率.093)
勝ち越し5場所(勝ち越し率.714)
十両戦歴
44勝30敗1休73出場(勝率.603)
在位5場所(在位率.067)
勝ち越し4場所(勝ち越し率.800)
関取戦歴
400勝249敗14休644出場(勝率.621)
在位45場所(在位率.600)
勝ち越し35場所(勝ち越し率.778)
幕下以下歴
115勝81敗7休196出場(勝率.587)
在位29場所(在位率.387)
勝ち越し19場所(勝ち越し率.655)

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  • ✅ 勝った決まり手1位:寄り切り(150回 / 37.1%)
  • ✅ 負けた決まり手1位:寄り切り(97回 / 38.8%)
  • ✅ 得意な相手:巨砲(23勝3敗 / 勝率.885)
  • ✅ 苦手な相手:千代の富士(3勝25敗 / 勝率.107)

第18代・放駒 新 (元関脇・玉乃島)

在任期間(令和3年(2021年)12月24日~  )

玉乃島 新 (たまのしま あらた)福島県西白河郡泉崎村出身、片男波部屋の元力士で、最高位は関脇

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平成10年(1998)3月場所に20歳6ヶ月で初土俵を踏み、平成23年(2011)11月場所を最後に引退(34歳2ヶ月)。

通算成績は557勝583敗4休1138出場。生涯勝率.489。通算82場所中、36場所を勝ち越した(勝ち越し率.439)。

主な成績は幕内(次点2)、十両優勝1回敢闘賞5回、技能賞1回、金星2個(朝青龍1個、武蔵丸1個)

昭和52年(1977)9月15日生まれ。本名は岡部 新。

父は元プロボクサーでチャンピオンのタートル岡部、母は元大関・清國の実妹、兄は元十両の玉ノ国。育ったのは東京都文京区だが父親の故郷である福島県を出身地として名乗っていた。

竹内(雅山)とは中学時代からのライバルで切磋琢磨してきた。兄が在学していた東洋大学に進学したが2年で中退して片男波部屋へと入門。この入門は4年で卒業した兄と一緒であり、史上初の兄弟同時幕下付出となった。

初土俵から約2年で新入幕、一度は跳ね返されたがすぐに再入幕、このとき四股名を「玉乃島」と改めた。これは現役中に亡くなった51代横綱・玉の海が大関時代まで名乗っていた四股名であり、それだけ期待されての改名だった。

しかしその期待に充分答えることは出来なかった。平成13年(2001)9月場所の新小結をはじめ都合4度三役の座についた玉乃島だったが、一度も勝ち越すことは出来ずに平幕での土俵が多かった。

停年を間近に控えた12代二所ノ関(元大関・若島津)から12月24日付で部屋を継承、放駒部屋として部屋を率いることになった。

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四股名
玉乃島 新 (たまのしま あらた)
最高位
関脇
年寄名跡
10代西岩 新(片男波) → 18代放駒 新(片男波) → 18代放駒 新(松ヶ根) → 18代放駒 新(二所ノ関) → 18代放駒 新
出身地
福島県西白河郡泉崎村
本名
岡部 新
生年月日
昭和52年(1977)9月15日(48歳)
出身高校
金沢市立工業高校
出身大学
東洋大学
所属部屋
片男波部屋
改名歴
玉ノ洋 新 → 玉乃島 新
初土俵
平成10年(1998)3月 幕下60枚目付出(20歳6ヶ月)
新十両
平成11年(1999)9月(所要9場所)
22歳0ヶ月(初土俵から1年6ヶ月)
新入幕
平成12年(2000)11月(所要16場所)
23歳2ヶ月(初土俵から2年8ヶ月)
新小結
平成13年(2001)9月(所要21場所)
24歳0ヶ月(初土俵から3年6ヶ月)
新関脇
平成16年(2004)1月(所要35場所)
26歳4ヶ月(初土俵から5年10ヶ月)
最終場所
平成23年(2011)11月場所(34歳2ヶ月)
大相撲歴
82場所(13年8ヶ月)
通算成績
557勝583敗4休1138出場(勝率.489)
通算82場所
勝ち越し36場所(勝ち越し率.439)(勝ち越し星152)
優勝等
幕内(次点2),十両優勝1回
受賞・金星
敢闘賞5回,技能賞1回,金星2個(朝青龍1個、武蔵丸1個)
持給金
122円50銭(勝ち越し星152個 金星2個)
幕内戦歴
395勝441敗4休835出場(勝率.473)
在位56場所(在位率.683)
勝ち越し21場所(勝ち越し率.375)
三役戦歴
25勝35敗0休60出場(勝率.417)
在位4場所(在位率.049)
勝ち越し0場所(勝ち越し率.000)
関脇戦歴
5勝10敗0休15出場(勝率.333)
在位1場所(在位率.012)
勝ち越し0場所(勝ち越し率.000)
小結戦歴
20勝25敗0休45出場(勝率.444)
在位3場所(在位率.037)
勝ち越し0場所(勝ち越し率.000)
前頭戦歴
370勝406敗4休775出場(勝率.477)
在位52場所(在位率.634)
勝ち越し21場所(勝ち越し率.404)
十両戦歴
117勝117敗0休233出場(勝率.502)
在位16場所(在位率.195)
勝ち越し7場所(勝ち越し率.438)
関取戦歴
512勝558敗4休1068出場(勝率.479)
在位72場所(在位率.878)
勝ち越し28場所(勝ち越し率.389)
幕下以下歴
45勝25敗0休70出場(勝率.643)
在位10場所(在位率.122)
勝ち越し8場所(勝ち越し率.800)

玉乃島 新の更に詳細なデータは力士名鑑で!

名鑑ページでは、以下のような詳細な分析データをはじめ、豊富な表やグラフをご覧いただけます。

  • ✅ 勝った決まり手1位:寄り切り(217回 / 19.0%)
  • ✅ 負けた決まり手1位:押し出し(121回 / 31.0%)
  • ✅ 得意な相手:岩木山(15勝5敗 / 勝率.750)
  • ✅ 苦手な相手:朝青龍(4勝21敗 / 勝率.160)

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