神奈川出身の過去から現在までの主な力士をご紹介する神奈川県の大相撲力士まとめ!この記事では神奈川出身の関取を中心に、神奈川の郷土力士をご紹介していきます。
過去の力士については最高位や改名歴、初土俵や各段の昇進時期と最終場所、さらに生涯戦歴と生涯勝率、成績等を中心にご紹介していきます。また、現役力士については最高位と昇進時期、主な成績などを載せています。
なお、年寄名跡欄の
現役の神奈川県出身力士の最新番付や成績、詳細なデータをご覧になりたい方はこちら
相撲部屋や出身地ごとの場所の成績からランキングを作成しております。初場所、好調な相撲部屋や力士の出身地はどこ?
この記事の目次
★ 神奈川県での巡業予定
神奈川県巡業 川崎市(8/26)
「大相撲川崎場所」
開催日時:2026年8月26日(水)
巡業会場:東急ドレッセとどろきアリーナ(地図)
住 所:神奈川県川崎市中原区等々力1-3
公式サイト・関連情報
チケット購入方法等
2026年5月10日(日)AM10:00より
公演などに関するお問い合わせ先
大相撲川崎場所事務局
- TEL:044-589-7756
- 平日11:00~16:00
神奈川県出身の優勝力士
優勝制度が制定された明治42年(1909)6月場所以降、2人の神奈川県出身の幕内最高優勝力士が誕生しています。
神奈川県出身初優勝はいつで誰?
神奈川県出身の初優勝力士は、昭和6年(1931)5月場所で東小結だった武藏山です。
この優勝によって増々期待の高まった武藏山は、やがて横綱にまで昇りつめることになります。しかし、その影では優勝の翌場所に負った右肘の怪我により、思うように相撲を取れなくなっていたため、結果的には1度しか優勝することが出来ませんでした。まさに悲運の横綱だったのです。
神奈川県出身の優勝力士一覧
では神奈川県出身の幕内優勝力士を年月順で一覧表にして見てみましょう。
| № | 四股名 | 優勝場所 | 回数 | 優勝時の番付 | 部屋 | 出身地 | 最高位 | 成績 | 四股名 | 備考 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 武藏山 | 昭和6年5月 | 初 | 東小結 | 出羽海 | 神奈川県 | 33代横綱 | 10勝1敗 | 武藏山 | |
| 2 | 若羽黒 | 昭和34年11月 | 初 | 東大関 | 立浪 | 神奈川県 | 大関 | 13勝2敗 | 若羽黒 |
神奈川県出身の優勝力士ランキング
次は神奈川県出身力士の優勝回数と成績のランキングです。
| 順位 | 四股名 | 優勝 | 最高位 | 部屋 | 出身地 | 勝数 | 敗数 | 横綱 | 大関 | 関脇 | 小結 | 前頭 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1位 | 若羽黒 | 1回 | 大関 | 立浪 | 神奈川県 | 13勝 | 2敗 | 0回 | 1回 | 0回 | 0回 | 0回 |
| 1位 | 武藏山 | 1回 | 33代横綱 | 出羽海 | 神奈川県 | 10勝 | 1敗 | 0回 | 0回 | 0回 | 1回 | 0回 |
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神奈川県出身の最高位:横綱
第33代横綱 武藏山 武
神奈川県横浜市出身、出羽海部屋の元力士で最高位は横綱。初土俵から一気に番付を駆け上がるも、痛めていた右肘は横綱で悲鳴をあげた。
- 四股名 :武藏山 武(むさしやま たけし)
- 最高位 :第33代横綱
- 年寄名跡:10代出来山⇒7代不知火
- 出身地 :神奈川県横浜市
- 本 名 :横山 武
- 生年月日:明治42年(1909)12月5日
- 没年月日:昭和44年(1969)3月15日(享年59歳)
- 所属部屋:出羽海部屋
- 初土俵 :大正15年(1926)1月(16歳1ヵ月)
- 新十両 :昭和4年(1929)1月(19歳1ヵ月)
- 新入幕 :昭和4年(1929)5月(19歳5ヵ月)
- 新三役 :昭和5年(1930)5月(20歳5ヵ月)
- 新大関 :昭和7年(1932)1月(22歳1ヵ月)
- 横綱昇進:昭和11年(1936)1月(26歳1ヵ月)
- 最終場所:昭和14年(1939)5月(29歳5ヵ月)
- 生涯戦歴:240勝79敗71休2分/318出場(41場所)
- 生涯勝率:75.2%
- 優勝等 :幕内優勝1回(次点7),十両優勝1回,幕下優勝1回,序二段優勝1回
- 成 績 :金星2個
- 幕内戦歴:174勝69敗71休2分(29場所)勝率:71.6%
- 横綱:15勝15敗70休(8場所)勝率:50.0%
- 大関:76勝28敗2分(11場所)勝率:73.1%
- 小結:50勝15敗1休(6場所)勝率:76.9%
- 前頭:33勝11敗(4場所)勝率:75.0%
- 十両戦歴:20勝2敗(2場所)勝率:90.9%
神奈川県出身の最高位:大関
若羽黒 朋明
粘っこい押し相撲を武器に番付をあげた若羽黒は新大関の場所で初優勝、一気に綱取りかと期待されたがその後は大の稽古嫌いと体調を崩したことにより失速。30歳で廃業後は若くして脳塞栓症により他界した
- 四股名 :若羽黒 朋明(わかはぐろ ともあき)
- 最高位 :大関
- 出身地 :神奈川県横浜市
- 本 名 :草深 朋明
- 生年月日:昭和9年(1934)11月25日
- 没年月日:昭和44年(1969)3月2日(享年34歳)
- 所属部屋:立浪部屋
- 初土俵 :昭和24年(1949)10月(14歳11ヵ月)
- 新十両 :昭和29年(1954)3月(19歳4ヵ月)
- 新入幕 :昭和30年(1955)3月(20歳4ヵ月)
- 新三役 :昭和32年(1957)1月(22歳2ヵ月)
- 新大関 :昭和34年(1959)11月(25歳0ヵ月)
- 最終場所:昭和40年(1965)3月(30歳4ヵ月)
- 生涯戦歴:555勝480敗40休/1034出場(75場所)
- 生涯勝率:53.6%
- 優勝等 :幕内優勝1回(同点1・次点2),十両同点1回
- 成 績 :殊勲賞1回,敢闘賞1回,技能賞2回,金星4個
- 幕内戦歴:423勝381敗36休(56場所)勝率:52.6%
- 大関:102勝78敗15休(13場所)勝率:56.7%
- 関脇:75勝69敗6休(10場所)勝率:52.1%
- 小結:53勝37敗(6場所)勝率:58.9%
- 前頭:193勝197敗15休(27場所)勝率:49.5%
- 十両戦歴:39勝21敗(4場所)勝率:65.0%
追手風 喜太郎
大関だったのは天保7年11月の1場所のみ。これは不出場だった大関稲妻(第7代横綱免許)の代わりに大関に繰り上げられた為で翌場所には関脇に戻った。引退後は年寄・追手風喜太郎として手腕を発揮し、養子となった雲龍久吉(第10代横綱免許)をはじめ多くの門弟を輩出、やがて安政6年(1859)には相撲会所の筆頭にまで昇りつめた
- 四股名 :追手風 喜太郎(おいてかぜ きたろう)
- 最高位 :大関
- 年寄名跡:
4代追手風 - 出身地 :神奈川県津久井郡
- 本 名 :佐藤 松次郎
- 生年月日:寛政6年(1794)
- 没年月日:慶応元年(1865)閏5月4日(享年72歳)
- 所属部屋:追手風部屋
- 改名歴 :由良湊⇒黒柳⇒逐手風⇒追手風
- 初土俵 :文化14年(1817)10月・序ノ口(23歳頃)
- 二段目 :文政4年(1821)10月(27歳頃)
- 新入幕 :文政7年(1824)10月(30歳頃)
- 新三役 :天保5年(1834)10月(40歳頃)
- 新大関 :天保7年(1836)11月(42歳頃)
- 最終場所:天保10年(1839)3月(45歳頃)
- 生涯戦歴:108勝56敗91休23分11預1無/199出場(32場所)
- 生涯勝率:65.9%
- 優勝等 :なし
- 幕内戦歴:94勝49敗91休23分10預1無(29場所)勝率:65.7%
- 大関:4勝1敗4休1分(1場所)勝率:80.0%
- 関脇:18勝11敗29休8分(7場所)勝率:62.1%
- 小結:17勝6敗5休6分(4場所)勝率:73.9%
- 前頭:55勝31敗53休8分10預1無(17場所)勝率:64.0%
- 十両戦歴:14勝7敗1預(3場所)勝率:66.7%
神奈川県出身の最高位:関脇
相模川 佶延
神奈川県厚木市出身、春日野部屋の元力士で最高位は関脇。長身からの突っ張りを武器として大いに期待された時期もあった。
- 四股名 :相模川 佶延(さがみがわ よしのぶ)
- 最高位 :関脇
- 出身地 :神奈川県厚木市
- 本 名 :原島 実
- 生年月日:大正6年(1917)7月13日
- 所属部屋:春日野部屋
- 改名歴 :相模川⇒相模山⇒相模川
- 初土俵 :昭和10年(1935)5月(17歳10ヵ月)
- 新十両 :昭和14年(1939)1月(21歳6ヵ月)
- 新入幕 :昭和14年(1939)5月(21歳10ヵ月)
- 新三役 :昭和18年(1943)1月(25歳6ヵ月)
- 最終場所:昭和24年(1949)5月(31歳10ヵ月)
- 生涯戦歴:163勝133敗9休/295出場(29場所)
- 生涯勝率:55.1%
- 優勝等 :三段目優勝1回,序二段優勝1回
- 成 績 :金星2個
- 幕内戦歴:127勝120敗9休(20場所)勝率:51.4%
- 関脇:22勝18敗(3場所)勝率:55.0%
- 小結:11勝11敗(2場所)勝率:50.0%
- 前頭:94勝91敗9休(15場所)勝率:50.8%
- 十両戦歴:9勝4敗(2場所)勝率:69.2%
神奈川県出身の最高位:小結
金乃花 武夫
- 四股名 :金乃花 武夫(かねのはな たけお)
- 最高位 :小結
- 出身地 :神奈川県横浜市鶴見区
- 本 名 :金井 武夫
- 生年月日:昭和11年(1936)10月11日
- 所属部屋:出羽海部屋
- 改名歴 :金ノ花⇒金乃花
- 初土俵 :昭和27年(1952)5月(15歳7ヵ月)
- 新十両 :昭和32年(1957)5月(20歳7ヵ月)
- 新入幕 :昭和33年(1958)3月(21歳5ヵ月)
- 新三役 :昭和37年(1962)9月(25歳11ヵ月)
- 最終場所:昭和42年(1967)9月(30歳11ヵ月)
- 生涯戦歴:536勝511敗27休/1044出場(82場所)
- 生涯勝率:51.2%
- 優勝等 :十両優勝1回
- 成 績 :金星1個
- 幕内戦歴:287勝335敗8休(42場所)勝率:46.1%
- 小結:4勝11敗(1場所)勝率:26.7%
- 前頭:283勝324敗8休(41場所)勝率:46.6%
- 十両戦歴:162勝111敗12休(19場所)勝率:59.3%
廣川 泰三
将来性を見込まれて横綱・吉葉山に可愛がられた弟弟子。引退後、先代の逝去により宮城野部屋を継承
- 四股名 :廣川 泰三(ひろかわ たいぞう)
- 最高位 :小結
- 年寄名跡:15代押尾川⇒10代東関⇒
9代宮城野 - 出身地 :神奈川県横須賀市
- 本 名 :山村 泰三
- 生年月日:昭和12年(1937)5月28日
- 没年月日:平成元年(1989)6月19日(享年52歳)
- 所属部屋:高島⇒吉葉山⇒宮城野部屋
- 改名歴 :山村⇒泰山⇒旺葉山⇒廣川
- 初土俵 :昭和28年(1953)3月(15歳10ヵ月)
- 新十両 :昭和36年(1961)7月(24歳2ヵ月)
- 新入幕 :昭和37年(1962)7月(25歳2ヵ月)
- 新三役 :昭和39年(1964)5月(27歳0ヵ月)
- 最終場所:昭和44年(1969)1月(31歳8ヵ月)
- 生涯戦歴:501勝488敗19休/988出場(87場所)
- 生涯勝率:50.7%
- 優勝等 :幕内次点1回,十両同点1回
- 成 績 :敢闘賞1回,金星1個
- 幕内戦歴:218勝251敗11休(32場所)勝率:46.5%
- 小結:7勝8敗(1場所)勝率:46.7%
- 前頭:211勝243敗11休(31場所)勝率:46.5%
- 十両戦歴:107勝103敗(14場所)勝率:51.0%
隆三杉 太一
神奈川県川崎市川崎区出身、二子山部屋の元力士で最高位は小結。四股名は兄弟子だった隆の里と若三杉に付けてもらった。新入幕までは早かったが以降は幕内と十両の往復、そして幕内中堅での攻防に。平成3年1月念願の小結昇進は新入幕から58場所目だった。
引退後は二子山部屋~貴乃花部屋の部屋付親方として後進の指導にあたり、平成28年4月に元関脇・舛田山の千賀ノ浦親方停年を受けて名跡と同部屋を継承。これにより千賀ノ浦部屋は出羽海一門から貴乃花一門へ。貴乃花一門崩壊後は二所ノ関一門へと合流。
千賀ノ浦襲名当初から「5年で常盤山の名跡を戻してもらう」約束があったとのことで令和2年11月26日付で16代常盤山と20代千賀ノ浦の名跡交換が承認され、17代常盤山襲名となった。
17代・常盤山 太一 - 四股名 :隆三杉 太一(たかみすぎ たかかつ)
- 最高位 :小結
- 年寄名跡:15代藤島⇒18代音羽山⇒15代常盤山⇒
20代千賀ノ浦 ⇒17代常盤山 - 出身地 :神奈川県川崎市川崎区
- 本 名 :金尾 隆
- 生年月日:昭和36年(1961)3月1日(65歳)
- 所属部屋:二子山部屋
- 改名歴 :金尾⇒二子錦⇒隆三杉
- 初土俵 :昭和51年(1976)3月(15歳0ヵ月)
- 新十両 :昭和56年(1981)1月(19歳10ヵ月)
- 新入幕 :昭和56年(1981)7月(20歳4ヵ月)
- 新三役 :平成3年(1991)1月(29歳10ヵ月)
- 最終場所:平成7年(1995)11月(34歳8ヵ月)
- 生涯戦歴:720勝753敗57休/1471出場(119場所)
- 生涯勝率:48.9%
- 優勝等 :十両優勝1回,序二段優勝1回
- 成 績 :金星1個
- 幕内戦歴:472勝567敗26休(71場所)勝率:45.4%
- 小結:6勝24敗(2場所)勝率:20.0%
- 前頭:466勝543敗26休(69場所)勝率:46.2%
- 十両戦歴:128勝101敗26休(17場所)勝率:55.9%
神奈川県出身の最高位:前頭
春日富士 晃大
入門は旧春日山部屋で16代(元前頭筆頭・大昇)の停年・閉鎖とともに安治川部屋へ移籍。引退後に20代春日山を襲名し部屋の再興を果たす
- 四股名 :春日富士 晃大(かすがふじ あきひろ)
- 最高位 :前頭筆頭
- 年寄名跡:
20代春日山 ⇒16代雷 - 出身地 :神奈川県川崎市川崎区 ⇒ 宮城県牡鹿郡牡鹿町
- 本 名 :岩永 祥紀
- 生年月日:昭和41年(1966)2月20日
- 没年月日:平成29年(2017)3月9日(享年51歳)
- 所属部屋:春日山⇒安治川部屋
- 改名歴 :岩永⇒春日富士
- 初土俵 :昭和56年(1981)3月(15歳1ヵ月)
- 新十両 :昭和63年(1988)1月(21歳11ヵ月)
- 新入幕 :平成元年(1989)3月(23歳1ヵ月)
- 最終場所:平成8年(1996)9月(30歳7ヵ月)
- 生涯戦歴:518勝542敗5休/1060出場(94場所)
- 生涯勝率:48.9%
- 優勝等 :序二段同点1回
- 成 績 :敢闘賞1回
- 幕内戦歴:289勝341敗(42場所)勝率:45.9%
- 十両戦歴:78勝72敗5休(11場所)勝率:52.0%
朝乃翔 一
- 四股名 :朝乃翔 一(あさのしょう はじめ)
- 最高位 :前頭2枚目
- 年寄名跡:準年寄・朝乃翔⇒14代若松⇒17代佐ノ山⇒14代関ノ戸⇒18代押尾川⇒13代若藤
- 出身地 :神奈川県小田原市
- 本 名 :大澤 一⇒小塚 一
- 生年月日:昭和44年(1969)12月23日
- 出身大学:近畿大学
- 所属部屋:若松部屋
- 改名歴 :大澤⇒朝相洋⇒大澤⇒朝乃翔
- 初土俵 :平成4年(1992)3月・幕下60付出(22歳3ヵ月)
- 新十両 :平成5年(1993)3月(23歳3ヵ月)
- 新入幕 :平成7年(1995)3月(25歳3ヵ月)
- 最終場所:平成14年(2002)1月(32歳1ヵ月)
- 生涯戦歴:332勝335敗73休/663出場(60場所)
- 生涯勝率:49.8%
- 優勝等 :なし
- 成 績 :金星1個
- 幕内戦歴:213勝248敗19休(32場所)勝率:46.2%
- 十両戦歴:53勝47敗20休(8場所)勝率:53.0%
友風 想大
友風 想大(ともかぜ そうだい)は神奈川県 川崎市川崎区出身、中村部屋の力士で最高位は前頭3枚目。令和8年5月場所の番付は東 十両5枚目。
神奈川県川崎市に生まれ、幼少期は極真空手やバスケットボール、中学時代は柔道に打ち込むなど多くのスポーツを経験した。中学の柔道部顧問が相撲経験者であった縁から大会に出場し、関東大会で団体優勝を経験する。進学した向の岡工業高校から本格的に相撲へ打ち込み、2年次に出場した全国選抜高校相撲弘前大会において準優勝を果たした。なお、この時の優勝者はアルタンホヤグ・イチンノロブ(のちの関脇・逸ノ城)であった。
高校卒業後は日本体育大学へと進学し、4年次に全日本大学選抜宇和島大会で優勝を飾るなど数々の実績を残した。大学時代から同校の先輩にあたる嘉風(元関脇、のちの13代中村)より技術指導を受けており、その深い縁から尾車部屋への入門を決断する。入門にあたり「嘉風関と同じ、初土俵から所要9場所での十両昇進」という目標を掲げ、平成29年(2017年)5月場所において本名の「南」で初土俵を踏んだ。
驚異のスピード出世と大記録
翌場所から四股名を「友風 勇太」と改名して本格的に角界での歩みを開始し、序ノ口と三段目で全勝優勝を飾る。入門時の思いを胸に快進撃を続け、平成30年(2018年)11月場所において見事に目標通りの所要9場所で新十両への昇進を果たし、そのまま12勝3敗で新十両優勝を飾った。
さらに十両も所要2場所で通過し、平成31年(2019年)3月場所において初土俵から所要11場所という史上4位タイのスピード記録で新入幕を果たす。これは「嘉風関の所要12場所での新入幕記録を抜く」という目標を見事にクリアするものであった。令和元年(2019年)7月場所では横綱・鶴竜から初金星を獲得し、初土俵から所要14場所という当時の史上最速タイ記録を打ち立て、殊勲賞を受賞した。翌9月場所でも鶴竜を破って2場所連続で金星を獲得し、同場所中に引退した兄弟子・嘉風への恩返しを果たした。
凄絶な大怪我と絶望の淵
しかし、西前頭3枚目で迎えた令和元年(2019年)11月場所の2日目、取組中に土俵下へ転落して右膝に凄絶な大怪我を負ってしまう。4本の靭帯断裂や大腿骨・脛骨の骨折、半月板損傷などに加え、右膝から下は皮膚と内側側副靭帯、血管1本だけが繋がっているような状態であった。「切断寸前の重傷で、一生歩くことができない可能性もある」と医師から宣告されるほどの深刻な事態であった。
初土俵以来初の休場から計4回の大手術を受け、5ヶ月にも及ぶ入院生活を余儀なくされる。腓骨神経麻痺の後遺症が残り、装具の支えがなければ日常の歩行にも支障をきたす状態で、後に身体障害者手帳の交付も受けた。当初は引退を疑わず、日常生活に戻れるかどうかの不安に苛まれる絶望の淵に立たされた。
不屈の復活劇と恩師との歩み
それでも、毎日看病に駆けつけた母親の献身的な支えや、リハビリ施設で懸命に頑張る小さな子供たちの姿に勇気をもらい、現役続行を決意する。過酷なリハビリ期間中には、同じく怪我で引退した13代中村からの科学的な指導にも支えられ、痛みに耐え抜いて再び土俵へと向かった。
令和3年(2021年)3月場所、1年4ヶ月の長期休場を経て西序二段55枚目の地位で土俵への復帰を果たす。その後、令和4年(2022年)2月に尾車部屋の閉鎖に伴って二所ノ関部屋へと移籍する。新しい師匠となった二所ノ関親方(元横綱・稀勢の里)からも「ケガをしてなかったら三役に上がっていただろう」と何度も励まされ、恐怖心と闘いながら白星を重ねていった。
令和5年(2023年)1月場所後の番付編成会議で17場所ぶりとなる再十両昇進が決定し、幕内経験力士が序二段まで降格した後に再十両となる史上3人目の快挙を達成する。同年11月場所においてはついに幕内の土俵へと復帰し、大相撲史に残る奇跡の復活劇を成し遂げた。令和6年(2024年)6月には、恩師である13代中村が中村部屋を創設したことに伴い同部屋へと転籍している。四股名も「友風 想大」へと改め、大怪我の後遺症を抱えながらも押し相撲を主体としつつ、機を見た叩き込みなどの引き技を交えながら、不屈の精神で土俵を務め上げている。
異色の「ピアノ力士」
趣味は小学2年次から始めたピアノの演奏である。一時は音楽大学への進学を勧められたほどの腕前を持ち、小学生時代に作曲した運動会の曲は卒業後も母校で使われ続けているという。トークショーで「引退後はピアニストを目指す」と語ったこともある。
リチャード・クレイダーマンやX JAPANのYOSHIKIを好み、大相撲入門後も巡業先の食事会場に置かれたピアノで見事な演奏を披露して関取衆からのリクエストに応えるなど、角界では異色の「ピアノ力士」として多くのファンに親しまれている。
- 四股名
- 友風 想大(ともかぜ そうだい)
- 最高位
- 前頭3枚目
- 最新番付
- 東 十両5枚目
- 出身地
- 神奈川県 川崎市川崎区
- 本名
- 南 友太
- 生年月日
- 平成6年(1994)12月2日(31歳)
- 身長・体重
- 185cm・179kg
- 出身高校
- 向の岡工業高校
- 出身大学
- 日本体育大学
- 所属部屋
- 尾車 → 二所ノ関 → 中村部屋
- 改名歴
- 南 → 友風
- 初土俵
- 平成29年(2017)5月(22歳5ヵ月)
- 新十両
- 平成30年(2018)11月(23歳11ヵ月)
- 新入幕
- 平成31年(2019)3月(24歳3ヵ月)
- 優勝
- 十両優勝1回,幕下優勝1回,三段目優勝1回,序ノ口優勝1回
- 受賞・金星
- 殊勲賞1回,金星2個
- 通算成績
- 300勝221敗73休/519出場(勝率:57.8%)
- 直近7場所
- 28勝23敗(幕内:20勝25敗)
- 7場所勝率
- 50.0%
- 得意技
- 突き・押し
- 決まり手傾向(直近7場所)
-
友風が勝ちの決まり手(45勝)※不戦勝1含む叩き込み28押し出し10寄り切り1突き落とし1上手投げ1掬い投げ1その他2友風が負けの決まり手(45敗)押し出し25叩き込み5引き落とし4押し倒し4寄り倒し2寄り切り2その他3
- 令8年5月
- 東 十両5枚目(2枚半降下)
- 3勝3敗
- ●●●○○|○ |
-
取組詳細(対戦相手・決まり手)
- 1日目●西十両5 北の若
- 2日目●東十両6 一意
- 3日目●西十両4 朝翠龍
- 4日目〇西十両3 羽出山
- 5日目〇西十両6 明生
- 6日目〇東十両7 輝
- 7日目西十両2 尊富士
- 令8年3月
- 西 十両2枚目(6枚降下)
- 6勝9敗
- ●●○●●|○●●○●|○○●○●
-
取組詳細(対戦相手・決まり手)
- 1日目●押し倒し東十両3 大青山
- 2日目●押し出し西十両3 若ノ勝
- 3日目〇叩き込み東十両4 西ノ龍
- 4日目●押し出し西十両筆頭 佐田の海
- 5日目●押し倒し東十両筆頭 竜電
- 6日目〇叩き込み東十両2 朝翠龍
- 7日目●押し出し東前頭16 朝白龍
- 8日目●突き落とし西十両5 白熊
- 9日目〇叩き込み西十両4 尊富士
- 10日目●押し出し東十両5 輝
- 11日目〇叩き込み東十両6 日翔志
- 12日目〇寄り切り西十両12 剣翔
- 13日目●押し出し東十両7 明生
- 14日目〇叩き込み東十両8 湘南乃海
- 15日目●反則東十両9 玉正鳳
- 令8年1月
- 西 前頭13枚目(1枚降下)
- 4勝11敗
- ●○●●○|○●●●○|●●●●●
-
取組詳細(対戦相手・決まり手)
- 1日目●引き落とし東前頭13 翔猿
- 2日目〇叩き込み東前頭12 翠富士
- 3日目●押し出し西前頭15 朝紅龍
- 4日目●叩き込み西前頭12 阿炎
- 5日目〇押し出し東前頭17 朝白龍
- 6日目〇突き落とし東前頭16 朝乃山
- 7日目●押し倒し西前頭16 欧勝海
- 8日目●叩き込み東前頭15 竜電
- 9日目●押し出し西前頭17 羽出山
- 10日目〇叩き込み西前頭14 御嶽海
- 11日目●引き落とし東前頭8 正代
- 12日目●押し出し東前頭11 千代翔馬
- 13日目●押し倒し東前頭10 時疾風
- 14日目●押し出し東前頭5 玉鷲
- 15日目●上手投げ西前頭9 狼雅
- 令7年11月
- 西 前頭12枚目(3枚半上昇)
- 7勝8敗
- ●●●●●|○●○○●|○○●○○
-
取組詳細(対戦相手・決まり手)
- 1日目●引き落とし東前頭13 豪ノ山
- 2日目●叩き込み西前頭11 狼雅
- 3日目●押し出し西前頭13 御嶽海
- 4日目●寄り倒し東前頭14 竜電
- 5日目●押し出し西前頭14 時疾風
- 6日目〇上手投げ東前頭11 獅司
- 7日目●押し出し東前頭10 大栄翔
- 8日目〇叩き込み東前頭12 藤ノ川
- 9日目〇押し出し西前頭15 湘南乃海
- 10日目●押し出し東前頭8 一山本
- 11日目〇叩き込み西前頭16 佐田の海
- 12日目〇叩き込み西前頭17 朝紅龍
- 13日目●押し出し東前頭16 欧勝海
- 14日目〇叩き込み東前頭18 明生
- 15日目〇叩き込み東前頭9 翠富士
- 令7年9月
- 東 前頭16枚目(4枚上昇)
- 9勝6敗
- ○●○○○|○●●○●|○●○○●
-
取組詳細(対戦相手・決まり手)
- 1日目〇押し出し西前頭16 錦木
- 2日目●押し出し東前頭18 獅司
- 3日目〇押し出し東前頭15 翔猿
- 4日目〇叩き込み西前頭17 日翔志
- 5日目〇叩き込み西十両3 錦富士
- 6日目〇叩き込み東前頭13 明生
- 7日目●押し出し西前頭15 湘南乃海
- 8日目●叩き込み東前頭17 竜電
- 9日目〇押し出し西前頭12 御嶽海
- 10日目●叩き込み西前頭14 朝紅龍
- 11日目〇叩き込み東前頭8 宇良
- 12日目●寄り切り東十両2 琴栄峰
- 13日目〇叩き込み東前頭14 佐田の海
- 14日目〇叩き込み東前頭9 翠富士
- 15日目●押し出し西前頭10 美ノ海
- 令7年7月
- 西 十両2枚目(4枚半上昇)
- 9勝6敗
- ○●○●○|○●○●○|●○○●○
-
取組詳細(対戦相手・決まり手)
- 1日目〇叩き込み東十両2 湘南乃海
- 2日目●押し出し西十両筆頭 竜電
- 3日目〇押し出し東十両筆頭 錦木
- 4日目●押し出し東十両4 栃大海
- 5日目〇掬い投げ西十両4 白熊
- 6日目〇叩き込み東十両3 欧勝海
- 7日目●押し出し西十両3 玉正鳳
- 8日目〇叩き込み東十両5 東白龍
- 9日目●押し出し西十両5 白鷹山
- 10日目〇押し出し東十両6 日翔志
- 11日目●寄り倒し西十両6 大青山
- 12日目〇叩き込み西前頭15 英乃海
- 13日目〇叩き込み東十両13 羽出山
- 14日目●押し出し東十両7 輝
- 15日目〇叩き込み東十両8 風賢央
- 令7年5月
- 東 十両7枚目
- 10勝5敗
- ●○●○○|○○●○○|○●□●○
-
取組詳細(対戦相手・決まり手)
- 1日目●寄り切り西十両6 大青山
- 2日目〇押し出し東十両8 志摩ノ海
- 3日目●押し出し西十両7 琴栄峰
- 4日目〇叩き込み西十両5 若碇
- 5日目〇叩き込み西十両4 輝
- 6日目〇押し出し東十両6 日翔志
- 7日目〇叩き込み西十両8 紫雷
- 8日目●引き落とし東十両3 宝富士
- 9日目〇寄り倒し西十両3 白熊
- 10日目〇押し出し東十両4 白鷹山
- 11日目〇押し倒し西十両筆頭 草野
- 12日目●押し出し東十両2 英乃海
- 13日目□不戦東十両14 三田
- 14日目●押し出し東十両筆頭 御嶽海
- 15日目〇叩き込み西十両2 藤青雲
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鬼雷砲 良蔵
神奈川県横浜市南区出身、高田川部屋の元力士で最高位は前頭4枚目。立ち合いからのもろ差しで鋭く寄る相撲が得意。
- 四股名 :鬼雷砲 良蔵(きらいほう りょうぞう)
- 最高位 :前頭4枚目
- 年寄名跡:14代佐ノ山⇒17代山響
- 出身地 :神奈川県横浜市南区
- 本 名 :内間 良三
- 生年月日:昭和41年(1966)1月5日
- 所属部屋:高田川部屋
- 改名歴 :内間⇒前秀峰⇒秀峰⇒浜千鳥⇒鬼雷砲
- 初土俵 :昭和56年(1981)3月(15歳2ヵ月)
- 新十両 :昭和63年(1988)3月(22歳2ヵ月)
- 新入幕 :平成3年(1991)11月(25歳10ヵ月)
- 最終場所:平成8年(1996)7月(30歳6ヵ月)
- 生涯戦歴:496勝489敗3休/985出場(93場所)
- 生涯勝率:50.4%
- 優勝等 :なし
- 幕内戦歴:177勝198敗(25場所)勝率:47.2%
- 十両戦歴:128勝142敗(18場所)勝率:47.4%
湘南乃海 桃太郎
湘南乃海 桃太郎(しょうなんのうみ ももたろう)は神奈川県 中郡大磯町出身、高田川部屋の力士で最高位は前頭5枚目。令和8年5月場所の番付は東 十両8枚目。
神奈川県中郡大磯町に生まれ育つ。父親が野球の指導者を務めるスポーツ一家であり、自身も小学生の頃からクラブチームで野球に打ち込んだ。小学6年次で既に身長189センチに達しており、高校生と間違われるほどの恵まれた体格で投手として活躍を見せていた。
しかし、中学生時代は怪我により大会を欠場することが多く、「自分には野球の縁がない」と感じるようになっていた。そんな折、その恵まれた体格を見込んだ父親から相撲を勧められ、テレビドラマの『千代の富士物語』を視聴したことで、昭和の大横綱に対する強い憧れを抱く。
見学のため最初に訪れた高田川部屋で、9代高田川(元関脇・安芸乃島)からその素質を見込まれる。「日本人の強い横綱が必要だ。君がヒーローになれ」という熱烈な口説き文句に胸を打たれ、相撲未経験ながら角界へ飛び込む決意を固めた。
四股名の由来と長い下積み
平成26年(2014年)3月場所に初土俵を踏む。故郷の海にちなんだ「湘南乃海」の四股名と、「強い相手を鬼と見立てて退治する」という意味を込めた「桃太郎」を初土俵の時から名乗り、基礎から徹底的に相撲を叩き込まれる日々を送った。
序ノ口を1場所で通過し、序二段も順調に突破したが、三段目ではなかなか勝ち越せずに序二段との往復が続いた。追い込まれると安易な叩きに頼ってしまう悪い癖が抜けきらずにもどかしい時期を経験したが、平成28年(2016年)1月場所で初めて三段目で勝ち越すと、そこから5場所連続の勝ち越しで同年11月場所に初めて幕下へ昇進した。
しかし幕下に昇進して以降も、プロの分厚い壁にぶつかり中位から下位での長い足踏みを経験する。それでも高田川部屋の厳しい稽古で長身に筋肉の鎧をまとわせ、攻めの相撲を身につけて少しずつ力強さを増していった。西幕下筆頭で迎えた令和4年(2022年)11月場所で勝ち越し、初土俵から所要52場所という苦労の末に念願の新十両昇進を決定付ける。
有言実行の敢闘賞と取り口
新十両の会見では「どんどん上を目指していきたい。横綱になりたい」と大器の片鱗を感じさせる宣言を行った。一方で父親からは「俺はおめでとうとは言わない。遅いくらいだ。遅い分を取り返せ」と愛のある厳しい発破を掛けられ、関取としての歩みを開始する。
父親からの檄に応えるように、十両の土俵では12勝、9勝、11勝と圧倒的な成績を残し、令和5年(2023年)7月場所で見事に新入幕を果たす。長い下積みを経て才能を開花させた期待の星として、大きな注目を集めて最高峰の土俵へ上がった。
新入幕の同場所では周囲の期待に違わぬ活躍を見せた。「千秋楽で勝てば」という条件付きで敢闘賞の候補に挙がる重圧のなか、見事に白星を掴み取って10勝5敗の二桁勝利を挙げ、場所前に自ら掲げた目標を有言実行の三賞受賞で締めくくった。
幕内の壁とスケールの大きな相撲
幕内上位へと番付を上げると上位陣の壁に跳ね返され、好不調の波を経験することになる。負け越しが込んで番付を落とし、令和7年(2025年)7月場所では十両への陥落も味わったが、同場所ですぐに二桁勝利を挙げて幕内へ復帰するなど、高い地力を示している。
その後も幕内下位と十両の往復を経験する苦しい時期が続いているが、決して腐ることなく日々の稽古に邁進している。相撲未経験から這い上がってきた不屈の精神と、着実に積み上げてきた経験が現在の土俵を支えている。
取り口は突き押しと左四つからの攻めを主体とし、野球で培った横の動きを生かした叩き込みも武器とする。特に右からの上手投げは強烈で、年間に幕内で挙げた投げによる白星がトップクラスの数を記録するなど、スケールの大きな相撲でさらなる飛躍と幕内定着が期待されている。
- 四股名
- 湘南乃海 桃太郎(しょうなんのうみ ももたろう)
- 最高位
- 前頭5枚目
- 最新番付
- 東 十両8枚目
- 出身地
- 神奈川県 中郡大磯町
- 本名
- 谷松 将人
- 生年月日
- 平成10年(1998)4月8日(28歳)
- 身長・体重
- 194cm・186kg
- 所属部屋
- 高田川部屋
- 初土俵
- 平成26年(2014)3月(15歳11ヵ月)
- 新十両
- 令和5年(2023)1月(24歳9ヵ月)
- 新入幕
- 令和5年(2023)7月(25歳3ヵ月)
- 優勝
- 無し
- 受賞・金星
- 敢闘賞1回
- 通算成績
- 347勝316敗0休/663出場(勝率:52.3%)
- 直近7場所
- 26勝25敗(幕内:15勝30敗)
- 7場所勝率
- 42.7%
- 得意技
- 左四つ・寄り・押し
- 決まり手傾向(直近7場所)
-
湘南乃海が勝ちの決まり手(38勝)叩き込み10押し出し9上手投げ5寄り切り3突き落とし3送り出し3その他5湘南乃海が負けの決まり手(52敗)寄り切り23押し出し9叩き込み4突き出し3突き落とし3押し倒し2その他8
- 令8年5月
- 東 十両8枚目(変動なし)
- 3勝3敗
- ●●○●○|○ |
-
取組詳細(対戦相手・決まり手)
- 1日目●西十両8 白熊
- 2日目●西十両7 寿之富士
- 3日目〇東十両9 西ノ龍
- 4日目●東十両10 東白龍
- 5日目〇西十両9 嘉陽
- 6日目〇西十両6 明生
- 7日目西十両10 翠富士
- 令8年3月
- 東 十両8枚目(3枚半降下)
- 8勝7敗
- ●○○●○|●○○○●|○○●●●
-
取組詳細(対戦相手・決まり手)
- 1日目●寄り切り西十両7 旭海雄
- 2日目〇押し出し東十両7 明生
- 3日目〇突き落とし西十両6 嘉陽
- 4日目●寄り切り西十両8 北の若
- 5日目〇叩き込み東十両6 日翔志
- 6日目●押し出し西十両9 羽出山
- 7日目〇押し出し西十両11 寿之富士
- 8日目〇寄り切り東十両9 玉正鳳
- 9日目〇叩き込み東十両14 風賢央
- 10日目●突き出し西十両14 荒篤山
- 11日目〇上手出し投げ西十両13 藤天晴
- 12日目〇押し出し東十両2 朝翠龍
- 13日目●寄り切り西十両4 尊富士
- 14日目●叩き込み西十両2 友風
- 15日目●送り倒し西十両筆頭 佐田の海
- 令8年1月
- 西 十両4枚目(6枚降下)
- 5勝10敗
- ●●●●●|○●○●○|○●○●●
-
取組詳細(対戦相手・決まり手)
- 1日目●寄り切り東十両4 佐田の海
- 2日目●押し出し東十両3 藤凌駕
- 3日目●押し倒し西十両3 白熊
- 4日目●寄り切り東十両2 大青山
- 5日目●寄り切り西十両5 尊富士
- 6日目〇上手投げ西十両筆頭 藤青雲
- 7日目●寄り切り東十両筆頭 琴栄峰
- 8日目〇叩き込み東十両10 風賢央
- 9日目●叩き込み東十両8 明生
- 10日目〇叩き込み西十両11 剣翔
- 11日目〇小手投げ東十両12 錦木
- 12日目●突き出し西十両10 東白龍
- 13日目〇寄り切り東十両13 英乃海
- 14日目●寄り切り西十両8 北の若
- 15日目●突き落とし西十両9 嘉陽
- 令7年11月
- 西 前頭15枚目(変動なし)
- 3勝12敗
- ●●○○●|●●●●○|●●●●●
-
取組詳細(対戦相手・決まり手)
- 1日目●寄り切り東前頭16 欧勝海
- 2日目●上手投げ西前頭16 佐田の海
- 3日目〇叩き込み西前頭14 時疾風
- 4日目〇上手出し投げ西前頭17 朝紅龍
- 5日目●突き落とし西十両3 大青山
- 6日目●肩透かし東前頭17 千代翔馬
- 7日目●寄り切り東前頭11 獅司
- 8日目●押し出し西前頭13 御嶽海
- 9日目●押し出し西前頭12 友風
- 10日目〇送り出し東前頭13 豪ノ山
- 11日目●肩透かし東前頭9 翠富士
- 12日目●寄り切り西前頭11 狼雅
- 13日目●寄り切り西前頭9 翔猿
- 14日目●突き出し西前頭8 金峰山
- 15日目●寄り切り西前頭6 阿武剋
- 令7年9月
- 西 前頭15枚目(4枚上昇)
- 7勝8敗
- ●●○○○|●○○●●|○●●○●
-
取組詳細(対戦相手・決まり手)
- 1日目●押し出し東前頭15 翔猿
- 2日目●押し出し西前頭14 朝紅龍
- 3日目〇上手投げ西前頭16 錦木
- 4日目〇寄り切り東前頭18 獅司
- 5日目〇上手投げ東前頭14 佐田の海
- 6日目●押し出し西十両4 三田
- 7日目〇押し出し東前頭16 友風
- 8日目〇送り出し西前頭12 御嶽海
- 9日目●巻き落とし西前頭11 狼雅
- 10日目●寄り切り西前頭13 時疾風
- 11日目〇小手投げ東前頭13 明生
- 12日目●押し出し西前頭9 藤ノ川
- 13日目●下手投げ西十両2 千代翔馬
- 14日目〇押し出し西前頭17 日翔志
- 15日目●寄り切り西前頭6 草野
- 令7年7月
- 東 十両2枚目(3枚半降下)
- 10勝5敗
- ●○○○○|○○●●●|○○○●○
-
取組詳細(対戦相手・決まり手)
- 1日目●叩き込み西十両2 友風
- 2日目〇突き落とし東十両筆頭 錦木
- 3日目〇押し出し西十両3 玉正鳳
- 4日目〇押し出し西十両4 白熊
- 5日目〇上手投げ東十両3 欧勝海
- 6日目〇送り倒し東十両5 東白龍
- 7日目〇叩き込み東十両4 栃大海
- 8日目●寄り切り西十両6 大青山
- 9日目●押し倒し東十両6 日翔志
- 10日目●寄り切り西前頭16 御嶽海
- 11日目〇叩き込み東十両8 風賢央
- 12日目〇送り出し西十両7 宝富士
- 13日目〇叩き込み西十両9 剣翔
- 14日目●押し出し東十両14 荒篤山
- 15日目〇叩き込み西十両11 三田
- 令7年5月
- 西 前頭15枚目
- 5勝10敗
- ●●○●●|●○○●●|●●○○●
-
取組詳細(対戦相手・決まり手)
- 1日目●寄り切り西前頭16 錦木
- 2日目●寄り切り西前頭14 狼雅
- 3日目〇押し出し東前頭16 嘉陽
- 4日目●突き落とし東前頭18 栃大海
- 5日目●下手投げ西前頭17 朝紅龍
- 6日目●寄り切り西前頭13 佐田の海
- 7日目〇押し出し東前頭17 玉正鳳
- 8日目〇上手投げ東前頭12 熱海富士
- 9日目●寄り切り西前頭12 隆の勝
- 10日目●小手投げ東前頭13 時疾風
- 11日目●叩き込み西前頭9 翠富士
- 12日目●寄り切り東前頭11 遠藤
- 13日目〇突き落とし東前頭14 琴勝峰
- 14日目〇叩き込み西前頭7 美ノ海
- 15日目●寄り切り西前頭10 正代
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若潮 芳雄
- 四股名 :若潮 芳雄(わかしお よしお)
- 最高位 :前頭6枚目
- 出身地 :神奈川県横浜市
- 本 名 :石渡 芳雄⇒榊 芳雄
- 生年月日:大正2年(1913)8月26日
- 没年月日:平成3年(1991)2月25日(享年77歳)
- 所属部屋:陸奥部屋
- 改名歴 :石渡⇒若潮
- 初土俵 :昭和6年(1931)3月(17歳7ヵ月)
- 新十両 :昭和12年(1937)5月(23歳9ヵ月)
- 新入幕 :昭和16年(1941)5月(27歳9ヵ月)
- 最終場所:昭和24年(1949)10月(36歳2ヵ月)
- 生涯戦歴:179勝211敗7休/389出場(33場所)
- 生涯勝率:45.9%
- 優勝等 :なし
- 幕内戦歴:91勝128敗7休(18場所)勝率:41.6%
- 十両戦歴:42勝42敗(6場所)勝率:50.0%
栃纒 勇光
- 四股名 :栃纒 勇光(とちまとい ゆうこう)
- 最高位 :前頭11枚目
- 出身地 :神奈川県川崎市幸区
- 本 名 :今井 勇治
- 生年月日:昭和34年(1959)1月30日
- 没年月日:平成24年(2012)1月7日(享年52歳)
- 所属部屋:春日野部屋
- 改名歴 :今井山⇒栃纒
- 初土俵 :昭和50年(1975)1月(16歳0ヵ月)
- 新十両 :昭和57年(1982)1月(23歳0ヵ月)
- 新入幕 :昭和60年(1985)5月(26歳4ヵ月)
- 最終場所:平成元年(1989)3月(30歳2ヵ月)
- 生涯戦歴:405勝385敗13休/789出場(86場所)
- 生涯勝率:51.3%
- 優勝等 :十両優勝1回(同点1),幕下同点1回
- 幕内戦歴:7勝23敗(2場所)勝率:23.3%
- 十両戦歴:175勝179敗6休(24場所)勝率:49.4%
荒篤山 太郎
荒篤山 太郎(こうとくざん たろう)は神奈川県 横浜市緑区出身、荒汐部屋の力士で最高位は前頭16枚目。令和8年5月場所の番付は西 幕下3枚目。
フィリピン・ルソン島のラグナ州サンタローザに生まれ、「明るい元気な男の子」を意味するジャスパーケネスの本名を持つ。12歳まで現地の母親の実家で育ったのちに、日本へ移住した。横浜市立十日市場中学校では野球部で活動し、日常会話は上達したものの日本語の読み書きには苦労していた。中卒ですぐに働くよりも、相撲部屋に入門して集団生活の中で日本語をしっかり覚えてからの方が良いという判断もあり、日本人の父親の勧めで大相撲の世界へ進むことを決意する。父親が複数の部屋へメールを送り、最も迅速で丁寧な返信があった7代荒汐(元小結・大豊)の荒汐部屋へ平成21年(2009年)3月に入門した。
国籍取得と突き押しへの開眼
日本国籍の取得を待ったため、入門から半年が経過した同年9月場所に本名の「寺井」で初土俵を踏んだ。初めて番付に名前が載った翌11月場所からは、後援会長が命名した「荒篤山」の四股名を名乗っている。
体格の近い琴勇輝を手本として突き押し相撲を磨き、徐々に地力をつけていく。関取昇進が目前に迫る東幕下3枚目まで番付を上げた令和3年(2021年)1月場所において、新型コロナウイルス感染により全休を余儀なくされたが、救済措置により番付降下を免れた。そして同年5月場所で東幕下筆頭の地位で勝ち越しを決め、翌7月場所での新十両昇進を果たした。8代荒汐(元幕内・蒼国来)が部屋を継承して初の関取誕生であった。
若隆景の助言と新入幕
新十両の場所は負け越して1場所で幕下へ陥落したが、翌場所ですぐに十両へ復帰する。再十両後は二桁勝利を連発して番付を駆け上がり、令和4年(2022年)3月場所で見事に新入幕を果たした。十両をわずか2場所で通過するスピード出世であった。
新入幕会見では「こんなに早く上がれるとは思わなかった。相撲人生で一番楽しい」と充実ぶりを口にした。この躍進の背景には、同部屋の若隆景から受けた「立ち合いで思い切り当たる」という助言があり、それを稽古場で徹底的に意識したことで持ち前の押し相撲が開花したという。
陥落の試練と14場所ぶりの十両復帰
新入幕の場所は7勝8敗と負け越し、続く同年5月場所では大敗を喫してわずか2場所で十両へと降下した。さらに不調は続き、令和5年(2023年)5月場所においては幕下への陥落を余儀なくされる。以降は長きにわたり幕下の土俵で足踏みが続いたが、決して諦めることなく白星を重ね、令和7年(2025年)5月場所で勝ち越しを決めて実に14場所ぶりとなる十両復帰を果たした。
再十両となった同年7月場所で10勝5敗の好成績を収めて意地を見せたものの、令和8年(2026年)1月場所では3勝12敗と大敗を喫する。この場所は他力士の成績との兼ね合いにより十両に残留したものの、続く同年3月場所でも負け越して再び幕下への陥落が確実な状況となった。
引き技も鋭く決まるが、押し相撲以外の得意手を持たないことが課題として指摘されている。それでも、長年培ってきた適応力と持ち前の明るさを胸に、幾度となく直面する試練を乗り越えて再び上位の土俵を目指して日々の稽古に邁進している。
- 四股名
- 荒篤山 太郎(こうとくざん たろう)
- 最高位
- 前頭16枚目
- 最新番付
- 西 幕下3枚目
- 出身地
- 神奈川県 横浜市緑区
- 本名
- 寺井 ジャスパー・ケネス
- 生年月日
- 平成6年(1994)3月11日(32歳)
- 身長・体重
- 181cm・178kg
- 所属部屋
- 荒汐部屋
- 改名歴
- 寺井 → 荒篤山
- 初土俵
- 平成21年(2009)9月(15歳6ヵ月)
- 新十両
- 令和3年(2021)7月(27歳4ヵ月)
- 新入幕
- 令和4年(2022)3月(28歳0ヵ月)
- 優勝
- 無し
- 通算成績
- 397勝393敗12休/790出場(勝率:50.3%)
- 直近7場所
- 6勝4敗(十両:32勝43敗)
- 7場所勝率
- 44.7%
- 得意技
- 押し
- 決まり手傾向(直近7場所)
-
荒篤山が勝ちの決まり手(37勝)押し出し12叩き込み6突き出し6寄り切り3引き落とし3押し倒し3その他4荒篤山が負けの決まり手(45敗)押し出し19寄り切り15送り出し5突き落とし2突き出し2上手出し投げ1その他1
- 令8年5月
- 西 幕下3枚目(3枚降下)
- 1勝2敗
- ●-●-○|- |
-
取組詳細(対戦相手・決まり手)
- 1日目●東幕下3 和歌ノ富士
- 2日目-
- 3日目●東幕下4 日向丸
- 4日目-
- 5日目〇西幕下2 志摩ノ海
- 6日目-
- 7日目東幕下筆頭 貴健斗
- 令8年3月
- 西 十両14枚目(8枚半降下)
- 4勝11敗
- ●●●●○|○●●●○|●○●●●
-
取組詳細(対戦相手・決まり手)
- 1日目●押し出し東幕下筆頭 日向丸
- 2日目●押し出し東十両13 島津海
- 3日目●寄り切り西十両11 寿之富士
- 4日目●送り出し西十両13 藤天晴
- 5日目〇押し出し西十両12 剣翔
- 6日目〇叩き込み東十両12 錦木
- 7日目●押し出し東十両14 風賢央
- 8日目●押し出し東十両11 一意
- 9日目●押し出し西十両10 東白龍
- 10日目〇突き出し東十両8 湘南乃海
- 11日目●突き落とし東幕下4 炎鵬
- 12日目〇寄り切り西十両7 旭海雄
- 13日目●送り出し東十両6 日翔志
- 14日目●押し出し東十両5 輝
- 15日目●押し出し西十両5 白熊
- 令8年1月
- 東 十両6枚目(変動なし)
- 3勝12敗
- ●●○●○|●●●●●|●●●○●
-
取組詳細(対戦相手・決まり手)
- 1日目●送り出し西十両6 西ノ龍
- 2日目●突き出し西十両5 尊富士
- 3日目〇押し出し東十両5 玉正鳳
- 4日目●突き出し西十両8 北の若
- 5日目〇突き出し東十両7 栃大海
- 6日目●送り出し東十両8 明生
- 7日目●寄り切り西十両7 朝翠龍
- 8日目●押し出し西十両2 輝
- 9日目●寄り切り西十両筆頭 藤青雲
- 10日目●寄り切り東十両筆頭 琴栄峰
- 11日目●押し出し東十両14 白鷹山
- 12日目●寄り切り東十両13 英乃海
- 13日目●押し出し西十両3 白熊
- 14日目〇寄り切り東十両12 錦木
- 15日目●寄り切り西幕下3 福崎
- 令7年11月
- 東 十両6枚目(2枚半上昇)
- 7勝8敗
- ○○●●○|●●●○○|○●●●○
-
取組詳細(対戦相手・決まり手)
- 1日目〇引き落とし西十両5 栃大海
- 2日目〇押し出し東十両5 羽出山
- 3日目●上手出し投げ西十両4 朝乃山
- 4日目●寄り切り西十両7 白熊
- 5日目〇押し出し東十両8 嘉陽
- 6日目●押し出し西十両8 風賢央
- 7日目●押し出し東十両4 輝
- 8日目●寄り切り西十両2 朝白龍
- 9日目〇押し出し東十両9 英乃海
- 10日目〇押し倒し西十両筆頭 藤青雲
- 11日目〇突き出し東十両筆頭 日翔志
- 12日目●押し出し西十両14 若ノ勝
- 13日目●寄り切り東十両2 琴栄峰
- 14日目●押し出し東十両13 日向丸
- 15日目〇突き出し東十両10 白鷹山
- 令7年9月
- 西 十両8枚目(5枚半上昇)
- 8勝7敗
- ○○○○○|○●○●●|●○●●●
-
取組詳細(対戦相手・決まり手)
- 1日目〇押し出し東十両8 羽出山
- 2日目〇寄り切り西十両9 剣翔
- 3日目〇叩き込み西十両7 英乃海
- 4日目〇突き倒し東十両9 白熊
- 5日目〇突き出し東十両7 玉正鳳
- 6日目〇押し出し西十両6 東白龍
- 7日目●寄り切り東十両13 旭海雄
- 8日目〇押し出し西十両11 朝白龍
- 9日目●寄り切り西十両12 朝翠龍
- 10日目●叩き込み東十両11 風賢央
- 11日目●押し出し西十両3 錦富士
- 12日目〇叩き込み西十両14 西ノ龍
- 13日目●突き落とし西十両5 藤青雲
- 14日目●寄り切り東十両2 琴栄峰
- 15日目●寄り切り西十両2 千代翔馬
- 令7年7月
- 東 十両14枚目(4枚半上昇)
- 10勝5敗
- ○○●●○|○○○○○|●●○○●
-
取組詳細(対戦相手・決まり手)
- 1日目〇引き落とし西十両13 大奄美
- 2日目〇引き落とし西幕下筆頭 朝乃山
- 3日目●押し出し東十両12 志摩ノ海
- 4日目●押し出し西十両14 宮乃風
- 5日目〇押し出し東十両13 羽出山
- 6日目〇突き倒し東十両11 紫雷
- 7日目〇押し倒し西十両9 剣翔
- 8日目〇突き落とし東十両7 輝
- 9日目〇押し出し西十両12 大辻
- 10日目〇突き出し東十両9 錦富士
- 11日目●寄り切り西十両11 三田
- 12日目●押し出し東十両6 日翔志
- 13日目〇突き落とし東十両5 東白龍
- 14日目〇押し出し東十両2 湘南乃海
- 15日目●寄り切り西十両筆頭 竜電
- 令7年5月
- 西 幕下4枚目
- 5勝2敗
- ○-●--|○○-●-|○---○
-
取組詳細(対戦相手・決まり手)
- 1日目〇叩き込み東幕下4 石崎
- 2日目-
- 3日目●押し出し東幕下3 大辻
- 4日目-
- 5日目-
- 6日目〇叩き込み東幕下7 聖富士
- 7日目〇押し出し東幕下5 旭海雄
- 8日目-
- 9日目●送り出し東十両11 風賢央
- 10日目-
- 11日目〇叩き込み西幕下9 濱豊
- 12日目-
- 13日目-
- 14日目-
- 15日目〇押し倒し東十両13 宮乃風
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神奈川県出身の最高位:十両
前進山 良太
前進山 良太 (ぜんしんやま りょうた)は神奈川県横浜市金沢区出身、高田川部屋の元力士で、最高位は十両2枚目。
昭和57年(1982)11月場所に16歳6ヶ月で初土俵を踏み、平成11年(1999)9月場所を最後に引退(33歳4ヶ月)。
通算成績は480勝467敗56休946出場。生涯勝率.507。通算102場所中、56場所を勝ち越した(勝ち越し率.554)。
主な成績は幕下優勝2回。
昭和41年(1966)4月22日生まれ。本名は秋元 良太。
野球の強豪校から未経験で相撲界へ飛び込み、分厚い壁に挑み続けた前進山は、その巨体と強烈な突き押しを武器に関取の座を掴んだ力士である。怪我に苦しみながらも通算37場所にわたり十両の地位を務め上げ、引退後は若者頭として日本相撲協会に残る道を選んだ。
野球からの転身と「前進山」の誕生
神奈川県横浜市金沢区に生まれ、野球の名門である横浜高校の野球部に所属していたが、1年次で同校を中退する。相撲は未経験であったが、知人の紹介を通じて8代高田川(元大関・前の山)が率いる高田川部屋へ入門し、昭和57年(1982年)11月場所において初土俵を踏んだ。
入門当初は本名の「秋元」で土俵に上がっていたが、昭和58年(1983年)5月場所より「前進山」へと四股名を改名した。この四股名は、部屋の行司より考案されたものであり、「どんどん前に攻めるように」という願いが込められている。
幕下優勝と新十両昇進
四股名に込められた願いのとおり、持ち前の巨体を活かした突き押し相撲で着実に地力を養っていく。初土俵から約6年半となる平成元年(1989年)3月場所において、西幕下9枚目で7戦全勝の幕下優勝を飾る。この好成績により、続く同年5月場所での新十両昇進を果たし、関取の座を掴み取った。
歴代屈指の十両在位と若者頭への就任
関取昇進後は度重なる負傷に苦しめられ、幕下への陥落も経験したが、そのたびに不屈の闘志で這い上がった。平成5年(1993年)11月場所では東幕下5枚目で7戦全勝とし、自身2度目となる幕下優勝を果たして十両へ復帰している。その後は十両の地位に定着し、幕内への昇進には一歩届かなかったものの、最高位が十両の力士としては歴代屈指の記録となる通算37場所を十両の地位で務め上げた。
西幕下44枚目で迎えた平成11年(1999年)9月場所を最後に現役を引退。引退後は若者頭に就任し、日本相撲協会に残って協会の業務にあたっている。
- 四股名
- 前進山 良太 (ぜんしんやま りょうた)
- 最高位
- 十両2枚目
- 出身地
- 神奈川県横浜市金沢区
- 本名
- 秋元 良太
- 生年月日
- 昭和41年(1966)4月22日
- 所属部屋
- 高田川部屋
- 改名歴
- 秋元 良太 → 前進山 良太
- 初土俵
- 昭和57年(1982)11月 前相撲(16歳6ヶ月)
- 新十両
- 平成元年(1989)5月(所要39場所)
- 23歳0ヶ月(初土俵から6年6ヶ月)
- 最終場所
- 平成11年(1999)9月場所(33歳4ヶ月)
- 大相撲歴
- 102場所(16年10ヶ月)
- 通算成績
- 480勝467敗56休946出場(勝率.507)
- 通算102場所
- 勝ち越し56場所(勝ち越し率.554)(勝ち越し星111)
- 優勝等
- 幕下優勝2回
- 持給金
- 58円50銭(勝ち越し星111個)
- 十両戦歴
- 244勝280敗31休523出場(勝率.467)
- 在位37場所(在位率.363)
- 勝ち越し17場所(勝ち越し率.459)
- 関取戦歴
- 244勝280敗31休523出場(勝率.467)
- 在位37場所(在位率.363)
- 勝ち越し17場所(勝ち越し率.459)
- 幕下以下歴
- 236勝187敗25休423出場(勝率.558)
- 在位64場所(在位率.627)
- 勝ち越し39場所(勝ち越し率.609)
名鑑ページでは、以下のような詳細な分析データをはじめ、豊富な表やグラフをご覧いただけます。
- ✅ 勝った決まり手1位:押し出し(122回 / 40.4%)
- ✅ 負けた決まり手1位:押し出し(83回 / 25.6%)
- ✅ 得意な相手:日立龍(8勝2敗 / 勝率.800)
- ✅ 苦手な相手:栃乃藤(1勝7敗 / 勝率.125)
金親 和憲
神奈川県横浜市鶴見区出身、三保ヶ関~北の湖部屋の元力士で最高位は十両2枚目。引退後、故9代宮城野の次女と結婚。これにより10代宮城野(元幕内・竹葉山)と交代で11代宮城野を襲名、宮城野部屋を継承する事となった。しかし、週刊誌に掲載された記事が問題となって理事会より師匠交代勧告を受け、再び竹葉山が宮城野を名乗ることとなった。その後、16代熊ヶ谷として部屋付き親方を務めていたが次女とは離婚、そして個人マネージャへの暴行で逮捕され平成25年10月に協会から解雇された。
- 四股名 :金親 和憲(かねちか かずのり)
- 最高位 :十両2枚目
- 年寄名跡:
11代宮城野 ⇒16代熊ヶ谷 - 出身地 :神奈川県横浜市鶴見区
- 本 名 :金親 和行⇒山村 和行
- 生年月日:昭和44年(1969)11月12日
- 所属部屋:三保ヶ関⇒北の湖部屋
- 改名歴 :金親⇒月山⇒金親
- 初土俵 :昭和60年(1985)9月(15歳10ヵ月)
- 新十両 :平成4年(1992)3月(22歳4ヵ月)
- 最終場所:平成16年(2004)9月(34歳10ヵ月)
- 生涯戦歴:491勝481敗18休/972出場(115場所)
- 生涯勝率:50.5%
- 優勝等 :なし
- 十両戦歴:167勝193敗(24場所)勝率:46.4%
朝弁慶 大吉
朝弁慶 大吉(あさべんけい だいきち)は神奈川県 平塚市出身、高砂部屋の力士で最高位は十両7枚目。令和6年7月場所の番付は西 三段目79枚目。
出身地に因んで「湘南の重戦車」と呼ばれている迫力に溢れた相撲が魅力。行司の木村朝之助が「朝弁慶」と命名してくれたが、中華料理店を営んでいた実家のライバル店が「弁慶」という名前だった為「なんでそんな四股名にしたの?」と両親から叱られた
- 四股名
- 朝弁慶 大吉(あさべんけい だいきち)
- 最高位
- 十両7枚目
- 最新番付
- 西 三段目79枚目
- 出身地
- 神奈川県 平塚市
- 本名
- 酒井 泰伸
- 生年月日
- 平成1年(1989)2月12日(37歳)
- 所属部屋
- 高砂部屋
- 改名歴
- 朝酒井⇒朝弁慶
- 初土俵
- 平成19年(2007)3月(18歳1ヵ月)
- 新十両
- 平成27年(2015)11月(26歳9ヵ月)
- 優勝
- 三段目優勝1回
- 通算成績
- 384勝359敗32休/739出場(勝率:52%)
- 直近7場所
- 16勝19敗11休
- 7場所勝率
- 45.7%
- 令6年7月
- 西 三段目79枚目(60枚半降下)
- 0勝0敗4休
- 休場
- 令6年5月
- 東 三段目19枚目(12枚上昇)
- 0勝0敗7休
- 休場
- 令6年3月
- 東 三段目31枚目(12枚降下)
- 4勝3敗
- -●-●-|○○-○-|-●-○-
- 令6年1月
- 東 三段目19枚目(14枚降下)
- 3勝4敗
- -○○-●|-○-●-|-●-●-
- 令5年11月
- 東 三段目5枚目(10枚半上昇)
- 3勝4敗
- -●●--|●-○-○|●-○--
- 令5年9月
- 西 三段目15枚目(17枚降下)
- 4勝3敗
- ○--●●|--○-○|●-○--
- 令5年7月
- 西 幕下58枚目
- 2勝5敗
- -●-●●|--○-●|●---○
秀錦 啓光
- 四股名 :秀錦 啓光(ひでにしき ひろみつ)
- 最高位 :十両8枚目
- 出身地 :神奈川県川崎市
- 本 名 :飯倉 洋
- 生年月日:昭和4年(1929)9月17日
- 所属部屋:春日野部屋
- 改名歴 :飯倉⇒多摩昇⇒秀錦
- 初土俵 :昭和22年(1947)11月(18歳2ヵ月)
- 新十両 :昭和30年(1955)1月(25歳4ヵ月)
- 最終場所:昭和34年(1959)5月(29歳8ヵ月)
- 生涯戦歴:265勝253敗63休/515出場(45場所)
- 生涯勝率:51.2%
- 優勝等 :幕下優勝1回,三段目優勝1回
- 十両戦歴:132勝153敗15休(20場所)勝率:46.3%
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