青森県出身の歴代力士一覧|過去から現在までの全関取と優勝・三賞記録

青森出身の過去から現在までの主な力士をご紹介する青森県の大相撲力士まとめ!この記事では青森出身の関取を中心に、青森の郷土力士をご紹介していきます。

過去の力士については最高位や改名歴、初土俵や各段の昇進時期と最終場所、さらに生涯戦歴と生涯勝率、成績等を中心にご紹介していきます。また、現役力士については最高位と昇進時期、主な成績などを載せています。

なお、年寄名跡欄のマークは、その代で師匠(部屋持ち親方)になったことがあるという意味です。

現役の青森出身力士の最新番付や成績、詳細なデータをご覧になりたい方はこちら

相撲部屋や出身地ごとの成績から、場所中はリアルタイムでランキングを作成しております。今場所好調な相撲部屋や力士の出身地はどこ?

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青森出身の優勝力士

青森県出身 歴代幕内優勝力士一覧

青森県出身では、これまでに11人の力士が幕内優勝を達成しており、優勝回数はあわせて38回になります。

最多優勝は若乃花で10回の幕内優勝を達成しています。

連覇記録では、鏡里と隆の里と旭富士が2連覇を1回、若乃花が2連覇を2回達成しています。

青森県出身初の優勝力士は綾櫻で、いまから94年8ヶ月前の昭和6年(1931年)10月場所のことでした。

また、直近の青森県出身優勝力士は尊富士で、いまから2年3ヶ月前の令和6年(2024年)3月場所です。

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場所年月四股名番付成績年齢部屋出身地最高位備考
令和6年3月
(2024年)
R6.3
2024
尊富士
[初]
東前頭1713勝2敗24歳11ヶ月伊勢ヶ濱青森県前頭4
新入幕場所で11連勝と怒濤の活躍。110年ぶりとなる新入幕優勝を決める。
初土俵から所要10場所での幕内優勝は史上1位の記録(年6場所制以降)
さらに三賞すべて獲得という快挙。
平成9年11月
(1997年)
H9.11
1997
貴ノ浪
[2回目]
西大関14勝1敗26歳0ヶ月二子山青森県大関
ふたたび貴乃花との同部屋同士による
優勝決定戦を制す
平成8年1月
(1996年)
H8.1
1996
貴ノ浪
[初]
東大関14勝1敗24歳2ヶ月二子山青森県大関
貴乃花との同部屋同士による
優勝決定戦を制しての初優勝
平成3年5月
(1991年)
H3.5
1991
旭富士
[4回目]
東横綱(張出)14勝1敗30歳10ヶ月大島青森県横綱
平成2年7月
(1990年)
H2.7
1990
旭富士
[3回目]
2連覇
東大関14勝1敗30歳0ヶ月大島青森県横綱
平成2年5月
(1990年)
H2.5
1990
旭富士
[2回目]
西大関(張出)14勝1敗29歳10ヶ月大島青森県横綱
昭和63年1月
(1988年)
S63.1
1988
旭富士
[初]
東大関14勝1敗27歳6ヶ月大島青森県横綱
昭和59年1月
(1984年)
S59.1
1984
隆の里
[4回目]
西横綱13勝2敗31歳3ヶ月二子山青森県横綱
昭和58年9月
(1983年)
S58.9
1983
隆の里
[3回目]
2連覇
西横綱全勝15勝0敗30歳11ヶ月二子山青森県横綱
新横綱場所での全勝優勝は
双葉山以来45年ぶり。
15日制定着後は史上初
昭和58年7月
(1983年)
S58.7
1983
隆の里
[2回目]
東大関14勝1敗30歳9ヶ月二子山青森県横綱
昭和57年9月
(1982年)
S57.9
1982
隆の里
[初]
西大関全勝15勝0敗29歳11ヶ月二子山青森県横綱
昭和55年9月
(1980年)
S55.9
1980
若乃花
[4回目]
西横綱14勝1敗27歳5ヶ月二子山青森県横綱
昭和54年5月
(1979年)
S54.5
1979
若乃花
[3回目]
西横綱14勝1敗26歳1ヶ月二子山青森県横綱
昭和53年11月
(1978年)
S53.11
1978
若乃花
[2回目]
西横綱全勝15勝0敗25歳7ヶ月二子山青森県横綱
昭和52年5月
(1977年)
S52.5
1977
若三杉
[初]
西大関13勝2敗24歳1ヶ月二子山青森県横綱
のちの若乃花(2代)
昭和50年9月
(1975年)
S50.9
1975
貴ノ花
[2回目]
西大関12勝3敗25歳7ヶ月二子山青森県大関
昭和50年3月
(1975年)
S50.3
1975
貴ノ花
[初]
東大関13勝2敗25歳1ヶ月二子山青森県大関
優勝決定戦で横綱北の湖を
破っての初優勝
昭和39年5月
(1964年)
S39.5
1964
栃ノ海
[3回目]
東横綱(張出)13勝2敗26歳2ヶ月春日野青森県横綱
昭和38年11月
(1963年)
S38.11
1963
栃ノ海
[2回目]
西大関14勝1敗25歳8ヶ月春日野青森県横綱
昭和37年5月
(1962年)
S37.5
1962
栃ノ海
[初]
西関脇14勝1敗24歳2ヶ月春日野青森県横綱
昭和35年9月
(1960年)
S35.9
1960
若乃花
[10回目]
2連覇
東横綱13勝2敗32歳6ヶ月花籠青森県横綱
昭和35年7月
(1960年)
S35.7
1960
若乃花
[9回目]
東横綱13勝2敗32歳3ヶ月花籠青森県横綱
昭和35年3月
(1960年)
S35.3
1960
若乃花
[8回目]
東横綱(張出)全勝15勝0敗32歳0ヶ月花籠青森県横綱
栃錦との、史上初となる横綱同士での
千秋楽全勝対決を制す
昭和34年9月
(1959年)
S34.9
1959
若乃花
[7回目]
西横綱(横綱大関)14勝1敗31歳6ヶ月花籠青森県横綱
昭和34年5月
(1959年)
S34.5
1959
若乃花
[6回目]
東横綱(張出)14勝1敗31歳2ヶ月花籠青森県横綱
昭和34年1月
(1959年)
S34.1
1959
若乃花
[5回目]
東横綱14勝1敗30歳10ヶ月花籠青森県横綱
昭和33年9月
(1958年)
S33.9
1958
若乃花
[4回目]
2連覇
東横綱14勝1敗30歳6ヶ月花籠青森県横綱
昭和33年7月
(1958年)
S33.7
1958
若乃花
[3回目]
東横綱(張出)13勝2敗30歳4ヶ月花籠青森県横綱
栃錦との横綱同士の
千秋楽相星対決は史上初
昭和33年1月
(1958年)
S33.1
1958
若乃花
[2回目]
東大関13勝2敗29歳10ヶ月花籠青森県横綱
昭和31年9月
(1956年)
S31.9
1956
鏡里
[3回目]
西横綱14勝1敗33歳5ヶ月時津風青森県横綱
昭和31年5月
(1956年)
S31.5
1956
若乃花
[初]
東大関12勝3敗28歳2ヶ月花籠青森県横綱
のちに若乃花に改名
昭和31年1月
(1956年)
S31.1
1956
鏡里
[2回目]
2連覇
東横綱14勝1敗32歳8ヶ月時津風青森県横綱
昭和30年9月
(1955年)
S30.9
1955
鏡里
[初]
西横綱14勝1敗32歳5ヶ月時津風青森県横綱
昭和28年1月
(1953年)
S28.1
1953
鏡里
[4回目]
東大関14勝1敗29歳8ヶ月時津風青森県横綱
時津風部屋初の幕内優勝力士(入門は粂川部屋)
昭和9年5月
(1934年)
S9.5
1934
清水川
[3回目]
西大関全勝11勝0敗34歳4ヶ月二十山青森県大関
昭和7年10月
(1932年)
S7.10
1932
清水川
[2回目]
東大関(張出)9勝2敗32歳9ヶ月二十山青森県大関
昭和7年2月
(1932年)
S7.2
1932
清水川
[初]
西関脇8勝32歳1ヶ月二十山青森県大関
昭和6年10月
(1931年)
S6.10
1931
綾櫻
[初]
東前頭410勝1敗33歳7ヶ月出羽海青森県関脇
青森出身力士初の優勝

青森県出身 幕内優勝回数ランキング

青森県出身力士の幕内優勝回数ランキングです。1位が若乃花で10回、2位が隆の里、鏡里、若乃花、そして旭富士の4人で4回ずつ、6位が清水川と栃ノ海の2人で3回ずつとなっています。4位以下含む全順位の詳細は、以下の表をご覧ください。

※勝利合計と敗戦合計・勝率は、幕内優勝場所での成績合計です。

順位四股名最高位優勝
回数
横綱大関関脇小結前頭勝利
合計
敗戦
合計
勝率部屋出身地
1位若乃花横綱10回82000135勝15敗.900花籠青森県
2位隆の里横綱4回2200057勝3敗.950二子山青森県
2位鏡里横綱4回3100056勝4敗.933時津風青森県
2位若乃花横綱4回3100056勝4敗.933二子山青森県
2位旭富士横綱4回1300056勝4敗.933大島青森県
6位清水川大関3回210028勝2敗.933二十山青森県
6位栃ノ海横綱3回1110041勝4敗.911春日野青森県
8位貴ノ浪大関2回200028勝2敗.933二子山青森県
8位貴ノ花大関2回200025勝5敗.833二子山青森県
10位綾櫻関脇1回00110勝1敗.909出羽海青森県
10位尊富士前頭41回113勝2敗.867伊勢ヶ濱青森県

青森出身の三賞受賞力士

青森県出身 歴代三賞受賞力士一覧

青森県出身では、これまでに27人の力士が三賞を受賞しており、獲得数はあわせて116回になります。

受賞の内訳は、技能賞が47回、殊勲賞が25回、敢闘賞が44回となっています。

また、トリプル受賞は尊富士が1回。ダブル受賞は鏡里、栃ノ海、陸奥嵐、貴ノ花、隆の里、出羽の花、そして旭富士が1回ずつ達成しています。

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場所年月 番付 受賞力士 受賞 成績 受賞時
年齢
部屋 出身地 初土俵 生年月日
令和6年3月
(2024年)
R6.3
(2024)
東前頭17東前頭17尊富士
トリプル
殊勲賞 [初]13勝2敗
優勝
24歳11ヶ月伊勢ヶ濱青森県令和4年9月
(2022年)
平成11年4月9日
(1999年)
敢闘賞 [初]
技能賞 [初]
令和4年7月
(2022年)
R4.7
(2022)
東前頭17東前頭17錦富士敢闘賞 [初]10勝5敗26歳0ヶ月伊勢ヶ濱青森県平成28年9月
(2016年)
平成8年7月22日
(1996年)
令和2年3月
(2020年)
R2.3
(2020)
西前頭5西前頭5阿武咲殊勲賞 [初]9勝6敗23歳8ヶ月阿武松青森県平成25年1月
(2013年)
平成8年7月4日
(1996年)
平成30年11月
(2018年)
H30.11
(2018)
東前頭13東前頭13阿武咲敢闘賞 [3回目]11勝4敗22歳4ヶ月阿武松青森県平成25年1月
(2013年)
平成8年7月4日
(1996年)
平成29年11月
(2017年)
H29.11
(2017)
西前頭13西前頭13安美錦敢闘賞 [2回目]8勝7敗39歳1ヶ月伊勢ヶ濱青森県平成9年1月
(1997年)
昭和53年10月3日
(1978年)
平成29年9月
(2017年)
H29.9
(2017)
東前頭3東前頭3阿武咲敢闘賞 [2回目]10勝5敗21歳2ヶ月阿武松青森県平成25年1月
(2013年)
平成8年7月4日
(1996年)
平成29年5月
(2017年)
H29.5
(2017)
東前頭14東前頭14阿武咲敢闘賞 [初]10勝5敗20歳10ヶ月阿武松青森県平成25年1月
(2013年)
平成8年7月4日
(1996年)
平成28年7月
(2016年)
H28.7
(2016)
西前頭2西前頭2宝富士敢闘賞 [初]10勝5敗29歳5ヶ月伊勢ヶ濱青森県平成21年1月
(2009年)
昭和62年2月18日
(1987年)
平成26年9月
(2014年)
H26.9
(2014)
東前頭6東前頭6安美錦技能賞 [6回目]10勝5敗35歳11ヶ月伊勢ヶ濱青森県平成9年1月
(1997年)
昭和53年10月3日
(1978年)
平成22年1月
(2010年)
H22.1
(2010)
西前頭6西前頭6安美錦技能賞 [5回目]11勝4敗31歳3ヶ月伊勢ヶ濱青森県平成9年1月
(1997年)
昭和53年10月3日
(1978年)
平成21年7月
(2009年)
H21.7
(2009)
東前頭5東前頭5安美錦技能賞 [4回目]11勝4敗30歳9ヶ月伊勢ヶ濱青森県平成9年1月
(1997年)
昭和53年10月3日
(1978年)
平成20年11月
(2008年)
H20.11
(2008)
西小結西小結安美錦殊勲賞 [4回目]8勝7敗30歳1ヶ月伊勢ヶ濱青森県平成9年1月
(1997年)
昭和53年10月3日
(1978年)
平成20年5月
(2008年)
H20.5
(2008)
西前頭4西前頭4安美錦殊勲賞 [3回目]10勝5敗29歳7ヶ月伊勢ヶ濱青森県平成9年1月
(1997年)
昭和53年10月3日
(1978年)
平成19年7月
(2007年)
H19.7
(2007)
西小結西小結安美錦殊勲賞 [2回目]8勝7敗28歳9ヶ月安治川青森県平成9年1月
(1997年)
昭和53年10月3日
(1978年)
平成19年5月
(2007年)
H19.5
(2007)
東前頭4東前頭4安美錦殊勲賞 [初]9勝6敗28歳7ヶ月安治川青森県平成9年1月
(1997年)
昭和53年10月3日
(1978年)
平成18年9月
(2006年)
H18.9
(2006)
西前頭3西前頭3安美錦技能賞 [3回目]11勝4敗27歳11ヶ月安治川青森県平成9年1月
(1997年)
昭和53年10月3日
(1978年)
平成17年3月
(2005年)
H17.3
(2005)
西前頭10西前頭10海鵬技能賞 [2回目]11勝4敗31歳11ヶ月八角青森県平成8年1月
(1996年)
昭和48年4月17日
(1973年)
平成16年11月
(2004年)
H16.11
(2004)
東関脇東関脇若の里技能賞 [2回目]11勝4敗28歳4ヶ月鳴戸青森県平成4年3月
(1992年)
昭和51年7月10日
(1976年)
平成15年9月
(2003年)
H15.9
(2003)
東前頭筆頭東前頭筆頭高見盛敢闘賞 [2回目]9勝6敗27歳4ヶ月東関青森県平成11年3月
(1999年)
昭和51年5月12日
(1976年)
平成15年9月
(2003年)
H15.9
(2003)
東関脇東関脇若の里殊勲賞 [4回目]11勝4敗27歳2ヶ月鳴戸青森県平成4年3月
(1992年)
昭和51年7月10日
(1976年)
平成15年9月
(2003年)
H15.9
(2003)
東前頭5東前頭5岩木山技能賞 [初]11勝4敗27歳6ヶ月境川青森県平成12年7月
(2000年)
昭和51年3月2日
(1976年)
平成15年7月
(2003年)
H15.7
(2003)
西前頭3西前頭3高見盛殊勲賞 [初]9勝6敗27歳2ヶ月東関青森県平成11年3月
(1999年)
昭和51年5月12日
(1976年)
平成15年5月
(2003年)
H15.5
(2003)
西前頭7西前頭7安美錦技能賞 [2回目]11勝4敗24歳7ヶ月安治川青森県平成9年1月
(1997年)
昭和53年10月3日
(1978年)
平成15年3月
(2003年)
H15.3
(2003)
西前頭2西前頭2高見盛技能賞 [2回目]8勝7敗26歳10ヶ月東関青森県平成11年3月
(1999年)
昭和51年5月12日
(1976年)
平成15年1月
(2003年)
H15.1
(2003)
西小結西小結若の里敢闘賞 [4回目]11勝4敗26歳6ヶ月鳴戸青森県平成4年3月
(1992年)
昭和51年7月10日
(1976年)
平成14年11月
(2002年)
H14.11
(2002)
東前頭筆頭東前頭筆頭貴ノ浪敢闘賞 [3回目]10勝5敗31歳0ヶ月二子山青森県昭和62年3月
(1987年)
昭和46年10月27日
(1971年)
平成14年11月
(2002年)
H14.11
(2002)
西前頭11西前頭11岩木山敢闘賞 [初]10勝5敗26歳8ヶ月中立青森県平成12年7月
(2000年)
昭和51年3月2日
(1976年)
平成14年7月
(2002年)
H14.7
(2002)
東前頭2東前頭2高見盛技能賞 [初]9勝6敗26歳2ヶ月東関青森県平成11年3月
(1999年)
昭和51年5月12日
(1976年)
平成14年3月
(2002年)
H14.3
(2002)
東前頭6東前頭6安美錦技能賞 [初]10勝5敗23歳5ヶ月安治川青森県平成9年1月
(1997年)
昭和53年10月3日
(1978年)
平成13年11月
(2001年)
H13.11
(2001)
東前頭筆頭東前頭筆頭若の里敢闘賞 [3回目]10勝5敗25歳4ヶ月鳴戸青森県平成4年3月
(1992年)
昭和51年7月10日
(1976年)
平成13年9月
(2001年)
H13.9
(2001)
東前頭4東前頭4海鵬技能賞 [初]10勝5敗28歳5ヶ月八角青森県平成8年1月
(1996年)
昭和48年4月17日
(1973年)
平成13年7月
(2001年)
H13.7
(2001)
西小結西小結若の里殊勲賞 [3回目]9勝6敗25歳0ヶ月鳴戸青森県平成4年3月
(1992年)
昭和51年7月10日
(1976年)
平成13年1月
(2001年)
H13.1
(2001)
東関脇東関脇若の里殊勲賞 [2回目]10勝5敗24歳6ヶ月鳴戸青森県平成4年3月
(1992年)
昭和51年7月10日
(1976年)
平成12年11月
(2000年)
H12.11
(2000)
西小結西小結若の里殊勲賞 [初]9勝6敗24歳4ヶ月鳴戸青森県平成4年3月
(1992年)
昭和51年7月10日
(1976年)
平成12年9月
(2000年)
H12.9
(2000)
西前頭2西前頭2追風海技能賞 [初]9勝6敗25歳2ヶ月追手風青森県平成10年3月
(1998年)
昭和50年7月5日
(1975年)
平成12年9月
(2000年)
H12.9
(2000)
西前頭10西前頭10若の里敢闘賞 [2回目]11勝4敗24歳2ヶ月鳴戸青森県平成4年3月
(1992年)
昭和51年7月10日
(1976年)
平成12年7月
(2000年)
H12.7
(2000)
西前頭13西前頭13安美錦敢闘賞 [初]10勝5敗21歳9ヶ月安治川青森県平成9年1月
(1997年)
昭和53年10月3日
(1978年)
平成12年7月
(2000年)
H12.7
(2000)
東前頭11東前頭11高見盛敢闘賞 [初]10勝5敗24歳2ヶ月東関青森県平成11年3月
(1999年)
昭和51年5月12日
(1976年)
平成11年5月
(1999年)
H11.5
(1999)
西前頭10西前頭10若の里技能賞 [初]11勝4敗22歳10ヶ月鳴戸青森県平成4年3月
(1992年)
昭和51年7月10日
(1976年)
平成10年5月
(1998年)
H10.5
(1998)
西前頭15西前頭15若の里敢闘賞 [初]10勝5敗21歳10ヶ月鳴戸青森県平成4年3月
(1992年)
昭和51年7月10日
(1976年)
平成6年11月
(1994年)
H6.11
(1994)
東前頭15東前頭15浪乃花敢闘賞 [初]10勝5敗25歳8ヶ月二子山青森県昭和59年5月
(1984年)
昭和44年3月19日
(1969年)
平成6年7月
(1994年)
H6.7
(1994)
東前頭4東前頭4舞の海技能賞 [5回目]9勝6敗26歳5ヶ月出羽海青森県平成2年5月
(1990年)
昭和43年2月17日
(1968年)
平成6年5月
(1994年)
H6.5
(1994)
東前頭12東前頭12舞の海技能賞 [4回目]9勝6敗26歳3ヶ月出羽海青森県平成2年5月
(1990年)
昭和43年2月17日
(1968年)
平成6年1月
(1994年)
H6.1
(1994)
西関脇西関脇貴ノ浪敢闘賞 [2回目]13勝2敗22歳2ヶ月二子山青森県昭和62年3月
(1987年)
昭和46年10月27日
(1971年)
平成5年9月
(1993年)
H5.9
(1993)
東前頭14東前頭14舞の海技能賞 [3回目]9勝6敗25歳7ヶ月出羽海青森県平成2年5月
(1990年)
昭和43年2月17日
(1968年)
平成5年5月
(1993年)
H5.5
(1993)
東小結東小結貴ノ浪敢闘賞 [初]10勝5敗21歳6ヶ月二子山青森県昭和62年3月
(1987年)
昭和46年10月27日
(1971年)
平成3年11月
(1991年)
H3.11
(1991)
東前頭9東前頭9舞の海技能賞 [2回目]8勝7敗23歳9ヶ月出羽海青森県平成2年5月
(1990年)
昭和43年2月17日
(1968年)
平成3年9月
(1991年)
H3.9
(1991)
西前頭12西前頭12舞の海技能賞 [初]8勝7敗23歳7ヶ月出羽海青森県平成2年5月
(1990年)
昭和43年2月17日
(1968年)
昭和62年9月
(1987年)
S62.9
(1987)
東関脇東関脇旭富士
ダブル
敢闘賞 [2回目]12勝3敗27歳2ヶ月大島青森県昭和56年1月
(1981年)
昭和35年7月6日
(1960年)
技能賞 [5回目]
昭和62年7月
(1987年)
S62.7
(1987)
東関脇東関脇旭富士技能賞 [4回目]11勝4敗27歳0ヶ月大島青森県昭和56年1月
(1981年)
昭和35年7月6日
(1960年)
昭和62年7月
(1987年)
S62.7
(1987)
東前頭10東前頭10出羽の花敢闘賞 [5回目]11勝4敗36歳2ヶ月出羽海青森県昭和49年3月
(1974年)
昭和26年5月13日
(1951年)
昭和62年5月
(1987年)
S62.5
(1987)
西関脇西関脇旭富士技能賞 [3回目]10勝5敗26歳10ヶ月大島青森県昭和56年1月
(1981年)
昭和35年7月6日
(1960年)
昭和61年5月
(1986年)
S61.5
(1986)
西小結西小結旭富士殊勲賞 [2回目]10勝5敗25歳10ヶ月大島青森県昭和56年1月
(1981年)
昭和35年7月6日
(1960年)
昭和61年1月
(1986年)
S61.1
(1986)
西関脇西関脇旭富士殊勲賞 [初]11勝4敗25歳6ヶ月大島青森県昭和56年1月
(1981年)
昭和35年7月6日
(1960年)
昭和60年9月
(1985年)
S60.9
(1985)
東前頭2東前頭2旭富士技能賞 [2回目]10勝5敗25歳2ヶ月大島青森県昭和56年1月
(1981年)
昭和35年7月6日
(1960年)
昭和60年3月
(1985年)
S60.3
(1985)
東前頭筆頭東前頭筆頭旭富士技能賞 [初]9勝6敗24歳8ヶ月大島青森県昭和56年1月
(1981年)
昭和35年7月6日
(1960年)
昭和60年1月
(1985年)
S60.1
(1985)
西前頭9西前頭9出羽の花敢闘賞 [4回目]11勝4敗33歳8ヶ月出羽海青森県昭和49年3月
(1974年)
昭和26年5月13日
(1951年)
昭和59年11月
(1984年)
S59.11
(1984)
東前頭5東前頭5旭富士敢闘賞 [初]11勝4敗24歳4ヶ月大島青森県昭和56年1月
(1981年)
昭和35年7月6日
(1960年)
昭和59年1月
(1984年)
S59.1
(1984)
西前頭6西前頭6出羽の花技能賞 [4回目]10勝5敗32歳8ヶ月出羽海青森県昭和49年3月
(1974年)
昭和26年5月13日
(1951年)
昭和58年5月
(1983年)
S58.5
(1983)
西関脇西関脇出羽の花敢闘賞 [3回目]8勝7敗32歳0ヶ月出羽海青森県昭和49年3月
(1974年)
昭和26年5月13日
(1951年)
昭和58年3月
(1983年)
S58.3
(1983)
東前頭筆頭東前頭筆頭出羽の花技能賞 [3回目]11勝4敗31歳10ヶ月出羽海青森県昭和49年3月
(1974年)
昭和26年5月13日
(1951年)
昭和57年5月
(1982年)
S57.5
(1982)
東関脇東関脇出羽の花技能賞 [2回目]11勝4敗31歳0ヶ月出羽海青森県昭和49年3月
(1974年)
昭和26年5月13日
(1951年)
昭和57年3月
(1982年)
S57.3
(1982)
東関脇東関脇出羽の花
ダブル
殊勲賞 [初]9勝6敗30歳10ヶ月出羽海青森県昭和49年3月
(1974年)
昭和26年5月13日
(1951年)
技能賞 [初]
昭和57年1月
(1982年)
S57.1
(1982)
東関脇東関脇隆の里敢闘賞 [5回目]12勝3敗29歳3ヶ月二子山青森県昭和43年7月
(1968年)
昭和27年9月29日
(1952年)
昭和56年11月
(1981年)
S56.11
(1981)
東関脇東関脇隆の里敢闘賞 [4回目]11勝4敗29歳1ヶ月二子山青森県昭和43年7月
(1968年)
昭和27年9月29日
(1952年)
昭和55年11月
(1980年)
S55.11
(1980)
西関脇西関脇隆の里殊勲賞 [2回目]11勝4敗28歳1ヶ月二子山青森県昭和43年7月
(1968年)
昭和27年9月29日
(1952年)
昭和55年9月
(1980年)
S55.9
(1980)
西前頭筆頭西前頭筆頭隆の里
ダブル
殊勲賞 [初]13勝2敗27歳11ヶ月二子山青森県昭和43年7月
(1968年)
昭和27年9月29日
(1952年)
敢闘賞 [3回目]
昭和55年7月
(1980年)
S55.7
(1980)
東前頭12東前頭12隆の里敢闘賞 [2回目]12勝3敗27歳9ヶ月二子山青森県昭和43年7月
(1968年)
昭和27年9月29日
(1952年)
昭和54年7月
(1979年)
S54.7
(1979)
西前頭11西前頭11出羽の花敢闘賞 [2回目]10勝5敗28歳2ヶ月出羽海青森県昭和49年3月
(1974年)
昭和26年5月13日
(1951年)
昭和54年5月
(1979年)
S54.5
(1979)
東小結東小結魁輝敢闘賞 [初]8勝7敗26歳11ヶ月友綱青森県昭和40年9月
(1965年)
昭和27年6月12日
(1952年)
昭和53年7月
(1978年)
S53.7
(1978)
西前頭9西前頭9出羽の花敢闘賞 [初]10勝5敗27歳2ヶ月出羽海青森県昭和49年3月
(1974年)
昭和26年5月13日
(1951年)
昭和52年11月
(1977年)
S52.11
(1977)
西前頭11西前頭11隆ノ里敢闘賞 [初]11勝4敗25歳1ヶ月二子山青森県昭和43年7月
(1968年)
昭和27年9月29日
(1952年)
昭和52年1月
(1977年)
S52.1
(1977)
東関脇東関脇若三杉殊勲賞 [2回目]11勝4敗23歳9ヶ月二子山青森県昭和43年7月
(1968年)
昭和28年4月3日
(1953年)
昭和51年11月
(1976年)
S51.11
(1976)
東関脇東関脇若三杉殊勲賞 [初]11勝4敗23歳7ヶ月二子山青森県昭和43年7月
(1968年)
昭和28年4月3日
(1953年)
昭和51年9月
(1976年)
S51.9
(1976)
西関脇西関脇若三杉技能賞 [4回目]11勝4敗23歳5ヶ月二子山青森県昭和43年7月
(1968年)
昭和28年4月3日
(1953年)
昭和51年7月
(1976年)
S51.7
(1976)
東前頭6東前頭6若獅子敢闘賞 [初]11勝4敗28歳2ヶ月二子山青森県昭和39年5月
(1964年)
昭和23年5月4日
(1948年)
昭和50年1月
(1975年)
S50.1
(1975)
西関脇西関脇若三杉技能賞 [3回目]9勝6敗21歳9ヶ月二子山青森県昭和43年7月
(1968年)
昭和28年4月3日
(1953年)
昭和49年11月
(1974年)
S49.11
(1974)
西小結西小結若三杉技能賞 [2回目]11勝4敗21歳7ヶ月二子山青森県昭和43年7月
(1968年)
昭和28年4月3日
(1953年)
昭和49年9月
(1974年)
S49.9
(1974)
東前頭3東前頭3若三杉技能賞 [初]10勝5敗21歳5ヶ月二子山青森県昭和43年7月
(1968年)
昭和28年4月3日
(1953年)
昭和47年9月
(1972年)
S47.9
(1972)
東関脇東関脇貴ノ花敢闘賞 [2回目]10勝5敗22歳7ヶ月二子山青森県昭和40年5月
(1965年)
昭和25年2月19日
(1950年)
昭和47年7月
(1972年)
S47.7
(1972)
西関脇西関脇貴ノ花
ダブル
敢闘賞 [初]12勝3敗22歳4ヶ月二子山青森県昭和40年5月
(1965年)
昭和25年2月19日
(1950年)
技能賞 [4回目]
昭和47年5月
(1972年)
S47.5
(1972)
東小結東小結貴ノ花技能賞 [3回目]11勝4敗22歳3ヶ月二子山青森県昭和40年5月
(1965年)
昭和25年2月19日
(1950年)
昭和46年9月
(1971年)
S46.9
(1971)
西関脇西関脇貴ノ花技能賞 [2回目]9勝6敗21歳7ヶ月二子山青森県昭和40年5月
(1965年)
昭和25年2月19日
(1950年)
昭和46年7月
(1971年)
S46.7
(1971)
東小結東小結貴ノ花殊勲賞 [3回目]8勝7敗21歳4ヶ月二子山青森県昭和40年5月
(1965年)
昭和25年2月19日
(1950年)
昭和46年5月
(1971年)
S46.5
(1971)
西小結西小結貴ノ花殊勲賞 [2回目]8勝7敗21歳3ヶ月二子山青森県昭和40年5月
(1965年)
昭和25年2月19日
(1950年)
昭和46年3月
(1971年)
S46.3
(1971)
東前頭5東前頭5貴ノ花技能賞 [初]9勝6敗21歳1ヶ月二子山青森県昭和40年5月
(1965年)
昭和25年2月19日
(1950年)
昭和46年1月
(1971年)
S46.1
(1971)
東前頭4東前頭4陸奥嵐敢闘賞 [4回目]12勝3敗28歳0ヶ月宮城野青森県昭和36年9月
(1961年)
昭和18年1月12日
(1943年)
昭和45年9月
(1970年)
S45.9
(1970)
西小結西小結貴ノ花殊勲賞 [初]9勝6敗20歳7ヶ月二子山青森県昭和40年5月
(1965年)
昭和25年2月19日
(1950年)
昭和45年3月
(1970年)
S45.3
(1970)
西前頭4西前頭4陸奥嵐敢闘賞 [3回目]11勝4敗27歳2ヶ月宮城野青森県昭和36年9月
(1961年)
昭和18年1月12日
(1943年)
昭和43年11月
(1968年)
S43.11
(1968)
西前頭7西前頭7二子岳技能賞 [初]10勝5敗25歳0ヶ月二子山青森県昭和36年1月
(1961年)
昭和18年11月15日
(1943年)
昭和43年7月
(1968年)
S43.7
(1968)
西前頭5西前頭5陸奥嵐
ダブル
敢闘賞 [2回目]12勝3敗25歳6ヶ月宮城野青森県昭和36年9月
(1961年)
昭和18年1月12日
(1943年)
技能賞 [初]
昭和42年3月
(1967年)
S42.3
(1967)
東前頭14東前頭14陸奥嵐敢闘賞 [初]13勝2敗24歳2ヶ月宮城野青森県昭和36年9月
(1961年)
昭和18年1月12日
(1943年)
昭和39年11月
(1964年)
S39.11
(1964)
東前頭3東前頭3青ノ里敢闘賞 [初]9勝6敗29歳0ヶ月時津風青森県昭和28年3月
(1953年)
昭和10年11月13日
(1935年)
昭和37年5月
(1962年)
S37.5
(1962)
西関脇西関脇栃ノ海
ダブル
敢闘賞 [初]14勝1敗
優勝
24歳2ヶ月春日野青森県昭和30年9月
(1955年)
昭和13年3月13日
(1938年)
技能賞 [6回目]
昭和37年1月
(1962年)
S37.1
(1962)
西前頭筆頭西前頭筆頭青ノ里殊勲賞 [初]8勝7敗26歳2ヶ月時津風青森県昭和28年3月
(1953年)
昭和10年11月13日
(1935年)
昭和37年1月
(1962年)
S37.1
(1962)
東関脇東関脇栃ノ海技能賞 [5回目]9勝6敗23歳10ヶ月春日野青森県昭和30年9月
(1955年)
昭和13年3月13日
(1938年)
昭和36年11月
(1961年)
S36.11
(1961)
東関脇東関脇栃ノ海技能賞 [4回目]9勝6敗23歳8ヶ月春日野青森県昭和30年9月
(1955年)
昭和13年3月13日
(1938年)
昭和36年7月
(1961年)
S36.7
(1961)
東小結東小結栃ノ海技能賞 [3回目]11勝4敗23歳3ヶ月春日野青森県昭和30年9月
(1955年)
昭和13年3月13日
(1938年)
昭和36年5月
(1961年)
S36.5
(1961)
東前頭5東前頭5栃ノ海技能賞 [2回目]10勝5敗23歳2ヶ月春日野青森県昭和30年9月
(1955年)
昭和13年3月13日
(1938年)
昭和35年11月
(1960年)
S35.11
(1960)
東前頭8東前頭8栃ノ海技能賞 [初]11勝4敗22歳8ヶ月春日野青森県昭和30年9月
(1955年)
昭和13年3月13日
(1938年)
昭和30年9月
(1955年)
S30.9
(1955)
西関脇西関脇若ノ花技能賞 [初]10勝4敗1分27歳6ヶ月花籠青森県昭和21年11月
(1946年)
昭和3年3月16日
(1928年)
昭和29年9月
(1954年)
S29.9
(1954)
西関脇西関脇若ノ花殊勲賞 [2回目]11勝4敗26歳6ヶ月花籠青森県昭和21年11月
(1946年)
昭和3年3月16日
(1928年)
昭和29年1月
(1954年)
S29.1
(1954)
西関脇西関脇若ノ花殊勲賞 [初]8勝7敗25歳10ヶ月花籠青森県昭和21年11月
(1946年)
昭和3年3月16日
(1928年)
昭和26年1月
(1951年)
S26.1
(1951)
東前頭7東前頭7若ノ花敢闘賞 [2回目]11勝4敗22歳10ヶ月二所ノ関青森県昭和21年11月
(1946年)
昭和3年3月16日
(1928年)
昭和26年1月
(1951年)
S26.1
(1951)
西前頭14西前頭14櫻錦技能賞 [初]12勝3敗34歳7ヶ月出羽海青森県昭和13年1月
(1938年)
大正5年6月26日
(1916年)
昭和25年1月
(1950年)
S25.1
(1950)
西前頭18西前頭18若ノ花敢闘賞 [初]11勝4敗21歳10ヶ月二所ノ関青森県昭和21年11月
(1946年)
昭和3年3月16日
(1928年)
昭和24年10月
(1949年)
S24.10
(1949)
東前頭筆頭東前頭筆頭鏡里
ダブル
敢闘賞 [初]12勝3敗26歳5ヶ月時津風青森県昭和16年1月
(1941年)
大正12年4月30日
(1923年)
殊勲賞 [初]

青森県出身 三賞受賞回数ランキング

受賞回数は、1位が安美錦で12回(殊勲賞4回・技能賞6回・敢闘賞2回)、2位が若の里と出羽の花の2人で10回ずつ、4位が旭富士と貴ノ花の2人で9回ずつとなっています。4位以下含む全順位の詳細は、以下の表をご覧ください。

順位 四股名 三賞
合計
技能賞 殊勲賞 敢闘賞 最高位 部屋 出身地
1位 安美錦 12回 6 4 2 関脇 伊勢ヶ濱 青森県
2位 出羽の花 10回 4 1 5 関脇 出羽海 青森県
2位 若の里 10回 2 4 4 関脇 鳴戸 青森県
4位 旭富士 9回 5 2 2 横綱 大島 青森県
4位 貴ノ花 9回 4 3 2 大関 二子山 青森県
6位 栃ノ海 7回 6 0 1 横綱 春日野 青森県
6位 隆の里
(隆ノ里)
7回 0 2 5 横綱 二子山 青森県
8位 若三杉
(若乃花)
6回 4 2 0 横綱 二子山 青森県
9位 若ノ花
(若乃花)
5回 1 2 2 横綱 花籠 青森県
9位 陸奥嵐 5回 1 0 4 関脇 宮城野 青森県
9位 舞の海 5回 5 0 0 小結 出羽海 青森県
9位 高見盛 5回 2 1 2 小結 東関 青森県
13位 阿武咲 4回 0 1 3 小結 阿武松 青森県
14位 貴ノ浪 3回 0 0 3 大関 二子山 青森県
14位 尊富士 3回 1 1 1 前頭4 伊勢ヶ濱 青森県
16位 鏡里 2回 0 1 1 横綱 時津風 青森県
16位 青ノ里 2回 0 1 1 関脇 時津風 青森県
16位 岩木山 2回 1 0 1 小結 境川 青森県
16位 海鵬 2回 2 0 0 小結 八角 青森県
20位 宝富士 1回 0 0 1 関脇 伊勢ヶ濱 青森県
20位 追風海 1回 1 0 0 関脇 追手風 青森県
20位 魁輝 1回 0 0 1 関脇 友綱 青森県
20位 二子岳 1回 1 0 0 小結 二子山 青森県
20位 櫻錦 1回 1 0 0 小結 出羽海 青森県
20位 浪乃花 1回 0 0 1 小結 二子山 青森県
20位 若獅子 1回 0 0 1 小結 二子山 青森県
20位 錦富士 1回 0 0 1 前頭3 伊勢ヶ濱 青森県
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青森県出身の最高位:小結

阿武咲 奎也

阿武咲 奎也(おうのしょう ふみや)は青森県 北津軽郡中泊町出身、阿武松部屋の力士で最高位は小結。令和7年1月場所の番付は東 幕下3枚目。

同郷の宝富士は中里道場の10学年先輩にあたる。全国都道府県中学生相撲選手権大会の無差別級では大会史上初の2連覇を果たした。三本木農業高校でも1年生から国体相撲少年の部で優勝など大活躍をみせ、先代の阿武松親方(元関脇・益荒雄)の誠意あるスカウトにより高校を退学しての入門を決意。四股名は「土俵上で花が咲くように」と地元の恩師が付けてくれたもの

四股名
阿武咲 奎也(おうのしょう ふみや)
最高位
小結
最新番付
東 幕下3枚目
出身地
青森県 北津軽郡中泊町
本名
打越 奎也
生年月日
平成8年(1996)7月4日(30歳)
出身高校
三本木農業高校・中退
所属部屋
阿武松部屋
初土俵
平成25年(2013)1月(16歳6ヵ月)
新十両
平成27年(2015)1月(18歳6ヵ月)
新入幕
平成29年(2017)5月(20歳10ヵ月)
新小結
平成29年(2017)11月(21歳4ヵ月)
優勝
十両優勝1回
受賞・金星
殊勲賞1回,敢闘賞3回,金星2個
通算成績
473勝422敗59休/888出場(勝率:53.3%)
直近7場所
(幕内:26勝23敗11休)(十両:3勝15敗12休)
7場所勝率
45.3%
令7年1月
東 幕下3枚目(7枚降下)
0勝0敗
     |     |     
令6年11月
東 十両10枚目(8枚半降下)
2勝11敗2休
●○●●●|○●●●●|●●■やや
令6年9月
西 十両筆頭(13枚降下)
1勝4敗10休
○●●●■|ややややや|ややややや
令6年7月
東 前頭5枚目(変動なし)
0勝4敗11休
●●●■や|ややややや|ややややや
令6年5月
東 前頭5枚目(3枚上昇)
7勝8敗
●○●●○|○○●●●|●○●○○
令6年3月
東 前頭8枚目(6枚半上昇)
9勝6敗
○○○●●|○○●●○|●○●○○
令6年1月
西 前頭14枚目
10勝5敗
●○○○○|○□○□●|●●●○○

青森県出身の最高位:前頭

出羽湊 秀一

  • 四股名 :出羽湊 秀一(でわみなと しゅういち)
  • 最高位 :前頭筆頭
  • 年寄名跡:11代藤島
  • 出身地 :青森県中津軽郡
  • 本 名 :川田 秀一
  • 生年月日:大正12年(1923)4月14日
  • 没年月日:昭和54年(1979)9月16日(享年56歳)
  • 所属部屋:出羽海部屋
  • 改名歴 :川田⇒出羽竜⇒岩木山⇒出羽港⇒出羽湊
  • 初土俵 :昭和15年(1940)5月(17歳1ヵ月)
  • 新十両 :昭和24年(1949)5月(26歳1ヵ月)
  • 新入幕 :昭和28年(1953)5月(30歳1ヵ月)
  • 最終場所:昭和33年(1958)9月(35歳5ヵ月)
  • 生涯戦歴:310勝306敗25休/614出場(49場所)
  • 生涯勝率:50.3%
  • 優勝等 :十両優勝1回
  • 幕内戦歴:135勝148敗17休(20場所)勝率:47.7%
  • 十両戦歴:110勝115敗(15場所)勝率:48.9%

出羽ノ花 好秀

  • 四股名 :出羽ノ花 好秀(でわのはな よしひで)
  • 最高位 :前頭13枚目
  • 出身地 :青森県西津軽郡
  • 本 名 :小山内 清三
  • 生年月日:昭和3年(1928)11月1日
  • 所属部屋:出羽海部屋
  • 改名歴 :小山内⇒大櫻⇒出羽ノ花
  • 初土俵 :昭和21年(1946)11月(18歳0ヵ月)
  • 新十両 :昭和27年(1952)1月(23歳2ヵ月)
  • 新入幕 :昭和29年(1954)1月(25歳2ヵ月)
  • 最終場所:昭和32年(1957)3月(28歳4ヵ月)
  • 生涯戦歴:236勝204敗30休/440出場(35場所)
  • 生涯勝率:53.6%
  • 優勝等 :十両同点1回,三段目優勝1回
  • 幕内戦歴:63勝72敗30休(11場所)勝率:46.7%
  • 十両戦歴:63勝42敗(7場所)勝率:60.0%

三杉磯 拓也

三杉磯 拓也 (みすぎいそ たくや)青森県八戸市出身、花籠 → 放駒部屋の元力士で、最高位は前頭2枚目

昭和46年(1971)3月場所に14歳10ヶ月で初土俵を踏み、昭和61年(1986)9月場所を最後に引退(30歳4ヶ月)。

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通算成績は545勝567敗5休1119出場。生涯勝率.487。通算94場所中、50場所を勝ち越した(勝ち越し率.538)。

主な成績は十両優勝1回(同点2)金星2個(北の湖1個、重ノ海1個)

昭和31年(1956)5月11日生まれ。本名は上沢 秀則。

青森県八戸市出身の三杉磯は、花籠部屋(のちに放駒部屋へ移籍)に所属し、蔵間や出羽の花と並ぶ端正な顔立ちの力士として人気を集めた。最高位は前頭2枚目。北の湖と三重ノ海の両横綱から2日連続で金星を獲得するなど上位を脅かす活躍を見せた。引退後は峰崎部屋を創設して長年にわたり後進の育成に尽力したほか、多趣味な素顔から「ドローン親方」としても広く親しまれた。

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異例のスカウトと角界入り

幼い頃は内気な性格であったが、当時からひときわ目を引く長身の持ち主であった。中学生の相撲大会に出場した際に複数のスカウトから声をかけられ、当初は角界入りに及び腰であったものの、花籠部屋OBからの「飛行機に乗せてあげる」という子供心に響く誘い文句が入門の決め手となった。14代常盤山(元関脇・若秩父)の勧誘で故郷の青森県八戸市立大館中学校から杉並区立阿佐ヶ谷中学校へと転校し(当時は中学在学中の入門が認められていた)、昭和46年(1971年)3月場所において本名の「上沢」で初土俵を踏む。

胴長で下半身が発達した相撲向きの体型に加え、非常に稽古熱心な姿勢で早くから嘱望された。18歳の頃には親孝行の思いから一念発起し、午前3時に起床して寝る間も惜しんで稽古に打ち込んだという。その血の滲むような努力が実を結び、昭和51年(1976年)11月場所に新十両へ昇進。そして、その1年後となる昭和52年(1977年)11月場所において、21歳の若さで新入幕を果たした。

幕内での飛躍と苦難の晩年

土俵人生の大きなハイライトとなったのは、西前頭3枚目で迎えた昭和54年(1979年)9月場所である。北の湖と三重ノ海という当時の両横綱から2日連続で金星を獲得し、館内を大きく沸かせた。左四つからの寄りや突っ張りを武器としたが、控えめな性格が土俵上の攻防に影響したのか上位陣の壁を打ち破るには至らず、また下位での大勝ちもなかったため、結果として三役や三賞には手が届かなかった。

現役時代は本名を含めて7つの四股名を名乗ったことで知られ、その中の「東洋(あずまなだ)」時代である昭和56年(1981年)5月場所では十両優勝も飾っている。昭和60年(1985年)12月に師匠である12代花籠(元横綱・輪島)の不祥事に伴って花籠部屋が消滅したため、同門の放駒部屋へ移籍した。しかし、環境の変化を境に負け越しが続くようになり、昭和61年(1986年)9月場所を最後に30歳で現役を引退し、7代峰崎を襲名した。

峰崎部屋の創設と弟子の育成

引退後は放駒部屋の部屋付き親方を経て、昭和63年(1988年)に独立し、練馬区初となる相撲部屋「峰崎部屋」を創設する。一時は所属力士が3人まで減少し、閉鎖も視野に入れるほどの衰退期もあったが、再興された花籠部屋との合併を機に勢いを取り戻し、「誰一人欠かさず弟子を守る」と誓い再起を図った。荒磯部屋で初土俵を踏み、花籠部屋を経て預かることとなった荒鷲を厳しく指導して見事に幕内へと育て上げ、荒鷲からは「峰崎親方が厳しく指導してくださったからこそ、自分を変えることができた」と深い恩義を語られている。

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角界での幅広い活動と多趣味な素顔

平成から令和にかけて長きにわたり師匠を務めたが、自身の停年(定年)退職が目前に迫ったことに伴い、令和3年(2021年)4月1日をもって峰崎部屋を閉鎖。自身は所属力士らと共に芝田山部屋へと移籍した。停年後は再雇用されて参与となり、令和4年(2022年)5月からは相撲と関わりの深い野見宿禰神社の管理責任者も務めたが、令和8年(2026年)5月10日の再雇用期間満了に伴い、日本相撲協会を退職した。

親方としての一方で、子供の頃からの熱狂的な鉄道ファンであり、鉄道模型の製作を趣味としていた。現役時代に関連雑誌の取材を受けたり、巡業中に魁輝らと別行動をして鉄道を楽しんだりした思い出を、相撲と鉄道に関する書籍の対談で明かしている。さらに、部屋持ち時代に夏合宿先の長野県平谷村で、認知症予防のつもりで始めたドローン飛行にも熱中。280時間以上の飛行実績を積んで国家試験に合格するなどプロ並みの腕前を誇った。自宅に数十万円の機体を所有し、令和3年(2021年)12月には協会からの依頼で両国国技館を空撮するなど「ドローン親方」として広く脚光を浴びた。

四股名
三杉磯 拓也 (みすぎいそ たくや)
最高位
前頭2枚目
年寄名跡
7代峰崎 修豪(放駒) → 7代峰崎 修豪 → 7代峰崎 修豪(芝田山)
出身地
青森県八戸市
本名
上沢 秀則
生年月日
昭和31年(1956)5月11日
所属部屋
花籠 → 放駒部屋
改名歴
上沢 → 三杉磯 秀人 → 三杉磯 吉明 → 三杉磯 豊秀 → 三杉磯 秀人 → 東洋 公大 → 三杉磯 秀人 → 三杉磯 拓也
初土俵
昭和46年(1971)3月 前相撲(14歳10ヶ月)
新十両
昭和51年(1976)11月(所要34場所)
20歳6ヶ月(初土俵から5年8ヶ月)
新入幕
昭和52年(1977)11月(所要40場所)
21歳6ヶ月(初土俵から6年8ヶ月)
最終場所
昭和61年(1986)9月場所(30歳4ヶ月)
大相撲歴
94場所(15年6ヶ月)
通算成績
545勝567敗5休1119出場(勝率.487)
通算94場所
勝ち越し50場所(勝ち越し率.538)(勝ち越し星124)
優勝等
十両優勝1回(同点2)
受賞・金星
金星2個(北の湖1個、重ノ海1個)
持給金
94円50銭(勝ち越し星124個 金星2個)
幕内戦歴
233勝287敗5休519出場(勝率.449)
在位35場所(在位率.372)
勝ち越し14場所(勝ち越し率.400)
前頭戦歴
233勝287敗5休519出場(勝率.449)
在位35場所(在位率.372)
勝ち越し14場所(勝ち越し率.400)
十両戦歴
188勝187敗0休375出場(勝率.501)
在位25場所(在位率.266)
勝ち越し15場所(勝ち越し率.600)
関取戦歴
421勝474敗5休894出場(勝率.471)
在位60場所(在位率.638)
勝ち越し29場所(勝ち越し率.483)
幕下以下歴
124勝93敗0休225出場(勝率.551)
在位33場所(在位率.351)
勝ち越し21場所(勝ち越し率.636)

三杉磯 拓也の更に詳細なデータは力士名鑑で!

名鑑ページでは、以下のような詳細な分析データをはじめ、豊富な表やグラフをご覧いただけます。

  • ✅ 勝った決まり手1位:寄り切り(114回 / 27.0%)
  • ✅ 負けた決まり手1位:寄り切り(169回 / 35.4%)
  • ✅ 得意な相手:青葉城(19勝3敗 / 勝率.864)
  • ✅ 苦手な相手:隆の里(1勝10敗 / 勝率.091)

武州山 隆士

武州山 隆士(ぶしゅうやま たかし)青森県青森市出身、武蔵川~藤島部屋の元力士で、最高位は前頭3枚目

昭和51年(1976)5月21日生まれ、本名は山内 隆志。

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平成11年(1999)1月場所に22歳7ヶ月で初土俵を踏み、平成25年(2013)1月場所を最後に引退(36歳8ヶ月)。通算84場所中、41場所を勝ち越した(勝ち越し率.488)。

通算成績は416勝427敗25休843出場。生涯勝率.493。

主な成績は十両優勝2回,幕下同点1回。

若の里と高見盛とは同郷・同学年。幕下付出デビューながら新入幕まで約10年とスロー出世だった。


年寄
13代・待乳山 隆志(藤島部屋)
四股名
武州山 隆士(ぶしゅうやま たかし)
最高位
前頭3枚目
年寄名跡
27代小野川 隆志 → 12代清見潟 隆志 → 23代春日山 隆志 → 13代待乳山 隆志
出身地
青森県青森市
本名
山内 隆志
生年月日
昭和51年(1976)5月21日(50歳)
出身高校
青森県立金木高校
出身大学
大東文化大学
所属部屋
武蔵川~藤島部屋
改名歴
山内 隆志 → 武州山 隆志 → 武州山 隆士
初土俵
平成11年(1999)1月 幕下60枚目格付出(22歳7ヶ月)
新十両
平成15年(2003)11月(所要29場所)
27歳5ヶ月(初土俵から4年10ヶ月)
新入幕
平成20年(2008)11月(所要59場所)
32歳5ヶ月(初土俵から9年10ヶ月)
最終場所
平成25年(2013)1月(36歳8ヶ月)
大相撲歴
84場所(14年0ヶ月)
通算成績
416勝427敗25休843出場(勝率.493)
通算84場所
勝ち越し41場所(勝ち越し率.488)
優勝等
十両優勝2回,幕下同点1回
前頭戦歴
63勝102敗0休165出場(勝率.382)
在位11場所(在位率.131)
勝ち越し4場所(勝ち越し率.364)
十両戦歴
175勝185敗0休360出場(勝率.486)
在位24場所(在位率.286)
勝ち越し11場所(勝ち越し率.458)
関取戦歴
238勝287敗0休525出場(勝率.453)
在位35場所(在位率.417)
勝ち越し15場所(勝ち越し率.429)
幕下以下歴
178勝140敗25休318出場(勝率.560)
在位49場所(在位率.583)
勝ち越し26場所(勝ち越し率.531)


錦富士 隆聖

錦富士 隆聖(にしきふじ りゅうせい)は青森県 十和田市出身、伊勢ヶ濱部屋の力士で最高位は前頭3枚目。令和8年7月場所の番付は東 前頭13枚目。

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青森県十和田市に生まれ、十和田市立三本木小学校の3年次から相撲を始めた。6年次にはわんぱく相撲全国大会でベスト8に進出する。青森県立三本木農業高校へ進学し、同級生であった打越(のちの小結・阿武咲)らとともに稽古に励んだ。高校卒業後は近畿大学へ進学したが、一足早く高校を中退して角界入りしていた阿武咲の活躍に刺激を受けたことに加え、「大学を卒業した後では形が決まってしまい、直せなくなる」という本人の考えから、大学を中退してプロの世界へ進むことを決意した。

伊勢ヶ濱部屋入門と翠富士との絆

入門にあたっては、三本木農高相撲部監督と親交があった同郷の兄弟子・安美錦(現8代安治川)の仲介と、9代伊勢ヶ濱(第63代横綱・旭富士)の熱意があり、大学2年次に中退し、同級生の庵原(現・翠富士)とともに伊勢ヶ濱部屋へと入門した。平成28年(2016年)9月場所において本名の「小笠原」で初土俵を踏む。

初めて番付に名前が載った翌11月場所で序ノ口優勝を果たし、その直後に四股名を安美錦に由来する「錦富士」へと改名した。続く平成29年(2017年)1月場所でも序二段優勝を飾るが、この二場所連続の優勝はいずれも同期入門である翠富士との優勝決定戦を制したものであった。平成29年(2017年)1月場所から安美錦が現役を引退するまで付け人を務めるなど、同郷の大先輩から多くの薫陶を受けた。

怪我との闘いと関取昇進

幕下へ昇進した後は度重なる怪我に苦しんだ。平成30年(2018年)1月場所に左膝を負傷して途中休場を経験したほか、東幕下3枚目で迎えた令和元年(2019年)9月場所前には左肘の筋を断裂し、場所の途中休場と手術、そして翌場所は全休という苦難を味わう。

しかし不屈の闘志で這い上がり、復帰2場所目となる令和2年(2020年)3月場所において7戦全勝で幕下優勝を果たす。この場所で身につけていたサガリは、引退した兄弟子の駿馬が使用し、照ノ富士や翠富士も使用した絆のサガリであった。東幕下3枚目で迎えた同年7月場所でも5勝2敗と勝ち越したことで、翌9月場所での新十両昇進を決定付けた。

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十両での苦労と新入幕

新十両として迎えた同年9月場所から2場所連続で負け越し、幕下への陥落を経験する。しかし、西幕下5枚目で迎えた令和3年(2021年)1月場所を6勝1敗の好成績で終えて1場所で十両へ復帰すると着実に実力を蓄え、令和4年(2022年)5月場所では11勝4敗の成績で自身初となる十両優勝を飾った。

翌7月場所において新入幕を果たすと、持ち味を存分に発揮して10勝5敗の好成績を収め、自身初となる敢闘賞を受賞した。

青森の系譜を守る執念

その後は幕内の土俵に定着したものの、令和6年(2024年)に入ると怪我による休場や番付の降下が続く。同年7月場所は、当時幕内に在位している青森県出身力士が錦富士ただ一人であり、141年間続いてきた「青森県出身の幕内力士」の系譜が途絶える危機の中で迎えた場所であった。幕尻の地位で6勝9敗という十両陥落必至の成績に終わるも、他力士の成績との兼ね合いにより史上初となる「6勝9敗での幕内残留」という珍事態に救われ、ひとまずその危機を切り抜けた。

その後も頸椎疾患などの怪我により十両への陥落と途中休場を経験した。令和7年(2025年)9月場所では、青森県出身唯一の幕内力士であった尊富士が休場したことにより、他の青森出身力士の成績次第では、明治16年(1883年)の一ノ矢入幕以来142年間継続してきた記録が途絶えかねない最大の危機を迎える。その中で西十両3枚目の錦富士には幕内復帰と記録継続の期待が懸かっていたが、この重圧を見事に跳ね返して11勝4敗の好成績を収め、再入幕を確実なものとした。続く11月場所では東前頭15枚目で幕内の土俵に上がり、故郷の看板と歴史ある継続記録を自らの手で守り抜いた。

左四つの相撲

取り口は左四つに組んでからの力強い寄りを最大の武器とする。立ち合いから突き放して左を差す形や、体格を生かした前に出る攻めを持ち味としている。度重なる怪我や苦境を味わいながらも、同部屋のライバル・翠富士らとの厳しい稽古で己を鍛え上げ、歴史ある故郷の看板を背負って持ち前のしぶとい相撲を展開している。

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💡 青森県出身一覧💡 伊勢ヶ濱部屋の力士

四股名
錦富士 隆聖(にしきふじ りゅうせい)
最高位
前頭3枚目
最新番付
東 前頭13枚目
出身地
青森県 十和田市
本名
小笠原 隆聖
生年月日
平成8年(1996)7月22日(29歳)
身長・体重
184cm・155kg
出身高校
三本木農業高校
出身大学
近畿大学・中退
所属部屋
伊勢ヶ濱部屋
改名歴
小笠原 → 錦富士
初土俵
平成28年(2016)9月(20歳2ヵ月)
新十両
令和2年(2020)9月(24歳2ヵ月)
新入幕
令和4年(2022)7月(26歳0ヵ月)
優勝
十両優勝1回,幕下優勝1回,序二段優勝1回,序ノ口優勝1回
受賞・金星
敢闘賞1回
通算成績
343勝300敗28休/639出場(勝率:53.7%)
直近7場所
29勝28敗3休(十両:21勝7敗2休)
7場所勝率
60.2%
得意技
左四つ・寄り
決まり手傾向(直近7場所)
錦富士が勝ちの決まり手(45勝)
押し出し18
寄り切り13
突き落とし3
突き出し2
叩き込み2
小手投げ2
その他5
錦富士が負けの決まり手(25敗)※不戦敗2含む
叩き込み6
寄り切り4
押し出し3
引き落とし2
突き落とし2
上手投げ1
その他5
令8年7月
東 前頭13枚目(3枚半降下)
0勝0敗
令8年5月
西 前頭9枚目(5枚上昇)
5勝10敗
●○●●●|●●○○●|●●●○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年3月
西 前頭14枚目(3枚降下)
9勝6敗
○○●○●|○●●●○|●○○○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

▼ さらに過去の成績(4場所分)を見る
令8年1月
西 前頭11枚目(3枚半上昇)
6勝6敗3休
○○●●○|●○○○●|●■ややや
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年11
東 前頭15枚目(6枚上昇)
9勝6敗
●○○○○|●○○●○|○●●●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年9月
西 十両3枚目(5枚半上昇)
11勝4敗
○○●○●|○○○○○|○●○○●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年7月
東 十両9枚目
10勝3敗2休
○●○○○|○○○○●|■やや○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

尊富士 弥輝也

尊富士 弥輝也(たけるふじ みきや)は青森県 五所川原市出身、伊勢ヶ濱部屋の力士で最高位は前頭4枚目。令和8年7月場所の番付は西 前頭13枚目。

アマチュア相撲経験者であった祖父の影響を受け、幼少期から相撲に親しむ。親元を離れて強豪の鳥取城北高校へ進学したが、2年次の金沢大会において左膝前十字靱帯を断裂する大怪我を負う。その後、3年次に全国高校総体個人3位などの実績を残して復帰を果たしたが、秋の国民体育大会の個人準決勝における納谷幸之介(のちの王鵬)との取組中に再び左膝を負傷した。

度重なる怪我との闘いと伊勢ヶ濱部屋入門

高校卒業後は日本大学法学部へと進学し、2年次には全国学生選手権の団体優勝などに貢献するも、決勝戦で今度は右膝を負傷する。懸命なリハビリを経て再び土俵へ戻ると、3年次にも全国学生選手権での団体優勝を果たして連覇に貢献し、4年次には全国学生相撲個人体重別選手権大会無差別級でベスト16に入った。大学卒業後、同郷の9代伊勢ヶ濱(元横綱・旭富士)が師匠を務め、高校の先輩でもある横綱・照ノ富士(現10代伊勢ヶ濱)が在籍する伊勢ヶ濱部屋の門を叩いた。

初土俵からの快進撃

令和4年(2022年)9月場所に本名の「石岡」で初土俵を踏む。翌11月場所からは、「尊富士」へと改名。「尊」は高い地位を目指すという意味も込めて日本武尊(ヤマトタケル)から一字を取ったもの。この場所を7戦全勝で序ノ口優勝で飾ると、続く令和5年(2023年)1月場所でも序二段優勝を果たした。スピードと力強い突き押しを武器に各段を駆け上がり、幕下上位を通過して令和6年(2024年)1月場所で新十両へ昇進する。

記録尽くしの新入幕優勝

東十両10枚目で迎えた新十両の場所を13勝2敗の好成績で制して十両優勝を果たし、わずか1場所で十両を通過する。新入幕となった続く同年3月場所では、初日から快進撃を続け、昭和の大横綱・大鵬以来64年ぶりとなる新入幕力士としての初日からの11連勝を記録した。14日目の取組で右足首の靱帯を負傷、車いすで退場する事態となったものの、師匠からの叱咤激励を受けて千秋楽も強行出場した。その千秋楽では豪ノ山を押し倒しで破って見事に勝利を収め、13勝2敗で自身初となる幕内最高優勝を飾った。

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この優勝は、大正3年(1914年)の夏場所における両国以来、110年ぶりとなる新入幕での賜杯であった。また、初土俵から所要10場所での幕内最高優勝は優勝制度が制定されて以降で史上最速の記録となり、同場所では殊勲賞・敢闘賞・技能賞の三賞をすべて独占している。

試練と復活の歩み

歴史的な快挙を成し遂げた後は、右足の怪我等の影響により苦しい時期が続いた。令和6年5月場所を全休し、東十両2枚目へ陥落した同年7月場所でも途中休場を余儀なくされる。しかし、西十両11枚目まで番付を下げた同年9月場所において13勝2敗で2度目の十両優勝を果たし、再び幕内へと返り咲いた。

その後も再び怪我による休場が重なり、十両の土俵へ下がる経験をしている。度重なる試練に見舞われながらも、持ち味である圧倒的なスピードと鋭い突き押しは色褪せない。大記録を打ち立てた強靱な精神力とともに、さらなる高みを目指して土俵に立ち続けている。

💡 青森県出身一覧💡 伊勢ヶ濱部屋の力士

四股名
尊富士 弥輝也(たけるふじ みきや)
最高位
前頭4枚目
最新番付
西 前頭13枚目
出身地
青森県 五所川原市
本名
石岡 弥輝也
生年月日
平成11年(1999)4月9日(27歳)
身長・体重
187cm・148kg
出身高校
鳥取城北高校
出身大学
日本大学
所属部屋
伊勢ヶ濱部屋
改名歴
石岡 → 尊富士
初土俵
令和4年(2022)9月(23歳5ヵ月)
新十両
令和6年(2024)1月(24歳9ヵ月)
新入幕
令和6年(2024)3月(24歳11ヵ月)
優勝
幕内優勝1回,十両優勝2回,序二段優勝1回,序ノ口優勝1回
受賞・金星
殊勲賞1回,敢闘賞1回,技能賞1回
通算成績
159勝71敗44休/228出場(勝率:69.7%)
直近7場所
5勝8敗17休(十両:35勝25敗)
7場所勝率
55.6%
得意技
突き・押し
決まり手傾向(直近7場所)
尊富士が勝ちの決まり手(29勝)
寄り切り11
押し出し10
突き出し2
叩き込み2
押し倒し1
掬い投げ1
その他2
尊富士が負けの決まり手(29敗)※不戦敗1含む
突き落とし8
叩き込み8
押し出し3
上手投げ2
突き出し1
掛け投げ1
その他5
令8年7月
西 前頭13枚目(5枚上昇)
0勝0敗
令8年5月
西 十両2枚目(2枚上昇)
11勝4敗
○●○○●|○●○○●|○○○○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年3月
西 十両4枚目(1枚上昇)
8勝7敗
●○○●●|●●○●○|○○○●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

▼ さらに過去の成績(4場所分)を見る
令8年1月
西 十両5枚目(1枚半上昇)
8勝7敗
●○○●○|●●○○●|○○●○●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年11
東 十両7枚目(12枚半降下)
8勝7敗
●○●○○|●○○●○|●●●○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年9月
東 前頭12枚目(6枚降下)
0勝0敗15休
休場
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年7月
東 前頭6枚目
5勝8敗2休
○○●●○|○●●○●|●●■やや
取組詳細(対戦相手・決まり手)

大瀬川 半五郎

  • 四股名 :大瀬川 半五郎(おおせがわ はんごろう)
  • 最高位 :前頭6枚目
  • 年寄名跡:16代桐山
  • 出身地 :青森県弘前市
  • 本 名 :石崎 賢四郎
  • 生年月日:昭和2年(1927)2月1日
  • 所属部屋:伊勢ヶ濱⇒荒磯⇒伊勢ヶ濱部屋
  • 改名歴 :石崎⇒弘ノ海⇒石崎⇒弘ノ海⇒大瀬川
  • 初土俵 :昭和17年(1942)5月(15歳3ヵ月)
  • 新十両 :昭和26年(1951)5月(24歳3ヵ月)
  • 新入幕 :昭和29年(1954)3月(27歳1ヵ月)
  • 最終場所:昭和37年(1962)5月(35歳3ヵ月)
  • 生涯戦歴:460勝463敗14休/921出場(72場所)
  • 生涯勝率:49.8%
  • 優勝等 :なし
  • 幕内戦歴:148勝162敗5休(21場所)勝率:47.7%
  • 十両戦歴:219勝229敗2休(30場所)勝率:48.9%

誉富士 歓之

誉富士 歓之 (ほまれふじ よしゆき)青森県西津軽郡鯵ヶ沢町出身、伊勢ヶ濱部屋の元力士で、最高位は前頭6枚目

平成20年(2008)1月場所に22歳8ヶ月で初土俵を踏み、令和元年(2019)9月場所を最後に引退(34歳4ヶ月)。

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通算成績は381勝361敗45休741出場。生涯勝率.514。通算70場所中、37場所を勝ち越した(勝ち越し率.536)。

主な成績は十両(同点1)、三段目優勝1回、序二段優勝1回

昭和60年(1985)5月6日生まれ。本名は三浦 歓之。

小学生の頃から相撲を始め鰺ヶ沢第一中学3年次には全国中学校相撲選手権大会で準優勝。五所川原農林高、近畿大学と学生相撲で活躍したのちに伊勢ヶ濱部屋の門を叩いた。

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元小結・舞の海は小・中学校の先輩。女将さんの従姉妹と平成28年に結婚。

怪我の影響もあり平成30年7月場所の負け越しで十両から幕下へと陥落。さらに左肩の手術などもあり一時は序二段まで番付を下げた。令和元年9月場所13日目に引退を表明、17代楯山襲名が承認された。

四股名
誉富士 歓之 (ほまれふじ よしゆき)
最高位
前頭6枚目
年寄名跡
17代楯山 歓之(伊勢ヶ濱)
出身地
青森県西津軽郡鯵ヶ沢町
本名
三浦 歓之
生年月日
昭和60年(1985)5月6日(41歳)
出身高校
五所川原農林高校
出身大学
近畿大学
所属部屋
伊勢ヶ濱部屋
改名歴
誉富士 歓之
初土俵
平成20年(2008)1月 前相撲(22歳8ヶ月)
新十両
平成24年(2012)1月(所要23場所)
26歳8ヶ月(初土俵から4年0ヶ月)
新入幕
平成25年(2013)5月(所要31場所)
28歳0ヶ月(初土俵から5年4ヶ月)
最終場所
令和元年(2019)9月場所(34歳4ヶ月)
大相撲歴
70場所(11年8ヶ月)
通算成績
381勝361敗45休741出場(勝率.514)
通算70場所
勝ち越し37場所(勝ち越し率.536)(勝ち越し星113)
優勝等
十両(同点1),三段目優勝1回,序二段優勝1回
持給金
59円50銭(勝ち越し星113個)
幕内戦歴
56勝83敗11休138出場(勝率.406)
在位10場所(在位率.143)
勝ち越し3場所(勝ち越し率.300)
前頭戦歴
56勝83敗11休138出場(勝率.406)
在位10場所(在位率.143)
勝ち越し3場所(勝ち越し率.300)
十両戦歴
210勝210敗0休420出場(勝率.500)
在位28場所(在位率.400)
勝ち越し14場所(勝ち越し率.500)
関取戦歴
266勝293敗11休558出場(勝率.477)
在位38場所(在位率.543)
勝ち越し17場所(勝ち越し率.447)
幕下以下歴
115勝68敗34休183出場(勝率.628)
在位31場所(在位率.443)
勝ち越し20場所(勝ち越し率.645)

誉富士 歓之の更に詳細なデータは力士名鑑で!

名鑑ページでは、以下のような詳細な分析データをはじめ、豊富な表やグラフをご覧いただけます。

  • ✅ 勝った決まり手1位:押し出し(179回 / 46.4%)
  • ✅ 負けた決まり手1位:押し出し(101回 / 27.7%)
  • ✅ 得意な相手:荒鷲(7勝1敗 / 勝率.875)
  • ✅ 苦手な相手:阿夢露(2勝10敗 / 勝率.167)

安壮富士 清也

安美錦の実兄で父は旭富士の従兄弟。3年あとに入門した安美錦にあっという間に抜かれてしまったが平成18年(2006)11月場所に新入幕を果たすと兄弟同時幕内となった。八百長問題で引退

  • 四股名 :安壮富士 清也(あそうふじ せいや)
  • 最高位 :前頭13枚目
  • 出身地 :青森県西津軽郡深浦町
  • 本 名 :杉野森 清寿
  • 生年月日:昭和51年(1976)1月17日
  • 所属部屋:安治川⇒伊勢ヶ濱部屋
  • 改名歴 :杉野森⇒安壮富士
  • 初土俵 :平成6年(1994)1月(18歳0ヵ月)
  • 新十両 :平成15年(2003)9月(27歳8ヵ月)
  • 新入幕 :平成18年(2006)11月(30歳10ヵ月)
  • 最終場所:平成23年(2011)5月(35歳4ヵ月)
  • 生涯戦歴:517勝478敗7休/995出場(103場所)
  • 生涯勝率:52.0%
  • 優勝等 :序二段優勝1回
  • 幕内戦歴:10勝20敗(2場所)勝率:33.3%
  • 十両戦歴:243勝267敗(34場所)勝率:47.6%

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★ 青森県での巡業予定

青森県巡業 弘前市(8/16)

「大相撲弘前場所」
開催日時:2026年8月16日(日)
巡業会場:青森県武道館(地図)
住  所:青森県弘前市豊田2-3

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公式サイト・関連情報

チケット購入方法等

公演などに関するお問い合わせ先

大相撲弘前場所事務局

  • TEL:017-718-5544

青森県巡業 青森市(8/18)

「大相撲青森場所」
開催日時:2026年8月18日(火)
巡業会場:青森市総合体育館(カクヒログループスーパーアリーナ)(地図)
住  所:青森県青森市浦町橋本335-17

公式サイト・関連情報

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青森県巡業 三沢市(8/19)

「大相撲三沢場所」
開催日時:2026年8月19日(水)
巡業会場:三沢市国際交流スポーツセンター
住  所:青森県三沢市南山1-138-2

公式サイト・関連情報

チケット購入方法等

公演などに関するお問い合わせ先

大相撲巡業チケット事務局

  • TEL:0570-05-3366
  • 10:00〜17:00

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