青森県出身の力士一覧!過去から現在、青森の主な関取を網羅しました

青森出身の過去から現在までの主な力士をご紹介する青森県の大相撲力士まとめ!この記事では青森出身の関取を中心に、青森の郷土力士をご紹介していきます。

過去の力士については最高位や改名歴、初土俵や各段の昇進時期と最終場所、さらに生涯戦歴と生涯勝率、成績等を中心にご紹介していきます。また、現役力士については最高位と昇進時期、主な成績などを載せています。

なお、年寄名跡欄のマークは、その代で師匠(部屋持ち親方)になったことがあるという意味です。

現役の青森県出身力士の最新番付や成績、詳細なデータをご覧になりたい方はこちら



相撲部屋や出身地ごとの成績から、場所中はリアルタイムでランキングを作成しております。今場所好調な相撲部屋や力士の出身地はどこ?


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★ 青森県での巡業予定

青森県巡業 弘前市(8/16)

「大相撲弘前場所」
開催日時:2026年8月16日(日)
巡業会場:青森県武道館(地図)
住  所:青森県弘前市豊田2-3

公式サイト・関連情報

チケット購入方法等

公演などに関するお問い合わせ先

大相撲弘前場所事務局

  • TEL:017-718-5544

青森県巡業 青森市(8/18)

「大相撲青森場所」
開催日時:2026年8月18日(火)
巡業会場:青森市総合体育館(カクヒログループスーパーアリーナ)(地図)
住  所:青森県青森市浦町橋本335-17

公式サイト・関連情報

チケット購入方法等


青森県巡業 三沢市(8/19)

「大相撲三沢場所」
開催日時:2026年8月19日(水)
巡業会場:三沢市国際交流スポーツセンター
住  所:青森県三沢市南山1-138-2

公式サイト・関連情報

チケット購入方法等

公演などに関するお問い合わせ先

大相撲巡業チケット事務局

  • TEL:0570-05-3366
  • 10:00〜17:00

青森県出身の優勝力士

青森県出身の幕内優勝力士を紹介します。

青森県出身の優勝力士一覧

では青森県出身の幕内優勝力士を年月順で一覧表にして見てみましょう。

四股名 優勝場所 回数 優勝時の番付 部屋 出身地 最高位 成績 四股名 備考
1 綾櫻 昭和6年10月 東前頭4枚目 出羽海 青森県 関脇 10勝1敗 綾櫻 青森出身力士初の優勝
2 清水川 昭和7年2月 西関脇 二十山
1943
青森県 大関 8勝0敗 清水川
3 清水川 昭和7年10月 2回目 東大関(張出) 二十山
1943
青森県 大関 9勝2敗 清水川
4 清水川 昭和9年5月 3回目 西大関 二十山
1943
青森県 大関 11勝0敗 清水川
5 鏡里 1953/01/01 東大関 時津風 青森県 42代横綱 14勝1敗 鏡里 時津風部屋初の幕内優勝力士(入門は粂川部屋)
6 鏡里 昭和30年9月 2回目 西横綱 時津風 青森県 42代横綱 14勝1敗 鏡里
7 鏡里 昭和31年1月 3回目 東横綱 時津風 青森県 42代横綱 14勝1敗 鏡里
8 若ノ花(初代) 昭和31年5月 東大関 花籠
1985
青森県 45代横綱 12勝3敗 若ノ花(初代) のちに若乃花に改名
9 鏡里 昭和31年9月 4回目 西横綱 時津風 青森県 42代横綱 14勝1敗 鏡里
10 若乃花(初代) 昭和33年1月 2回目 東大関 花籠
1985
青森県 45代横綱 13勝2敗 若乃花(初代)
11 若乃花(初代) 昭和33年7月 3回目 東横綱(張出) 花籠
1985
青森県 45代横綱 13勝2敗 若乃花(初代) 栃錦との横綱同士の
千秋楽相星対決は史上初
12 若乃花(初代) 昭和33年9月 4回目 東横綱 花籠
1985
青森県 45代横綱 14勝1敗 若乃花(初代)
13 若乃花(初代) 昭和34年1月 5回目 東横綱 花籠
1985
青森県 45代横綱 14勝1敗 若乃花(初代)
14 若乃花(初代) 昭和34年5月 6回目 東横綱(張出) 花籠
1985
青森県 45代横綱 14勝1敗 若乃花(初代)
15 若乃花(初代) 昭和34年9月 7回目 西横綱(横綱大関) 花籠
1985
青森県 45代横綱 14勝1敗 若乃花(初代)
16 若乃花(初代) 昭和35年3月 8回目 東横綱(張出) 花籠
1985
青森県 45代横綱 15勝0敗 若乃花(初代) 栃錦との、史上初となる横綱同士での
千秋楽全勝対決を制す
17 若乃花(初代) 昭和35年7月 9回目 東横綱 花籠
1985
青森県 45代横綱 13勝2敗 若乃花(初代)
18 若乃花(初代) 昭和35年9月 10回目 東横綱 花籠
1985
青森県 45代横綱 13勝2敗 若乃花(初代)
19 栃ノ海 昭和37年5月 西関脇 春日野 青森県 49代横綱 14勝1敗 栃ノ海
20 栃ノ海 昭和38年11月 2回目 西大関 春日野 青森県 49代横綱 14勝1敗 栃ノ海
21 栃ノ海 昭和39年5月 3回目 東横綱(張出) 春日野 青森県 49代横綱 13勝2敗 栃ノ海
22 貴ノ花 昭和50年3月 東大関 二子山
(貴乃花2018)
青森県 大関 13勝2敗 貴ノ花 優勝決定戦で横綱北の湖を
破っての初優勝
23 貴ノ花 昭和50年9月 2回目 西大関 二子山
(貴乃花2018)
青森県 大関 12勝3敗 貴ノ花
24 若三杉 昭和52年5月 西大関 二子山
(貴乃花2018)
青森県 56代横綱 13勝2敗 若三杉 のちの若乃花(2代)
25 若乃花(2代) 昭和53年11月 2回目 西横綱 二子山
(貴乃花2018)
青森県 56代横綱 15勝0敗 若乃花(2代)
26 若乃花(2代) 昭和54年5月 3回目 西横綱 二子山
(貴乃花2018)
青森県 56代横綱 14勝1敗 若乃花(2代)
27 若乃花(2代) 1980/09/01 4回目 西横綱 二子山
(貴乃花2018)
青森県 56代横綱 14勝1敗 若乃花(2代)
28 隆の里 昭和57年9月 西大関 二子山
(貴乃花2018)
青森県 59代横綱 15勝0敗 隆の里
29 隆の里 手話58年7月 2回目 東大関 二子山
(貴乃花2018)
青森県 59代横綱 14勝1敗 隆の里
30 隆の里 昭和58年9月 3回目 西横綱 二子山
(貴乃花2018)
青森県 59代横綱 15勝0敗 隆の里 新横綱場所での全勝優勝は
双葉山以来45年ぶり。
15日制定着後は史上初
31 隆の里 昭和59年1月 4回目 西横綱 二子山
(貴乃花2018)
青森県 59代横綱 13勝2敗 隆の里
32 旭富士 昭和63年1月 東大関 大島
2012
青森県 63代横綱 14勝1敗 旭富士
33 旭富士 平成2年5月 2回目 西大関(張出) 大島
2012
青森県 63代横綱 14勝1敗 旭富士
34 旭富士 平成2年7月 3回目 東大関 大島
2012
青森県 63代横綱 14勝1敗 旭富士
35 旭富士 平成3年5月 4回目 東横綱(張出) 大島
2012
青森県 63代横綱 14勝1敗 旭富士
36 貴ノ浪 平成8年1月 東大関2 二子山
(貴乃花2018)
青森県 大関 14勝1敗 貴ノ浪 貴乃花との同部屋同士による
優勝決定戦を制しての初優勝
37 貴ノ浪 平成9年11月 2回目 西大関 二子山
(貴乃花2018)
青森県 大関 14勝1敗 貴ノ浪 ふたたび貴乃花との同部屋同士による
優勝決定戦を制す
38 尊富士 令和6年3月 東前頭17 伊勢ヶ濱 青森県 前頭6 13勝2敗 尊富士 新入幕場所で11連勝と怒濤の活躍。110年ぶりとなる新入幕優勝を決める。
初土俵から所要10場所での幕内優勝は史上1位の記録(年6場所制以降)
さらに三賞すべて獲得という快挙。

青森県出身の優勝力士ランキング

次は青森県出身力士の優勝回数と成績のランキングです。

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順位 四股名 優勝 最高位 部屋 出身地 勝数 敗数 横綱 大関 関脇 小結 前頭
1位 若乃花(初代) 10回 45代横綱 花籠
1985
青森県 135勝 15敗 8回 2回 0回 0回 0回
2位 隆の里 4回 59代横綱 二子山
(貴乃花2018)
青森県 57勝 3敗 2回 2回 0回 0回 0回
2位 鏡里 4回 42代横綱 時津風 青森県 56勝 4敗 3回 1回 0回 0回 0回
2位 若乃花(2代) 4回 56代横綱 二子山
(貴乃花2018)
青森県 56勝 4敗 3回 1回 0回 0回 0回
2位 旭富士 4回 63代横綱 大島
2012
青森県 56勝 4敗 1回 3回 0回 0回 0回
6位 栃ノ海 3回 49代横綱 春日野 青森県 41勝 4敗 1回 1回 1回 0回 0回
6位 清水川 3回 大関 二十山
1943
青森県 28勝 2敗 0回 2回 1回 0回 0回
8位 貴ノ浪 2回 大関 二子山
(貴乃花2018)
青森県 28勝 2敗 0回 2回 0回 0回 0回
8位 貴ノ花 2回 大関 二子山
(貴乃花2018)
青森県 25勝 5敗 0回 2回 0回 0回 0回
10位 尊富士 1回 前頭6 伊勢ヶ濱 青森県 13勝 2敗 0回 0回 0回 0回 1回
10位 綾櫻 1回 関脇 出羽海 青森県 10勝 1敗 0回 0回 0回 0回 1回
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青森県出身の最高位:関脇

綾川 五郎次

青森県黒石市出身、高砂~入間川部屋の元力士で最高位は関脇。容姿端麗で均整の取れた体格と、変幻自在できびきびとした取り口で人気を博した。新入幕から5場所連続勝ち越して関脇にまで昇進するが、新関脇初日から腎結石のために休場、これ以降も成績は振るわず番付を下げていった。また、2代目朝潮との「高砂」襲名争いに敗れた綾川は入間川部屋への移籍を余儀なくされた。

現役時代から明治大学相撲部師範を務め、学生相撲の指導に尽力していた綾川には学生からの人気が高く、本場所での学生応援団による熱狂的な応援は名物として知られていた。

引退後は8代千賀ノ浦を襲名し千賀ノ浦部屋を創設したが、腎臓病の治療のために始めた自彊術の普及と、故郷青森で始めた事業に専念するために部屋を閉めた。文筆に優れており、相撲の決まり手である四十八手を解説した「一味清風」を著したことでも有名。

  • 四股名 :綾川 五郎次(あやがわ ごろうじ)
  • 最高位 :関脇
  • 年寄名跡:8代千賀ノ浦
  • 出身地 :青森県黒石市
  • 本 名 :村上 要作
  • 生年月日:明治16年(1883)11月25日
  • 没年月日:昭和8年(1933)2月16日(享年49歳)
  • 所属部屋:高砂⇒入間川部屋
  • 改名歴 :綾川⇒響矢⇒綾川
  • 初土俵 :明治38年(1905)1月・(21歳2ヵ月)
  • 新十両 :明治43年(1910)6月(26歳7ヵ月)
  • 新入幕 :大正3年(1914)1月(30歳2ヵ月)
  • 新三役 :大正4年(1915)6月(31歳7ヵ月)
  • 最終場所:大正10年(1921)1月(37歳2ヵ月)
  • 優勝等 :幕下優勝1回
  • 幕内戦歴:45勝34敗54休12分5預(15場所)勝率:57.0%
  •   関脇:0勝1敗9休(1場所)勝率:0.0%
  •   小結:9勝5敗1休3分2預(2場所)勝率:64.3%
  •   前頭:36勝28敗44休9分3預(12場所)勝率:56.3%
  • 十両戦歴:15勝7敗1預(5場所)勝率:68.2%

綾櫻 由太郎

青森県西津軽郡出身、出羽海部屋で活躍した元力士で最高位は関脇。先代綾川の内弟子として入間川部屋(のち出羽海部屋と統合)へと入門。8代千賀ノ浦(元関脇・綾川)が千賀ノ浦部屋を興すと移籍したが、昭和2年(1927)に部屋が閉鎖されると再び出羽海部屋へと戻った。中アンコ型で上背はなかったが、左を差しての寄りと上手投げを武器に活躍。

東前頭4枚目で迎えた昭和6年(1931)10月の関西本場所では10勝1敗で平幕優勝を果たす。だが、年が明けた昭和7年(1932)1月に勃発した春秋園事件に連座し日本相撲協会を脱退してしまった。

1年後に幕内格別席で帰参、昭和9年(1934)5月場所からは先代の四股名を継ぎ、綾川五郎次と名乗った。東前頭2枚目だったこの場所で8勝2敗の好成績をあげた綾川は翌場所関脇へと昇進、しかし2勝9敗と成績は振るわず1場所で平幕陥落となった。

昭和12年(1937)の九州巡業中に同部屋の新海幸藏との口論がエスカレートし、遂には新海からビール瓶で頭を殴られる事件が発生。加害者の新海は強制引退となったが、なぜか被害者の綾川も半強制的に引退へと追い込まれてしまった。

現役時代から2枚鑑札で9代千賀ノ浦を襲名していた綾川だったが、部屋を再興することもなく昭和15年(1940)1月場所を最後に廃業。戦後は明治大学相撲部の師範を務め、分かりやすい指導で学生から人気を集めた。

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  • 四股名 :綾櫻 由太郎(あやざくら よしたろう)
  • 最高位 :関脇
  • 年寄名跡:9代千賀ノ浦
  • 出身地 :青森県西津軽郡
  • 本 名 :清野 由太郎
  • 生年月日:明治31年(1898)3月11日
  • 没年月日:昭和57年(1982)12月8日(享年84歳)
  • 所属部屋:入間川~出羽海⇒千賀ノ浦⇒出羽海部屋
  • 改名歴 :早櫻⇒綾櫻⇒綾川
  • 初土俵 :大正5年(1916)1月(17歳10ヵ月)
  • 新十両 :大正11年(1922)5月(24歳2ヵ月)
  • 新入幕 :昭和5年(1930)5月(32歳2ヵ月)
  • 新三役 :昭和7年(1932)1月(33歳10ヵ月)
  • 最終場所:昭和12年(1937)5月(39歳2ヵ月)
  • 生涯戦歴:220勝185敗1預/406出場(53場所)
  • 生涯勝率:54.3%
  • 優勝等 :幕内優勝1回,十両優勝1回,幕下優勝1回
  • 幕内戦歴:85勝93敗(17場所)勝率:47.8%
  •   関脇:2勝9敗(1場所)勝率:18.2%
  •   小結:0勝0敗(1場所)勝率:0%
  •   前頭:83勝84敗(15場所)勝率:49.7%
  • 十両戦歴:57勝35敗(9場所)勝率:62.0%

青ノ里 盛

鏡里に見出されて入門、大鵬から金星を奪うなど幕内上位で長く活躍。引退後は鏡里の独立に同行し立田川部屋へ、のちに部屋を継承し敷島や十文字を育て上げる

  • 四股名 :青ノ里 盛(あおのさと さかり)
  • 最高位 :関脇
  • 年寄名跡:9代二十山⇒14代立田川
  • 出身地 :青森県三戸郡倉石村
  • 本 名 :小笠原 盛
  • 生年月日:昭和10年(1935)11月13日
  • 没年月日:平成20年(2008)5月16日(享年72歳)
  • 所属部屋:時津風部屋
  • 改名歴 :小笠原⇒青ノ里
  • 初土俵 :昭和28年(1953)3月(17歳4ヵ月)
  • 新十両 :昭和33年(1958)7月(22歳8ヵ月)
  • 新入幕 :昭和34年(1959)1月(23歳2ヵ月)
  • 新三役 :昭和36年(1961)5月(25歳6ヵ月)
  • 最終場所:昭和44年(1969)3月(33歳4ヵ月)
  • 生涯戦歴:557勝584敗10休/1140出場(88場所)
  • 生涯勝率:48.8%
  • 優勝等 :十両優勝2回
  • 成 績 :殊勲賞1回,敢闘賞1回,金星5個
  • 幕内戦歴:408勝492敗(60場所)勝率:45.3%
  •   関脇:3勝12敗(1場所)勝率:20.0%
  •   小結:25勝50敗(5場所)勝率:33.3%
  •   前頭:380勝430敗(54場所)勝率:46.9%
  • 十両戦歴:45勝20敗10休(5場所)勝率:69.2%

陸奥嵐 幸雄

豪快な取り口で「東北の暴れん坊」と呼ばれた。引退後は安治川部屋を創設

  • 四股名 :陸奥嵐 幸雄(むつあらし ゆきお)
  • 最高位 :関脇
  • 年寄名跡:3代安治川
  • 出身地 :青森県上北郡東北町
  • 本 名 :南 幸雄
  • 生年月日:昭和18年(1943)1月12日
  • 没年月日:平成14年(2002)7月30日(享年59歳)
  • 所属部屋:宮城野部屋
  • 改名歴 :南⇒陸奥嵐
  • 初土俵 :昭和36年(1961)9月(18歳8ヵ月)
  • 新十両 :昭和40年(1965)11月(22歳10ヵ月)
  • 新入幕 :昭和42年(1967)3月(24歳2ヵ月)
  • 新三役 :昭和42年(1967)9月(24歳8ヵ月)
  • 最終場所:昭和51年(1976)3月(33歳2ヵ月)
  • 生涯戦歴:557勝551敗5休/1106出場(88場所)
  • 生涯勝率:50.3%
  • 優勝等 :幕内次点2回,十両優勝1回,幕下優勝1回
  • 成 績 :敢闘賞4回,技能賞1回,金星2個
  • 幕内戦歴:375勝417敗3休(53場所)勝率:47.3%
  •   関脇:4勝11敗(1場所)勝率:26.7%
  •   小結:14勝31敗(3場所)勝率:31.1%
  •   前頭:357勝375敗3休(49場所)勝率:48.8%
  • 十両戦歴:79勝69敗2休(10場所)勝率:53.4%

魁輝 薫秀

全盛期だった横綱北の湖に2連勝したことも、引退後は友綱部屋を継承、大関魁皇らを育てた。停年に伴い4代大島(元関脇・旭天鵬)と名跡を交換、再雇用制度を利用して部屋付親方に。

令和4年(2022)2月1日付で再度名跡を交換して11代友綱となった。

  • 11代・友綱 隆登(大島部屋)
  • 四股名 :魁輝 薫秀(かいき のぶひで)
  • 最高位 :関脇
  • 年寄名跡:12代高島⇒10代友綱⇒5代大島⇒11代友綱
  • 出身地 :青森県上北郡天間林村
  • 本 名 :西野 政章
  • 生年月日:昭和27年(1952)6月12日(73歳)
  • 所属部屋:友綱部屋
  • 改名歴 :西野⇒西錦⇒魁輝
  • 初土俵 :昭和40年(1965)9月(13歳3ヵ月)
  • 新十両 :昭和48年(1973)9月(21歳3ヵ月)
  • 新入幕 :昭和50年(1975)11月(23歳5ヵ月)
  • 新三役 :昭和54年(1979)5月(26歳11ヵ月)
  • 最終場所:昭和62年(1987)3月(34歳9ヵ月)
  • 生涯戦歴:744勝790敗25休/1532出場(130場所)
  • 生涯勝率:48.5%
  • 優勝等 :なし
  • 成 績 :敢闘賞1回,金星3個
  • 幕内戦歴:446勝522敗22休(66場所)勝率:46.1%
  •   関脇:3勝12敗(1場所)勝率:20.0%
  •   小結:16勝29敗(3場所)勝率:35.6%
  •   前頭:427勝481敗22休(62場所)勝率:47.0%
  • 十両戦歴:123勝117敗(16場所)勝率:51.3%

出羽の花 義貴

日大相撲部出身で昭和48年(1973)の学生横綱を獲得。付出デビューから8場所目に十両昇進、その後十両陥落と1年ほどの幕下生活も経験したが地力をつけて幕内定着、そして関脇にまで昇りつめた

  • 四股名 :出羽の花 義貴(でわのはな よしたか)
  • 最高位 :関脇
  • 年寄名跡:15代出来山
  • 出身地 :青森県北津軽郡中里町
  • 本 名 :野村 双一
  • 生年月日:昭和26年(1951)5月13日
  • 出身大学:日本大学
  • 所属部屋:出羽海部屋
  • 改名歴 :野村⇒出羽の花
  • 初土俵 :昭和49年(1974)3月・幕下60付出(22歳10ヵ月)
  • 新十両 :昭和50年(1975)5月(24歳0ヵ月)
  • 新入幕 :昭和52年(1977)11月(26歳6ヵ月)
  • 新三役 :昭和54年(1979)11月(28歳6ヵ月)
  • 最終場所:昭和63年(1988)1月(36歳8ヵ月)
  • 生涯戦歴:572勝586敗6休/1156出場(84場所)
  • 生涯勝率:49.4%
  • 優勝等 :幕内次点1回,十両優勝1回
  • 成 績 :殊勲賞1回,敢闘賞5回,技能賞4回,金星2個
  • 幕内戦歴:441勝483敗6休(62場所)勝率:47.7%
  •   関脇:52勝53敗(7場所)勝率:49.5%
  •   小結:59勝121敗(12場所)勝率:32.8%
  •   前頭:330勝309敗6休(43場所)勝率:51.6%
  • 十両戦歴:78勝72敗(10場所)勝率:52.0%

若の里 忍

四股名は師匠である隆の里と、その師匠だった初代・若乃花から。大関取りも期待されたが膝の怪我が悔やまれる。引退後は田子ノ浦部屋の部屋付親方を経て念願の部屋を創設

  • 12代・西岩 忍
  • 四股名 :若の里 忍(わかのさと しのぶ)
  • 最高位 :関脇
  • 年寄名跡:12代西岩
  • 出身地 :青森県弘前市
  • 本 名 :古川 忍
  • 生年月日:昭和51年(1976)7月10日(49歳)
  • 所属部屋:鳴戸⇒田子ノ浦部屋
  • 改名歴 :古川⇒若の里
  • 初土俵 :平成4年(1992)3月(15歳8ヵ月)
  • 新十両 :平成9年(1997)11月(21歳4ヵ月)
  • 新入幕 :平成10年(1998)5月(21歳10ヵ月)
  • 新三役 :平成12年(2000)11月(24歳4ヵ月)
  • 最終場所:平成27年(2015)9月(39歳2ヵ月)
  • 生涯戦歴:914勝783敗124休/1691出場(140場所)
  • 生涯勝率:53.9%
  • 優勝等 :幕内次点2回,十両優勝4回,幕下優勝1回,序ノ口優勝1回
  • 成 績 :殊勲賞4回,敢闘賞4回,技能賞2回,金星2個
  • 幕内戦歴:613勝568敗124休(87場所)勝率:51.9%
  •   関脇:144勝103敗8休(17場所)勝率:58.3%
  •   小結:76勝59敗(9場所)勝率:56.3%
  •   前頭:393勝406敗116休(61場所)勝率:49.2%
  • 十両戦歴:165勝120敗(19場所)勝率:57.9%

安美錦 竜児

安美錦 竜児 (あみにしき りゅうじ)青森県西津軽郡深浦町出身、安治川~伊勢ヶ濱部屋の元力士で、最高位は関脇

平成9年(1997)1月場所に18歳3ヶ月で初土俵を踏み、令和元年(2019)7月場所を最後に引退(40歳9ヶ月)。

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通算成績は907勝908敗55休1805出場。生涯勝率.502。通算135場所中、73場所を勝ち越した(勝ち越し率.545)。

主な成績は幕内(次点2)、十両(同点1)、序ノ口(同点1)殊勲賞4回、敢闘賞2回、技能賞6回、金星8個(貴乃花1個、武蔵丸1個、朝青龍4個、白鵬1個、鶴竜1個)

昭和53年(1978)10月3日生まれ。本名は杉野森 竜児。

「業師」「くせ者」と称され、多彩な技と頭脳的な取り口でファンを魅了した元関脇・安美錦。幾度もの大怪我に見舞われながらも不屈の闘志で土俵に立ち続け、金星8個、三賞12回という輝かしい実績を残した。40歳まで現役を貫き、長く愛された昭和生まれの名力士である。

兄を追っての角界入りと、スピード出世

青森県深浦町に生まれ、幼少期から相撲に打ち込む。父の従兄弟には元横綱・旭富士(4代安治川~9代伊勢ヶ濱)がいるという、相撲に縁の深い家系であった。高校卒業後は、先に角界入りしていた兄(のちの幕内・安壮富士)を追うように、平成9年(1997年)1月場所に4代安治川の安治川部屋(現在の伊勢ヶ濱部屋)から本名の「杉野森」で初土俵を踏んだ。

順調に番付を駆け上がり、平成12年(2000年)1月場所で新十両昇進。これを機に四股名を「安美錦」へと改名し、同年7月場所では新入幕を果たして10勝を挙げ、敢闘賞を受賞する鮮烈な幕開けを飾った。

多彩な技で上位を脅かす「業師」

決して大柄ではない体格を補うため、相手の動きを瞬時に読み取る相撲勘と、多彩な技に磨きをかけた。出し投げや引き技、時には意表を突く立ち合いなどを駆使し、横綱や大関を幾度も苦しめる存在へと成長する。

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その卓越した相撲巧者ぶりは「くせ者」「業師」と称され、獲得した金星は実に8個を数える。さらに、三賞も技能賞6回、殊勲賞4回、敢闘賞2回の計12回に上り、最高位は関脇に到達した。第一線で長く活躍し、土俵を大いに盛り上げた。

満身創痍の土俵と、アキレス腱断裂からの復活

しかし、その土俵人生は常に怪我との闘いでもあった。両膝の半月板や靱帯を幾度も負傷し、分厚いテーピングが欠かせない満身創痍の状態が続く。さらに平成28年(2016年)5月場所では、取組中に左アキレス腱断裂という力士生命を脅かす大怪我を負い、長年守り続けた幕内の座から十両への陥落を余儀なくされる。

周囲から引退の囁きも聞こえる中、安美錦の心は折れていなかった。過酷な手術とリハビリを乗り越えて土俵へ復帰すると、平成29年(2017年)11月場所において、昭和以降で最も遅い「39歳0ヶ月」での再入幕という偉業を果たす。この場所で8勝を挙げて見事に敢闘賞を受賞し、不屈の闘志は館内を大いに沸かせた。

40歳での引退と、後進育成への道

その後も気力で相撲を取り続けたが、令和元年(2019年)7月場所、右膝の限界を悟り現役引退を決意する。歴代トップクラスとなる「通算出場1,805回」という大記録を残し、22年半に及ぶ土俵人生に幕を下ろした。

引退後は年寄「安治川」を襲名し、伊勢ヶ濱部屋で後進の指導にあたっていた。その傍ら、令和3年(2021年)4月からは早稲田大学大学院スポーツ科学研究科の修士課程へ進学し、「相撲部屋におけるおかみさんの役割」をテーマに修士論文を書き上げて修了した。

理論と実践の双方を深め、令和4年(2022年)12月1日、内弟子1人を連れて伊勢ヶ濱部屋から独立し、入門時の「部屋」であった安治川部屋を再興した。自らの豊富な経験と技術を弟子たちへ伝授しており、大相撲の歴史に確かな足跡を残している。

四股名
安美錦 竜児 (あみにしき りゅうじ)
最高位
関脇
年寄名跡
8代安治川 竜児(伊勢ヶ濱) → 8代安治川 竜児
出身地
青森県西津軽郡深浦町
本名
杉野森 竜児
生年月日
昭和53年(1978)10月3日(47歳)
出身高校
鰺ヶ沢高校
所属部屋
安治川~伊勢ヶ濱部屋
改名歴
杉野森 竜児 → 安美錦 竜児
初土俵
平成9年(1997)1月 前相撲(18歳3ヶ月)
新十両
平成12年(2000)1月(所要18場所)
21歳3ヶ月(初土俵から3年0ヶ月)
新入幕
平成12年(2000)7月(所要21場所)
21歳9ヶ月(初土俵から3年6ヶ月)
新小結
平成18年(2006)11月(所要59場所)
28歳1ヶ月(初土俵から9年10ヶ月)
新関脇
平成19年(2007)9月(所要64場所)
28歳11ヶ月(初土俵から10年8ヶ月)
最終場所
令和元年(2019)7月場所(40歳9ヶ月)
大相撲歴
135場所(22年6ヶ月)
通算成績
907勝908敗55休1805出場(勝率.502)
通算135場所
勝ち越し73場所(勝ち越し率.545)(勝ち越し星209)
優勝等
幕内(次点2),十両(同点1),序ノ口(同点1)
受賞・金星
殊勲賞4回,敢闘賞2回,技能賞6回,金星8個(貴乃花1個、武蔵丸1個、朝青龍4個、白鵬1個、鶴竜1個)
持給金
204円(勝ち越し星209個 金星8個)
幕内戦歴
678勝730敗47休1399出場(勝率.485)
在位97場所(在位率.719)
勝ち越し44場所(勝ち越し率.454)
三役戦歴
99勝120敗6休218出場(勝率.454)
在位15場所(在位率.111)
勝ち越し5場所(勝ち越し率.333)
関脇戦歴
38勝46敗6休83出場(勝率.458)
在位6場所(在位率.044)
勝ち越し2場所(勝ち越し率.333)
小結戦歴
61勝74敗0休135出場(勝率.452)
在位9場所(在位率.067)
勝ち越し3場所(勝ち越し率.333)
前頭戦歴
579勝610敗41休1181出場(勝率.490)
在位82場所(在位率.607)
勝ち越し39場所(勝ち越し率.476)
十両戦歴
151勝137敗8休287出場(勝率.526)
在位20場所(在位率.148)
勝ち越し14場所(勝ち越し率.700)
関取戦歴
829勝867敗55休1686出場(勝率.492)
在位117場所(在位率.867)
勝ち越し58場所(勝ち越し率.496)
幕下以下歴
78勝41敗0休119出場(勝率.655)
在位17場所(在位率.126)
勝ち越し15場所(勝ち越し率.882)

安美錦 竜児の更に詳細なデータは力士名鑑で!

名鑑ページでは、以下のような詳細な分析データをはじめ、豊富な表やグラフをご覧いただけます。

  • ✅ 勝った決まり手1位:寄り切り(158回 / 17.4%)
  • ✅ 負けた決まり手1位:押し出し(265回 / 29.1%)
  • ✅ 得意な相手:朝赤龍(16勝5敗 / 勝率.762)
  • ✅ 苦手な相手:白鵬(4勝37敗 / 勝率.098)

追風海 直飛人

非凡なセンスを持っていたが度重なる怪我で引退

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  • 四股名 :追風海 直飛人(はやてうみ なおひと)
  • 最高位 :関脇
  • 出身地 :青森県北津軽郡板柳町
  • 本 名 :齋藤 直飛人
  • 生年月日:昭和50年(1975)7月5日
  • 出身大学:日本大学
  • 所属部屋:追手風部屋
  • 改名歴 :齋藤⇒追風海
  • 初土俵 :平成10年(1998)3月・幕下60付出(22歳8ヵ月)
  • 新十両 :平成11年(1999)1月(23歳6ヵ月)
  • 新入幕 :平成12年(2000)3月(24歳8ヵ月)
  • 新三役 :平成12年(2000)11月(25歳4ヵ月)
  • 最終場所:平成18年(2006)1月(30歳6ヵ月)
  • 生涯戦歴:281勝223敗136休/498出場(48場所)
  • 生涯勝率:55.8%
  • 優勝等 :十両優勝1回(同点2)
  • 成 績 :技能賞1回
  • 幕内戦歴:126勝127敗77休(22場所)勝率:49.8%
  •   関脇:4勝5敗6休(1場所)勝率:44.4%
  •   前頭:122勝122敗71休(21場所)勝率:50.0%
  • 十両戦歴:120勝82敗38休(16場所)勝率:59.4%

宝富士 大輔

宝富士 大輔 (たからふじ だいすけ)青森県北津軽郡中泊町出身、伊勢ヶ濱部屋の元力士で、最高位は関脇

平成21年(2009)1月場所に21歳10ヶ月で初土俵を踏み、令和7年(2025)9月場所を最後に引退(38歳6ヶ月)。

通算成績は678勝720敗0休1398出場。生涯勝率.485。通算99場所中、51場所を勝ち越した(勝ち越し率.520)。

主な成績は幕内(次点1)、三段目優勝1回、序ノ口(同点1)敢闘賞1回、金星3個(鶴竜1個、白鵬1個、稀勢の里1個)

昭和62年(1987)2月18日生まれ。本名は杉山 大輔。

小3の頃から父親がコーチを務める中里相撲道場で相撲を始めた。中里中学3年次には都道府県中学生選手権で個人3位に。五所川原商業高校、近畿大学と学生相撲で活躍、近代3年次には個人タイトル6冠に輝いた。初土俵から所要10場所で新十両、15場所目には新入幕を果たした。見た目以上の豊かな筋肉を活かした左四つは強力な武器で、左四つになれば宝富士の独壇場と恐れられていた。

四股名
宝富士 大輔 (たからふじ だいすけ)
最高位
関脇
年寄名跡
22代桐山 大輔(伊勢ヶ濱)
出身地
青森県北津軽郡中泊町
本名
杉山 大輔
生年月日
昭和62年(1987)2月18日(39歳)
出身高校
五所川原商業高校
出身大学
近畿大学
所属部屋
伊勢ヶ濱部屋
改名歴
宝富士 大輔
初土俵
平成21年(2009)1月 前相撲(21歳10ヶ月)
新十両
平成22年(2010)9月(所要10場所)
23歳6ヶ月(初土俵から1年8ヶ月)
新入幕
平成23年(2011)7月(所要14場所)
24歳4ヶ月(初土俵から2年6ヶ月)
新小結
平成27年(2015)7月(所要38場所)
28歳4ヶ月(初土俵から6年6ヶ月)
新関脇
平成28年(2016)9月(所要45場所)
29歳6ヶ月(初土俵から7年8ヶ月)
最終場所
令和7年(2025)9月場所(38歳6ヶ月)
大相撲歴
99場所(16年8ヶ月)
通算成績
678勝720敗0休1398出場(勝率.485)
通算99場所
勝ち越し51場所(勝ち越し率.520)(勝ち越し星147)
優勝等
幕内(次点1),三段目優勝1回,序ノ口(同点1)
受賞・金星
敢闘賞1回,金星3個(鶴竜1個、白鵬1個、稀勢の里1個)
持給金
125円50銭(勝ち越し星147個 金星3個)
幕内戦歴
544勝626敗0休1170出場(勝率.465)
在位78場所(在位率.788)
勝ち越し35場所(勝ち越し率.449)
三役戦歴
14勝31敗0休45出場(勝率.311)
在位3場所(在位率.030)
勝ち越し0場所(勝ち越し率.000)
関脇戦歴
4勝11敗0休15出場(勝率.267)
在位1場所(在位率.010)
勝ち越し0場所(勝ち越し率.000)
小結戦歴
10勝20敗0休30出場(勝率.333)
在位2場所(在位率.020)
勝ち越し0場所(勝ち越し率.000)
前頭戦歴
530勝595敗0休1125出場(勝率.471)
在位75場所(在位率.758)
勝ち越し35場所(勝ち越し率.467)
十両戦歴
85勝80敗0休165出場(勝率.515)
在位11場所(在位率.111)
勝ち越し8場所(勝ち越し率.727)
関取戦歴
629勝706敗0休1335出場(勝率.471)
在位89場所(在位率.899)
勝ち越し43場所(勝ち越し率.483)
幕下以下歴
49勝14敗0休63出場(勝率.778)
在位9場所(在位率.091)
勝ち越し8場所(勝ち越し率.889)

宝富士 大輔の更に詳細なデータは力士名鑑で!

名鑑ページでは、以下のような詳細な分析データをはじめ、豊富な表やグラフをご覧いただけます。

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  • ✅ 勝った決まり手1位:寄り切り(250回 / 36.7%)
  • ✅ 負けた決まり手1位:寄り切り(212回 / 29.3%)
  • ✅ 得意な相手:千代丸(11勝1敗 / 勝率.917)
  • ✅ 苦手な相手:高安(8勝26敗 / 勝率.235)

青森県出身の最高位:小結

千年川 亀之助

青森県西津軽郡木造町出身、立田山部屋の元力士で最高位は小結。前さばきが巧みで、すくい投げを武器に豪放大胆な取り口をみせた。有名な一番は明治45年(1912)夏場所3日目でのこと。横綱・太刀山を相手に仕切り直すこと30数回、実に1時間半あまりを費やしたが、いざ勝負が始まると太刀山の二突きであっけなく負けてしまった。このように人を食ったような一面もあった力士。

  • 四股名 :千年川 亀之助(ちとせがわ かめのすけ)
  • 最高位 :小結
  • 年寄名跡:6代立田山
  • 出身地 :青森県西津軽郡木造町(現・つがる市)
  • 本 名 :小嶋 佐兵衛
  • 生年月日:明治17年(1884)1月21日
  • 没年月日:昭和11年(1936)3月4日(享年52歳)
  • 所属部屋:立田山部屋
  • 改名歴 :豊川⇒千年川
  • 初土俵 :明治33年(1900)5月・(16歳4ヵ月)
  • 新十両 :明治40年(1907)1月(23歳0ヵ月)
  • 新入幕 :明治41年(1908)1月(24歳0ヵ月)
  • 新三役 :明治44年(1911)6月(27歳5ヵ月)
  • 最終場所:大正6年(1917)1月(33歳0ヵ月)
  • 優勝等 :なし
  • 成 績 :金星1個
  • 幕内戦歴:66勝62敗31休22分9預(19場所)勝率:51.6%
  •   小結:5勝5敗8休1分1預(2場所)勝率:50.0%
  •   前頭:61勝57敗23休21分8預(17場所)勝率:51.7%
  • 十両戦歴:12勝2敗5分(2場所)勝率:85.7%

櫻錦 利一

  • 四股名 :櫻錦 利一(さくらにしき りいち)
  • 最高位 :小結
  • 年寄名跡:12代高崎
  • 出身地 :青森県北津軽郡
  • 本 名 :会津 利一⇒加藤 利一
  • 生年月日:大正5年(1916)6月26日
  • 没年月日:昭和37年(1962)6月4日(享年45歳)
  • 所属部屋:出羽海部屋
  • 初土俵 :昭和13年(1938)1月・幕下35付出(21歳7ヵ月)
  • 新十両 :昭和14年(1939)1月(22歳7ヵ月)
  • 新入幕 :昭和15年(1940)1月(23歳7ヵ月)
  • 新三役 :昭和22年(1947)11月(31歳5ヵ月)
  • 最終場所:昭和26年(1951)5月(34歳11ヵ月)
  • 生涯戦歴:184勝158敗52休/340出場(30場所)
  • 生涯勝率:53.8%
  • 優勝等 :幕下優勝1回
  • 成 績 :技能賞1回,金星2個
  • 幕内戦歴:149勝146敗51休(26場所)勝率:50.5%
  •   小結:10勝12敗(2場所)勝率:45.5%
  •   前頭:139勝134敗51休(24場所)勝率:50.9%
  • 十両戦歴:20勝8敗(2場所)勝率:71.4%

二子岳 武

初代若乃花の内弟子として花籠部屋からの独立に同行、旧・二子山部屋初の関取となる。引退後は部屋付親方を務めていたが師匠の停年を機に独立、50歳で荒磯部屋を興した

  • 四股名 :二子岳 武(ふたごだけ たけし)
  • 最高位 :小結
  • 年寄名跡:12代白玉⇒12代荒磯
  • 出身地 :青森県北津軽郡金木町
  • 本 名 :山中 武
  • 生年月日:昭和18年(1943)11月15日
  • 所属部屋:花籠⇒二子山部屋
  • 改名歴 :山中⇒若二子⇒二子岳
  • 初土俵 :昭和36年(1961)1月(17歳2ヵ月)
  • 新十両 :昭和39年(1964)11月(21歳0ヵ月)
  • 新入幕 :昭和42年(1967)1月(23歳2ヵ月)
  • 新三役 :昭和42年(1967)11月(24歳0ヵ月)
  • 最終場所:昭和51年(1976)9月(32歳10ヵ月)
  • 生涯戦歴:571勝569敗30休1分/1138出場(95場所)
  • 生涯勝率:50.1%
  • 優勝等 :序ノ口同点1回
  • 成 績 :技能賞1回,金星1個
  • 幕内戦歴:376勝460敗11休1分(57場所)勝率:45.0%
  •   小結:13勝22敗10休(3場所)勝率:37.1%
  •   前頭:363勝438敗1休1分(54場所)勝率:45.3%
  • 十両戦歴:67勝48敗5休(8場所)勝率:58.3%

若獅子 茂憲

小兵ながら立ち合いの蹴手繰りや速い突っ張りが魅力だった。引退後は借株で11の名跡を渡り歩いて「渡り鳥」と呼ばれた

  • 四股名 :若獅子 茂憲(わかじし しげのり)
  • 最高位 :小結
  • 年寄名跡:12代鳴戸⇒6代峰崎⇒7代荒汐⇒20代小野川⇒17代千賀ノ浦⇒12代湊川⇒14代花籠⇒14代竹縄⇒11代芝田山⇒14代藤島⇒13代佐ノ山
  • 出身地 :青森県上北郡上北町
  • 本 名 :和田 耕三郎
  • 生年月日:昭和23年(1948)5月4日
  • 所属部屋:二子山部屋
  • 改名歴 :和田⇒和田ノ花⇒若獅子
  • 初土俵 :昭和39年(1964)5月(16歳0ヵ月)
  • 新十両 :昭和46年(1971)1月(22歳8ヵ月)
  • 新入幕 :昭和48年(1973)1月(24歳8ヵ月)
  • 新三役 :昭和51年(1976)9月(28歳4ヵ月)
  • 最終場所:昭和58年(1983)5月(35歳0ヵ月)
  • 生涯戦歴:678勝683敗21休/1357出場(115場所)
  • 生涯勝率:49.8%
  • 優勝等 :十両優勝1回(同点2),幕下優勝1回
  • 成 績 :敢闘賞1回,金星1個
  • 幕内戦歴:200勝262敗3休(31場所)勝率:43.3%
  •   小結:3勝12敗(1場所)勝率:20.0%
  •   前頭:197勝250敗3休(30場所)勝率:44.1%
  • 十両戦歴:317勝302敗11休(42場所)勝率:51.2%

浪乃花 教天

相手を睨みつける仕切りが人気だった、初代若乃花が育てた最後の幕内力士

  • 四股名 :浪乃花 教天(なみのはな かずたか)
  • 最高位 :小結
  • 出身地 :青森県南津軽郡浪岡町
  • 本 名 :工藤 和博
  • 生年月日:昭和44年(1969)3月19日
  • 所属部屋:二子山部屋
  • 改名歴 :工藤⇒浪ノ花⇒浪乃花⇒浪之花
  • 初土俵 :昭和59年(1984)5月(15歳2ヵ月)
  • 新十両 :平成2年(1990)11月(21歳8ヵ月)
  • 新入幕 :平成4年(1992)9月(23歳6ヵ月)
  • 新三役 :平成7年(1995)3月(26歳0ヵ月)
  • 最終場所:平成9年(1997)3月(28歳0ヵ月)
  • 生涯戦歴:423勝402敗10休/825出場(78場所)
  • 生涯勝率:51.3%
  • 優勝等 :十両優勝2回,幕下同点1回
  • 成 績 :敢闘賞1回
  • 幕内戦歴:117勝153敗(18場所)勝率:43.3%
  •   小結:6勝9敗(1場所)勝率:40.0%
  •   前頭:111勝144敗(17場所)勝率:43.5%
  • 十両戦歴:149勝136敗(19場所)勝率:52.3%

舞の海 秀平

舞の海 秀平 (まいのうみ しゅうへい)青森県西津軽郡鯵ヶ沢町出身、出羽海部屋の元力士で、最高位は小結

平成2年(1990)5月場所に22歳2ヶ月で初土俵を踏み、平成11年(1999)11月場所を最後に引退(31歳8ヶ月)。

通算成績は385勝418敗27休801出場。生涯勝率.481。通算58場所中、34場所を勝ち越した(勝ち越し率.586)。

主な成績は幕下(同点1)技能賞5回

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昭和43年(1968)2月17日生まれ。本名は長尾 秀平。

青森県西津軽郡鰺ヶ沢町出身の舞の海は、角界屈指の小兵でありながら多彩な技を駆使して大型力士を倒す姿から「技のデパート」「平成の牛若丸」と称され、館内を熱狂させた力士である。自己最高位は小結。引退後は日本相撲協会に残らずタレントやスポーツキャスターへと転身。現在はNHK大相撲中継の専属解説者などを務め、独自の視点で相撲を伝えている。

恩師との出会いと苦難の新弟子検査

中学時代、小兵ゆえに相撲の強豪校から声がかからず内心傷ついていたところへ、青森県立木造高等学校相撲部顧問の岩城徹氏が自宅まで訪れて熱心に勧誘。これに心を動かされて同校へ進学し、後に「この出会いがなければ今はない」と語るほど重要な基礎を叩き込まれた。日本大学経済学部へ進学した当初は体重が70キロにも満たず、周囲との体格差に厳しい現実を痛感したが、「90キロになったらレギュラーで使ってやる」という田中英壽監督の言葉を信じて増量を敢行する。全日本相撲選手権大会でベスト32の実績を残し、幕下60枚目格付出の資格を取得。卒業後は教職に就くことが内定していたが、後輩の急死を機に角界入りを決断した。しかし、当時の新弟子検査の身長基準(173センチ以上)に満たず1度不合格となる。その後、頭部にシリコンを埋め込む手術を受けて基準を満たし、出羽海部屋へ入門。平成2年(1990年)5月場所において本名の「長尾」で初土俵を踏んだ。

「舞の海」の誕生と「技のデパート」

順調に勝ち星を重ね、平成3年(1991年)3月場所で新十両に昇進、四股名を郷里の舞戸町に因んだ「舞の海」へと改めた。同年9月場所では早くも新入幕を果たす。「猫だまし」や「八艘跳び」、さらに曙戦で見せた「三所攻め」など、多彩な技を駆使して遥かに体格の勝る大型力士を次々と翻弄し、「技のデパート」の異名を取って大相撲界を盛り上げた。一方で、本人は「左を深く差さないと相撲にならないため、小兵の中では不器用であった」と回顧している。

三役昇進と大怪我による暗転

入幕からしばらくは幕内を維持できれば良いという感覚で相撲を取っていたが、兄弟子の両国からの叱咤や、大学時代の先輩だが教職を経て角界入りした「後輩」の智ノ花に先に三役昇進を越された悔しさから発奮する。自身が「生涯で最も強かった」と振り返る平成6年(1994年)7月場所で大関・貴ノ花を破るなど活躍し、翌9月場所で待望の新小結に昇進した。しかし、同場所2日目の貴闘力戦で生命線である左腕の腱を断裂して大きく負け越し、結果的に三役経験はこの1場所のみとなった。さらに平成8年(1996年)7月場所では、小錦を破った際に体重差約200キロの小錦が左膝へ倒れ込み、左膝内側側副靭帯損傷の大怪我を負って十両へ陥落した。

満身創痍の晩年と引退

一時は幕内へ復帰したものの下位に停滞し、平成10年(1998年)3月場所を最後に十両へ再び陥落する。その後も満身創痍で土俵を務め続けたが、平成11年(1999年)11月場所の13日目、水戸泉戦で敗れた際に左足首靭帯損傷と左ふくらはぎの肉離れを起こし休場。千秋楽に強行出場するも敗れて幕下陥落が濃厚となり、現役引退を表明した。現役時代は通算5度の技能賞を獲得するなど、記録にも記憶にも残る活躍を見せた。引退後は年寄名跡に空きがなく、自身も親方への希望を強く持っていなかったため、協会には残らずタレントやスポーツキャスターへ転身。現在はNHK大相撲中継の専属解説者を務めている。

四股名
舞の海 秀平 (まいのうみ しゅうへい)
最高位
小結
出身地
青森県西津軽郡鯵ヶ沢町
本名
長尾 秀平
生年月日
昭和43年(1968)2月17日
出身高校
青森県立木造高校
出身大学
日本大学
所属部屋
出羽海部屋
改名歴
長尾 秀平 → 舞の海 秀平
初土俵
平成2年(1990)5月 幕下60枚目付出(22歳2ヶ月)
新十両
平成3年(1991)3月(所要5場所)
23歳0ヶ月(初土俵から0年10ヶ月)
新入幕
平成3年(1991)9月(所要8場所)
23歳6ヶ月(初土俵から1年4ヶ月)
新小結
平成6年(1994)9月(所要26場所)
26歳6ヶ月(初土俵から4年4ヶ月)
最終場所
平成11年(1999)11月場所(31歳8ヶ月)
大相撲歴
58場所(9年6ヶ月)
通算成績
385勝418敗27休801出場(勝率.481)
通算58場所
勝ち越し34場所(勝ち越し率.586)(勝ち越し星82)
優勝等
幕下(同点1)
受賞・金星
技能賞5回
持給金
72円50銭(勝ち越し星82個)
幕内戦歴
241勝287敗12休527出場(勝率.457)
在位36場所(在位率.621)
勝ち越し18場所(勝ち越し率.500)
三役戦歴
2勝13敗0休15出場(勝率.133)
在位1場所(在位率.017)
勝ち越し0場所(勝ち越し率.000)
小結戦歴
2勝13敗0休15出場(勝率.133)
在位1場所(在位率.017)
勝ち越し0場所(勝ち越し率.000)
前頭戦歴
239勝274敗12休512出場(勝率.467)
在位35場所(在位率.603)
勝ち越し18場所(勝ち越し率.514)
十両戦歴
118勝122敗15休239出場(勝率.494)
在位17場所(在位率.293)
勝ち越し11場所(勝ち越し率.647)
関取戦歴
359勝409敗27休766出場(勝率.469)
在位53場所(在位率.914)
勝ち越し29場所(勝ち越し率.547)
幕下以下歴
26勝9敗0休35出場(勝率.743)
在位5場所(在位率.086)
勝ち越し5場所(勝ち越し率1.000)

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  • ✅ 勝った決まり手1位:下手投げ(105回 / 29.0%)
  • ✅ 負けた決まり手1位:寄り切り(108回 / 26.3%)
  • ✅ 得意な相手:琴稲妻(14勝9敗 / 勝率.609)
  • ✅ 苦手な相手:若乃花(1勝12敗 / 勝率.077)

海鵬 涼至

  • 四股名 :海鵬 涼至(かいほう りょうじ)
  • 最高位 :小結
  • 年寄名跡:12代谷川
  • 出身地 :青森県西津軽郡深浦町
  • 本 名 :熊谷 涼至
  • 生年月日:昭和48年(1973)4月17日
  • 出身大学:日本大学
  • 所属部屋:八角部屋
  • 改名歴 :熊谷⇒海鵬
  • 初土俵 :平成8年(1996)1月・幕下60付出(22歳9ヵ月)
  • 新十両 :平成9年(1997)5月(24歳1ヵ月)
  • 新入幕 :平成10年(1998)5月(25歳1ヵ月)
  • 新三役 :平成13年(2001)11月(28歳7ヵ月)
  • 最終場所:平成22年(2010)7月(37歳3ヵ月)
  • 生涯戦歴:572勝637敗36休/1207出場(88場所)
  • 生涯勝率:47.3%
  • 優勝等 :幕下優勝1回(同点1)
  • 成 績 :技能賞2回,金星1個
  • 幕内戦歴:326勝377敗32休(49場所)勝率:46.4%
  •   小結:5勝10敗(1場所)勝率:33.3%
  •   前頭:321勝367敗32休(48場所)勝率:46.7%
  • 十両戦歴:210勝240敗(30場所)勝率:46.7%

高見盛 精彦

高見盛 精彦(たかみさかり せいけん)青森県北津軽郡板柳町出身、東関部屋の元力士で、最高位は小結

平成11年(1999)3月場所に22歳10ヶ月で初土俵を踏み、平成25年(2013)1月場所を最後に引退(36歳8ヶ月)。

通算成績は563勝564敗46休1125出場。生涯勝率.500。通算83場所中、39場所を勝ち越した(勝ち越し率.470)。

主な成績は十両優勝1回殊勲賞1回,敢闘賞2回,技能賞2回,金星2個(武蔵丸1個、朝青龍1個)。

昭和51年(1976)5月12日生まれ。本名は加藤 精彦。

独特の仕切りで「角界のロボコップ」と呼ばれた人気者。花道を退く際の姿でダイレクトに伝わってくるストレートな感情表現も魅力だった。

現役引退後は16代振分を襲名し、兄弟子でもあった13代東関(元幕内・潮丸)を支え続けていたが令和元年(2019)12月13日に13代が夭折。自身に「師匠」が務まるのか悩んだが、熟考の末に部屋を継承することを決意、14代東関を襲名し先代の意思を受け継ぐこととなった。

しかし師匠としての重責は大きく、令和3年(2021)4月1日付で東関部屋を閉鎖、所属力士らと共に八角部屋へ移籍した。

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年寄
14代東関 精彦(八角部屋)
四股名
高見盛 精彦(たかみさかり せいけん)
最高位
小結
年寄名跡
16代振分 精彦 → 14代東関 大五郎14代東関 大五郎 → 14代東関 精彦
出身地
青森県北津軽郡板柳町
本名
加藤 精彦
生年月日
昭和51年(1976)5月12日(50歳)
出身高校
青森県立弘前実業高校
出身大学
日本大学
所属部屋
東関部屋
改名歴
加藤 精彦 → 高見盛 精彦
初土俵
平成11年(1999)3月 幕下60枚目格付出(22歳10ヶ月)
新十両
平成12年(2000)1月(所要5場所)
23歳7ヶ月(初土俵から0年10ヶ月)
新入幕
平成12年(2000)7月(所要8場所)
24歳1ヶ月(初土俵から1年4ヶ月)
新小結
平成14年(2002)9月(所要21場所)
26歳3ヶ月(初土俵から3年6ヶ月)
最終場所
平成25年(2013)1月(36歳8ヶ月)
大相撲歴
83場所(13年10ヶ月)
通算成績
563勝564敗46休1125出場(勝率.500)
通算83場所
勝ち越し39場所(勝ち越し率.470)
優勝等
十両優勝1回
受賞・金星
殊勲賞1回,敢闘賞2回,技能賞2回,金星2個
幕内戦歴
408勝446敗16休852出場(勝率.478)
在位58場所(在位率.699)
勝ち越し25場所(勝ち越し率.431)
小結戦歴
9勝21敗0休30出場(勝率.300)
在位2場所(在位率.024)
勝ち越し0場所(勝ち越し率.000)
前頭戦歴
399勝425敗16休822出場(勝率.484)
在位56場所(在位率.675)
勝ち越し25場所(勝ち越し率.446)
十両戦歴
111勝99敗30休210出場(勝率.529)
在位16場所(在位率.193)
勝ち越し6場所(勝ち越し率.375)
関取戦歴
519勝545敗46休1062出場(勝率.488)
在位74場所(在位率.892)
勝ち越し31場所(勝ち越し率.419)
幕下以下歴
44勝19敗0休63出場(勝率.698)
在位9場所(在位率.108)
勝ち越し8場所(勝ち越し率.889)


岩木山 竜太

岩木山 竜太 (いわきやま りゅうた)青森県弘前市出身、中立~境川部屋の元力士で、最高位は小結

平成12年(2000)7月場所に24歳4ヶ月で初土俵を踏み、平成22年(2010)9月場所を最後に引退(34歳6ヶ月)。

通算成績は407勝365敗78休769出場。生涯勝率.529。通算62場所中、34場所を勝ち越した(勝ち越し率.548)。

主な成績は幕内(次点1)、十両優勝2回、三段目優勝1回敢闘賞1回、技能賞1回、金星1個(朝青龍1個)

昭和51年(1976)3月2日生まれ。本名は對馬 竜太。

青森大学相撲部出身として初めて幕内の土俵を踏んだ岩木山は、立ち合いからの圧倒的な馬力を武器に三役まで駆け上がった名力士である。社会人を経てからの入門でありながら猛スピードで出世を果たし、志半ばで病魔に倒れるまで、記憶に残る激しい相撲でファンを魅了し続けた。

親友の急逝と角界への挑戦

青森県に生まれ、青森大学へ進学して相撲部で活躍した。卒業後は青森山田高校の職員兼相撲部コーチとして働きながらアマチュア相撲を続け、平成10年(1998年)の全日本相撲選手権大会で8位入賞を果たすなど実績を重ねていた。

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しかし、ともにアマチュア相撲で汗を流していた友人が、24歳で交通事故死を遂げるという悲しい出来事が起こる。これを機に自身の相撲への情熱と人生を見つめ直し、亡き友への思いを胸にプロ入りを決意した。

アマチュア時代の実績から幕下付出の資格を得て、11代中立(元小結・両国)が率いる中立部屋(のちの境川部屋)へ入門。平成12年(2000年)7月場所に本名の「對馬」で初土俵を踏んだ。

怒涛のスピード出世と「岩木山」の誕生

初土俵、翌場所から怪我で休場したこともあり一度は三段目へ番付を落としたが、平成13年(2001年)1月場所から故郷の山にちなんだ「岩木山」へと改名する。すると直後の3月場所において7戦全勝で三段目優勝を飾り、ここから一気に番付を駆け上がっていった。

翌平成14年(2002年)3月場所で新十両へ昇進し、続く5月場所では11勝4敗の好成績を挙げて十両優勝を果たす。勢いそのままに白星を重ね、同年11月場所において新入幕を果たした。青森大学出身者として初の幕内力士誕生という快挙であった。

規格外の破壊力と上位戦線での躍進

185センチ、170キロを超える巨体を活かした立ち合いのぶちかましと、突き押しの破壊力は幕内でも群を抜いていた。新入幕の場所で10勝5敗の好成績を挙げて敢闘賞を獲得すると、幕内上位の土俵へと定着していく。

平成15年(2003年)9月場所では東前頭5枚目で11勝4敗の成績を残し、優勝した横綱・朝青龍に次ぐ星を挙げて初の技能賞を獲得。この活躍により、翌11月場所では新小結へと昇進を果たした。さらに平成16年(2004年)9月場所では、圧倒的な強さを誇っていた横綱・朝青龍を破り、自身初にして唯一の金星を獲得するなど、上位陣を大いに脅かす存在となった。

首の負傷とベテランとしての奮闘

激しい相撲の代償として、現役後半は怪我に苦しめられた。主に首を負傷したことで得意のぶちかましができなくなり、膝にも爆弾を抱えるようになる。馬力に陰りが見え始めた平成18年(2006年)11月場所以降は負け越しが続き、十両陥落も経験したが、そのたびにベテランの意地で幕内へ復帰し、長く土俵を務め続けた。

病魔との闘いとイレギュラーな番付残留

その後も幕内と十両の土俵で存在感を示し続けたが、平成22年(2010年)4月に小脳梗塞という大病を発症してしまう。

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命に関わる重篤な状態からは回復したものの、土俵への復帰は極めて困難な状況であった。この5月場所から連続で全休を余儀なくされ、7月場所を終えた時点で幕下への陥落が濃厚となり、引退の方向で話が進んでいた。しかし、この7月場所は大相撲野球賭博問題の影響で多数の謹慎力士が出た場所であり、「病気による全休と謹慎休場は区別する」という相撲協会の特例措置により、翌9月場所も十両の番付に留まることとなった。

この9月場所(西十両14枚目)も全休し、同場所の千秋楽に現役引退を発表。引退後はすでに取得していた年寄「関ノ戸」を襲名し、日本相撲協会に残って境川部屋の部屋付き親方として後進の指導にあたっている。友人の死を乗り越えて遅咲きの花を咲かせ、規格外の馬力で土俵を沸かせたその歩みは、指導者となった現在も後輩力士たちへと受け継がれている。

四股名
岩木山 竜太 (いわきやま りゅうた)
最高位
小結
年寄名跡
18代関ノ戸 竜太(境川)
出身地
青森県中津軽郡岩木町 → 青森県弘前市
本名
對馬 竜太
生年月日
昭和51年(1976)3月2日(50歳)
出身高校
弘前実業高校
出身大学
青森大学
所属部屋
中立~境川部屋
改名歴
對馬 竜太 → 岩木山 竜太
初土俵
平成12年(2000)7月 幕下60枚目付出(24歳4ヶ月)
新十両
平成14年(2002)3月(所要10場所)
26歳0ヶ月(初土俵から1年8ヶ月)
新入幕
平成14年(2002)11月(所要14場所)
26歳8ヶ月(初土俵から2年4ヶ月)
新小結
平成15年(2003)11月(所要20場所)
27歳8ヶ月(初土俵から3年4ヶ月)
最終場所
平成22年(2010)9月場所(34歳6ヶ月)
大相撲歴
62場所(10年2ヶ月)
通算成績
407勝365敗78休769出場(勝率.529)
通算62場所
勝ち越し34場所(勝ち越し率.548)(勝ち越し星123)
優勝等
幕内(次点1),十両優勝2回,三段目優勝1回
受賞・金星
敢闘賞1回,技能賞1回,金星1個(朝青龍1個)
持給金
96円(勝ち越し星123個 金星1個)
幕内戦歴
293勝318敗34休608出場(勝率.482)
在位43場所(在位率.694)
勝ち越し20場所(勝ち越し率.465)
三役戦歴
10勝20敗0休30出場(勝率.333)
在位2場所(在位率.032)
勝ち越し0場所(勝ち越し率.000)
小結戦歴
10勝20敗0休30出場(勝率.333)
在位2場所(在位率.032)
勝ち越し0場所(勝ち越し率.000)
前頭戦歴
283勝298敗34休578出場(勝率.490)
在位41場所(在位率.661)
勝ち越し20場所(勝ち越し率.488)
十両戦歴
72勝33敗30休105出場(勝率.686)
在位9場所(在位率.145)
勝ち越し7場所(勝ち越し率.778)
関取戦歴
365勝351敗64休713出場(勝率.512)
在位52場所(在位率.839)
勝ち越し27場所(勝ち越し率.519)
幕下以下歴
42勝14敗14休56出場(勝率.750)
在位10場所(在位率.161)
勝ち越し7場所(勝ち越し率.700)

岩木山 竜太の更に詳細なデータは力士名鑑で!

名鑑ページでは、以下のような詳細な分析データをはじめ、豊富な表やグラフをご覧いただけます。

  • ✅ 勝った決まり手1位:寄り切り(132回 / 32.1%)
  • ✅ 負けた決まり手1位:寄り切り(132回 / 36.2%)
  • ✅ 得意な相手:垣添(17勝1敗 / 勝率.944)
  • ✅ 苦手な相手:朝青龍(1勝15敗 / 勝率.062)

阿武咲 奎也

阿武咲 奎也(おうのしょう ふみや)は青森県 北津軽郡中泊町出身、阿武松部屋の力士で最高位は小結。令和7年1月場所の番付は東 幕下3枚目。

同郷の宝富士は中里道場の10学年先輩にあたる。全国都道府県中学生相撲選手権大会の無差別級では大会史上初の2連覇を果たした。三本木農業高校でも1年生から国体相撲少年の部で優勝など大活躍をみせ、先代の阿武松親方(元関脇・益荒雄)の誠意あるスカウトにより高校を退学しての入門を決意。四股名は「土俵上で花が咲くように」と地元の恩師が付けてくれたもの

四股名
阿武咲 奎也(おうのしょう ふみや)
最高位
小結
最新番付
東 幕下3枚目
出身地
青森県 北津軽郡中泊町
本名
打越 奎也
生年月日
平成8年(1996)7月4日(29歳)
出身高校
三本木農業高校・中退
所属部屋
阿武松部屋
初土俵
平成25年(2013)1月(16歳6ヵ月)
新十両
平成27年(2015)1月(18歳6ヵ月)
新入幕
平成29年(2017)5月(20歳10ヵ月)
新小結
平成29年(2017)11月(21歳4ヵ月)
優勝
十両優勝1回
受賞・金星
殊勲賞1回,敢闘賞3回,金星2個
通算成績
473勝422敗59休/888出場(勝率:53.3%)
直近7場所
(幕内:26勝23敗11休)(十両:3勝15敗12休)
7場所勝率
45.3%
令7年1月
東 幕下3枚目(7枚降下)
0勝0敗
     |     |     
令6年11月
東 十両10枚目(8枚半降下)
2勝11敗2休
●○●●●|○●●●●|●●■やや
令6年9月
西 十両筆頭(13枚降下)
1勝4敗10休
○●●●■|ややややや|ややややや
令6年7月
東 前頭5枚目(変動なし)
0勝4敗11休
●●●■や|ややややや|ややややや
令6年5月
東 前頭5枚目(3枚上昇)
7勝8敗
●○●●○|○○●●●|●○●○○
令6年3月
東 前頭8枚目(6枚半上昇)
9勝6敗
○○○●●|○○●●○|●○●○○
令6年1月
西 前頭14枚目
10勝5敗
●○○○○|○□○□●|●●●○○

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