鹿児島県出身の歴代力士一覧|過去から現在までの全関取と優勝・三賞記録

鹿児島出身の過去から現在までの主な力士をご紹介する鹿児島県の大相撲力士まとめ!この記事では鹿児島出身の関取を中心に、鹿児島の郷土力士をご紹介していきます。

過去の力士については最高位や改名歴、初土俵や各段の昇進時期と最終場所、さらに生涯戦歴と生涯勝率、成績等を中心にご紹介していきます。また、現役力士については最高位と昇進時期、主な成績などを載せています。

なお、年寄名跡欄のマークは、その代で師匠(部屋持ち親方)になったことがあるという意味です。

現役の鹿児島出身力士の最新番付や成績、詳細なデータをご覧になりたい方はこちら

5月場所千秋楽の取組結果はこちら。


5月場所の各段の成績順はこちらで確認ができます。

相撲部屋や出身地ごとの成績から、場所中はリアルタイムでランキングを作成しております。今場所好調な相撲部屋や力士の出身地はどこ?

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鹿児島出身の優勝力士

鹿児島県出身 歴代幕内優勝力士一覧

鹿児島県出身では、これまでに5人の力士が幕内優勝を達成しており、優勝回数はあわせて10回になります。

最多優勝は朝潮(朝汐)で5回の幕内優勝を達成しています。

鹿児島県出身初の優勝力士は西ノ海で、いまから110年4ヶ月前の大正5年(1916年)1月場所のことでした。

また、直近の鹿児島県出身優勝力士は霧島で、いまから35年4ヶ月前の平成3年(1991年)1月場所です。

場所年月四股名番付成績年齢部屋出身地最高位備考
平成3年1月
(1991年)
H3.1
1991
霧島
[初]
東大関14勝1敗31歳9ヶ月井筒鹿児島県大関
初土俵から96場所目での幕内初優勝は当時歴代1位のスロー記録
昭和59年7月
(1984年)
S59.7
1984
若嶋津
[2回目]
東大関(張出)全勝15勝0敗27歳6ヶ月二子山鹿児島県大関
昭和59年3月
(1984年)
S59.3
1984
若嶋津
[初]
東大関14勝1敗27歳2ヶ月二子山鹿児島県大関
西ノ海(3代)以来、約59年ぶりの鹿児島出身力士の幕内優勝
昭和36年3月
(1961年)
S36.3
1961
朝潮
[5回目]
西横綱13勝2敗31歳4ヶ月高砂鹿児島県横綱
「大阪太郎」の大阪場所4度目の優勝
昭和33年11月
(1958年)
S33.11
1958
朝汐
[4回目]
西大関14勝1敗29歳0ヶ月高砂鹿児島県横綱
昭和33年3月
(1958年)
S33.3
1958
朝汐
[3回目]
東大関13勝2敗28歳4ヶ月高砂鹿児島県横綱
昭和32年3月
(1957年)
S32.3
1957
朝汐
[2回目]
西関脇13勝2敗27歳4ヶ月高砂鹿児島県横綱
昭和31年3月
(1956年)
S31.3
1956
朝汐
[初]
東関脇12勝3敗26歳4ヶ月高砂鹿児島県横綱
のちに朝潮に改名
大正14年5月
(1925年)
T14.5
1925
西ノ海
[初]
東横綱9勝2敗34歳6ヶ月井筒鹿児島県横綱
大正5年1月
(1916年)
T5.1
1916
西ノ海
[初]
東大関8勝1分1休35歳11ヶ月井筒鹿児島県横綱
鹿児島出身力士初の幕内優勝。
平成24年(2012年)5月場所で旭天鵬が史上最高齢で優勝するまで、2代西ノ海が史上最高齢優勝だった。

鹿児島県出身 幕内優勝回数ランキング

鹿児島県出身力士の幕内優勝回数ランキングです。1位が朝潮で5回、2位が若嶋津で2回、3位が霧島、西ノ海、そして西ノ海の3人で1回ずつとなっています。

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※勝利合計と敗戦合計・勝率は、幕内優勝場所での成績合計です。

順位四股名最高位優勝
回数
横綱大関関脇小結前頭勝利
合計
敗戦
合計
勝率部屋出身地
1位朝潮横綱5回1220065勝10敗.867高砂鹿児島県
2位若嶋津大関2回200029勝1敗.967二子山鹿児島県
3位霧島大関1回100014勝1敗.933井筒鹿児島県
3位西ノ海横綱1回100009勝2敗.818井筒鹿児島県
3位西ノ海横綱1回010008勝0敗.800井筒鹿児島県

鹿児島出身の三賞受賞力士

鹿児島県出身 歴代三賞受賞力士一覧

鹿児島県出身では、これまでに10人の力士が三賞を受賞しており、獲得数はあわせて55回になります。

受賞の内訳は、技能賞が23回、殊勲賞が20回、敢闘賞が12回となっています。

また、ダブル受賞は鶴ヶ嶺、若島津(若嶋津)、そして霧島が1回ずつ達成しています。

場所年月 番付 受賞力士 受賞 成績 受賞時
年齢
部屋 出身地 初土俵 生年月日
令和5年5月
(2023年)
R5.5
(2023)
東前頭6東前頭6明生殊勲賞 [初]8勝7敗27歳10ヶ月立浪鹿児島県平成23年5月
(2011年)
平成7年7月24日
(1995年)
令和3年3月
(2021年)
R3.3
(2021)
東前頭3東前頭3明生敢闘賞 [初]10勝5敗25歳8ヶ月立浪鹿児島県平成23年5月
(2011年)
平成7年7月24日
(1995年)
平成7年3月
(1995年)
H7.3
(1995)
東前頭6東前頭6寺尾殊勲賞 [3回目]8勝7敗32歳1ヶ月井筒鹿児島県昭和54年7月
(1979年)
昭和38年2月2日
(1963年)
平成6年5月
(1994年)
H6.5
(1994)
西小結西小結寺尾殊勲賞 [2回目]8勝7敗31歳3ヶ月井筒鹿児島県昭和54年7月
(1979年)
昭和38年2月2日
(1963年)
平成6年3月
(1994年)
H6.3
(1994)
西前頭2西前頭2寺尾敢闘賞 [3回目]9勝6敗31歳1ヶ月井筒鹿児島県昭和54年7月
(1979年)
昭和38年2月2日
(1963年)
平成5年3月
(1993年)
H5.3
(1993)
東前頭2東前頭2旭道山殊勲賞 [2回目]9勝6敗28歳5ヶ月大島鹿児島県昭和55年5月
(1980年)
昭和39年10月14日
(1964年)
平成4年9月
(1992年)
H4.9
(1992)
東小結張出東小結張出旭道山敢闘賞 [2回目]8勝7敗27歳11ヶ月大島鹿児島県昭和55年5月
(1980年)
昭和39年10月14日
(1964年)
平成4年7月
(1992年)
H4.7
(1992)
東前頭2東前頭2旭道山殊勲賞 [初]9勝6敗27歳9ヶ月大島鹿児島県昭和55年5月
(1980年)
昭和39年10月14日
(1964年)
平成2年3月
(1990年)
H2.3
(1990)
東関脇東関脇霧島
ダブル
殊勲賞 [3回目]13勝2敗30歳11ヶ月井筒鹿児島県昭和50年3月
(1975年)
昭和34年4月3日
(1959年)
技能賞 [4回目]
平成2年1月
(1990年)
H2.1
(1990)
東小結東小結霧島殊勲賞 [2回目]11勝4敗30歳9ヶ月井筒鹿児島県昭和50年3月
(1975年)
昭和34年4月3日
(1959年)
平成元年11月
(1989年)
H1.11
(1989)
西小結西小結霧島技能賞 [3回目]10勝5敗30歳7ヶ月井筒鹿児島県昭和50年3月
(1975年)
昭和34年4月3日
(1959年)
平成元年9月
(1989年)
H1.9
(1989)
西関脇西関脇寺尾敢闘賞 [2回目]8勝7敗26歳7ヶ月井筒鹿児島県昭和54年7月
(1979年)
昭和38年2月2日
(1963年)
平成元年7月
(1989年)
H1.7
(1989)
西前頭3西前頭3寺尾技能賞 [初]10勝5敗26歳5ヶ月井筒鹿児島県昭和54年7月
(1979年)
昭和38年2月2日
(1963年)
平成元年5月
(1989年)
H1.5
(1989)
西前頭筆頭西前頭筆頭霧島殊勲賞 [初]8勝7敗30歳1ヶ月井筒鹿児島県昭和50年3月
(1975年)
昭和34年4月3日
(1959年)
平成元年1月
(1989年)
H1.1
(1989)
東前頭12東前頭12旭道山敢闘賞 [初]9勝6敗24歳3ヶ月大島鹿児島県昭和55年5月
(1980年)
昭和39年10月14日
(1964年)
平成元年1月
(1989年)
H1.1
(1989)
東関脇東関脇逆鉾技能賞 [4回目]9勝6敗27歳7ヶ月井筒鹿児島県昭和53年1月
(1978年)
昭和36年6月18日
(1961年)
平成元年1月
(1989年)
H1.1
(1989)
西前頭筆頭西前頭筆頭寺尾殊勲賞 [初]8勝7敗25歳11ヶ月井筒鹿児島県昭和54年7月
(1979年)
昭和38年2月2日
(1963年)
昭和63年11月
(1988年)
S63.11
(1988)
西前頭6西前頭6霧島技能賞 [2回目]10勝5敗29歳7ヶ月井筒鹿児島県昭和50年3月
(1975年)
昭和34年4月3日
(1959年)
昭和63年7月
(1988年)
S63.7
(1988)
東関脇東関脇逆鉾殊勲賞 [5回目]8勝7敗27歳0ヶ月井筒鹿児島県昭和53年1月
(1978年)
昭和36年6月18日
(1961年)
昭和63年1月
(1988年)
S63.1
(1988)
東関脇東関脇逆鉾殊勲賞 [4回目]9勝6敗26歳7ヶ月井筒鹿児島県昭和53年1月
(1978年)
昭和36年6月18日
(1961年)
昭和62年11月
(1987年)
S62.11
(1987)
西関脇西関脇逆鉾殊勲賞 [3回目]8勝7敗26歳5ヶ月井筒鹿児島県昭和53年1月
(1978年)
昭和36年6月18日
(1961年)
昭和62年9月
(1987年)
S62.9
(1987)
西前頭4西前頭4逆鉾殊勲賞 [2回目]8勝7敗26歳3ヶ月井筒鹿児島県昭和53年1月
(1978年)
昭和36年6月18日
(1961年)
昭和61年11月
(1986年)
S61.11
(1986)
東前頭7東前頭7霧島技能賞 [初]12勝3敗27歳7ヶ月井筒鹿児島県昭和50年3月
(1975年)
昭和34年4月3日
(1959年)
昭和61年9月
(1986年)
S61.9
(1986)
西小結西小結逆鉾技能賞 [3回目]8勝7敗25歳3ヶ月井筒鹿児島県昭和53年1月
(1978年)
昭和36年6月18日
(1961年)
昭和61年9月
(1986年)
S61.9
(1986)
東前頭8東前頭8寺尾敢闘賞 [初]9勝6敗23歳7ヶ月井筒鹿児島県昭和54年7月
(1979年)
昭和38年2月2日
(1963年)
昭和59年7月
(1984年)
S59.7
(1984)
西関脇西関脇逆鉾技能賞 [2回目]8勝7敗23歳0ヶ月井筒鹿児島県昭和53年1月
(1978年)
昭和36年6月18日
(1961年)
昭和59年7月
(1984年)
S59.7
(1984)
西前頭12西前頭12霧島敢闘賞 [初]8勝7敗25歳3ヶ月井筒鹿児島県昭和50年3月
(1975年)
昭和34年4月3日
(1959年)
昭和59年5月
(1984年)
S59.5
(1984)
東前頭3東前頭3逆鉾殊勲賞 [初]8勝7敗22歳11ヶ月井筒鹿児島県昭和53年1月
(1978年)
昭和36年6月18日
(1961年)
昭和59年3月
(1984年)
S59.3
(1984)
西前頭10西前頭10逆鉾技能賞 [初]9勝6敗22歳9ヶ月井筒鹿児島県昭和53年1月
(1978年)
昭和36年6月18日
(1961年)
昭和57年11月
(1982年)
S57.11
(1982)
東関脇東関脇若島津技能賞 [3回目]12勝3敗25歳10ヶ月二子山鹿児島県昭和50年3月
(1975年)
昭和32年1月12日
(1957年)
昭和57年9月
(1982年)
S57.9
(1982)
東関脇東関脇若島津
ダブル
敢闘賞 [2回目]12勝3敗25歳8ヶ月二子山鹿児島県昭和50年3月
(1975年)
昭和32年1月12日
(1957年)
技能賞 [2回目]
昭和57年1月
(1982年)
S57.1
(1982)
西前頭2西前頭2若島津技能賞 [初]12勝3敗25歳0ヶ月二子山鹿児島県昭和50年3月
(1975年)
昭和32年1月12日
(1957年)
昭和56年1月
(1981年)
S56.1
(1981)
東前頭12東前頭12若島津敢闘賞 [初]10勝5敗24歳0ヶ月二子山鹿児島県昭和50年3月
(1975年)
昭和32年1月12日
(1957年)
昭和45年3月
(1970年)
S45.3
(1970)
東前頭4東前頭4錦洋技能賞 [初]9勝6敗20歳2ヶ月井筒鹿児島県昭和40年3月
(1965年)
昭和25年1月3日
(1950年)
昭和41年11月
(1966年)
S41.11
(1966)
西前頭10西前頭10鶴ヶ嶺敢闘賞 [2回目]11勝4敗37歳7ヶ月井筒鹿児島県昭和22年6月
(1947年)
昭和4年4月26日
(1929年)
昭和41年7月
(1966年)
S41.7
(1966)
東前頭11東前頭11鶴ヶ嶺
ダブル
敢闘賞 [初]11勝4敗37歳2ヶ月井筒鹿児島県昭和22年6月
(1947年)
昭和4年4月26日
(1929年)
技能賞 [10回目]
昭和40年11月
(1965年)
S40.11
(1965)
西前頭7西前頭7鶴ヶ嶺技能賞 [9回目]11勝4敗36歳6ヶ月井筒鹿児島県昭和22年6月
(1947年)
昭和4年4月26日
(1929年)
昭和39年3月
(1964年)
S39.3
(1964)
西前頭9西前頭9鶴ヶ嶺技能賞 [8回目]11勝4敗34歳10ヶ月井筒鹿児島県昭和22年6月
(1947年)
昭和4年4月26日
(1929年)
昭和38年5月
(1963年)
S38.5
(1963)
西前頭14西前頭14逆鉾敢闘賞 [初]11勝4敗20歳11ヶ月井筒鹿児島県昭和33年7月
(1958年)
昭和17年6月7日
(1942年)
昭和38年5月
(1963年)
S38.5
(1963)
西前頭筆頭西前頭筆頭鶴ヶ嶺技能賞 [7回目]9勝6敗34歳1ヶ月井筒鹿児島県昭和22年6月
(1947年)
昭和4年4月26日
(1929年)
昭和38年3月
(1963年)
S38.3
(1963)
西前頭6西前頭6鶴ヶ嶺技能賞 [6回目]10勝5敗33歳10ヶ月井筒鹿児島県昭和22年6月
(1947年)
昭和4年4月26日
(1929年)
昭和37年7月
(1962年)
S37.7
(1962)
西前頭7西前頭7鶴ヶ嶺技能賞 [5回目]11勝4敗33歳2ヶ月井筒鹿児島県昭和22年6月
(1947年)
昭和4年4月26日
(1929年)
昭和36年1月
(1961年)
S36.1
(1961)
東前頭3東前頭3鶴ヶ嶺技能賞 [4回目]10勝5敗31歳8ヶ月井筒鹿児島県昭和22年6月
(1947年)
昭和4年4月26日
(1929年)
昭和34年9月
(1959年)
S34.9
(1959)
東前頭筆頭東前頭筆頭鶴ヶ嶺殊勲賞 [2回目]9勝6敗30歳5ヶ月井筒鹿児島県昭和22年6月
(1947年)
昭和4年4月26日
(1929年)
昭和34年7月
(1959年)
S34.7
(1959)
西前頭3西前頭3鶴ヶ嶺技能賞 [3回目]9勝6敗30歳2ヶ月井筒鹿児島県昭和22年6月
(1947年)
昭和4年4月26日
(1929年)
昭和33年5月
(1958年)
S33.5
(1958)
西前頭5西前頭5鶴ヶ嶺殊勲賞 [初]9勝6敗29歳0ヶ月井筒鹿児島県昭和22年6月
(1947年)
昭和4年4月26日
(1929年)
昭和31年3月
(1956年)
S31.3
(1956)
東小結張出東小結張出鶴ヶ嶺技能賞 [2回目]9勝6敗26歳10ヶ月井筒鹿児島県昭和22年6月
(1947年)
昭和4年4月26日
(1929年)
昭和31年3月
(1956年)
S31.3
(1956)
東関脇東関脇朝汐殊勲賞 [4回目]12勝3敗
優勝
26歳4ヶ月高砂鹿児島県昭和23年10月
(1948年)
昭和4年11月13日
(1929年)
昭和31年1月
(1956年)
S31.1
(1956)
東前頭10東前頭10鶴ヶ嶺技能賞 [初]14勝1敗26歳8ヶ月井筒鹿児島県昭和22年6月
(1947年)
昭和4年4月26日
(1929年)
昭和30年1月
(1955年)
S30.1
(1955)
東前頭筆頭東前頭筆頭朝潮殊勲賞 [3回目]8勝7敗25歳2ヶ月高砂鹿児島県昭和23年10月
(1948年)
昭和4年11月13日
(1929年)
昭和28年1月
(1953年)
S28.1
(1953)
東関脇東関脇朝潮殊勲賞 [2回目]11勝4敗23歳2ヶ月高砂鹿児島県昭和23年10月
(1948年)
昭和4年11月13日
(1929年)
昭和27年9月
(1952年)
S27.9
(1952)
西前頭2西前頭2朝潮殊勲賞 [初]10勝5敗22歳10ヶ月高砂鹿児島県昭和23年10月
(1948年)
昭和4年11月13日
(1929年)

鹿児島県出身 三賞受賞回数ランキング

受賞回数は、1位が鶴ヶ嶺で14回(殊勲賞2回・技能賞10回・敢闘賞2回)、2位が逆鉾で9回(殊勲賞5回・技能賞4回)、3位が霧島で8回(殊勲賞3回・技能賞4回・敢闘賞1回)となっています。4位以下含む全順位の詳細は、以下の表をご覧ください。

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順位 四股名 三賞
合計
技能賞 殊勲賞 敢闘賞 最高位 部屋 出身地
1位 鶴ヶ嶺 14回 10 2 2 関脇 井筒 鹿児島県
2位 逆鉾 9回 4 5 0 関脇 井筒 鹿児島県
3位 霧島 8回 4 3 1 大関 井筒 鹿児島県
4位 寺尾 7回 1 3 3 関脇 井筒 鹿児島県
5位 若島津
(若嶋津)
5回 3 0 2 大関 二子山 鹿児島県
6位 朝汐
(朝潮)
4回 0 4 0 横綱 高砂 鹿児島県
6位 旭道山 4回 0 2 2 小結 大島 鹿児島県
8位 明生 2回 0 1 1 関脇 立浪 鹿児島県
9位 錦洋 1回 1 0 0 前頭筆頭 井筒 鹿児島県
9位 逆鉾 1回 0 0 1 前頭6 井筒 鹿児島県
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鹿児島県出身の最高位:関脇

明生 力

明生 力(めいせい ちから)は鹿児島県 大島郡瀬戸内町出身、立浪部屋の力士で最高位は関脇。令和8年5月場所の番付は西 十両6枚目。

鹿児島県大島郡瀬戸内町(奄美大島)の出身。本名は川畑明生(めいせい)である。5歳の時に地元の相撲道場に通い始めたが、小学1年次に道場が活動停止となり、一時相撲から離れる経験をした。

小学2年の終わりに隣町の相撲クラブへ移籍して稽古を再開し、6年次には全日本小学生相撲優勝大会で優勝を果たす。中学時代も全国大会へ出場したが目立ったタイトルはなく、大相撲で通用するか不安を抱いて高校進学も検討した。しかし、父親から厳しく一喝されたことで腹を括り、立浪部屋への入門を決意した。

平成23年(2011年)5月場所で初土俵を踏む。順調に番付を上げて幕下へ昇進したが、腰のヘルニアを患い成績が低迷した。本気で引退を考えるほど苦しんだが、父親から「やめたら家には戻ってくるなよ」「気持ちが弱いんだ」と厳しく突き放されたことで奮起する。

日馬富士の言葉と大怪我

独学で食事法やプロテインの摂取法を学んで健康な肉体を取り戻し、体重を増やして幕下へ定着する。10代での関取昇進という目標には届かなかったものの、親孝行を胸に猛稽古へ邁進した。

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出稽古先で横綱・日馬富士から「チャンスは誰にでもある。ただ何回もやって来るものじゃない。来たチャンスを自分でつかみなさい」と声をかけられ、その言葉に発奮して平成28年(2016年)11月場所で新十両へ昇進する。

平成30年(2018年)7月場所で新入幕を果たす。幕内へ定着し始めた矢先、令和元年(2019年)の年末に稽古で左上腕部と肘の筋肉を部分断裂する大怪我を負った。翌場所を途中休場し、長らく守っていた幕内の座から陥落する。

異例の巴戦と三役昇進

令和2年(2020年)7月場所は東十両筆頭に陥落したが、怪我を乗り越えて10勝5敗の成績を挙げる。この場所は6人の力士による優勝決定戦にもつれ込み、最後は明生、豊昇龍、天空海という立浪部屋の力士3人による異例の巴戦となった。この混戦を制して見事に自身初となる十両優勝を決めた。

幕内へ復帰すると、令和3年(2021年)7月場所で新三役となる小結へ昇進する。入門当初から公の場で「師匠の番付を抜くこと」を目標に掲げており、まずは師匠(元小結・旭豊)と肩を並べた。続く同年9月場所では新関脇へと番付を上げ、ついに恩師の最高位を超えて長年の目標を達成した。

令和5年(2023年)春には、医師から「このまま放っておくと目が見えなくなる」と宣告されたため、長年悩まされていた逆さまつ毛の手術に踏み切った。これにより目の違和感が消え、相撲に集中できる環境が整った直後の同年5月場所では、横綱・照ノ富士を破って自身初となる金星と殊勲賞を獲得した。

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再びの怪我と図太い相撲

その後も上位で奮闘していたが、令和7年(2025年)10月に腰椎椎間板ヘルニアの手術を受ける。ご当地である九州での同年11月場所は初日から休場したものの、十両陥落が濃厚となる中で10日目から途中出場し、意地の1勝をもぎ取って地元の声援に応えた。翌令和8年(2026年)1月場所では5年半ぶりとなる十両への陥落を余儀なくされた。

取り口はスピードと腰の重さを生かした左四つからの寄りを最大の武器としている。上手からも下手からも投げを打つが、相手を抱えたり掬ったりする相撲は少ない。

立合いでは相手が横綱であっても先に手を付かせてから自分が仕切るこだわりがあり、先輩力士にも平気で張り手を放つ図太い土俵態度を見せる。度重なる怪我による番付の乱高下を経験しながらも、決して折れない強い心で土俵を務め上げている。

💡 鹿児島県出身一覧💡 立浪部屋の力士

四股名
明生 力(めいせい ちから)
最高位
関脇
最新番付
西 十両6枚目
出身地
鹿児島県 大島郡瀬戸内町
本名
川畑 明生
生年月日
平成7年(1995)7月24日(30歳)
身長・体重
180cm・150kg
所属部屋
立浪部屋
初土俵
平成23年(2011)5月(15歳10ヵ月)
新十両
平成28年(2016)11月(21歳4ヵ月)
新入幕
平成30年(2018)7月(23歳0ヵ月)
新小結
令和3年(2021)7月(26歳0ヵ月)
新関脇
令和3年(2021)9月(26歳2ヵ月)
優勝
十両優勝1回
受賞・金星
殊勲賞1回,敢闘賞1回,金星2個
通算成績
534勝513敗16休/1046出場(勝率:51.1%)
直近7場所
23勝22敗(幕内:18勝33敗9休)
7場所勝率
42.7%
得意技
左四つ・寄り
決まり手傾向(直近7場所)
明生が勝ちの決まり手(34勝)
寄り切り8
叩き込み5
突き落とし4
押し出し4
寄り倒し3
引き落とし2
その他8
明生が負けの決まり手(47敗)
叩き込み9
寄り切り7
押し出し6
押し倒し5
上手投げ3
突き出し3
その他14
令8年5月
西 十両6枚目(半枚上昇)
7勝8敗
●○○●●|●●○●○|○○●○●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年3月
東 十両7枚目(1枚上昇)
8勝7敗
●●●○○|○●○○●|○●○○●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年1月
東 十両8枚目(7枚降下)
8勝7敗
○○○●●|○●●○○|●●●○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

▼ さらに過去の成績(4場所分)を見る
令7年11
東 前頭18枚目(5枚降下)
1勝5敗9休
ややややや|やややや●|○●●●●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年9月
東 前頭13枚目(7枚半降下)
5勝10敗
○●●○●|●●●○●|●●○○●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年7月
西 前頭5枚目(4枚半上昇)
3勝12敗
●●○●○|●●○●●|●●●●●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年5月
東 前頭10枚目
9勝6敗
○●○●○|●○○○○|●●○○●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

鹿児島県出身の最高位:小結

陣岳 隆

長身を活かした突っ張りは威力があったが、攻めが遅く長い相撲が多かった。四股名は故郷・志布志町の山の名前

  • 四股名 :陣岳 隆(じんがく たかし)
  • 最高位 :小結
  • 年寄名跡:17代春日山
  • 出身地 :鹿児島県曽於郡志布志町
  • 本 名 :中山 隆
  • 生年月日:昭和34年(1959)12月24日
  • 所属部屋:君ヶ濱⇒井筒部屋
  • 初土俵 :昭和52年(1977)5月(17歳5ヵ月)
  • 新十両 :昭和57年(1982)7月(22歳7ヵ月)
  • 新入幕 :昭和58年(1983)1月(23歳1ヵ月)
  • 新三役 :昭和62年(1987)11月(27歳11ヵ月)
  • 最終場所:平成3年(1991)9月(31歳9ヵ月)
  • 生涯戦歴:499勝538敗13休/1036出場(87場所)
  • 生涯勝率:48.1%
  • 優勝等 :十両同点1回,序ノ口同点1回
  • 成 績 :金星2個
  • 幕内戦歴:309勝396敗(47場所)勝率:43.8%
  •   小結:5勝25敗(2場所)勝率:16.7%
  •   前頭:304勝371敗(45場所)勝率:45.0%
  • 十両戦歴:68勝54敗13休(9場所)勝率:55.7%

旭道山 和泰

真っ向勝負の「南海のハブ」は敢闘精神の塊!弟は行司の木村寿之介

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  • 四股名 :旭道山 和泰(きょくどうざん かずやす)
  • 最高位 :小結
  • 出身地 :山口県佐波郡徳地町 ⇒ 鹿児島県大島郡徳之島町
  • 本 名 :波田 和泰
  • 生年月日:昭和39年(1964)10月14日
  • 所属部屋:大島部屋
  • 初土俵 :昭和55年(1980)5月(15歳7ヵ月)
  • 新十両 :昭和63年(1988)7月(23歳9ヵ月)
  • 新入幕 :平成元年(1989)1月(24歳3ヵ月)
  • 新三役 :平成4年(1992)9月(27歳11ヵ月)
  • 最終場所:平成8年(1996)11月(32歳1ヵ月)
  • 生涯戦歴:537勝549敗/1086出場(99場所)
  • 生涯勝率:49.4%
  • 優勝等 :十両同点1回,序ノ口優勝1回
  • 成 績 :殊勲賞2回,敢闘賞2回,金星1個
  • 幕内戦歴:325勝380敗(47場所)勝率:46.1%
  •   小結:16勝29敗(3場所)勝率:35.6%
  •   前頭:309勝351敗(44場所)勝率:46.8%
  • 十両戦歴:28勝17敗(3場所)勝率:62.2%

千代鳳 祐樹

千代鳳 祐樹 (ちよおおとり ゆうき)鹿児島県志布志市出身、九重部屋の元力士で、最高位は小結

平成20年(2008)5月場所に15歳7ヶ月で初土俵を踏み、令和3年(2021)11月場所を最後に引退(29歳1ヶ月)。

通算成績は430勝363敗104休785出場。生涯勝率.548。通算80場所中、43場所を勝ち越した(勝ち越し率.544)。

主な成績は十両優勝1回、幕下(同点2)、序二段優勝1回

平成4年(1992)10月11日生まれ。本名は木下 祐樹。

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幼少期から柔道と相撲で鍛え上げた身体を武器に、若くして関取の座を掴んだ千代鳳は、突き押しと叩きへの強さを持ち味に三役まで昇進した名力士である。度重なる大怪我に苦しめられながらも、不屈の闘志で土俵を務め上げたその歩みは、多くの相撲ファンの記憶に刻まれている。

幼少期の活躍と九重部屋への入門

鹿児島県志布志市で育ち、小学生の頃から柔道と相撲に打ち込んだ。柔道では黒帯を取得して全国大会に出場する腕前を持ち、相撲でも小学6年次にわんぱく相撲全国大会でベスト16に入るなど、早くから類まれな格闘センスを示していた。

中学校卒業後の平成20年(2008年)5月場所、一足先に入門していた兄(のちの千代丸)を追うように、13代九重(第58代横綱・千代の富士)が率いる九重部屋へと入門。「大木下」の四股名で初土俵を踏んだ。入門後は順調に番付を上げ、平成21年(2009年)9月場所では序二段優勝を飾る。翌11月場所での三段目昇進を機に、四股名を「千代鳳」へと改名した。

10代での新十両と幕内への出世

改名後も着実に地力をつけ、初土俵から約4年となる平成24年(2012年)3月場所に新十両へ昇進。このとき19歳5ヶ月であり、10代での関取昇進という見事なスピード出世であった。さらに、初土俵から丸5年となる平成25年(2013年)5月場所では新入幕を果たし、幕内の土俵へと駆け上がった。

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幕内と十両を行き来する時期もあったが、東十両2枚目で迎えた平成25年(2013年)11月場所では、13勝2敗の好成績で十両優勝を果たす。翌平成26年(2014年)1月場所では兄の千代丸が十両優勝を飾っており、史上初となる「兄弟による十両連続優勝」の歴史的快挙へと繋がる、価値ある賜杯であった。

新三役への飛躍と怪我との闘い

再び幕内へ定着すると、容易なことでは前に落ちない足腰の良さと、相手の叩きに滅法強い突き押し相撲を武器に白星を重ねた。その実力が結実し、平成26年(2014年)5月場所では自己最高位となる西小結へ昇進し、新三役の座を掴み取った。

しかし、三役昇進後は度重なる怪我との闘いとなる。右肩の脱臼や左膝の怪我などの影響により休場が重なり、幕内から幕下、さらには三段目へと大きく番付を落とす試練を味わった。それでも決して土俵を諦めることなく、猛稽古で再び十両へ復帰するなど、執念の相撲を取り続けた。長年にわたり怪我と向き合いながら土俵を務めたが、東幕下12枚目で迎えた令和3年(2021年)11月場所を最後に現役引退を発表した。

引退後は年寄「佐ノ山」を襲名し(のちに大山、錦島へと名跡変更)、日本相撲協会に残って後進の指導にあたっている。怪我に泣きながらも相撲に懸けたその情熱と確かな技術は、指導者となった現在も若い力士たちへと受け継がれている。

四股名
千代鳳 祐樹 (ちよおおとり ゆうき)
最高位
小結
年寄名跡
23代佐ノ山 祐樹(九重) → 13代大山 祐樹(九重) → 20代錦島 祐樹(九重)
出身地
鹿児島県志布志市
本名
木下 祐樹
生年月日
平成4年(1992)10月11日(33歳)
所属部屋
九重部屋
改名歴
大木下 祐樹 → 千代鳳 祐樹
初土俵
平成20年(2008)5月 前相撲(15歳7ヶ月)
新十両
平成24年(2012)3月(所要22場所)
19歳5ヶ月(初土俵から3年10ヶ月)
新入幕
平成25年(2013)5月(所要29場所)
20歳7ヶ月(初土俵から5年0ヶ月)
新小結
平成26年(2014)5月(所要35場所)
21歳7ヶ月(初土俵から6年0ヶ月)
最終場所
令和3年(2021)11月場所(29歳1ヶ月)
大相撲歴
80場所(13年6ヶ月)
通算成績
430勝363敗104休785出場(勝率.548)
通算80場所
勝ち越し43場所(勝ち越し率.544)(勝ち越し星154)
優勝等
十両優勝1回,幕下(同点2),序二段優勝1回
持給金
80円(勝ち越し星154個)
幕内戦歴
125勝138敗22休259出場(勝率.483)
在位19場所(在位率.237)
勝ち越し8場所(勝ち越し率.421)
三役戦歴
5勝10敗0休15出場(勝率.333)
在位1場所(在位率.013)
勝ち越し0場所(勝ち越し率.000)
小結戦歴
5勝10敗0休15出場(勝率.333)
在位1場所(在位率.013)
勝ち越し0場所(勝ち越し率.000)
前頭戦歴
120勝128敗22休244出場(勝率.492)
在位18場所(在位率.225)
勝ち越し8場所(勝ち越し率.444)
十両戦歴
164勝143敗53休303出場(勝率.541)
在位24場所(在位率.300)
勝ち越し11場所(勝ち越し率.458)
関取戦歴
289勝281敗75休562出場(勝率.514)
在位43場所(在位率.537)
勝ち越し19場所(勝ち越し率.442)
幕下以下歴
141勝82敗29休223出場(勝率.632)
在位36場所(在位率.450)
勝ち越し24場所(勝ち越し率.667)

千代鳳 祐樹の更に詳細なデータは力士名鑑で!

名鑑ページでは、以下のような詳細な分析データをはじめ、豊富な表やグラフをご覧いただけます。

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  • ✅ 勝った決まり手1位:寄り切り(148回 / 33.9%)
  • ✅ 負けた決まり手1位:寄り切り(99回 / 27.0%)
  • ✅ 得意な相手:徳真鵬(9勝0敗 / 勝率1.000)
  • ✅ 苦手な相手:美ノ海(0勝10敗 / 勝率.000)

鹿児島県出身の最高位:前頭

大雄 辰實

もろ差しが得意だったが勝負に出るのが遅かった、引退後は陸奥部屋で部屋付親方をしていたが息子(元幕下・龍甲)の入門を機に甲山部屋を興した

  • 四股名 :大雄 辰實(だいゆう たつみ)
  • 最高位 :前頭筆頭
  • 年寄名跡:6代陸奥⇒9代甲山
  • 出身地 :鹿児島県肝属郡大根占町
  • 本 名 :柳田 辰実⇒横山 辰実
  • 生年月日:昭和15年(1940)5月27日
  • 所属部屋:井筒部屋
  • 改名歴 :柳田⇒大根占⇒大雄
  • 初土俵 :昭和31年(1956)5月(16歳0ヵ月)
  • 新十両 :昭和35年(1960)7月(20歳2ヵ月)
  • 新入幕 :昭和38年(1963)5月(23歳0ヵ月)
  • 最終場所:昭和47年(1972)9月(32歳4ヵ月)
  • 生涯戦歴:614勝596敗4休/1209出場(96場所)
  • 生涯勝率:50.7%
  • 優勝等 :十両優勝2回
  • 幕内戦歴:296勝349敗(43場所)勝率:45.9%
  • 十両戦歴:180勝161敗4休(23場所)勝率:52.8%

薩洲洋 康貴

約11年をかけて入幕を果たす、引退場所の全休まで休まず1077回連続出場

  • 12代・立田山 裕教(陸奥部屋)
  • 四股名 :薩洲洋 康貴(さっしゅうなだ やすたか)
  • 最高位 :前頭筆頭
  • 年寄名跡:16代錣山⇒19代春日山⇒13代熊ヶ谷⇒12代立田山
  • 出身地 :鹿児島県指宿市
  • 本 名 :吉崎 克幸
  • 生年月日:昭和32年(1957)6月7日(69歳)
  • 所属部屋:君ヶ濱⇒井筒部屋
  • 改名歴 :吉崎⇒薩洲洋
  • 初土俵 :昭和51年(1976)1月(18歳7ヵ月)
  • 新十両 :昭和59年(1984)7月(27歳1ヵ月)
  • 新入幕 :昭和61年(1986)9月(29歳3ヵ月)
  • 最終場所:平成4年(1992)9月(35歳3ヵ月)
  • 生涯戦歴:545勝532敗7休/1077出場(101場所)
  • 生涯勝率:50.6%
  • 優勝等 :十両優勝1回,幕下優勝1回,序ノ口優勝1回
  • 幕内戦歴:129勝156敗(19場所)勝率:45.3%
  • 十両戦歴:218勝217敗(29場所)勝率:50.1%

星甲 實義

師匠の死により28歳で部屋を継承した9代井筒

  • 四股名 :星甲 實義(ほしかぶと さねよし)
  • 最高位 :前頭2枚目
  • 年寄名跡:9代井筒
  • 出身地 :鹿児島県鹿児島市
  • 本 名 :中尾 實義
  • 生年月日:明治35年(1902)7月21日
  • 没年月日:昭和19年(1944)9月23日(享年42歳)
  • 所属部屋:井筒部屋
  • 初土俵 :大正7年(1918)5月(15歳10ヵ月)
  • 新十両 :大正14年(1925)5月(22歳10ヵ月)
  • 新入幕 :昭和2年(1927)1月(24歳6ヵ月)
  • 最終場所:昭和6年(1931)3月(28歳8ヵ月)
  • 生涯戦歴:120勝96敗54休3預/218出場(34場所)
  • 生涯勝率:55.6%
  • 優勝等 :幕内次点1回,十両優勝1回,三段目優勝1回
  • 幕内戦歴:67勝66敗54休(17場所)勝率:50.4%
  • 十両戦歴:15勝4敗(3場所)勝率:78.9%

逆鉾 與治郎

将来を有望視されたが私生活の乱れにより21歳で廃業

  • 四股名 :逆鉾 與治郎(さかほこ よじろう)
  • 最高位 :前頭6枚目
  • 出身地 :鹿児島県薩摩川内市
  • 本 名 :山口 元行⇒古田 元行
  • 生年月日:昭和17年(1942)6月7日
  • 所属部屋:井筒部屋
  • 改名歴 :川内⇒逆鉾
  • 初土俵 :昭和33年(1958)7月(16歳1ヵ月)
  • 新十両 :昭和37年(1962)7月(20歳1ヵ月)
  • 新入幕 :昭和38年(1963)5月(20歳11ヵ月)
  • 最終場所:昭和38年(1963)11月(21歳5ヵ月)
  • 生涯戦歴:181勝111敗15休/292出場(33場所)
  • 生涯勝率:62.0%
  • 優勝等 :三段目同点1回,序ノ口同点1回
  • 成 績 :敢闘賞1回
  • 幕内戦歴:24勝21敗15休(4場所)勝率:53.3%
  • 十両戦歴:44勝31敗(5場所)勝率:58.7%

太刀風 義経

幕内は1場所に終わったが長く十両の土俵を務める

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  • 四股名 :太刀風 義経(たちかぜ よしつね)
  • 最高位 :前頭20枚目
  • 出身地 :鹿児島県薩摩郡
  • 本 名 :岩下 義経
  • 生年月日:昭和5年(1930)8月2日
  • 所属部屋:井筒部屋
  • 初土俵 :昭和24年(1949)5月(18歳9ヵ月)
  • 新十両 :昭和30年(1955)1月(24歳5ヵ月)
  • 新入幕 :昭和32年(1957)1月(26歳5ヵ月)
  • 最終場所:昭和35年(1960)1月(29歳5ヵ月)
  • 生涯戦歴:279勝290敗/569出場(45場所)
  • 生涯勝率:49.0%
  • 優勝等 :十両優勝1回,序ノ口優勝1回
  • 幕内戦歴:4勝11敗(1場所)勝率:26.7%
  • 十両戦歴:143勝157敗(20場所)勝率:47.7%

錦洋 幸治

師匠の独立で君ヶ濱部屋へと同行、井筒伝統の「錦洋」を返上して四股名を大峩に

  • 四股名 :錦洋 幸治(にしきなだ こうじ)
  • 最高位 :前頭筆頭
  • 出身地 :鹿児島県鹿屋市
  • 本 名 :川崎 悟
  • 生年月日:昭和25年(1950)1月3日
  • 没年月日:平成21年(2009)7月16日(享年59歳)
  • 所属部屋:井筒⇒君ヶ濱部屋
  • 改名歴 :川崎⇒錦洋⇒川崎⇒大峩
  • 初土俵 :昭和40年(1965)3月(15歳2ヵ月)
  • 新十両 :昭和43年(1968)11月(18歳10ヵ月)
  • 新入幕 :昭和44年(1969)7月(19歳6ヵ月)
  • 最終場所:昭和52年(1977)5月(27歳4ヵ月)
  • 生涯戦歴:446勝446敗19休/891出場(74場所)
  • 生涯勝率:50.0%
  • 優勝等 :十両優勝2回,幕下優勝1回,序ノ口同点1回
  • 成 績 :技能賞1回,金星2個
  • 幕内戦歴:183勝217敗5休(27場所)勝率:45.8%
  • 十両戦歴:170勝175敗(23場所)勝率:49.3%

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2 thoughts on “鹿児島県出身の歴代力士一覧|過去から現在までの全関取と優勝・三賞記録

    1. レイ 投稿作成者

      あ様へ

      大変申し訳ありませんでした。誤って出生地である兵庫県の方へ記載しておりました。
      さっそく訂正し、鹿児島県の当ページに記載させて頂きました。

      ご指摘頂きましてありがとうございます。

      返信

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