高田川部屋の歴代力士一覧|全関取の戦歴と優勝・三賞記録

高田川(たかだがわ)部屋の過去から現在までの主な所属力士をご紹介する高田川部屋の大相撲力士まとめ!

この記事では高田川部屋の主な関取を中心に紹介していきます。過去の力士については最高位や改名歴、初土俵や各段の昇進時期と最終場所、さらに生涯戦歴と生涯勝率、成績等を中心にご紹介していきます。また、現役力士については最高位と昇進時期、主な成績などを載せています。

現役の高田川部屋力士の最新番付や成績、詳細なデータをご覧になりたい方はこちら

7月場所千秋楽の取組結果はこちら。


7月場所の各段の成績順はこちらで確認ができます。

相撲部屋や出身地ごとの成績から、場所中はリアルタイムでランキングを作成しております。今場所好調な相撲部屋や力士の出身地はどこ?

高田川部屋の基本情報
一門
:二所ノ関一門
創設
:昭和49年(1974年)4月1日
創設者
:第8代・高田川 和一 (元大関・前乃山 太郎)
現師匠
:第9代・高田川 勝巳 (元関脇・安芸ノ島 勝巳)
所在地
:東京都江東区清澄2-15-7 📍地図
サイト
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高田川部屋の系図

高田川部屋の成り立ちを図にしてみました。 高田川部屋・相関図

高田川部屋の優勝力士

残念ながら、高田川部屋の優勝力士はこれまで1人もいません。

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高田川部屋の三賞受賞力士

高田川部屋 歴代三賞受賞力士一覧

高田川部屋では、これまでに3人の力士が三賞を受賞しており、獲得数はあわせて5回になります。

受賞の内訳は、技能賞が1回、殊勲賞が1回、敢闘賞が3回となっています。

場所年月 番付 受賞力士 受賞 成績 受賞時
年齢
出身地 部屋 初土俵 生年月日
令和5年7月
(2023年)
R5.7
(2023)
西前頭14西前頭14湘南乃海敢闘賞 [初]10勝5敗25歳3ヶ月神奈川県高田川平成26年3月
(2014年)
平成10年4月8日
(1998年)
令和元年5月
(2019年)
R1.5
(2019)
西前頭5西前頭5竜電技能賞 [初]10勝5敗28歳6ヶ月山梨県高田川平成18年3月
(2006年)
平成2年11月10日
(1990年)
平成30年1月
(2018年)
H30.1
(2018)
東前頭16東前頭16竜電敢闘賞 [初]10勝5敗27歳2ヶ月山梨県高田川平成18年3月
(2006年)
平成2年11月10日
(1990年)
平成8年1月
(1996年)
H8.1
(1996)
東前頭5東前頭5剣晃敢闘賞 [初]8勝7敗28歳6ヶ月大阪府高田川昭和59年11月
(1984年)
昭和42年6月27日
(1967年)
平成7年7月
(1995年)
H7.7
(1995)
東前頭4東前頭4剣晃殊勲賞 [初]11勝4敗28歳0ヶ月大阪府高田川昭和59年11月
(1984年)
昭和42年6月27日
(1967年)

高田川部屋 三賞受賞回数ランキング

受賞回数は、1位が竜電と剣晃の2人で2回ずつ、3位が湘南乃海で1回(敢闘賞1回)となっています。

順位 四股名 三賞
合計
技能賞 殊勲賞 敢闘賞 最高位 部屋 出身地
1位 剣晃 2回 0 1 1 小結 高田川 大阪府
1位 竜電 2回 1 0 1 小結 高田川 山梨県
3位 湘南乃海 1回 0 0 1 前頭5 高田川 神奈川県

高田川部屋力士を検索

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高田川部屋の最高位:十両

前進山 良太

前進山 良太 (ぜんしんやま りょうた)神奈川県横浜市金沢区出身、高田川部屋の元力士で、最高位は十両2枚目

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昭和57年(1982)11月場所に16歳6ヶ月で初土俵を踏み、平成11年(1999)9月場所を最後に引退(33歳4ヶ月)。

通算成績は480勝467敗56休946出場。生涯勝率.507。通算102場所中、56場所を勝ち越した(勝ち越し率.554)。

主な成績は幕下優勝2回

昭和41年(1966)4月22日生まれ。本名は秋元 良太。

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野球の強豪校から未経験で相撲界へ飛び込み、分厚い壁に挑み続けた前進山は、その巨体と強烈な突き押しを武器に関取の座を掴んだ力士である。怪我に苦しみながらも通算37場所にわたり十両の地位を務め上げ、引退後は若者頭として日本相撲協会に残る道を選んだ。

野球からの転身と「前進山」の誕生

神奈川県横浜市金沢区に生まれ、野球の名門である横浜高校の野球部に所属していたが、1年次で同校を中退する。相撲は未経験であったが、知人の紹介を通じて8代高田川(元大関・前の山)が率いる高田川部屋へ入門し、昭和57年(1982年)11月場所において初土俵を踏んだ。

入門当初は本名の「秋元」で土俵に上がっていたが、昭和58年(1983年)5月場所より「前進山」へと四股名を改名した。この四股名は、部屋の行司より考案されたものであり、「どんどん前に攻めるように」という願いが込められている。

幕下優勝と新十両昇進

四股名に込められた願いのとおり、持ち前の巨体を活かした突き押し相撲で着実に地力を養っていく。初土俵から約6年半となる平成元年(1989年)3月場所において、西幕下9枚目で7戦全勝の幕下優勝を飾る。この好成績により、続く同年5月場所での新十両昇進を果たし、関取の座を掴み取った。

歴代屈指の十両在位と若者頭への就任

関取昇進後は度重なる負傷に苦しめられ、幕下への陥落も経験したが、そのたびに不屈の闘志で這い上がった。平成5年(1993年)11月場所では東幕下5枚目で7戦全勝とし、自身2度目となる幕下優勝を果たして十両へ復帰している。その後は十両の地位に定着し、幕内への昇進には一歩届かなかったものの、最高位が十両の力士としては歴代屈指の記録となる通算37場所を十両の地位で務め上げた。

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西幕下44枚目で迎えた平成11年(1999年)9月場所を最後に現役を引退。引退後は若者頭に就任し、日本相撲協会に残って協会の業務にあたっている。

四股名
前進山 良太 (ぜんしんやま りょうた)
最高位
十両2枚目
出身地
神奈川県横浜市金沢区
本名
秋元 良太
生年月日
昭和41年(1966)4月22日
所属部屋
高田川部屋
改名歴
秋元 良太 → 前進山 良太
初土俵
昭和57年(1982)11月 前相撲(16歳6ヶ月)
新十両
平成元年(1989)5月(所要39場所)
23歳0ヶ月(初土俵から6年6ヶ月)
最終場所
平成11年(1999)9月場所(33歳4ヶ月)
大相撲歴
102場所(16年10ヶ月)
通算成績
480勝467敗56休946出場(勝率.507)
通算102場所
勝ち越し56場所(勝ち越し率.554)(勝ち越し星111)
優勝等
幕下優勝2回
持給金
58円50銭(勝ち越し星111個)
十両戦歴
244勝280敗31休523出場(勝率.467)
在位37場所(在位率.363)
勝ち越し17場所(勝ち越し率.459)
関取戦歴
244勝280敗31休523出場(勝率.467)
在位37場所(在位率.363)
勝ち越し17場所(勝ち越し率.459)
幕下以下歴
236勝187敗25休423出場(勝率.558)
在位64場所(在位率.627)
勝ち越し39場所(勝ち越し率.609)

前進山 良太の更に詳細なデータは力士名鑑で!

名鑑ページでは、以下のような詳細な分析データをはじめ、豊富な表やグラフをご覧いただけます。

  • ✅ 勝った決まり手1位:押し出し(122回 / 40.4%)
  • ✅ 負けた決まり手1位:押し出し(83回 / 25.6%)
  • ✅ 得意な相手:日立龍(8勝2敗 / 勝率.800)
  • ✅ 苦手な相手:栃乃藤(1勝7敗 / 勝率.125)

大雷童 太郎

大雷童 太郎(だいらいどう たろう)は福岡県 大野城市出身、高田川部屋の力士で最高位は十両2枚目。令和8年7月場所の番付は東 序二段5枚目。

平成17年9月場所に新十両昇進、平成18年初場所では東十両2枚目まで番付を上げたがそこから4場所連続負け越しで幕下へと陥落してしまった。再十両を果たしたら画家だった祖父「福富雷童」の絵を化粧廻しにするのが夢。

💡 福岡県出身一覧💡 高田川部屋の力士

四股名
大雷童 太郎(だいらいどう たろう)
最高位
十両2枚目
最新番付
東 序二段5枚目
出身地
福岡県 大野城市
本名
山口 智史
生年月日
昭和55年(1980)4月17日(46歳)
身長・体重
173cm・151.7kg
所属部屋
高田川部屋
改名歴
雷童⇒大雷童⇒雷童 → 大雷童
初土俵
平成8年(1996)3月(15歳11ヵ月)
新十両
平成17年(2005)9月(25歳5ヵ月)
優勝
序ノ口優勝1回
通算成績
658勝625敗25休/1283出場(勝率:51.3%)
直近7場所
23勝26敗
7場所勝率
46.9%
得意技
突き・押し
決まり手傾向(直近7場所)
大雷童が勝ちの決まり手(16勝)
押し出し5
叩き込み3
突き落とし3
引き落とし2
掬い投げ1
突き出し1
その他1
大雷童が負けの決まり手(19敗)
押し出し10
引き落とし3
上手投げ2
突き出し1
寄り切り1
掬い投げ1
その他1
令8年7月
東 序二段5枚目(16枚降下)
4勝3敗
-●-○-|○●--○|●-○--
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年5月
西 三段目69枚目(37枚半降下)
3勝4敗
-○●--|○●-●-|-●○--
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年3月
東 三段目32枚目(16枚半降下)
1勝6敗
●--●-|●-●●-|●-○--
取組詳細(対戦相手・決まり手)

▼ さらに過去の成績(4場所分)を見る
令8年1月
西 三段目15枚目(14枚上昇)
3勝4敗
●--●-|○-●-●|-○--○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年11
西 三段目29枚目(14枚上昇)
4勝3敗
●-●-○|-○-●-|○--○-
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年9月
西 三段目43枚目(16枚上昇)
4勝3敗
-●○--|○-●-○|○-●--
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年7月
西 三段目59枚目
4勝3敗
○--○-|●-●●-|-○-○-
取組詳細(対戦相手・決まり手)

白鷹山 亨将

白鷹山 亨将(はくようざん りょうすけ)は山形県 西置賜郡白鷹町出身、高田川部屋の力士で最高位は十両3枚目。令和8年7月場所の番付は西 十両13枚目。

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山形県西置賜郡白鷹町に生まれ育つ。白鷹町立鮎貝小学校時代には柔道に打ち込み、中学校では陸上部に所属した。砲丸投げの選手として県大会で新記録を樹立して優勝を飾り、全国大会であるジュニアオリンピック陸上競技大会にも出場するなど、持ち前のパワーと運動神経を存分に発揮していた。

当初は高校へ進学して柔道を続け、将来は警察官となって安定した生活を送ることを志していたが、恵まれた体格を見込んだ父親からの勧めや、9代高田川(元関脇・安芸乃島)からの熱心な勧誘を受けたことで角界入りを決断する。相撲経験は全くなかったものの、中学校卒業を機に高田川部屋の門を叩いた。

初土俵と四股名の由来

平成23年(2011年)3月場所で初土俵を踏む予定であったが、大相撲八百長問題の発覚により同場所が中止となる不測の事態に見舞われる。そのため、同年5月に開催された技量審査場所での初土俵となった。

四股名は初土俵の時から「白鷹山」を名乗った。これは故郷にある「白鷹山(しらたかやま)」と、米沢藩の名君として知られる第9代藩主・上杉鷹山(ようざん)に由来する。

序ノ口、序二段と順調に番付を上げたが、平成24年(2012年)5月場所で右膝前十字靭帯を断裂する大怪我を負い、長期間の休場を余儀なくされる。しかし、この怪我を通じて「引いたら怪我をする」という大きな教訓を得て前に出る相撲を心掛けるようになり、不屈の闘志で復帰して平成25年(2013年)11月場所で幕下への昇進を果たした。

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輝との絆と新十両昇進

幕下昇進後も糖尿病を発症して体重が激減するなど、度重なる試練に直面した。幕下上位で一進一退の攻防が続く中、同じ中卒叩き上げである同部屋の兄弟子・輝の付け人を務め、「早く関取として横に並びたい」という強い思いを原動力に厳しい稽古へ打ち込んだ。輝からも「力が強く頭もいい。才能を生かし切れていないだけ」と高く評価され、左右で100キロを超えるという並外れた握力と地力を徐々に開花させていった。

平成30年(2018年)3月場所では東幕下筆頭の地位で勝ち越し、翌5月場所で念願の新十両昇進を果たした。山形県出身力士としての十両昇進は実に10年ぶりのことであり、地元は大いに沸き立った。

幕下全勝優勝と十両優勝

新十両の場所は5勝10敗と上位の壁に跳ね返され、1場所で幕下への陥落を余儀なくされる。しかし、東幕下筆頭に下がった翌7月場所では持ち前の力を爆発させ、7戦全勝の見事な成績で幕下優勝を飾った。優勝インタビューでは「下から当たって終始攻めていく。『白鷹山は止まらない』という力士になっていきたい」と力強く語り、わずか1場所で関取の座へと返り咲いた。

その後は十両の土俵に定着して着実に経験を積み、西十両9枚目で迎えた令和3年(2021年)3月場所では11勝4敗の好成績を収め、自身初となる十両優勝を飾った。

不屈の土俵と突き押し相撲

取り口は恵まれた体格を生かした突き押しや、右四つに組んでからの力強い寄りを主体とする。大怪我の教訓から身につけた、立合いから一気に前へ出る馬力に定評があり、ツボにはまった際の破壊力は上位陣をも脅かすものがある。

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近年は左膝の靭帯断裂などさらなる怪我に見舞われ、十両と幕下を幾度も往復する苦しい土俵が続いている。令和8年(2026年)3月場所では14場所ぶりに幕下へ陥落したものの、東幕下2枚目の地位で5勝2敗の好成績を収め、再び1場所での十両復帰を決定付けた。度重なる試練を乗り越えてきた粘り強さを武器に、幕内の土俵を目指して愚直に日々の稽古へ邁進している。

💡 山形県出身一覧💡 高田川部屋の力士

四股名
白鷹山 亨将(はくようざん りょうすけ)
最高位
十両3枚目
最新番付
西 十両13枚目
出身地
山形県 西置賜郡白鷹町
本名
齋藤 亨将
生年月日
平成7年(1995)4月13日(31歳)
身長・体重
188cm・182kg
所属部屋
高田川部屋
初土俵
平成23年(2011)5月(16歳1ヵ月)
新十両
平成30年(2018)5月(23歳1ヵ月)
優勝
十両優勝1回,幕下優勝1回
通算成績
450勝422敗62休/870出場(勝率:51.7%)
直近7場所
27勝48敗15休(幕下以下:5勝2敗)
7場所勝率
39.0%
得意技
突き・押し
決まり手傾向(直近7場所)
白鷹山が勝ちの決まり手(26勝)
押し出し15
突き出し4
寄り切り3
突き落とし2
押し倒し1
つき手1
白鷹山が負けの決まり手(41敗)
寄り切り20
押し出し6
送り出し4
突き出し3
上手出し投げ2
突き落とし2
その他4
令8年7月
西 十両13枚目(変動なし)
0勝0敗15休
休場
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年5月
西 十両13枚目(2枚半上昇)
6勝9敗
●●●●●|●●○○○|○●●○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年3月
東 幕下2枚目(2枚降下)
5勝2敗
○-●-●|-○-○-|○--○-
取組詳細(対戦相手・決まり手)

▼ さらに過去の成績(4場所分)を見る
令8年1月
東 十両14枚目(4枚降下)
6勝9敗
○●●●●|○●●○○|○●●●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年11
東 十両10枚目(変動なし)
4勝11敗
●●○●●|○●●○●|○●●●●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年9月
東 十両10枚目(4枚半降下)
7勝8敗
○●●●○|●●○○●|○●●○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年7月
西 十両5枚目
4勝11敗
●●○●○|●●●○●|●●○●●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

卓越山 吾郎

大阪府守口市出身、高田川部屋の元力士で最高位は十両5枚目。廃業後はプロレスへと転向。

  • 四股名 :卓越山 吾郎(たくえつやま ごろう)
  • 最高位 :十両5枚目
  • 出身地 :大阪府守口市
  • 本 名 :高木 功
  • 生年月日:昭和36年(1961)11月8日
  • 所属部屋:高田川部屋
  • 改名歴 :前の光⇒前乃光⇒卓越山
  • 初土俵 :昭和52年(1977)3月(15歳4ヵ月)
  • 新十両 :昭和60年(1985)7月(23歳8ヵ月)
  • 最終場所:昭和61年(1986)7月(24歳8ヵ月)
  • 生涯戦歴:222勝185敗17休/406出場(57場所)
  • 生涯勝率:54.5%
  • 優勝等 :なし
  • 十両戦歴:26勝31敗3休(4場所)勝率:45.6%

大辻 理紀

大辻 理紀(おおつじ りき)は兵庫県 加古川市出身、高田川部屋の力士で最高位は十両12枚目。令和8年7月場所の番付は東 幕下10枚目。

幼少時から柔道や体操、アームレスリングなど、さまざまな競技に親しんできた。相撲は氷丘小学校3年の頃から高砂相撲教室で始め、わんぱく相撲全国大会には4年生から3年連続で出場。5年生のときには小結(ベスト8)に進出した。

報徳学園中学に進学後も活躍を続け、全国中学校相撲選手権大会では準優勝(優勝は中川部屋に入門した吉井虹)、白鵬杯でも3位入賞を果たすなど、多くの全国大会で実績を残した。

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高田川部屋への入門は、母親がアームレスリングを通じて高田川親方(元関脇・安芸乃島)の娘と知り合ったことがきっかけとなり、親方の誘いを受けて角界入りを決めた。

平成31(2019)年3月場所で初土俵を踏む。脱臼癖のあった左肩の手術により序盤は出遅れたが、その後は着実に番付を上げ、令和2(2020)年11月場所で幕下に昇進。

以降は幕下上位に上がっては跳ね返される時期が続いたが、相撲力を蓄えながら経験を重ねていった。幕下5枚目で迎えた令和7(2025)年1月場所では5勝2敗で勝ち越し、翌3月場所で待望の新十両昇進を果たした。だが、初関取となった場所では5勝10敗と大きく負け越し、1場所での十両陥落となった。

しかし翌5月場所では、幕下東3枚目で7戦全勝、幕下優勝を飾って再起を印象づけた。

💡 兵庫県出身一覧💡 高田川部屋の力士

四股名
大辻 理紀(おおつじ りき)
最高位
十両12枚目
最新番付
東 幕下10枚目
出身地
兵庫県 加古川市
本名
大辻 理紀
生年月日
平成15年(2003)10月6日(22歳)
身長・体重
181.5cm・145.4kg
所属部屋
高田川部屋
初土俵
平成31年(2019)3月(15歳5ヵ月)
新十両
令和7年(2025)3月(21歳5ヵ月)
優勝
幕下優勝1回
通算成績
168勝134敗15休/301出場(勝率:55.8%)
直近7場所
20勝22敗(十両:4勝11敗)
7場所勝率
42.1%
得意技
押し
決まり手傾向(直近7場所)
大辻が勝ちの決まり手(18勝)
押し出し7
寄り切り3
掬い投げ2
引き落とし1
突き出し1
小手投げ1
その他3
大辻が負けの決まり手(25敗)
寄り切り10
押し出し5
突き落とし4
寄り倒し2
叩き込み2
上手出し投げ1
その他1
令8年7月
東 幕下10枚目(3枚降下)
3勝4敗
○-●--|●-○○-|-●-●-
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年5月
東 幕下7枚目(2枚半降下)
3勝4敗
●-●--|○●--●|○--○-
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年3月
西 幕下4枚目(6枚上昇)
3勝4敗
-●●--|○-○●-|●-○--
取組詳細(対戦相手・決まり手)

▼ さらに過去の成績(4場所分)を見る
令8年1月
西 幕下10枚目(8枚半降下)
5勝2敗
-○●--|○-○-○|-●--○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年11
東 幕下2枚目(1枚上昇)
2勝5敗
○-●-●|-●-○-|●-●--
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年9月
東 幕下3枚目(4枚半降下)
4勝3敗
●-○-○|-●-○-|○--●-
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年7月
西 十両12枚目
4勝11敗
●●●○●|●●●●○|○●○●●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

高田川部屋の最高位:三段目

勝武士 幹士

山梨県甲府市出身、高田川部屋の力士。甲斐市立竜王中学校出身で同部屋の竜電の1年後輩にあたる。東関部屋の高三郷(平成30年5月場所で引退)との息の合った初っ切りは大好評で巡業の目玉だった。各地での初っ切りを通じて人気だった力士。

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令和2年5月13日未明、新型コロナウィルス性肺炎による多臓器不全の為、逝去。

  • 四股名 :勝武士 幹士(しょうぶし かんじ)
  • 最高位 :三段目11枚目
  • 出身地 :山梨県甲斐市 ⇒ 山梨県甲府市
  • 本 名 :大森 清孝
  • 生年月日:平成3年(1991)11月4日
  • 没年月日:令和2年(2020)5月13日(享年28歳)
  • 所属部屋:高田川部屋
  • 改名歴 :勝武士⇒彈丸⇒勝武士
  • 初土俵 :平成19年(2007)3月(15歳4ヵ月)
  • 最終場所:令和2年(2020)5月(28歳6ヵ月)
  • 生涯戦歴:260勝279敗/538出場(79場所)
  • 生涯勝率:48.2%
  • 優勝等 :なし

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高田川部屋の歴代師匠

第8代・高田川 和一 (元大関・前乃山)

在任期間(昭和49年(1974年)4月30日~平成21年(2009年)8月4日)

前の山 太郎 (まえのやま たろう)大阪府守口市出身、高砂部屋の元力士で、最高位は大関

昭和36年(1961)3月場所に16歳0ヶ月で初土俵を踏み、昭和49年(1974)3月場所を最後に引退(29歳0ヶ月)。

通算成績は487勝397敗48休880出場。生涯勝率.553。通算79場所中、54場所を勝ち越した(勝ち越し率.711)。

主な成績は幕内(同点1 次点1)、十両優勝1回殊勲賞3回、敢闘賞2回、金星1個(柏戸1個)

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本名は金島 和一→中矢 和一→清水 和一。昭和20年(1945)3月9日生まれ。令和3年(2021)3月11日逝去(享年76歳)。

前の山は、恵まれた長身と気迫あふれる突き押しを武器に大関まで昇進した力士である。新大関昇進直後に見舞われた右足の故障により大関在位は短期間に留まったものの、気迫あふれる取り口で長らく幕内の土俵を務めた。引退後は年寄・高田川として自らの部屋を創設し、弟子の育成にあたった。

相撲部への転部と高砂部屋への入門

浪商高校入学直後までは野球部に所属していたが、恵まれた体格を見込まれて相撲部へと転部する。大阪府の相撲大会に出場して活躍したことで自信を深め、高校を1年で中退して兄と共に高砂部屋へ入門し、昭和36年(1961年)3月場所で初土俵を踏んだ。しかし、初土俵直後の稽古で左腕を故障して序ノ口を休場し、同年7月場所から番付外で再出発することとなった。

再出世と高見山の入門による奮起

当初は相撲界の厳しい礼儀や上下関係に馴染めずに脱走を繰り返し、計7回も部屋から逃げ出しては警察に捜索願を出されることもあった。一時は廃業も考えたが、ハワイから入門してきた高見山の存在に大きな刺激を受け、師匠である4代高砂(元横綱・前田山)の励ましもあって奮起する。また、幕下時代に後援者の宴席で横綱・大鵬と同席した際、「まだ幕下なのにこんな遅くまで遊んでいてはいけない。早く帰れ」と諭され、多額の小遣いを渡された逸話も残っている。

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幕内定着と大鵬からの初白星

稽古に身を入れるようになってからは着実に番付を上げ、昭和40年(1965年)11月場所で新十両へ昇進し、昭和41年(1966年)11月場所で新入幕を果たした。均整のとれた体躯から繰り出す師匠譲りの張り手を交えた猛突っ張りと、左差しから右をおっつける力強い相撲を武器に活躍する。昭和43年(1968年)3月場所で新三役となる関脇へと昇進し、その後は三役に定着した。昭和44年(1969年)9月場所の10日目には、立合いの強烈な張り手で大鵬の動きを止め、一気に押し出して10度目の挑戦で初勝利を挙げ、かつて宴席で諭してくれた大横綱への「恩返し」を果たした。

大関昇進と直後の右足骨折

昭和45年(1970年)7月場所では13勝2敗の好成績を挙げ、横綱・北の富士との優勝決定戦には敗れたものの、場所後の理事会で大関昇進が決定した。しかし、新大関として迎える場所直前の稽古において右足を故障する重傷を負ってしまう。この負傷により同年9月場所の全休を余儀なくされ、以降はこの怪我が原因となって本来の相撲を失うこととなった。大関時代は一度も二桁勝利を挙げることができず、在位10場所のうち2場所が9勝6敗、5場所連続で8勝7敗に終わったことから「クンロク大関」「ハチナナ大関」と揶揄されることもあった。その一方で、同部屋の力士からは「右足の怪我がなければ横綱」と惜しまれるほど、苦しい土俵が続いた。

無気力相撲の注意による休場と大関陥落

昭和47年(1972年)3月場所の12日目、大関・琴櫻を張り手で気絶させた一番に対し、相撲競技監察委員会から発足後初となる「無気力相撲」との注意を受ける事態となった。これを重く見た当時の師匠・5代高砂(元横綱・朝潮)の勧めで同場所を途中休場し、大関在位10場所での関脇陥落が決まった。その後は平幕へ主戦場を移して取り続けたが、昭和49年(1974年)3月場所を最後に現役を引退した。

高田川部屋の創設と名跡交換

引退後は年寄・8代高田川を襲名し、高砂部屋から独立して高田川部屋を創設する。弟子の育成に励む一方で、平成10年(1998年)には周囲の反対を押し切って日本相撲協会の理事選挙に立候補したため、所属していた高砂一門から破門された。さらに後継者に指名していた弟子が肺疾患により現役中に死去するなど、部屋運営において苦難も経験する。

平成16年(2004年)、貴乃花部屋から16代千田川(元関脇・安芸乃島)が移籍して合流し、その熱心な指導により部屋の関取が復活する。理事などを務めて協会を支えた後、平成21年(2009年)8月5日に16代千田川と年寄名跡を交換して自身は17代千田川となり、同時に部屋を譲渡して後進に道を託した。平成22年(2010年)3月8日に日本相撲協会を停年退職し、令和3年(2021年)3月11日に多臓器不全のため76歳で死去した。

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四股名
前の山 太郎 (まえのやま たろう)
最高位
大関
年寄名跡
8代高田川 和一(高砂) → 8代高田川 和一 → 17代千田川 和一(高田川)
出身地
大阪府守口市
本名
金島 和一→中矢 和一→清水 和一
生年月日
昭和20年(1945)3月9日
没年月日
令和3年(2021)3月11日(享年76歳)
所属部屋
高砂部屋
改名歴
金島 和一 → 金の島 和一 → 前ノ山 和一 → 前の山 和一 → 前ノ山 和一 → 前の山 和一 → 前の山 太郎 → 前乃山 太郎 → 前の山 太郎
初土俵
昭和36年(1961)3月 前相撲(16歳0ヶ月)
新十両
昭和40年(1965)11月(所要28場所)
20歳8ヶ月(初土俵から4年8ヶ月)
新入幕
昭和41年(1966)9月(所要33場所)
21歳6ヶ月(初土俵から5年6ヶ月)
新小結
昭和43年(1968)7月(所要44場所)
23歳4ヶ月(初土俵から7年4ヶ月)
新関脇
昭和43年(1968)3月(所要42場所)
23歳0ヶ月(初土俵から7年0ヶ月)
新大関
昭和45年(1970)9月(所要57場所)
25歳6ヶ月(初土俵から9年6ヶ月)
最終場所
昭和49年(1974)3月場所(29歳0ヶ月)
大相撲歴
79場所(13年0ヶ月)
通算成績
487勝397敗48休880出場(勝率.553)
通算79場所
勝ち越し54場所(勝ち越し率.711)(勝ち越し星158)
優勝等
幕内(同点1 次点1),十両優勝1回
受賞・金星
殊勲賞3回,敢闘賞2回,金星1個(柏戸1個)
持給金
116円50銭(勝ち越し星158個 金星1個)
大関戦歴
67勝56敗27休121出場(勝率.554)
在位10場所(在位率.127)
勝ち越し8場所(勝ち越し率.800)
幕内戦歴
343勝305敗34休644出場(勝率.533)
在位46場所(在位率.582)
勝ち越し33場所(勝ち越し率.717)
三役戦歴
125勝100敗0休225出場(勝率.556)
在位15場所(在位率.190)
勝ち越し11場所(勝ち越し率.733)
関脇戦歴
95勝70敗0休165出場(勝率.576)
在位11場所(在位率.139)
勝ち越し8場所(勝ち越し率.727)
小結戦歴
30勝30敗0休60出場(勝率.500)
在位4場所(在位率.051)
勝ち越し3場所(勝ち越し率.750)
前頭戦歴
151勝149敗7休298出場(勝率.507)
在位21場所(在位率.266)
勝ち越し14場所(勝ち越し率.667)
十両戦歴
46勝29敗0休75出場(勝率.613)
在位5場所(在位率.063)
勝ち越し4場所(勝ち越し率.800)
関取戦歴
389勝334敗34休719出場(勝率.541)
在位51場所(在位率.646)
勝ち越し37場所(勝ち越し率.725)
幕下以下歴
98勝63敗14休161出場(勝率.609)
在位25場所(在位率.316)
勝ち越し17場所(勝ち越し率.680)

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  • ✅ 勝った決まり手1位:寄り切り(125回 / 32.1%)
  • ✅ 負けた決まり手1位:寄り切り(81回 / 24.2%)
  • ✅ 得意な相手:若二瀬(14勝3敗 / 勝率.824)
  • ✅ 苦手な相手:北の富士(6勝25敗 / 勝率.194)

第9代・高田川 勝巳 (元関脇・安芸ノ島)

在任期間(平成21年(2009年)8月5日~  )

安芸乃島 勝巳(あきのしま かつみ)広島県豊田郡安芸津町出身、藤島~二子山部屋の元力士で、最高位は関脇

昭和57年(1982)3月場所に14歳11ヶ月で初土俵を踏み、平成15年(2003)5月場所を最後に引退(36歳2ヶ月)。

通算成績は822勝757敗78休1575出場。生涯勝率.521。通算128場所中、66場所を勝ち越した(勝ち越し率.520)。

主な成績は幕内次点2回,十両優勝1回幕下優勝1回序二段優勝1回,序ノ口同点1回。殊勲賞7回,敢闘賞8回,技能賞4回,金星16個(大乃国2個、千代の富士4個、北勝海4個、旭富士4個、曙1個、武蔵丸1個)。

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昭和42年(1967)3月16日生まれ。本名は宮本 勝巳(旧姓・山中)。

歴代最多の16個の金星は対戦した横綱全てから獲得。引退後は二子山~貴乃花部屋の部屋付親方として指導していたが、貴乃花との確執により袂を分かち高田川部屋へと移籍。のちに9代高田川を襲名。

年寄
9代・高田川 勝巳
四股名
安芸乃島 勝巳(あきのしま かつみ)
最高位
関脇
年寄名跡
17代藤島 勝巳 → 16代千田川 虎央 → 9代高田川 勝巳
出身地
広島県豊田郡安芸津町
本名
山中 勝巳 → 宮本 勝巳
生年月日
昭和42年(1967)3月16日(59歳)
所属部屋
藤島~二子山部屋
改名歴
山中 勝巳 → 安芸ノ島 勝巳 → 安芸乃島 勝巴 → 安芸乃島 勝巳
初土俵
昭和57年(1982)3月 前相撲(14歳11ヶ月)
新十両
昭和62年(1987)7月(所要32場所)
20歳3ヶ月(初土俵から5年4ヶ月)
新入幕
昭和63年(1988)3月(所要36場所)
20歳11ヶ月(初土俵から6年0ヶ月)
新小結
昭和63年(1988)11月(所要40場所)
21歳7ヶ月(初土俵から6年8ヶ月)
新関脇
平成元年(1989)5月(所要43場所)
22歳1ヶ月(初土俵から7年2ヶ月)
最終場所
平成15年(2003)5月(36歳2ヶ月)
大相撲歴
128場所(21年2ヶ月)
通算成績
822勝757敗78休1575出場(勝率.521)
通算128場所
勝ち越し66場所(勝ち越し率.520)(勝ち越し星232)
優勝等
幕内次点2回,十両優勝1回幕下優勝1回序二段優勝1回,序ノ口同点1回
受賞・金星
殊勲賞7回,敢闘賞8回,技能賞4回,金星16個
持給金
293円50銭(勝ち越し星232個 金星16個)
幕内戦歴
647勝640敗78休1283出場(勝率.503)
在位91場所(在位率.711)
勝ち越し43場所(勝ち越し率.473)
三役戦歴
183勝189敗33休369出場(勝率.492)
在位27場所(在位率.211)
勝ち越し10場所(勝ち越し率.370)
関脇戦歴
77勝82敗21休157出場(勝率.484)
在位12場所(在位率.094)
勝ち越し4場所(勝ち越し率.333)
小結戦歴
106勝107敗12休212出場(勝率.498)
在位15場所(在位率.117)
勝ち越し6場所(勝ち越し率.400)
前頭戦歴
464勝451敗45休914出場(勝率.507)
在位64場所(在位率.500)
勝ち越し33場所(勝ち越し率.516)
十両戦歴
47勝28敗0休75出場(勝率.627)
在位5場所(在位率.039)
勝ち越し5場所(勝ち越し率1.000)
関取戦歴
694勝668敗78休1358出場(勝率.510)
在位96場所(在位率.750)
勝ち越し48場所(勝ち越し率.500)
幕下以下歴
128勝89敗0休217出場(勝率.590)
在位31場所(在位率.242)
勝ち越し18場所(勝ち越し率.581)


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