高田川(たかだがわ)部屋の過去から現在までの主な所属力士をご紹介する高田川部屋の大相撲力士まとめ!
この記事では高田川部屋の主な関取を中心に紹介していきます。過去の力士については最高位や改名歴、初土俵や各段の昇進時期と最終場所、さらに生涯戦歴と生涯勝率、成績等を中心にご紹介していきます。また、現役力士については最高位と昇進時期、主な成績などを載せています。
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この記事の目次
高田川部屋の系図
高田川部屋の成り立ちを図にしてみました。
高田川部屋の優勝力士
残念ながら、高田川部屋の優勝力士はこれまで1人もいません。
高田川部屋の三賞受賞力士
高田川部屋 歴代三賞受賞力士一覧
高田川部屋では、これまでに3人の力士が三賞を受賞しており、獲得数はあわせて5回になります。
受賞の内訳は、技能賞が1回、殊勲賞が1回、敢闘賞が3回となっています。
| 場所年月 | 番付 | 受賞力士 | 受賞 | 成績 | 受賞時 年齢 | 出身地 | 部屋 | 初土俵 | 生年月日 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 令和5年7月 (2023年)R5.7 (2023) | 西前頭14 | 西前頭14湘南乃海 | 敢闘賞 [初] | 10勝5敗 | 25歳3ヶ月 | 神奈川県 | 高田川 | 平成26年3月 (2014年) | 平成10年4月8日 (1998年) |
| 令和元年5月 (2019年)R1.5 (2019) | 西前頭5 | 西前頭5竜電 | 技能賞 [初] | 10勝5敗 | 28歳6ヶ月 | 山梨県 | 高田川 | 平成18年3月 (2006年) | 平成2年11月10日 (1990年) |
| 平成30年1月 (2018年)H30.1 (2018) | 東前頭16 | 東前頭16竜電 | 敢闘賞 [初] | 10勝5敗 | 27歳2ヶ月 | 山梨県 | 高田川 | 平成18年3月 (2006年) | 平成2年11月10日 (1990年) |
| 平成8年1月 (1996年)H8.1 (1996) | 東前頭5 | 東前頭5剣晃 | 敢闘賞 [初] | 8勝7敗 | 28歳6ヶ月 | 大阪府 | 高田川 | 昭和59年11月 (1984年) | 昭和42年6月27日 (1967年) |
| 平成7年7月 (1995年)H7.7 (1995) | 東前頭4 | 東前頭4剣晃 | 殊勲賞 [初] | 11勝4敗 | 28歳0ヶ月 | 大阪府 | 高田川 | 昭和59年11月 (1984年) | 昭和42年6月27日 (1967年) |
高田川部屋 三賞受賞回数ランキング
受賞回数は、1位が竜電と剣晃の2人で2回ずつ、3位が湘南乃海で1回(敢闘賞1回)となっています。
| 順位 | 四股名 | 三賞 合計 | 技能賞 | 殊勲賞 | 敢闘賞 | 最高位 | 部屋 | 出身地 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1位 | 剣晃 | 2回 | 0 | 1 | 1 | 小結 | 高田川 | 大阪府 |
| 1位 | 竜電 | 2回 | 1 | 0 | 1 | 小結 | 高田川 | 山梨県 |
| 3位 | 湘南乃海 | 1回 | 0 | 0 | 1 | 前頭5 | 高田川 | 神奈川県 |
高田川部屋の歴代師匠
第8代・高田川 和一 (元大関・前乃山)
前の山 太郎 (まえのやま たろう)は大阪府守口市出身、高砂部屋の元力士で、最高位は大関。
昭和36年(1961)3月場所に16歳0ヶ月で初土俵を踏み、昭和49年(1974)3月場所を最後に引退(29歳0ヶ月)。
通算成績は487勝397敗48休880出場。生涯勝率.553。通算79場所中、54場所を勝ち越した(勝ち越し率.711)。
主な成績は幕内(同点1 次点1)、十両優勝1回、殊勲賞3回、敢闘賞2回、金星1個(柏戸1個)。
本名は金島 和一→中矢 和一→清水 和一。昭和20年(1945)3月9日生まれ。令和3年(2021)3月11日逝去(享年76歳)。
前の山は、恵まれた長身と気迫あふれる突き押しを武器に大関まで昇進した力士である。新大関昇進直後に見舞われた右足の故障により大関在位は短期間に留まったものの、気迫あふれる取り口で長らく幕内の土俵を務めた。引退後は年寄・高田川として自らの部屋を創設し、弟子の育成にあたった。
相撲部への転部と高砂部屋への入門
浪商高校入学直後までは野球部に所属していたが、恵まれた体格を見込まれて相撲部へと転部する。大阪府の相撲大会に出場して活躍したことで自信を深め、高校を1年で中退して兄と共に高砂部屋へ入門し、昭和36年(1961年)3月場所で初土俵を踏んだ。しかし、初土俵直後の稽古で左腕を故障して序ノ口を休場し、同年7月場所から番付外で再出発することとなった。
再出世と高見山の入門による奮起
当初は相撲界の厳しい礼儀や上下関係に馴染めずに脱走を繰り返し、計7回も部屋から逃げ出しては警察に捜索願を出されることもあった。一時は廃業も考えたが、ハワイから入門してきた高見山の存在に大きな刺激を受け、師匠である4代高砂(元横綱・前田山)の励ましもあって奮起する。また、幕下時代に後援者の宴席で横綱・大鵬と同席した際、「まだ幕下なのにこんな遅くまで遊んでいてはいけない。早く帰れ」と諭され、多額の小遣いを渡された逸話も残っている。
幕内定着と大鵬からの初白星
稽古に身を入れるようになってからは着実に番付を上げ、昭和40年(1965年)11月場所で新十両へ昇進し、昭和41年(1966年)11月場所で新入幕を果たした。均整のとれた体躯から繰り出す師匠譲りの張り手を交えた猛突っ張りと、左差しから右をおっつける力強い相撲を武器に活躍する。昭和43年(1968年)3月場所で新三役となる関脇へと昇進し、その後は三役に定着した。昭和44年(1969年)9月場所の10日目には、立合いの強烈な張り手で大鵬の動きを止め、一気に押し出して10度目の挑戦で初勝利を挙げ、かつて宴席で諭してくれた大横綱への「恩返し」を果たした。
大関昇進と直後の右足骨折
昭和45年(1970年)7月場所では13勝2敗の好成績を挙げ、横綱・北の富士との優勝決定戦には敗れたものの、場所後の理事会で大関昇進が決定した。しかし、新大関として迎える場所直前の稽古において右足を故障する重傷を負ってしまう。この負傷により同年9月場所の全休を余儀なくされ、以降はこの怪我が原因となって本来の相撲を失うこととなった。大関時代は一度も二桁勝利を挙げることができず、在位10場所のうち2場所が9勝6敗、5場所連続で8勝7敗に終わったことから「クンロク大関」「ハチナナ大関」と揶揄されることもあった。その一方で、同部屋の力士からは「右足の怪我がなければ横綱」と惜しまれるほど、苦しい土俵が続いた。
無気力相撲の注意による休場と大関陥落
昭和47年(1972年)3月場所の12日目、大関・琴櫻を張り手で気絶させた一番に対し、相撲競技監察委員会から発足後初となる「無気力相撲」との注意を受ける事態となった。これを重く見た当時の師匠・5代高砂(元横綱・朝潮)の勧めで同場所を途中休場し、大関在位10場所での関脇陥落が決まった。その後は平幕へ主戦場を移して取り続けたが、昭和49年(1974年)3月場所を最後に現役を引退した。
高田川部屋の創設と名跡交換
引退後は年寄・8代高田川を襲名し、高砂部屋から独立して高田川部屋を創設する。弟子の育成に励む一方で、平成10年(1998年)には周囲の反対を押し切って日本相撲協会の理事選挙に立候補したため、所属していた高砂一門から破門された。さらに後継者に指名していた弟子が肺疾患により現役中に死去するなど、部屋運営において苦難も経験する。
平成16年(2004年)、貴乃花部屋から16代千田川(元関脇・安芸乃島)が移籍して合流し、その熱心な指導により部屋の関取が復活する。理事などを務めて協会を支えた後、平成21年(2009年)8月5日に16代千田川と年寄名跡を交換して自身は17代千田川となり、同時に部屋を譲渡して後進に道を託した。平成22年(2010年)3月8日に日本相撲協会を停年退職し、令和3年(2021年)3月11日に多臓器不全のため76歳で死去した。
- 四股名
- 前の山 太郎 (まえのやま たろう)
- 最高位
- 大関
- 年寄名跡
- 8代高田川 和一(高砂) → 8代高田川 和一 → 17代千田川 和一(高田川)
- 出身地
- 大阪府守口市
- 本名
- 金島 和一→中矢 和一→清水 和一
- 生年月日
- 昭和20年(1945)3月9日
- 没年月日
- 令和3年(2021)3月11日(享年76歳)
- 所属部屋
- 高砂部屋
- 改名歴
- 金島 和一 → 金の島 和一 → 前ノ山 和一 → 前の山 和一 → 前ノ山 和一 → 前の山 和一 → 前の山 太郎 → 前乃山 太郎 → 前の山 太郎
- 初土俵
- 昭和36年(1961)3月 前相撲(16歳0ヶ月)
- 新十両
- 昭和40年(1965)11月(所要28場所)
- 20歳8ヶ月(初土俵から4年8ヶ月)
- 新入幕
- 昭和41年(1966)9月(所要33場所)
- 21歳6ヶ月(初土俵から5年6ヶ月)
- 新小結
- 昭和43年(1968)7月(所要44場所)
- 23歳4ヶ月(初土俵から7年4ヶ月)
- 新関脇
- 昭和43年(1968)3月(所要42場所)
- 23歳0ヶ月(初土俵から7年0ヶ月)
- 新大関
- 昭和45年(1970)9月(所要57場所)
- 25歳6ヶ月(初土俵から9年6ヶ月)
- 最終場所
- 昭和49年(1974)3月場所(29歳0ヶ月)
- 大相撲歴
- 79場所(13年0ヶ月)
- 通算成績
- 487勝397敗48休880出場(勝率.553)
- 通算79場所
- 勝ち越し54場所(勝ち越し率.711)(勝ち越し星158)
- 優勝等
- 幕内(同点1 次点1),十両優勝1回
- 受賞・金星
- 殊勲賞3回,敢闘賞2回,金星1個(柏戸1個)
- 持給金
- 116円50銭(勝ち越し星158個 金星1個)
- 大関戦歴
- 67勝56敗27休121出場(勝率.554)
- 在位10場所(在位率.127)
- 勝ち越し8場所(勝ち越し率.800)
- 幕内戦歴
- 343勝305敗34休644出場(勝率.533)
- 在位46場所(在位率.582)
- 勝ち越し33場所(勝ち越し率.717)
- 三役戦歴
- 125勝100敗0休225出場(勝率.556)
- 在位15場所(在位率.190)
- 勝ち越し11場所(勝ち越し率.733)
- 関脇戦歴
- 95勝70敗0休165出場(勝率.576)
- 在位11場所(在位率.139)
- 勝ち越し8場所(勝ち越し率.727)
- 小結戦歴
- 30勝30敗0休60出場(勝率.500)
- 在位4場所(在位率.051)
- 勝ち越し3場所(勝ち越し率.750)
- 前頭戦歴
- 151勝149敗7休298出場(勝率.507)
- 在位21場所(在位率.266)
- 勝ち越し14場所(勝ち越し率.667)
- 十両戦歴
- 46勝29敗0休75出場(勝率.613)
- 在位5場所(在位率.063)
- 勝ち越し4場所(勝ち越し率.800)
- 関取戦歴
- 389勝334敗34休719出場(勝率.541)
- 在位51場所(在位率.646)
- 勝ち越し37場所(勝ち越し率.725)
- 幕下以下歴
- 98勝63敗14休161出場(勝率.609)
- 在位25場所(在位率.316)
- 勝ち越し17場所(勝ち越し率.680)
名鑑ページでは、以下のような詳細な分析データをはじめ、豊富な表やグラフをご覧いただけます。
- ✅ 勝った決まり手1位:寄り切り(125回 / 32.1%)
- ✅ 負けた決まり手1位:寄り切り(81回 / 24.2%)
- ✅ 得意な相手:若二瀬(14勝3敗 / 勝率.824)
- ✅ 苦手な相手:北の富士(6勝25敗 / 勝率.194)
第9代・高田川 勝巳 (元関脇・安芸ノ島)
安芸乃島 勝巳(あきのしま かつみ)は広島県豊田郡安芸津町出身、藤島~二子山部屋の元力士で、最高位は関脇。
昭和57年(1982)3月場所に14歳11ヶ月で初土俵を踏み、平成15年(2003)5月場所を最後に引退(36歳2ヶ月)。
通算成績は822勝757敗78休1575出場。生涯勝率.521。通算128場所中、66場所を勝ち越した(勝ち越し率.520)。
主な成績は幕内次点2回,十両優勝1回,幕下優勝1回,序二段優勝1回,序ノ口同点1回。殊勲賞7回,敢闘賞8回,技能賞4回,金星16個(大乃国2個、千代の富士4個、北勝海4個、旭富士4個、曙1個、武蔵丸1個)。
昭和42年(1967)3月16日生まれ。本名は宮本 勝巳(旧姓・山中)。
歴代最多の16個の金星は対戦した横綱全てから獲得。引退後は二子山~貴乃花部屋の部屋付親方として指導していたが、貴乃花との確執により袂を分かち高田川部屋へと移籍。のちに9代高田川を襲名。
- 年寄
9代・高田川 勝巳 - 四股名
- 安芸乃島 勝巳(あきのしま かつみ)
- 最高位
- 関脇
- 年寄名跡
- 17代藤島 勝巳 → 16代千田川 虎央 →
9代高田川 勝巳 - 出身地
- 広島県豊田郡安芸津町
- 本名
- 山中 勝巳 → 宮本 勝巳
- 生年月日
- 昭和42年(1967)3月16日(59歳)
- 所属部屋
- 藤島~二子山部屋
- 改名歴
- 山中 勝巳 → 安芸ノ島 勝巳 → 安芸乃島 勝巴 → 安芸乃島 勝巳
- 初土俵
- 昭和57年(1982)3月 前相撲(14歳11ヶ月)
- 新十両
- 昭和62年(1987)7月(所要32場所)
- 20歳3ヶ月(初土俵から5年4ヶ月)
- 新入幕
- 昭和63年(1988)3月(所要36場所)
- 20歳11ヶ月(初土俵から6年0ヶ月)
- 新小結
- 昭和63年(1988)11月(所要40場所)
- 21歳7ヶ月(初土俵から6年8ヶ月)
- 新関脇
- 平成元年(1989)5月(所要43場所)
- 22歳1ヶ月(初土俵から7年2ヶ月)
- 最終場所
- 平成15年(2003)5月(36歳2ヶ月)
- 大相撲歴
- 128場所(21年2ヶ月)
- 通算成績
- 822勝757敗78休1575出場(勝率.521)
- 通算128場所
- 勝ち越し66場所(勝ち越し率.520)(勝ち越し星232)
- 優勝等
- 幕内次点2回,十両優勝1回,幕下優勝1回,序二段優勝1回,序ノ口同点1回
- 受賞・金星
- 殊勲賞7回,敢闘賞8回,技能賞4回,金星16個
- 持給金
- 293円50銭(勝ち越し星232個 金星16個)
- 幕内戦歴
- 647勝640敗78休1283出場(勝率.503)
- 在位91場所(在位率.711)
- 勝ち越し43場所(勝ち越し率.473)
- 三役戦歴
- 183勝189敗33休369出場(勝率.492)
- 在位27場所(在位率.211)
- 勝ち越し10場所(勝ち越し率.370)
- 関脇戦歴
- 77勝82敗21休157出場(勝率.484)
- 在位12場所(在位率.094)
- 勝ち越し4場所(勝ち越し率.333)
- 小結戦歴
- 106勝107敗12休212出場(勝率.498)
- 在位15場所(在位率.117)
- 勝ち越し6場所(勝ち越し率.400)
- 前頭戦歴
- 464勝451敗45休914出場(勝率.507)
- 在位64場所(在位率.500)
- 勝ち越し33場所(勝ち越し率.516)
- 十両戦歴
- 47勝28敗0休75出場(勝率.627)
- 在位5場所(在位率.039)
- 勝ち越し5場所(勝ち越し率1.000)
- 関取戦歴
- 694勝668敗78休1358出場(勝率.510)
- 在位96場所(在位率.750)
- 勝ち越し48場所(勝ち越し率.500)
- 幕下以下歴
- 128勝89敗0休217出場(勝率.590)
- 在位31場所(在位率.242)
- 勝ち越し18場所(勝ち越し率.581)
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