青森出身の過去から現在までの主な力士をご紹介する青森県の大相撲力士まとめ!この記事では青森出身の関取を中心に、青森の郷土力士をご紹介していきます。
過去の力士については最高位や改名歴、初土俵や各段の昇進時期と最終場所、さらに生涯戦歴と生涯勝率、成績等を中心にご紹介していきます。また、現役力士については最高位と昇進時期、主な成績などを載せています。
なお、年寄名跡欄のマークは、その代で師匠(部屋持ち親方)になったことがあるという意味です。
現役の青森県出身力士の最新番付や成績、詳細なデータをご覧になりたい方はこちら
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★ 青森県での巡業予定
青森県巡業 弘前市(8/16)
「大相撲弘前場所」
開催日時:2026年8月16日(日)
巡業会場:青森県武道館(地図)
住 所:青森県弘前市豊田2-3
公式サイト・関連情報
チケット購入方法等
公演などに関するお問い合わせ先
青森県巡業 青森市(8/18)
「大相撲青森場所」
開催日時:2026年8月18日(火)
巡業会場:青森市総合体育館(カクヒログループスーパーアリーナ)(地図)
住 所:青森県青森市浦町橋本335-17
公式サイト・関連情報
チケット購入方法等
4/10(金) 10:00 ~ 8/16(日) 23:59
ABAチケット(先行販売:4/3(金)10:00~)
青森県出身の優勝力士
青森県出身の幕内優勝力士を紹介します。
青森県出身の優勝力士一覧
では青森県出身の幕内優勝力士を年月順で一覧表にして見てみましょう。
青森県出身の優勝力士ランキング
次は青森県出身力士の優勝回数と成績のランキングです。
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該当力士:63 名
千年川 亀之助
青森県西津軽郡木造町出身、立田山部屋の元力士で最高位は小結。前さばきが巧みで、すくい投げを武器に豪放大胆な取り口をみせた。有名な一番は明治45年(1912)夏場所3日目でのこと。横綱・太刀山を相手に仕切り直すこと30数回、実に1時間半あまりを費やしたが、いざ勝負が始まると太刀山の二突きであっけなく負けてしまった。このように人を食ったような一面もあった力士。
- 四股名 :千年川 亀之助(ちとせがわ かめのすけ)
- 最高位 :小結
- 年寄名跡:6代立田山
- 出身地 :青森県西津軽郡木造町(現・つがる市)
- 本 名 :小嶋 佐兵衛
- 生年月日:明治17年(1884)1月21日
- 没年月日:昭和11年(1936)3月4日(享年52歳)
- 所属部屋:立田山部屋
- 改名歴 :豊川⇒千年川
- 初土俵 :明治33年(1900)5月・(16歳4ヵ月)
- 新十両 :明治40年(1907)1月(23歳0ヵ月)
- 新入幕 :明治41年(1908)1月(24歳0ヵ月)
- 新三役 :明治44年(1911)6月(27歳5ヵ月)
- 最終場所:大正6年(1917)1月(33歳0ヵ月)
- 優勝等 :なし
- 成 績 :金星1個
- 幕内戦歴:66勝62敗31休22分9預(19場所)勝率:51.6%
- 小結:5勝5敗8休1分1預(2場所)勝率:50.0%
- 前頭:61勝57敗23休21分8預(17場所)勝率:51.7%
- 十両戦歴:12勝2敗5分(2場所)勝率:85.7%
櫻錦 利一
- 四股名 :櫻錦 利一(さくらにしき りいち)
- 最高位 :小結
- 年寄名跡:12代高崎
- 出身地 :青森県北津軽郡
- 本 名 :会津 利一⇒加藤 利一
- 生年月日:大正5年(1916)6月26日
- 没年月日:昭和37年(1962)6月4日(享年45歳)
- 所属部屋:出羽海部屋
- 初土俵 :昭和13年(1938)1月・幕下35付出(21歳7ヵ月)
- 新十両 :昭和14年(1939)1月(22歳7ヵ月)
- 新入幕 :昭和15年(1940)1月(23歳7ヵ月)
- 新三役 :昭和22年(1947)11月(31歳5ヵ月)
- 最終場所:昭和26年(1951)5月(34歳11ヵ月)
- 生涯戦歴:184勝158敗52休/340出場(30場所)
- 生涯勝率:53.8%
- 優勝等 :幕下優勝1回
- 成 績 :技能賞1回,金星2個
- 幕内戦歴:149勝146敗51休(26場所)勝率:50.5%
- 小結:10勝12敗(2場所)勝率:45.5%
- 前頭:139勝134敗51休(24場所)勝率:50.9%
- 十両戦歴:20勝8敗(2場所)勝率:71.4%
二子岳 武
初代若乃花の内弟子として花籠部屋からの独立に同行、旧・二子山部屋初の関取となる。引退後は部屋付親方を務めていたが師匠の停年を機に独立、50歳で荒磯部屋を興した
- 四股名 :二子岳 武(ふたごだけ たけし)
- 最高位 :小結
- 年寄名跡:12代白玉⇒12代荒磯
- 出身地 :青森県北津軽郡金木町
- 本 名 :山中 武
- 生年月日:昭和18年(1943)11月15日
- 所属部屋:花籠⇒二子山部屋
- 改名歴 :山中⇒若二子⇒二子岳
- 初土俵 :昭和36年(1961)1月(17歳2ヵ月)
- 新十両 :昭和39年(1964)11月(21歳0ヵ月)
- 新入幕 :昭和42年(1967)1月(23歳2ヵ月)
- 新三役 :昭和42年(1967)11月(24歳0ヵ月)
- 最終場所:昭和51年(1976)9月(32歳10ヵ月)
- 生涯戦歴:571勝569敗30休1分/1138出場(95場所)
- 生涯勝率:50.1%
- 優勝等 :序ノ口同点1回
- 成 績 :技能賞1回,金星1個
- 幕内戦歴:376勝460敗11休1分(57場所)勝率:45.0%
- 小結:13勝22敗10休(3場所)勝率:37.1%
- 前頭:363勝438敗1休1分(54場所)勝率:45.3%
- 十両戦歴:67勝48敗5休(8場所)勝率:58.3%
若獅子 茂憲
小兵ながら立ち合いの蹴手繰りや速い突っ張りが魅力だった。引退後は借株で11の名跡を渡り歩いて「渡り鳥」と呼ばれた
- 四股名 :若獅子 茂憲(わかじし しげのり)
- 最高位 :小結
- 年寄名跡:12代鳴戸⇒6代峰崎⇒7代荒汐⇒20代小野川⇒17代千賀ノ浦⇒12代湊川⇒14代花籠⇒14代竹縄⇒11代芝田山⇒14代藤島⇒13代佐ノ山
- 出身地 :青森県上北郡上北町
- 本 名 :和田 耕三郎
- 生年月日:昭和23年(1948)5月4日
- 所属部屋:二子山部屋
- 改名歴 :和田⇒和田ノ花⇒若獅子
- 初土俵 :昭和39年(1964)5月(16歳0ヵ月)
- 新十両 :昭和46年(1971)1月(22歳8ヵ月)
- 新入幕 :昭和48年(1973)1月(24歳8ヵ月)
- 新三役 :昭和51年(1976)9月(28歳4ヵ月)
- 最終場所:昭和58年(1983)5月(35歳0ヵ月)
- 生涯戦歴:678勝683敗21休/1357出場(115場所)
- 生涯勝率:49.8%
- 優勝等 :十両優勝1回(同点2),幕下優勝1回
- 成 績 :敢闘賞1回,金星1個
- 幕内戦歴:200勝262敗3休(31場所)勝率:43.3%
- 小結:3勝12敗(1場所)勝率:20.0%
- 前頭:197勝250敗3休(30場所)勝率:44.1%
- 十両戦歴:317勝302敗11休(42場所)勝率:51.2%
浪乃花 教天
相手を睨みつける仕切りが人気だった、初代若乃花が育てた最後の幕内力士
- 四股名 :浪乃花 教天(なみのはな かずたか)
- 最高位 :小結
- 出身地 :青森県南津軽郡浪岡町
- 本 名 :工藤 和博
- 生年月日:昭和44年(1969)3月19日
- 所属部屋:二子山部屋
- 改名歴 :工藤⇒浪ノ花⇒浪乃花⇒浪之花
- 初土俵 :昭和59年(1984)5月(15歳2ヵ月)
- 新十両 :平成2年(1990)11月(21歳8ヵ月)
- 新入幕 :平成4年(1992)9月(23歳6ヵ月)
- 新三役 :平成7年(1995)3月(26歳0ヵ月)
- 最終場所:平成9年(1997)3月(28歳0ヵ月)
- 生涯戦歴:423勝402敗10休/825出場(78場所)
- 生涯勝率:51.3%
- 優勝等 :十両優勝2回,幕下同点1回
- 成 績 :敢闘賞1回
- 幕内戦歴:117勝153敗(18場所)勝率:43.3%
- 小結:6勝9敗(1場所)勝率:40.0%
- 前頭:111勝144敗(17場所)勝率:43.5%
- 十両戦歴:149勝136敗(19場所)勝率:52.3%
舞の海 秀平
舞の海 秀平(まいのうみ しゅうへい)は青森県西津軽郡鯵ヶ沢町出身、出羽海部屋の元力士で、最高位は小結。
平成2年(1990)5月場所に22歳2ヶ月で初土俵を踏み、平成11年(1999)11月場所を最後に引退(31歳9ヶ月)。
通算成績は385勝418敗27休801出場。生涯勝率.479。通算58場所中、33場所を勝ち越した(勝ち越し率.569)。
主な成績は幕下同点1回。技能賞5回。
昭和43年(1968)2月17日生まれ。本名は長尾 秀平。
多彩な技で観客を魅了し「技のデパート」や「平成の牛若丸」と呼ばれて人気をよんだ。引退後はNHK大相撲中継の専属解説者として活躍。
- 四股名
- 舞の海 秀平(まいのうみ しゅうへい)
- 最高位
- 小結
- 出身地
- 青森県西津軽郡鯵ヶ沢町
- 本名
- 長尾 秀平
- 生年月日
- 昭和43年(1968)2月17日(58歳)
- 出身高校
- 青森県立木造高校
- 出身大学
- 日本大学
- 所属部屋
- 出羽海部屋
- 改名歴
- 長尾 秀平 → 舞の海 秀平
- 初土俵
- 平成2年(1990)5月 幕下60枚目格付出(22歳2ヶ月)
- 新十両
- 平成3年(1991)3月(所要5場所)
- 23歳0ヶ月(初土俵から0年10ヶ月)
- 新入幕
- 平成3年(1991)9月(所要8場所)
- 23歳6ヶ月(初土俵から1年4ヶ月)
- 新小結
- 平成6年(1994)9月(所要26場所)
- 26歳6ヶ月(初土俵から4年4ヶ月)
- 最終場所
- 平成11年(1999)11月(31歳9ヶ月)
- 大相撲歴
- 58場所(9年6ヶ月)
- 通算成績
- 385勝418敗27休801出場(勝率.479)
- 通算58場所
- 勝ち越し33場所(勝ち越し率.569)(勝ち越し星81)
- 優勝等
- 幕下同点1回
- 受賞・金星
- 技能賞5回
- 持給金
- 72円(勝ち越し星81個)
- 幕内戦歴
- 241勝287敗12休527出場(勝率.456)
- 在位36場所(在位率.621)
- 勝ち越し17場所(勝ち越し率.472)
- 小結戦歴
- 2勝13敗0休15出場(勝率.133)
- 在位1場所(在位率.017)
- 勝ち越し0場所(勝ち越し率.000)
- 前頭戦歴
- 239勝274敗12休512出場(勝率.466)
- 在位35場所(在位率.603)
- 勝ち越し17場所(勝ち越し率.486)
- 十両戦歴
- 118勝122敗15休239出場(勝率.492)
- 在位17場所(在位率.293)
- 勝ち越し11場所(勝ち越し率.647)
- 関取戦歴
- 359勝409敗27休766出場(勝率.467)
- 在位53場所(在位率.914)
- 勝ち越し28場所(勝ち越し率.528)
- 幕下以下歴
- 26勝9敗0休35出場(勝率.743)
- 在位5場所(在位率.086)
- 勝ち越し5場所(勝ち越し率1.000)
海鵬 涼至
- 四股名 :海鵬 涼至(かいほう りょうじ)
- 最高位 :小結
- 年寄名跡:12代谷川
- 出身地 :青森県西津軽郡深浦町
- 本 名 :熊谷 涼至
- 生年月日:昭和48年(1973)4月17日
- 出身大学:日本大学
- 所属部屋:八角部屋
- 改名歴 :熊谷⇒海鵬
- 初土俵 :平成8年(1996)1月・幕下60付出(22歳9ヵ月)
- 新十両 :平成9年(1997)5月(24歳1ヵ月)
- 新入幕 :平成10年(1998)5月(25歳1ヵ月)
- 新三役 :平成13年(2001)11月(28歳7ヵ月)
- 最終場所:平成22年(2010)7月(37歳3ヵ月)
- 生涯戦歴:572勝637敗36休/1207出場(88場所)
- 生涯勝率:47.3%
- 優勝等 :幕下優勝1回(同点1)
- 成 績 :技能賞2回,金星1個
- 幕内戦歴:326勝377敗32休(49場所)勝率:46.4%
- 小結:5勝10敗(1場所)勝率:33.3%
- 前頭:321勝367敗32休(48場所)勝率:46.7%
- 十両戦歴:210勝240敗(30場所)勝率:46.7%
高見盛 精彦
高見盛 精彦(たかみさかり せいけん)は青森県北津軽郡板柳町出身、東関部屋の元力士で、最高位は小結。
平成11年(1999)3月場所に22歳10ヶ月で初土俵を踏み、平成25年(2013)1月場所を最後に引退(36歳8ヶ月)。
通算成績は563勝564敗46休1125出場。生涯勝率.500。通算83場所中、39場所を勝ち越した(勝ち越し率.470)。
主な成績は十両優勝1回。殊勲賞1回,敢闘賞2回,技能賞2回,金星2個(武蔵丸1個、朝青龍1個)。
昭和51年(1976)5月12日生まれ。本名は加藤 精彦。
独特の仕切りで「角界のロボコップ」と呼ばれた人気者。花道を退く際の姿でダイレクトに伝わってくるストレートな感情表現も魅力だった。
現役引退後は16代振分を襲名し、兄弟子でもあった13代東関(元幕内・潮丸)を支え続けていたが令和元年(2019)12月13日に13代が夭折。自身に「師匠」が務まるのか悩んだが、熟考の末に部屋を継承することを決意、14代東関を襲名し先代の意思を受け継ぐこととなった。
しかし師匠としての重責は大きく、令和3年(2021)4月1日付で東関部屋を閉鎖、所属力士らと共に八角部屋へ移籍した。
- 年寄
- 14代東関 精彦(八角部屋)
- 四股名
- 高見盛 精彦(たかみさかり せいけん)
- 最高位
- 小結
- 年寄名跡
- 16代振分 精彦 → 14代東関 大五郎 → 14代東関 大五郎 → 14代東関 精彦
- 出身地
- 青森県北津軽郡板柳町
- 本名
- 加藤 精彦
- 生年月日
- 昭和51年(1976)5月12日(49歳)
- 出身高校
- 青森県立弘前実業高校
- 出身大学
- 日本大学
- 所属部屋
- 東関部屋
- 改名歴
- 加藤 精彦 → 高見盛 精彦
- 初土俵
- 平成11年(1999)3月 幕下60枚目格付出(22歳10ヶ月)
- 新十両
- 平成12年(2000)1月(所要5場所)
- 23歳7ヶ月(初土俵から0年10ヶ月)
- 新入幕
- 平成12年(2000)7月(所要8場所)
- 24歳1ヶ月(初土俵から1年4ヶ月)
- 新小結
- 平成14年(2002)9月(所要21場所)
- 26歳3ヶ月(初土俵から3年6ヶ月)
- 最終場所
- 平成25年(2013)1月(36歳8ヶ月)
- 大相撲歴
- 83場所(13年10ヶ月)
- 通算成績
- 563勝564敗46休1125出場(勝率.500)
- 通算83場所
- 勝ち越し39場所(勝ち越し率.470)
- 優勝等
- 十両優勝1回
- 受賞・金星
- 殊勲賞1回,敢闘賞2回,技能賞2回,金星2個
- 幕内戦歴
- 408勝446敗16休852出場(勝率.478)
- 在位58場所(在位率.699)
- 勝ち越し25場所(勝ち越し率.431)
- 小結戦歴
- 9勝21敗0休30出場(勝率.300)
- 在位2場所(在位率.024)
- 勝ち越し0場所(勝ち越し率.000)
- 前頭戦歴
- 399勝425敗16休822出場(勝率.484)
- 在位56場所(在位率.675)
- 勝ち越し25場所(勝ち越し率.446)
- 十両戦歴
- 111勝99敗30休210出場(勝率.529)
- 在位16場所(在位率.193)
- 勝ち越し6場所(勝ち越し率.375)
- 関取戦歴
- 519勝545敗46休1062出場(勝率.488)
- 在位74場所(在位率.892)
- 勝ち越し31場所(勝ち越し率.419)
- 幕下以下歴
- 44勝19敗0休63出場(勝率.698)
- 在位9場所(在位率.108)
- 勝ち越し8場所(勝ち越し率.889)
岩木山 竜太
岩木山 竜太 (いわきやま りゅうた)は青森県弘前市出身、中立~境川部屋の元力士で、最高位は小結。
平成12年(2000)7月場所に24歳4ヶ月で初土俵を踏み、平成22年(2010)9月場所を最後に引退(34歳6ヶ月)。
通算成績は407勝365敗78休769出場。生涯勝率.529。通算62場所中、34場所を勝ち越した(勝ち越し率.548)。
主な成績は幕内(次点1)、十両優勝2回、三段目優勝1回、敢闘賞1回、技能賞1回、金星1個(朝青龍1個)。
昭和51年(1976)3月2日生まれ。本名は對馬 竜太。
青森大学相撲部出身として初めて幕内の土俵を踏んだ岩木山は、立ち合いからの圧倒的な馬力を武器に三役まで駆け上がった名力士である。社会人を経てからの入門でありながら猛スピードで出世を果たし、志半ばで病魔に倒れるまで、記憶に残る激しい相撲でファンを魅了し続けた。
親友の急逝と角界への挑戦
青森県に生まれ、青森大学へ進学して相撲部で活躍した。卒業後は青森山田高校の職員兼相撲部コーチとして働きながらアマチュア相撲を続け、平成10年(1998年)の全日本相撲選手権大会で8位入賞を果たすなど実績を重ねていた。
しかし、ともにアマチュア相撲で汗を流していた友人が、24歳で交通事故死を遂げるという悲しい出来事が起こる。これを機に自身の相撲への情熱と人生を見つめ直し、亡き友への思いを胸にプロ入りを決意した。
アマチュア時代の実績から幕下付出の資格を得て、11代中立(元小結・両国)が率いる中立部屋(のちの境川部屋)へ入門。平成12年(2000年)7月場所に本名の「對馬」で初土俵を踏んだ。
怒涛のスピード出世と「岩木山」の誕生
初土俵、翌場所から怪我で休場したこともあり一度は三段目へ番付を落としたが、平成13年(2001年)1月場所から故郷の山にちなんだ「岩木山」へと改名する。すると直後の3月場所において7戦全勝で三段目優勝を飾り、ここから一気に番付を駆け上がっていった。
翌平成14年(2002年)3月場所で新十両へ昇進し、続く5月場所では11勝4敗の好成績を挙げて十両優勝を果たす。勢いそのままに白星を重ね、同年11月場所において新入幕を果たした。青森大学出身者として初の幕内力士誕生という快挙であった。
規格外の破壊力と上位戦線での躍進
185センチ、170キロを超える巨体を活かした立ち合いのぶちかましと、突き押しの破壊力は幕内でも群を抜いていた。新入幕の場所で10勝5敗の好成績を挙げて敢闘賞を獲得すると、幕内上位の土俵へと定着していく。
平成15年(2003年)9月場所では東前頭5枚目で11勝4敗の成績を残し、優勝した横綱・朝青龍に次ぐ星を挙げて初の技能賞を獲得。この活躍により、翌11月場所では新小結へと昇進を果たした。さらに平成16年(2004年)9月場所では、圧倒的な強さを誇っていた横綱・朝青龍を破り、自身初にして唯一の金星を獲得するなど、上位陣を大いに脅かす存在となった。
首の負傷とベテランとしての奮闘
激しい相撲の代償として、現役後半は怪我に苦しめられた。主に首を負傷したことで得意のぶちかましができなくなり、膝にも爆弾を抱えるようになる。馬力に陰りが見え始めた平成18年(2006年)11月場所以降は負け越しが続き、十両陥落も経験したが、そのたびにベテランの意地で幕内へ復帰し、長く土俵を務め続けた。
病魔との闘いとイレギュラーな番付残留
その後も幕内と十両の土俵で存在感を示し続けたが、平成22年(2010年)4月に小脳梗塞という大病を発症してしまう。
命に関わる重篤な状態からは回復したものの、土俵への復帰は極めて困難な状況であった。この5月場所から連続で全休を余儀なくされ、7月場所を終えた時点で幕下への陥落が濃厚となり、引退の方向で話が進んでいた。しかし、この7月場所は大相撲野球賭博問題の影響で多数の謹慎力士が出た場所であり、「病気による全休と謹慎休場は区別する」という相撲協会の特例措置により、翌9月場所も十両の番付に留まることとなった。
この9月場所(西十両14枚目)も全休し、同場所の千秋楽に現役引退を発表。引退後はすでに取得していた年寄「関ノ戸」を襲名し、日本相撲協会に残って境川部屋の部屋付き親方として後進の指導にあたっている。友人の死を乗り越えて遅咲きの花を咲かせ、規格外の馬力で土俵を沸かせたその歩みは、指導者となった現在も後輩力士たちへと受け継がれている。
- 四股名
- 岩木山 竜太 (いわきやま りゅうた)
- 最高位
- 小結
- 年寄名跡
- 18代関ノ戸 竜太(境川)
- 出身地
- 青森県中津軽郡岩木町 → 青森県弘前市
- 本名
- 對馬 竜太
- 生年月日
- 昭和51年(1976)3月2日(50歳)
- 出身高校
- 弘前実業高校
- 出身大学
- 青森大学
- 所属部屋
- 中立~境川部屋
- 改名歴
- 對馬 竜太 → 岩木山 竜太
- 初土俵
- 平成12年(2000)7月 幕下60枚目付出(24歳4ヶ月)
- 新十両
- 平成14年(2002)3月(所要10場所)
- 26歳0ヶ月(初土俵から1年8ヶ月)
- 新入幕
- 平成14年(2002)11月(所要14場所)
- 26歳8ヶ月(初土俵から2年4ヶ月)
- 新小結
- 平成15年(2003)11月(所要20場所)
- 27歳8ヶ月(初土俵から3年4ヶ月)
- 最終場所
- 平成22年(2010)9月場所(34歳6ヶ月)
- 大相撲歴
- 62場所(10年2ヶ月)
- 通算成績
- 407勝365敗78休769出場(勝率.529)
- 通算62場所
- 勝ち越し34場所(勝ち越し率.548)(勝ち越し星123)
- 優勝等
- 幕内(次点1),十両優勝2回,三段目優勝1回
- 受賞・金星
- 敢闘賞1回,技能賞1回,金星1個(朝青龍1個)
- 持給金
- 96円(勝ち越し星123個 金星1個)
- 幕内戦歴
- 293勝318敗34休608出場(勝率.482)
- 在位43場所(在位率.694)
- 勝ち越し20場所(勝ち越し率.465)
- 三役戦歴
- 10勝20敗0休30出場(勝率.333)
- 在位2場所(在位率.032)
- 勝ち越し0場所(勝ち越し率.000)
- 小結戦歴
- 10勝20敗0休30出場(勝率.333)
- 在位2場所(在位率.032)
- 勝ち越し0場所(勝ち越し率.000)
- 前頭戦歴
- 283勝298敗34休578出場(勝率.490)
- 在位41場所(在位率.661)
- 勝ち越し20場所(勝ち越し率.488)
- 十両戦歴
- 72勝33敗30休105出場(勝率.686)
- 在位9場所(在位率.145)
- 勝ち越し7場所(勝ち越し率.778)
- 関取戦歴
- 365勝351敗64休713出場(勝率.512)
- 在位52場所(在位率.839)
- 勝ち越し27場所(勝ち越し率.519)
- 幕下以下歴
- 42勝14敗14休56出場(勝率.750)
- 在位10場所(在位率.161)
- 勝ち越し7場所(勝ち越し率.700)
岩木山 竜太の更に詳細なデータは力士名鑑で!
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- ✅ 勝った決まり手1位:寄り切り(132回 / 32.1%)
- ✅ 負けた決まり手1位:寄り切り(132回 / 36.2%)
- ✅ 得意な相手:垣添(17勝1敗 / 勝率.944)
- ✅ 苦手な相手:朝青龍(1勝15敗 / 勝率.062)
阿武咲 奎也
阿武咲 奎也(おうのしょう ふみや)は青森県 北津軽郡中泊町出身、阿武松部屋の力士で最高位は小結。令和7年1月場所の番付は東 幕下3枚目。
同郷の宝富士は中里道場の10学年先輩にあたる。全国都道府県中学生相撲選手権大会の無差別級では大会史上初の2連覇を果たした。三本木農業高校でも1年生から国体相撲少年の部で優勝など大活躍をみせ、先代の阿武松親方(元関脇・益荒雄)の誠意あるスカウトにより高校を退学しての入門を決意。四股名は「土俵上で花が咲くように」と地元の恩師が付けてくれたもの
- 四股名
- 阿武咲 奎也(おうのしょう ふみや)
- 最高位
- 小結
- 最新番付
- 東 幕下3枚目
- 出身地
- 青森県 北津軽郡中泊町
- 本名
- 打越 奎也
- 生年月日
- 平成8年(1996)7月4日(29歳)
- 出身高校
- 三本木農業高校・中退
- 所属部屋
- 阿武松部屋
- 初土俵
- 平成25年(2013)1月(16歳6ヵ月)
- 新十両
- 平成27年(2015)1月(18歳6ヵ月)
- 新入幕
- 平成29年(2017)5月(20歳10ヵ月)
- 新小結
- 平成29年(2017)11月(21歳4ヵ月)
- 優勝
- 十両優勝1回
- 受賞・金星
- 殊勲賞1回,敢闘賞3回,金星2個
- 通算成績
- 473勝422敗59休/888出場(勝率:53.3%)
- 直近7場所
- (幕内:26勝23敗11休)(十両:3勝15敗12休)
- 7場所勝率
- 45.3%
- 令7年1月
- 東 幕下3枚目(7枚降下)
- 0勝0敗
- | |
- 令6年11月
- 東 十両10枚目(8枚半降下)
- 2勝11敗2休
- ●○●●●|○●●●●|●●■やや
- 令6年9月
- 西 十両筆頭(13枚降下)
- 1勝4敗10休
- ○●●●■|ややややや|ややややや
- 令6年7月
- 東 前頭5枚目(変動なし)
- 0勝4敗11休
- ●●●■や|ややややや|ややややや
- 令6年5月
- 東 前頭5枚目(3枚上昇)
- 7勝8敗
- ●○●●○|○○●●●|●○●○○
- 令6年3月
- 東 前頭8枚目(6枚半上昇)
- 9勝6敗
- ○○○●●|○○●●○|●○●○○
- 令6年1月
- 西 前頭14枚目
- 10勝5敗
- ●○○○○|○□○□●|●●●○○
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