境川(さかいがわ)部屋の過去から現在までの主な所属力士をご紹介する境川部屋の大相撲力士まとめ!
この記事では境川部屋と、その前身である中立部屋の主な関取を中心に紹介していきます。過去の力士については最高位や改名歴、初土俵や各段の昇進時期と最終場所、さらに生涯戦歴と生涯勝率、成績等を中心にご紹介していきます。また、現役力士については最高位と昇進時期、主な成績などを載せています。
なお、年寄名跡欄の
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この記事の目次
境川部屋とは
境川部屋は、平成4(1992)年12月に現役を引退し、出羽海部屋の部屋付き親方を務めていた12代中立(元小結・両国:出羽海部屋)が、平成10(1998)年5月に内弟子2人を連れて独立して創設した中立部屋を前身とする相撲部屋です。
12代中立の師匠である12代境川(元横綱・佐田の海)が停年を迎える直前の平成15(2003)年1月に、お互いの名跡を交換して12代中立は13代境川を襲名、部屋の名を境川部屋と改めました。
境川部屋の系譜
境川部屋の成り立ちを系譜でご紹介します。

境川部屋の優勝力士
優勝制度が制定された明治42年(1909)6月場所以降、現在の境川部屋からは1人の幕内最高優勝力士が誕生しています。
境川部屋の初優勝はいつで誰?
境川部屋の初優勝力士は、平成28年(2016)9月場所で東大関だった豪栄道です。
境川部屋の優勝力士一覧
では、歴代の境川部屋の幕内優勝力士を年月順で一覧表にして見てみましょう。
| № | 四股名 | 優勝場所 | 回数 | 優勝時の番付 | 出身 | 部屋 | 最高位 | 成績 | 四股名 | 備考 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 豪栄道 | 平成28年9月 | 初 | 東大関2 | 大阪府 | 境川 | 大関 | 15勝0敗 | 豪栄道 | 86年ぶりの大阪府出身力士の優勝 全勝での初優勝は武蔵丸以来22年ぶり 境川部屋としても初の幕内優勝力士誕生 |
境川部屋の優勝力士ランキング
次は境川部屋力士の優勝回数と成績のランキングです。
| 順位 | 四股名 | 優勝 | 最高位 | 出身地 | 勝数 | 敗数 | 横綱 | 大関 | 関脇 | 小結 | 前頭 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1位 | 豪栄道 | 1回 | 大関 | 大阪府 | 15勝 | 0敗 | 0回 | 1回 | 0回 | 0回 | 0回 |
中立~境川部屋の歴代師匠
第12代・中立 秀昭~第13代・境川 豪章 (元小結・両国)
両国 梶之助 (りょうごく かじのすけ)は長崎県長崎市出身、出羽海部屋の元力士で、最高位は小結。
昭和60年(1985)3月場所に22歳7ヶ月で初土俵を踏み、平成4年(1992)11月場所を最後に引退(30歳3ヶ月)※番付上は平成5年(1993)1月場所。
通算成績は316勝313敗20休626出場。生涯勝率.505。通算47場所中、25場所を勝ち越した(勝ち越し率.532)。
主な成績は十両優勝1回(同点2)、殊勲賞1回、敢闘賞1回、金星3個(千代の富士3個)。
昭和37年(1962)7月30日生まれ。本名は小林 秀昭。
日本大学相撲部で活躍し、幕下付出で角界入りした両国は、大横綱・千代の富士から3つの金星を奪うなど、持ち前の闘志あふれる相撲で幕内上位で活躍した力士である。引退後は自ら部屋を創設し、男気あふれる熱血親方として数多くの名力士を育て上げている。
アマチュア時代のライバルと角界への挑戦
長崎県長崎市で生まれ育ち、日本大学へ進学して相撲部で活躍する。同級生であり明治大学相撲部で活躍していた綛田(かせだ)(のちの関脇・栃乃和歌(11代春日野))とは、アマチュア時代から互いに鎬を削る良きライバル関係にあった。
大学時代の実績から幕下付出の資格を得て、出羽海部屋へ入門。昭和60年(1985年)3月場所において、本名を交えた「小林山」の四股名で、ライバルである綛田と共に幕下60枚目格付出として初土俵を踏んだ。
伝統の四股名襲名と新三役への飛躍
初めて大相撲の土俵に上がった場所は2勝5敗と負け越し、翌場所は三段目へ番付を落としたものの、そこから地力を発揮して一気に番付を駆け上がる。昭和61年(1986年)3月場所で新十両へ昇進。同年7月場所での再十両以降は関取の座に定着し、昭和62年(1987年)3月場所において新入幕を果たした。
この新入幕を機に、出羽海部屋に代々伝わる伝統の四股名である「両国」を襲名した。幕内の土俵でも持ち味を遺憾なく発揮し、同年7月場所では新小結へと昇進して三役の座を掴み取る。大関候補として期待を集めたが関脇にはあと一歩届かず、その後は幕内中位から上位の土俵で激闘を演じることとなる。
大横綱との激闘と3つの金星
幕内上位の土俵では、絶対的な強さを誇っていた第58代横綱・千代の富士に対して無類の強さを発揮した。平成元年(1989年)9月場所より四股名を「両国 梶之助」へと改めると、続く11月場所では東前頭3枚目で10勝5敗の好成績を挙げ、千代の富士から自身初となる金星を獲得し、殊勲賞を受賞する。
さらに、翌平成2年(1990年)3月場所では11勝4敗で敢闘賞と金星を獲得し、同年7月場所においても金星を奪ってみせた。自身が獲得した通算3個の金星はすべて大横綱・千代の富士から挙げたものであり、「千代の富士キラー」として館内を大いに沸かせた。
怪我との闘いと現役引退
その後も再度の三役昇進を目指して奮闘したが、平成4年(1992年)7月場所で左大腿部を挫傷する重傷を負って途中休場を余儀なくされる。さらに、大学時代から抱えていた腰の怪我も悪化したことで本来の相撲が取れなくなり、同年9月場所では2勝13敗と大きく負け越して十両へと陥落してしまう。
続く11月場所は西十両7枚目で迎えたが、初日から1勝5敗としたのち休場し、翌場所の幕下陥落が確定的となった。このため、場所後の12月に現役引退を発表した。
男気あふれる熱血親方として
引退後は年寄「中立」を襲名して出羽海部屋で後進の指導にあたったのち、平成10年(1998年)に独立して中立部屋を創設する。平成15年(2003年)には自身の名跡変更に伴い、部屋の名称を「境川部屋」へと改称した。
指導者としては、人情に厚い「熱血親方」として広く知られている。入門を志願した門元少年(のちの幕内・豊響)が母親にぞんざいな口を利いた際には激怒して入門を破談にしたが、2年後に非礼を詫びて再志願してきた際には「命を懸けて来い」と快く迎え入れた。また、「先人を敬う気持ち」を大切にし、部屋の旅行で訪れたサイパンで慰霊碑の落書きを見た際には、急遽予定を変更して弟子たちと共に汗だくになって清掃にあたったというエピソードも残る。
師匠としての矜持も強く、弟子に現役時代の番付を抜かれても「偉そうなことが言えなくなるからな」と奢られることは一切なかった。平成26年(2014年)7月、愛弟子である豪栄道の大関昇進を伝える使者を迎えた日は奇しくも自身の52歳の誕生日であったが、周囲が用意したケーキを「今日は豪太郎の日や」と固辞し、弟子の出世を祝うことを優先したという。厳しくも温かいその信念のもと、数多くの関取を育て上げ、現在も大相撲の発展に多大な貢献を果たしている。
- 四股名
- 両国 梶之助 (りょうごく かじのすけ)
- 最高位
- 小結
- 年寄名跡
- 12代中立 秀昭(出羽海) → 12代中立 秀昭 → 12代中立 嗣人 → 13代境川 豪章
- 出身地
- 長崎県長崎市
- 本名
- 小林 秀昭
- 生年月日
- 昭和37年(1962)7月30日(63歳)
- 出身高校
- 諫早農業高校
- 出身大学
- 日本大学
- 所属部屋
- 出羽海部屋
- 改名歴
- 小林山 秀昭 → 両国 秀昭 → 両国 梶之助
- 初土俵
- 昭和60年(1985)3月 幕下60枚目付出(22歳7ヶ月)
- 新十両
- 昭和61年(1986)3月(所要6場所)
- 23歳7ヶ月(初土俵から1年0ヶ月)
- 新入幕
- 昭和62年(1987)3月(所要12場所)
- 24歳7ヶ月(初土俵から2年0ヶ月)
- 新小結
- 昭和62年(1987)7月(所要14場所)
- 24歳11ヶ月(初土俵から2年4ヶ月)
- 最終場所
- 平成4年(1992)11月場所(30歳3ヶ月)※番付上は平成5年(1993)1月場所
- 大相撲歴
- 47場所(7年8ヶ月)
- 通算成績
- 316勝313敗20休626出場(勝率.505)
- 通算47場所
- 勝ち越し25場所(勝ち越し率.532)(勝ち越し星93)
- 優勝等
- 十両優勝1回(同点2)
- 受賞・金星
- 殊勲賞1回,敢闘賞1回,金星3個(千代の富士3個)
- 持給金
- 79円50銭(勝ち越し星93個 金星3個)
- 幕内戦歴
- 217勝252敗11休467出場(勝率.465)
- 在位32場所(在位率.681)
- 勝ち越し13場所(勝ち越し率.406)
- 三役戦歴
- 21勝39敗0休60出場(勝率.350)
- 在位4場所(在位率.085)
- 勝ち越し0場所(勝ち越し率.000)
- 小結戦歴
- 21勝39敗0休60出場(勝率.350)
- 在位4場所(在位率.085)
- 勝ち越し0場所(勝ち越し率.000)
- 前頭戦歴
- 196勝213敗11休407出場(勝率.482)
- 在位28場所(在位率.596)
- 勝ち越し13場所(勝ち越し率.464)
- 十両戦歴
- 64勝47敗9休110出場(勝率.582)
- 在位8場所(在位率.170)
- 勝ち越し6場所(勝ち越し率.750)
- 関取戦歴
- 281勝299敗20休577出場(勝率.487)
- 在位40場所(在位率.851)
- 勝ち越し19場所(勝ち越し率.475)
- 幕下以下歴
- 35勝14敗0休49出場(勝率.714)
- 在位7場所(在位率.149)
- 勝ち越し6場所(勝ち越し率.857)
名鑑ページでは、以下のような詳細な分析データをはじめ、豊富な表やグラフをご覧いただけます。
- ✅ 勝った決まり手1位:寄り切り(109回 / 38.5%)
- ✅ 負けた決まり手1位:寄り切り(125回 / 41.5%)
- ✅ 得意な相手:薩洲洋(10勝2敗 / 勝率.833)
- ✅ 苦手な相手:大乃国(0勝12敗 / 勝率.000)
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