大阪府出身の力士一覧!過去から現在、大阪の主な関取を網羅しました

大阪出身の過去から現在までの主な力士をご紹介する大阪府の大相撲力士まとめ!この記事では大阪出身の関取を中心に、大阪の郷土力士をご紹介していきます。

過去の力士については最高位や改名歴、初土俵や各段の昇進時期と最終場所、さらに生涯戦歴と生涯勝率、成績等を中心にご紹介していきます。また、現役力士については最高位と昇進時期、主な成績などを載せています。

なお、年寄名跡欄のマークは、その代で師匠(部屋持ち親方)になったことがあるという意味です。

現役の大阪府出身力士の最新番付や成績、詳細なデータをご覧になりたい方はこちら


相撲部屋や出身地ごとの場所の成績からランキングを作成しております。初場所、好調な相撲部屋や力士の出身地はどこ?

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大阪出身の優勝力士一覧

優勝制度が制定された明治42年(1909)6月場所以降、大阪出身の幕内最高優勝力士は3人が誕生しており、総優勝回数は7回になります。

大阪出身初優勝はいつで誰?

大阪出身力士で初の優勝は大正6年(1917)1月場所で、西大関だった大錦でした。横綱太刀山を破っての優勝は国技館を大熱狂に包みこみ、土俵には座布団はもちろん蜜柑に灰皿、果ては火鉢まで投げ込まれたようです。

大阪府出身の優勝力士一覧

では大阪府出身の幕内優勝力士を年月順で一覧表にして見てみましょう。

四股名 優勝場所 回数 優勝時の番付 部屋 出身地 最高位 成績 四股名 備考
1 大錦 大正6年1月 西大関 出羽海 大阪府 26代横綱 10勝0敗 大錦 大阪府出身力士初の優勝
2 大錦 大正9年1月 2回目 東横綱(張出) 出羽海 大阪府 26代横綱 8勝1敗1分 大錦
3 大錦 大正9年5月 3回目 西横綱 出羽海 大阪府 26代横綱 9勝1敗 大錦
4 大錦 大正10年1月 4回目 西横綱 出羽海 大阪府 26代横綱 10勝0敗 大錦
5 大錦 大正11年5月 5回目 西横綱(張出) 出羽海 大阪府 26代横綱 8勝1敗1分 大錦
6 山錦 昭和5年5月 東前頭5枚目 出羽海 大阪府 関脇 11勝0敗 山錦 史上初の平幕全勝優勝
7 豪栄道 平成28年9月 東大関2 境川 大阪府 大関 15勝0敗 豪栄道 86年ぶりの大阪府出身力士の優勝
全勝での初優勝は武蔵丸以来22年ぶり
境川部屋としても初の幕内優勝力士誕生

大阪府出身の優勝力士ランキング

次に優勝回数をランキングにしてみてみましょう。最多は5回の横綱・大錦ですが、歴史がほんの少し違っていたら……あるいはこの記録はもっと伸びていたかもしれません。

大正11年(1922)5月場所で5度目の優勝を果たした大錦はまだまだ全盛期でした。しかし翌年1月に力士養老金などをめぐり協会と力士会の間で対立が起きるたことが大錦の力士人生を大きく変えてしまいます。

大正12年1月9日に行われた力士会の総会で力士養老金の倍増要求が出ましたが協会側はこれを却下、これを不服とした関脇以下の力士たちは三河島の工場に立て籠り1月場所をボイコットする「三河島事件」が勃発してしまいます。

協会は残った力士たちだけで春場所を開催しようとするも行き詰まり、力士の長として大錦は立行司たちと共に調停に向かいます。しかし、なかなか聞き入れてもらえないまま話はまとまらず、最終的にはときの警視総監までが調停に乗り出し、ようやく力士たちの態度は軟化して1月場所は開催されることになりました。

警視庁で手打ち式が行われましたが、内部での調停に失敗したことに責任を感じた大錦はその式の途中で席を外し、自らマゲを切り落として電撃的な廃業を表明したのでした。

順位 四股名 優勝 最高位 部屋 出身地 勝数 敗数 横綱 大関 関脇 小結 前頭
1位 大錦 5回 26代横綱 出羽海 大阪府 45勝 3敗 4回 1回 0回 0回 0回
2位 豪栄道 1回 大関 境川 大阪府 15勝 0敗 0回 1回 0回 0回 0回
2位 山錦 1回 関脇 出羽海 大阪府 11勝 0敗 0回 0回 0回 0回 1回
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大阪府出身の最高位:十両

泉州山 喜裕

  • 四股名 :泉州山 喜裕(せんしゅうやま よしひろ)
  • 最高位 :十両筆頭
  • 出身地 :大阪府堺市
  • 本 名 :佐藤 喜裕
  • 生年月日:昭和50年(1975)9月1日
  • 所属部屋:高砂部屋
  • 改名歴 :佐藤⇒諏訪錦⇒泉州山
  • 初土俵 :平成4年(1992)5月(16歳8ヵ月)
  • 新十両 :平成12年(2000)5月(24歳8ヵ月)
  • 最終場所:平成19年(2007)1月(31歳4ヵ月)
  • 生涯戦歴:412勝405敗7休/817出場(89場所)
  • 生涯勝率:50.4%
  • 優勝等 :なし
  • 十両戦歴:180勝210敗(26場所)勝率:46.2%

朝翠龍 涼馬

朝翠龍 涼馬(あさすいりゅう りょうま)は大阪府 四條畷市出身、高砂部屋の力士で最高位は十両2枚目。令和8年5月場所の番付は西 十両4枚目。

大阪府四條畷市で生まれ育ち、3歳上の実兄(現在の朝紅龍)の背中を追うように幼少期から相撲に親しんだ。中学卒業後は兄と同じ明徳義塾高校へ進学し、日本体育大学でも相撲部で研鑽を積む。アマチュア時代には全日本相撲選手権大会において個人3位の成績を収め、幕下最下位格付出の資格を取得した。

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高砂部屋への入門と幕下での試練

大学卒業後、先んじて角界入りしていた兄の所属する高砂部屋へ入門し、令和6年(2024年)7月場所に本名の「石崎」を名乗り、幕下最下位格付出で初土俵を踏んだ。この場所を6勝1敗で終えると、その後も勝ち越しを続けて順調に番付を上げていく。

令和7年(2025年)3月場所では西幕下筆頭まで番付を上げたが、3勝4敗と角界入り後初の負け越しを喫し、上位の壁に跳ね返された。それでも腐ることなく稽古に励み、続く5月場所で勝ち越して立て直すと、同年7月場所では東幕下2枚目で6勝1敗の好成績を挙げ、翌9月場所での新十両昇進を決めた。

「朝翠龍」への改名と兄弟関取の誕生

この昇進を機に、四股名を本名の「石崎」から「朝翠龍」へと改名した。「朝」は高砂部屋の伝統、「龍」は明徳義塾高校にちなみ、間には兄の「朝紅龍」と対になるような色鮮やかな「翠(みどり)」の字を据え、兄弟揃っての関取誕生となった。また、この場所は同部屋の朝白龍が新十両、朝乃山が再十両に昇進しており、高砂部屋から3人が同時に十両昇進を果たすという活気に満ちた話題の場所ともなった。

十両の土俵と持ち味の突き押し相撲

西十両12枚目で迎えた、令和7年(2025年)9月の新十両場所は7勝8敗と負け越したものの、続く11月場所では9勝6敗と関取として初めての勝ち越しを経験した。令和8年(2026年)1月場所でも10勝5敗と二桁の勝ち星を挙げるなど、関取の土俵にも定着している。

持ち味である出足の鋭さと、勢いのある速い相撲を武器に土俵を沸かせている。同じ部屋に所属する兄・朝紅龍と切磋琢磨しながら、自らの四股名のごとく瑞々しい躍動感にあふれる取り口を磨いている。

💡 大阪府出身一覧💡 高砂部屋の力士

四股名
朝翠龍 涼馬(あさすいりゅう りょうま)
最高位
十両2枚目
最新番付
西 十両4枚目
出身地
大阪府 四條畷市
本名
石崎 涼馬
生年月日
平成12年(2000)8月9日(25歳)
身長・体重
174cm・117kg
出身高校
明徳義塾高校
出身大学
日本体育大学
所属部屋
高砂部屋
改名歴
石崎 → 朝翠龍
初土俵
令和6年(2024)7月・幕下60付出(23歳11ヵ月)
新十両
令和7年(2025)9月(25歳1ヵ月)
優勝
無し
通算成績
67勝42敗0休/109出場(勝率:61.5%)
直近7場所
32勝28敗(幕下以下:10勝4敗)
7場所勝率
56.8%
得意技
押し
決まり手傾向(直近7場所)
朝翠龍が勝ちの決まり手(42勝)
寄り切り24
押し出し10
寄り倒し4
下手投げ2
上手捻り1
掬い投げ1
朝翠龍が負けの決まり手(32敗)
叩き込み11
押し出し5
寄り切り3
小手投げ3
突き落とし2
押し倒し2
その他6
令8年5月
西 十両4枚目(2枚半降下)
0勝0敗
令8年3月
東 十両2枚目(5枚半上昇・最高位更新)
6勝9敗
●○●●○|●○○●●|○●●●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年1月
西 十両7枚目(5枚上昇・最高位更新)
10勝5敗
●●●●○|○○○○○|●○○○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

▼ さらに過去の成績(4場所分)を見る
令7年11
西 十両12枚目(変動なし)
9勝6敗
○●○●○|●○○●○|○●○●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年9月
西 十両12枚目(3枚半上昇・最高位更新)
7勝8敗
○●○●○|○●●○○|●○●●●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年7月
東 幕下2枚目(2枚上昇)
6勝1敗
-○○-○|-●-○-|○--○-
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年5月
東 幕下4枚目
4勝3敗
●-○-○|-○●--|○---●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

栃泉 隆幸

  • 四股名 :栃泉 隆幸(とちいずみ たかゆき)
  • 最高位 :十両3枚目
  • 出身地 :大阪府泉佐野市
  • 本 名 :中山 隆幸
  • 生年月日:昭和34年(1959)11月26日
  • 所属部屋:春日野部屋
  • 改名歴 :中山⇒栃泉
  • 初土俵 :昭和50年(1975)1月(15歳2ヵ月)
  • 新十両 :昭和57年(1982)11月(23歳0ヵ月)
  • 最終場所:平成2年(1990)3月(30歳4ヵ月)
  • 生涯戦歴:343勝324敗10休/667出場(92場所)
  • 生涯勝率:51.4%
  • 優勝等 :十両優勝1回,幕下同点1回
  • 十両戦歴:31勝44敗(5場所)勝率:41.3%

大竜 忠博

大竜 忠博 (だいりゅう ただひろ)大阪府大阪市西成区出身、大鵬部屋の元力士で、最高位は十両4枚目

昭和51年(1976)5月場所に15歳7ヶ月で初土俵を踏み、平成9年(1997)7月場所を最後に引退(36歳9ヶ月)。

通算成績は553勝508敗28休1060出場。生涯勝率.522。通算128場所中、72場所を勝ち越した(勝ち越し率.567)。

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主な成績は幕下(同点1)、三段目(同点1)

昭和35年(1960)9月30日生まれ。本名は永本 忠博→佐藤 忠博。

大鵬部屋で長く修行し、10年近い幕下での足踏みを経て関取の座を掴んだ苦労人であった。左四つからの力強い寄りを武器に十両で長く活躍し、引退後は最高位が十両ながら年寄名跡を取得。後年は師匠である大鵬の思いを継いで大嶽部屋の師匠となり、部屋の存続と大鵬の孫たちの育成に相撲人生を捧げた。

入門と長い幕下生活

中学時代はサッカー部に所属していたが、卒業後に知人の紹介で角界入りを勧められる。昭和の大横綱である大鵬からの熱心な誘いを受けて上京し、入門を決意。昭和51年(1976年)5月場所において、本名の「永本」の四股名で初土俵を踏んだ。

順調に番付を上げ、昭和54年(1979年)7月場所には18歳で幕下へ昇進する。しかし、そこから9年近くにわたり幕下の壁に跳ね返される苦しい時期が続いた。

師匠の鉄拳と新十両昇進

転機となったのは、西幕下4枚目で迎えた昭和62年(1987年)9月場所であった。勝ち越せば関取という地位で負け越し、千秋楽のパーティーで自棄酒をあおっていたところ、後援者から「稽古が足りないからだ」と咎められる。これに対して「稽古を見たことがあるのか」と食って掛かったため、その様子を見た師匠の大鵬から激しい鉄拳制裁を受けた。一時は「こんな部屋辞めてやる」と荷物をまとめるほど反発したが、翌日に廃業の覚悟で謝罪へ向かうと、大鵬は「お前の努力は俺が一番知っている。悔しいだろう。辞めないで頑張れ。関取に上がって見返してやれ」と諭した。

師匠の深い愛情と期待の言葉に奮起し、昭和63年(1988年)3月場所において悲願の新十両昇進を果たす。本名から「大竜(だいりゅう)」へと改名し、十両の土俵に定着した。

最高位と不屈の現役晩年

左四つからの寄りを武器に長く活躍し、平成6年(1994年)11月場所では自己最高位となる東十両4枚目まで番付を上げる。幕内昇進の期待も懸かったが、この場所は6勝9敗に終わり、惜しくも入幕は果たせなかった。さらに翌平成7年(1995年)5月場所中に右膝を故障して途中休場となり、幕下へ陥落してしまう。それでも諦めずに2度の十両復帰を果たしたが、右膝の調子が戻らず関取の座に定着することは叶わなかった。平成9年(1997年)7月場所を最後に現役を引退した。

大嶽部屋継承と大鵬への忠誠

当時の規定には「十両以上連続20場所または通算25場所以上経験した力士に年寄資格を認める」というものがあり、大竜はこれを満たしていた。大鵬の尽力もあって最高位が十両でありながら年寄名跡の取得が叶い、日本相撲協会に残った。大鵬部屋から大嶽部屋へと名称が変わる中、部屋付き親方として指導にあたっていたが、平成22年(2010年)に当時の師匠である16代大嶽(元関脇・貴闘力)が不祥事により解雇処分となる重大な危機に直面する。この際、部屋の継承を打診されたが「自分の名前では弟子は入らない」と当初は2度固辞した。しかし、病床の大鵬から直々に頭を下げられ、「弟子が師匠にこんなことをさせてはいけない」と決意を固め、17代大嶽を襲名して部屋を継承した。

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その後は大鵬の孫たち(のちの王鵬ら)を弟子として引き受け、周囲からの心ない声やバッシングも激励と受け止め、自身にとって人生のすべてである師匠の教えを愚直に守り抜いた。

大鵬の遺志と部屋の存続

令和7年(2025年)9月に自身の停年を迎えるにあたり、部屋の後継者問題が浮上する。一時は他部屋との合併案も進み、後援者らの了承も得ていたが、「大鵬親方から部屋を残してくれと託されているのに、潰してしまえば親方の気持ちに反してしまう」と思い留まり、大嶽部屋の存続を決断する。こうして、同じ二所ノ関一門で片男波部屋の部屋付き親方だった17代熊ヶ谷(元前頭・玉飛鳥)を招聘し、名跡交換して師匠の座を託すと、自身は18代熊ヶ谷を襲名して部屋付き親方として残った。自らの土俵人生のすべてを懸けて「大鵬の血脈と部屋の看板」を守り抜いたのである。

四股名
大竜 忠博 (だいりゅう ただひろ)
最高位
十両4枚目
年寄名跡
15代大嶽 忠博(大鵬) → 16代佐ノ山 忠博(大鵬) → 16代佐ノ山 忠博(大嶽) → 19代山響 忠博(大嶽) → 12代二子山 忠博(大嶽) → 17代大嶽 忠博 → 18代熊ヶ谷 忠博(大嶽)
出身地
大阪府大阪市西成区
本名
永本 忠博→佐藤 忠博
生年月日
昭和35年(1960)9月30日(65歳)
所属部屋
大鵬部屋
改名歴
永本 忠博 → 永本 忠晴 → 永本 忠博 → 永本 忠晴 → 永本 忠博 → 大竜 忠博 → 大竜 忠晴 → 大竜 忠博
初土俵
昭和51年(1976)5月 前相撲(15歳7ヶ月)
新十両
昭和63年(1988)3月(所要71場所)
27歳5ヶ月(初土俵から11年10ヶ月)
最終場所
平成9年(1997)7月場所(36歳9ヶ月)
大相撲歴
128場所(21年2ヶ月)
通算成績
553勝508敗28休1060出場(勝率.522)
通算128場所
勝ち越し72場所(勝ち越し率.567)(勝ち越し星156)
優勝等
幕下(同点1),三段目(同点1)
持給金
81円(勝ち越し星156個)
十両戦歴
173勝195敗7休367出場(勝率.471)
在位25場所(在位率.195)
勝ち越し12場所(勝ち越し率.480)
関取戦歴
173勝195敗7休367出場(勝率.471)
在位25場所(在位率.195)
勝ち越し12場所(勝ち越し率.480)
幕下以下歴
380勝313敗21休693出場(勝率.548)
在位102場所(在位率.797)
勝ち越し60場所(勝ち越し率.588)

大竜 忠博の更に詳細なデータは力士名鑑で!

名鑑ページでは、以下のような詳細な分析データをはじめ、豊富な表やグラフをご覧いただけます。

  • ✅ 勝った決まり手1位:寄り切り(142回 / 50.9%)
  • ✅ 負けた決まり手1位:寄り切り(89回 / 32.0%)
  • ✅ 得意な相手:維新力(8勝3敗 / 勝率.727)
  • ✅ 苦手な相手:陸奥北海(1勝6敗 / 勝率.143)

西ノ龍 龍太朗

西ノ龍 龍太朗(にしのりゅう りゅうたろう)は大阪府 大阪市中央区出身、境川部屋の力士で最高位は十両4枚目。令和8年5月場所の番付は東 十両9枚目。

父は出羽海部屋の元前頭12枚目・常の山(平成5年引退)。近畿大学附属中学校時代は陸上競技の砲丸投げに取り組んでいたが、相撲を志す思いが強く、中学2年の2学期に強豪の埼玉栄中学校へと転校した。そのまま埼玉栄高校へと進学して鍛錬を重ね、数々の大会で実績を残すと、高校卒業を待たずに平成30年(2018年)11月場所に境川部屋から本名の「下村」で初土俵を踏んだ。埼玉栄高校の出身者が多い環境に加え、父と師匠(13代境川・元小結両国)が出羽海部屋の兄弟弟子であり、父からの勧めもあったことが境川部屋入門の決め手となった。

父ゆかりの四股名と相撲の進化

序ノ口、序二段と順調に通過し、令和2年(2020年)3月場所より、父親が十両時代まで名乗っていた四股名を受け継ぎ「西乃龍」へと改名した。その後は左肩の不調により番付が伸び悩む時期もあったが、令和6年(2024年)5月場所より、父の考案により同郷(種子島)の第25代横綱・2代西ノ海にあやかり、表記を「西ノ龍」へと改める。同場所後には左肩鎖関節亜脱臼の手術に踏み切り、これを機に元来の持ち味である突き押し相撲だけでなく、左四つの型も磨いて相撲の幅を広げていった。

新十両昇進と史上14組目の親子関取

幕下の土俵で着実に地力を養っていった西ノ龍は、令和7年(2025年)に入ると幕下上位での戦いが続く。同年7月場所において東幕下5枚目で5勝2敗と勝ち越すと、場所後の番付編成会議を経て同年9月場所での新十両昇進が決定した。これにより、大相撲史上14組目となる「親子関取」の快挙を達成している。

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新十両として迎えた9月場所を8勝7敗で勝ち越すと、以降もコンスタントに白星を重ねて十両の土俵に定着している。偉大な父の背中を追いかけ、突き押しと左四つを交えた自らの相撲にさらに磨きをかけながら、大相撲の土俵で奮闘を続けている。

💡 大阪府出身一覧💡 境川部屋の力士

四股名
西ノ龍 龍太朗(にしのりゅう りゅうたろう)
最高位
十両4枚目
最新番付
東 十両9枚目
出身地
大阪府 大阪市中央区
本名
下村 龍太朗
生年月日
平成12年(2000)8月20日(25歳)
身長・体重
182cm・141kg
出身高校
埼玉栄高校
所属部屋
境川部屋
改名歴
下村⇒西乃龍 → 西ノ龍
初土俵
平成30年(2018)11月(18歳3ヵ月)
新十両
令和7年(2025)9月(25歳1ヵ月)
優勝
無し
通算成績
183勝150敗0休/333出場(勝率:55%)
直近7場所
31勝29敗(幕下以下:9勝5敗)
7場所勝率
54.1%
得意技
突き・押し
決まり手傾向(直近7場所)
西ノ龍が勝ちの決まり手(40勝)※不戦勝1含む
押し出し10
上手投げ8
寄り切り6
突き落とし4
肩透かし3
掬い投げ2
その他6
西ノ龍が負けの決まり手(34敗)
寄り切り11
押し出し7
叩き込み5
寄り倒し4
送り出し2
浴せ倒し1
その他4
令8年5月
東 十両9枚目(5枚降下)
0勝0敗
令8年3月
東 十両4枚目(2枚半上昇・最高位更新)
6勝9敗
●○●○●|●○●○●|●●○●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年1月
西 十両6枚目(3枚上昇・最高位更新)
9勝6敗
○○●○●|●○●○○|●○○○●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

▼ さらに過去の成績(4場所分)を見る
令7年11
西 十両9枚目(5枚上昇・最高位更新)
8勝7敗
○●○○●|●●○●●|○□○○●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年9月
西 十両14枚目(4枚半上昇・最高位更新)
8勝7敗
○○●○●|○●●○○|●●○○●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年7月
東 幕下5枚目(3枚上昇)
5勝2敗
-●-○○|-○-●○|---○-
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年5月
東 幕下8枚目
4勝3敗
-○-○-|○-○●-|-●-●-
取組詳細(対戦相手・決まり手)

卓越山 吾郎

大阪府守口市出身、高田川部屋の元力士で最高位は十両5枚目。廃業後はプロレスへと転向。

  • 四股名 :卓越山 吾郎(たくえつやま ごろう)
  • 最高位 :十両5枚目
  • 出身地 :大阪府守口市
  • 本 名 :高木 功
  • 生年月日:昭和36年(1961)11月8日
  • 所属部屋:高田川部屋
  • 改名歴 :前の光⇒前乃光⇒卓越山
  • 初土俵 :昭和52年(1977)3月(15歳4ヵ月)
  • 新十両 :昭和60年(1985)7月(23歳8ヵ月)
  • 最終場所:昭和61年(1986)7月(24歳8ヵ月)
  • 生涯戦歴:222勝185敗17休/406出場(57場所)
  • 生涯勝率:54.5%
  • 優勝等 :なし
  • 十両戦歴:26勝31敗3休(4場所)勝率:45.6%

一意 虎風

一意 虎風(かずま とらかぜ)は大阪府 大阪市港区出身、木瀬部屋の力士。令和8年5月場所の番付は最高位更新となる東 十両6枚目。

東大阪相撲道場で相撲を始め、小学4年生で全日本小学生相撲優勝大会を制した。中学からは石川県の犀生中学校に相撲留学し、金沢学院高等学校(現・金沢学院大学附属高等学校)へ進学。高校時代にはインターハイで上位進出を果たすなど、安定した実力を示した。

大学は日本大学に進学。2年時には全国学生選手権で左膝の前十字靱帯を断裂し、復帰までに1年を要した。大学4年時となる令和5(2023)年には、国体を含む6冠を達成する活躍を見せ、幕下付出の資格を獲得。令和6(2024)年7月場所に幕下最下位格付出で初土俵を踏んだ。

初土俵の場所では初日から順調に白星を重ねたが、迎えた5番相撲で右膝の前十字靱帯を断裂する大怪我を負ってしまう。この影響で4場所連続休場を余儀なくされたが、令和7(2025)年5月場所で復帰。東序ノ口七枚目で7戦全勝を挙げ、序ノ口優勝を果たした。

💡 大阪府出身一覧💡 木瀬部屋の力士

四股名
一意 虎風(かずま とらかぜ)
最高位
十両6枚目
最新番付
東 十両6枚目
出身地
大阪府 大阪市港区
本名
川渕 一意
生年月日
平成13年(2001)11月12日(24歳)
身長・体重
185cm・199kg
出身高校
金沢学院高校
出身大学
日本大学
所属部屋
木瀬部屋
初土俵
令和6年(2024)7月・幕下60付出(22歳8ヵ月)
新十両
令和8年(2026)1月(24歳2ヵ月)
優勝
幕下優勝1回,三段目優勝1回,序ノ口優勝1回
通算成績
49勝14敗30休/63出場(勝率:77.8%)
直近7場所
18勝12敗(幕下以下:27勝1敗)
7場所勝率
77.6%
得意技
突き・押し・左四つ・寄り
決まり手傾向(直近7場所)
一意が勝ちの決まり手(45勝)※不戦勝1含む
押し出し20
寄り切り11
突き出し3
突き落とし2
押し倒し2
寄り倒し2
その他4

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一意が負けの決まり手(13敗)
寄り切り5
突き落とし2
叩き込み2
押し出し1
肩透かし1
引き落とし1
その他1
令8年5月
東 十両6枚目(5枚上昇・最高位更新)
0勝0敗
令8年3月
東 十両11枚目(3枚半上昇・最高位更新)
10勝5敗
○○○○○|●○○○○|●●●○●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年1月
西 十両14枚目(15枚上昇・最高位更新)
8勝7敗
●●●○●|○○○○●|○○○●●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

▼ さらに過去の成績(4場所分)を見る
令7年11
西 幕下15枚目(70枚半上昇・最高位更新)
7勝0敗(幕下優勝)
-○-○○|--○○-|○-○--
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年9月
東 三段目26枚目(59枚上昇)
7勝0敗(三段目優勝)
○--○-|○○-○-|○-○--
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年7月
東 序二段5枚目(108枚上昇)
6勝1敗
-□○--|○○-○-|○-●--
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年5月
東 序ノ口7枚目
7勝0敗(序ノ口優勝)
○--○○|-○-○-|○-○--
取組詳細(対戦相手・決まり手)

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太晨 光真

大阪府東大阪市出身、北の湖部屋の元力士で最高位は十両9枚目。北の湖の内弟子として三保ヶ関部屋に入門、北の湖部屋の創設とともに移籍。平成3年11場所に十両への昇進を果たし北の湖部屋初の関取となった。

  • 四股名 :太晨 光真(たいしん みつまさ)
  • 最高位 :十両9枚目
  • 出身地 :大阪府東大阪市
  • 本 名 :村井 修二
  • 生年月日:昭和42年(1967)4月25日
  • 所属部屋:三保ヶ関⇒北の湖部屋
  • 改名歴 :村井⇒弥刀の湖⇒村井⇒太晨⇒村井⇒太晨⇒村井
  • 初土俵 :昭和59年(1984)3月(16歳11ヵ月)
  • 新十両 :平成3年(1991)11月(24歳7ヵ月)
  • 最終場所:平成6年(1994)9月(27歳5ヵ月)
  • 生涯戦歴:239勝218敗/457出場(64場所)
  • 生涯勝率:52.3%
  • 優勝等 :なし
  • 十両戦歴:11勝19敗(2場所)勝率:36.7%

秀ノ海 渡累

  • 四股名 :秀ノ海 渡累(ひでのうみ わたる)
  • 最高位 :十両9枚目
  • 出身地 :大阪府貝塚市
  • 本 名 :前田 渡
  • 生年月日:昭和40年(1965)11月20日
  • 所属部屋:三保ヶ関部屋
  • 改名歴 :前田⇒秀ノ海
  • 初土俵 :昭和60年(1985)5月(19歳6ヵ月)
  • 新十両 :平成4年(1992)9月(26歳10ヵ月)
  • 最終場所:平成7年(1995)11月(30歳0ヵ月)
  • 生涯戦歴:235勝216敗14休/451出場(64場所)
  • 生涯勝率:52.1%
  • 優勝等 :序二段同点1回
  • 十両戦歴:17勝28敗(3場所)勝率:37.8%

浪速龍 功

浪速龍 功(なにわりゅう いさお)大阪府大阪市住吉区出身、片男波部屋の元力士で、最高位は十両10枚目

昭和38年(1963)5月場所に14歳7ヶ月で初土俵を踏み、昭和51年(1976)9月場所を最後に引退(28歳0ヶ月)。

通算成績は286勝271敗12休557出場。生涯勝率.513。通算81場所中、40場所を勝ち越した(勝ち越し率.506)。

主な成績は幕下優勝2回,三段目同点1回。

昭和23年(1948)9月26日生まれ。本名は吉村 義彦。

昭和38年(1963)5月場所の初土俵から約12年、東幕下19枚目で迎えた昭和50年(1975)3月場所で幕下全優勝を達成、翌場所の新十両昇進を決めた。しかしその十両の座も僅か2場所で陥落となり昭和51年(1976)9月場所を最後に廃業した。

四股名
浪速龍 功(なにわりゅう いさお)
最高位
十両10枚目
出身地
大阪府大阪市住吉区
本名
吉村 義彦
生年月日
昭和23年(1948)9月26日
所属部屋
片男波部屋
改名歴
大波 → 大騰山 功 → 浪速龍 功
初土俵
昭和38年(1963)5月 前相撲(14歳7ヶ月)
新十両
昭和50年(1975)5月(所要72場所)
26歳7ヶ月(初土俵から12年0ヶ月)
最終場所
昭和51年(1976)9月(28歳0ヶ月)
大相撲歴
81場所(13年4ヶ月)
通算成績
286勝271敗12休557出場(勝率.513)
通算81場所
勝ち越し40場所(勝ち越し率.506)
優勝等
幕下優勝2回,三段目同点1回
十両戦歴
11勝19敗0休30出場(勝率.367)
在位2場所(在位率.025)
勝ち越し1場所(勝ち越し率.500)
幕下以下歴
275勝252敗12休527出場(勝率.522)
在位77場所(在位率.951)
勝ち越し39場所(勝ち越し率.506)


出羽鳳 太一

  • 四股名 :出羽鳳 太一(でわおおとり たいち)
  • 最高位 :十両10枚目
  • 出身地 :大阪府大阪市東住吉区
  • 本 名 :松本 太一
  • 生年月日:昭和60年(1985)11月22日
  • 所属部屋:出羽海部屋
  • 改名歴 :松本⇒出羽鳳
  • 初土俵 :平成16年(2004)3月(18歳4ヵ月)
  • 新十両 :平成18年(2006)5月(20歳6ヵ月)
  • 最終場所:平成29年(2017)9月(31歳10ヵ月)
  • 生涯戦歴:285勝259敗33休/541出場(80場所)
  • 生涯勝率:52.4%
  • 優勝等 :幕下同点2回,序ノ口優勝1回
  • 十両戦歴:16勝29敗(3場所)勝率:35.6%

雷光 肇

  • 四股名 :雷光 肇(らいこう はじめ)
  • 最高位 :十両11枚目
  • 出身地 :大阪府大阪市西成区
  • 本 名 :山口 肇
  • 生年月日:昭和53年(1978)5月5日
  • 所属部屋:八角部屋
  • 改名歴 :大山口⇒雷光
  • 初土俵 :平成6年(1994)3月(15歳10ヵ月)
  • 新十両 :平成17年(2005)9月(27歳4ヵ月)
  • 最終場所:平成20年(2008)3月(29歳10ヵ月)
  • 生涯戦歴:310勝282敗4休/592出場(85場所)
  • 生涯勝率:52.4%
  • 優勝等 :なし
  • 十両戦歴:3勝12敗(1場所)勝率:20.0%

古市 貞秀

大阪府交野市出身、阿武松部屋の元力士で最高位は十両12枚目。阿武松部屋初の関取だったが野球賭博問題への関与によって解雇。

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  • 四股名 :古市 貞秀(ふるいち さだひで)
  • 最高位 :十両12枚目
  • 出身地 :大阪府交野市
  • 本 名 :古市 貞秀
  • 生年月日:昭和51年(1976)2月21日
  • 出身高校:南京都高校
  • 出身大学:近畿大学
  • 所属部屋:阿武松部屋
  • 改名歴 :古市⇒小緑⇒古市
  • 初土俵 :平成10年(1998)3月(22歳1ヵ月)
  • 新十両 :平成13年(2001)1月(24歳11ヵ月)
  • 最終場所:平成22年(2010)9月(34歳7ヵ月)
  • 生涯戦歴:277勝243敗14休/520出場(75場所)
  • 生涯勝率:53.3%
  • 優勝等 :幕下同点2回,三段目優勝1回,序二段同点1回
  • 十両戦歴:7勝23敗(2場所)勝率:23.3%

勇磨 猛

勇磨 猛(ゆうま たける)は大阪府 枚方市出身、阿武松部屋の力士で最高位は十両13枚目。令和8年5月場所の番付は西 幕下13枚目。

枚方市立交北小学校5年生の頃から枚方市相撲連盟で相撲を始めて小5でわんぱく相撲全国大会に出場。枚方市立中宮中学2年の頃からは近大附属高校相撲部へと練習に通っていた。同校相撲部監督の奥谷猛氏の紹介で阿武松部屋へと入門、四股名の下の名は監督の名前を頂く。

地道な稽古により三段目まで中位まで番付をあげていたが、左膝靭帯断裂の大怪我により平成29年11月場所から4場所連続休場で一時は番付外を経験。復帰を果たしてからは得意の押し相撲をさらに磨き、令和2年初場所で三段目優勝を飾った。

💡 大阪府出身一覧💡 阿武松部屋の力士

四股名
勇磨 猛(ゆうま たける)
最高位
十両13枚目
最新番付
西 幕下13枚目
出身地
大阪府 枚方市
本名
中尾 勇磨
生年月日
平成10年(1998)6月13日(27歳)
身長・体重
178.5cm・125.8kg
所属部屋
阿武松部屋
初土俵
平成26年(2014)3月(15歳9ヵ月)
新十両
令和5年(2023)7月(25歳1ヵ月)
優勝
三段目優勝1回
通算成績
252勝205敗50休/456出場(勝率:55.3%)
直近7場所
22勝20敗
7場所勝率
52.4%
得意技
突き・押し
決まり手傾向(直近7場所)
勇磨が勝ちの決まり手(22勝)
寄り切り6
押し出し4
肩透かし4
叩き込み3
突き落とし2
押し倒し1
その他2
勇磨が負けの決まり手(20敗)
押し出し6
寄り切り3
突き出し3
送り出し2
引き落とし2
叩き込み1
その他3
令8年5月
西 幕下13枚目(10枚半上昇)
0勝0敗
令8年3月
東 幕下24枚目(18枚半上昇)
5勝2敗
-○○-○|-●-○-|-○●--
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年1月
西 幕下42枚目(7枚降下)
5勝2敗
○--○●|--○-●|-○--○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

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令7年11
西 幕下35枚目(6枚降下)
3勝4敗
○--○-|●●--○|-●-●-
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年9月
西 幕下29枚目(8枚上昇)
3勝4敗
○-○-●|--●●-|○--●-
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年7月
西 幕下37枚目(16枚降下)
4勝3敗
-○○--|●●-○-|-●-○-
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年5月
西 幕下21枚目
2勝5敗
●--●-|●○-○-|●---●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

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カテゴリー : 関西地方

公開日:2018-08-16
投稿者:レイ

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