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湊川部屋の歴代力士一覧|千賀ノ浦~常盤山から湊川までの全関取と優勝・三賞記録

湊川(みなとがわ)部屋の過去から現在までの主な所属力士をご紹介する湊川部屋の大相撲力士まとめ!

この記事では湊川部屋と、その前身である千賀ノ浦~常盤山部屋の主な関取を中心に紹介していきます。過去の力士については最高位や改名歴、初土俵や各段の昇進時期と最終場所、さらに生涯戦歴と生涯勝率、成績等を中心にご紹介していきます。また、現役力士については最高位と昇進時期、主な成績などを載せています。

現役の湊川部屋力士の最新番付や成績、詳細なデータをご覧になりたい方はこちら

7月場所千秋楽の取組結果はこちら。


7月場所の各段の成績順はこちらで確認ができます。

相撲部屋や出身地ごとの成績から、場所中はリアルタイムでランキングを作成しております。今場所好調な相撲部屋や力士の出身地はどこ?

湊川部屋の基本情報
一門
:二所ノ関一門
創設
:平成16年(2004年)9月27日 千賀ノ浦部屋として創設
創設者
:第19代・千賀ノ浦 靖仁 (元関脇・舛田山 靖仁)
改称
:令和2年(2020年)11月26日 常盤山部屋へと改称
改称者
:第17代・常盤山 太一 (元小結・隆三杉 太一)
改称
:令和8年(2026年)1月26日 湊川部屋へと改称
改称者
:第14代・湊川 貴信 (元大関・貴景勝 光信)
現師匠
:同上
所在地
:東京都板橋区前野町6-32-3 📍地図
サイト

湊川部屋の優勝力士

湊川部屋 歴代幕内優勝力士一覧

湊川部屋と、その前身である千賀ノ浦部屋・常盤山部屋では貴景勝が幕内優勝を達成しており、優勝回数はあわせて4回になります。

初優勝は、7年8ヶ月前の平成30年(2018年)11月場所で、直近の優勝は2年10ヶ月前の令和5年(2023年)9月場所になります。

場所年月四股名番付成績年齢出身地最高位部屋備考
令和5年9月
(2023年)
R5.9
2023
貴景勝
[4回目]
西大関11勝4敗27歳1ヶ月兵庫県大関常盤山
優勝決定戦で平幕の熱海富士を下し、4度目の幕内優勝
令和5年1月
(2023年)
R5.1
2023
貴景勝
[3回目]
西大関12勝3敗26歳5ヶ月兵庫県大関常盤山
琴勝峰との千秋楽相星決戦を制して2年2ヶ月ぶりの幕内優勝を達成
令和2年11月
(2020年)
R2.11
2020
貴景勝
[2回目]
東大関13勝2敗24歳3ヶ月兵庫県大関千賀ノ浦
大関昇進後初の優勝
平成30年11月
(2018年)
H30.11
2018
貴景勝
[初]
東小結13勝2敗22歳3ヶ月兵庫県大関千賀ノ浦
初土俵から所要26場所目での幕内優勝

湊川部屋 幕内優勝回数ランキング

湊川部屋の幕内優勝回数ランキングです。貴景勝は大関として3回、小結で1回、合計で4回優勝しています。優勝した場所での本割の成績は49勝11敗で、勝率は.817となっています。

※勝利合計と敗戦合計・勝率は、幕内優勝場所での成績合計です。

順位四股名最高位優勝
回数
横綱大関関脇小結前頭勝利
合計
敗戦
合計
勝率部屋出身地
1位貴景勝大関4回301049勝11敗.817常盤山兵庫県

湊川部屋の三賞受賞力士

湊川部屋 歴代三賞受賞力士一覧

湊川部屋と、その前身である千賀ノ浦部屋・常盤山部屋では、これまでに3人の力士が三賞を受賞しており、獲得数はあわせて11回になります。

受賞の内訳は、技能賞が2回、殊勲賞が2回、敢闘賞が7回となっています。

また、ダブル受賞は貴景勝が1回ずつ達成しています。

場所年月 番付 受賞力士 受賞 成績 受賞時
年齢
出身地 部屋 初土俵 生年月日
令和7年9月
(2025年)
R7.9
(2025)
東前頭7東前頭7隆の勝敢闘賞 [5回目]12勝3敗30歳10ヶ月千葉県常盤山平成22年3月
(2010年)
平成6年11月14日
(1994年)
令和6年11月
(2024年)
R6.11
(2024)
東前頭6東前頭6隆の勝敢闘賞 [4回目]11勝4敗30歳0ヶ月千葉県常盤山平成22年3月
(2010年)
平成6年11月14日
(1994年)
令和6年7月
(2024年)
R6.7
(2024)
東前頭6東前頭6隆の勝敢闘賞 [3回目]12勝3敗29歳8ヶ月千葉県常盤山平成22年3月
(2010年)
平成6年11月14日
(1994年)
令和4年5月
(2022年)
R4.5
(2022)
西前頭4西前頭4隆の勝殊勲賞 [初]11勝4敗27歳6ヶ月千葉県常盤山平成22年3月
(2010年)
平成6年11月14日
(1994年)
令和3年11月
(2021年)
R3.11
(2021)
西前頭2西前頭2隆の勝敢闘賞 [2回目]11勝4敗27歳0ヶ月千葉県常盤山平成22年3月
(2010年)
平成6年11月14日
(1994年)
令和2年3月
(2020年)
R2.3
(2020)
東前頭9東前頭9隆の勝敢闘賞 [初]12勝3敗25歳4ヶ月千葉県千賀ノ浦平成22年3月
(2010年)
平成6年11月14日
(1994年)
平成31年3月
(2019年)
H31.3
(2019)
東関脇東関脇貴景勝技能賞 [2回目]10勝5敗22歳7ヶ月兵庫県千賀ノ浦平成26年9月
(2014年)
平成8年8月5日
(1996年)
平成31年1月
(2019年)
H31.1
(2019)
東関脇東関脇貴景勝技能賞 [初]11勝4敗22歳5ヶ月兵庫県千賀ノ浦平成26年9月
(2014年)
平成8年8月5日
(1996年)
平成30年11月
(2018年)
H30.11
(2018)
東小結東小結貴景勝
ダブル
敢闘賞 [2回目]13勝2敗
優勝
22歳3ヶ月兵庫県千賀ノ浦平成26年9月
(2014年)
平成8年8月5日
(1996年)
殊勲賞 [3回目]
平成24年7月
(2012年)
H24.7
(2012)
西前頭13西前頭13舛ノ山敢闘賞 [初]11勝4敗21歳8ヶ月千葉県千賀ノ浦平成18年7月
(2006年)
平成2年11月1日
(1990年)

湊川部屋 三賞受賞回数ランキング

受賞回数は、1位が隆の勝で6回(殊勲賞1回・敢闘賞5回)、2位が貴景勝で4回(殊勲賞1回・技能賞2回・敢闘賞1回)、3位が舛ノ山で1回(敢闘賞1回)となっています。

順位 四股名 三賞
合計
技能賞 殊勲賞 敢闘賞 最高位 部屋 出身地
1位 隆の勝 6回 0 1 5 関脇 常盤山 千葉県
2位 貴景勝 4回 2 1 1 大関 千賀ノ浦 兵庫県
3位 舛ノ山 1回 0 0 1 前頭4 千賀ノ浦 千葉県

千賀ノ浦~常盤山~湊川部屋力士を検索

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千賀ノ浦部屋の最高位:幕下

栃の山 博士

栃の山 博士 (とちのやま ひろし)東京都立川市出身、春日野 → 千賀ノ浦部屋の元力士で、最高位は幕下2枚目

平成7年(1995)1月場所に21歳10ヶ月で初土俵を踏み、平成25年(2013)3月場所を最後に引退(40歳0ヶ月)※番付上は平成25年(2013)5月場所

通算成績は391勝364敗2休755出場。生涯勝率.518。通算109場所中、55場所を勝ち越した(勝ち越し率.509)。

主な成績は三段目優勝1回(同点1)

昭和48年(1973)2月24日生まれ。本名は山田 博士。

拓殖大学相撲部主将から春日野部屋の門を叩き、40歳まで現役を貫いた栃の山は、のちの大関や関取衆と名勝負を繰り広げた不屈の力士である。惜しくも関取の座には届かなかったが、引退後は世話人として裏方にまわり、角界を支え続けている。

春日野部屋への入門と志賀(栃東)との因縁

東京都立川市に生まれ、拓殖大学相撲部では主将を務めるなど活躍した。大学卒業後、同大の先輩である19代千賀ノ浦(元関脇・舛田山)が部屋付き親方として所属していた春日野部屋へと入門。平成7年(1995年)1月場所において「栃ノ山 拓」の四股名で初土俵を踏んだ。

初めて番付に名前が載った翌3月場所では、序ノ口で初日から6連勝とするも、勝てば優勝となる7番相撲で同期入門の志賀(のちの大関・栃東)に敗れて優勝を逃す。さらに翌5月場所でも序二段で6連勝としたが、またしても13日目の7番相撲で志賀と対戦して敗れ、2場所連続で同じ相手に各段優勝を阻まれるという因縁を味わった。

三段目陥落からの再起と最高位での大一番

平成8年(1996年)5月場所では三段目の地位で7戦全勝の成績を挙げ、自身初となる三段目優勝を飾る。その後、幕下に昇進するも一進一退が続き、三段目へ陥落して迎えた平成10年(1998年)9月場所でも全勝したが、優勝決定戦で古市に敗れて2度目の優勝はならなかった。

その後は幕下に完全定着し、平成13年(2001年)9月場所では自己最高位となる西幕下2枚目まで番付を上げた。この場所、3勝3敗で迎えた12日目の7番相撲において十両の濱ノ嶋との対戦が組まれる。大銀杏を結い、勝ち越しと関取(十両)昇進を懸けて土俵に上がったが、突き倒しで敗れて惜しくも悲願はならなかった。なお、現役時代を通じて十両力士との対戦は延べ5回経験している。

千賀ノ浦部屋への移籍と40歳での引退

四股名は「栃ノ山」から平成14年(2002年)1月場所に「栃之山」、平成16年(2004年)1月場所からは本名に由来する「栃の山 博士」へと改名した。同年9月、19代千賀ノ浦が独立して千賀ノ浦部屋を創設すると、内弟子としてそれに伴って移籍した。以降も幕下中位から三段目上位で若手力士と互角の勝負を演じ、部屋のまとめ役として師匠を支えた。

東三段目20枚目で迎えた平成25年(2013年)5月場所を前に、世話人就任の打診があったことを機に現役を引退した。初土俵から110場所、40歳まで現役を続けた長大な歩みであった。

出羽海一門への復帰

引退後は世話人として千賀ノ浦部屋(令和2年に常盤山部屋へと改称※貴乃花一門を経て二所ノ関一門へと合流)に所属し、協会の裏方として業務に尽力した。

その後、令和8年(2026年)1月26日付で常盤山部屋(同日付で湊川部屋に改称)から山響部屋へと転属した。山響部屋への移籍により、自身が初土俵を踏んだ春日野部屋と同じ出羽海一門へと復帰する形となった。現在も豊富な経験を活かし、大相撲の円滑な運営を支え続けている。

四股名
栃の山 博士 (とちのやま ひろし)
最高位
幕下2枚目
出身地
東京都立川市
本名
山田 博士
生年月日
昭和48年(1973)2月24日
出身高校
関東第一高校
出身大学
拓殖大学
所属部屋
春日野 → 千賀ノ浦部屋
改名歴
栃ノ山 拓 → 栃之山 拓 → 栃の山 博士
初土俵
平成7年(1995)1月 前相撲(21歳10ヶ月)
最終場所
平成25年(2013)3月場所(40歳0ヶ月)※番付上は平成25年(2013)5月場所
大相撲歴
109場所(18年2ヶ月)
通算成績
391勝364敗2休755出場(勝率.518)
通算109場所
勝ち越し55場所(勝ち越し率.509)(勝ち越し星135)
優勝等
三段目優勝1回(同点1)
持給金
70円50銭(勝ち越し星135個)
幕下以下歴
391勝364敗2休755出場(勝率.518)
在位108場所(在位率.991)
勝ち越し55場所(勝ち越し率.509)

栃の山 博士の更に詳細なデータは力士名鑑で!

名鑑ページでは、以下のような詳細な分析データをはじめ、豊富な表やグラフをご覧いただけます。

  • ✅ 勝った決まり手1位:押し出し(203回 / 51.9%)
  • ✅ 負けた決まり手1位:叩き込み(103回 / 28.2%)
  • ✅ 得意な相手:清の海(4勝0敗 / 勝率1.000)
  • ✅ 苦手な相手:大真鶴(0勝7敗 / 勝率.000)

拓錦 広之

三段目と序ノ口では共に全勝優勝を飾った

  • 四股名 :拓錦 広之(たくにしき ひろゆき)
  • 最高位 :幕下6枚目
  • 出身地 :千葉県市川市
  • 本 名 :大山 広之
  • 生年月日:昭和58年(1983)5月19日
  • 出身大学:拓殖大学
  • 所属部屋:千賀ノ浦部屋
  • 初土俵 :平成18年(2006)1月(22歳8ヵ月)
  • 最終場所:平成28年(2016)1月(32歳8ヵ月)
  • 生涯戦歴:208勝187敗18休/394出場(60場所)
  • 生涯勝率:52.7%
  • 優勝等 :三段目優勝1回,序ノ口優勝1回

舛ノ湖 大明

金沢市立工業高校出身。全国高校相撲選手権大会個人戦3位などの実績を引っさげて千賀ノ浦部屋へと入門。平成25年7月と平成26年7月場所では幕下6連勝で優勝にあと一歩と迫ったが7番相撲で惜しくも破れて逃した

  • 四股名 :舛ノ湖 大明(ますのうみ だいめい)
  • 最高位 :幕下6枚目
  • 出身地 :石川県加賀市
  • 本 名 :齊心 大明
  • 生年月日:平成3年(1991)11月12日
  • 所属部屋:千賀ノ浦部屋
  • 改名歴 :齊心⇒舛ノ湖
  • 初土俵 :平成22年(2010)1月(18歳2ヵ月)
  • 最終場所:平成27年(2015)11月(24歳0ヵ月)
  • 生涯戦歴:131勝100敗7休/231出場(35場所)
  • 生涯勝率:56.7%
  • 優勝等 :序二段優勝1回

常盤山部屋の最高位:幕下

舛東欧 旭

舛東欧 旭(ますとうおう あきら)はハンガリー ヤース・ナジタン・ソルノク県出身、常盤山部屋の力士で最高位は幕下8枚目。令和3年3月場所の番付は東 三段目23枚目。

大相撲史上初のハンガリー出身力士。ハンガリーではレスリング王者にも。相撲では平成16年(2004)の世界ジュニア相撲選手権・無差別級で決勝に進出、そこで澤井(元大関・豪栄道)に敗れるも2位という好成績をおさめた。四股名の下の名前の「旭」は、本名の「アティッラ」をもじったもの。

四股名
舛東欧 旭(ますとうおう あきら)
最高位
幕下8枚目
最新番付
東 三段目23枚目
出身地
ハンガリー ヤース・ナジタン・ソルノク県
本名
トート・アティッラ
生年月日
昭和61年(1986)1月23日(40歳)
所属部屋
千賀ノ浦⇒常盤山部屋
初土俵
平成17年(2005)1月(19歳0ヵ月)
優勝等
序ノ口優勝1回
通算成績
326勝276敗70休/597出場(勝率:54.6%)
直近7場所
14勝20敗15休
7場所勝率
41.2%
令3年3月
東 三段目23枚目(17枚上昇)
0勝0敗7休
休場
令3年1月
東 三段目40枚目(34枚半降下)
4勝3敗
●--○-|○●-●-|○--○-
令2年11月
西 三段目5枚目(35枚半降下)
1勝4敗2休
●--○-|●-●●-|ややややや
令2年9月
東 幕下30枚目(23枚上昇)
0勝7敗
●-●-●|--●●-|●-●--
令2年7月
東 幕下53枚目(9枚半上昇)
5勝2敗
-●○-●|--○-○|○--○-
令2年3月
西 三段目2枚目(36枚降下)
4勝3敗
-●-●-|○○--○|○--●-
令2年1月
西 幕下26枚目
0勝1敗6休
●-ややや|ややややや|ややややや

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千賀ノ浦~常盤山~湊川部屋の歴代師匠

第19代・千賀ノ浦 靖仁 (元関脇・舛田山)

在任期間(平成16年(2004年)9月27日~平成28年(2016年)4月7日)

舛田山 靖仁(ますだやま やすひと)は石川県 七尾市出身、春日野部屋の元力士で最高位は関脇。高校横綱獲得と、拓殖大での全国学生相撲選手権大会決勝進出という実績を積んで春日野部屋に入門。激しい立ち合いからの叩き込みは鮮やかで名人芸との声も。引退後は千賀ノ浦部屋を創設、舛ノ山(舛乃山)らを育て上げた。停年を迎えた平成28年4月に名跡を現師匠(20代)と交換、再雇用制度で部屋付き親方となった。

令和2年11月26日付で再び常盤山と千賀ノ浦の名跡は交換されて21代千賀ノ浦を襲名。令和3年4月に再雇用の停年である70歳を迎えて退職。

  • 四股名 :舛田山 靖仁(ますだやま やすひと)
  • 最高位 :関脇
  • 年寄名跡:19代千賀ノ浦⇒16代常盤山⇒21代千賀ノ浦
  • 出身地 :石川県七尾市
  • 本 名 :舛田 茂
  • 生年月日:昭和26年(1951)4月10日
  • 出身大学:拓殖大学
  • 所属部屋:春日野部屋
  • 初土俵 :昭和49年(1974)3月・幕下60付出(22歳11ヵ月)
  • 新十両 :昭和50年(1975)1月(23歳9ヵ月)
  • 新入幕 :昭和51年(1976)11月(25歳7ヵ月)
  • 新三役 :昭和56年(1981)1月(29歳9ヵ月)
  • 最終場所:平成元年(1989)7月(38歳3ヵ月)
  • 生涯戦歴:626勝671敗27休/1295出場(93場所)
  • 生涯勝率:48.3%
  • 優勝等 :十両優勝1回
  • 成 績 :殊勲賞2回,敢闘賞1回,金星1個
  • 幕内戦歴:313勝387敗5休(47場所)勝率:44.7%
  •   関脇:3勝12敗(1場所)勝率:20.0%
  •   小結:16勝29敗(3場所)勝率:35.6%
  •   前頭:294勝346敗5休(43場所)勝率:45.9%
  • 十両戦歴:276勝272敗22休(39場所)勝率:50.4%

第20代・千賀ノ浦 太一~第17代・常盤山 太一 (元小結・隆三杉)

在任期間(平成28年(2016年)4月8日~令和8年(2026年)1月25日)

神奈川県川崎市川崎区出身、二子山部屋の元力士で最高位は小結。四股名は兄弟子だった隆の里と若三杉に付けてもらった。新入幕までは早かったが以降は幕内と十両の往復、そして幕内中堅での攻防に。平成3年1月念願の小結昇進は新入幕から58場所目だった。

引退後は二子山部屋~貴乃花部屋の部屋付親方として後進の指導にあたり、平成28年4月に元関脇・舛田山の千賀ノ浦親方停年を受けて名跡と同部屋を継承。これにより千賀ノ浦部屋は出羽海一門から貴乃花一門へ。貴乃花一門崩壊後は二所ノ関一門へと合流。

千賀ノ浦襲名当初から「5年で常盤山の名跡を戻してもらう」約束があったとのことで令和2年11月26日付で16代常盤山と20代千賀ノ浦の名跡交換が承認され、17代常盤山襲名となった。

  • 17代・常盤山 太一
  • 四股名 :隆三杉 太一(たかみすぎ たかかつ)
  • 最高位 :小結
  • 年寄名跡:15代藤島⇒18代音羽山⇒15代常盤山⇒20代千賀ノ浦17代常盤山
  • 出身地 :神奈川県川崎市川崎区
  • 本 名 :金尾 隆
  • 生年月日:昭和36年(1961)3月1日(65歳)
  • 所属部屋:二子山部屋
  • 改名歴 :金尾⇒二子錦⇒隆三杉
  • 初土俵 :昭和51年(1976)3月(15歳0ヵ月)
  • 新十両 :昭和56年(1981)1月(19歳10ヵ月)
  • 新入幕 :昭和56年(1981)7月(20歳4ヵ月)
  • 新三役 :平成3年(1991)1月(29歳10ヵ月)
  • 最終場所:平成7年(1995)11月(34歳8ヵ月)
  • 生涯戦歴:720勝753敗57休/1471出場(119場所)
  • 生涯勝率:48.9%
  • 優勝等 :十両優勝1回,序二段優勝1回
  • 成 績 :金星1個
  • 幕内戦歴:472勝567敗26休(71場所)勝率:45.4%
  •   小結:6勝24敗(2場所)勝率:20.0%
  •   前頭:466勝543敗26休(69場所)勝率:46.2%
  • 十両戦歴:128勝101敗26休(17場所)勝率:55.9%

第14代・湊川 貴信 (元大関・貴景勝)

在任期間(令和8年(2026年)1月26日~  )

貴景勝 貴信 (たかけいしょう たかのぶ)兵庫県芦屋市出身、貴乃花 → 千賀ノ浦 → 常盤山部屋の元力士で、最高位は大関

平成26年(2014)9月場所に18歳1ヶ月で初土俵を踏み、令和6年(2024)9月場所を最後に引退(28歳1ヶ月)。

通算成績は441勝254敗116休683出場。生涯勝率.646。通算60場所中、41場所を勝ち越した(勝ち越し率.695)。

主な成績は幕内優勝4回(同点3 次点5)、十両優勝1回、幕下優勝1回(同点1)、序二段優勝1回、序ノ口優勝1回殊勲賞3回、敢闘賞2回、技能賞2回、金星3個(日馬富士2個、稀勢の里1個)

平成8年(1996)8月5日生まれ。本名は佐藤 貴信。

身長175センチという小柄な体格ながら、闘志あふれる突き押し相撲で大相撲ファンを魅了し続けた元大関・貴景勝。幕内最高優勝4回を誇り、常に真っ向勝負を貫いたその土俵人生は、不屈の精神と数々の試練に彩られている。

「天下を取れ」父の願いと極真空手からの転向

本名の「貴信」には、当時の横綱・貴乃花の「貴」と織田信長の「信」が含まれており、父の「男に生まれたからには、天下を取らないと駄目だぞ」という強い願いが込められている。

5歳から極真空手に打ち込み、全国大会で準優勝の実績を残すが、決勝での不可解な判定を機に「判定がある競技はやりたくない」と決別。自身の体が直接ぶつかり合い、白黒がはっきりする相撲の世界へ飛び込んだ。

小学4年生からは兵庫県芦屋市の実家から東京の貴乃花部屋キッズクラブへ通い詰めるほどの熱中ぶりを見せる。報徳学園中学校3年次には全国中学生相撲選手権大会で優勝し、中学生横綱のタイトルを獲得。この決勝の土俵で顔を合わせたのが、後に大相撲でしのぎを削る阿武咲(当時の打越奎也)であった。その後、名門・埼玉栄高校へ進学し、世界ジュニア相撲選手権大会の無差別級で優勝するなど、アマチュア相撲界を席巻した。

師匠の願いが込められた四股名とスピード出世

高校在学中であった平成26年(2014年)9月場所、憧れの貴乃花部屋から本名の「佐藤」で初土俵を踏む。序ノ口から破竹の勢いで番付を駆け上がり、初土俵から所要10場所で新十両へ昇進。

平成29年(2017年)1月場所の新入幕と同時に、四股名を本名から「貴景勝」へと改名する。越後を代表する戦国武将・上杉謙信の後継者である上杉景勝にちなみ、「激しく魂をぶつける相撲を取ってほしい」という師匠の願いが込められた。

平成30年(2018年)10月、貴乃花部屋の消滅に伴い千賀ノ浦部屋(のち常盤山部屋)へ移籍。その直後の同年11月場所、小結の地位で13勝2敗の好成績を挙げ、幕内初優勝の栄冠に輝く。

翌平成31年(2019年)3月場所では、千秋楽に角番大関の栃ノ心を破って10勝5敗。押し相撲一本での安定感が審判部から高く評価され、大関昇進を果たす。昇進伝達式では「武士道精神を重んじ、感謝の気持ちと思いやりを忘れず相撲道に精進してまいります」と力強く口上を述べた。

怪我との闘い、己の相撲道を貫いた引退

順風満帆に見えたが、新大関として迎えた令和元年(2019年)5月場所で右膝内側側副靭帯を損傷。わずか2場所で大関から陥落する試練を味わうも、翌場所で12勝を挙げて1場所での大関特例復帰という執念を見せた。

その後も首や足首の怪我に苦しめられながら、照ノ富士らと激しい優勝争いを繰り広げ、幕内最高優勝は計4回を数えた。満身創痍の中、大関在位は30場所に及んだが、長年の激しい突き押し相撲の代償として首の状態は限界を迎えていた。

令和6年(2024年)7月場所で2度目の大関陥落。特例復帰を懸けた翌9月場所も頸椎椎間板ヘルニアにより途中休場となり、引退を決意する。大関陥落直後の引退は、平成22年(2010年)の千代大海以来であった。

圧倒的な出足と徹底した「押し相撲」

身長175センチと幕内では小柄ながら、鍛え上げられた下半身から生み出される圧倒的な出足が最大の武器であった。逃げずに真っ向からぶつかる「突き押し相撲」は、「判定がある競技はやりたくない」と誓った少年が辿り着いた、究極の勝負の形であったと言える。

部屋を継承、湊川部屋へと改称

引退後は年寄「湊川」を襲名。令和8年(2026年)1月には常盤山部屋を継承し、名称を改め「湊川部屋」の師匠に就任した。土俵上で見せ続けた不屈の闘志と武士道精神は、今も後進たちへと受け継がれている。

四股名
貴景勝 貴信 (たかけいしょう たかのぶ)
最高位
大関
年寄名跡
14代湊川 貴信(常盤山) → 14代湊川 貴信
出身地
兵庫県芦屋市
本名
佐藤 貴信
生年月日
平成8年(1996)8月5日(30歳)
出身高校
埼玉栄高校
所属部屋
貴乃花 → 千賀ノ浦 → 常盤山部屋
改名歴
佐藤 貴信 → 貴景勝 光信 → 貴景勝 貴信
初土俵
平成26年(2014)9月 前相撲(18歳1ヶ月)
新十両
平成28年(2016)5月(所要10場所)
19歳9ヶ月(初土俵から1年8ヶ月)
新入幕
平成29年(2017)1月(所要14場所)
20歳5ヶ月(初土俵から2年4ヶ月)
新小結
平成30年(2018)1月(所要20場所)
21歳5ヶ月(初土俵から3年4ヶ月)
新関脇
平成31年(2019)1月(所要26場所)
22歳5ヶ月(初土俵から4年4ヶ月)
新大関
令和元年(2019)5月(所要28場所)
22歳9ヶ月(初土俵から4年8ヶ月)
最終場所
令和6年(2024)9月場所(28歳1ヶ月)
大相撲歴
60場所(10年0ヶ月)
通算成績
441勝254敗116休683出場(勝率.646)
通算60場所
勝ち越し41場所(勝ち越し率.695)(勝ち越し星229)
優勝等
幕内優勝4回(同点3 次点5),十両優勝1回,幕下優勝1回(同点1),序二段優勝1回,序ノ口優勝1回
受賞・金星
殊勲賞3回,敢闘賞2回,技能賞2回,金星3個(日馬富士2個、稀勢の里1個)
持給金
296円(勝ち越し星229個 優勝4回 金星3個)
大関戦歴
216勝132敗102休338出場(勝率.639)
在位30場所(在位率.500)
勝ち越し19場所(勝ち越し率.633)
幕内戦歴
353勝219敗116休560出場(勝率.630)
在位46場所(在位率.767)
勝ち越し30場所(勝ち越し率.652)
三役戦歴
60勝33敗10休92出場(勝率.652)
在位7場所(在位率.117)
勝ち越し5場所(勝ち越し率.714)
関脇戦歴
33勝15敗10休47出場(勝率.702)
在位4場所(在位率.067)
勝ち越し3場所(勝ち越し率.750)
小結戦歴
27勝18敗0休45出場(勝率.600)
在位3場所(在位率.050)
勝ち越し2場所(勝ち越し率.667)
前頭戦歴
77勝54敗4休130出場(勝率.592)
在位9場所(在位率.150)
勝ち越し6場所(勝ち越し率.667)
十両戦歴
39勝21敗0休60出場(勝率.650)
在位4場所(在位率.067)
勝ち越し3場所(勝ち越し率.750)
関取戦歴
392勝240敗116休620出場(勝率.632)
在位50場所(在位率.833)
勝ち越し33場所(勝ち越し率.660)
幕下以下歴
49勝14敗0休63出場(勝率.778)
在位9場所(在位率.150)
勝ち越し8場所(勝ち越し率.889)

貴景勝 貴信の更に詳細なデータは力士名鑑で!

名鑑ページでは、以下のような詳細な分析データをはじめ、豊富な表やグラフをご覧いただけます。

  • ✅ 勝った決まり手1位:押し出し(205回 / 46.1%)
  • ✅ 負けた決まり手1位:押し出し(61回 / 23.6%)
  • ✅ 得意な相手:妙義龍(14勝1敗 / 勝率.933)
  • ✅ 苦手な相手:豪栄道(3勝8敗 / 勝率.273)

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